図でみる環境白書
昭和47年版環境白書


 はじめに

 第1部 総説

  第1章 爆発する環境問題

   1 環境問題への爆発的な関心の高まり

   2 ひろがる環境汚染の脅威

   3 大多数の人々の実感となってきた環境汚染

   4 増加する公害の苦情・陳情

   5 盛り上がる住民意識

   6 増加する社会的費用〔I〕

   7 増加する社会的費用〔II〕

   8 地球を侵す環境汚染

   9 国際世論の高まり

  第2章 環境問題激化の背景

   10 社会資本の立ち遅れ

   11 過密限界が近い日本社会

   12 産業の地域集中

   13 人口集中による環境汚染

   14 環境資源多消費型産業の拡大

   15 環境汚染を激化させる産業構造の変化

   16 ごみの増大に悩む都市

   17 困難なごみ処理問題

   18 自動車による環境汚染

   19 レジャー活動による環境破壊

  第3章 環境保全対策の光と影

   20 立ち遅れた公害対策とその後の進展

   21 山積する環境保全対策の問題点

   22 企業の意識の変化

   23 企業における公害防除の推移(I)

   24 企業における公害防除の推移(II)

   25 今後の諸問題

   26 環境保全技術の現状(I)

   27 環境保全技術の現状(II)

   28 今後の技術開発の問題点(I)

   29 今後の技術開発の問題点(II)

   30 むすび――環境政策の新しい座標――

 第2部 最近の環境汚染の状況と環境保全対策

   31 最近の大気汚染の特徴

   32 大気汚染についての規制の強化

   33 光化学スモッグの発生

   34 最近の水質の汚濁の特色とその要因

   35 水域別にみた汚濁の状況

   36 水質の汚濁による被害の増加

   37 水質の汚濁を防止するためにとられている対策

   38 赤潮

   39 PCBによる環境汚染

   40 公害による健康被害

   41 自然環境の破壊

   42 わが国の自然公園

   43 野生鳥獣の保護

   44 自然の利用

   45 騒音,振動公害の現状

   46 地盤沈下の現状

   47 悪臭公害の現状

   48 廃棄物問題の現状

   49 土壌農薬汚染の現状

   50 環境行政の総合的推進

   51 国際協力体制の推進

   52 公害防止計画の策定

   53 公害に関する苦情・陳情

   54 公害防止のための助成〔I〕

   55 公害防止のための助成〔II〕

   56 地方公共団体の公害対策

   57 環境保全に関する調査研究

  人間環境宣言







はじめに


 国内的にも,国際的にも,環境問題に対する人々の関心は爆発的に高まってきております。いうまでもなく,その契機となったのは,ひとつには先進諸国における技術の進歩,工業生産の高度化などによって環境の破壊が余りにも爆発的な様相を呈しはじめたことにあるといえましょう。とくにわが国の場合は,37万平方キロという狭小な国土のうえに年間3,000億ドルにせまる生産活動を上乗せしている結果,環境汚染がいっそう濃密化し,現実に人々の健康や生命にまで影響を与えているという面があります。
 このような認識に立てば,環境を"閉じた国土"のなかの有限な資源のひとつとしてとらえて,あらゆる環境保全対策を立てなければならないという視点が浮び上がってきます。このことは,環境政策を汚染防止という受動的政策から,環境管理という能動的な政策へと転換せしめることを要請するものでありましょう。
 環境問題は,いまや,問題提起の段階を終え,多方面にわたる知識と分析の上に立って総合的な解決にあたるべきときにあります。
 この小冊子は47年版環境白書を分りやすい形で解説したものであります。できるだけ多くの方々に環境問題の理解を深めていただき,問題解決への一助となることを念願する次第であります。

昭和47年7月

環境庁企画調整局長 船 後 正 道


第1部 総説


 いまや,環境問題は爆発的な様相を呈してきております。
 以下では,最近における環境問題の爆発的状況とその背景を示し,これに対する国や企業の対応の仕方と今後の環境対策のあり方についての示唆を行なっております。

第1章 爆発する環境問題


1 環境問題への爆発的な関心の高まり


 最近新聞に公害問題や自然破壊問題が出ていない日が珍しいと感じるようになってきております。それほど環境問題が爆発的様相を呈してきているわけですが,それは,私達国民の一人一人にとって現実に日常生活の中で脅威を感ずるまでにいたっていること,国全体としても巨額な損失をもたらしていること,国際的な大問題にまでなってきていることなどによるものといえましょう。
 こうした環境問題に対する社会的な関心の高まりを最も端的に示すのはマスコミの動向ですので,ここで,ある新聞における記事の取扱い量の推移をみてみましょう。
 次頁の図にみられるように,近年になって新聞がいかに環境問題に多くの紙面を使って報道してきたかがはっきりうかがわれます。新聞記事としては,何段抜きで載せたかがそのニュースの大小を示すわけですが,その段数の推移をみても,環境問題に費やされた段数は,昭和35年から40年にかけては2.3倍と増えているのに比べて40年から46年にかけては5倍と,最近になっていちじるしく増大していることが目立ちます。
 また,記事中に環境問題の占める割合は,昭和35年には全体の0.4%でした。あらゆる社会事象を載せる新聞ですから,一つの特定分野に関する記事が全体に占める比率は非常に小さいこととなるので,この数値がとくに小さいともいえません。それが40年になると0.7%と上昇し,46年には一躍2.8%へと大変な増え方をしております。
 以上の記事の取扱い量の急増のほかに特徴づけられることは,記事の内容にも変遷がみられることです。35年から40年頃には,環境問題はほとんど国内問題としてしか登場してきませんでしたが,環境問題に対する世界各国の関心が高まるにつれて,国際的な環境問題の記事が増加し,最近ではかなりの比重を占めるようになってきていることが目立ちます。

新聞紙面における環境問題の扱いの推移
新聞紙面における環境問題の扱いの推移

2 ひろがる環境汚染の脅威


 環境に対する社会的関心が飛躍的に高まってきたのは,かつての公害が局地的な事件にとどまっていたのが,最近では公害の種類も多種多様となり,公害の地域のひろがりも比較にならないほど広範なものとなってきていることに起因しているものといえましょう。
 このような傾向を示す典型的な実例として,瀬戸内海での赤潮の発生状況の推移をみてみましょう。赤潮は,プランクトンの異常な増殖により海水が赤色などの色を呈する現象で,大きな漁業被害をもたらすことからおそれられております。そしてその原因については未解明な点が多いのですが,工場排水や都市下水,し尿投棄などによるちっ素,りんの増加が大きな要因になっているといわれております。
 次頁の図は,瀬戸内海で年を追うごとに赤潮が地域的なひろがりをみせていることを端的に示しております。瀬戸内海における赤潮は,昭和25年から30年頃までは,大阪湾北部など一部地域で発生がみられたのですが,いずれも局地的にとどまっておりました。ところが,40年頃になると広域化の傾向が急速に進み,年間発生件数も40件をこえ,それまでは内湾の奥部に限定されがちだった発生範囲がしだいに湾口から灘部へ拡大していきました。その後年々拡大傾向にあり,45年頃には,伊予灘,安芸灘ほかごく一部を除くほぼ瀬戸内海全域に発生がみられるまでになり,大きな漁業被害をひき起こしております。
 このような広域化現象は,大気汚染,水質汚濁その他の公害で大なり小なりみられる傾向といえましょう。しかも,公害の種類自体にしても,光化学スモッグ,PCB汚染問題などつぎつぎと新手が現われてきており,今日においては,ほとんど全国的なひろがりにおいて国民一人一人が身近かに環境汚染の影響を受け,脅威を感じるようになってきているのです。

瀬戸内海における赤潮の発生状況
瀬戸内海における赤潮の発生状況
(資料)瀬戸内海水産開発協議会調べによる。


東京都内の植栽適否状況 (エゴノキ,クリ,アジサイ)
東京都内の植栽適否状況 (エゴノキ,クリ,アジサイ)
(注)「東京都市内造園樹木に対する公害調査研究所」(本多伴 昭43)の資料より作成。


3 大多数の人々の実感となってきた環境汚染


 環境汚染が現実に日常生活において持続的に影響を与え続けているという実感は,とくに都会において強いように思われます。人口の都市集中の進行は,大気汚染や水質汚濁など環境汚染の大きな要因となっております。東京都に例をとってみますと,昭和30年頃から西へ西へと都市化現象が進展し,これに呼応して環境汚染もひろがっていったと思われます。このような傾向を,汚染の間接指標として植物の植栽状況をみてみましょう。上図は,東京都におけるエゴノキ,クリ,アジサイの植栽適否状況を示したものです。この図にあきらかなように,エゴノキなどは東京都の中心部では植栽がほとんど不可能となってきております。これらの樹木は大気汚染に比較的弱いので,とくに植栽不適の地域が広いのですが,まだ都内のあちこちに見られる大気汚染に強いカシワ,イチョウ,ヒノキなどでさえ,このまま環境汚染が進行すれば,エゴノキなどと同じような運命をたどるかも知れません。

東京で富士山が見えた日数
東京で富士山が見えた日数
(注)本図は,明治初年に日本にいたP.V.ヴィーダーというアメリカ人科学者が1877年(明治9年)12月21日から翌年10月21日までの間,東京本郷の加賀屋敷から調べた富士山が見えた日数と気象庁職員の清水氏が昭和46年1月1日から同年12月31日までの間渋谷で調べた結果とを比較可能の月(1~9月)のみを図表化したものである。


 晴れていてもどんよりとして見通しのきかないスモッグは,大都市ではあたりまえの現象のようになってきております。昔は,東京からよく富士山が見えたということです。しかし,最近では,たとえ晴れた日でも,大気汚染によって見通しがきかなくなっており,富士の姿を見ることはまれになってきております。上図は,昔と今とで東京から富士山が見えた日数を対比したものです。これによると,明治初年には約3日に1日の割合で富士山が見られたのに対して,昭和46年には,約7日に1日しか見られなくなってきております。また,東京では年末から年始にかけて富士山がよくみえるといわれますが,これはこの時期に都内および周辺の工場,事業場の活動が大幅に減少し,自動車交通の量が激減し,このため大気汚染が少なくなることによるものと思われます。

公害に係る苦情・陳情の推移 (地方公共団体に受理された件数の推移)
公害に係る苦情・陳情の推移 (地方公共団体に受理された件数の推移)
(資料)自治省調べによる。


4 増加する公害の苦情・陳情


 急激にすすむ環境汚染の脅威に対して住民の反応も爆発的になってきております。上図と次頁の図は,住民から地方公共団体に寄せられた公害に係る苦情,陳情の件数の推移を対比したものです。これによれば,昭和41年度と45年度を比べてみると,全国的にその件数が増加してきており,総件数では,この間に約2万件から約6万3,000件へと3倍強の増加を示しております。
 また,都道府県別にみても,45年度にはほぼ全国にわたって,100件以上の苦情を受けるようになっており,1,000件以上の苦情を受け付けた都道府県も41年度には5県しかなかったのに,45年度には15県にふえております。つまり,公害が局地的な問題から全国的問題へ,そしてその程度,発生件数が増加しているのに対応し,苦情,陳情という形の公害紛争も全国的に発生するようになり,その程度も激しくなりつつあることがはっきりと現われております。

公害に係る苦情・陳述の推移 (地方公共団体に受理された件数の推移)
公害に係る苦情・陳述の推移 (地方公共団体に受理された件数の推移)
(資料)中央公害審査委員会調べによる。


 苦情,陳情の内容を分けてみると,前頁の図にみられるように,41年度には,騒音振動,大気汚染が圧倒的に大きな比重を有し,次いで悪臭,水質汚濁の順となっており,これら4公害で全体の95%を占めておりました。45年度になると,すべての公害においてそれぞれ大幅に件数がふえてきておりますが,とくに目立つのは悪臭の苦情,陳情がふえていること,水質汚濁やこれらの4つの公害以外のあたらしい公害問題の比重が大きくなってきていることです。

公害に関する世論調査結果
公害に関する世論調査結果
(資料) 経済企画庁資料による。


5 盛り上がる住民意識


 苦情,陳情という具体的,積極的な行動をとるまでにいたらなくとも,多くの人々は大なり小なり公害問題にぶつかっているのではないでしょうか。その実態を示すものとして,上に掲げた表の公害に関する世論調査の結果を見てみましょう。この表で4つの地域を選んでいるのは,東京は工場,事業場や自動車の影響がいちじるしい都市型公害発生地域,静岡は平均的な地域,四日市は工場の影響が中心で公害が発生している地域,山形県余目町は公害がいちじるしくない地域という趣旨で選ばれております。
 この表からうかがわれる第1の特色は,これらの地域を通じて,公害によって迷惑を受けた人が全くないという地域はないということです。東京や四日市で公害問題で迷惑を受けている人が多いのは当然でしょうが,静かな農村地帯であるはずの山形県余目町においてすら何らかの形で迷惑を受けているということは,環境汚染に対する認識がいかに広範に及んでいるかを示すものといえましょう。




 第2の特色は,地域によって迷惑を受けている公害の種類のウエートが大きく異なることです。騒音についてはいずれの地域でもかなり多くの人が迷惑を受けておりますが,大気汚染については東京や四日市,悪臭や水質汚濁は四日市でそれぞれ迷惑を受けているという比率が高くなっております。
 第3の特色は,住居の周辺の自然環境が悪化していると答えた人がいずれの地域でもかなり多数にのぼっていることです。東京や四日市では,7割近くが悪化していると感じており,山形県においてすら3割以上の人が住居の周辺の自然環境の悪化がみられるという結果が出ています。このように,環境悪化の広域化,深刻化が広範囲にわたる住民意識の盛り上がりをもたらし,このような実態が環境問題が爆発的様相を呈するにいたった根本的な要因となったものといえましょう。

