環境研究総合推進費 平成22年度中間・事後評価 結果詳細表


目次

  1. 中間評価
    1. 第1研究分科会<全球システム>
    2. 第2研究分科会<環境汚染>
    3. 第3研究分科会<リスク管理・健康リスク>
    4. 第4研究分科会<生態系の保全と再生>
    5. 第5研究分科会<持続可能な社会・政策研究>
  2. 事後評価
    1. 第1研究分科会<全球システム>
      1. 戦略的研究開発領域
      2. 環境問題対応型研究領域
      3. 革新型研究開発領域
    2. 第2研究分科会<環境汚染>
      1. 環境問題対応型研究領域
      2. 革新型研究開発領域
    3. 第3研究分科会<リスク管理・健康リスク>
    4. 第4研究分科会<生態系保全と再生>
      1. 環境問題対応型研究領域
      2. 革新型研究開発領域
    5. 第5研究分科会<持続可能な社会・政策研究>
      1. 環境問題対応型研究領域
      2. 革新型研究開発領域


    中間評価 第1研究分科会<全球システム>


    研究課題名:A-0901 航空レーザー測距法による森林地上部・地下部全炭素収支の解明(H21-23)

    研究代表者氏名:末田 達彦(愛媛大学)

    1.研究概要

       本研究では、航空レーザー測距法という最新のリモートセンシング技術を用いて森林の炭素収支を明らかにし、これを森林の炭素管理に反映させることを目的としている。航空レーザー測距法により高頻度・高精度で得られる森林の空間分布から、その立木蓄積や炭素蓄積が分かり、同一対象の反復測定による蓄積の変化として炭素収支が分かる。
       本研究の対象地ボルネオの熱帯泥炭湿地林とカナダの亜寒帯林ですが、前者では農地の乱開発と急激な土地利用変化により、後者では温暖化に伴う永久凍土の融解により、森林そのものに加え、地下の泥炭の焼失や好気分解による炭素の大量放出が懸念されている。地球上で広大な面積を占める森林の二酸化炭素収支は、今後の温暖化の速度と程度を律する重要な要因であり、本研究では、その正確な定量法の確立を目指している。

    2.研究の進捗状況

       研究初年度にあたる昨年度は、予定通りボルネオ島中央カリマンタンの荒廃泥炭湿地林からの炭素放出量の定量を目的に、1)地上バイオマスの実測、2)地下部ネクロマスの実測および3)現地開拓集落の社会経済調査を行った。
    1)地上バイオマス実測
       本研究に着手するにあたっては、熱帯樹種の多様性と荒廃泥炭湿地の植生の多様性が最大の難関になると予想していたが、27科50属263本のサンプル木すべてがそれぞれただ一本の器官別検量線に乗ってしまい、その適用にともなう煩雑さ、不確定性、および錯誤の可能性を消すことができた。さらに、森林空間形状については、4種類計168の植生タイプを想定したが、6種類の植生を区分すれば十分なことが明らかになった。
    この他、各植生区分内でも林分構造が極めて一様単純であることも明らかになった。
    これらの結果により、航空レーザー測距法による森林炭素蓄積および二時点間におけるその差としての炭素収支推定の精度が当初の目論み以上に上がることは確実である。
    2)地下部ネクロマスの実測
       地下部ネクロマスの調査から、地上で見る植生タイプが表層泥炭の容積密度とよく対応していることが明らかになった。
    すなわち開発の影響が最も少ない林地の地盤は容積密度が低く、農耕地では高い。
    この地上植生・土地利用形態と泥炭容積密度との対応も当初の予想になかった収穫であり、地上植生の判別から、航空レーザーでは検出不可能な泥炭密度の違いに結びつけることができる。
    3)現地開拓集落の社会経済調査
       開村当時(1991年)550あった世帯数が住民台帳では272世帯に減り、居住を確認できたのが103世帯と、人口の流出が進行中である。また、在村世帯の中にも出稼ぎで農外収入を得ている構成員が相当数居るほか、在村農家もこれら転出者や出稼ぎ農家からの借地により農地は十分に足りているため、隣接する国有林の違法開墾や焼畑の事例は見られず、今や開拓村での営農自体は森林破壊や炭素排出の要因とはなっていないことが確認できた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       衛星データに比べて精度の上る手法である。カリマンタンのテスト地域における炭素収支の推定手法の開発として意義があり、炭酸ガス放出のhot spot地域を対象にした研究で、有益な成果が得られつつある。
    対地下部の泥炭層の炭素ストックの推定は今後であるが、その推定の精度が本研究のポイントであるので研究の進展を期待する。
    現地二次林データの代表性についてもかなり留意されており、一般の森林でも定量的な推定精度が得られると、衛星データによる広域観測の検証として航空レーザーを利用することができ有意義である。しかし、カナダ北方林は焦点がぼけるので除いて良い。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:A-0902 植生改変・エアロゾル複合効果がアジアの気候に及ぼす影響(H21-23)

    研究代表者氏名:安成 哲三(名古屋大学)

    1.研究概要

       本研究は、代表者らによる推進費研究(B-061人間活動によるアジアモンスーン変化の定量的評価と予測に関する研究:H18−20)の成果を踏まえ、18世紀から現在に至るアジアモンスーン気候の変化が、人間活動による植生改変とエアロゾル変化およびその複合効果により、どの程度影響を受けたかを、定量的に評価することを目標としている。アジア地域では石炭燃焼起源による硫酸塩に加え、NOx(農業・自動車起源)が増加傾向にあり、このNOx起源の硝酸塩の気候影響の定量化はアジア域気候の将来予測を検討するうえでも大変重要である。さらに、この地域の植生(土地利用)変化がエアロゾル起源物質の地表面からの生成を通して大気エアロゾル量変化を引き起こし、気候に影響するという複合効果の評価も重要である。
      本研究では、硝酸塩エアロゾル生成過程をも含めた新しいエアロゾルモデルを用いて、エアロゾルの気候影響を、特にこれらのエアロゾル増加が著しい20世紀後半について評価する。さらに、18世紀以降の植生改変・エアロゾル複合効果(植生改変→VOCs→SOA生成過程)がアジア地域の気候変化に与える影響を、大気化学モデル、エアロゾルモデルと大気大循環モデルの組み合わせにより定量的に評価する。
      これらのモデル研究は下記のサブテーマ(1)、(2)が連携して行う。特に20世紀のエアロゾル効果については、アジア地域を中心とした高精度、長期間の気候データによる詳細な気候変化・変動の解析と組み合わせることにより、現実の気候変化・変動にどの程度影響を与えたかの評価解析を下記のサブテーマ(3)、(4)が連携して行う。これらの成果は、人間活動によるアジアでの気候変化の対策の一環として、今後の広域大気汚染や土地利用の方策・政策指針の決定にも貢献することも視野に入れている。
       (1)エアロゾル変動のモデリングと気候影響評価
       (2)植生改変によるエアロゾル変動の気候影響評価
       (3)アジアモンスーン地域における20世紀の気候変動・変化に関するデータ解析
       (4)植生改変・エアロゾル変動によるアジア地域の気候変動・変化のフィンガープリント解析

    2.研究の進捗状況

       H21〜23の計画に対しての達成状況は次の通りである。数字はサブテーマを表している。
    (1)本研究で開発・改良されたMIROC-CHASER-SPRINTARS モデルによるエアロゾル種のシミュレーションを、MODIS 等の衛星観測データを用いて、比較・検証を実施した結果、光学的厚さ(AOT)や雲粒径サイズなどの重要なパラメターについて、観測データを定量的にもよく再現していることが確認された。このモデルを用い、産業革命以前から現在までの土地利用変化に伴う SOA の変動量の再現計算を行ったところ、特にアジア域では、土地利用変化により、テルペン類・イソプレンなどの BVOCs について、50-70%の顕著な減少傾向が計算され、SOA の減少が起こっていたことが示唆された。
    この SOA の減少が及ぼす直接効果の放射強制力を見積もったところ、最大で 3 W/m2 に達する強い加熱効果がアジア域に生じていることがわかり、炭素性一次エアロゾル(BC+OC)による加熱に匹敵する重要性があることが確認された。
    (2)過去300年の全球土地利用変化データを用いて、産業革命以前から現在までの葉の乾燥重量の変化を推定し、イソプレンとモノテルペン(VOC)の発生量の変化を推定した。その結果、VOC発生量の変化は葉量の増減とほぼ対応することが明らかになった。 これまでに過去の研究で用いられてきた全球気候モデルは、アジア域のモンスーン循環や降水の分布・変動を精緻に再現することが難しいとされてきた。
    本研究で用いる新気候モデルMIROC5を、IPCC-AR4で用いられたMIROC3やCMIP3参加モデルと比較し、モンスーンの再現性について詳細に検討した結果、降水量やモンスーン循環について季節変化や年々変動の再現が大幅に改善されていることが示された。 その他、気候モデルの土壌物理過程や植生過程の改良によって、高緯度での季節変化の再現性が改善された。
    (3)日本における「冬型天候分布」の出現割合から定義した冬季の長さの長期的な変化傾向をトレンド解析した結果、冬季の長さは、20世紀前半以降、有意に短期化する傾向があることが確認された。また、20世紀前半以降、寒候季(10月−4月)における「冬型天候分布」出現日数には、有意な減少傾向がみられることが明らかになった。
    これらの結果は、東アジア冬季モンスーンが20世紀前半以降、長期的に弱化しつつあることを示唆していると考えられる。また、マレーシアにおける1950年から1999年までの月平均日照時間にみられる長期変動傾向を解析した結果、1950年代以降、8月の月平均日照時間が有意に減少する傾向などが示された。
    (4)1960年以降のアジア全域の降水量トレンド解析を行った結果、モンスーン開始時期(5月)のトレンドはインドシナ半島やインド亜大陸の多くの地域で増加していることがわかった。一方、6月の降水量は、北緯10〜20度付近のインドシナ半島およびインド亜大陸で全体的に減少していることがわかった。大気循環場および海面水温変化の解析から、5月はアジアモンスーンの開始に重要である大陸・海洋間の大気の南北熱的コントラストの季節進行が早くなっているため大規模なモンスーン循環が強化されていること、6月以降については、南アジアモンスーンの南北循環が弱化し、上昇域が南偏しており、これは赤道インド洋の海面水温の長期的増加傾向と関連していることも示された。また、植生・気候相互作用評価に必要な永久凍土と寒帯林(タイガ)の結合過程を明らかにし、そのモデル化にも成功した。これらの結果と、サブテーマ(1)、(2)からのモデル結果との対比し、人間活動による影響を評価する予定である。

    3.委員の指摘及び提言概要

       植生変化とエアロゾル変化を複合的にモデル化する手法は新しく、評価できるし、困難度の高いテーマによく取り組んでいる。このまま継続して、きちんとした成果を得て欲しい。
     今後モンスーンの循環の変化やオンセットの早まりなどの解析結果とモデル実験との対応や、硝酸塩エアロゾル生成過程を含めたモデルが気候影響をより正確に予測できることを期待する。又、IPCCではAR5で初めてモンスーンを評価対象としており、政策的な意義につながることが考えられる。
     アジアモンスーン地域の20世紀の観測データがどのように入手可能かについても明確にすべき。モデルである以上、何らかの答えらしきものは出るであろうが、真実であるかどうかの保証にあやうさがあり、シミュレーション結果の検証をしっかりやってもらいたい。

    4.評点

       総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:A-0903 大気環境に関する次世代実況監視及び排出量推定システムの開発(H21-23)

    研究代表者氏名:岩崎 俊樹(東北大学)

    1.研究概要

       本研究では、二酸化炭素、オゾン、エアロゾルなどの大気微量成分の実況監視・予測システムを構築している。衛星をはじめとする様々な観測データを、化学輸送モデルに同化し、濃度の3次元分布と(人為的排出量を含む)地表面フラックスの実況値を最尤推定する。鉛直拡散や化学反応過程の複雑さを考慮し、データ同化手法としては、数値モデルへの依存性の少ない局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF)を利用する。
       4次元データ同化の精度は、化学反応モデルの精度、輸送モデルの精度および大気の解析精度にも著しく依存する。このため、数値モデルの検証と改良を不断に行い、大気の解析精度の検証も実施する。

    2.研究の進捗状況

       二酸化炭素について、LETKFを利用したデータ同化システムのプロトタイプを構築した。数値モデル出力を自然状態と仮定し擬似観測データを利用した、観測システムシミュレーション実験(OSSE)を行い、システムの動作を確認した。さらに、OSSEにより、地上、航空機、GOSATの観測データのインパクトを調べた。OSSEに引き続き、実データ試験の準備を進めている。
       オゾンについて、LETKFを利用したデータ同化システムのプロトタイプを構築した。OSSEにより動作試験を行い、特に、化学的活性の高い微量成分のデータ同化パラメータの最適化を検討している。
       エアロゾルについても、LETKFを用いたデータ同化システムを構築した。エアロゾルの光学特性を考慮した観測演算子を開発し、CALIPSO衛星搭載のライダー観測データを同化し、黄砂予測実験を行った。CARIPSOのライダーデータを同化することによって、東アジア域ダストエアロゾルの濃度の解析精度が著しく向上することを確認した。
      本研究では、衛星に搭載したライダーの観測データの4次元データ同化に世界で初めて成功した。 輸送モデル比較実験に参加し、輸送モデルを改良するための研究を行った。大気の主な再解析データについて、ブリューワードブソン循環に関する相互比較を行った。

    3.委員の指摘及び提言概要

       4次元変分法(4DV)に、複雑な化学反応に対応するためのアンサンブルカルマンフィルター(ENKF)法を導入するというチャレンジングな同化システムをめざし、まずプロトタイプのシステムの構築が実現し、その有効性の確認も動き始めている。CALIPSO衛星のライダー観測データの同化に世界で初めて成功し、黄砂の濃度解析精度の向上がえられるなど、めざましい成果も出始めている。
      推定される二酸化炭素の地表面フラックスの推定値の妥当性の検証を行うため、他の観測データと比較をしっかり行うことにより、評価に耐えうる方法を提示するように期待する。利用価値の高い手法技術であり、計画どおり進捗しているのでよい成果が期待される。サブテーマ間の連携にさらに力を入れられたい。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:A-0904 温暖化関連ガス循環解析のアイソトポマーによる高精度化の研究(H21-23)

    研究代表者氏名:吉田 尚弘(東京工業大学)

    1.研究概要

       本研究では、大気観測、アイソトポマー(同位体置換分子種)計測、分別理論、3次元化学輸送モデルの研究者が結集し、温暖化関連ガスの循環解析の高精度化を目指す。地球環境研究へ重要な研究手段であるアイソトポマー情報を提供し、IPCC第5次報告書への科学的貢献を行う。

    2.研究の進捗状況

       本研究では、温暖化関連ガスの濃度計測・アイソトポマー計測により高時空間分解能観測データアーカイブを作成(サブテーマ(1)および(2))すると同時に、ソース・シンクの諸過程について実験的(サブテーマ(1))および理論的(サブテーマ(3))手法によりアイソトポマー分別係数を高確度・高精度で決定する。そして、これらアイソトポマー情報を加えた3次元全球化学輸送モデルを構築(サブテーマ(2)および(4))し、得られた観測データ(サブテーマ(1)および(2))と比較検討することにより、各温暖化関連ガスのソース・シンク強度見積もりの不確実性の低減を実現する。
      各サブテーマでそれぞれ以下に、各サブテーマの進捗状況を記す。
    <サブテーマ(1)>計測の自動化を進めるとともに、様々の環境試料計測を手がけた。農耕土壌のN2O計測結果からは、土壌のタイプによって硝化・脱窒による生成・消滅過程の寄与率が変化することがアイソトポマー比から示唆され、過去の研究例も加えて土壌タイプ別に平均アイソトポマー比を推定したところ、アイソトポマー比相互に相関があり、農耕土壌起源の代表値の推定において制約条件となりうることが明らかになった。
      CH4に関しては、全球温室効果ガス観測網における空白域であるシベリアや南太平洋などの計測を行い、特に、シベリア域の計測に置いては、サブテーマ(2)による濃度観測で得られた近年の大気CH4濃度が増加傾向にある観測結果の解釈に対して、アイソトポマー情報が有効な制約条件になることを示した。また、CH4の発生源として重要な畜産由来CH4のアイソトポマーキャラクタリゼーションを行った。
      硫黄種に関しては、同位体分析法の微量化および紫外吸収スペクトルデータの解析を進めた。SO2の光解離過程の際の硫黄安定同位体分別係数について顕著な波長依存性を見出すとともに、その同位体分別係数はCOS分子の存在によって特徴的かつ観測を説明可能な値をとることから、大気硫黄循環におけるCOS分子の役割が従来考慮されたよりも重要であることを見出した。
    <サブテーマ(2)>西シベリア上空において航空機を利用して高度別の大気試料を採取・計測した。CH4濃度結果から西シベリア域において夏季に大量のCH4が発生しており、地表面にある湿地が強いCH4の放出源となっていることが確認された。2006年頃から増加する傾向があると報告されている全球のCH4濃度に関して、シベリア上空でも2006年以降は2004年以前に比べて高い濃度を示していることが明らかになった。
      国立環境研究所の3次元大気輸送モデルに、CH4濃度に加えて、炭素安定同位体比(δ13C)、水素安定同位体比(δD)、放射性炭素同位体比(14C)に関するプロセスを組み込んだモデルフレームを開発し、代表的なメタン収支シナリオならびに放出源の同位体比、反応時の分別係数を用いた予備実験を行い、マウナロア等のバックグラウンドにおいて、観測されるメタン濃度の季節変化と逆位相となるδ13Cの季節変動及び振幅や、南北勾配をほぼ再現できることを確認した。
    <サブテーマ(3)>計算で得られたポテンシャルエネルギー曲面と遷移双極子モーメントは、実験結果を再現するに十分な計算精度を保持していることが分かった。特に,N2Oの光解離過程においては,予備的計算ではあるが、

    反応に関連する4つの電子励起状態からの寄与を、すべて考慮した波束ダイナミクスを実施しすることができた。得られた結果、 への電子遷移過程が重要であることが分かった。そこで今後、温度に依存する光吸収断面積の決定を正確に行う予定である。
      その一方、SO2分子に関しては、実験では未だ判明していない同位体種における分別係数の決定に成功した。また、YungとMillerにより提案された古典的な零点振動エネルギー(ZPE)モデルではその特徴を理論的に表現できないものとなった。さらに、その光解離過程において非断熱遷移が重要な役割を果たしている可能性も判明して来ている。
    <サブテーマ(4)>岩手県三陸上空における気球観測で得られたN2O濃度およびアイソトポマー比の高度分布とそれらのモデル計算結果とを比較した。観測・モデルの両結果において、成層圏の光化学(消滅)反応のために、N2O濃度は高度ともに大きく減少する一方で、アイソトポマー比は反応時の同位体分別により高度とともに大きく増加した。
      5種類の異なる光分解計算スキーム設定による計算結果の相互比較から、波長分解能が最も重要な因子であることが明らかになった。改良前のモデルでは185-200nm、200-230nm、230-278nmの3つの波長帯で計算されていたが、今回新たに200-217nm、217-230nmの区切りを加えて波長帯を4つとした。このほか、Schumann-Runge帯におけるパラメータ化スキームや、各波長帯における吸収断面積の平均化に化学作用フラックススペクトルによる重み付けを行うか否か、また、その化学作用フラックススペクトルを単純化して計算するかあるいは一次元放射化学モデルを用いて詳細に計算するか、というような違いも結果に影響することがわかった。

    3.委員の指摘及び提言概要

       同位体分析精度の向上は実現できると思うが、全球物質循環の高精度は難しいのではないか。あまり多くのことをやろうとしている印象を受けるので、問題の焦点を絞って取り組む必要がある。アイソトポマー分析でなければ得られない知見の創出を期待する。そのためにも、大気中濃度分布の推定精度を上げるうえでのボトルネックを明らかにし、そこに焦点を絞って研究を進めて欲しい。
       アイソトポマー比の応用面での功績は大きいが、そもそもアイソトポマー比とはどのように決まってくるのかの説明が十分ではない。3年間のプロジェクトとして中心となる目玉を明確にし、考え、思想をもっと煮詰める必要がある。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    中間評価 第2研究分科会<環境汚染>


    研究課題名:S2-05 超高感度分光法によるニトロ化合物リアルタイム検出器の開発(H21-23)

    研究代表者氏名:山田 裕之(交通安全環境研究所)

    1.研究概要

       自動車から排出されているニトロ化合物を、リアルタイム計測可能な計測装置を開発する。なお、この装置は赤外量子カスケードレーザーを光源としたCavity Ring Down Spectroscopy (CRDS)を原理とし、自動車排気計測に必要な数秒間隔でのリアルタイム計測を実現する。
       開発した装置を用いて、近年開発された尿素SCR等さまざまな後処理装置を搭載した車両からの排出ガスの計測を行い、排出実態、今後の動向を調査する。

    2.研究の進捗状況

       既存の大気用NOおよびNO2計測用CRDS装置を用いて、自動車排出ガスを計測し、自動車排出ガスにCRDS計測を応用する際の問題点を検証した。
    その結果、ミラー近傍を窒素でパージすることにより、ミラーの汚染を防止できること、水分の影響を受けるが膜式ドライヤーにより除去できることが確認された。また、GC-MSを用いた計測により多量の排出が予測されるニトロメタンを初期対象物質とし、FT-IR分光装置によりスペクトルを取得し、レーザー波長を決定した。

    3.委員の指摘及び提言概要

        本研究では自動車から排出されているニトロ化合物をリアルタイム計測可能なCavity Ring Down Spectroscopy (CRDS)計測装置を開発することを目的としているが、発注した主要部品の納入が遅れ、新規CRDS装置が未完成である。
    よって、現在は将来研究のためにGC-MS及びFT-IRによるニトロメタンの基礎データを取得した段階に留まっており、CRDSによってニトロベンゼン、ニトロフェノーを含むニトロ化合物の測定が可能かどうかの検討ができていない。
      CRDSによるニトロ化合物測定の実用化を図り、上記ニトロ化合物の1ppm程度の濃度をCRDSで測定できる目途を早急に立てるべきである。

    4.評点

       総合評点:C  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):c  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:S2-06 PTR-TOFMSを用いたディーゼル車排ガス中ニトロ有機化合物のリアルタイム計測(H21-23)

    研究代表者氏名:猪俣 敏(国立環境研究所)

    1.研究概要

       ディーゼル車排ガスから多く排出される粒子状物質や窒素酸化物の排出量を低減するための取り組みがなされているが、その取り組みのところで、人体に有害と考えられるニトロ有機化合物が生成している可能性が示唆されている。その生成はエンジンの稼働状況・運転条件に大きく依存すると考えられるため、ディーゼル車排ガス中のニトロ有機化合物の多種類をリアルタイムに測定する装置として、高質量分解能陽子移動反応−飛行時間型質量分析計(PTR-TOFMS)の開発を行い、ニトロ有機化合物の排出特性(種類・(全)量・性状)を把握する。その定量性について、GC/MSやLC/MSの結果との比較を行う。また、ニトロ有機化合物の選択的な検出を目指し、レーザー分光法と質量分析法とを組み合わせた新規測定法の開発も挑戦する。

    2.研究の進捗状況

       市販の陽子移動反応−質量分析計を用いて、どのようなガス状ニトロ有機化合物が、ディーゼル車排ガス中で排出されているかを調べた。
      定常走行時に得られた質量スペクトルを解析したところ、ニトロメタン、ニトロフェノール類、ニトロカテコールの検出に成功した。
      過渡走行モードJE05モードでのニトロメタンとニトロフェノールのリアルタイム測定を行い、ppbvレベルでの時間変化を捉えた。また、コールドスタート時は、ホットスタート時に比べ、これらニトロメタンとニトロフェノールの排出が増えることを確認した。同様の測定をガソリン車についても行った。
      コールドスタート時ではガソリン車でもニトロメタンの排出がみられた。
      粒子中のニトロ多環芳香族炭化水素に関して、加熱脱着(TD)-GC/MSでの検出・定量に成功した。
      新規測定法の開発に関しては、画像観測システムを真空装置に導入して、イオン光学系電極群の正常動作を確認した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       市販の陽子移動反応−質量分析計(PTR-TOFMS)を用いてディーゼル車排ガス中のニトロメタン、ニトロフェノール類、ニトロカテコールなどのニトロ有機化合物のリアルタイム検出を実現し、走行条件との関係を実測したデータは興味ある知見である。さらに、排ガス中のニトロ化合物の定量データとして排出量を求めることにも努力してほしい。また、粒子状物質中のニトロ有機化合物の存在と分配に関する定量的考察を実施すべきである。
      サブテーマ2の課題である光イオン化に伴うフラグメンテーションは、物理化学的には興味のあるプロセスと思うが、散乱イオン分子の角度・速度パターンから親分子を同定・定量化する道筋が明らかでない。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:S2-07 土壌無機汚染物質の迅速・低コスト分析システムの開発(H21-23)

    研究代表者氏名:浦野 紘平(横浜国立大学)

    1.研究概要

       本研究では、迅速・低コストな土壌無機汚染物質分析システムとその活用方法を開発・提案することを目的とした。
    サブテーマ(1)では、土壌への吸着・脱離平衡や脱離速度と分析妨害物質の水溶出/酸抽出量の明確化、及び低コストなフローインジェクションアナライザー(FIA)と蒸留ユニットの開発・利用方法の確立を行う。
    サブテーマ(2)では、迅速な溶出量試験法と含有量試験法の開発、パックド試薬使用・検量線組込み分光光度計の適用性の評価・改善、精製・濃縮前処理方法の開発、及び他の測定方法の情報収集と試験・評価を行う。

    2.研究の進捗状況

    (1)-a. 土壌からの水溶出/酸抽出基礎特性の解析:CdとPbの吸着・脱離平衡を測定・解析し、Cdは競争イオン交換式で表され、可逆的であったが、中性領域のPbはフミン質等によって低濃度域の吸着性が低下し、脱離性は汚染後の経過時間とともに低下することを明らかにした。また、情報がなかった分析妨害物質の水溶出/酸抽出量の土壌の種類による違いを示し、考察した。
    (1)-b.低コスト土壌用FIAの開発:小型・低コスト(約1/3)FIA装置の基本性能を確認し、シアンの定量方法を開発した。また、ブロックヒーター加熱・空冷式ミニ蒸留ユニット(面積約1/30、電気消費約1/10、試薬量・廃液量1/50〜1/25)を設計・試作し、シアン蒸留性能を確認した。
    (2)-a. 迅速な水溶出/酸抽出方法の開発:45種類の汚染土壌からの水溶出速度等を測定し、大部分が60分間で6時間値の誤差範囲内となり、迅速化の可能性があることを示した。
    (2)-b. 簡易前処理組み合わせ分光光度計の開発:パックド試薬40種類の情報を収集、整理し、実用性から選定した21試薬の定量下限値と共存物による妨害影響を測定して各土壌汚染物質への適用性を明確にし、必要な濃縮倍率や妨害共存物の目標除去率も明らかにした。
    (2)-c. 他の測定方法の調査・試験と評価:現在までに提案されている蛍光X線法、ボルタンメトリー法、吸光光度法、検知管法等と前処理方法について調査し、特徴を整理した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       土壌中の無機汚染物質の分析法として、公定法に比較しエネルギー使用量、必要試料量、試薬量、廃液量を大幅に削減出来る手法を開発した優れた成果である。
    政策的貢献度の高い研究として評価できる。様々な簡易分析の比較は、現場の迅速分析に役立つ。公定法との組み合わせや、簡易分析法の役立つ場面が具体的になれば、効率的な調査対策に大きく貢献する。得られた本成果の迅速・低コストの分析法が公定法として提案され、認定されることを期待する。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:S2-08 第二種特定有害物質汚染土壌の迅速で低コストな分析法の開発(H21-23)

    研究代表者氏名:丸茂 克美(産業技術総合研究所)

    1.研究概要

       本研究では(1)蛍光X線透視分析装置を開発し、蛍光X線情報と透過X線などの情報を活用して、土壌中の第二種特定有害物質の存在形態を明らかにし、(2)第二種特定有害物質の溶出を促進する硫化鉱物や、第二種特定有害物質を吸着して溶出を抑制する非晶質鉱物・腐植物質の反応メカニズムを解明するとともに、(3)シミュレーションプログラムを用いて蛍光X線透視分析装置の情報から公定法の溶出量試験に近い値を得るための手法を開発し、さらに(4)汚染土壌標準試料を作成して蛍光X線透視分析装置の分析値の精度管理を行う。

    2.研究の進捗状況

    (1)工場跡地の汚染土壌(大阪府)、鉱山跡地の汚染土壌(北海道)、自然起源の汚染土壌(広島県)を対象に、蛍光X線透視分析装置を用いて土壌粒子のX線透過率と蛍光X線スペクトルを測定し、金属粒子や硫化物粒子として存在するヒ素や鉛、水銀と、粘土鉱物への吸着態として存在するヒ素や鉛、水銀とを区別する技術を開発した。
    (2)工場跡地の汚染土壌のヒ素と鉛は硫黄の酸化反応に関係なく溶出し易いことが判明した。鉱山跡地の硫化物に含まれていたヒ素は土壌中の硫黄の酸化反応に伴われて溶出するが、水銀は風化しにくい辰砂として含まれるため溶出しないことが確認された。自然起源の汚染土壌にはヒ素が硫化物(硫砒鉄鉱)として含まれるが、硫化物は風化していないためヒ素の溶出は限定的である。
    (3)自然起源の汚染土壌を対象にした熱力学計算の結果、土壌中の硫黄含有量が溶出水の水質を決定する因子であり、公定法溶出量試験の結果は10〜200日後の溶出現象を予測していることを明らかにした。また、各種鉱物の溶解や吸着に関する最新の熱力学データを収集し、データベースの整備を行った。
    (4)東京都内の人為汚染土壌現場から採取した汚染土壌を対象として均一な標準土壌試料を作成した。汚染物質は鉛(大田区1箇所)と水銀(文京区2箇所)で行い、公定法による溶出量測定、含有量測定を行った。また鉛汚染土壌については底質調査方法による値付けを行った。

    3.委員の指摘及び提言概要

       重金属類について、土壌溶出濃度や含有量の簡易分析技術開発は重要な課題である。精度の高い分析法を確立するには、土壌への吸着や脱着などの基本的性質を知る必要があり、その意味で本研究の目的は的確で成果があがっている。さらに重金属類について、形態分析が簡易的に実施可能となり、自然由来かどうか判定できれば、本研究の成果は極めて高く評価できる。しかし、開発した蛍光X線透視分析装置の蛍光X線情報と透過X線から重金属の溶出量・含有量や存在形態を解析・判断できる(スクリーニング)人材の育成が必要である(専門的なコンサルタント会社など)。現場が求めているイメージとは、やや異なる方向になっているのではないか。
      他の分析手法との組み合わせにより、分析手法を選択するためのスキームを作るための研究であり、簡易云々と言うよりも、溶出試験の妥当性そのものを評価するための研究であろう。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:B-0806 疑似分子鋳型を用いた環境汚染物質の選択的捕捉技術の開発(H20-24)

    研究代表者氏名:細矢 憲(東北大学)

    1.研究概要

       本研究では、疑似分子鋳型を応用し、汚染源からの直接的な汚染物質の高選択的除去を可能とする新材料(分離膜)の開発を行い、それらを新規な前処理用充てん剤として応用し、安価な分析システムとの組み合わせにより、簡便な環境定量システムを開発し水環境試料の分析性能向上を併せて検討している。

    2.研究の進捗状況

    (1) 高選択性分離膜の開発と実用化に関する研究
    @)連通高分子多孔体と機能性微粒子のハイブリッド化:新たな成果としてポリ(エチレン−酢酸ビニル)と鋳型分子との簡単な反応で、より高い吸着能を有する新概念ハイブリッド材料の合成に可能性があることが示された。
    A)スポンジモノリスの分離媒体への応用:スポンジ状基材を分離媒体として応用することで、既存品では達成不可能な高通水性や低コスト化の可能性が明らかになってきた。
    B)ガス状物質吸着用分子鋳型の合成と評価:ベンゼン、トルエン、キシレンの選択的除去を目的とした新規分子鋳型の開発に着手し、ポリマー合成時の多孔質化溶媒の違いでガスの吸着選択性が発現することが示唆された。
    (2)高感度分析システムの実用化に関する研究
    @)分析前処理カラムおよびとカラムスイッチングLC/MSシステムの開発:既存の前処理剤や分析システムと比較して本研究の成果が数倍優位であることが示されました。
    現在、実用化を目指した応用研究に着手しており、安定した充てん剤の作製と、切り替えバルブの追加によりシステムの安定性、再現性の大幅な向上を達成することができた。
    A)選択的吸着・分解を可能とする新規材料開発:分子鋳型の発展課題として、本研究で開発した官能基間距離固定化法が光触媒表面にも適用可能であることが示された。

    3. 委員の指摘及び提言概要

       環境汚染物質の高精度分析は環境リスク評価を行うために必要であるが、その分析技術の開発は、計測機器の開発と相まって、実験を積み重ねれば可能であると考えられ、本研究でも部分的には成果が出つつある。しかし、測定可能な物質の範囲を明確にし、多様な狭雑物を含む環境水試料への適用に目途を立てることが必要である。また、分子鋳型の分子特異性(選択性及び吸着能)がどの程度なのか、そして、多様な汚染物質が存在する場合に、どのような分子鋳型をどの程度準備すればよいのかが、報告書でもヒアリングでも判然としなかった。
      今後は、費用対効果が説明できるように、ターゲット物質を明確にして、実用化をきちんと図ってほしい。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:B-0807 新規ナノマテリアルを用いた超フレキシブル有機太陽電池の開発(H20-24)

    研究代表者氏名:表 研次((株)イデアルスター)

    1.研究概要

       化石燃料の枯渇、地球温暖化の対策として、太陽電池が最も有望なクリーンエネルギーであると注目され、軽量でフレキシブルな有機太陽電池が世界中で活発に研究されている。
       本研究では、フラーレン系ナノマテリアルを用いた有機太陽電池を繊維形状にすることにより、設置場所を選ばない太陽電池の開発を行う。
    そのために、従来の太陽電池では利用できなかったカーテンや農作業シートなどのより社会生活に身近な環境での太陽電池の普及につなげるための基礎的技術開発を目的とする。
      テーマは以下の5つである。
       (1)ナノ粒子分散技術の開発
       (2)繊維化技術開発
       (3)太陽電池の製作
       (4)光利用効率向上設計
       (5)環境価値の評価

    2.研究の進捗状況

    (1)ナノ粒子分散技術の開発
       複素誘電率計測法により、ナノ粒子独自の緩和を見つけ、その緩和強度の計測により、ナノ粒子分散状態を短時間で評価できることを実証した。さらに、量産プロセス対応可能な定量的評価として、膜内の導電率変化を観察する導電マッピング法が有効であることを実証した。
    (2)繊維化技術開発
       導電性高分子を繊維化する技術開発を実施し、2種類の導電性高分子の繊維化に成功し、国際ナノテクノロジー展で、ナノテク大賞の日刊工業新聞社賞を受賞した。さらに、繊維形体素子において発電を実証することに成功し、日経産業新聞の1面に大きく取り上げられた。
    (3)太陽電池の製作
       有機発電層の製膜に用いる溶媒について検討し、モルフォロジー制御によって発電効率の高効率化を実現した。さらに、繊維形体に加工が可能なフィルム基板上に太陽電池を形成する低温(100℃以下)プロセスで太陽電池を効率低下なく製造するプロセスを開発した。
    (4)光利用効率向上設計
       光学設計の理論計算体制を整備し、有機薄膜太陽電池の発電層内での光電場強度が最大値になるように、発電層膜厚の最適値を理論計算した。
    その結果、発電層の膜厚最適値が170 nmであることを理論的に明らかにした。
    (5)環境価値の評価
       開発中の有機薄膜太陽電池をモデルとして、インベントリ分析およびLCA評価を行った。システムの単位出力あたりのCO2排出量を計算した結果、従来の太陽光発電システムに比べて少ないことがわかった。これまでの既存の太陽電池に比べて、発電効率が低いにもかかわらず、環境負荷が小さいことを確認した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       着想が優れており、目的も明快であり、研究目標に対するこれまでの研究成果は十分である。とくに、平成21年度の研究において同軸型の太陽電池を作製し、1本の細線での発電を実証したことは評価できる。また、繊維形状太陽電池への基礎となる有機薄膜太陽電池の製造プロセスの開発、および光学設計の基盤確立も着実に実施されている。これまでの研究で産業化の基盤は達成されたとみなされるので、本技術を実用化して新産業の創出を目指してほしい。ただし、環境技術の研究なのであるから、実用化した場合のコストパフォーマンス、及びLCAベースの温室効果ガスの削減効果に関して定量的な検討を行い、その結果を明示することが必要である。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:B-0904 アジアにおける多環芳香族炭化水素類(PAHs)の発生源特定とその広域輸送(H21-23)

    研究代表者氏名:高田 秀重(東京農工大学)

    1.研究概要

       多環芳香族炭化水素類(PAHs)は未規制の有害化学物質である。PAHsは化石燃料やバイオマスなど有機物の燃焼に伴い生成し、また、原油および石油製品中にも含まれる。発生源が多様に存在することが、汚染実態の解明が不十分であることと相まって、PAHsの環境負荷低減策の提案を困難にしている。
      本研究では、東京、沖縄、北京、ハノイ、コルカタにおいて徹底した調査を行い、アジア地域のPAHs汚染実態を詳細に明らかにしすることを第1の目的とする。そして、最新の化学的手法を総動員し、大気・水圏中のPAHsの起源特定を行うことを第2の目的とする。また、燃焼起源のPAHsは大気へ放出され、大気を通した長距離・越境輸送される。しかし、PAHsは多様なローカルな発生源も広く存在し、越境輸送とローカルな発生源の寄与の定量的な識別は極めて不十分である。越境輸送起源のPAHsとローカルな発生源からのPAHsを区別することを第3の目的とする。

    2.研究の進捗状況

       アジア水域のPAHs汚染レベルを明らかにした。特に、インド堆積物中で世界的にも高濃度のPAHs汚染が観測された。PAHsの起源は、インドでは燃焼起源、それ以外の国の都市では石油起源であることを明らかにした。底生生物への暴露実験の結果、石油起源のPAHsは生物へ取り込まれやすいことが示唆された。インド以外の熱帯アジアの都市域堆積物は石油起源であることから、底生生物への移行割合が高く、単に濃度から予想されるよりもリスクが高い可能性がある。
      インドの燃焼起源をより詳細に明らかにするための個別化合物レベルの14C測定に向けて、少量の試料を用いて14Cを測定する手法を開発した。大気系については、インド、ベトナム、中国、日本において、試料採取態勢を構築し、毎週サンプリングを行っている。パッシブエアサンプラーのアジアの気象条件下での性能評価をおこない、パッシブエアサンプラーによるアジアでのモニタリングのための試料採集期間の基準を設定できた。
      中国北京市においてエアロゾルの起源を推定したところ、エアロゾルを形成する主要な水溶性イオン成分の約53%がCaSO4であることが明らかとなった。
      沖縄で採取されたエアロゾル中のPAHsの輸送経路・輸送パターンや輸送途上における化学変化を研究した。秋は主に北京を中心とした中国北部から、春は韓国・日本と中国北部から約半数ずつ輸送されていた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       アジア各国の水域の堆積物のPAHsの汚染実態や、主要都市でのPAHsの発生などに関する調査解析はよく行われていると判断される。その一方、14C測定によりバイオマス燃焼と化石燃料燃焼由来のPAHsを識別しているが、発生源起源の議論はPAHsの多種の化学成分のプロファイルを用いて実行すべきであり、発生源の特定というには本研究手法は大雑把すぎるのではないだろうか。
      成果が見えないサブテーマもあるが、研究を分散することなく推進し、最終的にサブテーマが収斂され明確な結論が提示されることを期待したい。
      学術的な成果は認められるが、政策的な貢献はやや不明確であるので、研究の意義を明確にし、論理構築をきちんと打ち立てて欲しい。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:B-0906 東シナ海環境保全に向けた長江デルタ・陸域環境管理手法の開発に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:木幡 邦男(国立環境研究所)

    1.研究概要

       東シナ海の長江デルタ沿岸域では、深刻な赤潮発生被害等の環境劣化が報告されている。東シナ海は、我が国の水産業にとり重要であるだけでなく、その環境劣化は、我が国沿岸域生態系への影響が懸念される。そこで、本研究では、長江デルタにおける社会経済活動の変動と、沿岸生態系の劣化や東シナ海生態系の変調を調査し、東シナ海生態系を統合的に管理するための科学的知見に基づくツール開発を目的とする。
      サブテーマは次の4つである。
    (1)長江起源水による東シナ海生態系の変調把捉に関する研究
    (2)長江デルタの農業構造転換に伴う陸域負荷構造の変化に関する開発地理学的研究
    (3)長江中下流域都市活動起源の栄養塩負荷量の推定に関する研究
    (4)東シナ海生態系保全に向けた長江流域圏及び海域環境管理手法の開発

    2.研究の進捗状況

       (1) 海洋調査で、50 μg/Lを超える赤潮の原因種による亜表層極大の出現が確認された。当該海域について1970年代から現在まで報告されているデータを整理し、群集の維持及び輸送機構と夏季長江河口沖合域表層の栄養塩環境の変遷との関係について検討した。
    (2) 農業事業者等への聞き取り調査及び関連する1970年代以降の既往文献調査から、改革開放以後の長江デルタ域での経済成長と農業構造変化を検討し、クリーク景観の存在意義と将来に向けた農業的課題の所在を確認した。また、農業構造変化の全体的な動向を検討した。
    (3) 長江中下流の河川水文観測点で月1回の水質観測を実施した。社会経済環境情報データベースから原単位法を適用して2008年における汚濁発生負荷量を算出した。また、流入汚濁負荷量を推定するSWATモデルにつき漢江流域を例として検証した。上海市等の地域住民合計1,650人を対象としたアンケート調査等により、生活様式や農作法の変化を検討した。
    (4) 微細乱流計を用いた航海調査を実施し、乱流強度とChl.aの水深方向分布を同時計測した。また、藻類の綱毎の固有色素比で陸棚域における有光層中の藻類の綱別存在量を定量した。3次元流動・生態系モデルを開発し、結氷・解氷過程を考慮して再現精度を向上させた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       東シナ海への陸域負荷については長江によるものが主であることを、長江の汚染物質移送量の現地調査を基に検討し、影響ポテンシャルを明らかにした意義は大きい。環境動態の解析や負荷の実態把握は高く評価されるが、アウトプットとして研究課題名の通り「・・環境管理手法の開発」につなげて欲しい。現状では、水域の生態系に関する研究が先行しているように判断される。水域生態系に対するインパクトの主要因が何かについては既に明らかになりつつあると思われるが、本質は負荷の低減であり、そのためにはどのような対策が必要かについて、長江流域に対して具体的な提案ができるような成果の蓄積が必要であろう。なお、対象領域を西日本(日本海、太平洋側)まで含めることで、日本への影響についての知見が得られる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:B-0907 揮発性有機化合物の低温完全燃焼を実現する新しい環境浄化触媒の開発(H21-23)

    研究代表者氏名:今中 信人(大阪大学)

    1.研究概要

       トルエンやアセトアルデヒド等に代表される揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds; VOC)は、悪臭の原因となるだけでなく、シックハウス症候群や化学物質過敏症などの健康障害の原因物質である。大気中へ飛散するVOCを抑えるために、これを炭酸ガスや水蒸気に酸化し、完全無害化することが強く求められている。しかしながら、高い酸化性能を示すPt/γ-Al2O3触媒ですら、VOCを炭酸ガスと水蒸気へ完全浄化するには200℃以上の温度が必要であることが課題となっており、できるだけ低温で完全燃焼可能な新しい触媒の開発が求められている。
       本課題では、工場などから排出される揮発性有機化合物(VOC)の総量削減を目的とし、現在、対応が困難な中小企業での利用が期待できる新規なVOC浄化触媒を開発する。具体的には、固体結晶化学と固体電解質(イオン伝導性固体)の設計指針を触媒調製に組み込んだ全く新しい発想に基づき、当研究室で開発したPt/CeO2-ZrO2-Bi2O3/γ-Al2O3触媒を基材とし、触媒燃焼法によるエチレン、トルエン、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒドの浄化活性を評価する。達成目標として、150℃程度の浄化温度において、現状より大容量の排ガス中VOCの除去に適用でき、できるだけ白金使用量を抑制した触媒の開発を目指す。

    2.研究の進捗状況

       代表的な揮発性有機化合物であるエチレン、トルエン、及びアセトアルデヒドを対象に、150℃程度の温度まで加熱すれば、大気中の酸素によりいずれも炭酸ガスと水蒸気に完全燃焼可能な新しいVOC完全燃焼触媒を開発した。開発触媒を用いることにより、エチレンを65℃、トルエンを約120℃、アセトアルデヒドを140℃で炭酸ガスと水蒸気に完全酸化できることを明らかにした。
       また、開発触媒のVOC燃焼活性は、水蒸気の影響をほとんど受けないことを確認した。さらに共存が予想される一酸化炭素の燃焼活性についても評価したところ、20℃において、一酸化炭素がすべて炭酸ガスに酸化される完全酸化を実現した。驚くべきことに、水蒸気存在下(0℃の飽和水蒸気下)で反応を行った方が、一酸化炭素はより低温で完全酸化されることもわかった。さらに、この触媒を150時間連続で使用しても、触媒活性は水蒸気の有無に関わらず全く低下することなく、常に100%の完全酸化が持続された。このように、室温以下で一酸化炭素を完全酸化可能であり、長時間使用し続けても劣化しない高い耐久性を兼ね備えた触媒を実現できたのは本研究が初めてである。
       さらに、トルエンについては、小型チャンバーを用いて実際の室内における浄化挙動をシミュレートした。開発触媒0.20 gを導入した容積 1 m3のチャンバー内に、0.2 vol%のトルエンを含む空気を導入し、触媒の温度を200℃に設定後、3種類の内部ファンでガスを循環させてトルエン濃度の時間変化を追跡した。初期濃度0.2 vol%(2,000 ppm)であったトルエン濃度は、およそ12時間後に140 ppmまで減少した。このときのトルエン浄化率は93%であり、本研究で開発された触媒は高い浄化活性を示すことが明らかとなった。

    3. 委員の指摘及び提言概要

       揮発性有機化合物(VOC)であるエチレン、トルエン、及びアセトアルデヒドを対象に、150℃以下の低温で完全燃焼可能な新規触媒にむけ、ビスマス添加の効果を予測し、予測通り効率のよい触媒の開発に成功したことは高く評価できる。開発した触媒を用いることにより、実験的には上記のVOCガスの完全酸化ができることを示しているが、大容量排ガス中のVOCの処理という研究目標達成に必要な処理条件での触媒性能評価がなされたとは言えない。ゆえに、できるだけ早く実際のプラント(印刷工場、塗装工場など)での実証実験が望まれる。その場合には、運転条件の変化による物質・エネルギー収支、反応速度を明確にするなどの化学工学のアプローチも必要である。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:B-0908 降雨に伴う流量増大時の栄養塩多量流入に対する内湾生態系の応答に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:井上 隆信(豊橋技術科学大学)

