研究代表者氏名:永田 尚志((独)国立環境研究所)
1.研究概要
地球上の野生生物種の絶滅はかつてない速度で進行しており、少なく見積もっても、現存する種の25%が今後50年のうちに絶滅すると予想されている。世界の生物多様性を保全する目的で、1992年に生物多様性条約が採択され、1993年には日本も生物多様性条約に加盟した。この条約に基づき、わが国でも、生物多様性の保全と持続的可能な利用を目的とする「生物多様性国家戦略」が1995年に策定され、生物多様性を保全することが環境行政の重点施策として位置付けられている。
生物多様性の減少に関して、その最も大きな原因は、自然環境の破壊による生息地の破壊であるが、環境改変に伴う生息場所の質の変化や生態系の変化を定量的に評価する手法はまだ確立されていない。
本研究は、まず、動植物の分布情報、植生図、地形などから野生生物が生息できる要因を抽出し、野生生物の生息確率記述したモデルを用いて、生息適地を推定することを目的とした。次に、本モデルを用いて、環境改変が生息確率をどのように変化させるかを明らかにし、その影響を定量的に予測することを試みた。また、生態系を代表する野生生物種の分類群(ほ乳類、鳥類、両生類、昆虫等)ごとに、地理情報システムを用いて生息地の好適性を表す生息確率関数式を作成し、生息場所の重要性を評価し、生息適地の評価関数を開発する。さらに、欧米の生態系評価制度の比較研究を行い、生物多様性の保全に関する最適な精度を提案することを目的とした。また、米国のハビタット評価手続きや欧州の生態系評価手法について調査し、日本を含む東アジア諸国における定量的生態系評価手法の確立に資する事を目的とした。
サブテーマは次の3つである。
(1)野生生物種の生息適地評価関数の開発に関する研究
①鳥類・昆虫類の生息適地モデルの開発に関する研究(国立環境研究所)
②小動物の生息適地モデルの開発に関する研究(大阪府立大学)
③大型哺乳類の生息適地モデルの開発に関する研究(北海道環境研究センター)
(2)生物群集にとっての生息地の評価手法の開発に関する研究(国立環境研究所)
(3)生物多様性の評価手続きに関する研究
①ネットワークを用いた評価システムの研究(国立環境研究所、みずほ情報総研(株))
②米国の評価ハビタット評価手法におけるハビタット適正指数モデルの現状分析と日本における課題検討に関する研究(武蔵工業大学)
③欧州における生態系影響評価手法の比較研究(みずほ情報総研(株))
2.研究の達成状況
(1)環境省自然環境基礎調査の植生図、国土地理院の数値地図、50mメッシュ標高、国土数値情報、気候値メッシュ、気象年報、人工衛星データ等を地理情報システムに統合して、エゾシカ、ニホンジカ、79種の鳥類、カヤネズミ、サンショウウオ4種、カエル類8種、トンボ類等の生息適地を解析した。
①H15年度はオオヨシキリとオオセッカの生息適地モデルを構築した。H16年度からは77種の繁殖鳥類を対象に生息適地モデルを開発し、その有効性を評価した。79種のうち,58種では説明力の高い生息適地モデルが得られた。
②止水性サンショウウオ4種、イモリ、カエル8種、両生類13種、カヤネズミについての生息適地モデルを開発した。カスミサンショウウオについては景観スケールでの生息地モデルを開発し、個体群存続可能性分析を行い絶滅緩和の効果を予測した。本研究により、里山のような土地被覆が複雑な生息地の評価が可能となった。
③エゾシカの生息分布モデルから、最大積雪深、ササ、針葉樹が生息分布に大きく影響していることが明らかになった。また、北海道を除く東日本におけるニホンジカの生息分布モデルから、積雪が少なく、標高が高い地域の生息確率が高いことが明らかになった。
(2)H15年度は野生生物の生息適地を、日本全国2次メッシュで推定する手法を考案した。H16年度以降は、分布情報の質を評価する方法を考案し、質の高いデータだけを抽出することで無脊椎動物に適用可能な生息適地評価法を開発した。
(3)①Web-GISを用いた生物多様性定量評価システムのプロトタイプを構築した。このプロトタイプは、生息適地マップの閲覧機能、生息情報の入力機能を装備し、ユーザへの操作性の配慮とシステムの負荷の軽減を考慮してシステムを構築した。本システムを用いて、トウキョウサンショウウオの分布情報について検討した結果、システムの有効性が明らかになった。
②H15年度は米国のハビタット評価手続き(HEP)の基本的メカニズムと社会的背景を明らかにした。H16年度からはハビタット適正指数(HIS)モデルについて日米のモデルを比較するとともに、ケーススタディーとしてアサリのHISモデルを構築し、広島県尾道糸崎港人口干潟の評価を実施した。さらに、HEPを用いた干潟造成などの自然再生事業の評価手法を提案した。
