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研究課題別評価詳細表

I. 中間評価

中間評価 S.戦略的研究開発領域

戦略プロジェクト名:【S-8】温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究 (第I期:H22〜H24 第II期:H25〜H26)
プロジェクトリーダー氏名: 三村 信男 (茨城大学)

1.研究計画

研究のイメージ 国内の分野別・分野横断の適応策を整理し、我が国を中心に影響の全体像(分野別の物理的・経済的影響)を把握し、適応策の効果を考慮するための高度化な影響・適応策評価モデル(ボトムアップ型モデル)を開発する。
同時に、トップダウン型の全国影響評価手法を開発し、ボトムアップ型評価結果と比較し、全国影響評価の総合化・精緻化を図る。次に、様々な将来発展シナリオに基づく適応型社会の実現可能性についてモデル分析を行う。
さらに、全国レベルで行う温暖化影響・適応策評価のためのモデルをベースとして、都道府県や市町村レベルでの温暖化影響モニタリング手法や温暖化影響可視化手法を開発する。
また、国内を対象とした温暖化影響・適応策評価の成果を基に、アジア太平洋地域の脆弱な地域における適応策実施の優先順位や費用対効果の分析を行うための、途上国に適応可能な脆弱性・影響・適応効果評価指標の開発・標準化を行う。

図 研究のイメージ        
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■ S-8  研究概要
http://www.env.go.jp/houdou/gazou/12772/s-8.pdf PDF [PDF 417 KB]

2.研究の進捗状況

【テーマ1】 我が国全体への温暖化影響の信頼性の高い定量的評価に関する研究
 既存の気候モデルの結果を入力として、高度な影響・適応策評価モデル(ボトムアップ型モデル)を開発・改良し、複数の気候予測結果に基づく全国レベルでの確率的影響予測および適応策の評価を実施した。また、自治体で利用可能な簡易的な脆弱性・影響・適応効果評価手法を開発した。さらに、トップダウン型の全国影響評価手法を開発・改良し、ボトムアップ型モデルを用いた予測および評価結果と比較し、全国影響評価の総合化・精緻化を図った。
【テーマ2】 自治体(都道府県、市町村)レベルでの影響評価と総合的適応政策に関する研究
住民等多様な主体による参加型の温暖化影響モニタリング手法、温暖化影響可視化手法を開発、検証及び標準化した。また、自治体レベルでの影響評価結果及び自治体コンソーシアムにおける意見交換を踏まえ、分野横断的な適応政策ガイドラインの作成を行った。さらに、これらの研究を円滑に進め、かつ成果を自治体レベルでの実際の適応策検討に活用してもらうため、意見交換のプラットフォームを形成した。
【テーマ3】 アジア太平洋地域における脆弱性及び適応効果評価指標に関する研究
 アジア太平洋地域における影響予測・適応策に関する比較研究を行うとともに、適応策実施の優先順位や費用対効果の分析に貢献するため、国際的に開発・提案されている評価手法をもとにして、途上国に適用可能な脆弱性・影響・適応効果評価指標の開発・標準化を図った。また、アジア太平洋の特に脆弱な地域(メガデルタ・メガ都市、インド・ガンジス平原の水資源・農業など)を対象として評価指標を適用し、その有効性を検証した。さらに、これら研究成果について、UNEP世界適応ネットワーク、IPCC等の国際フォーラムにインプットするとともに、研究者の国際ネットワーク化によりその実用化を推進した。
【テーマ4】プロジェクト全体の管理
拡大アドバイザリー会合における指摘に基づいて (1)適応哲学・長期ストラテジー、(2)複合的な影響評価、(3)気候・社会経済シナリオ検討、(4)地域適応フォーラムの4つのワーキング・グループを設置して適応政策の大局的な位置づけなどの検討を進めた。

3.環境政策への貢献

① 政府における適応策検討への貢献:環境・エネルギー戦略や第4次環境基本計画策定等に対して科学的知見や適応策のあり方に関する知見を提供し、国としての適応策の方向付けに寄与している。
② 地方自治体における影響評価と適応策検討への貢献:気候変動への適応策の実施の中心となる地方自治体では、影響評価及び適応策立案のためのツールやガイドライン、情報交換プラットフォームを欠いていた。これに対して、長野県と九州を先進的ケースと位置づけて自治体と連携した研究開発を行い、県レベルで適応部門タスクフォースが設置される等の成果に結びつけた。また、平成23年10月に設立された地域適応フォーラムは、自治体間の情報交流プラットフォームとして期待が寄せられている。本プロジェクトは、我が国で最も総合的な自治体レベルの適応策の推進母体となっている。
③ 我が国に対する温暖化影響・適応策に関する科学的知見とツールの開発・蓄積:地域及び分野ごとに、温暖化影響と適応策に関する知見とツールを集積し、適応策立案の科学ベースを拡大した。
④ 国民との対話と科学的知見の広報:「国民との科学対話」を進めるため、平成23年10月12日に文部科学省気候変動適応研究推進プログラム(RECCA)と合同で「気候変動に関する対話シンポジウム−将来の安全・安心な社会をめざして」を開催した。このシンポジウムには200名以上の参加があり、対話シンポという形式は概ね好評であった。
⑤ 国際的な貢献:アジア太平洋地域の途上国に適用可能な脆弱性指標と適応技術データベースの作成によって、途上国における適応策の展開に貢献している。

4.委員の指摘及び提言概要

プロジェクト全体は、共同研究としてよく計画され、研究は進展しており、研究の方向性も評価できる。研究展開においては、「気候変動影響と適応策の環境的・社会的意味の提示」、「安全・安心社会に向けた適応策の位置づけの明確化」という目的拡大もうまく取り入れている。とりわけ「適応哲学・長期ストラテジー」を明確にして、各サブテーマに反映させることは重要であり、大いに期待する。一方、サブテーマを個別にみると幾分のばらつきがみられる。S-8-1(3)、(5)、(6)においては研究対象の幅を広げること、S-8-1(7)においては研究内容の全体テーマとの関連づけと水準の向上について検討すべきである。また一般に対象地域の類型化も進める必要がある。

5.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-1(1)】統合評価モデルによる温暖化影響評価・適応政策に関する研究(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 原澤 英夫(独立行政法人 国立環境研究所)

1.研究計画

 国内の分野別・分野横断の適応策を整理し、我が国を中心に影響の全体像(分野別の物理的・経済的影響)を把握し、適応策の効果を考慮するための高度化な影響・適応策評価モデル(ボトムアップ型モデル)を開発する。同時に、トップダウン型の全国影響評価手法を開発し、ボトムアップ型評価結果と比較し、全国影響評価の総合化・精緻化を図る。次に、様々な将来発展シナリオに基づく適応型社会の実現可能性についてモデル分析を行う。さらに、全国レベルで行う温暖化影響・適応策評価のためのモデルをベースとして、都道府県や市町村レベルでの温暖化影響モニタリング手法や温暖化影響可視化手法を開発する。また、国内を対象とした温暖化影響・適応策評価の成果を基に、アジア太平洋地域の脆弱な地域における適応策実施の優先順位や費用対効果の分析を行うための、途上国に適応可能な脆弱性・影響・適応効果評価指標の開発・標準化を行う。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】温暖化影響評価・適応政策支援のための統合評価モデルの開発
 戦略研究プロジェクトS-4で開発してきた統合評価モデルAIM/Impact[Policy]に、S-8-1(3)〜(9)で開発される分野別の精緻な影響・適応策評価モデルによる影響関数を実装した。また、テーマ2ならびにS-8-1(3)〜(9)と連携して、都道府県や市町村レベルで利用することを目的として、既に計算されている影響評価結果を格納するデータベースとしての機能およびその評価結果を表示する機能、影響響関数および観測データから新たに影響評価を行いデータベース化する機能、およびその評価結果を表示する機能を有する簡易推計ツール(AIM/Adaptation[Policy])を開発した。
【サブサブテーマ②】温暖化影響評価・適応政策支援のための気候シナリオ・社会経済シナリオの開発に関する研究
 気候シナリオ開発手法について、既存手法の整理・評価を実施し、テーマ1および2が対象とする空間スケールでの影響評価研究に適した手法を提案し、共通に使用するシナリオ(S-8共通シナリオ第1版:CMIP3ベース・月単位)を開発した。この共通シナリオ第一版には、気候シナリオのみならず、社会経済シナリオ(人口・土地利用シナリオ)も開発して格納されている。また、S-8共通シナリオ第2版作成に向けて、IPCC第5次評価報告書に準拠した世界シナリオの検討およびS-8共通シナリオ第2版(CMIP5ベース・月/日単位)開発に向けたロードマップの検討を行った。さらに、IPCC第5次評価報告書に向けた最新の気候予測情報について収集・整備し、S-8参画研究機関による効率的・効果的な利用を支援するデータベースを構築した。

