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第1節 

1 利便性の追求と大量生産・大量消費・大量廃棄の始まり−昭和30年代−



 昭和35年に我が国は国民総生産(GNP)でカナダを抜いて世界第5位(旧ソ連を除く)の「豊かな社会」となりました。同年には、池田勇人内閣で「国民所得倍増計画」が閣議決定されました。この政府経済計画は、昭和36年度からの10年間でGNPを2倍に引上げることを目的とするものでした。我が国は原料輸入・設備投資・輸出増大という工程により、国際収支が赤字になることを回避しつつ、政府経済計画を上回る成長率を年ごとに達成し、経済大国へと急成長を遂げていきました。
 一方、同時期の昭和31年には熊本県水俣湾周辺において水俣病の発見があり、昭和43年の政府の統一見解では、それまで不明とされた水俣病の原因をチッソ株式会社のアセトアルデヒド製造工場から排出されたメチル水銀化合物としました。GNPという尺度による豊かな社会、大量生産・大量消費・大量廃棄型の「消費は美徳」という社会は、公害という負の側面をも併せ持ちつつ始まったのでした。
 所得が増加した私たちは、利便性の向上を求めて消費活動に向かいました。これにより暮らしにも顕著な変化が生じました。それは家庭の電化です。当時、高価ながら誰もが欲しがった電化製品が「三種の神器」と称された電気洗濯機・電気冷蔵庫・白黒テレビの3品目でした。当時の都市部の勤労者の平均給与は月給2万数千円でしたが、洗濯機は3万円弱、冷蔵庫が6万円台後半(76リットル)から10万円弱(95リットル)、テレビは9万円弱(14インチ)から20万円(17インチ)と高嶺の花でした。このため、家庭の電化は豊かな生活の象徴となりました。
 電化製品は、それまで女性を家事に縛り付けていた習慣から解放させるものとも考えられ、昭和30年代末には洗濯機・冷蔵庫は約40〜60%の普及率となりました。また、昭和28年にNHKがテレビの本放送を開始し、昭和34年の皇太子殿下(当時)御成婚を機に白黒テレビが一気に普及しました。さらに、昭和39年の東京オリンピック中継を契機にカラーテレビへの買換え需要が起きました。テレビの普及は、視聴者の消費意欲をかき立てることに一役買うとともに、画一的な情報を提供することで、都市型の生活様式が全国に広がることにもつながりました。
 また、急速な技術開発からモデルチェンジが加速され、製品の買換えが進む一方で、まだ使用可能な製品が大量に廃棄されるというライフスタイルも始まりました。

コラム1 家事の省力化



■1960年代
 電化製品の普及、調理済食品や外食産業、家事を肩代わりするサービスなど家事を省力化するものやサービスの充実と利用の増加は女性の家事時間の減少をもたらしました。
 例えば、1960年(昭和35年)から1965年(昭和40年)にかけて、冷蔵庫・洗濯機・掃除機・電気釜が急速に普及し、それまで専ら人手によってまかなわれていた家事を肩代わりし、家事の軽減化を進めました。例えば電気釜については、主婦の家事労働を大幅に減らし、「睡眠時間を1時間延ばした」とも言われたほどの衝撃を与えました。



■1970年代
 1970年(昭和45年)以後の家事時間の減少は、朝8時台から夕方5時台の広い時間帯に及んでおり、家事のあらゆる場面で時間の短縮が進んだことがうかがえます。
 1960年代に家事時間を減らした冷蔵庫や洗濯機は1970年(昭和45年)に、掃除機も1975年(昭和50年)には普及率がほぼ9割に達し、その後は大型化や高機能化が進んだ製品が新たに普及していきました。また、1970年代以後の家事時間の減少には、電化製品の普及に加えて、ファーストフードなどの外食やレトルト食品の利用の普及も貢献しました。
■1980年代以降
 1980年代以降の女性の家事時間の平均を下げている要因として、家事をまったくしない人の増加があります。40〜60代の女性は1965〜2000年まで、ほぼ100%に近い人が家事を行っています。これに対し、30代は1995年(平成7年)までは同様でしたが、2000年(平成12年)には91%に減少しています。さらに、20代は既婚者が他の年代より少ないこともあり、元来より90%強でしたが、2000年(平成12年)には平日で60%となっています。これは20代に仕事を持つ未婚者が増えたためと考えられ、この傾向は30代にも広がりつつあります。
 一方、週休2日制の普及による休日増に呼応して男性の家事時間は増加しています。将来、ワークシェアリングなどにより平日の時短が実現すると、日常的に家事をする男性が増えてくる可能性があります。また、家事を省力化するものやサービスが安価に利用できるようになることで、男女とも家事を行わなくなるという可能性もあります。
〈「日本人の生活時間・2000」NHK放送文化研究所・編より〉

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