図で見る環境白書 昭和58年


 I 恵み豊かな環境を将来に

   高まる環境保全の意義

   将来へ向けての環境保全

 II 公害の現状と対策

  公害の範囲

  大気の汚染

   環境基準

   大気汚染の現状

   大気汚染防止対策

   エネルギー問題

  水質の汚濁

   環境基準

   水質汚濁の現状

   水質汚濁防止対策

  その他の公害の現状と対策

   騒音

   振動

   悪臭

   土壤汚染

   地盤沈下

   廃棄物と空き缶問題

  交通公害

   総合的な対策の推進

  閉鎖性水域の状況と対策

   水質の現状と対策

   富栄養化対策

   湖沼の環境保全対策

 III 自然環境の現状と保全の動向

  自然環境の現状

   動植物の状況

   土地利用の変化と自然環境

  自然を守るしくみ

   自然環境保全地域

   自然公園

   都市や森林での自然環境の保全と緑化の推進

   鳥獣保護

 IV 環境問題の視点

  科学技術と環境

   産業社会の発展と環境

   環境保全技術の動向

   環境政策と科学技術の相互依存

  地域の特性と環境

   大都市圏

   地方都市

   農山漁村地域

  環境問題への広域的取り組み

 V 環境保全への総合的取り組み

  環境保全施策の着実な推進

   環境保全のための事業

   公害防止のための排出規制等

   公害防止のための助成

  環境汚染の未然防止

  快適な環境づくり

  国民参加の環境保全

  地域環境管理計画

 VI 地球的規模の環境問題

  広がりを見せる環境問題

  地球的規模での環境問題

   大気中の二酸化炭素濃度の上昇

   海洋の汚染

   熱帯林の減少と土壌悪化

  国際協力の推進

 用語解説



(表紙写真説明)鹿児島県屋久島の「縄文杉」(推定樹齢7200年、樹高32m、根回り43m)


この本を読まれる方に


財団法人 日本環境協会
会長 和達清夫

 昭和30年代の経済の高度成長にともなって表面化した環境問題は、40年代に入って次々とられてきた対策によって、危機的な状況の克服にはかなりの成果をあげることができました。このことは国際的にも高く評価されています。しかし、これをもって環境問題が全面的に解決されたとはいえません。むしろ環境問題はあらたな局面を迎えているといえるでしょう。
 今日産業活動に起因する環境汚染はかなりの改善をみせ、防除の目途もたってきました。一方、生活排水、一般廃棄物、交通騒音、近隣騒音など国民の日常生活に起因する環境汚染要因にも高い関心が払われるようになってきました。また、人びとの生活に関する価値観が多様化し、物質的な豊かさだけではなく、精神的なものをも含めた生活の豊かさ、快適さを求める声も高くなってきました。そのためには、現在の公害の防除にとどまらず、自然環境の保全を含めて、環境汚染の未然防止を一層推進する必要があります。
 人びとにとって何が快適な環境であるのか、またどの程度の費用、代償を払って、どのような快適な環境を創造していくのか、その判断は国民一人ひとりの価値観とその合意に委ねるべきものでしょう。これらのことを考える基礎としては、政府が毎年国会に提出する公害の状況に関する年次報告が環境白書として刊行されています。しかし、環境白書が広く国民の各階層に読まれることは望ましいことではありますが実際には困難です。そこでその内容を簡潔で、しかもグラフや写真を加えた誰にでも理解しやすい形にして刊行することになりました。
 この本が多くの方に読まれるとともに、次代を担う青少年の教材資料として活用されることによって、環境問題に関する理解が国民の間に広く深く浸透し、よりよい環境が生まれる基盤が培われることを願っております。
(巻末に用言解説を加えました。ご参照下さい。)




I 恵み豊かな環境を将来に


高まる環境保全の意義



 現代の社会は、生産規模が拡大し、都市化が進んでいます。そのため、清らかな水や緑、澄んだ空気などが貴重なものとなっており、環境保全の意義がますます高まってきています。
 豊かな環境は、私たちにさまざまな恵みを与えてくれます。まず、環境は私たちが生活していくための最も大切な基盤であり、すべての生き物を育てる母胎です。酸素を供給し、水を清らかにし、林産物など人の活動に必要な原材料を供給しています。さらに、森林によって気候が緩和されたり、川や湖によって汚濁物が浄化されるなど人の活動によって生じるものをきれいにする働きがあります。加えて、豊かな緑や清らかな水のある環境は、私たちの心にやすらぎやうるおいをもたらしてくれます。
 良い環境はみんなに恩恵を与えてくれますが、逆に、環境が悪くなると、みんなが被害を被ることになります。また、環境の持つ浄化作用には限界がありますので、公害の発生や自然環境の破壊がいったん起こると、その対策には多くの費用と年月を要し、場合によっては完全な回復を図ることができないこともあります。
 したがって、私たちの世代だけでなく子や孫の世代まで続く、人類の末長い繁栄のいしずえを築くためには、このようにさまざまな恵みを与えてくれる環境を、長期的な視野の下で持続的に保全し、適正に利用していかなくてはなりません。

将来へ向けての環境保全



 戦後の経済社会は、資源を大量に消費し、加工して拡大してきました。その結果、人々の物質的な生活水準は大幅に向上しました。しかし、環境の利用の仕方が適正でなかったため、環境破壊が進行し、四日市ぜんそく1)水俣病2)に代表されるような深刻な公害問題も発生しました。
 このような中で、個別の規制を中心とした環境政策が整備され、環境の状況は一時の危機的状況からは一応脱することができました。
 しかしながら、近年、環境問題は発生原因が複雑化し、工場・事業場に加え家庭生活に起因するものが問題となっています。また、交通公害や閉鎖性水域の水質汚濁については緊急に対策を講じる必要が生じています。
 今後、このような環境問題に対応するためには、環境が自ら備えている自律的な安定機能を科学的に明らかにしながら、その上に立って、下水道や廃棄物処理施設の整備や、公害発生源と住居を分ける土地利用の適正化などの対策を多角的に進める必要があります。また、地域ごとの個性に応じた総合的な環境の管理を進めるとともに、より快適な環境の創造を図っていくことも重要です。
 このような目標に向けて環境政策を推し進めることによって、初めて環境と調和のとれた人間活動が可能になり、末長い経済社会の安全と安定が得られることになります。




II 公害の現状と対策


公害の範囲


 私たち人間は、豊かで快適な生活を送るためいろいろな活動を行っていますが、この活動が適切に行われないと、ほかの人々に被害を与えることがあります。このような被害の中で、環境の悪化を通じて起こるものが公害と呼ばれています。
 公害を防止するための基本となるべき事項を定めた「公害対策基本法」では、公害の範囲を定義するとともに、対策の目標を明らかにしています。それによりますと、
 公害とは、
1)事業活動などの人の活動に伴って生じる
2)相当の範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下及び悪臭によって
3)人の健康または生活環境に係る被害が生じること
となっています。
 2)で言われている「大気の汚染、水質の汚濁・・・悪臭」の7種類の公害は「典型7公害」と呼ばれています。
 ここでは、この典型7公害を中心として、環境の現状と対策を見ることにしましよう。