環境汚染に関する社会的費用(試算)  (億円)
環境汚染に関する社会的費用(試算)  (億円)

6 増加する社会的費用〔I〕


 環境問題が爆発的な様相を呈してきた要因としては,環境汚染に関する社会的費用が増加し,経済的にも社会的にも無視できないほど巨額なものとなってきたことも,大きな要素となっております。
 上に掲げた表は,環境汚染に関する社会的費用を環境庁において試算してみたものです。環境汚染に関する社会的費用は,大別すれば,環境汚染によって生ずる被害と,被害の発生という形で生ずる環境資源の損耗を防ぐための環境汚染防止の費用に分けられます。
 この表に明らかなように,被害額としては,農業,漁業の被害は年々増加し,昭和45年には約400億円程度に達し,家計部門の被害についても一応試算すると約4,000億円程度にも達しております。
 また,防止のための費用としては,企業の公害防止投資が約8千億円程度,政府の公害対策費が約3,000億円程度という試算結果が出ております。




 以上の数字を単純に合計することには問題なしとしないのですが,一応の目安として総計すると,昭和40年の約4,500億円に対し,45年には約1兆5,000億円と大幅に増加しております。これを,国民1人当たりにすれば,30年代半ばには約2,000円にとどまったものが,40年頃には約4,500円,最近では約1万5,000円に達しております。
 参考までに,アメリカの環境問題諮問委員会の年次報告に出ているアメリカの社会的費用をみてみると,大気汚染による健康被害,植物,原料の損失,不動産価値の減少は160億ドル,大気汚染防止コストは5億ドル,合計すれば165億ドルとなり,国民1人当たり約80億ドルと推定されております。アメリカの数値と比較することは,推計方法,範囲などが異なるので問題があるのですが,いずれにせよ,環境コストが国民にとって大きな負担となりつつあることは,これで十分うかがい知ることができましょう。

7 増加する社会的費用〔II〕


 とくに公害被害の増大は,経済的にも社会的にも大きな問題となります。水俣病,イタイイタイ病をはじめとする悲惨な健康被害は,社会的には無限に大きなコストを支払っているものとみるべきでしょう。
 このような健康被害を別にしても,農業や漁業などの生業的な財産被害が増加していることは深刻な問題となっております。
 次頁の図は,農業,林業,漁業の被害の発生の推移をたどったものです。農業,林業,漁業などの第1次産業の生産は,動植物などの生物の生育状態によって大きく左右されるため,どうしても大気汚染や水質汚濁などの影響を受けやすいのです。このため,環境汚染がすすむに従って,これらの部門での損害もしだいに大きなものになってきているわけです。
 農業についてみますと,とくに水質汚濁による被害が大きいことが目立ちます。工場排水,都市汚染などの流入は,直接農作物に被害を与えるほか,土壌中の微生物活動への影響,土壌の理化学性の悪化などを通じて間接的に作物の生育を阻害することとなります。
 かんがい用水の汚濁によって,被害を受けている農地面積はしだいに拡大しており,全水稲作付面積に占める比率をみても,昭和33年の2.9%から45年には6.8%に拡大しております。これを一定の条件のもとに金額換算しますと,農業部門の損害は33年には45億円,40年には97億円,45年には一躍220億円となっております。
 林業被害については,煙による国有林野の立木の被害しか統計が出ておりませんが,その被害面積は44年度までしだいに拡大しており,大気汚染の影響がうかがわれます。
 漁業被害としては,有害物質による魚介類の直接的被害の他に,魚群の逃避,異臭魚の経済的価値の低下など広範囲にわたって発生しております。水産庁の調査によれば,45年の被害額は約160億円にも達しており,水産業に大きな影響を与えております。

農林漁業の被害
農林漁業の被害
(資料) 「国有林野事業統計書」により作成。





8 地球を侵す環境汚染


 1970年に葦舟ラー号で北大西洋を渡ったノルウェーの探険隊は,ほとんど毎日のように廃油ボールが流れていることを見つけました。プラスチック廃棄物なども多数発見されたと報告しています。
 このように,海洋汚染は想像をはるかに上回る規模で進行しています。
 また,多くの国が隣り合って存在しているヨーロッパでは,国境をこえる環境汚染がしばしば問題になっています。たとえば,ライン川の汚濁の問題や北ヨーロッパの工業地帯から出る煙が,スカンジナビア半島に酸性の雨を降らせるなどの例が有名です。
 そのほか国境をこえておこる汚染としては,核爆発実験による大気の汚染,SSTの飛行によって発生する騒音と大気汚染,タンカーによる海の油濁などがあります。大陸棚や深海海底で鉱物資源をさがすために行なわれるいろいろの活動が海水を汚濁するというような問題もありましょう。

国境を越えた汚染―ライン川―
国境を越えた汚染―ライン川―

 このように国境をこえる環境汚染が大きな問題となってきたのは,なんといっても世界の経済が発展し,経済活動の規模が非常に大きくなったということによるといえましょう。大気や海は,地球全体としては一つにつながっています。工業化,都市化,モータリゼーションなどに伴っておこる環境汚染は,巨大な経済活動がもたらした大きなひずみの一つであり,これが従来の一地域ないし一国の問題から,国境をこえて他国に影響を及ぼすまでになってきたわけです。
 最近の生態学の発達は,有害な物質が,植物界,動物界,微生物界などの連鎖を通じて広く影響を及ぼすことを教えてくれます。
 このような環境汚染は,単に一つの国だけではとうてい解決することができません。各国の広い協力があって,はじめてその進行をくいとめることが可能になるといえます。

9 国際世論の高まり


 環境汚染をなんとかして防がなければならないという意識は,最近では一大国際世論にまで高まってきました。各国とも,国際協力によって人類の共通の敵である環境汚染からこのかけがえのない地球を守ろうと真剣に考えるようになってきたわけです。
 国連では,従来から,世界保健機構(WHO),教育科学文化機構(UNESCO)などの専門機関などで環境の問題について調査検討が進められてきましたが,1968年にスウェーデン代表は人間環境に関する国際会議の開催を提案しました。
 これは,「技術革新は否定的な面を含んでおり,とくに無計画,無制限な開発は人間の環境を破壊し,生活の根底をおびやかしつつある。この問題をあらゆる角度からとらえ,国連における討議を通じてこの深刻な問題に対する理解を深め,国連機関による調整を図り,国際協調を強化する必要がある。」という考え方に基づいたものでした。
 一方,世界の社会科学者の中にも,このような認識が高まり,1970年には東京で各国の社会科学者による公害シンポジウムが開かれました。
 この会合で宣言された東京決議では,「環境破壊は地球的規模で広がっており,現代最大の問題の一つになっている。物質的な破壊だけでなく,文化的退歩にまで及び,人々の福祉を阻害している。よい環境に住むのは人間の基本的な権利であり,また,よい環境をこれからの世代に遺産として渡すのは,現世代の責務である。」と述べられています。
 他方,OECD(経済協力開発機構)でも1970年に環境問題を専門に扱う環境委員会が設置されました。
 また,最近では,民間の学識経験者による国際的な研究団体であるローマクラブが環境問題について興味深い検討を行なっています。
 このような環境問題に対する国際的な世論の盛り上がりの結集点が本年6月にストックホルムで開かれた国連人間環境会議であるといえましょう。この会議で採択された「人間環境宣言」は次のような原則を謳いあげています。
1)ひとは,良好な環境で快適な生活をする基本的権利を有すること
2)現在および将来の世代のために,大気,水,自然の生態系を含む地球上の天然資源等が適切に計画,管理されるべきこと
3)有害物質の排出等により生態系に対し回復できない影響を与えてはならないこと
4)経済開発,社会開発,都市化計画などの諸計画は,環境の保護,向上と両立できるよう配慮すること
 現在まだ明確な環境問題を経験していない開発途上国が圧倒的に多い国連で,"かけがえのない地球"というスローガンのもとに全世界が環境について共通の認識をもつようになったのは,きわめて画期的なことです。

6月にストックホルムで開かれた国連人間環境会議場
6月にストックホルムで開かれた国連人間環境会議場


第2章 環境問題激化の背景


下水道普及率
下水道普及率

10 社会資本の立ち遅れ


 環境問題がここへきて爆発的ともいえるような様相を呈することとなったのは,どのような背景があってのことでしょうか。
 日本経済は戦後非常な急成長をとげ,産業・人口の都市集中のテンポにも著しいものがありました。しかし,その反面,下水道,廃棄物処理施設,都市公園など都市の生活には欠くことのできない生活環境に関連する社会資本の整備がこれに追いつかなかったため,経済社会の活動の規模とこの社会資本のストックとの間に大きなアンバランスが生じてしまいました。このアンバランスがどれほど大きいかいくつかの例をみてみましょう。
 たとえば,生活環境施設としてもっとも典型的な下水道の普及率をみると,昭和40年度にはわずか14.6%であり,その後かなり早いテンポで充実されてきましたが,45年度末にはまだ21.0%にすぎません。イギリス90%(1963年),スウェーデン71%(1964年),アメリカ68%(1962年)に比べていかに遅れが著しいかがはっきりわかります。

1人当たり都市公園の面積
1人当たり都市公園の面積

 また,都市における自然的環境として欠くことのできない都市公園の面積を人口1人当たりでみても,東京1.2平方メートル,大阪1.4平方メートル,名古屋2.9平方メートル(いずれも46年3月現在)で,ロンドン22.8平方メートル,ニューヨーク19.2平方メートル,(いずれも1967年)などと比べると,はなはだ見劣りがします。
 長い歴史のなかで,着実に社会資本の拡充をはかってきた西欧先進国に比べると,明治以来,先進国に追いつくことに懸命であったわが国においては,生活環境に関連する社会資本はもともと立ち遅れていたうえに,戦後の急成長がその遅れをいっそう拡大し,これが環境問題を激化させる大きな背景となったのです。

11 過密限界が近い日本社会


 環境問題が最近急に激しくなってきた背景としては,日本の経済社会の過密状態がそろそろ限界点に近づいているのではないかということがあげられるでしょう。
 わが国は,37万平方キロメートルの狭い国土のうちわずか18%が利用可能であるにすぎず,そのうえに多くの人口と産業とが密集してもともと過密状態であったのですが,いくつかの指標はそれが限界点に近づいていることを示しています。具体的な指標として,平地面積当たりのGNPと自動車の保有台数をみてみましょう。
 まず,一国のすべての経済活動を最も端的に示す指標として,平地面積当たりGNPの動きをみると,わが国は,1959年にはイギリスと同じ水準にあったのが,1962年に西ドイツを抜き,1970年にはアメリカの実に11.3倍となっています。わが国と同様に狭い島国であるイギリスと比べてみても,1970年にこの値は3.2倍となっています。ちなみに,日本人1人当たりの平地面積を計算してみると,たかだか30m四方にすぎません。
 つぎに,平地面積当たりの自動車の保有台数を各国と比べてみると,1960年代の初めまでは,主要先進国と同じぐらいであったのが,1965年頃を境として,各国を追い越し,それ以後は,急速に上昇していることがわかります。具体的にいいますと,1960年にはフランスより少なかったのが,61年にはフランス,64年にはイギリス,65年には西ドイツをそれぞれ追い越し,1969年には,アメリカの約8倍となっています。
 最近では,平地において100m四方に1台以上の自動車が走り回っている勘定となります。排出ガスによる大気汚染や騒音,振動などを諸外国に比べてはるかに身近に受けやすい状態となっているのが現状です。

平地面積当たりGNPの推移
平地面積当たりGNPの推移
(資料)OECD "National Accounts",FAO "Production Yearbook" により作成。ただし,1970年のGNPは,IMF "International Financial Statistics"による。


汚染因子の地域分布の推移 1)面積当たりBOD負荷量
汚染因子の地域分布の推移 1)面積当たりBOD負荷量

12 産業の地域集中


 日本列島全体をながめた場合過密な状態にあることは明らかですが,産業がいくつかの地域に集中した結果,これらの地域で,いっそう著しい過密とそれに伴う環境汚染が生じています。
 いくつかの指標によって産業が地域に集中していることをみてみましょう。まず,汚染因子の排出原単位を用いて主要製造業の汚染因子排出量を試算してみます。排出原単位は現在得られるものが抽出方法,業種分類方法などに大きな制約があるため,あくまで一つの試算にすぎませんが,これによると,各地域の面積当たりの汚染物質の排出量は,年を追って増大しています。
 とりわけ,関東臨海,東海,近畿臨海および山陽のいわゆる太平洋ベルト地帯と北九州地域の汚染の集中はとくに著しくなっています。この5地域が日本全土に占める面積の割合はわずか26%にすぎませんが,主要製造業によるいおう酸化物とBODの負荷量は,昭和44年にはそれぞれ全国の76%および68%を占めています。