③欧州におけるHEPに類似した生態系影響評価が運用されているか調査した。英国では種の生息地と分布がデジタル化され、データベースが積極的に開示されていた。一方、生息地の調査に関してはボランティア活動が大きな貢献をしていることが特徴として挙げられる。ドイツでは希少となったビオトープタイプのレッドデータの情報整備が進んでいた。欧州では、EUハビタット指令、野鳥指令に基づく保護地域、国レベル、州レベルの保護地域が明確に指定されていたことが明らかになった。
3.委員の指摘および提言概要
報告書は専門的な用語が多く理解しづらい。特に、サブテーマ(1)と(2)は専門外の人にもわかりやすい報告書を書く工夫が必要である。サブテーマ(3)では新しい切り口に欠ける点もあり、研究成果もより具体的な記述が必要であった。
研究に用いた生物種の採用根拠が明らかでなく、説得力に欠けてしまっている。
コンピュータ利用によるシミュレーション等に基づく研究の場合、具体的な使用データの説明、結果を説明する努力が重要である。
研究成果を政策課題にのせてみる必要もある。
4.評点
総合評点: |
C |
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必要性の観点(科学的意義等) : |
c |
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有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み): |
c |
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効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性): |
c |
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サブテーマ1: |
c |
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サブテーマ2: |
c |
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サブテーマ3: |
d |
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研究課題名: |
F-5
サンゴ礁生物多様性保全地域の選定に関する研究
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課題代表者氏名:渋野 拓郎((独)水産総合研究センター西海区水産研究所)
1.研究概要
今日、世界的な規模でサンゴ礁の減少・衰退が進んでおり、サンゴ礁の保全は国際的にも重要な研究課題となっている。
沖縄県八重山諸島の石垣島と西表島の間には石西礁湖と呼ばれる世界的にも貴重なわが国最大のサンゴ礁地帯がある。この海域は4つの海中公園地区を含む西表国立公園区域に指定されているが、1970年以降、陸域から流入する赤土、オニヒトデによる大規模食害、水温上昇によるサンゴ白化現象によって大きな被害を受けてきた。
近年、石西礁湖でオニヒトデの再度の大発生を予見する調査結果も示されており、サンゴ礁保全地域の選定を含む保全対策の実施が緊急課題となっている。
本研究では八重山諸島周辺地域から、環境の大きく異なる3つの調査地域を選定し、サンゴ、魚類、海藻といったサンゴ礁生物群集とそれらの生育場所の物理・化学的環境要因を同時に調査する野外合同調査を実施した。得られた結果から、サンゴ礁生物群集構造と環境要因との関係を解明し、サンゴ礁保全のための必要な科学的資料を得た。また、石西礁湖において、オニヒトデの個体群動態をモデル化して、オニヒトデの順応的管理方策などを含めたサンゴ礁保全施策への提言を行った。さらに、生物粒子の輸送トラジェクトリーに関してシミュレーションモデルを構築し、石西礁湖における幼生の供給源となり得る適切なサンゴ礁保全地域に関する資料を得た。
最終目標としては、どのような生物・物理・化学的環境を備えた場所が高い生物多様性を維持しサンゴ礁生態系が保全できるかを提示することである。
サブテーマは次の3つである。
(1)保全すべきサンゴ礁生物多様性の探索(水産総合研究センター、東京海洋大学、東京大学、島根大学、自然環境研究センター)
(2)保全すべきサンゴ礁環境の探索
①保全すべきサンゴ礁の水質・光環境条件に関する研究(産業技術総合研究所)
②サンゴ礁の海水流動と懸濁物の挙動に関する研究(産業技術総合研究所)
(3)サンゴ礁の変遷
①石西礁湖のサンゴ被度変遷モデル(横浜国立大学)
②水中画像時系列に基づいたサンゴ幼生輸送のトラジェクトリー解析(国立環境研究所)
2.研究の達成状況