3.環境政策への貢献

 長野県地球温暖化対策戦略検討会、九州・沖縄地方の地球温暖化影響・適応策検討委員会、九州・沖縄地方の地球温暖化影響・適応策検討調査にかかる地域WGにおける適応策検討において、本研究成果である簡易推計ツールの目的と機能を提示し、科学的知見を取り込んだ適応策立案の検討に貢献した。

4.委員の指摘及び提言概要

統合評価モデルの開発、気候シナリオ・社会経済シナリオの開発に関し、各サブ課題との連携も含め研究は進展している。今後、CMIP5の利用による成果が特に期待され、既存の国内関係プロジェクトとの連携を強化することが望まれる。水産業への影響・適応についての取り扱いも加えることが望ましい。しかしこれには、海洋酸性化問題もあり、沿岸海洋モデルを向上させてゆく必要もあることから、政策ニーズに対応するためには、この研究課題の機関だけでは難しい可能性もある。ここまでの成果の一つである簡易推計ツールは有用であるが、さらに現場からのニーズをS-8-2とも連携して十分に吸収し、改良を図ることが望まれる。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-1(2)】温暖化ダウンスケーラの開発とその実用化
(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 日下 博幸(筑波大学)

1.研究計画

政策担当者や技術職員・研究員が単独で各地域(県レベル・市町村レベル)の温暖化予測評価を実施可能にするためのダウンスケーリング評価システム(ダウンスケーラ)を開発する。最終的には、分野別影響班と強く連携することで、各地域の影響評価に資することを目標とする。本研究課題では、ダウンスケーラの開発を効率的に進めるため、3つのグループを構成して作業を分担する。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】ユーザー支援システムの開発に関する研究
平成22年度から24年度にかけて、ダウンスケーラに搭載するユーザー支援システムを開発した。そして、このシステムをベースにダウンスケーラのプロトタイプ版を開発した。プロトタイプ版の完成後、これをS8内の影響評価研究者グループ(S8-2(1)地域班の長野県環境保全研究所)に提供するとともに、影響評価研究者自身がシステムを運用できるようにダウンスケーラに関する講習を行った。現在、サブサブテーマ③から得た政策担当者へのアンケート結果や影響評価研究者グループからの意見・要望に基づき、ダウンスケーラを改良中である。
【サブサブテーマ②】温暖化評価手法の開発とガイドラインの作成に関する研究
平成22年度から24年度にかけて、政策担当者や影響評価研究者など地域の温暖化予測の非専門家がダウンスケーラによる地域の温暖化予測結果を有効利用するためのガイドラインのサンプルを作成した。また、複数のCMIP3-GCMデータからダウンスケーラを動かす際に必要となる擬似温暖化実験用データを作成し、高解像度サブモデルを開発した。さらには、ダウンスケーラに搭載予定の高解像度計算用簡易モデルを開発した。現在は、ガイドラインの充実化を図るとともに、CMIP5-GCMデータから擬似温暖化実験用データを作成中である。
【サブサブテーマ③】影響評価研究者および政策担当者との連携とダウンスケーラの有用性の評価に関する研究
平成22年度は、開発予定のダウンスケーラの問題点を把握した。また、ダウンスケーラに対するアンケート調査の結果を基に、北海道などの地域の政策担当者とさらなる意見交換を行い、より具体的なニーズを把握した。平成23年度には、ダウンスケーラのプロトタイプ版を用いて実験運用を開始した。その結果、北海道では平野部で特に積雪が減少すること、北海道においても現在の北陸地方にみられるように湿った重い雪へと変化する可能性が示された。現在、実験運用の結果をもとにダウンスケーラの評価を実施中である。

3.環境政策への貢献

これまで、環境省S-5プロジェクトや気象庁地球温暖化予測情報において、地域の詳細な気候変化予測が行われてきた。これらのプロジェクトで得られた将来予測データは影響評価研究者にとって有用ではあるが、年代・シナリオ・GCM・出力変数が限定されていた。
ダウンスケーラを使用することで、影響評価研究者や政策担当者が主体となって必要な予測データを作成することが可能となる。つまり本システムを使用することで、ボトムアップ的な政策立案が加速され、気候変動適応への機運を高める効果があると期待される。本システムは地域の温暖化予測ができるだけでなく、土地利用変化の影響やエネルギー消費量変化の影響を考慮する機能が搭載されているため、緑化政策や省エネの効果を定量的に見積もることもできる。本システムは、学校や公共施設の環境教育の場においても使用することができ、温暖化影響を実感し市民レベルでの啓発にも貢献できる。

4.委員の指摘及び提言概要

 さまざまなGCMやシナリオに対応できるダウンスケーラをユーザー支援システムの開発を含めてプロトタイプとして開発し実験運用を開始した状況である。PCで使用できるようなダウンスケーラは、利用者のアクセスが容易になり、その意義は大きい。今後、適切なガイドラインの作成により、モデルの前提や限界も明確にして利用者、特に地方自治体担当者によって正しく活用できるようになることを期待する。そのうえで、政策への貢献を期待する。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-1(3)】気候変動による水資源への影響評価と適応策に関する研究
(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 滝沢 智(東京大学)

1.研究計画

本研究では、水資源分野におけるボトムアップ型モデルとトップダウン型モデルを開発し、比較・評価並びに統合化することで、温暖化とそれに対する適応策の評価を高精度化することを目的とする。そのため、水源2、水利用2の合計4つのサブサブグループが、ボトムアップ型モデルの高精度化を進めるとともに、専らトップダウン型モデルを開発するサブサブグループを1つ設けることとする。
【サブサブテーマ①】水循環評価に関する研究
既存又は開発が見込まれる高精度・高解像度の最新の気候モデルの結果を入力として、高度な影響・適応策評価モデル(ボトムアップ型モデル)を開発・改良し、複数の気候予測結果に基づく全国レベルでの確率的影響予測および適応策の評価を実施する。対象とする分野は、水資源、生態系・森林、農業・食料生産、沿岸・防災、健康、エネルギー・産業とし、それぞれを詳細に分析する。
【サブサブテーマ②】水源における水質影響評価
水源であるダム湖における水質に着目し、国内各地の気象条件、水文条件やダム湖の特性量(貯水規模や湖水の交換率など)から、水温や水質及び藻類増殖の変化に対する温暖化の影響を考慮するための研究を行う。
【サブサブテーマ③】小規模水供給システムへの影響評価
気候変動に対して脆弱な小規模水供給施設を対象にして、小規模河川を対象に温暖化による水道原水水質への影響評価、貯水槽水道への影響評価、島嶼部における水利用影響評価と適応策の検討を行う。
【サブサブテーマ④】大都市における水道への影響評価に関する研究
温暖化に伴う洪水・渇水等の水資源の量及び質的変化による、都市域での水利用面への影響および必要な適応策を明らかにすることを目的とし、水道施設の運転管理への影響、洪水等に対する水道基幹設備の脆弱性など水道施設に対するリスクを評価するとともに、水利用量への影響や断水に伴う都市活動への被害など都市水利用に対する影響を評価する。温暖化による都市水供給への総合影響評価モデルの開発と、想定されるシナリオを考慮した都市水供給への影響評価を行う。
【サブサブテーマ⑤】影響評価のためのトップダウン型モデルの開発
日本の自治体を類型化し、気候変動による生活、工業、および農業用水への影響評価を一般的に入手可能なマクロ統計データを用いて行うトップダウン型の手法を構築し、複数の世界安定化排出経路や適応シナリオの分析を行う。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】水循環評価に関する研究
水文・水質・土砂生産量の変化について、日本の異なる地域を対象とし定量的に、精度も含めて明らかにした。水循環・水環境・土砂解析モデルの日本域への拡張・統合化に着手した。
【サブサブテーマ②】水源における水質影響評価
水源(ダム湖)の水質に関わるデータを収集、整理した。個別のダム湖における現地調査を実施した。水質の影響評価のための数値解析モデルを構築した。
【サブサブテーマ③】小規模水供給システムへの影響評価
小規模水道の水源である河川と地下水のデータを収集し、近年の気温上昇と水質変動との関連性について解析を行った。貯水槽水道の実態把握を行った。島嶼部の水供給について温暖化対応の可否及び対応方法、その費用について検討した。
【サブサブテーマ④】大都市における水道への影響評価に関する研究
大都市における水利用の長期的動向を明らかにし、エネルギー使用量の解析に着手した。基幹設備未整備地域での整備手法を検討した。気候変動シナリオに基づいた水道システムへの影響シナリオを提示した。洪水リスクに脆弱な地区を抽出する手法を開発した。
【サブサブテーマ⑤】影響評価のためのトップダウン型モデルの開発
地方自治体のデータベースを構築し、自治体を類型化した。地域類型ごとに水利用への影響を評価するうえで重要となる因子を用いた影響評価手法の構築に着手した。

