環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成30年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部>第2章 地域課題の解決に資する地域循環共生圏の創造>第1節 地域循環共生圏の創造に向けて

第2章 地域課題の解決に資する地域循環共生圏の創造

第1章で明らかになったとおり、我が国が抱える環境・経済・社会の課題は相互に連関・複雑化し、地域社会にも大きな影響を与えています。国全体で持続可能な社会を構築するためには、各地域が持続可能となる必要があります。こうした状況下においては、第五次環境基本計画で示したとおり、各地域がその特性を活かした強みを発揮し、地域ごとに異なる資源が循環する自立・分散型の社会を形成しつつ、それぞれの地域の特性に応じて近隣地域等と地域資源を補完し支え合う「地域循環共生圏」を創造していくことが求められています。そして、この「地域循環共生圏」の具体化に向けた取組は、既に各地で始まりつつあります。

第2章では、地域の強み・弱みを客観的に分析・把握するための考え方を示すとともに、地域循環共生圏の具体化に向けて、地域の再生可能エネルギー資源、自然資源、循環資源等を活用した地方公共団体、民間企業等による具体的な取組を紹介します。

第1節 地域循環共生圏の創造に向けて

1 地域資源を活かした地域循環共生圏の創造

(1)地域資源の維持と質の向上

地域の経済社会活動は、地域の特性に大きな影響を与える地域資源の上に成立しています。地域資源には、その地域のエネルギー、自然資源や都市基盤、産業集積等に加えて、文化、風土、組織・コミュニティなど様々なものが含まれます。

経済社会活動は、これらの地域資源を土台として生み出されています。地域が持続可能であるためには、経済社会活動によって地域資源が損なわれないようにしなければなりません。地域資源が損なわれることで地域の持続可能性に問題が生じた例としては、大気や水等の自然資源が汚染され、地域の人々が激甚な被害を受けた公害がその典型と言えます。逆に、地域資源の質の向上が、経済社会活動の向上につながる可能性があります。

例えば、森林や里地里山の管理等を通じて創出された美しい自然景観、美味しい水、きれいな空気といった良好な環境、歴史的な町並み等の文化的資源や、公共交通を軸とした「歩いて暮らせる市街地」等の地域資源について、その質を向上させることは、人々の生活の質の向上や地域資源を活用している事業の高付加価値化に結び付くと考えられます。

また、地域の多様性と固有性、連携から生まれる独自の文化や付加価値が、日本人が国際社会の中で生きていく上での支えとなるとともに、我が国の成長エンジンになり得ることを踏まえれば、我が国の社会全体の向上の観点からも、地域の多様性の源泉となる地域資源を維持した上で質を向上させることが重要であると考えられます。

(2)地域循環共生圏の意義

各地域は、その特性を活かしながら、環境・経済・社会の統合的向上に向けた取組の具体化を自立的に進めていくことが求められますが、広域にわたって経済社会活動が行われている現代においては、各地域で完全に閉じた経済社会活動を行うことは困難です。すなわち、重点戦略に位置付けられた施策の実施等を通じて経済社会システム、ライフスタイル、技術といったあらゆる観点からイノベーションを創出するとともに、各地域がその特性を活かした強みを発揮し、地域ごとに異なる資源が循環する自立・分散型の社会を形成しつつ、それぞれの地域の特性に応じて近隣地域等と共生・対流し、より広域的なネットワーク(自然的なつながり(森・里・川・海の連環)や経済的つながり(人、資金等))をパートナーシップにより構築していくことで地域資源を補完し支え合うことが必要と言えます。

特に、都市と農山漁村は補完的な関係が顕著であり、各地域がそれぞれの地域の特性に応じて異なる資源を循環させる自立・分散型の社会を形成しつつ、都市と農山漁村が相互補完によって相乗効果を生み出しながら経済社会活動を行う「地域循環共生圏」の創造が、環境・経済・社会が統合的に向上した持続可能な地域を実現する上で重要であると考えられます。

新たなアプローチとしての「地域循環共生圏」の創造は、農山漁村のためだけにあるのではなく、都市にとっても、農山漁村からの農林水産品や自然の恵み(生態系サービス)等によって自らが支えられているという気付きを与え、農山漁村を支える具体的な行動を促すことにもつながります。すなわち、「地域循環共生圏」は、農山漁村も都市も活かす、我が国の地域の活力を最大限に発揮する考え方であると言えます(図2-1-1)。

図2-1-1 地域循環共生圏の概念図

これらを踏まえた「地域循環共生圏」の創造の要諦は、地域資源を再認識するとともに、持続可能な形で最大限活用することです。時に見過ごされがちだった各地域の足元の資源に目を向けて価値を見出していくことが、地域における環境・経済・社会の統合的向上に向けた取組の具体化の第一歩となります。

