環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成24年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部>第4章 世界をリードするグリーン成長国家の実現に向けて>第1節 グリーン経済とグリーン・イノベーション

第4章 世界をリードするグリーン成長国家の実現に向けて

 第1章で見たとおり、リオ+20では「持続可能な開発及び貧困根絶の文脈におけるグリーン経済」がテーマの一つとなっており、2011年には、国連環境計画UNEP)が「グリーン経済」を発表、経済協力開発機構(OECD)が「グリーン成長に向けて」を採択しています。また、2010年のG20ソウル・サミット文書、2010年のAPEC首脳の成長戦略、2011年のG8ドーヴィル・サミット首脳宣言においても、グリーン経済・グリーン成長に係る記述が盛り込まれており、グリーン経済・グリーン成長の実現に向けた取組は、昨今の国際的な潮流となっています。

 こうした潮流を踏まえ、第4章第1節では、グリーン・イノベーションに関する世界と我が国の現状を、第2節以降では、低炭素社会・循環型社会・自然共生社会の実現に向けた我が国の取組の具体例を、それぞれ俯瞰していきます。

第1節 グリーン経済とグリーン・イノベーション

1 グリーン・イノベーションとは

 環境と経済の間には密接なかかわり合いがありますが、世界が直面する環境制約に対応していくためには、第1章で見たように、双方を単にトレードオフの関係として捉えるのではなく、持続的な好循環を生み出していく関係として、その実現を目指すことが重要となります。こうした社会のシステムを実現させる上で大きな原動力となるのが、「グリーン・イノベーション」、すなわち、エネルギー・環境分野におけるイノベーションです。

 「イノベーション」という言葉について、我が国では、かつて経済白書で「技術革新」と訳されていたこともあり、「技術上の発明」という意味で用いられることが一般的でした。一方、オーストリアの経済学者であるJ.シュンペーターは、新しいビジネスモデルの開拓なども含めたより一般的な概念としてイノベーションを捉えており、5つの類型として、「新しい財貨(あるいは新しい品質の財貨)の生産」「新しい生産方法の導入」「新しい販路の開拓」「原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得」「新しい組織の実現(独占的地位の形成やその打破)」を提示しています。また、長期戦略指針「イノベーション25」(2007年(平成19年)6月閣議決定)でも、「技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすこと」として定義しています。このように、イノベーションは技術開発だけではなく、新たな価値の創出や社会システムの変革・社会実装を含む、統合的な概念であるということができます。

 現在各国では、環境・経済・社会の中長期的なあるべき姿と達成すべき目標について国の戦略として定めるとともに、目標達成に向けたグリーン・イノベーションの推進策を進めています(表4-1-1)。ドイツにおける「Energy Concept」(2010)では、2050年温室効果ガス排出量80-95%削減(1990年比)に向けたガイドラインを示しており、2050年までに、最終エネルギー消費のうち60%を再生可能エネルギーで賄うことを目標としています。中国では、第12次5カ年計画(2011)において、2015年までにGDP当たり二酸化炭素排出量を2010年比で17%削減することを目標に掲げ、2011年~2015年の間、環境関連産業に約4680億ドルの投資を予定しています。韓国では、低炭素型グリーン成長のビジョンを発表し、3つの方向性と10の個別分野で目標を設定するとともに、1410~1600億ドルの生産波及と156~181万人の雇用がグリーン産業によって創出される見通しを示しています。


表4-1-1 グリーン・イノベーションに関する各国の取組

 我が国においても、新成長戦略(2010年(平成22年)6月閣議決定)において、グリーン・イノベーションの促進や総合的な政策パッケージによって、2020年までに「50 兆円超の環境関連新規市場」、「140 万人の環境分野の新規雇用」、「日本の民間ベースの技術を活かした世界の温室効果ガス削減量を13億トン以上とすること(日本全体の総排出量に相当)」を実現することとしており、[1]「固定価格買取制度」の導入等による再生可能エネルギーの急拡大、[2]環境未来都市構想、[3]森林・林業再生プランの3つが、同戦略を推進するための重点施策である国家戦略プロジェクトに指定されています。

2 グリーン・イノベーションを実現させるための施策

 前項で見たとおり、イノベーションは新たな価値の創出や社会システムの変革・社会実装を含む統合的な概念であり、これを実現させるためには、さまざまな側面から政策的支援を行うことが効果的であるといえます。本項では、イノベーションの実現を下支えする役割を果たす施策について、主に技術開発と金融の観点から見ていきます。