(1) 環境の大きく異なる3調査地域(宮良湾、カタグヮー、シモビシ)の223地点で、サンゴ礁生物群集(サンゴ・魚・海藻)の調査を行い、それぞれの生物群集の分布特性(着生、基質、種組成、生息密度、被度)を明らかにすると共に、生物群集のそれぞれのサンゴ礁環境の利用の仕方について比較研究を行なった。
サンゴ礁については全体で15科54属297種出現した。被度は岩礁の割合の高い浅い場所ほど高かった。魚類について出現個体数はシモビシが、出現種数はカタグヮーが最大であった。海藻類は宮良湾で最も多く出現した。
223地点で置換不能度の解析をした結果、サンゴ類ではカタグヮーに多く、海藻類は宮良湾に多く、魚類は3地点にまんべんなく分布していた。また、藻場はサンゴ礁域に見られない魚類の生育場となっていることが明らかになった。
(2)①石西礁湖全域を対象とした水質調査では、各種の栄養塩濃度と濁度は岸寄りの海岸で高いが、岸から200~300mの間に急激に減少していた。また、礁湖内はクロロフィルや各種栄養塩濃度が外洋に比べて高いことが分かった。
②宮良湾サンゴ礁で観測された表層濁度と底質のデータを解析し、その相関性について検討した。SPSS(底質中件濁物質含有量)は表層濁度を説明可能であり、底質環境の傾向を大別するには主成分分析が有効であることが分かった。
(3)①113地点におけるサンゴ礁被度データおよびオニヒトデ発見数データを用い、時系列解析により、将来のサンゴ礁の被度およびオニヒトデ大発生リスクを予想する数値モデルを開発し、その問題点を検討した。
②サンゴの卵・幼生粒子が海水中に放出された後に何処に着床するかシミュレートするためのモデルを開発した。この結果から、粒子の軌跡は潮汐による往復流、連吹風による定向流および小スケールの水平渦動によるランダムな動きの3要素に影響されていた。最も支配的な要素は風であり、生物粒子は風下に輸送されることが確認できた。
3.委員の指摘および提言概要
サンゴ礁に関する基礎的なデータが収集されたことは評価できる。サンゴ礁保全施策に対しても重要な知見を与える。(3)のシミュレーションモデルと(1)、(2)の現地調査結果が統合されればよりよい成果となるだろう。成果を早く論文にしてほしい。保全政策でこの結果が利用されることを望む。
4.評点
総合評点: |
C |
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必要性の観点(科学的意義等) : |
c |
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有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み): |
c |
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効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性): |
c |
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サブテーマ1: |
c |
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サブテーマ2: |
c |
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サブテーマ3: |
c |
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研究課題名: |
F-7
遺伝子組換え生物の開放系利用による遺伝子移行と生物多様性への影響評価に関する研究
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研究代表者氏名:矢木 修身(東京大学大学院工学系研究科)
1.研究概要
今日、農業、食品、工業、環境分野において、種々の組み換え生物が創生され、除草剤耐性、病虫害耐性、ウイルス耐性の組換え植物、また、低温発酵性組換えパン酵母、酵素製造、医薬品製造組換え微生物等が実用に供されている。しかしながら、一方では、組換えトウモロコシの標的外生物への毒性、組換え遺伝子の野生生物への定着等に起因する組換え生物のリスクが大きな関心事となっている。わが国では、組換え生物の開放系利用のリスク評価に関しては、人間に関するものが中心であったため、生物多様性への影響評価に関する知見はほとんどなく、生物多様性への影響評価手法が確立していないのが現状である。
