研究課題別 中間評価結果(戦略プロジェクト)


研究課題名: S-5 地球温暖化に係る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに関する総合的研究 (H19-23)

研究代表者氏名: 住 明正(東京大学)

1.研究概要

 将来の気候変動を予測することは、三つの点で重要である。第一に、気候安定化ないしは気候変動緩和の目標設定の際の判断材料となること、第二に、気候変動緩和に向けて社会が取り組むための動機付けとなること、第三に、気候変動に対して社会が適応策を講じる際の判断材料となることである。気候変動の予測は各国の研究機関で行われており、国内でも「地球シミュレータ」の利用を契機に過去5年間で著しい進展があった。しかし、現時点では、国内外の各種意思決定主体や国民各層に対して、最大限利用可能な予測情報が十分に届いているとは言い難い状況にある。
 この状況を改善するため、気候モデルの性能評価や不確実性の定量化等を通じて予測の信頼性を明らかにすること、および気候変動予測と影響評価の連携を密にすることが重要な課題となっている。また、気候変動予測の空間的な詳細さが不十分であることや、人口、GDPなどの社会経済情報との統合が不十分であることも、社会が予測情報を十分に活用できない理由と考えられる。さらに、気候変動予測情報に関して各種意思決定主体や国民各層との間で十分なコミュニケーションを行うことは、政府が気候変動の緩和および適応施策を推進する上で極めて重要である。
 そこで、本研究は、気候変動予測の信頼性および予測の意味する社会への影響を明らかにするとともに、予測の空間的な詳細性の改善や社会経済情報との統合をすすめ、そうして得られた総合的な「気候変動シナリオ」に関して社会との間で有効にコミュニケーションする方法を確立することを目的とする。
 テーマは以下の4つである。
 (1) 総合的気候変動シナリオの構築と伝達に関する研究
 (2) マルチ気候モデルにおける諸現象の再現性比較とその将来変化に関する研究
 (3) 温暖化影響評価のためのマルチモデルアンサンブルとダウンスケーリングの研究
 (4) 統合システム解析による空間詳細な排出・土地利用変化シナリオの開発に関する研究

2.研究の進捗状況

[1] 総合的気候変動シナリオの構築と伝達に関する研究
 テーマ1では、気候変動予測の信頼性および予測の意味する社会への影響を明らかにするとともに、そうして得られた総合的な「気候変動シナリオ」に関して社会との間でコミュニケーションする方法を確立するための研究を行っている。
 不確実性研究として、気候モデルの現在気候再現性能と将来予測の信頼性を統計的に結びつけ、予測の不確実性を定量化する方法論の開発をほぼ完了した。また、排出シナリオの不確実性に関係するパターンスケーリングの研究、気候モデル一般の信頼性に関する研究を行った。
 影響評価研究として、陸域生態系、水文・水資源、海洋生態系・水産業、雪氷圏・海面上昇、農業・食料の各影響セクターについて、影響評価手法を高度化し、複数の気候モデルによる気候変化シナリオを用いて、不確実性を明示した温暖化影響評価を行った。
 コミュニケーション研究として、市民の意見形成支援に資するため、シンポジウム開催等を通じて一般市民およびメディア関係者とのコミュニケーションを行い、その効果を分析した。また、適応策策定支援に資するため、企業へのインタビュー調査を行い、その結果に基づき企業と研究者の勉強会を開始した。人文社会科学的アプローチとしては、アンケート調査等により一般市民と専門家の間のリスク認知や科学的認識の違いを明らかにし、グループディスカッション等により温暖化予測の不確実性が市民の温暖化対策意欲に与える影響を調査した。また、演劇ワークショップとその後の意識調査により、市民の温暖化に対するイメージが個人の性格等に関係していることを示した。さらに、マスメディア報道が市民の温暖化問題への関心に与える影響を分析した。

[2] マルチ気候モデルにおける諸現象の再現性比較とその将来変化に関する研究
 テーマ2では、複数の気候モデルによる地球温暖化予測実験データから、人間生活に直接影響する大気海洋現象の将来変化予測についての不確実性をより低減するための情報を取り出すことを目的として、第3期結合モデル相互比較マルチ気候モデル実験(CMIP3)の出力データを比較評価するとともに、将来予測と関係付けられたモデルの性能評価指標(メトリック)を構築している。
 具体的には、気候モデルの大気海洋現象再現性を評価する指標を決めると共に、全チームの協力の下CMIP3の25気候モデルの現在気候実験データを比較解析可能な形式に変換し、観測データと共に整備した。このデータを利用して、現象の再現性を評価した。台風や春一番などのモデル格子より小さいスケールの極端現象、夏の天候、降雨帯分布、降雨パターンの経年変化、エルニーニョや十年スケール大気海洋現象、モンスーン季節進行、熱帯大規模大気現象、大気循環と雲広がりとの関係について性能評価指標(メトリック)を計算して集約した。
 また、マルチモデル平均により、陸上気温の日々や月々の変動幅の不確実性を削減した将来予測結果を得た。上記の成果を利用して現在気候再現性の成績のよいモデルを選択した解析により、将来気候での現象の変化予測について不確実性を削減した情報を得た。
 さらに、個々の現象の再現性と平均気候場の再現性との相互関係の理解に基づき、日本やアジア域での気象海洋現象の再現性を気候場の再現性の評価指標を全サブテーマ協力の下に作成している。これまでに要素変数の冗長性の排除に成功した。
 なお、本テーマの成果論文11本を集約した気象集誌(JMSJ)特集号を発行した(2009年6,8月号)。これまでの成果論文総数は23本である。

[3] 温暖化影響評価のためのマルチモデルアンサンブルとダウンスケーリングの研究
 テーマ3では、全球気候モデルから出力される気候予測結果と具体的な影響評価に求められる入力情報としての予測値の空間解像度および精度のギャップを埋めるため、複数の地域気候モデルによるマルチモデル手法や統計的手法を用いて全球気候モデルの情報をダウンスケールするとともに、予測結果の不確実性の定量化および低減を図っている。
 気候予測精度の一層の向上のため、複数の20kmモデルを用いて、日本付近のダウンスケーリングを行った。結果を収集後、本課題で開発したバイアス検証システムにより県単位・流域単位で検証を行い、モデルチューニングを行った。これにより精度の向上したモデルを再解析データを境界値に20年以上積分しその精度を確認した。マルチモデルアンサンブルの作成手法は、既存の全球モデルの結果を用いて開発を進めた。このほか、双方向ネスト、疑似温暖化手法の適用も行った。
 また、個別ニーズに向けての情報抽出技術の一層の向上のため、人口の過半が集中する都市域のダウンスケーリングを複数のモデルを用いて行った。最近10年間の過去再現実験を用いる事により、都市域の温暖化に対する都市化の効果の比率を調べ10%~30%がこの効果によることを明らかにした。一方、農村・山岳域では農業生産、水利評価に向けての統計的ダウンスケーリング手法が検討された。さらに、水利への利用を考えた降水頻度のバイアス補正手法の開発を行うとともに、水稲生産評価モデルへの利用に必要な精度のデータのダウンスケーリングについても検討を行った。

[4] 統合システム解析による空間詳細な排出・土地利用変化シナリオの開発に関する研究
 テーマ4では、自然システムと社会システムを統合した解析を実現するため、第一段階として、IPCCが主導する新しいシナリオ開発の国際的取り組みの一部である代表的濃度経路(RCP)で必要とされる空間詳細排出シナリオおよび土地利用変化シナリオの作成を行っている。次の段階としては、自然システムと社会システムを統合した、新たなシナリオとその整合性の評価を行う。
 具体的には、土地被覆・土地利用の状況について、都市規模の分布パターンの解析を行い、その構造を明らかにすると共に、農地等の土地利用遷移に関しての解析を行った。エアロゾル等排出の空間分布について情報を収集し、シナリオ作成にむけて、社会経済指標との相関について分析を行った。火災による排出に関しては、陸域生態系モデルを用いた分析を行い、シナリオ作成の基礎情報を作成した。都市への集積パターンと詳細な土地利用地図を対象にした情報収集と検証のための地理情報の構築を行った。
 また、統合評価モデル(Bc-088課題)で作成された情報をもとに、空間詳細土地利用シナリオの開発を行った。GDP・人口の空間詳細シナリオを作成し、その情報をもとに8種のガス、10セクターについて空間詳細排出シナリオを作成した。火災や土地利用変化に伴う排出のシナリオについては、土地利用変化シナリオをベースに、陸域生態系モデルを用いて作成を行った。国際研究ネットワークを通じて、GHGの排出量の算定や社会経済情報の収集を行い、都市の発展プロセスの要因とメカニズムの解析を行った。
 なお、本課題で作成されたシナリオは、IPCC第5次報告書に向けた4シナリオ(RCPs)の一つとして2009年中に公開される予定である。

[5] 課題全体について
 研究開始から2年間で各テーマの科学的な研究が順調に進捗し、社会と本格的なコミュニケーションを行うための具体的な気候変動シナリオを描く段階に入りつつある。テーマ間の連携としては、テーマ2で得られるメトリックをテーマ1の不確実性研究で使用すること、テーマ4で得られる空間詳細な土地利用変化シナリオをテーマ3の都市モデル等で使用すること等について相談を進めている。また、国民の普及啓発に関する本課題の立場としては、客観的な情報提供に努めるものであるという認識を繰り返し確認した。なお、いわゆる「温暖化懐疑論」については、当初は本研究の対象外と考えていたが、一般市民の温暖化問題に対する認識に無視できない影響を及ぼしているため、コミュニケーション研究の一環として取り組みを始めた。
 他課題との連携としては、文部科学省の「21世紀気候変動予測革新プログラム」および推進費S-4課題と合同で「気候シナリオ利用タスクグループ」を立ち上げ、IPCC第5次報告書に向けた国際的な研究動向を視野に入れつつ、国内の新しい気候モデル実験の影響評価研究への効果的な利用を促進するための活動を行った。

3.委員の指摘及び提言概要

 第I期においては、課題代表のリーダーシップのもとで、これまで研究者間で大きな課題となっていた予測や影響評価の不確実性の定量化、各種モデルの信頼性評価のための現象再現性の検討、ダウンスケーリング技術の高度化による地域気候シナリオの検討、人口・GDP・土地利用変化等の社会経済指標の空間明示的シナリオの開発、等に関し着々と成果を挙げてきた。また、一般市民、メディア関係者、自治体、企業等を対象に、温暖化への理解を深めるための調査・広報活動を行い、各層の関心度や認識度など社会科学レベルでの情報収集も順調に進行している。これらから大きな最終成果が期待される。
 第II期においては、多岐にわたる研究対象のテーマ間の密接な連携と成果の統合化に一層留意されるとともに、より確かな科学的知見の抽出を目指すことを期待する。予測結果の翻訳の仕方にも創意工夫を望みたい。個別課題の中には新規性の高いものとそうでないものが見受けられるが、第II期では、新規性の高いものを中心にまとめるのか、それとも総花的に普及啓発ツールの道を行くのか検討されたい。最終的には、個別成果の羅列ではなく、S-5としての戦略的成果を挙げてもらいたい。それにより、温暖化対策政策施行のための世論形成に貢献することを期待する。最後に、大きいプロジェクトなので個々の成果に対するプロジェクトとしての自己評価も必要でなかろうか。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


研究課題名: S-5-1 総合的気候変動シナリオの構築と伝達に関する研究 (H19-23)

研究代表者氏名: 江守 正多(国立環境研究所)

1.研究概要

 気候変動予測の信頼性および予測の意味する社会への影響を明らかにするとともに、そうして得られた総合的な「気候変動シナリオ」に関して社会との間でコミュニケーションする方法を確立するための研究を行う。サブテーマは次の12である。なお、サブテーマ(9)~(12)は人文社会グループとして松本安生(神奈川大学)がグループ代表となり研究を推進した。
 (1) 総合的な確率的気候変動シナリオおよび影響シナリオの構築
 (2) マルチ気候モデル解析による近未来気候変動の確率的予測
 (3) 気候変動シナリオに基づく水文・水資源の未来像の描出
 (4) 気候変動シナリオに基づく海洋環境・水産業の未来像の描出
 (5) 気候変動シナリオに基づく雪氷圏・海面水準の未来像の描出
 (6) 気候変動シナリオに基づく農業・食料の未来像の描出
 (7) 気候変動シナリオの一般社会への情報伝達に関する研究
 (8) 気候変動シナリオの企業ニーズおよび民間市場へのインパクトに関する研究
 (9) 温暖化理解における「実感」に関する概念整理と評価手法の開発に関する研究
 (10) 意欲を高めることを重視した参加・体験型コミュニケーションに関する実証的研究
 (11) 共感を得ることを重視したロールプレイング型コミュニケーションに関する実証的研究
 (12) 分かりやすさを重視したマスメディア利用型コミュニケーションに関する実証的研究

2.研究の進捗状況

[1] 不確実性研究
 気候モデルの現在気候再現性能と将来予測の信頼性を統計的に結びつけ、予測の不確実性を定量化する方法論の開発をほぼ完了した(サブ1, 2)。また、排出シナリオの不確実性に関係するパターンスケーリングの研究(サブ1)、気候モデル一般の信頼性に関する研究(サブ2)を行った。

[2] 影響評価研究
 陸域生態系、農業(サブ1)、水文・水資源(サブ3)、海洋生態系・水産業(サブ4)、雪氷圏・海面上昇(サブ5)、農業・食料(サブ6)の各影響セクターについて、影響評価手法を高度化し、複数の気候モデルによる気候変化シナリオを用いて、不確実性を明示した温暖化影響評価を行った。

[3]コミュニケーション研究
 市民の意見形成支援に資するため、シンポジウム開催等を通じて一般市民およびメディア関係者とのコミュニケーションを行い、その効果を分析した(サブ7)。また、適応策策定支援に資するため、企業へのインタビュー調査を行い、その結果に基づき企業と研究者の勉強会を開始した(サブ8)。人文社会科学的アプローチとしては、アンケート調査等により一般市民と専門家の間のリスク認知や科学的認識の違いを明らかにし(サブ9)、グループディスカッション等により温暖化予測の不確実性が市民の温暖化対策意欲に与える影響を調査した(サブ10)。また、演劇ワークショップとその後の意識調査により、市民の温暖化に対するイメージが個人の性格等に関係していることを示した(サブ11)。さらに、マスメディア報道が市民の温暖化問題への関心に与える影響を分析した(サブ12)。

3.委員の指摘及び提言概要

 このテーマの成果の政策への活用や波及は今後大きいと期待される。各サブテーマの今後の緊密な連携により、テーマ全体で統合された大きな成果につながる可能性がある。引き続き成果の学術誌への投稿を通じてIPCCへの貢献などを期待する。
 サブテーマ(1)~(6) は、結果を非専門家や政策担当者等にわかりやすく伝達できるように工夫されたい。特にマルチモデルの合理性について一般に理解できるように提示されたい。また、サブテーマ(3)~(6)で示した未来像の描出をさらに多くの分野に拡大することを検討されたい。サブテーマ(7)~(12)は、新しい研究手法や実証的分析を期待する分野であり、気候変動予測の不確実性の伝達に関して多様なアプローチを取っていることは現時点では適切であろうが、まとめる際に工夫が必要であろう。現時点ではアウトプットがイメージできない上に、影響評価の進捗が不明確である。また、調査項目の設計方法や意識調査結果の信頼性等で方法論的に十分発達していないために、事例提示の域を出ることが難しく、手法を幅広く試みる必要があろう。コミュニケーションの対象としては、世界、国、地方のレベルで様々な対象者がいるのでその特性とニーズにあった方法を考慮されたい。手段としては、ウェブサイトの活用に期待がもてる。更に、排出削減につながる活動との関連や、エネルギー効率向上、代替エネルギー開発等の企業活動との関連についても検討を進められたい。最終的にサブテーマ(1)~(6)の自然科学的研究とサブテーマ(7)~(12)の人文社会学的研究とを総合的にとりまとめることを期待する。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


研究課題名: S-5-2 マルチ気候モデルにおける諸現象の再現性比較とその将来変化に関する研究(H19-23)

研究代表者氏名: 高薮 縁(東京大学気候システム研究センター)

1.研究概要

 複数の気候モデルによる地球温暖化予測実験データから、人間生活に直接影響する大気海洋現象の将来変化予測についての不確実性をより低減するための情報を取り出すことを目的として、第3期結合モデル相互比較マルチ気候モデル実験(CMIP3)の出力データを比較評価するとともに、将来予測と関係付けられたモデルの性能評価指標(メトリック)を構築する。
 サブテーマは次の8つである。
 (1) 熱帯亜熱帯域における雲降水現象の再現性とその将来変化に関する研究・課題とりまとめ
 (2) 中緯度・亜熱帯循環系の季節・経年変動の再現性とその将来変化に関する研究
 (3) 季節予測に係わる短期気候変動の再現性とその将来変化
 (4) 中緯度大気海洋系10年スケール変動の再現性とその将来変化に関する研究
 (5) アジアモンスーンのモデル再現性と温暖化時の変化予測に関する研究
 (6) 熱帯大気海洋相互作用現象の再現性とその将来変化に関する研究
 (7) 季節性気象現象とその放射フィードバックの再現性とその将来変化に関する研究
 (8) 衛星等による全球雲放射と降水観測に基づく気候モデル再現性とその将来変化

2.研究の進捗状況

[1] 20世紀再現実験結果と観測データとの比較解析による現象再現性の評価
 気候モデルの大気海洋現象再現性を評価する指標を決めると共に、全チームの協力の下CMIP3の25気候モデルの現在気候実験データを比較解析可能な形式に変換し、観測データと共に整備した(サブ1-8)。このデータを利用して、現象の再現性を評価した。台風や春一番などのモデル格子より小さいスケールの極端現象(サブ1,2)、夏の天候、降雨帯分布、降雨パターンの経年変化(サブ2,3,7)、エルニーニョや十年スケール大気海洋現象(サブ3,4)、モンスーン季節進行(サブ5)、熱帯大規模大気現象(サブ6)、大気循環と雲広がりとの関係(サブ8)について性能評価指標(メトリック)を計算して集約した。

[2] 温暖化シナリオ実験による大気海洋現象の変化予測情報の不確実性削減
 マルチモデル平均により、陸上気温の日々や月々の変動幅の不確実性を削減した将来予測結果を得た(サブ3)。また、[1]の成果を利用して現在気候再現性の成績のよいモデルを選択した解析により、将来気候での現象の変化予測について不確実性を削減した情報を得た(サブ1,2,3,4,5,7)。

[3]アジア気候の再現性評価指標(アジアメトリック)の作成
 [1]の成果による個々の現象の再現性と平均気候場の再現性との相互関係の理解に基づき、日本やアジア域での気象海洋現象の再現性を気候場の再現性の評価指標を全サブテーマ協力の下に作成している(サブ1-8)。これまでに要素変数の冗長性の排除に成功した。

[特記事項]
 本テーマの成果論文11本を集約した気象集誌(JMSJ)特集号を発行した(2009年6,8月号)。これまでの成果論文総数は23本。

3.委員の指摘及び提言概要

 マルチモデル比較実験データCMIP3と観測データとの比較解析を通じて極めて多数の成果を得ている点は高く評価される。全球モデル出力の評価を専門家集団が色々な現象を手分けして総合的に評価するこの研究の進め方は合理的であり、そのためのサブテーマの構成も明確である。進行も円滑で今後も順調に成果を挙げると期待できる。実験データと観測データの比較研究をさらに進めることで、将来予測の可能性と限界、次世代気候モデルのあり方、またそのための地球観測のあり方などへの指針が示されれば学術的成果はさらに大きなものとなろう。S-5内のテーマとして、成果をテーマ1で活用して社会に発信することが現在の課題といえる。また、モデルの評価尺度として再現性だけでなく、政策への有効性の評価尺度として、モデルの運用コストや操作性等からの分析も別途検討されることを期待する。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


研究課題名: S-5-3 温暖化影響評価のためのマルチモデルアンサンブルとダウンスケーリングの研究 (H19-23)

研究代表者氏名: 高藪 出(気象庁気象研究所)

1.研究概要

 これまでの温暖化研究の進展により、地球が温暖化に直面していることはほぼ確実となり、具体的な対応が社会的な要請となってきた。本課題はその様な研究の新しい局面に対応し、社会的な要請に積極的に応える事を目的として立案されたものである。しかしながら、全球気候モデルから出力される気候予測結果と具体的な影響評価に求められる入力情報としての予測値の空間解像度と精度には、なお大きな開きがあることを認めざるを得ない。本課題は、地球温暖化予測と社会的影響評価の間にあって両者を結び、全球気候モデルによる温暖化予測情報から最大限の情報価値を引き出して影響評価に渡す役割を担うものである。
 サブテーマは次の7つである。
 (1) 複数の20kmモデルからのマルチモデルアンサンブル手法による20kmスケール気候シナリオの作成
 (2) 複数の20km地域気候モデルの実行による力学的ダウンスケーリングの研究
 (3) 空間詳細な地域気候変動シナリオ作成のための都市効果の評価
 (4) 20km地域気候モデルのバイアス特定と水資源評価のための統計的ダウンスケーリング
 (5) 力学的手法と統計的手法を併用した農作物影響評価のためのダウンスケーリングの研究
 (6) 水災害影響評価モデルのための統計的ダウンスケーリング手法の開発
 (7) 双方向ネストモデルを用いた力学的ダウンスケーリングの研究

2.研究の進捗状況

[1] 気候予測精度の一層の向上
 複数の20kmモデルを用いて、日本付近のダウンスケーリングを行った(サブ1,2,3)。結果を収集(サブ2)後、本課題で開発したバイアス検証システムにより県単位・流域単位で検証を行い(サブ4)、モデルチューニングを行った。これにより精度の向上したモデルについて、再解析データを境界値に20年以上積分しその精度を確認した(サブ1,2,3)。マルチモデルアンサンブルの作成手法は、既存の全球モデルの結果を用いて開発を進めた(サブ1)。このほか、双方向ネスト(サブ7)、疑似温暖化手法(サブ3)の適用も行った。

[2] 個別ニーズに向けての情報抽出技術の一層の向上
 人口の過半が集中する都市域のダウンスケーリングを複数のモデルを用いて行った(サブ1,3,4)。最近10年間の過去再現実験を用いる事により、都市域の温暖化に対する都市化の効果の比率を調べ10%~30%がこの効果によることを明らかにした(サブ3)。一方、農村・山岳域では農業生産、水利評価に向けての統計的ダウンスケーリング手法が検討された(サブ4,5,6)。水利への利用を考えた、降水頻度のバイアス補正手法の開発(サブ4,6)を行い、また、水稲生産評価モデルへの利用に必要な精度のデータのダウンスケーリングについて検討を行った(サブ5)。

3.委員の指摘及び提言概要

 全球気候モデルの予測結果を空間的に詳細化(ダウンスケール)することは影響評価や適応・対策など研究面、行政面からの需要があり、これを研究対象とする本テーマは順調に進んで成果も多数得られたと評価できる。しかし、このテーマのS-5における位置付け(特にテーマ1との関係)はやや不明確なので再度確認する必要があろう。
 また、次の方法論的指摘についても対応を検討されたい:このテーマで用いられている20km格子ダウンスケールした結果は20kmの精度をもたず数グリッド平均して使うべきであり、都道府県別や水系別に分けるにはまだまだ不十分な解像と思われる。20kmの結果をさらに力学的ダウンスケーリングして、解像5~10kmのモデルの結果を得てから評価するべきではないか。その意味でバイアス補正を主としたサブテーマ(4)、(5)、(6)に関して、期待した結果が得られるか不安である。また、20kmを基にしたダウンスケーリングという手法は、5~1km格子の非静力学雲解像モデルがあるので中途半端といえないだろうか。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


研究課題名: S-5-4 統合システム解析による空間詳細な排出・土地利用変化シナリオの開発に関する研究(H19-23)

研究代表者氏名: 山形 与志樹(国立環境研究所)

1.研究概要

 気候変動予測シナリオは、温暖化対策を検討する上での科学的基盤である。次世代の気候変動シナリオの構築に際しては、これまで十分には取り扱われてこなかった自然システムと社会システムを統合して解析するアプローチが必要と考えられるが、最近のIPCC他のシナリオに関する国際的な議論から、統合システム解析による空間詳細なシナリオの構築が極めて重要な課題と考えられる。
 これまでのシナリオ研究では、世界を十数地域に分割したグローバルな社会経済シナリオを用いた将来予測が実施されてきたが、本課題では、空間詳細な排出・土地利用シナリオの開発を実施する。
 サブテーマは次の4つである。
 (1) 社会経済シナリオのダウンスケール手法と土地利用変化シナリオの開発
 (2) 温室効果ガスとエアロゾル等の排出の空間分布の推定に関する研究
 (3) 空間詳細シナリオの検証と国際研究ネットワークの構築に関する研究
 (4) 気候変動シナリオの解析による空間詳細シナリオの整合性評価に関する研究

2.研究の進捗状況


[1] 社会経済活動の空間分布情報の解析および現状の排出量空間分布の推定
 土地被覆・土地利用の状況について、都市規模の分布パターンの解析を行い、その構造を明らかにすると共に、農地等の土地利用遷移に関しての解析を行った(サブ1、4)。エアロゾル等排出の空間分布について情報を収集し、シナリオ作成にむけて、社会経済指標との相関について分析を行った(サブ2)。火災による排出に関しては、陸域生態系モデルを用いた分析を行い(サブ4)、シナリオ作成の基礎情報を作成した。都市への集積パターンと詳細な土地利用地図を対象にした情報収集と検証のための地理情報の構築を行った(サブ1、3)。

[2] 社会経済シナリオおよび排出シナリオのダウンスケーリング手法の開発・検証
 統合評価モデル(Bc-88課題)で作成された情報をもとに、空間詳細土地利用シナリオの開発を行った(サブ1、4)。GDP・人口の空間詳細シナリオを作成し、その情報をもとに8種のガス、10セクターについて空間詳細排出シナリオを作成した(サブ1、2)。火災や土地利用変化に伴う排出のシナリオについては、土地利用変化シナリオをベースに、陸域生態系モデルを用いて作成を行った(サブ2、4)。国際研究ネットワークを通じて、GHGの排出量の算定や社会経済情報の収集を行い、都市の発展プロセスの要因とメカニズムの解析を行った(サブ1、3)。

[特記事項]
 本課題で作成されたシナリオは、IPCC第5次報告書に向けた4シナリオ(RCPs)の一つとして2009年中に公開される予定である。

3.委員の指摘及び提言概要

 今後、このテーマがS-5全体の中でどのような位置づけになるか明らかになるように展開していただきたい。内容自体の重要性は理解できるものの、S-5にどのようにフィードバックされるのか説明が不十分である。土地利用変化は、農林業のエネルギー生産技術とその普及状況によるところが大きいので、第II期ではこれを十分に取り入れた上で慎重にモデル予測を行って欲しい。サブテーマ(1)、(2)は、IAM(世界統合評価モデル)の出力データを空間詳細化するためか、結果の記述が曖昧である。マップ化した数値の意味をもう少し説明する必要がある。サブテーマ(2)は、空間分布の推定値に精度の定量化が必要である。また、関連する他の課題(B-092など)との連携を検討されたい。サブテーマ(3)は、他のサブテーマとの関連が不明瞭であり、国際ネットワークで得た情報も他のサブテーマに反映されていない。土地利用と人口に関して得られた知見も既知であり、継続にあたって先行研究の成果を取り入れる必要がある。サブテーマ(4)の結果はレベルの高いものだが、種々の人間活動に伴う炭素吸収/排出量を吟味したうえで地域レベル・全球レベルへとアップグレードすべきでないか。今後は他サブテーマの結果の反映が必要であろう。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c


研究課題別 中間評価結果


研究課題名: B-081 グローバルな森林炭素監視システムの開発に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 山形 与志樹(国立環境研究所)

1.研究概要

 森林減少・劣化の防止を温暖化対策として実施する場合には、途上国等における森林減少・劣化の防止による、温暖化対策の削減目標が達成されたかどうかを判定する必要がある。このため、森林減少・劣化をモニタリングし、それに伴うCO2排出量を算定する信頼性の高い国際的な監視システムの構築が不可欠である。本課題は、森林減少・劣化を国際的に監視するシステムを我が国が先駆的に提案することを目的として、特に近年の森林減少が大きいアジア地域を中心に、PALSAR等の全天候型リモートセンシング情報を活用して森林減少や森林劣化を定量的に把握する手法を開発する。また、森林減少の防止活動に伴うCO2排出削減量のアカウンティングを広域(国およびプロジェクトレベル)で実施できるシステム開発に関する検討を進めるため、次の6サブテーマが連携して研究を実施する。
 (1)国際監視システム構築に向けた炭素アカウンティング手法の開発に関する研究
 (2)時系列SAR解析による森林減少・森林劣化抽出に関する研究
 (3)森林インベントリ情報に関する解析
 (4)マイクロ波による林分構造パラメータ推定に関する研究
 (5)リモートセンシングによる植生攪乱の推定に関する研究
 (6)植生攪乱と陸域生態系モデルに関する研究

2.研究の進捗状況

 H19~21の計画に対しての達成状況は次の通りである。数字はサブテーマを表している。
 (1)グローバルな森林炭素監視システム(Global Forest Carbon Monitoring System)の構築に関する科学的な検討を、国際共同研究を実施するEUの共同研究センター(JRC)他と協力し、特に国際監視システムに必要となる機能の仕様とその開発手法を検討した。(2)PALSARの時系列データを用いた森林減少の抽出手法開発に関する研究では、これまで面的な把握が困難であった森林バイオマス量を、合成開口レーダ(SAR)による後方散乱断面積を観測することで定量的に評価できるようになった。この結果より、複数のテストサイトにおける時系列画像を用いて、森林減少・劣化の時間変化に関する検出可能性が示された。一方で(3)インベントリ情報に関する解析から、本課題で用いるPALSAR分解能が森林構造のばらつきを十分反映するものであることを支持する結果を得ることができた。さらに(4)台風による撹乱や間伐等の森林施業などが、本プロジェクトで検出を目指している森林減少・劣化を模擬し、PALSARによる検出方法の検討に有効であるとされた。(5)SAR画像を組み合わせて土地被覆分類変化を抽出したところ、起伏の平坦な地域に関しては整合性の高い結果が得られ、可視赤外センサーと相互補完的に利用することで信頼性を高くできることが明らかになった。これらの森林減少・劣化抽出に関する研究と同時に(6)陸域生態系モデルVISITに土地利用変化に伴う攪乱影響を組み込み、長期的な炭素収支動態について予備的なシミュレーションを実施した。モデルに撹乱前からの残存土壌と、農作物起源の枯死物から成る新たな土壌有機物を区分して固有の分解率を与えることにより、長期的な土壌炭素収支をより現実的に再現するよう高度化した。これらのサブテーマによる成果に基づき、森林減少・劣化による炭素収支変化を広域的にモニタリングする統合的評価手法の開発を進めた。

