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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 福島県鮫川村
【野生生物の視点から見つめ直す自然と共生した里づくり】

日時 平成24年7月21日(土)13:30~16:20
場所 鮫川村公民館大集会室(福島県鮫川村)

■概要
 福島県鮫川村は阿武隈高原の頂上部に位置し、起伏に富んだ丘陵地形に多くの谷地が形成されている。
この地域は薪炭林、屋敷林、採草地、田畑などの土地利用によって多様な植生と環境が創出されると共に、日々の農林業の営みによって里地里山特有の生物の生息環境が作られている。また、都市部の大学との協働の取組や大豆特産品の開発(農産物加工・直売所手まめ館)、バイオマスエネルギー(薪ボイラー)の活用等、多様な主体の連携により里地里山の資源を活用した村づくりの先進地でもある。
 本研修会では、里地里山の保全活動を野生生物の視点から見つめ直すことで、資源活用の取組と里地里山生態系の関わりを再確認し、自然と共生した里づくりについて考えた。

■講演
テーマ:「里山のタカ サシバ-里山で農業とともに暮らす猛禽類-」
講演者:野中純(NPO法人オオタカ保護基金副代表)
配布資料:パンフレット「里山のタカ サシバ」
説明資料:パワーポイント「里山のタカ サシバ-里山で農業とともに暮らす猛禽類-」

里山に生態系の頂点にいる鳥としてのサシバという視点から、栃木県での活動を中心に紹介したい。

1)サシバとは
 ノスリに近い仲間。中型のタカで里山のいろんな生き物を餌としており、里山生態系の指標種でもある。昔は里山のどこにでもいたとことから「マグソタカ」という俗称もあるほどだ。
 渡り鳥で、春先日本に飛来し繁殖し、冬は南西諸島以南で過ごす。主に水田に隣接するアカマツやスギなどの林に営巣し、特に谷津田状の幅の狭い水田で生息密度が高い。

2)サシバの調査活動-オオタカ保護基金の取り組みから-
 サシバは全国的に生息状況の悪化が指摘される中、2006年12月に改訂された環境省のレッドリストでは絶滅危惧2類に指定された。栃木県市貝町周辺では、オオタカ保護基金等の調査によって、サシバの生息密度が高いことが明らかにされており、日本でも有数のサシバの生息地となっている。ただし、日本有数の生息地であっても、サシバの生息を脅かす問題を抱えている。
 そこでオオタカ保護基金は、地域の理解・協力を得ながら、2002年より栃木県東部の市貝町と茂木町で調査・保全活動に取り組んできた。調査地域は標高100~150mに位置する水田地帯で、西部から東部に行くにつれて幅の狭い谷戸状の水田が展開するといった地形的特徴を持っている。ここで繁殖状況調査や観察会を10年ほど行っており、2010年からは水田を利用した管理作業も始めた。今後どのように進めていくか各種専門家と協議しながら取り組んでいる。
 毎年平均20~25の巣を調査している。繁殖成功率という点では調査開始当時(2002年)80%以上だったのが近年は60%ほどにまで落ち込むなどの変化が見られる。また生息密度の高い地域でもつがいが見られなくなっているところも出てきている。
繁殖期間中のサシバの行動を追跡調査してみると、田んぼに沿った道路の電柱等にとまり、里地を狩りの場として待ち伏せの方法で獲物を捕まえていることが分かる。巣に運ぶ餌で多いのはカエル類、その次に昆虫類である。その他にトカゲ類やネズミ類、モグラ類なども餌としている。カエル類の中で多いのはトウキョウダルマガエル、ニホンアマガエル、シュレーゲルアオガエルである。雄はトウキョウダルマガエルを、雌はアマガエルを捕まえてくることが多い。また、巣に運ばれるエサは、繁殖期前半でカエル類、後半では昆虫類が多くなる。繁殖期後半になると、餌場となる水田の稲や畦などの草丈が高くなり地上にいるカエルを見つけにくくなる一方で、草地や樹上に昆虫類が増えるために餌の内容が変わるのだと考えられる。

3)調査からわかってきたサシバ生息地の特徴
 10年にわたる調査から次のようなことが分かってきた。
1.繁殖成功率やつがい数は減少傾向にあり、安心できる状況ではない。
2.幅の広い水田地帯より、幅の狭い水田地帯(谷津田)の方が生息密度が高い。
3.里山にすむ様々な小動物をエサにしており、狩り場は水田から斜面林へ徐々に移行。
4.特に繁殖期の狩り場は、草丈の低い、人によって管理された水田や畦、畑、また斜面林の伐採跡地。
5.営巣地は水田に隣接した斜面林を利用。
 以上を踏まえると、「サシバは里山で農業と共に暮らしているタカ」だと言える。

