環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成24年版 図で見る環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第3章>第6節 生物多様性を守る地域の「絆」

第6節 生物多様性を守る地域の「絆」

 昨年の東日本大震災をきっかけに、人々の間の絆の重要性が見直されています。人と人との助け合い、信頼関係は我々の生活を支えるといわれています。このような世の中の意識の変化から、生物多様性を守り、その恵みを持続可能に活用していくためにも地域の人々の「絆」や「つながり」が重要であることに改めて気づかされます。この考え方は突飛なものではなく、そもそも生物多様性とは何かを考えれば、自然なことかもしれません。

 生物多様性と共生した循環・自立型の地域社会を築き、自然共生社会を実現するためには、地域の「絆」を深め、息の長い、粘り強い取組を進めていくことが大切です。小笠原諸島においては、科学的な視点だけではなく、地域住民や関係者が一丸となった自然環境保全の取組が世界に称賛され、2011年(平成23年)6月に、世界に唯一無二の貴重な自然を有する地域として世界自然遺産へ登録されるという画期的な成果へとつながりました。ここでは、小笠原諸島での取組をはじめとするさまざまな地域の取組を紹介しながら、地域の役割や地域に伝わる先人の知恵について考察します。

1 地域の取組からみた小笠原諸島世界自然遺産登録

 小笠原諸島は、島が成立してから現在まで一度もほかの陸地と繋がったことがない海洋島です。ここでは、陸産貝類(カタツムリの仲間)や維管束植物が独特の進化を遂げ、その様子が、島々に凝縮された形で観察でき、生物進化の縮図ともいえる点で世界的な価値を認められました。また、小笠原諸島は、オガサワラオオコウモリやクロアシアホウドリなど世界的に重要とされる絶滅のおそれのある種の生息・生育地でもあり、北西太平洋地域における生物多様性の保全のために不可欠な地域です。


世界自然遺産に登録された小笠原諸島


陸産貝類(カタマイマイ属)の多様性

 世界自然遺産への推薦に当たっては、これらの自然環境を保護・保全されていることが必要であり、そこには、地域コミュニティー、行政機関、研究者が連携したさまざまな取組が必要でした。遺産地域の保全・管理は、島民の理解と協力がなくてはその適切な管理ができません。小笠原諸島では、「小笠原諸島世界自然遺産地域連絡会議」を設け、関係者間で情報共有や保全管理のあり方について検討をしています。

 小笠原諸島で多くの関係者が協力して進めてきたプロジェクトの一つに、ノネコ対策があります。

 母島の最南端にある「南崎」には、かつて、海鳥のカツオドリ10~20巣、オナガミズナギドリ10巣ほどの繁殖が毎年確認されていましたが、ある時からその数が減り、たくさんの海鳥の死体が発見されるようになりました。小笠原諸島で鳥類の調査研究を行っている地元NPOが調査をしたところ、ノネコが海鳥を捕食していることが判りました。この事態を重く見て、国と自治体は、地元NPOや母島の住民の方々と協力しながら、ノネコの捕獲に取りかかりました。捕獲したノネコは、島外へ持ち出し、東京都獣医師会の方たちが引き取り、病気などがあれば治療し、人と暮らす生活に馴れる訓練をした上で、新しい飼い主へと貰われていく仕組みができました。

 関係者の協力によってこのような条件が整い、ノネコの捕獲プロジェクトが始まり、母島では、ノネコの侵入防止柵が建設され、柵で囲まれた区域の中でノネコの捕獲を進めていきました。この結果、2007年(平成19年)には、南崎で再びオナガミズナギドリの繁殖が確認されるようになりました。

 このように、地元NPOがノネコによる海鳥捕食という問題を発見したことに端を発して、地域住民を含めた関係者が問題を共有し、一丸となって、小笠原諸島の野鳥を保護しつつ、ネコも幸せにするという困難な課題に取り組んだプロジェクトが進められ、成果を収めています。

 また、地域と連携した取組として、グリーンアノ-ル対策も挙げることができます。

 グリーンアノールは、もともと小笠原諸島には生息していませんでしたが、今では父島と母島の島内全域に分布する外来種です。グリーンアノ-ルの餌は昆虫等であり、小笠原諸島固有のオガサワラシジミなどの希少な種も捕食するなど、生態系へ大きな影響をあたえています。オガサワラシジミは、かつては父島と母島で普通に見ることができましたが、現在では母島の一部でしか見られなくなるほどに大きな影響を受けていました。2005年(平成17年)には、母島でオガサワラシジミの保護に関心をもつ住民有志が民間団体を結成し、グリーンアノールの影響からオガサワラシジミを守るための取組を開始しました。


