第2章 社会に広がる環境の国づくり


 脱温暖化社会を実現するためには、あらゆる主体があらゆる場面で環境に配慮する「環境の国づくり」(持続可能な社会の構築)を行う必要があります。本章では、脱温暖化のために目指すべき社会のあり方を論じるとともに、環境の国づくりを行うために、各主体における自発的な環境保全活動を進める「人づくり」と、社会や組織全体で環境保全を進める「しくみづくり」に着目して、全国で動き出している先進的な取組を見ていきます。

第1節 新時代を築く環境の国づくり


1 脱温暖化社会への途


(1)脱温暖化社会を実現するための長期的・継続的な排出削減
 ア 長期的・継続的に温暖化を防止するための基本的な対策
 温暖化の主な原因であるエネルギー起源の二酸化炭素の排出量を将来にわたり削減していくためには、「エネルギー消費効率」「エネルギー消費量当たりのCO2排出原単位(炭素集約度)」「活動量」の3つの観点から、これらを効率的・効果的に組み合わせて対策を進めることが必要です。エネルギー消費効率を向上させたり、炭素集約度を低減していくためには、技術開発が必要です。また、活動量の観点からは、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動やライフスタイルを見直し、一人ひとりが無駄を削減していくとともに、環境保全の意識を持つことによって、より環境に配慮した日常生活や事業活動を実践していくことが必要です。すなわち、「技術革新の促進」と「ライフスタイルや社会のシステムの見直し」が、省CO2対策の鍵となります(図2-1-1)。


図2-1-1 二酸化炭素の排出量削減の3つの方法


 (ア)技術革新の促進
 脱温暖化社会を構築するための戦略を立てるに当たっては、技術の開発とその普及の可能性が重要な要素になります。IPCC第3次評価報告書によれば、特に炭素集約度の低減技術は、これまでの実績以上のスピードでその開発と普及が必要になるとしています。炭素集約度の低減には、化石燃料に依存しないエネルギーの確保とそれらの社会での普及が必要であり、安全性の確保を大前提に原子力発電を着実に推進すること、太陽や風力、バイオマスなどの新エネルギー導入を促進すること、天然ガスへのシフトを推進することなどが求められています(表2-1-1)。


表2-1-1 温室効果ガスの排出削減技術の例


 炭素集約度の低減技術の開発と普及を図る一方、化石燃料の使用により排出される二酸化炭素を回収し大気中への排出を低減させる二酸化炭素回収・貯留・隔離技術を推進することが求められています。
 一般に技術は、その開発に時間がかかるだけでなく、その技術が世界規模で普及・利用されるまでにも長い時間を要します。二酸化炭素の排出削減技術の多くは、エネルギーシステムに関わっており、例えば自動車の燃料をガソリンから水素に変更するのであれば、貯蔵施設や供給施設等の社会的な基盤を整備しなければなりません。このように、エネルギーシステムに関する技術を世界規模で普及させるためには、数十年単位の時間が必要になる可能性があります。
 第1章第3節4で述べたように、技術開発の不確実性、技術普及の難しさ等があることから、将来的に開発が期待される革新的技術だけに頼ることはできません。そのため、革新的技術の開発を中長期的に進めていくとしても、今後数十年間は、既存技術を最大限に活用していくことが必要になります。
 (イ)ライフスタイルや社会のシステムの見直し
 地球温暖化は、日常生活や事業活動から排出される温室効果ガスが原因となることから、すべての主体の公平な参加を得て、温室効果ガスの排出を削減するライフスタイルや社会システムを構築することが重要です。まずは、一人ひとりが家庭や職場などの身近なところから、利用していない電気を消す等、無駄を削減していく必要があります。そして、質の高い生活を維持しながらも、日々の生活や職場等で、環境保全の意識を持って、エネルギーや資源をより適正に使用し、家電製品を買い換える場合はより省エネ効果の高いものを購入する等の環境負荷の少ない生活を自発的に選択していく必要があります。また、一人ひとりが省エネなど環境に配慮された製品やサービスを購入することが、環境に配慮した事業者を支援し、持続可能な社会を構築することにつながります。
 政府は、脱温暖化社会を構築するため、各主体間の費用負担の公平性に配慮しつつ、自主的手法、規制的手法、経済的手法、情報的手法など多様な政策手段を、その特徴を生かしながら、有効に活用することとしています。また、コスト制約を克服する技術開発や温暖化対策への取組を誘導するインセンティブを与えるタイプの施策を重視していきます。さらに、より多くの人々に環境保全に取り組む必要性についての理解を得て、取組に結びつけるようなきっかけを与えていく「しくみ」や、そのための透明性の確保や情報共有のための「しくみ」、評価・見直しプロセスを進める「しくみ」などを、社会の中に適切に組み込んでいくことも重要だと考えています。
 イ 温暖化の被害の軽減や防止を行う適応策
 地球温暖化対策の基本は、温室効果ガスの排出量を削減する対策や吸収量を増大させる対策です。しかし、今後地球温暖化によるある程度の影響は避けられないことから、温暖化しつつある気候に合わせて生活や社会システム等を調節して、被害の軽減や防止を行う適応策も重要です。具体的には、従来生活の知恵として気候に適切に順応してきた経験、気候に応じた栽培技術のほか、海面上昇に対応した防波堤の建設や水資源の不足に備えての貯水施設の建設などがあります(図2-1-2)。


