研究課題別 中間評価結果(戦略課題)


研究課題名:S-4 温暖化の危険な水準及び温室効果ガス安定化レベル検討のための温暖化影響の総合的評価に関する研究(H17-21)

研究代表者氏名:三村信男 (茨城大学)

1.研究概要

 気候変動枠組条約が掲げる究極的な目標は「地球の気候系に対し危険な人為的干渉を及ぼすことにならない水準において、大気中の温室効果ガスの濃度を安定させること」である。そのため、温暖化の危険な水準と温室効果ガス(GHG)の安定化濃度について科学的に明らかにすることが緊急課題となっている。今年発表されたIPCC第4次評価報告書は、2~3℃の気温上昇によって世界規模で大きな経済的影響が生じることを指摘しており、また、ドイツG8サミットは、2050年までに少なくとも50%の排出削減をめざすという目標を今後真剣に検討することで合意した。今後、これらに沿って、京都議定書第1約束期間以降の具体的枠組みの構想が進むと考えられるが、その基礎として温暖化の危険な水準及び安定化濃度に関する科学的検討が重要な課題になっている。
 上記の社会的要請に応えるべく平成17年度から開始された本研究プロジェクトは、第I期3年(平成17年度から平成19年度)及び第II期2年(平成20年度から平成21年度)の5年間にわたる戦略研究プロジェクトである。本プロジェクトでは、地域的には我が国及びアジア地域を、時間的には2050年頃までに重点をおきつつ今世紀末までを対象として、以下の目標を実現するために統合的な研究を推進する。

  1. [1] わが国及びアジア・太平洋地域を対象にして、主要な分野における温暖化影響に関して定量的で明確な知見を提供すること。
  2. [2] わが国への影響と安定化濃度との関係を総合的に示すこと。
  3. [3] 温暖化影響の視点から達成すべき気候安定化の水準を提案すること。

 そのため、7つの個別テーマの研究を実施すると共に、アドバイザリーボードの助言を受けて、効率的かつ相互に連携のとれたプロジェクト運営を行う。サブテーマは以下の7つである。

  1. S-4-1 統合評価モデルによる温暖化の危険な水準と安定化経路に関する研究
  2. S-4-2(1) 温暖化による水資源への影響予測に関する研究
  3. S-4-2(2) 健康面から見た温暖化の危険性水準情報の高度化に関する研究
  4. S-4-2(3) アジア地域のコメ生産に対する温暖化影響の確率的リスク評価
  5. S-4-2(4) 温暖化の森林への影響と脆弱性の評価に関する研究
  6. S-4-2(5) 沿岸域における気候変動の複合的災害影響・リスクの定量評価と適応策に関する研究
  7. S-4-2(6) 地球環境政策オプション評価のための環境・資源統合評価モデルの開発に関する研究

2.研究の進捗状況

1)研究方法

 全体的な目標の実現にむけて、平成17年度及び平成18年度は、以下の目標に設定した。

<平成17年度>

 [1]影響分野別にモデル開発・リスク解析の準備、[2]分野毎の影響評価モデルの高度化、[3]分野毎に温暖化影響関数の開発に必要な各種情報の収集・分析、[4]共通シナリオの開発、[5]総合評価モデルの開発を開始。

<平成18年度>

 [1]影響予測モデルおよび予測分析手法の精緻化、[2]温暖化影響関数とリスクマップの作成、[3]分野毎の適応策の検討及び適応策のコンセプトと技術メニューの整理、[4]分野毎の経済評価手法の検討、[5]影響関数の統合評価モデルへの集約、[6]排出・影響予測総合評価モデルによる温室効果ガスの安定化排出経路の検討、及び、[7]温暖化の危険な水準すなわち達成すべき気候安定化の水準を研究し、温暖化抑制政策へ反映させる方法の検討。
 研究実施にあたっては、全体目標の達成のために統合した成果の創出と分野ごとに特色ある研究成果を生み出すことという2つの目標のバランスに留意した。目標・方法を共有した統合した成果では、共通の気候シナリオの提供、社会経済データの共有、影響指標の整理、共通成果としての温暖化感度関数と影響マップの構築、適応シナリオの共通化などを図った。影響評価各サブ・グループではそれぞれの対象に応じて影響評価手法の高度化・精緻化を行うと共に、統括班ではこれらの成果を統合する総合評価モデルの構築を進めた。
 平成19年度は、第I期の目標である、わが国を対象にした温暖化の影響の総合的把握と適応策の提案を完成させるとともに、第II期の取り組みを準備している。第II期では、[1]開発したモデルや解析手法の高度化と同時に、アジア・太平洋地域を対象とした温暖化影響評価の展開、[2]我が国及びアジア・太平洋地域を対象とした温暖化影響への適応策の評価、[3]分野別の影響関数を統合評価モデルに組み込んで影響の定量的推計を行い、気候安定化の水準を検討する計画である。

2)結果・考察 

表1 平成18年度までに得られた研究成果一覧

サブ
課題
影響評価手法の
高度化
リスクマップ 影響関数 適応策 経済
評価
統合
評価
日本 AP 日本 AP 日本 AP メニュー
水資源班
S-4-2(1)
A B B B B C B
健康班
S-4-2(2)
A B B B B B B
農業班
S-4-2(3)
A B A B+ A B B
森林班
S-4-2(4)
A C A C A C B
沿岸班
S-4-2(5)
A A A B B B B ○経
A:ほぼすべてのサブサブ課題で達成、B: 一つ以上のサブサブ課題で達成、
C:研究中
AP:アジア・太平洋地域
○:独自に開発,経:経済班と協力,□:統合評価モデルに格納  

これまでの研究によって得られた成果を表1に示すとともに、以下に列記する

  1. [1] 渇水リスク、熱ストレスによる超過死亡リスク、コメ収量変化、ブナ林・チシマザサ分布適域、高潮浸水リスク等の指標において、将来(2100年まで)の温暖化影響による全国的リスクマップを提示した。
  2. [2] 個別地域を対象としたリスクマップも多数提示された。土砂災害発生リスクや河川堤防脆弱性リスクなど幾つかの指標においては、現状のリスクを定量的に評価し、今後の影響リスクマップの開発の基礎となる成果を得た。これらの中には、わが国で初めて評価された項目も含まれている。
  3. [3] 熱ストレスによる超過死亡リスク、ブナ林分布適域、コメ収量などの複数の指標で、影響関数を構築した。ブナ林分布域の影響関数は統合評価モデルに組み込まれ、BaU(なりゆき)ケースと温室効果ガス濃度475ppm安定化ケースの2ケースにおける全国規模の影響評価が実施された。
  4. [4] S-4-2(6)(経済評価班)では、個別分野(健康、生態、米生産、洪水、渇水、高潮、海岸の砂浜と干潟、地震時の液状化現象への影響)の経済評価手法を提案し、プロジェクト全体で統合した経済評価を行う枠組みを可能とした。
  5. [5] 適応策のコンセプトと技術メニューについての整理を行った。コメ生産に対して適応の有無による将来の収量変化を定量的に評価した研究(S-4-2(3))は先進的な成果である。
  6. [6] 平成19年度以降の研究計画に設定されているアジア域への拡大に関して、既に水資源、農業、健康、沿岸域などの分野で広域予測手法が開発されつつあり、準備が進んでいる。
  7. [7] S-4-1では、平成17年から継続して、影響関数を組み込み世界の国別・分野別の温暖化影響評価を実施するための統合評価モデルの開発を進めた。日本の県別・分野別の影響関数を組み込む仕様を開発し、2000年から2100年までの影響評価実施を可能とした。それを用いて、温暖化抑制目標の有無による温暖化の悪影響が発生する可能性とその時期を具体的に検討した。

 以上のように、平成17および18年度に目標としたほとんどの分野で研究目標を達成しつつあり、現在までの研究の進展は順調であると考えられる。この中で、分野ごとの適応策に関する研究(平成18年度目標[3])がやや遅れているが、それは、影響予測の精緻化とリスクマップ・影響関数の開発に注力したためであり、平成19年度以降適応策に関する研究を強化している。
 このような成果をあげたのは、最低年2回研究組織の全体会合を開いて、統合した研究方針を確認しつつ研究を進めたこと、その際に、アドバイザリーボードの助言を受けることで的確な方針の修正や深化が可能であったことが大きな要因である。
 

3)本研究によって得られた成果
(1)科学的意義

 本研究では、平成19年度までの第I期において、わが国を主たる対象にして分野別の影響(水資源、健康、農業、生態系、沿岸域・防災)を定量的に評価する手法を高度化した。これを用いて、いくつかの分野で将来の潜在的影響の分布を示すリスクマップ(全国および地域評価)を提示した。同時に、河川堤防の土質と洪水脆弱性の地域比較など従来にない研究成果を得た。また、温暖化と影響の程度の関係を示す温暖化影響関数を求めており、この影響関数を格納することによって、精緻かつ現実的な影響推計を実施する統合評価モデルを構築しつつある。この統合評価モデルによって、種々の温暖化抑制目標に対して、「危険な影響」の発生可能性と発生時期を検討することが可能となる。以上のように、本研究では、個別分野における高度な影響手法の開発及び新規分野の開拓、さらに統合評価手法の構築の両面で、大きな科学的成果があがっている。

(2)地球環境政策への貢献

 本研究でこれまでに得られた、我が国及びアジア・太平洋地域、さらに全球規模の影響予測に関する成果は、気候政策に対して極めて重要な基本的知見を提供するものである。温暖化影響のリスクマップによって、各分野でもっとも厳しい影響を受ける地域(ホットスポット)の特定が可能となった。さらに、適応策の有無あるいは緩和策の有無による影響量の変化を示したことも、同じく政策的な意味が大きい。また、本研究班の4名のメンバーはIPCC第2作業部会の執筆責任者であり、IPCCの第4次報告書に対してこれらの成果の反映に努力した。

4)特記事項

 48編査読付き論文を発表したほか、H18年度地球環境研究総合推進費公開シンポジウムにて本研究から得られた成果を4人のメンバーが発表し、5人のメンバーがパネルディスカッションに参加するなど、成果を活発に社会に公表した。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究課題は、IPCC第4次報告書で、近年の温暖化影響が人為的行動の結果であると結論されている中で、CO2削減を進めるため、科学的にも政策的にも極めて重要なテーマであり、そのためには、科学的客観的、且つ社会的にも認知される研究手法を確立する必要がある。現在の研究成果を概観すると、当初の研究目標や研究目的に基づいて、全体としてはほぼ順調に研究が進められていると判断される。しかし、つぎに示すような問題点があるので、後期2年間の研究目的を、どれに重点をおいて実施すべきかもう一度再構築して、目的を達成されるよう、さらに努力して頂きたい。
 影響予測では、50/100年後だけでなく、50年後までの適当な年度毎の影響予測を、明らかにしていただきたい。
 影響予測とともに、適応策あるいは緩和策は、日本の中でも県レベルや対象領域によって、きめ細かい対応をしていただきたい。
 各サブテーマで用いられている予測モデルを、可能な限り、検証するシステムを構築していただきたい。
 サブテーマ1と、他の6つのサブテーマ2-(1)~2-(6)との連携がまだ不十分である。たとえば、影響関数では世界モデルと各日本版モデルとの整合性などが明らかになるように、テーマリーダーは強いリーダーシップを発揮していただきたい。
 サブテーマ2-(6)の経済評価は、初めて試算したという積極的な意義は評価出来るが、各分野のサブテーマ2-(1)~2-(5)との連携が不明確であり、また、この結果を課題全体の中でどのように位置づけるのか、十分な議論をしていただきたい。
 本研究から得られる政策提言が国際社会に受け入れられるためにも、国際的知名度の高い科学雑誌へ積極的に投稿していただきたい。
 これらの手法を用いて、アジアへの展開が進められているが、現状の研究の進展段階に差があること、また、後期2年間ではアジア域での成果をあげることが困難と判断されるサブテーマがあるので、全サブテーマがそろってアジアに展開する必要はなく、絞っていただきたい。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2-(1):b
 サブテーマ2-(2):b
 サブテーマ2-(3):c
 サブテーマ2-(4):b
 サブテーマ2-(5):b
 サブテーマ2-(6):c


研究課題名:S-4-1 統合評価モデルによる温暖化の危険な水準と安定化経路に関する研究(H17-21)

研究代表者氏名:原沢英夫 (国立環境研究所)

1.研究概要

 温暖化影響が既に顕在化しており、今後、さらなる悪化が懸念されている。気候を安定化させるために、目指すべき温室効果ガス安定化濃度、温室効果ガス排出削減策やそのコスト、様々な分野における温暖化影響リスクを統合的に評価する研究が求められている。本研究課題では、温暖化抑制目標とそれを実現するための経済効率的な排出経路、および同目標下での影響・リスクを総合的に解析・評価するための統合評価モデルを開発し、種々の抑制目標を前提とした場合の、避けるべき「危険な影響」が発生する可能性とその発生時期を提示することを目的としている。
 サブサブテーマはつぎの3つである。

  1. (1) 温暖化抑制目標に関する既存知見の整理と、評価基準・評価手法の検討
  2. (2) 温暖化影響の全球プロセスモデルを用いた分野別影響関数(世界)の開発に関する研究
  3. (3) 統合評価モデルを用いた温暖化の危険な水準および安定化経路の評価に関する研究

2.研究の進捗状況

  1. 1)研究方法:複数分野を対象とした影響評価モデル群を用いて全球国別の温暖化影響関数(サブサブテーマ(2))を作成し、その関数を組み込んだ統合評価モデルを開発する(サブサブテーマ(3))。統合評価モデルを用いて、種々の温暖化抑制目標下の、「危険な影響」が発生する可能性とその発生時期を提示する。避けるべき「危険な影響」を如何に決定すべきかについては、衡平性、予防原則、不確実性といった観点から、新たな方法論・概念を開発する(サブサブテーマ(1))。
  2. 2)結果・考察:まず、避けるべき「危険な影響」を考慮した気候安定化レベルの判断を支援するために、既存の温暖化影響の科学的知見を整理し、それらを収録した温暖化影響データベースを開発した。次に、農業・健康・水資源分野における世界の国別影響関数を組み込んだ統合評価モデルの開発を進め、2000年から2100年までの時系列的な影響評価実施を可能とした。さらに、いくつかの温暖化抑制目標を想定し、その想定下での温暖化影響量について時系列的な解析を行った。また、サブテーマ2(1)~(6)で実施される日本域を対象とした分野別の影響予測・経済評価研究の結果を県別影響関数として組み込む仕様も開発した。さらに、S-4共通シナリオとして利用するための「気候・社会経済シナリオデータベース」も開発した。
  3. 3)本研究によって得られた成果:(1)温暖化影響データベースの開発により、科学的知見の体系的な整理・蓄積が可能となった。長期目標の合意形成に資するものと期待できる。(2)影響関数が統合評価モデルに実装され、分野間の影響の相互比較が容易にできるようになることは従来にほとんどなかった成果であり、学術的意義が非常に大きい。(3)世界の熱ストレスによる超過死亡数、コメ・コムギの潜在生産性変化および再生可能水資源量に関する影響評価の結果は、厳しい安定化濃度目標を設定した場合、いずれも影響の軽減を期待できることを示した。しかしながら、厳しい安定化目標を達成し得たとしても、依然深刻な影響を免れ得ない国があることや、安定化目標達成のためには緊急で大幅な温室効果ガス削減に取り組まなくてはならず、費用対効果も考えた統合的な評価が必要であることも同時に明らかとなったことは極めて貴重な成果である。
  4. 4)特記事項
     IPCC第四次評価報告書への貢献、査読付き論文 11報

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究は、温暖化によるさまざまなリスクを影響関数という形で統合評価モデルに組み込み、その影響を総合評価するもので、当初の成果が得られれば、現実の政策決定で有力なツールになるので、さらに努力していただきたい。
 ここで用いられている影響関数は、温度だけにしたので、異なった分野の結果が同じ尺度で評価されるので、わかりやすいという利点があり、評価できる。
 しかし、同時に、降水量や日射量など他の気候変数も考慮できるよう、また、平均値だけでなく、大雨や干ばつなどの異常気象にも対応できるよう、さらには、どこで危険域を超えるかという閾値も考慮できるよう、極力いろいろな角度から評価できるように、さらに努力していただきたい。
 課題全体でも指摘したが、個別分野の各サブテーマとの連携を十分にとって、整合性のあるモデルを構築していただきたい。とくに、サブテーマ2-(6)とはお互いに十分に議論して、社会経済的にも有用なものにしていただきたい。

4.評点

 総合評点:b


研究課題名:S-4-2(1) 温暖化による水資源への影響予測に関する研究(H17-19)

研究代表者氏名:風間 聡 (東北大学)

1.研究概要

 温暖化による水資源の影響を客観的に総合定量評価することを目的とする。水資源を農業用水、都市用水(=生活用水+工業用水)、水災害(渇水、洪水)、可能水資源量に分けて評価する。それぞれの入力変数として、温暖化に伴う水循環の変化、人口の増減、開発の度合、経済構造の変化、造水技術の進歩等を考える。各評価を包括し、水需給量と経済性から総合評価を行う。
 サブサブテーマはつぎの5つである。

  1. (1) 温暖化各レベルに対応する水資源管理への総合影響評価
  2. (2) 温暖化各レベルに対応する農業水需給への影響と適応策
  3. (3) 地球温暖化にともなう都市水システムへの影響評価
  4. (4) 温暖化各レベルに対応する水資源マネジメントの政策オプション
  5. (5) 温暖化各レベルに対応する洪水リスクの増減評価

2.研究の進捗状況

  1. 1)研究方法:日本,全球の数値地図データの収集を行い,数値モデルによるシミュレーションによって,温暖化による水資源,洪水の被害について定量的な解析を行った。また,これらのモデルを検証するために,観測によるデータ収集を行った。こうした種々の基盤データの整備を行うと同時にそれらのデータを用いた発展研究を実施し,気候変動が水資源に及ぼす伝播過程を明らかにする。
  2. 2)結果・考察:それぞれの課題が各水資源量の推定関数の構築を目指し、データ収集とそれらの解析手法の構築を試みた。これらは、過程研究と日本全域の両方向から解析が進められた結果である。日本全域適用のためのプラットフォームを完成させ、相互の結果の導入を容易にした。具体的には,豪雨と渇水再現期間毎について日本全域の分布データならびに,積雪モデルによる1km解像度の積雪水資源量データを作成した。これらをもとに,土砂災害確率モデルによる災害リスクマップならびに,2次元不等流モデルと洪水被害便益マニュアルによる浸水被害マップを基盤データとして整備した。これらの基盤データを利用して,積雪水資源の脆弱地域判定,ダム湖の堆砂量推定,水質悪化予測モデルの構築,農業用水ストレスを評価した。また,世界の水資源についても気候モデルと流出分布モデルの組み合わせから水資源分布マップを作成,水ストレスマップを2100年まで作成した。
  3. 3)本研究によって得られた成果:2年間の研究成果として,斜面災害被害予測,洪水被害予測,積雪水資源予測が可能になった。水質予測と適応策,水需給バランスの地域比較,世界の水資源分布を図示した。これらの基盤データによって包括的かつ総合的な水資源解析が可能である。
  4. 4)特記事項:研究成果の一部がサイエンス誌(Oki, T. and S. Kanae:Science, 313,5790,1068-1072, (2006)“Global hydrological cycles and world water resources”)に掲載された。

3.委員の指摘及び提言概要

 水資源は、世界的に重要な課題であり、各サブサブテーマの間では、進捗状況に差があるが、全体としてはほぼ順調に進んでおり、評価できる。
 しかし、サブテーマ1との関係が、お互いに連携をもって進むように、努力していただきたい。
 また、他のサブテーマ、たとえばサブテーマ2(3)とは、農業用水という点で非常に密接に関係があるので、相互の連携を密にしていただきたい。
 都市水システムへの影響評価では、現段階では説得力にかけているという評価もあるので、さらに、水源地でのストック量の予測や、さらに地下水資源も視野にいれて、より明確な成果を出していただきたい。
 水資源は、日本だけでなく、アジアや世界規模での研究も必要である。しかし、本研究で開発した手法を、アジアで適用する場合には、各国あるいは各地域での個別の状況を十分に把握した上で、その限界を明確にして、影響予測等を考慮していただきたい。
 したがって、後期2年間では、地域的にはどこに重点をおいて、対象をどの影響予測研究に絞っていくのか、サブテーマ1との連携を重点におきながら、十分な議論をしていただきたい。

4.評点

 総合評点:b


研究課題名:S-4-2(2) 健康面からみた温暖化の危険性水準情報の高度化に関する研究(H17-21)

研究代表者氏名:小野雅司 (国立環境研究所)

1.研究概要

 本課題では、温暖化により予想される様々な健康影響の中で、日本を含む先進国で特に問題になると思われる死亡リスク、熱中症・熱ストレス、大気汚染(光化学オキシダント)による影響と、アジアを含む亜熱帯~温帯の途上国で大きな問題となる動物媒介性感染症に焦点をあて、リスクマップの作成を行う。また、異なる影響を比較とするため、指標の統合化(DALYs)と経済評価を行う。
 サブサブテーマはつぎの5つである。