3.環境政策への貢献

水道事業体の類型化と類型ごとの課題整理により、各事業体の実情に応じた適応策を検討する基礎的情報を整理した。本研究で開発した水供給の概念モデルにより、気候変動時の洪水・渇水への対応策について具体的に評価できるようになった。
今後、水道事業体等に成果を紹介することで、水道事業体での対策検討に貢献できる。現在検討中の新水道ビジョン策定に当たり、気候変動対応に有用な情報を提供できる。地域ごとに気候変動の影響の程度と範囲を整理した一覧表を作成することで、地方自治体の政策決定に有用な情報を提供できる。この一覧表は、環境省が地方自治体に気候変動対策のマスタープラン構築を働きかける際に、利用可能なツールボックスとなる。

4.委員の指摘及び提言概要

水道供給という切り口からの研究としては十分な成果があがっていると判断されるが、少し視野を広げて、資源としての量、質を合せて将来での研究ができるようにしていくことが必要である。他のサブ課題、特に農業・生態系の分野とは、水資源量と土砂生産量などの限定的な情報提供にとどまらず、水質への影響評価なども念頭に連携を深めるべきである。また、既成のシステムにとらわれず、異常降水などに対する対応に関しても方策が必要である。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-1(4)】沿岸・防災リスクの推定と全国リスクマップ開発
(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 風間 聡(東北大学)

1.研究計画

本研究は、洪水氾濫、土砂災害、高潮、沿岸侵食、適応策、豪雨の班に分かれて実施する。洪水氾濫班と土砂災害班は、精緻化したマルチスケールな被害評価モデルの構築を行う。高潮班は、3大湾の高潮災害リスクモデルを他の地域に拡張し、全国の高潮沿岸災害評価を行う。沿岸侵食班は、海面上昇による砂浜侵食(消失)リスクモデルを開発し、全国の砂浜消失被害評価を行う。以上4班は、被害額推定手法の改良ならびに地域毎の適応策の考察を行い、適応策オプションの提示を適応策班との考察によって行う。適応策班は、過去の災害における被害に加えて改修や現在進行形の災害対策事業データの解析によって、地域毎の適応策について考察し、最適な適応策オプションの提案に導くチャートの作成を行う。豪雨班は、過去の豪雨の統計に加えてGCMを利用した将来の豪雨の傾向や偏差を統計解析し、日本を一律にみた豪雨災害の評価を行う。最終的には、各班の成果を包括的に扱い、行政の防災担当者との考察によって地域特性に応じた総合的な適応策を提示する。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】全国の洪水氾濫リスクの推定とリスクマップの開発
全国の洪水氾濫被害額推定について、流域内の確率降雨分布を考慮したより精度の高い被害額推定モデルを構築した。これとは別に降雨に伴う流域毎の被害額推定の影響関数を構築し、総括班(S8-1(1))と地域班(S8-2(1))に提供した。なお、本手法の被害額算定は経済班(S8-1(9))から助言を得ている。
【サブサブテーマ②】全国の土砂災害リスクの推定とリスクマップの開発
全国の土砂災害リスク推定について、対象地域の影響人口を考慮したより精度の高い被害リスク推定モデルを構築した。洪水氾濫と同様に影響関数を構築し、総括班と地域班に提供した。本手法の被害額算定は経済班から助言を得ている。
【サブサブテーマ③】全国の高潮災害リスクの推定とリスクマップの開発
日本の高潮による浸水面積、浸水人口および浸水被害額のリスクマップを作成した。この結果を踏まえ、沿岸の高潮対策を踏まえた将来の適応策についてまとめた。また、よりリスクの高い地域については、高精度な高潮推定モデルを構築した。
【サブサブテーマ④】全国の沿岸侵食リスクの推定とリスクマップの開発
5海岸の過去の汀線変化特性から、気候変動による砂浜侵食要因を特定した。主な原因は、一部の地盤沈下を除いて海面上昇である。この結果を踏まえた全国各県の砂浜消失面積とその被害額を求めた。本手法の被害額算定は経済班から助言を得ている。
【サブサブテーマ⑤】地域特性に応じた災害解析と適応策オプションの提案
ゲリラ豪雨の被害特性を明らかにし、特にゲリラ豪雨に限らない豪雨災害対策によって被害を軽減できることを示した。また、高齢者の犠牲者の偏在と、災害時要援護者でない高齢者が犠牲者の大部分を占めることを明らかにし、適応策の在り方を提案した。
【サブサブテーマ⑥】全国の豪雨災害リスク評価支援データの開発とその解析
豪雨強度と地上気温の関係に着目した解析の結果として、日本域においては日平均地上気温が20〜25℃より低い気温範囲では、10分〜1日のタイムスケールにおいて豪雨と日平均地上気温の間に正の相関関係が示された。本州以南では高温において1時間以上の豪雨の減少が確認され、これは降水持続時間の減少によるものであることが示された。

3.環境政策への貢献

本研究は、温暖化の影響を適応策のコストと有効性の面から総合的に定量評価するため、客観的な観点から温暖化適応政策について支援、貢献が可能である。具体的には、例えば洪水に対するダムや貯水池の設置、護岸などのハードウェア対策と早期警戒システムや避難訓練等におけるソフトウェア対策の価格と有効性を地域毎に提供できる。地域から日本全体までのスケールにおいて防災政策を議論するため、広域の政策議論が可能である。マップを用いた防災評価により地域間の連携や流域総合管理の視点でも議論できる。最も有効と思われる温暖化対応事業の提案が可能であり、国家政策上、経済的な意義は大きい。これらの結果は、現況の対策整備状況との比較により、災害に対する対策の不足量の検討を可能にさせるものであり、環境政策としての対策整備計画の検討に有用な成果である。

4.委員の指摘及び提言概要

統合評価モデルの開発、気候シナリオ・社会経済シナリオの開発に関し、各サブ課題との連携も含め研究は進展している。今後、CMIP5の利用による成果が特に期待され、既存の国内関係プロジェクトとの連携を強化することが望まれる。水産業への影響・適応についての取り扱いも加えることが望ましい。しかしこれには、海洋酸性化問題もあり、沿岸海洋モデルを向上させてゆく必要もあることから、政策ニーズに対応するためには、この研究課題の機関だけでは難しい可能性もある。ここまでの成果の一つである簡易推計ツールは有用であるが、さらに現場からのニーズをS-8-2とも連携して十分に吸収し、改良を図ることが望まれる。