図2-1-2 温暖化への適応策


(2)脱温暖化を目指した日本の進むべき道
 地球温暖化は、人類が今後100年以上の間、否応なしに取り組まなければならない問題です。今後、日本においても、長期的に温室効果ガスの排出量を、誰がどのようにしてどのくらい削減していくべきか検討していかなければなりません。これらの検討に当たっては、日本の対応が地球温暖化防止の世界的枠組みにどのような影響を与えるかといった点も分析、検討した上で、国際社会で果たすべき責任や役割、技術立国としての国際競争力なども勘案しなければなりません。環境対策を実施することは、エネルギーの安全保障、新しい産業の興隆、技術力の向上とそれによる国際競争力の強化、暮らしの快適さの向上といったプラスの効果があります。21世紀が「環境の世紀」とされ、地球温暖化問題への対処が人類共通の重要課題となる中、日本は、対策をいち早く実施し、このようなプラスの効果を最大限生かすことによって、他国のモデルとなる世界に冠たる環境先進国家として、地球温暖化問題において世界をリードする役割を果たしていくことが必要です。
 私たちが選択する脱温暖化社会への道は、環境負荷の少ない健全な経済の発展や質の高い国民生活の実現を図りながら温室効果ガスの排出を削減すべく、省エネ機器の開発・普及、エネルギー利用効率の改善、技術開発の一層の加速化、環境意識の向上により一人ひとりの自主的な環境保全行動に結びつけることにより、環境と経済を両立する社会を選択していくことといえるでしょう。

2 持続可能な社会を目指して


 脱温暖化の取組をきっかけとして、環境問題に高い関心を抱き、問題意識を共有して、環境保全の取組をともに進めていく持続可能な社会の構築へつなげていくことが重要です。
 中央環境審議会では、環境と経済が一体となって向上する持続可能な社会を21世紀の社会のあるべき姿として、「環境と経済の好循環を目指したビジョン」(HERB構想)を平成16年5月に取りまとめました。そこでは、環境と経済の好循環が実現した2025年の日本の将来像を「環境志向の消費と環境を良くする技術力が、多くの雇用機会をもたらし、資源が循環し、エネルギー効率の高い循環型社会を構築する。」等としています。
 また、産業構造審議会では、平成15年6月に「環境立国宣言〜環境と両立した企業経営と環境ビジネスのあり方〜」を取りまとめ、環境対策への取組において、技術革新や経済界の創意工夫を生かすことによって、経済活性化や雇用創出などにもつながるようにするという「環境と経済の両立」を達成していくことが示されました。

3 持続可能な社会を構築するために


 持続可能な社会を構築するためには、できるだけ無駄を削減し、あらゆる場面で環境保全に自発的に取り組む「人」を育成していくことが必要です。この「環境の人づくり」を進めることにより、家庭・企業・地域などのあらゆる場面で自主的に環境負荷を削減する「環」が広がることが期待されます。
 また、「人づくり」による環境保全の自主的な取組に加え、社会経済システムを環境に配慮したものへ転換させる「しくみづくり」も重要です。例えば、京都議定書目標達成計画においては、多様なしくみを活用していくため、「あらゆる政策手段を総動員して、効果的かつ効率的な温室効果ガスの抑制等を図るため、各主体間の費用負担の公平性に配慮しつつ、自主的手法、規制的手法、経済的手法、情報的手法など多様な政策手段を、その特徴を活かしながら、有効に活用する。」こととしています。自主的手法とは事業者などが自らの行動に一定の努力目標を設けて対策を実施する自主的な環境保全の取組のことです。規制的手法とは、個々の排出源からの削減の確実性を高め、フリーライダーを排除するとともに、健全な市場の形成に貢献します。経済的手法とは、市場メカニズムを前提とし、経済的インセンティブの付与を介して各主体の経済合理性に沿った排出抑制等の行動を誘導するものです。二酸化炭素の排出量又は化石燃料の消費量に応じて課税するものとして関係審議会等において論議されている環境税は、経済的手法の一つです。情報的手法とは、環境保全活動に積極的な事業者や環境負荷の少ない製品などを評価して選択できるよう、事業活動や製品・サービスに関して、環境負荷などに関する情報の開示と提供を進めることにより、各主体の環境に配慮した行動を促進しようとする手法です。
 このように環境負荷を削減していくためには、環境保全の「人づくり」と「しくみづくり」を効果的に実施することが必要です。持続可能な社会の実現を目指し、各主体において、それらの取組は一部で既に始まっています。第2節以降では、各主体の「人づくり」と「しくみづくり」の具体的なあり方を見ていきましょう。


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