お寺に集まる「おそなえ」を、子ども食堂や学習支援などの活動をする団体へ、あるいは経済的に困難な状況にある家庭へ「おすそわけ」として届ける活動です。2014年からスタートした活動の輪は、全国約1200の寺院(2019年4月現在)となり、さらに広がりつつあります。
どんな活動?
お寺に集まるお菓子やお米を経済的に困難な状況の子どもたちに届ける!
お菓子の寄付なども募っています。
檀家と呼ばれる地域住民の暮らしと深く関わっているお寺には、お米やお菓子、果物などさまざまなお供えものが集まります。こうした「おそなえ」を仏さまからの「おさがり」として頂戴し、子ども食堂や学習支援といった子どもをサポートする支援団体、あるいは経済的に困難な状況にある家庭へ直接「おすそわけ」として届けているのが『おてらおやつクラブ』の活動です。
『おてらおやつクラブ』はNPO法人として、宗派の枠を越えたネットワークが広がっています。2019年4月現在、活動に参加しているのは全国1153寺院、支援団体は423団体にまで増えており、月間でのべ1万人の子どもたちがおやつを受け取るようになっています。
NPO法人の事務局があるのは、団体の代表理事を務める松島靖朗さんがご住職の奈良県田原本町にある安養寺(浄土宗)というお寺です。もちろん、安養寺からも「おやつ」の発送などを行いますが、『おてらおやつクラブ』事務局の大切な役割は、参加するお寺と支援団体などのマッチング。ひとつの支援団体に、おすそわけペースが異なる複数のお寺を紹介し、安定して「おすそわけ」が届くよう配慮しています。
また、ファッションブランド「JAMMIN」とコラボしたエコバッグやTシャツを販売したり、ユーハイムからバウムクーヘンの寄贈を受け、活動の仕組みにのせて全国の子どもたちに届けるなど、活動の幅を広げるプロジェクトにも積極的に取り組んでいます。さらに、ウェブサイトやSNSを活用して、『おてらおやつクラブ』の取組に賛同するたくさんの方から、おやつやお金はもちろん、古本やDVD、ゲームソフトなどの寄付を募る「古本勧進(ふるほんかんじん)」という取り組みも。また、ふるさと納税で届く自治体からの返礼品の寄贈(送付先を『おてらおやつクラブ』の事務局に指定。ただし、肉や魚などの要冷蔵品を除く)など、一般の方が活動を応援しやすくするための工夫も凝らしています。
事務局がある安養寺。
お米や日用品なども「おすそわけ」します。
寄付へのお礼に配布する手書きの「伝道ポスター」。
「フェリシモ」とコラボしたグッズも!
活動のきっかけは?
貧困問題への気付きを広げお寺だからこその活動で解決を目指す
『布施行の実践』を大切にしています。
2013年5月、大阪で起こった母子死亡事件が『おてらおやつクラブ』の活動が始まるきっかけでした。28歳の母親と3歳の男児が電気やガスも止められたままの自宅マンションで死亡。男児のそばに「最後におなかいっぱい食べさせてあげたかった。ごめんね」と、母親が残したとみられるメモが残されていたのです。また、同年6月には子どもの貧困対策法(子どもの貧困対策の推進に関する法律)が国会で可決成立し、翌2014年1月から施行されます。
日本における子どもの貧困問題は深刻です。厚生労働省の国民生活基礎調査(平成28年)によると、貧困に苦しむ子どもの数は約280万人、およそ7人に1人の割合(13.9%)とされています。また、ひとり親家庭の50.8%が貧困問題を抱えています。
大阪での事件をきっかけに子どもの貧困問題に何かの手を差し伸べられないかと考えた安養寺住職である松島さんは、お寺の「おそなえ」を「おすそわけ」する『おてらおやつクラブ』の仕組みを発案。子どもの貧困対策法が施行された2014年1月、友人の住職ととともに、『おてらおやつクラブ』を立ち上げました。
自分のお寺に集まったお供えものを配るだけでは、大きな結果は望めません。松島さんは次第に数が増えてきた仲間とともに全国各地へ出かけて寺院への説明会を開催。各地域での説明会では大きな寺院を会場に借り、周辺の寺院関係者に集まってもらったそうです。同時進行で子どもたちの支援団体にも協力を呼びかけながら、活動の輪を広げていきました。
地道な説明会開催によって、2014年中には500を超える寺院とおよそ160の支援団体が参加。月間でのべ5000人の子どもたちに「おすそわけ」を届けられるようになり、『おてらおやつクラブ』の活動が大きな流れになっていきます。
全国には約7万の寺院があるそうです。一朝一夕に解決することの難しい子どもの貧困問題を解きほぐすためには、1か寺でも多くのお寺の協力が必要不可欠です。2015年には活動内容がわかりやすく紹介されて、寺院や支援団体の参加申し込み、支援を必要としている方からの連絡窓口、一般の方からの「おそなえ」や寄付を募る窓口をもった公式ウェブサイトを開設しました。また、2018年7月には活動の実態をより広く伝えるためのフリーマガジン『てばなす』を創刊するなど、活動の周知と参加する人の輪を広げるための取組を続けています。
成功のポイントは?