現在、組換え生物の開放系利用に関しては、宿主、導入遺伝子、組換え体のヒトへの毒性、毒素の生産性、雑草化等が評価項目として設定されている。本研究ではこれらの項目以外に、生物多様性への影響評価項目として、遺伝子の環境拡散リスクならびに地域野生生物個体群への影響および健全な生物相維持への影響等についての新たな評価方法の開発を目的とする。特に、微生物と植物に着目し、微生物に関しては、組換え微生物の環境中での挙動を明らかにするマーカー遺伝子の開発等を行い生物多様性への影響を評価する。植物に関しては、野外における遺伝子移行の頻度とそのモデル化、導入遺伝子の近縁野生種への長期的拡散と定着性等についての研究を行なう。
サブテーマは次の3つである。
(1)遺伝子組換え微生物の多様性への影響評価手法の開発に関する研究
①マーカー遺伝子を導入した組換え微生物演出法の開発(産業技術総合研究所)
②遺伝子発現応答の解析による迅速な微生物多様性の影響評価手法の開発(国立環境研究所)
③導入遺伝子の挙動解明と微生物多様性に及ぼす影響に関する研究(東京大学)
④微生物多様性に及ぼす組換え魚の影響に関する研究(国立環境研究所)
(2)遺伝子組換え植物の導入遺伝子の環境拡散リスクと植物多様性影響評価に関する研究
①自生集団内および集団間における遺伝子移行の評価法の開発-1.他植生作物について(筑波大学)
②自生集団内および集団間における遺伝子移行の評価法の開発-2.自植生作物について(農業生物資源研究所)
③導入遺伝子の近縁野生種への移行頻度に関する研究(国立環境研究所)
④遺伝子移行に及ぼす環境因子の影響に関する研究(農業生物資源研究所)
⑤ダイズとツルマメの雑種後代の適応度に関する研究(植物グループ)
(3)組換え生物の生物多様性への総合的影響評価手法の開発(東京大学)
2.研究の達成状況
(1)①汚染物質を分解する性質を付与した組換え微生物に、標識(マーカー)となるような特徴的な配列、および遺伝子を導入し、環境中、特に、類似の微生物や遺伝子が存在する状況においても特異的検出およびその動態の追跡が可能となる手法を確立した。宿主の染色体にはgfp遺伝子マーカーを導入し、機能遺伝子を含むプラスミドにはdsred遺伝子を導入することによって、宿主、およびそのプラスミドの保持/非保持は、蛍光色の変化で識別が可能となった。
②わが国では組換え微生物の野外での利用はなされていないが、将来環境浄化微生物等の有用な組換え微生物が開発あるいは海外より輸入され利用されると予想される。こうした組換え微生物の生態系影響をなるべく短期間に評価する技術の開発を行なった。模擬環境中に組換え微生物を接種し、土着の環境微生物細胞数およびその遺伝子に及ぼす影響の解析を行なった。
③水環境および土壌環境中における組換え微生物から他の微生物への水平移行の有無および頻度、水平移行に及ぼす環境要因の影響について検討した。
④遺伝子導入ゼブラフィッシュを用いて、遺伝子導入魚から外来性遺伝子が腸内細菌に移行する可能性を検討した。腸内細菌はフンとして排泄されると考えられるが、フンから抽出されるDNA中に導入遺伝子が検出された。死んだ遺伝子導入魚から導入遺伝子が出てくる可能性についても検討した。
(2)①植物における集団内・集団間遺伝子流動に及ぼす生殖様式の影響を明らかにするため、普通ソバとナタネをモデル植物として、集団内、集団間遺伝子流動の実態把握を行なった。また、拡散リスク評価法の確立を目指してアズキとツルマメの各種情報に基づいた適応度を考慮した組換え遺伝子の拡散シミュレーションモデルの構築を試みた。他植生の場合は6m以上離れると遺伝子の流動はほとんど見られなかった。開花時期も2週間違うだけで、遺伝子の交換は妨げられることが分かった。
②ダイズおよびアズキを対象に遺伝子拡散のモニタリングに利用可能なマイクロサテライトマーカーの開発を行なった。ダイズおよびアズキとも栽培種から野生種への自然交雑率は野生個体間より明らかに低かった。アズキでは栽培種から野生種への遺伝子流動により生じた形態的中間体や雑種型が頻繁に認められた。
③導入された遺伝子が近縁野生種に移行し野生種集団内で拡散する可能性を解明した。
④様々な環境ストレスを在来ナタネに与え、非組換えナタネであるセイヨウナタネを花粉親として用いた時の交雑親和性および得られた雑種の環境適応度を調査した。根圏の制御という環境ストレスを与えると交雑親和性を検討するために重要な結莢率および一莢あたりの種子数の値が高まる可能性が示された。
⑤ツルマメとダイズの雑種後代の適応度を明らかにするため、栽培特性の異なる国内産品種とツルマメとの雑種を人工的に作り出し、環境適応度に関する形質の調査を行なった。開花時期については両親の開花期が大きく異なっていても、F2雑種後代で交配親のツルマメと開花期が完全に重複する固体が遺伝的に分離することが分かった。このことから、一旦F1雑種が形成されるとツルマメと雑種後代との間で2次的な自然交雑が生じる可能性が示唆された。
(3)組換え生物の生物多様性への影響評価に際しての評価項目として、微生物では導入遺伝子の伝達性の有無と頻度、導入遺伝子の濃度と生残性、受容体の濃度、環境条件が重要であり、植物では、生殖形態、開花時期、野生種との栽培距離、雑種後代の適応性、昆虫の存在等が重要であることが明らかになった。