3.委員の指摘及び提言概要

 本課題はPALSAR等による衛星観測を中心とする森林炭素監視システムの構築を目指して技術的検討を行うものであり、今後の進展が期待される。各サブテーマはそれなりの進捗があるように見受けるが、テーマの目標とするグローバルな監視システム構築に向けた検討状況が不明確で、具体的な道筋が見えない。今後は、各サブテーマの成果をサブテーマ(1)で監視システム構築への道としてまとめ上げる努力に期待したい。リモートセンシングを用いたサブテーマ(2)、(4)、(5)の結果をサブテーマ(3)、(6)に反映した後に、テーマの目標に向けてサブテーマ(1)でどのようにまとめるか十分検討されたい。また、開発した手法については、過去のシステムとの比較や、検証による定量的精度の評価を行って欲しい。サブテーマ(6)でのモデル改良にあたっては、肥料等からのCO2及びN2O排出と吸収も考慮されたい。

4.評点

総合評点:B-
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b


研究課題名: B-082 PALSARを用いた森林劣化の指標の検出と排出量評価手法の開発に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 清野 嘉之 (森林総合研究所)

1.研究概要

 国産衛星「だいち」に搭載された合成開口レーダ(PALSAR)は、雲を透過して地表の情報を観測できるメカニズムを採用しており、熱帯地域の森林変化の把握に威力を発揮すると期待される。このため、PALSARデータの解析技術を高度化し、光学センサのデータを補助的に活用することによって、途上国における森林減少・劣化の抑制に関する国際交渉に貢献しうる、森林変化のモニタリング手法を開発できる可能性がある。京都議定書第一約束期間以降の国際的な取組みの中で、途上国における森林減少・劣化の抑制が議論のひとつとなっていることから、PALSARを用いた手法開発は極めて重要である。
 本研究は、PALSARを利用した森林減少・劣化指標の検出と温室効果ガス排出量評価の技術を開発することを目的とする。バイオマスの喪失によるCO2排出だけでなく、湿地林の農地転換等による泥炭からのCO2やN2O等の排出も森林劣化の重要な過程であることから、通常は冠水することがない一般の熱帯林地とともに、熱帯湿地林を対象に研究を行う。
 サブテーマは次の4つである。
 (1) PALSARを利用した森林生態系の排出量把握手法の開発
 (2) PALSARのインターフェロメトリ機能を利用した表面標高変化解析による森林劣化の評価手法の開発
 (3) PALSARを利用した熱帯林地の劣化過程と温室効果ガス排出量の評価手法の開発
  a.乾性遷移系列の熱帯林地における手法開発
  b.湿性遷移系列の熱帯林地における手法開発

2.研究の進捗状況

以上、PALSARを利用して、熱帯林の分類や泥炭からの温室効果ガスの排出量推定が可能であることが分かった。また、バイオマス推定についても、林分成立段階から若齢段階の森林のモニタリングには極めて有効であることが分かった。これにより、雲の多い熱帯で森林劣化の検出が可能であることを明らかにできた。今後テストサイトを中心に、優先度の高い炭素プールと温室効果ガスを優先してデータの収集と分析を行い、開発手法の検証と精度評価、適用条件の解明を進めていく予定である。

3.委員の指摘及び提言概要

 PALSARによるデータの利用・実用化の道を開いたことは評価できる。偏波を利用した解析、森林高の推定、REDDの議論の中で技術的難度が高いとされている森林「劣化」の計測・評価の可能性を示す成果、等が得られつつあり、将来の国際的議論に大きく貢献することが期待できる。 LIDARによるこれまでの測定データとの比較を行って、PALSARによるデータの精度・有用性の評価、森林劣化の指標やそれに伴う炭素排出量評価に係る(積算)誤差の決定、手法開発に止まらず信頼できるデータの提供、を行って欲しい。また、開発した手法が、サイトに依存した手法か、一般化できる手法かについても明らかにしてほしい。
 この課題はB-081と重複(同一研究者が両課題に関与)する面がある。B-081との情報交換・共同連携をはかることが望まれる。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名: B-083 革新的手法によるエアロゾル物理化学特性の解明と気候変動予測の高精度化 (H20-22)

研究代表者氏名: 近藤 豊 (東京大学先端科学技術研究センター)

1.研究概要

 現状の気候モデルにおけるエアロゾルの放射効果の推定には大きな不確実性がある。この推定においては、気候モデル間の違いも非常に大きく、IPCC第5次報告書に向けての改善が急務である。エアロゾルの放射強制力は、その光学的厚さと単一散乱アルベドで支配される。単一散乱アルベドは光吸収性のブラックカーボン(BC)の粒径分布とそれを被覆している水溶性成分の厚さにより大きく変わる。ここでは、エアロゾルの光学特性・化学組成を同時測定することにより、これらの物理量を正確に定量する。この測定を放射リモート観測と比較し、エアロゾルの光学モデルを検証する。またエアロゾルの物理化学特性と光学特性を定量的に結び付ける気候モデル用の放射モジュールを根本的に改良する。これらの知見に基づき、気候モデル用のエアロゾル放射モジュールを改造し、それを大気大循環モデルに組み込み、放射強制力を計算する。改良されたモデルを用いて、地球規模・アジア規模での放射強制力の推定・予測精度を格段に向上させる。
 サブテーマは次の4つである。
 (1) エアロゾルの混合状態・光学特性の測定
 (2) エアロゾルの化学組成の測定
 (3) 放射観測
 (4) 大気大循環モデルによる直接放射強制力の推定

2.研究の進捗状況

 (1) 福江島での観測によりBCが厚く被覆されていることが、初めて分かった。この被覆により、BCによる光吸収効果が50-60%も増大するため、数値モデルではこの効果を考慮する必要がある。BCの被覆効果を表現するshell/core光学モデルモデルの精度を、室内実験と、光学モデル計算を比較し評価した。BCを長期安定に測定できるCOSMOSシステムを開発し、それを沖縄辺戸岬ステーション、長崎福江島観測所、長野八方観測所の3地点で配備し連続測定を開始した。 2009年春に、東シナ海・黄海でエアロゾル粒径分布、BC、エアロゾル化学組成の高精度観測を実施した。東アジアでのエアロゾル高度分布の高精度観測は初めてであり、エアロゾルの気候影響を詳細に研究することのできる重要なデータが得られた。
 (2) 辺戸岬観測ステーション、福江島観測ステーションにおいてエアロゾル質量分析などをもちいて、微小粒子のエアロゾルの化学組成を観測した。この観測は航空機観測、地上での放射観測と同期しているため、化学組成と光学的性質およびそれらの鉛直方向の情報を含んでおり、エアロゾルの物理化学的特性の解明が可能となる。
 (3) 福江島、辺戸岬、及び宮古島において、スカイラジオメータ観測、また、全天日射計、全天分光日射計による観測を行った。これによりエアロゾルの物理化学特性から推定される光学特性と比較できる高精度のデータが得られた。
 (4) 放射強制力評価の改善のために、SPRINTARSエアロゾル放射輸送モデルにおいて硝酸塩および硫酸塩の生成過程の高精度化を行った。この改良の結果、人為起源硫酸塩の放射強制力は-0.2W/m2から-0.4W/m2になり、硝酸塩を考慮したことにより、放射強制力はさらに-0.2W/m2程度大きくなると計算された。さらに、人工衛星データの解析から、エアロゾルが雲の上に存在することにより、エアロゾルの放射強制力が曇天域で大きな正値になる現象の評価をおこなった。

3.委員の指摘及び提言概要

 長い間懸案となっていた研究テーマに対し、参画者自身が開発した新技術を用いて突破口が開かれたといえる。研究は、地上観測、航空機観測、室内実験、数値モデルがうまくかみ合って、エアロゾルの放射強制力について先進的かつ有用な成果が得られつつあり、今後の進展が期待できる。これらの成果はエアロゾル放射輸送モデル(SPRINTARS)の改良を通して、全球気候モデルにおけるエアロゾルの放射強制力の不確実性の定量化や課題を明らかにすると想定され、今後の気候変化予測の高度化への貢献を期待できる。今後も観測等を継続して、さらに成果を発展すべきである。可能ならば、本研究成果により、気候変動予測モデルの不確実性がどの程度低減されるのか、明確化されることを期待したい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):a
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:a
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:a


研究課題名: B-084 海洋酸性化が石灰化生物に与える影響の実験的研究(H20-22)

研究代表者氏名: 野尻 幸宏 (国立環境研究所)

1.研究概要

 人為起源CO2を取り込み、海洋のpHは既に低下して来た。今後のpH低下予測は、人為排出シナリオを与えれば、大気・海洋モデルで容易に行えるが、実際にそのpH変化(CO2分圧増加)で海の生物・生態系にどのような影響が起こるかの知見が不足している。不足の原因は、影響が特に寿命の長い海の動物に現われることであり、海の動物の飼育実験は設備と技術が必要なため実験例が少ない。わが国は、南北に長い気候の異なる海域に臨海施設を有し、多くの生物を飼育する技術を有する。本研究課題では、わが国沿岸の多様な動物種のうちCO2影響が顕著に現れると考えられる石灰化生物(炭酸カルシウム殻や骨格を持つ生物)として沿岸性底生生物(ウニ、貝類、サンゴなど)を中心に、CO2分圧を高めて飼育する実験で影響評価を行う。大気CO2増加という実感しにくい現象の影響を、海の生物の殻ができなくなるという認識しやすい現象で明らかにし、地球温暖化影響回避のために超えるべきでない大気CO2濃度(ガードレール値)の評価に資する。
 研究課題では、精度良くCO2分圧を制御する共通装置(以下AICAL装置と呼ぶ)を開発し、低CO2濃度で制御を行い、21世紀後半の大気CO2レベルで現われる影響把握を目指す。ウニ類や巻貝類などのCO2に対する応答性の高い生物種に注目し、低濃度の長期飼育実験から近未来影響を把握する。また、重要な生態系であるサンゴ礁を構成するサンゴと有孔虫へのCO2影響を研究する。水産重要生物への影響把握を目的としてCO2分圧増加に鋭敏な水産種探索と影響評価を行う。
 サブテーマは次の5つである。
 (1) CO2増加が沿岸底生生物と生態系に及ぼす影響に関する研究
 (2) CO2増加が水産重要生物の幼生に及ぼす影響に関する研究
 (3) CO2増加が造礁サンゴ及び有孔虫類の石灰化に与える影響に関する研究
 (4) CO2増加が造礁サンゴの生活史に与える影響に関する研究
 (5) CO2増加飼育実験の精度管理と沿岸域CO2分圧変化に関する研究

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(5)でAICAL装置開発を終え、20年度後半から高精度でCO2分圧調整が行えるAICAL装置を用いる研究を開始した。サブテーマ(1)-(4)担当研究機関は、従来からのCO2曝露実験の継続とAICAL装置を利用する実験に備えた飼育生物種確保と飼育技術確認を行った。20年度後半からは、AICAL装置利用で低CO2増加影響評価を行った成果も得られている。
 従来からのCO2曝露実験継続の成果として、サブテーマ(1)ではムラサキウニの1年半以上の長期飼育実験の結果が得られた。対照区と比べ300ppm CO2を高めた実験区で14ヵ月後から生育の抑制が見られた。世界で最も長期の飼育実験による影響評価であり、低曝露濃度では生育阻害発現に著しく時間がかかることを明らかにした。サブテーマ(2)では、エゾアワビの幼生のCO2曝露実験を開始し、600ppm上昇実験区(1050ppm)で幼殻の損傷を確認して、幼生への影響が比較的低い濃度で起こりうることが示唆される結果を得た。サンゴ礁構成種への影響として、従来研究の継続で有孔虫への高濃度CO2影響評価の結果をまとめた。一方、AICAL装置によると低い濃度でも正確な曝露実験が行えるという欧米機関に対するアドバンテージを活用するために、造礁サンゴ構成種の中でCO2耐性の弱い種の探索を行った。その結果、CO2に高い感受性を示すことがわかったユビミドリイシを低CO2濃度レベルで飼育する実験を行った。その結果、産業革命以前の濃度に近い300ppm実験区に比べ、現在大気濃度(400ppm)実験区とSRESA1B排出シナリオの21世紀末濃度(780ppm)区で有意な成長阻害が見られた。この結果は、世界で最も低いCO2濃度レベルで成長阻害を確認した実験例として特筆すべきものであり、AICAL装置開発による成果である。

3.委員の指摘及び提言概要

 沿岸CO2分圧の変動と沿岸生態系への影響はチャレンジングな目標であり、全体としてこの目標を追求することを期待する。サブテーマ(5)においては当初の目的達成のために改良を施し、装置の限界と適用可能性に関する検討を進め、次年度の実用機供給の目処をつけたことは評価できる。
 サブテーマ(5)から供給されるべき精密CO2制御装置が未完成な中、(1)~(4)ではこれまでの長期飼育実験の経験を生かした研究を進めており、精密CO2制御装置が供給される次年度の研究の進展が期待できる。
 海洋生態を扱う上での石灰化生物の位置づけが不明瞭である。石灰化生物以外の生物についての影響も推定できる研究課題を増やすことも検討すべきである。個体レベルでのpH変化(CO2増加)の影響をみているが、もっとミクロなレベルでの実験成果の利用を考えてはどうか。この実験からどうやってガードレール値を決めるのか戦略を示してほしい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b


研究課題名: Ba-085 環礁上に成立する小島嶼国の地形変化と水資源変化に対する適応策に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 山野 博哉 (国立環境研究所)

1.研究概要

 小島嶼国は、利用可能な土地と資源が限られており、地球温暖化に対する脆弱性がきわめて高い。中でも、ツバルなど環礁上に成立する小島嶼国は、国土のほぼすべてがサンゴ礁起源の砂からなる環礁州島から形成され、標高が最大数m,幅数100mと低平で、地球温暖化の影響が最も深刻であると考えられる。地球温暖化に伴う気候変動と海面上昇によって,降水量の減少と地下水を保持する地形の縮小に伴う水資源の劣化が予測される一方で、近代化に伴って都市化と人口集中が起こり、地下水が汚染されることも懸念される。
 本研究においては、環礁上に成立する小島嶼国に対し、地形と水資源に基づいて農業生産と人間居住に関する環境収容力を推定し、地球温暖化に伴う海面上昇と降水量変動の両方の影響を予測して脆弱性の評価を行う。その上で、海面上昇による海岸侵食に対する適応策に加え、海面上昇による地下水の塩水化と縮小、気候変動による水資源変化を考慮して適切な適応策を提案する。
 サブテーマは次の6つである。
 (1) 環境変動史と州島地形構造に関する研究
 (2) 人間居住と農耕史に関する研究
 (3) 生活圏形成と社会変動に関する研究
 (4) 地形変化予測と影響評価に関する研究
 (5) 水資源変化予測と影響評価に関する研究
 (6) 情報の統合化と適応策に関する研究

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)においては、サンゴ年輪解析による過去から現在までの降水量変動が、サブテーマ(2)においては、過去からの現在までの人間居住変化が、サブテーマ(3)においては最近の社会変動と人口動態に関する成果が得られつつある。また、サブテーマ(4)と(5)においては、それぞれ地形変化プロセスモデルと水収支・地下水流動モデルの開発が観測に基づいて進んでいる。また、サブテーマ(6)では、リモートセンシングを用いた基盤情報の整備と気候モデルを用いた将来予測を行うとともに、情報を統合化し、環境収容力評価のための情報収集を行い、適応策に関して整理を行った。
 適応策は、時間スケールと空間スケールの2軸でまとめられ、さらにそれらは物理的対策・社会的対策と一致していると考えられる。今後、適応策立案のために、1)短期的かつ小さい空間スケールを想定した物理的対策と、長期的かつ大きい空間スケールを想定した社会的対策を効果的に組み合わせること、2)物理的対策に関して地形変化・水収支・地下水流動プロセスモデル(サブテーマ(4)と(5))により評価するとともに、対策を行う適地選定を支援すること、3)社会的対策に関しては、地域の伝統的知恵の再構築など、居住史・文化史・生活圏形成史(サブテーマ(2)と(3))に基づいた知見を提示すること、に加え、4)これら科学的知見の適切な普及を図ること、を今後の検討課題として挙げた。適応策の普及に関しては、講演会やシンポジウムを行い、現地政府とのワークショップを企画している。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究は自然科学と人文社会科学が協調して、具体的環境問題に対して適応策を提示するための研究として、もっとも先端的な研究である。地域のもっている土地と淡水など環境容量に着目し、温暖化により土地と資源の変動が予測される小島嶼のツバルなどをフィールドにして精力的に調査・研究を実施している様子がうかがえる。環境容量とその変化の方向が明らかになれば、永続的な利用のための的確な体制を立案して、政策として展開していくことが可能になると考える。ただ、研究成果を実際の政策に落としていくためには、土地とここで注目した資源がその地域にとって決定的であることを証明する必要があり、その辺りの検討にもチャレンジすることを希望する。
 博物学的には興味深いものがあり、調査としては理解できるが、焦点が定まっておらず、全体としてのテーマ(中骨)が見えにくい。このテーマを扱うには人類生態学的な視点に欠けており、具体的な対応策につながるような成果が得られていない。また、地球環境全体への全球的な展開を示す必要がある。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b


研究課題名: Ba-086 気温とオゾン濃度上昇が水稲の生産性におよぼす複合影響評価と適応方策に関する研究 (H20-22)

研究代表者氏名: 河野 吉久 (電力中央研究所)

1.研究概要

 水稲は,わが国のみならずアジア各国の主要な食糧作物であるが,温暖化の進行に加えて開発途上国における人口増加に対応した食糧供給対策がアジア圏の広域的な持続的な発展にとって解決すべき大きな課題の一つと考える。これまでの研究により,光化学オキシダントは化石燃料の消費量の増大にともなう窒素酸化物排出量の増加に加え,温暖化の進行によっても生成が促進され,今後も持続的に濃度は上昇することが指摘されている。光化学オキシダントの主成分であるオゾンについてはさまざまな植物を対象に影響が検討されているが,気温上昇とオゾン濃度が上昇した場合の複合影響や影響回避策などの適応策についての検討はほとんど行われていない。このため,本研究では,国内外の主要な水稲品種を収集し,玄米の収量・品質におよぼす温度とオゾンの複合影響を実験的に解明し,影響を受け難い品種の選抜や,影響を受けやすい生育時期等を解明することにより影響を回避・軽減する方策を検討・提言することを目的とする。
 また,これまでの影響評価試験は対象とする植物を収穫するまで栽培するなど,長時間を要することや大型の試験設備が必要なことなどから,新しい評価試験方法の開発が望まれている。そこで,本研究では,オゾンや高温を複合暴露した場合に特異的に生成・発現する遺伝子や生体内分子等を新たな指標として探索し,実験室レベルで品種間差異等を判定できる評価試験法の開発を目指す。
 本研究のサブテーマは次の3つである。
 (1) 気温とオゾン濃度上昇が水稲の収量・品質に及ぼす影響評価
 (2) 水稲の生育時期別オゾン感受性の評価
 (3) 高温・オゾン適応のための分子マーカーの探索とオゾンストレス診断アレイの開発

2.研究の進捗状況

(1) 国産の20品種を対象に気温上昇とオゾン濃度上昇を組み合わせた栽培試験,海外産の20品種についてはオゾンの影響を評価する栽培試験を実施し,“コシヒカリ”を中心とした国産主要栽培品種は概ねオゾンの影響を受け難い品種であるが,“きらら397”やインド型の“タカナリ”は気温上昇によってオゾンの影響を受けやすくなり,収量低下とともに品質の低下もおこりやすいことを明らかにできた。また,海外産品種は国産品種に比較すると,オゾンの影響を受けやすいものが多い傾向にあることも初めて明らかにすることができた。
(2) 影響軽減対策等を検討する上で重要となる生育時期別のオゾン感受性について検討した結果,生殖成長期よりも栄養成長期のオゾン暴露が収量減少に大きく影響する可能性があることを明らかにできた。
(3) 水稲幼苗を高温とオゾンに曝したときに誘導される、ファイトアレキシンの一種であるサクラネチンの蓄積量が,収量を指標にしたオゾン感受性と相関のあることが明らかとなり,オゾン感受性を判定する有効なツールとして特許出願手続きを行っている。また,シロイヌナズナの遺伝子を用いたオゾン診断DNAアレイを屋外条件下のシロイヌナズナに適用した結果,オゾン暴露の影響を検出できることが確認でき,イネ用の診断DNAアレイ開発に目途を得た。

3.委員の指摘及び提言概要

 多品種のイネを材料に、温度とオゾン濃度を組み合わせた栽培実験を行い、収量に対する影響を明らかにした点は評価に値する。特に、栄養成長期に対するオゾンの影響が大きく、これが収量減少に大きく影響している可能性があるとの結果は大変重要な知見である。また、オゾンストレス診断アレイの実用化が期待される。
 オゾン処理のイネの収量への影響についての実験結果が、サブテーマ(1)と(2)で大きく異なっているなど、OTC(Open Top Chamber)をはじめ、実験方法の問題点を整理し、論文として発表できるスタンダードな方法を確立し、再現性のあるデータを出すようにしてもらいたい。さらに、栽培条件の影響の評価、品種間の差異を明らかにするための系統的な調査、が必要である。
 サブテーマ(3)に関しては、実験植物シロイヌナズナについては成果があるが、稲についての成果が少ない。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:c
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:b


研究課題名: Ba-087 気候変動に対する寒地農業環境の脆弱性評価と積雪・土壌凍結制御による適応策の開発(H20-22)

研究代表者氏名: 廣田 知良 (農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター)

1.研究概要

 我が国を代表する農業地帯であり、冬の気候が少雪厳寒である北海道・道東地方は、近年、土壌凍結深が顕著な減少傾向にある。土壌凍結深の減少は農業生産には正の効果が期待される反面、野良イモと呼ばれる雑草の増加や融雪水の浸透量の増加に伴う窒素肥料の溶脱により地下水汚染のリスクが増大する懸念がある等、環境へ負の影響も現れてきた。また晩冬から初春にかけて温室効果ガスである亜酸化窒素が大量放出する現象が寒冷地において知られているが、メカニズムは明らかでない。そこで、本研究では土壌中の硝酸態窒素動態と土壌から大気への亜酸化窒素放出を中心に、寒冷地農業環境の温暖化・気候変動に対する脆弱性を評価する。そして、積雪・土壌凍結深制御による環境負荷低減と農業生産が両立する適応策・対策技術を開発する。
 サブテーマは次の2つである。
 (1) 寒地の農業環境における温暖化影響に対する脆弱性の評価と適応対策技術の開発
 (2) 異なる積雪・土壌凍結条件下の土壌中の硝酸態窒素を含む陰イオン移動の定量的評価

2.研究の進捗状況

サブテーマ(1)については、
[1] 亜酸化窒素放出量は最大凍結深が深いほど大きくなった。亜酸化窒素放出速度は消雪後に最大値を示したが、土壌中での亜酸化窒素生成は凍結した作土上部において融雪初期から断続的に生じ、土壌の融解が始まる消雪直前に極大となった。土壌の凍結・融解条件下で,土壌ガス中亜酸化窒素濃度の増加と酸素濃度の低下が連動することを世界で初めて観測した。本成果は、温室効果ガス排出量の定量的評価の精緻化、さらには温室効果ガス放出量を削減する手法の開発につながる新知見である。
[2] 寒冷地での土壌-大気間の温室効果ガス交換速度を微気象・土壌環境と共に体系的に観測し、複数サイト・多試験区での膨大なデータの処理を自動化・効率化するネットワーク型観測システムを構築した。これは、これからの地球環境モニタリング研究に不可欠な観測システムの基礎となりうる。
[3] 農地の除雪、再集積およびこの操作を数値モデルによって予測しながら最適な土壌凍結に制御する、大規模土地利用型農業で実行可能な土壌凍結深制御手法を開発した。土壌凍結深制御の応用例として現在、十勝地方で実施されている野良イモ防除のための土壌凍結促進と環境負荷低減が両立する最適土壌凍結深の概念を提示した。本研究は、農業における具体的な適応対策を示すと共に、成果の現場への適用が研究開発と同時進行であることも特徴である。
サブテーマ(2)については、
[4]黒ボク土の陰イオン吸着による移動遅延のメカニズムを解明し、吸着等温線のみから遅延係数を推定する一般式を得た。また、TDR(Time domain reflectometry )で得られる土壌の電気伝導度と直接採取した土壌溶液の電気伝導度とその硝酸態窒素濃度の間に相関があったことから、TDRを用いて冬期間の土壌中での硝酸態窒素移動を非破壊・連続的モニタリングの可能性を示した。本成果は、我が国の主要な畑地帯における地下水の硝酸態窒素による汚染に対する脆弱性の評価に活用できる。

3.委員の指摘及び提言概要

 これまで知見が少なかった土壌凍結深とN2O放出量の関係を明らかにしたことは十分評価できる。さらに、窒素化合物による環境負荷低減と雑草防除の両面から最適凍結深を割り出すとともに、凍結深の予測、管理にまで言及しようとしているところは素晴らしい。マスコミへの公表も多くなされ、この研究を取り上げた報道が社会的に評価されるなど、研究そのものの国民への理解を深めたと考えてよい。
 融雪時におけるN2Oの大量放出については、メカニズムの一端が明かされたが、全容解明には至っていない。凍結深のコントロールという一つの方向性は示されたが、研究目的(寒地農業環境の脆弱性評価と適応策)が矮小化されないよう、また、寒冷地における農業の将来について、この研究はどのような貢献ができるか考えて、さらなる進展を期待する。ローカルな現象だと思うが、グローバルな中での位置付け(グローバルあるいはより広域の問題への寄与)を示してもらいたい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b


研究課題名: Bc-088 統合評価モデルを用いた気候変動統合シナリオの作成及び気候変動政策分析(H20-22)

研究代表者氏名: 増井 利彦 (国立環境研究所)

1.研究概要

 温室効果ガス排出量の削減が国内及び世界で議論されている中、本研究では、これまでに開発してきた経済モデル、技術選択モデル、簡易気候モデル、温暖化影響モデル等を、最新の科学的知見を反映するように発展させるとともに、新たなモデルを開発し、これらを統合することで、将来の社会経済活動、温室効果ガス排出量、気候変動、気候変動の影響について、各種フィードバック効果も考慮した総合的かつ定量的に示した気候変動統合シナリオを作成することを目的としている。また、世界シナリオに大きな影響を及ぼすアジア主要国を対象に、国別シナリオを作成することを目的として、世界シナリオの結果を各国別に詳細に表示する詳細化モデルの開発、大気汚染モデルの開発、及びそれらの統合化を行い、温暖化対策の効果と影響について分析を行う。また、得られた成果は、IPCC新シナリオの作成やわが国における温暖化対策の推進、アジアの発展途上国における温暖化対策の促進に貢献することが期待できる。
 サブテーマは次の3つである。
 (1) 統合評価モデル開発と世界排出シナリオ、気候変動統合シナリオの作成
 (2) 排出シナリオの詳細化に関する分析
 (3) 国別排出シナリオの作成

2.研究の進捗状況

 日本を対象とした分析では、2020年のわが国の温室効果ガス排出量の削減目標(中期目標)を検討するために、AIM/Enduse[Global]、AIM/Enduse[Japan]、AIM/CGE[Japan]を用いて、削減ポテンシャルや対策導入のための追加費用、経済影響について計算を行い、政府の「中期目標検討委員会」に結果を提供してきた(サブテーマ(1)及び(3))。また、炭素税導入による削減量の効果や経済活動への影響についてもAIM/CGE[Japan]を用いて分析を行い、中央環境審議会「グリーン税制とその経済分析等に関する専門委員会」において報告した(サブテーマ(1))。
 海外を対象とした分析では、中国、インド、タイを対象に各モデルの改良を行い、改良したモデルに各国の将来の経済予測や対策技術等の情報を適用することで、各国における温暖化対策の効果を分析した(サブテーマ(3))。また、温暖化対策の副次効果を分析するためのダウンスケール手法を開発し、大気汚染物質排出量の詳細な排出マップを作成した(サブテーマ(2))。さらに、IPCC新シナリオの作成に向けて、アジアの途上国の視点からの世界シナリオの開発を、各国協力機関とともに開始している(サブテーマ(1))。
 今後は、気候変動統合シナリオの作成に向けて、排出モデル、影響モデルを統合した連携の強化が必要となる。既に、気候変動による水資源供給の変化とその社会経済活動への影響については予備的研究を行っており、残された期間において、対象分野の拡張、より詳細な分析を行う予定である。

3.委員の指摘及び提言概要

 IPCC、中期目標の検討、環境税の検討など環境行政ニーズへ貢献する成果が多数出ている。気候変動統合シナリオの作成とその政策反映という点にさらなる力点を置いて研究を進めてもらいたい。今後は、温暖化影響のフィードバックの組み込みなど、温暖化対策をさらに多面的に分析するためのツールの開発を望みたい。サブテーマ(3)の国別排出シナリオの作成については、各国ごとの全体像が捉えられているか検討されたい。特に、運輸・交通部門は重要なので取り入れることを検討されたい。方法論として、社会科学の研究では、前提条件→プロセス→結果(シナリオ)が明確に理解できるような表現方法が必要であるのでこの点に留意されたい。同時に、各シナリオの妥当性や蓋然性についての定量的検討についても期待したい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名: C-082 東アジアにおける生態系の酸性化・窒素流出の集水域モデルによる予測に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 新藤 純子 (農業環境技術研究所)