京浜工業地帯(昭和48年)
京浜工業地帯(昭和48年)

大気の汚染


 大気の汚染とは、大気中にいろいろな汚染物質があって、人の健康や生活環境に悪い影響が生じてくると見られるような状態を言います。
 汚染物質としては、二酸化硫黄(亜硫酸ガス)などの硫黄酸化物、二酸化窒素などの窒素酸化物、一酸化炭素、浮遊粒子状物質、光化学オキシダントなどが挙げられます。




環境基準



 大気汚染物質は、主に肺などの呼吸器系に影響を及ぼし、濃度によっては人の健康を損なうことがあります。
 汚染物質のうち硫黄酸化物は、のどや肺を刺激して、気管支炎や上気道炎などを起こしやすくします。また、浮遊粒子状物質とは空気中に漂うチリ(ススやふんじん)のことですが、この物質や二酸化窒素は、硫黄酸化物と同じような作用をもたらすとされています。
 一酸化炭素は、血液中のヘモグロビンと結びつき、神経系に影響をもたらします。光化学オキシダントは、目、のどなどを強く刺激します。
 このような物質については、人の健康を守るために維持することが望ましい環境上の水準として、環境基準が定められています。

●大気汚染に係る環境基準
●大気汚染に係る環境基準
(備考)
1.浮遊粒子状物質とは、大気中に浮遊する粒子状物質であって、その粒径が10ミクロン以下のものをいいます
2.光化学オキシダントとは、オゾン・パーオキシアルナイトレート・その他の光化学反応により生成される酸化性物質(中性ヨウ化カリウム溶液からヨウ素を遊離するものに限り、二酸化窒素を除く)をいいます。
3.ppmとは100万分の1のことをいいます。たとえば、二酸化硫黄O.1ppmとは1立方メートル(=1,O00,000立方センチメートル)の空気中に二酸化硫黄が0.1立方センチメートル存在している状態をいうわけです


大気汚染の現状



 二酸化硫黄による大気汚染は、毎年着実に改善されてきており、昭和56年度における環境基準の達成率は98.9パーセントとなっています。
 一方、二酸化窒素による大気汚染はあまり改善されておらず、昭和48年ごろから濃度はほぼ横ばいで推移してきています。また、環境基準の上限値0.06ppmを超える測定局は東京都、大阪府、神奈川県などの大都市地域に集中しています。
 浮遊粒子状物質については、環境基準の達成率は昭和56年度38.1パーセントと非常に低い水準にあります。
 一酸化炭素については、発生源は主に自動車であると考えられていますが、自動車排出ガス規制の効果もあり、自動車排出ガス測定局の環境基準達成率は昭和56年度99.3パーセントとなっています。
 光化学オキシダントは、光化学スモッグの原因と考えられています。毎年夏になると光化学オキシダントによる大気汚染のため注意報が発令されますが、被害の届出人数は昭和57年度には446人となっています。

●主な大気汚染因子の推移
●主な大気汚染因子の推移
(備考)環境庁調べ


●光化学大気汚染の推移
●光化学大気汚染の推移
(備考)環境庁調べ


東京都内のスモッグ(昭和48年)
東京都内のスモッグ(昭和48年)

●二酸化窒素に係る環境基準の達成状況
●二酸化窒素に係る環境基準の達成状況
(備考)
1.環境庁調べ
2.自動車排出ガス測定局は、資料採取口が車道内にあるものを除外した
3.図中の( )内は、全測定局数に占める当該測定局数の比率である





大気汚染防止対策



 大気汚染を防止し、環境基準を達成するために必要なことは、それぞれの地域においてさまざまな発生源から大気中に排出される汚染物質の量を減らすことです。主な発生源としては、工場・事業場と自動車とが挙げられます。「大気汚染防止法」では、こうした発生源ごとに汚染物質の排出量の上限を定めています。
 このうち、工場や事業場では、ボイラーなどのばい煙を発生する施設ごとに、排出口での汚染物質の濃度などを一定の値(排出基準)以下にしなければならなくなっています。さらに、二酸化硫黄などの硫黄酸化物については、地域全体の汚染の状態を考えて、工場からの総排出量を少なくしょうとする総量規制が実施されています。また、窒素酸化物についても総量規制を実施しようとしています。
 自動車に対しても排出基準があり、これを守らなければなりません。
 このような規制に対して、工場や事業場では、1)燃料の種類をかえる、2)重油から硫黄を取り除く、3)燃焼方法を工夫する、4)集じん装置などによって煙の中の汚染物質を取り除くなどの防止対策がとられています。
 また、自動車についてもエンジンの改良が進められ、特に乗用車から排出される窒素酸化物、一酸化炭素などは対策前に比べ9割以上減少しています。しかし、ディーゼル大型車などの対策は遅れています。
 このほか、大気汚染による被害者の救済のため、事業活動に伴う汚染物質の排出によって、健康被害を生じさせた場合には、意図して排出したとか、過って排出したとかを問わず、たとえ過失がなくとも事業者が賠償責任を負う(無過失賠償責任という)制度が設けられています。

●大気汚染防止法体系図
●大気汚染防止法体系図
(注)直罰とは、基準を遵守しない者に対して、改善命令などを経ることなく、直ちに罰則をかけることをいいます


エネルギー問題



 2回にわたる石油危機を契機として石油価格が大幅に上昇したために、石炭等の石油代替エネルギーの利用が拡大しています。
 石炭には1)燃焼に伴う窒素酸化物、硫黄酸化物、ばいじんなどの発生量が一般に石油に比べてかなり多い、2)石炭を運ぶときなどに石炭の粉末が風によって飛ばされやすい、などの特徴があります。このため石炭の利用に際しては、十分な環境対策が求められています。

水質の汚濁


 水質の汚濁とは、川、湖、海など私たちの生活に密接な関係がある水に有毒な物質が含まれたり、水の状態が悪化したりすることを言います。
 水質汚濁の代表的な原因物質のうち、人の健康に有害な物質としては、カドミウム、水銀などが挙げられます。カドミウムは人体に蓄積し、骨や腎臓に悪い影響を及ぼします。その例としては、富山県神通川流域で発生したイタイイタイ病3)があります。
 また、水銀は人体に蓄積すると、脳、神経の障害をもたらすことがあります。熊本県八代海周辺や新潟県阿賀野川流域で発生した水俣病は、メチル水銀化合物が原因であることがわかっています。
 次に、水中の有機物質による水質の汚濁についてみてみます。この代表的な測定指標としてBOD(生物化学的酸素要求量)とCOD(化学的酸素要求量)があります。
 これは、水中の多くの汚濁物質が酸素と結びついて分解したり、変化したりする性質を持つという点に着目して、汚濁物質が分解したり、変化したりするのに必要な酸素の量で、汚濁の程度を測定する方法です。このBOD(またはCOD)の数値が高いと、飲み水の悪臭、農作物や魚介類への被害が生じることがあります。