すでにある「おそなえ」を活用して慈悲の実践を広げていく
寺院に集まるおそなえを活用します。
『おてらおやつクラブ』の取組が、宗派の枠さえも超えて大きな広がりを実現してきたことには、2つの大きなポイントがあります。ひとつは、寺院や支援団体がすでに存在しているリソースを活用して、無理なく参加できることです。
そもそも、全国の寺院にはたくさんのお供え物が集まります。こうしたお供え物はおさがりとしてご住職やその家族がいただいたり、地域の集まりなどに提供しても、時には余ってしまうこともありました。また、支援団体では貧困問題を抱えた家族を応援するために、お菓子や食料品を集めたり、それを配布するイベントを開催していました。『おてらおやつクラブ』では、参加する寺院と支援団体をマッチングして、支援団体の活動のために、寺院からの「おさがり」がスムーズに行き渡る仕組みを作り上げただけ、ともいえるのです。
参加する寺院がやるべきことは基本的に、集まったお供え物を定期的に支援団体に発送するだけです。賞味期限に配慮するといった心配りは必要ですが、新たに大きな手間がかかる作業ではありません。全国各地で困難を抱えた家庭と密接に結びついている支援団体を介することで、有効に、たくさんの子どもたちにお菓子やお米といった「おすそわけ」が届くのです。
もうひとつのポイントは、そもそも仏教とは仏さまの慈悲に基づく教えであり、その仏さまを中心とする寺院を切り盛りする僧侶のみなさんに対して「慈悲の実践」を呼びかけてきたことです。寺院にお供えされたお菓子やお米などを「おすそわけ」するのは仏さまのお慈悲を困っている家族へ届けることでもあるのです。
仏教にもさまざまな宗派がありますが、困っている人に手を差し伸べて、孤立しない状況をつくる手助けをする慈悲の心は、宗派の壁を越えた基本的な理念です。だからこそ、宗派の枠を超えて多くの寺院、僧侶の方々が積極的に参加する状況が広がってきました。また、取組を通じて広がる感謝の記憶は、寺院や僧侶、ひいては仏教への感謝に繫がり、仏教を通じて豊かな人間性を育て、よりよい社会形成の実現に繫がっていくという側面もあります。
それぞれの寺院が各自のペースで実践。
いろんな人がボランティアで参加できます。
レポート!
受け取る子どもたちの笑顔を思い浮かべながらの発送作業
末吉委員も発送作業ボランティアに参加しました。
今回の取材では、グッドライフアワード実行委員の末吉里花さんとともに、『おてらおやつクラブ』の事務局がある奈良県田原本町の「安養寺」を訪ねました。ほぼ毎月行われている、この寺院から全国への「おすそわけ」の発送ボランティア作業を取材するためです。寺院からの「おすそわけ」は基本的にそれぞれ指定された支援団体に送ります。寺院ごとに無理なく続けられるペースや量で行っており、安養寺の場合は、月に一度、支援の要請のあったご家庭に直接発送しているということでした。
ボランティア作業を始める前には、愛知県の「林昌寺(臨済宗)」副住職の野田芳樹さんが仏前に座り、作業に参加する人たちとともにお勤めを行ったのも印象的でした。野田さんは昨年、グッドライフアワード表彰式&カンファレンスで、受賞団体の代表としてプレゼンテーションを行ってくれた方です。『おてらおやつクラブ』の広報ご担当でもあるということで、この取材のために愛知から駆けつけてくださったとのことでした。
この日も10人ほどのボランティアの方が集まっていました。「おすそわけ」を届ける家族の住所や名前は大切な個人情報ですから、参加したボランティアには個人情報を除いた性別や年令が書かれた紙が手渡され、用意された段ボール箱にお菓子などを詰めていくのです。末吉里花委員はもちろん、環境省担当者や取材スタッフもボランティア作業をお手伝いしました。「3歳の男の子と6歳の女の子、そして33歳のお母さん」といったメモを手にお菓子を選び箱詰めしていると、不思議なことにおすそわけを届けるご家族と少しずつ心が通じ合うような気持ちになって、ボランティアをしているこちらの心までふんわりと温かくなるような体験をすることができました。
全国にはおよそ7万の寺院があるそうです。参加する寺院が1000を超えたとはいえ、もっともっと取組の輪が広がっていく可能性を秘めています。
「この活動を通じて、いろんな方とのご縁をいただきながら、世の中の問題の解決に繫がっていくのであればうれしいことだと感じています。私自身が、ご縁のおすそわけをいただきながら、これからも続けていきたいですね」(野田芳樹さん)
「日本における貧困問題は周囲から見えにくく、それだけに深刻な問題でした。私たちの取組を通じて社会の問題への気付きを広げたいと思っています。参加する寺院の数を増やすことが目標ではありません。お供え物がこれからもお寺に集まり続けるように、宗教者として慈悲の実践を続けていくことが大切だと考えています」(松島靖朗さん)
『おてらおやつクラブ』ではわかりやすい公式ウェブサイトを開設し、活動の紹介や最新情報の更新もされています。また、ウェブサイトから寄付も常時受け付けているようです。活動にご関心のある方は、ぜひ一度ご覧ください。
『おてらおやつクラブ』ウェブサイト
https://otera-oyatsu.club/
受賞記念の盾を飾っていただいていました。
受け取る子どもの笑顔を想像しながら箱詰め作業。
手書きでメッセージを添えます。
2時間ほどで発送準備が整いました。
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