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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 広島
資源の循環利用による鳥獣害対策と里地里山の再生

日時 2010年1月24日(日) 10:00~15:30
場所 広島YMCAホール国際文化ホール

研修会の様子

 環境省里地里山保全活用「里なび」研修会を、広島市にて開催しました。広島県内には、ひろしま緑づくりインフォメーションセンターなど里地里山保全のネットワーク組織があり、また、広島大学などとの連携も盛んです。今回は、広島大学大学院国際協力研究科、ひろしま緑づくりインフォメーションの共催で研修会を開催しました。
 今回の研修会では、全国的にも課題となっている農山村の鳥獣害被害とその対策、および、里地里山の保全・活用について最新の研究や取り組みについて報告をいただき、広島大学大学院国際協力研究科・中越信和教授に講演いただきました。

 里地ネットワーク・事務局長の竹田純一より、「里地里山保全再生計画策定の手引き」を紹介しました。
 かつて人が手を加えることで里地里山の景観や暮らし、生物多様性が守られてきましたが、人が里地里山を利用しなくなったことで、里地里山の景観や生物多様性が劣化しています。新たな形で里地里山を使い、暮らしのあり方や景観、生物多様性を回復しようという取り組みが保全活用です。「試行」から「保全再生計画」に向かうまでの合意形成の手法と、地域コーディネーターの役割が重要になります。

竹田純一

研修会報告・講演等の概要

■報告事例1
里山の畑を獣害から守るための忌避剤の可能性と農村景観の保全

「大型肉食獣の体臭でニホンザルなどによる農業被害を軽減する試み」
広島大学総合科学部 渡辺麻気

渡辺麻気氏

 新たな獣害対策の可能性として、ニホンザルが大型肉食獣の体臭を嫌い、忌避効果があるかという研究を行っています。イノシシについては効果がないという研究があるものの、ニホンザルについての研究がないこと、ニホンザルの被害は経済的にも精神的にも大きいため対象としています。研究は、モデル地域で体臭付き布を畑の回りに設置しての効果の検証、周辺地域でのアンケート調査、動物園での給餌実験を行っています。今回の研究では、忌避行動が3カ月ほど続き、周辺地域でも被害の軽減が起きました。要因が体臭のみなのか、他の要因によるものかの継続的検証は今後の研究課題となります。ただし、忌避剤は夏場など一時的な対策で、気候条件の影響や慣れの問題もあるため、効果があっても他の対策との組み合わせは必要です。今後も研究を続けます。

「農業被害の軽減と農村景観の保全」
広島大学大学院国際協力研究科研究員 山崎亙

山崎亙氏

 鳥獣害被害の背景には、日本の里山、農山村の変化があります。農業の総産出額は、1985年をピークに減少傾向にあります。農山村は高齢化が進み、限界集落数も増えています。特に、中国四国地方の限界集落率は高くなっています。農業が厳しい状況にあり、耕作放棄地が増えています。日本は1戸あたりの農業の平均経営面積が他国に比べてとても小さなものです。この中で、農業被害は農産物総産出の0.25%に過ぎませんが、零細農家が多いため、経済的、精神的被害が大きくなります。獣害ではイノシシ、サル、鳥害ではカラス、スズメが主となります。最新研究によると、野生動物は危険な場所を避け安全なえさ場を選ぶ、エサが多い場所を選ぶ、集落が安全で食物の多い場所だから出没することが分かっています。かつては、集落単位での追い払いが徹底していましたが、現在は個人の対応となっており、管理ができず、棲み分けもできなくなりました。
 一方、里地里山では生物の絶滅も進んでいます。集落では生産意欲が減退し、個人が孤立化し、後継者が不足する中での鳥獣害被害があります。
 里山にバッファゾーンを整備し、農業被害を軽減させ、農村景観を保全させるためには、産業の育成や若者定着のための取り組みなど、総合的な対策として考える必要があります。