  1. (1) 適応策を考慮した温暖化の健康リスクの定量化・経済指標化とマッピング
  2. (2) 温暖化と死亡リスクに関する研究
  3. (3) 温暖化と熱中症・熱ストレスに関する研究
  4. (4) 温暖化に伴う大気汚染のリスクに関する研究
  5. (5) 節足動物媒介性感染症の発生に及ぼす地球温暖化の影響予測に関する研究

2.研究の進捗状況

  1. 1)研究方法:それぞれの影響分野(サブサブテーマ)において、既存データの収集、解析により、第一段階の目標である温度・影響関数を構築した。これら温度・影響関数にもとづいて、リスクマップの作成を行った。また、各影響指標の統合化(DALYs)について検討した。
  2. 2)結果と考察:各サブサブテーマにおいて、温度・影響関数を構築した。今後さらに精緻化をはかる。サブサブテーマ(2)、(4)においては、これらの温度・影響関数に基づいて日本全域あるいは主要大都市圏(関東、関西、中京)を対象にリスクマップを作成するとともに、リスクの定量評価を行った。また、サブサブテーマ(5)においては、感染症の潜在リスク(媒介蚊の分布域拡大)についてのマップ化を行った。今後、我が国での再流行のリスク評価について検討を行う。
      わが国の将来人口等に関するデータベースの構築を行い、サブサブグループ間でのデータの一元化・共有化をはかった。予備的検討の結果、温暖化に伴う熱ストレスのDALYsは132,960となった。
  3. 3)本研究で得られた成果:
    • 死亡リスクに関して至適温度(死亡率が最低となる温度)の検討を行い、各地の至適温度が日最高気温の年間85パーセンタイルになることを明らかにした。これにより、温度・影響関数の標準化が可能となった。
    • 熱中症に関して、救急搬送患者に基づいての温度・影響関数の構築が可能となった。
    • 気温との単純な相関では推定できない将来のオゾン濃度について、温暖化を考慮した気象モデルに基づき推計する方法を具体的に提示した。
    • デング熱媒介蚊ヒトスジシマカの分布域北限を明らかにするとともに、その北上を確認した。また、フィールド調査で得られた結果をもとに、MIROC(K1)モデルを用いて将来予測を行い、急激な分布(可能)域の拡大を明らかにした。

3.委員の指摘及び提言概要

 一般の人にとっても関心があるテーマであり、わかりやすいかたちで成果が示されているので、評価できる。
 しかし、影響解析では、地域レベルに対応した形で成果を示す必要がある。たとえば、熱中症では、冷房装置の普及程度は、東京と北海道では大きく異なるので、そのような要因も考慮して解析していただきたい。
 また、とくに熱中症などに対する適応策に関する分析もしていただきたい。
 さらに、より詳細な死因分類や、光化学大気汚染の影響では死亡以外の症状なども、考慮して解析していただきたい。
 光化学大気汚染に関しては、東アジアからの越境汚染による影響も無視できないので、季節を夏期から暖侯期に広げて解析していただきたい。
 方法論として、今後進める予定の熱ストレスの各指標の統合評価方法(DALYs)の妥当性を確認していただきたい。
 アジア地域を対象とする場合、対象地域をどこに限定して、どのような手法を用いるのか、不明なので、現地の関係者と充分に議論された上で、実施していただきたい。
 今年の夏の酷暑による健康影響について、早急に解析し、これまでの成果と併せて、総合的に予測影響評価を提示していただきたい。

4.評点

 総合評点:b
 


研究課題名:S-4-2(3) アジア地域のコメ生産に対する温暖化影響の確率的リスク評価 (H17-21)

研究代表者氏名:横沢正幸 (農業環境技術研究所)

1.研究概要

 わが国、中国、タイ、ベトナムを対象として、気候変動に対するコメ生産量変動のリスク評価を行う。また、生産量変動に連動するコメ市場価格の変動ともあわせて経済的評価も行う。具体的には、各対象地域の特性を反映した広域コメ収量予測モデルを作成し、複数の気候変化シナリオを用いて対象国別コメ生産量の環境変動応答を確率的に評価する。その結果を世界食料需給モデルに導入してコメの国際価格変動の観点から経済評価を行う。
 サブサブテーマは次の3つである。
(1)気候変動によるコメ生産量変動の確率的評価手法の開発と評価に関する研究
(2)中国におけるコメ生産量変動の確率的リスク評価に関する研究
(3)温暖化が世界の食料市場に及ぼす影響の予測と価格変動リスク評価に関する研究

2.研究の進捗状況

  1. 1)研究方法:生産量変動リスク評価は広域コメ収量推定モデルをベースとする。わが国については、県平均収量を推定する機構的モデルを開発し、過去の統計データに基づきパラメータ決定・検証を行った。全国平均で出穂日については5日以内、収量については0.5 t/ha以内で推定できた。中国については、主要コメ生産地域を抽出し、試験結果に基づいて環境応答モデル(CERES-Rice Ver. 4.0)のパラメータを設定した。また、4つのSRES温室効果ガス排出シナリオと5つのGCMの組み合わせ計20ケースの気候変化シナリオを地域別、日別にダウンスケーリングしたデータを準備した。世界食料モデルについては、単収予測関数を国別の気温、降水量を入力とする影響関数とし、それらの国別パラメータを決定するとともにモデルの確率モデル化を行った。
  2. 2)結果・考察:わが国のコメ収量について、気候変化シナリオ(RCM20 ver.2)の下では、2031~2050年には現在より0.5~1.5t/ha減収、2081~2100年には北海道、青森などで増収になるが、その他では減収(<1t/ha)となることが示された。中国の主要地域では、気温上昇が大きいほど収量減少が顕著であり、適応策(最適栽培期間の適用)を施した場合の効果は気温上昇が小さいほど大きいこと、CO2施肥効果は顕著であり、適応策とあわせることで収量が増大する確率が大きくなることが推定された。世界食料需給に対する影響については、コメの単収の気温に関する弾力性は、東アジア地域で正値であるが、インドとアメリカでは大きな負値であり、全世界の生産量変動は小さいことが示唆された。
  3. 3)本研究によって得られた成果:この2年間(H18~19)で、個別地域でのコメ収量変動のリスク評価ならびに、世界の需給関係を通した市場価格への影響について経済リスク評価を包括的に行う準備ができた。

3.委員の指摘及び提言概要

 気温と降水量を変数とした影響関数を用い、また、中国に関してはマルチアンサンブル手法を用いて不確実性を考慮するなどして、モデルを改良して成果を上げていることは、評価できる。
 なお、「この影響関数の設定の仕方に問題がある」、「確率的リスク評価になっていないのでこれを実施するように」などの指摘もあるので、さらに精査していただきたい。
 また、異なった対象地域(日本、中国、ベトナム)では、異なったモデルが使用されており、これらのモデル間の関係が議論されていないので、それらのモデル間での整合性を示していただきたい。
 適応策として、移植日の移動、品種改良、施肥管理が取り上げられているが、その他にも重要な策として、水管理などがある。米生産の場合は、県や地域レベルでのきめ細かい適応策を検討していただきたい。
 温暖化に伴う極端現象(干ばつ、水害など)の増加は、モンスーンアジアでも予測されているので、それらに対応した研究もすすめていただきたい。
 東南アジアに展開する場合には、国際稲研究所(IRRI)などにあるデータベースを用いて、現地の水田の種類や栽培管理方法をしっかり把握した上で、現地に受け入れられる成果を示していただきたい。
 サブサブテーマ(3)で対象としている作物は、米と大豆であるが、世界の食料市場を対象とするなら、ぜひ、トウモロコシや麦もとりあつかっていただきたい。
 後期の2年間では、どのような研究を実施するのか、課題全体と関係も含めて、十分な議論をして決定していただきたい。

4.評点

 総合評点:c
 

研究サブ課題名:S-4-2(4) 温暖化の森林への影響と脆弱性の評価に関する研究(H17-21)

研究代表者氏名:田中信行 (森林総合研究所)

1.研究概要

 植物の分布データとそれに対応する環境情報を用いた空間統計モデル解析により、多種の温暖化後の潜在分布域の予測が欧米で進んでいるが、日本では少数の種の研究しかない。多様な植物種の分布について温暖化影響予測を行うためには、種の分布データの整備が必要である。植物分布データベースを構築することにより、重要な種について分布予測モデルを作り、現在と温暖化後の潜在分布域を地図化し、脆弱性の高い地域やレフージア(退避地)を特定することを目的として、サブサブ課題「[1]温暖化の森林植物への影響と脆弱性の評価に関する研究」で実施する。
 温度や積雪の変化は、植生や森林生物に影響を与える。積雪環境情報は、これまで山岳域における精度が不十分であったので、衛星画像データを組み込んだ積雪分布予測モデルを作成する。気候変化に感受性の高い生態系要素として、山地湿原と松枯れ等をとりあげ、温暖化との関連を検討する。これに関する研究をサブサブ課題「[2]温暖化に伴う積雪環境の変化が植生に与える影響予測に関する研究」で実施する。
 サブサブテーマはつぎの2つである。
(1) 温暖化の森林植物への影響と脆弱性の評価に関する研究
(2) 温暖化に伴う積雪環境の変化が植生に与える影響予測に関する研究

2.研究の進捗状況

 平成18年度に植物社会学ルルベデータベース(PRDB)が全国スケールで一応構築されたことにより、広域で高精度の分布予測ができる条件が整った。PRDBは、現在、約18,000点のルルベ(植生調査区)データを集積しており、6,000種以上の日本産の維管束植物の分布データを提供する。欧米における植物種の潜在分布域の予測では、植物分布データの制約により約50km、20kmの空間解像度で解析が行われているが、我々はPRDBを用いて日本の急峻な地形に適合する高空間的解像度(約1kmメッシュ)で解析を行っている点で、欧米より精度が高い。
 PRDBを使った研究事例として、冷温帯林の林床優占種であるチシマザサを対象に、分布予測モデルを作成し、現在と2081~2100年の気候下の潜在分布域を予測した。その結果、最大積雪水量の減少と暖かさの指数の増加により、分布適域(分布確率≧0.182の地域)は21.7%に、分布辺縁域(0.01≦分布確率<0.182の地域)は66.3%に減少すると予測された。同様の温暖化影響予測を他の種(モミ、ウラジロモミ、ハイマツなど)でも行っており、今後さらに種類を増やしていく。
 わが国有数の多雪山地である越後山地南部の平ヶ岳山頂部の湿原について、最近30年間の植生変化をオルソ空中写真の比較から明らかにした。その結果、1971~2000年の間に湿原の面積が約10%減少していることが明らかになった。
 松枯れリスクの指標とされる月平均気温15℃を閾値とする積算温度(mb指数)に基づいて、メッシュ気候値と植生分布データを用いて気温上昇時の松枯れリスク度の分布を明らかにした。その結果、3℃の上昇で松枯れリスク域(mb指数が22以上)の面積は2倍近くに増大する一方、自然抑制域(mb指数が19未満)の面積は半分以下に減少することが明らかになった。また、温度上昇に対する影響関数を作成した。
 この他、ブナ林の分布予測モデルを用いて温度上昇に対する影響関数を作成した。また、衛星画像データを用いた7年間分の積雪分布データベースを構築した。

3.委員の指摘及び提言概要

 気温上昇に伴う、ブナ林分布と林床優占種の一つであるチシマザサについて、将来予測を精密化したことは、高く評価できる。
 なお、温暖化に伴って、冬期の日本海側での積雪量や積雪期間が大きく変動する可能性があるので、それらによりこれらの植生分布がどのように変化するかを、明らかにしていただきたい。
 一方、植生の遷移という観点からの考察が必要であり、これらの植生に代わって他のどのような樹種が分布していく可能性があるのか、という考察もしていただきたい。
 また、植物社会学ルルベデータベース(PRDB)を作成できたので、今後は、このデータベースを中心に用いて、後期2年間でどのような成果が得られるか、また必要とされているかを、課題全体で充分議論して、実施していただきたい。
 サブサブテーマ2の積雪分布のデータベースに関する研究については、これらがその将来予測にどう寄与できるのか不明確なので、後期2年間での具体的な目的と研究手法を提示された上で、課題全体で議論して、実施の可否を決定していただきたい。
 また、松枯れ現象に対する温暖化の影響予測の研究についても、他の要因も含めて総合的に研究すべき課題であり、今後、具体的な研究手法を明らかにして、実施するかどうかを決定していただきたい。
 このサブテーマでは、上記の提言をふまえて、アジアへの展開よりも日本を対象として、後期2年間で重点とする研究内容を、明らかにしていただきたい。

4.評点

 総合評点:b

サブ研究課題名:S-4-2(5) 沿岸域における気候変動の複合的災害影響・リスクの定量評価と適応策に関する研究(H17-21)

サブ研究代表者氏名:安原一哉 (茨城大学)

1.研究概要

 防災・国土保全分野における温暖化影響評価のための研究の高度化と適応策提案を構想した本研究の目的は、沿岸域(河川下流域を含む)を対象に、複合災害を含む気象災害・海面上昇の定量的・経済的な影響評価を実施し、温暖化の危険な水準を決定するための鍵となる知見を得ることである。このような目的の達成のために、具体的には、水災害と土砂災害(地盤災害)に分けて検討しているが、方法としては、[1]複合災害予測手法の構築、[2]予測必要なデータベースの構築、[3]評価に必要な実験手法の提案、[4]対象地域への適用、という流れは、両者に共通している。また、ここでいう対象地域は、国内3大都市圏沿岸域・主要河川沿岸域および特に複合的災害が懸念される地域である。本サブ課題のサブサブテーマは次の5つである。

  1. (1)災害による経済的損失評価と適応策の経済性評価に必要な温暖化感度関数の提案(SS(1))
  2. (2)海面上昇および台風襲来に伴う高潮と河川氾濫による沿岸域の浸水影響・リスクの定量評価と適応策の検討(SS(2))
  3. (3)温暖化に起因する海面上昇による沿岸域地盤変状予測と適応策(SS(3))
  4. (4)異常気象を含む気候変動と巨大地震による複合的地盤災害評価と適応策(SS(4))
  5. (5)温暖化に起因する海面上昇と豪雨災害による海岸・河川沿岸域の経済的損失評価(SS(5))

2.研究の進捗状況

 (1)三大湾(東京湾,伊勢湾,大阪湾)奥部の低平地を対象に高潮による浸水モデルを作成した。このモデルを使い,海面上昇量と台風強度を様々に変化させて計算を行い,浸水面積と浸水人口の影響関数を求めた(SS(1))。(2)洪水被害推定のためのデータベースを整備し、これを使って、三大湾沿岸域,代表的河川流域での水没シミュレーションを実施した。また、アジア太平洋を対象とした高潮氾濫浸水予測を行うことによって、浸水面積、人口などへの影響評価が可能になるとともに、影響関数を提案できた(SS(2))。(3)海面上昇に伴う河川部汽水域拡大による河川堤防の脆弱性評価と対策マップを提示するとともに、温暖化に起因する集中豪雨による河川堤防の脆弱性評価と対策マップを示した(SS(3))。(4)気候変動に伴う海面上昇と集中豪雨の増大に伴う地下水上昇に伴う沿岸域地盤の地震時液状化危険度の評価を行う手法を確立した。これによって、温暖化の進行に伴って、液状化の危険な領域は沿岸域のみならず、内陸部へも拡大していくことを明らかにした(SS(4))。(5)豪雨と地震との複合影響を考慮した斜面災害リスクの評価手法を、2005年福岡西方沖地震による斜面崩壊へ適用した。リスク解析の結果に基づき、崩壊斜面の復旧対策の具体的な計画を福岡市へ提言した(SS(5))。
 本研究によって得られた成果:(1)三大湾および代表的河川沿岸における、複合的要因による浸水・水没影響評価が可能になるとともに、これに基づいた影響関数を提案できた。また、先行的に行なっているアジア太平洋における浸水影響評価によって国別の影響関数を提案できた。これらはいずれも今後の経済的評価を行なううえで貴重な成果である。(2)温暖化に起因する河川堤防の脆弱性評価に基づく対策マップは今までにない斬新な成果であり、影響関数の提案やの経済的評価につなげていくことができる。(3)温暖化の影響と大規模な地震とが重なることによって生じる地盤災害(液状化、斜面崩壊)の予測方法とその結果のGISによる可視化表示は、他に類を見ない新しい成果である。また後者において提案された、これら複合的災害による経済的損失評価方法は、今後行なうべき本サブ課題全体に共通な複合的災害の経済的損失評価に適用しうるとともに、サブ課題の推進に貢献しうるものある。
 特記事項:IPCC第四次評価報告書への貢献、NHKでの成果の放映、新聞・科学雑誌への掲載、査読付き論文8報(18年度)

3.委員の指摘及び提言概要

 温暖化に伴う複合災害を中心に、日本の沿岸域での影響予測とリスクマップの作成、その経済的損失を推定していることは評価できる。
 なお、定量的分析や検討が不十分であるとの指摘もあるので、これらの成果をさらに定量的に精査していただきたい。
 また、沿岸域への影響は、地域的な特性が大きく異なるので、環境リスク出現の地域特性評価を明確にしていただきたい。さらに、沿岸域における影響は、砂浜や干潟環境、漁業など、多岐にわたるので、それらについても、可能ならば、後期2年間で取り扱っていただきたい。
 経済的評価については、サブテーマ6でも取り扱っているので、両者の整合性を図っていただきたい。
 今後の目標として、全国評価に基づくリスクマップや適応策オプションを具体的に提示するとのことだが、全分野にわたって行うよりも、より信頼度の高い分野に絞って実施していただきたい。
 また、アジア太平洋地域にこの手法を展開する場合には、現地の地域的特性を十分にふまえ、現地に受け入れられる研究を、実施していただきたい。
 これらをふまえて、後期2年間で重点的に絞って研究する内容を、課題全体で検討した上で、実施していただきたい。

4.評点

 総合評点:b


研究課題名:S-4-2(6) 地球環境政策オプション評価のための環境・資源統合評価モデルの開発に関する研究(H17-21)

研究代表者氏名:森杉壽芳((財)日本総合研究所)

1.研究概要

 本研究は、環境・資源・経済統合評価モデルと個別温暖化影響分野の経済評価モデルとを構築し、温暖化被害の経済評価と政策評価を行うことを目的とする。サブサブテーマは、次の4つである。
(1) 政策シミュレーションの実行とその評価に関する研究(SS1)
(2) 環境・経済評価モデルの開発に関する研究(SS2)
(3) 資源・経済評価モデルの開発に関する研究(SS3)
(4) 国内における貨幣評価原単位と被害関数に関する研究(SS4)

2.研究の進捗状況

  1. 1)研究方法:4つのサブサブテーマを設定する。第1に、提案されている政策、損害関数を含むその根拠となるマクロモデルの構造、時間選好率を含む論点の整理を行い、モデルにおけるシミュレーションケースの設定と関数型の特定化と感度分析の範囲を設定する(SS1)。第2に、GHG排出を含む環境とそれが社会経済活動に如何なる影響を及ぼすかを評価するための「環境・経済評価モデル」を構築する。そして、資源統合モデルを含むすべてを統合して、様々なシミュレーションを実行して政策の費用便益分析を行う(SS2)。第3に、資源およびその管理が社会経済活動に如何なる影響を及ぼすかを評価するための「資源・経済評価モデル」を構築する(SS3)。第4に、温暖化影響の項目をレビューし、日本国内を対象にしたミクロスケールの市場型および非市場型の温暖化影響の貨幣評価原単位を作成する。そして、国内部門別経済被害を推定する(SS4)。
  2. 2)結果・考察・成果:SS1では、既存研究のレビューを通じて、現実を反映するようなマクロ経済成長モデルの時間選好率の値と効用関数形のあり方を提示できた。副産物として、今後の温暖化政策の参考になりうる値を得た。S-4の各サブテーマにおける個別分野(健康、生態、米生産、洪水、渇水、高潮、海岸の砂浜と干潟、地震時の液状化現象への影響)の経済評価に対して、評価手法の提案を行うことが出来た。SS2では、内生的経済成長モデルにカタストロフ・リスクを明示的に組み込んだ動学的モデルを構築し、DICE形にすることにより損害関数に関する感度分析を行い、数値解析によってモデルの挙動特性の把握と均衡解の性質に関して分析した。結果は、損害関数の変更に関してはロバストであること、最適炭素税は、カタストロフ・リスクを導入すると一定程度高くする結果となる傾向があることがわかった。今後さらにDICEモデルの結果との比較を行う必要がある。 SS3では、植林から製材までの一連の木材生産工程に関する炭素収支分析を行い、エネルギー消費による炭素排出の割合よりも林地残材や製材廃材などのWood Residueの炭素排出量の方がはるかに多いことが分かった。今回の分析では、それらの利用に対する費用面での経済性を考慮していなかったため、林地残材や製材廃材のバイオマス・エネルギー利用に関しては、経済性の観点からさらに分析を行う必要がある。SS4では、TCMおよびCVMを用いて、「砂浜の価値」「干潟の価値」「健康の価値」「生命の価値」の原単位を計測したが、まだ分析モデルに考慮すべき要素が残されており、これらの結果は暫定値である。特に熱中症に対する生命の価値については、米国で用いられている生命の価値と比べて2~12倍に上り、過大評価の可能性が懸念される。
  3. 3)特記事項:査読つき論文5編

