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むすび

 1992年(平成4年)に地球サミットが開催され、世界が持続可能な開発という大きな課題に合意してから4年が経過し、その進捗状況の評価が問われてきている。今日の経済社会システムと国際社会の構造を持続可能なものに変えていこうとする挑戦は、様々な困難を抱える各国と世界の現状の中で本当に現実を変えつつあるのだろうか。
 国内では、環境基本法、環境基本計画により、環境政策の基本理念と枠組、長期的施策の方向が定められ、国際的には、気候変動枠組条約と生物多様性条約が発効し、これらに沿って、政府の環境保全に向けた取組の率先実行計画や生物多様性国家戦略の決定、容器包装リサイクル法の制定施行、アジア・太平洋地域における地球温暖化や酸性雨対策をめぐる国際協力その他の施策が進展しつつある。しかしながら、内外の環境問題の推移には、悪化ないし横ばいの傾向も見られ、楽観できない状況にある。
 もとより、持続可能な開発の実現は、人口、資源・エネルギー、環境、開発のすべてに関わる目標であり、広範な分野における長期のたゆまぬ取組が必要である。そして、それを効果あるものとし、継続させていくには、経済社会を構成する人、企業、政府等が、現代文明の中での暮らしや経済行動が環境にどのように依存し影響しているかを知り、その原因と構造を理解し、将来にいかなる影響を及ぼしうるかを共通の基盤に立って見通して、持続可能な未来に一歩ずつ近づいていく努力が求められる。これを可能にするのは、まさに現代文明を構築してきた人間自身であり、その認識し、理解する力と過去・現在・将来を見渡せる想像力、具体的な取組の行動、それに必要な経済社会の仕組みと科学技術の変革、経済社会を成り立たせているパートナー間の連携協力であろう。本年の報告では、このような環境問題の根本に立ち返りつつ、環境基本計画に定める政策展開の推進力となる重要な課題について考察した。
 今日のような巨大な経済社会の中では、人間と環境の全体像はつかみにくい。そこで、第1章では、日々の暮らしと環境とのかかわりについて我々に最も身近な食べものに焦点を当てて過去と現在を比べ、地域−国−世界のつながりを見た。また、自然とふれあい、自然の多彩さや仕組みに気付き、豊かな心と精神を育む遊びと環境について考え、また、人間の精神の活動の表現である芸術・文化の現在についても考察した。そこでは、豊かで便利な生活が環境への負荷を増大させている趨勢、ニーズの多様化と言われながら、暮らしや遊びが均質化し、個性が失われつつある一方で、自然と共感し、環境と融和する人間を見いだそうとする芸術・文化の傾向も見られた。環境は単に人間にとっての外界ではなく、我々の精神と身体を育み、こうした環境の働きによって生かされている人間が経済社会をつくっている。いつの時代にあっても、世界を見通し、将来を構想する力が、よりよい社会をつくる原動力となってきたといえようが、地球環境時代に生きる生活の中から、持続可能な社会を構想する力を育てていく自覚的な取組が求められている。
 我々の身近なところから環境とのかかわりを知ることを出発点として、地球の環境は数十億年にわたる生物の営みによって創られてきたこと、生物多様性がすべての生命の生存基盤にあるという摂理を理解し、その恵沢によって人間活動が支えられており、その価値は計り知れないことを第2章で考察した。しかし、我々がその全体の仕組みを十分に解明しきれない間にも、現代文明は生物多様性を地球の歴史上例のない速さで失わせつつあり、生物多様性を保全しながら持続的に利用していく必要性が高まっている。このように、地球生態系は資源を供給し、不用物を受け入れ、生命を維持する働きがあるが、それが損なわれれば人間の健康と福祉に悪影響が及ぶ。すなわち地球の環境には限りがあり、人間活動もこの働きを活用しながら、その許容能力内でのみ持続可能である。社会経済活動のシステムとルールを環境に適合するように変えていく必要がある。こうした環境の摂理を織り込んだ経済活動を目指して、近年、環境管理・環境監査、エコビジネスなど様々な取組が内外で広まりつつある。その根本にあるのは、従来の経済効率性を超え、環境の有限性を考慮して資源・エネルギーの利用と環境への負荷の発生をともに最小限にしながら、人間にとって必要な製品やサービスを作り、利用していくことによって環境と経済の統合を進める環境効率性の考え方である。地球サミットの頃から提唱されてきたこの考え方が、ようやく実行され、根付こうとしている。
