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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 宮城
生物多様性の保全・活用と農業再興

日時: 平成22年11月20日(土) 10:00~15:00
場所: 登米市新田公民館(宮城県登米市)

 宮城県北部には広大な農地と沼地とが混在して広がっており、冬期はガンや白鳥などの渡り鳥が集まる。中でも伊豆沼・内沼は昭和60年にラムサール登録湿地に指定された生物多様性豊かな水域である。この周辺地域では、地元のNPO団体等が里地里山の魅力をベースに地域づくりを進めるとともに、子どもたちへ自然の大切さや自然からの恩恵を伝えるための様々な取組を行っている。多様な主体の連携による自然資源の有効な利用と自然共生型の地域社会づくりについて検討した。

1 講演
テーマ:「里地里山の賢明な利用と地域づくり」
講演者:岩渕成紀(NPO田んぼ 理事長)

 伊豆沼・内沼は日本で2番目のラムサール登録湿地であり、ここでのワイズユース(湿地の生態系を維持しつつ、人類の利益のために湿地を持続的に利用すること)の取組は他にも影響を及ぼすとともに、大いに期待されている。

1)水田と農村環境の多様な機能
 農村では、周りの生物と出会う実体験が様々なことを教えてくれる。田んぼに入って泥まみれになることも、子どもたちの心身の教育になる。田んぼでは、年に3~4回草を刈るという人間活動が畦の花畑を作りだす。こういった農村を取り戻すことが里地里山の再生になる。日本に来るガンの8割が伊豆沼・内沼と蕪栗沼周辺に集中する。ガンが生息できる環境づくりとは、人間も含めて全ての生き物たちが一緒に生きていける環境をつくることである。

2)地球の生態系システムと生物多様性
 生物多様性とは、関係性、相互作用ネットワークである。地球上の生物は関係性の中でしか生きていけない。田んぼの生態系も同じである。地殻や海水の元素構造と、人の元素構造は類似している。土を基本とした農業の営みと人間の体が同じ構造を持つという意識を常にもっておくことが大切である。地球には今、6番目の大量絶滅期が訪れており、年間4万種が絶滅している。これで人間は生きられるのか。自分も絶滅の危機の中にいることを実感として捉え考えるべきだ。この危機を止めるのも進めるのも人間次第である。

3)水田の生態系維持システム
 明治維新以降の稲作収量の増加は、水稲栽培における投入エネルギーの増加と比例する。今の農業は農薬や燃料によって支えられており、持続不能である。一方、ふゆみずたんぼは、江戸時代の文献にも見られる農法で、流水客土の考えに基づく。中国では、春に備え水を確保するため冬期に湛水する。先のことを考えて水や養分を補う、これが「知恵」である。ふゆみずたんぼではミミズが土をつくる。またタニシが水を浄化する。無施肥でも草は殆ど生えず、8俵近く収穫できる例もある。生物の体を通ることで土ができ、生物多様性が向上して持続可能な農業が可能になる。
 田んぼに生息する生物は5668種確認されている。ラムサール登録湿地のうち、蕪栗沼だけが「周辺水田」も含めて登録湿地となっている。平成20年、ラムサール条約第10回締約国会議において水田決議が採択され、湿地システムとしての水田の生物多様性の向上が認められた。また国際連合食糧農業機関(FAO)は、世界の中で重要な生態系として、熱帯雨林、珊瑚礁に並び、水田を挙げている。水田は複雑な生態系を維持しており、食料生産以外にも優れた機能を持つ。
 今、「生命産業としての農業」が根本から崩れてしまっている。これからの農業を論ずる際の中心になる概念が、人間活動と生物多様性維持の持続可能な関係である。生き物の多様性を活かした、多様な担い手による農業を推進していくこと、生き物と関わりながら土を作り健全な地域をつくっていくことが重要である。

Tambo
「新らしい」ラムサール条約湿地の誕生 蕪栗沼・周辺水田 2005年11月

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2 事例報告 テーマ:「地域資源を活用した農林業の再構築」
報告者:八島大祐 (宮城県丸森町総務課人事行政班 政策秘書(主事))

 当町では、町長期総合計画の一環として「丸森型グリーンツーリズム」を策定、「グリーンツーリズム」を受け入れ側の視点で捉え、農林業のビジネスの一形態として取り組んできた。

1)滞在型市民農園(不動尊クラインガルテン)の取組
 当町の市民農園では宿泊可能な休憩施設が併設されている。最大の特徴は、地元の方との交流を貸付の条件としていること。そのため、地元側では管理組合を設立し、受入体制を整えた。また、管理組合は入居費36万円/区画・年×全18区画の収入をもとに、人件費も含め、施設の維持管理運営を行っている。入居者と地元との交流は、農作業の指導と地元行事への参加という形で行う。例えば、地域イベントである不動尊のお祭りや草刈りなどの行事への参加を促している。単なる農作業体験に留まらず、地元行事の体験をグリーンツーリズムの一環とし収入に繋げる、という視点で農林業の再構築を行っている。