3.委員の指摘及び提言概要

 S-4課題を政策に反映させるために、また、自然科学と社会科学との融合研究という観点でも、重要なテーマである。全体的には、新たな成果が得られつつあり、評価できる。
 なお、本サブテーマで対象とした課題が、それに関係する他のサブテーマの成果をもとに、どのように組み込んでいるのかが、明確でなく、なかには、全く無関係のものもある。これらについて、今後、より密接な連携のもとに、整合性をとっていただきたい。
 また、森林経営では、すでに推進費の他の課題B-60でよりしっかりとした結果が得られているので、この分野での経済評価の対象は、サブテーマ1やサブテーマ2-(4)と密接に議論しながら、選定していただきたい。
 経済評価の手法の正当性や客観性をどのように保障するのか、後期2年間で明らかにしていただきたい。
 これらをふまえて、各分野のサブテーマ2-(1)~2-(5)の成果の中で、どのサブテーマの成果を用いて客観的に妥当性のある経済評価を明らかにするか、課題全体で議論して、後期2年間に重点的に研究するテーマを絞り込んでいただきたい。

4.評点

 総合評点:c


研究課題名:B-061 人間活動によるアジアモンスーン変化の定量的評価と予測に関する研究(H18-20)

課題代表者名:安成哲三(名古屋大学)

1.研究概要

 本研究では、人間活動の3つの要素、即ち、全球的な温室効果ガス増加、アジア地域でのエアロゾル量変化、および土地被覆・植生改変が、アジアモンスーン降水量の長期的変化に与える影響を、過去数十年(以上)のデータによる実態解明と高精度気候モデルによる数値実験により定量的に評価することを目的にしている。さらに、モデルのパフォーマンスを確認しつつ、上記の人間活動要素の将来変化シナリオにもとづき、単独および複合的な効果によるアジアモンスーン予測の可能性を、地域性も考慮して行う。降水量変化の広域・高精度実態解析、気候モデルによる温室効果ガス増加、エアロゾル変化および土地被覆・植生改変の影響をそれぞれ評価するサブグループに分かれているが、最終的には過去300年程度についての降水量変化への人間活動の影響を総合的に評価する。サブテーマは次のとおり。
(1)アジアモンスーン降水量変化の広域・高精度解析
(2)気候モデル「地球温暖化」実験によるアジアモンスーン変化の評価
(3)気候モデル「エアロゾル増減」実験によるアジアモンスーン変化の評価
(4)気候モデル「土地被覆・植生改変」実験によるアジアモンスーン変化の評価
(5)人間活動によるアジアモンスーン変化の統合的解析

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1):モンスーンアジア全域での降水量データを用いて、1951年から2000年にかけての年および季節別 の降水量および降水強度の変化傾向を調査した結果、中国。チベットの一部での顕著な増加傾向の他は、全般的に減少傾向であることがわかった。季節性、降水強度変化など、さらに詳しく解析を進めている。
 サブテーマ(2):大気海洋結合モデルによる各種20世紀再現実験に基づいて、アジアモンスーン域の夏季降水量の長期変化に対する人間活動の影響の調査を実施した結果、20世紀後半では特に、温室効果気体とエアロゾルの影響は相殺する傾向にあることがわかった。エアロゾルはその種類によっても影響の現れ方に違いがあり、サブグループ(3)と共同で調べている。これらの結果は、困難とされてきた降水の長期傾向の要因分析に踏み込んだ新しい知見であり、論文投稿の準備中である。
 サブテーマ(3):アジア地域の過去・現在の地表エミッション(排出源)データについて、衛星データによる季節変動性などの改良を行うと共に、これらのデータをGCMに入れるためのエアロゾルモデルSPRINTARSの雲生成過程などの改良を行った。さらに、化学モデルCHASERにより、世界に先駆けて硝酸塩などの含めたエアロゾルの直接・間接効果の導入が可能となり、モンスーンアジア地域に適したモデルが完成した。
 サブテーマ(4):大気GCMによる1700年以降の全大陸での植生改変データを与えた数値実験を行って、温室効果ガスとエアロゾルの増加がほぼ無視できる1850年以前の変化を調べ、インド亜大陸中西部と中国南部で森林の耕地化によりモンスーン降水量が減少したことを示した。この結果は、現在Nature誌に投稿準備中である。この他、領域気候モデルにより、黄河流域の灌漑地域での雲量減少が灌漑・非灌漑地域間の局地循環の形成によることを解明しGRLに論文投稿した他、1950年代以降の東南アジアの耕地化の影響評価を進めている。
 上記の成果を総合評価した結果、[1]温室効果ガス増加は、水蒸気量を増加させること、[2]エアロゾル増加(変化)は、直接・間接効果により大気放射収支を変化させること、を通してモンスーン降水量の増減の両方向に影響すること、[3]植生変化は、地表面熱収支と水蒸気輸送・収束への非線形な変化により、モンスーン循環と降水量の増加・減少に影響、という仕組みが、より明確になってきた。詳細な観測データが使える1950年代以降の降水量変化については、高精度GCMと新しいエアロゾルモデルにより、3要素の複合効果によるアジアモンスーン変化の定量的評価をさらに進めている。

3.委員の指摘及び提言概要

 人間活動に起因するエアロゾル・土地被覆・植生の変化が気候へ及ぼす影響について、特にアジアモンスーンの視点から明らかにする本研究は、過去にも例がなく、高精度の成果を目指しており、発展が期待される。初年度は各サブテーマとも研究はほぼ順調に進展し、成果が上がりつつあるといえる。残りの期間で各テーマの統合化を図って頂くことを期待する。
 ただ、関連研究に実績のある研究者で構成された課題にしては、課題全体として、初年度は成果の発信が少ないので、今後の成果の発信に大いに期待する。
 エアロゾル・土地被覆・植生などの人間活動のインパクトとアジアモンスーンとの関連を定量的に把握することは方法論的にかなり難しい課題であることも事実と思われるので、科学として深みのある考察を期待する。従来の方法論では不確定さを減らすのは困難と思われるので不確定さの評価あるいは信頼性の高い予測の可能性についても検討されたい。
 アジアモンスーン域の放射強制力の変化が他地域の気温・降水量に及ぼす影響の分析等、全球的な視点で分析をして頂きたい。
 各時代の観測データの評価が十分でないと思われるので、評価システムの確立に留意されたい。
 サブテーマ(2)において温室効果ガスとエアロゾルの効果が相殺する傾向にあることが示されたのは成果であるが、本当に相殺されのか、あるいは変動幅を大きくするのか更に検討されたい。
 サブテーマ(3)はチャレンジングな内容であり特にエアロゾルの間接効果について進展に期待したい。しかし、現在の実施内容は、アジアモンスーンとの関わりが極めて見えにくいので今後の改善を期待する。なお、過去にこの推進費で作成したエアロゾルの発生量マップを取り込むことを考えて頂きたい。
 サブテーマ(4)におけるモデル実験は、植生が降水に及ぼす影響について進んだ成果を出しており、課題の目標に大きく寄与している。今後の発展を期待したい。ただし、誤解を生まないよう発表の仕方に注意が必要であろう。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b


研究課題名:B-062 アジアの水資源への温暖化影響評価のための日降水量グリッドデータの作成(H18-20)

研究代表者氏名:谷田貝亜紀代 (総合地球環境学研究所)

1.研究概要

 近年、気候モデルは高解像度化し、温暖化による気候変化予測や地域的な温暖化影響評価がなされている。その際に観測データによるモデルの検証は不可欠であり、また統計的な方法で地域の温暖化影響評価を行う際にも長期観測データは必須である。しかし、既存の衛星等によるグリッドデータは、豪雨など極端現象の解析、高解像度モデルの検証、山岳地域の水資源評価という観点からは、その定量性や空間分解能は必ずしも満足出来るものではない。
 そこで本研究課題は、課題代表者と協力者らが行った先行研究(Xie et al., 2004, 2007)による、東アジア地域の地形を考慮し雨量計に基づく日降水量グリッドデータ(EA_V0409)の作成手法を踏まえ、更なる現地観測データの収集を行い、成果物利用者と意見交換しつつプロダクトを改良し、アジア全域でデータセットを作成することを目的とする。作成されたグリッドデータは公開し、幅広い環境政策に利用されることを目指す。サブテーマはつぎの2つである。
(1) 日降水量グリッドデータの作成
(2) 日降水量グリッドデータによる気候モデル降水量の評価

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)では、先行研究(EA_V0409)の異常値の問題点についてアルゴリズムを改良した。南・東南・東アジアの雨量計データを5000地点以上収集して追加して作成したデータセットを、初期チェックの済んだものから、http://www.chikyu.ac.jp/precip/index.htmlに公開した。次の国のデータを収集した:日本、韓国、モンゴル、台湾、中国、フィリピン、ベトナム、タイ、ラオス、カンボジア、ミャンマー、マレーシア、インド、スリランカ、ブータン、ネパール、パキスタン、トルコ、イスラエル、イラン、ウズベキスタン(中央アジアとロシアは19年度収集予定)。これらは各国の主要観測地点以外のデータを含むため、品質チェック(QC)が必要であるが、既存のデータセットやWebで公開されていない生データが多いため、アジアの基準データセットとなると期待される。例えばこのグリッドデータにより南アジア、東南アジア、イランなどで既存のグリッドデータが過小評価してきた地域があることを明らかにした。またFSから作成している中近東版を改良し、モデル結果の検証を行った上で現地研究者・政策決定者と温暖化影響評価について意見交換した。一方で、地形効果の表現、内挿手法の開発、衛星データ利用についても、ほぼ予定通り進んでいる。
 サブテーマ(2)では、極値解析の観点からEA_V0409と既存の観測降水プロダクトとの比較を行った結果、本課題で作成する降水プロダクトは降水極端現象の解析に極めて有効であることが示唆された。また、山岳の観測の空白域に対する補完法を開発するため、年平均降水量と標高の関係について、解像度を変えた気候モデルとの比較を行った結果、モデルの解像度を上げるとEAに近づくことが分かり、高解像度モデルの有効性を示すことができた。データ検証については概ね当初の計画どおりに研究が遂行している。その他、データのQCと検証作業の効率化のため、WEBベースのデータチェックシステムを構築しており、今後の研究を促進する環境の構築も行った。

3.委員の指摘及び提言概要

 本課題は、研究計画を当初より拡張して意欲的に進めており、地域規模の影響評価にとって必須なダウンスケーリングを進める上でも、より高解像度の予測モデル開発にとっても重要な、高精度の日降水量データセットの作成は、価値が高く評価できる。
 FS課題からの継続という利点はあるにせよ、二つのサブテーマともに、すでに国際学術誌への成果発表が行われている点も、評価される。
 収集中のデータに関して、データセットの品質・信頼度の基準を確立するとともに、衛星データを用いた検証もしていただきたい。
 データセット作成だけでなくその後の目的である、水資源や温暖化影響と関連づけた研究への取組みをも、これらの作成されたデータセットを利用して、並行して進めていただきたい。
 なお、「日本のデータセットは、気象庁のレーダーアメダス解析雨量(水平解像度5km)から得られるものと、比較・検証しているのか」、また、「最終公開版のデータベースの20km解像度は、従来のものより向上しているが、水資源管理のためには河川流域毎の扱いが必要であり、中途半端ではないか」などの指摘があるので、利用目的に応じて、データセットをさらに検討・精査していただきたい。

4.評点

 総合評点:A
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:a
 サブテーマ2:b


研究課題名:C-061 広域モニタリングネットワークによる黄砂の動態把握と予測・評価(H18-20)

研究代表者氏名:西川雅高 (独立行政法人 国立環境研究所)

1.研究概要

 モンゴルや中国内陸部で発生する黄砂は、近年の飛来量の増加傾向にともない、北東アジア地域の自然環境のみならず社会的な影響についても懸念されている。黄砂の発生・輸送の解明や予測には精度の高いモデリングが有効であるが、発生源の評価や輸送動態のリアルタイム検証が難しく、モデル解析の誤差要因となっている。北東アジア地域においてライダーを中心とする黄砂モニタリングネットワークの構築が計画されている。本研究プロジェクトでは、そのようなネットワークにより得られるライダーや地上観測データと黄砂数値輸送モデルを同化融合する手法を確立し、黄砂の初期濃度分布や発生源別強度・分布を推定することや黄砂予報モデルの予測精度向上を目指している。また、この地域の工業化の進展にともない発生する様々なガス状物質の黄砂粒子表面への集積を明らかにし、その集積が顕著な黄砂(いわゆる「汚れた黄砂」)の輸送機構の解明も目指す。
 サブテーマはつぎの3つである。

  1. (1)東アジアモニタリングネットワークによる黄砂動態の実時間的把握とデータ精度管理・利用法に関する研究(独立行政法人国立環境研究所)
  2. (2)黄砂の発生・輸送モデルへのデータ同化手法の開発と応用(九州大学)
  3. (3)黄砂粒子と大気汚染ガス成分の反応機構解明に関する研究(埼玉大学)

2.研究の進捗状況

 ライダーを中心とする黄砂モニタリングネットワークデータをモデルへリアルタイムに組み込む同化手法を確立し、発生源から風下地域の予測精度の向上を目指している。黄砂と大気汚染物質の混ざり、発生源の絞り込みなども将来目標に入っている。また、黄砂モニタリングや同化モデルの成果のアウトプットとして環境省が公開する HP 上への貢献も行う。この目標に対する各分担課題の研究進捗は順調である。以下に初年度の進捗状況を記す。
 ライダー観測データのモデル同化のための最適なデータプロダクトを定義し、ネットワークデータのリアルタイム処理システムを開発した。一方、黄砂輸送モデルRAMS/CFORSを基礎とした4次元変分法(Four Dimensional Data Assimilation; 4DVAR)データ同化システム(RAMS/CFORS-4DVAR)を構築し、過去のアーカイブデータによる同化実験を行った。その結果、観測データを同化し、発生源強度・分布を逆推定することによって、データ同化前のモデル解析結果で見られた輸送過程中の黄砂濃度変化の過小評価が改善できることを明らかにした。2006年の黄砂飛来状況をライダーをはじめとするネットワークデータをもとに解析した結果、2001、2002年についで黄砂飛来量の多い年であった。典型的な事例である4月8, 9日の黄砂現象と4月18, 19日の黄砂現象について比較すると、前者は「汚れていない黄砂」、後者は「汚れた黄砂」に大別された。その違いは黄砂期間中の微小粒子数とNOx、SO2ガス濃度の増減に関係することがわかった。室内実験によってこれら酸性ガス成分のほかシュウ酸が表面捕捉されることを明らかにでき、北東アジア地域で今後大気中への排出量増加が懸念されるVOC由来物質との相互作用にも今後注目すべきことを示した。また、2007年3月より試験運転を開始した環境省黄砂 HP へのモニタリングデータの供給貢献なども行った。

3.委員の指摘および提言概要

 黄砂の動態観測、データ精度管理を含むネットワークの運用、および発生・輸送モデルへの同化手法の開発と適用については、モニタリングとモデリングの連携もよくすぐれた成果が得られている。黄砂飛来情報の提供に向けて貢献が期待される。
 黄砂と大気汚染物質との相互作用に関する室内実験は実大気中の過程と定量的に結びつく段階に達していない。サブテーマ (1) および (2) の結果とどのように連携させるのかが今後の課題である。また、吸着過程の考慮に欠けるなど反応それ自体の研究としても問題がある。
 我が国だけでなく、東アジア各国が提供する黄砂情報の高度化への貢献や中国国内ネットワークの適切な利用・公開に向けての努力が望まれる。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:a
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:c
 


研究課題名:C-062 東アジアの植生に対するオゾン濃度上昇のリスク評価と農作物への影響予測に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名:小林和彦(東京大学 大学院農学生命科学研究科)

1.研究概要

 東アジアでは、オゾン前駆物質の排出量が急速に増加しつつある。この地域は、世界最大の農作物生産・消費国である中国を含むために、オゾン濃度上昇が農作物生産に及ぼす影響は、ヨーロッパやアメリカよりもはるかに深刻な意味を持つ。ところが、オゾンが農作物に及ぼす影響に関して、アジアの研究蓄積は極めて少なく、農作物の生育環境や品種が異なる欧米の実験結果を、東アジアに適用せざるを得ない状況である。本研究では、この現状を改めて、植生へのオゾン沈着速度の計測から、オゾンによる植物組織の障害発現メカニズム解明、そしてモデルによる農作物生産への影響予測までを達成しようとする。その結果、東アジアの大気環境保全対策の必要性を、科学的に示すことができると期待される。本研究は、次の5つのサブテーマからなる。

  1. (1)植生へのオゾン沈着量の観測(独立行政法人 農業環境技術研究所)
  2. (2)オゾン沈着プロセスモデルの開発(国立大学法人 愛媛大学)
  3. (3)東アジアの植生によるオゾン吸収量の予測(独立行政法人 海洋研究開発機構)
  4. (4)オゾン濃度上昇に対する農作物の生理生化学的応答の解明(国立大学法人 東京農工大学)
  5. (5)東アジアのオゾン濃度上昇が農作物に及ぼす影響の予測(国立大学法人 東京大学)

2.研究の進捗状況

(1)オゾン沈着量の観測(サブテーマ (1))とモデリング(サブテーマ (2))は、密接な協力により順調に進んでいる。平成18年度は、中国江蘇省江都市に観測体制を整備し、オゾン沈着の観測とモデル構築を開始した。コムギを対象とした観測は、18年度末から19年度初めにかかるため、19年5月締め切りの中間評価報告書には主な成果を盛り込めなかったが、観測・モデリングの両者とも計画通りであり、コムギとイネについて貴重な成果が期待できる。
(2)植生によるオゾン吸収量の予測(サブテーマ (3))については、地表オゾン濃度の予測に向けて、大気化学-輸送モデルの改良と検証が順調に進んでおり、オゾン前駆物質の発生源として、植物バイオマス燃焼の重要性をモデルで明らかにするなど、成果が出始めた。
(3)オゾンの影響の生理生化学的応答解明(サブテーマ (4))は、実験装置の設置に手間取り実験開始が遅れたために、18年度は予備的な実験結果を得るに止まった。ただし、19年度の夏作にイネとダイズの実験を組み合わせて行い、19-20年度にかけてコムギの実験を行えば、当初計画からの遅れを取り戻すことができる。なお、オゾン暴露実験における生化学測定は、オゾン吸収量の推定との同期が決定的に重要である。
(4)オゾン濃度上昇の影響予測(サブテー (5))は、中国での開放系実験データの収集は、ほぼ予定通り進んでいる。イネとコムギについて、世界最初の実験であるだけに、極めて重要な成果が得られると期待できる。一方、実験データを用いてモデルを構築し、東アジア全体のオゾン影響を予測するためには、作物栽培暦が重要である。日本と韓国は統計データを利用できるが、中国についてはデータが非公開なため、モデルやリモートセンシングを用いて推定する必要があり、その点に対して今後新たな努力が必要である。

3.委員の指摘および提言概要

 18 年度報告書の段階では、研究がまだ初期段階にあり十分な結果が出ていなかったが、その後ヒアリングまでの間に進展が見られた。
細部にわたる指摘事項は別として、基本方針に関わる問題として次の点が挙げられている:

 全般的に、サブテーマ間の連携が不明確である。全体的な研究構成の論理を再検討する必要があろう。

4.評点

 総合評点:C
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:c
 サブテーマ4:c
 サブテーマ5:c


研究課題名:D-061 流下栄養塩組成の人為的変化による東アジア縁辺海域の生態系変質の評価研究(H18-20)

研究代表者氏名:原島省 (国立環境研究所)

1.研究概要

 近年、東アジア縁辺海域(東シナ海、黄海等)では、有害赤潮やエチゼンクラゲの増大などの海洋生態系変質が起こり、深刻な問題となっている。原因として、人口×消費の増大によるリン(P)や窒素(N)の流入絶対量や漁業圧の増大が考えられるが、陸から流入する栄養塩の組成比の変化も考えられる。すなわち、大ダムの増加によって、自然の風化作用で補給されるケイ素(Si、あるいはシリカと呼称)の流下量がN、Pに対して相対的に低下した結果、ケイ藻(Siを必要とする)に対して非ケイ藻植物プランクトン(Siを必要とせず、有害赤潮種を含む)が有利になる。後者は物質を下層に沈降させる働き(生物ポンプ機能)が小さいため、夏季でも上層に溶存物質・従属栄養生物が残り、これがクラゲなどの増殖につながる可能性がある(「拡大シリカ欠損仮説」)。この仮説を、ドナウ川(アイアンゲートダム)-黒海、黄河(断流)-黄海、長江(大ダム湖)-東シナ海、琵琶湖(仮想大ダム湖)-淀川-瀬戸内海、の4つの対象水系に適用し、既存データ解析、生態系モデル、補助的な海域実験に基づいて検証する。検証内容が極めて学際的であり、限定されたデータからだけは解決できない科学的不確実性も多々存在するため、IPCC報告書に準じて関連論文のレビューにも等分の重点を置く。
 サブテーマはつぎの3つである。
(1) N、 P、 Si 流下比変化による海洋生態系変質の総合解析
(2) 漁業生態系モデルに基づいたN、P、Si組成比の海洋高次生態系への影響評価
(3) 年代間データ比較に基づいたN、P、Si組成比の海洋低次生態系への影響評価