アノールトラップで捕獲されたグリーンアノール

 2006年度(平成18年度)からは、希少昆虫類が生息する母島の新夕日ヶ丘に国がグリーンアノールの侵入防止柵を設置しました。設置した柵で囲まれた区域の中でグリーンアノールの駆除を行い、オガサワラシジミの食草を地元ボランティアの方の協力を得て育てた結果、オガサワラシジミの繁殖が再び確認されるようになりました。

 このように、小笠原諸島では、地域コミュニティ、行政、研究者が互いに協働して自然環境の保護・保全に取り組んでいます。こうした多様な主体が参画する関係者間の協働体制は、長い時間の対話と取組を通じて構築されてきた大きな成果であり、小笠原諸島がその自然と並んで世界に誇る一つの貴重な財産です。

 小笠原諸島における保全管理への地域住民参画のレベルの高さ、複数機関が連携した保全管理の手法、推薦過程における推薦地の海域部分拡張などは、世界遺産登録の審査の際に世界から称賛されました。同時に、世界自然遺産に登録された際に、島本来の生き物を脅かす外来種対策を継続することや自然を壊さない観光を確立することが要請されました。

 関係者間の協働関係をさらに強めて、[1]こうした課題に取り組むこと、そして、[2]豊かで美しい自然への理解を私たち一人一人が深め、その自然がより豊かなものになるように次世代へ伝えていくこと、[3]そうした中で、美しく豊かな自然に抱かれる人々が、地域への誇りを持ち、自然とともに暮らしていけること、これらが、これからの私たちに必要とされています。

2 地域が進める生物多様性の保全と持続可能な利用

 地域の暮らしとも密接に関係のある生物多様性を保全していくためには、各地域での多様な主体が連携した取組が重要です。2010年(平成22年)10月に開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、愛知目標だけでなく、民間参画や地方公共団体の取組を促進する事項も決定されました。こうしたことも踏まえ、地域における多様な主体の連携による生物の多様性の保全のための活動の促進等に関する法律(平成22年法律第72号。以下、「生物多様性地域連携促進法」という。)が制定され、2011年(平成23年)10月に施行されました。また、2010年(平成22年)12月の第65回国連総会で2011年(平成23年)から2020年を「国連生物多様性の10年」とすることが決まり、これを受け昨年9月に発足した「国連生物多様性の10年日本委員会」では、経済界、地方公共団体、学識者・専門家などのさまざまな主体が連携し、地域における取組をサポートすることで、生物多様性についての理解を深め、参加を促していくこととしています。

(1)多様な主体を「つなぐ」

 地方公共団体は、生物多様性について地域に根付いた活動を進める上で大きな役割を果たしています。昨年10月には生物多様性に関する取組について地方公共団体間の交流と連携の場を創ることを目指して、「生物多様性自治体ネットワーク」が発足し、2012年(平成24年)1月1日現在、121団体が参加し、情報交換を行うなど、地域同士のつながりが盛んになっています。

 また、経済界では、COP10の日本開催を機に日本経済団体連合会などの主導により、企業をはじめとする幅広い主体に生物多様性に配慮した取組への参画を促すための枠組みとして「生物多様性民間参画パートナーシップ」が設立されました。同パートナーシップには、2012年(平成24年)1月末現在488団体が参画しており、取組の輪が広がっています。

 このように、地域において市民や企業、研究者、行政などが関わり合い、力を発揮しあうことが地域の生物多様性を守ることにつながります。 さらに、生物多様性に対する取組をきっかけに、いわゆる6次産業化など、地域の活性化に結びつくような協力や連携が生まれていくかもしれません。

(2)地域における企業の取組

 近年、生物多様性の保全と持続可能な利用に積極的に取り組む民間企業等の事業者が増えてきています。事業者がこうした活動に取り組む際にも、「地域」や「多様な主体との連携」という視点は大切です。製品やサービスの提供を通じて広く社会とつながっている事業者が、地域や多様な主体と連携しながら、生物多様性の保全と持続可能な利用に取り組むことは、社会全体の動きを自然共生社会の実現に向けて加速させていくことにつながります。COP10で採択された「新戦略計画2011-2020及び愛知目標」でも、「ビジネスを含むすべての関係者が、持続可能な生産・消費のための計画を実施し、自然資源の利用の影響を生態学的限界の十分安全な範囲内に抑える」ことが掲げられ、事業者をはじめとするあらゆる関係者が、生物資源の利用、サプライチェーン、投融資などにおいて生物多様性に配慮することが求められました。