多摩川(昭和53年)
多摩川(昭和53年)

環境基準



 水質の環境基準には、人の健康を守るために維持することが望ましい基準として定められる健康項目と、生活環境を守るために維持することが望ましい基準として定められる生活環境項目とがあります。
 健康項目は、カドミウム、シアンなど9項目について、河川、湖沼、海域を問わず、一律に定められています。
 また、生活環境項目はBOD(またはCOD)など9項目について、利用目的に応じて分けた水域類型ごとに定められています。したがって同じ河川であっても、利用目的が異なれば、上流と下流とでは別々の類型が当てはめられ、環境基準値も異なることになります。

●人の健康の保護に関する環境基準
●人の健康の保護に関する環境基準

●生活環境に係る環境基準の例(河川)
●生活環境に係る環境基準の例(河川)
(備考)1. 基準値は、日間平均値とする
    2. 農業用利水点については、水素イオン濃度6.0以上7.5以下、溶存酸素量5mg/l以上とする
(注) 1. 自然環境保全:自然探勝等の環境保全
    2. 水 道 1級:ろ過等による簡易な浄水操作を行うもの
       〃  2級:沈殿ろ過等による通常の浄水操作を行うもの
       〃  3級:前処理等を伴う高度の浄水操作を行うもの
    3. 水 産 1級:ヤマメ、イワナ等貧腐水性水域の水産生物用ならびに水産2級および水産3級の水産生物用
       〃  2級:サケ科魚類およびアユ等貧腐水性水域の水産生物用および水産3級の水産生物用
       〃  3級:コイ、フナ等、β―中腐水性水域の水産生物用
    4. 工業用水1級:沈殿等による通常の浄水操作を行うもの
       〃  2級:薬品注入等による高度の浄水操作を行うもの
       〃  3級:特殊の浄水操作を行うもの
    5. 環境保全:国民の日常生活(沿岸の遊歩等を含む)において不快感を生じない限度


水質汚濁の現状



 水質汚濁の状況を健康項目について見ますと、かなり改善が進んでおり、全国の総測定数のうち環境基準に適合していない測定数の割合(不適合率)は、昭和56年度で0.05パーセントとなっています。
 一方、生活環境項目については、環境基準を達成していない水域が多く残されています。環境基準の達成状況をBOD(またはCOD)で見ますと、環境基準を達成している水域が昭和56年度において66.0パーセントとなっています。これを水域別に見ますと、河川63.3パーセント、湖沼42.7パーセント、海域81.6パーセントとなっており、特に湖沼では達成率が低くなっています。また、都市内を流れる河川では、一時の深刻な状況は脱したものの、まだまだ汚濁の水準は高い状況にあります。

●水質汚染の推移
●水質汚染の推移


隅田川(昭和58年)
隅田川(昭和58年)

水質汚濁防止対策



 水質の汚濁を防止し、環境基準を達成するため、「水質汚濁防止法」などの法律が定められ、さまざまな対策がとられています。
 「水質汚濁防止法」では、洗浄施設など汚水を排出する施設を設置する工場や事業場に対して排水基準が定められています。この基準では、健康項目(9項目)と生活環境項目(9項目)のそれぞれの項目ごとに一定の濃度などで示されており、工場や事業場は排水口でこの基準に適合した排水を行わなければならないことになっています。
 排水基準には、国が全国一律に定めている一律基準と、都道府県がそれぞれの水域の状況に応じて一律基準よりも厳しく定めている上乗せ基準とがあります。また一部の地域では総量規制基準を設けて規制を行っています。
 なお、「水質汚濁防止法」では、こうした規制に違反した場合、都道府県知事によって改善命令が行われるほか、罰則が課せられることもあります。このほか、水質汚濁による被害者の救済のため、大気汚染の場合と同じように無過失賠償責任という制度が設けられています。
 一方、下水道は、都市排水を中心とした汚水を受け入れ、処理した上で河川や海域などに流す働きを持っており、生活環境の向上という点からも、また水質保全という点からも重要な役割を担っています。下水道普及率は昭和57年度末で約33パーセントですが、現在、第5次下水道整備5ヵ年計画に基づき、一層整備が進められることになっています。

●水質汚濁の推移(河川はBOD、湖沼・海域はCOD)
●水質汚濁の推移(河川はBOD、湖沼・海域はCOD)

その他の公害の現状と対策


騒音



 騒音は、公害の中でも日常生活に最も関係が深く、発生源にも多種多様なものがあります。このため、例年、公害に関する苦情のうちで件数が最も多くなっています。
 騒音についての環境基準は、住居地域、商業地域などの地域の特性、道路面、騒音発生源の周辺の状況、昼、夜などの時間の区分に応じた基準値が定められていて、都道府県知事が、それぞれの地域に応じて環境基準を当てはめることになっています。例えば、道路に面していない住居地域は昼間50ホン以下、夜間40ホン以下などとなっています。
 騒音対策としては、工場や建設作業の騒音について「騒音規制法」に基づく対策が進められています。また、カラオケ等の深夜営業騒音に対して、条例による規制を新設したり、強化したりしています。さらに、エアコンや換気扇などについても騒音を下げるための努力が続けられています。

●公害苦情の種類別件数構成(典型7公害)
●公害苦情の種類別件数構成(典型7公害)
(備考)公害等調整委員会調べ


●騒音苦情の内訳(発生源別)
●騒音苦情の内訳(発生源別)
(備考)環境庁調べ


振動



 振動は騒音とともに日常生活と深いつながりを持つ問題で、「振動規制法」等に基づいて対策が進められています。橋やトンネルなどから発生する、人の耳には聴きとりにくい低い周波数の空気振動についても、調査が行われています。

●振動苦情の内訳(発生源別)
●振動苦情の内訳(発生源別)
(備考)環境庁調べ


悪臭



 悪臭は生活環境を損なう感覚公害で、苦情は騒音に次いで多くなっています。このため、「悪臭防止法」に基づき、アンモニア、硫化水素などの8物質が悪臭物質として定められ、46都道府県、10大都市などで、規制地域の指定、規制基準の設定が行われています。

●悪臭苦情の内訳(発生源別)
●悪臭苦情の内訳(発生源別)
(備考)環境庁調べ


土壤汚染



 土壤汚染とは、大気の汚染、水質の汚濁などを通じてカドミウム、銅、ひ素などの有害物質が土壤に蓄積し、農作物が育たなくなったり、汚染されたりすることです。昭和58年1月現在で、約5,050ヘクタールの農用地が対策を必要とする地域として指定されています。
 指定された地域では、「土壤汚染防止法」に基づき、かんがい排水施設の設置、客土などの事業が実施されています。

土壤汚染対策事業
土壤汚染対策事業

地盤沈下



 地盤沈下は大都市ばかりでなく、全国各地で認められています。現在、主な地域だけでも36都道府県60地域に上っています。地盤沈下の主な原因は、地下水の過剰な汲み上げであることが明らかにされています。このため、「工業用水法」などにより地下水の汲み上げの規制を行っています。あわせて、水の使用の合理化、水道の整備、ゼロメートル地帯などでの高潮対策などが実施されています。また、地盤沈下防止対策要綱の策定や法制の整備などの検討が行われています。