4.評点

   総合評点: B    ★★★☆☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-1(5)】地球温暖化が日本を含む東アジアの自然植生に及ぼす影響の定量的評価に関する研究 (第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 田中 信行(独立行政法人 森林総合研究所)

1.研究計画

 温暖化の自然植生への影響を定量的に高精度で評価することを目標とする。日本では、植物分布データと環境データベースを用いて重要な優占種の空間統計モデル(分布予測モデル)を構築し、潜在生育域を予測する。また、台湾などアジアの国と共同で、その国における重要な植物種の分布予測モデルを構築し、潜在生育域を予測する。

2.研究の進捗状況

 地球温暖化が日本および東アジアの自然植生に及ぼす影響の定量的評価を目標に、次のような研究を行った。①分布予測モデルに内在する不確実性を低減するために、説明変数の吟味により予測精度を向上させる方法を開発した。②CMIP3気候シナリオを予測に使えるように整備を行い、24種類のGCMに基づく気候シナリオの比較を行った。③20種類のGCMに基づく気候シナリオと3種類の分布予測モデルを用いて19種の植物について影響予測を行い、不確実性の幅を評価した。④日本の亜高山帯性樹種2種を対象に20種類の気候シナリオに基づき、不確実性を評価した影響予測を行い、温暖化に対して脆弱な地域を特定した。⑤温帯林保全上重要なブナを対象に、適応策を考慮した影響予測(不確実性を含む)を行った。⑥台湾の亜高山性針葉樹種について温暖化影響の予測と脆弱性の評価を行った。⑦韓国の常緑広葉樹種について温暖化影響予測を行った。⑧中国雲南省の植生図を用いて、雲南省の高山に分布する寒温帯性針葉樹林への温暖化影響予測を行った。

3.環境政策への貢献

①地方の温暖化適応施策への貢献
森林生態系の管理策において、一部の自治体で温暖化の適応策を組み込む動きが始まっている。本研究成果を自治体や地域住民へ還元することにより、地方の森林管理策に貢献することができる。すでに、長野県や東京都などには温暖化影響予測結果(マツ枯れ、ブナ林、シラビソなど)を提供した。東京都では、予測された潜在生育域を植生図上の断片化した自然林と重ね合わせ高解像度の影響予測を行い、温暖化に伴い優先的に保全すべき地点を明らかにした。一方、温暖化影響予測の地方への情報提供が容易になるように、現在、温暖化影響の簡易推計ツールをS-8-1(1)総括班と協力して作成している。
②自然保護区における適応策への貢献
温暖化の自然植生への影響予測の成果は、国や都道府県の管理する自然保護区の適応策(モニタリングや区域の見直しなど)に貢献する。すでに、白神山地世界遺産地域や筑波山(国定公園)では保全政策に貢献している。
白神山地はブナ自然林の価値により世界自然遺産に登録さているが、我々のプロジェクトチームはこの地域のブナ林にも温暖化の悪影響が及ぶことを予測した。環境省・林野庁により白神山地世界遺産地域科学委員会が2010年6月に設立され、この地域の保全策が検討されている。課題代表者が委員として科学委員会に参加し、温暖化適応策を含む対策にアドバイスを行っている。
筑波山のブナ林は1980年代から衰退が指摘されてきたが、2008年から3年間、茨城県生活環境部環境政策課主催「筑波山ブナ林保護対策検討委員会」において今後の保全策が検討されてきた。2012年3月に今後の保全施策をとりまとめた「筑波山ブナ林保全指針」が策定され公表された。我々のチームは、筑波山のブナ林は温暖化に対してもっとも脆弱なブナ林であることを明らかにしていた。課題代表者は委員として、温暖化影響研究の成果にもとづき、保全指針策定にアドバイスを行ってきた。
③東アジアの温暖化適応策への貢献
 本課題は国際共同研究を通して、温暖化影響予測研究の少ない東アジアの国で、研究のネットワークを構築している。森林総合研究所は国立台湾大学(台湾)、雲南大学(中国)、国立生物資源研究館(韓国)とMOUを締結し、共同研究を推進している。研究成果は、台湾や韓国では温暖化影響検出のモニタリング地点の選定に生かされつつあり、東アジア各国の生態系保全政策への貢献が今後一層期待できる。2012年7月に韓国で開催される国際植生学会シンポジウムでは、温暖化影響評価に関する特別セッションを主催し、関係研究者を一堂に集めて討議を行う。これは、ネットワークを一層密接にすることに役立つ。

4.委員の指摘及び提言概要

 CMIP3気候シナリオと、複数のGCMを用いて自然植生への、解像度の高い影響評価を進め、一部の自治体に対しては予測結果を提供している。今後、適応策の検討を進めるにあたって、日本についてはどんな植生が望ましいのか、哲学的考察を持って人と環境と経済を考慮した考え方を深めることが重要である。そのうえで、定量的な評価を、どのような適応策にどのようにつなげていくか検討し、研究を進めるべきである。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-1(6)】農業・食料生産における温暖化影響と適応策の広域評価
(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 石郷岡 康史(独立行政法人 農業環境技術研究所)

1.研究計画

日本全国を対象として、コメおよびコメ以外の作物への温暖化影響評価、および影響軽減のための適応策とその効果を、予測の不確実性を考慮にいれて広域的に評価する。そのため、対象とする作物ごとに、広域スケールに適用できる影響予測モデルや評価手法を開発する。また、収量への影響のみではなく、作物の栽培に必要な水分量(水需要量)と同様な気候変化条件における利用可能な水資源量(水供給量)との関係といったリスク因子も考慮に入れた適応策の効果についても評価する。また、作物モデルに内在する不確実性要因の特定や、既存のモデルでは考慮されていない影響要因の組み込みを図り、モデルの不確実性の低減を目指す。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】わが国における温暖化のコメ等穀物生産への影響と適応策
 気象、農業統計、地理情報データに基づき、わが国で栽培される主要コメ品種に対応したコメ生産性環境応答モデルを導入した。モデルのテストランを実施し,検証結果に基づきモデルを高度化し、推定精度の向上を図った。共通シナリオを外力としてコメ収量の分布を推定した結果、高温不稔を考慮しない場合はCO2濃度上昇による施肥効果により大部分で増収傾向となったが、考慮した場合には関東から西の平野部で概ね減収となると算定された。
【サブサブテーマ②】温暖化によるわが国の果樹生産適地移動の幅と適応技術の評価
 わが国で最も栽培面積が広いウンシュウミカン栽培の温暖化に対する適応策として、亜熱帯性カンキツであるタンカンの導入の可能性について推定した。3つの気候シナリオを使用して、将来のウンシュウミカンとタンカンについて栽培適地の判定を行った。排出シナリオによる不確実性は果樹の適地判定に大きな影響を及ぼし、ウンシュウミカン栽培が継続できるか亜熱帯性カンキツ等に転換すべきかの判断が困難になることが明らかになった。
【サブサブテーマ③】不確実性を考慮した農業影響および適応策の評価
 野菜の出荷量を対象に全国モデルを開発し、不確実性を考慮した影響評価を行った。また、野菜の収量を対象に都道府県別の影響評価モデルを作成した。さらに、予測において不確実性が大きい台風被害に関して被害面積推計手法を開発、改良を実施した。構築した台風被害面積推計モデルに関して、推計した被害面積が観測値に概ね一致することを確かめた。当モデルを用いて、生育時期別に水稲の脆弱性評価を行ったところ、水稲が台風に対して出穂期付近で最も脆弱であることが判明した。
プロセスベースのコメ生産予測モデルを導入しことで減収要因が個別に算定できるようになり、またこれまで考慮されなかった台風の影響を適切に推計するモデルが開発されたことで、様々な適応策オプションの設定が可能となった。メッシュ単位で将来の最低極温を推定する技術が確立したことで、初めてウンシュウミカンとリンゴ以外の果樹に関して将来の適地移動予測が可能となった。なお、当初計画に対して順調に進捗している。

