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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 広島
明日の「さとやま」を語る ~いのちの源、くらしの礎を求めて~

日時 平成22年11月3日(水) 13:00~17:00
場所 広島大学東広島キャンパス(広島県東広島市)

東広島キャンパスは、250haの広大な敷地を有する自然豊かな環境を有している。32種類を数える絶滅危惧種が確認され、生物多様性の高い里地里山環境を保持している。里地里山のもつ豊かな世界と今日抱える諸課題を学び、里山の恵みについて産官学民の協働の視点から議論を深めた。

1 講演
テーマ:「里山・里海がもたらす可能性」
講演者: あん・まくどなるど
(国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット所長)

1)課題提起-失われゆく里地里山の伝統知識・知恵-
 里地里山の資源を活用し暮らしてきた人々、特に明治時代に暮らした人々の知恵と技術に注目した。1990年代初めに日本で田舎暮らしを始め、明治時代の竹細工師や桶屋等の職人、農家など、里地里山に暮らした人々の口述伝承の記録に取り組んだ(「原日本人挽歌」1992年清水弘文堂出版)。当時は彼らの持っている知識知恵は静かに墓に持っていかれるという状況だった。今、SATOYAMAイニシアティブが提案されるようになり、日本人は日本の宝物にようやく気がついた。

2)里地里山・里海のポテンシャル-ローカルから探ること-
 全国各地を回り、里地里山、里海の季節や地理的な多様性、豊かなモザイクに気がついた。
国連大学高等研究所はオペレーティング・ユニットとして世界では6番目、アジアでは初となる「いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット」を作った。環境問題はグローバル規模の解決策だけではなく、ローカルからも探るということが重要だからである。日本の全国各地を回り、里地里山、里海の季節や地理的な多様性、豊かなモザイクに気がつく。これが重要である。

3)生物多様性と気候変動の相互関係、里地里山の「サイクル」とのつながり
オペレーティング・ユニットにおける里地里山里海の研究活動や生態系アセスメントの仕事では生物多様性と気候変動の関連性を考えさせられる。遺伝子の多様性、種子の多様性は、里地里山の暮らしにおいては気候変動に対する適応力でもあるからだ。それは「サイクル」を持った多様な産物づくりが重要であることを示している。白山で出会った焼畑の現場は、5年~100年にわたる各段階のサイクルで循環しており「100か所の焼畑現場をもてば3代はもつ」と言われている。伝統農業では短・中・長期のサイクルで物事を考えて自然の利活用を考えていた。これは自然界のライフサイクルであり、ここに人の暮らしのサイクルも含まれている。現代科学はあまりに短期的に考えすぎなのではないか。
里地里山と里海の関連性も重要で、特に沿海域での生物多様性の消失原因には里地里山の活動が中断したことによる土砂崩れなどの影響が考えられる。里地里山保全は海のランドスケープ保全につながる。

4)里地里山への人間の新たなかかわり方-交流と対話、ローカルから学ぶこと-
 里地里山保全では地域づくりという視点が重要。人間が手入れをすることで、自然界の持続性がより可能になる。都会だけでなく農山漁村も人の交流や対話の場を作ることが重要である。
また新技術の導入の際には、自然界に与える影響をよく考える必要がある。例えば能登の離島では、海女さんがウエットスーツなどの技術導入をする際に、乱獲を回避し資源保全できるような配慮をコミュニティぐるみでよく話し合って取り決めている。93歳の海女さんは「海が止まるまでもぐる」と話しているのが印象的だ。解釈はいろいろとあるが、海が止まらないように、次世代に引き継げるようにとの意味だ。SATOYAMAイニシアティブが採用されたことで良いパラダイムシフトがなされることを期待している。

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2 事例報告

(1)「里山のシンボル、ギフチョウの現状と未来」
報告者:渡辺一雄(広島大学名誉教授)

ある大学のアンケートで、身近な植物の名前を知らない学生たちが意外と多いことに驚いた。身の回りのことに興味が持てず、学校では習わない里地里山のことを教えてくれる人がいなくなってしまった。ここに問題があり、解決しなければならない課題がある。ギフチョウは様々なことを教えてくれる。

1)ギフチョウとは
ギフチョウ近縁属は、世界分布が限局され1属に1~数種のみ含む小属ばかりでウマノスズクサ科食である。ギフチョウはウマノスズクサ科カンアオイが食草で日本の里山に本来たくさんいた(図参照)。ここから、ギフチョウが生息する里地里山の特徴を明らかにできる。

2)ギフチョウの分布と行動様式
ギフチョウは、水系ごとにまとまったクラスターを作っている。行動様式を観察するとオスは山の山頂をループ型に飛翔し、山頂間を巡回する。

ルードルフィア(ギフチョウ)属4種の分布概念図と地理的変異

3)ギフチョウ衰亡の理由-里地里山に関与する人間行動の重要性-
ギフチョウは本来、里地里山の渓谷から尾根の林縁部で生息している。かつての都市圏近傍には里山と不安定な地形の渓谷があり、ギフチョウはよく見られたが1970年代に一斉にいなくなっていった。
理由を食草からみれば、人の里地里山での活動がカンアオイの拡張を促しギフチョウの増幅力を高めていたのに、70年代に日本人の生活様式が変わって、落ち葉かきや柴刈をしなくなったことが影響したと考えられる。飛翔行動も、開発による地形や景観の変化の影響を強く受けていると考えられる。このように里地里山に関与する人間の行動が重要であり、こうした諸条件の変化がギフチョウの衰亡の理由になっていると考えられる。