汚染因子の地域分布の推移 2)面積当たりいおう排出量
汚染因子の地域分布の推移 2)面積当たりいおう排出量

 狭い国土の中でいくつかの地域に産業が集中している状況がはっきり読み取れることと思います。
 ここで,もう一つ別の面からの検討を示しておきたいと思います。それぞれの地域の汚染因子の排出量が増大したことの主な要因は一つには産業の生産水準が上昇したことであり,もう一つは産業がその地域に集中したことであるといえましょう。
 この二つの要因を分離して,産業の地域集中による分だけを取り出してみました。
 昭和30年から44年までの間の汚染因子の排出量の増加分をこの二つの要因別に分けて試算してみると,いおう分について,とりわけ,山陽,関東臨海,関東内陸において地域集中による分が大きくなっていることがわかります。

面積当たりごみ排出量
面積当たりごみ排出量
(資料)厚生省資料,総理府「国勢調査」などにより作成。


13 人口集中による環境汚染


 環境汚染を激化させているのは,産業の集中だけではありません。家庭生活に伴う環境汚染についても同じようなことがいえます。
 都市の人口集中に伴って,都市河川では,家庭下水の汚染寄与率が高くなっていますし,また,一般家庭のごみなどによる環境汚染も人口の地域への集中によって激化している面があります。
 全国のごみ排出量を試算してみると,昭和40年度から45年度までの間に4割増となりますが,関東臨海部では,人口の集中もあって面積当たりの排出量は5割増となっています。ちなみに,昭和45年度1年間に排出されたごみは,ごみ集配の小型ダンプカーで4,000万台もの量になり,地球を4周する一大ごみトラックの行列を作ることになります。
 道路についても同じようなことがいえます。
 排出ガスによる大気汚染や騒音,振動の原因となる自動車の交通量を,いれものである道路との相対関係でみると,近年とみに過密現象を帯びてきています。とくに関東臨海および近畿臨海地域では,かなり以前から,スムーズに道路サービスを受けられる限度である交通容量をはるかに越えた混雑となっています。

道路の混雑度
道路の混雑度

 過密現象は都市だけではありません。自然公園地域でも進行しています。ここ10年ほどの間,自然公園の面積はほとんどふえていませんが,これを利用する人の数は,年々増加の一途をたどって,昭和35年から44年の間に約3.3倍となっています。この結果,自然公園面積当たりの利用人口は,約2.5倍となっていますしこれは大自然のふところを求めて自然公園に分け入った一人一人にとって,自然公園の広さが,35年当時の4割にしか相当しないということを意味しています。
 国土,都市,自然などを通じて,わが国においては,あらゆる面で過密現象が著しくなっているといえましょう。




14 環境資源多消費型産業の拡大


 環境汚染を激化させている背景の一つとして産業構造の問題をみてみたいと思います。
 一口に鉱工業といってもいろいろなものが含まれています。この中には,大量のいおう酸化物を大気中に排出して大気を汚染する傾向の強い電力業や,大量の水を使用して高濃度の汚濁物質を排出する紙・パルプ産業などと環境汚染を比較的ひきおこさない機械工業のようなものとがあります。
 そこで,主要業種の汚染因子排出構成比の推移を,いおう分とBOD負荷量についてみて,昭和45年時点でいおう分の寄与率の高い電力業,鉄鋼,窯業・土石の上位三業種およびBOD負荷量の寄与率の高い紙・パルプ,食料品,化学の上位三業種を仮に環境資源多消費型業種と呼べば,全体に占める環境資源多消費型産業の構成比は近年増加していることがわかります。

主要先進国の主な環境資源多消費型業種の生産の伸び
主要先進国の主な環境資源多消費型業種の生産の伸び
(注) 主な環境資源多消費型産業とは,鉄鋼,化学,食料,電気,ガスをいい,これらの業種の生産の合計(1963年ウエイト)の伸び率を比較したものである。


 これは,いうまでもなくこれらの業種の生産の伸びが近年著しくなったことによるものです。
 つぎに,これを先進国と比べてみましょう。1960年から65年と65年から70年の伸びを全産業および環境資源多消費型業種について取ってみて,他の先進国と比べると,わが国の環境資源多消費型業種の生産の伸びは全体の生産の伸びに比べて低くなってきており,産業構造としては,以前に比べて環境汚染をひきおこさない方向へ向かうきざしもみえています。この点では,アメリカ,イギリス,OECD諸国は60~65年の伸び,65年~70年の伸びとも環境資源多消費型業種の方が大きくなっており,産業構造全体としては環境資源多消費型に向かうような動きを示しているといえましょう。しかし,わが国の全体の生産規模の拡大が著しいこともあって,これらの業種の生産の伸びそのものは他の先進国より高いという結果となっています。

火主水従への変化(電力構成比)
火主水従への変化(電力構成比)

15 環境汚染を激化させる産業構造の変化


 昭和30年以後の高度成長の過程で,わが国の産業構造の変化にははげしいものがありました。環境汚染に関連しては,次のような特徴がうかがわれます。
 一つは,エネルギー消費構造における大きな変化です。すなわち,いおう酸化物による汚染をもたらす産業として,30年代半ばを境に電力業の比重が高まったことです。これは,30年代の半ばに,わが国の発電の方式が,水力資源開発の困難化,大容量火力発電の技術開発などを契機として,水力発電中心から火力発電中心へと変化したこと,いわゆる「水主火従」から「火主水従」への変化が主な要因です。図にみるように,昭和30年には,全体の発電量の25.7%をまかなっていたにすぎなかった火力発電は,45年には76.4%を占めるに至っています。火力発電は重油を大量に燃焼させるため,いおう酸化物による大気汚染が大問題となってきたのです。

用途別水利用構成比の推移
用途別水利用構成比の推移

 水質汚濁は,生産段階での水の使用量と密接な関係をもっていますが,農業用水,工業用水,上水道別に使用量の構成比をみますと,昭和37年に全体の35%だった工業用水は,図にみるように44年には50%へと大幅に伸びています。
 中でも,紙・パルプ,食料品,化学の三業種における工業用水使用量(海水,回収水を除く。)は,44年には約6割になっています。このことは,これらの業種の排水量もそれだけ大量であるということを示します。この面からも,これらの業種が水質汚濁に大きく寄与していることがわかります。とりわけ,紙・パルプ産業の寄与は大きいのですが,これは,近年における情報化社会への移行に伴う紙消費の増大,包装紙の増大傾向などから,紙・パルプの生産増大がもたらされたことが働いていると思われます。

ごみ取集量と人口の推移
ごみ収集量と人口の推移

16 ごみの増大に悩む都市


 最近の環境問題激化のもう一つの背景は,国民の消費パターンの変化です。
 戦後の高度成長を背景として,わが国の消費水準はいちじるしく向上し,生活内容も豊かになりました。しかし,消費の内容の急激な変化は,一方で環境問題をより大きくする方向に働きました。消費内容の変化が環境問題に及ぼした影響のうち,最近の特徴といえるものは,一つには,家庭電気製品,自動車などの粗大ごみの問題です。これらは普及スピードが早かったことに加え,商品の寿命が短かくなっていることによって,その処分過程でやっかいな問題を生じています。
 また,消費者の消費意識の変化に伴う問題も重大です。かつては「勤倹財蓄」といわれましたが,現在では「消費は美徳」とさえいわれるようになりました。さらに使い捨て傾向への移行も,ごみ処理問題の困難性につながっています。

包装関係資材の生産の伸び
包装関係資材の生産の伸び

 東京都は,「地域で出るごみは地域内処理を」という考え方のもとに昭和46年9月「ごみ戦争」を宣言し,以後その具体化を進めようとしましたが,住民との交渉は難行し,現在なお解決の糸口を求めて苦悩を続けています。都市では,所得水準の上昇,消費水準の上昇に伴って,人口以上にごみの量が増加しています。図は,東京都区部の例ですが,人口の増加は頭打ちなのに,ごみの収集量はふえる一方です。
 これは,一つには,大量生産――大量消費――大量廃棄というプロセスによって生み出されたものです。次々と現われる新製品,ニューモデルは,既存の商品を陳腐化させ廃棄物を増加させていきました。また,これに加えて,最近では包装資材の伸びもいちじるしく(図),ごみ増大の一因となっています。これに対しては,消費者の側から「過剰包装追放運動」などの動きも出ています。

プラスチック生産量および排出量
プラスチック生産量および排出量

17 困難なごみ処理問題


 ごみの問題は,単に量がふえたばかりでなく,処分の困難なごみの割合がふえてきているところに,やっかいな点があります。
 その第1は,プラスチック類です。図のように,昭和45年には,約200万トンを越えるプラスチックが廃棄されているものとみられます。大都市のごみの組成の変化をみても,近年プラスチック類の混入率の上昇が目立っています。
 プラスチックの素材としての長所は廃棄物としての短所となります。すなわち,燃焼しようとすれば低温で融けるため炉内の格子や他のごみに付着して燃焼を阻害し,燃える際には高温を発するため炉を痛めます。また,分解しにくく安定性が高いため,自然の循環メカニズムのなかに組み込まれにくく,埋立にもむきません。このように,プラスチック廃棄量の増大は,その処理に極めて困難な問題をなげかけています。

増大するテレビの廃棄台数
増大するテレビの廃棄台数

 処理の困難なごみの第2は,粗大ごみです。粗大ごみは,テレビ,洗濯機,冷蔵庫などの家庭電化製品,ベッド,たんすなどの家具,自動車などからなります。家庭に入り込んだこれらの耐久消費財は,耐用年数が過ぎれば廃棄されますが,こういったごみは大型で不燃物を多く含んでいるため,焼却,埋立などの従来からの処理方法にはなじまないので破砕,圧縮などの新しい処理技術の導入が必要になっています。テレビについて,保有台数と国内向出荷台数から廃棄台数を推計すると図のようになります。このようなごみ処理問題の深刻化は,住民対住民の問題としてむずかしい問題をはらんでいます。ごみ処理の責任は,ごみの排出者である消費者がその一端をになうべきとの自覚が希薄であることが,ごみ処理問題をいっそう解決困難なものとしているとみられます。公共処理施設の立地に関連したトラブルも,このことが顕在化したものでしょう。

東京都内3測定点における道路際の一酸化炭素濃度の年平均値の経年変化
東京都内3測定点における道路際の一酸化炭素濃度の年平均値の経年変化

環境庁調べ

18 自動車による環境汚染


 わが国におけるモータリゼーションの進展はいちじるしいものがあります。昭和30年には約150万台だったわが国の自動車保有台数は,45年には約1,900万台にもなっています。自動車は現代文明の一つの象徴であり,その保有は生活の豊かさを示す一つの指標でもありました。
 しかし,その反面で環境汚染という大きな社会的不利益をもたらしてきたのです。
 第1に,自動車は走れば必ず排出ガスによって大気を汚染するという意味で,環境資源多消費型の商品であるということができます。排出ガス中には多くの汚染物質が含まれています。昭和42年の調査によりますと,都内での石油燃料の使用によって排出された一酸化炭素,窒素酸化物,炭化水素,いおう酸化物のうち,それぞれ99.7%,35.9%,97.9%,1.0%は自動車から排出されたものでした。
 第2に,自動車は騒音,振動の発生源でもあります。自動車の走行に伴う騒音には,エンジンの音,排気音,走行中のタイヤの音などがあります。自動車は鉄道,飛行機などと違ってどこにでも入り込めるため,その影響範囲が広いことが特徴です。

主要先進国の自動車廃棄台数
主要先進国の自動車廃棄台数
(資料)自動車工業会「自動車統計年表」により作成。


 排出ガス,騒音などの公害の程度は,被害を受ける人々が道路の付近に集中しているかどうかによって異なります。わが国の都市集中,過密がこういった公害をより大きな問題にしているといえましょう。
 第3に,廃車の処分があげられます。海外主要諸国について国内向出荷台数と保有台数から廃棄台数を推計しますと,図にみるように,アメリカがずば抜けて大きく,わが国はまだ西ドイツの1963年頃の水準ですが,アメリカ,西ドイツのその後の推移をみれば,わが国の今後の方向を読みとることができるでしょう。

人と車でいっぱいの上高地
人と車でいっぱいの上高地

19 レジャー活動による環境破壊


 余暇時間の増大と所得の上昇を背景に,国民のレジャー活動は飛躍的に増大しています。その内容をみても,1)自動車を使うものがふえていますし,2)「自然風景をみる」,「名所・旧跡をたずねる」ものがふえてきています。
 このように,国民は,しだいに美しい自然の鑑賞,レクリエーションの場をもとめて,よりひんぱんにより広範に自然の中に入り込もうとしています。しかし,こうした観光客の増加に伴い,観光開発の激化もあって,その自然環境が損われるという事態が急激に発生してきています。
 その第1は,景勝地の湖では観光客の受入施設の増大などにより湖水の汚濁,透明度の低下などの汚染が進行していることです。たとえば,箱根の芦の湖の透明度の変化をみますと,昭和の初めには13mもあったものが最近では5m前後に低下しています。

富士山のごみ集め
富士山のごみ集め

 第2は,自動車道路の建設およびその上を走行する自動車の排出ガスの影響です。レジャー活動の活発化に伴い,観光道路が各地に建設されてきており,容易に自然の中に入り込むことができるようになりましたが,一方では自動車道路の建設が自然のバランスをくずし,排出ガスなどが樹木の生育を阻害する例もみられます。たとえば,富士のスバルラインでは,それまで密生林を形成していた沿道のオオシラビソ,コメツガなどが大量に枯死しております。
 第3は,観光客自身の手による自然の破壊です。採取を禁止されている貴重な高山植物の盗採は以前から非難をあびてきました。また,観光客が廃棄するごみによっても自然環境の破壊はもたらされています。ちなみに,富士山に登山者が落したごみは,36年から46年の10年間に853トンにのぼり,年間1,000万円もの費用がごみ処理のために使われているものと推測されます。