1.研究概要

 東アジアでは、経済発展により化石燃料由来の硫黄酸化物や窒素酸化物、農業由来のアンモニアの発生が増加しており、生態系は今後も増大する酸性物質の負荷を受け続ける可能性が高い。陸域生態系への大気沈着の影響の定量的評価のために、集水域内の生物地球化学的循環のモニタリングとモデリングに基づいた物質収支解析が期待され、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)でもその推進が求められている。しかし既存のこの様な調査やモデル開発は温帯から亜寒帯の生態系を対象としており、特に熱帯地域における集水域解析はほとんどない。
 本課題では、タイ・サケラートの熱帯季節林とマレーシア・ダナンバレイの熱帯多雨林に拠点サイトを設け、日本の新潟県加治川、岐阜県伊自良湖を対照流域として、酸性物質の生態系への流入・循環・流出過程の観測、物質循環の解明、モデルの作成を行う。更に拠点サイトを含むより広域な領域を対象とした窒素収支の経年的な変化を評価し、その中で大気沈着の寄与を明らかにする。これらに基づいて、生態系の酸性化や窒素流出等の変化を予測する。
 サブテーマは次の3つである。
 (1) 東アジア集水域を構成する生態系における酸性物質の循環のモデル化に関する研究
 (2) 集水域システムにおける酸性物質の蓄積・流出過程のモデル化に関する研究
 (3) 東アジアにおける集水域モデル開発のための渓流水化学性および物質循環の解析

2.研究の進捗状況

(1)集水域の物質循環モデル、土壌酸性化予測モデルを改良し、サケラート及び加治川流域に適用してモデルの妥当性を検討した。水収支過程を改良したモデルによるサケラートの土壌pH推定結果は、サブテーマ(3)による観測と良く整合し、乾季とその後2ヶ月程度の間の低い土壌水分と雨季初期の沈着量の増大により土壌水中イオン濃度が大きく変動する可能性が示された。また、既存モデルの構造や適用例等を検討し、データの入手可能性、パラメータの妥当性などに基づいて、雨季と乾季の顕著な東アジアの熱帯生態系へ適用のための改良方向を示した。
(2)サケラート流域を含むナコン・ラチャシマ県を対象にGISデータを収集し、人口コホートモデルなどに基づいて農業などからの発生する窒素の水系への直接影響とアンモニア発生量の変化を推定した。同県では肥料、畜産による窒素負荷の寄与が相対的に高いこと、現在の推定アンモニア発生量がサブテーマ(3)による沈着量測定値と整合する量であること、2030年に窒素負荷量は2000年の1.5~1.8倍程度になるが、河川水の水質汚染が問題になるレベルではないことなどが予測された。
(3)拠点サイトにおける流入量・流出量の観測を開始し、対象流域を含む広域地域においてもイオン交換樹脂法を用いた積算負荷量観測と河川水質の測定を行った。サケラートの渓流化学性には、雨季初期に落葉の無機化促進による一時的なアルカリ化、雨季中期に大気由来と考えられるSO42-流出による一時的に酸性化などの顕著な季節変動が見られ、また土壌pHも雨季・乾季に伴う特異的な変化を示した。広域調査の結果、拠点サイトの渓流化学性は、周辺の観測地と比べてpH、EC、アルカリ度等が最も低い、酸性沈着に対する感受性が高い地域であることが示された。

3.委員の指摘及び提言概要

 各サブテーマ間の連携や有機的なつながりが不十分であり、また、フィールドにした海外の拠点や協力機関での活動がよく見えない等、全体的に最終目標に向けての取り組みの方向性が明確でない。
 特にサブテーマ(2)は目的に照らし、空間スケール、モデルの種類がサブテーマ(1)、(3)と異質であることと、一定の結論が出ていることも考慮し、最終年に向けてサブテーマ(2)の実施の再検討を含め、サブテーマ(1)と(3)のゴールを明確にし、モデルの改良、データの取得に焦点を絞る等、実行計画を練り上げ、国際的な研究成果の公表を行うと共に、よい成果が上げられるよう研究推進されることを期待したい。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:b


研究課題名: C-083 東アジア地域におけるPOPs(残留性有機汚染物質)の越境汚染とその削減対策に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 森田昌敏(愛媛大学)

1.研究概要

 近年、残留性有機汚染物質(POPs)に関するストックホルム条約(通称POPs条約)が発効し、 POPsに対する地球規模の対策への取組みが開始されている。その一方で、国内で使用記録のないトキサフェン類、マイレックスが我が国環境中で検出されるなど、その難分解性かつ長距離移動するという性質から、海外からの越境汚染が懸念されている。特に工業化の著しい東アジア諸国からの汚染を防止することは、我が国(及び我が国の経済水域)の環境を守る上で重要な課題となっている。そのような汚染の防止に向けて効率的かつ有効な施策を支えるべき観測および予測、対策や評価に関する科学的知見や手法の蓄積を行い、(1)有効性評価すなわち条約実施による環境濃度の低減を証明するための広域観測、連続観測技術及び環境動態の理解、(2)新規POPs評価すなわち新規物質の地球規模での輸送・動態を普遍的に記述するモデルの開発、(3)対策の効果的な実施のための排出量の推定と削減シナリオを確立し、周辺国に提示するものである。
 サブテーマは次の4つである。
 (1) POPs全球多媒体輸送・動態モデルの開発
 (2) 東アジア諸国におけるPOPsの排出推定と排出削減対策に関する研究
 (3) 東アジア地域・西大西洋地域におけるPOPsの定点モニタリング
 (4) スペシメンバンク試料を用いた汚染レベルの時系列的変化の解明

2.研究の進捗状況

3.委員の指摘及び提言概要

 POPsおよび候補物質の地球規模での移動に着目し、中国を含め、東アジアを対象フィールドとして研究を進めていく姿勢は評価でき、全体として研究は進捗しており成果は期待できるが、各サブテーマの進行が拡散している点が見られる。最終目標をより明確にし、サブテーマ相互に連携を深めてプロジェクトとしての目的達成のために努力する必要がある。また、POPs条約に対応して、国内および東アジア規模のモニタリングデータが既に蓄積されていることから、本研究はこれらのデータ解析やモニタリング活動との連携をも進め、科学的な面をさらに掘り下げ研究成果の蓄積と向上を図ることが望まれる。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b


研究課題名: F-081 非意図的な随伴侵入生物の生態リスク評価と対策に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 五箇 公一 (国立環境研究所)

1.研究概要

 外来生物法では、規制対象種は「目視で種の判別が可能な種」に限定されており、ウィルス、細菌、菌類など微生物やダニなどの微小な寄生生物は規制の対象外とされる。多くの野生生物がペットや資材として国内に大量に持ち込まれている現状から、これらの生物に随伴して外来の未知なる寄生生物も大量に日本に侵入してくることが懸念される。
 本研究課題では、潜在的な随伴侵入生物の侵入実態および生態学的特性を明らかにするとともに、在来生物・生態系および人間生活に対する影響評価を行う。さらに侵入ルートおよび分布拡大プロセスについて生物学的側面および社会経済学的側面からの解明および予測を図り、検疫・防除手法の具体的検討を行うことを目的とする。
 サブテーマは次の5つである。
 (1) 非意図的な随伴侵入生物の侵入ルートの解明および防除対策
 (2) 輸入資材における随伴侵入生物の生態リスク評価
 (3) 外来の淡水無脊椎動物の生態リスク評価
 (4) 輸入動物に随伴する病原体の生態リスク評価
 (5) 輸入動物に随伴するマダニ類の生態リスク評価

2.研究の進捗状況

 物資に随伴して侵入する外来生物の代表格としてアリ類が挙げられる。サブテーマ(1)で世界的侵入アリの一種アルゼンチンアリの侵入個体群におけるDNA調査結果により、環太平洋地域において、本種は巨大な単一スーパーコロニーを形成していることが示唆された。
 サブテーマ(2)では、外来生物法のみならず、植物防疫の観点からも盲点となる輸入木材に着目して、様々な随伴侵入生物の調査を実施した。その結果、ニレ立ち枯れ病菌を含む様々な有害昆虫、ダニ類、菌類が検出され、すでに定着が始まっている実態が明らかとなった。
 サブテーマ(3)ではサブテーマ(1)と連携して、既に日本に侵入し、分布を拡大しているカワヒバリガイについて、分布状況と分布拡大プロセスの解析を実施した。その結果、用水路や導管など、水利施設を通して分布拡大していることが集団遺伝学的にも裏付けられた。
 サブテーマ(4)ではサブテーマ(1)と連携し、生物多様性保全の新しい分野として、野生生物感染症のpandemicについて取り組んだ。両生類の新興感染症カエルツボカビ菌は、DNA変異分析および感染実験の結果から、従来のアフリカツメガエル起源説を覆す新説として、日本(アジア)起源説が立てられた。さらに両生類の新型病原体ラナウィルスおよび吸虫感染症を発見した。吸虫感染症については、外来哺乳類の野生化が終宿主の増加に結びつき、吸虫の発生を爆発的に引き起こしていることが示唆された。
 サブテーマ(5)では生物移送がもたらす人間への感染症の脅威として輸入爬虫類に寄生するマダニからこれまでに発見されたことのないボレリア病原虫を発見した。

3.委員の指摘及び提言概要

 個々の外来生物に関する研究成果、例えばカエルツボカビ、アルゼンチンアリなどに関しては興味深い研究成果が出ている。また、新しい知見と予測していなかった仮説が提唱されており、今後の研究成果が期待される。しかし、本研究は研究目的が漠然としていて研究目標も絞りきれていない。生態リスク評価の結果をどのように法改正を含む具体的な対策につなげるか不明確である。このまま個別の研究を積み重ねても、地球環境研究の成果としては不十分である。このため、各サブテーマの成果を統合するサブテーマ1の役割を強化する必要がある。また、地球環境政策に関する研究では、地球環境に脅威を与える危険について予測し、対策を立てることが必要である。本研究の目的がそこを意識しているかどうか明確にしてほしい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b


研究課題名: F-082 SEA-WP海域における広域沿岸生態系ネットワークと環境負荷評価に基づく保全戦略(H20-22)

研究代表者氏名: 灘岡和夫(東京工業大学)

1.研究概要

 SEA-WP(South East Asia and West Pacific)海域、すなわち東南アジアから西太平洋中部に至る海域は、沿岸生態系における生物多様性が世界中で最も高い地域として知られているが、様々な人為的環境負荷による沿岸生態系の劣化が急速に進行している。さらに、海水温上昇による広域的なサンゴ白化の頻発化に代表される地球環境変動影響の懸念もますます高くなって来つつある。本研究は、同海域の沿岸生態系が高い生物多様性を保った形で維持されているメカニズムを知る上でキーとなる「広域的沿岸生態系ネットワーク(あるいはreef connectivity;サンゴ礁間連結性)」の実態を、その成り立ちや地球環境変動下での将来的な変遷予測を含めて明らかにするとともに、広域的な幼生供給源の観点から生態系ネットワーク中のコアとなる沿岸海域を同定し、併せてそこでの環境負荷評価を行うことにより、熱帯・亜熱帯沿岸域の沿岸資源管理手法として最近有望視されている海洋保護区(MPA)を、合理的根拠に基づいて設定していくための科学的指針を提示することを目的とするものである。
 本研究の成果は、環境省が2010年の生物多様性条約第10回締結国会議で発表することを目指している東南アジア・オセアニア重要サンゴ礁MPAネットワーク戦略に直接反映される予定である。
 サブテーマは次の3つである。
 (1) SEA-WP海域における幼生分散過程の解明と環境負荷影響評価
 (2) SEA-WP海域の海洋物理・低次生態系モデル開発と検証
 (3) SEA-WP海域におけるサンゴ礁海産生物の集団遺伝学的解析

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1):超多島複雑海域として特徴づけられるSEA-WP海域での海水流動計算を高精度で行う数値モデルをサブテーマ(2)と共同で開発するとともに、それに基づく幼生分散シミュレーションモデルを開発した。インドネシア海域中央部、フィリピン・Verde Island海峡周辺海域、沖縄・八重山諸島周辺海域等を対象とした数値モデル解析の結果、各海域での海水流動構造の特徴が、そこでの幼生分散過程を決定的に特徴づけていることを明らかにした。また、モデル開発・検証のための現地データ収集や集団遺伝学的解析用のサンゴ礁生物のサンプリングを行った。
 サブテーマ(2):<太平洋-SEA-WP海域-インド洋>広域海洋循環モデルを構築した後、SEA-WP海域を対象とした高解像度ネスティングモデルを開発することに成功した。同モデルに基づく解析により、インドネシア多島海における新たな渦群の発見など、SEA-WP海域の海流構造のいくつかの特徴を明らかにした。また、海洋物理モデルに低次生態系モデルを結合していく作業を行った。
 サブテーマ(3):集団遺伝学的観点からのreef connectivityの解明に向けて、アオサンゴとオヒトデについて高度多型性を示す複数のマイクロサテライトマーカーを開発することに成功した。アオサンゴについてはサブテーマ1で採集された合計380個体について集団解析を実施し、黒潮流域に分布する集団間においても明瞭な遺伝的分化を示すことを明らかにした。ナマコについてはミトコンドリア遺伝子を用いた解析を実施し、熱帯・亜熱帯産のナマコ8種の系統関係を明らかにした。

3.委員の指摘及び提言概要

 全体として研究が円滑に推進されている。また、個々のサブテーマは評価できる結果が出ているし、保全戦略(政策提言)につなげやすい成果が出ている。COP10での新たな提案を期待する。しかし、陸域起源の環境負荷物質の挙動モデルをどのように低次生産モデルや幼生分散モデルに組み込む方法が明確でない。また、海洋物理学的研究と集団遺伝学的研究を統合化するための取り組みも進んでいない。国際的な共同研究体制に関しても具体的な説明がない。サブテーマ(3)と(1)、(2)とのつながりが本研究のカギとなる。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名: F-083 海洋酸性化の実態把握と微生物構造・機能への影響評価に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 濱 健夫(筑波大学)

1.研究概要

 海洋は化石燃料の消費などにより排出される二酸化炭素(CO2)の一部を吸収しているが、海洋に吸収されたCO2は海水を酸性化させる。このため、大気CO2濃度がさらに増加することにより、今後、海洋酸性化がさらに加速することが予想される。海洋酸性化は微生物群集構造とそれに伴う海洋物質循環系を変化させ、これにより地球環境への影響も危惧される。本研究では、高精度のpH観測機器を開発するとともに、過去20年にわたり取得されたデータの解析により、海洋酸性化の現状を把握する。また、各種pH下における微生物培養実験により、酸性化に伴う群集構造や生元素循環の変化を評価する。これらの成果の集約により、国際的なCO2排出削減に向けた政策立案を支援する。
 サブテーマは次の3つである。
 (1) 太平洋における海洋pHの高精度各層観測による酸性化の実測
 (2) 海洋炭酸系データの統合に基づく海洋酸性化の実態評価
 (3) 海洋酸性化が微生物群集構造と機能に及ぼす影響

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1):CCDイメージングセンサーによる小型・高感度・高速測定可能な分光光度計、および光ファイバーを利用した長光路・低体積の分光光度測定セルの組み込みにより、高精度・高効率のpH測定器を設計、作製した。この新開発機器により、より高い精度(<±0.001)でpHを測定することが可能となった。また、気象庁・気象研究所により1980年代から蓄積した西部北太平洋における観測結果から表面水のpHを算出し、20年余にわたるpHの変動傾向を解析した。この結果、pHは夏季・冬季ともにすべての緯度において、CO2の吸収による長期低下傾向にあることが明らかとなった。
 サブテーマ(2):太平洋広域にわたる海洋酸性化の実態を評価するため、1990年以降に行われた139航海において採取された炭酸系パラメータを収集・整理した。収集したデータについてフォーマットおよび単位を統一した後、不正な日付時刻や重複データの確認などの一次品質管理処理を行った。更に、系統的誤差等を補正する二次品質管理処理手法について検討し、大西洋において実施されている手法との共通化により、世界的なデータベース作成に向けた作業を実施した。
 サブテーマ(3):海洋酸性化が海洋微生物群集構造と機能に及ぼす影響を評価するため、pHを調整した培養系により自然群集および培養種を用いた実験を行った。自然群集を用いた実験では、ケイ藻が低pH(高CO2)条件下で増殖速度が高まる傾向が認められ、海底方向への炭素輸送量も増加する事が示唆された。一方、ハプト藻およびクリプト藻など、pHの低下により増殖が阻害されるグループの存在を確認した。また、円石藻の培養種を用いた代謝生理学的実験では、海水の酸性化に対して、細胞内pHの低下を抑制する機能を有することが明らかとなった。
 更に、サブテーマ(1)と連携することにより、自然群集を用いて得られた培養実験結果を対象に、海洋酸性化に伴う物質循環系の変化について、モデルを用いた検討を行った。

3.委員の指摘及び提言概要

 大変興味深い成果が出ている。25年間における北西太平洋のpHの推定や酸性化するとケイ藻が増殖するなどは評価に値する研究成果である。pHの変化について説得力のあるデータを出しており、政策的なものも含めて期待できる。また、円石藻の結果は極めて興味深く、学術的にも評価される。しかし、サブテーマ(3)でのタンク実験で、対照実験がないのは問題がある。本研究では、大気中のCO2が海水に溶けるところまでしか考えておらず、海底に積もり、溶け出す炭酸カルシウムの考慮が十分になされていない。また、海洋のpHに関しては、海外で異なった結果が出ている。植物プランクトンの応答に関しても従来の結果と異なっており、更なる検証が必要。さらに、サブテーマ(1)、(2)は第3研究分野で評価すべき研究課題ではないように思える。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名: Fa-084 温暖化が大型淡水湖の循環と生態系に及ぼす影響評価に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 永田 俊(東京大学海洋研究所)

1.研究概要

 我が国最大の淡水湖である琵琶湖は、世界有数の古代型湖沼であり、淡水生物多様性の宝庫である。近年、琵琶湖における冬季の「全循環」が、温暖化の影響によって不活性化している可能性が指摘されている。全循環とは、冬季に湖面や湖岸の冷却によって冷やされた高密度の表層水が沈み込むことで、湖水の上下混合が起こり、それによって湖の深底部に溶存酸素が供給される物理現象である。温暖化による全循環の欠損は、深底部の無酸素化をひきおこし、そこに生息する生物の絶滅や水質悪化につながる危険がある。このような現象は、世界の大型淡水湖において顕在化しはじめており、深刻な地球環境問題ととらえることができる。本研究では、(1)琵琶湖における総合的な観測や実験的な解析を実施し、温暖化が生態系や水質に及ぼす影響を評価するのに必要な新たな科学的知見を得ること、(2)知見を統合化し、高精度な「流動場―生態系結合型」の数値モデルを構築し、琵琶湖の生態系と水質が今後50年間にどのような変化をするのかについて評価すること、(3)予想される被害の緩和策や適応策の構築に資する基盤情報を整備すること、を目標とする。
 サブテーマは次の6つである。
 (1)琵琶湖の全循環と生態系モデリングに関する研究
 (2)乱流・混合過程に伴う酸素フラックス量の定量化に関する研究
 (3)温暖化が物質循環と水質に及ぼす影響評価に関する研究
 (4)温暖化が底生動物と魚類に及ぼす影響評価に関する研究
 (5)温暖化が浮遊性生物相互作用に及ぼす影響評価に関する研究
 (6)安定同位体比を用いた生態系変動評価と予測に関する研究

2.研究の進捗状況

(1)世界に先駆け独自に開発した、微細構造観測プロファイラーや自律型潜水ロボットなどの先端観測機器を駆使した観測を展開し、成層期の表層―亜表層における水体の物理構造や、底層付近の高濁度層の分布の詳細が明らかになった。
(2)自動試料採取型セジメントトラップを用い、高時間分解能の有機物鉛直フラックスデータの取得に成功した。堆積物―湖水境界層における栄養塩類のフラックスの解明が進められた。また、溶存酸素の安定同位体比を用い、深層の溶存酸素消費に対する水柱と堆積物の相対的寄与を明らかにした。
(3)イサザ長期保管標本の解析から、過去のイサザ個体群変動と環境要因の解析を行い、水温と溶存酸素がイサザ個体群変動に与える影響の解明を進めた。また、実験的にイサザの酸素耐性を調べ、運動代謝が急激に減少する溶存酸素濃度の閾値を明らかにした。
(4)琵琶湖流動場―生態系結合型数値モデルの高精度化を進め、水温の絶対値の再現性を高めるなど、重要な成果が得られた。有機物の沈降フラックスの高解像度データを用い、観測結果と計算結果の比較を行った。また、温暖化を考慮した湖沼管理を支援するツールとしての汎用水質モデルの概念枠の構築を進めた。

3.委員の指摘及び提言概要

 課題全体の構成とサブテーマ間の連携が優れている。その実施・管理も良好であり、目的に沿って予定通り進んでいる。琵琶湖のモデルも優れたものができつつあると感じる。しかし、「温暖化が生態系や水質に及ぼす影響を評価する」が研究目標となっているが、どのようにして評価するか方法論が明示されていない。生態系影響といいながら、生態系全体についての影響を検討するのではなく、特定の固有種について個々に影響を評価しているだけにとどまっている。生物間の相互作用に関しても考慮すべきである。また、湖水の循環が気温や流入水の水温の微小な差で停止するため、循環を促す方策を検討すべきである。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b


研究課題名: H-081 里山イニシアティブに資する森林生態系サービスの総合評価手法に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 杉村 乾 (森林総合研究所)

1.研究概要

 生物多様性の低下とその要因に関してこれまで生物学的アプローチによる多くの研究が行われてきた。一方、社会とのつながりから見た森林生態系サービスの持続性という観点が重視されつつあるが、関連する研究は非常に少ない。そこで本研究では、森林生態系サービス(花粉媒介、害虫制御、山菜・きのこ採集、渓流釣り、観光レクリエーションなど)について、評価指標の開発及び人的影響の解析を行い、生態系サービスを持続的かつ有効に活用するための森林管理のあり方を提唱する。そのために、経済的評価を含むいくつかの指標を作成し、異なる森林タイプ(よく手入れされている森林と放置された森林、林齢の異なる人工林と天然林など)の間で比較する。並行して、生態系サービスを提供する生物群を対象に生態系サービスを持続的に活用するために必要な森林環境を解析する。
 サブテーマは次の4つである。
 (1) 生物多様性が提供する生態系サービスの経済評価
 (2) 森林生態系サービスの活用におけるアジア的特性の解析
 (3) 森林がアグロエコシステムに提供する生態系機能の評価
 (4) 人間活動による森林の生態系機能の変動評価

2.研究の進捗状況

 森林の生物多様性がもたらす生態系サービスとその基盤となる生態系機能を定量評価する手法の開発に関する研究を行った結果、高いレベルの生態系サービス量や生態系機能は天然林に依存している場合が多いことが示唆された。
(1) インターネットアンケートにもとづいて種の多様性が有する経済価値を推定する手法を開発し、普通種に比べて希少種に対する支払い意志額がとくに大きいことを明らかにした。また、サブテーマ(2)で得られるデータと上記の選択実験を結合させるためのプロトタイプモデルを作成した。
(2) アンケート、森林の利用実態、観光資源の分布状況などからサービス量を評価するための指標を考案し、調査対象地に適用したところ、天然林を維持することによって大きなサービスをもたらす生物群の生息環境の確保や地域経済に対する多大な貢献が可能となることが示唆された。
(3) 森林が農地において送粉サービスや害虫制御の機能を果たす昆虫を供給していることから、農地に近接する里山林の広がりと状態を維持したうえで、森林から農地に誘導するための植生帯を適切に管理する必要のあることが分かった。
(4) 生態系機能については、送粉機能としてハナバチ・ハナアブ、捕食寄生機能として寄生蜂・ゴミムシ・カリバチ、分解機能としてカミキリ・トビムシ、野生鳥獣の餌資源の供給機能として堅果類と液果類の資源量で代表させることが適当であることを明らかにした。これらの手法にもとづいて評価したところ、人工林化や二次林の管理放棄によってこれらの機能や野生鳥獣の餌資源供給量が低下する場合が多いことなどが示された。

3.委員の指摘及び提言概要

 里山のもつ森林生態系サービスの定量的評価法の開発の重要性と意欲は評価でき、プロジェクト全体としては当初の研究目的の達成方向にあり、特に課題(2)、(4)は里山生態系の機を評価の新しい知見が得られているように思われる。しかしながら、調査結果は人々が抱いている里山に対するイメージの域を出ていない。焦点を絞った調査と解析による新しい知見の提示が期待される。また、プラスの面のみでなく、鳥獣害や害虫など、マイナス面も合わせて評価すべきである。
 課題(1)~(4)は個別研究成果であるが、広範な課題であるため、全体の目的がわかりにくい。「アジア的特性の解析」については、十分な進展が見られず、日本国内に限定すべきであり、既知の知見の確認にとどまっていると言える。課題(1)は従来型研究手法の枠内であり、(2)~(4)で検討している里山生態系としてのサービス機能に対応する工夫が必要であろう。(1)の経済評価をマクロに進める非利用的価値の論点に利用価値をどう組み込むかが不明である。多様な利害関係者(stakeholder)間で評価が異なるため、個別サービス機能の評価と共に、それらの統合化する評価枠組みの開発も、課題(2)~(4)と連携が強く望まれる。
 「生態系サービス」の概念は広いが、生物多様性に結びつけた生態系サービスの概念整理が表面的なものとなっている。さらに、里山の定義の明確化も必要である。生物多様性と経済価値の関係は必ずしも正の相関をもつとはいえないため、政策的観点から問題となる。ただし、インターネット調査により経済評価が可能か客観性に疑問がある。また、統合評価の経済学的基礎、当該評価手法の政策及び森林サービスの向上への適用方策が不明である。利用価値、非利用価値の測定における意味を明確にし、政策的な意義づけを明確にする必要がある。
 サブテーマ(4)では採集圧などの問題を定量的に調べることが、生物多様性との関連で必要である。また、「山菜」利用の現場調査は有益であるが、生物多様性の観点を含めたストックとフローの調査も期待される。今後、丹念な実態調査等による着実な知見の提供を希望する。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:c
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b


研究課題名: Hc-082 アジア太平洋地域を中心とする持続可能な発展のためのバイオ燃料利用戦略に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 武内 和彦 (東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S))

1.研究概要

 バイオ燃料には温室効果ガス削減、農業・農村活性化、貧困緩和、といった効果が期待される一方で、それらに対する疑問や、森林破壊、水質汚染、水資源の枯渇に結びつくといった指摘が提示されている。本研究では、環境・社会・経済への影響の分野や程度などが広範囲に亘り、問題が複層かつ複合化しているバイオ燃料の導入について、2020年までをターゲットに、いわゆる第一世代バイオ燃料のみでなく、木質や草類のセルロース等を原料とする第二世代バイオ燃料も対象に、アジア太平洋地域を中心に、複雑多岐な国家・地域、ステークホルダー間の関係を社会科学-自然科学の融合・分野横断により総合的に把握・評価することで、世界、地域、国家レベルでの社会厚生水準の向上を目指した利用戦略を策定することを目的とする。
 サブテーマは次の7つである。
 (1) オントロジーを用いた問題の構造化と政策立案支援ツールの開発
 (2) 持続可能な発展を目指したバイオ燃料利用戦略の策定
 (3) 国際農産物需給を考慮した社会経済分析
 (4) バイオ燃料生産とそれに伴う森林・土地・水利用変化の影響評価
 (5) ライフサイクルアセスメント(LCA)によるバイオ燃料利用に関する総合影響評価
 (6) アジア太平洋地域における生態系の財・サービスとバイオ燃料利用
 (7) アジア太平洋地域における政策パッケージおよび地域的政策協調の検討

2.研究の進捗状況

(1) バイオ燃料利用の持続可能性を捉える枠組、概念、方法論等について検討したうえでオントロジー探索ツールを試作し、概念間のパス探索機能等を利用して問題領域の俯瞰を試みた。
(2)ケーススタディとしてブラジルを対象に多様なステークホルダー群を分析し、利用戦略策定のためには雇用問題、輸出先のバイオ燃料政策等について検討する必要性があることを示した。
(3) 採算性比較から、米国のトウモロコシ生産は、補助金がなければ採算割れになることを明らかにした。またシミュレーションモデルを用いた試行実験として、米国のバイオ燃料生産に関する政策が世界穀物市場へ与える影響を分析し、価格の高騰への影響を明らかにした。
(4)土地利用評価手法についてレビューを行い、さらにブラジルのサトウキビ生産を事例に土地利用の影響評価を実施し、ダイズ生産の場合に比べて影響は小さいこと等を示した。
(5) ブラジルと中国に着目してLCAを検討し、中国のバイオディーゼル生産のLCAから、製造過程で発生する剰余バイオマスを利用すれば、バイオ燃料生産が温室効果ガス排出削減に有効であることを示した。
(6) 既存研究のレビュー等を通じて生態系サービスに注目したバイオ燃料の持続可能性の分析のためのフレームワークを明らかにした。
(7) 日本のバイオ燃料政策に関する経済モデルを構築するとともに、アジア太平洋地域におけるバイオ燃料の持続性基準の策定に関する議論のレビューを行った。この結果ステークホルダーのスタンスの差異等が議論に大きく影響していることや、現地情報に基づく科学的研究の重要性が明らかになった。

3.委員の指摘及び提言概要

 持続的発展のためのバイオ燃料戦略について、サステイナビリティ学アプローチにより、国際食料需給、環境影響、エネルギー収支など多面的、かつ包括的に検討・評価するなど、分野横断的な総合評価を加え、利用戦略の策定を試みており、バイオ燃料問題に関する指針の提案が期待される。過去の研究蓄積を感じさせる成果で、各サブグループ間の有機的関連連携も適切なように見受けられる。しかしながら、サブテーマ(6)、(7)の全体における位置づけが不明確であり、アカデミックな貢献は乏しい。この研究の発展方向として大規模な自然災害や、環境災害リスクに対するPrecautionary Framework などのリスク・シナリオ分析と、その成果も期待される。
 プレゼンテーションは明快であるが、全体のとりまとめは容易ではないように見受けられる。本研究では、オントロジーを用いた政策立案支援ツールの開発が重要となるが、オントロジーについての基本的な概念、定義、手法の効果について説明を欠き、唐突感は否めない。未だ、一般化されていない用語(術語)、手法については、記載における初出時にそれぞれの用語の必要にして十分な解説や有効性を説明すべきである。ほかのサブテーマでは経済的要素がうまく捉えられているので、方法論上の問題かもしれないが、オントロジー分析によって得られる構造と、経済構造・産業構造との関係性を明らかにしないと、市場のインセンティブで動くactorの相互関係を把握できないように思われる。
 ステークホルダー分析では、中国も対象として考えていただきたいが、中国では本音と建前で大きく異なる点に困難が伴うであろう。なお、ステークホルダー分析では、分析の方法論的基礎(たとえば、Actor-Regime Analysis … Political Economy… など) を明確にされたい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):a
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b
 サブテーマ7:b


研究課題名: Hc-083 低炭素社会に向けた住宅・非住宅建築におけるエネルギー削減のシナリオと政策提言(H20-22)

研究代表者氏名: 村上 周三(建築研究所)

