環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成28年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部パート1第2章>第5節 長期的な目標を見据えた戦略的取組

第5節 長期的な目標を見据えた戦略的取組

 本章のこれまでの節では、主に中期目標の達成に係る取組や対策を述べてきました。一方、パリ協定においては「今世紀後半の温室効果ガスの人為的な排出と吸収の均衡」が掲げられました。我が国は、パリ協定を踏まえ、全ての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際枠組みの下、主要排出国がその能力に応じた排出削減に取り組むよう国際社会を主導し、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、長期的目標として2050年(平成62年)までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指します。

 このような大幅な排出削減は、従来の取組の延長では実現が困難です。したがって、抜本的排出削減を可能とする革新的技術の開発・普及等、イノベーションによる解決を最大限に追求するとともに、国内投資を促し、国際競争力を高め、国民に広く知恵を求めつつ、長期的、戦略的な取組の中で大幅な排出削減を目指し、また、世界全体での削減にも貢献していきます。また、長期的な温室効果ガスの大幅削減に向け、「エネルギー・環境イノベーション戦略」が示す革新的技術開発はもとより、技術の社会実装、社会構造やライフスタイルの変革等、長期的・戦略的取組について、引き続き検討していきます。

気候変動長期戦略懇談会

 社会構造の変革等に関しては、第四次環境基本計画でも「更なる長期的・継続的な排出削減を目指し、社会経済のあらゆるシステムを構造的に温室効果ガスの排出の少ないものへ抜本的に変革させることが必要な状況となっている」と記述されています。こうした背景を踏まえて、温室効果ガスの長期大幅削減の実現と、我が国が直面する構造的な経済的・社会的課題の同時解決を目指し、幅広い分野の有識者から構成される、環境大臣の私的懇談会である「気候変動長期戦略懇談会」(座長:大西隆・豊橋技術科学大学学長)が平成27年10月に開催され、その提言「気候変動長期戦略懇談会提言~温室効果ガスの長期大幅削減と経済・社会的課題との同時解決に向けて~」が平成28年2月に取りまとめられました。以下では、その内容を紹介します。

 これまで、地球温暖化対策は経済に悪影響を及ぼすなど、地球温暖化対策の推進と他の公益の推進が矛盾するとの見方がありましたが、同懇談会では、地球温暖化対策の推進によって他の経済・社会的課題の解決に結び付く可能性があるとの考え方が提示されています。すなわち、同提言では、2050年(平成62年)に80%の温室効果ガス削減を実現した社会の一例として、可能な限りのエネルギー需要を削減し、エネルギーの低炭素化を図り、電化を促進する絵姿を紹介し(図「長期大幅削減の方向性の一例」参照)、その実現のためには、「現状の延長線上、すなわち既存の社会構造を前提に個々の対策を積み上げるのみならず、社会構造全体を新しく作り直すための破壊的なイノベーション(社会構造のイノベーション)が必要である」としています。それは、生活の質の向上を目指し、もう一段の「高み」の魅力を持ったライフスタイルの在り方を考えることになる、と指摘しています。


長期大幅削減の方向性の一例

 他方、同提言では、かつて経験したことのない人口減少・高齢化社会、地方創生、新興国の台頭等による我が国の国際社会における存在感の低下等、我が国が抱える様々な経済・社会的課題を解決するためにも、社会構造のイノベーションが必要と記述しています。特に経済面では、新規事業の創造や製品のブランド化等で収益性を高め、経済全体の高付加価値化を図ることが必要としています。また、「イノベーションによって新しい付加価値を生み出し、持続的な成長を確保する。『より安く』ではなく、『より良い』に挑戦する、イノベーション型の経済成長へと転換しなければなりません」と述べた、第190回国会における安倍総理の施政方針演説(平成28年1月22日)の考え方と同様としています。

 その上で、同提言では、この二つの社会構造のイノベーションについては、我が国より一人当たりGDPが多い先進国のほぼ全てで、GDP当たりの温室効果ガス排出量(炭素生産性)を大幅に向上させていることなどを紹介しつつ(図「GDP当たりの温室効果ガス排出量の削減率(炭素生産性の向上率)とGDP成長率との関係」参照)、パリ協定の合意を受けて世界全体に巨大な低炭素市場の創出(「グリーン新市場の創造」)が広まっていくことが想定されること、生活の質を高め経済の高付加価値化を目指す必要があること、化石燃料の輸入削減を通じたエネルギー収支の改善が地方創生に結び付くといった面で、それぞれの方向性の親和性は高いことを指摘しています。そして、「2050年(平成62年)80%削減を目指した気候変動対策を、我が国の経済・社会の課題解決のためのイノベーションの『きっかけ』と期待できる」と指摘しています。


GDP当たりの温室効果ガス排出量の削減率(炭素生産性の向上率)とGDP成長率との関係

 このような長期的な温室効果ガスの大幅削減に向けた社会構造の変革についての議論は始まったばかりであり、同提言も、人々の考えの一助となる一例として提示されました。今後は、国民に広く知恵を求めていくことが重要と考えられます。