2.研究の進捗状況

 (1)栄養塩組成比とプランクトン機能型を考慮した海洋生態系モデル(MSFTMモデル)の基礎を構築し、その初期の計算結果によってSi低下時のケイ藻の沈降の応答特性、および生物ポンプ機能におけるケイ素殻のバラストとしての役割が重要であることがわかった。フェリー観測により、夏季瀬戸内海上層に非ケイ藻植物プランクトンや従属栄養微生物群が多いことが確認され、これは「拡大シリカ欠損仮説」と矛盾しない結果となっている。また(2)、(3)と共同のレビュー作業により、この仮説にかかわる事象や科学的不確実性をとりまとめた総合論文を作成した。この中には長江および同河口域でSi/N比が1を下回ったという報告も含まれ、この仮設の重要性を示唆している。
 (2)炭素・窒素安定同位体比に基づく解析から、瀬戸内海産のミズクラゲの食性が植食性動物プランクトンであると推定できた。(1)とは別に、各生物現存量に基づく生態系モデルの基礎を構築し、(1)のモデルとの比較およびクラゲ食性データにより、その精度を向上させる予定である。
 (3)世界の代表的な海域におけるセディメントトラップ実験の既存データを整理して、河川流入量の変化が開放系の外湾や海盆スケールでも、沈降粒子フラックスの量、化学組成、植物プランクトン組成に影響を与えることが把握できた。また、MASFLEX計画時に東シナ海大陸棚で得られたセディメントトラップのサンプルについて沈降粒子の化学組成および植物プランクトン組成を分析し、陸棚奥部から縁辺部への生物粒子輸送過程を推定した。

3.委員の指摘および提言概要

 仮説に関連する文献レビューを十分に行って知見を整理した手法、また、既存の試料を新しい見方で再分析・再解析したやり方は評価できる。
 ただ、この課題の中心テーマである「拡大シリカ欠損仮説」と「シリカバラスト説」との関係や鉛直輸送モデルの新規性については、なお検討が必要である。
 サブテーマ (2)、(3) の結果を統合して仮説の検証に至る道筋が明確でない。何をどこまで明らかにできたのか、その達成度と今後の課題を含め結論を明確にすることが望まれる。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名:F-061 大型類人猿の絶滅回避のための自然・社会環境に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名:西田利貞 (財団法人日本モンキーセンター)

1.研究概要

 アジア、アフリカ地域における人間の生活域の拡大と人口増加は避けられない情勢にあり、人間の活動を本来無縁であった自然環境にまで進出させ、そこに生息する大型類人猿の生存を脅かしている。大型類人猿の正確な生息実態を把握し、彼らへの脅威となっている原因を究明するとともに、それらをとりのぞく施策を一刻も早く講じることが望ましい。そのためには、文理融合の研究が必要である。
 本研究では、アフリカ、アジアの7地域を対象に、大型類人猿の分布と密度を明らかにする。また、周辺住民の森林利用実態を調査し、住民生活が生息地の環境に与えるインパクトを明らかにする。自然資源の劣化をもたらすことなく地元に経済効果をもたらし、地域住民と大型類人猿の共存を目指すコミュニティ・コンサベーションの有力な方策であるエコツーリズムの適切なあり方を検討するとともに、人間との接触による大型類人猿の感染症のリスクや健康状態の悪化を防ぐ方策を研究する。また、失われた森林を再生する手段としての植林の技術開発を行なう。サブテーマはつぎの5つである。

  1. (1) 大型類人猿の分布と密度に関する研究
  2. (2) 地域住民による森林利用の実態と環境変動についての研究
  3. (3) 大型類人猿の疾病と人間活動が大型類人猿の健康状態に与える影響についての研究
  4. (4) 植林による森林再生と分断化された生息地の再連結についての研究
  5. (5) エコツーリズムとコミュニティ・コンサベーションによる環境保全の研究

2.研究の進捗状況

 大型類人猿の分布と密度に関しては、生息頭数が全体的に減少傾向にあること、すべての調査地において活発な人間活動に起因して生息環境が破壊され、生息域が減少していることが認められた。周辺住民による森林利用に関しては、地域によって森林資源への依存度にかなりの違いがあることがわかった。依存の仕方をタイプ分けすることによって、調査対象地域以外にも広く適用できる保護対策モデルを構築できそうである。大型類人猿の感染症と健康状態に関しては、2つの調査地でゴリラとチンパンジーの寄生虫を明らかにした。また、インフルエンザ様感染症による大量死の経過をすでに報告し、分析中の病原ウイルスの同定も間近である。2地域で感染症の実態把握が進んでいるが、全調査地への展開と感染症防除対策の検討はこれからである。エコツーリズムとコミュニティ・コンサベーションについては、各調査地でのエコツーリズムの実施状況を把握した。住民への環境教育や保全への理解促進が十分に図られていないこと、エコツーリズムが訪問客にも地元にも満足する状態で運営されていないこと、地元への利益の還元が満足する形では行なわれていないことなどの共通の問題点が見いだされた。植林技術については、ヘキサチューブを用いた植林をボッソウ地域で実施したところ、過去にそれを使用せずに行なった植林を有意に上回る残存率を示し、ヘキサチューブが熱帯森林の再生にも有効であることが示された。

3.委員の指摘及び提言概要

 我が国がこれまで研究活動を通して貢献した分野。本研究は、以前からの研究の蓄積の上に成り立った研究であるが、推進費の研究として新たに何の研究を行ったか見えにくいところはある。また、エコツーリズムのサブテーマでは実態紹介にとどまり、研究としての要素がないように思える。経済的、社会的な解析も不十分である。また、ヘキサチューブの効果については長期的なモニタリングが必要である。
 サブテーマごとにフィールドが異なるのは問題ではないか。一つの地域で、全てのサブテーマを関連付け、体系化のための研究を推進するべきである。
 調査範囲が広域に及んでいるが、研究代表者とサブテーマリーダー、さらには外国人を含む研究協力者との連携、共同、協力を図り研究を進めてほしい。
 感染症の防除対策としてマスクだけではもの足りない気がする。もっと広い分野の研究者を集める必要がある。
 全体としては、サブテーマの選択等もバランスが良く、計画通りに研究が進んでおり、予測した研究成果が出ているが、林学系、林産系の研究者の参加が望まれる。また、本研究成果として、有効な保護政策を提言してほしい。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b


研究課題名:F-062 渡り鳥によるウエストナイル熱及び血液原虫の感染ルート解明とリスク評価に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名:桑名 貴 (国立環境研究所)

1.研究概要

 ウエストナイル熱や血液原虫の感染経路を予測して生物多様性、特に生存能力が脆弱な絶滅危惧鳥類に与える危険性を回避するために、地球規模で渡りを行うシギ・チドリ類での疫学調査研究が必要となる。ウエストナイル熱は吸血昆虫を媒体として感染拡大するため、同じ感染環を持つ血液原虫症の疫学調査を繁殖地と越冬地、渡りの中継地で行うことで我が国への侵入と感染経路を予測し、絶滅危惧鳥類の感染リスク評価を行う。併せて渡りの中継地でのウエストナイル熱感染個体の調査研究を行い、モニタリング手法の標準化と感染リスク評価法を開発する。サブテーマは次の3つである。
(1) 渡り鳥(シギ・チドリ類)における病原体感染に関する研究
(2) 吸血昆虫における病原体のモニタリング調査に関する研究
(3) 絶滅危惧鳥類を用いた病原体感染リスクの評価に関する研究

2.研究の進捗状況

 シギ・チドリ類を対象にウエストナイル熱のモニタリング実施体制の確立のために、鳥類標識調査員と獣医師の協同モニタリングを試行し、これまで別個に実施されていた標識調査と感染症調査を連携して行う体制を構築し、“秋の渡り”の時期に北海道4地域および“春の渡り”の時期に沖縄、熊本の2地域で調査した。ウエストナイル熱診断を調査捕獲したシギ・チドリ類23種類428個体で行い、全て陰性の結果を得た。今回構築したモニタリング体制と手法を渡り鳥の重要な中継地である北海道と沖縄県で順次定着させ、環境省の野鳥調査と連携した効率的なモニタリング体制構築が可能となった。
 血液原虫に関し、北海道の湿地で捕獲したシギ・チドリ類とタンチョウの血液から100%相同な鳥マラリア遺伝子を検出した。これは、シギ・チドリ類の国内中継地の湿地で、蚊を介した病原体感染が在来固有鳥類との間で成立することを意味する。また、関東圏の干潟(東京港野鳥公園および谷津干潟)で蚊の生息調査を行ったところ、蚊の発生時期とシギ・チドリ類の飛来時期のピークが重なっていた。また、捕獲されたほとんどの蚊がウエストナイルウイルス媒介可能種で、一部の蚊から鳥マラリアの遺伝子を検出した。これは、シベリア地域から渡ってきたシギ・チドリ類がウエストナイルウイルスを保有する場合、当病原体の拡散が関東圏の干潟でも起こり得ることを示している。
 また、タンチョウ等16種85個体の絶滅危惧種及び、生息域が重複している普通種60種191個体に関してウエストナイル熱診断を行い、全て陰性の結果を得た。一部個体については10%脳乳剤Vero細胞接種法によるウイルス分離(全て陰性)と血清中の抗フラビウイルス中和抗体価測定(29/30個体が陽性)も実施し、今後より詳細な検討を行うこととした。
 加えて、研究をより効率的に推進するためにシギ・チドリ類の渡りで重要繁殖地及び越冬地となる極東ロシア(ボロン自然保護区)ならびにタイ王国(カセサート大学)と本研究に関する覚書を交わし、より強力な国際間のモニタリング体制を構築しつつある。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究は大変重要な研究課題であり、ウエストナイル熱や血液原虫については緊急性が高い課題である。しかし、全体的に、研究というより単なる調査であるように思える。研究計画をもっとしっかり立て、研究の予測やシナリオを明確にすべきである。本研究が調査だけに終わらず、捕獲や予測体制を含めたモニタリング体制も構築すべきである。特に、研究の最終目的が明確でない。
 野生鳥類大量死早期警戒システムが必要であるが、それについて具体的な展望が見えない。さらに、定住性の鳥類のモニタリングの可能性も検討してほしい。
 サブテーマ(3)では、定量的なリスク評価が重要であり、予測モデルを含めたチームを組織することが必要である。

4.評点

 総合評点:C
 必要性の観点(科学的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:c


研究課題名:H-061 28℃オフィスにおける生産性・着衣・省エネルギー・室内環境に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名:田邉新一 (早稲田大学)

1.研究概要

 業務オフィス内の冷房の設定温度には28℃が推奨されており、2005年より夏季の軽装としてノーネクタイ、ノー上着ファッションのいわゆるCOOL BIZが政府主動で実施された。COOL BIZについては、温冷感、着衣量と省エネルギー性に関して検討されているが、決定権を持つ企業経営者などが懸念する企業にとっての損益に関する見解は示されていない。特に生産活動を行うオフィスが対象となるため、省エネルギー効果のみではなく、投資とそれに対する見返り効果が判断基準になることが多いと考えられる。本研究では、省エネルギー性に優れオフィス空間として最適な室内環境について調査することを目的とし、COOL BIZの効果を評価するとともに、経済性と省エネルギー性を両立させる28℃オフィス環境の最適化について検討する。サブテーマはつぎの4つである。
(1) 生産性・経済性に関する研究
(2) 衣服の影響に関する研究
(3) パーソナル空調・省エネルギー性に関する研究
(4) 温熱・空気環境実測調査

2.研究の進捗状況

 知的生産性評価ツールを開発してその測定手法としての有効性を確認した。一般的なブラウザ上で動作する知的生産性評価ツールを作成し、データをWEBサーバ内に蓄積できるシステムを構築した。夏季の冷房温度設定を26℃から28℃に2℃上げることで一次エネルギーの消費量を年間で1.64%削減できることを試算した。49の単品衣服、97の組合せ衣服について、全9部位の有効熱抵抗データベースが得られた。組合せ衣服を構成する単品衣服の部位有効熱抵抗の総和から、組合せ衣服の9部位それぞれの部位有効熱抵抗を推定する式を提案した。居住者の快適性を減じないで28℃オフィスを実測した事例として、加圧式の床吹出空調方式を導入したオフィスビルの実測調査を行い、知的生産性の評価、温冷感申告調査、温熱環境調査により、パーソナル空調の実用性について検討した。空気質の許容度、空気の新鮮度、集中度、疲労感、覚醒度、精神的な気分、眠気などに関するアンケート項目は、室温が高いほど不快側に申告された。特に29℃条件の申告が大きくネガティブ側であった。また、29℃条件では、一部の設問において集中力・覚醒度等が低下することにより正解率の低下が見られた。

3.委員の指摘及び提言概要

 わが国で進められている28℃オフィスの誘導政策に対して、興味深い分析結果や改善への方向性が現れつつあると考えられる。28℃オフィスといっても温度の定義の違いや室内での温度分布等によって多様であるが、これにサブテーマごとに多角的にアプローチしていることは評価でき、国民の関心のあるこのテーマの研究によって、人々のライフスタイルの転換に役立つような成果が生まれることを期待したい。
 一方、サブテーマの関連が不明確であり、全体としての統合のあり方がまだ見えていないと指摘されている。特にサブテーマ(4)において学校の調査を行うとしていることについて疑義が呈されており、全体の中での位置づけについて再検討が必要である。サブテーマ(2)も現状では研究の新規性や研究目的への貢献が不明確な点がある。残り1年半なので、研究の着地点を明確にした上でそれに対する各サブテーマの貢献を検討し、全体として研究目的達成に向けてまとまりのある成果を示していただきたい。
 研究の方向性については、単に28℃にするだけでは生産性が落ちるというなら、その対案を示して検討する必要があると考えられる。これにあたっては新築だけでなく既存オフィスへの対応も重要な課題である。最適化の考え方を示して具体的な提案に結び付ける必要があり、そのための追加的なエネルギーやコストの分析も必要である。
 また、満足度や経済性等の尺度の数値化の適切性、室内環境以外に満足度に影響する要因の考慮の必要性等について意見があった。建築の内部環境のモニタリングに関しては、環境省等でこれまで実施した研究を参照してほしいとの意見がある。

4.評点

 総合評点:C
 必要性の観点(科学的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:c
 サブテーマ2:c
 サブテーマ3:c
 サブテーマ4:c


研究課題名:H-062 制度と技術が連携した持続可能な発展シナリオの設計と到達度の評価に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名:西條辰義 (大阪大学社会経済研究所)

1.研究概要

 従来の環境問題などを解決するための制度は、技術や地域の人々の特性を考慮していなかった。本研究ではこのような従来制度の欠点を補い、社会科学の理論・調査と工学による技術評価を相互フィードバックして、持続可能な社会を達成するための制度設計、評価指標体系、技術開発ロードマップの枠組みを提案する。
 この目的達成のために、社会科学と工学のアプローチの連携と相互フィードバックにより、多角的な分析を行う。社会科学アプローチでは、工学側が抽出した重要技術の特性の情報をもとに、実験・アンケート・歴史分析・法体系調査を行い、環境保全性・経済効率性・公平性・技術普及を考慮した制度を試案する。さらに、これらの情報を工学側にもフィードバックする。工学側では、社会制度と連携した技術開発や普及が、持続可能な社会の形成にどれほど寄与するかを評価する枠組みや指標を検討する。また、技術開発課題を達成するためのロードマップを作成する。
 サブテーマは次の2つである。

  1. (1)理論経済学と実験経済学の相互フィードバックによる環境保全制度設計の検討
  2. (2)技術開発の制度を考慮した目標設定と、技術のサステイナビリティへの寄与の評価

2.研究の進捗状況

 サブテーマ(1)では、中国で普及させる技術を模索するために、中国の諸データを用いて計量経済モデルで中国でのエネルギー対策の実情と課題に関する整理を行なった。また、各種資料収集と先行研究のサーベイにより、中国における経済成長・国際貿易と環境問題の関係についての実証的分析を行なった。さらに、中国人の公共財投資に対する選択行動を調べるための経済実験、および上海において市民の社会的・経済的特性と環境への関心度の関係や、中国政府が2006年より開始した家電製品のエネルギー効率ラベル制度に対する消費者意識を調べるためのアンケート調査を行なった。現在は、これらの情報を基に、どのような技術をバックキャストさせればよいかを探るための、省エネ技術に対する選好と、省エネ技術を普及させやすい制度を探る実験と調査の準備を進めている。さらに、国際的な温暖化防止制度の設計に対する提案も行い、バックキャストすべき将来像に関する模索も行なっている。
 サブテーマ(2)では、「制度と技術の望ましい連携のあり方」を探ることを目的に、太陽光発電技術に特に着目して、これまでの技術発展の歴史、技術の普及段階における国内外の諸制度のレビューと分類を行い、我が国の太陽光発電普及制度の効果の特質、技術的観点から見た問題点、競合技術(太陽熱温水器)の普及阻害の可能性に関して考察した。次に、上海市を対象として、民生部門(家庭部門および業務部門)のエネルギー需要推計モデルの構築と将来推計を行なった。同じく上海市を対象に、モデル入力条件設定のための世帯あたり機器普及率・効率・利用状況に関する実態調査を、戸別訪問により実施した。現在は、サブテーマ(1)と連携しつつ、省エネ技術が上海を中心とした都市部と農村部にどのように普及していくのかを検討するためのモデルを作成するとともに、製品選択に影響を及ぼすと考えられる制度の有無による技術普及、およびそれに伴う環境負荷排出の違いを明らかにするためのモデルづくりを進めている。

3.委員の指摘及び提言概要

 研究テーマには新規性があり、個別には興味深い内容を含んでいる。しかしながら、サブテーマの関連性が明確になっていない上、サブテーマの内部でもいくつかの研究がばらばらに実施されている部分がある。個別の結果を収斂させて政策提言を目指していると思われるが、現状ではその説得力が不十分でと考えられる。また最終的な研究目標達成への道筋が見えにくく、研究目的に対する効率性の面で疑問が呈されている。また、報告書における記述内容の具体性が不足している、サブテーマ(1)の抽象性が高いため具体的な制度を取り上げたサブテーマ(2)との結びつきにくい等の指摘もある。
 現在、研究期間の半ばを迎えているので、研究の目的を踏まえて必要な実施内容を明確にするなどプロジェクトを再計画し、効率的な研究実施をすることが求められる。これにあたっては、サブテーマ内及びサブテーマ間の役割分担と連携に留意する必要がある。今後、研究費の費用対効果という面でも評価できる成果が挙がり、一定水準の学術誌への掲載が行われることが望まれる。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):c
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):c
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c


研究課題名:H-063 アジア地域における経済発展による環境負荷評価およびその低減を実現する政策研究(H18-20)

研究代表者氏名:渡辺知保(東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻人類生態学分野) 

1.研究概要

 世界的な経済ネットワークの拡大と農村生活の改善政策を背景として、アジア諸国の農村部では、在来農耕から換金作物栽培への転換が急速かつ広範に進行している。こうした市場経済化は、森林資源の減少や、人為的空間の単純化、化学物質の導入と蓄積といった、環境へのインパクトを伴うと同時に、食生活・労働形態の変容と化学物質への曝露を介して、人々の栄養状態・健康状態にも影響をおよぼすと考えられる。アジアの人口の半数が農村人口であることを考えると、こうした生業形態の転換が環境と人々の健康におよぼす影響を評価・予測することは、アジア地域の持続可能性を確保するために必須かつ緊急の課題であると考える。
 本研究課題では、多くがケーススタディにとどまった従来研究の欠点を克服し、一般性・予測力を備えた形で生業転換-環境・健康インパクトの関連を記述することをめざす。このため、アジア・オセアニア6カ国より、生業転換における多様性を内包するよう約35集落を選定、生業転換の動因、現状、環境・健康影響という3変数群について比較可能な定量的データを収集、変数群間の関連を明らかにすることをめざす。得られた関連に基づき、環境・健康を考慮した環境政策を提言していくことが本研究の最終的な目的である。サブテーマは以下の3つである。

  1. (1)環境・生体負荷の評価・ケミカルフローの解析に関する研究(東京大学)
  2. (2)環境試料及び生体試料における化学物質汚染の探索的解析に関する研究(熊本県立大学)
  3. (3)バイオマス・生物多様性の評価と生業にかかわる基本データの収集・分析に関する研究(東京大学)

