(参考2)

「環境政策における経済的手法活用検討会」報告書(抜粋)


第5章 温暖化対策のための税の導入に向けて(第4章までの要約と結論)

  第1章では、経済的負担を課する措置の有効性や、また、今日特に経済的負担を課す措置に期待される経済的な効率性について整理した上、第2章では、国内各界の意見や疑問について整理した。第3章では、近年ヨーロッパを中心に導入が進んでいる諸外国の地球温暖化防止のための税の状況について概観した。
  第4章では、温暖化対策のための税*1による効果と費用について、3つのモデルを使った独自のシミュレーションを行った。
  第1章でも概観したように、地球温暖化対策のような極めて多岐にわたる日常活動が原因となっている問題については、様々な政策を組み合わせてそれぞれの長所を生かし欠点を補う、ポリシーミックスが有効とされている。諸外国の中では、規制に加え、排出量取引と税、税と補助金とを組み合わせて政策を進める例が既に出てきており、その発展に向けた検討も進んでいる。これらを背景に、今回のシミュレーションでは、第一段階として炭素税の導入による二酸化炭素の排出削減効果と経済への影響についての分析に加え、炭素税と国際排出量取引との組み合わせ、炭素税と補助金の組み合わせを具体例として取り上げ、効果と経済への影響について検討を行った。また、税自体に関しても、炭素税の税収の還流方策によって経済への影響が異なることから、税収の還流方策に着目した比較分析も行った。それらの検討の結果及びそれらを踏まえた所見は以下のとおりである。

1. ポリシーミックスの利点の定量化

  「温暖化対策税」は、各経済社会主体ごとに異なる削減可能性(経済学的には限界削減費用)と「削減ポテンシャル」を経済合理的に活用して対策を促すことが特色であり、その効率性に期待が寄せられている。まず、炭素税の導入だけで二酸化炭素排出量を2010年時点で1990年レベルと比較して2%*2削減する場合の炭素税率を推定した。3つのモデルを使ったシミュレーションでは、炭素1トン当たり、約3〜4万円の炭素税の導入が必要であることがわかった。これは、ガソリンで換算した場合、1リットル当たり、約20円〜26円に相当し、原油1リットル当たりでは、約22円〜29円に相当する。また、石炭では、1キログラム当たり、約20円〜27円に相当する。*3
  この場合の経済への影響については、経済全体への影響ではモデル上はエネルギー価格の上昇によるGDPの減少という形で表され、部門別には生産量(又は生産額)の減少という形で表される。2010年時点でのGDPの減少で見た場合には、それぞれの試算における基準ケースと比較して大きい場合で0.7%、小さい場合で0.24%の減少となっている。GDP成長率で見た場合でも大きい場合で年率0.1%ポイント以下の減少であり、全体としての影響はあるものの比較的小さいという結果が得られた。
  しかしながら、部門毎の影響を見るとエネルギー多消費産業に対しては、影響が出ており、例えば最も大きな影響があったシミュレーションの結果では生産額の変化で見た鉄鋼業への影響が基準ケースと比べて約11.2%減、製紙業が約7.5%減となっている。これに対し、機械、建設、サービス業への影響はいずれも0.5%以下となっている。

  以上を基礎的な対策ケースとし、これと対照させるために、さらに、税と排出量取引の組み合わせ、税と省エネルギーへの補助金の組み合わせについてもシミュレーションを行ったが、その結果によると、ポリシーミックスの下では、より少額の炭素税により、高率の炭素税を導入した場合とほぼ同様の二酸化炭素排出量の削減効果が得られ、しかも経済全体や各経済部門への影響はさらに小さくできるというメリットがあることがわかった。
また、二酸化炭素対策としては炭素税を主に用いるとして、他方で炭素税収を戦略的に経済へと還流し、積極的に経済の姿を変えていくこと(いわゆるバッズ課税・グッズ減税のグリーン税制改革あるいは財政健全化を通じた民間資本の増強)の可能性についても検討したが、税収の還流の方法により環境や経済へ与える影響が変化するとの結果が得られた。
  シミュレーションによる具体的な推計結果については、以下のとおりである。