3.委員の指摘および提言概要
こうした研究は異常事態の発生に対して大変有効である。めざましい成果が得られたとは言いがたいが、一定の成果は得られた。本研究はこうした研究の萌芽が形成されたといえる。
サブテーマ(2)は栽培植物から野生生物への遺伝子移入への問題であり、GM植物のリスクとは直接関係しない。サブテーマ(3)については、報告書にほとんど触れられていない。
今後の研究発展のためにも、学術誌などへの成果発表を強く望む。
4.評点
総合評点: |
C |
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必要性の観点(科学的意義等) : |
c |
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有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み): |
c |
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効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性): |
c+ |
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サブテーマ1: |
c |
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サブテーマ2: |
c |
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サブテーマ3: |
c |
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④地球環境保全のための社会・政策研究
研究課題名: |
H-3
サヘル農家の脆弱性と土壌劣化の関係解明および政策支援の考察
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課題代表者氏名:櫻井 武司(農林水産省農林水産政策研究所)
1.研究概要
サハラ砂漠の南縁(いわゆるサヘル地域)に位置する国であるブルキナ・ファソは従来から世界の最貧困国の一つとされている国であり、多くの農民が国外(主として隣国のコートジボアール)への出稼ぎや国外居住の親類縁者からの送金を重要な収入源としてきた。しかし2002年にコートジボアールで発生した内乱によりそれが困難となり、送金の停止とともに帰国した出稼ぎ者による家計支出の増大は農家の経済的危機をもたらしたと考えられる。
本研究は、こうした経済状況の悪化を受けた農家の行動、例えば短期的な収入を求めての地力収奪的な農業が土壌劣化ひいては砂漠化につながる可能性があると考え、その因果関係を現地調査によって実証するものである。
具体的には、経済学、土壌学、リモートセンシング学の各分野の専門化が共同し、農家への聞き取り調査、現地踏査、衛星データ解析等を行い、農家家計や地域社会の状況、土壌保全技術の使用状況、土地利用や植生の状況等を把握、分析した。その結果、コートジボアール危機の結果、耕作面積の拡大、家畜頭数の減少、面積あたりの厩堆肥投入量減少等の状況を明らかにした。合わせてNGOなど外部組織とのネットワーク及び村落のソーシャルキャピタル(人々が共同で物事に取り組むことを可能にする地域社会の規範やネットワーク)の重要性等も示された。
サブテーマは次の4つである。
(1)環境変動に対する農家家計の脆弱性の評価
(2)農家の土壌保全技術採用の規定要因の解明とその評価
(3)村落レベル・地域レベルの土地利用、植生の時系列解析
(4)サブテーマの総合化と政策支援の考察
2.研究達成状況
(1)村の代表者等にグループインタビューを行って全般的状況を把握する広域村落調査を208の村を対象に実施するとともに、地域性の異なる8つの村を対象として世帯の家計状況を把握する詳細家計調査を256世帯について実施した。その結果について統計解析を行い、帰村者による人口の増大と送金受け取りの減少が経済的危機をもたらしていること、売却により家畜が減少していること等を見出した。特にスーダン・サバナ地帯南部では経済危機に起因する土壌劣化が生じる可能性があり、選択的な政策支援が必要と考えられる。
(2)地域性の異なる4つの村について概略調査を行ったあと、そのうち経済危機の影響が顕著に見られた村を1ヶ所選定して集中的な調査を行った。この地域は養分保持能力が低く土壌が薄いなど長期の休閑を要する地域であるにも関わらず、地域住民は休閑地の耕作地化や連続耕作の長期化によって経済危機に対処しており土壌保全に向けた対処行動が鈍いため、今後の危機に対する緩衝力や復元力が脆弱化したことが示された。