●代表的地域の地盤沈下の経年変化
●代表的地域の地盤沈下の経年変化
東京都江東区のゼロメートル地帯


廃棄物と空き缶(かん)問題



 廃棄物
 廃棄物は生産、流通、消費活動等に伴い発生するものです。このうち、日常生活に伴って生じるごみについて見ると、昭和48年の第1次石油危機後、排出量は減少しましたが、その後大きな変化は見られません。
 廃棄物処理対策としては、現在、「第5次廃棄物処理施設整備計画」(昭和56~60年度)に基づき、ごみ処理施設などを整備しています。また、産業廃棄物については、事業者が自ら処理することが原則ですが、国においても、処理対策を確立するための調査を行っています。

●日常生活に伴って生ずるごみの排出量
●日常生活に伴って生ずるごみの排出量
(備考) 厚生省調べ


 空き缶(かん)
 手軽で便利な缶(かん)入り飲み物は、現在多くの人に利用され、年間100億個にも上ると見られています。しかし、空き缶(かん)を投げ捨てる人が多いため、各地で空き缶(かん)が散乱し、地域の環境美化の観点からも問題が生じています。
 空き缶(かん)問題は、1)投げ捨てをどのように防止するか、2)投げ捨てられた空き缶(かん)をどう回収するかが基本的な問題です。
 このため、地方公共団体では、条例の制定、清掃活動の推進、広報活動などを通じて、空き缶対策を活発に進めております。例えば、収集かごの設置、投げ捨て禁止の呼びかけなどです。
 政府も、環境庁など11省庁で「空き缶(かん)問題連絡協議会」を設置し、投げ捨て防止についてのPR、キャンペーン等を行っています。

グリーンベルトに散乱する空き缶
グリーンベルトに散乱する空き缶

交通公害


 戦後、都市部への人口の集中と市街地の拡大が進む中で、自動車の急速な普及、ジェット旅客機の就航、新幹線鉄道の登場など交通機関が目覚ましく発達し、交通量は飛躍的に増大しました。その結果、幹線道路、新幹線鉄道、空港などの交通施設の周辺で騒音、振動、大気汚染などの深刻な交通公害問題が発生しています。
 このため、これまでに次のような対策が取られてきました。

 自動車交通公害
 自動車排出ガスや自動車騒音について許容限度が定められ、個々の自動車について規制が行われています。また、騒音や振動対策として道路の改良、沿道の整備などが行われています。
 新幹線鉄道騒音、振動
 鉄橋やレールなどの改良、沿線の学校、病院、住宅等の防音工事などが行われています。
 航空機騒音
 低騒音大型機(いわゆるエアバス)の採用、飛行場周辺にある学校、病院、住宅等の防音工事などが進められています。

総合的な対策の推進



 このような対策にもかかわらず、交通公害問題は解決せず、いまや抜本的な対応が強く望まれています。そのため、これまでの対策を強化していくことはもとより、公害の発生しない道路を整備して大型トラックの走行をそこに集約させるなどの物流体系の改善、道路や飛行場自体が緩衝用地4)を確保するなどの交通施設の構造対策、さらには、交通施設と住宅との間に公園や緑地を配置するなどの周辺土地利用対策を総合的に推進することが特に重要となっています。

東京湾岸道路の遮音壁
東京湾岸道路の遮音壁
●国内旅客輸送量の推移(人キロ) ●国内貨物輸送量の推移(トンキロ)
●国内旅客輸送量の推移(人キロ) ●国内貨物輸送量の推移(トンキロ)



閉鎖性水域の状況と対策


水質の現状と対策



 周囲の大部分が陸地であるような水域を閉鎖性水域と呼んでいます。閉鎖性水域としては、湖沼のほかに、瀬戸内海などの内海、東京湾や伊勢湾など陸地の奥まで海が入り込んだ内湾が挙げられます。閉鎖性水域では、水の交換が進みにくく、汚濁物質がたまりやすくなっています。このために、人口・産業が集中しているところでは、環境基準(COD)の達成率ははかばかしくありません。
 このため、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海に流入する河川の流域にある工場や事業場を対象として、汚濁物質の総排出量が一定量以下になるよう規制が行われています。

瀬戸内海の赤潮(昭和51年)
瀬戸内海の赤潮(昭和51年)
●56年度COD環境基準達成率
●56年度COD環境基準達成率

富栄養化対策



 閉鎖性水域では、汚濁物質のほかに、窒素、リンなどの栄養塩類が流れ込んで、富栄養化が進むという問題が起こっています。排水に含まれる窒素、リンなどが大量に流れ込むと、これらの物質が肥料の働きをして、プランクトンなどが非常な勢いで増加し、水質が悪化していきます。このための水道の異臭味問題、養殖魚の大量死などのさまざまな障害が起こっています。
 富栄養化対策としては、栄養塩類(窒素、リンなどを含む物質)そのものを減らすことが必要とされています。このため、現在、窒素、リンの排出規制を行うための準備が進められています。
 なお、瀬戸内海に面する地域等では、法律に基づいてリンの削減対策が、琵琶湖等では条例に基づいて窒素、リンの規制が行われています。

湖沼の環境保全対策



 湖沼でも汚濁が大変進んでいるところがあり、水道の異臭味問題、水産被害などの大きな利用障害が起きています。湖沼の水質汚濁の問題は全国的に広がっていて、このままでは汚濁がさらに進むことが心配されています。
 このため、湖沼の特性に合わせ総合的、計画的に各種の施策を進めていくことが強く求められています。そこで、現在、湖沼の水質保全のための湖沼水質保全法案が国会に提出され審議されています。

相模湖のアオコ(昭和57年)
相模湖のアオコ(昭和57年)

III 自然環境の現状と保全の動向


自然環境の現状


動植物の状況



 わが国の国土は四面、海に囲まれ、南北に細長い形をしています。気候的には、亜熱帯から亜寒帯まで広がり、地形が複雑なこともあって、いろいろな動物や植物が生息しています。また、四季を通じて雨に恵まれているため、森林が広い範囲に広がっています。
 植物の分布状況を見るとその種類はきわめて多く、北海道、本州、四国、九州には約990属4000種の種子植物と約400種のシダ植物が見られます。さらに沖縄諸島では約1,500種の種子植物と約400種のシダ植物、小笠原諸島では約180種の種子植物と80種のシダ植物が知られています。これらの中には、スギ、ヒノキ等、日本にしか見られない植物も多数あります。
 動物もほ乳類、鳥類、両生類、は虫類、昆虫類、魚類等それぞれ数多く生育しています。ほ乳類については、帰化種を含めて日本産のものは122種あり、単位面積当たりで見ると、とても豊富だと言えます。ちなみに、わが国と面積がほぼ等しいイギリスのほ乳類は67種にすぎません。
 こうした動植物の生育状況を初めとして、自然環境の保全の状況について、環境庁ではいわゆる「緑の国勢調査」5)を実施して調べています。第1回目は昭和48年度、第2回目は昭和53、54年度に実施されました。これらの結果は整理されて、植生図や全国の自然環境の状況が一目でわかる「自然環境アトラス」として公表されています。第3回調査の準備も着々と進んでいます。
 また、昭和57年度には人手の加わらない自然状態を残している南硫黄島について、自然環境の現状を詳細に把握するための学術調査が行われました。この調査の結果、同島には、他の地域では絶滅に瀕していると思われているオガサワラオオコウモリやアカオネッタイチョウが多数生息していることが確認されました。さらに、昆虫や植物の新種も発見され、同島が貴重な野生動植物の生育地であることが明らかになりました。