  *1   本報告書では、温暖化対策のための税を「温暖化対策税」と総称している。ただし、モデルによるシミュレーションにおいては、化石燃料中の炭素含有量に応じた税を想定しているため、炭素税と称している。モデルにおいては、あらゆる経済部門で使われる全ての化石燃料への課税を想定している。
  *2   京都議定書では、2008年から2012年までに、温室効果ガスの排出量を1990年時点と比較して6%削減することが我が国の目標とされている。今回のシミュレーションでは、二酸化炭素以外のガスや二酸化炭素の吸収源についてはモデルの対象としていないため、施策の効果を見るための目標値として暫定的に2%削減を設定した。
  *3   炭素1トンはガソリン1555リットル、原油1380リットル、石炭(無煙炭)1487キログラムに含まれている。

(1)  排出量取引との組み合わせの効果

  排出量取引については、現時点では国際的、国内的な排出量取引制度が構築されておらず、したがって価格や取引量についてはあくまでも仮定に基づいたシミュレーションであり、さらに、国内削減量のうち排出量の購入可能量に上限がつくかどうかに関しては未定である。しかし、今回、ある程度厳しい仮定の下で実施したシミュレーション(後藤モデル*1)でも、税と国際排出量取引の組み合わせにより、大きな「柔軟性」を得ることができ、低コストオプションの幅が広がり、経済的負担を大きく軽減することがわかった。
  具体的には、基準ケースと比較して京都議定書の目標を達成するための二酸化炭素についての必要削減量(2010年時点で1990年レベルの二酸化炭素排出量の2%削減と仮定)に関し、必要削減量の25%までの海外排出枠購入(1500万tC/年)を上限とし、排出枠を炭素トン当たり1万円の価格で購入すると仮定した場合は、必要な炭素税は炭素1トン当たり約26,500円と低くなり、炭素税のみで削減するケース(炭素トン当たり約34,900円)と比較して経済的負担は2010年時点のGDPでみて0.1%程度減少する。
  また、極端なケースであるが、炭素税のみによる削減量では達成できない目標との乖離の全量を政府による排出枠購入によって満たすこととし、排出枠の購入資金を炭素税収をもって充てることを想定した場合には、炭素トン当たり1万円という比較的高額な排出枠の国際価格を設定したにもかかわらず、必要な排出枠を購入するための炭素税率としては、炭素トン当たり1,500円〜2,000円(ガソリン1リットル当たりで0.6円〜1.3円、原油1リットル当たりで1円〜1.4円、石炭1キログラム当たりで1円〜1.3円)の税率で十分に目標が達成されることが判明した。この場合、経済へ与える影響(GDPロス)は炭素税の導入のみにより目標を達成しようとした場合の半分以下となる。また、部門別の影響についても、例えば、最も影響の大きい鉄鋼業の場合でも、炭素税のみによって目標を達成しようとした場合には、付加価値生産額が基準ケースに比べて2010年時点で11.2%減少するが、炭素トン当たり1,500円の炭素税と税収を排出量取引に用いることの組み合わせであれば、基準ケースよりの減少割合は4.2%と3分の1近くになる。
  なお、炭素税率を引き下げ、他方で海外排出枠の購入量を増やしていくと、他の事情が等しければ資金の海外流出量が増加するため、国内ではかえって経済成長がわずかながら阻害される結果となる(対策ケース4-1と4-2のGDPの差)ことが示されており、海外との排出量取引に伴うデメリットの可能性(逆に言えば、国内削減措置に経済的重要性があり得ること)が示唆されている。今後この点に関して詳細な分析が必要となろう。また、国際的な排出量取引の具体的内容は未だ明らかでなく、その活用にはリスクもあるので、炭素税率を低くすることのメリットのみに着目することには注意を要する。

  *1   後藤モデル(GDMEEM:Goto's Dynamic Macro-Energy Equilibrium Model)
  マクロ経済及びそれと相互連関的にリンクしたエネルギー市場からなるシステムを対象とした動態的市場均衡モデル。