■事例2
里山にバッファゾーンを整備してみてわかった問題から過疎山村の現状
ひろしま人と樹の会 幹事 山場淳史

山場淳史氏

 ひろしま人と樹の会は、広島県内で里山保全活動とともに、野生動物との共存を支援する活動などを行っています。山村でのツキノワグマとの競合を避けるための柿もぎ協働作業などを実施してきましたが、より直接的に、バッファゾーン(緩衝帯)の整備に取り組みました。畑と山林が接近している環境を、伐採、間伐により、野生動物と居住、生産空間を広げる仕組みです。
 バッファゾーンの整備では、基準や実施後の効果が不明確です。幅や伐採方法、時機などによっては、逆効果になったり、維持管理が大変になります。そこで、山際だけの問題にせず、地域ぐるみでの集落環境整備として取り組む必要があります。
 北広島町の溝口地区で、地元団体と取り組みを行いました。基本的に谷地の地形であり、小規模な人工林が迫っているため、主にイノシシの被害があります。美和東ふるさと振興協議会と順応的なプロセスに取り組みました。まず、ワークショップを地元、都市住民、専門家で開催、作業セミナーで実験的に実施し、モニタリングを行い、調査と検証によって技術的指針になるように努めました。
 作業は、耕作放棄地の刈り払い、チップ化、人工林の間伐を行いました。課題は、里山林の境界に広がる耕作放棄地です。ここを整備しなければ、人工林にまでたどり着かず、この整備に時間がかかりました。その後、整備地の視察や要因の観察、対策会議などを行い、2年目に隣接地の7000平米を草刈りし緩衝地づくりをしました。研究には広島大学の協力を得ています。
 地元からは短期的な効果が期待されますし、周辺地への獣害の移動というリスクもあります。即効性のある対策を組み合わせた長期整備作業計画が必要だと思います。

■事例3
山の資源と地域の伝統産業を結ぶ 里山循環のしくみづくり
西条・山と水の環境機構 理事 前垣寿男

前垣寿男氏

 東広島市西条地域は酒どころとして有名です。「西条・山と水の環境機構」は、市民にとっても酒造りにとっても大切な水源の山の手入れをし、美味しい水や風景を守るために、西条酒造協会を中心に市民、行政、企業関係者らが連携して活動を行なっています。
 イギリスに、ピーターラビットのグッズを買えば地域の大切な環境や文化を守る基金が集まる、ナショナルトラストという仕組みがああります。同じように西条の酒蔵は、西条の酒が売れたら山と水を保全するための基金を積み上げることにしました。西条酒1升の売り上げにつき1円の基金です。西条の酒を選んで飲んでいただければ、それだけ周辺の水環境や里地里山を守ることができます。
 基金を集めるだけでなく、実際の保全活動もしています。「西条・山と水の環境機構」には、酒造協会メンバーのほか、森林組合や酒米の生産者、県、市、市民、地元企業、大学、高校や子どもたち、ボランティアなどが参加しています。山のグラウンドワークとして、龍王山憩いの森公園で年間5~6回の山の手入れを行っています。ここでは、除伐材が地域の中で活用されるよう心がけています。除伐した小さな木や枝は、ウッドチップにし堆肥にしています。大きな木は、炭の材として炭焼をしています。ここでつくった堆肥は、地元の酒米づくりの田んぼに使ってもらい「山田錦」をつくっています。また、炭は地元の小学生たちの参加により、小川に敷き水の浄化に役立ています。様々な担い手の協働作業により、美しい山、おいしい水、美しい里がつくられ、市民生活はもちろん、酒造りという地域の伝統文化・伝統産業が生きることに役立つ、息の長い取り組になることをめざしています。

