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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 山口県宇部市
【いのちの繋がりを育もう 小野湖からはじめる 宇部方式による生物多様性保全活動】

日時 平成24年11月26日(月)13:30~16:30
場所 宇部市文化会館文化ホール(山口県宇部市)

■概要
宇部北部のダム湖「小野湖」は、宇部市民の生活用水を蓄えるだけでなく、周辺は水源の森をはじめ豊かな自然に囲まれ、さまざまな動植物が生育・生息している。この地域における生物多様性は、災害を抑制して安全な生活を守るとともに、食料をはじめとする有用な資源をもたらし、芸術や文化の源にもなるなど、宇部市民の生存基盤として欠かせないものとなっている。 
宇部市では、産官学民が連携する「宇部方式」によって、豊かな自然・生活環境を次世代に引き継ぐため、小野湖周辺をモデル地区とした生物多様性地域連携保全活動計画の策定に取り組んでいる。  
本研修会では、平成23年度より検討を進めてきた同計画の素案を公表するとともに、他地区の事例にも学び、多くの人々の参加によりふるさとの自然を継承するための活動について、意見交換を行った。

■趣旨説明と講演
テーマ:「生きものにぎわう地域づくりをすすめよう」
講演者:竹田純一(里地ネットワーク事務局長)
配布資料:レジュメ「多様な主体の連携による生物多様性保全活動の意義」
説明資料: パワーポイント「多様な主体の連携による生物多様性保全活動の意義」

 生物多様性保全活動や計画策定事業に関連して、全国事例を交えながら本研修会の趣旨と位置付けについて説明を行った。

1)生物多様性と里地里山
 平成23年10月に施行された「地域における多様な主体の連携による生物の多様性の保全のための活動の促進等に関する法律」が目指す促進活動について、法律施行までの背景として、生物多様性国家戦略やCOP10における里山イニシアティブの発信、国際社会における評価などに触れながら、説明を行った。
また、生態系サービスや自然の恵みを保全と活用の両面からアプローチすることで相乗的に高めていく考え方に触れつつ、新・生物多様性国家戦略(2012-2020)が目指す姿について具体事例を交えながら説明をした。

2)都市と里地里山
 都市の課題として、近年特に企業や大学などで報告されているストレスの増加や心の病の問題について触れ、里地里山をはじめとする自然をフィールドとした取組が有効な解決策の一つであるとの指摘を行った。一方で、里地里山の課題として、将来の人口の減少や集落機能が維持できなくなる懸念に触れ、外部との交流・連携による対策が必要だとの話をした。
 以上の都市と里地里山のニーズをマッチングさせ、集落と集落以外の人たちが連携して取り組み、地域の資源を保全し賢く活用していくことで地域を守る新たな「ローカルコモンズ」の発想について説明を行った。

3)生物多様性地域連携活動の事例
 既に行われている生物多様性地域連携活動の事例として、北海道栗山町「童話の風景を再現する里山づくり」、神奈川県秦野市「40団体による保全活動の展開」、福井県越前市「アベサンショウウオとコウノトリの里づくり」、福井県小浜市「高校生によるアマモ場再生」、鹿児島県姶良市「干潟の小さな博物館」について紹介した。

4)連携促進の技法
 地域の連携を促進させていくための技法として、多様な主体が参加した地元学による地域資源調査「あるもの探し」の取り組みや、野生生物の種に着目した保全・再生・活用計画づくりの取り組み、本研修会をきっかけにした活動展開方法などについて説明を行った。

5)森里川海の自然再生をめざして
 源流部から海岸部に至るまで、水系を意識しながらどこで何をどう保全し、活動の輪を広げていくことができるか。また生き物に着目しながらどのような検討が可能かについて、トンボやサンショウウオ、各種魚類などをテーマにした各地の取り組み事例を紹介しながら解説した。

6)多様な主体の役割と連携の仕方
 多様な主体の連携が持つ意義や、そこに垣間見られる新たなコモンズについて指摘すると共に、企業・事業者、学校、大学・研究機関、市民・市民団体などによる各地の取り組み事例について紹介した。また各活動において様々な役割を担うコーディネーターの重要性について、目的・計画づくり、予算作成と確保能力、先導役など、活動分野や段階ごとの注意点やポイント等に触れながら、解説した。