(1)グリーン・イノベーションと環境技術

ア)環境研究・環境技術開発の目指すべき方向性

 新たな技術を生み出すための投資である技術開発は、イノベーションにおける一つの重要な側面であるということができます。我が国には、公害やオイルショックといった課題を乗り越えながら国際競争の中で世界トップレベルの環境技術力を培ってきたという歴史があります。その一層の拡大を図り、世界と我が国の環境問題の解決に向けて、積極的に貢献していくことが重要です。

 技術開発による成果を効率的にあげるためには、出口を見据えた研究開発の重点化が重要となります。中央環境審議会は、中長期(2020 年、2050 年)のあるべき姿をにらみながら今後5年間で取り組むべき環境研究・技術開発の重点課題やその効果的な推進方策を明らかにした答申として、2010年(平成22年)6月、「環境研究・環境技術開発の推進戦略」(以下「推進戦略」という。)を取りまとめました。同戦略では、持続可能な社会の構築に向けて、[1]脱温暖化社会、[2]循環型社会、[3]自然共生社会、[4]安全が確保される社会の達成を目指すこととしており、これら4つの個別領域の研究・技術開発に加え、中長期のあるべき社会像に関する総合的研究(全領域共通分野)、複数の領域にまたがる横断的研究(領域横断分野)、技術の社会実装を進めるためのシステム構築や社会シナリオ等の研究を進めることとしています(表4-1-2)。2011年(平成23年)7月には推進戦略の第1回のフォローアップが行われ、例えば全領域共通の課題として、資源の戦略的利用にともなう安全・安心の確保、気候変動及びその対策と持続可能性との相互関係の明確化、あるべき社会への転換に向けての動機付けとそのプロセスの同定等の学際的課題への取組の強化等が必要であるとの認識が示されました。


表4-1-2 環境研究・環境技術開発の推進戦略における各領域とその重点課題

イ)環境技術の普及のための政策支援

 推進戦略において示された方向性の下、新しい技術の普及を進めていくに当たっては、その技術の成熟度に応じた形で適切な政策対応を行う必要があります。ここでは温室効果ガス削減対策を例に、環境技術の普及に関する政策支援のあり方について見てみましょう。

 さまざまな温室効果ガス削減対策について、縦軸に「温室効果ガスを1単位削減するのに必要な費用」(二酸化炭素換算トン当たり削減費用、以下「削減費用」という。)、横軸に「実現し得る削減ポテンシャルの大きさ」を取り、コストの低いものから順に並べて表現したものを、削減コストカーブといいます。削減コストカーブは、その時点における個々の温室効果ガス削減対策のコスト及び規模の比較や全体での温室効果ガス削減見込量の把握等に役立てることができます。図4-1-1は、世界における温室効果ガス削減対策を表す削減コストカーブの例です。


図4-1-1 削減コストカーブの例

 削減費用は、省エネルギーによる光熱費の削減効果等によってはマイナスの値をとることもあります。こうした対策は実行に移したほうが経済的利益を得ることができるといえます(図4-1-1において左方に位置する対策)。一方、削減ポテンシャルこそ大きいものの削減費用が高い対策は、研究開発や実証を通じて、対策の正味コストの低減を図っていくことが必要となります(図4-1-1において右方に位置する対策)。

 なお、削減費用の数値については、機器等のイニシャルコストや耐用年数、ランニングコストなど、前提条件によって大きく変わってくることに留意が必要です(図4-1-2)。


図4-1-2 温室効果ガス削減に係る対策ごとの削減費用の考え方

 削減費用が大きな値を取る対策については、研究開発等によって生産性の向上とコストの削減を図っていく必要があります。ここでは、国による研究開発プロジェクトが成果を挙げた例として、太陽光発電の研究開発に対する国の支援プロジェクトについて見てみましょう。

 我が国の太陽電池生産量は、長らく世界一を続け、2005年までは世界シェアの約半分を占めるなど、世界をリードする存在でした。また変換効率においては、今も世界最高水準を維持しています。これらのアドバンテージは、我が国におけるこれまでの研究開発の成果であると考えられます。しかしその後、日本の太陽電池生産量の世界シェアは減少し、2008 年にはドイツ、 中国の後塵を拝する状況になりました(図4-1-3)。そこで、太陽光発電「世界一」奪還へ向けて、次世代技術開発プロジェクトが始動しています。