土地利用の変化と自然環境



 自然環境の状況は、土地の利用の仕方と密接な関係があります。例えば森林とか原野は、木材を生産するとともに、豊かな緑が環境を良い状態に保つ働きをしています。農用地は、穀物や野菜を生産するとともに、都市の回りでは貴重な緑地となり、人々にうるおいとやすらぎを与えています。
 こうした土地利用に着目して、自然環境の状況の移り変わりが一目でわかるように、森林と耕地(農用地の一部)を合わせた緑地の面積の変化を見てみました。
 そうすると、東京や大阪などの大都市地域において、緑地の減少率が大きいことがわかります。
 また河川、湖沼や海岸の周辺は昔から人々の生産や生活の場としてとても重要なところです。環境庁ではこうした水辺についての人々の意識調査を行いました。それによると、都会の人ほど水辺に達するまでの時間は長くかかり、水辺に接する回数も少ないことがわかりました。

●全国の緑地減少状況(昭和45~55年の減少率)
●全国の緑地減少状況(昭和45~55年の減少率)
(備考)
1. 大都市圏における人口急増府県知事会議「都市的地域における緑化対策について」に基づき作成した
2. 緑地とは、森林と耕地を合計したものをいう
3. 沖縄県については、45年の資料がないので除いてある


●水辺までの時間距離及び水辺に接する頻度
●水辺までの時間距離及び水辺に接する頻度
(備考)1. 56年度環境モニター・アンケート「身近な水辺について」(環境庁)
    2. 時間距離は10分以内と回答した人は10分とし、30分以上と回答した人は40分として求めた
    3. 水辺に接する頻度は毎日1回以上と回答した人は月30回、2~3日に1回とした人は月15回、週1回とした人は月4回として求めた


自然を守るしくみ


 自然を守るためのしくみは、昭和47年に制定された「自然環境保全法」が基本となっています。この法律は、自然環境を適正に保全するための総合的な政策を展開することによって、国民が健康で文化的な生活を送るのに役立つことを目的としています。また、自然環境保全の基本となる考え方や、国、地方公共団体、事業者や住民が自然環境の保全のために果たすべき責務などを明らかにしています。
 この法律のほか、「自然公園法」、「都市緑地保全法」、「森林法」、「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」など、関連する法律によって自然を守るための具体的な取り組みを行っています。

●自然環境保全制度体系図
●自然環境保全制度体系図

自然環境保全地域



 ほとんど人の手が加わっていない原生の状態が保たれている地域やそれに準ずる自然のままの状態が保たれている地域については、程度に応じて、原生自然環境保全地域もしくは自然環境保全地域として指定を行い、自然の状態を保つように努力しています。
 現在のところ、原生自然環境保全地域は5ヵ所、自然環境保全地域は8ヵ所指定されています。




自然公園



 わが国を代表するすばらしい自然の風景が見られる所やそれに準ずる所については、それぞれ、国立公園や国定公園として指定し、また、都道府県を代表するすばらしい風景が見られる所は、都道府県立自然公園として指定しています。これらの公園では自然の保護が図られるとともに、野外レクリエーションの場として活用されています。
 今までに、全国で国立公園は27ヵ所、国定公園は54ヵ所、都道府県立自然公園は294ヵ所が指定され、その総面積は国土面積の約14パーセントを占めています。
 また、美しい海中の景観を維持するため、海中公園地区が全国でも57ヵ所指定されています。
 自然公園を適正に管理し、利用し、風致景観を損なわないために、例えば、公園内に建物を新たに建てる場合などには、許可を受けたり、届出をしなければならないことになっています。
 このように公園の中における行為は厳しい規制を受けますが、昭和47年から、民有地のままでは保護の徹底が図れない国立公園内の土地を対象として、買い上げの制度もできました。この制度は、昭和50年から国定公園に、昭和51年から鳥獣保護区(特別保護地区のみ)にも適用されています。

中部山岳国立公園(上高地)
中部山岳国立公園(上高地)

●国立公園、国定公園および自然環境保全地域配置図
●国立公園、国定公園および自然環境保全地域配置図

●原生自然環境保全地域
●原生自然環境保全地域

●自然環境保全地域
●自然環境保全地域

●国立公園
●国立公園

●国定公園
●国定公園
<備考>1. 環境庁調べ 2. 指定年月日の年号は昭和


都市や森林での自然環境の保全と緑化の推進



 都市やその周辺の水辺や緑を守ることは、生活にうるおいを持たせ、レクリエーションの場を提供するだけでなく、公害や災害の防止にも役立ちます。このため、緑地保全地区の指定や都市公園などの整備を行って、都市における水辺と緑の確保を図っています。
 都市公園は、都市計画区域内で、人口1人当たり4.3平方メートルという水準にありますが、これはヨーロッパやアメリカと比較して低水準であり、その整備を促進していくことが必要です。
 国土の7割を占める森林は、水を保ち、大気をきれいにし、保健や休養の場となるなど重要な役目を果たしています。こうした森林を守り育てるため、森林計画を適切に運用して、健全な森林を造成、維持するとともに、ふるさとの森づくりなど緑化の推進を図っています。また、都市についても、公共施設の緑化を進めるとともに、緑化の意義の普及啓発に努めています。




鳥獣保護



 開発が進んでいく中で、私たちの周辺から姿を消しつつある野生鳥獣については、鳥獣保護事業計画を策定したり、鳥獣保護区を設定するなど、その保護に努めています。
 鳥獣保護区は現在のところ全国で3,107ヵ所、合わせて308.7万ヘクタール設定されており、これは、関東地方(1都6県)の広さに当たります。このうち、国設鳥獣保護区については、昨年度、ガン、カモ、ハクチョウ類の渡来地として有名な伊豆沼(宮城県)など、3ヵ所の新設を行いました。トキについてはすべて捕獲して人工増殖を行っており、現在3羽となっています。またイリオモテヤマネコやヤンバルクイナについても生息状況の調査などを行いました。
 渡り鳥については、アメリカ、オーストラリア、中国との間で条約を結ぶなど、国際的に協力して保護をしています。昨年度は、これらの国々との間で、渡り鳥に関する資料や調査技術の交流を行うため、国際会議を開催しました。

トキ(美しいトキ色の羽毛が繁殖期には写真のように灰色になる)
トキ(美しいトキ色の羽毛が繁殖期には写真のように灰色になる)

野生状態のトキ(佐渡ヶ島)
野生状態のトキ(佐渡ヶ島)