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■事例報告

(1)「琵琶湖の環境と生態系保全の『いきものがたり』活動」
報告者:西堀 武(株式会社滋賀銀行 総合企画部CSR室)
説明資料: パワーポイント「琵琶湖の環境と生態系保全の『いきものがたり』活動」

 琵琶湖の環境と生態系保全について、銀行の本来業務における環境金融や、ストーリー性を持ってつなげていく「いきものがたり」の取り組みについて触れながら話したい。

1)取り組みの背景
滋賀県の琵琶湖は母なる湖だ。京阪神1,400万人の水源であり、暮らしや企業活動、人と自然の関係を映す鏡でもある。一方で水質悪化、水草の異常繁茂、外来魚の繁殖などの課題も抱えている。琵琶湖は「命のゆりかご」として独自の進化を遂げている生き物も生息しているが、その6割が絶滅危惧種となっている。昭和52年にはリンの入った合成洗剤が原因と考えられる淡水の赤潮が発生し、これを契機にして県民の環境意識が高まった。

2)「環境金融」事業と「いきものがたり」活動
こうした中、滋賀銀行では、お金の流れで地球環境問題に貢献するため「環境金融」を実践してきた。エコに積極的に取り組む企業に投資するエコファンド、預金をしながら環境サポートを行う環境預金、環境保全設備の導入等をサポートする環境融資などのメニューがあり、コミュニティ、コミュニケーション、コミットメントの3つを大事にしながら取り組みを進めている。また、滋賀の森を守り、里山・河川を守り、琵琶湖を守ることを「いきものがたり」として、ストーリー性を持った活動を展開させている。具体的には琵琶湖の環境と生態系保全活動として、ヨシ群落の保全、琵琶湖の固有種で絶滅危惧種であるニゴロブナやワカタの保護・育成・放流、侵略外来魚ブルーギル・ブラックバスの外来魚駆除釣りに取り組んでいる。

3)「ヨシ刈り」ボランティア活動
 琵琶湖・淀川水系の湖岸沿いに生えているヨシは、成長する段階でリンや窒素を吸収し水質を浄化してくれる機能を持っている。1999年から取り組んでおり、冬に刈り取りして新芽の生長を促すヨシ刈りボランティアは、琵琶湖の環境保全のシンボル的活動となっている。刈り取ったヨシからヨシ紙を作り当行行員の名刺に活用している。名刺1枚当たり30リットルの琵琶湖の水を浄化する計算となっており、環境ボランティア活動で作成したことが記載されている。
 ヨシ刈りは、刈り取り後がきれいなヨシ原になるということもあり、達成感がある。活動後にはカレーで会食を行っており、今は獣害駆除のシカ肉カレーをふるまうなどの趣向を凝らしながらボランティア間の親睦を深めている。

4)カーボンニュートラルローン 未来よし
「太陽光発電システム」等を導入する際のローンについては、すでに実施している商品ごとの優遇金利幅に加えて、年0.1%金利を優遇している。この「太陽光発電システム」導入等で削減されたCO2量を当行が試算し、琵琶湖の固有種で絶滅危惧種のニゴロブナやワタカ保護・育成・放流事業に資金を拠出している。
放流魚は外来魚対策として12㎝程度まで大きくすると共に、滋賀銀行の放流魚と分かるようにマーキングし、2,3年後のサンプリング調査の際に識別にできるようにしている。琵琶湖のニゴロブナ漁獲量は1987年当時109tから1997年には18tまで減少しているが、この放流効果もあり、2009年には41tまで回復している。
ニゴロブナのフナ寿司は滋賀県の伝統的な郷土料理であり庶民の保存食でもある。食文化という面でも重要な意味を持っていると考えている。

5)外来魚駆除釣りボランティア
 侵略外来魚の駆除を役職員が体験することで、琵琶湖の深刻な外来魚問題を認識し、生物多様性の保全について理解を深めるために2010年から実施している。釣り上げた外来魚は障がい者福祉施設で堆肥に加工し活用されている。
 レジャーとして楽しみながら取り組まれており、滋賀県琵琶湖環境部とも連携しながら、これまでに累計413名が参加している。

