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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 石川県珠洲市
【能登の里山里海を活かした地域づくりに向けて】

日時 平成23年11月23日(水) 9:30~15:30
場所 珠洲商工会議所大ホール(石川県珠洲市)

■概要
能登半島の先端にある珠洲市は、古くからため池を作り稲作を行い、塩づくりによってアカマツ林が維持され,里海で漁業を営む、豊かな暮らしがあった。しかし近年は、過疎化等の影響で里山の荒廃が進み、地域の祭りなど伝統行事の存続さえも危うい状況となっている。
珠洲市では今、地域の里山里海を保全し活用することで、地域の活力を取り戻し、都市との交流を深め、次の世代の人々がより豊かな生活を能登で送れるような社会づくりを目指して、行政・NPO・大学・企業が連携した活動が始まっている。
かつての暮らしを振り返り、生物多様性豊かな、自然資源を活かした地域づくりを模索する場として本研修会を位置づけ、これまでの成果と課題を共有し今後の展開に向けた活動計画について検討した。

■講演
テーマ:「文化的景観と里山里海の保全」
講演者:中越信和(広島大学大学院教授)

里地里山保全・活用検討会議の委員を務めるとともに、大学教員として途上国のエネルギーや生物多様性の問題を、開発と保全、生態学という観点から研究している。

1)文化的景観に関する国内外の動向
ア)ドイツの文化的景観保護
ドイツのショルフハイデ=コリン生物圏保護区では、生物相が濃い中核部分をコア、その周辺をバッファーゾーン、さらにその周囲に持続可能な農林水産業を行っていくエリアとしてトランジションゾーンが設けられている。コア3,648ha、バッファー24,103haに対して、トランジッションは101,410haとなっている。リューネブルグ=ハイデ自然公園では、森林活用によって生息するツツジなどの二次的自然の保全も行っている。人間が営みを行う空間の保全に力を入れている実態がうかがえる。また、ラインラント=ファルツ州景観保護区では第2次世界大戦で破壊された建物等も含め集落景観を元通りに戻している。ドイツ全体の景観保護区は6,159地区8,897,232haで国土の24.9%にもなる。このことは持続的な農林水産業を行うことで保護するという姿勢の表れであり、カルチュラルランドスケイプ(伝統的景観)の保全に力が入れられていることを示している。
イ)国内の動向とSATOYAMAイニシアティブの提案
 日本では当初、種の保存法など特定の生き物を保護するということを行ってきた。これが新・生物多様性国家戦略において、里地里山の自然環境の危機を第2の危機と位置付ける中で、種ではなく場所を保護することによって生き物を保護する、つまり文化的景観を保護することが生物多様性を保全することにつながるというように考え方を転換してきた。自然との共生を図る知恵と伝統に着目することが里山イニシアティブへとつながっていった。
 SATOYAMAイニシアティブは次の3つの理念と5つの視点から成り立っている。
3つの理念
・人と自然の共生と循環に関する知恵の結集
・伝統的知識と近代的知識の融合
・新たなコモンズの創出
5つの視点
・ランドスケープの特徴の理解と環境容量・自然復元力の評価
・地域の伝統的知識と現代の科学知識の融合
・生態系サービス最適化のための計画の策定
・多様な主体による土地と自然資源の共同利用と管理参加
・地域社会・経済への貢献
特に新しいコモンズは協働の取り組みを行っていく考えとして重要だ。地域に住んでいる農家だけでなく外の応援が必要であり、多様な主体がかかわる視点が大切である。
ウ)ひろしま山の日県民の集い
広島県では、「山の日」を設定し、年1回県民の集いを行っている。今年10回目を迎えた。内外の著名な人々を迎え議論を深めるとともに里山の生物多様性がいかに大事か啓発活動に努めている。また「山のグランドワーク」を実施し、指導員による説明、高校生から社会人まで多様な人々による社会貢献活動を実施している。

2)里地里山の生態学
ア)西日本型の景観構成と生物多様性
 都道府県別にみた場合、原生林型、二次林・二次草原型、二次林・植林型といった3類型が成り立つ。北海道を除く大部分の地域は二次林型だ。一般に二次林、薪炭林のほうが樹木の多様性が高くブナ林は生物多様性が低い。西日本においては、コナラを主体とする里山とアカマツを主体とする里山が混ざっている。
イ)薪炭林と里山-モザイク景観の重要性-
中国地方では、明治まで日本の鉄の70%を生産していたということもあり、鉄を溶かすための薪炭林が必要だった。開発と自然保護の対立としてではなく、ブナ林だけではなくて里山も必要でありそのバランスが重要だとの視点が大切だ。里山を管理し薪を使っていくというような姿勢が大切なのである。
 しかし今、里地里山の減少による生物多様性の減少が大きな問題となっている。最新版のレッドデータブックでは、七草のキキョウさえも絶滅危惧種となっている。里山の循環利用がなされなくなり、里山特有の多様なモザイク的景観が消失しているのである。