3.環境政策への貢献

 予測される気候変化条件下における、コメおよびコメ以外の作物の収量や品質への影響予測や、果樹の栽培適地予測において,気候モデルや排出シナリオの相異による予測の相違を示すことができ、わが国の持続的食料生産と食料安定供給を如何にして確保するかという命題に対して,具体的かつ定量的な知見を提供できる。今後、将来気候予測値に基づく影響評価と適応策評価を、公的普及機関等を通じて、成果の広報・普及および食料・環境政策の支援に努める。

4.委員の指摘及び提言概要

 コメ・果樹・野菜の影響評価モデルを導入し、さらに台風の影響を推計するモデルを開発し、適応策の設定が可能になる段階まで研究を進展させた。温暖化の進行下、気象条件が変化する中での適応策として、施肥の管理で行うという範囲にとどまらず、枠組みをひろげて自然農法や有機農業への考慮、品種の改良などの観点についても検討すべきであろう。第2次農業改革(化学肥料)に継ぐ技術を考えてほしい。また食料自給率が低い現状においては、国内だけの適応と、外国を含めた適応の両者の関係が重要である。温暖化による変化が、農業による安定食料供給に何を迫るか、思い切った受け皿を検討しておく必要もある。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-1(7)】温暖化の健康影響 −評価法の精緻化と対応策の構築−
(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 本田 靖(筑波大学)

1.研究計画

本研究の目的は、熱波など熱ストレスと大気汚染による健康影響評価の精緻化によって気候変化による健康影響の予測に資すること、および、予測した健康リスクのリスクコミュニケーションに基づいた熱波警報対策システムの構築及び実効性評価により、来るべき気候変化への対応策を提示することである。前者の対象は日本を含む東アジア(可能ならば東南アジア)であり、精緻化によって日本の都道府県あるいは市町村レベルの将来予測を可能にし、簡易化によってデータの得られにくい途上国での予測を可能にする方策を探る。後者の対象はわが国の地方自治体である。可能であれば東アジア、東南アジアへの展開を図る。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】温暖化死亡影響モデルの精緻化・簡易化
インフルエンザなど、感染症の影響を適切に評価できるモデル作成にあたり、日本での影響を評価し、モデル作成のための要因を確定した。世界保健機関による気候変化の疾病負荷予測プロジェクトの一員としても、このモデルを用いて全球を対象にした推計を行った。地方自治体で使用する簡易推計システムのためのモデルも構築した。大気汚染に関しては、気象モデルによる九州地域のオゾン発生量の将来予測を行った。
【サブサブテーマ②】熱波警報対策システムの構築及びその有効性と経済性の評価
長崎県五島市において、市の担当者と対策システムについて協議を行い、問題点を収集・克服して、現実の自治体で実行可能なシステムに改良した。平成24年夏に稼働する。

3.環境政策への貢献

① 上記世界保健機関による疾病負荷予測プロジェクトは以前にも行われたが、その際には熱ストレスによる影響のモデルが構築できず、定量的な予測ができなかったが、今回のプロジェクトではS-8の成果を用いることで将来予測を可能にした。前プロジェクトの報告がIPCC第4次報告書に採択されたことから、現プロジェクトの成果も第5次報告書への貢献が期待される。一方、簡易推計モデルを通じて、地方自治体における熱ストレスによる影響の将来予測を可能にした。同方法は、同様に研究資源に乏しい発展途上国においても、地球温暖化の健康影響評価及び適応策策定に貢献することが期待される。
② わが国では、熱波の情報や注意点などの情報を流すのみの地方自治体が多く、その有効性は未だ評価されていない。世界的にはいくつか有効性を評価した研究があるものの、経済学的な観点から批判されていた。今回構築された熱波警報対策システムは、経済学的にも妥当性のある評価が可能なデザインを取り入れたため、地方自治体が科学的根拠に基づいて政策決定を行うことが可能になると考えられる。世界的にも、経済学的評価の妥当な研究として今後の熱中症予防システム構築評価研究、またそれを踏まえた各国における対策システム構築に貢献するものと考えられる。

4.委員の指摘及び提言概要

 温暖化死亡に関して、至適気温を基準にした定量的な影響モデルを作成した。しかし温暖化影響の評価においては、「至適気温」は30年、50年という長期に亘っては動いていく、つまり、住民が長期的には適応するという可能性への解答も必要である。一方、熱波警報システムの構築に関する研究は、温暖化影響と適応策の立場からは研究の意義が明確でない。健康影響は熱中症に限られたものでなく、もう少し熱中症に関する要因の研究も必要で、その内容によって適応策を考えていくべきであろう。現状の研究の継続に、これだけの予算が妥当なのか、精査が必要である。

4.評点

   総合評点: B    ★★★☆☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): b  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): b  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b


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テーマ名: 【S-8-1(8)】媒介生物を介した感染症に及ぼす温暖化影響評価と適応政策に関する研究 (第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 倉根 一郎(国立感染症研究所)

1.研究計画

節足動物媒介性感染症、水媒介性感染症、原虫・寄生虫感染症への温暖化影響評価手法を確立し、感染症温暖化影響を全国規模で明らかにするとともに、地方自治体レベルにおける脆弱性や影響評価を行なう。さらに、アジアの発展途上国への技術移転を通してアジアにおける温暖化影響を評価する。また、情報発信により国民の地球温暖化影響への理解を増進させる。
(1) 節足動物媒介性感染症に及ぼす温暖化影響評価と適応政策、国民への成果発信に関する研究
主に日本脳炎を対象とし、増幅動物であるブタの抗体陽性率を指標として、気温との関係、雨量との関係、日本脳炎患者数への温暖化影響評価手法を開発する。
(2) 感染症媒介昆虫の活動に及ぼす温暖化影響に関する研究
重要な媒介蚊であるヒトスジシマカ、ネッタイシマカの分布地域、密度に及ぼす温暖化影響手法を開発し影響を解明する。
(3) マラリア及び寄生虫症に及ぼす温暖化影響に関する研究
我が国におけるマラリアへの温暖化影響を評価するとともにその他の寄生虫として広東住血吸虫症、海産魚類媒介寄生蠕虫症への温暖化影響評価を行う。
(4) アジアで問題となる節足動物媒介性感染症に及ぼす温暖化影響に関する研究
アジアで問題となるデング熱を対象として、デング熱患者数、ヒトスジシマカ、ネッタイシマカ密度と温暖化影響評価を台湾等で行い、影響を明らかにする。
(5) 水媒介性感染症に及ぼす温暖化影響に関する研究
水媒介性感染症として問題となる各種のビブリオ属菌による感染症に対する温暖化評価手法を開発し、全国レベルでの影響評価を行なう。さらに評価手法を地方自治体に技術移転し、自治体レベルでの影響評価を実施する。

2.研究の進捗状況

研究は当初の計画に従い進展している。
(1) 節足動物媒介性感染症に及ぼす温暖化影響評価と適応政策、国民への成果発信に関する研究
日本脳炎ウイルスの活動を反映するブタの日本脳炎抗体陽性率は、年間及び夏季の平均気温、平均日最高気温、平均日最低気温と正の相関を示した。地球温暖化の進行により、コガタアカイエカの活動範囲が北上し日本脳炎ウイルスのリスクが上昇することが示唆された。
(2) 感染症媒介昆虫の活動に及ぼす温暖化影響に関する研究
岩手県内におけるヒトスジシマカ分布を調査し、気温等の生息条件との関連を検討した。同県はすでにヒトスジシマカが定着しており、生息北限が2009年からさらに約20km北上したことを見いだした。
(3) マラリア及び寄生虫症に及ぼす温暖化影響に関する研究
先進国において今後マラリアが再興感染症となるリスクを、中国・安徽省淮北市を対象に検討した。シナハダラカの活動できる14.1℃以上の気温の時期が長くなっていることが、マラリア患者増の主因と考えられた。また海産魚類の寄生虫種の変化については、アニサキス症を中心に検討を進め、沖縄産のタチウオではA.typicaが優先的に寄生していることがわかった。
(4) アジアで問題となる節足動物媒介性感染症に及ぼす温暖化影響に関する研究
台湾におけるデング熱患者数は平均気温、最高気温との間に正の相関が認められた。デング熱の媒介蚊であるネッタイシマカの活動に気象要因が影響を及ぼすことによって、患者数にも影響が及ぶことが示唆された。
(5) 水媒介性感染症に及ぼす温暖化影響に関する研究
標的遺伝子を指標としたビブリオ属菌の新規検出・同定法を開発した。水温が高いほど、また南にいくほどビブリオ属菌の菌量が高くなっていることが示された。また、地方自治体への技術移転を行った。