6)「エコプラス定期」による環境学習
 ダイレクトチャネルを利用して定期預金をお預け入れいただくと、1回のお預け入れごとに7円を当行が負担して積み立て、貯まった資金を環境保全活動にお役立ていただく商品。「学校ビオトープ」づくりの活動資金として23校に累計1,079万円の資金を拠出されている。

7)森づくりサポート活動
創立70周年(2003年)を記念して、役職員2,500名が1万本の苗木を植樹した。2004年からは、毎年2回除草・枝打ちなどのメンテナンス作業を実施している。9年間のボランティア参加者総数は約8,200名、植樹数は17,580本、CO2削減効果は197tに上っている。

8)「しがぎん琵琶湖原則」で環境経営をサポート-PLB格付けの取り組み-
お客さまと手を携えて地球環境問題に取り組む趣旨で当行独自の琵琶湖原則(Principles for Lake Biwa:PLB)を策定している。3つの原則として、1.環境配慮行動を組み込んだ生産・販売・サービス基準、2.環境配慮行動とビジネスチャンスの両立、3.環境リスクマネジメント情報の共有化を設けており、2012年9月末現在で8,396先の取引先の賛同をいただいている。
環境への取り組みに対する環境格付が上がることで、最大で年0.5%の金利を優遇しており、取組結果も公開されることから、各企業のインセンティブが高まるという効果をもたらしている。

9)生物多様性格付の実施へ
 2009年から滋賀銀行では、生物多様性保全等に対して、本業の中で具体的な行動に取り組んでいる企業に対して、PLB格付での引き下げ幅と合わせて最大年0.6%の金利引き下げが可能な「生物多様性格付(PLB格付BD)」も実施している。
近江商人は古くから1.売り手よし(社会・企業の持続性)、2.買い手よし(顧客満足)、3.世間よし(将来世代、将来社会に対する責任)の「三方よし」をモットーとしてきた。今後はさらに「地球環境よし」を加えた「四方よし」をめざし、取引先の環境配慮行動を金融面からバックアップし、環境ビジネスや生物多様性保全をサポートしていきたい。

(2)「共に育む 里山を生かしたまちづくり」
報告者:河合泰(NPO法人しろい環境塾理事長)
配布資料: パンフレット「春夏秋冬」、パンフレット「里山の生き物復活作戦」
説明資料: パワーポイント「共に育む里山を生かしたまちづくり」

1)活動のきっかけ-環境ウォーキングからの気づき-
 活動場所となっている千葉県白井市は人口約6万4千人。都心から約30㎞の所にあり、千葉ニュータウンの一角を占めている。都市の利便性と背中合わせに昔ながらの里地里山が広がっている地域だ。
 しろい環境塾は2000年に設立され、今年活動13年目を迎えている。取り組みのきっかけは市民参加のまちづくり会議だった。この際、「環境ウォッチング」として地元の現状を見て歩く中で、日本古来からの里地里山の景観や集落の営みに気付くと共に、人の手の入らなくなった林や竹藪、不法投棄等の問題も目の当たりにした。
 こうしたことを自分たちの手で解決してこうという機運が高まり、12名の市民が「見て考えて行動する」というキャッチフレーズのもと実践活動として当会の取り組みが始まった。現在、里山保全部、農業支援部、子どもの環境教育部、市民交流部、施設管理部等の事業運営体制で、多彩な活動をしている。

2)里山保全部の活動
 農業の機械化や化学肥料の使用といった時代の流れの中で、里山が荒廃してきている。そこで、本会では白井市平塚地区のお寺の竹藪を最初のフィールドとして、竹を間伐し、竹垣を作成するなどの整備を行った。
こうした活動ではフィールドの保全をすればするほど増える間伐材等の保全残材をどう活用するかというのが次のテーマとなる。そこで、竹炭と竹酢液を製作することにして、その販売収入を活動資金の一部にすることとした
また、この活動の中で、徐々に同地区の幹線道路沿いのフィールドも手入れをするようになり、それまではゴミの投棄が目立っていたところもゴミが捨てられなくなった。「ゴミがゴミを呼ぶ」ということがあり、きれいにすれば捨てられないということが実感される。その他、市から運動公園周辺の緑地帯を整備する事業を受託し、市民が散策できるような環境を整備している。倒木や落ち枝の整理、年間3回の下草刈り、定期的な森林パトロール等を行っている。