(3)本地域のような天水農業地域を対象として衛星リモートセンシングデータを用いた耕作地の判別手法を開発し、2000~2004年のデータを解析した。危機から1年後の2003年には各地で土地利用に変化が見られたが、その状況は各地域で多様であった。その後2004年には土地利用変化は収束に向かい、従来の耕作パターンに戻ったと考えられる。
(4)他のサブテーマの成果を総合するとともに、現地調査により前回調査後の最新状況を把握するとともに、ソーシャルキャピタルの現状把握と分析等を行った。その結果、こうした地域の経済危機が土壌劣化ひいては砂漠化につながることを阻止するには、短期的には所得補償、中長期的には土壌保全技術の普及と所得機会の拡大が必要であること、ソーシャルキャピタルは支援の効果を高める効果を持っていること等を明らかにした。
3.委員の指摘および提言概要
当初の計画はほぼ遂行され、農家家計、土地利用、土壌保全の取組み等についてデータが得られ、学術的貢献の要素が多数あると考えられる。ただし、それらの個別研究がサブテーマ(4)の総合的な政策分析に有効に結びついているかについては課題がある。特に(4)ではソーシャルキャピタルについて取り上げているが、これは欧米の理論の適用に止まっており、(1)~(3)を十分踏まえての理論展開でなく、また得られた知見を政策提言に結びつける論理的必然性が十分でないとの指摘がある。これらは、調査結果をもとに具体的な支援方策の提言を行うという本課題の趣旨に対して、惜しまれる点であると考えられる。その他、人々の行動や村単位の行動の構造的変化をモデル化できないかとの意見もあった。
4.評点
総合評点: |
C |
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必要性の観点(科学的意義等) : |
c |
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有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み): |
c |
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効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性): |
b |
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サブテーマ1: |
b |
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サブテーマ2: |
b |
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サブテーマ3: |
c |
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サブテーマ4: |
c |
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研究課題名: |
H-4
東アジア諸国での日本発の使用済み自動車及び部品の不適切な使用・再資源化による地球環境負荷増大の実態とその防止策の検討
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課題代表者氏名:鹿島 茂(中央大学)
1.研究概要
近年、わが国は年間500万台以上の使用済み自動車を輸出しており、そのうち約半数は東アジアを中心に中古車、部品、材料として利用されていると考えられており、地球環境や現地の地域環境に与える影響が懸念されている。本研究は、まずわが国から東アジア諸国へ輸出している使用済み自動車の流動、使用、再資源化の現状を定量的に把握する(サブテーマ(1)(2))。次に、自動車の利用形態は国によって異なり、そのまま中古車として利用したり部品を取り外して利用するのが主である国、素材として再資源化するのが主である国、その両方を行っている国がある。それら3つのパターンを代表する対象国(タイ、中国、インドネシア)について、具体的な状況を把握し、環境負荷を削減するために必要な制度、技術、情報を明らかにする(サブテーマ(3)(4)(5))。さらに、上記を踏まえた施策代替案について評価、提案を行う(サブテーマ(6)(7))。
サブテーマは次の7つである。
(1)日本からの使用済み自動車及び部品の発生量とその適切な使用・再資源化に向けた取り組みの原状
(2)東アジア諸国での日本からの使用済み自動車及び部品の使用・再資源化状況の現状把握
(3)自動車及び部品としての使用の詳細把握と地球環境負荷発生量への影響分析