3.環境政策への貢献

温暖化により日本脳炎ウイルスおよび媒介蚊の活動が増加し、日本脳炎の感染リスクを有する地域の拡大が予想されることから、ワクチン接種等の適切な適応策が重要である。特に、現在ワクチン接種を行っていない北海道における日本脳炎ワクチン接種の必要性を論じるための基盤となる。ヒトスジシマカ分布域調査から、デング熱、チクングニア熱の流行する可能性のあるリスク地域が今後拡大することが示された。環境教育を含めて総合的な媒介蚊対策の基盤データとなる。今後、論文発表や市民セミナー等を通じ、成果の広報・普及に努めるとともに、さらに行政への情報提供を行う。さらに自治体や地域住民への感染リスクの紹介を通じて、地方自治体の政策検討に貢献するとともに、成果の広報・普及に努める。

4.委員の指摘及び提言概要

 媒介生物を介した感染症に及ぼす温暖化影響の評価を進める研究の必要性は高く、日本脳炎などの日本でのリスクマップの作成を可能とする成果も出ており、今後のさらなる研究の進展が期待される。一方で、種々の感染症の中で、今回取り上げている感染症の重要性を明確にしておく必要がある。また、今回示されたリスクはハザードであり、温暖化に伴う接触動向の変化の把握も重要であろう。今後、具体的な適応政策の提示につなげて欲しい。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-1(9)】温暖化適応政策による地域別・部門別の受益と負担の構造に関する研究 (第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 大野 栄治 (名城大学)

1.研究計画

温暖化自体および温暖化対策(緩和政策・適応政策)に関するトップダウン型の全国影響評価を動学的・空間的応用一般均衡モデル(Dynamic and Spatial Computable General Equilibrium Model: DSCGEモデル)で展開することを最終目的とする。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】温暖化被害評価の精緻化
平成22年度には温暖化の進展によって砂浜・干潟・ブナ林・松林など自然環境の損失価値を計上し、また、統計的生命価値手法により熱中症の被害評価も行った。次年度には白神山地においてCVMとTCMに基づくアンケート実地調査を実施し、新たな貨幣評価原単位を算出した。これらの算定値から温暖化被害評価モデルを割り出し、サブサブテーマ②と連携を図りながら、サブサブテーマ③で構築されるSCGEモデル上での均衡計算値と整合性をとるべくその関数の構造について精査した。
【サブサブテーマ②】温暖化被害関数の開発
サブサブテーマ③で構築されるSCGEモデルに温暖化被害を組み込む方法(温暖化被害関数)を開発する。平成22年度にはTCMの推定結果について適用を図る際の理論的構造を精査した。次年度にはこれに加えてCVMの推定結果を用いる方法について吟味し、これらを同時にSCGEモデルで組み込む方法論を構築した。あわせて、Arrow-Prattリスクプレミアムを適用することにより、災害による所得変動から災害リスクの厚生コストを計測する手法の適用可能性についても検討した。
【サブサブテーマ③】空間的応用一般均衡モデルの開発
平成22年度ではプロトタイプとしてSCGEモデルを構築し、簡易な水害影響シミュレーションを試み、その動作確認を行った。次年度には同モデルを47都道府県へと細分化し、パラメータ推定等の精緻化を行った。また同様な水害シミュレーションを行った。さらに、本モデルの動学体系への拡張を図るべく、投資・資本ストックの蓄積関係の定式化方法を吟味した。また、サブサブテーマ②で構築された温暖化被害評価モジュールを組み込み、パラメータの調整及びモデルの挙動確認を行った。
【サブサブテーマ④】温暖化適応政策に関する代替案の設定
平成22年度には最適な適応策について理論的な整理を図り、また、同グループで扱うような被害項目(ただし熱中症を除く)に関して、その適応策メニューを策定した。次年度には簡易な数値シミュレーションを図り、水害被害見積もりに関して発生と帰着についての純便益の違いについて指摘し、同時に、温暖化の程度に応じ帰着純便益が最大となるような適応策実施水準について考察した。
平成24年度には統合準動学SCGEモデルの下、各被害項目の帰着被害純便益を算出する。また、適応策の統合モデルへの組込方法について精査していく。

3.環境政策への貢献

本研究課題では、温暖化被害評価の精緻化、温暖化被害関数の開発、空間的応用一般均衡モデルの構築を経て、温暖化による被害の一次評価(発生ベースの評価)及び二次評価(波及と帰着ベースの評価)、また温暖化適応政策による便益の一次評価及び二次評価を行う。その結果として、温暖化による地域別・部門別の被害の帰着構造、また温暖化適応政策による地域別・部門別の便益の帰着構造が明らかとなり、政策オプションの効率性・公平性の評価が可能になる。今後、政策オプションの効率性・公平性の評価結果を紹介することにより、国や自治体の政策検討に貢献するとともに、成果の広報と手法の普及に努める。

4.委員の指摘及び提言概要

 温暖化における被害関数の同定における論理的整合性の確認、空間応用一般均衡モデルのキャリブレーション精度の吟味を行うなど、分析の枠組みを作り、計画に沿った研究の進展がある。計算においては前提を常に提示する、推定方式の粗さや使用するデータの不確実さなどについて明確に示すことなどが必要である。また現実の事象と金額との関係について、リアリティを持たせつつ検討を進める必要がある。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-2(1)】地域社会における温暖化影響の総合的評価と適応政策に関する研究
(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 田中 充 (法政大学)