    1.研究概要

       典型的な閉鎖性水域である三河湾では苦潮により、豊川河口域でアサリの大量死を引き起こしている。このため、このような大量死を防止し、内湾の生態系を保全することが、緊急の課題となっている。
      本研究では、降雨に伴う流量増大時の栄養塩の流入が赤潮、貧酸素水塊の発生に寄与していることを実測調査とモデルにおいて明らかにし、生態系において重要なアマモ場、アサリ漁場への影響及び役割を明らかにすることを目的としている。

    2.研究の進捗状況

       三河湾の湾奥への流入流量は流域面積の大きい豊川が50%と最も多いが、栄養塩については中小河川の流入負荷量が多く、特に梅田川水系からの流入負荷が多いことがわかった。栄養塩流出負荷モデルに関しては、梅田川において開発し、500mメッシュのコンパートメントモデルを用いたモデルを作成し、既存の観測データと一致させるように、各パラメータの決定を行った。三河湾における連続観測結果から、降雨前の少雨期には、夏期の密度成層下で発達した貧酸素水塊の影響で、河口沖合底層でリン酸態リンの濃度が高くなっているが、降雨後は逆に河川水の流入の影響で河口近くの表層で濃度が上昇していた。また、台風などの大規模な気象擾乱によって、密度場の構造が大きく変化し、貧酸素水塊解消など水質が大きく変化する現象をとらえることができた。アマモ場形成制限要因解明のための現地調査では、有義波高0.4〜0.6mの波浪が発生していた。底質の安定性を示す指標であるシールズ数を求めたところ、最大で0.11となり、三河湾内のアマモ場は波浪が形成制限要因となっている海域と光不足が形成制限要因となっている海域の中間的な特徴を持つことがわかった。

    3.委員の指摘及び提言概要

       テーマの性格上、長期のモニタリングが必要であること、また初年度であることから、顕著な成果を出すには至っていないものの、降雨時の現場調査観測は大変な労力であるが、観測は詳細であり丹念な調査を継続している。降雨時の観測手法を確立することを主な目的とするとよい。負荷流出モデルに重点を置いた研究でよいし、湾内の流動・応答モデルは付加的でよい。梅田川をモデルとして、流出特性の解析をうまく行い、他の河川にも適切に応用できる流出モデルを作ってほしい。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:B-0912 化学センシングナノ粒子創製による簡易型オールプリント水質検査チップの開発(H21-23)

    研究代表者氏名:チッテリオ・ ダニエル(慶應義塾大学)

    1.研究概要

       本研究の目的はグローバルに使用可能な紙ベースの水質センシングチップ(オールプリントケミカルセンサーデバイス)を、インクジェットプリント技術を用いて開発することである。この場合、さまざまな機能性物質を内包したナノ粒子をインクジェットに適したセンシングインクとして開発して、使用する。このセンサーの実現により、安価かつ簡便迅速に水サンプルの多項目同時定量を行うことができる。

    2.研究の進捗状況

    (1) ポリマーナノ粒子を用いた化学的および生化学的に応答するインクジェットプリント用センシングインクの開発(亜硝酸イオンセンシングインクの開発): まず亜硝酸イオンの比色分析を目的とし、グリース反応で用いられる検査試薬(N-1-ナフチルエチレンジアミン)のポリマーナノ粒子への内包を行った。アルキル化により疎水化した検査試薬をコアシェル型ポリマーナノ粒子に内包させ、ナノ粒子インクを完成させた。
    (2) 水質多検体モニタリングのための"オールインクジェットプリント技術による"ケミカルセンシングペーパーの作製(亜硝酸イオンセンシングペーパーの作製): ろ紙 をポリスチレン・トルエン溶液に2時間浸漬させ、室温で乾燥させた。このペーパーをインクジェットプリンターの印刷ステージ上に置き、トルエンを吐出することで親水性のマイクロ流路および反応部位、センシングエリアを作製した。続いて、上記のナノ粒子インクをセンシングエリアに塗布した。このようにして作製した亜硝酸イオンセンシングペーパーの性能を調べるため、亜硝酸イオンを含むサンプル(NaNO2水溶液)をサンプルエリアに滴下した。センシングエリアの色変化は目視で観察できた。また、色変化はサンプルを滴下して、5分後にスキャナーを用いて記録し、デジタルカラー分析を行ったところ、亜硝酸イオン濃度の10-4Mまでの定量に成功した。このセンシングペーパー作製法が、基盤技術となる。

    3.委員の指摘及び提言概要

       グローバルに使用可能な紙ベースの水質センシングチップ(オールプリント・ケミカルセンサーデバイス)を開発することを目的とする本研究は、成果報告書執筆段階からヒアリング発表までの研究進展が著しく、今後の成果が期待できる。また、簡易迅速多項目同時測定の着想は優れている。ただし、ナノ粒子使用、マイクロマシン技術(流路形成)、インクジェットプリント等、技術的に独創性はあるものの、機器分析の結果と比較しての測定精度・感度を検証の上、従来からある試験紙を用いる試験法に対して優位性を示す必要がある。今後は低濃度でも問題になる毒性の強い物質(Pb、Asなどの重金属等)について、きちんと判定できるように研究開発を重点化していくことが望ましい。さらに、市民参加の簡易水質分析法が普及しているが、それらに比べて、分析精度を含めた長所、特徴を明らかにすることも必要である。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:B-0909 リモートセンシングを活用した水域における透明度分布の高頻度測定手法の開発(H21-23)

    研究代表者氏名:福島 武彦(筑波大学)

    1.研究概要

       湖沼や海域の水質環境基準項目として、市民にわかりやすく、測定が容易であり、また親水性、生態系等の観点で意味ある評価がなされる、といった観点から、透明度が挙がっている。しかし、連続測定法はなく、またその変動の要因も一般的には明らかにされていない。また、国・地方の緊縮財政に伴い、水質モニタリングの経費削減も行われていて、従来の方式による水質モニタリング体制の維持は難しくなってきている。こうした状況から本研究では、以下の点を目的に研究を行う。いくつかの方式の透明度推定モデルを開発し、MODIS、 SeaWiFS、MERISといった衛星画像に適用し、高頻度で透明度分布を推定し、実測値との比較からその精度評価を行う。霞ヶ浦、琵琶湖、東京湾などの閉鎖性水域で基本成分の固有光学特性のデータベースを作成し、水質成分や透明度推定モデルの構築に役立てる。また、水中分光消散係数を連続測定し、透明度を連続測定する方法を確立する。透明度を規定する要因として、植物プランクトン、無機濁質、溶存有機物などがあるが、各水域でどの要因が最も効いているのか、等を明らかにする。

    2.研究の進捗状況

    1) 湖沼の衛星画像から植物プランクトン、その他の粒子(トリプトンと呼ぶ)、溶存有機物といった水質成分を推測する手法を検討した。既に開発済みのSDA法と平行して、いくつかの波長での反射率をもとに、反復法により水質成分を予測する方式を新たに開発し、かなりよい精度で予測が可能であることを示した。
    2) 水中基本成分(植物プランクトン、トリプトン、溶存有機物)の吸収、散乱といった光学特性を精度よく計測する手法を確立した。また、こうした手法を活用して、霞ヶ浦、琵琶湖、東京湾で基本粒子の光学特性情報を収集するとともに、その空間、時間変化特性を解析した。
    3) 2水深での分光照度データをもとに水中分光消散係数を連続測定する装置を作成した。霞ヶ浦での連続観測結果によれば、消散係数の時間変化はあまり大きくないことがわかった。また、琵琶湖での観測結果によれば、消散係数の鉛直分布と透明度には関係があることがわかった。
    4) 霞ヶ浦、琵琶湖、東京湾での既往の水質データを収集し、透明度と植物プランクトン、トリプトン、溶存有機物との関係を解析し、そうした水質から透明度を予測する統計モデルを構築するとともに、2)の成果をもとに半理論的透明度予測モデルを作成し、両者を比較した。また、それぞれの水域での透明度変動にどの水質成分の影響が大きいかを解析した。
    5) 新たな大気補正モデルを開発し、霞ヶ浦などを対象としたMERIS衛星画像データに適用し、現場での反射率と比較することから補正モデルの精度がかなりよいことを示した。そうした大気補正モデルと1) で構築した水質予測モデル、4) で作成した統計的手法による透明度予測モデルを組み合わせて、MERIS衛星画像から各種水質、透明度を予測した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       「透明度」を湖沼、海域の水質環境基準に用いようとする本研究は、目的が明確で行政ニーズの高い課題であり、また相応な成果をあげている。透明度を指標として、衛星画像を活用した湖環境の表現は将来有望であり、透明度のモデルからの予測値と実測値に良い相関が得られ、衛星画像から水質を推定する精度が向上することを期待する。ただ、透明度に関しては、消散係数の鉛直分布の日変化、月・季節変化とそれに及ぼす気象、水象、生物種との関係などについて、統計的な解析だけでなく、物理的、生物学的な解明が望まれる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:B-0911 ゼオライトろ床と植栽を組み合わせた里川再生技術の開発(H21-23)

    研究代表者氏名:木持 謙(埼玉県環境科学国際センター)

    1.研究概要

       我々はこれまで、富栄養化物質の窒素(NH4+)に高い吸着能をもつゼオライト成形体と水生植物を活用した水質浄化技術の研究開発を進めてきた。これにビオトープの長所を組み合わせ強化した、里川再生技術を研究開発する。低コスト・低エネルギー消費、窒素を中心とした水質浄化特性・機構の解析と性能向上、地域住民等で対応可能な維持管理技術の構築と検証、魚類等の水生生物の生息・産卵場所の創造と導入効果の解析、といった視点から研究開発を行う。
      本研究の遂行のために設定したサブテーマは、次の3つである。
    (1) ゼオライトろ床・植栽活用型里川再生技術の開発と浄化特性の解析評価
    (2) ゼオライトろ床・植栽活用型里川再生技術の維持管理手法の開発
    (3) 水生生物生息場所の創造と導入効果の解析評価

    2.研究の進捗状況

    (1) 円筒状および板状のゼオライト成形体、水生植物ミクリを用い、水質浄化モジュールを製作した。実河川河道内に2本の実験水路(里川系、対照系)を製作し、里川系にモジュールを設置して実験を開始した。その結果、NH4-N除去性能は里川系が対照系より約10%向上した上、設置したゼオライト成形体表面には非常に多様性に富んだ生態系が観察された。
    (2) 研究対象河川の水深から河川流量を求める計算式を導出した。また、実験装置内の底泥の蓄積状況を計測・解析した結果、底泥蓄積等による河川水とモジュールの接触効率の低下への対策が必要であった。日常巡回・維持管理作業と大規模清掃作業への住民での対応可能性について検討した結果、本サイトでは土砂主体のため、清掃作業等は比較的容易であった。
    (3) 研究対象河川の事前調査の結果、この地域に普遍的に分布する水生生物等が観察された。代表的な魚種のモツゴおよびタモロコを用いて、円筒状ゼオライト成形体への産卵実験を水槽内で行った結果、これら2種の魚類が産卵に利用し、実河川での利用も期待された。

    3.委員の指摘及び提言概要

       研究目標が河川浄化なのか、環境教育なのか、これによって研究内容が大きく異なる。ゼオライトの効果についてはNH4-Nで除去効果があったと記述されているが、有効な結果は見いだせない。さらに、ゼオライトあるいは底質などの維持管理は大きな労力を伴うし、ゼオライト板が並んだ川が里川の姿として適当なのか?環境教育の一環としての活動であれば、生活排水の河川環境や魚類等への影響を調査し、理解を深めることに大きな意義がある。里川再生技術の開発という点よりも、地元住民とのつきあい方、環境教育の教材や実物教育のあり方等を考える上で有用と思われる。地域枠といえども、もう少し論理整理をして、何をやっているのかを明確化すべきである。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:B-0910 現地観測データとGISの統合的利用によるアマモ場の生態系総合監視システムの構築(H21-23)

    研究代表者氏名:仲岡 雅裕(北海道大学)

    1.研究概要

       本研究では、沿岸生態系の重要な構成要素であるアマモ場を対象に、現地観測データとリモートセンシングデータを統合したGISデータベースを作成し、これをもとに環境・生物多様性・生態系機能間の関連性解析を行うことにより、アマモ場の生物多様性と生態系機能の広域かつ長期にわたる変動を監視するシステムを構築することを目的とする。
       気候・環境条件および人為的開発の程度が異なる3海域(北海道東部、東京湾、瀬戸内海)を研究対象域とする。本研究は、(1) 広域情報データベースの基盤整備、(2) 環境条件とアマモ場の生態系機能の関連性解析、(3) アマモ場の生物多様性と生態系機能の関連性解析、のサブテーマから構成される。
       得られた成果は、生物多様性保全や水産資源の持続的利用のための重要海域・海洋保護区の選定や、藻場・干潟の炭素吸収源評価などの環境諸課題の立案・遂行に貢献することが期待される。

    2.研究の進捗状況

    「(1)広域情報データベースの基盤整備」においては、統合GISデータベースの基本デザインを設定し、既存情報の収集・関連付けを行った。得られた情報をもとに、各地のアマモ場の長期変動様式と環境要因との関連性を解析中である。また、衛星画像および観測気球により撮影された空中写真から、アマモ場の空間分布を高解像度で判別することが可能になった。
    「(2)環境条件とアマモ場の生態系機能の関連性解析」においては、環境要因の変動に伴う海草の機能の変異を評価する指標として、アマモの成長量の直接計測、Diving-PAMによるクロロフィル蛍光の測定を組み合わせた観測が有効であることを示した。これに基づき実施中の広域観測の結果をGISにより外挿し、広域空間評価に結びつける予定である。
    「(3)アマモ場の生物多様性と生態系機能の関連性解析」においては、広域評価に有効な指標の探索を行った。その結果、アマモの現存量や生産量に加えて、形態形質の指標値もデータベースに加える必要性が示された。この検討結果に基づいた野外広域観測を実施中であり、その結果を広域空間評価に利用する予定である。

    3.委員の指摘及び提言概要

       沿岸生態系の重要な構成要素であるアマモ場を対象に、現地観測データとリモートセンシング・データを統合したGISデータベースを作成し、アマモ場の生物多様性と生態系機能の広域かつ長期にわたる変動を監視するシステムを構築において、着実な成果が見られる。とくに、アマモ場の時空間変動に関わるデータ・ソースを整理・検索することを可能にした成果は有用である。アマモの形態にも着目し、アマモ場をビオトープの立場で評価しているのは興味深く、環境改善への貢献、環境政策への適用が明示できる成果を得たことも評価される。最終成果を期待したい。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:B-0901 風送ダストの飛来量把握に基づく予報モデルの精緻化と健康・植物影響評価に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:西川 雅高(国立環境研究所)

    1.研究概要

       中国内陸部およびモンゴルの砂漠・乾燥地帯から発生する黄砂について、その規模の拡大や発生回数の増加が、日本のみならず韓国、中国でも懸念されている。しかし、北東アジア各国の黄砂予報はまだ満足できる状況になく、その精度向上が喫緊の課題となっている。一方、このような黄砂の関心が増すにつれて、黄砂に付着飛来する様々な物質についても関心がもたれるようになってきた。この両方に関する科学的展開を通じ、社会貢献にも資することを基本目的とする。特に付着飛来する菌類を黄砂バイオエアロゾルと称するが、それら菌種の特定はまだまだ学問的には緒についたばかりであり、ましてや環境影響や健康影響に関する研究はほとんど皆無である。フィールド観測、室内実験、疫学調査等から風送ダスト(黄砂および黄砂バイオエアロゾル等随伴物質の総称)の実態解明と影響評価を明らかにすると同時に、地上での黄砂濃度分布(負荷量)も視野に入れた次世代型黄砂飛来予報モデルの確立を試みているほか、ネットワーク一次観測データによる社会貢献も行っている。
       プロジェクト全体を構成するサブテーマは次の4つである。
    (1)ライダーを中心とする黄砂モニタリングネットワークによるリアルタイム動態把握と発生・輸送・沈着の定量的解析
    (2)黄砂予報モデルの精緻化に関する研究
    (3)風送ダストによる健康影響評価に関する疫学及び動物実験学的検証研究
    (4)健康・植物影響評価のための風送ダスト中バイオエアロゾルの直接採集・分析に関する研究

    2.研究の進捗状況

    (1)北東アジアに展開するNIES(国環研)型ライダーネットワークで得られるリアルタイムデータを基にモデル同化可能なデータセット共有システムの確立を行ったほか、環境省・気象庁共同運用の黄砂HPへのデータ提供に貢献した。また、同化モデルを用いた事例解析により、従来モデルではわからなかった発生源域の植生状態と黄砂発生量の変化を明らかした。
    (2)黄砂予報モデル(MASINGAR)の精度向上に資する発生パラメータの集積をはかったほか、NIES型ライダーデータ等のモデル同化方法を確立した。並行して予報モデル客観的評価システムも開発し、現行モデルで黄砂と判定できる閾値は地上濃度で約150?g/m3であることが明らかとなった。
    (3)風送ダストによるアレルギー修飾作用について動物実験から検証した。風送ダストは、肺胞や気道粘膜下におけるアレルギー炎症と気道上皮の粘液細胞化を著しく悪化させたが、ダスト試料を360℃で加熱処理することによってその病態悪化程度が大きく減じ、黄砂そのものよりも付着物質による相乗作用が重要であることを明らかにした。また、日和見菌など黄砂上で見つかった特定菌類による感染症実験、花粉症など呼吸器疾患を対象とする疫学調査も開始した。
    (4)日本に飛来する風送ダスト中で、通常大気エアロゾル中とは異なる、バクテリア(11種)、カビ・キノコ(2種)、植物(6種)、新種の細菌(3種)を見つけた。その中で、乾燥や紫外線照射等の環境ストレスに強いCladosporium sp.とBacillus sp.の輸送過程での生存時間がそれぞれ6.7と1.5日であることを実験的に結論づけ、一般的な黄砂の発生から日本までの飛来日数(3-4日)を超えて生存できる種があることが判った。黄砂バイオエアロゾルによる環境影響調査も開始した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       全体に円滑に研究は推進され成果をあげており、大きな成果が見込まれる。サブテーマ(1)のライダー観測によるリアルタイムな黄砂発生・輸送・沈着の定量解析、サブテーマ(2)の黄砂飛来予測数値モデルの精緻化は研究代表者により本推進費で継続実施されてきたものであり、着実な進展が見られ、日中韓三国環境大臣会合(TEMM)、環境局長会合でも誇りうるレベルに達している。サブテーマ(3)の健康疫学調査、サブテーマ(4)のバイオエアロゾルの調査では、黄砂の飛来回数が少ないこともあり、難しい調査になる可能性がある。今後の定量的な影響の解明が望まれるが、本来の黄砂モニタリングや予報モデルに集中した方がよい。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:B-0903 東アジアと北太平洋における有機エアロゾルの起源、長距離大気輸送と変質に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:河村 公隆(北海道大学)

    1.研究概要

       大気中の微小エアロゾル粒子には有機物が最大で70%濃集し、太陽光の反射、凝結核として雲を形成するなど地球放射に対して直接的・間接的な効果を持つ。
      本研究では、研究代表者が開発してきた有機物解析の方法論を東アジアとその下流域である西部北太平洋のエアロゾルに応用することにより、東アジアにおける有機エアロゾルの起源、長距離大気輸送、輸送中の光化学的変質を解明する。また、放射性炭素(14C)の測定により、有機エアロゾルの起源(生物vs化石燃料)を定量的に明らかにする。
       サブテーマは次の3つである。
    (1)中国、札幌、沖縄、済州島、父島における有機エアロゾルの分子レベル解析によるソース・起源域の特定、および、水溶性有機物 (WSOC)、無機イオンの測定とエアロゾルの雲凝結核特性の解明。
    (2)エアロゾル炭素の放射性炭素(14C)測定と起源解析および個別有機物の14C測定と有機物年齢の評価。
    (3)沖縄辺戸岬におけるエアロゾルのサンプリングと無機成分の分析。

    2.研究の進捗状況

    [1] 中国-済州島-小笠原諸島・父島における水溶性有機エアロゾルの組成解析を行った。その結果、全ての地点でシュウ酸が主成分有機物であり、ジカルボン酸のエアロゾル炭素への寄与は最大で14%であった。また、その濃度は、中国、済州島、父島の順に減少傾向を示した。父島における全ジカルボン酸の季節・経年変化等を解析した(サブ(1))。
    [2] 2009年10月から翌年4月の沖縄辺戸岬での観測より、ノルマルアルカンを測定し、化石燃料の燃焼からの寄与の特徴を解析した。また、富士山頂にて2009年7-8月にエアロゾル観測を実施し、低分子ジカルボン酸、生物起源VOCの酸化生成物の測定を行った。その結果、富士山頂でのこれらの濃度はかなり高く、輸送中での光化学的生成が指摘された(サブ(1),(3))。
    [3] 札幌の夏・秋に採取したエアロゾル炭素(TC)および水溶性有機炭素(WSOC)の14Cを測定した。Modern Carbonの寄与はTCで約40%であるのに対して、WSOCでは90%であった。植物起源VOCの放出とその酸化によるWSOC生成を強く示唆する結果を得た。WSOCの主成分であるシュウ酸の分離法を確立し、現在その14C測定の準備をしている(サブ(1),(2))。

    3.委員の指摘及び提言概要

       大気エアロゾル中の低分子ジカルボン酸など学術的に興味深く、新規性の高い成果を得ている。個別の観測研究や分析技術の改良など様々な努力がなされており、重要なデータが蓄積されている。しかし、観測サイトでの水溶性有機物(WSOC)濃度測定だけでは不十分で、室内実験などを通しての雲凝結核としての特性の研究など、物理的、化学的な基礎研究を充実させる必要がある。エアロゾルの無機成分を測定するサブテーマ(3)が存在する必要性が明確でない。なお、環境政策への視点を明確にすることが大切で、環境行政に貢献しうる成果の抽出と整理およびそれを踏まえた政策提言が望まれる。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:B-0905 日本海域における有機汚染物質の潜在的脅威の把握(H21-23)

    研究代表者氏名:早川 和一(金沢大学)

    1.研究概要

       世界で最も著しく変貌する日本海とそれを囲む地域のPAHs及びPOPsを対象として、起源・動態解析を行い、発生・輸送と海洋への負荷、並びに環境中での毒性化反応を追及する。

    2.研究の進捗状況

    (1)中国の大気中PAH、NPAH濃度は著しく高く、主要排出源は日本の自動車に対して、中国は石炭燃焼であった。能登半島の大気中PAH濃度が高い時期は、中国で石炭暖房を使用する期間と一致し、後方流跡線や成分組成から、PAHは中国東北地方から飛来してきたことがわかった。また、HPLC-蛍光検出法による海水中極低濃度PAHの測定法を開発した。これを用いて日本海のPAH濃度調査を開始し、海洋へのPAH沈着量シミュレーションが可能になった。
    (2) 日本海南部の韓国の廃棄物投棄区域近傍域海水からHCHs、DDTs及びDDDsが比較的高い濃度で検出された。HCHsは日本海北部に汚染源がある可能性が考えられた。航海船上の捕集大気からPOPsが検出された。HCHsのα/γ比は汚染経路の推定に有用と考えられた。
    (3) PAH排出量は中国、韓国、日本の都市域で多く、2005年は2000年より15%程度増加したことがモデルでも示され、インベントリの妥当性が確認できた。今後インベントリを精緻化すれば、モデルによる再現が可能と見込まれた。乾性沈着量は上述大都市で大きな値を示したのに対し、湿性沈着量は日本海、黄海、東シナ海沿岸で大きくなった。海域への有機汚染物質の大気沈着には、湿性沈着が重要な役割を果たしていると示唆された。
    (4) PAH水酸化体(OHPAH)とキノン体のGC-MS、LC-MS/MS分析法を開発できた。酵母two-hybrid法で、PAH類のエストロゲン様/抗エストロゲン活性の構造活性相関を明らかにした。強い活性を示したOHPAHはキンギョウロコの骨芽及び破骨細胞の抑制活性を示した。
    ○本研究は、東アジアのPAH、NPAH汚染の将来予測を可能にした。また沿岸域・海域総合統合管理(ICARM)等の国際的な政策や環境基準作成に有用な情報が得られた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       PAH(NPAH)をはじめとするPOPsについて、各成分を大気、海洋、陸域(河川を含む)で長期にわたって観測し、並行してエミッション・インベントリおよび数値モデルの開発・予測実験を行っている。
      これら3者からのアプローチにより、初めて、日本海について他海域からの流入、流出、大気からの乾性・湿性沈着、海洋表層から深層への沈着・湧出量を求めて、日本海での「PAHの収支」を明らかにした意義は大きい。
      今後、発生源の原単位をより精度良く定量化し、精緻化された収支評価を期待したい。PAHsばかりでなくPOPsの調査・研究も順当に遂行されており、全体的にみてこのペースで研究が推進されれば、当初計画以上の成果が期待できる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:B-0902 黄砂現象の環境・健康リスクに関する環境科学的研究(H20-22)

    研究代表者氏名:那須 正夫(大阪大学)

    1.研究概要

       黄砂の日本への飛来量は年間100万トン以上と見積もられており、そこに微生物が大量に付着している場合、飛来先の環境や生態系に影響を与える可能性がある。しかし、黄砂を微生物の長距離移動におけるキャリアーとして捉える研究は、環境中の微生物を高精度に検出・解析するための手法的制約から限られている。そこで、環境中の微生物動態解析における実績をもとに、これまで開発・応用してきた「培養に依存しない分子微生物生態学的手法」を用い、黄砂が細菌のキャリアーとなりうるのかを詳細に検討する。また、日本に飛来する黄砂は粒径が数マイクロメートルの微粒子であることから、花粉症や喘息の発症・悪化に関与していることが疑われている。そこでマイクロ・ナノパーティクルの環境毒性学的評価の実績をもとに、黄砂の生体・健康への影響を、粒子としての黄砂と黄砂に付着している化学物質や菌体成分との両面から明らかにする。これらの研究により、科学的裏づけに基づいて黄砂の環境・健康影響評価を行うための基盤的なデータを蓄積する。
       サブテーマは、次の4つである。
    (1)黄砂付着微生物の微生物生態学的解析
    (2)黄砂付着微生物の遺伝子生態学的解析
    (3)黄砂の環境毒性学的解析
    (4)黄砂現象の環境および健康への影響評価

    2.研究の進捗状況

    (1)黄砂捕集装置を改良することにより、小型航空機を用いた日本上空での効率的な黄砂捕集を可能にした。本方法の捕集能力は毎分100リットル以上であり、捕集能力を大きく向上できた。また、粒度分布測定を高精度に行うために、画像解析プログラムを新たに開発した。
    (2)小型航空機を用いて上空で採取した黄砂について、高精度な細菌群集構造解析を行うために、遺伝子増幅法を検討し、検出感度を100倍以上向上させた。
    (3)日本上空(兵庫県南部の海上:高度1,500〜2,000 m)で採取した黄砂には約103 cells/m3の細菌が存在したこと、またグラム陽性菌(Bacillus属)およびグラム陰性菌(alphaproteobacteria)が付着しており、その細菌群集構造は飛来時期により異なる可能性のあることを示した。現在、今春に採集した黄砂を用い、付着している細菌の現存量や多様性、細菌群集構造に関する研究を進めている。
    (4)黄砂粒子の細胞に対する影響を評価するために、粒子径1 μmのシリカ粒子(SP)とヒトマクロファージ細胞を反応させた結果、SPがエンドソームもしくは細胞質内に多数取り込まれていることが判明した。また、SPが強い起炎性を有することを示した。その炎症発生機構を調べた結果、SPは細胞にエンドサイトーシスで取り込まれた後、活性酸素の産生を誘発し、活性酸素がリソソームを破壊することでカテプシンBが細胞質に流出し、インフラマソームの活性化を誘導することが明らかとなった。したがって、黄砂による活性酸素産生を阻害することで、その免疫疾患誘発を予防できる可能性を示した。現在、今春に採集した黄砂を用い、黄砂の生体影響に関する研究を進めている。

    3.委員の指摘及び提言概要

       医学、薬学の研究機関の力を結集して、微生物生態学、遺伝子生態学、環境毒性学から黄砂の環境、健康リスクを評価しようとする正攻法のアプローチであり、意欲的な研究である。
      サンプリング法の確立や黄砂粒子の粒径・化学組成分析、細菌の確認など丹念な計測が行われたが、相当な時間が費やされてしまい、付着微生物の生態学的解析や遺伝子生態学的解析など研究の本質(環境・健康リスク)に関わる成果が相対的に乏しい。研究のスピードを上げて成果を蓄積する必要がある。リスクの研究はこれからと見えるが、課題名からリスクが中心と理解されることからリスクに力を入れるべきである。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    中間評価 第3研究分科会<リスク管理・健康リスク>


    研究課題名:C-0803 人工組織ナノデバイスセンサー複合体を活用した多角的健康影響評価システムの開発(H20-24)

    研究代表者氏名:持立 克身(国立環境研究所)

    1.研究概要

       化学物質の安全性や医薬品の効果を迅速に評価することは最重要課題のひとつである。代表的な化学物質の影響評価手法には、曝露した組織や細胞を採取・破砕し、その後、標的成分を抽出・分離・分析する方法があるが、結果が出るまでに時間が掛かり、また侵襲的であるばかりでなく、多種類の大がかりで高額な装置が必要となる。一方、バイオアッセイ法は時間がかかる欠点が拭えない。さらに、より高い確度をもって判定するための動物実験で有用な結果を得るには、実験動物の個体差や定量性に十分に留意する必要がある上、国際的には倫理面から動物実験を削減しようとする動きが加速されつつある。
      このような問題点を考慮し、平成15-19年度に「バイオナノ協調体による有害化学物質の生体影響の高感度・迅速評価技術の開発」プロジェクトを開始した。"バイオナノ協調体"とは、バイオテクノロジーとナノテクノロジーによるセンサー技術を融合させ、人工組織から発信されるシグナルを直下のセンサー媒体が直接感応できるよう、擬似マトリックスによって両者を一体化させた画期的な"人工組織−ナノデバイスセンサー複合体"である。
      本研究では、外部刺激に対する細胞応答信号を発信できる人工組織を、機能協調を可能にする構造物質を介して、非侵襲的に、連続して、高感度に検出できるナノ構造体上に構築し、動物実験系を一部代替し、化学物質の影響評価を、迅速・高効率に実現する手法の確立をめざす。

    2.研究の進捗状況

    1)表面弾性波(SAW)デバイスの特性改善を目的として櫛形電極(IDT)の形状を検討。また、実際に細胞をSAW伝搬部に培養し、機械的手法で傷を付け、その後の回復(wound healing)時および過酸化水素による化学的な損傷を与えた場合のSAW伝搬特性の変化を調べ、以下の成果を得た。
     (1) SAWデバイスのIDT形状を改善することにより、挿入損失が改善。
     (2)平成20年度のデバイスと比較してリップルが減少し特性が改善。
     (3)SAW伝搬面に培養した細胞への機械的損傷付与後の回復過程(wound healing)におき、信号変化が得られ、細胞の再増殖状態を把握(モニタリング)できることを再確認。
     (4)過酸化水素投与による細胞の損傷の測定で、信号変化を経時変化として明瞭に得た。
    2)パツリン処理によるCaco-2細胞におけるタイトジャンクション(TJ)の崩壊は、TJを担うZO-1蛋白質のリン酸化状態の亢進による蛋白質の分解によるものと考えられた。
    Caco-2細胞をSAWデバイス上に生育させ、パツリン処理し、挿入損失や伝播速度などの測定を進めている。
    3)弘前大学より提供されたSAW素子において、短絡時の遅延時間の増加(負の位相偏移)は、細胞間の結合によるSAWの伝搬促進の効果がトリプシン処理により減少したことを意味すると考えられる。一方、開放時の遅延時間の増加要因については究明中である。

    3.委員の指摘及び提言概要

       外部刺激に対して細胞応答信号を発信できる人工組織ナノデバイスセンサー複合体を創製活用し、多角的健康影響評価システムを開発することを目的としており、表面弾性波(SAW)デバイス・ティシュ・センサーの改良やセンサーが感応できる組織を創製した点で一定の進展が見られたことは評価できる。
      一方、研究目的である多角的健康影響評価システムの開発の点では、影響評価の指標が極めて限定された現象を捉えているにすぎない可能性があること、取得できる指標の持つ意味や具体的な対象物質が明確でないこと、特異度や感度も含めたセンサー特性などの検討が不足していることといったいくつかの問題があるが、課題代表者の問題意識が低いことが懸念される。

    4.評点

       総合評点:C  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):c  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c


    研究課題名:S2-09 マイクロコズムを用いた生態系リスク影響評価システム手法の開発(H21-23)

    研究代表者氏名:稲森 悠平(福島大学)

    1.研究概要

       生態系システムに対するリスク影響評価解析においては、水圏のモニタリングデータに基づいて構成したマイクロコズム(安定モデル生態系)を用いた微生物群集の動態解析を相補的に活用することが有効・効果的であり、これがマイクロコズムの重要な意義となる。
      単一生物を活用した毒性評価・影響評価に関する研究は、従来より行われてきたが、多種の生物を活用した生態系リスク評価研究はなされていないのが現状である。マイクロコズムを活用した生態学的研究(エコシステムレベルでの環境影響評価)は、国際化が重視されているのが現状で、OECD試験法の検討においても、生態系システム評価の重要性が指摘されている。
      本研究ではこれらの点を踏まえて、生産(production:P)/呼吸(respiration:R)比のような生態系における汎用性の高い変動パラメータに着目した生態系リスク評価解析手法の確立を目指した研究を実施することとしている。

    2.研究の進捗状況

       本研究では、生態系機能のモデルとしてのフラスコマイクロコズムを用いたリスク影響評価システムの確立化を図ることを目的として、サブテーマ1〜5に分担して強力な相互連携体制の下で実施している。それぞれのサブテーマにおいて、LAS、γ線、Zn2+、Cd2+、Cu2+、Al3+、シマジン、microcystin-LRといった物質が生態系に如何なるリスク影響を及ぼすかについて基礎的データを蓄積している。
      本研究において、フラスコマイクロコズムのP/R比に及ぼす影響を把握できれば、自然生態系の生態系機能にいかなる影響を及ぼすかについて基礎的かつ本質的な情報が得られることが期待される。また、本研究結果は、本手法の生態系リスク影響評価手法としての有効性を示したと考えられる。

    3.委員の指摘及び提言概要

       生態系機能のモデルとしてのフラスコ・マイクロコズムを用いたリスク影響評価システムの確立を図ることを目的としている。生態系への影響、回復、転移の状態の評価が可能であることや生態系の機能の変化を連続的に測定できることを示唆した点、マイクロコズムが構造的に影響を受ける場合であっても、個体群または群集レベルの冗長性により機能的には系の安定性が維持される場合があり、機能を直接測定する必要性を示唆した点が評価される。
      一方で、P/R比で生態系影響評価ができる論理的根拠と一般性を明示する必要がある。環境負荷物質の影響評価の標準法として発展することが期待されるが、そのためには、感度、再現性、作用機構(既知の文献情報の提示)、分解性やpH変化に関する情報を得て他の毒性試験法との比較を行うことに加え、ヨーロッパをはじめとする世界各国の研究者との共同研究を行って、標準化に向けてのマニュアル化や手法がOECDなどに公的に認められることが重要である。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:C-0901 ディーゼル排気ナノ粒子の脳、肝、腎、生殖器への影響バイオマーカー創出・リスク評価(H21-23)

    研究代表者氏名:山元 昭二(国立環境研究所)

    1.研究概要

       先行当該研究において、ディーゼル排気ナノ粒子(NRDE)の吸入曝露が、特に低濃度曝露で、血漿テストステロン濃度や妊娠動物の血漿エストラジオールやコルチコステロン濃度等を上昇させることを明かにした。さらに、NRDE曝露による主要臓器(脳、肝臓、腎臓および生殖器)重量の増加が確認され、臓器毎での悪影響の可能性が示唆された。
      本研究では、NRDE曝露による
      1)テストステロン等性腺ホルモン系への影響のNOAELを検討・決定し、
      2) 上記臓器への影響とメカニズムを詳細に検討することで、
    影響バイオマーカーを創出することを目的・目標とする。

    2.研究の進捗状況

    マウスにNRDEを3ヶ月間曝露し、脳内での炎症性サイトカイン・ケモカインおよびグルタミン酸受容体NR2A, NR2BのmRNA発現レベル等への影響について検討した。高濃度曝露群の嗅球では炎症性ケモカインCCL3や酸化ストレスマーカーHO-1の増加ないし増加傾向がみられ、海馬ではNR2Aの発現が増加した。さらに、肝臓に関しては、NRDE曝露ラットにおいて炎症と脂質の蓄積が見られ、抗炎症作用と脂質代謝の促進に関わるペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体α(PPARα)は誘導されていた。その標的遺伝子であるペルオキシゾームやミトコンドリアのβ酸化系酵素のmRNAは上昇していたが、蛋白発現の上昇は観察されなかった。また、NFκBのサブユニットも上昇していたので、PPARαが機能していない可能性が示唆された。マウスへのNRDE曝露終了後、副腎細胞を初代単層培養し、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を作用させ培養液中に放出されたコルチコステロンとプロジェステロン濃度を測定した。
      その結果、副腎皮質細胞からのコルチコステロンとプロジェステロン分泌は対照群に比べて、低濃度曝露群では上昇したが、高濃度曝露群と除粒子(ガス成分のみ)曝露群では、有意な低値を示した。以上の結果から、ナノ粒子およびガスの高濃度曝露により副腎皮質からのステロイドホルモン分泌能が著しく障害させる事実が初めて明らかになった。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は、ディーゼル排気ナノ粒子の脳、肝、腎、生殖器への影響を毒性学的視点から検討し、新しいバイオマーカーを見出し、リスク評価の提言を行うことを目的としている。他に類例をみない曝露施設での曝露により上記臓器への影響の有無を検討し成果を得ていることは評価できる。
      一方、これまでの結果を踏まえ、重点を置くべきエンドポイントとそうでないものを明らかにしていくことや目標の絞り込みが必要である。そのためには個々のデータについての十分な吟味が必要であり、得られたデータで何が明らかになっているのか等についての論理の整備が必要である。また、影響がないという情報も重要であり意味があること、ヒトに対する健康影響に結びつける展望、研究体制の強化が必要であると指摘される。

    4.評点

       総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:C-0902 妊娠可能な女性を対象とする難分解性有機汚染物質の体内負荷低減の介入研究(H21-23)

    研究代表者氏名:仲井 邦彦(東北大学)

    1.研究概要

       難分解性有機汚染物質(POPs)の周産期ばく露により、出生児の成長と発達の遅れや偏りが報告されている。発生、成長過程にある胎児および新生児はPOPsに対して感受性が高いと懸念され、妊娠・出産を迎える女性の体内負荷量を低減しておくことが必要と考えられる。POPsの主要な摂取経路は魚介類の摂取であることが示されており、体内負荷量低減には汚染度の高い魚介類の摂取の抑制が有効と考えられる。しかし、POPsの生体内半減期は2〜6年と長く、妊娠を希望してからばく露回避しても体内に蓄積した化学物質の体外排出は間に合わない。そこで、妊娠の予定がない女性を対象に、魚介類のPOPs汚染度情報を研究協力者に提供することで汚染度の高い魚介類の摂取を控え、POPs体内負荷量を低減させることができるかを検証するため、層別ランダム化比較試験の方法による介入調査を計画した。ただし、魚介類摂取はPOPsのばく露源のみならず、ω3系不飽和脂肪酸(PUFA)や鉄などの栄養素にも富む。PUFAおよび鉄欠乏のモニタリングを同時に実施し、魚介類摂取のリスクとベネフィットの両面に考慮した調査計画を立案した。
       サブテーマは以下の2つにより構成した。
       (1)介入調査の実施
       (2)化学物質モニタリングと生物統計学

    2.研究の進捗状況

    (1) 介入調査の実施 研究協力者として、18〜30歳の女性133名で調査を開始した。全体の90%が学生であり、20%が気仙沼などの海浜地区出身者であった。 ベースライン調査では、基本属性に加え、食事調査、血液生化学検査、血漿および赤血球膜PUFA、ならびに血漿PCB分析を実施した。 介入は、魚介類POPs汚染度と、調理法に関する情報を提供することにより実施した。魚介類のうち、食物連鎖の上位にあり、寿命が長く、脂肪含量の高いものや、内臓ごと摂食したり、深海性のものは避けるべきであること。調理法によりばく露回避できるものがあること、食物繊維やアブラナ科野菜の摂取が脂溶性化学物質の体外排出に有効であることを説明した。一方、対照群にはこれまで通りの生活を継続してもらうことを説明した。
       鉄欠乏傾向(血清フェリチン値12 ng/ml未満)の者が介入群で32%、対照群で31%観察された。栄養学分野では鉄供給源の一つとして貝類内臓の利用が推奨されている。しかしながら、内臓はPOPs汚染度が必ずしも低くない。介入群での鉄補給方法について魚介類以外での具体的な指導が必要と考えられた。
    (2) 化学物質モニタリングと生物統計学 介入調査のサンプル数として、100名以上の登録をサブテーマ1に提案した。根拠として、先行研究における女性の末梢血PCB幾何平均値と標準偏差、有意水準5%、検出力80%、介入効果としてPCBの30%低減を仮定すると、必要な総サンプル数は61と算出された。一方で、疫学的な調査では予期せぬ偏りもあることから、経験的にはサンプル数100以上が推奨される。最終的に介入調査を133名(介入群66、対照群67)で開始させることができ、途中での脱落を考慮しても十分なサンプル数を確保できたと考えられた。
       介入群と対照群の群分けは、年齢、魚摂取頻度、BMI、食費、学歴、出身地(海浜か内陸か)、家族同居の有無、血清フェリチンによって層別ランダム化により行った。血漿PCB 濃度についても両群間に差は認められなかった。 ベースライン調査時の血漿PCB 濃度と関連性がある要因を検索した。PCBは年齢とともに増加し、魚摂取頻度および赤血球膜ω3系PUFAとの間に正の相関が認められた。PCBのばく露を減らすとPUFA摂取も減少する関係にあり、PUFAの栄養学的な基準値を含めた検討が必要と考えられた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       妊娠可能な若年女性を対象に、魚介類のPOPs汚染濃度情報の提供や曝露回避を目指した食行動をとる介入方法により、POPs体内負荷低減が可能であるか検証することを目的としている。許される範囲で研究計画の修正が行われている点、対象集団を予定通り確保するなど順調に計画が遂行されている点で大変評価される。
      一方、食生活指導をどの程度変化させることができるか、介入による効果の評価方法の検討、研究的要素の取り入れ、結果の伝え方(一般市民への公表も含めたリスクコミュニケーション)への配慮の必要性、3年間で明確な結論が出るかどうかについては疑問が残り、これらの問題を再度検討し研究に反映させる必要性がある。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:RF-0909 実環境の複合汚染評価を目的としたトキシコゲノミクス解析法の開発と現場への適用(H21-23)

    研究代表者氏名:宇野 誠一(鹿児島大学)

    1.研究概要

       本研究は、ヒメダカOryzias latipes を用いて、
      (1)メタボロミクスによる影響評価法の確立、と
      (2)トランスクリプトミクスによる影響評価法の確立、
    の2つのサブテーマから成る。(1)と(2)から得られた結果は常に相同、相違性を検証して、各々の評価法の精度を確保する。
    (1)メタボロミクスによる影響評価法の確立に関する研究
       本サブテーマはメタボロミクスによる毒性影響評価法を確立することを目的とする。さらにはどのような化学物質に影響を受けても、同一の指標で影響評価、比較を行えるように数値により示すシステムを作る。これらを利用してメタボロミクスを用いた実環境の生物に対する影響評価を行う。
    (2)トランスクリプトミクスによる影響評価法の確立に関する研究
       本サブテーマはメタボロミクスによる毒性影響評価法を確立することを目的とする。さらにはどのような化学物質に影響を受けても、同一の指標で影響評価、比較を行えるように数値により示すシステムを作る。これらを利用してメタボロミクスを用いた実環境の生物に対する影響評価を行う。

    2.研究の進捗状況

       基礎的なデータとして、絶食が代謝物および遺伝子に及ぼす影響を調べた。
    その結果、代謝物側からのアプローチと遺伝子側からのアプローチ間でかなり一致していたことから、メタボロミクスおよびトランスクリプトミクスの両手法から化学物質暴露影響を評価したときに、その結果は比較的一致することが期待された。本件については現在、投稿準備中である。
       現在、トランスクリプトミクスを用いた影響評価として、ステロイドホルモン数種を暴露し、これの解析を行っている。今後、同様の暴露をメタボロミクスサイドでも行い、解析して、両結果を代謝マップと照らし合わせて、影響評価を行っていく。
       メタボロミクス評価の方は、メダカ卵を用いて、多環芳香族炭化水素のジベンゾチオフェン、フェナントレン、ピレン、クリセン、農薬中間代謝物のジクロロフェノールの暴露試験を行い、その結果を現在、解析中である。また、生後1ヶ月の稚魚を用いて、フェナントレンとピレンの暴露試験を行い、これも解析中である。さらに、成魚にも同様にフェナントレンとピレンの暴露試験を行い、解析を行っている。これらの試験を踏まえ、各成長ステージで感受性が異なるのかどうか、等という点を中心に比較、検討を進める。また、これらの暴露試験の生物の一部(メタボロミクスの結果を参考に選別する予定)は今後、トランスクリプトミクスでも評価を行う。

    3.委員の指摘及び提言概要

       メダカを用い、メタボロミクスとトランスクリプトミクスとによる影響評価手法を確立すること、及び、実環境でのトキシコゲノミクスによる汚染影響評価を行うためのデータベースとシステムの構築を目的としている。影響評価法を確立する上で、通常魚に起こり得る絶食、低温ストレス下での検討を行い、方法論(飼育条件による影響など)の確立や知見の集積で進展がみられた点が評価される。
      一方、機序も含めた変化の意味や何をもって有害な影響とするかの検討、化学物質は無数あるので代表物質を何にするか(例えば、毒性やその機序が明らかな化学物質から始める)や複合汚染評価手法に対するデザインの明示、方法論の今後を考えた時に、検出感度、簡便性、費用の検討が必要とされる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:C-0903 妊婦におけるダイオキシン摂取が胎児健康に及ぼす影響のリスク評価に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:月森 清巳(福岡市立こども病院)

    1.研究概要

       近年、環境汚染物質の管理が徐々に進み、目に見える環境汚染は少なくなった。しかし、脂溶性が高く難分解性の化学物質は食物連鎖を通してヒトの生体内に蓄積し、健康などに悪影響を及ぼす可能性が増大しているのではないかという懸念がもたれている。なかでも、小児においては、器官や機能の形成される時期だけに微量の化学物質の曝露でも影響を受けやすく、この影響はその後の発育・発達過程により大きな影響となっていることが危惧される。
       そこで、本研究では、妊婦におけるダイオキシン類摂取が胎児の発育・発達に及ぼす影響を観察することによって、ダイオキシン類のヒトの健康に及ぼす影響のリスク評価を行うことを目的とした。この主旨に沿って、ダイオキシン類の母体から胎児への移行、子宮内ダイオキシン類曝露とそれによる児の健康影響との関連、ダイオキシン類の胎盤毒性の3つについて検討を行う。