(4)再資源化の現状とその技術的な問題点の抽出と改善策の作成
(5)自動車及び部品の使用・再資源化の現状と使用段階における改善策の作成
(6)LCAによる日本からの使用済み自動車及び部品の適切な使用・再資源化システムの設計
(7)日本からの使用済み自動車及び部品の適切な使用・再資源化実現のための政策の検討
2.研究の達成状況
(1)使用済み自動車輸出の概念整理を行うともに、税関支署へのヒアリング・アンケート等により輸出総量の推定、輸出量に対する自動車NOx法の影響推定、携帯輸出(船員等が自己の携帯品として持ち出すもの)の実態把握とその禁止措置の影響検討等を行った。また、海外の自動車リサイクルに関わる現状や制度等の把握と整理に基づき、日本の自動車リサイクル法の評価を行った。
(2)使用済み自動車の国際流動と再使用・再資源化の状況、関連する環境負荷を包括的に把握及び評価できるデータベース「アジア国際自動車リサイクル産業連関表」の雛形を作成した。また、使用済み自動車に関する貿易統計を利用する手法を確立し、それらの既存データを加工してその数値を特定した。
(3)タイにおいて、自動車の保有と使用のモデル化を行い、車検制度等運輸政策についてのシミュレーションを行うとともに、サブテーマ(2)の成果をもとにした産業連関モデルにより、日本からタイへの使用済み自動車の輸出を禁止した場合、輸出を自由にしてタイで再資源化を行う場合、輸出は自由にするが日本での再資源化を義務付ける場合、等の評価を行った。
(4)中国でのヒアリング調査、統計調査等によって、現地の自動車保有、使用、整備、廃棄の状況を把握するとともに、中国における金属屑や中国のAプレス(使用済み自動車から有用部品等を回収した後、プレス加工したもの)の輸入状況等を整理した。これに加えサブテーマ(2)(3)の成果等に基づき、中国のAプレス輸入政策の影響分析を行った。
(5)インドネシアでのヒアリング、統計資料等により、使用済み自動車輸入の制度、実態等の状況を把握した。また、インドネシアで実験的に行われているバスの車検制度の評価、自動車一般に対する車検制度のコストと環境負荷削減効果の把握、再資源化の上での問題としてバッテリーの不適切処理状況の把握等を行った。
(6)日本から使用済み自動車が東アジア諸国に輸出され、そこで第2、第3のライフサイクルを送っているという現状を踏まえたLCA評価を、インドネシアを例に産業総合研究所が開発したLIME法に基づいて実施した。
(7)各国の使用済み自動車輸入政策について整理するとともに、タイ、インドネシア、中国の研究者と協力体制を築いた上、それらの国の自動車の使用・再資源化に関する政策課題とその改善策をとりまとめた。
3.委員の指摘および提言概要
これまで実態が不明であった本テーマについて、国際的協力体制により現地調査を行い把握するとともに、データの整備、解析、モデル化を行った。政策に活用可能性のある基礎研究として評価される。一方、モデルの信頼性についてはさらなる検証が必要、環境負荷防止策はやや突っ込み不足等の意見もあり、こうした点に今後の課題があると考えられる。
4.評点
総合評点: |
B |
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必要性の観点(科学的意義等) : |
c |
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有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み): |
b |
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効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性): |
b |
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サブテーマ1: |
b |
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サブテーマ2: |
b |
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サブテーマ3: |
b |
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サブテーマ4: |
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サブテーマ5: |
b |
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サブテーマ6: |
c |