図4-1-3 世界における太陽電池生産量の推移

 太陽電池の重要な性能の一つに、光のエネルギーを電気エネルギーに変換する「変換効率」があります。現在、導入されている太陽電池の約80%を占めるシリコン結晶の太陽電池は、市販製品で最高20%程度の変換効率を有しています。太陽光発電をさらに普及させていくためには、狭い面積でも十分な発電量が得られるように、この変換効率を向上させていくことが重要なポイントとなります。

 独立行政法人新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)では、新材料・新規構造等を利用して太陽光発電の「変換効率40%」かつ「発電コストが汎用電力料金並み(7円/kWh)」達成のための探索研究を行い、2050年までの実現を目指すプロジェクトとして、「革新的太陽光発電技術研究開発」を行っています。同プロジェクトにおいて、2011年(平成23年)11月、シャープ株式会社が太陽光を高い効率で電気エネルギーに変換する化合物3接合型太陽電池で、世界最高変換効率36.9%を達成しました。本成果によって、この目標の達成が大きく促進され、高効率太陽電池が早期に実用化されることが期待されます。

 一方、削減費用がマイナスである対策については、導入によって経済的利益を得ることができますが、削減ポテンシャルの存在や講ずべき対策に関する情報の不足等により、普及が進んでいないものが少なからずあると考えられます。

 こうした対策の普及策として、事業者向けの事業である「二酸化炭素削減ポテンシャル診断・対策提案事業」では、環境省が派遣する診断機関が、工場やビル等における設備の導入・運用状況等を無料で計測・診断しており、二酸化炭素削減・節電のために有効と考えられる設備導入や運用改善等に関する情報を提供することによって、事業者における費用効果的な対策の実施を支援しています。また、家庭向けの事業である「家庭エコ診断推進基盤整備事業」では、家庭向けのエコ診断(通称「うちエコ診断」)の推進のため、公平かつ正確なアドバイスを確保する診断ツールを開発しています。また、この診断事業が地方公共団体や民間企業等において適切に実施できるよう、気候や居住形態、また実施者の事業形態に応じて、診断の効果や信頼性のある診断手法等を検証し、マニュアル策定や資格制度の検討を行っています。うちエコ診断は、家庭のゼロ・エミッション化を実現させるため新成長戦略において創設が謳われている「環境コンシェルジュ制度」の中核を成す制度であり、本格実施に向けて、診断ツールの改善及びより効果的な診断手法の検討を行うとともに、中立性と信頼性を担保するための要件、資格制度化に向けた検討を今後行う予定です(図4-1-4)。


図4-1-4 うちエコ診断の概要と将来の展開

 また、削減費用がゼロ近辺もしくはマイナスであったとしても、イニシャルコストが高額であるために導入が進まない対策については、こうした初期投資の負担を軽減するための対策が効果的です。環境省では、平成23年度より、家庭・中小企業等が頭金なしのリースにより低炭素機器を導入した場合に、リース料の一部について補助を行う事業を開始しました(図4-1-5)。具体的には、リース料総額の3%の補助を行います。


図4-1-5 家庭・事業者向けエコリース促進事業のスキーム図

 なお、平成23年11月からは、東日本大震災の被災地域の復興に資するため、岩手県、宮城県又は福島県における低炭素機器に係るリース契約に限定して補助率を10%に引き上げています。本事業は、23年度においては主に事業者向けの高効率設備(高効率ボイラー、高効率空調、高効率冷凍冷蔵庫など)等で多く利用されています。今後は家庭向けの太陽光パネル等さらに多くの低炭素機器での利用が期待されるとともに、温暖化対策以外にも、日々の暮らしの快適化、低炭素機器の普及に伴う製品価格の低下、内需の拡大、産業の活性化が期待されます。


我が国の環境技術の国際優位性について


 グリーン・イノベーションによる環境技術の革新を促すに当たっては、優位性を持つ環境技術の国際標準をタイムリーに獲得していくなど知的財産戦略なども含めた総合的な対応を国を挙げて進めていくことが重要となります。

 この点については、環境技術についての国際、国内特許出願数の時系列変遷等を分析した「平成23年度 環境経済の政策研究 日本の環境技術の優位性と国際競争力に関する分析・評価及びグリーン・イノベーション政策に関する研究(角南篤 政策研究大学院大学准教授ほか)」において詳しく分析されています。

 例えば太陽光発電技術については、我が国は1970年代のオイルショック等を踏まえ、サプライサイドを重視した政策支援をサンシャイン計画等に基づき進めてきましたが、我が国の関連企業の国内、国際の特許出願数の変遷について分析すると、我が国に優位性のあった環境技術の知的財産管理に世界戦略の視点が十分でなかったことや、需要サイドの刺激策などによって日本企業の優位性が確立しきれなかったことが分かります。