4)サシバ生息地の課題
 耕作放棄地が増加しており、特に幅の狭い水田地帯(谷津田)の放棄は、サシバの狩り場が減少することを意味し生息にマイナスな要素となる。また、季節ごとに餌場が変化することから、水田と斜面林を分断せずにセットで残すことが重要。したがって、地域の農業の維持と振興を前提としながらサシバを守っていくことが大切だと言える。

5)保全の試み-サシバと農業の共生プラン(3つのゾーン)-
 今後の保全活動を考えていく際に、広域水田(農業エリア)、中規模谷津田(農業と生き物の共存エリア)、小規模谷津田(生きものエリア)といった3つのゾーニングによる次のような取り組みプランが考えられるのではないかと思っている。
1.広域水田(農業エリア)
 稲作という点では継続される可能性が高いがサシバの生息密度は低い地域。農業を優先する地域として、生き物にも一定の配慮を行いながら農業者を主体に維持管理していく。
2.中規模谷津田(農業と生き物の共存エリア)
 稲作という観点では継続されそうだが一部は放棄される危惧がある。サシバの生息密度は比較的高い地域である。ブランド米など付加価値の高い農産物の生産を念頭において、、保全活動団体が市民と生産者をつなぎ、生産物の販売を援助促進しながら取り組みを展開していく。
3.小規模谷津田(生きものエリア)
 稲作という点では耕作放棄地が増大している一方でサシバの生息密度がかなり高い地域。今後減少が危惧される。保全団体が所有者から土地を借りるなどし、適度な管理を加えることで、多様な生き物の生息地として保全していく。
 オオタカ保護基金では、2010年秋からこの3.のコンセプトによる保全活動に市貝町内の1か所で取り組んでいる。2007年から耕作されていない保全地の活動前の状況は、セイタカアワダチソウが繁茂して群落状になっていた。一方水は豊かで、トウキョウダルマガエルやアカハライモリが確認された。ここで現地検討会を開催し、サシバの餌である両生爬虫類の増殖を検討すると共に土地所有者や作業を手伝ってくれる農家、その他様々な専門家の協力を募った。
 管理作業内容としては、植物の生息環境保全を念頭に入れながら、田んぼに水をためるという状況を保持するというもので今年からは稲作も始めている。また、管理作業とは別に観察会も実施している。
現在のところ保全地内ではサシバの繁殖までは結びついていないが、カエル類をはじめとする各種小動物が増え、他からサシバが移動してきて餌を捕獲しようとしているところなどを確認することができた。

6)今後の展望
保全活動は、地元の農家の協力がないとなかなか続けられない。地域とのコミュニケーションを図り協力をとりつけながら取り組みを続けていくことが大切だと考えている。
鮫川村では、細長い田んぼが展開していることからサシバの生息に適した環境にあると思っている。しかし、放棄田が少なからず見受けられる。サシバの生息にとって重要なことは田んぼの営みを今まで通り継続すること。現在の地域の状況、生きものの生息状況を踏まえながら、地元住民間で話し合いながら取り組みを進めることで生きものが豊かな村づくりが実現するのではないかと期待している。

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■事例報告

(1)「農林業の営みと鮫川村の自然」
報告者:鈴木治男(宇都宮大学農学研究科)
配布資料:レジュメ「農林業の営みと鮫川村の自然」
下敷き「生きものもごはんも田んぼの恵み」(農と自然の研究所)
説明資料:パワーポイント「農林業の営みと鮫川村の自然」

鮫川村の自然環境が歴史的にどのような経緯をたどったのかを念頭に入れながら、畜産を主体にしながら米や麦を作っている村の農林業の営みと田んぼの役割について考えてみたい。

1)米作りの始まり
鮫川村史によると、村で米づくりが始まったのは弥生時代の初めのころ、2200年から2300年ほど前だと考えられる。米は安定した作物であり、当時増えてきた人口を養い、また気候が低くなり野生のものがあまりとれないという状況に対応できるものだったと考えられる。
 鮫川村では地元では「サワ」と呼ばれる里山に囲まれた谷底の谷戸状の地形を水田にしている。地域の奥山のほうにある宿泊施設ほっとハウスはハンノキの大木に囲まれているが、かつてそうしたうっそうとした原生林だったところを開墾して米作りを行ってきたのではないか思われる。そして伐採木は炭焼きにし、跡地に水を求めて何百枚もの小さな水田が作られ、戦後は土地改良で広げられた。

2)地形的特徴
 鮫川村は阿武隈高地の中に位置し、面積131.3平方㎞、4000人の人口。平均すると1平方㎞の中に約33人が居住していることになり、この人口で村の環境を守っている。村は3河川(阿武隈川、久慈川、鮫川)の源流となっている。さらに村内には498のサワ(谷戸)があり、このことは498か所の源流部があるとみることもでき、これを起点にして水田が作られている。水田よりも高い里山に沿ったところに人家が建てられている。