2 地域の強み・弱みを知る「地域経済循環分析」

(1)地域経済循環分析とは

環境省では、環境政策を通じた地域の経済的・社会的な課題解決を図る観点から、地方公共団体等における政策立案等の支援を目的として、地域の経済循環構造を把握する「地域経済循環分析」を開発し、2017年7月からウェブサイト上で分析資料を自動作成するツールを提供しています。

地域経済循環分析は、「生産された価値が分配され、支出(消費、投資等)により再び生産へと循環する」という地域における一連の資金の流れ「経済循環構造」を、様々な経済指標から「見える化」して地域の産業・経済の全体像を把握する「地域経済の健康診断」です。この分析を用いることで、これまで統一的な経済指標が少なく定量的な分析が難しかった市町村単位の経済循環構造を把握することが可能になります(図2-1-2)。さらに、複数の市町村を任意に組み合わせて都市圏・商圏・流通圏単位等でまとめた分析も可能で、地域間連携等の検討にも活用することができます。

図2-1-2 地域の所得循環構造

分析に用いる指標として、生産面(生産額、付加価値額等)、分配面(雇用者所得額等)、支出面(域際収支額、民間消費・民間投資・エネルギー代金の流出入等)の経済指標に加えて、地域内の他産業に対する影響力や生産誘発額、エネルギー消費量等のデータを産業別に備えています。各指標から把握可能な分析結果の例として、生産面では、生産額から「産業の規模」、付加価値額から「粗利益(所得)」を把握することで、「機材や原材料を地域外から調達している割合が高い産業においては、規模の大きさが地域の所得につながる訳ではない」といった結果が見えてきます。また、分配面では雇用者所得額から「雇用者所得が高く、地域住民の生活を支えている産業」、支出面では域際収支額から「地域外から稼いでくる力のある産業」、民間消費・民間投資・エネルギー代金の流出額から「関連する政策を実施した場合に、地域内に環流できる資金の規模」等の結果を把握することができます。さらに、これらの指標を組み合わせることで「地域の主力となる産業」といった、より深い分析を行うことが可能です。

(2)地域経済循環分析の意義 〜地域資源の価値を発見し、地域経済循環を拡大する〜

「地域経済循環分析」は、生産だけでなく分配・支出(消費、投資、域際収支)にまで視野を広げ、地域内・地域間の資金の流れを明らかにすることで、地域経済の循環の特徴を把握するものです。

具体的には、生産・分配・消費・投資・域際収支の各面において、域外の資金を獲得できる産業とその規模、最終消費財の生産に必要な部品や原材料等の中間投入の域内調達割合等が分かることで、地域経済の強みが定量的に明らかになります。例えば、地域資源を活用している産業や、地元資本の中小企業が集積する地場産業の場合には、地域内の企業から部品や材料を調達することなどにより、地域内への経済波及効果が大きくなると考えられます。

また、域外へ流出する資金を突き止めることで、地域経済循環における課題を抽出することができます。この課題を解決して地域経済で循環する資金を拡大するには、持続可能な範囲で地域資源を利活用し、域外の資金をより多く獲得するとともに、地域からの資金流出を低減させることが必要です。

地域資源には、社会インフラや農林水産物等の定量的なものから、文化・伝統、地域コミュニティ等の社会関係資本等の定量的に図ることが困難なものまで、様々なものがあります。このような地域資源は、地域外の人にとっては新鮮であっても、地域住民にとっては「当たり前の存在」であるため、有効に活用されないまま埋もれていることも多々あります。地域資源は、資金の投入により維持、向上していく側面もあり、それが地域資源を活用した事業者の事業継続や、財・サービスの高付加価値化につながり、結果として地域経済の強みを強化していくことになると考えられます。本分析を通じて地域資源の価値を再発見し、その地域資源を最大限活用して地域経済循環を拡大させることが重要です。

(3)地域エネルギー収支の改善による地域経済循環の拡大

例えば、再生可能エネルギーのエネルギー源は、太陽光、風力、水力、地熱など、基本的にその土地に帰属する地域条件や自然資源であるため、その導入ポテンシャルは、都市部より地方部において高くなっています。他方で、各地域のエネルギー代金の収支を見てみると、2013年時点で9割を超える自治体において地域のエネルギー収支が赤字となっており、地域外に資金が流出している状況にあります(図2-1-3)。今後、特に地方部でポテンシャルが豊富な再生可能エネルギーの導入を始めとした気候変動対策により地域のエネルギー収支を改善することは、足腰の強い地域経済の構築に寄与し、地方創生にもつながるものです。

図2-1-3 各自治体の地域内総生産に対するエネルギー代金の収支の比率(2013年)