 環境と人間のかかわりについて知り、環境問題の構造を理解することは、自らの責任をわきまえ、その解決に向け着実に取り組んでいく前提であり、社会を構成する主体の連携協力、パートナーシップが求められる。近年、地域における住民−地方公共団体−企業−NGOの協力、川の上流と下流の地方公共団体や住民の協力、山や里と都市の住民の協力が広がり、さらにこれらが国境を越えて結び付くようになってきている。第3章で見たように、それぞれが単独で取り組んでいたのでは十分に効果があがらない課題について、認識を共有し、目指す目標とその実現に向けた合意を作り、全体としての枠組みの下に、公平に役割と責任を分担して具体的な活動を進めていくという過程から学ぶことは多い。
 しかし、パートナーシップを一層広げ、持続可能な社会の実現へとつなげていくには、様々な利害関係を有する幅広い主体による共通の認識と取組を促進する手法が不可欠である。きわめて多数の社会経済活動がどのような環境への負荷をもたらしているか、環境の現状はどうか、環境保全の取組が実際に効果をあげているか、目標は達成されているかを的確に把握、評価し、次のステップにつなげていくための手法の一つが環境指標である。環境基本計画の長期的な目標の達成状況等を示すものとしてその開発、活用が課題とされ、国際社会でも共通の取組が進んでいる。その基本にある考え方、科学的方法、政策目標との関連など、その意義が広く理解されることが望まれている。また、今日では、人間活動の長期の蓄積によって、複雑な因果関係を経て、地球的な規模で、健康と環境に種々の影響を及ぼすような環境問題、例えば、化学物質による健康・環境への影響、地球環境問題が大きな課題となっている。こうした不確実性の伴う環境問題については、環境リスクという考え方を用いて、行政-企業-国民の間の共通認識をつくり、政策の形成をわかりやすくすることが必要となる。この枠組みの下で、社会経済活動が生じさせている環境リスクを科学的に解明、評価しながら、最も効果的に全体としての環境リスクを最小限にするような政策を決定、実施していくことが可能になる。かつての著しい公害問題のように、原因活動と被害の関係を究明し、環境基準の達成を主たる目的として対策が行われる場合は、国民や関係者にとっても比較的に理解しやすかったといえようが、前述のように状況は異なってきており、これに応じて、環境リスクとそれに基づく政策の考え方に行政、国民、企業が習熟していくことが求められている。
 さらに、経済社会のルールに環境保全を織り込んでいくために、環境基本計画に示された重要な施策として、容器包装廃棄物のリサイクルを促進する法制化に加え、経済的措置、環境影響評価についての調査検討も進められている。
 持続可能な社会を実現し、限りある地球の中で人間生活の真の向上をめざすには、人間の生の価値を経済活動の規模の拡大、富の生産と交易の量と速度のみで量ることは、十分な正当性を主張しえなくなってきたと言えよう。これに代わって、前章まで見てきたように、持続可能なライフスタイル、地球生態系に適合した経済活動、地域と地球の環境を守るパートナーシップを進めるには、人間と環境のかかわりの理解を具体の政策・取組へとつなぐ知恵、社会制度、適正な技術が持続可能性を組み込んだものとなる必要がある。その根本において、今日、現代文明を作ってきた世界観、自然と社会と経済に対する認識枠組み(パラダイム)の再構築が必要とされていると考えられる。それには、人間社会が自然環境との間にパートナーシップを築くための学問、すなわち、人間と環境を統合的に理解し、持続可能な開発の実現に向けた政策、取組を支える、いわば「地球環境学」と呼ばれるような自然科学、社会科学、人文科学を総合した学問分野を構築していくことが課題となってきている。
 本年の報告においては、日々の生活の中から環境との関係を知り、地球生態系の摂理を理解し、これに合った経済社会システムへの変革に取組み、パートナーシップの下に具体的行動を広げることを通じ、持続可能な開発を実現していくための手法と条件について考察した。世代を超える長期の課題である持続可能な開発は、現在と将来の世代のニーズに公平にこたえるように不断に進化を続けていく過程である。地域の住民と行政と企業の間で、山や里と都市の間で、国境を越えてパートナーシップを広げ、地球環境を共有する将来世代や他の生物にとっても持続可能な未来を築いていく取組はようやく軌道にのりはじめたところであり、さらに本格的なものとしていかなければならない。

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