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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 長野
修景計画から導く暮らしと文化の継承

日時 平成22年10月3日(日)9:00~13:00
場所 下栗総合交流会館(長野県飯田市)

「日本のチロル」と称され、「にほんの里100選」にも選ばれている下栗の里をモデルケースとして「修景」というキーワードから景観と暮らし、文化を保全しその価値を市民の財産として後世に伝える仕組み作りについて考えた。

1 講演
テーマ:「文化的景観と修景計画」
講演者:麻生恵(東京農業大学教授)

1)ヒューマンスケールからの評価と里づくり
 修景で重要なのは「ヒューマンスケール」の視点。手作り景観の配慮、徒歩などの人間の動きにあっているか、開発のスピード、造形的美しさ、動植物の豊かさ、機能の多様性(生活機能・生産機能)、食への連想、地域性・シンボル性、歴史性・エイジングの美等が評価ポイントである。これらの新しい価値はその地元に住んでいるとなかなかわかりにくいが、これからの里づくりの重要な要素となる。
地域の当事者が愛着と誇りを持つこと。その上で客観的な修景への理解を深めることが重要。また地元だけでなく外部の支援者の開拓が重要で個人・組織の様々なレベルでファンを増やしていくことである。
景観を構成している山、川、地形など、「大きなスケール」を出発点とした検討も重要。

図

2)景観整備のポイント
次の4点があげられる。
1.地場材料、デザインの統一
2.主役と引き立て役の関係(色への配慮):明度が高いものは主役になりやすく、低いものは背景になりやすい。
3.ディスアメニティ要素(景観阻害要素)の改善
4.ビューポイントからの景観改善検討:一人ではなく何人かで検討することで様々なアイデアが出る。

3)景観体験の仕組み作り
 東京都町田市の多摩丘陵ではフットパスの取り組み事例がある。そこで活用しているマップは手作りで反響が大きい。マップが出回ることでそれを手にした人もまた地域に出回るようになるので、それが地域の意識を変えることにつながる。
 このように対象の整備だけではなく「見せ方」をどうするかが大事。ソフト面におけるアクセスの整備、ボランティアガイドの養成、体験型プログラムによる印象付けなど、景観を題材にしながら十分にその魅力を堪能できる仕組みを作っていくこと。また産品と景観のつながりを考えることも重要。例えばそばによる景観作りではそば作り体験、試食会、美しい棚田で収穫されたハサ掛けのブランド米などが考えられる。
 情報の発信では、インターネット利用が考えられる。輪島の事例では実際に学生が地域に移り住んでブログを立ち上げて発信しているということがある。そういう点からもブログやホームページを扱える若い人たちにも積極的に参加してもらえるようにすることも重要である。

4)修景計画の進め方-景観管理計画の策定と運用-
 重要景観のリストアップと図面化、将来の管理目標設定、管理方法の仕方(方法、費用、主体などの検討)、定期的な管理計画の見直しがあげられる。当事者が積極的に関与するワークショップ方式がお薦めで、専門家に任せきるのは避けた方がよい。「急がず休まず楽しく10年計画」を念頭に、ステップを踏んだ活動とPDCAサイクルを機能させることを心がけることで「魅力づくり活動」が促進される。

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2 事例報告

(1)「下栗の里 修景保存事業の取り組み」
報告者:胡桃沢(くるみざわ)三郎(下栗自治会長)

ジブリ美術館で始まった短編映画「ちゅうずもう」で、下栗を舞台に、豆腐の味噌田楽、さんま団子など地域の独特の食や風景が登場する。宮崎駿監督にはパンフレットで下栗の里のことを表現してもらった。最近、小説の舞台になったり、メディアにも取り上げられ、多くの方々が訪れるようになっている。2月には金沢でにほんの里100選のシンポジウムがあり事例発表する機会も得た。

下栗の里

1)下栗の里の特徴
 南アルプスに接した、急傾斜地の村の風景。800mから1,000mのところに住んでおり、土地が古生層で肥沃で安定していることから、古い農耕の原風景をとどめている。農産物として地場産品の下栗芋、日本で最も高い標高でつくられるお茶やそばなどがある。
霜月祭りが伝統無形文化財に、竹踊りが国の選択無形文化財に指定されている。地形上、水には苦労しており、雨乞いと念仏踊りを組み合わせた行事も存在している。

2)課題と住民の活動
 下栗の里の特徴を住民の多くが誇りに思っている。最近、人口流出による空き家の増加が目立つ。現在110名52世帯で高齢化率は63%という厳しい状況だが、「生涯現役集落」ということで頑張ろうとしている。地区の活動として、
1.女性グループ:堅豆腐や、コンニャクなど食文化継承
2.はんば亭:地区経営の飲食・物産販売・交流の場
3.下栗里の会:看板やビューポイントの設置。信州大学と連携して、下栗芋のウイルスフリー化も行う。新たに設置したビューポイントにはたくさんの観光客が訪れている。