第3章 環境保全対策の光と影


環境保全関係予算の推移
環境保全関係予算の推移

20 立ち遅れた公害対策とその後の進展


 環境問題とりわけ公害問題に対する政府のとり組み方は,少し前までは,必ずしも十分なものとはいえませんでした。たとえば,旧公共用水域の水質の保全に関する法律が制定されたのは,昭和33年12月ですが,実際に規制の対象となる水域の指定は,それから4年後の昭和37年になってやっと4水域が指定されました。人の健康に関する物質の規制が行なわれたのは,さらにそれから8年後の昭和45年になってからでした。
 しかし,昭和42年に,公害対策基本法が制定されたことは,公害対策の基本理念と基本的な体系を明らかにする意味で新しい一歩を踏み出したことになりました。その後,昭和45年末のいわゆる「公害国会」において公害関係諸法の法制整備が行なわれました。
 政府の公害対策の進展を予算の推移でみますと,図のように,45年度から急増しています。

公害対策予算(機能別)
公害対策予算(機能別)

 このように,政府の公害対策が本格化されたのは,ごく最近のことですが,この一応の成果として考えられるものに,たとえば,次のようなものがあります。それは,過密地域といわれるところにおいては,汚染度が最近になって低下しているという事実もみられることです。たとえば,いおう酸化物について毎年継続して測定を行なっている測定局(64局)の年度別の単純総平均値をみてみますと,42年の0.0398ppmが45年には0.0361ppmと改善されつつある点がうかがわれます。これは,排出規制の強化とあいまって,燃料の低いおう化対策などが行なわれてきたことによるものと思われます。また,隅田川の汚染も39年頃をピークにしだいに改善方向に向い,最近では悪臭が感知されなくなっています。これも,同河川においては他に先立って行なわれた排出規制の強化,下水道の整備,清浄水の導水事業などの成果があらわれはじめたことによるものでしょう。




21 山積する環境保全対策の問題点


 政府を中心としてこれまで行なわれてきた環境保全対策は,当初の立ち遅れはいなめませんが,その後急スピードで進展し,いくつかの成果もみえはじめています。しかし,今後なすべきことが山積しているのが現状です。今後の問題点として指摘されるものには,次のようなものが考えられます。
 まず第1に,広範な分野にまたがる調査や政策手法の開発をいかに進めるかという問題です。最近の公害現象は一層複雑多様化の様相を呈し,たとえば,瀬戸内海の赤潮発生のような広域的な汚染とか,光化学スモッグのような原因の究明が困難な事象とか,さらには最近大きな問題となってきているPCB汚染問題とか,あるいは,プラスチック廃棄物問題のように,広範な分野にまたがって調査研究や政策手法を有機的に関連づけて行なうことを必要とする公害問題がふえており,これへの対処を考えなければならなくなってきています。
 第2は,環境汚染に対する事前予防政策の遅れの問題です。いうまでもなく,環境に汚染物質を排出してからそれを完全に取り除くことは,コスト的にも不利であり,技術的にも非常に困難です。したがって,まず,発生源段階で環境汚染の未然防止をはかることがきわめて重要ですが,今日においては,このような政策手法の開発はこれからというところです。また,地域開発問題にあっても,近時新工業地帯での環境汚染が問題となっている実情は,工業開発プランを設計する段階で環境分析を十分に行なってから工業化を進めるという考えに基づく事前予防政策がまだ不十分であることを示唆するものでしょう。
 第3に,生活環境関連社会資本の整備の遅れの問題です。近年の急激な都市化に伴って下水道,廃棄物処理施設,都市公園などの生活環境関連社会資本に対する需要は急速に伸びてきています。これを,拡大をつづける日本経済のなかで解決しなければならないという大きな課題に直面しています。
 第4に,国際的視野からの政策展開を必要とするような国際的な動きが高まってきていることです。
 国連人間環境会議の開催とこれに伴う措置の実行もその一つです。とくに,人間環境宣言に盛り込まれた認識は,今後の環境政策の根本理念となっていくでしょう。
 また,OECD環境委員会を中心にまとめられた環境政策の国際経済面に関するガイディングプリンシプルの中に,「汚染者負担の原則――いわゆるPPP」の考え方がみられます。これによれば,環境は無限のものではなく,一つの資源とみるべきであり,環境汚染の費用は,資源の最適な配分を達成するために汚染者が支払うべきものであるということになります。このような国際的動向は,各国の環境政策について検討すべき種々の課題をなげかけることになるでしょう。

産業公害の規制基準に対する企業の対応
産業公害の規制基準に対する企業の対応

22 企業の意識の変化


 環境問題がこれだけ激化してきたなかで,一体,企業の意識はどう変ってきたかみてみましょう。
 これだけ公害問題が騒がれる前は,企業はいかに安くて,良い製品を作って消費者の要求に答えることを考えていればよかったといえます。そのような段階では,地域の人々にとって企業があることによって雇用機会にも恵れ,企業が納める地方税によって,地方自体も潤ったのでした。企業は地域の心強い身内だったのです。
 しかしながら,そのもたらす環境汚染が甚大な被害を生じさせるに至ったとき,企業は一転して加害者の立場に立つこととなったのです。企業は,企業自らの手で環境汚染の防止に努めるべき社会的責任を要求されるようになりました。
 このような情勢の変化に対して,企業の意識の転換が急速に進んできたのは,比較的最近のことです。すなわち,昭和40年頃,公害対策基本法を制定するにあたって,産業界が「公害についての充分な科学的解明が行なわれておらず,基本的な考え方も確立されていない現状では,公害対策基本法の制定は時期尚早」と主張していたことにもみられるように,一般的には消極的でした。

公害の発生源を有する中小企業の状況
公害の発生源を有する中小企業の状況

 しかし,45年末の政府の調査によれば,住民運動の活発化による立地難や,地方公共団体からの厳しい公害防止努力の要求などにより企業意識は根本的に切り換えざるを得なくなってきたため,自主的に公害防除対策を講じようとしている企業は全体の75%に達しており,今日では,一般的には企業の公害防止意識はかなり改善されてきたといえましょう。ところが,現実には必ずしも十分といえない企業もあり,公害源をもっている中小企業では,公害問題の表面化比率が高まってきているにもかかわらず,対策未実施のものが増加している結果も報告されています。

わが国の公害防止投資比率の推移
わが国の公害防止投資比率の推移
(資料) 通商産業省公害保安局調べ


23 企業における公害防除の推移(I)


 企業の公害防除努力が端的にあらわれているのは,第1に公害防止投資が急激に増加したことです。公害防止投資は,ここ数年急速に増加してきており,全設備投資の中に占める割合も高まってきています。
 通商産業省がこれまでに製造業,鉱業,電気およびガス供給業について行なった調査によれば,調査方法に変更があったため,正確な比較はできませんが,公害防止投資は40年の297億円から,45年の1,637億円と5年間に5.5倍に達しており,全設備投資に占める割合も,40年の3.1%から,45年には5.3%となっており,この比率は46年には,9.1%に達する見込です。
 このようなわが国の公害防止投資比率は,国際的にみても一応のレベルに達しているものと思われます。厳密な国際比較は難かしいのですが,マグロウヒル社の調査によれば,アメリカの45年公害防止投資は,鉄鋼10.3%,紙・パルプ9.3%,製造業全体では5.4%(わが国は5.3%)となっています。

ブロック別工場立地状況
ブロック別工場立地状況
(資料)通商産業省調べ(工場立地調査法に基づく特定工場立地届出による。)
    ブロック区分は,通商産業局管轄区域による。


 第2は,過密地域からの工場移転です。
 全国を8つのブロックごとの最近5カ年間の工場の立地動向を立地件数の全国比でみてみれば,最大の過密地帯を擁する関東甲信越地域がここ1~2年減少し,他方,北海道,東北,四国,九州の各地域においては漸次その比率が上っていることからみても,すう勢としては,工場の地方分散が進んでいるといえましょう。
 また,工場移転の理由を資本金1億円以上の東京,名古屋および大阪所在の会社について調査した結果,公害問題を理由とするものが,1年の間に20%から39%と急速に増加しています。

公害防止協定の締結状況
公害防止協定の締結状況

24 企業における公害防除の推移(II)


 第3は,いろいろな形で地域社会との協調が進められていることです。
 その一つとして,企業と地方公共団体との間で締結する公害防止協定の締結状況をみれば,43年ごろから急速に増加してきています。
 協定の内容としては,規制法以上の厳しい排出基準の遵守,低いおう燃料の使用を約束する例が多くなってきています。また,最近になって亜硫酸ガスの排出総量を一定水準以下に抑えるなど新しい内容をもりこんだものもみられます。
 さらに,企業同士が地域ぐるみで協同して公害防止努力をしている例もみられます。鹿島,千葉,川崎,横浜,四日市,水島,岩国などのコンビナート地区では,それぞれの地区の企業がグループを構成し,公害防止対策の調査研究,緊急時対策の協議,国および地方公共団体との連絡などを行なっています。

企業の公害防止組織の設置状況
企業の公害防止組織の設置状況

 第4は,公害防止のための企業内組織の充実です。
 通商産業省の46年2月現在の資本金54万円以上の企業の公害防止組織の設置状況調べによると,環境問題が爆発的になり始めたここ1~2年の間に公害防止組織の整備は急速に進み,いわゆる公害型産業における公害防止組織の設置割合は非公害型産業に比べて明らかに高いことがわかります。しかしながら全産業では,まだ約40%ほどであり,中小企業も加えるとそれ以下になることが予想されるので,企業内の公害防止組織の整備を推進するとともに,その機能を強化するため,46年6月に「特定工場における公害防止組織の整備に関する法律」が制定されました。一定規模以上の特定工場においては,特定の資格を有する公害防止管理者等を中心とする組織を整備しなければならないことになりました。

規模別工場における部課制公害防止組織設置の推移(累計)
規模別工場における部課制公害防止組織設置の推移(累計)

25 今後の諸問題


 以上,みてきたように,企業の環境汚染防止への対応の仕方は,この数年かなり進んできている面もうかがわれます。しかしながら,公害の現局面から考えると,次のような諸々の問題点が残されています。
 その第1は,企業の行動のあり方に関する問題です。
 すなわち,最近難分解性のプラスチックの大量生産により,その廃棄に伴う環境汚染問題を生じたり,PCB汚染が深刻な社会問題化していることなどをみると,製品自体を生産する企業の手を離れたところで環境問題が生じてきており,企業が,研究開発,生産,販売の段階であらかじめ対処する必要が生じてきています。
 その第2は,公害防止投資の水準の問題です。わが国の公害防止投資が急速に伸びたのは,ここ数年のことであり,したがってフローとしての量は大きくなってきましたが,蓄積という点ではまだかなり不足しており,日本産業機械工業会の試算によれば,40年から45年までの間に投資された金額の4倍程度が必要であるとされております。

昭和40年~44年の産業公害防止装置額
昭和40年~44年の産業公害防止装置額

 その第3は,企業活動に当たって,環境を良好な状態に維持,管理するための費用を企業のコストの中に折り込んで経営を行なう必要性に迫られていることです。
 すなわち,経済規模が小さかった時代には,大気や水のような環境資源に限りがあるということは,意識されておりませんでしたが,今日のように大気や水の価値が高くなると,これらを汚す企業は,当然そのコストを企業経営の中に組み込んでいかねばなりません。

海外からの技術導入に占める公害防止関連技術の推移
海外からの技術導入に占める公害防止関連技術の推移
(資料)「科学技術導入年報」

26 環境保全技術の現状(I)


 膨張する経済活動に対応して環境問題を解決するために,今後の技術開発の果す役割は重要なものがあります。わが国における現在の環境保全に関する技術開発の方向をさぐってみましょう。
 戦後の技術開発の中心は,生産関連技術であり,公害防止関連技術の割合は非常に低いものでした。上図のとおり海外からの技術導入件数に占める廃水,廃ガス処理,脱硫などの公害防止関連技術の割合は,36~40年度にも2.4%であることがわかります。
 これは,導入すべき優秀な技術がなかったということもありますが,技術導入という面からみて,公害防止のための技術があまり重視されていなかったことも反映しているものといえましょう。しかし,近年,環境問題に対する認識の高まりを背景にして,公害防止関連技術の導入は増加傾向にあり,45年には5%弱となりています。
 政府の科学技術関係予算をみても,公害防止のための研究費はまだ少ないと思われます。表は,政府の手になる環境汚染防止のための研究費とそれが政府の研究費全体に占める割合をアメリカと比較したものですが,厳密な比較はできないとしても,わが国の環境汚染防止のための研究費は絶対額でみて45年度にはアメリカの100分の1であり,研究費に占める割合はアメリカの2.0%に対して0.4%となっています。

日本とアメリカの環境汚染防止研究費(政府による分)
日本とアメリカの環境汚染防止研究費(政府による分)

 民間の技術開発状況も他の一般技術に比べて立ち遅れがみられます。技術導入を行なった企業が,その技術についてどのような研究開発状況にあったかを調査してみると,公害・医療などの社会開発関連技術の研究段階については,「基礎研究も行なっていない」とするものが多く,「自主技術ですでに工業化していた」と答えたのはわずかでした。このようにわが国の環境保全のための技術開発は相対的に立ち遅れていたといえましょう。