2.研究の進捗状況

 初年度にインドネシア5集落およびバングラデシュ3集落の調査と試料収集をほぼ終え、収集した生体試料の分析が進行中である。パプアニューギニア・中国に関しては,試料収集を除く調査を実施、ベトナム・ネパールについては、調査地選定を行った。
 (1)環境・生体負荷の評価:インドネシア・バングラデシュで収集したデータの解析と生体試料の化学分析が進行中である.生体試料分析については未だデータが少ないが、有機リン系農薬、汚染元素などに集落間差・集団内(属性による)差を認め、本研究のアプローチの有効性を支持する結果が得られた。身体計測値については,成人では集落間差は小さいが,子供では集落間に差が見られ、これらの国でも都市化・社会経済状態の向上が成長の前倒しとして現れていることが示唆された。
 (2)汚染物質の探索的解析:本研究での対象集団のように、汚染についての背景情報が乏しい集団で曝露評価を行うためには、多成分同時分析による探索的解析が必要である。そのための分析方法として SBSE 法で目的成分を抽出し、GC/MSで分析した結果をデータベースと照合する方法によって数百種の化合物を微量・高感度で検出することが可能であることを示した。少数試料の分析より、インドネシアの対象地域においてDDTの使用、フタル酸エステルへの曝露があることが示された。
 (3)生業にかかわる基本データ:対象集落の生業転換について、聞き取り調査、GPS/リモートセンシングから得た土地利用と植生変化などのデータを用い復元・再構築することを目的とし、26集落について調査を行った。その結果、生業転換のプロセスにおける国・集落による個別性・多様性を明確にできた。さらに、一部の集落について、生業転換のプロセスで働く要因間の因果関係を定性的に解析し、一つの環境政策が環境・健康に及ぼす影響が相反する可能性を示した。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究は、アジアの農村部とそこで起こりつつある生業転換について、地域特性の異なるフィールドに対して比較可能な形で調査を実施しており、意義あるデータを提供できるものと考えられる。海外の地方部における調査は容易な作業ではないが、全体としては着実に現地調査等を行っていると評価される。
 現象を3つの軸(生業転換、その加速要因、その結果起こる変化)によって理解するという研究計画の考え方は明確と思われるが、現状ではまだ、分析結果とそれらの軸との関連性が弱く、研究の着地点は未だ不明であると見られている。例えば、最適化の考え方に課題がある(単にヘルシー、リスキーといった概念で捉えられないのではない)、政策的要因を含め地域や国の状況の違いを考慮する必要があるとの意見がある。
 今後は、フィールド調査および分析をさらに進める中で、調査分析の結果をケミカルフローやドライビングフォースといった3軸を具体化する事項に結びつけ、可能な限り定量的な解釈を行うこと及び各サブテーマやフィールド調査を統合、整理し、最終的には政策提言に結びつくような進展が期待される。また、基本的な理論や一般的知見との関係で新しい情報に意味がもたらされるのであるから、報告書の記述において、研究を意味づけるようなそれらの背景情報を最小限盛り込むことが望まれる。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名:H-064 気候変動に対処するための国際合意構築に関する研究(H18-20)

研究代表者氏名:亀山康子 (国立環境研究所)

1.研究概要

 京都議定書では、2008-2012年の5年間に関して先進国等(附属書I国)の排出量目標を設定しているが、2013年以降の目標値に関しては今後の交渉に委ねられている。同問題に関して、次期枠組みに関する政府間協議の開始がCOP11及びCOP/MOP1(2005年)にて合意されはしたものの、情報交換及び意見交換の段階にとどまり実質的な交渉には着手できずにいる。
 当研究は、2013年以降の国際的取り組みに関して、望ましい国際制度のあり方、そのような国際制度に至る国際交渉プロセスのあり方、そして、気候変動枠組条約の外で着手されているさまざまな国内外の活動と枠組条約との整合性の取り方、等について検討し、2013年以降の国際的取り組みの包括的指針を提示することを目的とする。サブテーマは次の6つである。

  1. (1) 気候変動対処を目的とした国際レジームの構成要素となる諸制度の実施および今後の進展(What)に関する研究:将来枠組み、適応、インベントリーに関する研究
  2. (2) 気候変動対処を目的とした国際レジームの構成要素となる諸制度の実施および今後の進展(What)に関する研究:国際排出量取引制度
  3. (3) 気候変動対処を目的とした国際レジームの構成要素となる諸制度の実施および今後の進展(What)に関する研究:遵守手続き
  4. (4) 気候変動対処を目的とした国際レジームの構成要素となる諸制度の実施および今後の進展(What)に関する研究:森林吸収源
  5. (5) 気候変動対処を目的とした国際合意に至るプロセス(How)に関する研究:主要国
  6. (6) 気候変動対処を目的とした国際合意に至るプロセス(How)に関する研究:アジア地域

2.研究の進捗状況

 本課題の先駆的課題であったB-62(平成17年度終了)では、京都議定書の発効が未確定な時期に幅広い前提条件をふまえて次期枠組みを「どうあるべきか」の観点から検討した。本課題では、現状の交渉の手続きや過程がその結果としての国際枠組を規定すると認識し、「合意可能か」という観点をより重視するために手続き(プロセス)から導出される枠組み像の検討に2つのサブテーマを充てている。初年度には各サブテーマにおいて、現状把握及び現状評価に主眼を置き、現在評価されている制度の延長、あるいは現在批判されている制度の中止あるいは改革といった観点から、将来枠組みを構成する諸要素に関しておおまかな将来像を把握した。また、近年急速に進展しつつある国連気候変動枠組条約の外でのさまざまな国際制度動向について近況を調査した。
 上記の検討をふまえ、2年度(今年度)は、次期国際枠組み全体の具体的な像を描くために、国内専門家を招へいしたグループワーク会合およびアンケート調査を実施した。ここでは、初年度にて個別に検討してきた制度を構築する諸要素(排出量取引制度や、森林の取り扱い、適応策等)が、今後途上国の参加や長期的な削減を目指して交渉していく中で、相互にいかなる関係にありいかなるトレードオフを可能とするか、という観点から議論し、問題の構造化を目指している。

3.委員の指摘及び提言概要

 時宜を得た研究テーマであり、複雑で困難な課題に対してわかりやすい枠組みを提示し分析していること、各方面の関係者と情報共有化を行っていること等は高く評価される。また、インベントリー制度や遵守手続きの分析は新規性のある重要な研究と評価しうる。実際の政策が同時進行で展開されているため、研究が政策の後追いにならず、研究成果が政策に反映されていくことを望みたい。
 こうした分野では事実経過を丹念にまとめそこから学んでいく必要があるとともに、一方で研究として展開するには大胆な仮説や理論を提示することも望まれる。
 なお、サブテーマ(5)と(6)については、重なる部分もあるのでその関係を明確にする必要があり、サブテーマ(2)については目標達成の効率性や排出量取引制度の効率的な運用のあり方等、具体的に踏み込んだ検討内容を成果として示すことが必要と考えられる。さらに、サブテーマ(1)について政策から科学へのフィードバックのあり方の国別の違いを明示してほしい、サブテーマ(3)について現行の分析は評価されているが今後さらに新たな枠組みの遵守手続きへの貢献が望まれる、サブテーマ(4)について森林管理のための取引可能なアカウントの枠組みの提示が必要ではないか、サブテーマ(6)についてサーベイが困難かもしれないが幅広い情報源を利用してほしい等の意見があった。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b

研究課題別 中間評価結果(延長の可否) 


研究課題名:F-051 脆弱な海洋島をモデルとした外来種の生物多様性への影響とその緩和に関する研究(H17-19)

研究代表者氏名:大河内勇 (森林総合研究所)

1.研究概要

 海洋島は固有の生態系を発達させてきた。そこでは今でも進化が起こっており、科学的価値も極めて高い。しかし、海洋島の生物は長らく天敵などの脅威にさらされてこなかった上、環境収容力が小さいため、侵入生物による捕食や種内競争の影響を受けやすいことから、その生態系は極めて脆弱であり、人間の移住による乱獲、生息地の減少、外来種などにより存亡の危機にある。
 本研究は、小笠原諸島における外来種管理戦略を構築し、国際的な保全プログラムや条約、世界遺産への登録、国内の外来生物法や自然再生法の実行などに貢献することを目的として、小笠原諸島の外来種の現況解明、地域的根絶手法の開発研究を行う。サブテーマは次の6つである。

  1. (1) 小笠原諸島における侵略的外来植物の影響メカニズムの解明と、その管理手法に関する研究
  2. (2) 小笠原諸島における侵略的外来動物の影響メカニズムの解明と、その管理戦略に関する研究
  3. (3) 固有陸産貝類の系統保存に関する研究
  4. (4) 侵略的外来種グリーンアノールの食害により破壊された昆虫相の回復に関する研究
  5. (5) グリーンアノールの生息実態と地域的根絶手法に関する研究
  6. (6) 侵入哺乳類が小型海鳥類の繁殖に与える影響評価

2.研究の進捗状況

 課題の達成目標に向けて各サブテーマ間の連携がよくとれており、順調に成果が上がっている。各サブテーマのこれまでの主な成果は以下の通りである。
 (1)ギンネムとモクマオウが在来植物の更新に与える影響を明らかにし、乾性低木林におけるモクマオウの重要性が明らかになった。また既存の有害植物リスク評価システムが、検疫システムとして小笠原に活用できることを示した。
 (2)グリーンアノールよる訪花昆虫の捕食が、昼行性昆虫に媒介される植物の結実に影響している可能性を示した。またニューギニアヤリガタリクウズムシによる高い捕食圧が地域的な貝類の絶滅を起こしていることを世界で初めて示した。しかし土壌動物に与える影響は小さかった。また外来種子散布者・メジロが外来植物の更新に大きな影響を与えていると推測された。
 (3) これまで絶滅種とされていた陸生貝類を再発見し、困難とされてきた固有陸産貝類の系統保存法開発に成功した。さらに、貝類の捕食者として外来種であるクマネズミの影響を明らかにした。
 (4)弟島への人工池の設置により、絶滅危惧種3種のトンボの発生に成功した。また兄島にのみ現存するオガサワラハンミョウの人工飼育試験を行い、幼虫を得ることができた。オガサワラシジミを母島で再発見し、人工飼育手法を開発した。
 (5)グリーンアノールのミクロな生息場所選択と個体群が高密度であることを明らかにした。また足裏の構造を詳細に観察し、有効なトラップ設置法及び排除柵の作成に寄与した。
 (6) 母島の海鳥繁殖地がノネコにより崩壊する実例を明らかにし、ノネコの影響を緩和するために柵を設置した。東島では植物食のクマネズミがアナドリを捕食し、繁殖を阻害していることを明らかにした。
 各サブテーマの年度の研究計画はほぼ達成されており、今後、平成19年度末には、概ね当初計画で想定した研究成果が得られるものと見込まれる。

3.延長された場合の研究計画概要

 (1)侵入面積や在来種への影響などモクマオウの重要性が明らかになったことから、モクマオウ排除後の更新に関わる、乾性低木林の在来種の発芽・成長などの生態的特性を明らかにする。
 (2)グリーンアノールの生態系への影響が明らかになったため、海岸部での地域的根絶事業が計画されており、その場所で固有ハナバチ類の生態、訪花植物との関係等の回復をモニタリングする。また鳥類による外来植物の種子分散について、海鳥等にも範囲を広げて全体を把握し、外来植物排除手法に資する。
 (3)小笠原の陸産貝類の進化の重要性をアピールし、開発した系統保存手法を活用して保全に資するために、小笠原における陸生貝類の遺伝的分化の特殊性と進化的保全単位等について明らかにする。
 (4)トンボやシジミチョウ等の保全手法を活用し、それら昆虫の個体群再生の過程を評価し、保全手法を改良するために、モニタリングを行う。
 (5)グリーンアノールの効率的な防除に資する情報を提供するために、小笠原における本種の生命表を完成させ、それに基づいた個体群動態モデルを改良する。
 (6)ノネコとネズミの研究成果に基づき対策事業が開始されることから、遠隔地ゆえの対策の遅れを回避するために、ネコ等の侵入をリアルタイムで監視する遠隔監視システムを設置し、その実証効果を判定する。
 これらの研究によって、世界遺産登録への寄与に向け、小笠原の生物学的重要性を示す科学的データの蓄積と、外来種の影響緩和事業に必要な実証データの提供を行う。

4.委員の指摘及び提言概要

 本研究では固有の生態系の保全や再生手法がある程度提案できたと思う。延長期間中の研究では自然再生事業への技術移転は十分に期待できるので、この事業が継続的に展開できる方向を探ってほしい。
 将来的には、欠けている生物群も研究対象として研究してほしい。

5.評点

 総合評点:A
 必要性の観点(科学的意義等):a
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):a
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):a
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:a
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 サブテーマ6:b

研究課題別 事後評価結果(戦略課題)


研究課題名:S-1 21世紀の炭素管理に向けたアジア陸域生態系の統合的炭素収支研究(H14-18)

研究代表者氏名:及川武久(筑波大学生物科学系(現・筑波大学生命環境科学研究科))

1.研究概要

 最近出された第四次IPCCレポート(2007)でも指摘されているように、二酸化炭素を主体とした温室効果ガスの大気への排出による地球温暖化がすでに進行しつつある。この地球温暖化を抑制するための国際的枠組みである京都議定書が、1997年に批准され、2005年2月に正式に発効した。従って、日本でも第一約束期間である2008年~2012年に人為起源のCO2放出を、1990年比で6%削減するために、対応が精力的に進められつつある。しかし、この地球温暖化問題は仮に第一約束期間の取り組みが定められたとおり達成されたとしても、片が付くような容易な問題ではない。第二約束期間以降を見据えた対応を今から周到に準備しておく必要がある。平成14年度から5年計画で環境省の戦略研究課題として始まった本研究課題は、正にその狙いを持った研究プロジェクトとして位置づけられるものである。特に、アジア域を対象として、CO2の吸収源としての期待が高い森林生態系はもとより、草原や水田を含めた、モンスーンアジアに特徴的な陸域生態系全体の炭素動態の現況を科学的に精密に見積もると同時に、開発した生態系モデルに基づいて将来的な動向も予測して、これからの環境政策に対する有効な指針を提示することにある。
 本プロジェクトでは、下記4つのテーマのもとに研究を推進してきた。

  1. I「ボトムアップ(微気象・生態学的)アプローチによる陸域生態系の炭素収支解析」
      テーマリーダー:山本晋(岡山大学・環境理工学部)
  2. II「トップダウン(大気観測)アプローチによるメソスケールの陸域炭素収支解析」
      テーマリーダー:井上元(国立環境研究所、平成17年度まで)
              町田敏暢(国立環境研究所、平成18年度)
  3. III「アジア陸域生態系の炭素収支変動予測と21世紀の炭素管理手法の検討」
      テーマリーダー:甲山隆司(北大・地球環境科学研究科)
  4. IV「プロジェクトの統合的推進と情報共有」
      テーマリーダー:及川武久(筑波大学・生命科学研究科)

2.研究の達成状況

 平成14年度から、戦略プロジェクトとして表記の研究課題が5年計画(第I期、平成14年度~平成16年度:第II期、平成17年度~平成18年度)で始まった。この研究プロジェクトの大きな狙いは地球温暖化の主因である大気CO2濃度上昇の抑制を目指して、陸域、特にアジア地域の大気-陸域間のCO2交換の実態を統合的に明らかにすることにある。
 第II期に入った平成17年度からは統合化に向けた検討を重ねてきた。その成果が平成18年3月10日に行ったアドバイザリーボード会合の成果報告会に具体化された。すなわち、従来はテーマI~IV順次に研究成果を報告する形態から、統合解析の論議に基づいて、テーマ横断的に相互関連を重視したプログラム編成とした。この新たな試みにより、大勢の分担者間にプロジェクト全体の中の自分の位置を明確に認識できるようになった。
 平成18年度は,すでに前年度末に決められていたとおり、この5年間に得られた研究成果をとりまとめて、広く一般に公開するためのワークショップを平成18年10月14日に早稲田大学・国際会議場で開催した。このワークショップに備えて、充実した講演要旨集を準備した(pp.69.講演者9名の要旨と、21件のポスター発表の要旨。さらに巻末に用語集をつける)。さらにこのワークショップにはアドバイザリーボードに加えて、4名の指定討論者(鈴木雅一・東大教授、林陽生・筑波大学教授、西岡秀三・国立環境研究所理事、和田英太郎・地球フロンティアディレクター)も委嘱した。これら学識経験者の方々の深く鋭い論議のおかげで、我々の研究内容の理解が深まり、未解決の部分なども明確化された。このワークショップには100名を超える参加者(参加した多くの方は研究所の研究者や、大学の教官や大学院生)があり、参加者の多くからは高い評価をいただいた。
 最終となるアドバイザーボード会合を平成19年2月15日に開いた。この会合では最終的な成果の取りまとめ、特に秋に開いたワークショップの際には、取りまとめの時間が不足して暫定値しか示し得なかった状態を、ほぼ解消することができた。
 環境省が初めて開始した戦略的研究課題に「21世紀の炭素管理に向けたアジア陸域生態系の統合的炭素収支研究」、通称S-1プロジェクトが選定された。我々担当者はその環境科学的、政策的意義を深く認識し、研究に取り組んできた。我々が対象としてきたアジア地域は熱帯地域から亜寒帯地域にまで広がり、モンスーン気候が支配する多彩な気候条件と多様な陸域生態系が分布している。しかも人口密度が世界で最も高く、しかも水田という湛水環境に成立する特異な人為生態系が広く覆い、人類への主要な食糧供給源としても重要な機能を担っている地域でもある。このような世界でも類を見ないような複雑な地域を対象として、陸域生態系の炭素動態を明らかにすることは困難を極めたが、担当者たちの熱意と創意工夫によって、全貌をかなりの程度まで明らかにできた。
 上記の成果を挙げ得た要因はいくつか挙げられよう。
 陸域生態系の炭素動態を解明する手法は主に二つある。その一つは渦相関法に代表される微気象学的な手法であり、気象学的素養を身につけた研究者が担当した。もう一つは積み上げ法に基づく生態系の生産力の測定であり、生態学や林学を専門とする研究者が担当した。二つの手法は測定原理が全く異なり、従来は相互に理解しあうことが容易ではなかった。しかし、今回のS-1プロジェクトでは統合化に向けた論議を重ねたおかげで、二つの分野の研究者の連携が円滑に進んだことが、第一の成功要因として挙げられる。
 第二の成功要因として、それぞれの研究者が得た数多くの研究成果をデータベースとして統合化し、相互利用を図った点にある。データベース作成は地味な研究活動であるが、しっかりとした基盤を整備しえたことが、今回のもう一つの成功要因として挙げられる。
 第三に、環境省は今回の研究活動に対して多額の研究費を提供され、資金的にも余裕のある研究を推進しえたことも、幸いであった。この研究費の一部は若手研究者の採用にもあてられ、有能な若手研究者の育成にも大きな役割を果たした。この若手研究者の中には中国や韓国のかなりの数の研究者も含まれており、今後さらにアジア域を含めた研究を進める上での貴重な人的資源が確保されたことも、目には見えないが、大きな成果となった。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究課題は、京都議定書第2約束期間を視野に入れた地球温暖化防止対策の検討に寄与するため、大気中温室ガス濃度レベルを設定するのに必要な科学的知見の整備を目的とし、アジア陸域炭素収支に関連する我が国の研究者を糾合して遂行したものである。微気象・生態学的アプローチ、タワーによる大気観測によるアプローチ、衛星データや高精度モデルを含むアプローチを組み合わせて、陸域炭素収支に関するシステム的に統合的な像を与えることができたのは学術的に意義が高い。
 寒帯から熱帯域に至る気象の異なる領域で、植生、土壌を対象に二酸化炭素のダイナミクスに関する基礎情報を取得した点は貴重である。これらアジア域における炭素収支の成果は、今後、政策的にも活用される価値があると考えられる。
 しかしながら、研究開始時点で、この課題に求められる戦略性、つまり、目的達成のための課題の各テーマを通じて一貫した研究の方向性の検討という点で、十分でなかった面も否定できないのではないか。
 気候、植生において極めて多様性に富んだ研究対象領域の生態系について、統一的な全体像が十分に構築しきれなかった。個々のテーマ、サブテーマごとには優れたものであっても、全体として汎用性のある形でまとめることができなかったのではないか。
 研究成果の集約方法としてモデルを有効に用いている点は評価できる。モデルの検証を多様な生態系について行い、適用の限界をより明確にすることが望ましい。
 衛星データを活用したモデルは今後の実用的な炭素管理手法として将来性があるが、これを土壌炭素循環にまで踏み込んだモデルとして深化させて行くことが期待される。また、土壌炭素について、モデルと実測との連携がないのは問題と言えよう。
 研究結果の公表・普及に十分努めた実績は評価に値する。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 テーマI:c
 テーマII:b
 テーマIII:b
 テーマIV:b


