ページトップ
環境省自然環境・生物多様性里なび活動レポート > 研修会・シンポジウム報告

里なび

ここから本文

活動レポート

里地里山の保全再生と活用 ~持続可能な未来のために~
里なび全体セミナー

日時 平成21年2月20日(金)10:00~17:00
場所 農林水産省共済組合南青山会館新館2階大会議室

里なびでは、これまで19年度20年度の20回の研修会(予定2回を含む)を通じて、各地域での里地里山の保全再生に向けた具体的な課題を整理し、その解決に向けた方策の検討、実践等の取り組みを進めてきました。
この里なび全体セミナーでは、研修会を開催した地域の団体の代表者や参加者とともに、里地里山の保全再生、活用に向けた考え方、マネジメントなどについて、具体的な事例を踏まえて広く学び発信する場として開催しました。
会場には、120名を超す参加者がありました。

会場の様子
会場の様子

冒頭、黒田大三郎・環境省自然環境局長が挨拶を行いました。生物多様性基本法が平成20年6月に施行され、日本における生物多様性保全がこれまで以上に重要になったこと、平成22年度には「生物多様性条約第10回締約国会議」(COP10)が愛知県で開催されることから、日本の取り組みが注目されていることを紹介し、「SATOYAMAイニシアティブ」として日本の体験、技術、智恵を世界各地の自然条件と社会条件に適した形で提案していきたいと述べました。同時に、現実には里地里山の自然環境が劣化しつつあり、日本国内における保全再生の取り組みを広げていく努力が必要であり、本セミナーでの実践例などを参考に活動を広げ、深めて欲しいと挨拶をしました。

黒田大三郎・環境省自然環境局長
黒田大三郎・環境省自然環境局長

ページトップへ

■基調講演「今の日本に必要な里地里山の視点とは」
あん・まくどなるど氏
(国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット所長)
まくどなるど氏は、日本全国の里山、里地、里海を20年に渡って歩き、フィールドワークを行っています。

発言趣旨:(事務局まとめ)
戦前の日本の農山村の暮らしには、自然との共存、持続型のモデルがありました。資源は無限ではなく、有限であることを知っていたし、森や畑など周囲の資源を利用し、自分たちの行為が自然に影響を与えること、自然の変化が自分たちに影響を及ぼすことを理解し、その価値観、文化を共有していました。
日本列島は、多様性に富んだ環境があります。列車で移動していると、金沢では湿った雪が降っていたのに、同じ日のびわ湖では別な雪、香川ではまったく別な冬の景色がありました。わずか4時間の移動で3つの冬を感じました。島国として面積は限られていても、「お弁当箱」のような自然の多様性があり、暮らしの多様性があります。
持続可能な社会をつくる上で、人間がどこまで自然に入っていいか、自然と人間の関係、保全から共生について考える必要があります。どのようにして持続可能な社会を作るのか、何を過去に学ぶのか、考えましょう。
国連大学高等研究所の活動として、現在、研究者が持つ里地里山の様々なデータと行政が持つデータ、自然科学と社会科学のデータをつなぎ、評価していく作業をしています。
里山と海辺の里をつなぐ、研究者と行政をつなぐ、行政の間、研究者の間をつなぐ、「つなぐ、つながる」ことが多様で持続可能な社会をつくる上で必要なことです。

あん・まくどなるど氏
あん・まくどなるど氏

ページトップへ

■里なび活動紹介「里なび中間報告、里地里山の課題、活動、方向性」
竹田純一(里地ネットワーク事務局長)

発言趣旨:(事務局まとめ)
今年度の里なびは「研修会」として、各地で、それぞれの地域の課題を確認し、専門家による新たな知見を入れながら、里地里山の保全再生や生物多様性の保全に向けた活動の方向性をつくるという目的で研修会を行っています。
この研修会を通じ、すでに、宮城県大崎市では、ラムサール湿地として新たに登録された化女沼の周辺地域における保全再生の取り組みに向けた新たな活動団体が結成される運びとなり、今後、化女沼周辺の生きもの調査や水田等周辺環境の保全活動に向けた活動がはじめられることとなりました。
また、北海道七飯町ではNPOと地域、企業との新たな保全活動の取り組みが計画され、石川県金沢市では外来種対策に向けた新たな取り組みが生まれました。それぞれの研修会を通じて、里地里山の保全再生計画の策定技法や、里地里山の生物多様性についての生態学的知見、保全技術の交流、伝統的な知恵の掘り起こしや継承などに向けた動きが起きており、研修会を実行した地域・団体だけでなく、参加した地域やNPOが新たな動きを検討するなど波及効果が出ています。
昨年度に里地里山保全再生モデル事業の成果のひとつとしてまとめられた「里地里山保全再生計画策定の手引き」を活用した地域やNPOでの取り組みには効果が出始めており、今後も、地域の具体的な課題や実践的な研修会を通じて里地里山保全再生の課題抽出、計画策定、保全活動と、多様な主体の参画を得ながら保全再生活動を継続するとともに、活動の輪を広げていくことが必要です。