1.研究計画

地域レベルの温暖化影響評価等が可能な簡易推計手法を活用して、地域社会の諸側面に及ぼす温暖化影響の総合的な解析を試みる。とくにモデル自治体を対象地域とし、地域スケールの定量的な影響評価及び脆弱性評価、適応効果把握手法の確立に向けた課題抽出を行うとともに、地域実態に即した適応策ガイドライン(案)を作成する。また、温暖化影響や適応に係る研究成果及び政策情報を全国に普及するプラットフォーム機能を備えた「地域適応フォーラム」を構築し、今後の温暖化研究の充実化及び適応政策の社会実装化に貢献する。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】地域の温暖化影響及び適応研究に係るデータベース構築とプラットフォーム機能形成に関する研究
地方研究機関及び都道府県等における温暖化影響・適応に関する取組状況を把握するアンケート及びヒアリングを実施した。これを踏まえ、自治体部局及び地方研究機関等の参加を得て「地域適応フォーラム」を開催し、研究成果や適応策の取組を一元的に集約した。また、成果を体系的に発信するデータベース及びWEBサイトを構築した。
【サブサブテーマ②】地域社会(まちづくり、暮らし等)の温暖化影響に係る総合的評価手法及び適応方策のあり方に関する研究
都道府県・政令指定都市の環境計画と条例等の分析を行うとともに、脆弱性の観点を含めた短期的及び中長期的な温暖化影響の把握、適応策進行管理等を図る指標を整理した。全国班と連携して、長野県等における温暖化影響評価と適応策に係るモデルスタディを行ない、適応策ガイドライン(案)を作成した。長野県、埼玉県等と検討会を開催し、市民参加手法による温暖化モニタリング指標について検討し、課題抽出を実施した。
【サブサブテーマ③】住民参加型の温暖化影響リスク評価・脆弱性評価と適応方策の合意形成に関する研究
質問紙調査により市民の意識・態度を分析するとともに、農業と防災分野の専門家等へのインタビュー調査により認知構造や利害関心を分析し、適応策コミュニケーションに係る留意点を解明した。文献調査やインタビュー調査により海外の適応策の政策過程や参加型手法を分析し、庁内組織と専門家パネル、ワークショップ事例等から政策促進要因を抽出した。
【サブサブテーマ④】関東・中部地域における地球温暖化の影響評価と適応方策に関する研究
(I)関東・中部における温暖化適応策検討のためのモニタリング及び影響評価と地域環境教育プログラム開発
 温暖化適応策検討のためのデータベース作成と公開、山梨県の野生チョウ類分布パターン観測及び住民参加型温暖化影響調査プログラムの開発、5都県の温暖化影響・脆弱性情報データベースの作成、市民への情報公開システム開発を実施した。
(II)埼玉県における温暖化の農業等に与える影響把握手法の開発と評価に関する研究
圃場簡易加温装置・簡易加温チャンバーの開発と加温応答実験の実施、県内の温暖化影響情報等の整理・データベース化、温暖化実態と生物季節、農作物生育等に与える影響に関する解析、市民参加型温暖化影響モニタリング手法の検討を実施した。
(III)東京における温暖化とゲリラ豪雨等局地的極端現象との関係解析に関する研究
気象観測データ解析による温暖化とゲリラ豪雨等局地的極端現象の発生実態の把握とメカニズムの解析、児童生徒の温暖化及び防災等に関する意識調査を実施した。
(IV)神奈川県における温暖化影響観測指標の設定等に関する研究
常時監視データや植物の開花日データ、気象データ等の集約・温暖化との相関性の解析、独自の温暖化指標となる候補指標の選定、県民との協働方法の検討等を実施した。
(V)長野県における温暖化影響評価及び適応策立案手法の開発に関する研究
気象観測データ等による温暖化実態の把握と予測、生物分布及び山岳生態系等データによる脆弱な生態系の評価、農業影響データセット作成及び影響予測の試行、市民参加型温暖化影響モニタリング手法の試行、温暖化対策検討会における適応策実装化の検討等を実施した。

3.環境政策への貢献

本サブ課題の最終的な到達目標は、全国班と連携して地域適応策手法の開発と実装化をめざすものであり、4点において環境政策への貢献を果たしている。第一に、温暖化影響・適応策に関する新たな指標体系は適応策を立案する際の対策ツールであり、地域の温暖化政策に大きく貢献する。第二に、長野県のモデルスタディでは、地域の温暖化予測データ等を今後の温暖化政策を検討する検討会に提供し、政策実装化に寄与している。地域スタディの成果を生かして適応策ガイドライン(案)を作成し、埼玉、熊本、三重等の複数の地域での適応策立案に貢献している。第三に、温暖化研究と適応策に関する情報共有の場となる情報サイトや研修交流の場としての地域適応フォーラムを運営し、適応策の普及に向けた先導的役割を果たしている。第四に、地域特性に応じた農作物への温暖化影響の把握や温暖化影響データ分析を実施し、地域の適応策立案における基礎的情報として有用な知見を提供している。

4.委員の指摘及び提言概要

 温暖化影響・適応策に関する指標提携の構築を進め、適応策ガイドラインVer.1作成に至った成果は政策的にも高い意義がある。適応策ガイドラインは熟議型の気候変動リスクコミュニケーションの展開を図るには良い材料とツールとなる可能性がある。地域適応フォーラムのような活動も評価できる。研究の体制、ストーリー性が確立されてきているので、適応策への自治体の取り組み拡大のために、環境省と協力して、プロジェクトの成果をさらに普及させる努力に期待する。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-2(2)】亜熱帯化先進地九州における水・土砂災害適応策の研究
(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 小松 利光 (九州大学)

1.研究計画

「災害免疫力」を評価軸とした温暖化過程および温暖化後の災害外力に適応しうる高度な影響・適応策評価モデルを開発するとともに、日本で最も早く亜熱帯化が進む九州に適用する。その際、九州内の自治体(福岡市、佐賀県、沖縄県)と連携することで、自治体レベルにおける温暖化の影響評価・適応策の検討を行う。

2.研究の進捗状況

○災害免疫力の素因の抽出ならびにその体系化
熱帯(インドネシア)、亜熱帯(台湾)、温帯(日本)における気象データならびに防災基盤、社会基盤データ、過去の水・土砂災害の情報等を既存のデータならびに独自に設置した気象観測装置から取得した。我が国の過去の水・土砂災害時の死者・行方不明者数は多雨地域と少雨地域で差があり、本研究で提案した概念である災害免疫力が地域に内在していることを示した。また、近年生じた国内外の水・土砂災害現場の調査ならびに聞き取り調査を実施し、災害外力上昇時における既設インフラや都市の脆弱性や災害免疫力の素因を明らかにした。
○ゲリラ豪雨の予測手法の開発
ゲリラ豪雨に影響を与えると考えられる都市の熱環境特性を明らかにするために、福岡都市圏を対象とした気温の長期多点同時観測を実施した。その結果、夜間から明け方において明瞭な島状のヒートアイランド構造の形成、日中においては福岡平野全域が高温となり、都心と郊外との差は観察されないことが確認された。メソ気象モデルWeather Research and Forecasting Modelを用いて、福岡平野で発生したゲリラ豪雨(2006年9月14日)の再現シミュレーションを行い、降雨域や降雨時間については豪雨の特徴を捉えることができた。
○台風並びに高潮の高精度推定モデルの開発
有明海湾奥部において海岸堤防の前面における低気圧接近時の潮位変動を詳細に把握するため、潮位の連続観測を行った。また、複雑な地形を考慮できる非構造格子による海洋流動モデルと、暴風時の波浪推算精度の向上を目的とした波浪推算モデルの改良を行い、その有用性を確認した。そして将来気候データを用いて高潮推算を行い、将来起こる可能性のある甚大な高潮を定量的に評価した。さらに、佐賀県と高潮災害に関する適応策を検討した。
○斜面安定化ならびにその評価法の開発
沖縄県からの提供資料をもとに沖縄県の赤土等の流出の実態や被害状況の調査・分析を行い、当該地域の脆弱性を評価した。農地のような緩勾配斜面について、降雨による赤土流出メカニズム解明とその予測モデルを構築した。さらに、宜野座村の協力を得て、検証実験のための農地を選定し、当該農地で降雨および土壌侵食量の計測を開始した。加えて、自治体、NPO、民間企業とともに「気候変動に伴う赤土等流出問題への適応策」の勉強会を開催した。
○河川災害適応策のための要素技術の開発
ダムが溢れることを許容する新しい治水の概念(越流型)に基づき、複数の小規模なダム群を直列に配置することによる洪水制御能力について検討した。越流型の流水型ダム群では従来の手法と比較して、2割程度洪水制御能力が強化された。また、段波洪水に対する流水型ダム単体の洪水制御能力を検討し、所定の洪水計画流量に対して河道に流水型ダムが設置される場合の流下量の評価を可能とした。
○都市災害適応策のための要素技術の開発
自動車通行に対する流水の危険性について把握するために、小型車とSUV車を対象に模型実験による検討を行った。その結果、流体力係数と水深の関係を定量評価するとともに,2.0m/s程度の流速があれば、小型車では膝下(32cm)、SUV車では股下(64cm)程度の水深でも車は流され得ることを示した。