3)里地里山を保全する試み
ア)木質資源の燃料・飼料としての利用
 使われなくなり荒れた里山を再活用する試みを行った。NPO団体で手入れしてもよいという国有林があったため、森林資源が利用できるかどうかデータを取った。毎木調査を行うとともに、現地チップ化体験やペレットストーブ燃焼体験を実施し、里山バイオマスの利活用ワークショップも行った。
取り組みにより、全体の森林資源の構成(生存・枯死・倒木)を推計するための基礎データの収集が行われ、利用可能なバイオマス量について空間的な分布も含めた推計ができた。この結果、整備(入口)と利用(出口)をつなぐための具体的な数値目標の設定が可能となった。
 このように里山保全をしたらどれだけ活用できるのかを示さなければならない時代。従来の利用形態では採算が合わないので新たな活用が必要であり、ペレットやボイラーなどの新機軸の導入も必要不可欠となっている。山口県の事例では、公共施設でボイラーの寿命が来たら木質系にするというやり方でバイオマスへの転換を図り、里山で生産されるペレットを順次公共施設に入れている。また、木材チップを石炭と混ぜて発電する取り組みも行われている。さらに「山口県森林整備等CO2削減認証制度」を設定し、企業の貢献を促している。
 竹については各地で放置竹林の問題が出ている。刈り込みを行い現地でチップ化する機械を開発されている。竹ペレットは燃料としては使えなかったが、有効な飼料として活用することができた。畜産と組み合わせることで竹林整備が進んだ実績がある。
イ)西条・山と水の環境機構の活動から
 東広島では周囲の里山の荒廃が社会問題となり、地元の酒屋さんから何か里山に貢献したいという話が出ていた。イギリスのピーターラビットの例を参考にして、酒1升の売り上げにつき1円を拠出することで活動基金とする取り組みが始まった。これが「西条・山と水の基金」である。酒造業者、行政、大学、商工会など地域の代表的なメンバーで理事会を構成し、多様な主体が運営委員会に入ってもらい地元活動団体や市民団体の参加を促しながら活動・支援、研究支援、啓発・広報などを行っている。
 例えば、山のグランドワーク事業では、里山の手入れ、材の活用、堆肥化、酒米作り、酒作りといったような酒造りの循環関係の構築が実現している。その他にも大学の授業として活動に学生が参加したり、木炭の生産、木炭を利用した水質浄化実験など多様な活動が展開されている。

4)今後の文化的景観保全と再生の展開
ア)里山の地理条件、主体(アクター)の開拓と拡大
 里地里山は地域産業、鳥獣害対策は食肉利用、緩衝帯は採草や肥料化といった活用方法が考えられる。農家は経済活動を活性化することで、都市住民はツーリズムそして定住へといった形で里地里山保全に貢献していく方向性が考えられるだろう。
 連携という点で広島県では、それぞれの主体で次のような動きがみられる。行政では北広島町において市町村で初めて生物多様性地域戦略を策定した。これを契機に様々な主体がつながり保護活動が展開している。広島大学総合博物館企画展において「里山の恵み-生物多様性を育む記念シンポジウム-」を開催している。また中国放送では、伝えるというメディアの基本機能に加え、「支える・行動する」ということにつなげようとしている。会社の環境基金を社員やボランティアに流し、環境活動を活性化し、その活動を放送番組に取り上げており、視聴率も高い。
このように里地里山の活動に参加するだけでなく取り組みを束ね効果を生み出していく仕組み作りも大切だ。
イ)里海の重要文化的景観事例から-宇和島市・遊子水荷浦-
 すでに重要文化的景観に選定されている宇和島市遊子水荷浦の事例では、最初から全体を指定するのではなく、まずは同意を得ることができた段々畑や浜を指定対象としている。さらに同意が得られれば、順次その周囲の養殖場などの海面エリアについても指定対象として考えるなどの漸進的な方法をとっている。農林漁業の価値を認識し誇りを取り戻すとともに、地域産業活性化の効果が見られる。
ウ)能登半島への期待
 重要文化的景観の指定は、その地域で持続的生産が可能であるということを重視する。したがって、景観を構成する経済的な部分についても工夫して行えるようにしている。ただし、それは観光用としてではなく、取り組みの結果地域の価値や誇りができて初めて観光につながっていくものだと考えている。
能登地域は半島という特性を生かしながら、第2の危機を克服しうる生物多様性地域戦略上重要な場所だと考える。ぜひ、行政とも連携を深めながら、地域産業、基金、自然エネルギーなどの資源を利用しながら取り組みを進めてもらいたい。

