第5章 環境産業が牽引する新しい経済社会−グリーン・イノベーションによる新たな成長−

 アメリカのサブプライムローン問題に端を発した世界的な経済危機を契機として、各国は、環境・エネルギー分野に重点的な投資を行うことにより、景気の回復と雇用の創出を図るとともに、地球温暖化問題をはじめとする環境問題の解決につなげようと積極的な取組を進めています。わが国においても、家電のエコポイント制度、エコカー減税・補助金などの政策を講じた結果、個人消費について持ち直しの動きが見られるとともに、家電産業、自動車産業などの内需を下支えすることとなりました。

 こうした動きは一過性のものではなく、例えば、平成21年6月のOECD閣僚理事会において採択された「グリーン成長に関する宣言」では、経済の回復と環境的・社会的に持続可能な経済成長を成し遂げるための「グリーン成長戦略」策定作業をOECDに要請するなど、世界規模で環境を軸としたパラダイム・シフトが加速しつつあります。

 この章では、経済成長の原動力として期待される環境産業に焦点を当てて、その現状と今後の見通し、グリーン・イノベーションの促進や環境産業の創出・育成のために講ずべき政策などについて考察するとともに、持続可能性指標に関する研究の動向を示し、環境と経済の好循環を生み出す新たな経済社会システムへの道筋について論じます。

第1節 環境産業の現状

 わが国は、すべての主要国による公平かつ実効性ある国際的枠組みの構築と意欲的な目標の合意を前提として、温室効果ガス排出量を2020年までに1990年比25%削減するという中期目標を掲げるとともに、低炭素社会の実現に向けて2050年までに80%削減することを長期目標としています。また、国際的にも、地球温暖化防止や循環型社会の構築、生物多様性の保全といった取組は共通の課題であり、すべての国において相応の対応が必要となります。このような課題の解決に向けて、わが国のみならず世界中で環境産業の市場規模や雇用創出が大幅に拡大するなど、環境産業の長期かつ継続的な発展が見込まれます。

 本節では、世界的な環境産業の現状や見通しを概観するとともに、わが国の環境産業の現状やその強みについて考察していきます。

1 わが国、世界で拡大する環境産業

(1)世界における環境産業の現状と見通し

 環境産業の世界市場に関する推計を見ると、例えば、「グリーン・ジョブ:持続可能な低炭素社会における働きがいのある人間らしい仕事を目指して」(2008年、国連環境計画UNEP)、国際労働機関(ILO)等が作成。以下「グリーン・ジョブ報告書」という。)では、2006年時点で約1.37兆ドルとされる環境産業の世界市場が、2020年までに2.74兆ドルへと倍増することが見込まれています。

 また、アメリカの民間会社の推計によると、環境産業の範囲や分類が異なりますが、2000年から2008年までの環境産業の世界市場は年率4%強の割合で伸びてきています。2009年には世界的な経済危機を受けマイナス成長が見込まれるものの、2010年以降は再び3%強の成長を続けるものと予測されています。これを地域別に見ると、2008年から2012年にかけてアジアが最も大きく成長し、約200億ドルの市場拡大が見込まれます(図5-1-1)。


図5-1-1 地域別で見た世界の環境市場

 環境産業に対する雇用への期待も高まっています。グリーン・ジョブ報告書では、特に、再生可能エネルギー分野について、2006年における世界全体の雇用規模が約233万人であるのに対し、2030年には、風力発電で210万人、太陽光発電で630万人、バイオマス発電で1,200万人、合計で少なくとも2,000万人の新規雇用が生み出されるとしています。

(2)わが国における環境産業の現状と見通し

 環境省においては、OECDの環境分類に基づき、わが国における環境産業の市場規模及び雇用規模について調査を行っています。この調査によれば、平成12年度以降、わが国における環境産業の市場規模及び雇用規模は継続して拡大基調にあります(図5-1-2)。平成20年度について見ると、住宅以外の建物に係る建設リフォームや水道業などのほか、低排出・低燃費自動車や省エネ家電などの環境保全を考えた消費者の行動が需要を誘発するビジネスも含めた市場規模及び雇用規模は、それぞれ約75兆円、約176万人と推計されます。


図5-1-2 わが国における環境産業の市場規模の推移

 一方で、環境省が、上場企業及び従業員500人以上の非上場企業等を対象に、平成21年度に実施した「環境にやさしい企業行動調査」(以下「企業行動調査」という。)によると、4割を超える企業がすでに環境産業を展開しており、今後新規参入する予定の企業を加えると、6割以上の企業が環境産業を前向きに位置づけていることが明らかとなりました。このように、環境産業は新たな成長分野として期待されており、「新成長戦略(基本方針)〜輝きのある日本へ〜」(平成21年12月閣議決定。以下「新成長戦略(基本方針)」という。)においても、あらゆる施策を総動員することにより、2020年までに50兆円超の環境関連新規市場の開拓、140万人の環境分野の新規雇用を目指しています。


再生可能エネルギー導入による雇用創出効果


 今般の世界的な経済危機に対し、各国が再生可能エネルギーの積極的な導入などを柱としたいわゆる「グリーン・ニューディール政策」をとったように、再生可能エネルギーの導入は、二酸化炭素の排出削減だけでなく、大きな雇用創出をもたらします。