3)子どもの環境教育
 手入れしてきた樹林地や畑などのフィールドを使って年12回程度の活動を行っている。これまで大学と連携して、市内の河川工事の際にカメの生息調査や、工事前に捕獲し子
どもたちの家にいったん引き取り工事後に放流するなどの取り組みを行ってきた。子ども
たちはこうした取り組みから生き物の命、自然との共生について多くのことを学んでいる
ようだ。
 田んぼの学校シリーズとして、年間5回、田植えや草取り、稲刈り、脱穀等に取り組んでいる。案山子づくり等も行っており、米づくりを通じて日本文化を学んでもらおうとしている。私たちもそうだが、こうした子ども期の原体験が将来の活動の担い手につながるのではないかと考えている。

4)農業支援活動
活動によって里山の環境が良くなる一方で、眼下に広がる谷津田の荒廃が目立つようになってきた。そこで、地権者に草の管理をしたいという申し入れを行ったが、最初はなかなか理解されなかった。しかしトラクターを借りて除草作業などを地道に活動を進めているなかで、農家側からも「何か作らないか」という声を頂き、大豆やコメ作りに取り組むようになるなど活動が広まってきた。
谷津田の田んぼでは高齢化が始まっており、また立地上減反の対象地にもなりやすい。活動が広まってくると地元から自分の田畑も管理してもらいたいという依頼も結構入ってくるようになってきた。当会では現在3.6haほどの農地を管理している。この農地を子どもたちの環境教育や食育活動、企業のCSR活動に利用している。また、農繁期における農家のお手伝いもしており、得られた収入を活動資金にしている。
 問題の根本は、こうした谷津田の農業に新たな担い手がいないということだ。しかし、会員の中で新規就農を目指す人も出てきており、実際に地元の有機農業に取り組む農業者の指導を受け、今年農業委員会で認定され農家になった人もいる。いかに農業者を育てていけるかということが重要であり、そのためにもNPOが新規に農業をやりたい人、地元農家、指導者をつないでいく役割を果たしていくことが大切だと考えている。

5)市民交流活動
森の音楽会や、フィールドでの流しそうめん、ウォーキングなどに一般市民も親しみやすく楽しめる取り組みを行っている。また、企業のCSR活動の受け入れなども行っている。

6)施設管理活動
活動の中で機材も増えてきた。トラックやチッパー、チェーンソー、刈り払い機、トラクターなどを所有している。こういったものをいじれる人材も増え、会の中で専門部門が誕生しており、機材の整備に努めている。

7)課題の克服
 当会の取り組みでは、地元の理解が必須事項だ。地元住民との信頼関係の構築が重要であり、そのためにも実践活動の中で目に見える成果を上げることが大切だと思っている。
これまで竹林整備や炭焼き活動の中で地域のキーパーソンとつながることができ、拠点を作りながら活動を展開できたことが大きな意味を持っていたと思っている。地域のネットワークにうまく入ることができれば、地域の人たちが活動をサポートしてくれる動きを作っていくことができる。
また、会員の確保の問題についても、ニュータウンには新住民が多くおり、写真パネルの展示を最寄り駅で行ったり、イベントを企画することで、参加者のすそ野を広げてきた。トラクター、チェーンソーなどの講習会なども行っており、これに参加する人が入会するというケースも結構ある。ボランティア活動は楽しくないと続かないので、会員同士の対等の関係や自由参加を軸にしながら、作業メニューを多くして、やりたい作業に参加できるような配慮を行っている。今現在も参加者が増えており、市内だけでなく近隣市からも参加する人もでてきている。
里地里山保全活動は、地域に融合して行っていくことが重要だ。批判的な人もいることも念頭に入れながら、謙虚に活動を進めていくことが大切だと考えている。