    2.研究の進捗状況

       平成21年10月〜12月に九州大学病院で行われた分娩に際して、母体及び胎児関連試料の採取を行い、母体血試料のダイオキシン類を分析した。その結果、ダイオキシン類のうち最も毒性が高い2,3,7,8-TCDD(TEF=1)は14名中7名の血液から検出された。母体血14件の平均Total dioxins濃度は、油症認定患者血液に対し約1/8の濃度に相当していた。油症一斉検診受診者のなかで母児双方の血中ダイオキシン類検査を実施した母親19例とその児26例のなかで人工栄養を行った母児11組(母親9例、児11例)を解析の対象とし母児間における血中ダイオキシン類濃度の差異および母児それぞれの血中ダイオキシン類濃度について正常健常人と比較検討した。
      その結果、児におけるPCDDs、PCDFs、coplanar PCBs のTEQ濃度は母親の値と比して有意に低値を示した。各異性体における児/母親血中濃度比は0.04から0.81で、2,3,4,7,8- PeCDFが母児間での較差が最も大きかった。油症母親における PCDDsおよびPCDFsのTEQ濃度は正常健常人の値と比して有意に高値を示したが、児におけるPCDDs、PCDFs、coplanar PCBsおよび主な異性体5種類のTEQ濃度は、全て正常健常人の値と比して有意な差はなかった。ダイオキシン類のtotal TEQ濃度に対する組成率については、油症母親と油症児では異なっていた。細胞株を用いた検討では、細胞増殖能、細胞浸潤能とも0.1-100nMのTCDD存在下では変化はみられなかった。マイクロアレイ法では、10nM TCDD曝露5時間後、10時間後に対照に比し2倍以上の増加を示す遺伝子が1165個、966個、発現が1/2以下に減少する遺伝子が、575個、551個であった。
       子どもの健康と環境中の化学物質との関わりは、環境政策上解明すべき重要な課題と捉えられており、本課題により胎児期のダイオキシン類曝露と健康影響との関連を解明するうえで有用なデータが得られ、油症患者でのデータ解析と母児間以降についてのデータ蓄積は今後病的曝露のない集団での検討を解析していくうえで役立つものと思われる。また、今後さらに様々な種類の生体試料の分析に対応するために、新規ダイオキシン類分析法の開発・構築を並行して実施するとともに、現在までに知見のない胎盤に対するダイオキシン類の細胞生物学的作用についても検討を進める。

    3.委員の指摘及び提言概要

       妊婦におけるダイオキシン類摂取が胎児の発育・発達に及ぼす影響を評価することにより、ダイオキシン類のリスク評価を行うことを目的としているが、一般的な生活環境からのダイオキシン類曝露量を評価した点、油症患者より出生した児におけるダイオキシン類の血中TEQ濃度が母親の値と比して低値を示し正常健常人の値と有意な差はみられないことを明らかにした点、TCDDがER活性を増加し細胞増殖を促進している可能性をin vitroの実験で示唆した点が評価される。
      一方、3つのサブテーマの関連性が明確になっておらず、課題が放散しているのでテーマを絞って研究を進める必要性があること、進捗状況をみると採取試料のうち分析が実施されたのは母体血のみであり計画期間中に残りの採取試料の分析まで可能であるか、分析手法の改善を含めて迅速な対応が必要であること、POPs類は物質間の相関が高いことからダイオキシン類の影響であるかどうかの同定の難しさが指摘される。

    4.評点

       総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:C-0904 微量化学物質の胎児・新生児期曝露と乳幼児のアレルギー疾患の関連性に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:森 千里(千葉大学)

    1.研究概要

       本研究の大きな目的は、化学物質の胎児期・新生児曝露レベルとその後のアレルギー疾患発症との関連を小規模ではあるが追跡調査することである。両者の関連性を調べる中で、臍帯中の化学物質曝露量、塩素化有機化合物 (ポリ塩化ビフェニル、主要な農薬類)、臭素化難燃剤 (臭素化ジフェニルエーテル:PBDEs)等を測定する。ただし、本研究では、難燃剤であるPBDEを測定対象化学物質とする。
      難燃剤は火災などの燃焼被害を抑制するために、家庭電化製品や家具、プラスチックなどに添加し用いられ、臭素系や塩素系、リン系などに区分されるが、現在はおもに臭素系が世界中で使用されている。臭素系難燃剤のなかで代表的なPBDEsには209の異性体が存在し、ポリ塩化ビフェニル(polychlorinated biphenyls:PCBs)や甲状腺ホルモンと化学構造が類似し、PBDEsの分解産物として臭素化ダイオキシン類などが発生することが知られている。PBDEsの曝露が、アレルギー疾患の発症との関連も含め生体にさまざま影響を及ぼすことが知られるようになったものの、明確なエビデンスはない。
       そのため本研究では、PBDEsの胎児・新生児曝露レベルとその後のアレルギー疾患発症との関連を小規模ではあるが追跡調査することで両者の関連性を調べる。

    2.研究の進捗状況

       研究初年度の平成21年度は、86名の協力者(平均31.88歳、標準偏差4.38歳)から出産時に採取した臍帯のPBDEs濃度を測定した。PBDEsは全ての臍帯試料(86 / 86)から検出され、総PBDEs濃度は、試料重量あたり55pg/g(最小0.82-最大270)、脂肪重量あたり56ng/g(最小0.59-最大300)であった。また、異性体別では工業製品(DE-83R、DE-71、DE-79)に含まれる主要異性体BDE-209、BDE-47、BDE-99、BDE-100、BDE-153などが検出された。また、アレルギー疾患との因果関係について、次年度の分析結果を待ってその傾向を追及する。

    3.委員の指摘及び提言概要

       微量化学物質の胎児・新生児期曝露と乳幼児のアレルギー疾患の関連性を明らかにする一環として、臍帯中の臭素化難燃剤を対象物質として測定することや幼児期までのアレルギー症状について調査し、関連性を調査することを目的としている。210例の約4割について臍帯内に残留する臭素化難燃剤の濃度測定が行われ知見が蓄積されている点は評価される。
      一方、乳幼児のアレルギー疾患の発症には多くの因子が関与していることから、交絡因子の調整を行うことや他の関連物質(アレルギー増加の時期に使用量が増加している物質)の調査が必要であること、それに至るための研究デザインを明確にすること、測定が外注であるため適切な精度管理がなされているか確認が必要であることが指摘される。

    4.評点

       総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:C-0905 小児先天奇形発症における環境リスク評価法の基盤整備(H21-23)

    研究代表者氏名:緒方 勤(国立成育医療研究センター)

    1.研究概要

       近年、停留精巣や尿道下裂などの先天奇形が増加しているという疫学的データが日本や欧米諸国から報告され、大きな社会的問題となっている。同様の現象は、成人における精子形成障害や精巣腫瘍、および、多くの野生動物でも観察されている。そして、これらの現象に共通する原因として、内分泌攪乱物質の影響が推測されている。特に、大部分の内分泌攪乱化学物質が有する女性ホルモン効果は、このような男性化障害を生じる重要な原因の1つであると推測される。さらに、内分泌攪乱物質として作用しうる環境化学物質生産量・排出量は、近年増加している。したがって近年の小児は、暴露量の観点から、成人よりも高いリスクに曝されていると推測される。
       われわれは、このような先天異常の発症が、内分泌攪乱物質の暴露量や暴露時期の他に、個体の遺伝的感受性にも支配されるという作業仮説のもとに、研究を行ってきた。そして、最も重要な成果は、エストロゲン受容体α遺伝子 (ESR1) のハプロタイプ解析で得られた。これは、大部分の内分泌撹乱物質がエストロゲン受容体を介して女性ホルモン様効果を発揮することから、エストロゲン受容体遺伝子多型が遺伝的感受性に強く関与すると考えられることに一致する。さらに、感受性ハプロタイプ領域の構造解析を行い、ESR1遺伝子イントロン内微小欠失は感受性亢進を招く構造変化であることを示唆する結果が得られた。しかし、これらの多型・ハプロタイプをバイオマーカーとして使用するには、機能解析の裏付けが必要である。また、解析された遺伝子多型・ハプロタイプが少数にとどまるために、他の大きな影響を持つ因子が同定されていない可能性がある。
       このような遺伝因子と環境因子の相互作用で出現する表現型を適切に解析するためには、同一集団において両者を解析することが重要である。特に、臨床情報が整備され、かつ、バイオマーカーのプロファイリングが終了した試料のバンキングがなされれば、長期フォローアップや遺伝-環境相互作用および遺伝子間相互作用の解析を行う上で極めて有用と考えられる。
       以上から、小児先天奇形発症における環境リスク評価法の基盤整備にはバイオマーカーの開発と臍帯血・胎盤バンキングシステムの構築が重要であると考えられる。

    2.研究の進捗状況

    (1)バイオマーカーの開発に関する研究
    1)エストロゲン受容体α型遺伝子(ESR1)
       われわれは、ESR1の特定ハプロタイプが停留精巣と尿道下裂の強い感受性因子であり、その本態が感受性ハプロタイプと絶対連鎖不平衡を示す2,244 bpの微細欠失と推測している。
      このデータがイタリア人においても外陰部異常症発症のリスク因子であることを見いだした。 また、世代間の頻度解析から、環境化学物質の暴露量増加が疾患発症に関与することを見いだした。さらに、機能解析のためのノックインマウスを作製しえた。そして、このノックインマウスを用いてエストロゲン様物質の暴露実験を開始した。
    2)エストロゲン受容体β型遺伝子(ESR2)
       精子形成障害は、男児外陰部異常症と同様、近年、発症頻度の増加が報告され、その原因としてエストロゲン様作用を有する内分泌撹乱物質の影響が危惧されている。われわれは、精子形成障害患者におけるエストロゲン受容体β型遺伝子(ESR2)ハプロタイプ解析を行った。
      その結果、プロモーター領域から第6イントロンを包含する約60kbにおよぶハプロタイプブロックが存在し、このブロック内の特定ハプロタイプが精子形成障害発症と強く関連することが見いだされた。すなわち、疾患発症との関連は、このESR2特定ハプロタイプが量的効果を有すると仮定した場合、P=0.0029、オッズ比 1.75であることが判明した。
    3)残留性有機汚染物質関連遺伝子の感受性を利用したバイオマーカーの開発
       男児外陰部異常症と関連しうる遺伝子の網羅的関連解析を、日本人男児のサンプルを用いて行った。その結果、オッズ比やトレンド解析からCYP17A1、ARNT2、CYP1A2、CYP1B1、AhR、NR1I2の遺伝子が選択された。これらの遺伝子の発現応答性を11種の化学物質(OP、BPA、BBP、DBP、DEP、DEHP、4-OH-PCB107、4-OH-PCB146、4-OH-PCB187、TCDD、p, p'-DDT、o, p'-DDT)について調べたところ、ヒト卵巣癌細胞においてはCYP17A1、ARNT2、CYP1A2の遺伝子発現に化学物質の応答性があり、4-OH-PCB187及びDBPが高い感受性を示した。
      ヒト前立腺癌細胞においてはARNT2、CYP1A2の遺伝子発現にBPA、BBP、DBP、DEHP、4-OH-PCB146、4-OH-PCB187、TCDDに有意な応答性が認められた。さらに、ヒト不死化リンパ球においては、ARNT2の遺伝子発現にDBP及び4-OH-PCB187の有意な応答性が認められ、男児生殖器発達異常症の発症もしくは、進展を修飾する環境因子として、DBP及び4-OH-PCB187の関与の可能性が考えられる。
    4)単一遺伝子におけるメチル化パターンと発現量変化の同定
       環境化学物質が、精巣および外性器で発現する性分化遺伝子群プロモーター領域のメチル化を生じ、その結果尿道下裂や停留精巣を招く可能性を検討している。現在、尿道下裂手術時の外性器皮膚検体を約100症例から集積し、エストロゲン受容体遺伝子の解析から開始している。 また、胎仔マウスを用いたダイオキシン暴露実験を行い、精巣および外性器のサンプリングを行っている。
    (2)臍帯血・胎盤バンキングシステムの整備に関する研究
       これまでに、正常児における臍帯血・胎盤の使用およびバンキングに関する倫理申請を行ってきた。さらに、「子宮内胎児発育異常の遺伝子・ゲノム解析」研究へのご協力のお願いと研究の説明書を作成した。これは、対象者へ口頭で説明を行うと同時に資料として配布する。
       現在、正常児における臍帯血・胎盤、母体血の集積を開始した。遺伝子の研究結果は、様々な問題を引き起こす可能性があるため、他の人に漏れないように取扱いを慎重に行う必要がある。提供頂いた検体(臍帯血・胎盤、母親あるいは両親の末梢血)には、固有の研究番号(例:胎盤組織-001、検体の中身と三桁の数字)をつけ、厳重に保管管理している。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は、遺伝子多型・ハプロタイプ、疾患責任遺伝子のメチル化パターンや発現量を指標に尿道下裂などの小児先天奇発症を対象とする環境リスク評価法やそのために必要な臍帯血・胎盤バンキングシステムの基盤整備を行うことを目的としている。
      内分泌撹乱化学物質に対して遺伝的に脆弱な個体が存在すること、また、高感受性個体が先天奇形を発症するリスクが暴露量と比例して増加することを示唆する結果を得た点や、一流誌への成果発表も多数行われている点、臍帯血・胎盤バンキングシステムの基盤整備も順調に行われている点で高く評価される。
      一方、具体的な環境リスク評価手法やそこに至るまでの課題を明確にする必要性がある。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:C-0906 受容体AhRの転写活性化を伴わないダイオキシン類の新たな毒性発現メカニズムの解明(H21-23)

    研究代表者氏名:遠山 千春(東京大学)

    1.研究概要

       ダイオキシン類の毒性は、生殖機能や記憶・学習機能への悪影響、および発癌性など多岐にわたる。このように多様な毒性現象が生じる理由は「ダイオキシンと結合した転写因子AhRが核移行することで標的遺伝子群に異常な転写活性化が生じ、その結果として毒性が発現する」というこれまでのパラダイムでは説明できなかった。
      細胞を用いた研究によって最近発見された「ダイオキシン類が引き起こす、受容体AhRの転写活性化を伴わない反応」が細胞内カルシウム濃度の上昇やキナーゼ類活性化を引き起こすことから、ダイオキシン類が引き起こす多様な毒性発現メカニズムの解明の鍵になる可能性がある。
      そこで、「ダイオキシン類が引き起こす、受容体AhRの転写活性化を伴わない反応」がダイオキシン毒性に及ぼす影響を検証する動物曝露実験系を構築し、ダイオキシンが多様な毒性を引き起こす毒性発現メカニズムを解明することを目指した。
      具体的には、「受容体AhRの転写活性化を伴わないダイオキシンの引き起こす反応」において重要な役割を果たすcPLA2を欠損したマウスを用いて、この反応がダイオキシン曝露による毒性現象に及ぼす影響を明らかにする。

    2.研究の進捗状況

    (1)cPLA2 KOマウスにおけるダイオキシン曝露による水腎症に関する研究
       40 g/kg体重の2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン(TCDD)を出産1日後の母マウスに投与することで新生仔に対して経母乳曝露実験を行った。腎臓を用いた遺伝子発現解析の結果として曝露の指標となるCYP1A1遺伝子の発現量がcPLA2野生型と欠損型の両方でTCDD曝露によって上昇したが、COX-2遺伝子はcPLA2野生型で起こるTCDD曝露による発現上昇がcPLA2欠損型では見られなかった。
      これは、動物個体においてもダイオキシン曝露によるCOX-2発現上昇をcPLA2が制御していることを示す結果であり、ダイオキシ曝露による個体での毒性発現メカニズムについて、cPLA2が関与することを示唆する新しい重要な知見であると考えられる。しかしながら、この系統を用いたTCDD曝露によって、cPLA2野生型新生仔で水腎症が発症しなかった。AhRが高感受性型であるにも関わらず水腎症が発症しないことは想定外であり、この系統ではAhR以外ダイオキシン毒性に影響を与える遺伝子が遺伝的背景であるC57BL/6系統と異なる可能性が考えられた。
      本研究で発見したAhRが高感受性型であるにも関わらず水腎症が発症しないという現象は科学的に興味深い知見であるが、cPLA2野生型と欠損型について曝露による水腎発症に及ぼす影響を研究する上では障害となる現象である。そこで、C57BL/6系統に対して戻し交配を行うとともに、この系統で水腎症の発症する条件に関して検討中である。
    (2)ダイオキシン曝露マウス尿管の形態と機能の解析に関する研究
       TCDD曝露個体の腎臓で、腎髄質の先端部に位置する腎乳頭の発達不全が観察された。腎臓の短軸長と腎乳頭長を測定し、短軸長に占める腎乳頭の長さを腎乳頭の発達の指標とした。PND3で腎乳頭長には両群間で差は認められなかったが、PND5と7では対照群と比較してTCDD曝露群の方が短い傾向にあった。腎臓の短軸長に対する腎乳頭の長さの比率は、PND5ではTCDD曝露群の方が小さい傾向にあり、PND7ではTCDD曝露群の方が有意に小さかった。尿管の層構造に関しては、TCDD曝露個体で三層構造が保たれており、大きな形態変化は認められなかった。各層に焦点をあてると、TCDD曝露群ではPND 3で間質層の尿管に占める割合が有意に小さかった。上皮層の占める割合は、PND5とPND 7で、TCDD曝露群の方が対照群と比較して有意に高かった。
      本サブテーマの研究では発達期の腎臓および尿管の形態解析を行い、TCDD曝露が腎臓と尿管の形態に及ぼす影響を検討した。その結果、曝露後早期から腎臓と尿管の形態に変化が生じることを見出した。この変化は曝露初期のものであり、毒性現象を説明し得る重要な発見であると考えられる。

    3.委員の指摘及び提言概要

       AhRの転写活性化を伴わないダイオキシン類の引き起こす反応について、cPLA2が毒性現象(COX-2発現上昇が原因となる水腎症)に及ぼす影響を明らかにし、機構を明らかにすることを目的としている。
      cPLA2が曝露によるCOX-2発現上昇に関与していることを明らかにしたこと、個体での毒性発現に関与しうる分子を特定したこと、AhR以外の毒性調節因子がゲノム上のcPLA2遺伝子近傍に存在することを示唆する知見を得た点、ダイオキシン類曝露による腎臓と尿管の構造変化を定量的に明らかにした点が評価される。
      一方、基礎研究として重要だと思われるがヒトの毒性機構との関連性などリスク評価に向けた検討や行政的な活用への道筋の明示が必要とされる。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    中間評価 第4研究分科会<生態系の保全と再生>


    研究課題名:S2-10 クマ類の個体数推定法の開発に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:米田 政明((財)自然環境研究センター)

    1.研究概要

       日本のクマ類(ツキノワグマ及びヒグマ)は、絶滅のおそれのある地域個体群の絶滅防止及び狩猟と有害捕獲管理の観点から、狩猟鳥獣の中でも特に注意深い保護管理とそのための高精度の個体数推定が鳥獣行政及び種の保存において求められている。地方公共団体等が実施するクマ類の個体数調査に対して標準的調査法を提供することを目的として、個体数推定におけるヘア・トラップ法とそれに関連するDNA分析法、補完法・代替法及び個体群モデルによる個体数推定法の開発に関する研究を行う。
       サブテーマは次の4つである。
       (1) ヘア・トラップ法による個体数推定法の確立に関する研究
       (2) 個体数推定に関わる効果的なDNA分析法の確立に関する研究
       (3) 補完法・代替法の開発に関する研究
       (4) 個体群モデルによるモニタリング手法及び生息数推定法の確立に関する研究

    2.研究の進捗状況

       平成22年度以降の本格研究に向け、平成21年度研究では、研究手法の標準化と大面積調査地の設定を進めた。ヘア・トラップ法(サブテーマ(1))に関しては、先行研究のレビューから試料採取率のよいトラップの標準構造、誘引物、設置時期を明らかにした。また、岩手県北上山地に約600-km2のモデル調査地を設定し、トラップの試験的設置を行い、平成22年度の調査実施計画を作成した。DNA分析(サブテーマ(2))に関しては、毛根から採取した微量DNAによる高精度の個体識別法の確立を目的として、Pid(血縁がないと考えられる個体間の遺伝子型の一致率)を指標とした50種類の遺伝マーカを検索し、さらに酵素によるPCR成功率の違いを比較した。試料採取率及びDNA分析成功率の季節変化を調査し、また有害捕獲個体を材料に遺伝的有効集団サイズ(Ne)の年次変化を分析した。この結果、Pidが低い遺伝子座を6〜9種類選び、3遺伝子座を1セットとしたmultiplex PCRによる精度較正を組み込んだクマ類の遺伝子型判定標準プロトコールを提示した。また、季節性調査から6月から7月にかけて採取率と分析効率が高いことを明らかにした。Ne推定では年齢査定の重要を示した。補完法・代替法(サブテーマ(3))では、カメラトラップ等による生体標識として、ツキノワグマの月の輪斑紋に明確な個体変異が存在することを確認した。さらに、食痕DNA分析による加害個体・性判別法を提示した。個体群モデル(サブテーマ(4))では、トラップと行動圏の位置関係を考慮した空間明示モデルによる個体数推定法を開発し、ダミーデータを北上山地モデル調査地に適用し、従来手法より個体数推定精度が高いことを確認した。
       平成22年度は、北上山地モデル調査地で大規模なヘア・トラップ調査を実施し、採取された試料を平成21年度に開発した手法でDNA分析を行い、空間明示型モデルによる個体数推定を行う。DNA解析環境として、共有プラットフォームを構築する。調査地の一部で、代替法・補完法としてカメラトラップによる研究を実施し、個体数推定精度に注目してヘア・トラップ法と比較検討を行う。平成23年度には、平成22年度研究成果を踏まえた修正型手法をヒグマの個体数推定に適用するとともに、調査マニュアルを作成する予定である。

    3.委員の指摘及び提言概要

       クマ類の個体数推定は野生生物の適正な管理のために欠かすことのできない重要なデータである。本研究内容は、現在提案されている主な手法を比較・改良することによって行われている。研究1年目であるため、十分な成果は上がっていないが、着実な研究手法をとっており、期待度大である。クマの管理に向けて活用する手法としての一般化が望まれる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:D-0901 熱帯林の減少に伴う森林劣化の評価手法の確立と多様性維持(H21-23)

    研究代表者氏名:原田 光(愛媛大学)

    1.研究概要

       島嶼部東南アジアの熱帯雨林は世界でも最も生物多様性の高い地域の一つとされるが、20世紀後半から現在に至るまで著しい森林の破壊と減少が起こってきており、このような地域での生物多様性の減少は地球温暖化と共に地球規模で議論すべき大きな課題となっている。
      本研究課題では森林破壊が及ぼす影響を「生態系の劣化」と「遺伝的劣化」の両面でとらえてそれぞれの機構の解明を目指すと共に、両者の間の関係性を明らかにし、それに基づいた森林劣化の指標を開発することを目的とする。そのため、共に遺伝子マーカーを使った方法論を基軸に研究を展開する。
      「生態系の劣化」に関しては、樹木集団の繁殖構造の違いにより、森林攪乱に対する脆弱性が異なると考え、フタバガキ科樹木について個体群密度(高と低)と花粉媒介者(長距離と短距離)の違いから4つの組を作ってその遺伝的構造を原生林と二次林もしくは残存林のものとを比較する(サブテーマ(1))。さらに土壌微生物の組成が原生林の二次林化、あるいは残存林となったときにどの様に変化するのか次世代シーケンスを用いた網羅的解析によって明らかにする(サブテーマ(2))。これらの研究は共にランビル国立公園内の52ha大面積長期生態観察区を中心に行う。
      「遺伝的劣化」についてはフタバガキ科樹木を中心にボルネオ島全域の地域集団(サブテーマ(3))と、マレーシア、インドネシア全域を含めた広域集団(サブテーマ(4))について、マイクロサテライトマーカー、葉緑体遺伝子マーカー、核遺伝子マーカーを用いた遺伝的変異の解析を行う。前者では局所的遺伝構造の解明を高密度に行い、後者では広域の概略的な遺伝構造の解明を目指す。また、森林破壊の遺伝的多様性に及ぼす効果は端的に絶滅危惧種や稀少種に表出されていると考え、フタバガキ(サブテーマ(5))およびマングローブ樹種(サブテーマ(6))を対象に近縁の普通種との対比において遺伝的多様性の評価を行う。さらに本研究の理論基盤に基づいて、森林破壊による負のスパイラルを逆に戻す試み、すなわち多様性の回復と維持を目的とした、実験的造林をボルネオ島のフタバガキ林(サブテーマ(3))およびマダガスカル固有の乾燥林(サブテーマ(7))を対象に行う。

    2.研究の進捗状況

    サブテーマ(1):繁殖構造による脆弱性の解析
       マレーシア、サラワク州のランビルヒルズ国立公園の熱帯雨林と隣接するバカム択伐残存林において、フタバガキ科樹種の伐採や分断化に対する脆弱性の評価を行った。ランビルでの主要フタバガキ科10種について成熟個体の空間的遺伝構造をマイクロサテライト分析で調べた結果、飛翔能力の低い甲虫によって花粉が運ばれる6樹種中の3種、飛翔能力の高いミツバチに花粉が運ばれる4樹種中の1種で、血縁度の高い近縁個体が集中して分布する「空間的遺伝構造」が認められた。さらに、分断化により交配範囲が縮小するかどうかを検証するため、天然林と残存林において、送粉者の異なるフタバガキ科10種の成木(1,644個体)と種子(約3,500個)からDNAを採取した。
      予備的に実施したリュウノウジュの交配範囲推定の結果、天然林における花粉流動距離は長く(平均流動距離=265m)、ミツバチ媒であるリュウノウジュでは、伐採や分断化による遺伝的劣化の危険性は比較的低いという結果が得られた。
    サブテーマ(2):土壌微生物を指標とした評価手法の確立
       マレーシア・サラワク州のランビルヒルズ国立公園の熱帯雨林と隣接するバカム択伐林から土壌微生物DNAを抽出し、次世代シーケンサにより得られた大規模塩基配列データのメタジェノミックス解析を行った。界、門、綱などの各分類階級で微生物の組成を調べた結果、細菌の頻度が高く(平均96.7%)、菌の頻度は0.5%以下であった。
      どの分類階級でも多くの微生物群で土壌間に有意な頻度の違いがみられたが、頻度の低い微生物では土壌間の違いが大きいことが判明した。また微生物の遺伝子機能を推定した結果、微生物組成とは異なり、生物学的プロセスは土壌間で違いがなかった。ランビルヒルズ国立公園とバカム地区でLaccaria bicolorに近縁の外生菌根が特定されたが、これは採集地に特異的であり、森林劣化指標微生物の候補になり得る。
    サブテーマ(3):地域集団の解析と多様性保全を目指した造林
       マレーシア・サバ、およびサラワク州でフタバガキ科リュウノウジュ属およびサラノキ属を中心とするサンプルの採集を行い、DNAを抽出精製した。これらについて葉緑体DNA塩基配列多型について解析した結果、広域分布種である2種(Dryobalanops aromaticaShorea curtisii)ではボルネオ島集団とマレー半島集団間で高い遺伝的分化が見られたが、各地域内集団間ではほとんど分化は見られなかった。ボルネオ固有種であるS. beccarianaS. macrophyllaはボルネオ島集団間で比較的高い遺伝的分化が観察された。このような遺伝的変異の地理的分布パターンの種間差は、それぞれの種における種形成時期や生態的特性の違いによって異なると考えられた。
      多様性の維持を目的とした造林についてはマレーシア・サラワク州ビンツルの森林保護区において造林地の造成を行うと共に、西、中央および東カリマンタンの各地で多様性造林に資する種子の採取を行った。
    サブテーマ(4):種および地域識別マーカーの開発と広域集団の解析
       東南アジアで優占しているフタバガキ科樹木のうち林業的にも重要なShorea属について葉緑体DNAの塩基配列を用いて種識別を行った。その結果、収集した98%の種の識別が可能であることが明らかとなった。また東南アジアの広域に分布するShorea leprosulaS. parvifoliaを対象に分布域全域から集団材料を採取し、S. leprosulaではマレー半島、ボルネオ島,スマトラ島、ジャワ島で合計28集団・920個体を採取した。S. parvifoliaは13集団・404個体を収集した。葉緑体DNA内17領域のスクリーニングの結果、S. leprosulaでは5領域で種内多型がみられ、S. parvifoliaでは4領域で種内多型が見られた。多型が見られた葉緑体DNAの領域を用いてS. leprosulaの集団を解析したところ、ボルネオ島とそれ以外が明瞭に遺伝的に分化していた。この結果は現在の東南アジア熱帯林の成立と深く関係していることを示唆する。
    サブテーマ5:稀少種および絶滅危惧種の解析(フタバガキの遺伝的変異)
       本研究では稀少種(R)もしくは絶滅危惧種(E)について同地域あるいはそれと連続した地域に生育する普通種(C)の遺伝的変異を調べ、集団遺伝学的解析によりその変異量を比較し、絶滅が危惧される程度を評価し、保全のガイドラインとすることを目的とする。そのため、1)ベトナムおよび中国雲南省におけるPinus krempfii(R)、およびP. yunnanensis(E)の採集と核遺伝子を用いた遺伝子解析、2)インドネシアにおけるShorea balangeran(R)およびS. leprosula(C)の採集とEST解析を行うためのcDNAバンクの作成、および3)日本2地域(熊本、長崎)8集団のMyoporum bontioides(E)の採集とマイクロサテライトマーカーの開発とそれを用いた解析を行った。
    サブテーマ(6):稀少種および絶滅危惧種の解析(マングローブの遺伝的変異)
       マングローブ樹種数種について、マダガスカル、オーストラリアの東北部、および西表島でオヒルギ、ヒルギダマシ、マヤプシキ、ヒルギモドキのサンプル採集を行いDNAを抽出した。オヒルギについて、すでに採集済みであるマレーシアとインド南部のサンプルと合わせ遺伝的変異の解析を行った。
      5地域間のハプロタイプの遺伝的分化は大きく、一方各地域内の遺伝的変異は非常に低かった。ヒルギダマシやマヤプシキについても、ほぼ同様の結果が得られた。マングローブ林構成種に特徴的な大きな遺伝的分化と、低い地域内変異は、今後のマングローブ林の保存・再生を考える際に十分に考慮されるべき特徴と思われる。
    サブテーマ(7):稀少種および絶滅危惧種の解析(マダガスカル方式による多様性保全を目指した造林)
       マダガスカル方式によって育成された復元林の遺伝的評価のためのサンプリングと、造林手法の効率化を図るための植物増殖法の開発試験を行った。また、森林資源への負荷を軽減すると同時に住民の生活を維持する目的で取り入れた製材・製炭に替わる生業の効果を数値的に評価するために、現地製炭業および木彫りに関し聞き取り調査を行った。
      その結果、木彫りの木材資源消費量は製炭の1000分の1以下、労働時間は少なくとも製炭の4分の1以下のレベルであることが示され、これが森林減少の抑止と活動に従事する時間的余裕の創出という二つの効果を生むことが明らかになった。その他、新たな収入源を発掘するための有用資源植物の探索調査などを行った。

    3.委員の指摘及び提言概要

       世界的に進行する森林破壊の影響を、生態系の劣化と遺伝的劣化の両面でとらえようとする本研究の科学的・技術的意義はよく理解できるが、7つのサブテーマ間に統一性がなく、最終目標にどのように貢献していくのか、現時点でははっきりしない。特にサブテーマ(7)の必要性と位置づけが不明確である。課題の組み立てを再検討すべきである。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:D-0902 地域住民による生態資源の持続的利用を通じた湿地林保全手法に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:藤間 剛((独)森林総合研究所)

    1.研究概要

       熱帯林減少が著しい東南アジアでも、マングローブや河畔湿地などの住民生活に身近な湿地林の中には、住民自らの手で管理することで守られている林がまだ残されている。本研究は、持続的な住民林業・漁業を通じた適正な湿地林保全策の導入促進に貢献することを目的とする。そのため、タイを中心に住民がどれだけ湿地林の資源を使えるのか、この半世紀の社会経済状況の急激な変化の中で資源はどう変化し、住民はそれをどのように利用し、湿地林を守るようになったのかを明らかにする。さらに、住民参加型森林管理の先行例からそれらの利点や問題点を評価することで、住民参加を促進するために必要な条件と問題への解決策を提示する。これら目的のため、次の4つのサブテーマを設定し、相互に情報を共有しながら研究の進捗を図っている。
       (1)身近な湿地林における生態資源の過去50年間の変遷
       (2)湿地林が支える漁業資源と住民による利用実態の解明
       (3)住民による湿地林生態資源利用と管理・保全実態の解明
       (4)住民による森林の持続的利用・保全の適正支援政策の必要条件解明

    2.研究の進捗状況

    (1)身近な湿地林における生態資源の過去50年間の変遷
       資源量変遷の算出基盤となる湿地林面積の推移を把握するため、タイ国南部ラノン県の海岸地域と東北部ヤソトン県の河畔域を対象地として、現地調査、資料(衛星画像、空中写真)の収集を行い、湿地林変化の抽出に最適な土地利用区分を決定した。この区分を用い資料を判読し土地被覆区分図を作成した。現在、この区分図のGISデータ化を急いでいる。
       湿地林のポテンシャルな生態資源量把握のため、マングローブ林での継続センサスおよび既存のデータ解析を通じて、マレー半島西岸でのマングローブ主要樹種Rhizophora属樹種の現存量成長速度が6〜10 ton/ha/年の範囲にあることを得た。ヤソトン県の季節性の河畔湿地林とその周縁林では、森林の現存量やサイズ構造が地形による冠水程度の違いにより大きく異なることを見いだした。林床の堆積落葉枝量は河畔低部で少なく、大型個体の多い高み側で多かった。冠水による持去りも、低地での堆積リター量の少なさに影響していた。
       聞き取りや自動撮影により、多くの種類とくに生態系上位を占める大型の動物食種の生息率低下を明らかにした。季節的に冠水する環境下では生息できる地上性哺乳類種が限定されることに加え、湿地林分断化の進行、漁場が林内に拡大する雨期には人やイヌの侵入が頻繁であることなど、人々の生活との関わりも哺乳類の乏しさに影響していることを明らかにした。
    (2)湿地林が支える漁業資源と住民による利用実態の解明
       ヤソトン県の河畔域およびラノン県のマングローブ域において、漁種、漁獲量、漁具・漁法など地域漁業の実態と漁場環境について調査した。河畔域では地形を利用した伝統的なエリ漁業や網漁業など、18種類の漁具・漁法を駆使して小規模な零細漁業が行われており、市場で扱われている魚種は14科33属45種にのぼった。メコン川支流氾濫原の水質は化学的酸素要求量(COD)が高く、肥沃な湿地土壌を起点とした物質循環が生産性向上に寄与しているという可能性が示唆された。マングローブ域においては、13種類の漁具・漁法と小型船舶を用いた沿岸漁業が行われ、魚類、エビ・カニ類、イカ類などの商業漁業が盛んで、水産物の流通システムが確立していた。
      地域住民は湿地帯を生活の場として日常的に利用し漁業資源の恩恵を享受しており、漁具・漁法を使い分けることで特定種に対する漁獲圧を緩和し、限られた水産資源を持続的に利用できる効果があるものと推察された。
    (3)地域住民による湿地林生態資源利用と管理・保全実態の解明
       湿地林の特徴を生かした地域の生態資源利用は、地域住民の生活を支え、在来の技術と制度を育んできた。しかし、1980年代からの経済発展とその後の通貨危機からバブル崩壊に至る急激な変化は、タイの生業構造の転換を促し、ひいては生態資源利用にも新たな技術と制度を生みだしつつある。
      東北部ヤソトン県の共有林管理の制度と実態を調べ、住民の森林管理に対する政府による制度化・関与は森林管理に関わる住民の組織化に有効に働き、コミュニティ内部の要因とも合わせて森林の持続的利用に貢献していることを明らかにした。
      東部チャンタブリ県ウェル湿地の土地利用変化を調査し、採取漁撈と製炭、粗放エビ養殖、集約エビ養殖という履歴を明らかにした。また現在では汽水域での粗放養殖池とその観光振興、内陸側での高度集約養殖池経営という自然立地に応じた新しい土地利用秩序を築きつつあり、その枠組みのなかで地元住民によるマングローブ保全活動が進められていることを確認した。
    (4)住民による森林の持続的利用・保全の適正支援政策の必要条件解明
       行政資料、文献調査、住民への聞き取りと、サブテーマ(1)から(3)で得られた情報により、住民による森林管理の類型化を試みた。住民による森林保全を支援する政策には、森林を維持する方が維持しないよりも多くの利益が得られると住民が期待するような設計が求められる。
      そのような政策設計には、森林面積および生態資源量の変化、住民の移動や生業形態の変化、管理権および外部支援の有無等を勘案し、住民による森林利用・管理の諸条件を体系化して把握することの重要性を確認した。また政策の立案においては、森林と地域住民を取り巻く諸条件に加え、それまで実施されてきた関連政策とその背景に関する理解が必要なことを明らかにした。

    3.委員の指摘及び提言概要

       森林研究、水産資源研究、景観研究において多くの成果を上げているが、湿地林対策、持続的利用に対する政策提言にどのように結びつけるのか、さらなる努力を期待したい。
      サブテーマ(4)は、REDD導入への危惧を表明する段階の研究にとどまるのではなく、その危惧を防止するための条件を探る研究へと展開する必要があろう。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  
      サブテーマ1:a
      サブテーマ2:a
      サブテーマ3:a
      サブテーマ4:b


    研究課題名:D-0903 絶滅危惧植物の全個体ジェノタイピングに基づく生物多様性保全に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:井鷺 裕司(京都大学)

    1.研究概要

       本研究は、残存する個体数が数百以下にまで減少した絶滅危惧植物を対象に、残存個体すべてをジェノタイピング(遺伝子型を決定すること)し、さらにその結果を数理解析と組み合わせることで、より適切で合理的な生物多様性保全手法を確立することを目的とする。
      このアプローチによって、絶滅危惧種の遺伝的特徴の経時変化、人工繁殖における適切な交配相手の選定、違法盗掘の防止、集団遺伝構造に基づく適切な移植場所の決定、個体群の存続可能性評価など、希少種の保全活動に多くのメリットを提供するとともに、生物保全の新たな手法の確立を目指す。
       サブテーマは次の4つである。
       (1) 定常的な人為インパクト下にある絶滅危惧植物保全に関する研究。
       (2) 地史的環境変動と近年の温暖化リスク下にある高山における絶滅危惧植物保全に関する研究。
       (3) 絶滅危惧シダ植物保全に関する研究。
       (4) 全個体ジェノタイピングおよび位置情報に基づく絶滅危惧植物個体群の持続可能性評価に関する研究

    2.研究の進捗状況

    (1)定常的な人為インパクト下にある里地・里山に生育する絶滅危惧植物4種について解析を行った。その結果、野生個体が1クローンしか存在しない種(スズカケソウ、センイリゴマ)、野生個体群がすべて人為移植されていた種(トキワマンサク)、生育地ごとに遺伝的多様性が大きく異なる種(ヤチシャジン)が見いだされた。
      これらの結果から、今回解析対象とした絶滅危惧植物が、レッドデータブックなどによって公表されている個体数よりも遺伝的にはより厳しい状況にあるとともに、人工交配や移植、そして、個体群の今後の取り扱いにおいて適切な管理・保全を行うためには、遺伝的情報がきわめて重要であることが明らかとなった。
    (2)地史的環境変動および近年の温暖化リスク下にある高山における絶滅危惧植物2種を対象に、現地調査とマイクロサテライトマーカーの開発を行った。ゴヨウザンヨウラクについては、これまで実体が不明であった生育位置情報と株サイズの調査を行うとともに、マイクロサテライトマーカーを開発した。ヤクシマリンドウについては、生育地の中心地において網羅的なサンプル採取を行い、遺伝解析を行った。
      その結果、ごく小数のクローンが卓越したいびつな遺伝構造を構成していることがわかった。
    (3)シダ植物に関しては、マイクロサテライトマーカーを用いた詳細な遺伝解析はこれまでほとんどなされてこなかったが、本プロジェクトでは、2種の絶滅危惧種、シビカナワラビとフクレギシダを対象に解析を行い、これまでの遺伝マーカーでは検出できなかった集団間の遺伝的差異を見いだすことができた。また、シダ植物に特有の自配自家受精が絶滅危惧植物の個体群動態に重要な役割を果たしていることを見いだした。
    (4)絶滅危惧種の個体レベルの生育場所、血縁度、齢構成、近交弱勢を考慮して個体群存続可能性解析を行なうために、数理モデルの開発を行ない、遺伝的多様性の喪失が絶滅率に上昇に与える影響を量的に評価した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       集団生物学は基本的に平均やトレンドや相関といった統計量を用いてしか議論ができないものであったが、本研究での全個体のジェノタイピングは集団遺伝学的には画期的な貢献であるといえる。
      一方で、多様性保全の新たな手法確立へどう繋げるのか、前もって道筋を示しておく必要があろう。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:D-0904 気候変動に対する森林帯-高山帯エコトーンの多様性消失の実態とメカニズムの解明(H21-23)

    研究代表者氏名:工藤 岳(北海道大学)

    1.研究概要

       山岳域は多くの固有種を含む多様性のホットスポットであり、地球温暖化の影響が最も顕著な生態系である。本研究は、山岳域での広域的な植生変化の定量化、原因解明並びに将来予測を目的としている。主要山岳域で進行している植生変化を景観スケールで定量化し、森林帯から高山帯にかけての種多様性形成様式を明らかにする。また、物質循環系に着目した生態系機能の解明と脆弱性評価を行なう。さらに、山岳植物の遺伝的多様性の地域性と多様性維持メカニズムについて調べる。
      遺伝子から景観レベルまでの分野横断的な研究手法の構築により、山岳生態系の温暖化影響診断を行い、変動気候環境下における生態系保全と生物多様性保全政策への提言を行なう。
       サブテーマは次の4つである。
       (1) 山岳生態系における植生変動の定量化に関する研究
       (2) 山岳生態系の植物群集解析と環境変動への応答メカニズムの解明
       (3) 山岳生態系の物質循環過程解析と環境変動への応答メカニズムの解明
       (4) 山岳植物群集の遺伝的多様性維持メカニズムに関する研究

    2.研究の進捗状況

       航空写真による植生判別手法を開発し、大雪山系の高山帯では過去30年間にササの分布が最大57%も拡大している実態が明らかとなった。ササの分布拡大は土壌の乾燥化との関連が強く、その結果、高山植物群落の種多様性は急速に衰退すると予測された。森林帯やハイマツ帯の変動について、現在解析中である。また、衛星データを用いた土壌水分の広域評価手法を開発中である。
      エコトーンに沿った植生構造解析により、森林帯の移動に伴う種多様性への影響は、樹種構成や地域により異なることが示された。また、亜高山帯の樹木の成長は、夏期の降水量と関係している可能性が示唆された。山岳生態系において、高層湿原は山岳性植物のレフュージアとして機能すると予測された。
      物質循環系と生物多様性との関連について、長期モニタリングを視野に入れた研究体制が整いつつある。似通った地理的分布を示す高山植物であっても、遺伝的多様性は地域毎に異なっており、過去の植生帯移動に関する歴史的背景の重要性が明らかになった。また、いくつかの山岳植物では標高間でのエコタイプ分化が顕著であり、その背景として送粉系を介した生物間相互作用が関与していた。今後、サブグループ間の連携を深め、レベル横断的な温暖化の影響診断に向けて体制作りを行う。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は主として我が国の森林帯−高山帯でのササの侵入による多様性消失のメカニズムの解明を目的とするものである。1年間の研究である程度の成果は得られているが、サブグループごとに、それぞれが独自の研究展開をしているように見える。
      遺伝的な分化、融合をすべての種について明らかにしようという方向に向かうのか、高山帯生態系保全に提言できるような方向に向かうのか、最終目標にどうつながるのか明確にする必要がある。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:D-0905 アオコの分布拡大に関する生態・分子系統地理学的研究(H21-23)

    研究代表者氏名:中野 伸一(京都大学)

    1.研究概要

       アオコは、湖水中のアオコ原因植物プランクトンが大量に増殖して起こり、世界各地の富栄養化した湖沼に普遍的に見られる。アオコが発生すると景観を悪化させ、腐敗したアオコが悪臭を放ち、さらにはアオコが作る強い毒により海外では人間や家畜等の死亡の被害が報告されている。しかし、アオコの生態には湖沼周辺の人間活動等の地域特性が強く影響するため、その発生機構や防除対策にかかる科学的情報の蓄積が求められている。
       アオコは、風気流、鳥類などに運ばれて国内外の湖沼に分布を拡大しており、各湖沼には由来の異なる遺伝的に多様なアオコ群集が存在し、その一部に有害性の高いタイプが含まれると考えられる。湖沼の水質は周辺の人間活動に強く影響されるため、アオコ群集の中でどのタイプが優勢となるかは、周辺の人間活動をも含めた湖沼環境総体により決定されていると考えられる。
      本研究では、最先端のバイオテクノロジーと大型環境解析システムを駆使し、これまで国や民間団体が蓄積してきた環境データベースを活用しながら、「当該湖沼にどのようなアオコがどのように運ばれてくるか」、「湖沼に新たに入ったアオコは生き残れるのか」、「生き残ったアオコ群集はどう多様なのか」、「多様なアオコ群集の中から特定の機能を持ったアオコ(たとえば有毒種)が増殖するのはどういった理由によるものか」について、明らかにする。また、湖沼周辺の人間活動として土地利用形態の変遷や周辺住民の生活文化特性の調査も行い、アオコ群集組成との対応があるか検討する。なお、本研究では、世界各地で深刻なアオコを引き起こすシアノバクテリアのMicrocystis aeruginosaに着目して、研究を進める。
       サブテーマは、以下の3つである。
       (1)移入アオコ群集の生存と増殖に関する生態学的研究
       (2)遺伝的多様性を指標としたアオコの分布拡散機構に関する研究
       (3)アオコの生残・増殖に関する分子生態学的研究

    2.研究の進捗状況

    (1) 移入アオコ群集の生存と増殖に関する生態学的研究
       アオコの分布拡散・発生状況とアオコ発生水域の社会科学調査では、これまでほとんど得られていなかった関西以西のアオコ単離株を得ただけでなく、それらの遺伝子型をも明らかにした。また、琵琶湖内湖の踏査により、アオコの発生した湖沼には水鳥が高密度で飛来していたことを明らかにした。国内の社会科学調査からは、工学的な水域改変が複雑化していることから、水利用システムの詳細把握がアオコ低減のために重要であることが確認された。海外の社会科学調査では、アオコの有毒物質による健康被害は直接飲用のみならず淡水魚類などの食品を経由する可能性が指摘され、地域固有の養殖・流通システムが包含するリスクが明らかとなった。
      アオコ群集の生存と増殖に関する生態学的研究では、大規模な野外実験系で人為的にアオコを発生させるノウハウを蓄積し、アオコに代表されるシアノバクテリアの増殖を事前に予測する手法の端緒を得た。さらにこの実験系では、アオコ発生時に特有の微生物相が成立することを明らかにし、アオコが発生しにくい生物相の理解を深めた。
    (2) 遺伝的多様性を指標としたアオコの分布拡散機構に関する研究
       144株のアオコ単離株について、7つのハウスキーピング遺伝子の塩基配列に基づく遺伝子タイピングを行った。これらの株に遺伝子配列が既知である268株を含めて合わせて412株のデータを用いて系統関係の解析を行った結果、霞ヶ浦水系固有の新規系統群を発見した。また、新規株の取得のため、国内は霞ヶ浦を重点的に、また諏訪湖、石垣島からもアオコの採集を行った。国外は、タイ及びベトナムにてアオコの採集を行った。
      これらのアオコサンプルから、M. aeruginosaを選抜して単離・培養作業を行い、霞ヶ浦より31株、諏訪湖より11株、石垣島より65株、ベトナムより44株、タイより27株の素培養株を得た。また、オーストラリアのM. aeruginosaの培養株については、オーストラリア国立自然科学産業研究機関・藻類系統保存施設が管理している約100株を提供していただき、共同研究として分析を行うことについて合意を得た。
    (3) アオコの生残・増殖に関する分子生態学的研究
       Microcystis属を遺伝子の配列から識別するためのプローブ(PCRプライマー)の開発を行った。系統的に異なる4つのグループのうち、3つのグループそれぞれを特異的に検出するPCRプライマーの設計に成功した。次いで、これらのPCRプライマーを利用して、SYBR Green Iアッセイ法によるリアルタイムPCRを用いたMicrocystis属細胞の計数法を開発した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       基礎研究と管理とのつながりがはっきりとしており、着実な成果を上げている。アオコ発生の検出にとどまらず、アオコの除去、制御、発生予防などの技術的対策を視野に入れて検討していくことが望まれる。また、歴史・文化的評価は具体的にどのように、アオコ監視システムの構築につなげていくのかについても検討を要する。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名: 水田地帯の生物多様性再生に向けた自然資本・社会資本の評価と再生シナリオの提案(H21-23)