竹田純一
竹田純一

ページトップへ

■特別講演「里地里山の活用に向けたマネジメント」
宮林茂幸氏(東京農業大学地域環境科学部教授)

発言趣旨:(事務局まとめ)
今の里地里山ではタケが藪化し、クズが生い茂っています。タケやクズは60年ほど前まで生活に欠かせない素材であり、生業として活用されてきました。里山との関わりがなくなったからです。
一方、人生80年の時代を迎え、生まれたときに親が山に木を植えておいてくれれば、人生のなかばには木が育って切り出すことができるようになりました。山があることで豊かさを実感できる長い寿命を得たのです。
新しい人と里山、森との関わり方が必要です。それは、環境保全優先主義であり日本にある森林文化を生かし、参加型社会の創造であり、環境共生社会をつくることです。
里山においては、個人と里山の関係(生活視点)があります。森林が生活と生産に欠かせず、健康の維持・増進にも関わってきました。「イエ」と森林の関係(生産視点)もあります。里山は生産活動の維持装置であり、農業資材や住宅資材などを生み出すものです。もうひとつ、地域社会と里山(協同の視点)があります。里山は地域資源であり、入会林、共有林、学校林などとして使われてきました。
これらの視点に学びながら、里山を生活、生産、教育、協同の場としてとらえていく必要があります。
今日、里山利用のサイクルが変化し、里山は放置され、森木は過熟し、生物多様性は失われ、開発の対象となっています。
里山保全とは、里山に学び、里山に遊ぶこととつながります。里山を「先生」として、「教室」として、「学習材」として、「社会」として、「世界への入り口」として、里山での遊びを生み出し、里山を保全することが必要です。この視点での活動は、同時に、自らの環境は自らが守り、社会を参加型に変えていくという体験、教育となり、ひいては、環境共生社会をつくり、健康的で生きがいのある地域づくりにつながります。

宮林茂幸氏
宮林茂幸氏

ページトップへ

■各論セミナー1 「地域住民とつくるエコツーリズム」
高木晴光氏(NPO法人ねおす理事長)

NPO法人ねおすは、今回の里なび研修会で七飯町の「苅澗川周辺における里地里山一体的保全活用について」研修会を行った際の共催団体です。NPO法人ねおすは、 「北海道の森や山、海や川、山麓の町や村に触れ、自然豊かな地域に暮らす人たちに出会う、自然への旅と交流づくりを通して自然と社会との心地よい関係(人・地域)づくりに貢献し、人々の心の糧になるような北海道らしい自然体験文化を育ててゆきます」をテーマに北海道の各地で活動を続けています。
地域住民とともに取り組んできたエコツーリズムをはじめとする地域協働事業、人材育成、プログラム開発についてお話しいただきました。
NPO法人ねおすは、現在7つのフィールドを拠点に、各プロジェクトごとに自立・自律を行っており、NPO法人北海道山岳活動サポートや北海道エコツアーシステムなど外部とも連携したしくみであり、スタッフがフィールドである地域に定着して交流の仕組みを作っています。個々にフィールドに入るスタッフには明確な人材像があり、個々のスタッフが持つネットワーク力やコミュニケーションの能力が地域ツーリズムを持続的に成立させるための鍵になっています。
高木氏は、NPO法人ねおすのような事業型NPO活動の社会的な役割と効果として、働き甲斐、生き甲斐の創出による自己実現の達成、心の豊かさをつくること、コミュニケーションの創造、コミュニティや地域への愛着、誇りづくり、地域環境への関心を高めること、地域文化の創造すること、地域情報の発信すること、そして、新たな生活価値の創造することだとします。それは、従来の「社会資本の基盤整備」から「社会関係性資本の基盤整備」となることとまとめられました。