 下記2つのグラフのとおり、我が国の政策支援の結果として1980年代前半の関連技術の国内特許出願数においては日本メーカーが他国メーカーを上回っていましたが、国際特許出願数においては、技術的に優位であった同年代においても国内特許ほどの出願数は見受けられません。さらに、ドイツ等で太陽光発電などの再生可能エネルギーについての固定価格買取制度といった需要サイドを重視した政策が導入され世界的に太陽光発電市場の拡大が進んだ2000年代以降の国際特許出願数においては、技術的に優位にあったはずの日本のメーカーではなく、外国のメーカーが多数に上っていることが分かります。これは、1980年代には日本企業の国内特許出願が進みましたが、その特許が切れる20年後の2000年以降に外国メーカーの国際特許の出願数が増えていることとの関係性を踏まえる必要がありそうです。

 これはあくまで特許データを基にした分析結果ですが、我が国の優れた環境技術を国際標準として広く普及を促し世界的な市場を獲得していくためには、ある時点で優位性を持つ環境技術については、中長期的な視野を持って供給サイド、需要サイドの両面から国内市場における普及を促すのみならず、国際的な潮流も見据え、知的財産戦略等も含めた国際面を重視した総合的な政策支援を行う必要があることを示しています。


太陽光発電技術における自国特許出願トップ20の企業・機関の時系列変遷
太陽光発電技術における国際特許出願トップ20の企業・機関の時系列変遷

(2)グリーン・イノベーションと環境金融

 グリーン・イノベーションの推進に当たっては、1,400兆円を超える我が国の個人金融資産を含め、国内外の資金が、環境保全に資する事業活動に対して効率的かつ十分に供給されることが重要です。

 環境金融の具体的役割は大きく分けて二つあります。一つは、環境負荷を低減させる事業に資金が直接使われる投融資です。その具体的な資金使途は多岐にわたりますが、例えば地球温暖化対策について、「地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ(環境大臣試案)」では、ゼロ・エミッション住宅・建築物(断熱化、高効率給湯器、省エネ家電等)、再生可能エネルギー(太陽光発電、風力発電等)などに今後10年間で数十~100兆円程度の追加的な資金が必要と見込まれています。地球温暖化対策をはじめとする環境の保全のための取組に対して、的確に資金を供給することが、金融の大きな役割として期待されています(表4-1-3)。


表4-1-3 金融面での支援の種別

 もう一つは、企業行動に環境への配慮を組み込もうとする経済主体を評価・支援することで、そのような取組を促す投融資です。環境という社会のニーズに応える企業に対して資金を供給することは、CSR(企業の社会的責任)の観点から重要であると同時に、こうした取組が社会に広く浸透することによって、企業の「環境力」が競争力につながり、企業の環境の取組のインセンティブになると考えられます。

 一般企業及び金融機関を対象として環境省が2011年(平成23年)に実施した意識調査によれば、社会的な要請の高まりや環境規制・法令の厳格化などを背景に、多くの企業では、環境課題を事業の成長要因、環境リスクとして位置づけており、経営上の重要な課題となっています(図4-1-6)。また、多くの金融機関にとっても、社会的な要請の高まりのみならず顧客企業への持続可能な投融資(顧客におけるリスク軽減、顧客の持続的な事業成長)の観点から、中長期的に環境課題への対応を含めた企業の評価が必要になっていると考えられます(図4-1-7)。一方で、こうした環境配慮型の投融資判断に当たっては、金融機関における環境課題への対応を含めた企業評価が必要になりますが、現実には、その評価手法が十分に確立されていないことが課題となっています(図4-1-8)。


図4-1-6 一般企業における環境課題の位置付け


図4-1-7 投融資先環境・社会的取組が評価要素となるか


図4-1-8 投融資先の環境・社会的取組の評価を行う上での有効な取組

 このような評価手法の確立のためには、環境情報が適切に開示されることが不可欠です。そこで、我が国では、2004年(平成16年)に公布された環境情報の提供の促進等による特定事業者等の環境に配慮した事業活動の促進に関する法律(平成16年法律第77号)において、大企業に環境配慮等の状況の公表に努めるよう求めています。さらに、企業による環境報告書の作成を支援するために国が策定している環境報告ガイドラインについても、投資家の視点を加味した環境報告に関する個々の論点を盛り込むべく、「環境報告ガイドライン等改訂に関する検討委員会」において、その改訂が検討されています。

