環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成28年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部パート3>第2章 恵み豊かな森里川海をつなぎ、支える社会に向けて>第1節 森里川海から得られる自然の恵みとその危機

第2章 恵み豊かな森里川海をつなぎ、支える社会に向けて

 持続可能な開発のための2030アジェンダでは、「我々は、社会的・経済的発展の鍵は、地球の天然資源の持続可能な管理にあると認識している。よって我々は、大洋、海、湖の他、森林や山、陸地を保存し、持続的に使用すること及び生物多様性、生態系、野生動物を保護することを決意する」と述べられています。これはすなわち、私たちの暮らしが空気や食料を始めとした様々な自然の恵み(生態系サービス)に支えられており、それを将来にわたって持続的に得ていくためには、それを生み出す森里川海といった生態系の保全が重要であることが再認識されたものと考えられます。

 特に我が国では、多様な気候や複雑な地形の下、水や栄養分が循環し、各々の流域で、森里川海等の多様な生態系を形成しながら水や空気、食料、自然体験等、様々な自然の恵みを私たちにもたらしてきました。本章では、こうした我が国の森里川海を取り巻く状況に焦点を当て、生物多様性及び生態系サービスの現状や、その維持回復の取組について取り上げます。

第1節 森里川海から得られる自然の恵みとその危機

 前述したように、我が国では、その多様な気候や地形により、森里川海といった多様な生態系が形成され、その中で多くの生き物が生息・生育し、生物多様性が維持されるとともに、豊かな自然の恵みがもたらされてきました。私たちの祖先はその大切さを十分に体感してきたがゆえに、自然の恵みを持続的に得るため、里地里山においては農林漁業といった形で継続して適度に自然に手を加える一方、水源地等は神が宿る場所として手を付けずに守ったり、河川の氾濫時に緩衝地帯となる氾濫原等については、それらの場所の脆(ぜい)弱性を世代を超えて地名や伝承として伝え、利用を控えたりするなどしてきました。そうした知見や取組により、多様性に富む国土の特質や自然の恵みを最大限にいかすとともに、時に牙をむく自然災害の影響をできるだけ小さくしつつ、人々は自然と共生する方策を探りながら暮らしてきました。

 しかしながら、私たちが生きるために必要な自然の恵みを与えてくれる森里川海とそのつながりは現在、大きな危機に直面しており、その結果、そこから得られる様々な自然の恵み、すなわち生態系サービスにも大きな影響が生じていることが分かってきました。

 環境省生物多様性及び生態系サービスの総合評価に関する検討会が平成28年3月に公表した、第2回目となる「生物多様性及び生態系サービスの総合評価」(Japan Biodiversity Outlook 2、以下「JBO2」という。以下、JBOについて同じ)では、過去50年間における、我が国の生物多様性及び森里川海等の生態系から生み出される生態系サービスについて評価を行いました。以下、JBO2で示された内容について説明します。

1 生物多様性の概況

 JBO2で示された現在の生物多様性の概況については、平成22年に公表した第1回目のJBOから大きな変化はなく、依然として長期的には生物多様性の状態は悪化傾向にあるとしています。また、その主な要因についても、[1]開発等の人間活動、[2]自然に対する働きかけの縮小、[3]外来種や化学物質等人により持ち込まれたもの、[4]地球環境の変化の四つを挙げています。

 各々の事例を紹介すると、[1]としては、高度経済成長期以降の開発により、我が国の森林、農地、湿原、干潟といった生態系の改変が進んだ結果、これまでに干潟の面積の約40%が消滅したことや、河川横断施設等が上流と下流、河川と海との連続性に対して影響を与えており、河川の連続性の低下は河川を遡上する生物の移動を妨げる可能性があるといったことが挙げられています。また、現在までに我が国で絶滅が確認されている26種の生物は、開発や乱獲が絶滅の原因とされています。[2]としては、農地、草原等の、人間が自然に働き掛けることにより形成されてきた里地里山といった二次的自然の減少があります。例えば、二次草原の減少が、草原性の鳥類、チョウ類等を大幅に減少させる要因となっています。[3]としては、例えば、アライグマ等による農業被害が増加しているように、外来種による影響が危惧されています。[4]としては、高山植物の花の時期と、その高山植物を授粉するマルハナバチ類の発生時期といった「生物季節」のタイミングがずれつつあることや、サンゴが海水温の上昇等の影響を受けるため、沖縄島周辺海域におけるサンゴ被度が近年では平均で7.5%にまで減少した事例、また、主に高山帯に生育し、夏の気温との相関が高いハイマツの長枝の伸長量について、0.72~1.1mm/年ずつ増加し、少なくとも過去20年間で60%も伸長速度が増えている事例が報告されています。このハイマツに関する変化は、このことが他の高山植物との競争においてハイマツを有利にし、結果として他種に悪影響を及ぼすおそれもあります。

2 生態系サービスの概況

 JBO2は、私たちの暮らしを支えている様々な自然の恵み、つまり生態系サービスについて、その多くは、過去と比較して低下又は横ばいで推移していると結論付けています。

 特に、生態系サービスの一つである供給サービスのうち、農作物や水産物、木材等の中には大きく低下しているものがあると報告しています。そして、その要因は供給側と需要側の双方にあり、前者としては過剰利用(オーバーユース)や生息地の破壊等による資源状況の劣化等を、後者としては食生活の変化や食料・資源の海外からの輸入の増加等による資源の過少利用(アンダーユース)を挙げています。