自動車メーカーの公害関係研究費の推移
自動車メーカーの公害関係研究費の推移


27 環境保全技術の現状(II)


 では,わが国の環境保全のための技術開発の現状および今後解決すべき問題点をみてみましょう。
 環境保全の技術は,ガソリンエンジン車から電気自動車への転換などの公害発生源そのものの根本的な変革,高煙突による大気汚染物質の拡散等の既存設備の改良,廃棄物の処理技術,汚染の測定分析技術などに分けることができます。
 このような環境保全技術について,民間部門での開発状況をみると急速な高まりをみせています。自動車産業のように,国内および国際面から排出ガス対策の強化を迫られているものは,この面での技術開発の成否がその企業の死命を制することにもなりかねません。
 上図の自動車産業の公害関係研究費の推移をみると,近年の環境問題がとくに問題になりはじめた近年,急速に増加しています。
 また,工業技術院の調査によって,総研究費に占める公害防止技術開発研究費の割合,企業内にいる総研究者に占める公害防止技術研究者の割合を業種別にみると,田子の浦などで問題を生じさせた紙・パルプ産業,重油使用量の大宗を占める電力,鉄鋼,製品自体が光化学スモッグ,鉛中毒事件などで話題にのぼる自動車産業などで公害防止技術開発に力を入れていることは,上図からみてもうかがえます。

公害防止技術の研究開発のための研究費と研究者(45年度)
公害防止技術の研究開発のための研究費と研究者(45年度)

 このように特定の業種についてみれば,公害防止技術開発の進展がみられますが,全体としてみると,公害防止技術費用や研究者は,まだ十分といえず,ちなみに,全業種についてみると,技術開発費用の6%,研究者の11%が公害防止技術開発に向けられている現状です。

主要科学技術の重要度と実現時期の予測
主要科学技術の重要度と実現時期の予測

28 今後の技術開発の問題点(I)


 これまでみてきたようなわが国の環境保全技術の現状からみて,現在の爆発する環境問題に対して今後の技術開発にどういう問題点があるかを考えてみましょう。
 第1に,複雑な環境問題に対処するためには,まだまだ新たに開発しなければならない技術が数多くあることです。
 上図のとおり,科学技術庁が各分野の専門に対して行なったアンケート調査によれば,さまざまな分野における今後の技術開発のうち,平均してみると環境保全のための科学技術課題は,とくに重要度の高いものとみなされており,今後の環境保全面での技術開発の役割の重要さを示しています。
 第2は,人材面で立ち遅れていることです。
 環境問題自体がまだ新しいこともあって,環境技術関係の専門的技術者は一般に不足していると思われます。環境問題は,多くの専門分野にまたがる問題であるため,広い視野をもった広範囲の専門家であることが要請されており,今後技術者をいかに確保するかは重要な課題です。

企業規模別にみた公害防止技術開発の状況
企業規模別にみた公害防止技術開発の状況
(資料) 工業技術院「民間研究開発実態調査」により作成。


 第3は,中小企業向けの技術開発の遅れです。
 現在,進められている公害防止技術開発の状況を企業規模別にみると,小規模になるほど公害防止技術の研究開発を行なっている企業の割合は少なくなり,今後とも着手する予定はないとする企業が増えるという傾向がみられます。
 第4は,新技術について環境保全面からテクノロジー・アセスメントの必要性が高まっていることです。たとえば,BHC,DDTなどの農薬の使用による環境汚染,電気絶縁材として広く利用されていたPCB汚染問題など,思いがけないマイナス面をもたらす技術革新があります。




29 今後の技術開発の問題点(II)


 28でも見てきたように,わが国の環境問題に対する施策を実施するにあたっては,各種技術開発を強力に推進しなければならない分野が多く残っていますが,中でも環境破壊の発生を未然に防止するという意味からは,国民生活の場に出ていくことになるような新製品,新技術の採用に当たっては,実用化の前の段階で,それがもたらす利益のみに着目することなく,それがもたらす影響について十分考慮した措置をとること,つまり環境に対する影響についての配慮という観点からのテクノロジー・アセスメントを今後の技術開発の体系の中に明確に位置づけていくことは極めて重要なこととなっているといえます。農業に採用された農薬は,従前と比べて爆発的な量の農産物をわれわれにもたらしましたが,反面で,有機塩素系の残留性農薬の人体に及ぼす影響が問題となり,現在では,この種の農薬は,ほとんど使用禁止または使用制限の措置をうけています。また,エンジンのオクタン化を高めるためにガソリン中に混入させる方式で採用された四アルキル鉛は,極めて強度の毒物であることから,環境大気中に排出され,人の健康に対して不安を与える結果になりました。このような事例は,他にいくつも見うけられる問題です。

テクノロジー・アセスメントの例 航空機騒音防止策の評価
テクノロジー・アセスメントの例 航空機騒音防止策の評価
(注)+は有利な影響-は不利な影響を示す。( )は判定が不明確なもの
   ±は同程度の有利さを示す。空欄影響なし。


テクノロジー・アセスメント(技術評価):技術開発,技術進歩が各方面に与える影響を事前に予測,評価し,最も望ましい技術進歩を図ろうとするもの。

 このような事態にかんがみ,わが国のみならずアメリカなどでもこの分野の対策に相当の力を入れはじめています。
 技術開発に求める役割は,社会からの要請,与えられた資源の状態,経済的豊かさなどに応じて異なるところです。これまでの多くの技術革新は戦後の高度成長をもたらし,国民の物質的な豊かさの向上に大きく寄与してきましたが,さまざまの環境問題が国民の福祉の向上をさまたげる最大の障害として認識されるようになった現在,環境保全という面で技術開発に求められている課題は極めて重要なものといわなければなりません。

30 むすび――環境政策の新しい座標――


 最近において,国際的にも,国内的にも,「環境問題」が爆発的になった契機は,第1に,先進諸国における技術の進歩,工業生産の高度化などによって環境の破壊が余りにも爆発的な様相を呈しはじめたこと,第2に,「黄金の60年代」と呼ばれた1960年代の先進諸国の経済発展が人々の生活に物質的な豊かさをもたらした結果,人々の意識が「環境」という新しい次元の豊かさに目覚め,こうした意識から改めて周囲を見渡してみたとき,そこに余りにも貧しく汚染した環境を発見したことなどがあると思われます。
 しかし,われわれが最も注目しなければならないことは,環境問題に対する関心が爆発的な様相を呈してきたことそのものではなく,その爆発的様相を通じて環境問題の本質,その対処方法などについて,大きな意識の転換が進行しつつあるということです。それは一言にしていえば,環境を"閉じた国土","閉じた地球"のなかの有限な資源のひとつとしてとらえ,この有限な環境資源の浪費を防ぐためにはどうすべきかという視点から方法を考えるということです。このことは,汚染防止という受動的政策から,環境管理という能動的な政策への転換を要請するものといえます。換言すれば,いまや環境問題,環境対策は新しい「座標」のもとに編成されなおすべきときに直面しているといっても過言ではないでしょう。
 そこで,現在まで講ぜられた施策をふり返ってみて,今後の課題を考えてみると,わが国の環境問題の解決をする場合には,とくに生活環境関連社会資本の充実が必要とされることはいうまでもないところですが,このほか,おおよそ対策の方向として次のようなものが必要であると思われます。
 第1に,わが国の国土全体について,環境資源の消費を最小にしながら,経済の発展を確保する国士利用のビジョンを作成し,これに基づいて工業立地,産業構造,環境制御などの総合的施策を実施すべきであり,また,第2には,環境の保全のための制御システムを経済メカニズムのなかにとり入れるための施策を進めることです。これに関連してOECD環境委員会の提唱したPPP(汚染者費用負担の原則)は,市場メカニズムによって環境制御を実現する考え方に立っているという意味で注目すべきものといえます。第3に,工業開発,観光開発など国土の開発に当たって,それが環境にいかなる影響を与えるかを,すべての側面から検討し,その検討に基づいて開発計画,開発手法を再検討するという,一種の環境アセスメントを当面実施し,環境保全と開発との接点を見出す努力を行なわなければなりません。第4に,現在世界の人々に大きな衝撃を与えている重金属や難分解性物質による健康被害あるいは健康に対して,その毒性の解明および生態系を通ずる汚染メカニズムの解明などを急がなければなりません。第5に,クローズ・システム技術をはじめとする無公害化を指向する技術開発を強力にすすめるとともに,諸々の分野で新技術が採用されるに先立って,環境保全への影響も含めたテクノロジー・アセスメントを実施し,環境汚染の未然防止に努めなければなりません。
 1970年代の人類にとって,環境問題への対応は,経済,社会問題を通ずる最大の課題であるが,この課題の解決に当たっては,盛り上がる世論を適切に評価し,住民との対話を通じてこれを行政にフィードバックさせていく努力を払っていく必要があります。さらに,このような前提のもとに,政策をトータルシステムとして有機的・総合的に,関連づけながら展開させていくことが,今日最も緊急を要する問題といわなければなりません。

第2部 最近の環境汚染の状況と環境保全対策


 最近の環境問題はますます複雑化,多様化しており,これに対処る仕方もむずかしい問題を含むようになっております。
 以下では,大気汚染,水質汚濁等の環境汚染と自然破壊の状況の最近の特徴とこれに対して講じた施策を示しております。

31 最近の大気汚染の特徴


 大気汚染の状況をいおう酸化物を一つの指標として地域別にみると次頁の図のとおりです。主要都市のほか,地方の中核都市にも汚染が広がっていることがわかります。なお,いおう酸化物に係る環境基準に不適合の測定局を有する大気汚染都市は,40都市に達し,これは測定局を有する110都市の4割弱です。このような,いおう酸化物などの汚染状況に加えて,局地的には,弗化水素,塩素,塩化水素などの有害な物質による汚染問題の発生,さらには最近の大気汚染問題の中でとくに注目されている光化学反応によって生ずるオキシダントなどの二次汚染物質による大気汚染問題の発生など,最近における大気汚染は質的にも複雑な様相を呈しています。
 このようなわが国の最近における大気汚染問題の要因としては,次のようなものが考えられます。第1に,エネルギー消費量の増大に伴う石油などの供給の増大があります。とくにわが国においては原油のうちの圧倒的割合(45年度においては85%)をいおう含有量の多い中東産原油に依存しているという事情がいおう酸化物による大気汚染問題の最大の問題点となっていますし,窒素酸化物についてもこれが物の燃焼に伴って必然的に発生するものであることから,燃料使用量の増大は今後窒素酸化物による汚染に拍車をかけることになります。第2に,第1の問題とかなり関連しますが,大気汚染に対する負荷率の高い鉄鋼,金属精錬,石油精製,石油化学などの基礎的生産財産業の伸びが著しかったことがあります。第3に,モータリゼーションの進行が著しかったことです。わが国における自動車台数の伸びは目ざましいものがあり,40年に630万台であったものが,45年には,1,900万台と約3倍に急増しており,これに伴い,自動車から排出される一酸化炭素,窒素酸化物,炭化水素などの自動車排出ガスの量はぼう大なものとなっており,今日わが国の大都市における大気汚染の有力な原因となっています。

いおう酸化物に係る環境基準の適合状況(昭和45年度)
いおう酸化物に係る環境基準の適合状況(昭和45年度)

いおう酸化物排出基準(K値)の改訂経緯
いおう酸化物排出基準(K値)の改訂経緯
(注)(1)過密地域とは,東京,横浜,川崎,四日市,大阪,神戸,尼崎である。
   (2)その他の地域のIは千葉,市原,倉敷を,IIは室蘭を例にとってある。
   (3)3)の第2次改訂は,指定地域制の廃止に伴う改訂である。


32 大気汚染についての規制の強化


 大気汚染に対して,環境基準の設定などのほか,規制の強化として次のような措置が講ぜられました。第1に,排出規制の強化として大気汚染防止法の改正規定の施行が行なわれました。すなわち,1)規制地域を全国すみずみにまで広げたこと,2)規制物質を追加したこと,3)条例で排出基準値をさらに強化することができるものとしたこと,4)燃料使用基準を設定するものとしたこと,5)排出基準に違反した場合に直ちに罰則を適用するものとしたことなどです。第2に,自動車排出ガス対策の推進です。従来から一酸化炭素の排出許容限度が定められていましたが,これに加えて炭化水素,窒素酸化物,鉛化合物等が追加されるとともに,許容限度を強化しました。このほか,交通規制などによる自動車排出ガス対策が,大気汚染防止法,道路交通法に盛りこまれました。第3に,規制を実施する際に,基本的に重要なものとなってくる監視測定体制の整備については,現在,国設大気汚染測定網,地方監視測定体制,広域監視測定体制が一応整備されていますが,いまだ十分とはいえません。ただ,この問題は,現在,測定・分析機器の未整備ということよりも公害担当職員が地方公共団体において少ないということに問題が多くあります。以上に述べた監視体制の中で,広域監視測定体制というのは,具体的には,複雑な大気汚染現象に対処するため,テレメーター方式による情報交換システムを整備している場合であって,首都圏地域,阪神地域などに整備されていますが,光化学スモッグの発生の際など,緊急に地方公共団体間で情報を交換して連絡しあうことにより,注意報,警報の発令に万全を期すことができ,おおいに対策に役立っています。