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サブテーマ7: |
b |
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研究課題名: |
H-5
企業の技術・経営革新に資する環境政策と環境会計のあり方に関する研究
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研究代表者氏名:天野 明弘((財)地球環境戦略研究機関)
1.研究概要
環境問題に対する企業の対応を考える上で、技術革新とともに経営革新、さらに政府による政策革新の必要性も近年重視されるようになった。特に多くのステークホルダーとの情報共有化による技術革新・経営革新を実現するため、環境会計の制度の拡充と各企業によるその積極的な取組みが必要とされるとともに、企業の取組みを促進するような環境政策も重要である。
本研究はこうした必要性のもと、企業に対するアンケート調査の実施、アンケート結果及び既存資料を用いた統計分析、ヒアリング調査に基づく事例分析等の手法を用いて、環境会計の考え方、その導入状況、情報開示の状況、企業業績との関係等を検討した。
サブテーマは2つであり、それぞれ2つ及び3つのサブサブテーマごとに研究を進めた。
(1)環境会計による環境イノベーション促進に関する研究
①環境イノベーション促進手法としての環境管理会計手法の研究
②外部環境会計の環境イノベーション促進作用の研究
(2)環境政策と環境イノベーションに関する研究
①環境イノベーションの事例分析
②環境イノベーションの類型化
③環境政策のあり方の提示
2.研究の達成状況
(1)企業の本社及び事業所に対するアンケート調査により、環境管理会計(企業自らの管理のための環境会計)の普及状況、有効性等、本社と事業所の環境会計への関わり等を明らかにした。また、環境管理会計手法の一つであるマテリアルフローコスト会計について、導入企業の事例分析を行い、LCAとの統合評価を実施した。
また、外部環境会計(社外に報告するための環境会計)について、多数の企業の環境報告書を分析し、開示内容の動向、環境省及び英国規格協会等の環境会計ガイドラインの評価、情報表示方法(例えば金額への換算表示等)の分析等を実施した。
(2)9業種16社に対する詳細なインタビュー調査を実施し、環境規制や自主的取り組みについての考え方、環境パフォーマンスから財務パフォーマンスへの影響、それらの業種による違い等を明らかにした。また、環境保護と企業の競争力向上の両者を実現するイノベーションの類型化及び事例分析を行い、これを具体化する「エコサプライシステム」の概念提示を行った。
さらに、いわゆるポーター仮説(環境規制が技術革新を誘発し企業の利潤を高める可能性がある)に関連して、公開されている企業の財務データをグレンジャー因果性分析手法により検証し、企業の環境パフォーマンスと財務パフォーマンスが互いにプラスの影響を及ぼす傾向を見出した。
3.委員の指摘および提言概要
貴重な情報を提供しているとともに、環境規制や政策がイノベーションを引き起こすメカニズム等は、この分野の研究を深める上での先駆的な問題提起と考えられる。一方、環境会計に関する定量分析、事例分析や類型化、環境と財務のパフォーマンスに関する実証分析等、このテーマを捉えるにあたってバランスの取れた調査ではあるものの、それぞれの連関が必ずしも明確でなかったと考えられる。さらに個別には、事例研究については、数が少なく整理や分析も限定されていること、環境イノベーションの類型化についてはなぜサービサイジングが強調されるのか不明であること、アンケート調査についてバイアスの評価がなされていないこと等、アカデミックな視点からは物足りなさがあるとの意見がある。
4.評点
総合評点: |
C |
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必要性の観点(科学的意義等) : |
c |
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有効性の観点(地球環境政策への貢献の見込み): |
b |
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効率性の観点(マネジメント、研究体制の妥当性): |
b |
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サブテーマ1: |
c |
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サブテーマ2: |
b |
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