研究課題名:S-1テーマI ボトムアップ(微気象・生態学的)アプローチによる陸域生態系の炭素収支解析に関する研究(H14-18)

研究代表者氏名:山本 晋 (岡山大学 大学院環境学研究科)

1.研究概要


図―1 各種陸域生態系での炭素フラックス観測と生態系調査による炭素蓄積量とフロー

 二酸化炭素の動態に対する陸域生態系の機能、とりわけ森林生態系が二酸化炭素の吸収側として機能しているのか、またその程度はどのくらいかということについての科学的知見が陸域生態系の炭素管理指針の策定の面から強く求められている。ここでは、アジア特有のモンスーン気候下の多種多様な生態系を対象に、陸域生態系-大気間の二酸化炭素等の吸収/放出量を観測によって精度良く把握し、そのメカニズムの解明を通じた陸域生態系炭素収支のモデル化とモデル推定精度の向上に努めてきた。
 本研究ではアジア地域の多様な陸域生態系に設営されたタワー観測サイト(森林サイト10、草地サイト3、農耕地サイト2の合計15サイト)において、気象観測、植物群落と大気間での二酸化炭素、水蒸気、熱量などのフラックスの連続観測を行ってきた。さらに、同一サイトで植物体現存量調査、土壌圏調査などを行い、生態学的な手法によって推定した炭素収支推定値(炭素蓄積量とフロー)と二酸化炭素フラックス連続観測の結果とのクロスチェックを行った。図―1に各種陸域生態系での炭素フラックス観測と生態系調査による炭素蓄積量とフローの関連を示す。
 サブテーマは次の4つである。
 (1)森林・草地生態系における炭素収支の定量的評価に関する研究
 (2)草原・農耕地生態系における炭素収支の定量的評価に関する研究
 (3)土壌圏における炭素収支の定量的評価に関する研究
 (4)陸域生態系の炭素収支データベース構築と総合的解析に関する研究

2.研究の達成状況

 本研究を通してアジア各地の生態系に展開された地上観測サイトにおけるフラックス観測、生態学的・土壌学的調査により、異なる気候帯、異なるタイプの生態系の生産量は、それぞれ特徴的な季節変動・年々変動を有すること、そしてそれらの変動には生態系により異なる炭素蓄積、フローのプロセスが関与していることを定量的に示した。さらにその成果に基づき、炭素収支のアジア初の総合的データベースを構築した。このデータベースの活用により、従来は困難であったフラックス観測結果に対する不確実性の見積りがある程度可能になった。さらに、複数の地上観測サイトにおいて、陸域生態系モデルの検証や、衛星リモートセンシングデータ解析手法の検証に地上観測のデータが利用され、リモートセンシングによる広域解析と複数地上サイトの観測結果との比較、これらの結果と陸域生態系モデルとの比較・検証が行われた。こうした統合的研究は、単にモデルやデータ解析手法の高度化に寄与しただけでなく、地上観測データの持つ不確実性や解決すべき問題を浮き彫りにするというフィードバックをももたらした。
 今後とも国内外の研究機関と連携し、本研究でアジア地域に展開された地上観測サイトにおいて、陸域生態系と大気の間での熱・水・二酸化炭素交換に関する長期観測を継続し、アジア地域の炭素収支の解明と時空間変動データの集積をめざし、もって世界的な炭素動態研究、国際協力によるデータ利用と情報交換のネットワークの構築に貢献することが必要不可欠である。

3.委員の指摘及び提言概要

 各種陸上生態系の炭素収支を研究する手法が、このテーマによって大きく前進し、それによって関連知見が大きく改善された。
 しかし、テーマ全体としてみると、各サブテーマの成果を羅列した感が否めない。陸域生態系全体を対象とした炭素収支推定のために各サブテーマ間で共通に収集すべきデータとその精度についての配慮が十分でなかったのではなかろうか。
 また、渦相関法と生態調査から得られたNEPの乖離や、水田のNEPの大きい変異などの例に見られるように、得られたデータがどの程度信頼できるかについての説明も十分とは言えない。NEP推定の際の誤差要因となる、夜間観測値、樹木根の成長と枯死・脱落の問題等も本研究で解決して頂きたかった。
 サブテーマ(1)~(3)において、個々のサブサブテーマ内で得られたデータの入出力や品質について不統一があり、これが、サブテーマ(4)におけるデータベース作成と解析に支障を来したと思われる。
 サブテーマ(2)において、調査対象の草原生態系として、青海・チベット高原を選んだことや、C3/C4植物の実験にTERCを選んだことは適切であり、かつ、科学的知見も得られている。一方、モンスーンアジアの農耕地生態系として、我が国を選ぶよりは、中国、インドシナ、南アジア島嶼地域などを選んだ方が適切ではなかったか。
 サブテーマ(3)において、テーマ全体のまとまりは認められるし科学的知見も得られている。しかし、プロセス研究レベルで森林土壌圏だけを取り上げて、土壌フラックスを見積もったり、SOC動態広域評価をモデルにより水田土壌にまで適用したことは無理がなかったろうか。また、アジア全域に通用するかどうかも検討して頂きたかった。また、土壌圏における炭素のストックとフローを定量的に評価する手法を確立できたか疑問視する意見もあった。
 サブテーマ(4)において、品質の異なる各サブサブテーマからの情報を合わせて評価することに苦労されたと思うが、ここでの経験を今後のデータベース作成研究等に生かし、普及につとめられることを期待する。
 いずれのサブテーマとも、研究結果の公表・普及に十分努めた実績は高く評価されるべきである。

4.評点

 総合評点:c


研究課題名:S-1テーマII トップダウン(大気観測)アプローチによるメソスケールの陸域炭素収支解析(H14-18)

研究代表者氏名:町田敏暢(独立行政法人国立環境研究所 地球環境研究センター)

1.研究概要

 本研究は、大気中の二酸化炭素濃度(CO2)の観測からその地表面での吸収・放出量の分布を推定するもの(トップダウン・アプローチ)である。即ち、地表面におけるCO2の吸収・放出により濃度の変化した大気が、移流拡散した結果として、ある大気濃度分布となるが、移流拡散が正しいならCO2の分布観測から逆に地表面の収支を推定する。本研究では地上での連続測定データを比較的高密度(1000kmスケール)で取得し、地域規模のインバースモデル解析を用いた新たなフラックス推定手法の開発を行い、亜大陸規模でのCO2フラックスを推定することを目的とする。サブテーマは次の2つである。

  1. (1) 大気観測ネットワークによる二酸化炭素のメソスケールの分布とその変動の観測
  2. (2) メソスケールのインバースモデルの開発による二酸化炭素収支分布の推定

2.研究の達成状況

  1. (1) 小型で長期に安定的にCO2濃度を観測するシステムを開発した。高精度分析を行うに当たって必須である標準ガスの消費を極端に少なくした本システムは、世界の観測系研究者から高い関心を持たれている。
  2. (2) シベリアにおいて多地点の高精度観測網を構築した。内陸におけるこれほど高密度の観測網はなく、ヨーロッパやカナダを始め世界のモデル研究者から共同研究の申し出がある。また、2008年度に打ち上げられる温室効果気体観測衛星(GOSATおよびOCO)の内陸での有力な検証データとしても期待されている。
  3. (3) 地上におけるタワー観測でも日中の観測値を使えば、境界層内を代表するデータが取得できることを明らかにした。航空機観測に比べてタワー観測は安価で高密度観測が可能であるので、この意義は大きい。
  4. (4) タワー観測ネットワークとインバースモデルを組み合わせて亜大陸規模のCO2フラックスを推定できることを実証した。サブテーマ2の当初からの目標であったフラックス推定手法の確立を最終的に達成することができた。

3.委員の指摘及び提言概要

 これまで観測インフラが不十分な西シベリアにおいてタワー観測によりCO2濃度を連続的に観測出来るシステムを構築したことは、この地域にとって長期・継続的なモニタリングとして有意義といえる。
 観測結果を基に、インバースモデルの開発利用により、限られた地点での観測から森林生態系の炭素収支に関する多くの情報がえられたことは注目に値する。
 環境研(NIES)とフランス気象力学研究所(LMDZ)の二つのインバースモデルによる結果を生態系モデル(Sim-CYCLE)と比較することにより、生態系モデルについて季節変化等に関して検証が行えたことは評価できる。今後の亜大陸規模の炭素フラックス推定への道を開いたと言える。
 この方法はある程度完成されており、今後、政策的な観点との調和で観測地域を検討することが重要である。

4.評点

 総合評点:b


研究課題名:S-1テーマIII アジア陸域生態系の炭素収支変動予測と21世紀の炭素管理手法の検討(H14-18)

研究代表者氏名:甲山隆司 (北海道大学)

1.研究概要

 人間活動による炭素循環への影響が顕著になり、気候変動のリスクが高まっている。しかしながら、今後100年間を見通して、陸域生態系における炭素収支の変動を中心とした、炭素循環変動リスクに対して人間社会がどのように対処してゆくのかについての研究は十分にはなされていない。本研究では、アジア地域の統合的炭素収支変動予測に基づいて21世紀の炭素管理手法を検討することを目的として、以下のサブテーマに関する研究を実施するとともに、研究成果を政策的に反映させ、活用を図っていく方策や仕組みの検討についても先駆的に取り組んだ。
 サブテーマはつぎの4つである。

  1. (1)陸域生態系吸収・放出の近未来予測モデルの開発
  2. (2)陸域炭素循環モデルの国際比較と高度化
  3. (3)二酸化炭素収支のモデルによる予測のための情報基盤整備
  4. (4)21世紀の陸域炭素管理オプションの総合評価と炭素収支の統合予測モデルの開発

2.研究の達成状況

 本テーマでは、並行してテーマIで詳細に観測される陸域生態系の炭素フラックス観測を広域化し、また長期予測を行うために、生態系予測モデルの相互比較、衛星観測による光合成有効放射量変化および新たな土地被覆図の生成、既存の森林生態系長期観測プロットデータによる生態系パラメータの解析を行い、テーマIおよびそれぞれの成果を統合して、当該地域の純一次生産量と純生態系生産量の積算とマッピングを完成させることを第一目的として設定した。それに基づき、さらに、人間活動を組み込んだ炭素管理モデルの提示と、国際モデル比較をおこない、今後の炭素管理オプションを評価するための統合モデルを開発して、政策に反映させることを第二目的とした。テーマIIIの各サブテーマは実施機関を別けて実施されたが、実質的には以下のように、サブテーマ課題間、およびテーマI、テーマIIの課題と密接に連携しつつ進め、今後の炭素管理政策に貢献する情報を提供した。
 (a) サブテーマ(1)の生態系モデルTsuBiMoをサブテーマ(4)の統合予測モデルのベースにして炭素管理評価を行った。(b) サブテーマ(3)の衛星観測や既存データによる広域化の評価データをテーマIの観測とともにサブテーマ(1)のモデルによるマッピングに活用した。(c) サブテーマ(3)が作成した、対象期間中の月単位PARマップに基づいて、テーマIの炭素収支の時間変動の気候依存性を解釈した。(d) サブテーマ(3)で集積した既存の森林観測の調査区データによって、テーマIの詳細ではあるが植生代表性には欠落の多い炭素収支観測プロットの情報を保管した。(e) テーマIIの、インバースモデルに基づく炭素収支観測の結果を、同じ観測期間における本テーマIIIサブテーマ(1)のSimCYCLEの推定値によって比較評価した。(f) 本プロジェクトが明らかにした東アジアを対象とする統合研究成果を、サブテーマ(2)のグローバル・カーボン・プロジェクトと連携した国際比較のなかで評価していくなど、密接な共同作業として実施した。

3.委員の指摘及び提言概要

 土地利用変化に伴う炭素収支の変動を予測するモデルの開発は、重要な成果と言え、今後の発展が期待される。
 サブテーマ(1)において、3つのモデルの結果の並列にとどまっており、統合化される必要があるのではないか。
 サブテーマ(2)のタイトルは「陸域炭素モデルの(国際比較と)高度化」となっているが、何が「高度化」されたのか成果からは明らかでない。
 また、サブテーマ(2)と(3)は、ともに、取り立ててサブ課題にする意義が疑問視される。両サブテーマは、モデル入力データの検証機能と位置づけるべきではないか。
 サブテーマ(4)は、本サブテーマの最終アウトプットとして、炭素循環の特徴には考慮が払われているといえるが、循環速度に関する違いに考慮が払われているか疑問である。具体的には、森林、農地、草地では吸収・放出速度が異なり、循環速度、滞留速度が異なる。また、植物生態系の吸収・放出と化石燃料の人為的消費に伴う放出、循環速度に配慮がなされているだろうか。もし、この点が明らかでないのなら、現在のモデル、シナリオのままでは、炭素管理のためのオプションの域にまで達しているとは言えないのではないか。

4.評点

 総合評点:b


研究課題名:S-1テーマIV プロジェクトの統合的推進と情報共有(H14-18)

研究代表者氏名:及川武久(筑波大学生物科学系(現・筑波大学生命環境科学研究科))

1.研究概要

 S-1プロジェクトは新たに設けられた戦略研究プロジェクトであり、アジア陸域生態系の炭素動態を解明するために、下記の四つのテーマから構成されている。
I「ボトムアップ(微気象・生態学的)アプローチによる陸域生態系の炭素収支解析」
II「トップダウン(大気観測)アプローチによるメソスケールの陸域炭素収支解析」
III「アジア陸域生態系の炭素収支変動予測と21世紀の炭素管理手法の検討」
IV「プロジェクトの統合的推進と情報共有」
 この中で、研究テーマIVではプロジェクト全体で得られたデータを集積し、それを参加研究者が共有し、効率の良い密接な連携を図る上で、データベース管理やプロジェクト進行管理のための情報基盤の整備が重要である。とくに、今回のプロジェクトは野外実験・衛星リモートセンシング・生態系モデルと研究手法が異なり、かつ研究分野の異なる研究者の協力の下に、標記研究を有機的かつ統合的に推進するためにはこのことが不可欠となる。この目的を達するために、第II期に入った平成17年度から解析統合サブグループを設けて論議を重ねて、最終的な成果の取りまとめを推進した。

2.研究の達成状況

 上記4つのテーマの内、I~IIIのテーマは野外での観測研究とモデル研究を有機的に統合化する形になっている。そして、テーマIVとして、I~IIIのテーマで得られた研究成果をデータ統合という形で一元的に集約し、共同研究者の財産として共有することによって、アジア陸域生態系の統合的炭素収支研究の実現を目指した。その結果、平成16年度に行われた中間評価では、すべてのテーマが高い評価を受けて、第二期の研究へ進むことができた。しかし、中間評価委員からは、第二期に向けては、統合化に向けた研究にいっそう推進するようにとのご指摘もいただいた。そこで第二期では、テーマIVの中に、新たに統合解析サブグループを設けて、統合化を強力に推進する体制を整えた。このような体制をとったことにより、平成18年10月には早稲田大学・国際会議場において、5年間の研究成果を一般の方々にも公開するワークショップを開催した。100名を超える参加者があり、高い評価をいただいた。そして平成19年2月に、最後のアドバイザリーボード会合を開き、最終的な取りまとめを成功裏に終了した。

3.委員の指摘及び提言概要

 本テーマは、プロジェクト全体のとりまとめとして、データベースの共有化やマネジメントを通じて高い成果を上げていると評価できる。一方で、統合化がどこまで成功したか疑問なので、特にテーマとして掲げなくてもよいのでは、とする意見もあった。
 データベースの構築と管理については、充実した取り組みがなされて来ており、本課題の大きな成果と言える。特に、QC/QA、トレーサビリティ-の保証されたデータベースの構築は国内、国際的にも有効であり、将来の更なる発展が期待される。
 「システムアプローチによる統合研究推進」という概念で有効に成果をまとめているが、このうち、地上観測、タワー観測、航空機観測は時間的、予算的制約が大きい点を考慮して、モデリングによる予測とともに、これを検証するため人工衛星による地表観測データを利用するのが最も現実的な方法と思われる。このような視点での検討を今後進めて行くことが望ましいのでないか。

4.評点

 総合評点:b


研究課題名:A-1 オゾン層破壊の長期変動要因の解析と将来予測に関する研究(H14-18)

研究代表者氏名:今村隆史 (国立環境研究所)

1.研究概要

 国際的なオゾン層保護対策が実施されてきた結果、成層圏においても塩素・臭素濃度が減少傾向に転じた。しかしオゾン層を取り巻く環境はCO2などの温室効果気体の増加や成層圏水蒸気の増加傾向の指摘など、オゾンホール出現前の1970年代とは既に大きく異なっている。よって、オゾン層破壊の将来予測を行う際には、塩素・臭素以外の大気組成の変化や温暖化の進行の影響を考慮する必要がある。また将来予測の妥当性を考える上で、これまでのオゾン層の長期変動が何によってもたらされたかの定量的把握が必要である。そこで本研究では、[1]今後見込まれる大気組成の変化(フロン・ハロン濃度の減少やCO2濃度の増大など)に着目して今後のオゾン層変動を予測すること、[2]新たなオゾン層変動要因として最近指摘されている成層圏水蒸気の変化を成層圏への水蒸気の流入口付近(熱帯対流圏界面近傍)で明らかにすること、ならびに[3]過去のオゾン層変動に如何なる要因が関与していたかについて分類化・定量化することを目的とした。サブテーマはつぎの4つである。

  1. (1) 温室効果気体の増加がオゾン層に与える影響の定量化に関する研究
  2. (2) 成層圏水蒸気量の変動の把握とオゾン分解反応への影響評価に関する研究
  3. (3) 中緯度における長期オゾン変動の解析と変動要因の解明に関する研究
  4. (4) オゾン層将来予測モデルを用いた北半球トレンドの解析に関する研究(平成17-18年度のEFF)

2.研究の達成状況

 本研究では、基本となる大気大循環モデルの枠組みが同一の2つの成層圏数値モデル-化学気候モデルおよび化学輸送モデル-が開発・改良がなされた。化学気候モデルは想定したフロン類やCO2などの温室効果気体の変化シナリオのもとでの長期積分実験に応用され、これまでのオゾンホールの拡大傾向が再現されると共に今世紀半ば頃の著しい縮小を予測している。特に延長した後期2年間においては、化学輸送モデルで先行して進められた臭素オゾン分解反応系の導入や平面大気から球面大気への移行が進められ、前期で行われた将来予測実験時に比べ、オゾン分布やオゾンホールの時間発展の再現性が向上した状況での将来予測実験が行われた。
 化学輸送モデルは中緯度オゾンのこれまでの長期変化要因の分類化に応用され、西太平洋亜熱帯域での主として力学的要因に基づく低オゾン濃度領域の空間分布の変化や極域オゾン層破壊が中緯度に及ぼす影響の定量化などがなされた。
 成層圏水蒸気量の変化の実態を把握するために太平洋熱帯対流圏界面近傍での水蒸気観測が実施された。特に2年間の延長によって5年間観測が継続された事により、1990年代初期のデータも含めて解析することで、中緯度で観測された長期増加トレンドは明瞭には認められないものの、熱帯下部成層圏での新たな水蒸気の変動を示す結果が得られた。また成層圏数値モデルを活用した水蒸気除去機構の解明も進められた。
 手法面でのサブテーマ間の連携は上手くなされ、個々のサブテーマの当初の目的もほぼ達成された。しかし、全体像として捉えた場合、もう少し踏み込んだサブテーマ間の有機的な連携が望まれた。

3.委員の指摘及び提言概要

 オゾン層破壊物質の排出は規制されているものの、既存の長期滞留分のため大気中濃度はそれほど減少していないので成層圏での温室効果ガスや水蒸気の影響が相対的に無視できないものとなっている。本課題は温室効果ガスや水蒸気の振る舞いについて、化学気候モデル・化学輸送モデルを中心に観測、衛星データなども用いて明らかにしたもので、成果は学術的に意義が有ると同時に、UNEP/WMOの「オゾン層破壊の科学アセスメント」などに反映されており政策的にも意義がある。
 サブテーマ(2)でなされた熱帯下部成層圏水蒸気の変動についての研究は重要であり知見も注目に値する。しかし、今回なされた研究に限ればその有効性については議論が分かれるところである。
 現在、オゾン層変動の解明は、力学的(放射や温暖化等も関係)プロセスと総合的な理解のもとに進められるべきであり、本課題においてもこのような意識で研究が進められている部分がある。しかし全てのサブテーマがそのような理解のもとに進められてはいないように見える。とりわけサブテーマ(3)は、ケーススタディの集まりに終わったと思われる。
 オゾン層変動については従来の研究で十分に成果は上がっているので、今後の研究体勢は参加機関を厳選して継続することで十分であるとも考えられる。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:c
 サブテーマ4:b


研究課題名:A-10 衛星観測データを利用した極域オゾン層破壊の機構解明に関する研究(H16-18)

研究代表者氏名:中島英彰 (独立行政法人・国立環境研究所)