表5−1税と排出量取引の組み合わせについてのシミュレーション結果

 ※(  )内は基準ケースからの変化率

(2010年時点の比較)
  対策ケース 基準ケース
1
対策ケース
2-1
対策ケース
2-2
対策ケース
3
対策ケース
4-1
対策ケース
4-2
GDP
(10億円/年)
599,543 595,466
(-0.68)
596,078
(-0.58)
595,618
(-0.65)
596,645
(-0.48)
597,691
(-0.31)
597,618
(-0.32)
エネルギー需要
(1012kcal/年)
4,068 3,402
(-16.36)
3,527
(-13.31)
3,475 3,643
(-10.44)
3,704
(-8.94)
3,783
(-7.00)
CO2排出量
(106ton-C/年)
346 285
(-17.65)
300
(-13.32)
295
(-14.74)
310
(-10.29)
314
(-9.30)
321
(-7.23)
排出枠購入量
(106ton-C/年)
    15 10 25 29 36

後藤モデルによるシミュレーション結果
**対策ケース1 :炭素税(\34,900)導入
    対策ケース2-1 :炭素税(\26,500)と上限制約(1500万tC/年)付排出量取引との組み合わせ
    対策ケース2-2 :炭素税(\31,700)と上限制約(1000万tC/年)付排出量取引との組み合わせ
    対策ケース3 :炭素税(\10,000)と炭素税収を活用した排出量取引との組み合わせ
    対策ケース4-1 :低額の炭素税(\3,000/tC)と炭素税収を活用した排出量取引との組み合わせ。排出量取引に充当されない残余の税収は、経済へ還流されると仮定。
    対策ケース4-2 :低額の炭素税(\1,500/tC)と炭素税収を活用した排出量取引との組み合わせ。排出量取引に充当されない残余の税収は、経済へ還流されると仮定。

   (※いずれも排出枠の価格は\10,000/tCを想定)

(2)省エネルギー投資への補助金との組み合わせの効果

  炭素税の税収を財源として省エネルギー設備の導入を促進するために、省エネルギー設備への初期投資に当たって補助するとの炭素税と省エネルギー投資補助金との組み合わせの効果を試算(AIMモデル*1)した。この場合は、補助金と炭素税との合計額が省エネルギー対策実施のインセンティブとして働くこととなる。具体的な結果については、2010年時点で1990年レベルより2%以上の二酸化炭素排出量の削減を行うために炭素税のみを導入した場合には、炭素トン当たり30,000円が必要となる。(ただし、この場合は3%削減となる。)しかし、炭素トン当たり3,000円の炭素税を導入し、その税収を対策への補助金として還流することとすれば、1990年レベルの排出量の2%削減という目標を達成するだけの二酸化炭素削減効果を得ることが可能であることがわかった。
  なお、この削減効果は、部門毎の生産量は変えない(したがってマクロ経済の大きさも対策の有無により影響を受けない)という仮定の下で、省エネルギー技術への代替のみによって得られたものであるが、実際には、省エネルギー投資が進むことによって、生産量が増大する部分があることも考えられる。(この効果については、生産量の増加に伴う二酸化炭素排出量の増大にも配慮が必要となる。)
  今回のシミュレーションで扱った補助金は汚染物質の削減量に応じた補助金ではなく、特定の省エネルギー設備の導入に当たって補助を行い、導入を促進しようとするものである点に注意が必要である。(今回のシミュレーションでは、簡略化のため補助金として一括して表している税収の還流についても、例えば、補助金と同等の効果を有する設備取得に関する税制優遇措置等、補助金と同等の効果を有する様々な施策として構築できる可能性がある。)
  一般的に、補助金については、補助金配分システムの非効率等の問題が指摘されており、効率的な補助金制度の構築が前提となる。AIMモデルでは、補助金の対象となるべき設備の情報を外生的に与えているが、今後とも技術の進歩に応じて不断に見直されないと補助金による不効率の問題が生じ得る。この意味で、国内対策による削減を図る上では、トン当たり3,000円の炭素税は最も合理的な場合に想定される下限を画するものであることに留意を要する。他方、今回の補助金については、炭素税の税収を財源としているため、補助金についてしばしば指摘される汚染者負担の原則への抵触の問題については、一般財源による補助金より議論は少ないと考えられる。
  炭素税収を対策補助金に活用するに当たっては、この他に、部門間で資金が移転される問題がある。つまり、家庭部門と業務部門の税収はそれぞれの部門へと結果的には補助金として戻される(すなわち、同じ部門の中で、対策を行わない者、行えない者から、資金さえあれば対策を行い得るものへの資金の移転が起こったこととなる。)が、運輸部門では必要な補助金の額が不足するため、産業部門からの税収が運輸部門への補助金に使われる結果となった。これは、社会全体として最も効率的な削減を行おうとすることから生じたものである。しかし、産業部門にとっては、税によらず排出量についての制限を受けた下での強制的削減により、支払わなければいけなくなる費用と比べ、炭素税支払額が少なければ有利ではあるものの、資金が部門を越えて移転する点に留意はなお必要である。