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■事例報告

(1)「珠洲の里山保全のあり方」
報告者:北風八紘(NPO法人能登半島おらっちゃの里山里海 理事長)

農業法人すえひろの取締役を務めており、金沢大学能登里山マイスター支援ネット代表となっている。珠洲の里山保全にかかわって自分たちがやってきたことをお伝えしたい。

1)奥能登の現状
 能登半島の先端に位置する奥能登地域(珠洲市、輪島市、鳳珠郡)は、過疎高齢化が激しく、維持されたところもあるが里山の荒廃や耕作放棄地もあちこちに見られる。一方で、世界農業遺産に指定され、千枚田に象徴される伝統的な農業、文化、景観そして生物多様性など重要な資源が認められるようになってきている。

2)金沢大学との連携とNPO法人の設立
 2006年金沢大学が「能登半島里山里海自然学校」を開校し、2007年能登里山マイスター養成プログラムを開始された。住民参加型の調査と保全活動、里山里海の生物多様性研究と情報発信、人材育成と中山間地振興の研究が住民とともに行われてきた。それらの活動の支援組織を前身にして2008年NPO法人能登半島おらっちゃの里山里海が設立された。能登地域の里山保全活動の推進、里山の産品の販売、金沢大学の里山プロジェクトの支援に取り組み、2009年には石川県地域づくり表彰で優秀賞を受けた。

3)具体的な取り組み事例
 地域でとれたものを主とした食材で里山里海食堂「へんざいもん」を運営している。また、近所のおばちゃんからプロの農家まで生産した規格外の農産物を提供する「おらっちゃの里山市場」も運営している。これらの売り上げの10%が活動資金となっている。
 保全関連活動としては、平成21年から23年度環境省の補助を受けながら、生物多様性保全推進事業に取り組んでいる。以前から行っていた耕作放棄地をフィールドに、草刈りを行うとともにビオトープを整備し、外来種の駆除など本格的な活動を行った。この結果シャープゲンゴロウモドキをはじめとする希少種が戻ってきたりトンボ類も30種類以上がみられるようになった。生物多様性が戻ってきたという実感を深めているところである。
 また、里山の整備と木質バイオマスの利用を環境省循環型社会地域支援事業を活用しながら進めている。保全林を民間から借り入れ、荒れた松林を保全するとともに、活用方法としてキノコや薪の利用を推進している。薪はストーブの燃料の他に九谷焼の薪としても利用しており、これらも活動費の一部として還元されている。山が荒れた原因は瓦や塩作りなど松林を使う地域産業衰退や風呂、ご飯、囲炉裏といった暮らしの中での薪利用がなされなくなったことが大きいと考えている。地元のバイオマス利用として、薪を珠洲焼等にも提供できるような供給体制を作っていきたいと思っている。
 都市農村交流による里山里海保全という面では、2009年にグリーンウェーブと連携協定を結んだ。地元の製炭業者と共に炭の材料となるクヌギの植林を進めている。3年間で3,000本が植林され、今年行った植林イベントでも120名の参加があった。今後これを管理をしながら育て10年ほどで炭焼きの材料として伐採し、伐採後は萌芽して再生されるという里山の循環ができるのではないかと期待している。

4)連携を活性化させる団体を目指して-地域連携保全活動計画へのかかわり-
今、地域連携保全活動計画の策定が珠洲市を中心にして行われている。当団体では、計画策定に協力するとともに、来年には計画を進めていくための実証事業も予定している。
能登の里山里海を保全し維持されるべきものとしてとらえ、地域住民はもとより多様な主体と手を組み共に活動していきたい。NPOがそれらをつなげることができる役割を果たせたらと思っている。