■事例4
過疎を逆手に取った地域づくり
人間幸学研究所 所長 和田芳治

和田芳治氏

 庄原市総領町木屋は限界集落です。19世帯まで減少し、人口50人、75歳以上が21名となり、中学生以下の子どもがいない状況でしたが、現在21世帯、54名で幼児から小、中、高校生までいるようになりました。過疎を逆手にとるためには、「汗をかくことをおもしろがる」ことです。「ないものねだり」をせず、自生(じおい)文化・地生文化として、自らやること、「あるもの探し」をして、そこで見えたものを磨く、耕すことが必要です。
 木屋には、他の地域でみられなくなったセツブンソウが生えています。それは「豊かな自然」が残っているからではなく、人が草を刈ってきた結果です。他の地域で消えたのは、農業で草を刈らず、たい肥に使わず、飼料に使わなくなったからです。木屋では、北向き斜面に家があるため、草を刈らなければ暮らせません。だから、セツブンソウがあるのです。
 地域づくりには外の若者の力と言われますが、まず、地域の年寄りたちが動くことです。そのためには、10年、20年先の話ではなく、せいぜい5年ぐらい先までの変化を言うことが必要です。しだれ桜を植えるのに、ある程度大きくなった木を植えることです。目に見える現実感がいります。年寄りには、知恵と技術があります。それは外の若者にはできません。
 イベントやボランティアだけでは里山は守れません。里山に移り住み、里山を「食い物」にして生きることで里山が守れるのです。
 里山には、自分の人生を自分で決められる暮らしがあり、お金には代えられないものがあります。
 いろんな汗を楽しそうにかいていると、人が入るようになります。Iターンの人も来ます。それが地域のビジョンだと思います。
 2010年5月4日、「抱きしめて笑湖ハイヅカ」というイベントをします。1000円の参加費で、3万人が手をつないでダム湖を取り囲もうという取り組みです。いろんなイベントもしますし、手をつなぐ5分前にはごみ拾いもします。本当に実現可能なのかと疑うのではなく、達成できた後に、何が起きるか分かりません。集まったお金で新たな活動も生まれます。何より、パソコンや携帯電話とは違う、手をつなぐという原始的な営みに参加できます。

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■ディスカッション

 事例報告を踏まえ、会場から質問や意見をいただき、発表者に、講演者の中越教授を加え、意見交換を行いました。
 獣害被害対策としてマイナスにとらえるだけでなく、イノシシを資源としてみなす発想や、人間を恐れるようにスポーツ合宿などを誘致して里山の被害エリアをランニングし、声を出してもらうなど、里山に人が「いつもいる」状態を作るためのしくみなどが必要ではといった意見が出されました。また、農家が収穫残さを畑に置くなど、知らず知らずの「餌付け」をしない、動物側の生理的特徴や、人間側の社会的な受け止め方で、獣害の対応は種類ごとに異なることなど基本的な技術の情報交換を行いました。

■講演
身近な資源の利用による鳥獣害対策と里地里山の再生
広島大学大学院国際協力研究科教授 中越信和

中越信和氏

 環境省の里地里山保全・活用検討会議委員や文化庁の文化的景観審議会の委員としての視点から、里地里山の保全活用に関わる日本と世界の動きから、広島県における保全活動や調査研究の動向などを総括していただきました。
 2002年に、新・生物多様性国家戦略が策定され、2007年に21世紀環境立国戦略、第三次生物多様性国家戦略ができました。日本の里地里山の生物多様性に対する危機意識の高まりがあります。国際的には、G8環境大臣会議、COP9(ボン)、洞爺湖サミットなどで、COP10(生物多様性条約第10回締結国会議)の日本開催を宣言。ここで、先進国だけでなく、途上国にも生物多様性保全のメッセージを送ろうとSATOYAMAイニシアティブを提唱しています。その流れより、生物多様性基本法が08年6月制定されました。
 広島県でみれば、ひろしま緑づくりインフォメーションセンターや広島県の「山の日」の活動などは、この基本法の理念を実現している取り組みです。実は、広島県はほぼすべて里山エリアになります。日本の自然保護区としてみると優先度の低いところですが、里地里山で考えると重要です。
 里地里山は、景観でもあります。燃料として、萌芽枝、薪、炭を使い、建材等に木材を使い、採草して飼料、落ち葉はたい肥としていました。それらを使わなくなったことで、里地里山のモザイク的な景観が失われました。里地里山は、使うことにより景観も、生物多様性も守られてきたのです。
 景観の面では、文化財保護法が2004年に改定され重要文化的景観が位置づけられました。重要文化的景観とは農林水産業の景観です。第一号が近江八幡市の水郷景観(ヨシ原)です。里地里山里海の景観すなわち人と自然が共生する場です。景観の面からの保全活用という視点や方法もあります。
 科学的な知見から里地里山の状況がますます見えています。たとえば、中国四国のフクジュソウは、実はミチノクフクジュソウで、北海道から来たのではなく朝鮮半島から来たことが分かりました。別の種としての大切さがあります。身近な植物も絶滅危惧ばかりです。
 里地里山を守るには、鳥獣害対策とともに、人間が活用することが重要である。特に、森林資源は竹を含めてバイオマスとして、燃料や飼料など様々なかたちで利用することが求められています。今日的な価値に変えていくことが必要です。そういう視点から、地域の里地里山の保全活用行動計画が望まれます。

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