オキシダントに係る注意報等の発令および被害届出の状況
オキシダントに係る注意報等の発令および被害届出の状況
注1)都府県からの通報に基づき環境庁が取りまとめたものである。
 2)注意報等発令日数は大気汚染防止法第23条1項に基づき注意報(条例等による場合も含む)の発令がなされた日数である。


33 光化学スモッグの発生


 光化学スモッグとは,工場,自動車などの発生源から排出された窒素酸化物や炭化水素が紫外線の作用をうけて複雑な二次生成物を形成し,その二次生成物のうち,オゾン,パーオキシアルナイトレート(PAN)などの酸化性物質-オキシダントと総称している-が,ある気象条件のもとでスモッグ状態を形成する場合をいいますが,歴史的には1940年代においてロスアンゼルスで見出されたものです。わが国では,45年7月の東京都杉並区立正高校の生徒が被害をうけたときが,最初のものとされています。
 このオキシダントによるスモッグの発生は,現在では東京のみならず,神奈川,大阪,愛知など7つの都府県で生じており,46年4月から12月までの間に48,025人の被害届が出されています。これらのほとんどは夏期における発生とされています。光化学反応による大気汚染については,その発生メカニズム,人の健康に及ぼす影響について未解明な分野が多く残されているので現在行なわれている調査研究を鋭意進め,早急に結論を出すことによって有効な対策の実施に役立てなければなりません。

チャンバー車(光化学スモッグ解析車)
チャンバー車(光化学スモッグ解析車)

 光化学スモッグの対策としては,光化学反応の要因物質である窒素酸化物,炭化水素などの排出を規制することが基本となります。このうち,出動車排出ガスに対しては,大気汚染防止法に基づく規制が行なわれていますが,いまだその発生の仕組みが明解でないこと,決定的な規制方式の確立が十分でないことなど今後,速やかに調査研究を進めなければならない面が多いので,応急的には,自動車の走行台数を減らすため,道路交通法による交通規制を実施するなどして,東京,大阪などの大都市区域を走行する車両の規制を実施するなどの措置を講ずる必要があります。

34 最近の水質の汚濁の特色とその要因


 最近の公共用水域の水質の汚濁の特色をみると,第1に,東京,大阪などの大都市の上水道源となる河川の汚濁が著しく,取水制限が行なわれるまで深刻化していること,第2に大都市の市内河川の汚濁が著しく,なお進行する傾向にあること,第3に,水資源,観光資源として貴重な湖沼が水質の汚濁に伴い,富栄養化現象を示し,これによる被害が発生してはじめたこと,第4に,最近とくに問題となっているPCB(ポリ塩化ビフェニール)などの化学製品による汚染因子が多様化したこと,第5に,田子の浦港,洞海湾,佐伯湾などにみられるように,臨海工業地帯あるいは大都市周辺の比較的閉ざされた海域の汚濁が著しいこと,などがあげられます。
 その要因についてみると第1は,近年の急速な経済成長に伴う水消費量・排水量の増大と汚濁因子が増加していることがあげられます。たとえば,工業用水使用量は,昭和40年から昭和44年までの間に23.2%の増加を示しています。また,地域的には,新産都市および工業整備特別地域を中心とした新興地域の伸びが著しくなっています。第2は,人口の都市集中ならびに生活の近代化に伴い,一般家庭の水消費量が急増したことにより,生活排水による公共用水域の水質の汚濁が一層進んでいるということです。水消費量の増加を主要都市の上水道の給水状況からみると1人1日当たりの平均給水量の伸びは最近4か年間で20%前後に及んでおり,全国平均(15.4%)をかなり上回っています。第3は,公共下水道などの生活環境の保全に関連した社会資本の整備が立ち遅れていることです。わが国の下水道普及率(下水道整備面積/市街地面積)は,昭和46年度末で24.9%ときわめて低くなっているのが現状です。

全国の水質汚染状況
全国の水質汚濁状況

淀川,隅田川の水質の経年変化図
淀川,隅田川の水質の経年変化図
(建設省河川局調べ)
(備考)昭和40年までは年ベース,昭和41年以降年度ベース。


35 水域別にみた汚濁の状況


 河川については,全国の主要河川のうち,多摩川,荒川,淀川,大和川の水質の汚濁がとくに著しく,京浜,京阪神地区の飲み水の危機が迫っているといえますが,その他の主要河川は,BODがほぼ3ppm以下で,上水が得られる程度の水質は保持されています。
 また,都市内の河川の水質の悪化は,昭和40年代に入ると,大都市周辺や地方都市への人口・産業の集中と,下水道の整備や排水規制の相対的な遅れから,大都市周辺や地方都市内河川にまで及んでおり,たとえば福岡市の那珂川などはBOD値で10ppmを越えています。なお,大都市の市内河川も,隅田川,寝屋川などの一部を除いて,改善の方向には向っていません。
 内湾については,瀬戸内海,伊勢湾,東京湾などにおける水質の汚濁は,急速に進んでおり,また,広域化する傾向にあるため,その対策も,内湾全体の水質の汚濁を広域的な観点から把握し,問題の処理にあたらなければならなくなっています。瀬戸内海では,大阪湾,大竹・岩国(COD2.4~16ppm),伊予三島・川之注(COD3.1~16ppm),三田尻湾(COD3.5~78ppm)の汚濁が著しく,東京湾では,荒川河口から千葉市にかけての地先海域が最も汚濁していて,CODの年平均値は4ppmを越えており,汚濁源の少ない南部では2~3ppm,富津岬と観音崎を結ぶ線以南では2ppmとなっていました。伊勢湾の汚濁は比較的局部的な範囲にとどまっていますが,名古屋港の地先海域では,COD2~>23ppmと高くなっています。このほか,田子の浦港,洞海湾などにおいても水質の汚濁問題がおこっています。

東京湾の水質の現況(COD)
東京湾の水質の現況(COD)
(経済企画庁調べ)


 湖沼も全般的にいって汚濁が進行しており,富栄養化が進んでいます。このため,琶琵湖や霞ケ浦などにおいては悪臭(「かび臭」)の問題が発生しており,諏訪湖では植物性プランクトンである「アオコ」が湖面の一部をおおい,景観をそこなわせているということです。

水質汚濁による水道の被害
水質汚濁による水道の被害
(厚生省環境衛生局調べ)


36 水質の汚濁による被害の増加


 厚生省が行なった「水質汚濁による水道の被害状況調査」によると,昭和45年度の水道原水の被害件数は292件で,年々増加しており,また,最近の傾向としては,被害発生地域は,大都市や大工業地帯のみならず,水質の汚濁の広域化に伴い地方都市にまで広がっていることがうかがわれます。
 この被害を原因別にみると,プランクトンや藻類の異常大発生による水源の富栄養化や鉱工業排水によるものが最も大きくなっており,さらに,これを原因物質別にみると,以前は赤痢などの伝染病の集団発生の原因となる病原菌や急性毒物が問題とされていましたが,最近では,これらのほかに通常の浄化処理によっては除去が困難な異臭味物質や着色物質などによる被害が激増しています。
 昭和45年度に全国の水田を対象として行なった水質の汚濁に係る農業被害調査によると,自然の汚濁を含む農業被害地区数は約1,500,被害面積は約19万haとなっており,これを昭和40年度の調査結果と比較すると,被害面積は5年間に約50%増加しています。

水質汚濁による農業被害
水質汚濁による農業被害

 このほか,金属鉱山,工場などからの長年月にわたる排水が,かんがい用水に流入して農用地の汚染問題をおこしており,それらの農用地から,人体に有害なカドミウム汚染米が生産されるなどして大きな社会問題となっています。
 昭和45年度に発生した水質の汚濁などによる漁業被害は,都道府県の報告によると総件数147件,被害額15億500万円(被害額不明分84件分は除く。)で,44年度には都道府県を通じて調査した水質の汚濁による継続的な被害の額145億8,100万円を加えますと,総被害額は160億8,600万円に達し,これに被害額不明なものが加わるので,その額はさらに増加すると考えられます。

下水道整備五ヵ年計画
下水道整備五ヵ年計画

37 水質の汚濁を防止するためにとられている対策


 水質の汚濁に係る環境基準は,公害対策基本法の規定に基づき,昭和45年4月21日の閣議決定により設定されました。この基準には,人の健康に係るものと,生活環境に係るものとがあります。前者は全公共用水域に一律に定められていますが,後者は水域類型の指定を行なうこととなっており,現在までに国が指定を行なうべき47の県際水域のうち,22が全水域につき,5水域がその一部について指定されています。また,都道府県知事に委任されたものでは,275水域が指定ずみとなっています。
 水質汚濁防止法は,昭和46年6月24日から施行され,規制の対象となる業種が拡大(130業種→520業種)されるとともに,上乗せ排水基準の設定などの規制の権限が都道府県知事に移され,また排水基準の遵守の強制の方法として,基準違反に対する直罰規定や汚水等の処理方法などの改善命令などが定められています。なお,上乗せ基準は,昭和47年1月末現在で,17府県が設定を行なっています。

昭和46年度及び昭和47年度下水道事業費
昭和46年度及び昭和47年度下水道事業費

 都市の排水を受けもつ下水道の整備は,水質,汚濁防止対策として最も効果的な施策といえますが,現在の普及率は22.8%であり,これを38%にまで高めるために,昭和46年8月27日,昭和46年度を初年度とする第3次下水道整備五カ年計画が閣議決定され,総額2兆6,000億円を投資することになりました。
 このほか,浄化用水導入事業や汚泥しゅんせつ事業などの河川などの浄化対策の推進を図り,また,農業用水の水質汚濁防止対策や漁業に対する公害被害対策を実施しています。
 さらに,公共用水域の水質の監視を強化するとともに,水質監視のための測定機器の整備を行なっています。

赤潮発生状況
赤潮発生状況
(瀬戸内海漁業開発協議会資料)


38 赤潮


 赤潮とは,プランクトンの急激な増殖による海水の呈色現象をいいますが,以前はその発生水域は局地的で,継続日数も短期間であったのが,鉱工業生産の伸長などに伴って,年ごとに工業地帯の地先海域などでその発生がみられるようになりました。とくに昭和40年以降は,その発生水域の広域化,発生回数の増大,発生期間の長期化の傾向がみられるようになり,昭和45年には,赤潮発生水域は,瀬戸内海,伊勢湾および東京湾などの内海,内湾の全域に及んでおり,各所で養殖魚介類のへい死など大きな漁業被害を生じさせています。
 瀬戸内海における昭和46年の赤潮の発生状況をみると,発生件数が前年にくらべて1.8倍となっています。
 赤潮発生のメカニズムについては,これを包括的に説明できるまでには至っていませんが,これまで得られた発生要因に関するいくつかの知見に基づき内湾赤潮を主体に検討しますと,水温の異なる水の層ができ,上下の混合が悪い状態にあって,かつプランクトンの繁殖に十分な日照と窒素,リンなどの栄養塩類の供給があるという基礎的要因のうえに,1)降雨,河川水の流入による塩素量の低下に伴う物理的刺激,河川水の流入による刺激物質の補給,2)海底の貧酸素化による胞子の発芽の促進または刺激物質の溶出と攪拌,3)ビタミンB1,B12などのビタミン類,鉄,コバルト,ニッケルなどの微量金属類,パルプ廃液,微生物や蛋白質の分解生成の添加,などの誘発要因が加わって発生するものと考えられています。


赤潮発生機構図
赤潮発生機構図

 赤潮の発生を防止するためには,排出規制の強化,し尿等廃棄物の投棄の制限により栄養塩類の流入量を抑制する必要があり,また,被害の防除抑制のためには,赤潮の発生機構を解明したうえ,赤潮発生を予察する技術および漁業被害を防除する技術の開発を促進する必要があります。

39 PCBによる環境汚染


 PCB(ポリ塩化ビフェニール)はDDTやBHCと同じ塩素化合物ではありますが殺虫剤ではなく,熱に強く,絶縁性がよく,安定した物質であるため,熱媒体,絶縁油,コンデンサー,感圧紙などに使用されていましたが,通商産業省においては,PCB汚染の進行を防止するため,開放系製品のためのPCBの使用を中止し,閉鎖系の製品についてもPCBを回収しえないものについてはPCBを使用しないよう行政指導を行ないました。
 この物質によって問題が起こったのは,北九州市を中心に西日本に昭和43年に発生したカネミ油症事件です。この事件は,食用油の製造過程において熱媒体として使用された塩化ビフェニールが腐蝕したパイプの孔からもれて油に混入し,この油を食用に供した人々に急性毒性による被害を与えたものです。
 最近では,東京湾,瀬戸内海,琵琶湖などの魚介類,土壌,鳥,人の母乳などから検出され,新しい環境汚染物質として問題となっています。政府においては,昭和47年4月25日に関係省庁の局長クラスからなる「PCB汚染対策推進会議」を設置し,汚染の実態,慢性毒性による健康影響の有無などを把握するために,調査研究,未然防止対策の確立を急いでいます。