生産・消費等の経済活動の在り方は、温室効果ガスの排出を始めとする環境負荷の発生の在り方と密接に関係しており、その関係性によっては環境保全の取組が経済的課題の解決につながることがあります。発見した地域資源を活用した環境保全型・持続型の地域づくりを通じて、地域の経済的課題の解決にも資することが期待されます。

以下では、この地域経済循環分析の結果も踏まえた、地域経済循環の拡大に向けた取組を紹介します。

事例:地域資源を活用したコミュニティビジネスを支援する「東近江三方よし基金」(滋賀県東近江市)

滋賀県東近江市では、2013年時点でエネルギー代金約294億円が地域外に流出しており、その規模は市の総生産の約6.6%となっています。また、エネルギー代金の流出の内訳では、石油・石炭製品の流出額が最も多く、次いで電気の流出額が多いことが分かります。また、民間消費も地域外に流出しており、その規模は市民の消費額の2割に上ります。さらに、2010年時点では、投資も地域外に流出していました。

こうした分析結果を踏まえて、同市では、「市民が豊かさを感じる地域共生型社会」(第2次東近江市環境基本計画)を目指し、「地域資源の活用」、「地域資源の見直し、保全・再生」、「地域資源をつなぐ仕組みづくり」を政策の基本方針に掲げ、地域資源を活用して市内だけでなく市外とも共生の関係性をつなぐ事業に取り組んでいます。

具体的には、地域の金融機関、事業者、NPO、行政等が参加した「東近江三方よし基金」を設立し、基本方針に基づく様々な活動の資金調達を支援しています。また、市民、事業者、行政、専門家等が対等の立場で参加し、共通のテーブルで将来像の実現に向けた環境基本計画の進捗管理や普及啓発等を行う「東近江市環境円卓会議」を設置し、低炭素社会構築に向けた自然の恵みを生かした再生可能エネルギーの普及と省エネルギーの仕組みづくり、食や木材の地産地消、生態系ネットワーク及び地域の人と自然とのつながりの再生を図ることを目指し、様々な主体との連携強化を行いながら、実際のプロジェクトの支援を進めています。

こうした仕組みにより、「東近江市エコツーリズム推進協議会」による地域資源の掘り起こしやエコツーリズムの提案・情報発信、「森おこしプロジェクト」によるイヌワシのすむ森づくりの実現や森林資源を活用したコミュニティビジネスの支援といった具体的な事業に取り組んでいます。

「東近江三方よし基金」の概要
東近江市の地域経済循環分析結果

事例:豊富な森林資源を活用した「森林未来都市」(北海道下川町)

北海道下川町では、2013年時点でエネルギー代金が約9億円域外に流出しており、その規模は町の総生産の約6.3%となっています。また、エネルギー代金の流出では、石油・石炭製品の流出額が最も多く、次いで石油・原油・天然ガスの流出額が多いことが分かります。

こうした結果を受け、同町では、地域に豊富に存在する森林資源を有効に活用し、再生可能エネルギーによるエネルギー代金の地域内経済循環に取り組んでいます。

同町は、「下川町バイオマス産業都市構想」において「(化石燃料等の)代替エネルギーのための資源としてバイオマスの有効活用と最適化を図り、地域特性を最大限活かしたバイオマス産業を創出する取組を加速化させる」こととし、2017年度までに30か所の町営施設に11基の森林バイオマスによる熱供給を導入してきました。中には、集住化や温室ハウスなど複数の施設に対する地域熱供給システムも実現し、町全体の熱エネルギー需要の約49%を自給しています。

下川町一の橋バイオビレッジの地域熱供給

また、化石燃料から森林バイオマスへの燃料転換により節約できた町の燃料代を活用し、保育料軽減、学校給食費補助、医療費扶助(中学生まで医療費無償)等を実施しています。2016年度には、バイオマスボイラーの導入により約1,900万円の燃料費を削減し、そのうち800万円を子育て支援に活用しました。同町では、2008年から2015年度にかけて森林バイオマスの町内での生産額が年間約1,000万円から約4,500万円へと増加していますが、2015年でみると、森林バイオマス生産に付随して町内の運輸部門からの調達量が約500万円、林業部門からの調達量も約800万円発生しています。これらは全て町内での生産と消費であり、再生可能エネルギーの導入という環境面の取組が地域内経済循環力を高めた好例と言えます。

また、同町はSDGsを活用した持続可能な地域発展を目指しており、政策の目標設定や進捗管理のために町独自の産業連関表を活用し、地域経済循環を分かりやすく表現した「地域経済需給ポートフォリオ」を作成しています。全国的な地域経済循環分析ツールの利用のみならず、町の強みや産業構造を加味した分析を行うことで、より政策を正確に打ち出すことができます。

このような取組等が評価され、同町は、第1回ジャパンSDGsアワードにおいてSDGs推進本部長(内閣総理大臣)賞を受賞しました。

下川町の地域経済循環分析結果