    研究代表者氏名:夏原 由博(名古屋大学)

    1.研究概要

       我が国の低地の45%を占める水田は、生物多様性の宝庫でもある。安全で生物多様性に配慮した農業によって天敵増加などの生態系サービスが得られるが、生態系の成り立ちは地域ごとに異なる。
       本研究では、生物や環境、社会のデータを集めて分析し、地域ごとの特色を見いだすための手法を開発し、地域に応じた生物多様性を高める方策を実験によって見出す。同時に、農家や集落の調査によって、生物多様性農法が持続するための条件を解明し、地域での取り組みへの有効な支援策を提案する。伝統的な循環型社会を支えてきた、集落での意思決定の仕組みを役立てることは、地球規模での生物多様性保全に大きく貢献するものである。
       サブテーマは次の6つである。
       (1) 土地利用・社会変化および生物多様性ポテンシャルに基づく水田地域の類型化手法の構築
       (2) 小型生物を重視した水田における種多様性の再検討
       (3) 水田生物群集のギルド構造に関する研究
       (4) 水田地帯の生物多様性を回復するための生態系ネットワーク形成と自然再生実証実験
       (5) 水田地帯の生物多様性保全を効果的に進めるための経済的条件に関する研究
       (6) 水田地帯の生物多様性保全を効果的に進めるための社会的条件に関する研究
      

    2.研究の進捗状況

    (1)国土から集落スケールまでの階層的スケールで生育地モデルを利用して、生物多様性保全のデザインを立案する手法を提案する。クラスター分析によって得られた湿地性・水生植物は20種群のうち、3つの種群についてモデルを構築し、日本全国のスケールで潜在的生育地地図を作成した。モデルとした鳴門市の対象地区では、総延長21.1kmの水路網において、カワバタモロコの分布集中度と分断箇所からコアエリアを診断し、潜在的な生育可能性から理想的な復元目標を設定し、生息域拡大のために再ネットワーク化する改善手法の提案までの手順を示した。
    (2)水田生態系の基盤となる小型生物の多様性を明らかにする。珪藻230種以上、微小甲殻類50種、イトミミズ科15種、イタチムシ目42種が見出された。これらは、未記載種や日本発報告種を含み、特にイタチムシ目はこれまで水田から種レベルで記載されたことがない。農法との関係を解析した結果、珪藻は除草剤使用の、また、カイエビは,乾田化の指標生物になることが示された。
    (3)水生動物のギルド構造を解明し、群集構造に影響を与える要因を解明する。合計9綱、120分類群、26544個体の水生動物が確認された。滋賀県内には、タガメのような環境省RDB種の生息は確認できていないが、普通種の水田水生昆虫群集が他県と比較して相対的に温存されていた。このような普通種が豊かな群集構造をもたらした環境要因について、滋賀県特有の農業環境支払い政策における使用農薬について情報を収集した。
    (4)生育場所と生態系ネットワークの再生を目的とする。滋賀県において、繁殖期の鳥52種、両生類8種、魚類43種について分布データを得て、種やグループの生息条件を明らかにした。これらのデータと水路図から地域ごとの生態系の特徴と生態系ネットワークを示した。巨椋池干拓地の土壌より絶滅危惧種11種を含む水生・湿生植物が発芽した。モデル植物としたオニバスについて、日本各地の58個体群中に20の遺伝子型が存在することが明らかとなった。新潟県の個体群は、一度絶滅し、埋土種子から再生したとされるが、その遺伝子型は他の個体群では見られない独自の遺伝子型であったことから、埋土種子による遺伝的多様性再生の可能性が示された。
    (5)生物多様性農法の経済的成立条件を明らかにする。生物多様性農法の普及促進には、本農法の先行取組農家との情報交流機会の増加、生産者交流の活発化を支援する施策が必要であることが明らかになった。また、農村や食の安全性に対する意識を持つ消費者層は、生物多様性に配慮した農産物を支持する傾向にあった。さらに、社会関係資本の醸成や保全行為による便益の明示化が生物多様性保全に資する施策実施に対するコンセンサスの確保に重要であることが示唆された。
    (6)生物多様性農法をすすめるために必要な社会関係の条件を解明する。魚のゆりかごプロジェクトに参加する集落における調査の結果、以下の3点が明らかになった。
      非農家住民を含めた集落が生物多様性農法を水田で行う農家の社会的基盤となっている、
      生物多様性農法の実践が湖岸域集落の水田維持という社会的課題とも関連する活動となっている、
      水田への魚類の遡上が集落内外の新たな社会関係を作りだす契機となることが農家から評価されている。
      これらのサブテーマによる成果から、地域ごとに異なる自然条件と社会条件を評価し、その評価に基づいて、生物多様性に配慮した農法を普及させる手法の開発を進めた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は水田生態系の生物相を確認することにおいて、一定の成果を収めているが、水田のあるべき生物相を実現するための自然、技術、社会、経済、政策研究が求められている中で、自然科学的な研究と社会科学的な研究の融合に基づく再生シナリオの提示の道筋が見えない。現時点での研究の進捗状況は遅れており、抜本的な研究計画の再考が必要である。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:D-0907 渡り鳥による希少鳥類に対する新興感染症リスク評価に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:桑名 貴((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

       新興感染症による希少鳥類の絶滅危機を予測・回避するために、侵入が危惧されるウエストナイルウイルスの感染経路を予測し、我が国の希少鳥類種への危険度を評価する。特に、我が国ヘウエストナイルウイルスを持ち込む可能性が高いシギ・チドリ類のウエストナイルウイルス感染状況と抗体保有率を調査する。並行して、本研究で開発する低価格かつ高機能・高信頼性の超小型GPS位置測定システムを用いて、我が国に隣接する極東ロシア地域でのウエストナイルウイルスの常在汚染地点を特定する。加えて、どの希少鳥類に致命的な被害が生じるかを、独自開発した鳥類細胞培養系での感染実験によって明らかにすることで、我が国にウエストナイルウイルスが侵入した際に、感受性の高い希少鳥類種に対して優先的な防疫対策を施して絶滅を防止することを可能とする。
       サブテーマは次の4つである。
       (1) 渡り鳥の移動経路と感染症伝播との関係究明に関する研究
       (2) 希少鳥類への渡り鳥による感染症リスク解析研究
       (3) 超小型の野鳥位置探査システムの開発・改良研究
       (4) 渡り鳥での新興感染症病原体に対する抗体反応性解析・評価に関する研究

    2.研究の進捗状況

    (1)渡り鳥の移動経路と感染症伝播との関係究明に関する研究
       宮城県伊豆沼で越冬するオナガガモを平成22年1月17日に捕獲し、既存の人工衛星用送信機を装着して移動経路を追跡した。無双網で捕獲された約50羽のオナガガモから体重の重い雌雄を4羽ずつ選び、送信機を装着した。使用した送信機は、12g タイプのアルゴスシステム用送信機(Solar Birdborne PTT)である。
       装着後3月10日までのあいだに得られた測位データ数は、1個体平均57.2 (±26.7 SD) だった(測位可能羽数50%)。送信機を装着したオナガガモは、1月下旬まで捕獲地の伊豆沼周辺に滞在し、まれに 10〜30 km 程度の移動をして元へ戻るという移動様式を示していた。2月上旬にも渡りのような大きな移動は見られなかったが、4羽が装着地から10〜60 km の範囲で不規則な移動を繰り返した。2月下旬にその内の2羽が長距離にわたる北上を開始し、3月上旬には伊豆沼に滞在していた1羽と2月上旬に中距離移動した残りの2羽も北上を開始した。3月10日現在、これら4羽のうちの1羽は岩手県盛岡市南部、2羽が山形県横手市周辺、1羽が青森県弘前市周辺まで移動していることがわかった。
    (2)希少鳥類への渡り鳥による感染症リスク解析研究
       ウエストナイルウイルス(WNV)がすでに分布している極東ロシアで繁殖し、日本へ飛来する渡り鳥(シギ・チドリ類およびカモ類)についてWNVの感染状況をウイルス抗原、ウイルス遺伝子および抗WNV抗体検出を指標に調査した。また、WNVがすでに定着した可能性がある北海道においてアイガモを1年間飼育し、抗WNV抗体の上昇がみられるのか経過観察した。渡り鳥の捕獲は北海道の春国岱(風蓮湖)とコムケ湖(シギ・チドリ類)と宮城県・伊豆沼(カモ類)で実施した。アイガモの飼育は北海道滝川市で実施した。コムケ湖と春国岱(風蓮湖)でのシギ・チドリ類の捕獲は平成21年8月18日〜9月12日に実施した。伊豆沼でのカモ類の捕獲は平成22年1月17日〜1月20日に実施した。
       上記の結果、シギ・チドリ類17種340個体を捕獲した。伊豆沼ではオナガガモ8個体を捕獲した。飼育アイガモ36個体からのサンプリングは平成22年1月に実施した。これらの渡り鳥と飼育アイガモの全個体より口腔内スワブを採取し、ウイルス抗原とウイルス遺伝子の検査用サンプルとした。血液はシギ・チドリ類15種152個体、オナガガモ8個体および飼育アイガモ36個体より採取した。採取した血液から血漿を分離し、抗体検査用サンプルとした。ウイルス抗原の検出はウエストナイルウイルス簡易検査キット(商品名:VecTest West Nile Virus Antigen Assay)を使用した。ウイルス遺伝子の検出はLAMP法(栄研化学株式会社)で実施した。抗WNV抗体は間接酵素抗体法(間接ELISA法)による測定系を今年度立ち上げて検出を試みた。
       これらの結果、渡り鳥からウイルス抗原、ウイルス遺伝子および抗ウエストナイルウイルス抗体を本年度は検出できなかった。これにより、ウエストナイルウイルスが渡り鳥(シギ・チドリ類およびカモ類)によって国内へ持ち込まれた可能性は低いと考えられる。アイガモでのウイルス抗原とウイルス遺伝子は検出されておらず、抗体検査は現在解析実施中である。
    (3)超小型の野鳥位置探査システムの開発・改良研究
       ウエストナイルウイルス(WNV)に対する抗体を持つシギ・チドリ類の飛行ルートを解明するために必要な超小型GPS位置測定システムの開発を行なうため、GPS受信機モジュール、GPSアンテナ、タイマー、電池、そして筐体等すべてについて見直しを行った。加えて、高変換効率の研究用太陽光発電パネルの試験的使用が可能となったその結果、システム重量が10g程度の高機能GPSシステムが作製可能となった。これは体重が200g以上のシギ・チドリ類(ダイゼン、チュウシャクシギ等)に装着可能な重量であり、予想を上回る進展である。
    (4)渡り鳥での新興感染症病原体に対する抗体反応解析・評価に関する研究
       (2)より提供を受けたシギ・チドリ類の血清152検体についてWNV(Eg101株)およびWNVと近縁のフラビウイルスである日本脳炎ウイルスJEV(北京-1株)に対する中和試験を行った。現時点で、90%フォーカス減少中和試験(90% FRNT)では、どの検体からも両ウイルスに対する中和抗体は検出されていない。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は、渡り鳥、特にシギ・チドリ類のウェストナイル熱感染の有無と、シギ・チドリを含む渡り鳥の渡り経路の解明を目的とするものである。先行研究においてもシギ・チドリ類を対象にしていたが、この1年間の研究においても確実な成果が見られない。
      今後、政策的に有用な提言に向けて、より一層の研究努力と成果発信が求められる。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:D-0908 サロベツ湿原と稚咲内湖沼群をモデルにした湿原・湖沼生態系総合監視システムの構築(H21-23)

    研究代表者氏名:冨士田裕子(北海道大学)

    1.研究概要

       我が国の多様な生態系の中でも淡水性の湿原や湖沼は、雨水、湧水、地下水、河川などの陸水を介して生態系が維持されるため、周辺部の土地利用等の人間活動の影響を特に受け易い特性を持っている。人間活動との調和を保ちつつ、これらの生態系を良好な状態で維持していくためには、気候・環境変動との関係を含む湿原・湖沼の形成史や、物理化学的環境と生物との相互関係、人為的影響などを解明したうえで、広域かつリアルタイムに変化を監視するシステムが必要である。
       そこで本研究では、北海道北部のサロベツ湿原と隣接する稚咲内湖沼群をモデル地区として、湿原や湖沼を効率的かつ効果的に、長期にわたりモニタリングするための生態系総合監視システムを構築する。具体的な研究の目的・目標は以下のようにまとめられる。
    (1)砂丘列と砂丘間湿地、湖沼群の形成史を解明し、さらに過去の環境、気候変動に対してこれらの生態系がどのように応答・変化したのかを明らかにする。
    (2)湿原、砂丘間湿地、湖沼群の植生、水生植物、底生動物組成を明らかにし、生物と水位や水質等の環境要因との関係を解析する。そしてモニタリングに有効な指標生物群の特定や調査方法を提示する。
    (3)湿原と湖沼群の表層地下水の流動機構や、地表水‐地下水の交流特性を踏まえた水収支・水循環機構の解明を目的として、環境同位体分析、流量分析、数値シミュレーションを行う。その情報を基にモニタリングに必要な水文情報を抽出する。また、周辺の土地利用が湿原および砂丘間湖沼群の水循環に及ぼす影響を解明し、その対応策を提示する。
    (4)(1)〜(3)の成果を基に、リモートセンシング及びGIS技術を用い、湿原および砂丘林と砂丘間湖沼群の広域生態系監視システムを開発する。
    サブテーマは次の4つである。
    (1) 稚咲内湖沼群の形成と環境・気候変動の影響解明
    (2) 植生・生物群集の特性解明とモニタリング指標生物群の特定
    (3) 湿原と湖沼群をめぐる水循環機構の解明・モデル化とモニタリング必要情報の抽出
    (4) リモートセンシング及びGIS 技術を用いた湿原および湖沼生態系の総合監視システムの開発

    2.研究の進捗状況

    [1] 稚咲内湖沼群の形成と環境・気候変動の影響解明
       花粉およびユスリカ化石分析と14C年代測定の結果、稚咲内砂丘間の湖沼は少なくとも3600 cal. yr BPには堆積を開始していたことが明らかとなった。一方で、湖沼や湿地基底の年代は、地点ごとに異なっていたことから、それぞれの地点で堆積を開始したタイミングは、気候変動のような広域的に影響する要因ではなく、地点ごとの環境によって決定されたと考えられる。
      草本植物の花粉および胞子の化石、ユスリカ化石は、湖沼・湿地の形成過程で顕著な組成変化を示していたことから、それらの情報を基にローカルなの変化(湖沼・湿地の植生や水文環境の変遷)を再現できる可能性が示唆された。
    [2] 植生・生物群集の特性解明とモニタリング指標生物群の特定
       稚咲内砂丘間湿地・湖沼群の植生を調査した結果、10群落が記載された。この10群落の規定要因としては、水位が最も重要と考えられた。底生動物群集は、自然状態を保持した湖沼と、人為的な影響を受けていると考えられる湖沼とでは、組成が異なることが示された。
    [3] 湿原と湖沼群をめぐる水循環機構の解明・モデル化とモニタリング必要情報の抽出
       サロベツ湿原における泥炭地表層からの浅層地下水流出量を検討した結果、秋季における流出率は降水量の約7割と推定された。また降雨イベント毎の流出率を推定した結果、雨量が大きなイベントほど、流出率が大きくなる傾向が確認された。
      稚咲内砂丘間湖沼の涵養源を222Rn濃度や水質分析の結果から検討した結果、湖沼への地下水流出はなく、降水が主たる供給源であること、湖水質には風送塩の影響があることが明らかになった。また酸素・水素安定同位体比の分布特性から、沿岸湖沼群の湖水は蒸発の影響を受けていることが示された。水収支・同位体収支式より蒸発の影響度を推定した結果、湖沼ごとに異なり12.5-56.7%と試算された。
    [4] リモートセンシング及びGIS技術を用いた湿原および湖沼生態系の総合監視システムの開発
       サロベツ湿原で問題となっているチマキザサ群落の拡大について、様々な環境因子との関係を広域的に解析した結果、浅層地下水位等の水の動きと最も関係が深いことが示された。定点カメラ(可視光および近赤外光を取得)を用いて、湿原植生の分光解析を行った結果、植生の生長や紅葉に応じた変動が検出され、フェノロジーの長期モニタリング手法としての有効性が示された。
      稚咲内湖沼群について、2005年と2009年の空中写真から湖沼水際線を判読し、11湖沼が消失し、開放水面面積が10.5ha減少したことを指摘した。また空中写真を用いて湖沼水位をモニタリングする方法を検討した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       サロベツ湿原、稚咲内湖沼群の地史的な成因論、生物相については見るべき成果をあげている。現代社会の中で、サロベツ湿原がどうなっていくのかの将来予測について、社会的な要因の考察が不可欠である。また、この研究成果をどこまで普遍化できるか、汎用性のある総合監視システムの提案については、さらなる研究努力が必要である。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:D-0909 指標生物群を用いた生態系機能の広域評価と情報基盤整備(H21-23)

    研究代表者氏名:日浦 勉(北海道大学)

    1.研究概要

       本研究課題は、日本長期生態学研究ネットワーク(JaLTER)を中心として環境省モニタリングサイト1000森林分野調査(モニ1000)、日本炭素循環観測ネットワーク(JapanFlux)、Phenological Eyes Network(PEN)といった現状の各生態系観測ネットワークの連携を強化することによって森林生態系における生態系総合監視システムを構築し、生態系機能の時空間的変動を明らかにするための指標生物群を特定することを目的とする。
       サブテーマは次の5つである。
       (1) 指標生物群の選定と環境応答評価および総括
       (2) 森林キャノピーの光合成生産力とその季節性の観測手法の開発
       (3) 安定同位体による生態系機能評価手法の開発
       (4) 簡便な近接リモートセンシングセンサーの開発
       (5) 土壌無脊椎動物の地理分布と機能解析データベースの構築

    2.研究の進捗状況

       これまでに以下のような研究成果があった。
    1)温暖化が森林生態系に及ぼす影響を複数の栄養段階(生産者である樹木、分解系の上位捕食者)にまたがって評価できる基盤が整った。
    2)森林キャノピーの光合成生産力とその季節性のリモートセンシング観測とモデル解析のためには,キャノピーの物理量だけでなく生理・生化学的質のリモートセンシング指標の検出が不可欠であることが示された。
    3)野外観測での利用が期待されている複数のカラーデジタルカメラの性能評価を開始し、センサー試験では、可視域での類似性と近赤外域の機種間差異を明らかにした。
    4)このような感度波長の機種間差異を明確にすることで、今後、機材更新時のデータの連続性の保証や、人工衛星情報との比較が可能になると思われる。
    5)陸域生態系の環境影響評価を行う際に、土壌無脊椎動物の地理分布が明らかになっていれば、どのような種やグループを指標種として選抜するとよいかのガイドラインとして使用できる。気候と植物性質の関係は、植生気候モデルの精度向上にも有用であると考えられる。
       このような成果によって以下の環境政策への貢献がおこなえる。
    1)現在の環境科学には地球システム観測と生物多様性観測を繋ぐ視点の供出が求められている。本研究課題は冷温帯落葉広葉樹林を代表するミズナラやカンバを指標生物とした森林生態系機能評価を通じて、気候変動の影響検出手法を開発することを目標としており,このモニタリングおよび予測技術は気候変動への適応策立案の基盤的情報の提供に寄与するものである。
    2)環境省モニタリングサイト1000陸水域調査、高山帯調査分科会において、定点撮影カメラの導入が検討されており、カメラの検討において本課題の研究結果を報告した。また、環境省生物多様性センターが運営するインターネット自然研究所における国立公園のライブカメラ画像の解析方法として本研究での成果が利用できると考えられる。
    3)陸域のモニタリングサイト1000の観測点周辺の土壌無脊椎動物調査データを参照することで、サイトの特徴を抽出可能である。

    3.委員の指摘及び提言概要

       既存のネットワークの連携により生態系機能の広域評価と情報基盤整備を行うという目的に向かって着実に前進している。研究成果(査読付き論文)も出ており今後の進展が期待できる。
      ただ、サブテーマ間の関連性が不明確であり、個々の成果をどのように統合して全体の総括を行うのかを、論理的に明確に示す必要がある。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:D-0910 福井県三方湖の自然再生に向けたウナギとコイ科魚類を指標とした総合的環境研究(H21-23)

    研究代表者氏名:吉田 丈人(東京大学大学院)

    1.研究概要

       湖沼とその周辺環境を含む水辺生態系の自然再生に寄与する総合的な環境研究を、ラムサール条約登録湿地である福井県三方湖とその流域を対象にして実施する。自然再生のシンボルとなりうる指標魚類(ウナギとコイ科魚類)とそれが指標する生物多様性の再生のために、どのような環境要因を修復する必要性が高いかを明らかにする。さらに、修復の具体的方策を試験的に実施してその効果を科学的に評価する。
       サブテーマは次の5つである。
       (1) シンボル種魚類の再生に必要な生息環境の検討
       (2) シンボル種魚類の再生に必要な水系連結の再構築研究
       (3) 水系連結の改変とシンボル種魚類への影響の長期的変遷
          :人文社会科学的復元
       (4) 協働参加型調査による環境変化と水系連結喪失の影響評価
       (5) 研究総括

    2.研究の進捗状況

       魚類が生息する湖内の生息環境にとって、浮葉植物のヒシが大きく影響していることが明らかとなりつつある。ヒシの繁茂は、一次生産構造の変化だけでなく、溶存酸素や栄養塩などの水質にも影響していた。ヒシ個体群が近年急激に増大していたことや、ヒシの分布を制限する要因も明らかになりつつある。また、湖周辺の環境として水系連結の分断化が懸念されている。
      コイ科魚類が産卵として利用する環境の条件を明らかにしたほか、その情報に基づいて水系連結を修復する水田魚道の設置を進めた。さらに、自然再生にとって必要な湖と人との関わりが長期的に変化してきたことを明らかにしつつあり、それらの情報を統合して表示する情報プラットホームの開発も行った。また、地域の多様な主体による自然再生への意識が向上することを促すため、参加協働型の調査も実施した。さらに、研究成果を地域に広く公表する機会を設けたほか、総合的な環境評価のための成果統合の準備も進めた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       参加型の自然再生という重要なテーマを扱っており、順調に研究が進められているが、研究業績が今のところ非常に低調であると言わざるをえない。地元住民との協力で自然再生を行っている点は評価できる。基礎研究から住民参加まで一連の関連性がうまく動く仕組みを工夫するなど、プロジェクト終了後の事業の継続について、より具体的な展望を持つことも必要であろう。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:RF-0910 国内移殖による淡水魚類の遺伝子かく乱の現状把握および遺伝子かく乱侵攻予測モデルの構築(H21-23)

    研究代表者氏名:鬼倉 徳雄(九州大学)

    1.研究概要

       近年、生物多様性を脅かす新たな問題として、「国内移殖問題」が陸水生態系分野において注視されているが、この問題は生息地外に異なる種が定着する「国内外来魚問題」と同一種であるものの遺伝的に異なる集団が交雑してしまう「遺伝子かく乱」の2つの問題に区分される。そして、特に後者は、分類学上は同一種として扱われているものであり外観上の識別が難しいため、サンプルを収集して遺伝子を解析しない限り、今のところ侵攻状況を把握することができない。
      本研究では、この目に見えない形で進む「国内移殖に伴う遺伝子かく乱」に着目し、その管理のためのツールを開発することを目的とする。
       サブテーマは次の2つである。
       (1) 同一種内における遺伝子かく乱の現状把握に関する研究
       (2) 遺伝子かく乱魚種の分布、生息条件の特定および遺伝子かく乱侵攻予測モデルの構築

    2.研究の進捗状況

       本研究では、サブテーマ間においてサンプルとデータを相互にフィードバックしながら、予測モデルの構築を目指す。サブテーマ(1)はミトコンドリアDNA解析を行い、遺伝子かく乱を受けている魚種を特定するとともに、そのかく乱の程度を数値化する。サブテーマ(2)は、九州の淡水魚類の分布情報を網羅的に調査し、分布・環境情報のデータベース化をはかるとともに、それを用いて各種の出現予測モデルを構築する。最終的に、サブテーマ(1)、(2)を融合し、遺伝子かく乱の侵攻予測モデルを構築する。以下、サブテーマ別の進捗状況を示す。
       サブテーマ(1)ではコイ科のオイカワ、モツゴ、ゼゼラ、メダカ科のメダカ、ハゼ科のトウヨシノボリについて、九州産および比較用の日本各地の魚類標本を用いたmtDNA解析を行った。オイカワは琵琶湖産のものがアユ種苗などに混入して分布を拡大しているのに加えて、九州内での移殖による遺伝子かく乱が生じていることが示された。モツゴは、申請者らの研究によって中国大陸産と琵琶湖産の移殖の可能性を既に指摘済みだが、それらに加えて九州内での移殖による遺伝子かく乱も生じていることが示された。ゼゼラは琵琶湖産の九州への移殖を既に指摘済みだが、ダム湖個体群において更なる遺伝子かく乱の存在を確認した。メダカ、トウヨシノボリは、今のところ、国内移殖に伴うmtDNAの分布は確認されなかった。今後、更なる遺伝子かく乱状況の追跡調査とかく乱侵攻状況の数値化を図る。
       サブテーマ(2)では、まず最初に、九州内で著者らが実施した約1200地点分の魚類相調査データを整理・データベース化し、またそれらの調査地の環境情報についても数値地図を用いてデータベース化した。次に、九州内の1級河川の魚類相データを用いた解析により、九州の純淡水魚類相の生物地理区分を明らかにするとともに、各区分内の純淡水魚類の生息種数および河川長と純淡水魚類の種数の関係性から、今後行う遺伝子かく乱侵攻予測モデル構築地域とさらに翌年行うモデル検証地域を確定した。さらに、モデル構築地域のデータを使って、オイカワとモツゴについて一般化線形モデルおよびファジィ生息場選好性モデルを用いた出現予測モデルを構築した。今後、これらの出現予測モデルを、サブテーマ(1)の遺伝子かく乱侵攻状況に関する数値情報を加味したモデルに再構築する。

    3.委員の指摘及び提言概要

       淡水魚の遺伝子かく乱に関する非常に興味深い研究であり、九州での純淡水魚類データベースが1,200地点に及んでいることは特筆すべき点である。サブテーマ(1)と(2)が密接につながり、サンプルとデータを相互にフィードバックし、まとまった研究体制が組まれている。構築される遺伝子かく乱侵攻予測モデルがどれだけ有効なものになるか期待される。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    中間評価 第5研究分科会<持続可能な社会・政策研究>


    研究課題名:E-0901 気候変動の国際枠組み交渉に対する主要国の政策決定に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:亀山 康子((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

       京都議定書第一約束期間以降の国際枠組みに関する国際交渉が当初合意を目指していた2009年末の気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)では、コペンハーゲン合意が了承された。現在、2010年COP16での合意達成に向け、引き続き交渉が進行中である。
       本研究では、今交渉にて合意が得られる国際枠組みの検討及び合意達成後の残された課題の洗い出し・先駆的取組みを目標に、交渉に影響を及ぼす主要国(米国、欧州、中国、インド、ロシア)の国内政策に関する比較分析を実施する。各国内において、国の態度に影響を及ぼす政治経済的情勢やエネルギー政策・技術、排出枠取引制度に対する対応及び森林吸収源政策を調査し、その結果を踏まえて、これらの国が実効性を持つ合意に達するための必要条件を導き出す。

    2.研究の進捗状況

    (1)昨年度は、研究プロジェクト1年度目として、サブテーマ間のつながりは重視せず、サブテーマごとに守備範囲内の情報収集にあたった。情報収集という観点からは、どのサブテーマもある程度目標達成できたといえる。研究開始当初の予定では、COP15で合意された内容が各国内の諸政策に及ぼす影響を、2年度目以降、調査しつつ、サブテーマ間をつなげていくはずだった。
    (2)他方、実際には状況の変化があった。COP15で合意が得られると予定していたが、実際にはCOP15で国際合意は得られず、COP16まで交渉延長となった。COP16でも主だった合意が得られる見通しは低く、今後数年は、国際合意が不在なままの状態が続く可能性も低くない。
    (3)したがって、今後の研究方針としては、次の3段階を計画している。
      第一は、国際合意が存在しない状況下で、主要国が自主的に気候変動対策を実施するためのインセンティブを見出す検討である。エネルギー安全保障、省エネによるコスト削減、炭素市場等新ビジネスの開拓、等は、国際合意なくとも国家が緩和策に踏み切るインセンティブであるが、これらの項目を政府がインセンティブとして認識するための条件を探る。
      第二は、他国の協力の存在を条件として実施しうる政策の同定である。資金的支援を条件とした途上国の排出抑制策などが相当する。他国にいかなる行動を求めているのか、その見返りとしていかなる行動を約束しているのか、主要国間で両者のトレードオフの可能性が見いだせれば、国際合意に至る筋道となり得るだろう。
      第三は、上記の2つのステップにより同定された各国の自主的な対策のリンクから生じうる国際合意である。技術基準の国際標準化、地域別炭素市場のリンク、木材の有効利用と森林保全のルールの国際化等が進む場合には、結果として、気候変動対処のための国際合意につながる可能性が高くなる。以上の観点から、国際合意の形成を検討していきたい。

    3.委員の指摘及び提言概要

       「気候変動の国際枠組み交渉」は2010年COP16での合意達成に向け進行中であるが、国内でも国際的にも政治情勢は予測困難であり、また各国の国益優先作用が働き国際的な意思統一が困難な現状にある。
      本課題では、各サブテーマにおいて、交渉に及ぼす主要国の国内政策に関する比較分析を主要な目的として研究が進展しており、おおむね方向性と成果に期待することができる。しかしサブテーマには幾分かの偏りが感じられたり、多くはまだ現状把握の段階であって、最終的な成果や提案の形が見える段階に至っていない。
      サブテーマ毎に継続的・連続的に対象国の情報を収集・整理・分析して政策決定比較研究に生かし、これらを一点に凝縮して全体テーマを浮き彫りにすることが望ましい。そのうえで世界標準の枠組みを定められるよう、科学的データに基づいた理論構築や、政策決定メカニズムについての望ましい方式の研究などを推進して、日本の政策へ貢献すると共に日本から世界に提案を発信することを目指してほしい。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:E-0902 里山・里地・里海の生態系サービスの評価と新たなコモンズによる自然共生社会の再構築(H21-23)

    研究代表者氏名:渡邊 正孝(国際連合大学)

    1.研究概要

       本研究では、全国の里山・里地・里海がもたらす生態系サービスの管理に焦点をあて、ミレニアム生態系評価の概念枠組みにより生態系サービスの変化要因、人間の福利への影響を評価し、生物多様性を損なわす生態系サービスを最大化させる人為的関与の度合いを明確にする。さらに、地域社会の定性的タイプ化と主要な定量的数値の解析により、国土の将来シナリオを作成し、新たなコモンズとしての里山・里地・里海の役割と自然共生社会の再構築への政策オプションを提示する。
       これにより、低炭素社会、循環型社会、目然共生社会の統合による持続可能な社会構築への寄与と同時に、日本を含むアジアの持続可能な社会の構築の議論に資することを目指す。

    2.研究の進捗状況

    (1)里山・里地・里海の生物多様性・生態系サービスの保全・利用の戦略展開
       生産能力への投資により農産物供給能力が向上した一方、機械・化学化の推進により、土壌保全機能等が劣化し、地域のコモンズを管理する社会的前提が変化した状況で、価格競争や高齢化が加わり、里山・里地の管理が粗放化され一部地域での生態系サービスの劣化に繋がったことが明らかにされた。
      生態系サービスの保全・活用戦略の方向性として、第一に、市場価値を高めることで、生業として産業が維持され生態系サービスが持続的に利活用されるシステム (Market Based Approach)、第二に、生態系サービスが産業生産基盤として競争力の小さい地域で、多面的機能を発揮する場合、サービス受益者を明確にした上で保全コストを負担する社会システム(Conservation Based Approach)を構築するシナリオ検討した。
      この二つのシナリオに影響を与える外生条件をあげ、これら外生条件の変動に応じ、各地の立地条件によりいずれのアプローチを重視すべきか、有効な政策解が何であるかを検討する枠組みを構築した。
    (2)生態系サービスの変化に関する直接・間接的要因の分析
       作物種別(米、麦類、果樹類、野菜)の収穫量および化学肥料消費量の都道府県単位の経年データベースを作成し、化学肥料の生産性、農地への施肥強度および作付面積の要因が食料供給サービスに及ぼす影響を考察した。
      その結果、全体的に土地利用よりも化学肥料の生産性および施肥強度により食料供給サービスが規定され、米、果樹類は化学肥料の生産性により、麦類は農地への施肥強度により生産性が高くなる傾向がわかった。野菜は、地域により作物種が異なり、全体に共通する相関が観測できなかったが、技術的要因以外の要因(気象、水フロー、消費者の嗜好性など)も含めた要因分析の必要性が明らかにされた。
    (3)長期的・広域的な視点からみた里山・里地・里海の定量的な評価
       現在と将来について、能登半島を例に消滅が危ぐされる里山・里地の田の面積を算出し、二地域居住が進めば消滅リスクが大きく減少すること、消滅が危ぐされる全国の里山・里地の田の面積は820.8km2(収穫量437千トン、7,278千人分)であることを明らかにした。また、日本の沿岸漁業の担い手の多くは小規模漁業(漁船が25トン以下)で、海洋生態系の多様な魚種を利用し続けており、漁獲量としては沖合遠洋漁業による貢献が大きいものの、漁業者の大部分は里海の零細漁民で、零細漁業の多面的機能の評価の重要性が示唆された。
    (4)里山・里地における生物多様性と多面的機能の統合的な評価
       土地利用を生息地情報として用いた里山・里地の生物多様性評価手法および、多時期の土地利用データに基づく調整サービスの変化の評価手法を開発した。さらに、共通の数値情報および空間的階層性を持つ農業生態系区分を活用することにより、生物多様性と生態系サービスの統合的評価のためのフレームを構築した。これにより、生物多様性と生態系サービスとのリンケージおよび地域特性をマルチスケールで評価することが可能となった。
    (5)里山・里地・里海の文化的価値の評価
       里山・里海の保全活動を行う団体の意識調査をまとめ、里山・里地・里海のどのような価値に比重を置いて活動のインセンティブにしているかを抽出し、その価値の中で、生物多様性や個別の生物種がどれくらいの重みを持っているかを示した。抽出した価値の重み付けにより、里山・里海にそれほど関心をもっていない人々を対象としたアンケート調査の準備が整い、また、里山・里海の管理の慣例とカバナンスに関する情報を整理するフレームを構築した。
       全体として、生態系サービスの概念に基づき、里山・里地・里海の自然科学的な評価と、経済的、文化的価値を含む人文社会科学的な評価が進捗し、日本全国を地域別に区分して、生態系サービスと生物多様性の変化やその要因を将来にわたって定量的に評価する基盤が整った。今後、生物多様性と人為的関与の関係の解明をさらに進め、規制もしくは国土のゾーニング等の制度導入や社会資本の公益性と財投入の金額規模等を検討し、政策提言に結び付けていく。

    3.委員の指摘及び提言概要

       全国の里山・里地・里海がもたらす生態系サービスを、生物多様性を損なわずに最大化させる人為的関与の度合いを明確にし、また里山・里地・里海の新たなコモンズとしての役割を検討して自然共生社会再構築への政策オプションを提示するのが目的とされている。これらは政策貢献として重要であろう。しかし現時点では里山・里地・里海の概念と条件設定がサブテーマごとで異なっているように見える。
      「新たなコモンズによる自然共生社会の再構築」を目指すには、概念やイメージのみの先行ではなく、里山・里地・里海の要素と指標等を各サブテーマで明確にしつつ、事例研究を拡充し、一層の具体的な情報収集や統計解析を進めなければならない。そのうえで、サブテーマを全体として一つの評価体系に統合し、生態系保全や管理につなげていく必要がある。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:E-0905 バイオ燃料農業生産を基盤とした持続型地域社会モデルに関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:久留主 泰朗(茨城大学)

    1.研究概要

       本研究は、地域社会の持続性と自立性に資するバイオ燃料の生産と利用の地域システムを構築し、地域社会での環境影響と有効性評価を行うことを目的とする。そのため、本研究ではバイオ燃料の原料として非食料作物である「スィートソルガム」に着目し、耕作放棄地を利活用して、栽培から収穫・バイオ燃料生産・残渣利用までのプロセスを開発する。さらに、食料安全保障とバイオ燃料生産の両立を図る農業システムの評価を行うために、次の3つのサブテーマが連携して本研究を実施する。
    (1)食料経済リスク低減型燃料作物の開発・栽培に関する研究
       イネ科植物であるスィートソルガムの栽培管理方法を検討し、効率的安定生産技術を確立する。また、アルコール原料となる糖の含量が増大したスィートソルガムの開発およびスィートソルガムに共生し栄養供給の働きを担う菌類を用いた生産性向上を図り、粗放的でも可能な栽培方法の確立を目指す。
    (2)農地オンサイト型バイオ燃料生産系システムの開発に関する研究
       スィートソルガムの搾汁液中の糖類と酵母を用いて効率的にエタノールを生産する方法を確立する。また、スィートソルガム搾りかす残渣の効率的分解条件を検討し、二次発酵への再利用と家畜飼料への利用を図り、持続可能なバイオ燃料生産システムの確立を目指す。さらに、スィートソルガム搾汁液を用いて次世代バイオ燃料であるブタノールを効率的に生産する方法を開発する。
    (3)食料安全保障とバイオ燃料生産の両立を図る農業システム解析
       上記(1)のスィートソルガム生産の環境負荷の定量化と生産コストの算定によりコスト面を評価し、また上記(2)のエネルギー変換効率を元にエネルギー生産量の試算によりエネルギー生産面を評価する。そして、地域におけるバイオ燃料生産システム導入による代替エネルギーの効果を経済的に評価するモデルシミュレーションを実施し、バイオ燃料作物の経済・社会影響評価を行う。

    2.研究の進捗状況

    (1)食料経済リスク低減型燃料作物の開発・栽培に関する研究
       本年度は、播種日が伸長節間数におよぼす影響は品種によって異なり、晩生品種は播種日の影響を強く受け、糖含有量の増減にも強い影響を受けること、糖の多収栽培には茎全体の糖濃度を高めるための栽培・収穫基準が必要であること、などが明らかになった。また、台風(2009年台風18号)通過による影響を検討した結果、被害程度は品種によって異なり、晩生品種で糖収量が顕著に減少すること、品種によっては茎生体重が確保されれば高い茎糖収量が得られることが判明した。
      スィートソルガムの高次倍数体開発の可能性を検討した結果、染色体倍加個体を学界で初めて作出することができた。共生菌(根部エンドファイト)を用いた安定生産技術を検討した結果、低温条件では Phialocephala fortiniiを付与によりバイオマス量および葉緑素量が増加することが、また窒素源として有機態窒素がバイオマス増加に有効であることが明らかになった。
    (2)農地オンサイト型バイオ燃料生産系システムの開発に関する研究
       本年度はスィートソルガム(糖含量およそ10%)3品種を原料とし、アルコール発酵に適した酵母の選抜および発酵条件の検討を行った結果、酵母とスィートソルガムの組合せとしてはHitachi株およびFS902、発酵時間は3日間、発酵温度は30度が最適という結果を得た。
      スィートソルガムの搾りかすの飼料化について検討し、スイートソルガム残さの繊維を蒸煮・爆砕処理したところ、繊維が分解を受け、粉状のソルガム残さを回収(収量約60%)できた。また、乳酸菌およびセルラーゼを用いて、サイレージが調製可能である事が判明した。スイートソルガム搾汁液中の糖を発酵してブタノールを生産する菌株を2株分離した。
    (3)食料安全保障とバイオ燃料生産の両立を図る農業システム解析
       茨城をモデル地域として耕作放棄地を利用した分散型のスィートソルガム栽培を検討するが、茨城では霞ヶ浦の水質問題という環境問題に配慮する必要がある。そこで、本年度は、バイオ燃料作物スィートソルガムの栽培による、圃場レベル、流域レベル、地域レベルの環境影響評価、およびスィートソルガム栽培のエネルギー効率について検討した結果、スィートソルガムの窒素吸収量と施肥流出量の大まかな数値を求めることができた。
      流域レベルでは、耕作放棄地におけるスィートソルガムの栽培を考慮し、流域水質の連続モニタリングに基づく水質予測モデルの開発と、土地利用変化シナリオによる水質変動の評価を行うこととし、本年度は、流域モデル開発に向け米国で開発されたSWATモデルをベースとしたモデル開発を実施し、流量・水質変動のシミュレーション結果を得た。ただし、低平地水田地帯を含む土地利用の場合は、予測精度が落ちることが分かった。これは、低平地水田地帯の流出特性が自然の土地利用と異なるためであり、今後、低平地水田サブモデルの導入が、流域レベルでの環境評価に必要である。
      地域レベルでは、LCAを中心としたスィートソルガム栽培のエネルギー評価を行い、本年度は、システムの境界を定め他のエネルギーデータベースとの連結を検討した。特に、対象地域である本学が位置する阿見町の耕作放棄地に関連するデータベースを構築した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       地域社会の持続性と自立性に資するバイオ燃料の生産と利用を進めるため、スィートソルガムを対象として、食料経済リスク低減型燃料作物の開発・栽培、農地オンサイト型バイオ燃料生産系システムの開発、食料安全保障とバイオ燃料生産の両立を図る農業システム解析を研究対象としている。実証的研究成果が得られつつある。すなわち農学の面では例えばスィートソルガムの倍数種育成の手掛かりを得、また農学的環境科学研究の面では施用窒素の動態解明等に一定の成果を上げている。
      しかし検討が不十分なところも多く、個々の成果が全体研究に統合化される道筋が十分得られるには至っていない。農業システム研究の面では、経済収支、事業化された後の管理システム、他地域への適用などの研究を展開することが望ましく、さらに政策的貢献にも期待したい。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  
      サブテーマ1:a  
      サブテーマ2:a  
      サブテーマ3:b  


    研究課題名:E-0906 国際都市間協働によるアジア途上国都市の低炭素型発展に関する研究(H21-23)

    研究代表者氏名:加藤 久和 ((財)地球環境戦略研究機関(IGES))

    1.研究概要

       本研究は、アジア途上国都市における低炭素型発展、とりわけ民生、交通、廃棄物分野での家庭・中小企業における省エネ、環境調和型の行動がいかなる施策、インセンティブ手段によって可能になるかを明らかにし、アジアの低炭素型発展の効果的方策を明らかにする。また、日本の自治体の低炭素施策、CO2排出状況、途上国への施策の適用可能性及び国際協働の可能性も明らかにする。その上で、神奈川県や北九州市などの日本の自治体とアジア途上国都市との国際協働によって、アジアの発展段階が異なる都市における低炭素型発展施策のボトムアップ型の取組みを促進するメカニズムについて、具体的な方策を提案する。

    2.研究の進捗状況

       サブテーマ(1)においては、アジアの都市の気候、経済発展等の低炭素型発展に影響を与える要因を調査するとともに、4都市(大連、重慶、ホーチミン、バンコク)をとりあげて都市の特徴、優先的な課題などを調査した。大連、重慶においては、
      住宅におけるエネルギー基礎データの収集、省エネ対策の効果の推計、
      住民の環境意識、エネルギー使用、行動のアンケート調査、
      企業へのアンケート調査、
      交通、廃棄物
    についてのデータの収集を行い、各都市間や農村と都市部でのエネルギー使用実態、意識、行動の違いなどを明らかにした。それを踏まえ住宅の地域暖房の過剰供給と企業の省エネのインセンティブについて理論分析を行い、政策手段の有効性の分析を行った。
       サブテーマ(2)においては、日本の都市における二酸化炭素の排出構造及び多様な低炭素施策を調査するとともに、低炭素施策に係る途上国連携方策について検討を行った。
      都市規模や立地環境、産業構造等の都市特性と二酸化炭素排出構造との関係を把握し、各都市において展開されている低炭素施策の実施状況(庁内事務・庁舎、公共事業・施設)を整理した。また、施策の促進・阻害要因、施策の効果性・有効性、政策過程・政策波及及び構造化(消費主体、事業主体、政策主体)等について明らかにした。さらに、途上国連携方策の実施状況と類型化、連携方策の課題及び促進・阻害要因を明らかにするとともに、国際環境協力に対する市民の意識構造や市民参加型低炭素事業の推進要件の分析を行った。
       サブテーマ(3)においては、環境に関する国際都市間連携の枠組み(プラットフォーム)の分析、低炭素型発展都市間国際プラットフォームの枠組みと活動、個別活動案(行政・ビジネス連携活動)の3点において調査・検討を行った。日本の地方自治体に対するプラットフォームのメリットを明らかにした上で、参画する都市が実施しうる4つの活動を提案した。
      1)低炭素政策と施行に係る技術協力、
      2)アジアの途上国における低炭素型環境・エネルギービジネスの推進協力、
      3)共同炭素クレジット事業、
      4)カーボンオフセット
      具体的な活動の一例として、「グリーン共同購入パートナーシップ」による自治体の低炭素機器や次世代自動車の共同購入を提案した。
       このように、日本の都市・アジアの都市・ネットワーク構成の三方向から、アジアの低炭素型発展に向けたプラットフォームの枠組み、日本並びにアジアの自治体が必要とする機能や要素について包括的な調査分析を行うとともに、都市間連携促進のため現段階において考えられるいくつかの具体的な政策・措置を提案した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       アジア途上国都市における低炭素型施策とその推進メカニズムを研究し、日本の自治体における取組促進施策を調査・検討し、そのうえで、アジア途上国都市と日本の都市との低炭素発展パートナーシップの形成と推進を図ろうとする研究課題である。
      実際の都市の個別の環境での実践的な目的と計画には期待できるものがあるが、総じていえば現時点では既存研究の内容以上のものを出せていない。先行研究のフォローアップを十分に行なった上で新規知見の入手獲得についての工夫を行い、アジア都市間のネットワーク論の戦略を練り、都市間協働のためのネットワークとプラットフォームを具体的に構築することによって成果をあげてほしい。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    事後評価 第1研究分科会<全球システム>


    i.戦略的研究開発領域

    研究課題名: S-4   温暖化の危険な水準及び温室効果ガス安定化レベル検討のための温暖化影響の総合的評価に関する研究(H17-21)