8)最新の活動状況と今後の展望
 近年では、谷津田の水田を利用して、穴を掘って通年湛水して、水辺環境を整えることでアカガエルを初め多くの生き物を復活させたり、冬水田んぼの取り組みにより食物連鎖の頂点にいるオオタカやサシバなどの猛禽類の保護に努めるといった取り組みを始めている。
 また、広域での取り組みとして、「北総里山クラブ」を結成し、単独でできないものをみんなで協力して取り組んでいこうとしている。例えばニュータウンの真ん中の取り残された草原に、県企業局の土地が20%あり、希少生物をはじめ豊かな自然環境があるので、開発から守ろうという市民活動に取り組んでいる。
その他に、里地里山の地域資源を活用して都市と農村を繋ぎ、高齢化が進む中で地域経済を活性化するためにコミュニティビジネスという考えで新たな事業展開を図ろうとしている。

(3)宇部市生物多様性地域連携保全活動計画(素案)の紹介
報告者:島敞史(宇部市生物多様性地域連携保全活動計画策定協議会会長)
配布資料: 宇部市生物多様性地域連携保全活動計画(素案)の概要
説明資料: パワーポイント「宇部市生物多様性地域連携保全活動計画(素案)について」

 報告者はこれまで地下資源地質学を専門に研究をしてきた。資源は人間が暮らしていくために必要なもので地球から取り出すが、必要なところだけを利用して、残ったところを人間は捨ててしまう。例えば銅などは鉱物に0.数%含まれていないので残りの99%以上は捨てることになる。これはまさに環境を悪くするというものであり、このようなことを取り扱う中で研究生活を送ってきた。したがって直接環境の専門家というわけではないが、割と環境問題に近いところで生かされてきたという実感を持っている。
 また、これまで10数年にわたって市の自然環境研究会の活動を行い報告書を作成したという経緯もあり、そのような背景から今回市から生物多様性地域連携保全活動計画(以下「活動計画」)の策定依頼を受けることとなった。今回策定している活動計画素案を次に紹介したい。

1)活動計画策定の流れと展開予定
 本年2月に活動計画策定のための協議会が設置され、5回の会議を開催してきた。宇部市北部に位置するダム湖「小野湖」は、植生が豊かで野生動物も多く豊かな自然が残っており、この周辺の計画を策定することとなった。
平成33年度は市制施行100周年を迎えるが、この計画や計画に基づく保全活動をモデルにして、平成25年度から平成33年度までの9年間で生物多様性の「地域戦略」を市の全域を対象に策定する予定である。生物多様性の保全という新しい視点を加えて、市の施策を包括的に実施することを企図している。
 このような取り組みにより、市民に生物多様性保全の趣旨を理解してもらい、豊かな自然と住みよい環境を育む持続可能な社会「宇部市」という都市の実現を目指そうとしている。

2)産官学民連携の「宇部方式」による計画策定
市では、生物多様性の保全意識を浸透させるために、計画策定の過程も環境学習の教材と捉えて、市民への啓発を図ろうとしている。
 宇部市はかつて、世界一灰の降る町と言われたほど「ばい塵公害」がひどかったが、産官学民の信頼と連携、また情報公開と話し合いにより、ばい塵公害を克服してきた歴史がある。このシステムは「宇部方式」と呼ばれ、世界的にも高い評価を受けてきた。
本活動計画策定の協議会の委員も、産官学民の分野からなっており、公害克服のシステムである「宇部方式」を生物多様性保全に応用した形をとっている。
協議会では、少しでも市民に関心を持ってもらえるよう、イベントなどを開催したり様々な情報を発信することによって、市民の皆さんの声を聞き、計画素案の作成に反映するよう努めてきた。
 この素案が、今後、宇部市の計画として整理され、地域の保全活動の指針として市民の皆さんに広く認知されること、また、他の地域のお手本となることを願っている。

3)宇部市の生物多様性地域連携保全活動の方向性
素案の作成にあたっては、全ての委員が同じベクトルで議論を進めるために、共通の意識を持つことが重要であるという認識のもと、宇部市の方向性について協議し、次のとおり定めた。
1.里山から恩恵を受けているという意識の醸成
2.都市部に住む人との交流促進、地域活動への参加促進
3.子ども達への環境学習の推進
4.1.~3.により担い手を育成し、里山の再生を目指す
 この方向性については、特に宇部らしさや、派手さはないかもしれないが、今後、それぞれの地域で取り組みを進める上で、非常に大切な要素ではないかと考えている。