(2)「朱鷺が舞う能登半島」
報告者:入田明大(能登建設株式会社 取締役業務部長)取締役業務部長

1)会社概要と環境方針
 当社は珠洲市を拠点に東洋一の石膏の産出を誇った「能登鉱山(大宝鉱山)」から地質調査部門が独立して昭和39年に創業された。地質調査、法面工事、ボーリング工事、土木工事を業務とする社員数47名(グループ企業全体)の会社である。
 ISO認証取得では基本理念として、積極的に地域社会に貢献し、環境美化に努めるとともに、省資源・省エネルギーと環境保全の重要性を認識し、環境マネジメントシステムを構築し継続的に改善を行い維持することで企業としての社会的責任を果たすことを宣言している。いしかわ版里山作りISO認証も取得しており、「トキが舞う能登半島」をめざした里山里海づくり活動を進めている。

2)「ボランティアの日」と里地里山保全活動
 具体的な取り組みとして、会社の年間行事の一つとして8月と10月にボランティアの日を設定し、以下5つの活動に取り組んでいる。
ア)里山の生き物を守り育てる活動
 耕作放棄水田の保全と手入れを能登里山里海自然学校の指導を受けながら実施している。草刈り作業など重労働もあるが、人手を配分し効率的に行っている。バックホーンによる掘り込み作業など建設会社のノウハウを生かした貢献もしている。重機燃料についてもバイオ燃料を使うなど環境配慮に心がけている。
イ)里山の森づくり活動
 雑木林の伐採や下草刈りを実施している。
ウ)生物多様性についての研修会
 講義を受けることでビオトープ化による希少種保護など具体的な取り組みについて、生物多様性の観点から理解を深めている。
エ)里海づくり活動
 漂着ゴミの除去を行うことで、浜辺を守る取り組み。海水浴場にもなっていることから、地元からも大変喜ばれている。
オ)道路美化清掃活動
 主要道路12.4kmにわたって実施している。

3)今後の展開
 活動の中で、自然豊かであるにもかかわらず過疎化の進展で手入れが進まない実態もあることに気がつかされた。地域の良さを保全維持していくために、今後も地域にながら密着しボランティア活動を何年も継続していくことで会社として貢献していきたいと考えている。

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■ディスカッション
テーマ:「地域連携保全活動 計画策定に向けて」
パネラー: 中越信和、北風八紘、入田明大
コーディネーター:竹田純一(里地ネットワーク事務局長)

 これまで取り組んできた里地里山保全活動を踏まえながら、今後多様な主体を連携させながらどのように広げ展開していくかという観点からパネラーから意見が出された。
 コーディネーターからは里山と里海の保全を進めその産物を活用するという視点から、例えば里山の炭で里海の海産物を焼いて楽しむことができる商品(「あぶりもん」)など、山と海をつなげる産品開発などのアイディア提案があった。
中越氏からは、具体的なアイディアや活動を実現させていくためにも産官学民が協働の中でそれぞれ得意とする役割を前面に出して取り組んでいく姿勢が重要だとの指摘があった。例えば、行政には住民、漁協、森林組合などフィールドに関連するそれぞれの主体の調整機能が期待されるし、産では資金提供に限らない企業の方向性として打ち出すなどの姿勢、民では資金や人材などの資源が限られる中で、多様なNPO組織とそれらを融通しあいながら取り組み全体の効果を高めていく姿勢が求められるといった指摘があった。
北風氏からは、NPO活動の中での課題は資金であり、地域特性を生かした商品開発や販売を通じた独自の資金調達努力を進める一方で、外にも取り組みの輪を広げることで活動の持続的発展を確保していきたいとの話があった。
入田氏からも、里山里海ボランティアについて、まだ一般的に認知度が高いとは言えないところもあり、今後ますます輪を広げていくことが大切だとの提言があった。
より多様な人々に広報していくための具体的なアイディアとして、コーディネーターからは市や県、さらにはメディアと協働した継続的な広報活動を考えることができるのではないかとの提案がなされた。関連して中越氏からは、半島地域は外来種駆除等の防衛ラインを設定しやすいなど地域特性がある。メディアとも連携しながら分かりやすい広報に努め、官と民が協働しながら人が集まる仕組みを作るなど、能登だからこそできる理想的な形があるのではないかとの話があった。

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■まとめ
 各地の里地里山保全活動はこれまでに様々な蓄積を生み出している。今後はこれらの取り組みの蓄積をどのように広げ、継続的でさらに効果的なものしていけるかが鍵となる。そのためには、個々の取り組み内容だけではなく、地域を生かした商品開発、メディア等と連携した広報、産官学民それぞれの役割を生かした協働の仕組み作りなど地域内外をつなぐことを視野に入れた活動がますます重要となる。
 本研修会では、市町村単位の活動をモデルケースにして、能登半島全域を視野に入れた取り組み展開の未来像について、具体的な事例や主体を想定する中で活発な議論を行うことができた。

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