    研究代表者氏名:三村  信男(茨城大学)

    1.研究概要

       地球温暖化防止のための国連気候変動枠組条約の目標は「地球の気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすことにならない水準において、大気中の温室効果ガスの濃度を安定させること」である。しかしながら、「安定化すべき濃度」について、まだ確固たる知見は得られておらず、温室効果ガス濃度と影響の危険な水準との関係を明らかにすることが、緊急課題となっている。わが国にとっても、京都議定書の第1 約束期間以降を見通した中長期的な気候政策立案のために、この問題を科学的に検討することが緊急かつ重要な課題である。
       本プロジェクトでは、わが国及びアジア・太平洋地域を対象にして、分野別の影響を定量的に把握し、影響を緩和するための適応策を検討する。さらに、これらの研究成果を統合した排出・影響予測総合評価モデルを開発することによって、温暖化影響の危険な水準と温室効果ガスの安定化排出経路に関する研究を実施する。それによって、分野別の温暖化影響に関して確固たる知見が集積されるとともに、統合されたわが国への影響と安定化濃度との関係を示し、温暖化影響の視点から達成すべき気候安定化の水準を検討した。
       サブテーマは次の7つである。
    1:統合評価モデルによる温暖化の危険な水準と安定化経路に関する研究
    2:影響予測の高度化及び経済評価に関する研究
       (1):温暖化による水資源への影響予測に関する研究
       (2):健康面から見た温暖化の危険性水準情報の高度化に関する研究
       (3):アジア地域のコメ生産に対する温暖化影響の確率的リスク評価
       (4):温暖化の森林への影響と脆弱性の評価に関する研究
       (5):沿岸域における気候変動の複合的災害影響・リスクの定量評価と適応策に関する研究
       (6):地球環境政策オプション評価のための環境・資源統合評価モデルの開発に関する研究

    2.研究の達成状況

      日本およびアジアにおける温暖化影響評価に関する研究成果を、200篇以上の査読つき論文として提出し、論文特集号「地球温暖化−日本における影響の総合評価」地球環境Vol.14 No.2(2009)としてまとめた。また全体成果を、地球温暖化「日本への影響」-最新の科学的知見-(2008)、地球温暖化「日本への影響」-長期定な気候安定化レベルと影響リスク評価-(2009)としてまとめ、記者発表を通じて世間に公表した。
      研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
    [1]様々な分野・指標を対象として、日本全体およびアジアにおける新たな影響評価手法を開発したことで、気候シナリオを入力とした将来影響評価が可能となった。また、物理的影響と組み合わせて、分野別・指標別の経済影響を評価するための手法を開発した。さらに、気候安定化目標を達成するために必要な排出削減量ならびにその安定化目標下で生ずる影響・リスクを統合的に解析・評価するための統合評価モデルを開発し、「影響関数」という手法により様々な分野別影響評価手法の知見を統合することに成功した。
    [2]今世紀中頃(2050 年頃)までに重点をおきつつ今世紀末までを対象として、水資源、森林、農業、沿岸域、健康といった主要な分野における日本への温暖化影響予測及び経済評価を行い、さらに、統合評価モデルを用いた影響評価も加え、日本において生じる影響の大きさと地域分布、出現速度について定量的に検討した結果、分野ごとの影響量と増加速度は異なるものの、日本にも比較的低い気温上昇で厳しい影響が現れること、影響は地域毎に異なり、分野毎に特に脆弱な地域があることを明らかにした。
      これらの成果は、日本のみならず、世界的にも最先端の温暖化の危険な水準に関する総合的な知見を提供するものである。
    [3]複数分野(洪水による氾濫面積及び被害コスト、土砂災害による斜面崩壊発生確率及び被害コスト、ブナ林の適域への影響及び被害コスト、マツ枯れ危険域の拡大、コメ収量への影響、砂浜喪失面積の拡大及び被害コスト、高潮浸水面積の拡大、被災人口及び被害コスト、熱ストレス死亡リスク及び被害コスト)における影響を統合的に評価し結果、日本にも比較的低い気温上昇で厳しい影響が現れること、世界的に温室効果ガス排出量(以後、GHG)が大幅に削減された場合、我が国に対する被害も相当程度減少すると見込まれるが、温室効果ガス濃度を450ppmに安定化した場合でも一定の被害が生じることは避けられないことを明らかにしたことは、世界でも類を見ない貴重な成果である。ただし、本研究で見積もられた影響量および被害コストは、現状の社会経済システム(人口・土地利用・価値観)に基づく将来の気候変化による影響であることは留意しなくてはならない。
       本研究プロジェクトの研究成果を活用して、研究参画者は、環境省の報告書「気候変動への賢い適応」の取り纏め、中期目標検討委員会における検討課題の一つである「対策を講じない場合のコスト」の推計、文部科学省・気象庁・環境省が報告した「温暖化の観測・予測及び影響評価統合レポート:日本の気候変動とその影響」の作成、平成22年版環境・循環型社会・生物多様性白書の作成、などに大きく貢献した。

    3.委員の指摘及び提言概要

      現在社会的要請の最も高い温暖化の影響について、独自の評価・予測手法およびデータベースの開発により、水資源、樹木、洪水、コメ生産、高潮、砂浜、熱ストレスなど各種の問題を定量的に扱って詳細な知見が得られた。政策的に必要な研究をタイムリーに実施して、期待通りの成果をあげて環境政策に貢献した。また、多分野にわたる困難な研究であったが、その成果の一部は内外の地球環境政策にさまざまな形で採用・反映されており、高く評価できる。
       しかし、6つのサブテーマ個々の研究目的と成果は明瞭に示されているが、S-4全体としての統合化に努めてほしかった。また、研究目標にかかげた温暖化影響、安定化濃度、気候安定化の水準の3目標のうち、についての成果の記述がほとんどない。さらに、用いたモデルの既存データを用いた検証が不十分であり、コメ生産への影響では、この分野の常識を疑うような解析や、それを用いた評価結果が多々目につく。全体を通して、新しい評価手法や既存の方法の精緻化など、サイエンスとしてみて新しい成果が乏しい。
       背景として、影響評価が不確かなままで、より高いレベルでの統合化、適応策と要求水準が高くなり、それに研究が追いついていない温暖化研究の進め方に問題がある。これまでにも、同様な研究課題が戦略的研究として推進されたが、その成果が何を生み出したかを考察する必要が有り、プロジェクトの立て方において、もっと科学の到達点を考慮すべきではないか。

    4.評点

      総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名: S-4-1   統合評価モデルによる温暖化の危険な水準と安定化経路に関する研究(H17-21)

    研究代表者氏名:肱岡 靖明 ((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

      本研究課題では、濃度安定化等の温暖化抑制目標とそれを実現するための経済効率的な排出経路、および同目標下での影響・リスクを総合的に解析・評価するための統合評価モデル開発を目的とした。開発にあたっては、関連分野の影響予測・経済評価研究および適応策研究から得られる温暖化影響関数を統合評価モデルに組み込むことにより、精緻かつ現実的な影響推計を比較的簡便に実行できるようにした。本統合評価モデルを用いて、種々の温暖化抑制目標を前提とした場合の、「危険な影響」が発生する可能性とその発生時期を提示することを目的とした。評価対象期間としては、今世紀中頃(2050年頃)までに重点をおきつつ今世紀末までを取扱った。『危険な影響』を如何に決定すべきか、については、衡平性、予防原則、不確実性といった観点から、新たな方法論・概念の開発を試みた。
       本研究課題において統合評価モデルの一環として開発する「気候・社会経済シナリオデータベース」は、サブ課題2(1)〜(6)の研究課題において共通シナリオとして利用された。また、サブ課題2(1)〜(6)で行われる影響予測・経済評価研究の結果を温暖化影響関数としてとりまとめ、統合評価モデルに組み込むことなど、他のサブ課題と緊密な連携をとりつつ研究を推進した。
       サブテーマは次の2つである。
    (1)統合評価モデルを用いた温暖化の危険な水準および温暖化抑制目標に関する研究
    ・温暖化抑制目標に関する既存知見の整理と、評価基準・評価手法の検討(H17-19)
    ・統合評価モデルを用いた温暖化の危険な水準および安定化経路の評価に関する研究(H17-19)
    ・気候変動に関するリスクマネージメント方法論の確立に関する研究(H19)
    (2)温暖化影響の全球プロセスモデルを用いた分野別影響関数(世界)の開発に関する研究

    2.研究の達成状況

      研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
    [1] 長期目標の合意に関連した重要な論点について整理し、それをもとに長期目標への合意に資する温暖化影響研究の取り組みについて検討した。
    その結果、影響研究の知見を伝えるための工夫を行うこと、影響知見の総合化のためのツール開発やデータベース構築、適応を見込んだ影響評価の推進が、重要な今後の課題として示された。
      本研究で開発に取り組んでいる影響DBは上記課題への解決策の一つであり、温暖化影響および脆弱性への理解を深め、科学的および社会経済学的知見に基づいた気候安定化目標を設定するために非常に有効である。
    [2] 気候安定化レベルとその目標を達成するために必要なGHG排出削減量、同目標を達成したときに生ずる様々な分野の影響量を解析するための統合評価モデルAIM/Impact[Policy]を開発した。
      分野別影響評価結果から得られる知見(影響関数)を統合して、なりゆきシナリオと,温室効果ガス濃度が二酸化炭素等価濃度で450ppm、550ppm に安定化する2つのシナリオに対して,分野ごとの影響がどのように増加するかを検討した結果、低いGHG濃度で安定化させるほど悪影響が低減されるが,最も低いレベル(GHG濃度を450ppm)で安定化させるシナリオにおいても,なんら対策を講じない場合には悪影響を被る可能性があることが明らかとなった。
    [3] 詳細な影響評価モデルによる将来推計結果の比較を通じて影響関数による簡易化の妥当性を評価し、政策ツール開発における簡易化の標準的手順を提案することによって、従来になかった新しい影響評価を可能としたことは学術的にも貴重な成果である。
       これらの成果は、27編の査読付き論文として発表した。

    3.委員の指摘及び提言概要

      現在社会的要請の最も高い温暖化の影響について、独自の評価・予測手法を開発し、それにより詳細な知見が得られたことは高く評価される。総合評価モデルAIM/Impactの開発・改良による温暖化の危険な水準と温暖化抑制目標に関する研究であり、全体的に高いレベルにあると評価できる。 統合的な政策評価手法の開発を評価する影響関数によって様々な分野別影響評価を統合していることは評価される。ただし、安定化の水準を提案するという研究目標からすれば、やや道半ばの観がある。

    4.評点

      総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名: S-4-2(1)   温暖化による水資源への影響予測に関する研究(H17-21)

    研究代表者氏名:風間 聡 (東北大学大学院工学研究科)

    1.研究概要

      温暖化に対する水資源の影響評価を農業用水、都市用水(=生活用水+工業用水)、水災害(渇水、洪水)、可能水資源量に分けて評価した。
    それぞれの入力変数として、温暖化に伴う水循環の変化、人口の増減、開発の度合、経済構造の変化、造水技術の進歩等を考え、各評価を包括し、水需給量と経済性から総合評価を行った。その結果を踏まえ、適応政策を議論し、個々や全体の成果を他のプロジェクト課題と情報交換しながらクロスカッティングしつつ研究を推進した。
       サブテーマは次の5つである。
    (1)温暖化各レベルに対応する水資源管理への総合影響評価に関する研究
    (2)温暖化各レベルに対応する農業用水需給への影響と適応策に関する研究
    (3)地球温暖化にともなう都市水システムへの影響評価に関する研究
    (4)温暖化各レベルに対応する水資源マネジメントの政策オプションに関する研究
    (5)温暖化各レベルに対応する洪水リスクの増減評価に関する研究

    2.研究の達成状況

      研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
    [1] 温室効果ガスの安定濃度と水災害の被害の関係を初めて明らかにした。また、発現年と被害額の関係も明らかした。
    [2] 温暖化による水稲の影響と灌漑用水の適応策が示された。
    [3] 温暖化による都市河川の水質の影響が明らかになった。
    [4] 農業用水及び都市用水の取排水、地下水流動等流域内の水収支を明らかにするとともに、魚類の産卵床、景観等河川環境保全のために必要な維持流量にも配慮する流域内水収支評価モデルを構築した。
    [5] グローバル並びに地域的に水ストレスの高い流域の住民人口比が、社会経済的なデータとGCMの出力結果を用いて、気温の関数として見積もられた。全球、地域スケールの水資源を将来気候モデルを用いて評価することが可能になった。
    これらの成果は、47編の査読付き論文として発表した。

    3.委員の指摘及び提言概要

      流域スケール、国スケール、グローバルスケールのそれぞれにおいて異なる観点(水質、水収支、災害、農業用水、水ストレス)でGHGシナリオの影響を明らかにしている点は評価できる。テーマ(1)、(5)については新たな研究成果が得られるとともに数多くの研究発表も行われている。 しかし、5つのサブテーマの間の課題に共通性が少なく、成果は玉石混淆である。
    (1)将来の降水量強度と頻度の予測の確かさが重要なポイントであるが、再現性の検証を行った形跡が見られない。
    (2)日本を対象に、水稲の高温(2℃)障害を推定しているが、温度のみ変化し、その他の気象要素(日射量や降水量など)は変化しないという仮定や、CO2の施肥効果など一切考慮されておらず、この推定の意義が疑わしい。出穂・成熟に向けた発育を、生理的な関連が希薄な日照時間で説明、「20年に1度の気象変動に対し、かんがい水田は非かんがい水田より脆弱」という常識では理解できない結論、さらに「渇水に対するリスクは、水稲を陸稲に変えることで対応可能」と受け取れる結論は、とても受け入れ難い。
    (3)荒川流域の水質変化(pH、アルカリ度、溶存酸素濃度など)のみを論じており、温暖化とはほとんど関係ない。藻類の増殖に関してもデータが見あたらない。
    (4)筑後川を対象に、流域内水収支評価モデルを作成し、農業用水、都市用水の取排水量を論じているが、温暖化に伴う降水量の年々変動の拡大が予想される中で、ダム放水量の制御への指針がない。
    (3)、(4)ともに特定の都市や集水域を対象とした個別的な研究例となっており、(1)、(2)、(5)との関連性が不明である。最低限、共通の水系を対象にするなどの工夫がほしかった。論文数も少ない。
    (5)5つのサブテーマ内で唯一、科学的に意味のある成果を出している。グローバルおよび地域的に、水ストレスの高い地域に住む人口比が社会経済データとGCMの出力に基づいて、気温の関数として推定されている。温暖化進行に伴う洪水リスクの増減を予測するという興味ある成果を出している。

    4.評点

      総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名: S-4-2(2)   健康面から見た温暖化の危険性水準情報の高度化に関する研究(H17-21)

    研究代表者氏名:田村 憲治 ((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

      本研究課題では、気候変動(温暖化)による健康リスクの概念図に示される基本的枠組みに沿って、(2)から(5)の4つのサブサブテーマでの検討を踏まえ、(1)の「適応策を考慮した温暖化の健康リスクの定量化・経済指標化とマッピングに関する研究」に繋げていくことを目的とした。日本さらにはアジア地域における気候変動、特に温暖化に伴う健康リスクの評価と地域別の公衆衛生領域の適応能を温度感度関数として示し、地域別の危険水準を示すことを試みた。
       第一段階は日本におけるリスク評価を目標とし、サブサブテーマごとに日本全体、主要都市圏、モデル地域、を対象とした研究からスタートし、最終的に日本全体(都道府県あるいは市町村レベル)のリスク評価へ集約を図った。
      サブテーマは次の5つである。
    (1)適応策を考慮した温暖化の健康リスクの定量化・経済指標化とマッピングに関する研究
    (2)温暖化と死亡リスクに関する研究
    (3)温暖化と熱中症・熱ストレスに関する研究
    (4)温暖化に伴う大気汚染のリスクに関する研究
    (5)節足動物媒介性感染症の発生に及ぼす地球温暖化の影響予測に関する研究

    2.研究の達成状況

      研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
    [1] 健康影響の経済評価は、保健は専門であるものの、経済についてはそれほど詳しくない研究者が多かったため、学術雑誌にも経済学的に誤った研究が掲載されていた。この研究では、経済学の研究を専門とする近藤が加わって計算を行ったことで、世界的に認められる研究となった。このことで、我々のDALYs計算法が、世界保健機関(WHO)の進めている気候変化によるGlobal Burden of Disease Projectにおいて採用されることとなった。平成21年3月に予備的な会合をコペンハーゲンで開き、そこに本田が参加してS-4での取り組みを説明し、5月にはジュネーブで感染症、直接影響、労働への影響などの専門家、将来予測の専門家、DALYsの専門家が集合してワークショップを行った。
    [2] 気温と死亡率との関連がV字型であることは古くから知られていた。しかしながら、そのV字型の死亡率が最低になる気温、すなわち至適気温が概ね日最高気温の85パーセンタイル値で推定できるという法則は本研究で初めて明らかになった。しかも、この法則は日本のみでなく、韓国、中国、台湾という発展レベル、文化の大きく異なる地域においても認められることから、更に広い地域でも成り立つことが期待される。この解析に対する評価は高く、世界保健機関(WHO)における気候変化による全球の疾病負荷推定プロジェクトにおいて、本田、近藤が選ばれ、気温の直接影響の計算を担当することとなった。また、本田は、このような貢献により、国際的な環境疫学の学会であるInternational Society for Environmental Epidemiologyの2010年学術総会において国際アドバイザリボードに選出された。
    [3] 政令市の救急搬送熱中症患者の解析により、日最高気温と熱中症患者発生率との間に明瞭な温度・影響関係を見いだした。また、将来推計の基礎となる、熱中症患者発生数に関しても、補完的に実施した病院調査により、救急搬送以外の患者を推計することが可能となった。
    [4] 消防庁が実施した熱中症患者全国調査結果との比較により、大都市(政令市)だけでなく中小市町村の熱中症発生の実態が明らかになり、日本全国を対象とした地球温暖化に伴う将来リスク推計が可能となった。
    [5] 温暖化による気象変化により、地域ごとに将来の詳細な濃度マップを推計する手法を確立した。しかし、この手法が適用できる地域は限られており、将来的には数値モデルによる推計が可能になるものと期待される。また、このマップから得られたオゾン濃度増加分に対応する死亡リスクの評価法も確立した。これについても、国内の疫学研究やオゾンの死亡リスクに関する閾値の研究が進展すれば、さらに正確な推計が可能になることが期待される。
    [6] デング熱やチクングニヤ熱などの媒介蚊であるヒトスジシマカの安定した定着が認められる年平均気温は11〜12℃以上であるが、北緯38〜41°の範囲でこの条件を満たす地域の面積が急激に増加し、2031〜2050年までに全面積の約60%を占め、2100年には90%以上となる。また、コガタアカイエカの活動範囲がとくに北日本で拡大し、日本脳炎ウイルスの活動自体も盛んになる可能性があることを示した。
    [7] 地球温暖化とマラリアの流行拡大について、今後、3℃平均気温が上昇すると、九州や四国の一部も温度条件からみたコガタハマダラカの生息可能地域に入るが、熱帯熱マラリアが日本に侵入・定着して再流行を起こすには、種々の条件が重なる必要がありその可能性は低い。
       これらの成果は、18編の査読付き論文として発表した。

    3.委員の指摘及び提言概要

      死亡で失う年数と障害により価値を失った年数の合計からなる「障害調整生存年」(DALYs)の具体的な算定法の高度化は、WHOのプロジェクトで採用されるなど、成果には波及効果も含め政策面での意義が非常に高いと思われる。科学的知見としても、気温と死亡率との関係で死亡率が最低となる気温に関する法則の発見、日最高気温と熱中症患者発生率の間に関係の明確化、大都市だけでなく市町村レベルでの熱中症発生の実態把握、地上オゾン濃度増加分に対する死亡リスク評価法の確立、感染症媒介の節足動物への温暖化影響の将来予測など、重要な成果がサブテーマで得られているのは高い意義がある。 光化学オキシダント濃度に関しては気象条件のみを考慮し、その先駆物質の濃度を将来予測では現状に固定している点に無理があり今後の課題である。各サブテーマ間での連携が密接に行われたか多少疑問。

    4.評点

      総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名: S-4-2(3)   アジア地域のコメ生産に対する温暖化影響の確率的リスク評価(H17-21)

    研究代表者氏名:横沢 正幸 ((独)農業環境技術研究所)

    1.研究概要

      本研究では、わが国ならびに世界の主要コメ生産国である中国・東北部、ベトナム・メコンデルタを対象として、環境変動と生産量変動との関係に関する確率的リスク評価手法を開発し、影響評価を行うとともに、コメ市場価格の変動を通じての経済評価もあわせて行うことを目的とした。サブサブテーマ(1)、(2)および(4)では、それぞれ地域別の気象変動に伴うコメ生産量変動の推計モデルを作成・予測を行った。それらの結果はサブサブテーマ(3)の世界食料需給モデルに導入し、生産量変動に連動する国際コメ市場価格の変動に基づいた経済的評価に利用した。
       サブテーマは次の4つである。
    (1)気候変動によるコメ生産量変動の確率的評価手法の開発と評価に関する研究
    (2)中国におけるコメ生産量変動の確率的リスク評価に関する研究
    (3)温暖化が世界の食料市場に及ぼす影響の予測と価格変動リスク評価に関する研究
    (4)気候変化に伴う水資源の量と質の変動がメコンデルタのコメ生産に及ぼすリスク評価に関する研究(H19〜20)

    2.研究の達成状況

    研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
    [1] 本研究で開発されたモデルPRYSBIは、既存の作物生育・収量予測モデルではできなかった気象環境の変動に伴うコメ収量の年々変動を再現する。これにより、平均的な気候変化影響だけでなく、農業生産に重要な異常気象などによる年々変動の影響を評価することが可能となった。
    [2] モデルPRYSBIにIPCC AR4で使用された複数の気候変化シナリオを入力することにより、気候変化シナリオにおける不確実性ならびに影響評価モデルに含まれる不確実性を同時に考慮した気候変化リスク評価結果は、これまでにないオリジナルなものである。
    [3] 世界の有数の輸出用コメ生産地域であるベトナム・メコンデルタにおける水資源、水質ならびに水稲栽培の状況を環境データから推計する初めての統合モデルシステムを作成した。これにより、対象地域のコメ生産に関わる要因の相互関係と環境変動の影響の解析が可能となった。
    [4] 中国におけるコメ生産量の変動予測について、マルチアンサンブル手法を用いて気温上昇段階(1℃〜3℃)ごとに出現確率分布を求めて収量変動予測を行った。本手法はこれまで例が無く、不確実性の評価に利用価値が高いと考えられる。予測結果として、中国の主要コメ生産地域では、適応策として最適な栽培期間を選択する選択肢は大きな効果が期待できないこと、特に、現在生産量が多い華中以南では負の影響が避けられないことが示された。また、東北平原では春の干ばつによる水不足の危険性があることを示した。東アジアのコメ生産に関して、マクロ気候学的視点からの変動予測に貢献することが期待される。
    [5] 作物の収量を気温と降水量の関数として、国・地域間および気温と降水量間の相関を考慮してシミュレーションを行い、気候変動の影響分析が可能な確率的世界食料モデルは他に例を見ない。また、生産動向等の予測としての社会経済シナリオ別の分析結果は、アンサンブル推計を除いてこれまでにないものである。
    [6]メコンデルタでの水管理の観点からの水理モデルはこれまでにも開発されているが、季節洪水および塩水遡上の両現象の影響を同時に扱える水理モデルは無かった。気候変化がメコンデルタにおける農業生産へ及ぼす影響を定量的に評価するために、本モデルを独自に開発することにより、農業生産性モデルとの結合が可能となり環境応答機構の解明や影響評価への利用価値は高い。
      これらの成果は、19編の査読付き論文として発表した。

    3.委員の指摘及び提言概要

      温暖化に伴う将来の米生産量を予測した研究である。米は共通であるが、サブテーマ間の相互チェックは無く、予測がどれほど確からしいかの情報が付随していない。このため得られた成果を実際の施策に活用することができない。費用対効果の低い研究になっている。
     (1)日本のコメ生産への温暖化影響の予測方法は著しく科学性に欠けると判断される。府県の実収量は、モデルでは考慮されていない台風、病虫害あるいは栽培技術の影響を強く受けて大きく変動しており、実収量に合うようにモデルの遺伝的パラメータ値を変更して行った、将来の影響予測は誤った結論を導く。
     (2) 中国のコメ栽培期間の気温偏差△Tとそれに対応する収量偏差△Y(t/ha)の関係:    △Y=3.76△T-0.0806△T2     は全く理解に苦しむ。中国の現在の単収は約6t/haであるので、気温が1℃上下しただけで収量は±60%も変化する?
     (3)将来の気温と降水量変化に伴う世界の主要国の主要農産物の生産量を世界食料モデルで分析。この課題は社会経済問題も絡むなど多岐にわたる条件が関与し、得られた予測が妥当かどうかの判断は評者には難しい。しかし、注目すべき研究方向であり、今後の進展が期待される。
     (4)EFフェローによる研究。メコンデルタを対象に、米生産に対する温暖化に伴う塩水遡上の影響を、水理モデルを用いて評価。このモデルが現状を十分に再現できることを確認した上で、将来(2090年代)における年間の稲作可能期間を推定している。メコンデルタは場合によっては年中作付けが可能な地域(最大3期)であり、このような地域に対する有効な研究である。

    4.評点

      総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):c
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):c
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c


    研究課題名: S-4-2(4)   温暖化の森林への影響と脆弱性の評価に関する研究(H17-21)

    研究代表者氏名:田中 信行 (森林総合研究所)

    1.研究概要

      本課題の目的は、温暖化の森林生態系への影響を量的に評価することにある。世界的に行われている影響評価の有力な方法として、分布予測モデルによる生育域予測がある。サブ課題(1)で分布予測モデルによる森林植物の影響評価を行った。一方、サブ課題(2)では、温暖化に対して特に感受性の高い森林生態系の部分について、温暖化影響の検出と予測を行った。日本の生態系に大きな影響を与える積雪条件はこれらの研究の基盤データであるが、山岳域での正確な予測データがなかったので、本課題の中で現状と将来の積雪予測を行った。
       サブテーマは次の2つである。
    (1)温暖化の森林植物への影響と脆弱性の評価に関する研究
    (2)高感受性生態系への温暖化影響の予測と検出に関する研究
     ・温暖化に伴う積雪環境の変化が植生に与える影響予測に関する研究(H17〜19)

    2.研究の達成状況

      研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
    [1] 空間分布予測モデルの手法の発達により、野生動植物の潜在生育域の予測が欧米を中心に行われている。この手法は、温暖化影響を広域で推定するのに適している。しかし、東アジアでは、この分野の研究は少なく、発展が必要であったが、日本では、我々のチームが中心になって取り組み、ブナ林、ササ類、ハイマツ、針葉樹10種についての成果を発表した。いずれの種においても、温暖化に伴い生育地がどのように変化するかを予測し、脆弱な種や地域、及び持続的な生育地(逃避地)を特定した。
    プロジェクト期間中に、分布予測モデルの基盤データとなる植物分布データベースの構築を行った。その一つである植物社会学ルルベデータベース(PRDB)は、過去の植生調査区(ルルベ)の資料を全国スケールで電子化したもので、これにより多種について分布予測モデルを作ることが可能となった。欧州では、全域を覆うルルベデータベースはまだできていない。米国では、森林調査データが整備されているが、林床植物についてのデータは不十分であり、また、地続きのカナダやメキシコのデータが利用できる状態になっていない。これまでの欧米における植物種の潜在生育域の予測では、植物分布図や森林調査資料に基づく植物分布データを利用して20〜50kmの空間解像度の解析が主流であるが、我々は、日本の急峻な地形に適合させるため1km空間解像度で精度の高い予測を行っている。
    [2] 温暖化はわが国の積雪山地の植生に大きな影響を与えると考えられるが、その実態には不明の点が多く、将来の積雪環境についても、十分な解像度で信頼性のあるデータが整備されていなかった。本プロジェクトでは、亜高山針葉樹の更新初期の段階に積雪が大きく影響することを見いだすとともに、多くの山地湿原において顕著な縮小傾向を明らかにし、積雪の変動が植生変化に与える影響を従来よりも詳細に示した。また、衛星による実際の積雪分布データを用いて地域的な特性を考慮した1kmメッシュの積雪分布データを作成し、温暖化時の日本列島の積雪環境を予測できた。
       これらの成果は、19編の査読付き論文として発表した。

    3.委員の指摘及び提言概要

      日本列島に分布するブナ林、ササ類、ハイマツ、針葉樹10種を対象に、現在の分布域と環境条件とを詳細に纏め、現在の分布域の範囲をまとめたことは基礎データとして意味があり、将来の分布域変化の予測にはそれなりに納得できる。樹種、地域ごとに脆弱性を面積%の減少で表現できたことは評価できる。さらには過去の縄文海進期の温暖な時期における分布域の突き合わせなどが望まれる。CO2の施肥効果の影響も考えておく必要がある。
       SPOT/VEGETATIONによる1999〜2005年の7年間の3次メッシュ積雪期間分布データベースの整備、積雪期間の異なる複数の地点における各種針葉樹の実生の死亡率の実地調査、年代別航空写真の解読に基づく本州中部の山地湿原の面積変化、温暖化による東北地方を中心としたアカマツ林のマツノザイセンチュウによる枯損の可能性などが検討されており、それぞれに興味ある結果を得ている。 2081-2100年の積雪量の推定は、その推定値の精度を求める必要があるだろう。過去の積雪量を同じ方法で推定して、トルースデータと比較する方法で精度を求めてはどうか。

    4.評点

      総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名: S-4-2(5)   S-4-2(5) 沿岸域における気候変動の複合的災害影響・リスクの定量評価と適応策に関する研究(H17-21)

    研究代表者氏名:安原 一哉 (茨城大学)

    1.研究概要

      本課題では、気候変動による沿岸域への影響・災害リスクを2050年までの期間において予測し、影響閾値を算定することを目的とした。沿岸域で予想される災害として、海面上昇による浸水だけではなく、台風・豪雨などの異常な気象擾乱による氾濫、地下水位上昇・塩水化に伴う地盤変状、そして地震発生による地盤不安定化をも考慮した複合災害をとりあげた。共通する事象は、温暖化による海面上昇、巨大台風の頻発・来襲、地下水の塩水化、地震の発生である。
       サブテーマは次の5つである。
    (1)災害による経済的損失評価と適応策の経済性評価に必要な温暖化感度関数の提案
    (2)海面上昇および台風襲来に伴う高潮と河川氾濫による沿岸域の浸水影響・リスクの定量評価と適応策の検討
    (3)温暖化に起因する海面上昇による沿岸域地盤変状予測と適応策
    (4)異常気象を含む気候変動と巨大地震による複合的地盤災害評価と適応策
    (5)温暖化に起因する海面上昇と豪雨災害による海岸・河川沿岸域の経済的損失評価
     ・温暖化に起因する複合災害の適応策の評価と経済的効果評価(H19)

    2.研究の達成状況

      研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
    [1] 高潮浸水については次の知見が得られた。
    1) 全球レベルでは、防護の有無によって、水没面積と影響人口は大きく異なることを示した。また、浸水被害額は、大局的には浸水影響人口と国毎の一人当たりGDPの積に比例すると仮定して、被害額を推定したところ、防護なしの被害は年間12-21 億ドル(世界のGDPの0.40-0.48%)と見積もられ、適応策として防護措置をとることによって被害は年間6-8 億ドル(世界のGDPの0.17-0.19%)に減少すると見積もられた。
    2)地球温暖化による我が国における沿岸域の浸水被害の予測の結果、温暖化の進行に伴い高潮による浸水の被害は緩やかな曲線で増加することが分かった。それは、高潮に対する対策が「ある水準までは様子を見、その水準に近づいたときに対策を講じる」のではなく、「どのような水準であっても状況に合わせて適切な対策を連続的にとっていくことが現実的である」可能性を示している。
    [2] 河川洪水と河川堤防の安定性については以下のことが明らかになった。
    1) 解析した全ての流域で将来的に総氾濫水量、浸水面積が増加した。特に荒川と筑後川では、現在と将来総の氾濫水量比や浸水面積比が極端に大きくなった。また、遊水地設置により、ほぼ全ての流域で浸水面積が減少した。特に荒川、吉野川において遊水地の効果が高かった。しかし信濃川、淀川のような地盤高の低い地域は、浸水面積があまり低減されないことが分かった。
    2) 河川水害については、気候変動に伴う河川氾濫の推計から、直接的な経済損失とおよび間接的な経済損失を示した。直接的な影響のみならず、産業部門間や地域間の波及効果を分析したことに本研究の意義がある。
    3) 我が国の代表的な河川堤防を構成する土質試料に対する侵食実験結果から、河川堤防や高水敷・河岸の脆弱性と適応策マップが得られた。この成果は、地盤工学分野において過去に例はなく、貴重な研究成果であり、河川堤防や高水敷・河岸に関する工学的政策において高く寄与できるものと考えられる。
    [3] 気候変動による地下水位上昇と巨大地震による複合的な災害の評価手法と災害によってもたらされる影響と経済的損失の評価手法を提案し、東京湾沿岸域へ適用した。その結果、液状化危険度と災害損失額は沿岸域だけなく、内陸部にも拡大することが明らかになった。
    [4] 地震と豪雨との複合影響を考慮した斜面災害リスクの評価手法及び広範囲における斜面崩壊ハザードマップ・経済損失分布マップ・リスクマップの作成手法を確立した。これらを用いて、温暖化に伴う豪雨の年間出現日数の増加を考慮して、今後30年、50年と100年を対象として、豪雨による日本全域の斜面災害リスクを定量的に評価した。さらに、地球温暖化が進んだ場合、どのように全国斜面災害リスクが増加するかを検討した。このような精度の高いハザードマップとリスクマップに基づき、斜面防災に有効なリスクマネジメントを適用すれば、温暖化に起因する斜面災害適応策の提案に大きく寄与できることを示した。
    これらの成果は、57編の査読付き論文として発

    3.委員の指摘及び提言概要

      現在社会的要請の最も高い温暖化の影響について、独自の評価・予測手法を開発し、それにより詳細な知見が得られたことは高く評価される。高潮・台風災害による被害額の見積もりに関しては、防護施設をモデルに組み込んでおり、より現実に近くなっている点、また防護施設の改良でどの程度被害が防げるかの推定など施策に直結したモデルである。
    (3)では、数種類の土質試料を用いて液性限界、塑性限界試験などを行い、河川堤防などの脆弱性を評価して、適応策マップを提示した。基礎的な実験に基づく研究であり、かなり高く評価できよう。(4)では、海水準上昇と地震発生が重なった場合の複合的な被害発生を数値解析に基づいて評価している。(5)では、海水準上昇と台風襲来が重なった場合の複合的な被害発生を予測するモデルを開発した。このサブテーマは前の(4)と類似しているが、 (5)の方が、包括的である。
     全体として、被害額の推定にはかなりの誤差があると思われ、出来れば過去の例からの補正値が示されると分りやすい。モデルは普遍性についての評価と検証が必要である。(2)では高潮・氾濫リスクの軽減に、遊水池の有効性が述べられているが、それをどのように確保するのかが問題である。

    4.評点

      総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名: S-4-2(6)   地球環境政策オプション評価のための環境・資源統合評価モデルの開発に関する研究(H17-21)

    研究代表者氏名:林山 泰久 (東北大学大学院経済学研究科)

    1.研究概要

      地球温暖化問題の政策分析においては、温室効果ガス(以下、GHGと略す)排出とそれが経済活動に及ぼす影響を明示的に考慮したシステムが必要であることは言うまでもない。
    戦略研究プロジェクトが「地球温暖化の影響の危険な水準および安定化濃度の科学的検討を行うために、統合的な研究アプローチを行う」という主目的に対して、本研究課題では「他の研究領域から提供される共通の気候シナリオや共通の影響評価指標をインプットとして、GHG排出とそれを含む環境や資源および経済活動に及ぼす影響を明示的に考慮した世界地域別のマクロ的経済評価および国内の個別影響を把握するためにミクロ的経済評価を行うことを目的とした。
       サブテーマは次の2つである。
    (1)気候政策のマクロ的経済評価に関する研究
       ・政策シミュレーションとその評価に関する研究
       ・環境・経済評価モデルの開発に関する研究(H17-19)
       ・資源・経済評価モデルの開発に関する研究(H17-19)
    (2)温暖化影響のミクロ的経済評価に関する研究
       ・国内ミクロモデルの開発に関する研究(H17-19)

    2.研究の達成状況

      研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
    [1] 研究期間を通じて各サブサブテーマの成果に共通することは、社会科学と自然科学を融合した政策科学の足がかりとなるようなものであると言え、学際研究としての科学的意義は高い物と思われる。また、S-4の各サブテーマにおける個別分野の経済評価に対して、評価手法の考え方と適切な手法の提案を行うことにより、S-4全体の経済評価が理論的整合性を保って行われるようになった。
    [2] サブサブテーマ(1)では、まず政策オプションを検討するために、既存研究における損害関数に関するレビューを行い、現在得られている値を整理することが出来た。また、現実を反映するようなマクロ経済成長モデルの時間選好率の値と効用関数形のあり方を提示できた。これは、マクロモデルの構築に対して妥当な特定化の方向性を示したことになる。次に、社会的割引率に関して感度分析を行うことにより、本研究で採用しているマクロ経済モデルの構造が妥当であるか否かを検討している。これによって、本研究のマクロ経済モデルが地球環境政策のシミュレーション分析に有用であり、かつ地域的な政策評価にも利用可能であることが確認できる。さらに、日本を個別地域とした修正RICEモデルによるシミュレーション分析を用いて、いくつかの意思決定基準の概説を行っている。これによって、いくつかの気候安定化政策シナリオを意思決定基準に基づいた評価が可能であることが確認できる。また、意思決定基準に基づいた評価を行う際、費用便益分析の観点から評価を行うことにより、全球だけでなく地域ごとに費用対効果の高い政策オプションの優先順位を示すことが可能となっている。特に、地域ごとの費用便益評価が算出可能であるということの科学的意義は高い。
    [3] サブサブテーマ(2)では、まず政策オプションを検討するために、既存研究における貨幣評価原単位に関するレビューを行い、現在得られている値を整理することが出来た。次に、本研究で提案した評価手法を用いることにより、地球温暖化対策としての「熱中症防止」、「ブナ林保全」、「マツ林保全」、「砂浜保全」、「干潟保全」の費用対効果を検討する際に必要となる基礎資料の提供を目的として、CVM(仮想市場評価法)およびTCM(旅行費用法)によりこれらに関する貨幣評価原単位を推計した。これら貨幣評価原単位の推計により、これまで諸外国における温暖化影響の経済評価結果を為替レートによって日本円に換算していた貨幣評価原単位に対して、日本独自の原単位を得ることができた。特に、これらは温暖化影響の経済評価に関する研究蓄積が少ないという日本の現状において、日本独自の貨幣評価原単位を算出したことの科学的意義は高い。
       これらの成果は、17編の査読付き論文(査読付き論文に準ずる成果発表1編を含む)として発表した。

    3.委員の指摘及び提言概要

      本テーマでは、個別の分野での経済評価に関し、全体として整合性がとれるような評価手法を導出している。日本に注目した地域レベルでの費用便益評価の算出の可能性を示し、地域レベルで費用対効果の高い政策オプションに優先順位を示す成果を得たほか、全球レベルと地域レベルで費用対効果の高い気候安定化策が異なることを示すなど、科学的な新知見を得ている。また、各分野の影響評価において、日本独自の貨幣評価原単位を算出した点も貴重な成果といえる。全体として、政策的に大きな意義がある成果と考えられる。
       日本独自の貨幣評価原単位を、CVM及びTCMをつかって、熱中症、砂浜、干潟、ブナ林、マツ林などについて算出したことを評価する。しかし、これはこれからのスタートラインであり、今後、この種の経済評価の限界、マクロとミクロのすり合わせが課題と考える。
       スターンレビューについての国際的な議論に関係する研究になっている。長期的な温暖化対策に関して、割引率の設定、GDPに与える影響、などについてのマクロな研究が日本では少なかったので、今後の議論の活性化に役立つと考えられる。

    4.評点

      総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    ii.環境問題対応型研究領域

    研究課題名:A-071 成層圏プロセスの長期変化の検出とオゾン層変動予測の不確実性評価に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:今村 隆史 ((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

       成層圏オゾン層の破壊は、人間活動に伴いフロンやハロンなどのオゾン層破壊物質(ODS)の放出量が増大したことにより、成層圏でフロンやハロンから放出される塩素・臭素が関与する連鎖的なオゾン分解サイクルの速度が増大したことに起因している。オゾン層保護に向けたODSの規制は大気中のODS濃度が減少に転ずるなど、その成果は着実に表れている。しかしオゾンホールは、年々変動が大きいものの、2000年以降もその最大面積ならびにオゾン欠損量はほぼ横ばいの状況にあり、オゾンホールが縮小傾向に向かい始めたことを明瞭に示せる状況にはない。よって、今後のオゾン層破壊物質(ODS)の濃度の減少から期待されるオゾン層の回復を如何に確実なものにするか、に答えるための科学的知見を得る必要がある。そこで、気候変動との相互作用の視点も意識しつつ、今後のオゾン層変動を左右し得る成層圏プロセスとして、成層圏水蒸気ならびに成層圏大気の循環の問題に焦点をあてて研究を進めた。更に、化学−気候相互作用の観点から、太陽活動や温室効果気体の変化によるオゾン層への影響を、数値モデルを活用して評価することを目的とした。
       以上の点を踏まえ、4つのサブテーマでプロジェクトを構成して、課題に取り組んだ。
    (1)熱帯対流圏界面領域における水蒸気変動に関する研究
    (2)成層圏大気の滞留年代の決定に関する研究
    (3)オゾン層変動の再現性と将来予測精度の評価に関する研究
    (4)太陽放射と極振動によるオゾン分布の変動解析に関する研究

    2.研究の達成状況

    (1)成層圏水蒸気を制御している可能性のある熱帯対流圏界面領域での水平移流脱水過程について、その脱水メカニズムが進行していると考えられる現場での観測データセットを取得、同一空気塊を複数回測定するMATCHペアの観測データの取得に世界で初めて成功した。また、1993年以降の熱帯での水蒸気ゾンデ観測データの解析から、熱帯下部成層圏の水蒸気の長期変動の実態をつかんだ。
    (2)これまでの気象学の常識を超えて、成層圏大気における重力分離の存在を成層圏大気の精密分析(同位体サンプルの分析)から初めて明らかにした。更に、重力分離の影響なども考慮した精密分析から、北半球中緯度における成層圏大気の平均年代の長期変化に関して、数値モデルなどによる予測に反して、平均年代が短くなっていないことを初めて見出した。
    (3)成層圏化学気候モデル(CCM)を用いた数値実験から、GHGの増加は中高緯度域ではオゾン層の回復時期を早める方向に働くのに対し、熱帯域では化学的な効果と力学的な効果の両方が影響する事で、単調な回復傾向にあるとは言えないことを明らかにした。
    (4)太陽放射の変動などによる成層圏オゾン場の変化が、成層圏ならびに対流圏の循環場に影響を及ぼしうることを観測データの解析ならびにCCM数値実験から明らかにした。更に、CCM数値実験結果の解析から、オゾンホールの消滅が南極上空の偏西風を弱め、その影響が対流圏にまで伝播して南極の地表まで達する可能性を示した。
       研究の成果はScience誌をはじめとする科学論文誌に公表され、またUNEP/WMOの「オゾン破壊に関する科学アセスメント」にも引用された。

    3.委員の指摘及び提言概要

       より厳密な検討を要する点も多いが、全体として新しい貴重な知見が得られたよい研究である。 中間結果からさらに進展し、全体として、モデルや衛星観測のバイアスを含む不確実性の評価にとどまらず、観測でも、解析でも、将来予測でもそれぞれに新知見を生み出した。すでに掲載された原著論文も多数にわたっており、期待以上の学術的な成果である。「オゾン破壊に係わる科学アセスメント:2010」への反映も十分期待され、政策的にも高い貢献をすると思われる。 政策への活用という点ではサブテーマ(3)「オゾン層変動の再現性と将来予測精度の評価に関する研究」の成果が優れている。サブテーマ(1)「熱帯対流圏界面領域における水蒸気変動に関する研究」、(2)「成層圏大気の滞留年代の決定に関する研究」では今後科学的論議を活発にする観測データが得られたが、政策への活用という点では評価は低い。サブテーマ(4)「太陽放射と極振動によるオゾン分布の変動解析に関する研究」の解析研究結果は新規性に乏しい。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:B-071 廃棄物分野における温室効果ガスインベントリの高度化と削減対策の評価に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:山田 正人 ((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

       我が国が温室効果ガス排出削減目標を達成するためには、対策導入の効果を最大化する戦略を練らなければならない。また同時に、途上国等に対するクリーン開発メカニズム(CDM)事業を進めることも重要である。本研究では、温室効果ガス削減対策の効果がより正確に反映されるインベントリの算定法の提示と、国内とアジア途上国の廃棄物分野における削減対策の立案と評価のため、野焼きや東南アジアの埋立地などからのメタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)の排出係数の把握、焼却処理や排水処理からの温室効果ガス排出係数の見直し、埋立地の埋立工法によるメタン削減技術の評価、また、総合評価のためのライフサイクルアセスメントの導入を以下の3つのサブテーマにおいて進めた。
    (1)我が国の廃棄物ストリームにおける窒素フローの評価とN2OおよびNH3の削減対策の評価
    (2)我が国の排水ストリームにおける炭素・窒素フローの評価とCH4およびN2Oの削減対策の評価
    (3)アジア途上国の廃棄物ストリームにおける炭素フローの評価とCH4の削減対策の評価

    2.研究の達成状況

    (1)一般廃棄物において,最終処分場に一年で持ち込まれる廃棄物中の窒素の68%程度が直接埋立によって持ち込まれており,中間処理における窒素の制御が重要であることを示した。廃棄物焼却施設では完全燃焼化を図ったダイオキシン類対策以降でN2OとCH4の排出係数が約1桁減少しており、廃棄物処理の高度化と排出削減の両立が確認された。堆肥化施設からのN2O排出係数を技術ごとに示した。日本国内の廃棄物埋立地の一次分解速度定数は0.06-0.16 /yearと評価された。内部水位の変動がある埋立地でCH4の1/100程度のN2Oの排出が確認されたが、準好気型管理との関連性は確認されなかった。
    (2)終末下水処理場からのCH4およびN2O排出係数と削減効果を技術、運転方式、規模別に整理した。コミュニティ・プラントの現地調査により排出係数を整備した。以上により、技術分類毎のCH4およびN2O排出係数マトリックスを完成させ、排出量削減効果を明らかにした。また、終末処理場における様々な処理プロセスは、富影響化指標と地球温暖化指標がトレードオフの関係にあることを示した。
    (3)熱帯域の埋立有機物の一次分解速度定数0.33/yearを示した。覆土穿孔前後のガス組成とフラックスの計測により、覆土のメタン酸化率(OX)と好気性分解補正係数(MCF)を評価する手法を示した。有機物の埋立回避策として、最初に生物処理が導入され、処理率が向上すると焼却処理が導入される世界的な傾向を示した。ベトナム国において代替シナリオを導入した際の温室効果ガス排出量を評価し、準好気性埋立がメタン回収嫌気性埋立と比較して、温室効果ガス削減において競合可能な技術であることを示した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       課題全体として、従来、明確にはわかっていなかった廃棄物からのGHGインベントリ、特にCO2以外の温室効果ガスN2OとCH4について、N2Oの排出メカニズムやCH4と細菌との関連を突き止めたことは価値がある。さらにアジアの開発途上国の廃棄物に関して、定量的にGHGインベントリ情報を収集できたことは今後の我が国からの国際援助の観点からも高く評価できる。覆土のメタン酸化率(OX)と好気性分解補正係数を評価する手法を確立した。得られたOXはIPCCのデフォルト値よりも大きいなど、真の値を求める努力が見られる。わが国のN2O排出量が大きいのではないかと心配されているが、本研究は、現状では排出量は少ないことを明らかにしており、重要な成果と考えられる。
       大気N2O、CH4の多様な発生源と複雑な排出過程から、本課題の調査がまだ一部の個別的事例にとどまっていてもやむを得まい。削減対策も部分的なものであろうが、知見の蓄積には貢献している。しかし、(2)のサブテーマに関しては、その成果の学会誌等への発表が極めて少ない。
       N2O排出メカニズムについての研究結果から、埋め立て層の環境変化で排出が増加することも考えられるとしていることから、今後、環境変化にともなう実測結果を発表するなどの努力が必要ではなかろうか。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:B-072 森林減少の回避による排出削減量推定の実行可能性に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:松本 光朗 ((独)森林総合研究所)