4)「計画区域」と「計画の期間」
 「計画区域」については、協議会委員が活動する地域がそれぞれ違うことから、活動地域を最大公約数的にカバーするようにエリアを設定した。また、「計画の期間」については、
活動によって効果が見えるには相当の期間が必要ではないかという意見があり、平成25年度からの10年間とした。ただし、5年後に見直しを行うとしている。

5)「計画の目標」と「施策の体系」
 「計画の目標」については難産で、第4回と5回の2回の会議時間を費やした。「計画の目標」は、我々が定めた市の方向性に「自然保護」の観点を加えて、「自然保護」、「自然共生」、「交流協働」、「環境学習」の4つの「目標」にしている。
・自然保護:野生動植物やその生息地・生育地を保全・管理する
・自然共生:里地里山の維持・再生に取り組む
・交流協働:都市部に住む人との交流や、地域活動への参加を促進
・環境学習:環境教育・学習、地域文化の継承を推進
この4つの「目標」は、「里地里山を再生して、自然と共生することを目指す」ことを「計画区域」における方向性としており、その実現を図るために定めたものという位置付けになっている。
 「施策の体系」として、この4つの「目標」の元に2つずつの「施策の展開」を示すと共に「保全活動の取り組み」を項目として設定した。詳細は割愛するが、施策の体系を概観すると、地域における生態系の保全や回復、すなわち生物多様性の保全をすることは、分野でみると非常に多岐にわたるものであり、長い時間をかけての活動が必要であることが想像される。

6)活動計画策定過程における普及啓発活動の実施
活動計画素案の作成に鋭意取り組む一方で、多くの方々に関心を持ってもらうとともに、
現地に足を運んでもらい学習機会を提供しようとイベントを開催した。
 環境月間である6月には、「生物多様性シンポジウム~親と子の生物多様性シンポジウム」というイベントを開催した。保全活動の拠点となる市の施設である「アクトビレッジおの」が会場となった。親子で楽しめる昆虫の講演や、野鳥や昆虫のプレ調査、また間伐材を使った工作など企画し、約400人の親子の参加があった。地元の方々のご協力もあり、交流を図り、生き物に関心をもってもらうための良いイベントになった。
 また、11月には植物観察と野鳥観察が行われた。宇部山岳会主催の平原岳ハイキングと、宇部野鳥保護の会主催のオシドリ探訪に相乗りして実施された。ハイキングは、地元団体「うりぼうクラブ」により、前日の雨の中、草刈などルートの整備をしていただいたことで、事故もなく無事に終えることができた。当日は、当該校区の文化祭も開催されており、ハイキングで植物観察に参加された約90名、オシドリ探訪で野鳥観察に参加された約30名の方々は、地元のお祭りも十分に満喫できるものとなった。
生物多様性保全の趣旨を理解し自主的な保全活動に繋げ、里地里山の再生を図っていくには、いろいろな方々の知恵や力が必要だ。当協議会も、今回紹介した素案を確かな計画に育てあげ、保全活動に繋がるよう努めていきたいと考えている。今後ともぜひ皆さまの協力をお願いしたい。

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■ディスカッション
テーマ:「産官学民連携による生物多様性保全活動」
コーディネーター:竹田純一(里地ネットワーク事務局長)
パネリスト:福場達郎(宇部自然保護協会事務局長)、才木祥子(まこっこ農園)、森岡智恵美(子育てサークルH・S・J代表)、野村和芳(宇部市立上宇部中学校校長)、松永孝(宇部アンモニア工業有限会社環境安全グループリーダー)