1.研究概要

 民生部門におけるエネルギー消費量は一貫して増加傾向にあり、これに歯止めをかけることは、日本のみならず世界の各国にとって差し迫った重要な課題となっている。民生部門における省エネ対策の検討を行うためには、人口動態、建物寿命など長期的に変化する要因を考慮した上で、中、長、超長期的な視点から民生用エネルギー需要および省エネ対策実施効果の精度の高い予測が必要となる。 そこで本研究では、民生部門におけるエネルギー消費量の大幅削減の方策を探るため、日本全体の住宅・非住宅建築におけるエネルギー消費量の予測モデルを構築し、エネルギー消費量大幅削減のシナリオを提案した上で、現実的に推進するための政策を提言することを目的とする。また、予測モデルに必要となるデータを最新の資料に基づいて整備すると同時に、日本各地のエネルギー消費実態調査に基づくデータの補足および改良を行う。この研究成果は、民生エネルギー消費量削減に関する政策の基礎資料として積極的に貢献し、持続可能社会の実現に寄与するものと期待される。
 サブテーマは次の6つである。
 (1) 住宅・非住宅建築エネルギー消費量削減のシナリオにもとづいた将来予測と政策提言
 (2) 住宅・非住宅建築エネルギー消費量推定法の東京都を対象とした検証と予測モデルの改良
 (3) 住宅・非住宅建築エネルギー消費量推定法の大阪市を対象とした検証と予測モデルの改良
 (4) 住宅・非住宅建築エネルギー消費量推定法の仙台市を対象とした検証と予測モデルの改良
 (5) 住宅・非住宅建築エネルギー消費量の将来推計手法の開発
 (6) 全国各地の住宅・非住宅建築における室内環境、設備、エネルギー消費量原単位等に関するデータベース作成

2.研究の進捗状況

(1)東京都、大阪市、仙台市の住宅・非住宅に対してエネルギー消費量調査を行い、既往研究で用いられてきたエネルギー消費量原単位の改良、および不足データ(高層住宅建築における共用部のエネルギー消費実態、小規模非住宅建築におけるエネルギー消費実態、住戸形態別のエネルギー消費原単位など)の補足が進められた。また、これらの調査結果を含めた複数の民生エネルギー消費量調査研究資料を収集し、サブテーマ(5)で必要となる属性別(地域属性、建物属性など)入力データの整備が進められた。その結果、属性によりエネルギー消費量原単位に有意な差が確認されたが、一方で、バラつきの大きい原単位も明らかとなった。今後は原単位に影響を及ぼす要因を明らかにし、データベースの精度をより一層向上させる予定である。
(2) 将来的な住宅・非住宅建築エネルギー消費量を予測するためのモデル開発が進められた。その結果、住宅部門のうち分譲集合住宅を対象に推計した2050年におけるCO2排出量は、1990年に比べ現状維持シナリオでは71%増加するのに対して、建築主と居住者の徹底対策、家電機器効率と電力CO2原単位の改善など他部門の徹底対策まで含めることで65%削減されることが示された。今後は、国内外における省エネ政策事例調査結果を踏まえたシナリオを構築し、各シナリオにおけるエネルギー消費量削減効果をモデル計算に基づき定量化することで、民生部門の低炭素化に向けてステークホルダーが一体となった政策提言を行う予定である。

3.委員の指摘及び提言概要

 民生部門の省エネ、CO2削減が大きな課題となり、必要性が指摘されながら、データが不足していた領域に新たな知見が得られる可能性が大きい。こうした住宅・非住宅建築におけるエネルギーの詳細調査に基づく分析は実際的価値も高く、具体的な成果は自治体(直接の対象地域、その他への波及)の政策に直接的に活用でき、今後の進展が期待される。バランスのとれた研究で、農村を対象にした研究は是非進めて欲しい。
 2050年までの長期削減目標(住宅・非住宅関連のエネルギー消費)の達成方策のシナリオは、バックキャスティングの意味で、多様な削減政策手段及び技術手段と制度や経済的動機付けとの大胆な組み合わせも必要であるが、非技術的手段や制度の実証的なデータに基づく検討や提言及び、原単位の地域的な差異を明らかにする解析も政策上から期待される。今後、積極的な成果発表が望まれる。 実態調査による民生・建築物対策に極めて有用なデータベース構築は可能であるが、一般的な予測モデルへの拡張には疑問がある。情報の把握が重要で、各グループ間の連携を強化すべきであろう。
 政策導入時の市場における反応の態様も考慮したシナリオ作りが望まれる。この場合、政策導入による省エネ効果と市場の自然な反応との区別が必要である。ただ、具体的な政策・施策の構築方法や手順が不明な点に難があるが、最終的には詳細な政策提言の取りまとめを期待したい。家計(自宅・賃貸住宅)別の省エネルギー目標の設定と費用負担の関係、及び目標達成のための省エネルギー制度や政策手段の相互関係を明確にした研究も期待される。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b


研究課題名: Hc-084 都市・農村の地域連携を基礎とした低炭素社会のエコデザイン(H20-22)

研究代表者氏名: 梅田 靖 (大阪大学)

1.研究概要

 都市・農村の地域連携を基本コンセプトとして、低炭素社会実現のためのアジアにおける都市・農村連携の在り方を具体的な事例を通じて追求し、あるべきエネルギー・物質の資源循環システムを基盤とした将来シナリオを描くことを目的とする。実施方策として以下の4つのサブテーマで構成する。 サブテーマ(2)~(4)では日本や中国で現地調査とモデル化を行うパイロットモデル地域を設定し、都市・農村連携のモデルを具体的に提示する。さらに、サブテーマ(1)においてサブテーマ(2)~(4)のパイロットモデルを集約化し、具体的な施策の有効性、潜在的可能性を検討する。最終的に、パイロットモデルのアジア・全国展開効果、相乗効果の予測に基づく持続可能社会における都市・農村の地域連携の在り方を提言する。
 (1) 低炭素化に向けた持続可能地域連携社会の枠組み、指標及びシナリオ
 (2) 農工連携による自然資本を生かした低炭素化産業の創出(業結合型モデル)
 (3) 都市-農村空間結合による低炭素化クラスター形成(空間結合型モデル)
 (4) 広域低炭素化社会実現のためのエネルギー・資源システムの改変と政策的実証研究

2.研究の進捗状況

(1) 各パイロットモデル地域で得られたデータを共通の枠組みに集約化するための地域のモデリング方法論を構築した。これを用いて、各パイロットモデル地域のデータ集約、および、モデリングを行った。特に、浙江省全域のモデルでは、廃棄物系バイオマス、間伐材および水草を活用する都市・農村連携型の工業開発プロセスのシナリオの作成を行い、化石資源代替効果を算定した。この手法により、パイロットモデル分析、および、シナリオ作成に向けた見通しが立った。
(2) パイロットモデル地域である中国霊宝市におけるトチュウ植林の低炭素化ポテンシャルとバイオマス高度利用の有効性を検証した。併せて、トチュウ植林の水土保全効果の調査準備、農村経済・農民QOL評価のための基礎調査を実施した。これにより、アジア途上国の農村部において農業と工業が連携した物質循環を創出し、地域の低炭素化と経済発展を企図するモデル作成の見通しが立った。
(3)北海道における農畜林水産業の特色により3地域をパイロットモデル地域として選出し、特に上川地域の富良野市の食料・エネルギー自給可能性を分析した。その結果、農畜林業のバイオマスのエネルギー利用と耕地の作物種配分の最適化により、食料自給率は若干下がる(356→248%)がエネルギー自給率を大きく向上(0→48%)可能であることを明らかにした。この方法により、北海道における農畜林水産業を主体とした食料・エネルギー自給・自立モデルを構築する見通しが立った。
(4) 地域のエネルギー需要に応じた再生可能エネルギーを含む分散型エネルギーシステムの導入支援ツールを開発した。これを用いて、パイロットモデル地域である中国湖州市におけるエネルギー・資源システムの基礎情報を収集、分析することにより、地域分散型エネルギーの最適導入及び運用可能性を検討した。導入は環境面で効果があるが、経済的なメリットは限定的である。更に、国際互恵手段としてのCDMなどの活用により地域への分散型エネルギーの導入を促進可能であることを明らかにした。これにより、国際互恵補完型広域低炭素社会モデルを構築する見通しが立った。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究は、日本と中国の農村地域の低炭素社会のエコデザインの研究である。中間段階なので、現状把握が中心となるのはやむを得ないが、今後、現状把握を基にした分析と提案が期待される。課題の命名と研究内容の検討も必要であろう。ただ、農業部門における温室効果ガス削減目標の設定は喫緊の政策研究であり、日本の研究結果から導出される環境問題における農工連携のアジアモデルがアジアにおける先導的役割を担うという意識に支えられた研究で、全般的に高く評価できるが、机上の議論と現実問題とのバランス関係を明確にして、残りの期間での統合に工夫して欲しい。
 緻密な研究であり、手法の応用としての意義は認められる。経済的インセンティブがどの様に働くのか、市場機能がどう作用するのかが、全体を通して不明であり、政策への貢献は少ないと思われる。中国の産業構造は今後、激変する可能性があり、農工連携への影響を考慮する必要がある。なお、この研究成果に基づく中国経済へのimplementのための施策も検討すべきである。
 サブテーマ(2)における中国原産のトチュウ植林の試みは意欲的であるが、モノカルチャー化も危惧される。植林の規模、自然再生など人工林と自然林のバランスを考えた生態系研究も含めるべきであり、環境修復に関しては植物生態学的観点の導入が必要であり、中国というDrasticに政策が転換する社会であることを考慮する必要があろう。サブテーマ(3)では、低炭素化だけで作物が選択されず、生産物の経済価値、労働及び資本の量とその配分を含めた解析が必要とされる。
 明解な計画にもとづくパイロットモデル1~4の調査から着実な成果が期待できる。ただし、各地域の都市・農村連携のパイロットモデルを一般化した都市・農村連携の数理モデルをトップダウンアプローチに導出することの意味づけ及びその方法論としての有効性が分かりづらい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:c
 サブテーマ4:c


研究課題名: Hc-085 バイオマスを高度に利用する社会技術システム構築に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 仲 勇治 (東京工業大学)

1.研究概要

 バイオマス資源は広く・薄く分布しているため、有効利用には収集・輸送などの物流整備が課題であり、またエネルギーや有用物質に変換するにもプロセス効率やプラント建設単価が化石資源に比べて不利であり、円滑な普及/促進が進んでいない。このような状況から廃棄物系バイオマス、未利用バイオマスを資源とする複合的な産業システムを想定した社会技術システムを構築することが重要であり、低炭素社会の基盤整備に資するものである。本研究の目的は、「バイオマスを高度に利用する社会技術システム構築」を目指し、多様なバイオマス資源の利用を円滑に進めるための物流システムと、エネルギーなどの有価物への変換システムとからなるバイオマス利用のシステム全体を求める方法論を確立し、それを支援する技術情報基盤を整備することである。また、この成果を実地域(青森県を対象)に適用し、方法論を実用可能なものにすると同時に、より適用範囲を広げることも大きな目標となる。本研究の成果目標は、地域の実情把握と分析、技術情報基盤の開発、社会技術システムの導入過程に関する研究とそれらの青森地域への適用である。
 これらを達成するため次の4つのサブテーマを設定した。
 (1) バイオマスの地域における活用状況に関する調査研究
 (2) 技術情報基盤の開発に関する研究
 (3) 導入過程に関する研究
 (4) 地域への適用方法に関する研究

2.研究の進捗状況

(1) 統計データを元に、バイオマス資源量やその利用可能性を明らかにした。また、現地企業等へのヒアリングにより、「発生源としてのバイオマスの処理・利用のニーズ」、「バイオマス需要家としての品質や量的な面でのニーズ」等を明らかにし、弘前市を中心とした中南地域では利活用の具体的取り組みの調査を実施した。また製品の市場性調査の一環として、地域特有の資源であるりんご剪定枝、ホタテ中腸腺を用いた堆肥の効果を実験的に検証し市場性を確認した。
(2)中南地域に存在する変換施設のプロセス・物流の調査を実施した。中南エリアにおけるバイオマスの現状モデルを、スーパーストラクチュアのバイオマス変換ネットワークをもとに整理し、資源や製品に対する地域の量的/質的ニーズについてのモデル化を実施した。また、導入システムの情報基盤上の基礎部分である物質トレースに係る部分ついて、UPのモデル化手法と併せて情報管理手法を開発し、部分的な動作検証を行った結果、機能設計・UP設計の妥当性が確認された。
(3) 政策・合意形成、施策形成、事業計画作成のプロセスについては、青森県や中南を含む3県民局に対してヒアリング調査を行い、導入モデル(AS-IS Model)の整備を試みた。結果として、現状プロセスを可視化できたが、合意形成の手続きが十分ではないことが覗えた。また、LCAに関して、調査結果や既存データをもとに検討し、環境会計ではフローデータとそれに基づくストック(環境資産)データの必要性を明らかにした。
(4) 今年度は定性的な情報の整理を実施した。21年度に現状の分析を基に、具体的な導入シナリオについて技術情報基盤を利用しながら検討する。このために県農林水産政策課と新産業創造課、県の農林関係プロジェクトに加わっている大学研究者、地場産業の人達が参加するチームを編成した。

3.委員の指摘及び提言概要

 地方自治体と連携した研究プロジェクトであり、成果の即適用性も期待される。基礎的調査など一応順調に初年度を経過したという印象がある。理論、合理性などの学問的知見と、現実社会の政治的、社会的、その他の諸事情が相互にどう作用するのかに関心があり、可能ならば成果の実際的適用の成否の報告までプロジェクトに含めた方がよい。バイオマス利用のマイナス要因や変動要因(リスク)のデータ対応技術を検証できる枠組が明確となっていないように思われる。資料の収集、整理の段階にとどまっており、最終成果についての見込みが十分に説明されていない。
 地域への適用・導入について、既存のバイオマス情報システムの利用も考慮されるか不明であるが、研究全体にはまとまりがあり、バイオマス利用のモデルにもなりえよう。しかしながら、サブテーマ(3)~(4)では、どのような具体的な政策目標を持つのか明確にして欲しい。サブテーマ(3)のステークホルダー間の合意形成問題では、どちらかといえば行政サイドの関係者に調査が偏っているようにみうけられる。地元住民意識、生産者の意識の詳細な調査が必要であり、環境社会学や環境人類学分野の専門家を加えて再編成する必要があろう。
 なお、「高度に利用する」という概念と「技術情報基盤の開発」のイメージとの関連性が不明確なので、「地域への適用」へのシステム設計の哲学や方法、シナリオが読み取れない。地域のバイオマスのオルタナティブな利用への道筋が見えず、代替案のデザインの見通しが無い。地域の物質・エネルギーの相互利用の可能性を語るが、それをリストアップし、効果を比較する方向性が見えない。剪定枝の排出の時間変動や下水汚泥の話題も古く、システムに組み立てるアプローチの説明も無かった。 この研究内容の実現には、市場の中でバイオマスの利用と取引が必須であるが、「技術」と「政策」の議論のみで、市場経済の中で適用されるとは思えない。ヒューマンネットワークの構築がなければ、情報基盤の情報は活かされない。なお、付加価値は市場の需給バランスの中で生まれる。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:c
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:c
 サブテーマ4:c


研究課題名: Hc-086 低炭素型都市づくり施策の効果とその評価に関する研究(H20-22)

研究代表者氏名: 井村 秀文 (名古屋大学)

1.研究概要

 現在、世界の経済成長を牽引しているのが中国、インド等のアジアの新興工業諸国である。これらの国では生活の豊かさ向上とともに都市への人口集中、モータリゼーションが急速に進行しており、民生・交通部門を中心に、都市づくりの中に低炭素型都市実現のためのさまざまな施策を早期に組み込んでいくことが地球温暖化対策の鍵となっている。
 本研究では、[1]低炭素型都市づくりモデル計画の提示、[2]低炭素型都市づくり施策評価ツールの開発、[3]地域の自然条件・社会経済条件に応じた施策のあり方にそれぞれ取り組んでいる。ここでまず、データが入手できる日本の都市について深く分析しつつ、その成果のアジア諸都市への適用可能性について研究する。
 サブテーマは次の4つである。
 (1) 地球温暖化対策ロードマップの作成
 (2) 都市の動的物質・エネルギー代謝
 (3) 都市類型による施策の評価
 (4) アジアへの適用

2.研究の進捗状況

 本研究では、低炭素型都市づくりのための施策パッケージを提示し、その効果について分析している。サブテーマ(1)、(2)、(3)においては、地域、都市、街区の各スケールごとに、CO2大幅削減に向けたシステムの提示、政策評価モデルの構築などを実施している。サブテーマ4ではこれらの手法を統合し、アジアへの適用を目指している。以下、サブテーマ別の成果を示す。
 サブテーマ(1)では、名古屋都市圏を対象とし、2050年の温室効果ガス90年比70%削減ロードマップを提示した。この実現可能性を検証するため、専門家パネル(地域の政策及び技術の専門家からなる会議)を組織し、さまざまな技術開発及び政策シナリオによる温室効果ガス削減効果を徹底的に議論した。今後より実現性の高いロードマップの作成を目指す。
 サブテーマ(2)では、さまざまな都市に適用可能な低炭素型都市づくりのための理論モデルを構築した。また、4d-GISによる都市シミュレータを開発し、名古屋市を対象として都市をコンパクト化した場合の将来の低炭素型化を定量的に評価した。この理論モデルと特定の都市を対象とした実証モデルをうまく組み合わせることで、都市スケールでの分析手法を確立していく。
 サブテーマ(3)では、日本及び世界諸都市の社会経済、部門別エネルギー消費、地域気象等に関するデータを収集し、都市の類型化を図った。これにより、地域の諸条件に応じた施策のあり方について論じた。また、ヒートアイランドなどを考慮した街区レベルの低炭素型化のための分析手法を開発した。今後、サブテーマ(2)の都市シミュレータとの連携を図る。
 サブテーマ(4)では、DMSP-OLSによる夜間光分布からアジア諸都市の拡大状況を見極め、これと各都市のエネルギー消費との関係について定量的に評価した。また低炭素型都市づくりに係る国際会議を開催し、先進国及びアジア諸国との国際共同研究の連携強化について議論した。

3.委員の指摘及び提言概要

 温室効果ガスの排出源として、都市の占める比重は大きく、特に都市の民生部門、交通部門などの温室効果ガス排出は近年増加しているため、本研究は時代の要請に適っている。目標達成は時間・人材・予算面から困難であろうが、本研究のねらいは的確であり、低炭素化に向けた都市側の対応が大切で、少なくとも名古屋市における低炭素化ロードマップは完成する必要がある。水循環システムを効果的に配置させた低炭素型街づくりの重要性を明快に示してほしい。さらに、都市活動を大きく規定する、将来の社会・経済フレームへ配慮すべきで、2050年における75%減のロードマップなど、野心的なシナリオでは、街区制への政策導入の可能性や実現性及び、コンパクトシティの概念の明確化、政策パラメータとロードマップへの関連性をも含めた提案を期待したい。
 サブテーマ(1)の地球温暖化対策のロードマップの作成は、名古屋市との全面的なコラボレーションによる具体的な提案では成果が期待される。サブテーマ(2)以下は、現状把握の段階である。サブテーマ(3)は今後、サブテーマとしてのストーリー性に留意する必要がある。サブテーマ間の空間スケール、基礎とした変数や介入施策に整合性がないため、全体のまとめにやや心配が残る。名古屋モデルでカバー可能な範囲を限定する必要があろう。
 サブテーマ(2)、(3)については、これまで地域特性という抽象化された概念で語られていた要素の分析・解明が期待されるため、サブテーマ間の一層の連携が望まれる。サブテーマ(4)の趣旨は情報の獲得にあり、2年目以降の研究における見通しを明確にする必要がある。サブテーマ(3)、(4)は名古屋市の現状分析に基づく提案であり、アジア地域への適応ではその限界にも言及して欲しい。そうすれば、この研究成果は、「低炭素都市づくり」をめざした自治体の取組みへの指針となり、その他の多くの政策への寄与が期待できる。全般に、各サブテーマのバランス、連携が良いように思う。この研究成果が施策として実際使われる状況を明確にすると良い。研究の方法論が明確、的確であり、着実な研究の進展が見込め、一定の成果が期待でき、名古屋に限定せず、東京まで拡大してはどうか。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:c


研究課題名: Hc-087 社会資本整備における環境政策導入によるCO2削減効果の評価と実証に関する研究 (H20-22)

研究代表者氏名: 野口 貴文(東京大学)

1.研究概要

 インフラなど社会資本整備をするのに必要な材料の一つであるセメントはCO2の世界総排出量の約5%を占めていることに加え、我が国では高度成長期時代のコンクリート構造物が解体ピークを迎えつつあり、廃コンクリート塊の排出量が年々増加している。廃コンクリート塊を中心とした建設系廃棄物の包括的な再利用によって、CO2の削減を効果的に実現する金融政策、技術導入政策、環境評価導入型入札、広域輸送指針などを包括的に環境政策として取り扱い、現実の都市圏・地方圏を選定し、実態調査によって地域の地勢・経済特性を把握した上で、政策の効用と地域特性との関係性をシミュレーションにより明らかにすることで、地域特性を反映し、投資効果において高いパフォーマンスを発揮するコンクリート系廃棄物削減、CO2排出量削減政策を具体的に構築・提案する。
 サブテーマは次の6つである。
 (1)環境政策検討シミュレーター開発
 (2)シミュレーション試行のための大都市圏でのデータ収集・実態調査(東京圏)
 (3)シミュレーション試行のための地方圏でのデータ収集・実態調査(四国)
 (4)環境政策の検討と導入効果の評価(大都市圏)
 (5) 環境政策の検討と導入効果の評価(地方圏)
 (6) 環境政策の検討と導入効果の評価(全国レベル)

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)では、課税、補助金などをシミュレーター上で実現可能にする拡張開発(課税/補助金イベント実装)および、これに伴うインターフェイスの開発を行った。
 サブテーマ(2)、(3)は、関東圏および香川県のコンクリート関連産業の環境負荷原単位の算定を目的として、関東圏の建設事業に関連する工場・輸送の環境負荷原単位を調査により収集した。
 サブテーマ(4)は、関東一都七県の廃コンクリート塊の中間処理業全体に着目し、ここに適用できる環境政策の具体案とその評価を実施した。その結果、高稼働率の中間処理場へ集約化されることで中間処理のCO2排出量を最大17%程度減らせるという可能性が示された。
 サブテーマ(5)は、地方圏の社会整備事業が限定的になりつつある背景を受けて、中国地方にて関連業者への調査によって既存の道路や建設物の維持保全、建設関連機器の老朽化対策に関するコストと環境負荷削減に関するインベントリデータを整備した.
 サブテーマ(6)では、国家的観点から、環境政策の検討と導入効果の評価をする道具立てを検討するために、セメントの製造にかかわる産業連関表に基づく推計値と実態調査にもとづくCO2排出原単位について、両者の整合分析を行った。その結果、産業連関表から得られる値が、実態調査などに基づく積み上げ法による値よりもかなり小さくなっていることが明らかになった。

3.委員の指摘及び提言概要

 産・官・学が連携した研究プロジェクトであり、シミュレーター開発あり、実態調査ありの現実的要請を反映した内容で、今後の進展が期待される。しかしながら、実用的な行政対応研究として精緻な完成に向けて努力して欲しい。環境政策は必然的に自治体の政策となる。これらの施策を誰が実施するのかを明らかにすべきである。データの入手では成果があるが、社会科学的な検討に素材を扱う場合は、研究手法の吟味が必要である。特定の対象へのアプローチに対してテーマが大きすぎるため専門領域に特化した詳細なモデル化や分析を目指した方がよいと思われる。社会行動学的モデルとの中途半端な組み合せは賛成しかねる。むしろ現場の専門家たちとの議論の方が、機械的かつ仮想的なモデル化より良いであろう。
 廃棄物などの静脈物流の可変的フローの把握をEcoMaで可能であるか不明で、政策の実効性についても考慮すべきであろう。マルチエージェントモデルの空間的行動選択への適用は低炭素との関連性が弱く、特に、Multi-Agentの行動原理に対する環境経済学的な意味づけが明確でないと、EcoMaのシミュレーション結果の解釈や、導入した環境政策の有効性の判定は難しいであろう。このシステムは単に距離と原単位に終始した論点であり、セメント産業、鉄鋼との比較、社会資本の更新法、二酸化炭素と石灰を介した流れなど、他に課題は多い。
 術語としての環境政策の認識に基本的な誤解があり、日本および先進国における環境政策の実態が理解できていない。この研究における「環境政策」は建設分野に限定した概念と認識すべきである。たとえば、建設リサイクル法は一種の環境政策であるが、それがこの手法でどのように評価されるのかわからない。この「環境政策」という概念が曖昧なままに研究が進められており、サブテーマ(4)-(6)でこの点が特に顕著で、「環境政策」の検討と無関係にデータ収集調査が行われ、サブテーマ間の関連性も不明確である。すでにある結論の追認であれば、研究費投入の意味は乏しい。サブテーマ(1)の「課税イベント」は補助金であり、これらの誤解を解くためには分野外の専門家の助言や指導が必要である。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):C
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:c
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:c
 サブテーマ4:c
 サブテーマ5:c
 サブテーマ6:c


研究課題名: Hc-088 低炭素社会の理想都市実現に向けた研究(H20-22)

研究代表者氏名: 中村 勉(日本建築学会)

1.研究概要

 IPCC第4次報告を受け、中央環境審議会21世紀環境立国特別部会では2050年までにCO2を半減することが目標とされた。また、2005年にピークに達した日本の人口は、2050年には現在の約4分の3に減少し、高齢化率は40%を超えることが、人口問題研究所などにより推計されている。 本研究では2050年を1つの目標年として設定し、CO2削減効果と少子高齢社会に対応する具体的な都市像を地方を代表する具体的な5都市を対象として描くこととした。また、その実現化へのロードマップを市民参加の場を持ち、省エネ手法や都市全体のCO2削減評価を統合化し具体的に示すことにより、我が国の地方都市の都市環境政策への指針とすることを目的とする。
 サブテーマは次の5つである。
 (1)低炭素社会における各手法の効果シミュレーションによる理想都市像の提案(日本建築学会)
 (2)低炭素社会におけるモデル都市イメージの提案 (国立大学法人東京大学) 
 (3)低炭素社会における市民社会・都市政策に関する提案  (日本大学)
  ・市民生活・社会と都市政策の融合化 (日本大学)
  ・土浦市における低炭素社会モデルの提案  (日本建築学会)
 (4)低炭素社会における建築・環境工学手法に関する提案 (日本建築学会)
 (5)低炭素社会における建築・都市・市民生活のエネルギー評価 (東京工業大学)

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)では、2050年のビジョンづくりと、そこに至るロードマップを描くための基本的な理念の構築を始めた。土浦市、福生市、北九州市、長岡市、柏市の5都市について、基礎調査と各自治体との交流や市民会議を含めた視察を実施し、CO2削減のための都市政策の適用の可能性を模索した。土浦市での市民会議を開催し、2050年社会の課題について市民の意識を探った。
 サブテーマ(2)では、都市イメージを描くために、今年度は、主に長岡市を研究のフィールドとして長岡市で現地調査を行い、施設の種類とその量を掴み、概略のCO2消費量の計算資料を作成した。長岡市の低炭素理想都市の交通としてバス交通の重要性を分析し、既存のバスルートの評価を行った。
 サブテーマ(3)では、福生市で、市民参加による連続的な市民会議を行った。福生市においては将来都市の課題と、生活スタイル全般における課題を把握した。同時に生活活動や領域における、CO2消費量の検討を行い、ライフスタイル、コミュニティ等に関する概略提案を行った。 土浦市では、将来人口推計を地域別に行った上で、この少子高齢社会に対応する新しい生活像の枠組みについて検討を始めた。
 サブテーマ(4)では、土浦市での2050年の課題を把握した上で、2050年の概略提案を行い、市民会議の中で市民の意見をまとめた。また、建築施設のCO2を削減するために必要な都市政策を作成する基礎研究として、CO2削減手法の収集と設計方法の整理を始めた。
 サブテーマ(5)では、環境負荷の抑制と快適な生活空間の創造を目的とした、3D-CADによる街区レベルの熱環境・エネルギー・CO2排出量の予測・評価手法を開発した。そして土浦市中心市街地について、現地調査等によりCADモデルを作成し、熱環境・エネルギー・CO2排出量を定量化、視覚化した。

3.委員の指摘及び提言概要

 低炭素社会という理想社会をどのようにイメージして、具体的な設計・建築手法として、多様な居住者の要求を基に、どのように提案するのか壮大な研究である。わが国の特徴ある5都市を対象に低炭素理想都市像および低炭素街づくりの提案は具体的で役立つ成果であろう。個々の課題には数種の手法により調査されるが、今後、汎用性・普遍性を考慮した整理が必要で、異なる5都市の理想像の相違など、比較検討できるように明示してほしい。
 低炭素というキーワードをどれだけ前面に出した理想都市のイメージが作られるのか、あまり明確でない。要素技術の単なる積み上げのイメージが否めない。提案された技術・アイディアを関連させ、総体として実現する手法・施策の提案が欲しい。
 CADやシミュレーションによる環境価値の表現と「理想社会のくらし」の表現とが交わって、融合していないようである。デザイン(くらし、建築、街区都市像)を一気通貫することが難しく、学術的にも社会的にも有用な成果が期待されうるが、研究全体の統合性という観点からは、まとまりある成果の期待は難しく、個別領域にとどまる可能性が高い。提案された技術・アイディアを関連させ、総体として実現する手法・施策の提案が必要であり、対象地域をしぼる必要がある。研究全体を見ると、要素技術の単なる積み上げのイメージが否めない。研究内容に関しては一定の成果をあげていると判断できるが、研究費規模と合う程度ではないと考えられる。
 サブテーマ(1)ではブレーンストーミングにより2050年の低炭素社会の予測を抽出し、そのための方策がまとめられているが、各項目の次元にばらつきが大きく、制度的な項目との整合性をどのように図って5都市で対応していくのか、その根拠が曖昧である。都市の骨格レベルで対応しないと予測が難しくなろう。社会科学の「市民社会」は本研究のそれとは全く異なる。理想都市の定義や議論で理想を描けるか疑問である。「市民参画の重要性が確認された」とあるが、どの程度の水準のことか不明である。市民参画・市民評価の方法論と、その妥当性を担保する必要論がなく、市民会議・市民とのワークショップの概念が不明であり、自治会・町会を市民とみなすことには疑義がある。さらに、市民参画と行政との協働は概念が違い、市民との協働手法ということは不適切であろう。本研究の提案が誰に対してなされ、どのように実現するのかよく理解できない。
 サブテーマ(1)は具体的都市像の提案には遠く、サブテーマ(2)は低炭素社会構築における位置づけが不明瞭であるため、サブテーマ1と2は統合することが望ましい。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:c
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:c
 サブテーマ4:c
 サブテーマ5:c