    1.研究概要

        現在、地球温暖化交渉において注目を浴びているREDD+(途上国における森林減少・劣化からの排出の削減、森林保全・持続可能な森林経営・炭素増強)について、森林減少が進行中のメコン周辺国を対象として、リモートセンシングによる森林減少のモニタリング、排出量の推定、ベースラインの設定、排出削減可能量の推定といった技術面についての実行可能性と、途上国における森林減少や森林劣化の実態やその発生プロセス、ガバナンスをふまえた制度面からの実行可能性を明らかにし、REDD+に係わる様々な技術や制度の利点や限界、適用条件等を整理する。
      この目的のため以下の4課題を設定した。
     (1)リモートセンシングを用いた森林減少と排出量の推定手法の検討
     (2)森林減少のベースラインの設定手法の検討
     (3)森林減少および森林劣化の発生プロセスの社会経済的分析
     (4)既存枠組みとガバナンスをふまえた「森林減少の回避」制度の実行可能性の検討

    2.研究の達成状況

       森林減少・劣化に伴う森林炭素排出量の推定手法について、東南アジア地域に適用可能な手法として、従来一般的に用いられてきた「成長量-損失量法(デフォルト法)」ではなく、繰り返しの炭素蓄積量推定からその変化量を吸排出量とする「蓄積変化法」を適用した手法を提唱した。これを基礎として、森林減少・劣化の形態別に異なるアプローチを取る排出量推定スキームを開発するとともに、各アプローチの特徴と限界、実行可能性をとりまとめた。技術的視点からみたREDD+の実行可能性は、森林減少・劣化の原因とコストとをふまえた手法選択によるところが大きく、対象地域で入手可能なデータを活用した手法選択が重要であることを明らかにした。
       REDD+における排出削減量を評価するためのレファレンス・レベル(ベースライン)の設定方法について、タイの過去50年間の地域の社会経済因子から森林減少を推定する計量経済モデル開発した。加えて、REDD+の実効性のためにはレファレンス・レベルが単に森林の増減を表すだけでなく、住民レベルの活動に対応できるような指標の必要性を指摘した。 カンボジアとラオスにおいて、森林減少・劣化の直接要因・背景要因、関係アクター、土地利用変化などから発生プロセスを社会経済的に分析し、REDD+制度が盛り込むべき視点および制度運用上の留意点をチェックリストの形で提示した。社会経済的視点からは、REDD+の実行可能性は、チェックリストのポイントに対する留意や解決よるところが大きい。
       さらに、REDD+がもたらすインセンティブの配分方法として、基金と市場を併用する「ハイブリッド・インセンティブ・メカニズム(HIM)」を提案し、トリプルベネフィットの観点からのプログラム評価、およびレジティマシー(正統性)の向上策の考案をREDD制度設計のポイントとして提示した。これをラオスで試行し、インセンティブ分配手法を提案した。
       以上の成果や見解を、REDD+に関する国際交渉や気候変動枠組条約(UNFCC)やIPCC専門家会合等で示し、その一部がUNFCCCの補助会合(SBSTA)におけるREDD+の方法論に関する合意文書に反映された。

    3.委員の指摘及び提言概要

       REDDの政策立案・推進に必要な知見のいくつかが得られ、森林管理の方法論が見えてきたように思われる。今後重要度が増すと考えられる「森林減少の回避」に関し、一定の研究蓄積が評価できる。
       サブテーマ(1)は、実際に森林減少を推定する方法論の検討が行われており、その研究の成果が評価できる。炭素蓄積の推定手法の検討比較が推定を実行する際の有意義な情報を与えている。衛星画像のサンプリングの問題分析も有意義である。炭素蓄積の推定手法は、いずれの方法も弱点があるため、新しい技術開発への展望も研究成果に含めるとさらによかったと思われる。サブテーマ(2)において、航空写真で時系列的に土地利用変化を把握したことは評価できる。実態把握に基づくREDD+の実施体制への提言は説得力がある。しかし、 (2)から(4)のサブテーマは、東南アジアでの現地の統計データを利用して、テーマの目的を達成しているが、その成果の発表の数が極めて少ない。
       参画された研究者がこの成果を生かして自国の制度設計などに関わってほしいし、今後、環境省としてはそのような活動を支えるような支援も望まれる。発生プロセスの社会経済分析、制度の実行可能性については、山岳焼畑地域の食糧問題や貧困問題に踏みこんだ分析が望まれる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  
      サブテーマ1:a  
      サブテーマ2:a  
      サブテーマ3:b  
      サブテーマ4:b


    研究課題名:B-073 土壌呼吸に及ぼす温暖化影響の実験的評価(H19-21)

    研究代表者氏名:梁 乃申 ((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

       IPCC第4次レポートでは、気温の上昇に伴い土壌有機物分解(微生物呼吸)が促進されるという"正のフィードバック効果"により、大気中のCO2濃度が従来の予測値より更に増加する可能性が指摘されている。しかしながら、現状の将来予測は不確実性が極めて大きく、予測の信頼性向上が望まれている。
      本研究では、代表的な森林生態系を対象に、温暖化操作実験を行うとともに、主な森林生態系から土壌サンプルを採集し、インキュベーション実験を行う。また、大型のオープントップチャンバーを用いて、高温・高CO2環境下での植物生産と土壌呼吸の同時反応を確かめる。これらの結果から、土壌炭素放出の温度応答メカニズムを生態系ごとに解明し、温暖化した際に我が国のような湿潤な森林生態系が、今まで以上に吸収源として機能するのか、あるいは放出源に転換するかについて定量的な評価を行う。
      本研究は、次の3つのサブテーマからなる。
    (1) 温暖化に伴う土壌呼吸速度の地域的特性の解明
       (1−1) 野外温暖化操作実験
       (1−2) データベースの構築及び土壌呼吸の自動連続測定
    (2) 異なる生態系における土壌微生物活性の変動メカニズムの解明
    (3) 大型オープントップチャンバーを用いた高温・高CO2が土壌呼吸に及ぼす影響評価

    2.研究の達成状況

    (1) 温暖化に伴う我が国の代表的な気候帯や森林生態系における土壌有機炭素放出の応答特性を明らかにすることを目的として、代表的な森林生態系である、最北域の冷温帯針広混交林(北海道大学天塩研究林)、東北地方のミズナラ林(青森県岩木山南山麓)、北陸・甲信地方のブナ林(新潟県苗場山)、関東地方のアカマツ林(茨城県つくば市)、中国地方のアラカシ優占林(広島県東広島市)、および九州地方のスダジイ林(宮崎大学田野フィールド)を対象に、野外での温暖化操作実験を行った。土壌が昇温していない対照区に比べて、温暖区における土壌微生物呼吸速度は昇温1 Cあたり、北海道地方の針広混交林、東北地方のミズナラ林、北陸・甲信地方のブナ林、関東地方のアカマツ林、西日本の常緑カシ林、および九州地方のスダジイ林では、それぞれ平均24%、4.5%、5.1%、5.1%、5.4%、11.3%増加したことが観測された。
    (2) サブテーマ(1)のような定点的な温暖化操作実験の結果を全国規模に拡張するため、日本列島を網羅する72ヶ所の森林から不攪乱の状態で合計約1,500本の土壌コアを採集し、大型インキュベーション室を用いて土壌培養実験を行った。補正緯度が高くなるほど土壌呼吸速度が高い傾向が見られた。また、森林における土壌呼吸のQ10値は全国で2.66 0.58であった。そのうち、常緑広葉樹林では平均2.74、針葉樹林で平均2.61、落葉広葉樹林で平均2.59のQ10値を示した。
    (3) 広島大学実験圃場内に設置された大型精密オープントップチャンバー6基を用いて、温暖化現象としての高温・高CO2環境下で、西日本を代表するアラカシ幼齢群落の生産と土壌呼吸の反応を同時に確かめた。昇温3℃で、CO2濃度1.4倍では、現環境と同様にCO2の吸収源でありえるが、 IPCCの予測する21世紀後半の環境下(CO2濃度が1.8倍ほど)では、瀬戸内海地方の常緑カシ林の森林土壌が炭素の大きな放出源になりうることが示唆された。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本課題は、地球温暖化が進行した際に、日本の森林生態系の土壌呼吸がどのように応答するかを実験的に検討したものである。
       野外温暖化操作実験では、北海道の針広混交林から九州のスダジイ林に至るタイプの異なる6種類の森林生態系を対象に、土壌呼吸速度を自動開閉式の土壌呼吸測定装置を用いて周年観測している。その際、無処理区に加えて、赤外線ヒーターによる加熱区、加熱+根切り処理区を設定して操作の効果を調べている。独自の土壌呼吸測定システムの開発は高く評価できる。(3)オープントップチャンバーの実験は、若齢林に限られたものであったが、ある意味で温暖化実験としては最も相応しいものである。総合して、非常に緻密な実験であるとともに、土壌呼吸の計測はこれまで地域が限られていただけに貴重な成果が得られており、学術的に意義がある。また、これらの成果の一般への啓蒙効果は高い。以上、課題全体として、土壌呼吸に関して現地観測に基づく今までにない新しい知見が得られている点で優れた研究である。
       しかし、これらのデータから規則性を見出すことは難しかったようであり、課題としての統一がやや不十分である。 (3)は、他のサブテーマの成果との連携が必ずしも明らかでない。北の積雪地帯では雪に覆われる冬の測定は行っていない。さらに言えば、温暖化は土壌のみに影響するのではなく、森林全体に影響するので、このような制約に留意して実験結果を見る必要がある。
       今後、土壌呼吸の影響をグローバルに評価するために、世界の地表面に対しての日本タイプの土壌の面積比率と世界の種々の土壌の中における日本タイプの土壌の(土壌呼吸の観点からの)位置づけに関する考察を進めてもらいたい。土壌微生物の生態系は複雑であり、項目を追加しながらデータを蓄積していくことも必要であろう。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:B-074 アジア地域における緩和技術の統一的な評価手法の開発に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:遠藤 栄一 ((独)産業技術総合研究所)

    1.研究概要

       中長期目標に示されるような大幅な温室効果ガス排出削減のためには、生活様式や社会システムの変革にまで踏み込んだエネルギー需要の低減とともに、革新的なエネルギー技術の導入が不可欠である。しかし、このようなエネルギー需要の低減や技術開発は不確実性を伴い、大きな社会的負担も見込まれている。一方、クリーン開発メカニズム(CDM)を始めとする京都メカニズムは、より確実で費用対効果の高い方策として、既に活用が進んでおり、その基本的な枠組みは、2013年以降の次期枠組みでも維持されるものと考えられる。特にCDMは、技術移転による発展途上国での直接的な温室効果ガス排出削減だけでなく、SOx、NOx等の大気汚染物質の排出削減によるコベネフィットにも注目が集まっている。一方、過去に実施されたプロジェクトでは、CDMなど京都メカニズムの利用は対象とされていなかったり、アジア地域のCDMの評価はなされているものの、エネルギー供給技術によるものは対象となっていない。
    以上の背景から、本研究課題では、エネルギーシステム分析及びライフサイクルアセスメント(LCA)という二つの手法を組み合わせることによって、一連のCDM技術評価手法として開発することを目的とする。また、開発した手法をアジア地域におけるエネルギー供給技術によるCDMのクレジット供給可能量評価および費用便益分析に適用することによって、その有効性を実証することを達成目標とする。サブテーマは次の三つである。
    (1) トップダウン型のエネルギー需給モデルを用いた緩和技術の評価に関する研究
    (2) ボトムアップ型のエネルギーチェーンLCAモデルを用いた緩和技術評価に関する研究
    (3) ライフサイクル影響評価モデルを用いた緩和技術導入による影響低減評価に関する研究
       具体的には、サブテーマ(1)でエネルギーシステムモデルの日本MARKALモデルとアジアGOALモデルとを用いて、2020年頃に我が国がアジア地域に求めるCDMクレジットの必要量、アジアにおける地域別・技術別CDMクレジット供給可能量を評価するとともに、サブテーマ(2)と(3)とで、ライフサイクルアセスメントモデルのエネルギーチェーン多層評価システムと日本版被害算定型ライフサイクル影響評価手法(LIME)とを適用し、2020年頃のアジアでCDMクレジット供給可能量の多い地域・エネルギー供給技術のCO2排出削減による影響緩和を、SOx、NOx等の大気汚染物質の削減によるコベネフィットも含めて、建設費、運転保守費等の追加的費用に対する費用便益として、定量的に評価する。ケーススタディでは、2020年頃に中国、インドにおいて、再生可能エネルギー発電、先進的火力発電によるCDMが実施されるものとして開発手法を適用し、その有効性の実証を目指す。

    2.研究の達成状況

       日本MARKALモデルでは、マクロな対策費用に相当する、システムコストとCO2排出量とのトレードオフ係数をパラメータとする感度解析を通して、エネルギー起源CO2排出量の削減可能性を明らかにし、中期目標との差分から、我が国のCDMクレジット必要量の目安を得た。アジアGOALモデルに関しては、中国、インドをホスト国とする発電技術によるCDMを対象とし、CDMプロジェクトの成立要件である、追加性に関する制約条件をモデルに組み込むことによって、ベースライン、クレジット価格、クレジット期間、売電価格等を考慮できるCDM評価手法を開発した。特に中国については6大電力網の電源計画モデルを開発し、SOx、NOx排出削減という環境対策による最適電源構成、ベースライングリッド排出係数の変化を分析できるようにし、CDM評価精度の向上をはかった。得られた排出係数に基づいて、中国における再生可能エネルギー発電や先進的火力発電による地域別・技術別のCDMのクレジット供給可能量を評価した。
       アジア地域において大きなクレジット供給可能量があると評価された地域・技術によるCDM対して、エネルギーチェーン多層評価システムを用いて、ライフサイクルアセスメントを実施した。具体的には中国の山西省、新疆ウイグル自治区、上海市、重慶市、遼寧省、広東省、インドではデリー、ムンバイ、コルカタの計9地域で、それぞれに石炭ガス化複合発電、天然ガス複合発電、超々臨界圧石炭火力発電を用いた新規プラントが建設される場合を想定し、ライフサイクルでの建設費、運転保守費、燃料費等の追加的費用、およびCO2、SOx、NOx排出削減量を定量的に明らかにした。
       ライフサイクルアセスメントの結果で得られた排出削減を便益やコベネフィットという経済的価値に変換するためにLIMEを用いることとし、現在の日本における被害係数・経済評価係数に基づくLIMEをアジアの将来に適用できるよう、便益移転の考え方に基づいて、所得弾性値の文献調査を行うとともに、中国・上海及びインド・デリーで500サンプルの社会調査を実施し、健康リスク回避のための支払い意思額から所得弾性値を推定した。中国・上海で先進的火力発電がCDMによって新設導入されるものとして、係数を所得弾性値で調整したLIME、ライフサイクルアセスメントの結果、及びモデルで推定された将来のベースライングリッド排出係数等に基づいて、コベネフィットを含む費用対便益を分析した。
       以上の研究を通して、当初の目標をほぼ達成するとともに、成果を査読付き国際会議プロシーディングスを含む計5編の査読付き論文として発表した。今後、環境省の日中や日本インドネシアの「コベネフィット研究とモデル事業の協力実施」に手法面で貢献することが見込まれる。

    3.委員の指摘及び提言概要

       サブテーマ(3) ライフサイクル影響評価モデルを用いた緩和技術導入による影響低減評価に関する研究での支払意志額の推定は、苦労して研究したことがわかるが、政策評価のためには、この種のアプローチの限界に対し、どう対応するか、パラメータにかなりの推定誤差・不確実性が伴うことから、それらへの対応を今後、検討してほしい。
       エネルギーシステムモデルとサイクルアセスメントモデルを統合的に運用し、CDM技術評価を行う手法を開発し、実証例を示しており、今後の発展と応用・実施を期待する。
       3つの課題ともに、モデルを用いて将来的なエネルギー需給を予想しようとしている。この種の課題での成果として得られた予想についての推定の精度や確実性についての評価の方法論が伴っていない。従って、単にモデルからの予想を示しているに過ぎないのではないか。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:D-071 市民と研究者が協働する東シナ海沿岸における海岸漂着ゴミ予報実験(H19-21)

    研究代表者氏名:磯辺 篤彦 (愛媛大学)

    1.研究概要

       本研究では、地域住民や市民団体の協力を得て、東シナ海に面した五島でゴミ漂着量定点調査を実施する。そして、調査結果をもとにコンピュータ・シミュレーションを用いてゴミ発生源や発生量を逆算し、さらにゴミ漂着時期予報システムの運用を図る。また、短波海洋レーダーによる洋上におけるゴミ集積位置(潮目)の検出技術や、セスナ機やデジタルカメラ搭載のバルーン、あるいは海岸に設置したウェブカメラによる漂流ゴミ監視技術の開発にも取り組む。
      本研究では、海岸や洋上での効率良いゴミ回収計画の提案を行う。また、ゴミ発生場所の特定は、海洋投棄ゴミの削減に向けた東アジア各国での市民教育にとって、重要な情報提供となり得るものである。

    2.研究の達成状況

    1. 双方向粒子追跡法と未定乗数法による、漂着ゴミの発生源・発生場所・発生量の逆推定手法を開発した。
    2. 漂着ゴミの漂着量を再現し、あるいは一カ月先までの漂着量を予報する数値モデルを開発し、5のウェブカメラで解析した漂着ゴミ量の時系列を用いて精度検証した。ウェブカメラによるモニタリングと予報技術を用いて、効率のよい海岸清掃事業を提案した。
    3. 研究者と地域住民やNGOとの協働作業による海岸漂着物データの取得が、その後の科学的展開に耐えうる水準になることを証明した。
    4. HFレーダー観測と力学系理論を応用したゴミ集積海域の特定方法を提案した。具体的には、Finite-time Lyapunov Exponent (FTLE)の計算に基づくLagrangian Coherent Structure(LCS)のマッピングを行い、LCSと空撮による漂流ゴミ分布との比較を行うことで本提案方法の精度検証を行った。
    5. ウェブカメラによる90分間隔の一年半にわたる海岸ゴミ被覆面積の時系列作成に成功した。これによって、漂着ゴミの増減要因を解析する研究に道を拓いた。
    6. セスナ機やバルーンを用いた空撮で、洋上から漂流物を準リアルタイムに検出する技術開発に成功した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       各サブテーマが研究成果を上げるとともに、サブテーマ間において相互の成果を有効活用することにより、研究成果を高めており、課題全体としてのまとまりも一定程度達成できた。本研究の学術的意義は、海洋物理学の知見や技術を駆使して漂着ゴミの発生源と量、漂着場所、漂着量予測モデルの開発、集積海域の特定方法の開発等に成功したことにあり、その成果を多数の学術論文として投稿し国内外に情報発信したことも高く評価される。また、地域住民やNPOと協力して本研究を推進し、研究の成果を地域に還元したことは重要な社会貢献であろう。さらに、漂着ゴミのモニタリング技術と予報技術を開発した成果は、国や地域の政策へ反映されるとともに、国際機関の環境政策への波及効果も期待される。
       しかし、中間評価で指摘された国際的な取り組みが見られなかったのは残念である。"NGO/CBO/地域住民と連携した・・"部分の成果がいまひとつ有効であったか判然としない。成果は得られているが、どのように活用するのか、どのように展開して行くべきなのか、明確にする必要があろう。
       今後の活動として、国際シンポジウム等の学術集会を開催し、国際社会が協調してこの問題を解決する方途開拓に寄与することが望まれる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:D-072 大型船舶のバラスト水・船体付着で越境移動する海洋生物の動態把握と定着の早期検出(H19-21)

    研究代表者氏名:川井 浩史 (神戸大学)

    1.研究概要

       近年、海運のグローバル化・大量高速化に伴い、様々な海洋生物が国や大陸を超えて越境移動・定着し、移入先で既存生態系の脅威となっているが、移入媒介者や起源国の特定には困難が伴い、また定着・拡散過程に関する情報も極めて乏しい。そこで本課題では、国際航路の大型輸送船によって媒介される海洋生物移入の実態を明らかにし、移入の早期検出や軽減のための方策検討に有効な資料を得ることを目指して、以下の調査研究を実施した。すなわち、主として日豪航路の大型輸送船を対象にバラストタンク内の有害植物プランクトン・カイアシ類と船体表面に付着する主要底生生物(海藻類・フジツボ類など)の動態と寄港港湾における移入生物の定着実態について調査を行い、代表的な船体付着生物であるフジツボ類の移入リスクアセスメントを実施した。また、遺伝子解析により代表的な移入海洋生物の存在を高感度で検出し、その起源を解明するための手法の検討を行った。また、生物殺滅成分を含まない塗料の利用拡大が、船体付着生物の移入動態や環境に及ぼす影響と、防汚塗料以外の方法で船体付着を防ぐ方策について検討したほか、本問題に関する国際的な規制にむけた議論に関する情報収集を行った。サブテーマは次の7つである。
    (1)海藻類の移入・定着の現況把握と起源・拡散経路の推定、船体付着防止策の検討と環境におよぼす影響の評価(神戸大学)
    (2)有害植物プランクトン移入種の定着・拡散とバラストタンク内堆積物の動態解析(国立環境研究所)
    (3)バラスト水による海産動物の導入・定着に関する研究(広島大学)
    (4)バラスト水・船体付着によるフジツボ類の越境移動((株)海洋生態研究所)
    (5)分子マーカーを用いたフジツボ類の起源・移動経路の解明(千葉大学)
    (6)バラスト水管理条約批准後のバラスト水による生物移動量の推定(東京大学)
    (7)国際物流に伴う生物フロー解析とバラスト水・船体付着管理手法の検討(東海大学)

    2.研究の達成状況

    1)船舶を介して移動・移入する生物の動態と起源の解析
       船体表面と自然集団から採集された生物種の遺伝子型を比較する手法により、代表的な船体付着生物であるフジツボ類のうち中米原産種であるココポーマアカフジツボがすでに日本に移入し、自然海岸にも侵略的に拡散していたことを発見した。海藻類では日本における代表的な移入海藻とされてきた褐藻ヒラムチモが在来種であると考えられる一方、ニュージーランドにおける地元研究者による解析で在来種とされた緑藻アナアオサと、北米に分布する褐藻ムチモが日本周辺からの移入集団であることを明らかにした。また、節足動物カイアシ類は現時点では海外からの日本の港湾への移入は確認されなかったが、Pseudodiaptomus marinaの北米へ移入した集団が日本沿岸に起源する可能性を示した。
    2)移入海洋生物の移入の早期検出とリスクアセスメントに関わる研究
       移入海洋生物を水際で早期に検出するため、北太平洋海洋科学機構 (PICES) で標準化を目指している底生生物の付着基盤を国際港湾に設置し、そこに着生した底生生物のうちフジツボ類・アオサ類などについて遺伝子マーカーを用いて環境試料から同定する手法の開発を行った。また、バラストタンク内や港湾の底泥に含まれる休眠状態の有害植物プランクトンを、培養実験による方法で多様性を解析し、バラスト水処理に関する国際条約の発効後に予想される移動量について考察するとともに、リアルタイムPCRにより環境試料から高感度に、かつ定量的に検出する手法を開発した。また、日豪航路の大型船舶を媒介者としてフジツボ類が日本の港湾へ移入するリスクをモデルにより推定し、移入リスクが高い種を明らかにするとともに、高リスク種の船体表面での成熟状況などにつき調査した。
    3)船舶を介した移入の軽減に向けた研究
       日豪航路の大型輸送船に生物殺滅成分を含まない新規塗料をパッチ塗装し、試験区周辺の従来型の塗料(生物殺滅成分を含む)との生物付着防止機能の違いを2年間にわたり、潜水調査により比較した。その結果、大型生物の付着防止能力に大きな違いは認められなかったが、両表面から採取された付着藻類を培養し、DGGE法などを用いた遺伝子解析により同定した結果、塗料の違いにより付着藻類の種類には顕著な違いが認められ、新規塗料の利用拡大が移入生物相に及ぼす影響について考察した。また、防汚塗料以外の方法で船体への生物付着を軽減するため、界面活性剤を用いた処理法を検討するとともに、付着防止に効果的な船舶の運行手法について検討した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       新たな知見もかなり得られるなど学術的意義があると共に、それらよるバラスト水や船体付着物に対するより適切な対応を示しており、政策的に高い意義があると思われる。
       研究課題がバラスト水と船体付着、海洋生物の動態把握と定着の早期検出とそれぞれがダブルになっており、網羅的である。このため、サブテーマの構成も網羅的である。サブテーマそれ自体の成果は有意義であるが、課題全体の成果は個々のサブテーマの寄せ集めの感がある。船舶による外来種の研究は、極めて広範囲に広がると思われるが、環境省の施策として行う研究をどこに絞るかの検討が必要であろう。
       本研究課題の大目的の1つである早期検出に関する成果が明確でない。やや不満であるが、全体としてみれば概ね良好な成果をあげており、学術的・社会的貢献は十分果たしている。環境政策への貢献とくにIMOによるバラスト水管理条約の批准に向けて一定の貢献を果たしたことは高く評価される。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    iii.革新型研究開発領域

    研究課題名:RF-081 サンゴ骨格による古気候復元と大循環モデルの統合による気候値復元と予測に関する研究(H20-21)

    研究代表者氏名:横山 祐典 (東京大学大学院)

    1.研究概要

       熱帯・亜熱帯地域は過剰な熱量を南北へと輸送するいわば、地球の熱源の役割を果たし、また、ENSOなどの地球規模の大きな環境変動に大きな影響を与える。そのため、熱帯・亜熱帯における海洋の動態を知ることは極めて重要である。しかし、熱帯・亜熱帯地域の水温・塩分といった観測データはせいぜい数十年程度までしかさかのぼることができない。それより以前の環境情報を知るためには、間接指標を用いる必要がある。現在まで間接指標として、アルケノン・有孔虫・石筍などを用いて、さまざまな古環境復元の研究がおこなわれてきたが、近年、ENSOやモンスーンといった季節性の気候変動解析の必要性が高まり、有孔虫などの海底堆積物では困難な季節変動を復元することが可能なサンゴ骨格を用いた研究が盛んになってきた。IPCC AR4では古気候の章が新たに設けられ、大気海洋結合大循環モデル(AOGCM)と古気候データの比較を盛んに行うことを強く推奨している。そこで、本研究では北西太平洋に位置する琉球列島に属する喜界島のサンゴ、南シナ海ルソン島のサンゴ骨格を用いて、中期から後期完新世における古海洋環境データを復元、また、太平洋タヒチのサンゴを使った過去2万年間の海洋環境復元を行い、AOGCMと比較することで、IPCC AR5でも使用されるMIROCの動作特性を明らかにすることを目的とする。
    サブテーマ
    (1)サンゴ骨格古気候値復元と精度検証、サンゴサンプル採取および海洋物理学的考察に関する研究
    (2)大循環モデル(MIROC)を用いた古気候及び将来予測マップ復元と改良に関する研究

    2.研究の達成状況

       サブテーマ(1)については、特に今回はおよそ3,000年、4,200年、4,400年そして4,600年前のサンプルを分析した。その結果、上記の期間のうち4,600年前を除いて、夏と冬ともに最大で1℃以上水温が低かったことが判明した。安定同位体比を組み合わせた塩分の復元結果は、夏冬ともに現在よりも高い塩分であったことがわかった。また二枚貝の成長速度を使った研究によっても、水温変動すなわち黒潮の盛衰にともなう北西太平洋域の水温変動が支持された。さらに、黒潮の変動と流域における環境変遷について、時間分解能は低いが、連続的な記録が得られる海洋堆積物を用いた研究の結果からも、当該海域の水循環変化が、黒潮および海洋表層水温の変動と密接な関係にあることを明らかにした。
       また、化石サンゴ記録の復元精度チェックのために採取を計画した現生サンゴだが、幸運にもこれまでに報告された現生ハマサンゴ記録の中で最も長い420年を超える記録を持つハマサンゴ群体を採取することができた。 一方、黒潮の上流域であるフィリピンのルソン島のサンゴについての研究も行った。ルソン島北部、クリマオにて採取されたハマサンゴ群体について、XRDなどのチェックを行ったあと、放射性炭素年代測定と酸素同位体比測定を行った。その結果、サンゴ群体は、採取を予定していたおよそ6,000年前の記録を持つことがわかり、季節変動記録もオリジナルなものを保持していることがあきらかになった。酸素同位体比変動の結果は、当時が現在より重い同位体比を持つことを示しており、西太平洋の北部である喜界島で得られた記録と整合的なものとなった。
       気候変動予測モデルにおいて未だに予測が困難である事象のなかに、将来の気候平均場がある。IPCC AR4では例えば複数のGCMの結果を比較して、La-Niña 的になるかEl-Niño的になるか、その変動は大きいか小さいか、という比較を行った結果、いまだに大きなばらつきを持つことが示された。大気二酸化炭素濃度が産業革命以前レベルであり、氷床量の変動が大きく起こっていた最終融氷期(過去19,000-8,000年前)の気候値は、その問題解決に貢献できる重要なデータを提供する。採取が困難なこの時期のデータであるが、代表者が参画した国際プロジェクトにより採取されたタヒチのサンプルの分析により、融氷期の太平洋がLa-Niña 的気候場であったことを、微量金属と放射性炭素年代測定により、初めて直接明らかにした。
       サブテーマ(2)については大循環モデル(MIROC)を用いて気候予測結果を打ち出し、それについての検討を進めながら、境界条件などについての理解を深めることを目標に研究を推進した。このモデルによって得られた過去の気候物理場の条件を使い、酸素同位体比などを含むトレーサの計算を行えるようなオフライン手法の開発に着手した。
       特にMIROCを用いて海洋の酸素同位体比復元を行う為の方法の検討を行った。大気については、MIROCに組み込まれている水同位体比モデルを直接利用し、海洋については、物理場の再計算を行うことなく、MICORCで得られた温度や流速のデータをそのまま利用する"オフライン計算"を行うこととした。上記のうち大気モデルの部分については、河川流量の同位体比の計算を詳細に行わなければ、対象領域全体の同位体分布に影響を与える可能性が大きいという問題点が明らかになった。またオフライン計算により行う海洋のモデリングについては、MIROCで出力された月別の流速データを利用する際に、データの期間によっては外部重力波による流速場の収束・発散が残ることによって、計算を不安定にしてしまうという問題点を明らかにすることができた。
       両者を統合した研究成果として、アメリカ地球物理学会誌のGeophysical Research Lettersに論文を投稿、最近返却されてきた査読結果は、モデルとデータを同じ論文で詳しく比較していることが高く評価され、詳細に関しても問題なく、minor revisionであった。
       上記のように、古気候記録とAOGCMとの密接な共同研究を通じた比較検討が、世界的にも重要視されていることが確認され、上記のGRLを含む、本研究にて得られた成果は、IPCC AR5を前にアピールするものとなったことが、6月に開催されたIPCC WG1のワークショップに代表幹事(全体で5名のうちのひとり)として招聘された際にも強く感じるところとなった。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本課題が目指すサンゴ骨格分析からの古気候復元と、その情報に基づくGCM(MIROC)による古気候再現シミュレーションは、GCMの予測精度を検証する上でも有効であろう。しかし、環境研究総合推進費の研究としては、十分な成果を上げたとは言い難い。今回の研究では、先行研究とは異なり、海水温が低い結果が得られているが、GCMの予測とも整合性があったのか、必ずしも触れられていない。採取したサンゴ骨格のサンプル数が少ないので、復元したと称するデータと大循環モデルの統合が適切に行われうるのかどうか疑問が残る。サンゴ骨格サンプルの採取と分析だけでは、科学的達成度は初歩的なものといわざるをえない。
       酸素同位体をプロキシーとしてモデルに組み込む作業は道半ばであり、全体の精度向上にどれだけ寄与できるか今後の課題である。
       いかにも多くの成果を上げたような構成になっているが、当初計画した研究内容に基づいた成果以外のものが数多く含められているようで残念である。
    サブテーマ(2)のモデル研究に関する報告は、完全に欠落している。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):c  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:RF-082 北限域に分布する造礁サンゴを用いた温暖化とその影響の実態解明に関する研究(H20-21)

    研究代表者氏名:渡邊 剛 (北海道大学)

    1.研究概要

       造礁サンゴの分布の北限域にあたる日本から韓国にかけて、緯度方向の水温勾配を考慮して調査地点を設定し、造礁サンゴの分布様式を明らかにする。その上で、代表的な地点を選定して群集構造を記載し、環境要因との関係を明らかにする。同時に、年輪解析が可能なサンゴをサンプリングし、サンゴ骨格の成長量や密度の違い、骨格に含まれる安定同位体比・微量金属と環境要因との関係を明らかにする。以上により、現在までの水温上昇と海洋酸性化の実態を明らかにし、それらがサンゴ群集と群体に与える影響を評価する。これらのサンゴ分布や環境変化のデータを統合し、他の生態系への影響評価を行う際の基礎データとするとともに、将来の追跡調査の際の比較参照データとする。

    2.研究の達成状況

    1. 北限域に分布するサンゴ群集のうち4地点から、水中サンゴボーリングを行い、得られたサンゴ骨格の酸素安定同位体比を分析し過去の水温の履歴を復元した。また、成長量と密度から石灰化量を求め、温暖化に伴うサンゴ群体の応答を明らかにした。
    2. 代表的な地点を選定して群集構造を記載し、環境要因との関係を明らかにした。
    3. サブテーマ2で明らかになった温暖化影響の指標種(ミドリイシ属サンゴ等)に着目し、既存文献との比較を行い、温暖化の影響とサンゴ群集の応答を明らかにした。
       本研究は、温帯域において、温暖化にともなう水温上昇と酸性化の復元、温暖化が海洋生態系に与える影響評価という、温暖化の実態とその影響の両方の側面において新たな評価ツールと知見を提供するものである。本研究の成果は温暖化の対策のための基礎データとなるとともに、本研究で確立される影響評価は我が国のみならず国外の温帯域に広く適用可能である。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究課題は、温暖化と海洋酸性化の2つの影響を受ける北限域(本州南岸、四国、九州)に分布する造礁サンゴ群集の、1)サンゴ骨格を用いた環境変動の解析、2)北限域でのサンゴ礁の地理的分布、3)データベース化の3つを総合的に行うとしている。2)と3)は温暖化、酸性化が進展したときの基礎データとして重要である。一方、1)は数100年の古環境が骨格から抽出されているが、あまり研究実績のない温帯域でのサンゴによる古環境の解析のため結果はまだ予察的ではあるが、多くの改善・チェック事項をクリアーして温暖化と関連する過去のデータを出したことは高く評価できる。解析手法の有効性が確かめられた点、近年生息域が北上した可能性を示した点、分布の把握と共に情報のデータベース化を進めた点、さらには定点モニタリングサイトの提案をはじめさまざまな成果が得られているのは意義がある。これらの解析をさらに進めて、2)、3)での現在のモニタリングとの関連をより図って行くことが期待される。
       ただ、3)に関しては、報告書が簡単すぎる。また、1)、2)との関連が弱い。海洋酸性化に関しては研究目的の対象に含まれていたものの、特に具体的に成果が示されてない点は若干不十分さを感じる。記述された結果や論文についても、このうちどれだけのものが今回の課題の中で進められたものかが不明瞭である。考察や意義、政策への貢献などに関する記述も従来の知見の範囲に留まっているように見うけられる。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:RF-083 水安定同位体トレーサーを用いた気候モデルにおける水循環過程の再現性評価手法の開発(H20-21)

    研究代表者氏名:栗田 直幸 ((独)海洋研究開発機構)

    1.研究概要

       近年の気候モデルの高精度化に対する取り組みとしては、モデルの高解像度化や、より正確なモデルスキーム開発などがおこなわれてきているが、降水量の再現性を向上させる為の最も直接的な手法としては、各地域の降水プロセスを支配する『水循環過程』を特定し、その「プロセス」が、気候モデルの中で正しく再現できることである。本研究では、水の起源や輸送途中の水循環変化に応じてその値が変化し、かつ観測可能なトレーサーである、水の安定同位体トレーサー(HDO,H218O)を用いて、気候モデルの水循環診断研究を行った。同位体トレーサーは、蒸発・凝結といった物理プロセスで変化し、輸送中は、その値が保存される。よって、気候モデルが、観測される安定同位体比を再現できないとことは、水蒸気の起源、もしくは輸送途中におこる降水量等を正確に再現できていないことを示す。本研究では、同位体トレーサーを使った水循環診断手法の確立を行う為に以下の研究を実施した。
    (1)全球規模の同位体観測データ収集および観測
    (2)同位体トレーサー情報の水循環情報への翻訳
    (3)同位体気候モデルの相互比較実験
    (4)現在気候の再現実験結果と観測値の比較を通じた水循環因子の再現性検証
       また、今後同位体トレーサーを水循環研究にさらに普及させるために必要な、専門的な知識を必要としない同位体計測を目指して、レーザー分光計を用いた現場水蒸気同位体計測手法の開発研究にも取り組んだ。

    2.研究の達成状況

       気候モデルの水循環場の再現性検証のツールとして、水の安定同位体利用の有効性を新しく提案した。熱帯域では、水の同位体トレーサーは、積雲対流活動に伴う鉛直循環の強度に敏感に応答しており、モデル物理過程の不完全性に基づく不確実性が高いこの地域において、その不確実性を高めている原因因子を、同位体トレーサーを使って特定できることを示した。これは、現在の気候モデルで問題になる、不確実性の高い積雲パラメタリゼーション決定において、同位体トレーサーを使った決定法が有効であることを表す。
       また、高緯度域では、同位体トレーサーは、南北水蒸気輸送のよい指標であり、北極振動等の気候変動に伴う水蒸気起源・輸送過程の再現性検証ツールとして用いる事ができることを示した。これは、従来観測結果からは得ることができず、水循環の履歴を保持する水安定同位体トレーサーの最大の利点である。これらは、気候モデルのさらなる高精度化に非常に大きな貢献をすると考えられる。
       さらに、本研究の成果は、古気候研究にも応用が可能である。過去の水安定同位体データは、氷床コアや堆積物、年輪等に保存されており、今回の成果を過去の水循環復元に応用できる。高緯度域では、これまで同位体変化は、気温とよい相関があることから、古気温の指標として用いられてきたが、本研究の解析から、高緯度では、同位体トレーサーは、季節毎の水蒸気起源変化を反映して変動していることが明らかになり、過去の水輸送変化に関する議論を可能にする。熱帯域では、同位体トレーサーは、降水量とよい相関があることから、降水量の指標として考えられてきたが、同位体比変動を支配しているのは、鉛直循環の活発度であり、活発な鉛直循環を引き起こす組織化した対流雲が発生する頻度が同位体比変化を支配していると解釈できる。これらの知見は、同位体プロキシーを使った古気候復元研究に対して、新しい解釈を提供する。

    3.委員の指摘及び提言概要

       水同位体の測定を実施し、水同位体比を組み込んだ全球気候モデルを稼動させ、実測データとモデル計算との比較によって水循環過程の理解を深めることができることを示した。広域水循環の観測、およびそれに基づいた気候モデルの検証に有用な手法を提示している点が評価できまた、今後の発展が期待できる。全球気候モデルにおける今後の発展が期待できる。
       水循環プロセスを水の同位体の観測で理解しモデルの不確実性の削減に結びつける試みは成功しており、その点で期待通りの成果を挙げていると評価出来る、一方、水同位体の水循環モデルへの組み込みは、10を超える研究グループで行われており、その中でこの研究のパフォーマンスはどの程度なのかの記述も欲しかった。
       本研究の主眼ではないが、対象である水循環過程について新たに得られた知識も強調した方が研究の意義が分かりやすい。

    4.評点

       総合評点:
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性): b


    事後評価 第2研究分科会<環境汚染>


    i.環境問題対応型研究領域

    研究課題名:大気-02 自動車道路近傍における大気環境計測用小型高感度半導体式NO2ガスセンサの開発研究(H18-20)

    研究代表者氏名:山岸 豊 ((株)堀場製作所 )

    1.研究概要

       道路沿道大気中におけるNO2濃度は、新型ディーゼル車からのNO2排出増加やオキシダント濃度上昇によるNOの酸化促進などのため低減は難しい状況にあり、NO2の動態を把握して対策を講ずるには小型で安価な計測器を多点に配置して計測するシステムが必要である。それを可能とする計測手法の有力な候補として半導体ガスセンサがあるが、市販ガスセンサは検知可能濃度下限がppmレベルであり、数十ppb程度が一般的な濃度レベルである大気中のNO2を計測することは困難であった。
      堀場製作所は立命館大学及び国立環境研究所と共同で、MEMS構造ダイヤフラム上にくし型マイクロ電極、加熱用ヒータを設けたセンサチップを搭載したppbレべルの大気中NO2が計測可能なガスセンサを試作し、実際の道路沿道環境において従来分析計と比較実験評価よってセンサの基本性能を明らかにする。
      これにより、きめ細かな対策やセンサ情報による交通量の制御、沿道の建物の換気制御などの健康リスク低減策を通じて、安全・安心な生活環境の確保に貢献しようとするものである。

    2.研究の達成状況

       NO2センサとして最適なセンサを試作し、ガス検知特性、温度・湿度・流量・干渉ガス等の環境影響を調べ、その結果をもとに大気中のNO2を計測するための最適なセンサユニットを製作し、実大気を連続測定することにより、NO2ガスセンサの性能評価と実用上の課題を抽出し、その対策を検討した。また、感応材料であるWO3の4種類の結晶粉体の調製によりNO2の計測に最適な結晶粉体を決定した。さらに昇温脱離法、X線光電子分光を用いて、NO2吸着及びセンサドリフト原因となる水分吸着について明らかにした。
      試作センサは国立環境研究所の構内および沿道大気環境観測施設(神奈川県川崎市臨港警察署前交差点)において実用性評価を実施した。センサを約半年間断続的に連続動作させ、従来法NO2分析計に極めて近い値を示し、ほぼ同等の測定精度を有することが確認できた。一方でセンサドリフトも見出されたが、アニール処理により影響の補正・抑制が可能であることを見出し、大気中汚染NO2監視用のガスセンサとして実用可能であることを示すことができた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究の成果として、道路沿道大気中NO2の動態把握のための小型で、安価かつ多点配置を可能とする半導体ガスセンサシステムを開発し、大気環境中のppbレベルのNO2が測定できるようになったこと、および水蒸気やオゾンの干渉を除く方法がほぼ解決したことは評価できる。また、開発プロセスもセンサチップに用いる結晶構造の基礎研究や試作機によるフィールド観測という基礎と応用の両面から研究を推進している。ただし、WO3のNO2選択性、湿度の影響、気圧変化に対する応答など、まだ解決すべき問題点も残されている。
      従来装置に比べて十分に小さくなったことは具体的に示されているが、コストに関する評価および製品としてのイメージが示されていないのが残念である。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:水-03 バイポーラ膜を用いた電気透析による排水中からのホウ素除去技術の開発(H20-21)

    研究代表者氏名:柳沢 幸雄 (東京大学大学院)

    1.研究概要

       WHOによる飲料水水質ガイドラインの設定を受け、1999年に「水質汚濁に係わる環境基準」が改正され、人に係わる環境基準(健康項目)にホウ素及びその化合物が追加された。我が国ではホウ素及びその化合物の環境基準は1.0 mg-B/Lに設定されている。また、2001年には陸水域へ放流される産業系排水について10 mg-B/L、海域へ放流される産業系排水について230 mg-B/Lの一律排水基準が設置された。また、一律排水基準を直ちに達成することが困難な業種に対しては、50〜500 mg-B/Lの暫定排水基準が設置されている。
      このような現状から、造水施設や排水処理施設において水溶液中のホウ素に対する処理を施すことが求められるようになってきている。本研究では、排水中からのホウ素除去にバイポーラ膜を用いた電気透析法を適用したプロセスを提案し、その技術確立を目的とした試験及び評価を行った。

    2.研究の達成状況

       まず、BMED法を用いた電気透析法によるホウ素除去プロセスの妥当性について、単位電気透析セル物質輸送モデルを構築し理論的検討を行った。また、ホウ素除去条件がBMED法によるホウ素除去プロセスの性能にどのような影響を及ぼすのかについて市販膜を用いた実験を行い、検証した。さらにホウ素と親和性の高いPVA(ポリビニルアルコール)膜の試作を行い、それを用いたホウ素除去試験を行った。それらの実験結果に基づいてBMED法によるホウ素含有排水の処理コストの見積もりを行った。
      計算の結果、処理コストはpHの増加、印加電圧の低下、初期ホウ素濃度の増加、塩化物イオン濃度の増加に伴って増加することが明らかとなった。計算結果を既存のホウ素除去技術の処理コストと比較した結果、BMED法によるホウ素除去技術が、コスト面で既存技術に対して対抗しうることを示すことができた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       水質汚濁に係わる環境基準の達成が困難な状況にある排水中からのホウ素の除去技術として、バイポーラ膜を用いた電気透析法の適用を着想した点はユニークで評価できるが、電気透析法は、技術が旧来からあるもので、対象物質がイオン化したホウ素化合物である点を除けば、工学的に特に新規性は見いだせない。しかし、理論的検討、BMED実験装置の設計・製作、実験が精緻に行われて、プロセスの評価、コスト試算までが厳密に行われており、技術開発としての意義は認められる。ただし、モデル排水のみの情報であり、既存処理方式とのコスト比較についても、直接的な評価を行うには、得られた情報が不足しているように判断される。さらに、企業との共同研究体制の構築も欲しかった。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:水-04 高度汚染地盤における水・物質ダイナミックスの定量的イメージング技術の開発(H20-21)

    研究代表者氏名:黒田清一郎 ((独)農業・食品産業技術総合研究機構)