IV 環境問題の視点


科学技術と環境


産業社会の発展と環境



 戦後のわが国の経済成長は、重化学工業化を中心とし、科学技術の革新に支えられて進められました。この結果、人々の生活水準は向上しましたが、反面、四日市ぜんそく、水俣病、PCBの使用による被害など深刻な公害問題が生じました。
 これらの公害の発生に対処するため、汚染物質の排出の規制が行われ、それに対応して公害防止のための投資が行われてきました。また、近年の産業構造の変化を見ると、環境に相対的に大きな負担をかける石油、化学、鉄鋼などの素材産業の生産が伸び悩む反面、環境への負担が相対的に小さい機械工業などの生産が伸びています。このような変化が、公害対策の進展とも相まって、環境に対する負担をある程度軽くする効果をもたらしています。

環境保全技術の動向



 公害防止規制に対応する技術として、固定発生源6)に係る大気汚染防止技術、自動車公害防止技術、水質汚濁防止技術など、各種の公害防止技術が開発されています。

●硫黄酸化物を取り除くメカニズム
●硫黄酸化物を取り除くメカニズム

環境政策と科学技術の相互依存



 環境を改善するための科学技術の研究、開発は、公的機関・民間一体となって進められ、環境保全研究費も増加しています。今後とも汚染物質の排出を抑制する方法をさらに開発するなど、環境保全のための科学技術の一層の進展が望まれます。
 また、資源は有限であるという認識が高まり、省資源・省エネルギーの努力が産業各分野で幅広く進められましたが、このような動きは、天然資源やエネルギーの使用を減らし、汚染物質の排出量の減少などを通じて公害防止に役立つこととなりました。こうした努力を今後とも続けていくことは環境保全の上で大きな効果を持つと考えられます。
 さらに、自然の生態系には、微生物によって有機物質を分解するなど、それ自体物質の循環を促し、環境を浄化する作用があります。しかし汚染物質がこの浄化の能力を超えると、生態系の持つ働きが損なわれてしまいます。したがって、長期的な観点から環境の保全を図っていくためには、自然の生態系と適合した科学技術の利用を図る必要があります。
 技術の革新は人類に恩恵をもたらした反面、その利用の仕方によっては環境に悪影響を与えた面もあります。最近、バイオテクノロジーやエレクトロニクスなどの分野で技術開発が進んでいますが、今後は、新しい技術の利用によって起こる環境への影響をあらかじめ十分調査し、問題が起こった場合には速やかに対処していくことが必要です。

●大企業における公害防止投資の推移
●大企業における公害防止投資の推移
(備考)1. 通商産業省調べ
    2. 56年度は実績見込み、57年度は計画
    3. 資本金1億円以上の製造業等について調査


●環境保全関係研究費の推移
●環境保全関係研究費の推移
(備考)総理府統計局「科学技術研究調査報告」による


●GNP単位当たりのエネルギー需要
●GNP単位当たりのエネルギー需要
(備考)資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」による


地域の特性と環境


大都市圏



 わが国では、すでに過密な経済社会が形成され、多くの環境問題が生じています。特に大都市圏では、人口と経済社会活動の集中により、地方圏に比べ大きな問題が生じています。
 特に深刻になっているのは交通公害や住環境の問題です。ミニ開発によるスプロール化7)が進み、市街地が密集して形成されることにより、緑のオープンスペースが失われ、安全な歩行空間すら十分に確保されていないところもあります。また、集合住宅の割合が高いため、近隣騒音なども深刻な問題となっています。
 さらに、急激な人口集中地域の拡大に対して、一般に公共施設等の生活基盤の整備が後追いとなる傾向が見られ、環境が悪化しています。中でも、下水道整備が不十分な地域での水質汚濁が大きな問題となっています。
 加えて、活発な都市的活動によって大量の廃棄物が発生しており、これをどのようにして公害を出さず、しかも効率的に処理していくかが重要な課題となっています。

●可住地面積当たりの経済社会活動の国際比較(日本を100とした指数)
●可住地面積当たりの経済社会活動の国際比較(日本を100とした指数)
(備考)国連統計による


東京都多摩地区附近の宅地開発
東京都多摩地区附近の宅地開発

地方都市



 地方都市は大都市圏に比べ比較的自然性に富んだ空間に恵まれています。しかしながら、地方中核都市を中心としてその周辺にまで市街地が拡大していくという都市圏の形成が進行しつつあるため、今後、地方都市においても大都市的な環境問題が顕在化する恐れがあります。
 例えば、地方都市では一般に低密度、拡散的な市街地が形成されつつあり、また、モータリゼーションが浸透していることから、大都市間を結ぶ幹線道路ばかりでなく、圏域内幹線道路で道路交通公害の問題が生じている地域があります。
 また、地方都市では、下水道、道路等の根幹的な施設整備の面で立ち遅れが見られます。
 こうした環境の悪化を防止するためには、無秩序な開発が進められる前に計画的な都市整備を進め、個性豊かで魅力ある環境をつくり出していくことが何よりも重要です。

●自動車保有台数の推移
●自動車保有台数の推移

農山漁村地域



 国土面積の約8割は森林と農用地で占められており、農山漁村地域は自然環境の保全上きわめて大きな位置を占めていますが、農林漁業を取り巻く経済社会が変化し過疎化が進行しているため、地域の環境問題にも大きな影響が及んでいます。
 農村地域においては、過疎化がいまなお進みつつあり、田畑が荒廃したり、地域社会の維持が困難となっている例も見られます。また、都市周辺の農村では農家と非農家との混住化が進み、生活様式が急速に変化することによって、生活排水等の増加による汚濁の問題が生じています。
 山村においては、過疎化、人口の高齢化等により、農地や森林の管理が行き届かなくなり、森が荒れてしまうという問題があります。
 また、漁村においては、水質汚濁の進行や廃棄物の堆積によって漁場環境が悪化するという問題があります。

●農村の混住化の状況(人口集中地区までの所要時間別の農業集落の世帯数)
●農村の混住化の状況(人口集中地区までの所要時間別の農業集落の世帯数)
(備考)1. 農林水産省「1980年世界農林業センサス」による
    2. 行政区単位が別になっている非農家だけの集団は含まれていない


過疎で人の住まなくなった農家
過疎で人の住まなくなった農家

環境問題への広域的取り組み


 環境問題の適切な解決のためには、全国一律の対策とともに、地域の特性に応じ、環境の持つ生態的なまとまりとつながりに留意した対応が必要です。
 生態的なまとまりとつながりの要素としては、水系(または水域)、地下水、大気、土壌、植生、野生生物分布など多く挙げられます。このうち、水系を例にとってみると、雨水は森林地帯などで保たれ、浄化され、河川に流れ、やがて海に流れ込み、再び蒸発した水が同じ循環を繰り返すことになります。したがって、水系は水域と森林地帯などを結びつける領域であると言えます。環境保全を進める上では、このような水の循環全体を対象としていくことが望まれます。
 また、水系の問題にとどまらず、今後ますます複雑、多様化していくことが予想される環境問題を解決するためには、問題の類型ごとに環境自身の持つ地域特性を考慮して地域的まとまりに着目し、地方公共団体の枠を超えた、より広域的な取り組みを進めることが必要となっています。