  *1   AIM (アジア太平洋地域温暖化対策分析日本モデル)
  アジア太平洋地域を中心に、温室効果ガスの発生及び削減対策とその結果としての気候変動による環境影響を評価する目的で開発された。本シミュレーションでは、AIMのうち、エネルギー最終消費についてのエンドユースモデルの部分を用いた。

表5−2 税と省エネルギー投資補助金の組み合わせについてのシミュレーション結果
(2010年時点の比較)
※(  )内は基準ケースからの変化率
(106ton-C)
  基準ケース 市場選択ケース(炭素税なし) 炭素税(\30,000)ケース 炭素税(\3,000)+省エネルギー投資への補助金ケース
二酸化炭素排出量合計 360.7 318.4
 (-6.3)
278.9
(-18.6)
282.0
(-18.6)
  産業部門
 
家庭部門
 
業務部門
 
運輸部門
 
エネルギー転換部門
 
147.3
 
 49.5
 
 43.4
 
 80.4
 
 19.8
 
136.7
 (-7.2)
 44.1
(-11.0)
 39.5
 (-9.0)
 79.6
 (-1.0)
 18.6
 (-6.3)
125.5
(-14.8)
 32.6
(-34.1)
 33.5
(-22.9)
 71.1
(-11.5)
 16.1
(-18.6)
127.6
(-13.4)
 33.3
(-32.8)
 33.9
(-22.0)
 71.1
(-11.5)
 16.1
(-18.6)

AIMによるシミュレーション結果
** 市場選択ケース: 各部門の主体が合理的な技術選択を行い省エネルギー投資を進めると仮定したケース。なお、市場選択ケースでも基準ケースより相当な排出削減がなされており、合理的な対策選択に向けた情報提供などのソフトな対策の効果も潜在的には大きなものであることが示唆される。
炭素税(\30,000)ケース:炭素トン当たり30,000円の炭素税を課すケース
炭素税(\3,000)+省エネルギー投資への補助金ケース:炭素トン当たり3,000円の炭素税を課し、その税収を省エネルギー投資への補助金に充てるケース

(3)税収の還流手法に応じた環境・経済両効果の違い

  税収の使途についても、様々なオプションが考えられる中で、今回は、炭素税のみで排出目標を達成することを前提に、その場合の税収が政府消費支出と政府資本形成に当てられる政府支出増加ケース、財政赤字を削減するために、炭素税収を国債の償還に充てる財政赤字削減ケース(モデル上は、既発国債を購入する。)、炭素税収による増収分を所得税の減税財源に充てる所得税還付ケースの3つのケースをとりあげて検討した。一般に炭素税率が高くなり、炭素税のみによる政策効果が相当に期待される場合は、その税収を環境対策以外にも活用できる可能性が生まれる。
  このシミュレーション(SGMモデル*1)では、税収を還流することによる環境保全効果や経済影響の変化を見ることができる。
  経済へ与える影響については、税収の経済への還流がどのような方法で行われるにせよ、最終的には税収全額が最終需要を喚起させることとなるが、資本ストックの減少割合を小さくさせる還流の方法を取るほど、長期的な経済全体の生産性や生産力が低下しにくくなり、実質GDPの減少が少なくなる。つまり、経済への影響が最も少ないケースとは、結局、資本ストックの減少が少ないケースである。
  今回のシミュレーションにおける3つのケースの範囲では、国債償還により市中の資金を増加させ、利子率の低下を生じさせて、民間資本形成を誘発する「財政赤字削減ケース」が経済への影響が最も少ないケースとなった。ただし、財政赤字削減ケースでは、実質GDPのロスが他と比べて小さいため、他のケースよりエネルギー消費量が多くなる。このため、他のケースと同じだけのエネルギー消費削減を行い、二酸化炭素削減目標を達成しようとすると若干炭素税率は高くなる。
  このように、税の還流の方法が異なると、二酸化炭素を削減する効果や経済へ与える影響が異なるため、方法の選択に当たってはこれらの点にも配慮した戦略的な検討が必要となる。
  なお、今回はシミュレーションしなかったが、上述の(2)に見たとおり、諸外国でも実例のある省エネルギー設備などに限った民間の資本形成を進めるのも、マクロ経済の成長を進める方法となり得るし、また、これも同様に諸外国にも見られるところであるが、マクロ経済の成長よりは雇用の確保を重視し、雇用に伴う企業のコスト負担を削減することも税収の戦略的還流手法として検討するに値しよう。