1.研究概要

 本研究は、主にILAS-IIやILAS等わが国の衛星センサーによって得られたデータ、および海外の衛星センサーによって得られたデータを包括的に用いて、極域オゾン層変動の定量的把握とその変動を引き起こす物理・化学的メカニズムの解明を目的とする。
 サブテーマはつぎの5つである。

  1. (1) ILAS/ILAS-II観測スペクトルデータからの大気パラメータ導出手法の高度化に関する研究
  2. (2) 地上・気球・他衛星データ等を利用した衛星データ検証に関する研究
  3. (3) ILAS/ILAS-II等衛星データを用いた極域オゾン破壊機構解明に関する研究
  4. (4) 化学輸送モデルを用いた極域オゾン破壊に関する研究
  5. (5) 地上赤外分光データと衛星観測データの比較による成層圏微量成分変動メカニズムの解明に関する研究

2.研究の達成状況

 人工衛星センサILAS-IIやILASが、衛星の不具合により1年に満たない短期間のデータを得られなかったものの、多岐にわたる本研究活動により、そのデータを最大限に活用した成果を上げることができた。また、結果もJ. Geophys. Res.誌上にILAS, ILAS-II特集号として集大成することができた。具体的な研究成果は、以下の通りである。
 サブテーマ(1)では、世界で初めて中庸な波長分解能(0.1ミクロン程度)の赤外分光計からの大気吸収スペクトルに含まれる、気体・エアロゾル成分の同時推定手法を確立した。サブテーマ(2)と(5)では、主にILAS-IIからの2003年の観測データを、衛星とは異なる測定原理による地上からの分光測定や気球観測との比較から定量的に評価した。データ質の確立されたILASおよびILAS-IIデータを利用して、サブテーマ(3)では、2003年南極における詳細な解析を行い、定量的にPSCの発生頻度を求めることに成功した。特に、8月上旬の高度20 kmでは80%もの発生頻度をつきとめ、塩素の活性化に寄与していることが裏付けられた。このように、大規模なオゾンホールを引き起こすに十分な環境が整っていたことと整合する形で、大きなオゾン破壊とその速度が確認できた。特に、9月下旬の高度21 kmではオゾン濃度は、冬の初めの3 ppmvからほぼゼロとなっていた。また、その時期のオゾン破壊速度も、過去に記録された値と同程度の、1日当たり80-90 ppbvという極めて高い数値であることが明らかになった。最後にサブテーマ(4)からは、時間閾値解析法、CCSR/NIES化学輸送モデルによる極渦内化学ON/OFF実験、およびILAS観測データの独自の3つの手法を使って1997年北極渦の孤立性と極渦内オゾン破壊のその周りの大気への影響を定量的に明らかにした。時間閾値解析法は、ラグランジュ的視点からの物質輸送の新しい解析法であり、それを極渦内外の空気塊輸送に初めて応用することができた。

3.委員の指摘及び提言概要

 ADEOS及びADEOSIIの衛星で得られたデータを解析することにより、事故により観測期間が短かったにもかかわらず、極域におけるオゾン層破壊メカニズムについて定量的知見を得る点で大きく貢献したといえる。
 サブテーマ間の連携も良い。また、サブテーマ(3)では、南極域で生じた最大級のオゾンホールの実態を十分に観測・解析することができた。研究成果を多数の論文として発表している点も評価できる。
 しかし、この研究で有られた多数の成果の内、極域成層圏オゾン層破壊機構について、真に新しい知見は何かをより明確に整理記述し世に問う必要があろう。
 研究組織は、衛星のサイエンスプロジェクトとして、与えられた課題を果たしたと言えよう。また、オゾン層観測として人工衛星の活用面での貢献も大きい。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b
 サブテーマ5:b
 


研究課題名:B-2 温室効果ガス観測衛星データの解析手法高度化と利用に関する研究(H16-18)

研究代表者氏名:横田達也 (国立環境研究所)

1.研究概要

 人工衛星による温室効果ガスの観測では、多くの地域で薄い雲(巻雲)の存在や、ダストや粉塵のようなエアロゾルが地表付近に存在するため、これらが濃度算出の誤差要因となる。このような地域はかなり広範にある。本研究では、雲・エアロゾルがある場合の衛星観測データも有効に活用して、より正確に二酸化炭素の収支を推定するための手法の開発を目的にしている。本研究の特徴は、我が国の開発する温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)の実利用性を重視して、衛星打ち上げに先立って航空機などにより遠隔計測データを取得し、観測データの特徴を明らかにし、実用的な温室効果ガス濃度の推定手法を開発する点にある。併せて衛星データを全球のネット吸収・排出量推定モデルに利用する方法(モデルへの同化手法)を研究・開発する。
 サブテーマはつぎの3つである。
(1) 温室効果ガスの遠隔計測における巻雲・エアロゾルの影響研究
(2) 衛星観測データからのカラム量導出のための解析手法の高度化研究
(3) 二酸化炭素収支分布推定のためのデータ同化手法の開発

2.研究の達成状況

 本研究では、三つのサブテーマにより研究を実施した。
 サブ(1)は、航空機による遠隔計測データからの実用的な温室効果ガスのカラム量推定手法の開発を目標にした。飛行船・セスナ航空機・地上の高所に衛星模擬装置を設置して観測データを取得し、その解析結果と直接測定結果とを比較してカラム濃度推定誤差を評価した。飛行船、セスナ、高所観測は、いずれも世界初の実験である。特に筑波山山頂での高所観測実験は、研究2年目に初の試みを実施し、その結果を踏まえて3年目には改良実験を実施した。その結果、推定手法の妥当性とエアロゾル考慮の有効性を示すことが可能となった。残念であったのは、使用する予定のGOSAT地上モデルの開発が遅れ、研究当初の計画通りに進めることが困難となった点である。また、レーザーキャビティリングダウン法などの高精度測定法により、二酸化炭素等の吸収スペクトルを実験室で精密に測定し、分光パラメータを高精度に算出・解析できた。達成度は80%程度である。
 サブ(2)は、巻雲やエアロゾルからの放射(パスラディアンス)の補正を精密に行って、温室効果ガスのカラム量を安定的に高精度に導出するための解析手法を計算機シミュレーション等によって開発することを目標にした。巻雲については、観測データから巻雲の影響を補正して温室効果ガスのカラム濃度を精度良く求める方法を新たに開発した。本手法は、サブ(1)の実験データの解析にも利用され、手法の妥当性の確認がなされたことは、衛星打ち上げ前の研究として大きな成果の一つと言える。短波長赤外と熱赤外の複合利用の指針も開発された。達成度は90%程度といえる。
 サブ(3)は、衛星観測データと地上・航空機観測データなどを総合して、モデル計算によって二酸化炭素の地表面収支分布とその季節変動を推定するための手法の開発を目標にして、高分解能大気輸送モデルを開発し、その有効性の確認まで至った。NIRE-CTM-96アジョイントコードの開発に貢献し、4次元データ同化を行った。所期の目標は一応達成したが、実用化にはまだ国際的な連携のもとに研究を進める必要がある。達成度は85%程度といえる。
 本課題の反省点は、中間評価の指摘にもあったように、サブ(1)とサブ(2)はよく連携がとれたが、サブ(3)が独立しがちの体制となったことである。本課題の研究成果は、GOSATの高度データ処理手法として実用化されるものと期待される。

3.委員の指摘及び提言概要

 本課題は、温室効果ガス観測のために打ち上げが計画されているGOSAT衛星を想定して、雲・エアロゾル存在下で衛星からの温室効果ガスの観測精度を高めるための推定手法とモデル同化手法を開発する研究である。課題全体でよく目的意識を持って行われており、各サブテーマとも、学術的、政策的に期待された成果が得られたと考えられる。
 サブテーマ(1)で実際の衛星観測を想定して行われた野外での各種の分光学的観測とその解析は、GOSATの実用性を高める上で重要な成果として高く評価できる。
 サブテーマ(2)において、大気境界層の激しいCO2濃度変動を考慮した上でCO2のカラム推定の手法を開発した点は、衛星によるCO2の収支推定に大きく道を開いたものと評価できる。
 この研究により、ひとまず、GOSATのデータ解析によってCO2フラックスが得られる目途が立ったといえよう。しかし、現状の衛星観測・解析技術では、衛星観測に過大な期待をかけることは問題があるかもしれない。また、現実の衛星観測では測定機以外の要因に大きく影響される可能性があるので、そのリスクを考慮に入れる必要があろう。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名:B-4 能動型と受動型リモートセンサーの複合利用による大気汚染エアロゾルと雲の気候影響研究 (H14-18)

研究代表者氏名:中島映至 (東京大学気候システム研究センター)

1.研究概要

 本研究の目的は、雲自体が作り出す放射強制および、人為起源エアロゾルが間接・直接に引き起こす放射強制の大きさをより正確に評価することである。そのために、能動型センサーである高感度ドップラー雲レーダーと近紫外波長の高分解能スペクトルライダーを、受動センサーである可視・赤外イメジャーとフーリエ型分光放射計に組み合わせた新しい環境監視手法を確立する。このような新しい手法によって、雲とエアロゾル層の微物理特性を水平方向および鉛直方向に詳細に測定する。このデータを気候モデルと組み合わせることによって、0.2W/m2程度の精度で人為起源エアロゾルが引き起こす放射強制を推定する。ただし、研究の重点は新しい観測システムの確立に置く。
  サブテーマは次の3つである。
(1) 雲レーダーによる雲観測手法高度化とシナジーアルゴリズムの研究
(2) 高スペクトル分解ライダー等による雲・エアロゾル観測技術の研究
(3) 衛星データとモデルによる雲・エアロゾルの研究

2.研究の達成状況

 当初予定の80%を達成した。積み残しもあったが、逆に、当初予定していなかった新しい成果も得られた。要点は以下の通りである。

3.委員の指摘及び提言概要

 本課題は、従来不確実性が高いとされてきた、人為起源エアロゾルの間接・直接効果による放射強制力の推定精度を向上させるために観測システムや解析システムを開発することが目的である。開発した観測システムによって得られたデータにより、エアロゾルに関する理解の進展に大きく寄与したと言える。成果は多くの学術論文として報告されており、政策的にも意義があると思われる。特に、サブテーマ(3)の雲・エアロゾル相互作用に関する知見は、政策的にも重要な意味を持つと思われる。
 しかし、雲・エアロゾルの放射強制力は、時間空間的に変動が激しく、本課題で行われたケーススタディはともかくとして、観測により広い領域でかつ長期にわたり実態を把握することは、本課題のような観測システムの高度化を持ってしても困難と思われる。最終目的と本課題との関連が明確ではない。
 エアロゾル強制力に関する知見が増えたことは評価できるが、温暖化で問題となるのは、産業革命以来、人為的エアロゾルがどれだけの負の放射強制力を維持してきたかという点であり、その理解のためには、本課題と異なるアプローチが必要であろう。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名:B-12 極端な気象現象を含む高解像度気候変化シナリオを用いた温暖化影響評価研究(H16-18)

研究代表者氏名:江守正多 (国立環境研究所) 

1.研究概要

 地球温暖化の影響評価は、従来、主に気温や降水量の平均値の変化予測を基に行われてきた。しかし、例えば、洪水をもたらすような大雨の増加は、月平均の降水量の変化では表現できない。本研究では、「地球シミュレータ」上で(別課題において)計算された、世界最高解像度の大気海洋結合気候モデルによる将来の気候変化見通し実験結果を用いて、大雨などの極端な気象現象の効果を含んだ温暖化影響評価を行う。この気候モデルが現在の気候条件で極端な気象現象を現実的に表現できているかどうかの検証を行った上で、これを用いて地球温暖化による水資源、水害、農業、健康分野の影響評価を全球規模で行う。さらに、そのような影響をもたらす気候変化が気候モデル中で如何なるメカニズムで生じたのかを解明し、予測の不確実性の検討を行う。
 サブテーマはつぎの3つである。

  1. (1) 影響評価に必要な気候モデルの極値再現性の検証と入力データの検討に関する研究
  2. (2) 極値現象を含む気候変化シナリオを用いた温暖化影響評価に関する研究
  3. (3) 影響評価において重要な極値現象変化のメカニズム解明と不確実性の検討に関する研究

2.研究の達成状況

 サブテーマ1では、主に強い日降水に注目して気候モデルの検証を行った。高解像度気候モデルは、より低解像度のモデルに比較して現実的な日降水強度を再現するが、降水過程のモデル化の方法への依存性も大きいことを示した。また、20世紀後半における極端現象の変動の要因を調べるため、日最高・最低気温の観測データと気候モデル結果の統計解析を行った。日最低気温の年間最高値等に人為起源の影響が見られることを示した。
 サブテーマ2では、温暖化時の大河川流域の渇水・洪水の変化を主に解析した。北米大陸の北部と東ヨーロッパを除く全球で21世紀に洪水が増加すること、ユーラシア大陸の北東部を除いて全世界的に渇水が増加することを示した。また、熱ストレスによる死亡率の将来変化について、全球を対象とした評価を行った。適応・馴化が行われないと仮定した場合、熱ストレスによる超過死亡数の変化率は100~1000%程度増加することを示した。
 サブテーマ3では、日本の夏季の気候変化メカニズムについて、気候モデルによる予測結果を主に解析した。温暖化時には平均的に梅雨前線が強化され、梅雨明けが遅くなる「冷夏型」気圧配置に移行するメカニズムを示した。また、全球の平均降水量と強い日降水量について、気候モデルによる予測結果を解析した。主に亜熱帯を中心とした限られた地域で、強い降水量の変化割合は年平均降水量の変化割合を顕著に上回ることを示した。
 課題全体を通じて、極端現象を考慮に入れた影響評価およびその不確実性の検討により、温暖化予測および影響評価の具体性、信頼性の向上に資することができた。また、IPCCの第4次評価報告書に論文6本が引用されたほか、3回の記者発表(うち1回は研究期間終了後)などにより新聞等のメディアにも多数取り上げられた。

3.委員の指摘及び提言概要

 本課題は、地球シミュレータによる世界最高解像度の大気・海洋結合モデルの実験結果から日単位の変動に踏み込み、気温、降水などの「極値現象」を通して将来の気候変化予測を行い、気候変動による影響評価を行うものである。サブテーマ(1)では、人為起源の外部条件も与えることにより気候変動の原因特定に貢献した。サブテーマ(2)では、極値現象に関連した水資源・農業・健康などへの影響評価への道を開いた。サブテーマ(3)では、強い降水量と平均降水量との傾向が異なることを明らかにするなど、先駆的な予測が行われた。成果は学術的にも政策的にも大きな寄与をなしたと言える。
 しかし、水平方向のスケールが我が国における影響評価には粗すぎることは改善の余地が有ろう。
 気候変動の予測について一般的に言えることであるが、予測の検証が難しく、引き続き温暖化予測の大きな課題であることにかわりはない。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:a
 サブテーマ2:a
 サブテーマ3:a


研究課題名:B-60 京都議定書吸収源としての森林機能評価に関する研究(H14-18)

研究代表者氏名:天野正博 (早稲田大学)

1.研究概要

 京都議定書の5,7,8条で求められている国別インベントリー・システムの吸収源に関する中核的な部分を構成する、森林の炭素吸収量の計測手法及び評価モデルの開発と、第1約束期間に向けた議論の中で取り上げられているA/R CDMや伐採木材に対する我が国のとるべき戦略策定に資する知見の提供を目的とした。また、京都議定書が求めている不確実性への対応方法や報告データの検証手法の確立も併せて本研究で実施した。
 サブテーマはつぎの2つである。
(1)森林の炭素吸収量計測システム・評価モデルの開発
(2)吸収量評価モデルの開発と不確実性解析

2.研究の達成状況

 京都議定書第1約束期間に適用可能なインベントリー・システムの開発という当課題の目的は十分に達成できた。2006年9月及び2007年5月にUNFCCC事務局に提出された報告書の吸収源関係は、当研究の成果をベースとしている。また、アドバイザリーボード会合には委員だけでなく環境省、林野庁の行政担当者も参加し、研究に行政ニーズを柔軟に反映できるようにした。こうした試みにより、我が国の研究の進展状況が国際交渉に反映されるとともに、林野庁が整備した森林による炭素吸収量評価のための調査体系も、当研究の成果をベースに開発できた。また、当研究に携わっている研究者がIPCCの吸収源に関わる各種報告書のLA、REとして参加することにより、当研究の推進方向と京都議定書のインベントリー様式を適切に連携させることができた。
[1]森林の炭素吸収量計測システム・評価モデルの開発

[2]吸収量評価モデルの開発と不確実性解析

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究課題の目的である、京都議定書の運用面での技術的問題解決への知見の提供という点で、さしせまった行政ニーズに応える成果をあげたことは、高く評価できる。
 一方、従来の科学的知見に対して、新しい調査手法の提示、評価モデルの精緻化、および科学的成果の論文化などについては、不十分な点も見られた。
 サブテーマ(1)では、森林経営を社会科学的観点から解析して得られた成果、また、木材利用部門での評価モデルの成果などは、今後の森林・木材利用政策での活用が確実に見込まれる点で、評価できる。しかし、森林バイオマス、森林土壌、木材利用部門などを結合して総合的炭素吸収量評価モデルを構築するという点では、不十分さが見られた。
 サブテーマ(1)で、航空機搭載の赤外線測距儀(LiDAR)を用いた森林バイオマス量などの推定手法の開発は、ある領域での新たな検証手段を提供し得るものと評価できるが、日本全体での推定にいかに役立てるかという点では不十分だった。
 サブテーマ(1)で、陸域植生数値モデルの開発、CDMによる森林炭素吸収量評価手法の開発、およびリーケージの概念整理などの研究は、それぞれ単独での成果は得られたが、それらが課題全体にどのように貢献したのかは、明らかではなかった。
 サブテーマ(2)では、生態系モデルに森林インベントリーデータからのパラメータを摘出して、愛媛県を対象とした不確実性解析により、モデルとインベントリーデータ間の吸収量推計値を比較したことは、評価できる。しかし、科学的知見の総合化や課題全体への貢献という点では、不十分さが見られた。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:c


研究課題名:D-4 大型船舶のバラスト水・船体付着により越境移動する海洋生物がもたらす生態系攪乱の動態把握とリスク管理に関する研究(H16-18)

研究代表者氏名:川井浩史(神戸大学内海域環境教育研究センター)

1.研究概要

 近年多様化・グローバル化した物流移動に伴い生物種の越境移動に拍車が掛かっており、これによる生態系の攪乱が大きな問題になっている。このうち、海洋生物の船舶を介した移動については、バラスト水の処理を義務づける国際条約が採択されたが、バラストタンク内の生物モニタリング手法はいまだ確立されていない。また船舶の船体には様々な生物が付着しており、バラスト水と同様、越境移動の原因となっている。一部の海洋生物は日本から世界各地へ分布を広げ、各地の沿岸生態系の脅威となっているとの批判があり、またこの逆に世界各地から日本に侵入し、生態系を攪乱している生物も多いと考えられるが、その実態は十分に解明されていない。そこでバラスト水・船体付着により越境移動すると考えられる大型海藻類、動物、有害植物プランクトンを対象として、日本国内外における越境移動の実情を把握すると同時に、越境移動生物の由来を確定する手法を開発し、代表的な越境移動生物についてその伝搬経路を推定することを目指して研究を実施した。また、大型輸送船バラストタンク内の物理化学的環境ならびに生物多様性の実態を把握するとともに、実験室内での培養系を用いたバラストタンク内残存生物の培養試験を行い、バラスト水処理に効果的な環境要因について調査・解析を行った。
 サブテーマはつぎの3つである。

  1. (1) バラスト水・船体付着により越境移動した生物群集の起源、拡散経路および動態の解析に関する研究
  2. (2) バラスト水・船体付着生物群集遷移の把握及び管理に関する研究
  3. (3) バラストタンク環境における有害植物プランクトンシストの生理・生態学的研究(平成 17 年度のみ)

2.研究の達成状況

 サブテーマ(1):原産地と移入先の生物集団の遺伝子型を解析・比較する手法により、褐藻ワカメの海外移入集団(欧州、北米、豪州、アルゼンチン、ニュージーランド)の起源を解析するとともに、ニュージーランドにおける初移入以降の優占集団の変化を明らかにした。緑藻アオサ類では、海外から日本の港湾へ移入した外来種の実態とアナアオサ(日本原産)の海外への拡散状況を解析した。コウロエンカワヒバリガイが豪州に起源し、中でもニューキャッスル周辺の集団と遺伝子組成が近いことを明らかにした。
 日豪航路他の大型輸送船のバラストタンク内の海藻・動物プランクトンの動態解析を行い、その多様性と動態の解析を行った。
 サブテーマ(2):日本-豪州とアジア-北米航路において、バラストタンク内の物理化学的環境の連続観測を行うことで、モデル実験等に有効利用可能なオリジナルの観測データを収集できた。
 バラスト水中の微生物の経時的、季節的動態、リバラストの影響調査、堆積物中の生物多様性について得られた情報を基に、タンク内微生物群集の特性を明らかにするとともに、移動のリスクの低減につながる堆積物の処理法の検討、対象航路における生物の越境移動リスクの評価を行った。擬似的なバラストタンク環境を構築し、有害植物プランクトンを対象として培養試験した結果、休眠性シストの発芽が促進され、栄養細胞からテンポラリーシストに移行する現象も認められた。こうしたシストが外界に放出されることによる拡散リスクが示唆された。