研究課題名: Hc-089 中国における気候変動対策シナリオ分析と国際比較による政策立案研究(H20-22)

研究代表者氏名: 外岡 豊(埼玉大学)

1.研究概要

 気候変動に関する最新の科学的認識によれば2050年までに世界合計で温室効果ガスの排出を半減することが求められている。人口が減少に転じ、成熟社会化している日本に対し、中国の社会経済的基礎状況は全く異なり、そこでの排出削減は日本とは全く異なった諸条件下での対策推進が求められている。人口規模が大きく広大な国土に大きな地域格差が存在する、その経済社会の発展段階の特殊性と地球全体への影響の大きさは、それだけでも重要な研究対象である条件を備えている。そこで本研究では中国に対象を絞って低炭素社会へ向けての気候変動防止対策の可能性を、詳細な実態分析を基礎に、きわめて広範囲な学際的な視点から総合検討することにした。
 研究の概要は、省別・エネルギー需給詳細部門別・エネルギー種類別のエネルギー需給データを基礎に、人口、経済社会、各種技術、社会資本形成、世界経済との関係、都市と農村の住居等、諸影響要因をつぶさに解析して、2030年の将来温室効果ガス排出量と各種対策効果を定量評価し、対策を実現する施策のあり方について検討し、中国における低炭素社会化への可能性を客観分析するものである。その際、現行の関連政策状況を調べ、また国際比較を行い、その上で有効な政策について多面的な副次効果を含めて総合的に考察する。
 サブテーマは次の5つである。
 (1)中国エネルギー需給現況分析と温室効果ガス将来排出量シナリオ分析に関する研究(埼玉大学)
 (2)エアロゾル排出係数に関する研究(埼玉大学)
 (3)建築分野施策と住宅省エネルギーに関する研究 (北九州市立大学)
 (4)中国の気候変動対策と関連政策に関する研究 (東北大学)
 (5)国際比較による対策総合評価に関する研究 (埼玉大学)

2.研究の進捗状況

 (1)経済指標とエネルギー消費量の経年データについて省別に整備し、それらを用いて将来歳予測シナリオ分析を行っている。鉄鋼、セメントについては主要工場の動向も含め生産技術、省エネルギー動向についても詳細に検討している。交通については都市内交通を含む交通需要とエネルギー消費量を省別に分析して予測している。(3)建築については都市部、農村部別の住宅と都市の建物用途別非住宅(業務等)について床面積とエネルギー消費量、温室効果ガス排出量を推計している。(1)エネルギー供給加工については再生可能エネルギーの導入と石炭火力の抑制がどこまで可能かを多面的に検討している。(2)ブラックカーボン、住宅での伝統竈(かまど)におけるBC(ブラックカーボン、エアロゾル前駆物質等)の排出係数実測と実験解析は予算制約から2009年度から本格開始する。(4)中国と欧州の政策動向については中国人民大学、首都大東京の協力を得て最新情報を収集した。(5)環境クズネッツ曲線を応用した対策総合評価については国際比較、とくに先進国と途上国の関係を中国の省間地域格差に応用した解析を行っている。

3.委員の指摘及び提言概要

 中国におけるエネルギー使用の実態および需給関係の基礎的なデータを得たという点では評価できるが、排出量の算定の手順、ロジックの表現がなく、どのように分析されたか記載がない。また、政策的評価の方法論および具体的政策への適用方法も不明である。「主観的なシナリオにならざるを得ない」との基本認識では困る。学問的には、結果よりもその根拠の説明の方が大切と考え方を変えるべきあろう。
 主要な研究課題である中国の対応シナリオ分析や、削減政策等の新しい知見や研究枠組みが必ずしも明確となっていない。再度、過去に積み上げてきた研究成果の上に、何をどこまで明らかにするのかを明確にする必要があろう。研究の成果が政策立案にどこまで反映されるかも現時点では不明な点が多い。環境クズネッツ曲線は経験的な事実を表すものであり、調査データや情報と環境クズネッツ曲線の関係が不明で、政策「評価」に結び付けるには、それなりの理論モデルが必要である。研究の主目的である気候変動シナリオ分析の国際比較を行う分析枠組の内容の研究が進展していない。中国の気候変動対策のシナリオを考えるという研究本来の目的の実現の道筋をつけるためには、中国の社会経済システムに関する知見をさらに補強する必要がある。
 中国の産業構造は今後急激に変化する。特に東アジアにおける水平・垂直分業の影響も受ける。それをどのように考慮して政策立案するかが大きな問題であり、この点を留意しておかないと政策のimplementationに関する実現性に乏しい研究成果になるおそれがある。サブテーマの実施状況の丁寧な説明が必要である。中間報告を読む限り、研究は現状把握にとどまっており、これらの研究からどのような提案が導き出されるか不明確である。中国での統計把握や統計相互の整合性チェックなど初期段階で、時間がとられるのは理解できるが、全体に研究作業が遅れ気味であり、サブテーマ間の相互連絡、フィードバック作業などが希薄な印象を受ける。なお、サブテーマ (1)と(3)のデータ収集は期待以上の成果が初年度にみられる。今後の詳細な検討を期待する。サブテーマ(2)は独立性が強く、2年目からテーマの中での位置づけをより明確にする必要がある(削除も一つの選択肢である)。また、サブテーマ(4)は、1年目は分担者の関心を中心とする報告となっており、本研究の成果としては理解しがたい。研究代表者と分担者との連絡協議を強めるべきである。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):d
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:c
 サブテーマ5:c


研究課題別 事後評価結果(戦略プロジェクト)


研究課題名: S-3 脱温暖化社会に向けた中長期的政策オプションの多面的かつ総合的な評価・予測・立案手法の確立に関する総合研究プロジェクト(H16-20)

研究代表者氏名: 西岡秀三 (国立環境研究所)

1.研究概要

 2007年に入りIPCC第4次報告書各作業部隊から政策決定者向け要約が公表された。確実に温暖化は起こっておりそれはほぼ間違いなく人為起源でもたらされていること、温暖化影響は予想以上に広がっており気温の上昇が約2~3℃以上である場合にはすべての地域において温暖化によるマイナスの影響を受けること、深刻な影響を避けるためには2050年の温室効果ガス排出量を半減以下にする必要があり今から適切な対応をとれば2030年の排出量を2000年レベル以下に抑えることが可能なこと、等が指摘された。先進国である日本はそれ以上、たとえば70から90%削減を求められたとき、温室効果ガスをほとんど出さない低炭素社会像を描く必要がある。そこで、長期にわたる継続した取り組みの方向性をできるだけ早く提示することが求められている。
 そこで、本プロジェクトでは、日本における中長期温暖化対策シナリオを構築するために、2050年までを見越した日本の温室効果ガス削減のシナリオとそれに至る環境政策の方向性を提示するため、(1)全体像を把握する長期シナリオ開発研究とシナリオで取り入れる対策、施策、政策群の妥当性を検討する政策評価研究[シナリオ]、(2)中長期温暖化対策のための削減目標を設定する判断基準検討研究[目標検討]、および技術社会面での今後の変化・発展予測をふまえた種々のオプションを検討する技術・社会イノベーション統合研究、(3)都市対策[都市]、(4)IT導入効果[IT社会]、(5)交通対策[交通]、の分野に専門性を持つ研究者約60名が結集したシナリオ研究を行うことを目的とした。これらの研究を統合することで、技術・制度・社会システムなどを横断した整合性のある実現性の高い中長期温暖化政策策定を行うことを目的とした。また、経済発展と両立した低炭素社会に到る道筋を提言することで研究者以外の人々の低炭素社会政策への関心を高め、社会システム・ライフスタイルの改善に役立つような情報発信を行うことを目的とした。
 サブテーマは次の5つである。
 (1) 温暖化対策評価のための長期シナリオ研究
 (2) 温暖化対策の多面的評価クライテリア設定に関する研究
 (3) 都市に対する中長期的な二酸化炭素排出削減策導入効果の評価
 (4) 温暖化対策のための技術、ライフスタイル、社会システムの統合的対策の研究
   ―IT社会のエコデザイン―
 (5) 技術革新と需要変化を見据えた交通部門のCO2削減中長期戦略に関する研究

2.研究の進捗状況

 日本低炭素社会研究成果を、50篇以上の査読つき論文として提出、論文特集号「低炭素社会のビジョンと実現シナリオ」地球環境Vol.12 No.2(2007)、論文特集号「Modeling long-term scenarios for low-carbon societies-」Climate Policy Vol.8 Supplement (2008)としてまとめた。また全体成果を、西岡秀三編著「日本低炭素社会のシナリオ 二酸化炭素70%削減の道筋」日刊工業新聞社(2008)にまとめた。
 研究成果から得られる主な結論は以下のとおり。
 [1] 気候安定化に向けて、日本は2050年に1990年比で二酸化炭素排出を70%程度削減した「低炭素社会」にする必要がある。
 2050年半減目標を達成するためには、いかなるケースを用いても、世界全体の排出量を2010年以降増やす余裕はないことがわかった。また、最終的な2050年時点での排出量が半減目標を達成する水準であったとしても、現在から2050年に至るまでの排出経路によって、2100年時点での気温上昇幅に若干の違いが出てくることがわかった。産業革命前から今日までにすでに0.7℃以上上昇していることを考えると、2050年半減したとしても、今後さらに気温が1.5℃以上上昇することになる。この気温上昇幅では気候変動の影響によるリスクがすでにかなり顕在化することが予想される。2050年半減を目指す限りにおいては、緩和策とともに適応策も重要になることが見込まれる。日本に関して、一人当たり排出量均等化やGDP均等化等のアプローチを適用したところ、世界半減のときに日本の2050年の排出削減量は72%~92%削減となることがわかった。
 [2] 70%削減は、エネルギー需要側での40%程度の省エネルギーと、供給エネルギーの低炭素化で、必要とするサービス需要を満足しながらも技術的に可能である。その技術コストは想定されるGDPの約0.3%となる。
 一人当たりGDPが年率2%で成長する社会(活力型、より便利で快適な社会)や、一人当たりGDPは年率1%だが労働時間が減る社会(ゆとり型、コミュニティを重視する社会)の2つの社会を想定して、1)2050年の人々がどこに住んでいるのか、どんな家に住んでいるのか、どんな移動をしているのか、などの必要なサービス量の同定、2)そのときにどのような(電気、熱、自動車用燃料)エネルギーがどれぐらい必要なのか、どのような技術でそれを供給することができるのか、3)再生可能エネルギーや原子力、化石燃料+炭素隔離貯留など必要なエネルギー量を賄う低炭素エネルギー供給は可能なのか、について各種シミュレーションモデルを開発して計算したところ、どちらの社会においても適切な対策の組み合わせによって2050年のCO2排出量を1990年レベルに比べて70%削減することができることがわかった。また、それらの技術を適用するために追加的に必要なコストは約0.3%と推計された。これらの成果を報告書「2050日本低炭素社会シナリオ:温室効果ガス70%削減可能性検討」としてまとめ、広く公表した。
 [3] その実現には、技術開発と共に、技術の普及のための政策が重要である。都市や交通システムの設計と運営がひとつの鍵となり、情報化の推進も有効。産業構造転換、インフラ整備等を、低炭素社会に向けて確実に、早めに進めてゆくことが必要である。

 [4] 基幹となる方策を各セクター、各地域でそれぞれの特性にあわせて、確実に組み合わせて進めることによって具体的削減が可能となる。
 2050年の日本のCO2排出量を1990年に比べて70%削減するような低炭素社会を実現する戦略を具体的に示すため、複数の対策と政策を組み合わせた方策(例えば、高断熱住宅や太陽エネルギーを利用する快適な家創りを目的とする関連活動のまとまり)を12個にまとめ、目指すべき姿、目指すべき社会像を実現するための障害と施策、それらを組み合わせた実現戦略を叙述的、また可能な限り定量的に記述し、報告書「低炭素社会に向けた12の方策」としてまとめて広く公表した。

 本研究プロジェクトで提唱した「低炭素社会」という言葉は、日本のさまざまな分野での気候変動対応のキーワードとして使われ、気候安定化対策のトレンドを形成、政策促進に役立っている。首相施政方針演説にも組み込まれ、各省政策に織り込まれ始めた。中央環境審議会では、低炭素社会つくりの政策検討を開始、低炭素都市など地方行政、企業経営、市民社会に定着しつつある。

3.委員の指摘及び提言概要

 脱温暖化社会への移行の可能性を示した研究として高く評価できる。中長期的視野にたった政策研究としては成功した事例といえるだろう。本研究の研究成果は、政府の「21世紀環境立国戦略」や中環審の「低炭素社会ビジョン」の策定、また2008年7月の「低炭素社会づくり行動計画」の閣議決定や2009年6月の日本の中期目標決定といった政策決定への影響力があったと想定される。本研究では技術の可能性を分析することにより、2050年に現状より70%の温室効果ガスの排出を削減できる可能性があることを示すことができた。また、バックキャスティングの手法による低炭素社会実現のための温室効果ガスの削減目標値の設定とあわせて2050年の低炭素社会の社会像を示し、これをもとにモデル計算の構造を示したことで説得力のある成果を生んだ。さらに、本研究が日英共同研究プロジェクトとして進められ、実際その位置づけにふさわしい成果をあげていることも評価できる。しかし、成果の程度にグループ間でかなりの落差がみられ、サブテーマによっては費用対効果の点から疑問の残るものや、相互連携が薄く戦略研究とは別個の課題として申請すべきと思われるものもあった。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):a
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:c
 サブテーマ5:b


研究課題名: S-3-1 温暖化対策評価のための長期シナリオ研究(H16-20)

研究代表者氏名: 甲斐沼美紀子 (国立環境研究所)

1.研究概要

 数値削減目標を伴った地球温暖化対策は、2005年2月16日の京都議定書発効でその大きな一歩を踏み出したが、究極の目的である気候安定化のためには温室効果ガスの一層の排出量削減が不可欠である。プロジェクト開始当初、温暖化による深刻な影響を避けるため、大気の温度上昇を産業革命以前から比べて2度以下に抑えることを目標にした場合、世界では2050年において1990年レベルから50%の大幅な温室効果ガス排出量削減が求められる可能性、日本ではそれ以上の削減、たとえば60から80%の削減が求められることを予想した。そこで、日本国内の温室効果ガス排出量を1990年に比べて70%削減するビジョン・シナリオを描くことを目的とした。

 サブサブテーマは次の2つである。
 (1) 中長期温暖化対策シナリオの構築に関する研究
 (2) 気候変動対応政策オプションに関する研究

2.研究の進捗状況

 「日本において2050年に1990年レベルに比べて二酸化炭素排出量を70%削減する技術的可能性がある」ことを示し、環境省を通じて日本国政府で検討され、安倍首相「美しい国日本」およびハイリゲンダムでの世界50%削減提案の基盤となった。また、2008年洞爺湖サミットに向けた日本の政策形成過程においても、福田ビジョン(「低炭素社会」への志向、2050年日本60-80%削減)形成を先導した。
 2050年低炭素社会を実現する戦略を具体的に示すため、複数の対策と政策を組み合わせた方策(例えば、高断熱住宅や太陽エネルギーを利用する快適な家創りを目的とする関連活動のまとまり)を12個にまとめた報告書「低炭素社会に向けた12の方策」を2008年5月に公表し、2008年7月の「低炭素社会づくり行動計画」等の政策立案プロセスに貢献した。
 2006年2月から日英共同「低炭素社会に向けた脱温暖化2050」研究プロジェクトを開始し、3回の国際ワークショップを通じて、日英研究者を中核にして先進国・途上国を含む世界的な「低炭素社会」研究が形成した。その研究成果は2008年5月に神戸で開催されたG8環境大臣会合で報告され、「Low Carbon Society Research Network: LCS-Rnet」の提案合意につながった。
 日本低炭素社会研究成果を、25篇の査読つき論文として提出、論文特集号「低炭素社会のビジョンと実現シナリオ」地球環境Vol.12 No.2(2007)、論文特集号「Modeling long-term scenarios for low-carbon societies-」Climate Policy Vol.8 Supplement (2008)としてまとめ、S-3全体の成果を西岡秀三編著「日本低炭素社会のシナリオ 二酸化炭素70%削減の道筋」日刊工業新聞社(2008)にまとめた。
 国内外の低炭素社会研究展開をリードし、アジア低炭素社会研究の本格展開につながっている。

3.委員の指摘及び提言概要

 サブサブテーマ(1)は、シナリオチームとしてS3研究プロジェクトの中核的役割を良く果たした。S-3-3やS-3-5など他テーマの成果をも取り込んで2050年低炭素社会シナリオをまとめたことは高く評価できる。また、成果を「低炭素社会に向けた12の方策」などとして社会に問うたことも、研究成果でありながら国内国外の環境政策へ大きく影響を与えたものとして評価できる。サブサブテーマ(2)は政策オプションに関する研究であろうが、課題名が変わったことなどもあって内容が分かりにくく全体の中の位置付けも不明確である。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):a
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


研究課題名: S-3-2 温暖化対策の多面的評価クライテリアに関する研究

研究代表者氏名: 蟹江 憲史(東京工業大学社会理工研究科価値システム専攻)

1.研究概要

 GHG排出量のピークを数年から数十年後とするためには、中長期シナリオを検討することはもとより、そもそも検討すべきシナリオがとるべき中長期的目標、また目標設定プロセスを服務目標設定の諸側面に関する政策科学的検討や、シナリオ評価に関するクライテリアを検討・確立し、さらにそれを合意的知識(科学的・政策的・政治的に合意可能な知識)とする方策を含めて検討することは緊急の重要課題である。環境と経済発展のバランスを取ることは持続可能な開発の核心部分であることから、このような課題に取り組む研究成果は環境面のみならず社会面・経済面を含めた持続可能な開発にかかる諸分野における中長期目標設定やシナリオ検討のクライテリアの提示、あるいはより広義に、科学的不確実性を伴う政策課題におけるリスク管理と合意形成手法の開発にも十分貢献するものとなる。
 このような認識の上に立ち、本研究は、地球温暖化対策の中長期目標のあり方や、中長期目標に達するためのシナリオを多面的に評価する評価基準(クライテリア)を検討すると同時に、日本がとりうる中長期目標の検討を行った。
 サブテーマは次の5つである(なおサブテーマ(3)は前期3年まで、サブテーマ(5)は後期2年に実施した)。
 (1)長期目標設定のためのクライテリアとプロセスの国際比較研究
 (2)温暖化リスク管理の観点からのクライテリア研究
 (3)持続可能な開発と南北問題の観点からのクライテリア研究
 (4)規範によるクライテリア設定に関する研究
 (5)国際科学技術戦略の分析研究

2.研究の進捗状況

 温暖化対策長期目標設定に関しては、EUをはじめ多くの欧州諸国や産業界において、中長期目標を求める声が小さくなく、また実際に中長期目標を設定している国も多いことがわかった。中でも特にEUの長期目標形成過程について深く検討した結果、科学と政治の活発なインタラクションの重要性が指摘された。また、2050年までの国際政治変動シナリオを考慮したうえで、グローバルな温室効果ガス排出削減差異化スキームを検討した。日本の長期目標に関しては、3つの不確実性、すなわち許容する気温上昇、モデルにおける気候感度、国際制度のあり方、を勘案した上で2050年の排出削減必要量を検討した結果、2050年までに60%~90%近くの幅の範囲でGHG排出削減(1990年比)が必要だということが明らかとなった。ただし、何年比の削減とするかという基準年のとりかたによって削減必要量は上下する。長期的大幅削減に資する長期目標設定のためには、ステークホルダーとの対話やステークホルダーを巻き込んだ合意形成が重要になることがわかった。特に日本の目標検討研究結果に関しては、これまで多様な仮定に基づいて提示されていた2050年排出削減量に、科学的不確実性を勘案した意義は大きいと考える。これにより、不確実性の幅を勘案した上での排出削減必要量を提示することができた。

3.委員の指摘及び提言概要

 このサブテーマはS-3の中でかなり見劣りがする。研究計画で掲げたシナリオの評価基準を示す役割は果した事と思うが、報告書で見る限り、結果的に多くのサブサブテーマの研究で、中長期目標の設定のあり方という別の研究目的により多くの関心が払われている様に見受ける。サブサブテーマ(1)は、国際比較をした点で貢献度はあるがシミュレーションなどの成果を見る限り研究目的とのギャップが大きい。サブサブテーマ(2)は「リスク管理」、「クライテリア研究」を目標としながら実際は温暖化の影響予測に止まっている。国際法からの分析の意義は大きいが評価基準という観点での意味が明確でない。サブサブテーマ(3)は事実経過の整理と比較検証は必要であり資料的な価値はあるが研究課題との差が大きい。プロジェクト終了後の進展を望みたい。サブサブテーマ(4)は事例の調査や比較分析等に依拠して論を進めるなどの学問的検証が望まれる。サブサブテーマ(5)は本研究の中での位置づけも不明確であり主成果が文献調査5年間の研究成果としては不満が残る。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c


研究課題名: S-3-3 都市に対する中長期的な二酸化炭素排出削減策導入効果の評価 (H16-20)

研究代表者氏名: 花木啓祐 (東京大学)

1.研究概要

 本研究では都市に対して取られるさまざまな対策間の相互関係を考慮した統合解析を現実の都市の場に対して適用することによって、都市単位での実際の削減可能量を推定することを目的とした。実際の都市におけるそれぞれの対策の間に相互関連があることを重視し、各分担サブサブテーマ間の整合性、相互関連を重視して研究を行った。また、解析対象によって地理情報システムを用いた緻密な手法と統計資料を用いた網羅的・包括的な手法の両者を適切に組み合わせた。
 サブサブテーマは次の9つである。
 (1) 都市シナリオの設定と二酸化炭素削減量統合評価
 (2) 都市エネルギー供給由来の二酸化炭素排出評価と変革による削減効果
 (3) 都市建築物由来のエネルギー消費と変革による削減効果
 (4) 都市への燃料電池と太陽電池導入によるエネルギー削減効果
 (5) 都市圏におけるモビリティ由来のエネルギー消費と変革による削減効果
 (6) 都市系バイオマスと未利用エネルギーの活用によるエネルギー削減効果
 (7) 地域間物流に伴う二酸化炭素排出の変化
 (8) 地域冷暖房とコジェネの導入による削減効果
 (9) さまざまな主体の知識共有のための統合ツール開発

2.研究の進捗状況

 宇都宮市、札幌市、那覇市に対して地理情報システムデータに基づく緻密な分析をまず実施した。そののち、日本全体を網羅する観点から主として統計資料に基づく都道府県単位の解析を行った。
 業務建物および住宅については全ライフステージを通じたCO2排出量の長期予測モデルを開発し対象3都市に引き続き全国に適用し、2050年には2005年比で最大79%、65%のCO2の削減が可能であることを示した。建物に設置される太陽電池について、2050年時点の電力消費に対する太陽光発電の供給割合は都道府県により33-82%の幅があり、CO2削減コストも地域によって異なることを示した。面的に詳細な検討を要する地域冷暖房とコジェネなどの分散型発電について、対象3都市の解析結果を全国に拡張して、日本全体ではおよそ18.6%のCO2排出削減ポテンシャルがあることがわかった。下水汚泥、厨芥、木質バイオマス、ごみ焼却排熱、下水熱の利用によるCO2削減を都市内の面的な活動分布を考慮して推定し、ごみ焼却排熱利用は民生部門のCO2の0.7%削減に相当することが分かった。業務・家庭部門も都市のコンパクト化によってCO2削減が可能であることが示された。運輸部門については、ロードプライシングの効果の評価を行ったほか、産業連関表と地域間の物流データを接続することにより、交通機関手段変更によるCO2排出削減の評価を、地域間の物流量の変化と合わせて将来を予測した。これら各サブサブテーマにおける推定に当たっては多数の異なる種類の事象のモデル化が必要であり、これらを知識ベースとして統合的に整理した。

3.委員の指摘及び提言概要

 低炭素社会を目指す都市のシナリオとして、都市規模別にCO2排出削減を可能とする体系を実証データに基づいて示された成果は大きい。信頼性のあるデータ提供及びS-3全体のとりまとめの点でS-3への貢献は大きかった。しかし、個々のサブサブテーマの個別領域での成果を都市政策として統合的に評価するという点は十分とはいえない。また、示された体系において住民・企業者など個々の意志決定者との政策・制度を通じた関係性が明確でないのが惜しまれる。都市のCO2排出削減の体系は、都市政策体系として、国との関係、個別テーマ(IT、交通等)との関連の整理が必要と思われる。なお、統合的評価がサブサブ(9)のツールの支援でなされるものと期待したが、この課題のテーマである都市シナリオの設定と検証およびサブサブテーマ(2)~(8)を統合化するのにどの程度有効であったのか明確でない。また、サブサブテーマが多岐にわたり全体の分析フレームがバラバラな印象を与える。一部にサブサブテーマ(7)のように都市レベルではないものも入っている。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c


研究課題名: S-3-4 温暖化対策のための、技術、ライフスタイル、社会システムの統合的対策の研究-IT社会のエコデザイン-(H16-18)、ITの産業構造に与える影響に関する研究-IT社会のエコデザイン-(H19-20)

研究代表者氏名: 藤本 淳 (東京大学先端科学技術研究センター)

1.研究概要

 ICT(Information Communication Technology:以下ITと記述)から低炭素社会の実現について考察した。IT革命により社会構造は大きく変わる。資源・エネルギーの消費形態は、社会構造に立脚したものであることを考えると、IT革命により資源・エネルギー消費の形態は大きく変化し、温室効果ガス排出に少なからず影響を与えるであろう。IT革命へ向けて動きつつある現在、その普及の方向を社会の環境負荷低減につながるように設計することで(IT社会のエコデザイン)、低炭素社会実現に貢献できるのではないか、というのがこの研究の視点であった。ITの温暖化に与えるプラス(CO2の削減)およびマイナス(CO2の増加)影響を、産業・運輸・民生の各部門、今後の産業構造変化、および社会科学(幸福な社会)の視点より包括的に検討した。
 サブサブテーマは次の3つである。
 (1)環境調和型ICT社会の設計(H19-20;2050年サービス・ビジネスの概要に関する研究)
 (2)ICTを媒介とした技術とライフスタイルの統合的対策の概念整理と実証的効果検証に関する研究(H16-18)
 (3)低カーボン社会を実現する移動のエコデザインに関する研究(H16-18)
 (4)ICTによる産業の効率化における環境影響評価に関する研究(H19-20;産業におけるIT活用による環境影響評価に関する研究)
 (5)2050年ICT社会におけるICT社会システムの環境負荷低減に関する研究(H19-20;産業構造に与えるITの影響に関する研究)

2.研究の進捗状況

 低カーボン社会実現のための”重要要素”として、環境省を含む各省(経済産業省、総務省、国交省)でICTが取り上げられるようになった。これに対して、本研究で“ICTの二酸化炭素削減ポテンシャル”に関して、包括的かつ長期にわたってアピールしたことの貢献は少なくないと考える。特に、ITU-T (国際電気通信連合 電気通信標準化部門)で“ICTの地球温暖化へ与える影響”の評価手法に関する標準化の検討がH19年度より始まったが、そこで中心となっているのは本研究チームのメンバーであり、また本研究で得られた知見も大いに活用されている。
 また、産業等の各部門でのICT影響を詳細に検討して、2020年および2050年における削減ポテンシャルを推定するとともに、2050年での“低炭素化IT社会像”を、約1000名の市民おとび各分野の専門家からの意見アイディアや映画やアニメに描かれている社会像を幅広く収集・整理し創造性開発手法を用いて描き、その“生活シーン”を文章とイラストで具体化するとともに、シナリオチームの開発した簡易評価ツールを用いてそこでのCO2の削減を評価した。これらの成果を「2050年脱温暖化IT社会のライフスタイル」として出版した。この社会描写では、社会心理学における“幸福(Well-being)論”を基礎に、現在社会を“資源・エネルギー過食症社会”と定義し、過食症社会から脱出するために必要とされる“コミュニティ”の再生を、進化したITを活用して実現している姿を描いた。

3.委員の指摘及び提言概要

 IT社会という横断的視点からの分析で個別には興味深い知見が得られ一定の成果があると言えるが、チーム研究としては成果が断片的であり、想定された事が社会経済システムに取り入れられる為の施策と過程が明らかでない。また、いずれのサブサブテーマも研究成果として科学的レビュープロセスを経た論文に乏しく、かつプロジェクトS-3全体への貢献が弱い。サブサブテーマ(1)では、バックキャスティングを強調しておきながら他の課題のCO2削減量の見積もりでは他の報告書を用いた単純な傾向延長を行うなど矛盾を含む。サブサブテーマ(2)は従来研究のライフスタイル論と比較しても劣ると思われる。IT社会の脱物質化のイメージとしてS-3で描いた将来の社会像を中間評価の結果を考慮して修正したと思われるが成功しているとは言いがたい。また、方法論の問題として、バックキャスティングのもとになる「将来社会描画」の幅が狭く楽観的に過ぎないかとの懸念もある。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c


研究課題名: S-3-5 技術革新と需要変化を見据えた交通部門のCO2削減中長期戦略に関する研究(H16-20)

研究代表者氏名: 森口 祐一 (国立環境研究所)

1.研究概要

 交通部門におけるCO2排出量は、1980~90年代に大きく増加し、近年は微減傾向にあるが、わが国の総排出量の約20%を占める。本研究は、交通部門からのCO2排出量の大幅削減のための中長期戦略を策定することを目標とした。平成18年度までの前期研究では、削減の中間目標年として2020年頃を見据え、自動車とくに乗用車への新技術適用による削減見通しを明らかにするとともに、2050年に向けては、バックキャスティング手法を用いて、地域特性別に技術革新と交通行動変化に関する施策を組合せた削減ビジョンを構築することを目的とした。平成19年度からの後期研究では、削減シナリオを具体的なものとするために、地域類型ごとの望ましい将来像をより精緻に描き、その実現のための手段を明らかにするとともに、人口減少・少子高齢化のもとで国土構造・都市構造の再編が進むことを念頭においた将来シナリオを構築することを目的とした。