  *1   SGM(Second Generation Model)
  国民所得勘定をベースに構築された古典派型の応用一般均衡モデルであり、炭素税収の還流を考慮に入れることが可能で、還流の方法によって経済に及ぼす影響の違いの分析が可能。

表5−3税収の還流方法の違いに関するシミュレーション結果

 ※(  )内は対基準ケース

(2010年時点の比較)
  基準ケース 政府支出増加ケース 財政赤字削減ケース 所得税還付ケース
実質GDP(10億円) 599,878 596,913
(−0.49)
598,468
(−0.24)
596,750
(−0.52)
資本ストック(10億円) 2,282,756 2,276,891
(-0.26)
2,288,486
0.25
2,275,505
(-0.32)
CO2排出量
     (106炭素トン)
344 285
(-17.1)
285
(-17.1)
285
(-17.1)
炭素税額(円/炭素トン)   38,700 41,500 41,500

SGMモデルによるシミュレーション結果
**政府支出増加ケース :炭素税収が政府消費支出と政府資本形成に充てられる。
   財政赤字削減ケース :炭素税収が国債償還に充てられる。
   所得税還付ケース :炭素税収が所得税還付による家計への税収還流の財源に充てられる。

 

2.まとめ

  1の(1)〜(3)で見たように、税と排出量取引や省エネルギー補助金等との組み合わせにより少ない負担で大きな効果が得られるが、税と排出量取引、税と省エネルギー設備への補助金といった組み合わせだけでなく、税、排出量取引、省エネルギー投資などの施策をすべて必要に応じて組み合わせ、税収が多い場合にはその戦略的な還流方法も考慮することで、低い炭素税の税率で高い二酸化炭素削減効果を得ること、さらには、環境保全型の新しい形の経済への積極的な誘導が可能となると考えられる。低い炭素税率では、炭素税によるエネルギー価格の引き上げがエネルギー消費を抑制・削減するという価格効果自体はあまり期待出来ないが、炭素税の導入により、総ての者が対策に参加する仕組みが用意されるとともに他の施策とのポリシーミックスの幅が広がり、さらにモデルでは定量化が難しいがアナウンスメント効果(税が導入されたという事実により、潜在化していた合理的な省エネルギー投資を促進し、エネルギー消費を抑制・削減する等の行動が拡大される効果)も期待される。さらに、ポリシーミックスの如何によっては、既存の産業構造等へ与える影響を極小化したり、特定の産業の成長を加速化したりしていくことも十分可能である。
  特に、今回シミュレーションで提示された炭素税の下限は炭素トン当たり数千円のものとなることから、これらのシミュレーションが理論上の様々な前提を置いたものであることに留意しつつ、こういった低額の税も有効に活用し得るポリシーミックスの方策も含めて各種ポリシーミックスの具体的な検討を開始し、併せて、それを長期的に発展させていくプログラムを検討することが、現実的には、最も重要であると考えられる。なお、この場合には、既存の税制との関係を大きく変えないで済む点も有益である。

