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活動レポート

里なび研修会 in 奈良
J-VERを活用した水源の保全と企業CSR

日時 平成22年11月5日(金) 13:40~16:50
場所 川上総合センターやまぶきホール(奈良県川上村)

奈良県川上村は、里地里山、水や森について学ぶ施設を備え、さまざまな体験活動の受入体制が整っている。一方、「大台ヶ原」を境に、三重県側の大台町では、森林の二酸化炭素の吸収によるJ-VERを活用した、企業との交流による保全整備が始まろうとしている。今回の研修会は、都市や企業CSRとの連携による里地里山の保全について研修を行った。

1 講演
テーマ:「めざす里地里山の未来」
講演者:宮林茂幸(東京農業大学)

1)一般に浸透していない里地里山の課題
60年前の日本は、国民の75%以上が農林業を営み、大半の人々が自然と接した暮らしをしていた。そのため里地里山や生物多様性の話題を身近に感じられた。今は80%の国民が都市に暮らしており、自然と関わる感性が鈍くなっている。

2)新たな生き方の視点
 これからの社会は豊かさ、健康、生きがいという視点が大切になる。都市社会は豊富な知識が入る一方、それが生きるための知恵になっているとは言い難い。本物を見る機会が少ないからだ。この問題意識から東京農業大学は、「源流大学」を開設し、里地里山で鋸(のこぎり)や鉈(なた)を使い作業するなど体験機会を意図的に作っている。

3)安心のある社会を目指す
 人間は森を良くしていくことで安全性を享受し健康な体を作ることが可能ではないか。都市社会では人の身体と頭が乖離し、企業の中でもメンタル面で病んでいる人が出る。本当の豊かさ、安全、安心を実現できる「社会と己(おのれ)」を作っていく必要がある。

4)国民総参加の森づくり
 里地里山は多様な機能を持っている。国土の約70%を占める森林は国土の荒廃を防いでいる。国土の安全保障に匹敵する問題を農山村だけに背負わせるわけにはいかない。里地里山では、経済性の理由により産業が創出しにくい状況にあることから国民参加で、里地里山を保全する必要がある。里地里山に多様なセクターが関わる住民参加型社会である。

5)低炭素社会-交流と消費から里地里山を守る-
地球規模で健全な緑を維持し低炭素社会を目指すためには里地里山を守るリズムを作ることが大切だ。上流部の里地里山でよいもの作り、下流部の都市で消費するというつながりを保つことが重要である。里地里山の自然の恵みをいただいて循環することで文化が生まれてくる。
このような消費と循環は、保水・水質浄化、土砂災害防止、さらには温室効果ガスの吸収といった機能を発揮することになる。手入れをした山としない山とでは二酸化炭素吸収と酸素排出の能力が全く違うからである。人が一年間に排出する二酸化炭素320kgはスギ丸太23本で吸収される計算である。
カーボンオフセットに金銭的な価値を持たせ、市場における流通を可能にしたのがJ-VERである。森林の二酸化炭素吸収量をクレジット化したものを企業が購入することができる。文化的資源、新エネルギー、新素材資源、さらには景観や教育など多様な活用方法が出てきている。こうした里地里山の新たな活用は流域経済、流域生活圏という考えの中で生まれてくるのではないだろうか。東京都世田谷区と群馬県川場村では、都市と農村の交流を通じて、自然とのふれあいや人との出会いを大切にしながら相互の住民と行政が一体となって村づくりを進めている。
都市と山村が結び付き企業が加わることで、新しい地域を生み出し、人づくり、ものづくりなど多様な「こと」づくりへとつながっていく。これが地域の自然、先祖が与えてくれた自然を守って渡していく構造を生み出していくと思う。

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2 事例報告

(1)「J-VERを活用した森林保全」
報告者:谷昌樹(三重県大台町役場宮川総合支所産業室)

三重県大台町は、町の面積362.94平方キロメートルのうち93%が森林を占めておりスギ、ヒノキ等の人工林率(=人工林面積÷森林面積)は57%である。高齢化率(65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合)は35.2%(旧宮川村は44.5%)に達している。大半は私有林で適切な森林管理が困難になっている。

1)きっかけ-学生との交流と災害-
J-VERに取り組むきっかけの一つは、東京の学生たちとの交流にある。受け入れをする中で学生たちから提案があった。また、大台町では平成16年9月に死者行方不明者7名を出す大洪水が起きており、こうしたことを防止する観点も取り組みを進める動機となっている。

2)目的-中山間地域の価値を示す-
J-VERに取り組む目的としては、1.中山間地域における二酸化炭素吸収による生態系サービスの提供に貢献し、都市と企業に中山間地域の価値を示すということ(「持続的な森林経営促進型」で申請)、2.洪水等災害の防止、3.森や水に対する川上・川下の住民の意識向上を掲げている。

3)J-VERプロジェクト実施に伴う森林経営方針
現在町有林1,597haを対象に実施している。先般のCOP10でも利用されオフセットされている。収益は基金を作り森林保全に役立てる予定だ。学生との交流の中でも、学生たちからJ-VERの収益で町の現状と課題への対応策に使うなどの提言をいただいた。具体的には林業の活性化や、集落住民のための資金利用などで、町も一緒に考えてやっていこうと動いている。