PCBの循環図
PCBの循環図

大気汚染系認定患者の年令階級別,地域別死亡者数
大気汚染系認定患者の年令階級別,地域別死亡者数

40 公害による健康被害


 公害被害者を行政的に救済する制度としては,昭和44年12月創設された健康被害救済制度がありますが,現在この制度に基づき,公害と認定された者に対しては,医療費や医療手当,介護手当が支給されており,認定患者数は6,688人(昭和47年3月末現在)となっています。
 また,地方公共団体が,独自に,この制度の他に救済制度を設けているところもあります。
 大気汚染の影響により発生すると考えられる疾患は,慢性気管支炎,気管支ぜん息,ぜんそく性気管支炎,肺気しゅなどの閉塞性呼吸器疾患ですが,大気汚染が著しく,これらの有症率が高い地域は,健康被害救済法の指定地域とされ,現在,川崎市田島,大師,中央地域をはじめ6地域が指定されています。認定患者は6,376人となっていますが,この患者の死亡状況をみると,いずれの地域においても60歳以上の死亡者が圧倒的に多く,全体の80%を占めています。このほか,光化学スモッグ,鉛汚染,弗化物による問題がおこっています。
 また,熊本県水俣湾沿岸地域において,また,新潟県阿賀野川流域において発生したメチル水銀中毒事例は,求心性視野狭さく,運動失調,難聴,知覚障害を主要症例とする水俣病と呼ばれています。認定患者は,前者は181名(うち52名死亡),後者は102名(うち8名死亡)となっています。また,カドミウムによる健康被害には,富山県神通川流域に発生したイタイイタイ病があり,認定患者は123名(うち34名死亡)となっています。この地域以外にはイタイイタイ病の発生はみられていませんが,宮城県鉛川など7地域をカドミウム汚染による要観察地域と定めて,毎年住民の健康調査を実施し,未然防止の見地から経過観察を続けています。

カドミウム検診風景
カドミウム検診風景
破壊されゆく自然
破壊されゆく自然

41 自然環境の破壊


 レイチェル・カーソンは環境破壊の恐ろしさを述べたThe Silent Springの中で,春が来ても花は咲かず,鳥や魚も死に絶えた沈黙の自然を寓話的に描いています。われわれの周辺にも似たような自然の破壊が進んでいます。
 市街地の膨張により,近郊の田園風景や雑木林は失われつつあります。河川や湖沼の汚濁,埋立ての進行により,野鳥,魚類,昆虫はしだいにその姿を消しています。国立公園などのすぐれた自然の風景地も,行きすぎた観光開発,産業開発によって損われている例があります。
 たとえば富士スバルライン,石鎚スカイライン,美ケ原ビーナスラインなどでは,道路と自動車という人工の所産物が,豊かな自然の中に入り込み,自然環境の純粋さを失わせています。これらの観光道路は,自然保護に対する配慮の不充分さ,経済性のみに着目した工法の施行などによって自然を破壊しているのです。




 また,内湾の河口部に多く見受けられる干潟(ひがた)(干潮時に現われ,満潮時に水没し,底質が砂泥質の海岸)は多くの生物が生息していましたが,港湾,工業用地,宅地造成などのために埋立てが急に進み,その姿を消しつつあります。このため特にシギ,チドリなどの鳥類の渡来に重大な影響を及ぼしています。東京湾,伊勢湾,有明海の干潟はわが国の3大干潟といわれていましたが,東京湾,伊勢湾の干潟は大規模な開発によってほとんど埋め立てられてしまいました。
 こうした自然破壊の進行に対応して,美しい自然を守ろうとする意識も急速に高まってきました。たとえば各都道府県では自然保護条例が次々に制定されています。また児童憲章等に相当する自然保護憲章の制定が具体化しつつあります。また,47年6月,自然環境保全法が制定されたことも自然保護行政上特筆すべきことでした。

42 わが国の自然公園


 美しい自然を有するわが国には,23の国立公園と44の国定公園があり,両者を合わせた自然公園の面積は約3万平方キロメートル,全国土面積の8%になります。
 この自然公園内には特別地域および特別保護地区が定められており,道路の建設,原子力発電所やダムの建設,別荘分譲地の造成,木竹の伐採,土石の採取,海面の埋立てなどの行為が景観を損うことのないよう規制されています。
 最近特に大きな問題となったのは,日光国立公園の尾瀬を通る自動車道路の建設です。尾瀬のような湿原では,一度破壊されたら二度と復するすることは不可能な「弱い自然」であり,学術上も貴重な地域だったため問題になったわけです。結局,工事承認をしていない区間の道路建設を認めないことなどにより尾瀬一帯の自然が守られることになりました。
 八ケ岳中信越高原国定公園の美ケ原を通るビーナスラインも同様な例です。これについても自然保護上支障があると認められたため,計画を再検討し,路線を変更するよう長野県に対して指導を行ないました。
 46年度にはこの他に,国立公園管理事務所が6カ所新設されるなど管理体制の充実が図られました。また,湖沼,湿原などの水質汚濁を防止するため,摩周湖,尾瀬ヶ原など35の湖沼,湿原への排水が規制されることになりました。
 また46年12月,自然公園審議会は,小笠原,沖縄の西表(いりおもて)などを国立公園候補地として答申しており,47年度には自然公園の新規指定,区域拡張が進められることになっています。
 この他,47年度には約60億円の交付公債によって国立公園内の土地の公有化が行なわれることになっています。
 海中の景観を維持するため45年から発足した海中公園は,現在では串本地区(吉野熊野国立公園)など22カ所が指定されています。

国立公園および国定公園配置図
国立公園および国定公園配置図
(注)環境庁自然保護局資料による。
   昭和47年3月末現在


渡り鳥とその移動図
渡り鳥とその移動図
(注)環境庁自然保護局資料による


43 野生鳥獣の保護


 わが国は,地形,気象が変化に富み,大陸と大洋の中間に位置し渡り鳥の通り路にあたっているので,400種以上の鳥類をみることができます。このうちの6割はガン,ツバメ,シギなどの渡り鳥です。
 ところが近年における環境の破壊によって野生鳥獣の生息数は減少しつつあるのです。なかには,タンチョウ,トキ,コウノトリなどのように絶滅の危機にさらされているものも少なくありません。
 野生鳥獣を守るためには,狩猟等による捕獲を制限する必要があります。現在わが国で捕獲できる鳥獣は環境庁長官が指定するものだけに限られていますが,1年間に捕獲されている鳥獣は,45年度には鳥類約1万4,000羽,獣類約1,100頭に達しています。このため46年度には,これまで捕獲できるものとして指定されていた55種の鳥獣のうち,23種の指定が除かれました。
 また,45年度末で2,000カ所以上,約180万haの鳥獣保護区が設けられており,捕獲の禁止,給餌,給水施設の設置などの保護措置が講じられています。最近は保護区の大型化傾向が進み,琵琶湖全域の保護区,広島県全域の水鳥の保護区,などの例がみられるようになりました。

ガン類の渡来状況
ガン類の渡来状況
(注)環境庁自然保護局資料による。


 47年3月には,わが国の鳥獣保護行政上特筆すべき,日米渡り鳥等保護条約が調印されました。これは,渡り鳥,その卵の捕獲,採取を禁止し,両国間で共同研究,資料の交換を行なうことなどを内容とするものです。
 47年度には,ひきつづき関係諸国との提携を進めるとともに,国民の一人一人が野鳥に親しむことができるよう,4カ所の「野鳥の森」が設置されることになっています。
 これらの野生鳥獣は,自然環境の重要な要素ですし,レクリエーションなど生活をより豊かにするうえからも大きな価値を有するものです。
国立公園および国定公園の利用者数の推移
国立公園および国定公園の利用者数の推移

44 自然の利用


 人々の所得が増加するにつれて,また都市の生活環境がうるおいのないものになっていくにつれて,豊かな自然の中に入りこみたいと思う人はふえつづけています。自然は単なる保護の対象となるものではなく,多くの人々がその恵みに接することによって,最大の効用をもたらすものといえましょう。このためにはだれもが,たやすく利用できるように,施設の整備を図る必要があります。
 全国292カ所(46年度末現在)に設けられている国民宿舎を利用する人は,45年度には676万人に達しています。また,宿泊施設とロッジ,スキーリフトなどの野外レクリエーション施設を総合的に整備した国民休暇村は,46年度までに20カ所が利用されていますが,45年度には約530万人もの利用者がありました。
 東京・大阪間1,376.4kmに達する東海自然歩道は,46年度までに約半分の整備が終わっており,48年度の完成をめざしてひきつづき整備が進められています。

国民宿舎数(累積数)
国民宿舎数(累積数)
(注)環境庁自然保護局資料による。


 皇居外苑,新宿御苑などの国民公園も,都会の人々の憩いの場として広く利用されています。皇居外苑の利用者は年間約800万人,新宿御苑は約180万人にもなります。
 都市における緑の不足が叫ばれるようになるにつれて,都市公園の充実が緊急の課題となってきています。現在のわが国の都市公園の現状はまことに貧弱です。都市計画区城内の人口1人当たり公園面積はわずか2.8平方メートルであり,ニューヨークの19.2平方メートル,ロンドンの22.8平方メートルなどと比べかなり低い水準となっています。この遅れをとり戻すため,46年度には約65億円を投じて整備を図りましたが,47年度からは都市公園整備5カ年計画に従い,51年度の1人当たり4.2平方メートルを目標に建設が進められることになっています。今後自然を求める人々の増大に対応して,各種利用施設の整備の必要性はますます高まってくるものと思われます。

用途地域別工場数
用途地域別工場数

45 騒音,振動公害の現状


 環境問題は多種,多様なものがありますが,なかでも騒音と振動は我々の日常生活に最も身近な環境問題といえましょう。地方公共団体に寄せられる公害に関する苦情や陳情の内容をみても,最も多いのは騒音,振動に関するものです。
 騒音の発生源には多くのものがありますが,とくに鉄鋼金属製品などの製造業による工場騒音,建設騒音が大きな問題になっています。また,地域によっては鉄道騒音,航空機騒音などの交通騒音も問題化しています。
 騒音公害から人々の生活を守るため46年5月,道路に面する地域の騒音に係る環境基準が決定されました。また,規制措置も一段と強化されました。すなわち,自動車騒音については,騒音規制法の対象に自動車を加え,車種,自動車の大きさ別に騒音の許容限度が定められました。また,工場騒音については,規制地域を,それまでの市の市街地および隣接町村から,新たに住居が集合している地域まで拡大しました。建設騒音についても,工場騒音と同じ地域まで規制地域が拡大されました。これで,騒音規制の必要な地域はほとんどカバーされたといえましょう。航空機騒音問題についても対策がとられました。環境庁では46年12月,運輸省に対し航空機騒音対策について勧告を行ないましたが,これを受けて運輸省は,夜間の航空機の発着制限などを内容とする緊急対策を決め,早急に実施されることになりました。

東海道新幹線の騒音レベル
東海道新幹線の騒音レベル
(注)測定位置は上下線中心より25m,地上1.3m の高さの屋外である。□は列車が上下線のうち測定位置に近い線路を通過したときの騒音レベルを示し,■は遠い線路を通過したときの騒音レベルを示す。なお,速度は200km/hである(国鉄資料による)。


 次に振動公害についてみてみましょう。振動公害のもとになるのは,工場,自動車や鉄道,建設作業などです。振動は住民に心理的な不快感を与え生活環境を悪化させています。心理的なものばかりでなく,建物や家具の損害,壁のひび割れなどの被害が生じています。現在振動に対する具体的な法規制は行なわれていませんが,関連法規の運用によって対処していくことになっています。

鉱工業生産指数と沈下量の動向
鉱工業生産指数と沈下量の動向
(備考) 鉱工業生産指数(付加価値ウェイト昭和25年基準)
    (環境庁水質保全局資料)


46 地盤沈下の現状


 地盤沈下は主として地下水の汲み上げによって発生します。産業活動と地盤沈下量との関係をみてみますと,戦争末期から終戦直後にかけて産業活動が停止した頃には地盤沈下が鈍化しており,戦後再び経済活動が盛んになるにつれて地盤沈下も激化してきていることがよくわかります。
 地盤沈下の現状を地域毎にみてみますと,大阪では厳しい地下水の採取規制が行なわれた結果一部の地域を除けば地盤沈下は停止しています。東京も一時沈下量の鈍化がみられましたが,最近再び激化してきており,埼玉,千葉地域にも広がってきました。
 天然ガスの採取によるものとみられる新潟の地盤沈下は,一時は年間40cmにも達していましたが,規制の強化により現在ではかなり沈下は鈍化しています。この他にも,濃尾平野,佐賀平野,石川県七尾市などでは激しい沈下が生じています。

江東0メートル地帯
江東0メートル地帯

 このような地盤沈下に対して種々の対策が講じられています。まず,地下水の採取の規制としては,46年度には首都圏南部の地域で規制地域の拡大,許可条件の強化などが行なわれました。
 天然ガスの採取規制も従来から行なわれていましたが,47年1月には特に地盤沈下の激しい船橋市で天然ガス採取の全面規制が行なわれました。また,地下で水とガスを分離する新しい採取方法が研究され,企業化実験が始められました。
 地下水の採取を規制する際には,その代りとして工業用水道を建設する必要があります。このため31年度以来,国庫補助金による建設が進められています。
 また,地盤沈下地域を高潮から守ったり,地盤沈下によって機能を失った河川管理施設の復元などの事業も実施されています。46年度には,高潮対策事業,地盤沈下対策河川事業などが行なわれました。