  現在、京都議定書に定められた排出量取引について国際的な制度の構築に向けた検討が進んでおり、併せて各国においても政府だけでなく、産業界においても国内での排出量取引の制度の構築に向けた検討が進んでいる。今回のシミュレーションでも、税と排出量取引の組み合わせは小さい負担で大きな効果を得る方法であることがわかったが、この認識は各国が共通して有しているものとも考えられる。この排出量取引制度を導入する国内的な動機付けとしても、炭素税は有効な役割を果たし得ると考えられる。排出量取引では、趨勢的に国際価格が上昇していくものと考えられるところであり、早い時期にわが国がこれに参加し得るようにするためにも、温暖化対策のための税のメリットを活かしうる国内政策パッケージを早急に固めていく必要があることを付言する。なお、海外の排出枠の取得を含むポリシーミックスの形成に当たっては、地球温暖化対策の推進に関する法律に基づく地球温暖化対策に関する基本方針で、国内対策を基本とする旨を定めていることを踏まえた検討が必要であることは言うまでもない。

  どの時点から炭素税を導入すべきかという議論については、今回のモデルでは、社会が炭素税の導入に瞬時に適応するという構造を持っているため、二酸化炭素削減の目標年次とした2010年時点で炭素税を導入することでも十分な結果が得られたが、実際には、調整のための期間が必要であることも併せて付言したい。社会における調整が速やかに行われるのであれば、目標年次に近い時点で税を導入することが効率的であるが、実際には調整には長い時間がかかると考えられるため、目標年次に近い時点での税の導入は、所定の効果を発揮しないおそれがあり、この点についての検討も必要である。

  税・課徴金のような間接的な手段を環境対策として位置づけるという考え方は、わが国ではまだ新しい考え方であるが、これまで概観したように、ヨーロッパでは地球温暖化対策のための税に関して、導入が広がり、又は導入に向けた検討が進んでいる状況であり、2001年にはわが国の競争相手となるヨーロッパの主要国ではほとんど導入されることになると見込まれる。また、米国やカナダでも、排出量取引を主体とする、やはり経済的に効率的な政策が発展させられていこう。これら諸国との競争の観点からは、わが国においても、効率的でかつ、新しい型の経済を戦略的に作っていける政策を持つことが急務となっている。幸いわが国においても、国民、産業界双方において経済的手法を活用した地球温暖化対策への理解が深まりつつある。

  地球温暖化の問題は、経済社会の構造に密接に関わっており、解決のためには、これまで外部化されてきた社会的費用を内部化することが不可欠となっている。この過程では、これまでの経済とは異なった形の経済への転換が避けて通れない。しかしながら、このような転換に消極的であることはもはや許されないと覚悟すべきであろう。
  温暖化対策については早期の積極的な対策のメリットが大きい。例えば、対策が遅れれば遅れるほど温暖化対策のコストが増加し、適応コストも膨大になること、省エネルギー技術等の温暖化対策については、国際的にも需要が高く、早期に対応をとることでわが国が世界市場において有利な位置を占める可能性が大きいこと、排出量取引等の新しい手法について国際的なルールができた場合に、即座に対応することによって、より安い排出枠を確保することが可能となると考えられること等のメリットが考えられる。
  したがって、早期対策のメリットを十分に勘案し、地球温暖化を防止しながら発展し得る新しい経済の姿とそのために講じるべき対策及び対策に伴い必要な負担を検討し、合意形成を図ることが必要である。

  ただし、対策は一つではない。効果的な地球温暖化対策のためには、様々な対策を組み合わせて実施することが必要であり、その対策の選択の幅は十分広いと考えられる。例えば、既存の産業構造などを重視した「ローインパクトな」対策から、環境保全型の持続可能性の高い産業構造への転換を戦略的に加速化していくような「ハイインパクトな」対策まで、その設計が可能になっている。
  経済的手法についても、これまでのように、単に税の導入の是非の観点から捉えるのではなく、その他の施策との組み合わせのオプションが多数存在するため、施策の選択に当たって、この幅広い選択肢の中から、公平な分担と適切な負担の下で対策の効果を極力高め、わが国経済への望ましくない影響を抑える道を追求することが十分可能であり、かつ、効果的である点を踏まえ、他の政策手段には代え難い有効性と役割を期待し得る税を含めて、政策パッケージ全体の検討の具体化を図り、また、各種パッケージ案の相互比較を図る段階に至ったと見ることができる。本報告書が、このように一歩進んだ段階の検討作業の一助となることを祈念する。