 また、環境金融の普及・促進に向けた自主的な取組として、約30の我が国の金融機関が協働し、2011年(平成23年)10月に、環境金融への取組の輪を広げていくための行動原則として「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」(21世紀金融行動原則)を策定しました。同原則は、持続可能な社会の形成のために果たすべき行動指針として7つの行動原則を示しており、また、具体的な行動指針として、「預金・貸出・リース業務ガイドライン」、「運用・証券・投資銀行業務ガイドライン」、「保険業務ガイドライン」という3つのガイドラインをあわせて策定しています(表4-1-4)。同原則には、平成24年4月末時点で180の金融機関が署名しています。2012年3月には署名金融機関による第1回総会が開催され、署名機関相互のコミュニケーション、グッドプラクティスの共有等が行われました。


表4-1-4 持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則(21世紀金融行動原則)


我が国における環境金融の取組事例


 「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」にあるように、持続可能な社会の形成のために金融機関が果たすべき責任と役割は非常に大きいということができます。ここでは、個々の金融機関が実際に行っている環境金融の取組事例について、見てみましょう。

 株式会社日本政策投資銀行(DBJ)は2004年(平成16年)、世界で初めて、独自に開発したスクリーニングシステムにより企業の環境経営度を評点化し、得点に応じて3段階の金利を適用する「DBJ環境格付」の手法を使った融資の運用を開始しました。2009年(平成21年)には、DBJ環境格付に基づいて、資金の使途を環境分野に限定した環境クラブ型シンジケートローン「エコノワ」を開始しました。これにより、環境経営に前向きな企業の取組を支援するとともに、地域金融機関の取引機会の提供と預貸率の向上をサポートしています。

 持続可能な社会の形成に向けての金融機関のこうした取組については、「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」事務局が、署名金融機関の取組をまとめた事例集を2012年(平成24年)3月に公表しています。事例の共有により、取組の推進の加速化が期待されます。


『エコノワ』(環境クラブ型シンジケート・ローン)


DBJ環境格付融資の実績

3 グリーン・イノベーションと市場のグリーン化

 グリーン・イノベーションを推進していくためには、環境分野における技術革新を実現しつつ、新たな制度設計や制度の変更、新たな規制・規制緩和などの総合的な政策パッケージにより、環境技術・製品の急速な普及拡大を後押しすることが不可欠です。とりわけ、「市場」に着眼し、そのグリーン化を図っていくための施策は、多くの主体に対して効率的かつ効果的に働きかけることができる特長があります。先に見た環境金融も、こうした市場のグリーン化を図っていくための施策の一つということができます。

 環境省では平成23年度に、市場のグリーン化を一層進めていくための検討(=グリーン・マーケット+)を行いました。2012年(平成24年)1月にとりまとめた報告書「市場の更なるグリーン化に向けて」では、市場のグリーン化について「環境保全の視点を大胆に社会経済活動に織り込み、環境配慮型の製品・サービスを開発・提供することを需要の拡大につなげることをはじめ、環境に配慮した企業行動が評価を受け、より大きな利潤を得ることができるような市場を形成すること」と位置づけています(図4-1-9)。市場のグリーン化のための施策は、「供給側(川上段階)、需要側(川下段階)いずれの行動を主に促すのか」「市場を構成する主体にどのような形でインセンティブを付与するのか」という2つの評価軸によって区別できることを示しています(図4-1-10)。


図4-1-9 グリーン化された市場のイメージ


図4-1-10 市場のグリーン化に向けた施策の俯瞰図

 また、市場のグリーン化に向けた4つの課題として、[1]市場での不十分なスコープ(市場全体で見た場合のグリーン化は必ずしも十分ではない)、[2]環境配慮に係る基準の分かりにくさ(認知度の不十分な施策・取組や環境ラベルも少なくなく、環境に関する表示の種類が多すぎて消費者の負担となっている)、[3]消費者への説明不足(情報量の不足等が環境配慮型商品・サービスの購入阻害要因となっており、また、事業者から消費者への情報提供の難しさも指摘されている)、[4]事業者の動機不足(市場での評価が不十分であり、企業が環境配慮商品・サービスの供給に積極的になりきれない。また、今後も取組を継続させることの意義を感じにくくなっている)を挙げています。これに対し、市場のグリーン化のための政策に関する4つの方向性として、[1]対象商品・サービスの新規開拓(環境配慮型商品・サービスの範囲の拡充)、[2]先進的な基準の設定(先進性を評価するための多段階基準の設定)、[3]消費者に「届く」情報提供(行動につながる情報提供が重要であり、消費者の納得感、共感を高める工夫が必要)、[4]施策の連携と相乗効果(全体最適な形で効率的かつ効果的な施策を実施していくことが重要)を打ち出しています。今後、市場のグリーン化に向けたさらなる取組の加速化が期待されます。