 例えば、水産資源について見ると、海面漁業の漁獲量はピーク時の30%、内水面漁業の漁獲量はピーク時の20%程度に低下しています(図2-1-1)。また、我が国周辺水域全体での資源評価においても、資源評価対象魚種52業種・84系群のうち約50%が過去の資源量に対して低位な状態として評価されています。さらに、戦後大きく減少した藻場・干潟に依存してきた魚種の漁獲量も減少しています。JBO2では、関連学会の運営委員等の有識者等に対してアンケートを実施し、その結果を分析して、我が国で川や海から得られる生物資源についてオーバーユースが資源状態の劣化の一つの原因であると評価しています。


図2-1-1 海面漁業・内水面漁業の漁獲量の推移

 一方で、木材資源については、アンダーユースと評価しています。日本の国土の約3分の2を占める森林の多くは、林業等を通じて人の手により守り育てられてきました。しかしながら、海外からの木材の輸入量が増加した一方で国産木材の使用量が減少し、林業生産活動が低迷したため、手入れが十分に行われていない森林も見られます。このような森林が増加すれば、山崩れ等の災害の防止や水源涵(かん)養機能、二酸化炭素(CO2)吸収源としての働きといった生態系サービスの一つである公益的機能の発揮に支障が生じる懸念があります。

 同様に、里地里山といった二次的自然においても生態系サービスの劣化が起こっています。これらの地域においては、地域資源の持続可能な利用とこれに伴う管理により、我が国の里地里山固有の生物が生息・生育する豊かな生態系が維持されてきました。里地里山の多くは薪炭林として利用されてきましたが、化石燃料の普及に伴う薪炭の使用量の激減(図2-1-2)により維持管理がなされなくなり、森林の遷移等が進み、林床に日光が届きにくくなったことからその環境が変化した結果、固有の生物が絶滅の危機に瀕(ひん)しています。


図2-1-2 薪炭の生産量

 農作物についても、食生活の変化や輸入の増加等により国内の生産量は減少しています。例えば、水稲、小麦、大豆等の生産量は近年、昭和35年度から40年度のピーク時の45~60%まで低下しています。また、日本の食料自給率(カロリーベース)は、昭和40年度の73%が平成26年度で39%まで低下しています。国内での食料の生産減少に伴い、耕作放棄地が増加(図2-1-3)しており、全国の耕作放棄地率(耕作放棄地面積/耕地面積+耕作放棄地面積)は平成22年時点で約7.9%(約39.6万ha)となっています。


図2-1-3 耕作放棄地面積の推移

 このような管理放棄等の里地里山における人間活動の低下は、農作物等に対する鳥獣被害拡大の一因となり、さらにこの鳥獣被害が営農意欲の低下や耕作放棄地の増加をもたらすという悪循環を招くなど、野生動物と人との軋轢(あつれき)を生んでいます。

 生態系サービスについては量のみでなく、その質の変化も起きています。例えば、我が国における各食品目の消費傾向をみると、食料や資源の国際間の流通拡大が進んだ結果、地域間での違いが縮小し、地産地消が基本であった昔と比べて食文化等が全体的に均一化する方向で進んでいます。これは、生態系サービスのうち、伝統的知恵や価値観等、自然に根ざした地域の恵みと一体不可分であった「文化的サービス」が失われつつあることを示唆しています。

 さらに、我が国における海外の生態系への海外依存の高さは国際的に見ても顕著であることも報告されています。私たち人間の消費活動により生じた環境への負荷を、その消費を賄うために必要な土地面積に換算して表したエコロジカル・フットプリントという指標があります。我が国の輸入に関わるエコロジカル・フットプリントは、我が国の持続可能な形での生産量上限値と比較して約2.4倍に上っており、大きく海外に依存しています。こうした資源の海外依存は、前述した国内の生態系サービスのアンダーユースを招き、その劣化につながっている場合があるほか、海外からの輸送に伴うCO2排出量増加にもつながっています。日本の食料や木材等の国内資源の潜在的な供給可能性を考慮し、持続可能な社会を目指すためには、過度な海外依存を解消し、バランスの取れた計画的な国内資源の利用が求められます。

 また、生態系サービスの一つである自然とのふれあいは健康の維持増進に有用であり、精神的・身体的に正の影響を与えます。例えば、川崎市・横浜市を対象地とした調査では、地域の自然度と身体・精神の不健康度の相関関係を調べたところ負の相関が見られたという報告がJBO2では示されています。このような健康維持増進効果は森林浴からも得られるとされ、近年では森林セラピーの取組も進められていることも報告されています。

 しかしながら、都市化の進展により、子どもの遊び等の日常的な人々と自然とのふれあいが減少しています。小学生(回答者は保護者)、中学2年生、及び高校2年生計約2万6,000人を対象に、独立行政法人国立青少年教育振興機構が実施した「青少年の体験活動等に関する実態調査」を見ると、学校授業や行事以外で昆虫や水辺の生物を捕まえる活動を「何度もした」と回答した小学生(回答者は保護者)、中学2年生、及び高校2年生の割合は、平成18年には27.4%であったところ、年々低下し、平成24年には19.8%となっています。これは、子どもにとって、自然を通じてでしか得ることのできない知恵や知識を習得する機会の減少を示唆しています。ただし、JBO2では同時に、エコツーリズム等、新たな形で自然や農山村とのつながりを取り戻す動きが近年増えていることも報告しており、現在では多くの人が自然に対する関心を抱いていることも示しています。