3)農業と資源活用について
 鮫川村の風景はまさに農業と林業の営みによって作られてきた自然環境だ。畜産が特徴で、かつてはどの農家でも牛や馬を飼育していた。家畜を育てるために、雑木林から落ち葉を採取し、畜舎に敷き詰めたり、採草地としていた「草山」から草を刈ってきて与えていた。草高3000石と言われ、かつてこの地域は農耕用だけでなく軍馬の産地でもあった。そして畜産と山から堆肥を作りこれを水田に入れて利用していた。

4)水田と生き物のつながり
 春のしろかきの時期には、藁や堆肥から植物性プランクトンが発生し、これがミジンコの餌となる。そのミジンコがオタマジャクシやヤゴに食べられ、さらにそのオタマジャクシがサシバの餌になるといったように、水田をめぐって生態系のつながりがある。このように水田の中には生き物を育てていく役割があり、田んぼの中の生き物の成長度合いをみることで、その地域の生き物のありようがよくわかると思っている。
 村内にはビオトープが整備されているが、ここには実にさまざまな生き物が生息している。カエル類では3月ごろヤマアカガエルが冬眠から一番早く覚めるようだ。そのあとヤゴやゲンゴロウの幼虫が現れ、食べる食べられるの関係でつながりながら様々な生き物たちがあらわれてくる。
 水田はこうしたつながりの中心に位置し、さまざまな生き物を育むわけだ。田んぼに生息する様々な生き物の数を米に換算するといった試みもなされている(農と自然の研究所)。たとえば、ご飯1杯でオタマジャクシ35匹、これは1反の水田で20万匹ものオタマジャクシが生息していることを意味する驚きの数字だ。
 田んぼの周囲に目を移してみると、村ではシミズッコと呼ばれるホトケドジョウが源流部にたくさん生息しているが、これは今絶滅危惧種に指定されている。ちなみに、ホトケドジョウは食べるととても苦いので食べることはできない。ツバメも水田に現れる。急降下をして田んぼの水面を行ったり来たりしてクモを食べている。そしてクモは田んぼにはたくさんいて害虫を食べてくれる益虫でもある。
 水田だけでなく畑でも、野菜作りをすることでいろんな虫が集まり、そしてそれが小鳥の餌になるのである。

5)身近な自然を見つめながら保全と活用を
 今の時期、ゲンジボタルが多くみられるのだが、カワニナの生息が見られないところでも観察されることが私の中では大きな謎だ。よく考えてみると生き物の視点で田んぼを見てきたのはまだ30年ほどの歴史しかなく、まだまだ分からないことが身近な自然の中に隠されているのではないだろうか。
 田んぼや畑、里山での人の農林漁業の営みによって生き物をはぐくむ様々な循環が見られる。こうしたことを続けていくためにも、自然環境を生かし循環的な資源利用を進めながら、村づくりを進めていきたい。

(2)「鮫川村の生き物たち-探検クラブ活動報告-」
報告者:鮫川村立鮫川小学校探検クラブの皆さん
配布資料:なし
説明資料:パワーポイント「とびだせ!鮫川探検クラブ」

1)地域の方々との楽しい学び
 鮫川小学校は自然豊かな環境に恵まれている。先日地元の方がオオムラサキの幼虫を持ってきてくれた。それが脱皮し、さなぎになり、蝶になっていく過程を観察することができ感動した。自然の不思議さを目の当たりにすることができた。地域の方はたくさんのことを知っており、地域の方の協力でいろんな学びができる楽しい場となっている。

2)水辺での活動から
 探検クラブでは、地域の伝説の場にもなっているため池を訪ねたり、鮫川の源流を見に行ったり、小学校近くの川で水質調査にも挑戦したりしている。
活動の中で、スナヤツメやドジョウ、フナ、コオリヤンマ、ハグロトンボなど様々な生き物に出会うことができた。自分たちの身近な川がヤマメやイワナが住めるようなきれいで豊かな環境であることを知ることができてよかった。

3)生き物豊かな環境を守っていく思い
鮫川にはいろんな生き物がたくさんいる。地域の皆さんと一緒にこれからも知らない生き物をたくさん見つけ、そして鮫川の自然を守っていきたい。

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■ディスカッション
テーマ:「生きものにぎわう鮫川村をつくろう」
コーディネーター:入江彰昭(東京農業大学准教授)
パネリスト:野中純、鈴木治男、鮫川小学校探検クラブの皆さん