 いきものにぎわい企業活動コンテスト実行委員会(経団連自然保護協議会、公益社団法人国土緑化推進機構、(社)日本アロマ環境協会、地球環境行動会議(GEA)、(財)水と緑の惑星保全機構)は、生物多様性の保全や持続可能な利用等に資する優れた活動を展開している企業・事業者を表彰し、広く内外に広報することで、企業による活動のさらなる広がりを促進することを目的として、「いきものにぎわい企業活動コンテスト」を開催しています。COP10を契機に2010年(平成22年)から開催し、第2回は2011年(平成23年)6月1日から7月20日の募集期間に98件の応募があり、15件の活動が受賞しました。この中から、地域に根ざした取組事例を2件コラムで紹介します。


第2回いきものにぎわい企業活動コンテスト受賞活動

 ここで紹介した取組以外にも、国内各地域で事業者による生物多様性保全に向けたさまざまな取組が行われています。地域における事業者の自主的な取組が広がることにより、地域住民の生物多様性への理解や取組が促進され、全国規模での生物多様性の保全及び持続可能な利用の拡大につながっていくことが期待されます。


琵琶湖の環境と生態系保全の「いきものがたり」活動


 滋賀銀行では2005年(平成17年)に「しがぎん琵琶湖原則(Principles for Lake Biwa(PLB))」を策定し、このPLBに基づき企業を格付する「PLB格付」を行ってきました。「PLB格付」は、賛同する地元企業を環境保全・持続的発展の観点から5段階の格付で評価し、貸出金利を最大年0.5%引き下げるもので、地元企業と連携し地域全体で「環境を主軸とするCSR経営」を推進していくという、銀行の本来業務を活かした取組です。2011年(平成23年)12月末までに格付した件数は8,041件、融資実行件数・金額は累計1,052件・約250億円となっています。2009年(平成21年)11月からは、生物多様性保全の普及・啓発も目的に、新たに「PLB格付BD(Biodiversityの略)」の運用を開始しました。生物多様性保全に関する方針の策定状況、推進・管理体制の構築状況、影響の考慮と低減・回避のための行動の有無等、合計8項目の生物多様性格付評価指標を独自に設定し、企業の取組に一定以上の評価が得られた場合、PLB格付と合わせて最大年0.6%の金利引下げを行っています。生物多様性格付を環境格付として別立てで公表することは、全国の金融機関で初めての取組です。


PLB格付BD評価指標及び金利引下げ幅


(3)日常生活における生物多様性とのつながり

 直接的な取組でなくても生物多様性に配慮した農林水産物などを購入することによって、自然環境とのつながりが得られることもあります。この自然配慮型の購入行動は、価格や性能だけでなく、それぞれ個別の地域や生産者、それぞれの生産者が実施している取組への購入者のメッセージを込めたつながりともいえるからです。価格や性能の視点から見れば、それぞれの地域の資源や産物の評価は画一的で世界規模で代替可能なものになりがちです。しかし、それぞれの地域の生物多様性は固有で代替性が比較的低いか不可能なものです。文化も地域に住む人々の暮らしもその地域ごとのものです。地域固有の文化がそうであるように、ある地域の生物多様性をゼロにして、ほかの地域の生物多様性を2倍にすることで釣り合いがとれる性質のものではありません。それぞれに個性があって、多様であることに価値があります。

 ともすると、都市における普段の生活では、自然から遊離して購入と消費、情報収集と発信が可能であるかのような錯覚を覚えてしまうような場合もあるかもしれません。一方で、多くの人々は資産として山や川、森林や海を所有してはいませんし、管理もしていませんが、毎日酸素や水など自然の恵みを受けています。昨今、大人もそうですが自然に触れる機会が少ない子どもたちの行く末を危惧する意見も聞かれるところです。地球上に70億人以上が暮らし、さらに増えていくことが予想される事態を前にして、地球の自然環境から得られる資源と収容力の有限性を意識した行動や暮らし(及び考え方)に切り替えていく必要性が喫緊のものとなっているのではないでしょうか。上に述べてきました地域における取組に加わることで、この地球上にその一員として生きていることや、自然環境との絆が実感でき、生物多様性を守るさまざまな行動を促していくことが期待されるところです。


青少年の自然体験への取組状況(次の自然体験について「ほとんどしたことがない」と回答した割合)