 サブテーマは次の2つである。
 (第I期:平成16~18年度)
 (1) リードタイムを考慮した新技術導入の効果評価と政策手段に関する研究
 (2) バックキャスティングによる長期削減シナリオの策定に関する研究
 (第II期:平成19~20年度)
 (1) 新技術・交通行動転換策の導入効果の評価と普及促進に関する研究
 (2) 国土利用構造の変化を見据えた長期削減シナリオに関する研究

2.研究の進捗状況

 ハイブリッド乗用車の生産能力拡大を十年以上継続し、2020年には新車の全て、保有車両の4割をハイブリッド乗用車とすることなどにより、1990年比3%減を可能とするシナリオを早期に提示した。実際に起きつつあるハイブリッド乗用車大量普及につながる知見を提供することができた。
 また、地域別の交通部門排出量や都市特性をもとに、地域類型別に、低炭素燃料、燃費改善、積載率改善、モーダルシフト、移動距離短縮、トリップ頻度削減等の対策を組み合わせた2050年の削減ビジョンを提示し、都市構造やライフスタイル、産業構造の変更など、時間のかかる対策を計画的に行うことで70%削減が可能なことを明らかにした。ここ数年、環境モデル都市を始めとして低炭素型地域づくりの取り組みの重要性が指摘されており、自治体の総合的な取り組みに本ビジョンの考え方が取り込まれることが期待される。今後は、低炭素交通シナリオを実現するために、地域別の中長期戦略をもとにした具体的な施策の検討とその導入効果の把握を進める必要があると考えられる。また、都市間交通や貨物輸送に関する70%削減ビジョンについては、最近の経済情勢の大変化を踏まえて、改良を重ねることが望ましい。
 これらの成果は、16編の査読付き論文として発表した。

3.委員の指摘及び提言概要

 S-3-5は、研究全体の中で信頼性あるデータ提供と取りまとめの点で重要な役割を果たした。分析手法として特に新しいものはないが、従来研究室レベルでの分析にとどまっていた内容を政策展開に結び付けて取り組んだ結果、政策面で多くの有用な知見を提供している。詳細な技術オプションの検討結果に実態調査を踏まえて、期待される合理的シナリオと現実社会のバランスを考慮しつつ包括的に検討した点は高く評価される。更にいえば、サブサブテーマ(1)ではモーダルシフトに関してバスターミナル/バス路線の分析が短期・個別的施策に限られているが、車両の新技術導入に合わせた検討がほしい。サブサブテーマ(2)では、旅客・貨物ともに将来の国土レベルでの人口・産業の再配置(首都機能移転、道州制等)を考慮した検討が望まれる。また、全体にわたる炭素税など経済的手段の言及については、IT技術の活用、道路特定財源の一般化等の流れの中で検討すべきである。一方で、2050年までの電気自動車や燃料電池車の普及シナリオやBAUの2050年の交通需要(走行距離倍増)の条件設定等に現時点ではやや疑問に思われるものがある。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


研究課題別 事後評価結果


研究課題名: B-061 人間活動によるアジアモンスーン変化の定量的評価と予測に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名: 安成 哲三 (名古屋大学地球水循環研究センター)

1.研究概要

 本研究は、人間活動がアジアモンスーン気候の変化に及ぼす可能性の高い3つの要素、即ち、全球的な温室効果ガス増加、アジア地域でのエアロゾル量変化、および土地被覆・植生改変に伴うモンスーン降水量の長期的変化を、過去数十年以上のデータによる実態解明と高精度気候モデルによる数値実験により、自然的原因による長周期変化成分との分離も含めて定量的な評価を試みた。さらに、温室効果ガスとエアロゾル変化の複合効果による将来予測を、地域性も考慮して一部試みた。
 5つのサブテーマにおける目標は以下の通りである。サブテーマ(5)は、他の4テーマの結果を総合的に評価する総括グループに対応する。
 (1) アジアモンスーン降水量変化の広域・高精度解析
 (2) 気候モデル「地球温暖化」実験によるアジアモンスーン変化の評価
 (3) 気候モデル「エアロゾル増域」実験によるアジアモンスーン変化の評価
 (4) 気候モデル「土地被覆・植生改変」実験によるアジアモンスーン変化の研究
 (5) 人間活動によるアジアモンスーン変化の総合的解析

2.研究の進捗状況

 大気海洋結合モデルによる20世紀再現実験の結果を用いた解析により以下の結果が得られた。(1)アジアモンスーン域の降水トレンドは、人為強制に対する応答が卓越し、特に温室効果気体増加による効果と人為起源エアロゾル増加による 効果が顕著である。(2)これらふたつの効果による降水トレンドの空間パターンが似ているが、符号が反対である。(3)これらの空間パターンは、過去100年で観測された自然変動の空間パターンとも類似しており、温室効果気体、人為起源エアロゾルの増加による気候強制は、自然変動の変調というシステム応答として現れる。さらに、エアロゾル排出が減る21世紀後半のシナリオ実験では、 温室効果気体の効果が勝ることも示されたが、エアロゾルの種別の効果の違いも今後考慮する必要性が示された。
 そこで、各種エアロゾルのアジアモンスーンへの影響を個別に精査するために、エアロゾルモデルに新たに農業活動に伴う硝酸塩や土地利用変化に伴う2次有機エアロゾル(SOA)変化をモデル計算に導入し、その放射強制力変化を定量化したところ、バングラデシュなどの南アジア域を中心、硫酸塩などに加え、硝酸塩が顕著な気候影響を及ぼしていること、近年のSOAの減少が南アジア域において顕著な加熱効果を及ぼしていることが確認された。
 歴史的な土地被覆・植生改変(耕地化)がアジアモンスーンに及ぼした影響について、大気大循環モデルによる中解像度実験を行った結果、温室効果ガス増加以前の1700~1850年のインドや中国における森林破壊(耕地化)によるアルべド増加と地表面粗度減少が、インド亜大陸と中国南東部で夏季モンスーン降水量を現在より各々約30%と10%減少させる結果となったが、これはヒマラヤの氷河コア解析による夏季降水量の長期変動結果と一致した。この成果は、Takata et al.(2009) として米国科学アカデミー紀要(PNAS)に出版され、プレス発表も行われた。 また、中国黄土高原地域やインドシナ半島での土地被覆・植生改変が地域的な気候に及ぼす影響評価を、雲解像領域大気モデルの数値実験により行った結果、黄土高原のような乾燥地域では顕著に雲・降水分布に影響するが、湿潤な東南アジアでは、湿潤度などの大気環境場の違いにより影響度が大きく異なることも明らかになった。

3.委員の指摘及び提言概要

 人間活動による温室効果ガスの増加、エアロゾル質的・量的変化および土地被覆変化が20世紀のアジアモンスーンに大きな影響を与えた可能性を示し、気候変動問題を考える上で重要な視点を提供したといえる。まず、陸域の降水量データを用いて20世紀のモンスーンアジア域での降水特性の長期的変化傾向を明らかにした。気候モデルによる20世紀再現実験では、人為起源要因の温室効果ガスとエアロゾルが及ぼすモンスーン変化の地域特性、特にその降水変化に及ぼす効果を明らかにした。エアロゾルモデル実験では、エアロゾルモデルの高度化と大気化学モデルの導入により地域による硝酸塩濃度の差や土地利用変化による水溶性有機炭素エアロゾルの変化が生じる等の知見を得ている。また、土地利用変化が降水量の変化をもたらす例を実験により示す事が出来た。しかし、研究費の割には成果の印象が弱いと思われるサブ課題もあった。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b


研究課題名: RF-070 自己組織化マップを用いた気候変動の評価に関する研究(H19-20)

研究代表者氏名: 杉本 憲彦(慶應義塾大学)

1.研究概要

 地球温暖化の要因を研究する際、多次元の気候データから主要な変動を抽出する手法として、EOF解析 (主成分分析)が伝統的に用いられてきた。しかしながら、線形のEOF解析の寄与率は低く、必ずしも正確に主要モードを抽出できない。また、気候モデルの温暖化予測実験の結果は、依然としてばらつきが大きく、モデルの評価基準の欠如は大きな問題となっている。
 このような背景から、本研究ではEOF解析に代わる可視化手法として、自己組織化マップを提案し、この手法を用いた解析により、気候モデルの評価基準を与えることを目的とした。この手法は、神経細胞のモデルであるニューラルネットを用いて非線形写像を獲得するもので、既に幅広い分野で有用性が示されている。しかしながら、大規模な気候データへの適用は計算コストの面から困難であった。そこで本研究では、動的なニューロンの生成により、従来の数万倍の高速化を実現し、この手法を用いて大規模気候データの解析を行った。
 また同時に、大規模気候データから高速に台風を抽出し、危険度を自動評価する手法も提案した。本手法では、曲率を強調する流線を用いることで、全探索せずに高速に台風抽出が可能である。気候データの解析によって本手法の有効性を示し、さらに高解像度気候モデルデータへも適用した。
 なお本研究ではサブテーマは設定していない。

2.研究の進捗状況

 まず、高速な自己組織化マップを用いた解析を観測データに対して行い、本手法がEOF解析の補間的及び代用的な利用に有効であることを示した。次に、気候モデルの長期間の過去気候再現データ及び将来気候予測データを解析し、それぞれの期間における主要モードの空間構造の特定に成功した。さらに、様々な気候モデルのデータ解析も行い、各モデルの過去および将来気候の主要モードにばらつきが存在することを示した。
 本研究は、主要モードの再現性の観点からモデルの評価基準を与えるため、信頼性のより高いモデルが選定可能であり、今後の気候モデルの開発指針の提供に貢献できる。また温暖化予測実験の結果から、温暖化の主要モードの空間構造が抽出可能である。これらは、温暖化シナリオの見直しや改善に結びつき、今後の地球温暖化対策の提案に繋がるものである。
 また、曲率を強調した流線を用いた新台風抽出手法は、経験的条件を用いずに、観測データから高速かつ高精度に台風や低気圧を抽出できた。これにより、抽出した台風の統計からも気候モデルの評価が行える。また、本手法は全探索を行うわけではないので、より高解像度の気候データに適用した事例においても、計算コストがほとんど増加しなかった。このため、今後ますます高解像度化が進むと予測される気候モデルにおいて、本手法が台風や低気圧の新抽出手法として、将来的に有効になることが期待される。

3.委員の指摘及び提言概要

 地球温暖化の予測において、より正確な予測を行うために気候モデルが高解像度化する傾向にあるが、それに伴って出力データが膨大になり従来の手法での解析が困難になってきている。研究担当者は最近、神経細胞のモデルであるニューラルネットワークシステムを用いた球面自己組織化マップの解析手法によるモード解析手法について、従来法に比べて数万倍高速の方法を開発した。本研究ではその方法を気候モデルの出力データの解析に適用し、長期間の気候モデル出力データから主要変動モードを抽出した。また、気象・気候モデルの計算結果から台風を高速で抽出が可能なアルゴリズムも示した。このように本研究は、ニュートラルネットワークシステムを用いた高速モード解析手法が気象学分野に適用が可能であることを示したものであり、今後の利用が大いに期待される。今後は本手法の結果に対する気象、気候学的考察をも深めるべきであろう。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


研究課題名: RF-071 地球温暖化に影響を及ぼす人為物質による大気ヨウ素循環の変動に関する研究(H19-H20)

研究代表者氏名: 中野幸夫(広島市立大学)

1.研究概要

 大気中のエアロゾルは、太陽光や地球からの長波放射を吸収・散乱させるため、地球温暖化を左右する重要な因子となる。しかし、このエアロゾルの生成過程などに関する科学的知見が欠如しているため、その地球温暖化に与える影響力の見積りには、未だにCO2の放射強制力に匹敵する不確かさがある。最近になり、海洋中の昆布などの藻類から放出されているヨウ化アルキル類などのヨウ素化合物から生成されるヨウ素エアロゾルが大気中において重要な役割を果たしているという報告がされ始めた。ヨウ化アルキル類は大気中において、より反応性の高い化合物である一酸化ヨウ素ラジカル(IO)などの反応性ヨウ素化合物に変換され、最終的にはヨウ素エアロゾル生成を引き起こす。しかし、この変換過程が十分解明されていないため、大気モデルによるIOなどの濃度の見積りは観測値と一致しない。また、このIOの生成過程の内、人為物質が与える影響を考える必要があるとの指摘が最近され始めてきた。その候補としては、人為起源の窒素酸化物である硝酸ラジカル(NO3)と海洋中の藻類から放出されているヨウ化アルキル類の反応によるIOの生成とハロンの代替物質として今後使用されるヨウ化トリフルオロメタン(CF3I)からのIOの生成が考えられるが、これらの反応に関してこれまで研究報告がない。そこで、大気ヨウ素エアロゾル生成初期過程を明らかにすることによりその地球温暖化へ与える影響の見積りを行えるようになることを目的に、微量物質の高感度実時間測定が可能な測定法である時間分解型キャビティーリングダウン分光法を用いて、NO3とヨウ化アルキル類の反応による反応性ヨウ素化合物の生成機構の解明とNO3とCF3Iの反応による反応性ヨウ素化合物の生成機構の解明を目的に研究を行った。

2.研究の進捗状況

 NO3とヨウ化アルキル類の反応による反応性ヨウ素化合物の生成機構の解明の研究では、NO3とヨウ化アルキル類の反応の速度定数の決定を行った。測定を行ったヨウ化アルキル類はヨードメタン、ヨードエタン、ジヨードメタン、クロロヨードメタン、ブロモヨードメタンである。その結果、自然放出されていることが知られている主なヨウ化アルキル類とNO3の反応速度定数を決定することができた。また、これらの反応が大気中のIOラジカル濃度にどのような影響を与えるのかをモデル計算により見積もり、ヨウ化アルキル類とNO3の反応を存在すると大気中のIOの濃度は約10倍大きくなることを明らかにした。この結果は、IOによる大気ヨウ素エアロゾルの生成もこれまで考えられていたより非常に大きく影響している可能性があることを示している。また、NO3とCF3Iの反応による反応性ヨウ素化合物の生成機構の解明の研究においても同様に反応速度定数の決定を試みた。その結果、NO3とCF3Iの反応は起こらないことがわかり、大気中の夜間におけるCF3Iの消費過程は無いと提案することができた。このことより、CF3Iの消費過程は主に昼間の太陽光分解で、夜間には大気中に蓄積されることがわかった。以上の成果は、大気中の反応性ヨウ素化合物濃度の大気組成変動モデル計算による見積もりの精度の向上につながり、ヨウ素化合物の連鎖反応による大気エアロゾル濃度バランスへの寄与をより正確に評価できるようになる。

3.委員の指摘及び提言概要

 CF3Iは、新規の代替フロンガスとして今後非常に注目されている化合物である。このCF3Iは、NO3と反応することにより、ヨウ素エアロゾルを生成する可能性が指摘されている。本研究はこの点を明らかにしようとしたものであり、きわめて着実に、しかも根気のいる仕事を粘り強く取り組みしっかりしたデータを出したと言える。結果によると、CF3IとNO3との反応は非常に遅く、CF3Iは夜間に大気中に蓄積され、日中、太陽光により分解されることが明らかになった。すなわち、人間活動に伴い排出されるヨウ素化合物は大気エアロゾルの生成にはそれほど大きく寄与しないことを示した。今後この反応に対して、いろいろな面からアプローチした結果が出てくるだろうと考えられ、今回得られた結果の有用性は、その中で次第にはっきりしてくると思う。なお、自然発生源であるCH3IとNO3との反応の結果生成される「ヨウ素エアロゾル」の化学組成を明らかにすることが望まれる。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b


研究課題名: C-061 広域モニタリングネットワークによる黄砂の動態把握と予測・評価に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名: 西川雅高(国立環境研究所)

1.研究概要

 中国沿岸部、韓国、日本で観測される黄砂は、中国およびモンゴルの砂漠・乾燥帯から発生する砂塵嵐が長距離輸送されたものである。黄砂現象の規模や回数の増加にともなう社会的影響の深刻化が北東アジア地域共通の問題となってきた。黄砂の発生・輸送に関する広域的な解明にはモデル解析が有効であるが、それに利用できるデータが乏しく解析結果の不確かさの要因の一つとなっている。最近、輸送過程における黄砂と大気汚染物質の混ざりが注目されており、気塊全体を対象とするマクロ的特徴のみならず粒子レベルを対象とするミクロ的特徴についても解明が待たれている。このような様々な黄砂問題に対処するため、モンゴル、中国、韓国、日本にまたがる黄砂モニタリングネットワークが構築されてきた。本研究プロジェクトでは、そのようなネットワークにより得られるライダーや地上観測データと黄砂輸送モデル(CFORS)を同化融合する手法を確立し、黄砂の初期濃度分布や発生源強度・分布を推定するほか黄砂予報モデルの予報精度向上を目指すこと、環境省が配信する黄砂飛来情報への科学的貢献を行うこと、黄砂と大気汚染物質の混ざりに関する解明を行うことを主な研究対象とした。
 プロジェクト全体を構成するサブテーマは次の3つである。
 (1)東アジアモニタリングネットワークによる黄砂動態の実時間的把握とデータ精度管理・利用法に関する研究
 (2)黄砂の発生・輸送モデルへのデータ同化手法の開発と応用
 (3)黄砂粒子と大気汚染ガス成分の反応機構解明に関する研究

2.研究の進捗状況

 (1)モンゴル3局、中国1局、韓国1局、日本12局による、ライダーを中心とする多点ネットワークデータをCFORSモデルに同化する手法を確立した。2007年3/30~4/2にかけて北東アジア全域で観測した激しい黄砂現象を例に挙げると、日本国内5地点のライダー観測データのみによるモデル同化で、ダストの発生から輸送過程を良く再現できた。確立した同化手法はNASA CALIPSO衛星に搭載された宇宙ライダーCALIOPの計測データにも適用できることが判った。
 (2)ゴビ砂漠からの春季3ヶ月間の推定発生量は、2006年(140 Tg)、2007年(140 Tg)、2008年(65 Tg)、また東経130度の低層大気中に輸送される量は、2006年(4.4 Tg)、2007年(5.8 Tg)、2008年(1.9 Tg)となった。
 (3)大気汚染成分と黄砂の混合状態について「きれいな黄砂」と「汚れた黄砂」という大括りの概念に分類すると、2007年4/1-2に日本に飛来した黄砂は比較的「きれいな黄砂」、2007年5/8-9の飛来黄砂は「汚れた黄砂」という範疇に入った。前者は寒冷前線を伴う低気圧の東進に伴う現象、後者は移動性高気圧の東進に伴う現象という特徴があった。
 (4)黄砂粒子表面でのSO2ガスの沈着速度は、湿度60%以上で急激に速くなることが判った。また、シュウ酸ガスとSO2ガスの混在下では、黄砂粒子表面への沈着はシュウ酸が優先し、SO2ガスの沈着を妨げることが判った。

3.委員の指摘及び提言概要


 「きれいな黄砂」と「汚れた黄砂」に分類して整理された観測データはわかりやすく、最近の黄砂の動態把握が適切に行なわれている。また、広域的な黄砂モニタリングネットワークの構築により、黄砂の輸送現象の特徴を明らかにし、さらに大気汚染物質と黄砂の相互作用を実測データとモデル実験により明らかにしたことは評価できる。
 一方、サブテーマ(3)は、反応における大気水蒸気の役目などについて優れた成果を上げているものの、サブテーマ(1)、(2)との連携・反映が不十分であった。積極的な対応がなされておれば、よりよい成果が得られたと思われる。
 なお、研究成果の論文も多く、成果が広く公表され、興味ある結果が得られているが、今後にむけて、更なる解析と世界的な一流誌への成果報告を期待したい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:a
 サブテーマ2:a
 サブテーマ3:c


研究課題名: C-062 東アジアの植生に対するオゾン濃度上昇のリスク評価と農作物への影響予測に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名: 小林和彦 (東京大学)

1.研究概要

 東アジアでは、ヨーロッパやアメリカと異なり、オゾン前駆物質の排出量が現在も急速に増加しており、今後さらに地表オゾン濃度が上昇すると予測される。東アジアは、世界最大の農作物生産国でしかも世界最大の人口国である中国を含み、農作物生産に及ぼすオゾンの影響は極めて重要な意味を持つ。従来の研究は、地表オゾン濃度上昇が東アジアの農作物生産に大きな影響を及ぼすと予測しているが、アメリカやヨーロッパの研究結果を流用したこと、小型のチャンバー実験に基づいていることなど、多くの不確かさを含んでいた。本研究では、従来の問題点を解決して東アジアのオゾン濃度上昇の影響を的確に予測するために、次の3つの研究目標を設定した。
a. 農作物のオゾン沈着過程を観測し、その結果に基づいてオゾン吸収のモデルを開発する。
b. チャンバーを使わない開放系実験を行って、オゾン濃度上昇による農作物の減収を、現実の圃場で観測し定量化する。
c. 大気化学輸送モデルと農作物オゾン吸収モデルを組み合わせて、東アジアの地表オゾン濃度と農作物への影響を予測する。
 上記目標達成のために、次の6つのサブ課題で研究を進めた。
 (1)植生へのオゾン沈着量の観測
 (2)オゾン沈着プロセスモデルの開発
 (3)東アジアの植生によるオゾン吸収量の予測
 (4)オゾン濃度上昇に対する農作物の生理生化学的応答の解明
 (5)東アジアのオゾン濃度上昇が農作物に及ぼす影響の予測
 (6)東アジアにおけるコムギ品種の光合成に及ぼすオゾンの影響解明

2.研究の進捗状況

 中国江蘇省江都市郊外のイネ-コムギ圃場で観測を行い、農作物の全生育期間にわたるオゾン沈着量を求めることができた(1)。この観測結果を用いて、葉の気孔を通してのオゾン吸収のモデルをコムギとイネについて開発し、オゾンの吸収がコムギとイネの間で、またイネの品種間で異なる理由を解明した(2)。これらの農作物へのオゾン沈着とオゾン吸収のモデルを、大気化学輸送モデルに取り入れた結果、地表オゾン濃度の推定精度が向上した(3)。コムギとイネで世界最初の開放系オゾン曝露実験を、中国江蘇省江都市郊外の圃場で行い、従来よりも大きな減収を見出した(5)。特にイネでは、ハイブリッド品種の減収率が大きかった。この結果を、サブ課題(3)の大気化学輸送モデルで、東アジア全体にスケールアップしたところ、以下のとおり、従来よりも大きな影響が予測された。まずコムギでは、2000年から2020年へのオゾン濃度上昇により、中国の生産量が17%減少するが、日本では2%の減収に止まると推定した。イネでは、2000年から2020年へのオゾン濃度上昇により、中国の生産量がハイブリッド品種で約40%、通常品種でも約17%減少するが、日本の減収量は約2%、韓国は約6%と予測した(5)。なお、オゾンの影響について、イネ、コムギともに品種間差を見出した(4,5,6)。特にコムギの品種間差では、オゾン吸収量に加えて、葉内の抗酸化能力とそのオゾン応答が重要である(4)ことを見出した。農作物の品種選択や育種によって、オゾンの影響を軽減する可能性を、これらの結果は示した。

3.委員の指摘及び提言概要

 東アジアにおけるオゾン濃度の上昇に伴うコムギ、イネなど農作物への影響、予測について優れた成果が得られた。6つのサブテーマに別れているが、各々の成果を関連させ、サブテーマ(4)の整理が不十分なところがあるものの、全体としては、各サブテーマ間の連携・統合が行われ総合的にまとめが出来ている。
 なお、開発された作物影響のモデルについては適用性の検証が、また準自然条件下でのコムギ、水稲のO3反応とその品種間差異という非常に重要なFACE実験では再現性の評価が、それぞれ不十分であった。本課題は機会を得て、さらなる精度向上に向けた研究進展が望まれる。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:c
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b


研究課題名: D-061 流下栄養塩組成の人為的変化による東アジア縁辺海域の生態系変質の評価研究 (H18-20)

研究代表者氏名: 原島 省 (国立環境研究所)

1.研究概要

 近年、東アジア海域では有害赤潮やクラゲが大発生するなどの生態系変質が起こっており、これらは世界の沿岸・縁辺海域に共通している。推定される諸原因の一つとして、人為影響による窒素(N)、リン(P)の流入が増す一方、自然の風化作用で補給されるケイ素(Si)の流下量がダム増加で減少することが考えられる。Siを必要とするケイ藻がシリカ殻のバラスト作用のために海域上層の栄養物質(栄養塩+浮遊生物粒子+有機汚濁物質の総称)を効率よく下層に引きおろすのに対し(生物ポンプ機能)、非ケイ藻類はその機能が弱い。このため、Si相対比の減少で夏季上層の食物網が肥大し、クラゲなど上位栄養段階の生物量の増大に至るという考え(拡大シリカ欠損仮説)である。この過程を検証するため、フェリーなどの定期航路船舶による長期高頻度観測、沈降生物粒子量観測、その他の既往資料のデータ解析、比較的簡略化した生態系モデル、広汎な論文レビューを複合させた研究を行い、得られた結果を地球環境政策への提言とする。
 サブテーマは次の3つである。
 (1) N、 P、 Si流下比変化による海洋生態系変質の総合解析
 (2) 漁業生態系モデルに基づいたN、P、Si組成比の海洋高次生態系への影響評価
 (3) 年代間データ比較に基づいたN、P、Si組成比の海洋低次生態系への影響評価

2.研究の進捗状況

 生態系モデルによるシミュレーション実験により、長江のN栄養塩濃度が高く、Si栄養塩濃度が低くなるほど、同江のエスチャリー(河口隣接海域)から夏季に沖合い側に流出する量の総和が大きくなることが推定できた。理由は、エスチャリー内で沈降しやすいケイ藻が減り、沈降しにくい他の生物粒子が増えるために上層に滞留する栄養物質が増加することによる。この傾向は、沖合い側で栄養段階的に上位にある肉食生物(クラゲ+魚)が増加することのベースラインになると考えられるが、さらに、魚への選択的漁獲の増加などの他の要因を考慮すると魚よりもクラゲの増加に寄与すると考察される。
 上記のシミュレーションの基礎となった科学的なポイントは、春季のケイ藻大増殖の終了期に栄養塩(特にSi)が枯渇するとケイ藻の自律沈降が増すことである。この現象は従来室内実験で見られていたが、本研究で実施したフェリーによる長期高頻度時系列計測によって海域スケールでも確認できた。長江エスチャリーでN、P増加、Si減少や非ケイ藻類赤潮の増加傾向が報告されているのに対し、瀬戸内海では2000年代以降は春季大増殖後にNが枯渇してSiが残るようになり、シリカ欠損の点に関しては環境改善のフェーズにはいっているといえるかもしれない。海洋環境におけるSi過程の重要性や、フェリー観測の有用性については、ICSU-SCOPEの出版物、UNEP-NOWPAPの報告書、Science誌におけるフェリーボックス計画紹介記事等に記載されはじめており、地球環境政策への提言の一歩となった。

3.委員の指摘及び提言概要

 東アジア縁辺海域で社会問題化している有害赤潮やクラゲの異常発生などの生態系変質について、栄養塩組成等物質循環に関連した「拡大シリカ欠損仮説」を基盤に精緻に解析し、仮説の検証がかならずしも十分ではないものの、そのメカニズムを検討した学術的成果は評価できる。また、陸域河川から沿岸域、沖合域を結んだモデルの作成には新規性が見られる。
 本研究の当初の目標は達成できていると考えられるので、新しい発見について、今後は国際誌への論文投稿や国際会議等での成果発表が望まれる。

4.評点

総合評点:B 
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b 
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b 
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b 
 サブテーマ1:b 
 サブテーマ2:c 
 サブテーマ3:b


研究課題名: RF-072 黄砂バイオエアロゾルの越境的健康被害調査のためのサンプリング・同定に関する研究(H19-20)

研究代表者氏名: 小林 史尚 (金沢大学)

1.研究概要

 黄砂は、地球環境に重要な寄与をする現象として、これまで大規模な研究プロジェクトによってその影響評価が行われている。特に、韓国や中国においては「黄砂の健康被害」として大きな社会的問題となっており、主として疫学的手法による研究が盛んに行われている。日本においてはあまり社会的問題とはなっていなかったが、最近、黄砂の健康被害における研究が展開されている。バイオエアロゾル(大気中に浮遊する生物粒子:花粉、微生物、ウィルスなど)は、伝染病の感染経路、生物兵器、バイオテロ、花粉症など、ヒトの健康に及ぼす影響に関連してその拡散過程が問題視され、特に欧米の一部の国では、生物学・医学領域の研究者によって研究が盛んに行われ始めている。同じ大気を介して拡散する黄砂と生物粒子(黄砂バイオエアロゾル)の存在が提唱されているものの、まだ明らかになっていなかった。本研究の直接的に達成する目標は、黄砂バイオエアロゾルの長距離輸送による微生物の飛来の実相調査研究と病原性微生物飛来による健康被害の可能性を検討することである。
 サブテーマは次の5つである。
 (1) 中国(敦煌)と日本(金沢)における黄砂バイオエアロゾルのサンプリングに関する研究
 (2) 黄砂バイオエアロゾルの分離培養・同定・分類に関する研究
 (3) メタゲノム法を用いた黄砂バイオエアロゾルの生物情報学的研究
 (4) 黄砂バイオエアロゾルの健康被害に関する研究
 (5) 黄砂バイオエアロゾル長距離輸送の中間地点(韓国)におけるサンプリング・同定に関する研究

