環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成28年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部パート3第2章>第2節 「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクト

第2節 「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクト

1 「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトの概要

 前節で述べた森里川海を取り巻く状況を認識し、改善していくために、環境省と有識者からなるプロジェクトチームを発足し、平成26年12月に「つなげよう、支えよう森里川海プロジェクト(以下「森里川海プロジェクト」という。)」を立ち上げて、地方公共団体、有識者、先進的な取組を行っている方々等との対話及び議論を行いました。同プロジェクトチームでは、その結果を基に、森里川海プロジェクトの目標と踏まえるべき基本原則(図2-2-1)や取組の方向性をまとめ、平成27年6月には中間取りまとめとして公表しました。


図2-2-1 森里川海プロジェクトの目標と踏まえるべき基本原則

2 森里川海プロジェクトに関する取組

(1)政府の取組事例

 森里川海をつなぎ、支える具体的な取組について、以下では国が支援等を行っている事例を紹介します。

ア 森里川海をつなぎ、生物多様性の回復を促す取組

 環境省は、球磨(くま)川(熊本県)の生態系を回復する事業に生物多様性保全回復施設整備交付金を交付しています。昭和29年に球磨(くま)川に建設された荒瀬ダムは、企業や家庭の電力供給源の役割を果たして来ましたが、役目を終えたとして、平成24年度から熊本県により撤去が行われています(写真2-2-1)。本事業では、荒瀬ダムの撤去及び堆積した泥土等の除去及び動植物種等のモニタリング支援を行っています。


写真2-2-1 荒瀬ダム撤去工事の様子

 荒瀬ダム周辺は、環境省の「日本重要湿地500」に選定されている球磨(くま)川河口に近接し、生物多様性の保全上重要な地域です。ダムの撤去工事の進捗に伴い、ダムの上流域と下流域のつながりが回復し、流水環境が戻りつつあります。例えば、熊本県による環境モニタリング調査によると、ダム撤去前湛(たん)水区間において、平成16年に10種しか確認できなかった底生動物が、平成26年には69種に増加したことが確認されています。

イ 森里川海の中で遊ぶ子どもの復活に向けた取組

 子どもたちが森里川海の中で遊ぶことで自然を身近に感じ、その恵みを知り、共に生きる知恵を学ぶ機会を増やすことは、豊かな森里川海を将来世代に引き渡し、継承していく上で重要です。環境省では、国立公園等において子どもたちを対象とした「森・里・川のつながり自然体験キャンプ」等、37件の自然体験行事を実施しました(写真2-2-2)。また、年間を通じて子どもたちに自然体験活動を教育的視点を持って提供している団体を「自然学校」と定義し、全国約618の自然学校の情報を取りまとめ、今後ウェブサイトで公開する予定です。


写真2-2-2 自然体験行事の様子

ウ MY行動宣言

 第1節で述べたとおり、私たちの自然の恵みの使い方によって森里川海はその豊かさが持続したり、逆に劣化したりします。そのため、日々の暮らしの中で森里川海の恵みを意識し、持続可能な利用をするとともに、森里川海を支える社会づくりを実現することが重要です。

 環境省が事務局を務める「国連生物多様性の10年委員会(UNDB-J)」では、MY行動宣言を呼びかけており、日々の暮らしを見直すことを目的に「たべよう」、「ふれよう」、「つたえよう」、「まもろう」、「えらぼう」という5つの行動を推奨しています。このうち、「たべよう」と「えらぼう」は、食と消費という最も身近な行動です。「たべよう」は、地元でとれた食材や旬の食材を食べることを推奨するもので、その土地とのつながりを感じるだけでなく、地元の農業や水産業の支援となります。また、遠方から輸送される食物を食べるより、エネルギーの節約、CO2の排出抑制につながります。「えらぼう」は、環境に優しい食材や商品等を選択して購入することを推奨するものです。環境に優しい商品等を選ぶことは、日々の暮らしを通じて、環境に配慮している生産者や事業者を応援し、森里川海をつなぎ支える社会づくりに貢献します。

(2)全国リレーフォーラム及び先進的な取組事例

 「森里川海を豊かに保ち、その恵みを引き出す」及び「一人ひとりが、森里川海の恵みを支える社会をつくる」という森里川海プロジェクトの目標を実現していくためには、国民全体の理解が必要不可欠です。そのため、環境省は、平成27年10月から全国約50か所でリレーフォーラムを開催しました(写真2-2-3)。リレーフォーラムには延べ約4,000人の参加者があり、各地域の課題や先進的な取組が報告・共有されるとともに、ワークショップ形式で多くの貴重な意見が集まりました。ここでは、リレーフォーラムで報告された先進的な取組を二つ紹介します。


写真2-2-3 森里川海全国リレーフォーラムキックオフイベントの様子

ア 芸北せどやま再生事業

 地域資源の持続的な活用と地域活性化の好循環を行い森里川海を支える事例として、広島県山県郡北広島町芸北地域における芸北せどやま再生事業があります。ここでは、地域資源である木が売れず、林業の担い手や知識のある人の減少という課題を抱えており、これに対処するため、地域通貨を利用して木材を流通させる仕組みを作りました(図2-2-2)。