1)話題提供‐大学生の里山活動による生態園づくり‐報告者:入江彰昭
 東京農業大学の学生たちによる鮫川村での取組みは2000年より地域の活動者である鈴木治男さんとの出会いから始まり、農林業の営みを大事にしながら活動を展開してきた。
 活動の中で感じるのは美しい環境に人々が集まり多くの生き物も集まるということだ。学生たちも農林業の営みに実際に携わる中で、いろんな生き物に出会う。そして見たり触ったりしながら生き物が大好きになっていった学生たちも多い。活動では泥んこになりながら楽しく作業を行っているが、この楽しいということが取組みを持続するためのコツだと感じている。
 これまでの活動内容は、無農薬による米作り、豆づくり、そしてバイオマス資源を生かし里山景観を再生するというテーマで行った村の中心にある館山公園の整備再生活動だ。館山を自然生態園として整備再生させるこの試みにおいて、植生調査、間伐と搬出、植栽、池づくり、そして橋や柵作りなどの施設整備に、子どもたちも含め地元の人々と共に一緒に取組んできた。以前は暗い森だったところに空間ができ、多くの生き物が集まるようになってきた。このような「場」が作られていくことがこうした取り組みの大きな喜びなのだと感じている。

2)生き物がにぎわう空間を作っていくための「場」づくりとは
 話題提供の後コーディネーターより生き物にぎわい空間を作ることの大切さが提起され、このような場づくりについてのアイディアや仕掛けにについて問いかけがあった。
野中氏からは、サシバをはじめとして里山の生き物を保護するためには今の農業を少なくても持続していくということが重要であり、米作りをしない水田でも水を張るなどの生き物への配慮が行えれば望ましいとの指摘があった。
 鈴木氏からは、農業を維持していくための課題は高齢化であり、将来を見据えて集落営農ということも視野に入れて村全体でどうするか緊急に検討していかなければならない。そして農家自身も単なる採算の問題だけではなく、米作りをするということがどれだけ自然環境に役立っているかということを自覚し理解していくことが誇りと営農意欲を高める上でも大切なのではないかとの話があった。
 鮫川小学校探検クラブの皆さんからは、ビオトープでみられる様々な生き物との出会いを通じて、虫が苦手だった子も地域の人に教えてもらいきちんと観察することで興味が持てたという体験が聞かれた。
 首都圏から参加した大学生からは、鮫川での農作業や保全活動を通じて、小さいころの生き物とのふれあいを思い出し、あらためて生き物に関心を持つとともに、活動に深くかかわることができるようになったとの話を頂いた。

3)取組みを進めていくためのポイント‐人と人がかかわっていくために‐
 人がかかわるという点が里地里山における生き物の保護や生息環境の保全上重要であることを共通認識としながら、生き物の生息環境を整えながらどのようにふれあいの場を作っていくことができるか、取組みを進めるためのポイントとして次の議論が行われた。
1.子どもたちをサポートする大人の役割の重要性
 生き物の生息環境を整えそこに子どもをはじめとして人が集うことで取組みが促進される。今子どもだけではそうした生き物とのふれあいを行うことが難しいため、サポートする大人の役割が大切なのではないかとの指摘があった。関連して大人が地域の動植物を理解し、伝えていけるような役割を果たしていけるようになることが重要だとの話があった。
2.地域文化の見直しと参加促進
生き物ふれあい活動を活性化するためには、地域ぐるみで取り組むという視点が大切である。そのためにも地域の子どもたちを地域で育てていくことを念頭に置きつつ、農林業ともかかわりの深い年中行事などを見つめなおし、自然環境と文化への思いをはせながら、参加を促進し地域として活性化させていくことも重要なのではないかとの指摘があった。
3.シンボルやターゲットの設定
 保全活動を進めていくための象徴となる生き物や産物を意識的に設定することで取組みを活性化させることにつながるのではないかとの提案があった。また、ディスカッションの議論で出てきた大人やお兄さんお姉さんが介在することで展開する「里山で育む教育、田んぼで育む教育」といったテーマ設定自体も取組みのための有効な手段なのではないかとの指摘があった。

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■まとめ
 里地里山保全活動を進める上では、農林業の営みと生き物とのつながりを理解しながらその資源を利活用していくという視点が重要である。
 本研修会では、里地里山の生き物を保全していくために、農林業の営みを地元農業者だけでなく、子どもたちや外部の交流者も含めて参画することが有効であり、活動を持続させるための学びやふれあい活動が重要であることが再確認された。そして生き物がにぎわう環境を作り出しながら生き物が好きな人をどのように育てていくか活発な意見交換がなされた。さらにこうした活動によって生まれる交流や資源をいかに有効に利活用していくか、村づくり・地域づくりの視点から幅広く議論することができた。

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