V 環境保全への総合的取り組み


環境保全施策の着実な推進


 国民が健康で文化的な生活を送れるように、環境を長い目で見て適切に管理するため、政府は大きく分けて次のような仕事をしています。

環境保全のための事業



 環境の保全のため、政府は下水道事業などの公害防止関係公共事業を初めとする各種の事業を行っています。昭和57年度には、総額で1兆1,923億円を環境保全のために使用しており、これは国の予算の1.3パーセントに当たります。

●環境保全経費
●環境保全経費
(備考)環境庁調べ


公害防止のための排出規制等



 昭和42年に制定された「公害対策基本法」を基に、大気汚染や水質汚濁等についての環境基準の設定や排出規制の実施が進められています。
 例えば、窒素酸化物については昭和48年8月以来4回にわたって排出規制を強化してきています。河川や湖の水質を保全するためには、国が全国一律の排水基準を定めていますが、都道府県では、より一層厳しい上乗せ基準を設定しています。BODを例にとると、国の定める排水基準は1リットルにつき最高160ミリグラムですが、東京湾水域などについて東京都の定める排水基準は、工場(と畜施設を有しない)の区分に応じて最高20~90ミリグラムとなっています。
 個々の施設に対する規制だけでは、環境基準を達成できない地域については、その地域の汚染量を全体として削減するため、総量規制が行われています。

公害防止のための助成



 中小企業などが公害防止のための設備を設けるには、資金や技術面などで難しいことがあります。このため、事業者が公害防止のための措置を取りやすいように、公害防止事業団や日本開発銀行、中小企業金融公庫が資金の貸付けなどを行っています。

●総量規制の指定地域
●総量規制の指定地域

環境汚染の未然防止


 一度壊された環境は、なかなか元には戻りません。公害や自然破壊は、それが生じる前に防止することが最も大切です。
 環境アセスメントは、環境汚染の未然防止のための有力な手段の一つです。環境に著しい影響を及ぼす恐れのある事業が実施される場合には、それが環境にもたらす影響について事前に調査し、予測し、評価を行います。そして、その結果を公表し、地域の住民などの意見を聴き、それを十分に反映させた形で、公害防止等の対策を講じるようにします。こうした手続きを、統一的な制度の下で行えるようにするため、政府は「環境影響評価法案」を国会に提出しています。
 都道府県や市町村においても、いろいろな事業について環境影響評価8)を行ったり、条例や要綱などによる制度化を進めています。これまでのところ4つの地方公共団体で条例が制定されており、要綱などが作成されているところが18ヵ所あります。その他のところでも制度化の検討を進めていますが、その際、統一的な手続法がいち早くできることが望まれています。
 国民に対するアンケート結果を見ても、環境影響評価を法律で行うことに対する要望が高いことがわかります。

●環境アセスメントについての国民の意識
●環境アセスメントについての国民の意識
(備考)内閣総理大臣官房広報室「環境影響評価について」(56年2月)による


●環境影響評価法案における手続の流れ
●環境影響評価法案における手続の流れ

快適な環境づくり


 これまでの経済の拡大を通して、私たちの物質的な生活はたいへん豊かになりました。3世帯に2世帯は乗用車を持っており、家電製品の普及率もたいへん高くなっています。
 しかし、その一方で私たちの身の回りの生活環境は、緑や水などの自然や歴史的な雰囲気が急速に失われるなど、うるおいややすらぎのないものになってしまいました。
 このような状況を背景として、国民の間には、より高い生活の質とより良い環境を求める動きが高まってきています。
 こうした要請にこたえて、すでに各地で快適な環境づくりの試みが始められています。
 例えば、宮城県仙台市では、市の中央を流れる広瀬川を市民の心のふるさととして大事に守り育てています。下水道を整備したり、川の周辺について開発の規制を行ったりして、広瀬川の優れた自然環境の保全に努めています。
 こうした動きを支援していく一環として、環境庁では、地方公共団体、日本環境協会と共催で、毎年「快適環境シンポジウム」を開き、各地の事例の紹介、将来の展望について幅広く経験、意見の交流を図っています。
 今年度は、第4回シンポジウムを石川県金沢市で開催しました。

日本橋の昔と今(橋の上に高速道路が通り、昔日の面影が失われてしまった。)
日本橋の昔と今(橋の上に高速道路が通り、昔日の面影が失われてしまった。)

仙台市内を流れる広瀬川
仙台市内を流れる広瀬川

第4回快適環境シンポジウム(昭和58年9月)
事例発表 北九州南八幡駅前広場
事例発表 北九州南八幡駅前広場

事例発表 鎌倉市旧前田邸
事例発表 鎌倉市旧前田邸

福島環境政務次官のあいさつ(金沢市文化ホール)
福島環境政務次官のあいさつ(金沢市文化ホール)

国民参加の環境保全


 快適環境づくりのほか、身近な美化清掃活動など、環境問題の多くの分野では、地域の住民が積極的に参加していくことが望まれています。
 現在、美化清掃活動は全国各地で行われており、例えば、富士山クリーン作戦、愛知県豊橋市で始まった530(ゴミゼロ)運動などがあります。
 また、無りん洗剤の利用を推し進めるなど、生活様式を見直して、環境の美化を図る活動も行われています。
 さらに一歩進んで、住民自らが費用を負担することで、優れた自然環境や価値ある歴史的な環境を守っていこうという運動も見られます。例えば、北海道の知床では、「知床100平方メートル運動」という国民の募金による土地の買い取り運動を行っています。
 住民ばかりでなく、企業も工場の中の緑の面積を増やすなど、環境の保全に取り組んで、大きな成果を挙げています。例えば、川崎市では、工場の中の緑化面積が市内の公園の面積の約30パーセントに達する広さを有しています。

富山県内の美化清掃活動(昭和58年6月)
富山県内の美化清掃活動(昭和58年6月)

地域環境管理計画


 地域の特性に応じて、環境の汚染を未然に防止したり、快適な環境をつくっていくためには、地域ごとの望ましい環境像を明らかにし、その実現方法を示す総合的な環境政策の展望と指針が必要です。そのため、多くの地方公共団体では、地域環境管理計画の策定を進めています。
例えば、大阪府では、21世紀に向けた望ましい環境像を描く大阪府環境総合計画(STEP 21)を策定しています。これは、住民の意見を十分反映させた上で、昨年12月に策定されました。
 そこでは、環境の総合評価のため、大気の清浄さ、静けさ、緑、水辺への近づきやすさで代表される環境の快適性と、通勤や買物の利便性について環境評価地図を作成しています。