不動尊クラインガルテン リーフレット

2)いきいき交流センター大内の取組
 本センターは宮城県が事業主体となった活性化施設整備事業が核になっているが、併設するレストランと直売所は、地元の皆さんで組織する管理組合が事業主体となり、会員の出資金による自己資金や農協からの融資、補助金で作った。施設はすべて役場が建てるべきという意見もあったが、運営体制を考える中で、自分たちもリスクを負うべきだということでまとまった。構想から完成まで約8年を要し、うち自分が担当の3年間だけでも大小100回ほどの話し合いをした。運営部門は直売、加工、体験、農家レストランの4つであり、皆で話し合って決めた。直売部門では、全体を良くしようということで、農業者のみでなく、商業者の皆さんとも話し合い、商店の売り場を設けた。運営体制は、多様なものを認め合って皆で取り組むことで、互いに盛り上がっていく方向性となった。イベントになれば子どもたちによる太鼓を披露する場所が生まれ、体験部門では事業を通じて生き物のいる場所を保全しようという動きが現れた。エゴマや自然薯の活用も始まった。

いきいき交流センター大内 リーフレット

3)今ある資源の活用による農業再構築
 丸森には限られた人・資源・土地しかないが、従来あるものを活かした新たな活用に取り組んでいる。例えば、大学と連携した桑の葉の成分「DNJ」に着目した商品化や、本町が起源とされる「愛国」米の活用などを検討している。ただし、住民の皆さんが本気にならないと何もできない。役場の役割は、住民の皆さんに必要な情報をお示しし、奮い立ってもらうこと。住民が宝である。宝を活かすために「協働のまちづくり」をはじめた。丸森には8地区それぞれに役所の出張所があり、役場職員が常駐して相談相手になってきたという歴史があるが、近年では、住民の皆さんの自主性を高めるために、自分たちで計画してもらうことを進めている。
 丸森町では、主体となる住民自身が協議する場がある。区長会といって毎月1回区長が集まって話し合うシステムが生きている。集落ごとに回覧板を回す仕組みや、冠婚葬祭における相互扶助のシステムも残っている。そのような従来のシステムを利用して話し合いを重ねることが、地域資源の活用による農業の再構築につながっている。

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3 ディスカッション
テーマ:「生物多様性の保全・活用と農業再興」
パネラー:岩渕成紀、八島大祐、伊藤秀雄(NPO法人新田あるものさがしの会理事)、志賀俊則(NPO法人伊豆沼・長沼水環境ネットワーク理事長)、牧下圭貴(里地ネットワーク、農と食の環境フォーラム)
コーディネーター:竹田純一(里地ネットワーク事務局長)

 伊豆沼・内沼と長沼の水質改善や生態系保全について、また、沼を一つの資源とした地域全体の資源発掘と産業づくりについて議論がなされた。
 伊藤氏からは、「地域にあるものの価値を見直し、地元の人が誇りに思うことを通じて産業づくりに取り組みたい。生産者や生産過程、環境などについて知ることで、それを選んで食べる人を増やしたい。そのために自分たち農家は、環境や生き物についての認識を深め、情報発信をし、地域の産業を深め発展させていきたい」との話があった。
志賀氏からは、「長沼・伊豆沼の水質が悪化し、外来種が増えるなど生態系のバランスも崩れてきているため、かつて自生していたジュンサイと雁を指標に、環境再生の取組を地域の方々と協働で行いたい。今後は丸森町の取組を参考にグリーンツーリズムにも取り組みたい」との話があった。
 牧下氏からは、食育と地域の繋がりについて、「『食育』は、地場産のものを食べさせるだけではなく産地や生産者について伝えることが重要。食べることで何が得られるか、食べ物が地域の人や環境等とどう関わるのかを伝えるなど、教育の視点から取り組むことで、食が農業や地域と繋がっていく」との話があった。
 また会場との質疑では、「ハスやヒシの実を利用してほしい」「ハスが増えすぎると他の生物が生息しにくくなるので適度に刈るべきだ」「沼は天然記念物でもあるため、沼の中のものを勝手に採取できない」「河川からの流入水が汚れているので、その改善なくして根本的な沼の水質改善はない」といった意見が寄せられた。
 これらを受けて竹田氏からは、当地域の課題が、沼、河川、生態系、農業、食、文化財(天然記念物)など多岐にわたることから、多様な立場の人たちが集まり協議する場を設け、総合的に取組を推進できる体制を整えるのが良い、との指摘があった。
 最後に岩渕氏から、「多様なステークホルダー、全く違った視点を持つ人が議論しあう場をつくり、全体を捉えていくことが新たなステップにつながる」、八島氏からは、「住民が役場にたくさん意見を出せば、それが蓄積されて施策に活かされる。役場に意見する住民になってほしい」と助言が送られた。

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4 まとめ
 今回の研修から、ワイズユースの取組を実際に進めていくためには、資源を利用しうる地域住民がその価値を認識し、人・環境・生き物・農・食などの関係性と全体を捉えながら事業を構築すること、そのために多様な主体が集まって協議・協働する体制をつくることが重要だということが確認できた。
 ラムサール条約指定湿地など、生物多様性と農業の多面的機能を連携させ、有機農業、環境保全型農業などをブランド化することで、里地里山の生物多様性と地域経済の両立が図られる。その効果を地域内で共有することが重要である。ブランド化の際、地域の第一次産業、食文化なども考慮し、食育の観点を取り入れることで、持続的管理と利用にも寄与できるのではないかと考えられる。

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