図2-2-2 芸北せどやま再生事業のしくみ

 この流れは、同事業に登録している地域の林業家(本事業では「林家(りんか)さん」と呼称)が、せどやま再生協議会が定期的に開く「せどやま市場(いちば)」に落葉広葉樹を持ち込むところから始まります。広葉樹は、通常チップ用材では5,000円で買い取られますが、「せどやま市場(いちば)」では6,000円分の地域通貨で買い取られます。地域通貨を受け取った林家(りんか)さんは、地域の商店で使用し、商店はせどやま市場(いちば)で換金することができます。一方、買い取られた木は薪(まき)やホダ木として地域内外に販売されます。加えて町では「薪活(まきかつ)!」という、薪を使った豊かな生活を提案する取組を行い、木の消費地拡大を図っています。また、小学校教育の一環として、木の搬出とその分の地域通貨の利用体験授業を通じた後継者育成も行われています。せどやま再生事業は「山と消費者をつなぐ」仕組みで、これにより、地域の中での経済、木の流れ、地域外からのお金の流れの三つの流れが生まれています。

 木という地域資源をエネルギーや資材として活用することで、森林の適切な管理を行い、地域経済をうまく循環させている形は、森里川海プロジェクトの目指す姿の一つです。

イ ブリの森づくりプロジェクト

 流域圏でつながった地域が一つにまとまり、保全活動を行うことで森里川海を支えている事例として、神奈川県小田原市を中心に活動しているブリの森づくりプロジェクトがあります(写真2-2-4)。同プロジェクトでは、「森の再生からブリの来るまち」という将来像を合い言葉に、小田原蒲鉾協同組合や鮮魚商組合、森や里地里山の保全活動を行っている民間団体、小田原市等14団体が集まり、小田原の森里川海の保全や、これらの自然に育まれた文化の継承に関する活動を行っています。なお、この合い言葉は、かつて相模湾において、ブリ漁が盛んに行われていたことに由来します。箱根山から足柄平野の田園を潤す酒匂(さかわ)川、その急流により真水と砂が流れ込んだ相模湾までの地域では、ブリの他、かまぼこ、ミカン、寄木細工、木工業等の恵みがもたらされ、小田原市の発展の基礎となりました。同プロジェクトの構成団体は、それぞれが枝打ち・間伐等による森林整備やブナ林の再生(実施者:小田原山盛の会)、渓畔林再生とモミジの里づくりや川遊び探検(実施者:森林ボランティア団体「小田原森のなかま」及び美しい久野里地里山協議会)、地元産材の蒲鉾板や建築物への活用(実施者:小田原蒲鉾協同組合及び個人林業「辻村山林」)等を行うとともに、共同事業として森里川海のつながりを市民に伝えるイベント等を実施しています。


写真2-2-4 ブリの森づくりプロジェクトにおける森林整備の様子

 酒匂(さかわ)川の流域の各エリアの人々が下流に当たる相模湾のブリを思うことで、緩やかなつながりを持ち、「森の再生からブリの来るまち」という同じ将来像の下で取組を進め、それを文化・産業等の地域づくりにもつなげるという形は、森里川海プロジェクトの目指す姿の一つです。

3 森里川海プロジェクトの目標の実現に向けて

 環境政策が重視すべき方向性として、第四次環境基本計画では、環境、経済、社会の統合的向上が示されています。人口減少や少子高齢化の進行といった我が国の課題を踏まえ、低炭素・循環・自然共生を相互に連携させ、環境、経済、社会の統合的向上を図るためには、地域ごとに存在する多様な資源がその地域で循環する自立・分散型の社会を形成しつつ、各地域の特性に応じて地域が相互に補完し支えあう「地域循環共生圏」の構築が必要です(図2-2-3)。森里川海の恵みを享受している国民一人一人がその恵みを意識し、国民全体で森里川海のつながりとその恵みを支えていくという森里川海プロジェクトの目標の実現は、この地域循環共生圏の実現に寄与するものです。


図2-2-3 地域循環共生圏のイメージ

 また、パート1第2章で述べたように、温室効果ガスの2030年度(平成42年度)及び2050年(平成62年)の削減目標の達成が求められていることを踏まえると、国外資源に過度に依存する生産や生活のスタイルを見直し、国内資源の適切な利用を促進することで、輸送エネルギー等の節約を行い、CO2の排出抑制につなげることがますます重要です。そのためには、我が国の自然資本を適切に管理しつつ、その「利子」である恵みを有効かつ持続的に活用する社会への移行が必要と言えます。この社会への移行は、海外依存により流失していた資金を国内で循環させることになり、国内、そして地域経済の活性化にもつながります。

 前項で述べた全国リレーフォーラムでは、多くの参加者から、今後のアクションとして、「森里川海のつながりの保全・再生」、「取組の連携」、「つなぐ人」、「稼ぐしくみ」、「知る-意識する-伝える-体験する」等のキーワードが寄せられました。地域の個別の取組が進められている中で、取組と取組、人と人、取組と人を「つなぐ」仕組み作りが求められていると言えます。森里川海プロジェクトでは、まず、地域で活動する団体、個人、専門家等がつながり、地域の実情にあった活動方針やプログラムを検討し、これを国全体の考え方にも反映できる「ボトムアップ」による取組を提案しています。多様な主体が森里川海のつながりを回復する取組に参画していくことで、森里川海プロジェクトの目標である「森里川海を豊かに保ち、その恵みを引き出す」及び「一人ひとりが、森里川海の恵みを支える社会をつくる」の実現が可能となります。