3.委員の指摘および提言概要

 バラスト水および船体付着による海洋生物の越境移動経路や起源について、遺伝子解析等の先端的手法を駆使して優れた成果が得られている。
 対象生物の範囲としてどこまでを考えるのか、が今後の課題であろう。単細胞生物、細菌を含むすべての生物群の移動を抑制しようとするのか、条約自体の問題を含めて検討する必要がある。
 サブテーマ (2) における、バラストタンク内での生物の挙動に関する研究はアプローチ方法の点やリスク評価の点で再検討の余地があろう。また船体付着についても生物群集遷移過程そのものの観測が必要であろう。
 この課題のテーマは国際的に重要な問題であるので、すみやかにインパクトファクターの大きな国際学術誌へ論文を発表することが望まれる。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:a
 サブテーマ2:b


研究課題名:E-4 熱帯域におけるエコシステムマネージメントに関する研究(H14-18)

研究代表者氏名:奥田敏統 (国立環境研究所・広島大学)

1.研究概要

 熱帯地域における森林減少の背景には、社会の貧困とそれに由来する無秩序な開発・施業などがある。森林面積の減少や森林劣化は地域社会が本来享受することの出来る様々な生態系サービスの低下にも繋がることから、地域の社会・経済の発展と両立させながら調和的に資源を保全・利用するための手法としてエコシステムマネージメントが注目されるようになった。本課題の目的は、エコシステムマネージメントを熱帯域の生態系に導入するに当たっての問題点を整理し、多様な生態系サービスを最適化し、健全かつ自立型地域社会の形成を促すことができるようなモデルプランを提示すること、またそれに向けての環境管理のためのツール開発を行うことである。具体的には以下のサブテーマに分けて研究を行った。
(1)森林認証制度支援のための生態系指標の開発に関する研究
(2)多様性評価のためのラピッドアセスメント開発に関する研究
(3)地域社会における生態系管理へのインセンティブ導入のための基礎研究

2.研究の達成状況

 (1)森林認証制度支援のための生態系指標の開発に関する研究:マレーシア半島部パソ保護林を中心とするパイロットサイト(約60km四方)を設定し、生態系が提供する様々な公益機能(エコシステムサービス)の評価とそれらをより広域的エリアに適用するための技術開発並びにそのための基準・指標抽出を行った。これらの指標は森林認証制度の指標として有効活用できる状況にあり当初予定した目標をほぼ達成できた。その中でも、伐採直後の林分でN2O、CH4の温室効果ガスが急激に増加し、その発生は主に伐採路建設に伴う轍の形成や土壌の緻密化が原因であることを明らかにした。こうした問題は施業上の技術的工夫と制度的な改良によって著しく軽減・防止できるため、温暖化防止から見た森林認証制度への新たな評価項目として提案することが期待された。
 (2) 多様性評価のためのラピッドアセスメント開発に関する研究:生態系を改変することによるリスクを客観的に評価し資源管理や土地のゾーニングなどを決める際の支援ツールを開発することを目標に、LIDAR利用による林冠の三次元構造の分析、スペクトル分析による森林構成種の判読技術の開発、広域での地上部現存量推定などのスケールアップ技術開発に取り組んだ。また、スケールアップ技術をもとに生態系サービスの空間情報を環境管理や意志決定システムへ応用するためのリスクアセスメントツールの開発を行い本研究で掲げた当初の目標が達成できた。
 (3) 地域社会における生態系管理へのインセンティブ導入のための基礎研究:森と最も関わりが深いとされるオランアスリー社会に焦点を当てながら彼らと森との関わり合いについて調べた結果、都市化・過疎化などに伴い彼らの生業パターンや、地域社会における役割が変化していることが分かった。その一方で彼らの森に関わる伝統文化や習慣は連綿と受け継がれており、それらが地域社会の自立や森林資源劣化防止に重要な役割を果たしうること、またそのための社会システムを形成することが重要であることを示した。さらに本課題では、地域住民や地元の中学校の参加による緑の回廊設置試験を行い、生態系修復活動への地元住民の感心を高めることに一定の成果を得ることができた。これらの結果は地域社会に深く入り込んで得られた調査・研究の賜であり、当初の計画よりも期待以上の成果を得ることができた。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究ではエコシステムを「人間」もその一員であると捉えている。そのため、エコロジカルサービスを水、二酸化炭素など環境・資源・生物を含めた幅広いものとして定義している。ここでのエコシステムマネージメントもこのエコロジカルサービスを持続的に維持するための経営計画や管理技術と位置づけている。この方向は正しい。しかし、研究成果が森林の不法伐採抑制や流通過程の制御を目的とする森林認証制度支援には結びついていない。社会経済活動と森林保全とが調和した持続的な森林管理方策に対する具体的な提案が乏しい。また、高額な研究予算の割にはデータベース化、GIS化、ネットワーク化等の成果が明確でない。
 サブテーマ(1)では、生態系指標が森林の管理手段に結びつくような課題設定であるべきだった。(2)では研究成果を高く評価する意見と研究目的と成果の間に大きなギャップが見られると評価する意見に分かれた。(3)ではオランアスリー社会をマレーシア社会の代表とすることに疑問を感じると共に、オランアスリーの調査だけでは研究の目的を達成することはできない。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:c


研究課題名:F-3 侵入種生態リスクの評価手法と対策に関する研究(H16-18)

研究代表者氏名:五箇公一 (国立環境研究所)

1.研究概要

 本来の生息地以外に生物種が人為的要因によって運ばれ、分布拡大する生物学的侵入は、生物多様性を脅かす要因として国際的に問題視されている。この世界的な侵入種の脅威に対して、国際自然保護連合IUCNが2000年に「生物学的侵入による生物多様性減少を阻止するためのガイドライン」を策定するなど、国際的な取り組みが進められている。我が国でも、2003年に中央審議会移入種対策小委員会が設置され、「外来種対策法案」の準備が進められるに至った。本法案が成立すれば、今後、生物を輸入する際には生態系への影響の有無や程度が判定され、その判定結果に基づき、輸入が規制もしくは管理されることとなる。従って、法律成立後の具体的実行に当たってリスク評価手法の確立が急務となる。また、中央環境審議会では特に生物相の固有性が高い地域の重点的管理の必要性が指摘されており、それらの地域における侵入種対策は緊急課題と考えられる。本研究では法律対応としての侵入種リスク評価手法の開発・検討を行うとともに、「寄生生物等の随伴侵入」という問題を重点的に調査研究し、その対策を検討する。また「重要管理地域」の一つである沖縄奄美地域の侵入種問題に対して、本研究では侵入種駆除および侵入防止のためのシステム構築を行い、同地域における侵入種対策の具体的方針をうち立てることを目指す。サブテーマはつぎの3つである。
(1) 侵入種生態リスク評価手法の開発に関する研究
(2) 随伴侵入生物の生態影響に関する研究
(3) 沖縄・奄美地方における侵入種影響および駆除対策に関する研究

2.研究の達成状況

 マングース、アライグマ、シナダレスズメガヤを材料として、分布特性データを基に分布拡大モデル構築を行った。マングース、アライグマについてレプトスピラ菌や寄生虫など人畜共通感染症の病原体を検出し、侵入生物による感染症リスクを明らかにした。外国産クワガタムシについて、DNA分子系統樹に基づくアジア地域クワガタムシ個体群の進化的重要単位の把握を行うとともに、日本産個体群と東南アジア産個体群間における交雑和合性を調査し、遺伝的・地理的距離と交雑和合性の間に負の相関があることを明らかにした。交雑リスク評価における新しい視点を与えた。
 輸入爬虫類より多数の寄生性ダニを検出した。これらのダニの多くは未記載種であり、体内には新型のボレリア(病原体)が保有されていることが示された。輸入両生類よりアジア初記録となる重要病害カエルツボカビ症が検出され、緊急に検査体制を整え(国立環境研・麻布大)、国内における浸透状況の把握を開始した。
 沖縄本島におけるマングースの分布拡大防除用のフェンスを開発し、2007年1月に沖縄県によるフェンス設置事業に採用され、設置が開始された。沖縄・奄美地方における住民の外来種に対する意識調査を行い、調査結果に基づき、「外来種トランプ」の試作と配布、講演会などを通じて普及啓発活動を行った。活動は全国的に報道された。さらに活動を通じて得られたネットワークにより、カエルツボカビの緊急防除体制の整備に素早く着手できた。

3.委員の指摘及び提言概要

 侵入種のリスク評価やモニタリング等については期待通りの成果が得られた。マングースが日本脳炎を媒介する可能性を突き止めたり、カエルツボカビ症の早期発見に貢献するなど個別的な成果も多い。緊急性、社会性などから考えて、侵入種対策を早急に開発することが不可欠で、今後の対策技術の実用化を望む。しかし、アライグマに関する資料の分析が乏しいにもかかわらず、「在来種と競合」と結論付けているが本当か。
 本研究の研究分野はまだ新しい分野であり、研究を続行すべき重要なテーマである。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):c
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名:G-2 北東アジアにおける砂漠化アセスメントおよび早期警戒体制(EWS)構築のためのパイロットスタディ(H16-18)

研究代表者氏名:武内和彦 (東京大学大学院農学生命科学研究科)

1.研究概要

 国連砂漠化対処条約(UNCCD)・科学技術委員会のEWSアドホックパネル(本研究課題代表者が議長)は、砂漠化EWSは世界的に未確立であり、土地の脆弱性に注目した、長期的なリスク管理につながる砂漠化EWS構築のためのパイロットスタディを早急に開始すべきであると勧告した。本研究課題は、この勧告に基づき、統合モデルをプラットホームとして、広域・局地両スケールにまたがる砂漠化の基準・指標、モニタリング・アセスメントを砂漠化EWSのフレームワークに内在させた統合的なシステムを構築した。統合化を通して、土地の脆弱性評価を通した広域スケールでの砂漠化評価を可能にした。さらに、政策オプションの客観的評価が可能となり、最も妥当で実現可能な土地利用方策の提案と、その費用対効果の提示を行った。サブテーマはつぎの3つである。
(1) 統合モデルを用いた砂漠化EWSの構築
(2) 砂漠化指標の長期的モニタリングのための観測手法の標準化
(3) 土壌・植生・水文解析による土地脆弱性の評価

2.研究の達成状況

 まず(2)において、長期間で顕在化する砂漠化の正確な把握のために、土壌侵食量をシミュレーションモデルにより推定した。その際、衛星リモートセンシングによる土壌水分の直接測定のための手法を新規に開発し、長期の土壌水分変動を広域スケールで把握した。これらのデータを用いて、風食および水食の時空間変動を広域で把握した。これらの結果を(3)における現地測定値と検証を行い、妥当な値であることを確認した。
 次に(3)において、多様な立地における砂漠化プロセスの解明と基準の設定をした。まず異なる放牧圧履歴を持つ地点で回復試験を行い、回復速度との関係から、植生機能タイプの変化する放牧圧を砂漠化の基準とすることが妥当であると結論した。そして様々な立地において、放牧圧の違いによる植生の変動を調査した結果、砂漠化プロセスが3つに明瞭に分かれることがわかった。
 (2)と(3)の結果を用い、(1)においてまず広域砂漠化評価を行った。(3)で得られた基準と(2)の土壌浸食量を比較することで、砂漠化危険度の高い地域を特定した。その結果、ステップ地域の山岳地帯の周辺と、ゴビステップに砂漠化が局在して見られることがわかった。
 最後にシナリオアセスメントを行った。まず(3)で得られた砂漠化プロセスを、生態系モデルを用いて再現した。次に、放牧コントロール、潅木の植栽、草方格の設置の3つのオプションの生態系への影響を定量化した。それらを線形計画法で組み合わせ、選定したモデル地域3つに対して様々な対処ケースにおける費用対効果を計算した。その結果、ステップとゴビステップ地域では放牧コントロールのみ、砂地では草方格との組み合わせが最も経済的に効果的であることがわかった。さらに、持続性を維持しながら最も牧業収入を高める土地管理施策の空間分布を提案した。これらの結果は、2007年9月に開催される予定のUNCCD COP8における公式ドキュメントとして採用され(ICCD/COP(8)/CST/2/Add.6)、本研究課題代表者自ら発表することが決定している。

3.委員の指摘及び提言概要

 本研究は土地の脆弱性を考慮した砂漠指標や基準の提案、砂漠化程度の評価、砂漠化対処技術の統合化とその費用対効果など優れた成果を挙げている。モンゴルや内蒙古の砂漠に関する砂漠化早期警戒体制(EWS)を構築したことは一定の評価に値すると共に国際的にも高い評価を得ている。また、放牧に関しては植生、気象、地形、地質、土壌等を統合化したモデルを構築して、従来と異なったアプローチにより成果を挙げている。
 このように、本研究の研究成果に対して、評価委員全員から高い評価を得た。
 しかし、本システムの定量的評価に関しては必ずしも精度の高いものとはいえない。また、安定な放牧と砂漠化の制御は本成果では十分とはいえない。今後は、放牧民が参画できる抑制的な放牧計画、施業、施策に結びつける研究が必要となる。などの意見もさった。
 本研究成果が実際に砂漠化防止に活用されることを期待する。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:a
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b


研究課題名:H-7 中長期的な地球温暖化防止の国際制度を規律する法原則に関する研究(H16-18)

研究代表者氏名:大塚直 (早稲田大学)

1.研究概要

 国際社会が合意を積み重ねてきた法原則に基づいて中長期的な国際制度のあり方を検討することは、国家の合意可能性を高め、環境上の有効性という条件を満たす制度の構築という観点から有効である。
 本研究では、温暖化防止の国際制度に関連すると考えられる、持続可能な発展原則、共通だが差異ある責任原則、汚染者負担原則、応能負担原則などの原則の射程、原則相互の関係を明らかにし、国際社会が積み上げてきた合意の意味を明らかにすることで、これらの法原則が中長期的な国際制度の設計のうえで果たしうる機能と限界について検討を行った。こうした観点からは、かかる法原則を2つの視点から分析することにした。第1は、他の国際条約での実行も含め、国際社会でどのようなものとして合意されているのか、また、第1約束期間後の制度について、これまで提示されている諸提案においてどのように位置づけられているかを検討することであり、第2は、主要国においてかかる原則の射程はどのように解釈され、認識されているのか、その他に制度設計に有効な原則が各国法制において存在するかを考察することである。その上で、これら法原則から国際制度の諸提案についての検討を行った。
 このような検討を通じて、中長期的な温暖化防止の国際制度の合意の基礎として、尊重されるべき法原則を検討し、これに基づいた制度案の提案を行った。
 サブテーマはつぎの2つである。
(1) 地球温暖化防止に関連する国際法原則の内容と射程に関する研究
(2) 主要国における地球温暖化防止に関連する法原則に関する研究

2.研究の達成状況

 本研究の終局目標は、国家間で合意された地球温暖化問題の諸局面に関連する法原則を基盤とした、中長期的な地球温暖化防止の国際制度枠組につき提案を行うことであった。そして当該目標は、本研究プロジェクト主催の国際シンポジウムにおける同提案の報告を通じて達成された。
 緩和については、(1) 原因者負担原則及び共通だが差異ある責任原則(CBDR)からの設計、(2) 衡平における人の形式的平等からの設計、(3) 国際競争上の衡平に配慮した設計、という3つの制度案を掲げた。各国の負担配分に関する環境法原則としては、世代内衡平としてのCBDR、原因者負担、応能負担と、世代内衡平としての国際競争上の衡平とが重要であり、国を主体として責任配分をすることを前提とした場合、主要な柱となる案は上記の3案に限定され、あとはこのバリエーションとなるといえよう。
 また適応についての制度案に関しては、原因者負担原則を直接適用することが考えられる。この場合、温暖化ガスの累積的排出による寄与と、被害との因果関係の証明は難しく、これが最大の問題となる。

3.委員の指摘及び提言概要

 これまで例の少ない領域及びテーマ設定の研究であるが、貴重な成果を挙げていると評価される。サブテーマ(1)において温暖化防止に関する国際法原則について、その経緯等を含めて緻密な分析を行うとともに、サブテーマ(2)では主要国及び日本の国内の環境法について細部にわたる比較分析がなされている等の貢献がある。
 一方、分担執筆の制約があるものの、報告書が冗長で不鮮明な面がある。研究全体の目標である2012年以降の制度提案は、今後の枠組みづくりを考える上での足がかりとして意義があると考えられるが、研究の中での位置づけが明確になっていない印象がある。また、主要国の研究者との連携が貢献の一つと思われるので報告書で言及してほしかったとの指摘もある。
 なお、本研究は報告書を再編集してわかりやすくした上で、英語版を含め広く配布する価値があるとの意見があった。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:b
 サブテーマ2:b


研究課題名:H-9 物質フローモデルに基づく持続可能な生産・消費の達成度評価手法に関する研究(H16-18)

研究代表者氏名:森口祐一(国立環境研究所)

1.研究概要

 「持続可能でない生産・消費形態の変更」がWSSD実行計画等で世界的な課題となる一方、物質フロー分析(MFA)・資源生産性への取組みにおいて、日本が国際的な主導権を発揮しつつある。本研究では、MFAに関する先行研究の蓄積を発展させ、持続可能な生産・消費の実現に向けて社会・経済を誘導・監視するための評価手法・指標の開発、とくに地域間での連関・波及を通じた間接的な問題を重視した評価手法の開発と実証を目的とした。
 サブテーマはつぎの4つである。

  1. (1)マルチスケール物質フローモデルの構築と政策評価への適用に関する研究
  2. (2)地域、産業間物質フローによる環境影響の評価手法に関する研究
  3. (3)物質フローの国際連関と国際比較分析に関する研究
  4. (4)隠れた物質フローの算定に関する研究

2.研究の達成状況

 サブテーマ(1)では、先行研究から構築してきた産業連関表に基づく環境負荷データベースの更新・公開、物質バランスに基づく内生的算定法の定式化、消費形態変化と技術革新の速度に着目した指標提案を行った。また、課題全体の成果を統合する共通の土台として、生産プロセスごとの物質収支からの積み上げにより物量投入産出表を表現する物質フローモデル(MFM)を構築した。他のサブテーマの成果の要素をMFM上で取り入れ、日中における鉄鋼生産のシナリオ分析を例に、CO2排出量、直接物質投入量、関与物質総量等の指標を生産地、消費地のいずれに帰属させるかによる差異・含意を明らかにした。
 サブテーマ(2)では、日本国内の産業別、地域間物質フローを推計し、基礎素材の地域ごとの自給度の相違を明らかにした。また、LCA分野で開発された手法を適用し、消費地の生産地への依存関係を物質フローに付随する環境インパクトとして評価し、地域産業政策への適用可能性を示した。
 サブテーマ(3)では日中米などアジア太平洋地域における貿易および中国の国内交易に伴う環境負荷の地域間の収支を、CO2排出量、エコロジカル・フットプリント(EF)等を指標として算定し、経済発展・貿易拡大により、中米間の環境負荷の転嫁が増大していることなどを明らかにした。また、EF指標について、地理的・時間的両面からの拡大利用者責任の観点での意義を示した。
 サブテーマ(4)では、鉱石採掘時等の関与物質総量(TMR: Total Material Requirement)に関する係数を、非鉄金属をはじめとする幅広い元素について算定し、日本、中国の総物質関与量の構成の相違、リサイクルフローにおいて重視すべき元素の摘出などにより、循環基本計画策定時以来の懸案であった資源生産性指標の改善に資する知見を得た。
 以上、各サブテーマで所期の成果目標をほぼ達成するとともに、中間評価時にサブテーマ間連携の評価が分かれたことを踏まえ、事例研究対象の共通化、各サブテーマの成果をとりいれたモデル分析など、課題全体での成果のまとめにも注力した。構築した物質フローモデルの有効性を政策評価への適用事例によって十分に示すところまで至らなかったことが惜しまれる。

3.委員の指摘及び提言概要

 日本(関連の海外を一部含む)の物質フローを整理し、それに基づいて持続可能な生産・消費の達成度の評価手法を確立するという本研究の目的に照らして、データの整備や分析手法の構築等が手堅く行われており高く評価される。今後も、開発されたモデルのメンテナンスと改良及び残された課題への取組みが行われて多方面に応用が広がること、有力学術誌での成果発表、それらを通じて環境政策への貢献がなされることを期待したい。
 なお、個別サブテーマについては、統計データの制約の問題、用いられている概念や定義の不明確さの問題、一部のサブテーマの研究全体との関連が不明確であること等を指摘する意見があった。

4.評点

 総合評点:B
 必要性の観点(科学的意義等):b
 有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み):b
 効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性):b
 サブテーマ1:a
 サブテーマ2:b
 サブテーマ3:b
 サブテーマ4:b