3.環境政策への貢献

① 本研究により明らかとなった災害脆弱性への対策を強化することで災害を減少させるとともに、大規模インフラに依らない住民の自助・共助を生かした災害対策の提案が可能である。
② 気候変動に伴う集中豪雨の頻度増加が土壌侵食量の増加をもたらすことを定量的に明らかにした。気候変動に伴い亜熱帯化が懸念される九州地方は土壌侵食を受けやすい"しらす"や赤ぼく、黒ぼく、まさ土等を有しており、今後、沖縄県のみならず、九州地方をはじめとして土壌侵食量評価の政策的ニーズは更に高まっていくと想定される。
③ 流水型ダムの最大の特徴は、洪水吐き(堤体下部の穴)を通じて流砂および生態系の連続性、特に魚類の遡上・降下の連続性を図れることである。温暖化適応策としての利用も含めて、流水型ダムを今後積極的に活用することにより、環境(保全)と防災の両立が可能となる。
④ 本研究で得られた流体力係数などを用いて氾濫解析を行うことにより、自動車通行に対するハザードマップを作成することが可能である。電信柱などに危険水位の標榜を取り付けることにより、自動車通行に危険な場所ならびに水位を市民に周知することが可能となる。

4.委員の指摘及び提言概要

 亜熱帯化が予測される九州に関して、温暖化の下で生じる水・土砂災害に関する検討を進めた研究であり、成果が出てきていると評価できる。ただし、九州の防災だけに限らず、S-8-1(4)との連携やS-8全体の適応策への貢献も期待したい。考え方として、L1〜L3の区分(L1:中小の水・土砂災害、L2:温暖化による災害外力の上昇により、ハードでは生命を守れない災害、L3:複合災害で自助・共助が全く役だたない想定外の大災害)は重要で、これを適応策にも使うという考え方は評価できる。予算的に可能であれば、急峻山岳、多雨地帯への研究の展開も期待したい。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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テーマ名: 【S-8-3】アジア太平洋地域における脆弱性及び適応効果指標に関する研究
(第I期:H22〜H24  第II期:H25〜H26)
テーマリーダー氏名: 安原 一哉 (茨城大学)

1.研究計画

(1)国際的な適応政策の現状の把握、(2)気候変動に対する脆弱性・影響・適応効果評価指標の開発、(3)その検証のためにアジアの2つのデルタ(メコン、ガンジス)におけるケーススタディの実施、(4)研究・教育・政策検討の国際的ネットワークに向けた発信を目指す。

2.研究の進捗状況

【サブサブテーマ①】脆弱性・影響・適応策評価の開発・実施のための国際ネットワーク形成に関する研究
①国際会議でのS-8-3の紹介や適応ネットワーク形成に関するシンポジウムを開催し、当該地域でのS-8-3の役割を明確化した。②適応策に関する情報収集と発信のためのウェブ開設と適応技術データベースを構築し、S-8-3全体で利用可能な適応技術・政策の体系化を図った。
【サブサブテーマ②】影響予測・適応政策の国際比較
①主要国及び最後発発展途上国の適応計画のレビュー、②現行の適応関連資金メカニズムの改善及び将来枠組みにおける資金メカニズム案のレビューを実施した。事例研究として、ベトナムの既存の資金供与制度を分析し、ベトナムの適応策推進においては二国間ODA 国家・省レベル資金供与制度が相対的に効果・パフォーマンスが高いことを示した。
【サブサブテーマ③】脆弱性・影響・適応効果指標の開発とメコンデルタでのケーススタディ
第一に、メコンデルタの海面上昇、高潮による沿岸域外力算定の高度化、干渉SAR解析による地盤沈下データベースを構築し、浸水域評価を試みた。第二に、ベトナムでの人口シナリオなどの社会経済指標の高解像度化を試みた。第三に、北部紅河流域の土質情報と独自に取得した「粒度組成に基づく侵食脆弱性データベース」を組み合わせ、当該流域の侵食脆弱性を地図表示し、締固め管理の重要性を示した。以上から、沿岸域の脆弱性・適応効果指標のための方法論を確立した。加えて、メコンデルタの土質情報収集と現地で取得可能な植生繊維材を混合した河川堤防の侵食抵抗性向上の定量評価を行い、新しい適応技術の可能性を示した。
【サブサブテーマ④】適応効果指標及びウインウイン適応オプションの同定のための政策決定枠組みの構築
コミュニティ中心型適応策策定に向けてローカル適応効果指標(LaIn)の方法論を確立した。まず、現地の利害関係者との協議からLaInの判断基準を決定して調査票草案を作成し、調査対象地域の気候要因(干害の強度)を特定した。次に、簡素で統合的な政策決定枠組みを提供するために既存の政策決定枠組みを評価した。その結果、グローバル適応効果指標(GaIn)との対応を考慮し、現場レベルで適応策を持続可能な開発の分野へ横断的に統合していくためのLaInの特徴を調査対象地域ごとに同定し、適応策の優先順位付けが可能になった。
【サブサブテーマ⑤】気候・生態系変動適応研究大学ネットワーク
気候•生態系適応策に関する情報・知識のプラットホームとしてウェブ開設とメタデータベースを構築し、研究、教育、データ等の適応関連情報を集積した。適応策に関する大学院カリキュラム/モジュール開発にS-8-3の研究結果が提供され、アジアでの適応策教育を推進した。また、S-8-3(1)と連携して第5回「気候変動適応策に関する高等教育」国際会議を東京と茨城で開催し、S-8-3の研究成果を活用しながら大学間適応教育ネットワークを強化した。

3.環境政策への貢献

①気候変動に対する脆弱性・影響・適応効果評価指標の開発およびケーススタディの実施
 2つの事例研究を通じてアジア太平洋地域における脆弱性・適応効果評価指標のための方法論を確立した。メコンデルタでは、海面上昇、高潮、地盤沈下、河川堤防の侵食等に関する物理指標と社会経済指標を示し、総合的な脆弱性評価を行うことができた。さらに、現地で入手可能な植生繊維材を用いた堤防の侵食抵抗性の向上策を検討し、新しい適応策の可能性を提示した。一方、ガンジス流域ではコミュニティ中心型適応を目指してLaInを開発した。LaInは、地方自治体の気候変動適応政策の枠組みの設定に貢献できる。
②国際的な適応政策の現状の把握
第一に、影響・適応研究と政策決定とを橋渡しすべく、国際制度での適応支援策の課題を抽出した。また、最後発発展途上国の国別適応行動計画等には、適応ニーズの評価や優先順位付け、必要な適応策の費用の算出、適応計画作成等にかかわる方法論を一層充実させる必要があることを指摘した。この指摘は、日本政府が主張するような科学的知見を踏まえた国際レベルでの包括的な適応支援策の意義を裏付けるものである。第二に、本研究で構築した各種指標及び適応技術データベースは、環境省やAPAN等の関連機関への情報提供や連携に繋がる。
③研究・教育・政策検討の国際的ネットワーク
2つの事例研究を軸とする適応研究ネットワークの形成とともに、既存の適応研究ネットワークとの連携を模索した。UN-CECARは、気候・生態系変動影響の双方の研究成果と地域ニーズを考慮した総合的適応策の実施を目標とする。現在、UN-CECAR大学院短期プログラム「気候変動へのレジリエンス講座」の一部でS-8-3との連携を促進し、アジア各国の環境政策へ反映する。さらに、今後の適応策の進展には関係者(研究者、地方自治体、マスコミ、一般市民等間)の相互理解が必要だが、日本では適切な情報源が見当たらない。本研究は適応関連の国際交渉の動向等に関する解説やアウトリーチを積極的に行い、適応政策の推進にも貢献した。

4.委員の指摘及び提言概要

 メコンデルタとガンジス流域をモデルとして多面的に研究を進めているが、最終的な出口が少し見えにくい。これらの事例研究の結果が、将来亜熱帯化するという西日本の「脆弱性分析」と適応策の深化にどのように役立てられるのか、あるいは一般にアジア太平洋地域の課題解決の場面にどのように活用しうるのかを示していく必要がある。適応策の科学的指針が実際に使用されることを期待する。国際的な適応フォーラム、大学院短期プログラムの推進も期待したい。

4.評点

   総合評点: A    ★★★★☆  
  必要性の観点(科学的・技術的意義等): a  
  有効性の観点(環境政策への貢献の見込み): a  
  効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): a


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