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)では、黄砂バイオエアロゾル用のサンプラーの開発を行い、係留気球を用いて黄砂発生源(中国敦煌市)で3回、沈着地域(日本珠洲市・天草市)で3回直接採集を実施した。サブテーマ(2)では、発生源・沈着地域上空で直接採集されたサンプルを用いて種々の生物分析を行った。DAPI染色法により、発生源上空まで舞い上がった黄砂粒子に微生物が付着していることを明らかにしたばかりか、DGGE分析により高度による生物相の変化、分離培養・同定により、Cladosporium属やAspergillus属の糸状菌などが生きた状態で上空まで舞い上がっていることがわかった。サブテーマ(3)では、発生源・沈着地域上空で直接採集を行ったフィルターサンプルからダイレクトにDNAを抽出し生物情報学的解析を行った。黄砂発生源である敦煌上空にはBrevibacillus属やStaphylococcus属などの種々の菌株や培養できない微生物が発見され注目されている。サブテーマ(4)では、サブテーマ(1)、(2)、(3)の結果から、黄砂発生源や沈着地域上空に浮遊している微生物の健康影響の可能性を検討した。黄砂発生源上空から食中毒の原因になる菌株があるBacillus cereusが見つかったことから、食中毒と黄砂に関する疫学的調査と直接採集されたDNAサンプルの毒素遺伝子検索を行ったが、現在のところ強い因果関係はみられなかった。サブテーマ(5)では、黄砂長距離輸送の中間点である韓国Cheongju市における黄砂バイオエアロゾルのサンプリングを実施した。また、新たなバイオエアロゾル分析のアプローチとしてプロテオミクス解析を行った。以上本研究で得られた多くの知見を学術誌や学会を通じて発表し、学術的には日本エアロゾル論文賞受賞、社会的には新聞・雑誌・テレビの報道を通じて種々のインパクトを与えることとなった。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究の要は、サブテーマ(4)の「黄砂バイオエアロゾルの健康被害に関する研究」と思われるが、健康被害を及ぼす可能性のある菌株の存在は認めたものの、病原性微生物のリスクの検証に至らなかった。また、報告書の記述からは、検出された細菌等が黄砂発生地域起源であることが特定できたのかどうか、遺伝学的にトレースできたのかどうか判断できず、重要な情報が不足している。今後に課題を残した結果となっている。
 一方、黄砂に付着して輸送される微生物に関して、観測方法を改良する事などにより、新しい知見が得られ一定の成果をあげており、学術的貢献や環境政策への活用の意義は見いだせる。インパクトファクターの高い学術誌への投稿を期待したい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:c
 サブテーマ4:c
 サブテーマ5:c


研究課題名: RF-073 浮遊粒子状物質(SPM)および大気汚染物質の脳型多変量解析技法の開発(H19~H20)

研究代表者氏名: 神部 順子(江戸川大学)

1.研究概要

 今日、環境問題は個別の地域を研究する時代から、大域的な地域を関連付けて考えなければならない時代になっている。日本の西に位置し、日本の大気に大きな影響を及ぼす中国・東南アジアは、経済発展の著しい地域であり、そこでの大気汚染はかなり憂慮される状況である。本研究は、浮遊粒子状物質(SPM)および窒素酸化物(NOx)といった大域的な大気汚染物質の生活空間に対する影響を解析するために、欠測を含む環境データに対して脳型情報処理(人間が行っている情報を処理方法に取り込んだ手法)による多変量解析技法を開発し、多様な大気環境指標の総合的・複合的評価を得ることを目的とした。具体的には以下の項目について研究を行った。
 (1)欠測のあるデータを含む脳型多変量解析技術の開発に関する研究
 (2)東南アジアの大都市のSPM簡易測定とデータの標準化技法の開発
 (3)デジタル画像によるSPM簡易測定法の開発
 (4)離散的データからの等濃度線描画技術の開発

2.研究の進捗状況

 (1)大気汚染指標であるNOxや SPMなどのデータの実際の測定点は、離散的、かつ疎であり、また一部に偏っている。さらにそれらは欠測が多い。本研究では、欠測データ集合を扱う神経回路網法CQSAR: Compensation Quantitative Structure Activity Relationships を用いて格子点上のデータ補完を行なった。SPMのように比較的なだらかな変化をするデータに対しては、CQSARで欠測値を補完可能であることがわかった。
 (2)デジタル粉塵計を用いてSPMを測定し、東南アジアの大気汚染が深刻化していることを確認した。また、江戸川大学(流山市)でも測定し、SPM測定値と千葉県の環境測定データとの関係を解析した。公的機関による千葉県我孫子市のデータと似た傾向を示しているが、SPMについては、公的機関でのβ線照射法と江戸川大学でのレーザ光散乱方式という計測機器の種類の違いが影響していることがわかった。つまり、江戸川大学でのSPM計測機器では湿度の影響を大きく受けている。今後、この点に考慮しながら分析する必要がある。
 (3)従来の方法では各地点の個々の時刻でのSPMの量は測ることができるが、その種類や空間分布の情報を得ることは非常に難しい。そこで、デジタルカメラによって得られた画像の特徴抽出を行い、それとSPM測定値との比較から、画像の特徴とSPM測定値の関係を見出し、デジタル画像から環境データ測定技術の開発指針を得た。本研究ではデジタル画像を解析することでSPMの空間分布を見ることができるようになった。
 (4)環境汚染物質の分布を見るためには分布図の作成は不可欠であるので、(1)で述べた欠測データ集合を扱う神経回路網法を用いて格子点上のデータ補完を行い、そのデータを用いて環境汚染物質の分布図を書くことを試みた。その結果、SPMの分布に関して、実用上問題のない精度でなだらかな分布図を書くことが可能であることがわかった。

3.委員の指摘及び提言概要

 本課題の (1)は、既存プログラムパッケージの使用と考えられるが、CQSAR手法を用いた多変量解析の内容に関する記述が全くなく、また結果だけで考察がない。 (2)では、SPM簡易測定手法の詳細、機器の較正・検証について何も記述されておらず、測定結果のみである。 (3)に関しても、単なる画像強調処理の結果としてパターンが示されているのみで、測定値に関して何も述べられていない。このため全体的に定量的検討に欠けており、成果としては不十分であった。
 なお、 (3)のデジタルカメラによるSPM簡易測定法の開発は、面白い研究であるが、測定法を確立するためには、CCDの感度特性、SPMのタイプ毎の散乱特性、大気から撮影地点までの光路長に沿った散乱光など物理的な側面からの分析も進める必要があろう。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):d
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):d
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c


研究課題名: RF-074 海洋環境変動に及ぼす堆積物再懸濁現象の影響予測に向けた物質動態詳細測定法の開発(H19-20)

研究代表者氏名: 中川 康之 (港湾空港技術研究所)

1.研究概要

 アジア地域をはじめ、世界各国の大河川河口域では、河川を通じて栄養物質や有害化学物質など様々な環境負荷物質が流下土砂(主にシルトや粘土の泥質物)と共に陸域から運ばれており、懸濁粒子として海底に沈降・堆積する。一方、波浪や潮汐などの多様な外力作用による堆積物の巻き上げ(再懸濁)が生じ、これら環境に負荷を与える物質が再び海水中に浮遊し、移流・拡散し、沿岸海域の水質や生態系に悪影響を及ぼす。このため、沿岸域の水質環境変動の評価や予測モデルの信頼性を向上させる上では、沿岸域特有の波浪や潮汐流が混在した複雑な外力作用下における「堆積泥の侵食」や「懸濁物質の発生」といった物理現象の把握と同時に、巻き上げ現象の中で生じる化学物質の輸送過程を解明することが重要である。
 本研究課題では、物理ならびに化学プロセスの両面から、沿岸域での再懸濁現象に伴う化学物質輸送の定量手法の開発を試みた。ここでは、近年になり高度化された計測技術を導入した現地観測の実施と、海底の海水流動環境と現地底泥の移動を再現する水路実験を通じて、底面境界層内での乱れ強度と巻上げ量との関係や再懸濁層の濃度分布特性を把握し、また再懸濁に伴う水質変化を評価するための化学物質等の輸送量の測定手法の開発を試みることを目的とした。
 サブテーマは次の2つである。
 (1) 沿岸波浪および潮汐流作用下における侵食と再懸濁機構の把握
 (2) 巻上げ時における化学物質フラックスの定量化

2.研究の進捗状況

 諸外国の主要河川河口域における堆積物特性等の類似性を考慮して、国内でも有数の干潟域の形成をはじめ顕著な泥質物の堆積がみられる有明海を研究対象とした。現地より採取した大型未攪乱底泥による水槽実験においては、波浪外力を想定した底泥の巻き上げ現象について、振動流外力と巻き上げによる浮遊懸濁物濃度の対応について定量化を図った。また、底泥の巻き上げに伴う、還元物質等の浮遊による水質変動への影響を調べるため、微小電極センサーを用いた詳細な溶存酸素濃度測定を行い、巻き上げ直後に溶存酸素濃度が低下することを明かとした。一方、有明海湾奥部、佐賀県沖で実施した現地観測においては、底面近傍での流況・乱れ、SS濃度および溶存酸素濃度等の詳細な時空間変動や輸送特性を把握するため、超音波式精密流速計のほか微小電極センサーを組み合わせた酸素フラックス測定システムを新たに導入した。これにより、潮汐流による底泥の巻き上げ時の物理特性(乱れエネルギーと巻き上げ量との関係)を定量化したほか、潮汐周期に応じて変動する底面近傍での溶存酸素フラックスの定量化に成功した。酸素フラックス測定においては、実海域での流れの効果が充分に反映されていない既往のチャンバー試験による推定結果との比較・評価を通じて、現地での現象に即した測定方法としての本測定システムの有用性を確認した。これらの成果は、水質変動予測の精度向上に欠かせない、底面境界での物質輸送フラックスの設定条件を定める基礎情報を与えるものであり、海域毎に異なる条件パラメータの効率的な取得に本測定手法の応用が期待できる。

3.委員の指摘及び提言概要

 有明海湾奥における再懸濁については理解が得られるものの、一地域で得られた物理的な堆積物再懸濁機構と物質動態の結果を他海域に汎用化するモデルの構築に至っていないため、事例研究の報告に留まっている。
 サブテーマ(2)においては有機物含量の測定結果のみで化学物質の動態を解析しているが、物理化学性の異なる代表的な個別化学物質を複数取り上げ、懸濁粒子との相互作用を精緻に観測する研究計画を構想化すべきであった。また懸濁粒子の中身の検討により化学的フラックスの解析を行う姿勢が必要であったと考えられる。
海洋環境変動の解明と分析結果の普遍化に向けて、さらなる研究推進を期待したい。

4.評点

総合評点:D
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):d
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):d
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:c
 サブテーマ2:c


研究課題名: F-061 大型類人猿の絶滅回避のための自然・社会環境に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名: 西田利貞 (日本モンキーセンター)

1.研究概要

 アジア、アフリカ地域では人口増加により人間の生活域は著しく拡大し、人間の経済活動を本来無縁であった自然環境にまで進出させている。また、紛争地域や難民問題を抱える地域では、外部からの人口流入や異常な人口集中に伴い、従来存在しなかった習慣や行動様式が定着し、そこに生息する希少動植物、さらには環境全体にまで深刻な影響を及ぼしはじめている。これらの活発な人間活動は、大型類人猿の存続に直接的に打撃を与えるだけでなく、彼らの生息環境を急速に消滅させつつある。この事態に対応するため、自然環境のみならず社会・経済問題にも対処できるよう文理融合の研究によって、大型類人猿の正確な生息実態を把握し、彼らへの脅威となっている諸原因を究明する必要がある。
 サブテーマは次の5つである。
 (1)大型類人猿の分布と密度に関する研究 (林原生物化学研究所)
 (2)地域住民による森林利用の実態と環境変動についての研究(明治学院大学)
 (3)大型類人猿の疾病と人間活動が大型類人猿の健康状態に与える影響についての研究(日本モンキーセンター)
 (4)植林による森林再生と分断化された生息地の再連結についての研究(京都大学)
 (5)エコツーリズムとコミュニティ・コンサベーションによる環境保全の研究 (京都大学)

2.研究の進捗状況

 9つの異なる環境で調査し、各地域に適したセンサスの基礎データ収集方法を確立した。ネストの崩壊速度を決定する諸要因を解明し、センサスによる推定密度と、直接観察による正確な密度とを比較して、センサスの精度を評価することを可能にした。生息情報を再評価し、分布地図を書きあらため、生息数もより実際に近い数値を算出した。大型類人猿の生息域における多彩な生態学的情報を収集した。これは、自然資源の持続可能な利用方法を見いだすことに貢献できる。
 住民生活の通年にわたるモニタリングは、地域住民が真に必要としているものを特定し、地域における諸問題の解決策を具体的に示すことで、森林保全に役立つ。人間活動が大型類人猿の生息環境に与えている影響とその実体に関する基礎資料を蓄積し、人間活動を制御するための政治的・経済的措置の検討が不可欠であることを明らかにした。それらは、地域に適した永続可能な保全プランを作成し、それに基づく施策に応用可能である。
 糞尿など非侵襲的な試料による病原体検索方法を確立し、野生大型類人猿の罹患状況を示した。類人猿保有の寄生虫、細菌の種類に地域差があること、ヒト-類人猿間で病原体の相互感染があることを明らかにし、糞のコルチゾール濃度から、大型類人猿のストレス水準の評価する方法を確立した。その応用により、多数の観光客は類人猿の健康状態に悪影響を与えることを示した。
 伐採がチンパンジーの生態に与える影響やヘキサチューブの使用が一定の条件下で植林の効率をあげること、サバンナの植林では、挿し木が有効であり、苗木の定着に東屋が効果的であることなどを明らかにした。地域住民と協調した植林手法は、森林保全に対する積極的な関心を呼び起こした。これは他地域へ応用する際のモデルケースとなりうる。
 住民による保全活動を推進する上での問題点とエコツーリズムの是非を分析した結果、各調査地に共通の問題点と、各地に固有の問題点とを明確にした。また、観光客を直接観察してエコツーリズムについての定量的なデータを得、公園当局と管轄する省庁に対する改善策をまとめた。

3.委員の指摘及び提言概要

 大型類人猿の保護に向けて多大な貢献をした研究。大型類人猿が今世紀中に絶滅すると心配される中で、日本人研究者が長年、類人猿の野外研究をしてきた調査地で新たな研究成果を発信することができ、世界的にも高い評価を受ける。先行研究の成果がしっかり検討され、研究計画が研究者間で十分吟味されていたと考えられ、研究成果は目覚しく、大型類人猿の生息実態が自然、社会環境の中で明らかにされ、現地の社会状況の中でとるべき保全策に必要な資料を余すところなく提供していると評価できる。学会および社会に向けてもいままでに得られた成果と施策を活発に発信しており、普及活動に力を入れていると感じた。アジアやアフリカの9地点で大がかりな研究を滞りなく続けられたのは、チームワークの良さもある。文理融合の研究であり、住民参加の重要性の指摘も時宜にかなったものである。
 一方、これまで継続している大型類人猿の分布と密度に関する研究では顕著な進展があったものの、その他の個別研究は、研究としての体系性に欠け、課題全体への貢献も十分なものとは認められない。また、新しい科学的知見に乏しかった。サブテーマ(1)、(2)、(3)が挙げた研究成果はいずれも期待以上のものがあったが、事業的な成果が求められるサブテーマ4,5は将来にわたって持続的な検証が必要である。植林による生息地の連結は類人猿研究者の手には余るはずで、植林の専門家と連係するなどの工夫が必要であった。調査地に関しては、研究全体の中でマレーシアとインドネシアでの研究の比率が少ないのは気になる。3年間で終わるものではなく今後の継続的なチェックが必要。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:a
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b


研究課題名: F-062 渡り鳥によるウエストナイル熱及び血液原虫の感染ルート解明とリスク評価に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名: 桑名 貴(国立環境研究所)

1.研究概要

 ウエストナイル熱や血液原虫の感染経路を予測して生物多様性、特に生存能力が脆弱な絶滅危惧鳥類に与える危険性を回避するために、地球規模で渡りを行うシギ・チドリ類での疫学調査研究が必要となる。ウエストナイル熱は吸血昆虫を媒体として感染拡大するため、同じ感染環を持つ血液原虫症の疫学調査を繁殖地と越冬地、渡りの中継地で行うことで我が国への侵入・感染経路の予測し、絶滅危惧鳥類の感染リスク評価を行った。併せて渡りの中継地でのウエストナイル熱感染個体の調査研究を行い、モニタリング手法の標準化と感染リスク評価法を開発した。
 これらの研究を行うために本研究のサブテーマは以下の4つとした。
 (1) 渡り鳥(シギ、チドリ類)における病原体感染に関する研究
 (2) 吸血昆虫における病原体のモニタリング調査に関する研究
 (3) 絶滅危惧鳥類を用いた病原体感染リスクの評価に関する研究
 (4) 鳥類消化管内寄生虫の遺伝子診断に関する研究

2.研究の進捗状況

 下記の通り、本研究課題は当初の研究目標を達成、またはそれを超えた成果を挙げることができた。
 まず、モニタリング体制に関して、鳥類標識調査員と獣医師が連携して捕獲調査と現場での病原体検査を同時に実施できるモニタリング体制の構築を達成すると共に、ウエストナイル熱ウイルス(WNV)診断キットを含む診断手法を確立した。また、シギ・チドリ類の飛来時期と我が国の吸血昆虫発生期が重なっていることが明らかになり、WNVと同じ感染経路を持つ血液原虫感染状況調査では、北海道の釧路湿原において渡り鳥とタンチョウが同一の鳥マラリア原虫に感染していることが遺伝子解析で判明した。これは、国内でも、吸血昆虫が媒介する各種病原体(WNV等)が渡り鳥から国内の希少鳥類に伝播する可能性を強く示唆している。加えて、本研究で捕獲調査した一般鳥類(ガン・カモ類)の約66%がWNV抗体陽性であったことから、WNVに感染した渡り鳥が我が国に飛来している可能性が高いことが判明した。鳥類消化管内寄生虫の遺伝子診断に関しては、ヤンバルクイナをモデル鳥類に設定し、本種より分離した線虫(Heterakis属)と吸虫(斜睾吸虫科)を対象としてリアルタイムPCR法による診断法開発を行った結果、虫卵1個でも検出できるプライマーとプローブの設計に成功した。
 本研究で確立したモニタリング体制(鳥類標識調査員+獣医師)と手法は、高病原性鳥インフルエンザといった他の野生鳥類関連の新興・再興感染症事例にも応用可能である。現時点では未整備の野生鳥類感染症モニタリング体制を構築することにより今後の新興・再興感染症対策に有用である。また、WNVの病原体モニタリングに加えて、今後は抗体検査も併せて行うことで、より早期の感染症侵入予測とリスク評価が可能になると考えられる。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究の目的は、ウエストナイルウイルスの日本への伝搬に関するものであり、事前調査でシギ・チドリ類については感染が確認されていなかった。3年間にわたる本研究でも感染は確認されず、これだけの予算を使用する意義があったかは疑問である。また、サブテーマ(3)において、野生カモ類にフラビウイルス感染経験があることが分かったが、感染経路も明確ではなく、このテーマで寄生虫を調査した理由が不明確である。サブテーマ(4)もヤンバルクイナの寄生虫の研究に終始し、本研究の趣旨に会うとは思えない。全体として、ウエストナイル熱の感染ルートとリスク評価に関する新しい知見が得られたとは認めがたい。
 シギ・チドリによるウエストナイルウイルスの感染経路の解明に関しては一定の成果を得たが、ウエストナイルウイルスの感染経路の解明という点に関しては的をはずれていたのではないか。幸いにも、国内の広い地域で完全陰性であったが、その理由や背景がまったく明示されず、侵入がなかった疫学的,生態学的な理由についても説明するべきである。

4.評点

総合評点:D 
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c 
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c 
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):c 
 サブテーマ1:c 
 サブテーマ2:b 
 サブテーマ3:c 
 サブテーマ4:c


研究課題名: RF-075 国内移入魚による生態系攪乱メカニズム究明とその監視手法の構築に関する研究(H19-20)

研究代表者氏名: 鬼倉 徳雄 (九州大学)

1.研究概要

 侵略的外来生物が及ぼす環境への負の影響は世界的な問題となっており、日本国内においても外来生物法の特定外来種として指定された種の取り扱いは厳しく制限され、国外外来生物に関する在来生物への影響や移入先での生態、駆除方法などが研究され、その管理手法の構築が進みつつある。しかしながら、国内在来種が国内の他地域に移入される問題は極めて軽視され、一般的認知にも乏しい。そのため、国内移入の影響が甚大な淡水魚における生態的影響や遺伝的攪乱の現状を解明し、対処方法を構築する研究はほとんど行われていない。国内移入魚は、生息場所や餌生物をめぐって在来種と競合する可能性を持つ。また遺伝的に近縁であるため、類似種の交雑などが生じる可能性も持つ。すなわち、国外外来魚とは異なる影響を在来生物に与えている可能性があり、早急にその影響の実態を把握する必要がある。
 本研究課題は新たな外来生物として位置づけられる国内移入魚について、その現状を適切に把握し、その危険性を啓発・普及するための科学的知見の基礎強化を行うとともに、今後の分布拡散を監視するための技術を構築することを目的とした。そのためのサブテーマは次の3つである。
 (1) 国内移入魚による在来魚の種の多様性攪乱メカニズム究明、リスクの予測とモデル化に関する研究
 (2) 国内移入魚の異環境への適応性に関する研究
 (3) 国内移入魚による遺伝的多様性攪乱メカニズムの究明とモニタリング手法の構築に関する研究

2.研究の進捗状況

 国外、国内外来魚を含め、多くの移入魚類が九州北部に分布すること、要注意種ハスは従来の定説とは異なり小規模な細流にも適応する一方、河川スケールでは流路延長が50 kmを超える大河川で出現確率が高いこと、在来生物への食害、近縁種との交雑という2つの生態学的なインパクトを在来生態系に与えている可能性を持つことが確認された。生物多様性保全の観点から、ハスに関しては長期的なモニタリング等を通して監視していく必要があると考察する。
 国内移入魚の遺伝子解析については、九州産ゼゼラとオイカワに琵琶湖由来のミトコンドリアDNAが確認され、モツゴは関東地方のコイへの混入による分布攪乱が起きていることが明らかとなった。これらの国内移入の影響には地域差があり、九州北部においても福岡県と佐賀県の間で顕著な違いが見られた。また、国内移入魚の分布拡大について、ハスとゼゼラは侵入定着後に九州内で二次的に拡散していることが示された。
 近縁種との雑種化や外来遺伝子移入による遺伝子攪乱についてはこれまで研究が進んでいる国外外来魚では生じなかった国内移入ならではの問題であり、国外外来生物とは異なった対策を講じる必要性を裏付ける科学的根拠と位置づけられる。

3.委員の指摘及び提言概要

 九州全域での国内移入魚の分布状況がかなり良く把握されたことは、今後の対策を考える上で、十分な基礎データの蓄積ができたと評価できる。また、ヌマムツとタカハヤのハイブリッドは興味深い重要な発見である。期間が2年で中規模の研究としては興味深い成果が得られ、政策への提言や貢献につながる成果も含まれていると評価できる。
 一方、ミトコンドリアDNAの情報だけでは遺伝子攪乱の実態把握に十分でなく、核遺伝子の解析が計画にはあるが、達成できなかったのは残念である。また、サブテーマ(2)では、移入されたハスの分布を環境要因で説明しようとモデルが作られたが、ハスの分布は「放流」という人為がもっとも大きい要因であって、自然分布でないものにこのモデルがどのように有効性を持つのか、その意義がよくわからない。さらに、国内移入魚による在来魚の種の多様性攪乱については、地域集団内および集団間の遺伝的分化の程度が分からない状態で攪乱の程度、影響を述べることは適切ではない。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:b


研究課題名: RF-076 複合微生物解析による環境質評価のための迅速・網羅的微生物検出・定量技術の開発(H19-20)

研究代表者氏名: 関口 勇地(産業技術総合研究所)

1.研究概要

 近年、環境浄化のための遺伝子組換え微生物第一種利用時や、外来微生物を利用したバイオレメディエーションにおける環境動態解析および環境影響評価(微生物群集への評価)において、特定の微生物群とそれを取り巻く複合微生物群を定性・定量的に解析する必要性が生まれている。本研究では、複合微生物生態系を培養法に依存することなく迅速、簡便かつ網羅的に定性・定量を行うための基盤技術整備を行い、その技術を環境質評価(遺伝子組み換え微生物導入後の環境試料など)に活用することを目標とし、以下2つの課題(サブテーマ)を実施した。
 (1)迅速・網羅的微生物検出のための基盤技術の開発に関する研究
 (2)環境質評価のための微生物種検出DNAプローブの設計・評価と検出技術の環境への適用

2.研究の進捗状況

 迅速・網羅的微生物検出のための基盤技術の開発(サブテーマ(1))においては、迅速かつ網羅的な特定微生物・複合微生物群の検出、定量技術を開発するための基盤技術として、rRNAを標的とした新規定量技術であるRNase H法をさらに高度化(迅速化、簡便化、高感度化)することを目指した。その結果、耐熱性RNase Hを利用したRNase H法を確立し、より迅速かつ高効率な切断反応を達成することが可能であることを示した(本結果は2009年発行予定の論文に掲載予定)。また、O-メチル化DNAプローブを利用することによって、rRNAの切断効率を向上できることが実験的に証明され、RNase H法をさらに高度化できた。さらに、rRNAを配列特異的に蛍光ラベリング化する方法を確立した。研究期間中において、目標であったRNase H法の高度化を達成しており、研究の達成度は十分であると思われるが、網羅的微生物検出技術の確立には至らなかった。本研究で得られた知見を生かし、今後網羅的微生物検出技術の確立を検討したい。
 環境質評価のための微生物種検出DNAプローブの設計・評価と検出技術の環境への適用(サブテーマ(2))においては、バイオレメディエーションや環境質評価に利用可能な微生物検出プローブ(16S rRNAを標的としたオリゴヌクレオチドプローブ)を整備し、様々な微生物分類群を検出するための基盤を整備すると共に、その検出と定量のための標準核酸物質となるrRNAライブラリを整備した。また、開発した技術を実際の環境質評価に利用し、その有効性を確認した。具体的には、バイオレメディエーション利用指針(平成17年3月告示)を実効性のあるもとすることを想定し、生態系等への影響評価において当該土壌等の物質循環に深く関与している微生物群を検出するための68種類のDNAプローブを作成し、そのほとんどについて耐熱性RNase Hを利用したRNase H法で使用するための条件検討を行った(本プローブ群の一部については、2009年発行予定の論文に掲載予定)。また、170種の微生物群(細菌、古細菌、真菌)の16S rRNA(18S rRNA)ライブラリを作成し、それらを微生物標準DNA/RNAとして整備した。当初の目標であった課題を達成しており、研究の達成度は十分であると思われる。今後、本課題で整備したDNAプローブや標準DNA/RNAを実際の環境質評価に利用できるよう検討を進めたい。

3.委員の指摘及び提言概要

 複合微生物群集の迅速検索・定量は永遠の課題であり、本研究ではこの困難な課題に挑戦し、rRNAを標的にして新たな手法を開発するとともに、バイオレメディエーションやバイオマス利用における特定微生物の検出に適用できる基盤をつくった。今後さらに実用化、汎用化できる手法の開発に期待したい。研究成果は従来の科学的知見、技術的課題を一定程度前進させ、成果は今後の政策へ活用されることがある程度見込まれ、課題管理は問題なくスムーズに実施されたように思われる。
 微生物工学に関する基礎的、技術的研究は今後ますます強く求められるようになるが、地球環境問題解決という点に関していえば、技術の必要性に着目するだけでは十分とは言えず、より総合的な課題の意義を考究、考察する必要がある。
 まだ未解明部分が多く残っているようで、今後のさらなる研究を期待する。

4.評点

総合評点:B 
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c 
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b 
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b 
 サブテーマ1:b 
 サブテーマ2:b


研究課題名: RF-085 やんばる生態系をモデルとした水銀の生物蓄積に関する研究(H20)

研究代表者氏名: 渡邉 泉 (東京農工大学)

1.研究概要

 沖縄島北部森林地帯(通称やんばる)と奄美大島に生息する侵略的外来生物ジャワマングースの体内より高濃度の水銀が検出された。このことは、これら両地域で相当量の水銀が、生物蓄積を通じて循環していることを意味している。また、ジャワマングースで確認された水銀濃縮は、これまで、再現実験が困難な海生の高次生物にみられ、蓄積・解毒のメカニズムは未だ明らかでない。
 本研究は、ジャワマングースの水銀濃縮現象の解明のため、初代肝細胞培養の方法を確立し、それを用いて、細胞レベルでの水銀蓄積・解毒メカニズムを検討することを目的とした。このアウトプットとして、水銀中毒(治療)への応用や、解毒メカニズム阻害を応用した、外来種に特異的効果を発揮する毒餌への応用が期待される。また、やんばる生態系における水銀分布・動態の解析を行い、マングースまで濃縮される水銀の経路解明を試みた。
 サブテーマは次の3つである。
 (1) 水銀代謝機構の解析
 (2) 野生動物の初代肝細胞培養系の確立
 (3) 生態系の水銀動態に関する解析

2.研究の進捗状況

 ジャワマングースの肝細胞を用いた初代細胞培養技術の確立を目的とし、細胞分離法、培養条件を検討し至適条件を決定した。初代培養肝細胞の至適培地は動物種により異なることが報告されているが、マングースではWilliam’s E培地で培養した細胞がコラーゲンコートディッシュへの接着性が最も優れていた。また、マングース主要臓器の組織学的な状態を把握するために、病理組織学的観察を行った結果、複数個体の肝臓および腎臓に組織学的な障害を伴う炎症性変化がみられた。
 水銀の局在を組織学的に検出した結果、肝臓では血液の流れに沿って蓄積していく傾向(小葉中心性)が顕著であった。また腎臓では物質の再吸収に関与する近位尿細管に認められた。培養された初代肝細胞を用いた試験の結果、メチル水銀、塩化水銀(無機水銀)およびセレンに対する感受性は、ラットより高いという結果が得られた。また、重金属暴露に応答して発現が変化する遺伝子を金属解毒機構に関与する責任分子と仮定し、その端緒として、マングースの肝臓を用いたチオレドキシンの関連蛋白質とその代謝酵素(レダクターゼ)の各遺伝子PCRプライマーセットの作製を行なった。
 やんばる生態系より無脊椎動物9種、両生類5種、爬虫類7種、鳥類23種、哺乳類7種を収集し分析を行った結果、栄養段階の高いヒメハブやムカデ類に加え、イボイモリやヤンバルクイナ、ノグチゲラ、アカヒゲ、アマミヤマシギといった希少種に比較的高濃度の水銀およびセレンの蓄積が認められた。また、低次の生物では鉛、銀、コバルト、ニッケルなどが、高次生物ではセレンに加えカドミウム、クロム、ストロンチウムが、さらに、全栄養段階を通じバナジウムが水銀と類似した挙動をおこなうことが示唆された。これら産業由来の放出が懸念される超微量元素の組成解析は、今後、やんばる生態系における水銀起源の特定に有効となる可能性がある。

