第3節 生物多様性に配慮した社会経済への転換(生物多様性の主流化)

1 生物多様性とビジネス

 生物多様性とビジネスに関する国際的な動きは、2006年(平成18年)にブラジルのクリチバで開催された生物多様性条約COP8で、民間事業者の参画の重要性に関する決議が初めて採択されたことに始まります。

 また、2008年(平成20 年)のCOP9(ドイツ・ボン)の閣僚級会合では、生物多様性条約の目的達成に民間企業の関与をさらに高めるため、ドイツ政府が主導する「ビジネスと生物多様性イニシアティブ(B&Bイニシアティブ)」の「リーダーシップ宣言」の署名式が行われました。この宣言は、生物多様性条約の3つの目的に同意し、これを支持し、経営目標に生物多様性への配慮を組み込み、企業活動に反映させるというもので、日本企業9社を含む全34 社が参加しました。さらに、2007年(平成19年)、2008年(平成20年)、2009年(平成21年)のG8環境大臣会合などにおいても、生物多様性が重要議題となり、産業界を巻き込む政策の強化、生物多様性の損失に伴う経済的影響を検討する必要性などが示されました。

 一方、国内では、上記のような国際的な動向を踏まえ、平成19年に策定された「第三次生物多様性国家戦略」において、企業の自主的な活動の指針となるガイドラインを策定することが示されました。また、20年に施行された生物多様性基本法(平成20年法律第58号)では、事業者や国民などの責務が規定されたほか、国の施策の一つとして生物多様性に配慮した事業活動の促進が規定されました。さらに、21年8月には、事業者が自主的に生物多様性の保全と持続可能な利用に取り組む際の指針となる「生物多様性民間参画ガイドライン」を環境省が発表しました。ガイドラインでは、事業者が生物多様性に配慮した取組を自主的に行うに当たっての理念、取組の方向や進め方、基本原則などを記述しています。


生物多様性民間参画ガイドラインの概要

 こうした中、経済界の取組も始まっています。平成21年3月には、(社)日本経済団体連合会が「日本経団連生物多様性宣言」を発表し、生物多様性に積極的に取り組んでいく決意と具体的な行動に取り組む際の指針を示しています。また、20年4月には、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する学習などを目的とした日本企業による「企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)」が設立されました。さらに、21 年4月には、滋賀経済同友会が、企業活動を通じた生物多様性保全のモデル構築を目指し、「最低1種類もしくは1か所の生息地の保全に責任を持ちます」などの10 項目の宣言文からなる「琵琶湖いきものイニシアティブ」を公表するなど、様々な取組が始まっています。

2 都市と生物多様性

 平成21年11月には、国内103の地方自治体が参加して「生物多様性自治体会議2009(主催:愛知県、名古屋市、COP10支援実行委員会)」が愛知県名古屋市で開催されました。COP10にあわせて開催予定の「生物多様性国際自治体会議」に向けて、国内の地方自治体共通の課題を抽出し、生物多様性保全の取組に関する情報交換を行いました。会議総括では、「生物多様性」という総合的視点、循環共生の知恵など、今後地方自治体が取組を進める上で重要と思われる事項が確認されました。

 こうした地方自治体の連携は、世界的にも展開されており、すでに、平成2年に43か国200以上の自治体がニューヨークの国連に集まって開催した「持続可能な未来のための自治体世界会議」で持続可能性をめざす自治体協議会(ICLEI(International Council for Local Environmental Initiatives))が発足しています。平成21年12月現在、世界で68か国、1,100以上の自治体が参加しています。同協議会は、気候変動防止、総合的な水管理、生物多様性の保全、持続可能な地域社会づくり、持続可能性の管理といったテーマで自治体間の連携を行い、地域で作られた施策が、地域、国家、世界全体の持続可能性を実現する費用対効果の高い方法であるという考え方で活動しています。また、20年に開催されたCOP9では、都市及び地方自治体の参加促進に関する初の決議が採択され、生物多様性条約の下で都市や地方自治体の果たす役割が認識されました。

3 生物多様性に配慮したライフスタイル

(1)製品や食品の選択による生物多様性への配慮

 ここでは、消費者の立場として、私たちができることを述べていきます。まず、基本的なことは、生態系サービスは、再生可能なものとして自然のサイクルの中で生み出されることから、その再生産の機能を損なわない持続可能な形で生態系サービスを得ていくことが必要となります。内閣府が平成21年に行った世論調査によれば、生物多様性に配慮した生活のためのこれまでの取組として、「環境に配慮した製品を優先的に購入している」と答えた人の割合は26%にとどまっており、今後、さらに生物多様性に配慮した製品の普及を促進していく必要があります。


生物多様性に配慮した生活のためのこれまでの取組

 平成20年の国内の木材需要量(用材)は7,797万m3ですが、わが国はそのうち約76%を輸入に頼っています。輸入先は、主に北アメリカ、東南アジア、ロシア、ヨーロッパ、オーストラリアとなっていますが、例えば、インドネシアでは、森林火災や違法伐採により年間約190万ha(四国の面積に相当)の森林が失われています。違法伐採を減らして、原産国の生物多様性を維持するために私たちができることの一つとして、合法性・持続可能性の証明された木材・木材製品を購入することが挙げられます。合法性・持続可能性の証明された木材を選ぶ際に参考になるのが森林認証です。森林認証とは、「法律や国際的な取り決めを守っているか」、「多くの生物がすむ豊かな森であるか」などの観点から、森林が適切に管理されているかを第三者機関が認証し、その森林から産出される木材を区別して管理し、ラベル表示を付けて流通させる民間主体の制度です。森林認証制度には、森林認証プログラム(PEFC)、森林管理協議会(FSC)、『緑の循環』認証会議(SGEC)などがあります。FSCの認証を受けた森林の面積は世界中で増加しており、SGECの認証を受けた国内の森林は、平成22年3月現在で93件、面積にして816,438haに広がっています。


世界のFSC認証森林の面積

 日本人の1人当たりの水産物消費量は、世界第3位で、世界平均の4倍程度もあります。豊富な水産資源を安定して得るためには、それを供給する生物多様性が保全されている必要があります。持続可能な漁業を行うためには漁獲量や種類、期間、漁法などに一定のルールを決め、漁業資源を枯渇させない取組が必要です。こうした取組を行っている漁業に対して第三者機関による認証を与える制度として、海洋管理協議会(MSC)やマリン・エコラベル・ジャパン(MELジャパン)などの認証制度があります。MSCラベルの製品は世界で販売を拡大しており、平成22年1月には、3,855品目に達しています。また、国内では、21年6月現在で約170の製品が流通しています。


主な国の1人当たりの年間水産物消費量(2005年)

(2)事業者の取組における生物多様性への配慮

 事業者が生物多様性に取り組むことには、リスクとチャンスが存在しています。例えば、原材料調達を生物多様性の観点から洗い直す作業には追加的なコストが必要となりますが、原材料調達に係るリスクの低減により、経営の安定化が期待されます。日本は、食料の約6割、木材の約8割、鉱物資源や化石燃料のほとんどを海外に依存しており、その意味で生物多様性に関する取組は、資源戦略としても重要だといえます。



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