4)ギフチョウの衰亡が里地里山に問いかけるもの
 現状では、個体数の減少は不可避だろう。しかし「里地里山のシンボル」として行動を起こしていくことで減少に歯止めをかけることができると考えられ、この観点こそ大切だと考えている。

(2)「コウノトリの再導入がもたらすもの」
報告者:内藤和明
(兵庫県立大学自然・環境科学研究所講師/兵庫県立コウノトリの郷公園研究員)

1)コウノトリとは
日本では一番大きな鳥の一種。翼長約2m、4~5kgで主に水辺で餌をとる。本来渡り鳥でロシアが繁殖地で中国が越冬地である。日本にいるコウノトリは留鳥として残っていたものであると考えられる。

2)生活域の中の鳥
兵庫県豊岡盆地は標高の低い低湿地帯で水田景観が卓越している。コウノトリは松の木の上で営巣し、餌をとる場所として田んぼをよく利用していた。田植えの後は苗を踏み荒らすので追い払う対象である一方、巣作りにはおめでたいいわれがあり、観察のための茶店ができたほどであった。この頃の光景が地域の人の記憶に定着しており、まさに「生活域の中の鳥」と言えた。

3)衰亡の過程と保護の歴史
昭和初期には最大100羽、盆地全域はもちろん盆地外でも目撃情報があったが、戦中から戦後にかけて激減し昭和46年には野生個体が喪失した。営巣木が切られたこと、農薬等による餌場環境の変化等が野生個体の喪失に影響したと考えられている。昭和35年に組織的な保護活動が開始され、昭和45年には飼育下での保護増殖の試みが始まり、平成になって繁殖が成功するという長い保護の歴史がある。

4)再導入の試みと取り組みの特徴
 コウノトリは長い間隔離されて飼育されたこともあり地元からは薄れた存在となっていたが「再導入」によって変わっていった。再導入とは、生き物が絶滅した場所に、もう一度放すという取り組みである。世界自然保護連合では、放す生き物の生態を知り繁殖技術を確立することや、実行するための組織づくりや行政的バックアップ、地域社会の合意形成などを盛り込んだガイドライン作成を行っている。
 コウノトリはいろんな生き物を餌として利用する特性がある。豊岡では、単に放すだけではなく生物多様性の回復を掲げた社会構築を目指した。自然再生を基本として、湿地保全と造成、ビオトープ整備、水田と河川をつなぐ、冬期湛水などの準備をはじめた。米作りにも減農薬等新たな農法が導入された。

5)再導入による効果
再導入の結果、コウノトリは民家の近くなど人の暮らしに近いところでも営巣するようになり日常の鳥として復活し、住民の心理的な距離が縮まった。またコウノトリを育む農法がブランド化などの付加価値を高める効果をもたらしている。農業者も誇りを持っている。観光客も増加し、放鳥前は10万人程度であったのが、放鳥後一時40万人を超え、今でも30数万人の来訪客がある。
野外巣立ちのコウノトリほど盆地外へ長距離移動する傾向がある。こうしたことから移動先で観察や湿地づくりの組織が設立されることもあり、地域を越えた情報交換と連携を促進させる媒介者にもなっている。

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3 ディスカッション
パネラー:あん・まくどなるど、渡辺一雄、内藤和明、竹田純一(里地ネットワーク事務局長)
コーディネーター:中越信和(広島大学教授)

活動を全国的に展開するための生き物を指標とした里地里山保全策の可能性、SATOYAMAイニシアティブを契機にした生物多様性保全や里地里山研究におけるパラダイムシフトの可能性など学術的な議論を深めた。
特にギフチョウをはじめとして、里地里山環境のシンボルとして生き物に着眼することは大切であり、昔からいた生き物を見つめなおすことで歴史性や文化といった部分でも関連する重要な視点が導き出されてくるのではないかという意見が出た。
会場からは地域で取り組むための仕組み作りなどの質問があった。行政、大学、企業、市民団体の既存活動を交流させ相乗的な効果を生み出していくための産官学民の交流プラットフォームの必要性などが提起されるとともに、近年の自治体の合併を契機にした新たな地域作りを視野に入れた議論が行われた。特に地縁的なネットワークを生かした連携の可能性、専門家だけではなく一般の人々を交えた意見交換の必要性について地元の地域づくり関係者より意見が出された。

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4 まとめ
 里地里山の持つ生態系サービスの普及を促していくためには、産官学民のそれぞれの立場から活発な議論と発信、相互交流による取り組みの協働連携が重要となる。今回の研修では、学術研究や世界的動向を踏まえつつ、産官学民のそれぞれの次元から里地里山の保全と活用の可能性について理解を深め合うことができた。
里地里山のシンボルとして生き物に着眼することが様々な有効性を持っているのではないかという議論も今回の研修会の成果の一つと言える。例えば川の環境診断にも用いられているような生き物を指標にした環境診断方策を、里地里山の様々な生き物にまで拡大して研究者とともに考究することにより、より適切な里地里山保全再生計画の策定に寄与できると考えられる。

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