3 自然とつきあってきた先人の知恵

(1)伝統的な焼畑にみる先人の知恵

 九州山地中部や四国山地西部で今なお営まれている焼畑は、縄文時代以来の伝統的な農法で、自然と共生する知恵が詰まっています。農業センサスによると1950年(昭和25年)頃には日本全国で約1万haの焼畑が存在していましたが、戦後、木材増産のために造林地へと転換され急速に減少していきました。

 焼畑は、森林を伐採し火入れをした場所に、作物を植えて耕作地として利用する農法です。宮崎県椎葉村では焼畑のことを方言で「ヤボ」、焼畑のための天然林伐採を「ヤボ切り」、ヤボ切り後の火入れのことを「ヤボ焼き」といいます。ヤボ焼きは多くの人手を必要とし、1戸から1人以上の経験者を出し、少なくとも10人前後の共同作業で行われました。熟練した年長者が、当日の風向き等の気象状況を考慮して指示を出します。その後、耕すことなく種を播き、ソバ、アワ、ヒエなどの雑穀などを3、4年間輪作し、放置された土地は10年前後で再び森林に戻っていきます。


焼畑の様子

 焼畑には、焼土効果による即効的な肥料効果や、地表面の雑草の芽や種子を焼くことによる雑草の生長を抑制する効果があります。また、森林を若返らせることにより、落葉広葉樹の明るい林では山菜やきのこなど豊かな山の恵みが育まれます。このように、一見環境を破壊する行為のようにも見える焼畑ですが、数十年のサイクルで森林を再生させながら利用していく持続的な循環農法であることが分かります。伝統的な焼畑を営む地域の人々は、数十年単位で繰り返し再生する自然を目の当たりにすることにより、自然とのつながりによって日々の暮らしが支えられているということを感覚的に理解しているのではないでしょうか。

(2)過去の自然災害から学ぶ先人の知恵

 地域に伝わる先人の知恵は、自然環境の恵みを持続的に利用することだけでなく、自然の脅威から身を守る際にも有効なものとなります。東日本大地震で発生した津波によって浸水した地域の境界線と神社、お寺の位置を重ねてみると、多くの建物が境界よりも少し高いところに位置していることが分かります。今回被災した三陸地方では、過去にも869年(貞観11年)の貞観三陸津波、1611年(慶長16年)の慶長三陸津波などの大きな津波被害に見舞われており、今回の津波による浸水を免れた神社やお寺は、先人たちの過去の経験や教訓により、浸水の危険性がある地域を避けた場所に建てられていたと考えられます。


東日本大震災における津波到達ラインと寺社の位置(大槌湾)

 地球物理学者の寺田寅彦(1878年(明治11年)~1935年(昭和10年))は「天災と国防」の中で、「旧村落は自然淘汰という時の試練に堪えた場所に適者として生存している」と述べ、近代になってから急激に発展した新たな市街地について警鐘を鳴らしています。また、「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」と指摘し、天災による被害を「文明の力を買いかぶって自然を侮り過ぎた結果」と述べています。これらの言葉は、現代の私たちにとっても心にとめるべき内容が含まれています。

 このように、過去には自然災害のもたらす脅威を避けるだけでなく、逆に自然の恵みとして利用をしていた事例もあります。進歩した科学や技術により、自然の力を押さえつけるだけでなく、先人の知恵に学び、自然の脅威とも上手につきあっていくということも重要な視点の一つではないでしょうか。

(3)人口減少と国土利用のあり方

 日本全国の2050年の人口予測では、居住地域の2割が無居住化するという推計もあります。特に中山間地を中心に著しい人口の減少が予測されています。こうした地域では自然環境の管理の担い手も失われ、里地里山のような二次的な自然を維持していくことが、今以上に難しくなっていくと考えられます。それに伴い、焼畑に見られるような地域固有の自然を利用するための知恵の伝承が断たれてしまうおそれがあります。


2005年と比較した2050年の人口増減状況

 また、現在の我が国の国土利用は、自然災害に対して脆弱な地域にまで居住地が拡大してきており、こうした地域の安全を確保する場合には、堤防建設や地すべり防止などの社会基盤整備に大きなコストを必要とします。平成24年1月に公表した日本の将来推計人口で、2060年の人口が8,674万人になると予測されているように、今後、国土全体で人口が大幅に減少していくことをかんがみれば、多くの自然災害を経験している地域など、安全に居住するためにかかるコストが大きい地域の住民が増えないようにし、一人当たりの国土維持コストの増大を防ぐ効率的な国土の利用を図っていくということも一つの選択肢として考慮していくべきではないでしょうか。