1)パネリストの活動紹介
 最初に各パネリストから自己紹介を兼ねた活動紹介がされた。
福場氏からは、宇部市における乱開発に対する保護運動の歴史について説明するとともに、小野湖におけるイトトンボの保全活動や産官学民の参加による清掃活動の取り組みなどの紹介があった。
 才木氏からは、お茶を中心に夏や冬野菜の生産をする農園概要や3年前に新規就農をした経緯についてお話いただいた。また、豊かな自然環境、人と人とのつながりの深さや村の機能が残っている小野地域の良さや、鳥獣害・少子高齢化、若手の農業の担い手不足、耕作放棄地の増大など地域の課題についても説明していただいた。
 森岡氏からは、遊びと食育に取り組む自主子育てサークルの12年にわたる取り組みについて紹介いただいた。
 野村氏からは、教育現場で生物多様性の重要性についてどのように学んでいるか、理科教育における食物連鎖の学習や、3・11震災以後の自然や人とのつながりについての学習活動について、紹介いただいた。また、市内小学校が宿泊体験活動を来年度より導入する方向性にあることついてもお話しされた。
 松永氏からは、秋吉台の山焼きや水を守る森林づくり活動における間伐作業への参加など企業としての取り組みについてお話を頂いた。

2)企業の取り組みと市民活動との連携可能性
 コーディネーターより、市役所等から依頼があれば企業の保全活動への参加は促進されるかどうかといった問いかけがあった。これに対して松永氏からは、行政や商工会議所など組織的な呼びかけは、企業の取り組み参加のモチベーションを高めるものであり、活動プログラムがきちんと準備されていれば、ぜひとも参加していきたいとの話があった。福場氏からは市民活動側としても、個々の活動を束ねて提案・発信できる場の整備が今後ますます必要だとの提案があった。

3)子どもたちの参画のために
コーディネーターより、地元では里山ビオトープなどの取り組みもあるが、こうした里地里山の活動に子どもたちも一緒に地域で取り組むことがあるのかといった問いかけがあった。
野村氏からは、学校におけるホタルの保全・観察の取り組み事例はある。今後子どもたちも地域の仲間として一緒にやっていけるようなプログラムがほしいという話があった。また、開かれた学校づくりの一環としてコミュニティスクールに取り組んでおり、この中で、環境保全や環境教育プログラムを考えていくことも可能ではないかとの話があった。 これを受けて、コーディネーターから、ぜひおじいちゃんやおばあちゃんなど地元の方々に子どもたちを近づけ、地域の生業や暮らしの原体験をさせていただければとの要望があった。
 また、森岡氏からは、自主子育てサークルなどでは、若いお母さんたちのネットワークもあるので、里山でのイベントやプログラム等、PR体制がきちんとしていれば、小さな子どもたちを含む親子参加も促進されるのではないかとの提案があった。

4)地域住民の願いと地域の活性化
 コーディネーターからどのような支援があれば若い人たちが農業に呼び戻しやすいかという問いかけに対して、才木氏からは課題の一つとして農業関係についての情報不足が挙げられた。そして若い人向けの農業体験プログラムや問い合わせ先等の情報ネットワークを作っていく必要があるのではないかとの提案があった。
また地域の良さを外部との交流の中で一緒に探し学んでいく「里地里山探検隊」など、地域のあるもの探しの試みは大変興味深いとの話があった。今回の活動計画も含め、地域の人と外の人が一緒に取り組める流れを作り出すことが地域の活性化につながっていくのではないかと提案された。

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■まとめ
 里地里山の保全活用を促進していくためには、多様な主体の参加・連携が不可欠である。子どもや若者などの地域の担い手から高齢者に至るまでいわゆる3世代の取り組みの流れを作り出しながら、地元の農林漁業をはじめとする生業を活性化していくことが、保全活動を支える地域の基礎力の向上にもつながると考えられる。
 また、特に地域貢献活動へのモチベーションが潜在的に高い地域企業などは保全活動プログラムの整備により参加の促進が見込まれることもあり、行政と地域の市民活動が一体となった取り組み体制の充実や発信活動が求められる。
 宇部市では「生物多様性地域連携保全活動計画」策定をめぐり、産官学民の連携を大事にする「宇部方式」をキーワードに、里地里山保全活用の有効な施策実施のあり方が模索されている。本研修会では、産官学民それぞれの立場を踏まえつつどのように相互の効果的な結びつきを作り出し、計画を推進していくかを中心テーマにしながら議論を深めることができた。

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