 「グリーンジョブとクリーンエネルギー経済」(Ditlev Engel氏(デンマーク・ベスタス社CEO)及びDaniel M. Kammen氏(バークレイ環境研究所長)作成)によると、化石燃料エネルギーよりも再生可能エネルギーを導入した方が、関連産業に対する直接的な雇用創出量(電力生産量単位当たり)が大きいと指摘しています。これは、再生可能エネルギーの多くが、小規模・分散型エネルギーであることから、裾野が広いことに加え、労働集約型の産業が多くかかわっていることに起因すると考えられます。太陽光発電を例にすると、機器の製造、設置、保守管理等の各段階で、太陽電池メーカーやシステム周辺機器メーカーのほか、住宅メーカー、建材メーカー、ゼネコン、工務店などさまざまな事業主体がかかわっており、関連産業に対する直接的な雇用創出量が最も大きくなっています。

 また、再生可能エネルギーを生み出す森林や水などの自然資源は、大都市に比べ地域に豊富に存在するため、再生可能エネルギーの導入は、単に多くの雇用を創出するだけでなく、大都市以外の地域での雇用を創出し、雇用の地域格差の是正につながることも期待できます。


エネルギー種別の雇用創出量


2 わが国の環境産業の強み

(1)世界最高水準の環境技術の開発

 わが国の環境技術力を特許件数から見ると、アメリカや欧州における環境分野の特許件数が近年ほぼ横ばい傾向にある一方で、わが国で登録される環境分野の特許件数は、上昇傾向にあり、平成20年にはおよそ2,000件となっています(図5-1-3)。また、環境技術の特許出願に占める各国シェアでは、大気・水質管理、固形廃棄物管理、再生可能エネルギーなどの各分野において、わが国は高い水準に位置しています(図5-1-4)。さらに、わが国の企業等が世界各国で行った特許出願について特許庁が調べた結果を見ると、日本、アメリカ、欧州、中国、韓国の5か国(地域)における太陽電池の出願人国籍別出願件数は、日本、アメリカ、中国において、わが国が最も高いシェアを有していました。


図5-1-3 環境分野の特許件数(日・米・欧)及び日本の環境分野研究費の年別推移


図5-1-4 環境技術に関する特許の各国シェア

(2)グリーン・イノベーションを支える研究開発投資の拡大と研究者の育成

 わが国の環境技術は、企業や大学等におけるイノベーションへの絶え間ない努力に支えられています。その基盤となるのがすぐれた研究者と豊富な研究開発投資であり、その充実がイノベーションを引き起こし、新たな環境技術の開発、ひいては国際競争力の強化につながると言えます。

 わが国における研究費の総額は、これまで増加傾向にありましたが、今般の経済危機の影響から、平成20年度は約18.8兆円(対前年度比0.8%減)と、わずかではありますが、9年ぶりに減少しました。しかし、環境分野については約1.1兆円(対前年度比2.6%増)となり、ここ10年の間に約3倍の伸びを示しています(図5-1-5)。なかでも、企業等における研究費が約80%を占めており、わが国の環境分野における研究開発を支えていることが分かります。また、環境分野を含むわが国の研究者数についても継続して増加傾向にあり、平成21年3月31日現在で約84万人と前年に比べ1.4%増となっています。


図5-1-5 日本の科学技術研究費の総額及び環境目的に使用した科学技術研究費の推移

(3)アジアの一員としての成長の可能性

 地理的にも経済的にもわが国と密接な関係を有するアジア地域は、世界の人口の半分以上を占め、急速に経済が成長する一方で、温室効果ガスの排出、大気汚染、水質汚濁、廃棄物の不適切な処理、森林減少等の環境問題が深刻化しています。こうしたアジア諸国が持続可能な発展を遂げるためには、経済成長を維持しつつ公害問題を克服してきたわが国の経験と知恵をアジア諸国で共有し、わが国がアジアの成長の架け橋になることが必要であり、これにより、これまで述べたわが国の強みである環境技術を積極的に展開することができると考えます。


急成長するアジアの環境市場におけるわが国の環境産業拡大の可能性


 近年、アジア諸国の経済成長はめざましく、今般の世界的な経済危機にも適切に対応し、今や世界経済の牽引役として堅調な回復を見せています。その一方で、特にアジアにおける中間所得層の成長が著しいこと、また、わが国がこれまでの発展過程で直面し克服してきた環境問題などの制約要因や課題を抱えながら成長している状況は、今後のわが国の環境産業にとって大きなビジネスチャンスが存在すると見ることができます。

 太陽光発電を例にとると、EPIA(European Photovoltaic Industry Association)の推計では、2007年現在で約130億ユーロ(約1.6兆円)であった太陽光発電の世界市場が、2020年には約940億〜1,390億ユーロ(約11〜17兆円)、2030年には約2,040億〜4,540億ユーロ(約25〜55兆円)へと急激に拡大するとしています。なかでも、アジア市場の成長は著しく、高位推計で見た場合、世界市場に占めるシェアは、2007年の3.2%から2020年には25.4%に、2030年には44.0%になると推計しています。

 世界最高水準の環境技術を有し、アジア諸国と密接な関係を有するわが国は、アジア諸国から大量の需要を獲得できる有利な状況にあり、環境産業がわが国の経済成長を牽引する可能性を秘めています。環境産業を巡る市場は、すでに厳しい競争下にありますが、技術革新を通じて確固たる競争優位を確保するとともに、官民一体となって、地域の特性やニーズに沿った海外展開を図ることが求められます。


太陽光発電の将来の地域別市場規模(高位推計)



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