4 グリーン・イノベーションのアジアへの展開

 オーストリア出身の経営学者であるP.ドラッカーは、イノベーションを創出するための7つの機会として、「予期せぬ成功と失敗を利用する」「ギャップを探す」「ニーズを見つける」「産業構造の変化を知る」「人口構造の変化に着目する」「認識の変化をとらえる」「新しい知識を活用する」を挙げています。さまざまなところにある機会を、適切に捉えることが、新たな価値を社会実装させる上で重要となります。

 革新的な技術やシステムというのは、必ずしも、これまでにない先進技術だけによるものではありません。既存の技術や考え方の組合せによっても、イノベーションを起こすことが可能です。特に、開発途上国におけるグリーン・イノベーションを考える場合、それぞれの国のニーズや技術水準、固有の歴史、社会的条件等を踏まえて技術を選択、改良、開発していくことで、持続可能な産業育成や雇用確保を実現させることができます。

 環境省では、環境技術移転による海外の公害削減事業(PROTECT)を平成24年度から実施します。アジア諸国は人口の増加や急激な経済発展に伴い水質汚濁等の深刻な環境汚染に直面していることから、我が国の環境対策技術等のアジア諸国における普及・展開を、各国の状況に応じた規制体系の整備・人材育成とあわせて推進することにより、アジア諸国の環境改善と環境立国としての我が国のプレゼンスの向上につなげます。また、本事業から得られた環境技術の事業化に向けた課題、事業展開が有望視国の情報収集・分析等の結果を我が国企業に還元することにより、アジアにおける我が国の環境対策技術を活用した環境保全対策ビジネス展開の普及促進が図られ、中・長期的な国際競争力の強化も期待されます。


我が国の公害経験とイノベーション


 本節ではグリーン・イノベーションについて述べてきましたが、最後に、我が国における過去の取組について振り返り、深刻な大気汚染と健康被害を克服するための過去の取組において、イノベーションが多様なあり方で展開された様子について見てみます。

 1955年以降の高度成長期は、経済を高度成長軌道に乗せることに官民挙げて努めた結果、未曾有の成長を遂げることに成功しました。実質経済成長率は1950年代後半が8.8%、1960年代前半が9.3%、1960年代後半が12.4%であり、エネルギー源の主役は石炭から石油へと入れ替わり、エネルギー消費量は10年間で約3倍となりました。また、1955年と1970年を比較すると、工業生産額に占める重化学工業の比率は44.7%から62.6%へ、同じく輸出に占める割合は33.7%から73.0%に増加し、重化学工業化が顕著に進展しました。しかしながら、重化学工業は一般に生産額当たりの潜在的な排出量が大きい産業であり、産業公害の激甚化を招いた要因の一つとなりました。

 我が国が公害を克服するに当たっては、被害者を中心とする住民運動、地域住民の健康保護のための地方公共団体の先駆的な取組、国による対策システムの整備、企業による対策技術の開発・導入など、各主体の大きな努力がありました。これらの取組が総合的に推進されることにより、公害被害の克服というイノベーションを達成したということができます。

 これらの取組により、日本における公害の状況は劇的な改善を見せました。では、これらの対策は、経済的にはどのように評価されているのでしょうか。スタンフォード大学のAlan Manneと米国電力研究所のRichard Richelsが共同開発したMERGEという動学的最適化モデルをベースに、独自の経済モデル分析を行った研究によると、もし排煙脱硫対策が実際よりも10年遅れていたならば、GDPの増加額6兆円に対し、大気汚染の累積被害額は12兆円以上に上っていたと予想されます。一方、対策のタイミングを8年程早めていれば、GDPの減少よりも被害額の減少のほうが上回り、実際の場合よりも経済的に得をしていた可能性が高いとしています。

 日本の大気汚染対策は1970年代の膨大な公害防止投資により、その後予想された膨大な被害額の増加を未然に食い止めることができたということで、経済的にも利益をもたらしたということができます。まさに、イノベーションを通じた経済のグリーン化への進展の好例として、再評価することができます。


我が国の公害経験とイノベーション