●大阪府環境総合計画(STEP 21)構成概念図
●大阪府環境総合計画(STEP21)構成概念図

VI 地球的規模の環境問題


広がりを見せる環境問題


 世界の人口は昭和55年には44億人と昭和45年の1.2倍に達しています。この間に、農業生産は1.3倍、鉱工業生産、エネルギー需要は、それぞれ1.5倍、1.3倍となっています。
 こうした経済社会活動の拡大によって、環境にかかる負担はとても大きくなりました。
 さらに、環境問題の中には、大気中の汚染物質によって酸化した雨水により被害が生じる酸性雨9)の問題や、ヨーロッパを流れるライン河のような国際河川の水質汚濁の問題などのように、国境を越えて広い地域に及ぶものもあらわれてきました。

ライン川
ライン川



地球的規模での環境問題


 昭和57年5月にケニアのナイロビで国連環境計画(UNEP)10)管理理事会特別会合が開かれました。そこでは、大気中の二酸化炭素濃度が上昇していることや、豊かな森林が減少し不毛の砂漠が広がっていることなどが報告されました。

大気中の二酸化炭素濃度の上昇



 大気中の二酸化炭素の濃度は、工場や家庭が、原料として大量の石油や石炭を使用してきたことや、森林を伐採してきたことを原因として、上昇してきています。ハワイのマウナロア山の観測所では昭和32年以降、年平均約1ppmの割合で二酸化炭素濃度が上昇しています。二酸化炭素濃度が上昇すると地表から熱が逃げにくくなり、気候などに影響を与える可能性があると言われています。

●大気中の二酸化炭素濃度
●大気中の二酸化炭素濃度

海洋の汚染



 多くの海で、油や下水、農薬などによる汚染が引き起こされています。例えば、油の汚染は、河川、都市排水やタンカーによって引き起こされることが多く、特にタンカーの事故に際しては、狭い範囲に大量の油が流れ出し、漁業などに大きな損害を与えています。

●太平洋における油膜発見率
●太平洋における油膜発見率
(備考)1. 政府間海洋学委員会(IOC)調べ
    2. 発見率は、緯度、経度で5度ずつの広がりを持つ海域において、観測が行われた時に、油膜が発見された割合を示している


油による海洋汚染・室戸岬(昭和54年)
油による海洋汚染・室戸岬(昭和54年)

熱帯林の減少と土壌悪化



 熱帯林の減少や土壌の悪化も心配されています。例えば、熱帯にある76ヵ国だけで見ても、広葉樹林のうち毎年約1億3,500万立方メートルが伐採されており、これは霞が関ビルの258倍の量に当たります。
 また、土壌が雨に流されたり風に飛ばされたりすることにより土壌侵食が進み、乾燥地帯での砂漠化も進んでいます。毎年、不毛の砂漠となってしまう地域を合計すると、四国と九州を合わせた広さに等しい600万ヘクタールにも上ります。

アフリカの家畜給水場
アフリカの家畜給水場




国際協力の推進


 環境問題が世界に広がるとともに、環境保全のための国際協力がますます必要となってきています。わが国も、多くの資源を海外に依存している以上、世界全体の環境保全に積極的に貢献していくことが期待されています。
 このため、わが国はUNEPや経済協力開発機構(OECD)などの国際機関が進めている環境分野の国際協力に積極的に参加しています。例えば、UNEPの環境基金に対しては、全体の10パーセント以上の額をわが国が拠出しています。
 また、海洋の汚染を防止したり、渡り鳥の保護を図る条約にも加盟しています。
 さらに、企業は海外に投資をする際に、受け入れ国の環境の保全に十分努力しており、政府も経済協力に当たっては環境の保全に十分配慮しています。




用語解説



1)四日市ぜんそく
 大気汚染による公害のひとつ。三重県四日市市では石油コンビナートから排出されるばい煙の影響で、昭和36年ごろから住民の間にぜんそく患者が多発しました。これを四日市ぜんそくと呼んでいます。

2)水俣病
 工業排水に汚染された魚介類を食べた人が、魚介類に含まれていた有機水銀の中毒症になる病気。症状としては、四肢末端のしびれ、運動失調、言語障害、難聴などがあります。
 昭和31年には熊本県の水俣湾周辺で、また、40年には新潟県の阿賀野川流域で発見されました。原因となった有機水銀を排出したのは、それぞれチッソ(株)水俣工場、昭和電工(株)鹿瀬工場であることがわかっています。

3)イタイイタイ病
 富山県神通川流域に発生した腎病変と骨軟化症等を合併する病気。身体中の骨がゆがんだりひびが入ったりし、患者が「痛い、痛い」と訴えることから、イタイイタイ病と命名されています。この病気は、神通川上流の三井金属鉱業(株)神岡鉱業所が排出したカドミウムが原因となって腎障害、骨軟化症をきたし、これにカルシウムの不足などが加わって発症すると考えられています。

4)緩衝用地
 公害防止のために、騒音や振動、ばい煙等の発生源の周辺に設けられた緑地などのこと。幹線道路、新幹線鉄道、空港や工場団地の周辺には、こうした緩衝用地を設け、周辺の住宅等に対する環境影響を柔らげることが環境保全上有効と考えられています。

5)緑の国勢調査
 自然環境保全基礎調査の略称。この調査は自然環境保全法第5条の規定に基づいて、おおむね5年に1度、地形、地質、植生および野生動物その他について行う基礎調査で、昭和48年度に第1回目、昭和53、54両年度に第2回目の調査が行われ、現在第3回目の調査が行われています。

6)固定発生源・移動発生源
 工場、事業場、発電所、鉱山、家庭などは移動しないので固定発生源、それに対し、自動車、汽車、汽船、航空機などは移動発生源と呼ばれています。
 近年、移動発生源による大気汚染が深刻化しており、その対策が急がれています。

7)スプロール化
 都市の急激な発展に伴って生じる郊外部の無秩序で虫食い的な住宅化。都市が急速にふくらむに伴って、これまで農村であった地域にまで住宅が建築されるようになります。こうした地域においては、道路などの社会資本も十分でないところに、田んぼや畑と混在した形で住宅が建ち、劣悪な環境となります。

8)環境影響評価(環境アセスメント)
 公害及び自然環境の破壊を未然に防ぐため、環境に影響を及ぼすおそれのある事業の実施に先立って、その環境への影響の調査、予測及び評価を行い、その結果を公表し、地元の方々からの意見を聞くなどの手続を行うことを環境影響評価といいます。この手続を統一したルールにより確実に行うため、その法制度化が重要な課題となっています。

9)酸性雨
 大気中の硫黄酸化物などの影響で、酸性を帯びた雨。
 日本では、酸性雨によると考えられる目の刺激や皮膚の痛みを訴える事例が生じたことがあります。そのほか、陸水や土壌を酸性化することで水生生物に大きな影響を与えることも知られています。ヨーロッパなどでは、こうした問題が国境を越え、広域化した問題となっています。

10)国連環境計画(UNEP)
 国際協力を通じて、地球の環境を保全していくために、国連総会が設置した機関。1982年5月には、ケニアのナイロビに130ヵ国の代表を集めて国連環境計画特別会議が開かれました。ここでは、砂漠化の進行等地球的規模の環境問題について緊急に取り組む必要があることが訴えられ、ナイロビ宣言が採択されました。