3.委員の指摘及び提言概要

 やんばる生態系におけるマングースの水銀蓄積にはじまり、広範な動物に対し、さまざまな分析や毒性試験などを行っており基礎的なデータとして高く評価でき、今後の野生生物保全研究にとって重要な一里塚となる研究である。研究方法に関しては、ねらいが絞られ、効率よく研究が進められ、成果を挙げている。また、水銀蓄積が低いマングースに由来する培養細胞を、肝細胞を用いて生態系の食物連鎖のなかでマングースの繁殖をくい止めるアイデアは興味深い。しかし、もう少し、水銀耐性や代謝機構を、実験例を増やして明快に示してほしかった。
 革新型研究課題とはいえ、地球環境研究総合推進費を使った研究としてはいささか違和感があり、地球環境研究に絞った内容を中心に記述するなどの工夫をすべきではなかったか。また、本研究のもっとも重要な課題が生態系動態にあり、そこにもっと集中した方が政策では効果があったと思われる。
 しかし、短い研究期間でよく成果を出した。研究で得られたデータや知見を早く論文にして公表してほしい。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:b


研究課題名: H-061 28℃オフィスにおける生産性・着衣・省エネルギー・室内環境に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名: 田邉 新一 (早稲田大学)

1.研究概要

 京都議定書が2005年2月に発効し、日本は1990年比6%の温室効果ガス排出量の削減量が義務付けられた。日本の二酸化炭素排出量の約16%を占める「業務その他」部門の対策として、2005年からCOOL BIZが政府主動で実施され、業務オフィス内の夏季の冷房設定温度を28℃に緩和し、軽装とすることが推奨された。COOL BIZについては、温冷感、着衣量と省エネルギー性が検討されているが、決定権を持つ企業経営者などが懸念する、企業にとっての損益に関する見解は示されていない。オフィスの室温を28℃にするかどうかという二者択一的な選択ではなく、真に省エネルギーになる空調システム、業務内容に合わせた段階的な手法の提案が必要とされる。
 本研究は、省エネルギー性に優れオフィス空間として最適な室内環境について調査することを目的とする。本研究では、28℃オフィスを経済的な観点を含めて検討するため、以下に示した4つのサブテーマを設けた。これらの成果を統合して、COOL BIZの効果を評価するとともに、経済性と省エネルギー性を両立させる28℃オフィス環境の最適化について検討した。
 (1) 生産性・経済性に関する研究
 (2) 衣服の影響に関する研究
 (3) パーソナル空調・省エネルギー性に関する研究
 (4) 温熱・空気環境実測調査

2.研究の進捗状況

 「28℃オフィス」の定義について考察するとともに、無対策で室温緩和を行う場合の問題点に関して指摘した。既存オフィスにおける室温緩和設定の対策として、服装の軽装化、通気性の高い椅子や卓上ファンの導入による効果を定量的に検証した。サーマルマネキン測定により通常時、気流速度増加時の着衣の部位別熱抵抗値および服の素材の透湿性に関するデータを示した。これらの着衣データを適用して周辺環境を変化させた場合の人体熱シミュレーションを行い、温熱環境を客観的に評価した。最新の環境制御・空調技術を導入した新築オフィスを調査し、空調方式の違いによる執務温熱環境および執務者への影響を評価した。中程度の高温環境を対象とした被験者実験を実施したところ、体臭成分の増加が確認され、室内空気質への影響がある可能性が示された。また、室温緩和による在室者の作業速度の低下傾向が見られたが、複雑な作業においては室温緩和による注意力の阻害は見られなかった。オフィスの温熱環境を対象とした知的生産性評価モデルを作成し、COOL BIZの効果を作業効率に基づく経済性と省エネルギー性の面から評価した。
 これらの科学的調査の知見を公表することにより、快適性を損なう等の室温緩和設定に対する懸念を払拭することで、COOL BIZ実施率が向上すると予想される。「28℃オフィス」の定義や空調方式によって省エネルギー効果が異なることを示した。建築物における衛生的環境の確保に関する法律は順守する必要があるため、実際には居住域の作用温度で28℃か、空調機への還気温度で28℃とするべきである。知的生産性を低下させない室温緩和についての知見を提供し、一部の公表データは国土交通省の政策などにも活用されている。

3.委員の指摘及び提言概要

 ウォームビズとあわせて100万トンのCO2削減効果が期待されるクールビズ政策をうけて、居住空間の気温を28℃に設定することを「28℃オフィス」と定義して実施した政策研究として成果をあげているが、東京に限定した実験結果であり、日本全体への普及には疑問が残る。しかしながら、居住空間の実態把握と測定及び効率的な「28℃オフィス」の実現方策に関する総合的研究に大きな意義があり、この成果を基に「28℃オフィス」への啓蒙に努め、取り組みの促進が必要であろう。
 この研究では、エネルギーコストのみでなく、作業効率の増減による利益の分析を加えており「28℃オフィス」の重要性について説得力を強めている。研究成果の学術的公表も適切に行われており、各サブテーマは個別研究としても高水準の研究である。サブテーマ(2)は、実験室における要素技術の獲得であるが、サブテーマ(3)及び(4)とともに、すぐれた実証実験にもとづいており、研究成果の統合に寄与すると考えられる。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b


研究課題名: H-062 制度と技術が連携した持続可能な発展シナリオの設計と到達度の評価に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名: 西條 辰義 (大阪大学社会経済研究所)

1.研究概要

 温室効果ガスの大幅な削減など、21世紀を通じて人類が持続可能な発展を達成するには、科学技術の発展が一つの重要な鍵であることは論を待たない。一方で、開発された技術が社会で使用され、持続可能な発展に貢献するためには、技術の普及を支援する社会制度の設計が必要となる。しかし、従来の環境保全などを目的とした制度設計においては、必ずしも技術の普及を決定づける要因が十分に考慮されていなかった。環境技術の開発側を見ても、開発した技術が消費者選好など技術の普及を決定づける因子に適応させ、技術に期待された効果の発現を促す技術開発が考えられる。
 本研究では、社会科学の理論・調査と工学による技術評価の相互フィードバックにより、技術の開発と普及の促進を目的とした制度設計を支援する枠組みの開発、更に技術開発・普及のシナリオとそれを達成するための制度設計手法の提案を目的とする。
 サブテーマは次の2つである。
 (1) 理論経済学と実験経済学の相互フィードバックによる環境保全制度設計の検討
 (2) 技術開発の制度を考慮した目標設定と技術のサステイナビリティへの寄与の評価

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)は、エネルギー・環境問題の現状と将来動向調査、経済成長と汚染排出の相互作用の分析、公共財投資に対する選択行動を見る経済実験、市民の環境行動の決定要因を見るアンケート調査、中国のエネルギーラベルが消費者の購買行動に与える影響に関する分析、太陽光発電パネル・太陽熱温水器の選択および次世帯省エネ型給湯器の選択に関する分析、上海の業務部門における省エネルギーへの取り組みに関する分析を行い、民生・業務の省エネ機器に対する選好を調査した。
 サブテーマ(2)は、今後地球温暖化の緩和や循環型社会の達成など、持続可能な発展のために必要とされる技術シーズに着目し、対象とする技術の持続可能性への貢献を評価するとともに、技術の普及促進策の設計支援ツールを開発した。まず、低炭素型社会の構築において重要な役割を果たすと考えられている太陽熱温水器と太陽光発電をケースモデルとして、[1]技術選択にかかわる消費者選好の調査、[2]得られた消費者選好情報に基づく技術普及予測、[3]技術普及によって得られるエネルギー・CO2排出削減効果を推計するフローを確立した。また、太陽熱温水器、太陽光発電技術の普及支援策を考察した。本枠組みは個々の消費者の技術選択によって普及が左右される技術に応用可能である。一方、エネルギーシステムや都市システムのような技術の複合システムについては、技術や財を提供する生産システムの技術基準の制定や、財のライフサイクルを支持する技術システム(例えば家電製品再生システム)の選択など、より広義の制度設計を含む。これを支援する枠組みとして評価モデルおよび指標を開発し、中国上海市に適用することで、民生家庭部門のエネルギー需要予測、低炭素化技術の導入評価、都市代謝分析を行い、政策代替案の導入効果を示した。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究は計量モデルの構築・拡張と適用、アンケートによる行動調査及び実験行動学にもとづくシミュレーションなどの分析手法を駆使して現実社会の実態を解明しようとしたものであり、抽象的な議論や予測と比べれば、地に足の着いた研究であり、評価できる。得られた結果は客観的であり、それ自体、有用な情報を提供している。ただ、手法の説明と平易な記述により結論が導かれている印象が強い。計量モデルの実証精度、アンケート結果と実行動の乖離、実験における被験者バイアスなどを考慮し、各分析結果の相互比較や検証、頑健性や信頼度の吟味、関係の因果論的な考察などを加えれば、さらによい結果が得られたであろう。
 サブテーマ(1)では、理論経済学と実証経済学、実験経済学が有機的に関係づけられ、環境経済学のフロンティアを広げている点が高く評価される。また、環境制度設計の基礎となる研究であり、日中の比較分析及びシミュレーション結果は制度設計へ知見を与えている。ただ、環境クズネッツ曲線の分析や同時方程式による決定の理論的基礎づけも加えた方が、さらに実り多かったであろう。
 サブテーマ(2)では、技術と制度の関係が実証的に分析され、興味深い。消費者のライフスタイルへの影響については今後の研究の展開が期待されるが、現実の政策への反映は不明である。また、この研究の中でのサステイナビリティ評価の位置付けは気になるところであるが、サブテーマ(1)と(2)の関係については有意義なコラボレーションであると思われる。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b


研究課題名: H-063 アジア地域における経済発展による環境負荷評価およびその低減を実現する政策研究(H18-20)

研究代表者氏名: 渡辺 知保(東京大学)

1.研究概要

 アジア諸国の農村部は、その擁する人口・食糧生産・消費の規模の大きさという点で、地球全体の持続可能性から見て重要な地域である。この地域においては、在来農耕から換金作物栽培への転換が急速にかつ広範に進行し、農薬・外来食品などの導入を通じ、合成化学物質が周辺環境へと放出・蓄積され、住民もこれに曝露されている。こうした生業の変化が住民の健康ならびに環境におよぼすインパクトを評価する試みはあるが、多くはケーススタディの域を出ていない。本研究は、アジア6カ国から生態学的条件の異なる32集落を選び、住民5,500名の参加を得て、政策・インフラ整備・生業転換と住民の化学物質曝露・健康状態ならびに環境影響について地域間比較の可能なデータを収集することにより、政策・生業転換とその生体・環境へのインパクトとの関連を明らかにすることを目的として、以下の3サブテーマのもとで研究をすすめた。
 (1)「環境・生体負荷の評価・ケミカルフローの解析」に関する研究
 (2)「環境試料及び生体試料における化学物質汚染の探索的解析」に関する研究
 (3)「バイオマス・生物多様性の評価と生業にかかわる基本データの収集・分析」に関する研究

2.研究の進捗状況

 聴き取り調査によって32集落の過去約半世紀にわたる生態史の再構築を行ない、“生業の転換”のたどる経路が多様であることを半定量的なデータで示した。各集落の生態史の解析により、生業転換のドライバーが、住民の健康あるいは環境に予測しがたい影響をおよぼす例を複数見いだした。これらによって、生業転換を促す政策においては、目標とする変数のみならず、広範囲の変数についての予測とモニタリングが必要であることが示唆された。
 生体計測・生体試料の分析で得られた多くの変数を主成分によって集約し、主成分平面上における各集落の相対的な位置づけを検討したところ、これが性によって異なるパターンを示すことを見いだした。すなわち、同一集落の住民であっても、生業転換がもたらす影響が性により異なること、さらに、こうした性依存性の様相自体が地域(国)によって異なることを見いだした。以上の結果は、生業転換が人々に及ぼす影響が、地域(国)・集落・性のような属性に依存することを示しており、その政策的な意味合いも大きい。
 本研究においては、生体試料の分析において、広範な化学物質を探索的に効率よく分析する手法の開発が必須であり、SBSE-TDS-GC/MSを数百種の化学種をカバーする相対定量データベースと組み合わせてスクリーニングする方法を確立した。この方法を用いて、収集した生体試料を測定し、フタル酸類をはじめとする多くの合成化学物質への曝露が起こっていることを見いだした。
 本研究では、アジアで起こっている生業の転換のプロセスが決して単一ではなく、その影響も性などの属性に依存して異なることを、比較可能で定量的なデータの解析によって示した。また、環境汚染が顕在化していない地域においても、すでに多くの化学物質への曝露が起こっている実態を明らかにすることができた。今後、生業転換自体の定量的解析を組み合わせて、異なる影響が現れるメカニズムを明らかにする作業を進める。

3.委員の指摘及び提言概要

 開発途上国における、生業転換(政策的(開発)、災害など)に起因する化学物質のヒト曝露と健康に及ぼす影響に関する研究は、きわめて興味深く、学術的・社会的必要性は高い。この研究では、日本の東アジアや東南アジアへの技術的援助で参考にすべきデータが集積されており、生業転換による正負の環境及び健康影響の解明は高く評価できる。ただ、調査対象の歴史や文化が多様であるため、一般性が少ないのは残念である。
 これは、化学物質の測定値と社会・文化データをもとに環境及び健康影響のプロセスを原因(政策)、変化、影響という3(X,Y,Z)評価軸でシステム的に分析したユニークな研究で充分に評価できる。今後、政策的提言と共に化学物質などの分析結果を、現地にどのように還元できるかが問題となろう。X,Y,Zの3評価軸への外的影響要件である気候変動シナリオ如何により、生業転換がより頻繁になるのか、適応可能か否か、どのような変化が生じるのかについて明らかにしていただきたい。
 全体としては成果が得られてはいるが、未解明な調査項目も多く、研究目標の達成度という点では不十分で、サブテーマ間の総合的考察もやや浅薄である。しかしながら、個々のサブテーマの研究成果の一部は学術的価値及びその波及効果が高いため、さらに解析を進めることが期待される。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名: H-064 気候変動に対処するための国際合意構築に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名: 亀山 康子 (国立環境研究所)

1.研究概要

 気候変動問題対処を目的とする京都議定書では、先進国等の2008-2012年の5年間に排出される温室効果ガス排出量に関して数量目標が課され、同時に、京都メカニズムや遵守手続き等の諸制度が新たに承認された。しかし、同議定書では第一約束期間終了後の排出削減目標設定を将来の交渉に委ねていたため、2013年以降の国際協調について早期に合意しなければならない状況にある。
 他方、近年、国連下の国際制度以外にも、地域レベル(例:欧州地域内排出量取引制度)や国内レベル(例:米国の州レベル排出量取引制度)で気候変動対策を目的とした独自の活動が年々増加しており、これらの活動と国連下での活動との関連性が問われている。
 当研究は、2013年以降の国際的取り組みに関して、望ましい国際制度のあり方、そのような国際制度に至る国際交渉プロセスのあり方、そして、気候変動枠組条約の外で着手されている国内外の活動と枠組条約との整合性の取り方について検討し、2013年以降の国際的取り組みの包括的指針を提示することを目的とする。
 サブテーマは次の6つである。
 (1)気候変動対処を目的とした国際レジームの構成要素となる諸制度の実施および今後の進展(What)に関する研究:将来枠組み、適応、インベントリーに関する研究
 (2)気候変動対処を目的とした国際レジームの構成要素となる諸制度の実施および今後の進展(What)に関する研究:国際排出量取引制度
 (3)気候変動対処を目的とした国際レジームの構成要素となる諸制度の実施および今後の進展(What)に関する研究:遵守手続き
 (4)気候変動対処を目的とした国際レジームの構成要素となる諸制度の実施および今後の進展(What)に関する研究:森林吸収源
 (5)気候変動対処を目的とした国際合意に至るプロセス(How)に関する研究:主要国
 (6)気候変動対処を目的とした国際合意に至るプロセス(How)に関する研究:アジア地域

2.研究の進捗状況

 [1]2013年以降の国際枠組みについて、具体的かつ包括的な提案を示すことができた。構成要素の中では、特に、長期目標設定、炭素市場のあり方、セクターアプローチの利用方法、途上国における排出量インベントリー作成等に関して、その重要性を認識して提案を掲げることができた。
 [2]上記提案を公にし、国内外にて活発な意見交換を行った。また必要に応じて上記提案を修正した。
 [3]交渉プロセスとしては、国連の下での交渉を中心としつつ、その他の地域的協力を生かして進めていくのが制度の観点から効率的という観点を提示できた。
 [4]上記プロセスにおいて国連とその他プロセスとの間の整合性を保つ方法として、地球総排出量および国ごとの排出量の設定、報告・審査手続きに関する規定を国連の下で確実に設けることの重要性を示した。
 [5]本研究の成果および成果に至るまでの諸研究活動において、政府や国内外研究者と多くの意見交換(ダイアログ)の機会を持ち、必要に応じて意見を反映しつつ提案を作り上げることにより、国際制度案の長所短所に関する共通認識を醸成できた。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究は、時代のニーズに適うものであり、全体として、目的は達成されており、諸制度の検討及び関係国の動向の横断的な紹介と現状分析によって、政策立案者に必要な情報が提供されている。制度の検討が個別になされ、研究グループとしての提案には到っていない印象があるが、研究参画者が個別に審議会その他で情報発信に努めていることは特記に値する。また、気候変動関連の国際交渉を構成している個別要素、国別ポジション、交渉過程などについて専門家を対象にしたデルファイ手法によるアンケート調査は評価される。国際政治における意思決定の遅れにより制度の枠組みの提示が研究者レベルでも困難であったのは理解できるが、研究成果の中における付録3の位置づけが不明である。
 サブテーマ(1)で、インベントリーの運用・実態とその課題が明らかにされたことは次期枠組みの論議へ寄与する。サブテーマ(3)では条約の遵守手続きに関する条約について制度構築を検討しており、すぐれた内容と提言を含む。サブテーマ(4)は、森林吸収源の制度的枠組みに対して貴重な知見を提供し、吸収源以外の森林機能をも統合的に活用できる制度枠組の必要性が指摘されている。しかしながら、やや独立した論点に立脚していて、排出源と同一のスキームで扱えるか否かの考えも定かでない。また、国際排出量取引制度はEUにおける政策の分析であり、情報提供としては貴重であるが、解釈にとどまる。
 サブテーマ(5)ではアジア諸国の参加を促すプロセス及び米国の事情が、サブテーマ(6)では、アジア諸国の事情の比較検討や国際政治に係る一般的・抽象的な論述が展開されるが、サブテーマ相互の関連が不明確である。サブテーマ(6)は荒く、成果としては乏しく、本研究全体のうちの意義を読み取れない。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b


研究課題名: RF-077 世代間・世代内リスクトレードオフと持続可能性(H18-20)

研究代表者氏名: 竹内 憲司 (神戸大学)

1.研究概要

 地球温暖化や残留性化学物質など、長期にわたる地球環境リスクをどのような原則に基づいて管理していくかが、大きな社会的課題となっている。「持続可能な発展」は、そうした原則の有力な候補であるものの、具体的な政策レベルに適用していくための操作可能性を備えたコンセプトではない。一方、リスクをどのような優先順位で削減していくかについて有益な指針を与えるものとして、経済学的な観点からの費用便益分析があるものの、これまでの研究は、現在世代のリスクを削減することに対する現在世代の評価を扱うものが中心であり、将来世代と現在世代との世代間にまたがる地球環境リスクや、先進国と途上国との幅広い現在世代内にまたがる地球環境リスクを扱っているものは少ない。こうした現状を踏まえて、地球環境政策の倫理的基礎を形成するコンセプトを人々の倫理観から抽出すること、さらに経済学的な分析手法を適用して、そうした倫理観を人々の行動パターンへと結びつけるための新たな方法論を模索することが、強く求められていると言える。
 本研究は、コンジョイント分析や仮想評価法といった近年発展のめざましい表明選好アプローチを応用した新たな評価手法を開発して、世代間・世代内にわたる地球環境リスク削減に対する人々の評価を明らかにし、長期的な地球環境政策を考える上での実践的な指針を提案するものである。サブテーマごとの研究目的は、以下のとおりである。
 サブテーマ(1)「リスク論に基づく持続可能な発展の経済理論」地球環境リスクの削減に対する評価をどのような倫理観が支えているか、またそれらの倫理観に基づく資源配分がいかに持続可能な発展につながるかについて、経済学的な観点から明らかにする。本研究プロジェクト全体にとって理論的支柱となるサブテーマと言える。
 サブテーマ(2)「世代間・世代内のリスク解析と管理原則」世代間・世代内にとって地球環境リスクがどのようなトレードオフ状況を引き起こすかについて検討をおこない、これらを管理していくための原則を具体化する。研究テーマを具体的なリスク管理事例へと結びつけるためのサブテーマであり、心理学や進化論といった他分野の研究テーマとの接合度が高い内容になる。
 サブテーマ(3)「コンジョイント分析を応用した評価手法の開発」コンジョイント分析を応用した新たなリスクの経済評価手法を開発し、世代間・世代内のリスクトレードオフに対する人々の選好を分析する。研究全体を通じて適用されるアンケート評価手法について、開発を担当するサブテーマである。

2.研究の進捗状況

 研究目的はおおむね達成された。地球環境リスク評価において割引率選択が与える影響の大きさが確認された他、計8回にわたるインターネット調査を通じて、1)一般市民に対するアンケート調査を通じて、規範的かつ実証的な割引率を推定することが地球環境政策の基礎付けとして重要な意義をもつこと、2)制度のデフォルト設定を変えることや、他人の参加率が上昇することで、個人の地球環境保護に対する寄付意思額が増加することが、明らかになった。

3.委員の指摘及び提言概要

 長期・蓄積・遅発性の環境リスク問題は世代間・地域間のリスク削減とリスク配分の問題であり、環境価値と倫理が直接的に関与する。本研究は、経済学と心理学の基礎的理論から定量的分析法を駆使し、この問題に厳密に取り組み、一応の成果を挙げている。惜しいことには、プロジェクトの参画者がコンジョイント分析のための同一のインターネット・アンケートを共用しているが、協働による研究枠組までは練り上げられておらず、各々が個別の主張に終わっている。この方面の若手研究者が少ないので、今後の協働作業を期待したい。
 倫理観と資源配分及び持続可能性への影響については何が明らかになったかよくわからない。また、この研究成果がどのような形で政策に反映され得るのか、結果の解釈が抽象的で、もう少し明確な現実的応用性を持つような形で結果を解釈し表現すべきであろう。論文発表がなく、今後の努力が強く望まれる。

4.評点

総合評点:C
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:c
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:c


研究課題名: RF-078 アジアにおけるバイオ燃料の持続的需給システムの構築に関する研究(H19-20)

研究代表者氏名: 丸山 敦史(千葉大学)

1.研究概要

 地球温暖化対策として、バイオ燃料の利用が世界規模で拡大している。バイオ燃料の利用拡大が急速かつ大規模に起これば、燃料生産プラントの規模拡大と原料作物の栽培増加に強い圧力がかかり、地域の環境と社会システムを急激に変化させる可能性が高い。本研究は、日本にとって経済外交政策上の重要性が増大しているアジア諸国を取り上げ、バイオ燃料の持続可能な需給システムを構築するために必要な政策的要件が何かについて多面的に検討するものである。
 次の5つのサブテーマを設ける。
 (1) アジア各国の需要動向と持続可能な需要システムの構築に関する研究
 (2) フィリピン産バイオ燃料の利用に伴う自動車性能及び環境性能に関する研究
 (3) アジアにおける大規模なバイオ燃料供給の持続可能なシステム構築に関する研究
 (4) フィリピンにおけるバイオ燃料原料生産の拡大に伴う環境及び社会システムへの影響に関する研究
 (5) アジア圏での持続可能なバイオ燃料の利用を可能にするための社会的要件に関する研究

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)では新たな需要予測モデルを提示し、日本では自動車交通需要の飽和と相まってガソリン消費量は今後ほぼ横ばいから減少に転じると推計されるが、アジアでは燃費向上を上回る需要の増加により2050年までガソリン需要は増加を続ける見通しであることを示した。次に、サブテーマ(2)では、フィリピンで市販されているバイオ混合燃料をサンプリングし性状分析を行った。その品質はフィリピン国内規格、アジア国際規格を満たしており、品質面での環境負荷は小さいことを明らかにした。また、サブテーマ(3)では、アジアにおける原料作物の生産可能性を分析した。その結果、日本が輸入することとなるバイオエタノールについて、インド、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンのうちインドのケースを除き、現状の耕作面積では予測された需要量の増大を賄うことは出来ないであろうことが示された。サブテーマ(4)では、フィリピンでの原料作物の生産構造を分析した結果、技術普及などのソフト面を通じての増収対策はあまり効果的とは言えず、増収のためには農地の外延的な拡大や肥料を多投した栽培形態に依存する可能性が高いことが示された。更に、衛星画像の解析から、相対的に標高が高い場所にも原料作物の栽培が広がることも明らかになった。この様な状況下では、適切な生産管理が必要となろう。最後に、サブテーマ(5)では、生産国と消費国の双方で経済的便益が最大になるようにバイオ燃料混合率が決定されるというモデルを構築し、地域貿易の成立可能性について検討した。分析結果は、様々な条件が付帯するものの、距離が近い日本-ASEANの地域貿易は双方に潜在的メリットがあることを示した。これらの知見は、アジア圏での需給システムを構築することには中長期的便益が認められうること、同時に、貿易を持続可能なものにするためには生産国への環境技術や資金面での支援が必須であることを示している。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究はアジアにおけるバイオ燃料の持続的需給システムに関する研究である。フィリピンのサトウキビからのバイオエタノール生成について、モデルと現地調査を巧みに組み合わせて研究を進めているが、インドネシアなどの持続性調査により食料や飼料と直接的に競合するキャッサバからのエタノール生成の研究も必要となろう。また、他研究との比較考察や現地調査での踏み込みがやや弱かった。しかしながら、バイオマス燃料の利用については、アジアにどの程度の供給ポテンシャルがあり、今後どの程度の需要が見込まれるかについての情報取得は評価されてよい。
 2050年を目標とした燃料消費量の予測では、アジア各国のモータリゼーションが、現状では初期段階であるにも関わらず、前提として日本の現状を基礎に推定したことには無理があろう。また、低公害車として、バイオ燃料車のほかに、ハイブリッド車、さらに電気自動車の普及が予想されており、自動車に占めるバイオ燃料車の相対的な位置づけがどう変わるのかも気になる。しかし、全体として、フィリピンでの現地調査も含め、研究内容には一定の評価ができる。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b


研究課題名: RF-079 企業の環境対応の促進要因と効果に関する研究(H19-20)

研究代表者氏名: 記虎 優子 (同志社女子大学)

1.研究概要

 企業が社会的責任(CSR)に対する取組みの一環として地球環境問題に積極的に取り組んでいくべきことは、最近では広く認識されるようになっている。しかし、具体的なCSRの取組みは、企業によって異なり、多岐に渡っている。それだけに、企業がなぜCSR対応に自発的に取り組むのか、またそれによって企業が実際に何らかのメリットを享受できているのかについて十分には解明されていない状況にある。
 本研究の目的は、企業の環境対応やCSR対応を促進している要因は何か、そして企業が環境対応やCSR対応に取り組む結果として得ている効果は何かを、解明することである。本研究は2つのサブテーマから構成されている。サブテーマ(1)の研究目的は、企業の情報開示を中心に、企業の環境対応を含むCSR対応の促進要因と効果を非財務的尺度に着目して解明することである。サブテーマ(2)の目的は、CSRの取組みが証券市場においてどのように評価されているのか、そしてそれを前提として企業がどのように行動するのかを解明することである。
 (1) 企業の環境対応(環境ディスクロージャーおよび環境会計を含む)の促進要因と効果に関する研究
   ―特に非財務的尺度に着目して―
 (2) 企業の環境対応(環境ディスクロージャーおよび環境会計を含む)と証券市場の関係に関する研究 x

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)では、CSRに対する基本方針のテキスト型データに対してテキストマイニングを行うことで、CSRに対する各企業の捉え方や考え方を追究した。そして、この結果を踏まえて、日本では実務界を中心に、CSRとコーポレート・ガバナンスを表裏一体とみる見解が広がりつつあるが、こうした見解とは相反する実証的証拠を提示した。また、企業の情報開示の規定要因の1つに、CSRに対する捉え方や考え方という定性的な企業特性があることを実証的に示した。そして、企業の情報開示という具体的なCSRの取組みが、CSRに対する捉え方や考え方と整合的に実践されていることを実証的に明らかにした。以上のほか、CSR指標やコーポレート・レピュテーションといった非財務的尺度に着目することで、企業が戦略的なステークホルダー対応としてのCSRの取組みの一環として情報開示に取組み、その結果としてもくろみどおりに多様なステークホルダーと良好な信頼関係を構築・維持することができていることを実証的に示した。
 サブテーマ(2)では、資本市場理論を中心としたファイナンス的観点から、企業の環境対応やCSR対応と証券市場の関係について、理論的・実証的証拠を提示した。まず、均衡理論の枠組みを用いて、啓発された投資家の増加によって、CSR投資を行わない企業だけでなく、CSR投資を行った企業のディスクロージャー水準も増加することを理論的に示した。さらに、証券市場は短期的にはCSR投資に関する情報に必ずしも好意的な反応を示さないが、社会的責任投資(SRI)ファンドのリターンは長期的にはリスクに見合った低いものとなっていることや、CSRの取組みが企業特有のリスクを低減させることを実証的に示した。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究では、企業の環境対応及び社会的責任(CSR)の決定要因の定量的分析により、精度の高い結果が得られており、高く評価できる。この研究の対象は今まで本格的には検討されなかった研究テーマであり、企業の発信する情報を丹念に解析し、新たな研究手法を取り入れた分析であり、定量的な測定が困難な事項の評価法開発の試みとしても意義がある。
 サブテーマ(1)は、企業の開示データを素材として分析するが、これにもとづく企業の類型化の整理と、情報開示の実際との考察結果は常識的で納得できる。しかしながら、同尺度で解析可能な項目に限定した定量的分析で、個別業種の特性把握と企業の環境への取組みの態様や多様性の分析を欠くため、環境政策への活用性が期待しづらく、地球環境研究の成果としては、やや期待はずれである。サブテーマ(2)も企業のCSR活動の証券市場への影響に関する基礎モデルがないため、どのルートを経由して証券市場に影響するかが不明であるが、極めて先進的な解析であるため、海外の専門誌への投稿を強く薦めたい。なお、企業の環境対応の構造が明らかにされた点は充分に評価できる。市場の比較的安定した2005~2007年のデータに基づく研究であるため、今後、景気後退期を含む長期のデータと企業インタビューによる分析が望まれる。また、株主(企業間、大口、個人投資家)、消費者、経営者、管理職従業員、一般従業員を含む対象ステークホルダーの要因分析も必要になろう。

4.評点

総合評点:B
 必要性の観点(科学的・技術的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント・研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b