4)今後の方針
J-VERの申請面積をさらに拡大していきたい。特に私有林のクレジット化への展開を考えており、今年中に申請し登録認証となる見込みである。私有林については手入れや維持管理などをJ-VERに活用したいと考えている。

(2)「『水源地の森』を守る仕組みづくり」
報告者:尾上忠大(奈良県川上村 森と水の源流館事務局次長)

1)林業の川上村の歴史
川上村は吉野川・紀ノ川の源流に位置し、村の面積の95%が森林、人口約1,800人で高齢化率が50%を超える。吉野林業は全国的にも有名だが、林業は川や水と深い関わりがある。かつて、山から切り出した材は筏(いかだ)に組んで流し和歌山まで下った。人々の暮らしに川は欠かせないものであった。

2)「川上宣言」と水源保全の取り組み
昭和34年の伊勢湾台風で甚大な被害があり、それをきっかけに大滝ダム事業(国交省)がスタートした。上流には以前から大迫ダム(農水省)がある。
多くの人の飲み水になっており、奈良盆地を中心に灌漑用水ともなっている。川上村は水がめとしての役割があり、これからの木、水、人の関わりを考えている。
「川上宣言」において、川下にきれいな水を流したい、都市とは違った豊かな暮らしを構築したい、地球環境に対する人類の働きかけの素晴らしい見本になるようにしたいとした。
具体的な行動として、源流の原生林740haを村で購入し「水源地の森」として保全を始めた。平成15年までに全体調査を実施し動植物の実態調査も行っており、世界にも誇れる多様性を持っていることを把握している。ここに子どもたちを案内し、きれいな水が生まれていることとその大切さを伝えている。

3)森と水の源流館の活動-「源流交流」と「源流学」-
源流館の活動のキーワードは「流域交流」と「源流学」。「流域交流」は、川上村に限らず流域全体を一体と考えている。「源流学」は、源流を通して自然と人との関わりをみんなで考え、行動し、その体験から一人ひとりが答えを見出していく取り組みである。小学校3、4年生の教科書にも紹介された。
子どもたちに環境への関わり方について体験を通じて教えており、遠隔地で来ることができない子どもたちにも教材の提供や出張教室を行っている。森と水のワークショップでの源流の体験、地元の方の経験を生かした筏流しの体験、「ゴリオシ」など昔の魚とりの体験などを行ってきた。

4)企業に伝えたいこと
 源流域では、原生林に隣接して、大量伐採され土砂崩れが発生して山と川に悪影響を与えている場所もある。そこでは、間伐材を使って土留めをして自然に根付く木を育てる「芽吹きの砦プロジェクト」に取り組んでいる。山を守る取り組みや間伐などの作業に一緒にかかわっていただきたい。また、源流の素晴らしい自然、薪割りやかまど焚きなど暮らしの体験もあり、リフレッシュの場でもある。企業の皆さんにはぜひ里地里山との交流や体験を生かした研修などを考えてもらいたい。

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3 ディスカッション
テーマ:「里地里山の保全と企業CSR-サスティナブル企業へのメッセージ-」
パネラー:辻谷達雄(森と水の源流館)、久田浩司(共存の森ネットワーク理事)、牧下圭貴(東京農業大学 山村再生支援センター)
コーディネーター:吉野奈保子(共存の森ネットワーク事務局長)

ディスカッションでは、コーディネーターの吉野氏の里地里山と都市や平野部との関わりを企業CSRの視点を含めてどのように展開できるかといった課題提起から議論が展開された。
辻谷氏からは、子どもたちの体験学習プログラムをはじめとする都市との交流を今後も進めていきたい、そしてさらに企業から人的・財政的な面での様々な参画を求めていることが話された。また原生林の取り組みだけではなく、人工林についても木材の活用をより一層考えるとともに、今後は経済面で課題が多いスギの人工林化だけではなく、生物多様性の保全を重視した混交林化も含めて将来の森の形を模索する必要があるのではないかという指摘があった。
久田氏は、企業が里地里山や森づくりにかかわる際に企業CSRの視点が欠かせず、企業活動にとっても重要だという意識の高まりがあることを指摘した。また今企業が単にお金を出したり現場で社員が作業をしたりするということだけでなく、社員教育の一環としても役立つプログラムを求めている実態について話された。
牧下氏は、今まで企業にとって里地里山は「支援する」という視点だったが、逆に企業が里地里山に注目することで企業の課題解決の糸口があることに気がつきつつあると指摘した。間伐材や多様な植物といった未利用資源、源流の環境が潜在的に保持している癒しや健康といった要素をつなげて地域の良さを価値として変えていき、従来の林業の枠では考えられなかった観光や教育といった面で新しい仕事を起こす可能性が生まれていることが話された。

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4 まとめ
 里地里山の自然・文化・人といった資源が、企業のCSR活動と結びつくことで新たな活用が生まれることが確認された。特に里地里山と都市との交流や循環の仕組みづくり、地域における新たな仕事の創出、企業活動の活性化等の可能性について現状を踏まえた議論を深めることができた。
特に源流域の保全のためには、自治体を超えた流域交流の視点が重要である。流域の対象範囲を広域に設定することで各自治体や各集落の役割とその保全再生へ向けた指針がより明確になるものと考えられる。

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