    1.研究概要

       本研究では孔井間透過電磁波探査による電磁波の伝播速度および減衰率の原位置計測により、地表から地下水面までの水分および溶存物質の動態を原位置で評価、監視する技術の開発を行った。同技術を硝酸性窒素の高濃度化が顕在化している地区をモデルケースとして適用し、不飽和帯の水分・物質移動の定量的な評価に活用できることを明らかにした。また同技術の高空間分解能で地盤の物性分布とその時間変化を監視できるという特長を活かして、地盤の不均一性が物質移動の移流分散特性に与える影響を評価できることを示した。また砂礫の粗間隙とそこに充填される粘土分等の構造不均一性の影響によって、地下水汚染の分野でロングテイリングとも呼ばれる現象と同様に、濃度変化が遅延し緩慢化する現象が不飽和帯物質移動においても起こることを明らかにした。これらの知見は実際の現場での汚濁物質の高濃度安定化現象とも関連する重要なものと考える。本提案技術は地盤中の移流分散特性等のパラメータ同定やモデル化、レメディエーション等対策の監視にも活用できる。
       サブ課題「高度汚染地盤の電磁気特性の解明」では、大型地盤材料の水分・土壌溶液を制御できる地盤電磁気特性解明装置を製作し、小型地中レーダによる非破壊的な透過電磁波計測の導入によって、砂礫質地盤でも岩石物理学的関係が評価可能な技術の開発を行った。一般に下層土は堆積環境等に起因する構造を有しており、岩石物理学的関係を室内で評価するにあたっても、構造を乱すことのない非破壊的な評価が必要とされる。本課題では、細粒で均質な表土だけではなく、砂礫質地盤をはじめとして構造を有する下層土にも広く適用可能な、より普遍的な非破壊的地盤電磁気特性評価技術を開発できたことに意義を有する。

    2.研究の達成状況

       昨年度までの2年間の本若手フィーシビリティースタディー研究課題における一連の成果は上記の通り。これらの成果を、実用技術・普及技術へと発展させるため、また学術誌等において公表するため、本年度は集約作業や高度な解析技術の適用・開発等を中心に研究を実施している。

    3.委員の指摘及び提言概要

       深層土壌の水分および溶存物質(特に硝酸態窒素)の動態を定量的に評価する研究であり、孔井間電磁波探査技術を確立して、自然状態での土壌の体積含水率の鉛直分布とその時間変化の測定を可能にし、さらに発展させて水分・溶質移動のモニタリング手法として確立した。しかし,サブテーマ1の現場の土壌中での水の移動を測定する手法と、サブテーマ2の実験室的に溶質濃度を推定する手法である2つのサブテーマが独立して行われた結果になっており、これらが融合されておらず、現地土壌地下水中での水分と水質汚染物質の挙動を把握できる手法になっていない。また、その融合方策の道筋も示されていない。過去の業績と比べると、今回の成果は見劣りするのではないか。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):c  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:水-05 排水中、及び環境水中のフッ素濃度低減技術の開発(H20-21)

    研究代表者氏名:吹田 延夫 (ダイキン工業(株))

    1.研究概要

       近年のフッ素に関する規制強化に伴い、排水中の高度フッ素処理技術の開発が必要とされている。本検討は排水中、及び環境水中のフッ素除去技術であり、処理対象水(フッ素含有水)に温泉水を用いた。目標とする残留フッ素濃度を排水基準値(8mg/L)、さらには環境基準値(0.8mg/L)以下にしてフッ素処理の検討を行なった。
      その結果、水溶液中のフッ素をフルオロアパタイトとして固定化する方法で目標の処理を達成できた。また、この処理方法で発生する汚泥の処理を含めた検討も行ない、汚泥を植物の肥料として有効利用できる方法の可能性を得た。

    2.研究の達成状況

       本検討で得られた結果を参考にして、スケールアップによるフッ素処理方法、その処理過程で発生する汚泥の削減方法、及び汚泥の有効利用方法を検討中である。フッ素処理は処理対象水の水質変動の影響を受けていると考えられた。処理対象水の連続処理の安定化方法についても検討を計画している。

    3.委員の指摘及び提言概要

       フッ素含有廃水の対策技術は行政需要の高い研究課題である。フッ素の浄化剤としてハイドロアパタイト(HAP)を選定し、反応条件の最適化を行い、目標である排水基準値以下の濃度に低減できることを実証したことは高く評価できる。地味な研究であるが、現実の問題を解決するための欠かせぬ研究であり評価したい。
      一方、処理過程で発生する汚泥を植物の肥料として有効利用する手法が提案されているが、排水や環境水を処理した汚泥には植物に有害な物質が含まれていないか、肥料として有効であるかなど、十分な検討が必要である。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:ナノ-02 ホウ素等に対応可能な排水対策技術の開発(H20-21)

    研究代表者氏名:辺見 昌弘 (東レ(株)機能材料研究所)

    1.研究概要

       環境分野技術の一つである水処理においては、溶存物質の除去能力向上が大きな課題となっている。特にホウ素やフッ素等の低分子を除去することは従来技術では難しく、多くの業種において水質汚濁防止法の規定に基づく暫定排水基準を満足するのが困難な状況にある。そこで、これらの物質に対応可能な技術開発が進めば、排水処理技術の導入が加速され、ホウ素等の環境基準の達成が容易となる。
       本研究では、ホウ素等に対応可能な排水処理技術を開発するために、高性能RO膜と水質分析技術を融合し、低コストで保守管理が容易な処理プロセスの確立に取り組んだ。

    2.研究の達成状況

       廃棄物処分場の浸出水をモデル排水として新規排水処理プロセスの設計を行った。まず、RO膜処理の負荷となる水質マトリックスを把握するために、浸出水の水質データの収集、類型化を行った。その結果、浸出水中のホウ素処理では有機系汚濁成分であるBOD、CODおよびNH4-Nの処理についても考慮する必要があることが示された。これらの成分を効率的に除去する前処理プロセスについて浸出水原水を用いた処理実験を行い、RO膜処理の前段にMF膜+UF膜、もしくは、UF膜による処理を配置することによって、ホウ素を含めた浸出水成分の効果的な除去が可能であることが分かった。
       その一方で、膜中の細孔制御技術によるRO膜の性能向上研究を行った。従来のRO膜の詳細な構造解析から膜材料の分子間相互作用の制御による性能向上の指針を獲得した。これに基づいて従来膜と同等の透水量および塩除去率を維持したまま、ホウ素除去率を大幅に向上させることに成功し、新規排水処理プロセス設計における要求性能を満たすRO膜を得た。
       構築した新規処理プロセスについて、実証のための実験装置を作製し、実用上の課題を抽出するためのフィールド試験を実施した。その結果、処理後のホウ素濃度は排水基準値である10ppm以下をほぼ満足する状態で推移し、目標水質を達成した。本プロセスによって従来の処理プロセスでは困難であった効率的なホウ素除去が可能であることが示された。
       フィールド試験のデータを元に新規プロセスのランニングコストを試算したところ、従来プロセスの約800円/m3に対して、約400円/m3と試算され、従来法と同等以下のコストでホウ素を効率的に処理できることが見積もられた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       これまでの排水処理において除去が困難であったホウ素に対して逆浸透(RO)膜を適用し、前段にMF膜+UF膜、もしくは、UF膜による処理を配置することによって、従来の手法に比較して除去率を高め、かつ、安いランニングコストで排水基準を概ねクリアすることを実証した意義は大きい。今後、実用性を高めるためにはどの程度の保守管理コストが必要であるかなどの検討が必要である。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:ナノ-01 環境負荷を低減する水系クロマトグラフィーシステムの開発(H20-21)

    研究代表者氏名:平野 靖史郎 (国立環境研究所)

    1.研究概要

       グリーンテクノロジーの開発の一環として、有機溶媒を用いることなく、廃液処理を必要としない高度なクロマトグラフィー法の革新的技術開発とそれを用いた環境試料や生体試料のまったく新しい高感度・高分解能分析方法の開発を行なった。分析試料中の化学物質と相互作用するクロマトグラフィーのカラム素材、液相であるN-isopropylacrylamideの重合方法をナノレベルで解析かつ開発し、環境や生体試料中の有害化学物質を分析する水系クロマトグラフィーを確立した。
       また、水系クロマトグラフィー用カラムの修飾基を変化させることによる、分離定量可能な有害化学物質やタンパクなどの生体試料の適用範囲を拡大、クロマトグラフィー用カラムの温度勾配を迅速に変化させることによる制御技法の開発、水系クロマトグラフィー用カラムを用いた環境有害物質の生体内動態測定方法の開発と代謝情報の構築、特異的温度応答性親水/疎水性可変ポリマー修飾担体の充填方法、ポリマー重合方法の改良によるハイスループットな環境試料・生体試料分析技術の開発を行った。

    2.研究の達成状況

       原子移動ラジカル重合法(ATRP)により、PIPAAmのグラフト密度・グラフト鎖長、またはグラフト界面の疎水性を調節することができ、新規なクロマトグラフィー担体の設計に有用であることを示した。 通常のシリカ粒子に修飾するだけでなく、フューズドシリカキャピラリー内表面に温度応答性高分子を導入し、従来のカラムにおける分離に要する溶離液容積や、廃液の量を大幅に削減しうる新しい分離・分析カラムの調製に成功した。
      Poly(IPAAm-co-NTA-Ni2+)を修飾した陰イオン交換性を持たせたPIPAAm (Poly (N-isopropylacrylamide)) を使用したところ、アデニン化合物がPIPAAmと強い反応性をもっていること、陰イオン交換性を持たせたカラムを用いることにより効率よくアデニン化合物を分析できることが示唆された。有機溶剤を使わない水系温度応答性クロマトの生体試料分析が可能となり、DNA、タンパク質などの新しい分析・分離手法として、Aquaway philic、ならびにAquaway cationicの2種類の水系クロマトカラムを製品化した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は、グリーンテクノロジー開発の一環としての革新的なクロマトグラフィーによる分離分析法の技術開発を目的としている。一般的に多種多様な有機溶媒が用いられるクロマトグラフ分析で、有機溶媒を用いず水系溶媒のみで種々の化学物質の分離分析を可能にした技術開発は、評価できる。
      減量できる有機溶媒量数百トンは、社会全体で消費される量から見れば、さほど多くはないが、環境への配慮という視点からすれば、意義がある。医学・薬学分野での本研究の価値は十分認められるが、環境科学としての学術的・社会的波及効果を促進するには、多様な環境試料や生体試料に適用した場合の有効性、およびの試料の前処理などの課題についてもさらに検証を進めるべきである。

    4.評点

      総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:水-02 ダイオキシン類汚染土壌・底質の分解酵素を用いた浄化システムの開発(H19-21)

    研究代表者氏名:高橋 惇 (高砂熱学工業(株))

    1.研究概要

       3塩素化以上のDIOXIN類にも浄化能力を持つ、好気性好熱菌に属するBacillus midousuji(以下SH2B-J2)は、至適温度が65℃であり、約90分の誘導期後に、対数増殖期において平均世代時間が約8分という増殖特性を示す。SH2B-J2は、反応初期においてDIOXIN類のdiaryl ether結合を開裂し、DIOXIN類を無害化することが状況証拠から予測された微生物である。
      SH2B-J2またはその分解粗酵素(クルード)を用いた現地処理型のDIOXIN類汚染土壌・底質を浄化するシステム化技術の確立・構築を本研究の目標とした。

    2.研究の達成状況

       SH2B-J2のゲノムから2,7-DCDD分解活性を持つクローンをフォスミドに挿入したライブラリーを大腸菌に組み替えて培養した結果、diaryl etherを切断する酵素を発現するクローンをスクリーニングした。なお、宿主の変異や他の微生物の混入は皆無であることを確認した。獲得したクローンによる2,7-DCDDの代謝機構は、現在までに報告のないdiaryl ether結合を還元的に開裂することを、中間代謝物の2-hydroxy 4,5-dichloro biphenyl etherを経由して最終生成物である4-chlorophenolの生成から確認した。フラスコ規模のDIOXIN類汚染シルトとSH2B-J2の5℃で6日間の共存培養から、フミン酸添加の酸処理シルトの上清側において、98%〜99%のDIOXIN類の浄化能力を確認した。またフミン酸添加の酸処理シルトにおいて、51%〜61%のDIOXIN類の浄化能力を確認した。更に、摩砕型前処理装置による汚染シルトの分級と分級した汚染シルトを20L級培養槽に投入してSH2B-J2の共存培養により、4,500pg-TEQ/gから1,000pg-TEQ/g以下までのDIOXIN類浄化能力を確認した。SH2B-J2による汚染シルトの浄化性能は、培養の最適化によりほぼ50%DIOXIN類の浄化能力を確認した。なお、SH2B-J2の共存培養により、汚染土壌を1,000pg-TEQ/gまで浄化する処理単価は、1,600トン級の汚染土壌処理の規模で約6万円/トンと試算された。

    3.委員の指摘及び提言概要

       微生物によるダイオキシン類汚染土壌・堆積物の分解技術の開発を意図した本研究は、多くの科学的発見を得ており、その学術的価値は高く,実用化の目途が立つところまで到達できたことは大きな成果である。
      しかし、処理時間の短縮、処理量の増加、処理コストの低減、実用化に際しての浄化に用いるSH2B-J2菌の大量培養方法を含む実プロセスの構成に必要な情報等については更なる検討が必要である。

    4.評点

      総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:水-01 生態工学技法として沈水植物再生による湖沼の水環境回復と派生バイオマスリサイクル統合システムの開発(H19-21)

    研究代表者氏名:稲森 悠平 (福島大学)

    1.研究概要

       湖沼法改正の重要課題である面源負荷削減対策および湖沼内のアオコ等発生対策としての植生復元による湖沼の水環境回復に極めて有効な沈水植物再生を利用した生態工学技法の確立を目的として、水環境回復に資する沈水植物再生規模の算定手法、水環境適合型再生手法、派生バイオマスリサイクル手法等の一連のプロセスを研究開発し、全国に約4万カ所程度存在する適用可能な湖沼等を対象とし、水環境回復と派生バイオマスのリサイクルまでを包括した国際的にも活用可能な新しい統合システムを構築するものである。

    2.研究の達成状況

    (1)沈水植物の再生から維持管理、派生バイオマスリサイクルまでの一連のシステムを、湖沼等の管理者である行政等の使用者に活用しやすい統合マニュアルとして構築した。
    (2)水質指標である透明度の大幅な向上や、CODや窒素・リンの大きな削減効果、動物プランクトンとして捕食者ミジンコの増加を確認し、水環境回復に沈水植物の再生が極めて有効であることを明らかとした。さらに、沈水植物の再生規模の適正な計画が可能となる湖沼水質予測シミュレーションを構築した。
    (3)沈水植物の環境条件や水生動物共存下における生育特性研究および現場レベルの再生研究より、植生浮島を用いた水位の段階的降下の沈水植物再生技法の有効性を確認した。
    (4)緑肥・堆肥化、メタン発酵化、飼料化のリサイクル技術の実現性を明らかとし、さらに、GISを活用した湖沼周辺の田畑等農地還元可能な面積の算定とエネルギー収支解析研究より、地域特性や湖沼特性に応じた地生地消型評価モデルを構築した。
       本研究開発課題の総括として、再生手法、維持管理手法、バイオマスリサイクル手法を包括的に統合マニュアルとして確立した成果は極めて大きく、国際的にも活用可能な水環境再生国際戦略システムを構築することができたといえる。

    3.委員の指摘及び提言概要

       沈水植物再生を利用する生態工学技法による湖沼の水環境回復を目的として、富栄養化状態にあり、かつ湖沼条件が異なる2つのモデル湖沼(埼玉県別所沼と山ノ神沼)おいて実証試験を行ったものである。その結果、沈水植物群落の再生は富栄養化の原因となるCOD、窒素・リンなどの水質浄化に有効であることを検証し、さらに維持管理手法やバイオマスの利用方法についても詳細な試験データを得たことは評価できる。また、沈水植物の再生復元において、水生動物共存の場の構築が重要であるとの知見も興味深い。
      ただし、本研究で提案されている沈水植物再生の算定マニュアル、再生マニュアル、統合的マニュアル、および水環境再生の国際戦略はもっと分かり易い内容として提言して欲しかった。また、本研究が将来さらに発展し、行政施策として活用するには、バイオマスの利用方法、例えば緑肥・堆肥の実際の使用量や施肥管理手法について明確にする必要がある。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    ii.革新型研究開発領域

    研究課題名:RF-084 アンチモン同位体比に基づくバングラデシュの地下水ヒ素汚染の起源解明(H20-21)

    研究代表者氏名:高橋 嘉夫 (広島大学)

    1.研究概要

       バングラデシュやインドの西ベンガル地域では、ヒ素(As)による地下水汚染が大きな問題となっている。このAsの起源については諸説あるが、その最終的な起源はヒマラヤ周辺の硫化物であると推定されている。このような物質の起源を探る目的でしばしば同位体比が活用されるが、Asは質量数75の単核種元素であり、同位体を用いてその起源を推定することはできない。
      そこで我々は、同族元素であるアンチモン(Sb)の同位体比(121Sb/123Sb比)を用いてAsの起源が推定できるかどうかの基礎検討を行う目的で本研究を行った。室内実験および国内モデルサイトでの研究の結果、酸化的な環境でAsとSbの固液(河川水-堆積物)の分配挙動は類似しており、またSb同位体比は硫化物鉱床など起源によって変動を見せるため、Sb同位体比を用いたAsの起源解明が可能であることが示唆された。

    2.研究の達成状況

       まず天然試料からSbを分離し濃縮し、Sb同位体比を測定する手法を確立した(Tanimizu et al., in press.として報告)。一方で、室内モデル実験及び国内モデルサイト(愛媛県市之川鉱山)での調査において、酸化的環境であればAsとSbの固液分配挙動が類似している(Mitsunobu et al., 2010.などで報告)ことを明らかにした。また、硫化物など起源の異なる試料でSb同位体比が異なることも分かった。さらにこの方法に基づき、市之川鉱山周辺の河川-堆積物系でのSb同位体比の変動を調べたところ、市之川下流の河川水および堆積物のSb同位体比はSbの起源である市之川鉱山の値を反映していることが分かり、Sb同位体比を用いたAsの起源推定が可能であることが示された。同様の手法をバングラデシュ・シャムタ村のヒ素汚染地域およびヒマラヤ-ガンジス川流域の試料に対して適用し、西ベンガル地域のAsの挙動について新たな知見が得られた。本課題はH21年度で終了したが、今後も一部研究を継続し、Asの起源と挙動についてさらに研究を進める予定である。

    3.委員の指摘及び提言概要

        同位体比の測定は物質の起源解析に用いられているが、同位体のないヒ素の起源をその同族元素であるアンチモンの同位対比で推定する方法は新規性の高い着想に基づく研究である。本研究では、まずアンチモンの高精度分析法を確立して解析を始めるなど研究手法は着実である。次に限定的な地域の河川・堆積物系において、アンチモンの同位体解析によってヒ素の起源を推定することが可能であることを実証したことは評価できる。
      しかし、大きな目的であるバングラデシュの大規模な地下水ヒ素汚染の原因がヒマラヤ地域の自然起源であると解明するまでには至っていない。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    事後評価 第3研究分科会<リスク管理・健康リスク>


    研究課題名:リスク-01 マルチプロファイリング技術による化学物質の胎生プログラミングに及ぼす影響評価手法の開発(H19-21)

    研究代表者氏名:曽根 秀子 (国立環境研究所)

    1.研究概要

       本研究課題は、発達段階における胎生期曝露が及ぼす晩発影響を検出するモデル系を確立するため、ES(胚性幹細胞)の多能性に着目し、神経細胞系列の分化に対する影響を評価するための培養を確立するとともに、初期曝露直後に得られる遺伝子発現データおよび分化後の細胞形態データを統合して解析することで、ヒト健康影響の新たな評価法を提案することを目的とした。
      このために、マルチ画像解析装置による細胞形態変動の高効率(高速・多検体)で、高密度(多指標)の定量測定や、マイクロアレイによる遺伝子発現データ(発現アレイ情報)及びゲノムDNAのメチル化状態データを取得することを目標とした。さらに、これらの表現型情報(細胞形態及び遺伝子状態)の関係性を予測解析するために、ベイズ推定手法の一つ、ベイジアンネットワーク解析を活用することを考案した。同時に、大量データを比較的高速に解析できるように、ユーザーインターフェースを開発し、本研究で得られた知見をデータベース化した。
      これらのシステム構築により、化学物質の毒性に関する「ヒトへの健康リスク情報」を提供できるシステム基盤が完成し、世界で初めての健康影響予測システムの運用を目指した。

    2.研究の達成状況

       ヒトES細胞から神経系分化細胞に再現性よく誘導する方法を確立し、その検証のため、ヒトで神経毒性が知られているサリドマイド及びメチル水銀の初期胚曝露による晩発影響を調べた
      。いずれの化学物質も濃度の増加により、神経突起の長さの進展や神経塊の形態に影響を及ぼし、胎生プログラミングに影響を及ぼしていることが示唆された。また、マウスES細胞における12化学物質の影響をベイジアンネットワークにより類型化し、影響の指標となる分子マーカーのセットごとに、影響を示すと予見される被験化学物質を判別解析した。
       以上の結果は、現在、7報の論文にまとめ投稿準備中である。さらに、今回得られた化学物質による遺伝子・細胞形態統合ネットワークは、国立環境研究所のウエブサイトにて公開準備中である。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究はES細胞の多能性に着目し胎生期曝露が及ぼす晩発影響を評価することを目的とし、細胞形態変動、遺伝子発現、ゲノムDNAメチル化状態のデータを統合して解析する手法を開発するものであるが、研究計画に沿って、詳細な研究が実施され、化学物質の胎児影響をin vitroで評価する方法の基礎を築いている点で目標とした成果が得られている。
       一方、短い研究期間内で複数の化学物質(TCDDやPCB、サリドマイド、メチル水銀等)についての成果が出たことは評価されるが、用いられた化学物質をなぜ、どのような基準で選んだのか、代表性にやや疑問が残ることやわかりやすく説明する必要性がある。また、高度な技法を用いていることもあり、その意義・意味がよく理解できない点が多く、基礎的な研究でその分野の関係者しか理解できないような研究としても、よりわかりやすく説明する義務がある。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:リスク-02 新規IT素材に利用されるテルルのフィトリメディエーションの開発(H20-21)

    研究代表者氏名:小椋 康光 (昭和薬科大学)

    1.研究概要

       新規IT素材である相変化型DVD(いわゆるDVD-RWやDVD-RAM)は、映像や音楽の保存媒体として、昨今広く用いられているが、その相変化型DVDにはテルルという元素が中心素材として用いられている。わが国は主要な相変化型DVDの生産国であり、消費国でもある。一方、DVDに含まれる程度のテルル量で種々の毒性が発現する可能性が明らかとなっており、テルルに関する具体的な環境排出抑制策を講じる必要性があると判断される。
      代表者はこれまで、テルルと同族元素のセレンについて、セレン蓄積性の植物におけるセレン代謝機構を解明し、有用なセレン蓄積性植物を開発してきた。本研究は、植物を用いたテルルの環境中からの除去・回収技術、即ち、フィトリメディエーションを開発することを目的とした。

    2.研究の達成状況

       これまでに知見の無かったテルル蓄積性植物に関して、同族のセレンを蓄積する植物であっても、テルルを厳密に識別するため、テルルの蓄積効率が低いことが明らかとなった。セレン蓄積を有する植物に限ることなく、テルルの蓄積性を示す植物をスクリーニングしたところ、アオイ科のオクラ(Abelmoschus esculentus)及びマメ科のアルファルファ(Medicago sativa)が、高い集積性を示した。
      これら植物を用いた土壌中からのテルルの回収方法を考案し、以下の特許出願を行った。今現在直ちに環境中に散逸したテルルを回収する必要は無いかもしれないが、将来、有毒元素であるテルルを回収する際には、これらの植物が有用であることを示した。以下の発表論文(Metallomics誌)は、本研究成果を中心に構成したものであるが、出版元の英国王立化学協会(RSC)の編集委員会の推薦により、研究の概念図が掲載号の表紙となった。
    【特許】
    1.小椋康光、寺田麻里: 「テルルを含む土壌等からテルルを回収する方法」 出願人: 国立大学法人千葉大学、特願2009-005528号(平成21年1月14日出願)
    【論文発表】
    1.Y. Ogra*, E. Okubo and M. Takahira: Metabolism of tellurium in a selenium accumulator, Indian mustard (Brassica juncea). Metallomics, 2, 328-333 (2010)

    3.委員の指摘及び提言概要

       植物を用いたテルルの環境中からの除去・回収技術を開発することを目的としているが、テルルに関する情報は非常に限られていたことから、基礎的な知見としてまず必要なことが得られている。
       当初予想された西洋カラシナの能力が低く、オクラやアルファルファに高いことが成果として挙げられているが、その処理能力について、オクラやアルファルファに関する知見の収集に力を注ぐ必要性、絶対量的な観点からの効果、最終的に使える植物の探索、テルルを吸収する植物と土壌中の濃度比や植物中に移行したテルルの全量等のデータの整理などの課題が残った。また、実際の汚染現場への適用の観点から、ケーススタディを試みることや、テルルで汚染されたサイトは存在するか、テルル汚染土壌の広がり、土壌中の濃度レベルやその存在状態などの情報の必要性がある。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:健康S-01 グローバルなDNAメチル化変化に着目した環境化学物質のエピジェネティクス作用スクリーニング法の開発(H20-21)

    研究代表者氏名:野原 恵子 ((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

       環境化学物質の生体への作用メカニズムとして、エピジェネティクスに関する関心が高まっている。特に、環境化学物質への胎児期や乳児期曝露の影響が後になって疾病として現れることが懸念され、これらの影響メカニズムとしてエピジェネティクス作用の関与が推測されている。しかし、各種化学物質のエピジェネティクス作用の有無や、後発・経世代影響との因果関係に関してはまだ評価が定まっていない。化学物質によるエピジェネティクス変化は、発生・分化や発癌における変化とはパターンが異なる可能性が考えられ、実際に化学物質によって誘導されるエピジェネティクス作用をスクリーニングする手法の開発が必要と考えられる。
       本研究では、エピジェネティクス作用の一つであるDNAメチル化変化に着目し、環境化学物質としては世界中で深刻な健康被害をもたらしているヒ素を中心に、エピジェネティクス作用をスクリーニングする方法の開発のための研究を行った。DNAは安定で、将来疫学指標への応用につなげていくために有利と考えられる。
       環境研ではゲノム全体にわたるグローバルな、またはゲノムワイドなDNAメチル化変化検出法の検討を行った。広島大学では免疫・血液細胞分化系に着目し、メチル化DNA関連蛋白質群の発現変動に関する研究を行った。

    2.研究の達成状況

       先行研究において、メチル欠乏食でマウスを長期飼育すると肝臓のDNAメチル化が低下し、メチル欠乏食(欠乏食)+ヒ素ではさらに大きく低下することが報告されている。確実にDNAメチル化変化をおこした組織を得るために、この先行研究に従ってマウスを飼育し、以下の研究に用いた。

    サブテーマ1.グローバルDNAメチル化構造変化検出法の開発 (国立環境研究所)
      DNAメチル化変化の全体量だけでなく配列情報までゲノムワイドに検索できるスクリーニング法として、比較的簡便であるMS-AP-PCR (Methylation-sensitive arbitrarily primed PCR)法と、現在開発途上にある最新の方法であるMeDIP-Seq(Methylated DNA immunoprecipitation- sequencing)法を選択し検討を行った。また、実験に用いたマウス肝臓のDNAメチル化量をLC/ESI-MS法による5メチルシトシン(5meC)の精密分析によって明らかにし、これらの結果をもとに各手法の考察を行った。
    1)従来各種の方法でDNAメチル化レベルの変化が測定され、低メチル食やヒ素等によってメチル化レベルが大きく変化することが示唆されてきたが、本研究でLC/ESI-MSによる5meCの精密絶対量測定の条件を確立し測定を行ったところ、ゲノム中5meC量は普通食群に比べて、メチル欠乏食、欠乏食+ヒ素群でわずかに5%程度低下するのみであることが明らかとなった。ただし5%のメチル化変化が限られた領域に起こった場合には大きな生体影響をもたらす可能性があり重要と考えられた。
    2)MS-AP-PCR法の条件を確立し、メチル化阻害剤による培養細胞のDNAメチル化状態の変化や、マウスの各種組織間のDNAメチル化状態の違いを検出することができた。しかし、メチル欠乏食およびヒ素曝露したマウス肝臓ゲノムのDNAメチル化変化は検出できず、化学物質によるDNAメチル化変化を検出するためにはMS-AP-PCR法は網羅性と検出感度が不十分であると考えられた。
    3)MeDIP-Seq法の実験条件を確立し、普通食、メチル欠乏食、または欠乏食+ヒ素投与群のマウス肝臓ゲノムについてMeDIP-Seq法を実施した。各試料について、約900万断片(リード)、4億5千万以上の塩基を読みとり、これらのリードのゲノムへのマッピングと、ユニークマッピングリードが多数マッピングされる領域の作成を完了した。領域データをもとに、UCSC Genome Browser表示用のファイルの作成や群間の比較等を行い、各種条件下で群間で差のある領域を選択可能となった。またMeDIP-Seq法で選ばれた領域について、Bisulfiteシークエンス法等でDNAメチル化変化の検証を行った。
       今回世界的にまだ解析法が未確立であるMeDIP-Seqを実施し、貴重なデータを得た。この方法は極めて網羅性が高く有望な方法と考えられた。また今回の解析ではテクニカルな問題点も見つかり、これらの点に関して各種対処法の考察を行った。

    サブテーマ2.メチル化DNA関連蛋白質群の発現変動解析 (広島大学)
    1)メチル欠乏食およびヒ素による免疫担当細胞の分化障害とエピジェネティクス作用:
      普通食、メチル欠乏食、欠乏食+ヒ素群の各免疫系臓器(骨髄、胸腺、脾臓、リンパ節)について細胞分化マーカーを用いた解析を行った。その結果、メチル欠乏食群でのみ骨髄中のB細胞に分化障害が観察された。そこで分化障害の見られた細胞分画を単離し、細胞分化制御因子群やDNAメチル化酵素群、Polycomb 遺伝子群の発現量測定を行った。その結果、B細胞分化に関与するPax5とTdTの発現がメチル欠乏食群で低下し、欠乏食+ヒ素で回復することが明らかとなった。またPax5の発現量は転写調節領域のDNAメチル化変化によって制御されていることが示唆された。
    以上の結果は、リンパ球の分化が低メチル食やヒ素のDNAメチル化変化を介した影響に鋭敏に反応することを示唆した。
    2)in vitroリンパ球分化培養系を用いた検討:
      胎児肝リンパ球前駆細胞をB細胞またはT細胞に分化させる培養系において、メチル欠乏培養液の分化への影響を検討した。その結果、in vitro実験系ではin vivoの結果よりもより強いB細胞分化障害が起きていることが示唆され、in vitroアッセイ系の確立の可能性が示された。

    3.委員の指摘及び提言概要

       環境化学物質の影響メカニズムとしてエピジェネティクス作用の重要性が示唆されているが、この研究はヒ素を対象にエピジェネティクス作用をスクリーニングする手法の開発を目指したものである。ほぼ計画通り進行し、様々なDNAメチル化測定法についてその長所・短所を明確化した点で評価される。
      一方、現在のエピジェネティクス作用の研究手法の状況が発展途上段階であることを反映しているのではあるが、目的としたスクリーニング法の開発という意味で、決定的なものとするには多くの課題が残った。次世代シークエンサーなど日進月歩している解析技術をさらに取り入れより良い方法を確立することが必要とされる。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:健康S-02 化学物質の有害性評価の効率化を目指した新たな神経毒性試験法の開発(H20-21)

    研究代表者氏名:塚原 伸治 (埼玉大学)

    1.研究概要

       化学物質曝露による神経系への影響は生活の質の低下に繋がる恐れがあり、神経毒性評価は重要である。しかし、膨大な既存物質の毒性を網羅的に評価し、リスクを算出することは極めて困難な状況にある。健康リスクの低減に向けて、リスク評価に有用な科学データを蓄積するために有害性評価の効率化を図る必要がある。このためには、毒性の質と程度を精密に検出でき、且つ、作業効率が向上する新たな試験法開発が求められる。
       神経系を構成する基本単位は神経細胞(ニューロン)であり、曝露物質の毒性は神経細胞の構造変化や死として顕れると考えられる。社会生活に影響する高次認知機能障害は脳の構造的変化がないとされてきたが、近年では、神経突起構造が健常者とは異なることが報告され注目を集めている。また、発達期の神経系では、過剰に神経細胞が産生され、その多くがアポトーシスによる細胞死で消失する。このようなことから、神経細胞の構造変化や死に対する化学物質曝露の影響を検証することは、神経毒性評価において重要である。 本研究では2つのサブテーマ設けた。
      サブテーマ1では、神経細胞のモデルになるPC12細胞を用いて、ライブセルイメージングによる新たな神経毒性試験法の開発をすすめた。ライブセルイメージングとは、生きた細胞を観察して画像化する技術である。
      サブテーマ2では、開発試験法の毒性検出の精度や効率、データの信頼性について検討した。従来手法を用いて化学物質の影響を解析した結果と開発試験法による解析結果とを比較して、開発試験法の精度や作業効率が向上するのか否か検討した。加えて、動物個体を用いた化学物質の曝露試験をおこない、生体の神経細胞とPC12細胞に対する曝露影響とを比較して、開発試験法によって得られる結果が個体レベルにおいてどこまで当て嵌められるのかを検討した。

    2.研究の達成状況

    [1]サブテーマ1:神経系モデル細胞を用いた神経毒性試験法の開発に関する研究
       アポトーシスの蛍光マーカーであるSCAT3を発現したPC12細胞に亜ヒ酸ナトリウム(NaAsO2、0, 1, 5, 10μM)を曝露して、ライブセルイメージングを行った。SCAT3の蛍光シグナルを測定した結果、曝露開始3から5時間の測定値は曝露量依存的に変化し、NaAsO2(5, 10μM)曝露群の値は対照群に比べて有意に違っていた。しかし、対照群とNaAsO2 (1μM) 曝露群との間に有意差はなかった。SCAT3の蛍光シグナル値の変化はカスパーゼ-3活性を介したアポトーシス細胞死の誘導を示しているので、ライブセルイメージングを利用した新たな試験法では、曝露5時間以内にNaAsO2の毒性が検出され、その最小毒性量と無毒性量はそれぞれ5μMと1μMとなった。
    [2]サブテーマ2:開発する神経毒性試験法の適正と精度に関する研究
       ライブセルイメージングを利用した開発試験法と従来試験法とを比較するため、カスパーゼ-3のタンパク質発現や酵素活性、DNA断片化を指標にした解析手法を用いて、PC12細胞に及ぼすNaAsO2曝露の影響を解析した。その結果、従来手法による解析では、NaAsO2曝露によって有意な影響がみられた用量は10μMであり、曝露影響が有意でなかった最大用量は5μMであった。また、毒性検出に要する曝露時間は6から20時間であった。  開発試験法による解析結果が個体レベルの影響としてどこまであて嵌められるのか検討するため、ラットにNaAsO2(0, 0.1,1mg/kg BW)を曝露して、脳内のアポトーシスへの影響を検討した。その結果、脳内のアポトーシス細胞数は曝露量依存的に増加した。
    [3] まとめ
       以上のように、従来手法に比べて、ライブセルイメージングによる開発試験法の毒性検出精度は高く、より短期間で毒性が検出されることから、同法を適用すれば毒性評価の効率化が見込めると考えられた。さらに、開発試験法による解析結果と動物個体を用いた試験結果には整合性があり、同法による細胞レベルの結果から個体レベルの神経毒性を推測することができるかもしれない。

    3.委員の指摘及び提言概要

       化学物質による神経毒性を、神経細胞の構造変化や細胞死を指標に、評価する手法を開発するもので、生きた細胞を観察して画像化する技術(ライブセルイメージング)を用いた試験法とその精度や効率、データの信頼性を検討したものである。毒性検出精度が高いこと、短期間で毒性が検出されること、動物個体を用いた試験結果と整合性があること等を明らかにしたことから、基本的に当初の目的を達成しており、研究は適切に実施されたと評価できる。
       一方、ある試験法が汎用されるためには、多くの化学物質による定性的・定量的な検証が欠かせないが、本研究では亜ヒ酸ナトリウムのみであり、検証はまだ不十分である。メチル水銀、アルキル鉛、アクリルアミドなど神経毒性を持つ複数の物質について、検証すべきである。環境研究総合推進費の特色に配慮した今後の課題を示すことが必要とされる。また、論文の発表が望まれる。

    4.評点

       総合評点:A   
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:健康S-03 大気環境中の粒子状物質及びオゾンと気管支喘息発作との関連性に関する疫学研究(H20-21)

    研究代表者氏名:島  正之 (兵庫医科大学医学部)

    1.研究概要

       一般都市大気レベルの粒子状物質、特に粒径2.5μm以下の微小粒子状物質(PM2.5)への曝露と気管支喘息の発作やそれによる救急受診との関連性が欧米諸国を中心に数多く報告されている。わが国でも2009年9月にPM2.5の大気環境基準が設定されたが、粒子状物質の健康影響に関する国内の知見は限られている。粒子状物質の性状は国や地域によって異なっており、喘息に及ぼす影響には人種差や生活習慣等の違いもあると考えられることから、海外の知見をそのまま日本に当てはめることは適切ではなく、わが国において微小粒子状物質と健康影響との関連を明らかにするための疫学研究が求められている。また、近年は中国大陸からの黄砂の飛来が増加傾向にあり、春季には粒子状物質が相当高濃度となる日がみられる。西日本を中心に、高濃度の光化学オキシダント(オゾンが主成分)が発生する日も増加しており、これらによる健康影響も懸念されている。
       兵庫県姫路市では、1995年より市内約40の医療機関を対象として気管支喘息発作数が1週間毎に性、年齢、居住地区別に集計されている。本研究では、姫路市で大気中PM2.5、粒径2.5-10μmの粗大粒子(PM10-2.5)、ディーゼル排ガス由来のブラックカーボン(OBC)の連続測定を行い、大気環境常時監視結果も用いて、同市で長期にわたって観察されている喘息発作数との関連性について評価した。

    2.研究の達成状況

       2008年8月〜2010年1月の解析結果では、PM2.5及びOBCの1週間平均濃度が増加すると、気温、湿度等の影響を調整した喘息発作数が有意に増加するという関連が認められた。PM10-2.5濃度と喘息発作との関連も一部で認められたが、一貫性は強くなかった。
       1995年以降の長期のデータを用いた解析結果では、大気中の浮遊粒子状物質(SPM)、光化学オキシダント(Ox)、二酸化窒素濃度(NO2)と喘息発作との間に有意な関連性が示された。地区別の解析、共存汚染物質の影響を考慮した解析でもほぼ同様の結果であった。 これらの関連は季節によって異なり、春季はOBC、夏季は粒子状物質(PM2.5及びSPM)、秋季はOx濃度との間に有意な関連が示された。65歳以上の高齢者では特に強い関連が観察されたが、15歳未満では関連が小さく、年齢によって大気汚染物質の影響の程度が異なることが示された。小児で関連が乏しいのは、小児の喘息発作には大気汚染以外の因子の影響が大きいためと考えられた。
       近年増加傾向となっている黄砂現象との関連では、黄砂が2日観測された週は、1日も観測されなかった週よりも15歳未満の喘息発作数が有意に多かったが、黄砂が3日以上観察された週では逆に発作数が少なかった。また、他の年齢では黄砂と喘息発作との関連が認められず、黄砂と喘息発作との間に一貫した関連は認められなかった。

    3.委員の指摘及び提言概要

       わが国では粒子状物質の健康影響に関する国内知見が限られていることから、姫路市では大気汚染物質と喘息発作数との関連性を調査するため気管支喘息発作による受診者数を集計していた。本研究では、PM2.5の環境基準作成の際に今後の課題として示されていた、わが国の疫学調査によるデータ集積について、期待通りの成果が得られている点や姫路市の調査より得られたデータを国の研究費を用いて有効に利用できた点が大変評価される。早めの論文発表が望まれる。
       一方、用いたデータや考察に関連し、大気環境常時監視局の記載で、データが一般局か、自排局の明示、また、姫路市全体の解析で一般環境大気測定局の平均値を用いた場合の解析、大気汚染と0-14歳児の発作数との関連が低いように見える一因としてステロイド吸入による治療の普及についての考察の検討が今後必要とされる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:健康S-04 大気中粒子状物質等が循環器疾患発症・死亡に及ぼす影響に関する疫学研究(H20-21)

    研究代表者氏名:新田 裕史 (国立環境研究所)

    1.研究概要

       粒子状物質の循環器疾患に及ぼす長期および短期曝露影響に関する疫学研究は欧米を中心に報告されており、環境基準設定の際の重要な知見とされている。一方、欧米と異なる遺伝的背景、生活習慣、疾病構造の異なる日本(アジア)における同様の研究知見は限られている状況である。 日本においては、全国の大気汚染常時監視局が設置されて、長期間の大気汚染濃度データが蓄積されている一方、循環器疾患をエンドポイントとしたコホート調査や循環器疾患発症登録は、大気環境の曝露影響を想定していないため、これらの既存のデータを用いての解析には、必要な情報を抽出し整備する必要がある。
       そこで本研究では、既存の循環器疾患コホート調査データならびに特定地域での循環器疾患発症・死亡データと全国の大気汚染常時監視局より得られた大気汚染物質濃度データを結合することにより、大気汚染の健康影響評価のための疫学調査に必要なデータベースを構築するとともに、このデータベースを用いた解析を行い、我が国における粒子状物質による循環器疾患への長期および短期曝露影響についての知見を得ることを目的とした。
       サブテーマは以下の3つである。
       (1)疫学研究のための大気汚染物質曝露データベースの構築
       (2)地域コホートにおける循環器疾患発症・死亡に関する疫学研究
       (3)女性コホートにおける循環器疾患発症に関する疫学研究

    2.研究の達成状況

    [1]疫学研究のための大気汚染物質曝露データベースの構築
       大気汚染常時観測局のデータを用いて、各サブテーマにおける大気汚染物質曝露データベースを構築した。長期曝露影響評価のために各大気汚染物質の年平均濃度データベースを作成し、短期曝露影響評価には日平均濃度のデータベースを作成した。これらの環境ベースと既存の後述のコホートデータとを地理情報システムを用いて結合し、大気汚染物質の健康影響についての疫学研究への利用が可能となった。
    [2]地域コホートにおける循環器疾患発症・死亡に関する疫学研究
       日本全国を網羅するコホート(NIPPON DATA 80/90)と大気汚染物質曝露データベースより、長期間の粒子状物質曝露と循環器疾患死亡リスクとの関係を明らかにした。中央環境審議会の微小粒子状物質環境基準専門委員会における検討において、本研究の地域コホートにおける長期の循環器疾患死亡リスクに関する疫学研究の結果を提示し、答申作成に貢献した。また、地域の脳卒中と心筋梗塞を網羅する長期的な症例登録研究である高島循環器疾患発症登録データおよび長浜測定局の測定値から算出した大気汚染物質濃度データを用いて、各大気汚染物質と循環器疾患発症との関連を解析した。いずれも欧米とは異なる結果が得られ、今後の大気環境の健康影響を検討する疫学研究において、調整すべき因子が明らかとなった。
    [3]女性コホートにおける循環器疾患発症に関する疫学研究
       国内の看護職有資格者を対象とした日本ナースヘルス研究のデータと大気汚染物質曝露データベースを組み合わせ、循環器疾患に対する大気汚染物質の短期曝露影響評価を行った。 上記のサブテーマの結果から、既存のコホート・疾患登録と大気汚染常時監視局のデータを組み合わせた解析により、大気汚染物質や気象因子の長期・短期曝露による影響が評価できることを示した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       日本では粒子状物質の循環器疾患に及ぼす曝露影響に関する疫学研究の研究知見は限られているなかで、既存の大気汚染濃度データ、循環器疾患コホート調査や循環器疾患発症登録のデータから データベースを構築、解析し、曝露影響についての知見を得ることを目的としているが、環境ベースと既存のコホートデータとを地理情報システムを用いて結合し疫学研究への利用を可能とした点、地域コホートにおける長期の循環器疾患死亡リスクに関する疫学研究の結果を中央環境審議会に答申作成に貢献した点、大気汚染物質と循環器疾患発症との関連の解析で欧米とは異なる結果から今後の健康影響を検討する疫学研究において調整すべき因子を明らかにした点が大いに評価される。
       一方、我が国と欧米における粒子状物質の健康影響の顕れ方の違い(SPMと循環器関連疾患の死亡、発症との間に明確な関連は認められなかった)についての要因を解明するために、疫学研究や動物実験として何が必要か、どのような体制が必要かについてもう少し踏み込むことが必要とされる。いずれにしろ、今後さらに継続した研究が必要である。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    研究課題名:健康S-05 環境リスクにかかわる有害性情報の共有・共同利用のあり方に関する法学的研究〜有害性情報保有における権利保護と化学物質管理促進のための法制度の国際的比較検討(H20-21)

    研究代表者氏名:織 朱實 (関東学院大学法学部)

    1.研究概要

       化学物質管理はハザード管理からリスク管理へと国際的にも大きな政策転換がなされてきているが、適切な化学物質のリスク管理のためにはリスク情報および有害性情報収集が不可欠である。しかし、この情報の共有をめぐる法的課題については、論点整理がまだ充分になされていないことから、本研究では、関係者間(国、企業、研究機関、NGO)の権利関係、情報共有・共同利用にかかわる法的論点を、企業秘密、知的所有権、費用便益の関係等様々な視点から、整理し、将来のわが国のルール作りに向けての提言を行う。
      本研究は、有害性情報等の共有・共同利用に関わる法的課題について、諸外国の制度を比較検討しながら、共有・共同利用に関する論点及び国際的動向を整理するとともに、今後の我が国における制度設計に関する提言行い、もって我が国の化学物質リスク管理政策の促進に資することを目的としている。研究方法としては、日本国内・欧米・アジアの行政・事業者に対するヒアリング、問題意識現地調査を実施するとともに、その結果を踏まえた分析、考察を行った。
       研究の結果、各国へのヒアリング・現地調査の結果、有害性等データの財産権の性質及び保護の方法を議論するにあたっては、事業者と政府・公衆との責任分担、事業者間の公平性の確保、の二つの側面を分けて考える必要があること、汚染者負担の原則等から、政府・公衆との関係において事業者の財産的権利の保護の程度のバランスが要求される一方、同種の責任を持つ事業者間では競争条件の公平性が要請される等いくつかのポイントが判明した。その上で、我が国の化学物質審査規制法等現行法制度においては、諸外国と異なり、事業者提出情報の取扱に関する明確なルールが欠けており、今後は、提出者の権利保護と、行政情報の利用可能性の確保の観点をふまえたルールの策定の必要があることを指摘し、提言している。

    2.研究の達成状況

       化学物質の有害性情報の「情報共有」に関しては、今後様々な問題が発生することが想定されるにもかかわらず、その法的課題についての論点整理はまだ充分ではなかった。そうした中、EU及び北米の制度並びに我が国の制度の比較検討を行い、リスク情報が私人の財産でありかつ行政資源であること、さらに国内外の多数者の共同利用の対象となる公共財ともなりうる特色に配慮しつつ論点整理と考察を行った本研究は、グローバル化するリスク管理をめぐる法的課題の中で情報が果たす役割に関する議論に一つの素材を提供するものである。
      また、近年、行政の情報処理活動に焦点を当てた行政情報法の研究も進んでいるが、本研究はこの分野の事例研究の一つとして位置付けることも、さらに化学物質情報の知的財産の観点からの研究にむけての基礎作業の一つとしての意義をもつものと評価することもできると考えている。今後化学物質審査規制法の施行・運用ルールの検討や、同法の改正にかかる議論がおこなわれる際に、本研究の「情報共有」に関する法的論点整理がそれらの議論に貢献すると考えている。