3)景観保存に向けた動き
地域の住民活動の動きを受けて、自然的・文化的景観の保存が重要ではないかという機運になっている。下栗自治会では将来にわたって下栗の景観を残していこうと関係機関が連携して景観保存に取り組むことになった。急傾斜の畑の保全対策、ブランド化、森林整備、食文化保存、都会の方たちのサポートによる遊休農地の維持活用を視野に入れている。

(2)「フットパス計画による景観の保全管理」
報告者:栗田和弥(東京農業大学講師)

1)日本におけるフットパスの機運の高まり
フットパスの先進地であるイギリスでは、天気があまり良くないため、森があまり育たず植生や生物多様性が豊かではない。天候が良い時はなるべく外を歩き日光を浴びようという習慣がある。歩くことが権利であることに意識的だという背景から農村を楽しくゆったり歩く様々な工夫がなされている。日本でも農村の中を散歩できる道作りや楽しみ方を作る機運が高まり、2年ほど前に、フットパス協会ができた。日本では昔から公共として使える農道などもある。

フットパス

2)福島県鮫川村の事例-道作りと農業体験-
 鮫川村は、10年ほど、東京農大との交流があり、かつての城跡の里山を整備しようと、4年前から道作りを行っている。歩くときに必要な休憩所や展望デッキなども製作し、専門技量が必要なところはプロが行い、その他は素人でも一緒に実践している。

3)歩くことのよさ-横道にそれて楽しもう-
 歩くことは、車と違いよそ見ができる。一本の道を行くだけではなく横にそれて楽しむこともできる。道草できる要素が道作りではポイントとなる。例えば集落作業や、それてよい横道、道端で得られたものが食べられるような販売所などの工夫である。

4)手作りの重要性と「不断の整備」という考え方
地元が手作りする素人的なモノ作りは良い効果をもたらす。恒久的でなく、毎年建てたり、変えたりできる物の方が面白いこともある。全部プロがやるのではなく、部分的でも地元住民などがかかわることで自分たちが作ったという感覚、愛着がわく。耐久性がなく壊れやすく再整備が必要でも、それを参加のきっかけとして、保全のためのかかわりを維持することも大切。

5)道作りのプロセスの楽しみ
 農村での道作りは作業だけではなくよそ見をすることができる。そこにカエルなどの生き物がいれば感動を呼び起こす。都市ではできないことを作業をしながら楽しむことが価値となる。

道作り

6)道作りと連携した産業の活性化
 鮫川村はスーパーが1軒もないが、在来種の大豆による手作り豆腐が地元により作られ、人が外から来るようになった。食料や醸造などの専門家とも連携して地域に呼びながらブランド物を作り始めている。道作りと連携をとるところで様々な産業の活性化の可能性がある。

7)トレイルヘッドという考え方
車を止めるところを確保し、そこから歩きはじめることを基本コンセプトに入れてルート作りをする。駐車場から1時間から2時間ぐらいで途中にレストランやトイレがあればよい。長時間になれば宿泊の機能を入れるなど、様々なレベルでのルート作りを考えておく。

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3 ディスカッション
パネラー:麻生恵、胡桃沢(くるみざわ)三郎、栗田和弥
コーディネーター:竹田純一(里地ネットワーク事務局長)

里地里山の空間を生態系全体で考えた場合、かつては牛を飼う必要性から森を開き草原状になっている(「日本のチロル」と称される景観)ことからもわかるように、暮らしと生業と生き物の関係が結果として土地に根差した美しい景観を形成することを確認した。
こうした基本的な考えの上で下栗の里をモデルケースにしながら、地域環境を保全していくためにどのような修景事業が考えられるのかを中心に議論が深められた。人手が不足している現状において、どのように保全維持していくためのボランティアを募ることができるか、人手をかけないで維持管理する方法として考えられることは何か、あるいは活用せずに景観保全に留意しつついかに閉じることが可能かといったことについて話し合われた。
ディスカッションでは最終的な答えは導き出されなかったが、住民の理解と合意がポイントとなる要素でありワークショップを地道に積み上げていくことの重要性や、行政と連携をとりながら関連する制度利用などを地域が主体となって模索していくことが有効であるということが確認された。

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4 まとめ
 今回の里なび研修会では、里地里山の自然、暮らし、文化の伝承について、修景計画やフットパス作りという観点から、ハード・ソフト両面における対策の基本思想への理解を深めながら具体的事例やしくみ作りを検討した。
修景計画は里地里山の文化的景観について意識化することに役立つとともに、保全のための推進体制の整備、暮らしの生業や産業づくり、そして生態系保全という里地里山保全活動が必要とする多分野へと接続し誘導できるツールになることが確認できた。文化的景観に配慮した修景計画を里地里山保全再生・活用の計画策定の最初のポイントに位置付けることで、全国各地のそれぞれの特色や独自性、その文化継承へ向けた方向性を明確に示した里地里山保全の指針作りが可能となることが考えられる。

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