地方公共団体の悪臭公害苦情受理件数の推移
地方公共団体の悪臭公害苦情受理件数の推移
(注)41~44年度は自治省調べ
   45年度は中央公害審査委員会調べ


47 悪臭公害の現状


 悪臭公害の歴史は古く,明治時代から規制が行なわれた例がみられます。しかし,悪臭というのは何といっても嗅覚という人の感覚で感じられるものであるだけに,個人差も多く,悪臭の原因物質と被害との関係を量的に明らかにすることはむずかしいこと,悪臭の原因となる物質が不明確なこと,悪臭の原因となる物質をなくすための技術開発も遅れがちだったことなどのために,これまで充分な対策が講じられていませんでした。
 しかし,工場の大規模化,都市のスプロール化現象などによって,悪臭公害によって受ける被害が広域化する傾向がみられます。たとえば公害に関する苦情の中でも,悪臭に関するものは急増しており,45年度には全体の24%,騒音,振動についで第2位となっています。とくに市(区)部で苦情を受ける例が多いようです。
 悪臭の原因となる物質は多種多様ですし,被害を受ける地域の範囲もまちまちです。たとえば,クラフトパルプ工場の煙突から出てくる硫化水素,メチルメルカプタンなどによる悪臭は,工場から1~2km離れた地点で最も悪臭が強く感じられますが,畜舎からの悪臭は隣接地帯が最も強烈なようです。

市町村の悪臭公害苦情受理件数(昭和45年度)
市町村の悪臭公害苦情受理件数(昭和45年度)
(注)1. 都道府県が直接受理したもの(2,148件)は除外してある。
   2. 人口は昭和45年10月1日現在(総理府国勢調査)
   3. 中央公害審査委員会調べ


 こうした悪臭公害に対しては悪臭防止法が制定され,46年6月1日公布され,1年以内に施行されることになりました。これは悪臭物質の測定,被害との関係の把握などの技術的問題が解決されつつあること,法の制定によって悪臭防止の研究開発が進み,税制,金融などの助成措置の拡大が期待できることなどのためです。
 悪臭防止法では,住民の生活環境を保全するため悪臭を防止する必要がある地域を定め,政令で不快なにおいの原因となり,生活環境をそこなうおそれのある物質として定められた物質の排出が規制されることになっています。

産業廃棄物排出量の推計
産業廃棄物排出量の推計
 (通商産業省公害保安局調べ)
(備考) 本調査は5,000工場を対象に行なったもので,アンケートに回答したものは2,443工場(うち調査火力発電所43工場を除く2,400工場の工業出荷額は,昭和43年の全国工業出荷額の67.3%にあたる。)である。


48 廃棄物問題の現状


 近年の人口の都市集中と産業活動の進展は廃棄物の質の多様化と量の加速度的な増加をもたらしています。とくに産業廃棄物の増大は深刻な問題を提起しています。現在,これらの問題に対処するため,廃棄物の処理及び清掃に関する法律が制定されております。
 し尿の処理については,し尿処理施設または下水道終末処理施設に運んで処理する方法を合わせて衛生的処理と呼んでいますが,衛生的処理率は44年度においても未だ70%に達していなく,海洋投棄など不衛生的処理が続いており,水質汚濁など公害発生の原因の一つとなっています。ごみ処理の動向としては,ごみの計画的収集量は,年々増加しているにもかかわらず,国民生活における使い捨て傾向とあいまって総排出量の平均伸び率もあい変らず下降線を示さないために未収集のゴミの量が膨大傾向にあります。しかも,近年においてはプラスチックなど不燃性のゴミの増大が著しく問題を深刻化させています。強力な対策が引き続いてこの面に対して講ぜられる必要があります。

ポリバケツなど"燃えないごみ"は埋め立てに使われている(東京湾15号地)
ポリバケツなど

 産業廃棄物は,いずれの地域においても廃土砂などの固形状の不燃物が多く,また,その他のものとしては,スラッジ類,廃油類,木くずが主なものです。したがって,建設業からの廃土砂,がれき,製造業からの廃油,廃酸,廃アルカリ,スラッジなどの処理処分をいかにして適正に行なうかということが産業廃棄物処理処分問題の課題です。そしてこの対策としては,固形状の不燃物については,埋め立て可能のものについて埋め立て地の確保が応急的なものとして必要であるほか,廃棄物の有効利用の問題も含めた処理,処分に関する調査,研究を大いに強化,拡充すべきです。いずれにしても,廃棄物処理対策の問題は,今後の環境保全対策の中で最も重要なものの一つとして位置づけられるべき性質をもっています。

土壌汚染の概況(昭和45年)
土壌汚染の概況(昭和45年)

49 土壌農薬汚染の現状


 主として大気汚染,水質汚濁などを媒体としたカドミウム等による土壌汚染が各地で顕在化して国民に不安を与えているところです。その原因物質としては,現在,カドミウム,銅,亜鉛などの残留性の重金属類がその中心であると考えられますが,これによって農用地を中心として汚染された土壌は,膨大な広さに渡っています。,現在,農用地の土壌汚染防止等に関する法律が制定され,人の健康をそこなうお・それがある農畜産物が生産され,農作物などの成育が阻害されることを防止することとしており,現段階では,カドミウムに汚染された土壌について,所要の対策が講ぜられています。そのほか,土壌汚染対策を実施する前段階として各種の実態調査が行なわれています。
 次に,農薬による汚染も国民生活に密接な関連をもっているものですが,わが国において食品や環境を汚染することにより,国民の健康に被害を生ずるおそれのある主な農薬は有機塩素系のものです。これらは,長期間食品や環境中に残留する性質を有するため,現在では,使用禁止または厳重な使用制限をうけています。

農薬の毒性別生産額の推移
農薬の毒性別生産額の推移
(農林省農政局調べ)


 農作物については,最近では基準以上の農薬を含むものの流通は報告されていませんし,畜産物についても,農作物同様従前には問題がありましたが,最近では,牛乳など基準を超えた量の農薬を含むものの流通は,ほとんど見られません。また,母乳についても,その含有濃度は低下の傾向にあります。
 農薬については,それを使用することによって農業生産の増大など多大な貢献を国民生活に対して与えてきましたが,人の健康の保全を第1にするという観点から大幅な使用制限をされているのが現状です。

尾瀬の自然を護るため歩く大石前長官
尾瀬の自然を護るため歩く大石前長官

50 環境行政の総合的推進


 46年7月1日,各種公害規制を一元的に実施し,環境保全行政の総合調整を行なうことにより深刻化する環境問題に対処するため,環境庁が発足しました。
 環境庁は,公害の防止,自然環境の保護及び整備その他環境の保全を図り,国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するため,環境の保全に関する行政を総合的に推進することをその主たる任務としており,その機構は図のとおりです。
 環境庁は発足後,環境基準および規制基準の設定強化,総合的な環境保全対策の実施,光化学スモッグ,PCBなどの新公害への対処,公害に係る被害者の救済,自然保護行政の展開など活発な活動をつづけてきました。
 46年度の環境保全対策予算は,約1,114億円,そのうち公害対策費約1,014億円,自然環境保全対策費約100億円,財政投融資については1,702億円となっています。45年度予算に比べて公害対策費,財政投融資のそれぞれについて282億円(38.4%),560億円(49.0%)の増額となっており,これは,一般会計全体の伸び18.4%,財政投融資全体の伸び31.6%をそれぞれ大幅に上回っております。(自然環境保全対策費は,46年度から計上されたもので,対年度比はない。)

環境庁機構図
環境庁機構図

 公害対策については,大気汚染対策,水質汚濁対策など各種公害対策,下水道の整備,公害防止対策の調査研究,公害防止事業団の助成,公害被害者の救済および地盤沈下対策などの対策,自然環境保全対策については,自然環境保存地の買上げ,動植物,史跡等保護,自然環境の整備などが大きく前進することとなりました。
 また,公害諸規制が飛躍的に強化されたことに伴い,これに対応するため企業および地方公共団体が行なう公害防止事業に対する各種の金融上の助成措置が講ぜられております。

OECD環境委員会および環境局組織図
OECD環境委員会および環境局組織図

51 国際協力体制の推進


 環境問題に対する国際世論の高まりを背景に,「かけがえのない地球」を守るため,本年6月5日から16日までの12日間にわたり第1回国連人間環境会議がストックホルムで開催され,人間環境宣言,国際条約,行動計画などが討議,採択されました(9参照)。
 46年度においては,わが国は政府間作業部会(人間環境宣言,海洋汚染,土壌保全,モニタリングと監視および自然保護部会)を中心とする国連人間環境会議の準備活動に積極的に協力し,その貢献は会議準備委員会において高く評価されました。また,国連人間環境会議のほかWHO,FAOなど国連の各種機関における環境問題に関する諸活動にも積極的に参加しました。OECDの環境委員会における46年度の活動の成果としては,人または環境に悪影響を及ぼす物質を規制するためにとられた措置についての加盟各国間における通報協議制度の設定および汚染原因者が公害防止費用を負担することを強調した「汚染原因者負担の原則―PPP―」を含むガイディング・プリンシプルが合意され,理事会において加盟国に勧告されることとなったことです。また,OECDにおいては,環境委員会のほか,ビューロー・ミーティングおよび経済専門家小委員会が活動しております。環境問題における2国間協力としては,従来より日米間に,日米天然資源開発利用計画に基づき,大気汚染,水質汚濁などの分野において研究開発を中心とした協力が行なわれてきました。46年6月ワシントンにおいて「第2回公害に関する日米会議」が開催され,環境保護に関する法制の整備および行政活動,公害規制の経済的側面,環境問題に関する国際協力などについて討議され,今後も定期的に開催される予定です。また,自然保護については,本年3月,日米渡り鳥条約が調印されました。将来における渡り鳥の保護についてその他関係諸国との間においても渡り鳥保護条約の締結が期待されております。

かけがえのない地球
かけがえのない地球

公害防止策定地域の一つ四日市
公害防止策定地域の一つ四日市

52 公害防止計画の策定


 公害対策基本法第19条に基づく公害防止計画は,環境基準とともに,公害対策基本法に規定されている具体的な基本的施策であります。公害防止計画は,公害が現に著しい地域,あるいは人口および産業の急速な集中などにより公害が著しくなるおそれのある地域において,公害防止に関する施策を総合的,計画的に講ずることによって公害の防止を図ることを目的として作成される計画です。その作成手続きなどは,公害対策基本法第19条に規定されております。
 公害防止計画策定については,既に第一次地域として,千葉・市原地域,四日市地域および水島地域の3地域を選び,44年5月に基本方針を指示し,45年12月に計画の承認を行ないました。46年度は,第二次地域として東京地域,神奈川地域および大阪地域を選び,また,埼,玉県荒川水系流域,千葉県江戸川流域,京都府淀川流域および奈良県大和川流域の4地域を,東京地域および大阪地域とあわせて,水質汚濁の防止に係る計画の策定を必要とする地域として,46年5月に基本方針を指示しました。

公害防止計画策定状況
公害防止計画策定状況
(注) 計画区分の欄中「総合」は総合的な公害防止計画を策定する区域であり,「水質」は水質汚濁の防止に係る計画として策定する区域である。
    基礎調査(昭和47年度)


 さらに,第三次地域として,名古屋等地域,兵庫県東部地域,北九州地域,鹿島地域および大分地域の5地域を選び,46年9月に基本方針を指示しました。
 このほか,第四次の公害防止計画予定地域として富士,播磨南部,大竹,岩国および大牟田の5地域を選び,当該地域にかかる基本方斜作成に必要な総合的基礎調査を実施しました。
 公害防止計画を策定する地域について,計画に基づいて実施される公害防止事業に対して,一連の公害対策を短期間に集中的総合的に実施するところから,関係地方公共団体の財政負担が急増することになるため,国庫負担・補助割合・地方債などの財政上の特別措置が講じられました。

53 公害に関する苦情・陳情


 公害紛争の迅速かつ適正な解決を図るために行政機関が和解の仲介,調停および仲裁を行なうことなどを定めた公害紛争処理法による公害紛争処理制度は,45年11月1日から発足し,国の紛争処理機関として内閣総理大臣の所掌の下に中央公害審査委員会が,都道府県の紛争処理機関として公害審査会(これを置かない都道府県は,公害審査委員候補者を委嘱する名簿方式を採用。)が設置され,創設以来着実にその成果をあげつつあります。
 なお,中央公害審査委員会と土地調整委員会とを統合して,現行の両委員会の有する権限に加え公害紛争に係る裁定を行なう権限を有する公害等調整委員会を総理府の外局として設置し,国の紛争処理機関の強化を図ることとしております。
 公害問題は,地域住民に密着したものでありますので,地方公共団体が公害に関する住民の苦情陳情を処理しておりますが,近年,その申立ての数は,急激に増加しております。公害苦情処理の重要性にかんがみ,地方公共団体は地域住民からの公害に関する苦情の相談窓口を統一する目的をもって公害苦情相談員制度を設けており,苦情処理体制の整備充実が図られました。
 45年における地方公共団体の公害苦情受理件数は,図でみるとおり,63,443件となっており,前年度の40,854件に比べて22,579件増加し,1.55倍となりここ数年で最高の伸びを示しました。このことは,各種公害の激化という事実を背景として住民意識の盛り上り,また行政機関の側においても,公害苦情相談員を設置するなど住民の公害苦情を解決するために積極的な対策が講じられたためと考えられます。
 公害の種類別にみますと,騒音,振動が35.6%を占め最も多く悪臭,大気汚染がこれにつづいており,都道府県別には,東京都,大阪府などに多く大都市の公害の深刻さを反映しております。

苦情処理,処理件数の推移
苦情受理,処理件数の推移
(資料)41年度~44年度,自治省調べ
    45年度総理府中央公害審査委員会事務局調べ



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