高木晴光氏
高木晴光氏

■各論セミナー2 「ラムサール条約決議“湿地システムとしての水田の生物多様性の向上”を地域にどう活かすのか」
岩渕成紀氏(NPO法人田んぼ理事長)

NPO法人田んぼは、宮城県大崎市での「化女沼・蕪栗沼と周辺里地里山の一体的保全活用へ向けて」里なび研修会を行った際の活動団体です。NPO法人田んぼは、生物多様性と水田農業のあり方、冬期湛水水田(ふゆみずたんぼ)などについて全国的な活動を行っています。一方、フィールドとして、ラムサール条約湿地となっている「蕪栗沼・周辺水田」における活動を続けています。
岩渕氏は、水田とは生産の場であると同時に生物多様性の場であり、農法によって同じ土地の水田でも生物が変わることを紹介しました。韓国、中国、スペイン、コスタリカなどでの水田稲作の例を紹介しながら、冬期湛水水田による水田での生物多様性を増す取り組みの具体的な技法、考え方を紹介するとともに、2008年秋に韓国で開催されたラムサール条約第10回締結国会議において決議された「湿地システムとしての水田の生物多様性の向上」決議(いわゆる「水田決議」)を解説、生物多様性を前提にした生産活動を行うことが今後の農業生産、販売上からも有益であるとしています。
このほか、世界のラムサール条約湿地で水田稲作がある地域とタガメの分布の相関や北海道、沖縄の冬期湛水水田にいるイトミミズが土を耕している状況を紹介しました。この冬期湛水水田については、冬期の水利権の問題や水路と水田の連絡など様々な質問が会場から出されました。

岩渕成紀氏
岩渕成紀氏

■各論セミナー3 「草地の生物多様性と農家・市民協働による保全活用」
高橋佳孝氏((独)農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センター主任研究員)

高橋佳孝氏は、山口県美祢市での「秋吉台草原の維持と持続可能な利用を考える」里なび研修会において専門家として草原保全の意義や手法をアドバイスいただきました。
九州の阿蘇や島根県の三瓶山など主に西日本の草原管理と生物多様性についての専門家として、里地里山における生物多様性上欠かせない「草原」の現状と課題、取り組みを解説いただきました。
高橋氏は、「原っぱの絶滅危惧種は子どもたち」であると言います。草原はふるさとの原風景であり、草原は屋根ふきなどの素材生産の場、牛馬の飼料や肥料のための草を取る生産の場として利用され、また、放牧などの場ともなってきました。農耕以前でも狩猟場確保のために草原や森林に火を入れるなど、狩猟の場でもありました。数十年前まで、火入れや採草、放牧などにより草原は一定の景観が保たれ、それによって多くの種類の植物が共存できていました。明示・大正期には国土の11%が草原でしたが、現在は草原は国土の1%程度となっています。かつては、草原が衣・食・住に欠かせない「草」を生み出す場でしたが、人と草原が離れていったことで、草原は荒れ地、低木林に変わりました。その結果、草原の生き物たちが急速に減り、子どもたちの姿も消えました。
草原を保全するには、火入れ、採草、放牧などが継続できるかどうかにかかっています。阿蘇や三瓶山をはじめ、西日本のいくつかの地域では、再び火入れなどによる草原の維持が再生されており、多くの人達が関わり地域社会にも新たな動きをもたらしています。生活文化や祭りの復活、外部ボランティアの参加や新たなツーリズム、エコツアー、草原を活用した畜産や農作物の生産によるブランド化などもあります。草原を維持管理、保全することで草原の文化を継承すること、その価値観を広く共有し、草資源をみごとに循環させていた戦陣の知恵に学びながら、分断された草原と人々のくらしをつむぎなおしていく必要があるとまとめられました。

高橋佳孝氏
高橋佳孝氏

ページトップへ

今回の全体セミナーでは、森林、田んぼ、草原という里地里山を構成するフィールドにおける研究、実践活動を行われている専門家に生物多様性と人と自然の関わり、これからの社会のあり方といった観点から具体的な事例や技法を学びました。また、エコツーリズムや地域マネジメント、里地里山保全再生、そのための価値観や伝統的な知恵の継承といった観点からの様々な具体的事例を知ることができました。里地里山の生物多様性と地域の暮らしや文化、生業との関わりは一体のものであり、総合的な視点での取り組みが必要であることをあらためて理解し、具体的な技術や技法へのヒントが得られたのではないでしょうか。

ページトップへ