    3.委員の指摘及び提言概要

       化学物質管理のリスク管理のために情報や情報収集が不可欠であるが、情報共有の法的課題について論点整理がまだ充分になされていないことから、諸外国の制度の比較検討をし、法的論点を整理しわが国のルール作りに向けての提言を行うことを目的としているが、リスク情報が私人の財産かつ行政資源であること、国内外の多数者の共同利用の対象となる公共財ともなりうることに配慮しつつ論点整理と考察が行われた。 リスク情報の権利保護と公開にかかわる課題と問題点について、焦点を明確にし取り組んだ点、詳細なヒアリング調査を行い知見が集積された点が評価される。
       一方、得られた知見を集約、整理し、導き出される具体的な提案、提言に関しては不十分であり、単なるヒアリング調査報告にとどまっている。ヒアリング調査結果から結論を導出する際、エヴィデンス(データなど)も含めて、あるいは利用して、結論などを補強する工夫が求められる。 また、得られた情報を一般の研究者に目の触れる形にすべきであるが、学会、学術誌への発表がなされておらず成果の公表が必要とされる。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:水-06 有機フッ素化合物の発生源、汚染実体解明、処理技術開発(H20-21)

    研究代表者氏名:中野 武 (兵庫県立健康科学研究センター)

    1.研究概要

       有機フッ素化合物については有害性、残留性、生物蓄積性、地球規模の汚染などが報告されている。その一つであるPFOSは2009年5月にPOPs(残留性有機汚染物質)条約の規制対象に追加指定されるなど、有機フッ素化合物の規制に対する国際的な取り組みが進められている。
      その環境汚染についてスポット的には解明されているものの、必ずしも環境汚染実態の全体像が解明されているわけではなく、この解明にむけて集中的にプロジェクトを組み、高濃度汚染地域自治体が共同し、地域内に立地している製造および使用事業場の排出実態を解明し、前駆体や分解物を含めた異性体分布や炭素鎖の異なる関連物質を含めた総合的な実態解明を実施した。

    2.研究の達成状況

       大気中有機フッ素化合物の同時分析法を開発し大気中フッ素テロマー化合物及びPFCAs、PFASsの実態調査を実施し、地域や時期で濃度パターンが顕著に変化することが分かった。 「近畿の水がめ」琵琶湖から、大阪湾までの、湖・河川・海域の有機フッ素汚染を自治体の枠を超えて実施した。大阪湾でのPFCA濃度は、製造事業場のPFOA削減対策、及び代替品への移行により、PFOAは減少し、PFHxAの濃度が上昇している。下水処理場への流入幹線経路の逆探査から、排出事業場を見いだす「東京方式」により、新たな排出事業場を特定した。排出事業場への指導や、PFOSのPOPsへの追加など、排出削減活動により、多摩川や下水処理場放流水からのPFOS等の負荷量は、減少した。トンボを用いた生物モニタリングの結果、工場周辺で高い濃度が検出されたほか、近くに発生源関連事業場のない山間部などで高い濃度の見られる場所が見つかった。生産、使用現場以外にも、埋め立て処分場などの新たな汚染源があることを示唆する結果で、今後の対策立案に向けて貴重な情報と考えられる。

    3.委員の指摘及び提言概要

       有機フッ素化合物の環境汚染実態の全体像の解明を目的としているが、多くの知見(大気及び水環境中の濃度の詳細測定、日間変動、季節変動を明らかにしたこと、汚染実態から発生源を特定できることを可能にしたこと等)が集約されている点、また、予算額に対する論文数や今後の環境政策ヘの貢献が期待できる点がおおいに評価される。
       一方、課題名に記されている処理技術開発については、取り組み内容、および、成果ともに不十分であった。今回の研究成果が環境政策などに効率よく活かされるには、実態を踏まえ、ある流域を対象として、発生源、汚染実態の解明、さらには環境中の有機フッ素化合物レベルを問題ないレベルにリスクを提言するための方策を提案していくことが必要である。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a


    事後評価 第4研究分科会<生態系の保全と再生>


    i.環境問題対応型研究領域

    研究課題名:F-051 脆弱な海洋島をモデルとした外来種の生物多様性への影響とその緩和に関する研究(H17-21)

    研究代表者氏名:大河内 勇 ((独)森林総合研究所)

    1.研究概要

       海洋島は固有の生態系を発達させてきた。そこでは今でも進化が起こっており、科学的価値も極めて高い。しかし、海洋島の生物は長らく天敵などの脅威にさらされてこなかった上、環境収容力が小さいため、侵入生物による捕食や種内競争の影響を受けやすいことから、その生態系は極めて脆弱であり、人間の移住による乱獲、生息地の減少、外来種などにより存亡の危機にある。
       本研究は、小笠原諸島における外来種管理戦略を構築し、世界自然遺産への登録、生物多様性条約等の国際条約や保全プログラム、国有林の森林生態系保護地域の管理、外来生物法や自然再生法による事業の実行などに貢献することを目的として、小笠原諸島の外来種の影響解明と管理手法の開発研究を行った。
      サブテーマは次の6つである。
    (1)小笠原諸島における侵略的外来植物の影響メカニズムの解明と、その管理手法に関する研究
    (2)小笠原諸島における侵略的外来動物の影響メカニズムの解明と、その管理戦略に関する研究
    (3)固有陸産貝類の系統保存に関する研究
    (4)侵略的外来種グリーンアノールの食害により破壊された昆虫相の回復に関する研究
    (5)グリーンアノールの生息実態と地域的根絶手法に関する研究
    (6)侵入哺乳類が小型海鳥類の繁殖に与える影響評価

    2.研究の達成状況

    • 小笠原の固有種の宝庫といわれる乾性低木林で外来樹木ギンネム・モクマオウが在来植生の回復を妨げる機構を解明し、モクマオウの駆除方法を明らかにした。また、外来雑草侵入リスク評価(WRA)の開発などを行った(サブ1)。
    • 小笠原の森林における鳥による種子散布の実態を解明し、イソヒヨドリや海鳥が離島間の外来植物の伝播を行う可能性を示した(サブ2)。
    • 小笠原の父島・母島では固有昆虫類を衰退させた原因がグリーンアノールによる捕食圧であることを解明し、訪花昆虫の減少が在来植物の結果率に及ぼす影響を解明した(サブ2)。
    • 外来種による影響で個体群存続の危機にある固有昆虫については、生息域内における人工的な生息地の創出および域外飼育手法の確立による保全手法を開発するとともに、無人島における簡便なモニタリング法を確立した(サブ4)。
    • また、グリーンアノールの個体群動態を解明し、根絶に必要な捕獲効率等を示した(サブ5)。
    • 外来種ニューギニアヤリガタリクウズムシの固有陸産貝類への捕食の影響は極めて大きかったが、他の大型土壌動物への影響は小さかった。また熱水処理によるウズムシの検疫手法を開発した(サブ2)。
    • 固有陸産貝類の天敵は他にクマネズミ等があり、それらの影響を明らかにした。また、固有陸産貝類の遺伝的解析から系統保存の順位を提案するとともに、飼育下での繁殖技術も開発した(サブ3)。
    • ノネコ、クマネズミによる海鳥への食害が個体群にとって致命的であることを明らかにし、ノネコの駆除が海鳥の回復に役立つことを示した。
    • 海鳥繁殖地は、無人島等の遠隔地にあるため、モニタリングを行うための無人監視システムの開発を行った(サブ6)。
      一般に外来種対策として対象種の根絶を目標とすることが多いが、外来種の根絶が逆に他の外来種の増加と悪影響を誘発する可能性を明らかにし、外来種対策はその結果を予測するために生物間相互作用の理解に基づく必要があり、順応的に行わねばならないことを示した。
       これらの成果をもとに、小笠原世界自然遺産候補地科学委員会等の委員として提言し、林野庁、環境省、東京都、小笠原村などの保全・管理事業の科学的支援を行い、世界自然遺産に向けた総合的な生態系管理と利用に貢献した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は小笠原諸島への侵入生物、植物では主にギンネムとモクマオウ、動物ではグリーンアノールとニューギニアヤリガタリクウズムシ、鳥類への影響に関してはクマネズミとネコの在来生態系に対する影響を明らかにし、その対策の提言を行ったものである。
       海洋島に特有の外来種の影響メカニズムが、一般外来種の影響メカニズムから区別されて示されなかったのは残念であるが、研究結果として、外来侵入種による影響メカニズムの解明に成功し、取るべき対策を提言したことは評価できる。
       この種の研究では、日本における長期観測地の例が少ないので、それにもっとも適したサイトであり、研究である。何年かおきに継続観測できるシステムをつくることが望まれる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:F-071 炭素貯留と生物多様性保護の経済効果を取り込んだ熱帯生産林の持続的管理に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:北山 兼弘 (京都大学)

    1.研究概要

       ボルネオ島を中心とした赤道熱帯降雨林地帯には、商業的に木材生産を行うための生産林が広がっており、そこは実質的に多くの動植物種の生息場所となっている。このため、持続的な森林管理を導入し、木材生産と生物多様性保護の両立を図ることが求められている。持続的管理のメカニズムとして「低インパクト伐採」と「森林認証」が考えられているが、それらの効果は検証されていない。
      本課題は、持続的森林管理における炭素貯留と生物多様性の保護効果を明らかにすることにより、生態系サービスに基づく価値を付与することによって林業的メカニズムに経済的動機付けを与え、これらの広範な導入を促進することが目的である。
       サブテーマは次の4つである。
    (1)熱帯生産林の健全性と持続性に関する生物多様性指標の開発
    (2)熱帯林の森林認証における生態系評価手続きと監査手法の制度的検討
    (3)熱帯生産林における森林認証導入の社会的インパクトに関する研究
    (4)森林認証導入による熱帯生産林における炭素貯留と生物多様性保護の追加性に関する研究

    2.研究の達成状況


    (1)様々な分解者や樹木種を対象に択伐施業への応答を調べたところ、低インパクト伐採は原生林と類似性の高い生物群集を維持しており、生物多様性保護の効果が高いことが明らかとなった。さらに、あらゆる分類群の群集組成において伐採の強度に対して類似した変化がみられ、単に個体数や種数を用いるよりも群集を用いた方が伐採影響を鋭敏に指標できることが分かった。
    (2)アンブレラ種であり絶滅危惧種であるオランウータンをモデルとして選び、上空センサス、衛星データ解析、Decision tree法によるモデルを組み合わせて、生息適地選定手法を確立した。これに基づき生産林内に保護効果の高い大型哺乳動物保護区を設定するための生態系評価手順を検討した。
    (3)気候変化と森林施業の条件を組み合わせて異なる将来シナリオを作り、土壌炭素およびバイオマスの炭素貯留量の長期変化を予測する手法を確立し、低インパクト伐採の炭素貯留効果を定量的に明らかにした。
    (4)自動撮影カメラを適切に配置して、熱帯生産林における中型・大型哺乳動物の種多様性および各種の相対密度を把握する方法を検討し、得られた種毎の相対密度データから各種の分布決定要因をモデル化する手法を確立した。森林認証制度による社会的インパクトについて、制度上および運営上(認証取得審査、継続審査および森林管理)の問題点を明らかにし、社会的インパクトの軽減のためのチェックリストを作成した。
      以上の成果に基づき、持続的森林管理に経済的動機付けを与え、主要な二酸化炭素排出源である熱帯降雨林の炭素貯留と生物多様性保護の調和的解決への貢献が期待される。

    3.委員の指摘及び提言概要

       生態系の現存量に関係する炭素貯留や生物多様性など生態系に関する知見は、具体的で理解しやすい成果を挙げ、研究は着実に前進したといえる。
       一方、研究全体で政策的インプリケーションを提示することを意識していることはよく理解できたが、社会科学アプローチを実施すべき研究者が参画しているサブテーマ(3)の組み立て方をもっと工夫すべきだったのではないか。結論部分では、もう一歩先に進めて政策改善への道筋(ロードマップ)を示して欲しかった。オランウータンの研究については興味深いが、本研究課題に対する貢献という観点からは貢献が不明確と言わざるを得ない。 国際的に重要な研究課題であるにもかかわらず、十分な研究業績をあげておらず、また国際的な情報発信に乏しい。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:F-072 トキの野生復帰のための持続可能な自然再生計画の立案とその社会的手続き(H19-21)

    研究代表者氏名:島谷 幸宏 (九州大学)

    1.研究概要

       トキの野生復帰を推進するためには、試験放鳥されたトキの生態情報や地域の社会的情報の変化も組み込み、社会の実情にあった自然再生計画を立案し、それを推進するための社会的合意形成が強く望まれている。 本研究の目的は、2015年までに60羽定着を目指す現在の放鳥・定着スケジュールの中で、「自然的・社会的環境に適合した持続的な自然再生計画を立案すること」である。そして達成目標はその自然再生計画を地域に定着させることである。
      本研究は、自然の仕組みを再生するグループと社会の仕組みを再生するグループから構成される。自然の仕組みを再生するグループでは、「トキが持続的に生息できる生息環境の保全・整備プログラム」を、自然科学的な観点から現実的なレベルで示すことを目的とした。放鳥が予定される佐渡全域を視野に、エサ場となる水田や河川環境、あるいは営巣場所となる森林環境の情報をGIS上でデータベース化した上で、ハビタットレベルでの生物量データを組み込み、ランドスケープレベルの再生プログラムを立案・提案することを目指す。そして、社会の仕組みを再生するグループでは、行政および市民と連携し、上記プログラムを地域社会に定着させるための社会的合意形成のシナリオを描くことを目指した。サブテーマは次の8つである。
       (1) 採餌環境としての河川生態系の評価
       (2) 採餌環境としての水田・草地生態系の評価
       (3) エサ場創出維持技術の確立
       (4) 営巣・ねぐら環境としての森林生態系の評価
       (5) GISによる水田・河川・森林環境情報の一元的管理システムの確立
       (6) 中国におけるトキの生態情報の収集
       (7) 国内放鳥トキの生態情報の収集
       (8) トキの生息環境を支える地域社会での社会的合意形成の設計

    2.研究の達成状況

       自然の仕組みを再生するグループでは、自然再生シナリオを作成する上で不可欠な情報プラットフォームとして、佐渡島における農地・森林・河川などの自然基盤情報や道路・集落などの社会基盤情報を広域に集積・統合したGISデータベースの構築を推進した(サブテーマ(5))。さらにそれを活用した景観解析と生物量調査に基づき、トキの主要な餌生物である両生類、ドジョウ、バッタ類などの全島的餌資源マップ(サブテーマ(1)・(2))と中国産トキの営巣適地情報から推定した好適営巣地マップ(サブテーマ(6))、さらに佐渡島において放鳥されたトキの生息場所利用マップ(サブテーマ(7))を作成・統合することで、自然再生を効果的・効率的に進めるべき再生重点候補地を佐渡島内において抽出した。これらのプロセスを通じて得られた景観スケールでの再生重点候補地に対し、本プロジェクトにおいて有効性を検証したさまざまな農地・河川・森林再生技術(サブテーマ(2)・(3))を立地環境あるいは集落状況に応じて選択的に導入することにより、景観スケールから局所スケールに配慮した具体的な再生シナリオを提示することが可能となった。
       社会の仕組みを再生するグループ(サブテーマ(8))では、トキの野生復帰に向けた自然再生計画に関する社会的合意形成において、1)柔軟なゾーニングの解釈、2)地域のステークホルダーの関心を踏まえた自然再生事業の推進、3)行政機関間、各行政機関内部の組織、NPO、市民グループ等の組織、団体間の連携推進、4)トキの歴史的コンテクスト発掘の試み、5)世代をつなぐ活動の推進、が重要であることを明らかにした。また、このような点を考慮しながら合意形成を推進するには、1)島内外を都合する合意形成プロセスをプロジェクトとして構築すること、2)情報伝達・共有の活発化を図ること、3)地域の主体的な活動、地域間をつなぐ活動をサポートする体制を整備すること、4)多様な行政主体、大学など研究機関間をつなぐマネジメント体制を整備すること、が重要であると帰結した。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は、トキの復帰というプロジェクトに対する基礎研究という形態をとっているが、復元生態学の推進に対して大きな貢献を成し得たものといえる。  対象となる鳥だけでなく、その餌の分布の生態調査や生息地の推定について、さまざまな手法を組み合わせて総合的に行ったこと、それによって実行可能な政策決定を行う筋道をつけたことは評価できる。
       トキの野生復帰という壮大で一般の人にも夢を与える試みのための研究であり、様々な成果を上げたと思われ、トキの野生復帰を成功させるのに欠かせないデータ、知見も大量に収集されている。今後、現在のトキの分布傾向が当初の予測と違っていたことも含め、詳細な分析を行うと共に、科学的国際的な成果の情報発信を望みたい。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:F-073 土壌生物の多様性と生態系機能に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:金子 信博 (横浜国立大学大学院)

    1.研究概要

       土壌の生物多様性の保全は、土壌生物が持つ生態系機能を通して地球環境の保全に重要であり、生物多様性と地球環境問題の両方にかかわる課題である。土壌は物質循環の維持、一次生産、水の浄化、炭素隔離といった機能を持ち、その機能は陸上で最も多様な土壌生物によって担われているが、土壌の生物多様性の保全と機能の関係についての理解は不十分である。そこで、土壌生態系における生物多様性と生態系機能の関係を明瞭に説明し、土壌保全の重要性を生物多様性の面から再定義することを目的とした。本課題では特に、生物による土壌構造の変化が多様性と機能を結ぶ重要な生態過程であると考えた。
       サブテーマとして次の5つを設定し、研究を行った。
       (1) 森林における植生と土壌生物多様性の相互依存性に関する研究
       (2) 農法が土壌生物多様性と生態系サービスに与える影響の解析
       (3) 同位体を用いた土壌食物網による炭素利用の解析
       (4) 土壌細菌の多様性と機能解析
       (5) 生態系の生物多様性と生態系機能に関する研究

    2.研究の達成状況

       日本の4カ所の野外調査地において各サブテーマが共同して研究を実施した。
    1)森林における野外操作実験と撹乱に対する土壌生態系の反応の解析から、伐採後の植生回復に土壌団粒の保全が重要であり、樹種がミミズ群集の反応を通して細菌群集を決定し、土壌炭素の分布を変えていることを明らかにした。
    2)土壌微生物群集を網羅的に概観する定量的な遺伝子解析手法を開発した。さらに、保全型農法(不耕起、カバークロップ導入)と土壌団粒を生成するミミズが土壌微生物と土壌小型節足動物の群集を変え、土壌への炭素隔離を促進することを明らかにした。
    3)放射性炭素同位体を用いてミミズや土壌を食べるヤスデが落葉直後の有機物以外に10年ほど前に光合成で固定された古い炭素を利用しており、腐食連鎖が地上部の食物網にも影響していることを明らかにした。
    4)詳細な細菌群集のクローニングにより土壌A層、B層と風化花崗岩の細菌群集の類似性を発見した。土壌への栄養塩の添加や土壌動物による摂食が引き起こす群集の変化の解析から、土壌の微生物群集の維持機構に関するモデルを提案できた。
    5)陸上生態系で物質循環のほとんどを担っている土壌では、植物に加え、土壌動物の活動が微生物を群集レベルで変化させ、多様性を維持していることを明らかにし、生態系機能に重要な生物群の多様性維持機構についてあらたな概念を提示できた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       土壌生物の多様性の研究は地球環境の維持のために重要であることは、すでに指摘されており、今後の研究に負うところが多い中で、本研究では新しい知見が得られている。特に森林土壌かく乱実験結果は興味深い。
       研究はほぼ計画通り進められて、すでに多くの成果が公表されつつある。ただし、科学的知見をどのように社会に還元するか、環境政策についての寄与という点では若干インパクトが弱かった。そのことを念頭において進めるべきであったと思われる。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b  


    研究課題名:G-071 北東アジアの草原地域における砂漠化防止と生態系サービスの回復に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:大黒 俊哉 (東京大学大学院)

    1.研究概要

       乾燥地での人間活動は、草原を主体とする生態系が提供する各種サービスに大きく依存している。したがって、砂漠化防止と持続的な生産活動を両立させるためには、生態系サービスの安定的な提供が可能となるような、生態系機能の再生と、それらの持続的管理が不可欠である。
      本研究は、北東アジアの放牧草地を対象に、砂漠化した土地の生態系再生と持続的な生物資源利用の両立が可能となるような環境修復の指針を提示することをめざす。そのためにまず、
      植生の回復力が高い(低い)場所はどのような規則性で分布しているのか?
      環境修復の鍵となる植物はどのような環境適応力を持っているのか?
      さまざまな植生回復技術は、どのようなメカニズムで環境修復を促進するのか?
      ということを、リモートセンシング、環境制御実験、野外実験などによって明らかにする。そして、これらの成果を組み合わせて生態系モデルを開発し、さまざまな植生回復や環境修復技術の適用効果を予測する。これにより、「どの場所に、どのような技術の組み合わせをどの程度重点的に適用すれば最大の効果と持続性が得られるか」についての科学的な根拠を示すことをめざす。
       サブテーマは次の3つである。
    (1)植生回復ポテンシャル評価および生態系再生予測モデルの構築
    (2)荒廃した草原の回復にかかわるkey speciesの環境適応性の解明
    (3)植生回復過程における環境修復効果と種間相互作用の解明
    (4)半乾燥砂漠化地域に生育するkey species−ecotypeの生理生態特性の比較解析

    2.研究の達成状況

       本研究により得られた具体的な成果は下記の通りである。
    (1)長期観測プロット等における信頼性の高い野外観測データにより、回復の鍵となるプロセス(キープロセス)を制御する要因を抽出するとともに、緑化や禁牧等の環境修復技術の適用がどの程度回復を促進する効果があるのか、技術間で効果にどの程度違いがあるのかを明らかにした。また、回復プロセスにおける降雨変動性の影響を定量的に実証することにより、非平衡環境における予防的管理の重要性を明らかにした。
    (2)生態系モデルと風食モデルあるいは水分・熱・溶質移動モデルを組み合わせた統合モデルを構築することで、質的変化を伴うキープロセスを精度よく再現できることを明らかにした。
    (3)地理情報システムおよびリモートセンシングにより、これまで困難であった、空間的に不均質な植生の質的差異や回復ポテンシャルの差異を精度よく検出する手法を開発した。
    (4)上記で作成したベースマップおよび統合モデルを適用し、費用便益算出手法により、最大の費用対効果をもたらす砂漠化対処技術の適用手法について検討を行い、最適な技術選択の組み合わせを空間明示的に予測する手法を開発した。
      本手法は、砂漠化対処施策の経済的効果および具体的な最適管理指針を地図上で同時に示すことができるものであり、これまでの砂漠化対処におけるシナリオアセスメントの問題点を克服する成果である。 以上のように、本研究課題では多数の学術的知見が得られただけでなく、それらを統合し、政策決定者や土地管理者に直接利用できる情報を示し、砂漠化対処政策に貢献しうる具体的な対処手法を提示することができた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       日本とも密接に関連する北東アジアの草原地域を対象に砂漠化防止と生態系再生を目指した本研究の成果は、砂漠化被災地域にとって重要な「持続的な土地利用管理」にもつながることが期待される。
       一方、図化技術、主要植物種の環境適応性、植生回復過程、主要植物種の生理生態特性などに一定の成果を挙げているが、いずれも地理学、植生学、植物生態生理学の個別成果であって、砂漠化防止につながる砂漠学とも言うべき研究成果には至っていないのは惜しまれる。砂漠化の自然・社会・経済論を根本において考察する必要があろう。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a  


    研究課題名:自然S-01 DNAアレイを用いた種特異的分子マーカーの効率的作製技術の開発に関する研究(H20-21)

    研究代表者氏名:中嶋 信美 ((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

       遺伝子組換え農作物がもつ除草剤耐性遺伝子などの人為的に導入した遺伝子(組換え遺伝子)が、自然環境条件下で近縁種へ浸透する可能性を、分子生物学的手法で定量的に評価する研究を可能にするため、種特異的分子マーカーをDNAアレイ法を用いて効率よく多数取得する技術を開発することを目的として、ナタネ類3種について,DNAアレイ解析のシグナル強度が種間で10倍以上異なる遺伝子を192遺伝子座選んだ。選抜した遺伝子座の両端25塩基をプライマーとして合成し、シロイヌナズナ,セイヨウアブラナ,カラシナ,アブラナのDNAをテンプレートとしてPCRをおこなった。4種類すべてについてDNAの増幅が見られたのは53遺伝子座であった。これらのうち25遺伝子座について3種の塩基配列を比較したところ、すべての遺伝子座で少なくとも2種間で塩基配列の変異が存在した。9遺伝子座についてはナタネ類2種について当該遺伝子座の塩基配列を確認し、全てにおいて種間変異が存在していた。以上のようにDNAアレイ解析を利用することで通常2年程度かかる種間変異遺伝子座の情報取得を6ヶ月程度で大量に取得することが可能となった。

    2.研究の達成状況

    • 【方法】cDNAアレイの解析結果に基づいて、セイヨウアブラナ、カラシナ、アブラナについて、アレイのシグナル強度をこれらの2種間で全ての組み合わせ(セイヨウアブラナ×カラシナ、セイヨウアブラナ×アブラナ、カラシナ×アブラナ)について比較し、アレイのシグナル強度が種間で10倍以上異なる遺伝子を416個選抜した。これらの遺伝子について、シグナル強度の比較を3種間で改めて行い、シグナル強度の分散が3種間で大きいものから順次マーカー化を行い、現在までに192遺伝子座を選んで、アフィメトリックス社より提供されているプローブセットの両端の25塩基をプライマーとして合成した。合成したプライマーを用いて、シロイヌナズナ、セイヨウアブラナ、カラシナ、アブラナのDNAをテンプレートとしてPCRをおこなった。アニーリング温度を50℃、55℃、60℃の3条件でPCRをおこなった。PCRで増幅したDNAを電気泳動して分析し、4種すべてでDNA断片の増幅が見られた遺伝子座を選んだ。次に増幅されたDNAをpGEM-Teasyにクローニングし、それらの塩基配列を調べた。
    • 【結果】上記の方法でPCRをおこなったところ、77遺伝子座ではシロイヌナズナのDNAをテンプレートにしてもDNAの増幅が見られなかった。4種類すべてで増幅が見られたのは53遺伝子座であった。これらのうち25遺伝子座について3種の塩基配列を比較したところ、すべての遺伝子座で少なくとも2種間で塩基配列の変異が存在した。9遺伝子座についてはナタネ類2種について当該遺伝子座の塩基配列を確認し、全てにおいて種間変異が存在していた。種間変異が認められたこれらの配列において、遺伝子座においてマーカー化の検討を行った。このうち4遺伝子座では、対象配列中に大規模な挿入/欠失変異が種間で存在しており、これらの変異はPCR増幅断片の変異(SSLPマーカー)として検出できる可能性が高いことから、今後はキャピラリー型シーケンサーを用いたフラグメント解析系への適用を検討していく予定である。
       捕捉した変異領域を対象に37種類のCAPSマーカー(PCR-RFLP、PCR増幅断片の制限酵素処理断片長の多型)の検討を行った。その結果、セイヨウアブラナ特異的なパターンを示すRFLPが6種類確認された。一方、これらの遺伝子座において、複数個体のDNA検体を対象にCAPSマーカーとしての汎用性を検証したが、予想以上に種内変異が多く、設計したCAPSパターンとは異なる結果が得られた。このような状況に対処するために、複数の遺伝子座を組み合わせた種同定マーカー(Multilocus Genotype)の検討も考慮してゆく必要があると考えられる。

    3.委員の指摘及び提言概要

       研究は滞りなく行われたが、とくに目立った成果はなく、本分野としてはもっと新規性のある視点からの取り組みが含まれるべきであったと考える。種特異的分子マーカーの効率的作成技術の開発というテーマであり、学術論文の成果を求めるのは必ずしも妥当ではないかも知れないが、研究成果発表状況が何も示されていないのでは説明責任を果たしていないと思われる。

    4.評点

       総合評点:C  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):c  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c


    ii.革新型研究開発領域

    研究課題名:RF-086 葉圏菌類の多様性プロファイルに基づく環境変動評価・予測手法の開発(H20-21)

    研究代表者氏名:升屋 勇人 ((独)森林総合研究所)

    1.研究概要

       様々な生物圏のうち、植物の葉の表面積は、温帯林だけでも常緑、落葉樹合わせて推計95,000,000平方キロメートルに及び、これは地球の陸地の約6割に匹敵する。このような広大な葉圏にも様々な微生物が存在することが知られており、多様性の隠れた源である。しかし、その多様性を厳密に評価している研究例は少ない。葉圏微生物のうち、特に菌類は植物の葉の初期分解過程に重要な役割を果たし、物質循環の重要な要素となっている。また一部の葉圏菌類は亜硫酸ガスに対して感受性が強く、大気汚染地域では生息できないことも知られている。このように葉圏菌類の多様性は物質循環に影響すると同時に、その土地の環境状況を反映していると考えられる。よって、葉圏菌類の多様性評価を行うことは、森林の生物多様性の解明はもとより、環境変動による影響評価、遺伝資源保護や利用などに様々な意義がある。ブナ林は冷温帯林の代表であると同時に、温暖化等環境変動で衰退が危惧されている森林もあり、こうした森林の多様性を評価し、保全していくことはわが国の責務である。
       そこで本研究ではブナ葉圏菌類を対象に、日本全国のブナ林における葉圏菌類相の多様性評価とそれに基づく環境変動評価・予測手法を開発する。特に多様性を評価するために分子生物学的手法を導入し、遺伝的多様性のプロファイルに基づく多様性評価手法を開発する。本研究は温暖化、大気汚染などの環境変動が葉圏菌類相の多様性へ及ぼす影響を明らかにするための予備的研究に位置づけられ、葉圏菌類相の多様性プロファイルを用いた環境変動評価・予測モデルを考案する重要な基礎となる。各地の多様性プロファイルを多変量解析により明らかにし、葉圏菌類に影響を及ぼし得る環境要因を明らかにすると同時に、環境変動の指標になり得る種類を特定する。
      サブテーマは以下の2つである。
    (1) 葉圏菌類相の多様性プロファイルの作成とそれに基づく環境変動評価・予測手法の開発
    (2) 葉圏菌類の機能評価

    2.研究の達成状況

       全国でのブナ葉のサンプリングとそれらからの菌の分離試験、およびDGGE、T-RFLPといったDNA解析から、各地で検出される葉圏菌類の種類を明らかにした。採集場所や時期により出現する葉圏菌の種類や多様性は異なる傾向にあった。調査を通して頻繁に検出されたのはPestalotiopsisDidymellaCladosporiumMycosphaerellaColletotrichumPenicilliumであった。T-RFLPにより解析した結果と各菌の出現傾向を環境パラメーターと合わせて解析したところ、特に大きな傾向は認められなかったが、夏の降雨量と微かな相関が認められた。また、Xylaria sp.1のみが寒冷地では検出されない傾向にあった。種特異的プローブを作成しリアルタイムPCRでPestalotiopsisDidymellaの検出を試みたところ、PestalotiopsisDidymellaよりも複数個所から検出されたが、逆にその頻度は低かった。また、Didymellaの頻度は積雪深と負の相関があった。一方で、腐生条件で優占するXylaria sp.1は葉からは検出されなかった。このことから場所によって葉圏菌類の種類相が異なること、その違いは周辺環境が関与していることが考えられた。特にXylaraia sp.1の分布は冬の気温に影響される可能性が示された。さらにこの種類は葉分解に重要な役割を果たす種類であると同時に、25℃以上ではリグニンを選択的に分解するという性質をもっていた。以上のことから気候変動が葉圏菌類の種類相や機能に影響を与えることで、生態系におけるカーボンサイクルに影響が生じる可能性が考えられた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       研究目的のうち環境要因の解明は達成できたが、環境変動の指標になりうる種類の特定は分からない。きちんとした研究がなされたことは認めるが、課題名に示される当初の目標と、実際に行った研究成果の科学的意義の記述は大きく異なっている。環境研究として政策につながるかどうかは不明であり、当初の目的は達成できなかったと判断される。

    4.評点

       総合評点:C  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):c  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c  


    事後評価 第5研究分科会<持続可能な社会・政策研究>


    i.環境問題対応型研究領域

    研究課題名:H-071 水・物質・エネルギーの「環境フラックス」評価による持続可能な都市・産業システムの設計に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:藤田 壮 ((独)国立環境研究所)

    1.研究概要

       本研究課題は、都市・産業活動に由来する水利用や廃棄物、温室効果ガスや排熱などについて、その空間分布の時系列での変動を把握するとともに、都市・産業活動に起因する資源・サービスの利用量やおよび環境への影響と環境資源の潜在的利用可能量を解析する「都市の環境フラックス評価システム」を構築する。「環境フラックス」の空間分布と時間変化を定量的に算定するシステムを構築することで、地域の都市・産業システムにおける環境容量を評価し、その制約条件下における技術・施策オプションを同定したうえで、地球環境保全への貢献を最大化する技術・施策シナリオの最終目標と行動計画を提示するために以下の研究を行った。
       第一に、GISデータベースの構築および要素技術評価について、拠点都市およびその周辺都市圏域における水・物質・エネルギー資源の腑存量、産業拠点における循環型産業の地域マテリアルフロー、都市活動による環境資源の消費・利用、廃棄物・廃熱等の環境負荷発生分布、その移動・変動について分布型の地域データベースの構築を行い、データベースの行政、市民利用を想定したインターフェイスの枠組みの設計も行った。次に、科学的な根拠による政策立案と評価を支援するためのシミュレーションモデルとして、構築および環境技術、政策シナリオを設計して評価するフレームを構築した。都市水・熱フラックス解析モデルの構築と検証を進め、特に都市構造と自然が混在する地域での再現性の向上を実現した。また緑化施策の導入効果について川崎市緑化指針等をもとに導入率を考慮し、エネルギー消費削減量を指標とした算定を行った。さらに、都市環境政策における合意形成支援システムでは、低炭素都市に向けた具体的な政策形成や計画立案に繋がるシナリオ策定プロセス設計を進めた。この取り組みの成果として川崎市と国立環境研究所との間で2009年1月23日に「街区エネルギー環境制御システム」等の連携・協力に関する協定を締結した。
       サブテーマは次の3つである。
    (1)圏域の地球環境影響を統合的に評価する環境フラックス評価モデルの構築に関する研究
    (2)都市活動に伴う有機物質・エネルギーの地域の分布型フラックス解析システムの構築に関する研究
    (3)都市活動に伴う水・エネルギーの地域のフラックス解析システムの構築に関する研究

    2.研究の達成状況

       本研究課題は、都市スケールにおいて、都市産業構造の循環型への転換、産業活動を都市代謝の基盤として活用することによる低炭素社会へ向けた産業システムの構築を目指し、水・物質・エネルギーに関する環境フラックスの現状把握と解析モデル構築と、環境改善技術・施策インベントリ構築により、これらのオプションがもたらす拠点都市とその周辺圏域への影響を地域地区ごとに定量的に算定することで、最適な将来シナリオの設計・評価システムを構築していく。対象とする川崎市について都市環境GISデータベース、統合的都市環境解析モデル、技術・政策インベントリ、合意形成支援システムを構築して以下の成果を得た。
    (1)都市環境地理情報データベースシステム構築
       研究対象とする川崎市と周辺圏域を対象に、分布型の環境負荷発生、環境資源分布、環境基盤施設の都市環境情報のGISデータベースを構築するなど都市・産業インベントリを含む地域GISデータベースシステムを構築して,そのプロセスを定式化した。
    (2)統合的な都市水・熱フラックス解析モデルの開発
       都市および圏域の水・大気・熱・エネルギー、資源循環について、環境資源のフローとストックの空間分布と移動特性を定量的に解析できる、統合的な解析モデルを開発する。 政策設計支援ツールとして有効なモデルとするため、大気・陸面・地下水・建物の過程を統合したモデルを開発する。これにより土地利用の変更や地下水の空調利用など複数の領域をまたぐ施策に関する評価が可能となる。モデル開発においては、気象および地下水の観測データを用いて精度の検証を行った。
    (3)環境改善技術・政策インベントリ構築と将来シナリオの構築
       低炭素社会と持続可能な都市を実現するための都市熱環境緩和技術や、資源循環技術の技術・施策インベントリを構築するとともに、都市環境解析モデルを用いた将来シナリオの設計・評価システムを構築した。緑化や保水性舗装、未利用エネルギーの利用など街区レベルでの施策の評価を目的とする。このような施策による効果は、高断熱化等の個別建物への施策と比較して定量化することが難しく、地域的な条件に左右されるためである。また、本サブテーマでは川崎市との連携のもとに川崎市内の個別建物情報および土地利用に関するGISデータを用い、詳細な情報をモデルに反映して施策の評価を行った。
    (4)都市環境政策における合意形成支援システム
       低炭素・循環型社会を実現する上で、都市が合理的な都市環境活動にむけて誘導・制御する施策を設計・実現において担うべき役割は極めて大きい。今年度は、都市・産業システムの代替的な技術・政策シナリオを定量的なインベントリとして用意することにより、環境フラックス評価システムを用いた、地域環境保全ポテンシャルを高めるための都市・産業システムをシナリオとして設計する方法論について検討した。
       低炭素・循環型社会を実現する上で、都市環境活動を誘導・制御する具体的な低炭素都市整備計画及び都市産業システムの検討に重点を置いて、都市の緑化技術及び政策システムと都市・産業共生の技術および政策システムについて定量的なインベントリとして用意することを行政の政策担当者との連携で進めた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究の主要目的は、大気・陸面・地下水・建物の過程を統合した都市・地域スケールの水・熱・資源の環境フラックス解析モデルを開発することにより、自治体における複数の低炭素施策を同時に評価するための枠組みを作成することにある。結果として、評価のモデル体系が完成し、川崎市の環境政策を、水・物質・エネルギーを総合した観点から一貫して評価することを可能にしたことは評価できる。「持続可能な都市・産業システムの設計」と道具立ての関係がやや不整合であるとの指摘はあるものの、合意形成支援システムによる将来シナリオ形成という最終目的のための道具立てが整った段階に至ったといえよう。しかし地域住民参加のための条件整備や適切な手続きの考察、地域間の物質移動のフラックスが地域内に比べて無視できない場合の合意形成をいかに行うか、モデル間の連携や境界条件をどのように処理するか等、検討はされているものの残された課題も多いことを指摘しておく。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):a  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):a  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    研究課題名:H-072 持続可能な国土・都市構造への転換戦略に関する研究(H19-21)

    研究代表者氏名:林 良嗣 (名古屋大学大学院)

    1.研究概要

       本研究は、地球環境面からの制約に対応しつつ、国民が享受するQOLをアウトカム尺度とする土地生産性を高め、人口減少下での各地域の身の丈にあったコンパクトな空間を形成する「スマート・シュリンク(かしこい凝集)」戦略が内包される国土・都市経営への転換を推進するための、政策デザインの提案を目的として行われた。
      具体的には、都市空間構造によるCO2排出量の違いをミクロ的に評価可能なモデルシステムを構築し、それを用いて低炭素で持続可能な都市空間構造を提示することはもとより、その転換への取組がビジネスモデルとして成り立つような、土地市場・交通市場の制度設計を行っている。さらに、様々な利害関係者の合意形成に配慮するための集約街区のビジュアル化による評価検討システムの提案・開発を行っている。

    2.研究の達成状況

    • サブテーマ(1)バックキャスティング・アプローチによる国土・都市構造戦略の検討:都市域の持続可能性に都市空間構造が及ぼす影響を総合的かつ定量的に評価する方法として環境(CO2)・経済(インフラ維持費用)・社会(QOL)の「トリプル・ボトムライン」によって、500mメッシュの解像度で、経年的に評価するシステムを構築した。大都市圏及び地方都市圏に適用した結果、
        1)市街地面積が現状維持の場合、郊外部がいずれの観点からも非効率となること、
        2)1人あたりCO2排出量あるいは市街地維持費用が大きい地区からの撤退によって各指標が改善し、持続性向上が見込めること、
        が示された。このシステムによって、気候変動の緩和・適応策としての都市空間構造変更案の検討が可能となった。
    • サブテーマ(2)都市圏土地利用戦略の詳細検討:都市交通の低炭素化、市民生活の利便性向上、公共交通の採算性向上という3つの価値規範から持続可能な都市交通政策を立案するためのヴィジョニングモデルを構築し、全国を269の都市圏に分けて分析し、それに基づき、望ましい都市の「かたち」を実現するための土地利用・交通の統合戦略を検討した。さらに、都心をはじめとする集約拠点への再集積を促す方策を検討するための土地利用モデルを開発し、交通戦略、エリアマネジメント、都心部における鉄道投資の効果等を分析した。
    • サブテーマ(3)戦略が目指す国土・都市像のビジュアル化とその情報基盤を活用した計画手法の検討:低炭素で持続可能な都市空間構造を実現するための戦略について、そのステークホルダーにとっての「イメージアビリティ向上」を目的として、都市空間構造変更に伴い形成される集約街区のヴィジュアルイメージはもとより、CO2排出量やQOLへの影響を適切に表現し得る、情報基盤の構築を行った。集約候補地区におけるケーススタディへの適用およびアンケート調査を通じて、その有効性を明らかにした。
    • サブテーマ(4)国土・都市戦略を支援する交通システムの詳細検討:集約地区を支えるために必要となる公共交通整備がミクロな交通流変化に及ぼす影響を分析するシミュレーションモデルを開発し、分析に基づいて交通混雑発生によるCO2排出量増加を緩和する交通需要管理策を提案した。
       以上より、広域都市圏から街区までさまざまな空間スケールで一貫した、スマート・シュリンクが目指すべき具体的な都市域のかたちと、それを実現するための施策の体系および支援ツールを整備することができた。

    3.委員の指摘及び提言概要

       人口減少下での「スマート・シュリンク」戦略が内包されたあるべき都市構造について検討した。具体的な都市を対象に空間情報を取り入れ、都市計画と交通システムの改善を統合させた温暖化対策の評価研究を行い、一定の成果をあげている。また政策のトレードオフ関係の存在を示し、全国共通のデータにもとづく知見と、具体的な地域のデータによる知見とのずれも提示できた。
      しかし、分析結果が、モデルにおけるシナリオ的想定と実際の住民の意志のどちらにより大きく依存したものなのか判断が難しい。さらに個々のサブテーマ間の連携が見えなくなっており、特に、政策立案への具体的な方向性が見いだせていないとの指摘もある。

    4.評点

       総合評点:B  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


    ii.革新型研究開発領域

    研究課題名:RF-087 日常生活における満足度向上とCO2削減を両立可能な消費者行動に関する研究(H20-21)

    研究代表者氏名:工藤 祐揮 ((独)産業技術総合研究所)

    1.研究概要

       本研究課題では、生活形態によって異なる生活のニーズに応じた行動によるCO2排出量削減の可能性を検討し、日常生活の中で自発的に実践可能で、かつ温室効果ガス削減につながる可能性のある行動を抽出し明確にすることを目的とする。まず、消費者の生活行動を規定する金銭支出や時間消費に着目し、居住地や年齢、性別等により異なる様々なライフスタイルの中で、現状の生活行動に対する環境配慮型生活行動による直接的な変化だけでなく、金銭支出・時間消費の変化によって生じる波及的な行動(リバウンド効果)も含めたCO2排出量を算出する。またこれらの生活行動に対する消費者の価値を分析し、消費者受容性の高い生活行動を提案するとともに、CO2削減効果が高いものの受容性の低い行動実施の阻害要因を明らかにする。さらに、環境配慮型生活行動に対する消費者の嗜好性を分析することにより、消費者の環境配慮型生活行動に対するニーズとCO2削減効果の阻害要因を把握し、これを解消するための情報提供のあり方について検討を行う。
       この研究を実施するために、次の3つのサブテーマを設ける。
    (1) 生活行動に対するニーズとCO2排出情報の解析
    (2) 生活行動に対する受容性と実践阻害要因分析
    (3) 生活行動のCO2排出情報提示に対する反応性分析

    2.研究の達成状況

    • サブテーマ(1)では、家計に関する統計データを用いることにより、世帯属性別に家計項目ごとのCO2排出量の平均値と標準偏差を算出し、同様の生活行動を実行している世帯間でCO2排出量の差がある食料、教養娯楽・交通・通信分野でCO2削減ポテンシャルがあることがわかった。また金銭余剰や時間余剰によるCO2排出量のリバウンド効果の大きさを定量的に評価した結果、環境配慮型行動の提案にあたってはリバウンド効果を小さくするような導入設計が求められることを明らかにした。
    • サブテーマ(2)では、温暖化が引き起こす環境影響ごとに消費者のリスク認知を、他の社会経済的リスクに対する認知と比較可能な形で明らかにした。また現在提案されている環境配慮型行動の実践と規定因を明らかにするとともに、本研究課題で提案する環境配慮型行動について、態度の形成と行動の実践の構図を、属性・ライフスタイル指向別に分析した。これらから、CO2削減につながる行動を浸透させるには、環境意識を高めるだけでなく、実践することによって何らかの便益が得られる行動の提案が必要であることが示唆された。ただし、行動自体が温暖化対策と受け取られる場合には、他者の動向に影響されることから、「クールビズ」のように社会全体で行動を実践する仕掛けが必要となる。また、消費者が要望や不満を持っている日常の生活行動が抽出し、提案の際に目標とする行動群やリバウンド効果の発生する可能性のある行動群を明らかにした。
    • サブテーマ(3)では、消費者への情報提供による環境配慮型行動実践の阻害要因の低減可能性を、購買行動を対象として分析した。購買行動に関するCO2削減可能性だけでなく、時間・費用などその他の属性を含めた部分効用を、コンジョイント分析を用いて消費者の選好性を評価した結果、購買行動におけるCO2排出量の中での削減効果よりも、より日常的な行動である家電製品の主電源をこまめに切ることによる効果の提供が比較情報として効果があるなど、消費者に提供する補助情報の種類によって消費者の反応性が異なることが明らかになった。また消費者ニーズを分析する方法として、従来から用いられてきたアンケート調査に代わり、インターネットブログのテキスト情報からテキストマイニング手法を用いて、消費者の潜在的ニーズを抽出する方法を開発した。この方法を用いた分析の結果、消費者のニーズに合致した環境配慮型行動の提案は、その行動の普及に対して重要な役割を果たしていることがわかった。

    3.委員の指摘及び提言概要

       本研究は、生活形態によって異なる生活のニーズに応じた行動によるCO2排出量削減の可能性を検討し、日常生活の中で自発的に実践可能で、かつ温室効果ガス削減につながる可能性のある行動を抽出し明確にすることを目的としている。研究の結果、環境配慮型行動の変更がもたらす「リバウンド効果」を実証分析で定量的に明らかにした。また環境配慮行動の受容において、家族構成やライフスタイル志向の違いが有意な要因となっていることや、CO2排出量の補助情報の提供による選好度変化を、多様な社会調査方法論(一例は、インターネットブログのテキスト情報からのテキストマイニング手法)を駆使して明らかにするなどの、有益な研究成果をあげた。しかし、従来型の施策が環境配慮行動型のライフスタイル志向を促す効果が少なかった理由の解明や、新しい具体的な方向性や施策の提言があればさらに良かった。

    4.評点

       総合評点:A  
      必要性の観点(科学的・技術的意義等):b  
      有効性の観点(環境政策への貢献の見込み):b  
      効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):a