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事例紹介(現場ルポ)

自然再生推進法に基づく自然再生協議会の事例紹介です。
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椹野川河口域・干潟自然再生協議会[事業地紹介]
椹野川河口域・干潟自然再生協議会[専門家に聞く]

多様な論議生む「自然体感」 ──流域再生の視点と人々の熱意が支え

ナルトビエイなどを料理した試食会
ナルトビエイなどを料理した試食会

 山口湾のそばにある山口県水産研究センターで開かれた椹野川ふしのがわ河口域・干潟再生協議会(中西弘会長)の委員会が終わった後、出席者50人ほどが近くの山口県漁協山口支店に集まってきました。「椹野川を味わう」と名付けられた試食会が開かれ、ナルトビエイの唐揚げや煮付け、アカエビやブラックバスの唐揚げ、アユの塩焼き、シジミ汁など、椹野川や河口、川が流れ込む山口湾で獲れた魚介類を使ったメニューが用意されていたのです。今年2月上旬のまだ寒い時期。出席者たちは「いただきまーす」という声もそこそこに、漁協女性部のお母さんたちがこしらえた湯気の立つシジミ汁をすすり、フライをほお張っていました。

記事・写真等提供:ジャーナリスト 吉田光宏
よしだ・みつひろ 日本環境ジャーナリストの会会員で、環境と農林水産業の接点の現場を取材、執筆している。椹野川河口域・干潟再生協議会の個人委員

ナルトビエイの試食会

 ナルトビエイは天然や放流したアサリを食べる「害魚」。ブラックバスも在来種の魚を餌にする人間には迷惑な魚です。そんな魚が立派な料理に変身しました。地元ではナルトビエイの大群が押し寄せている光景が新聞やテレビで報道されているので、委員らは「これがあのナルトビエイですか」と興味津々。「他で食べたという話は聞いたことがありません。この自然再生協議会ならではのユニークな企画ですね」などと、異口同音に満足の感想を漏らしていました。
 この自然再生協議会は地域住民、NPO、学識者、行政などの構成メンバーが多彩であるだけでなく、活動の中身も自然を体感する企画などが盛りだくさん。新鮮な驚きがあるのでなかなか好評のようです。干潟の生態系や物質循環などは、まだ未解明の部分が多く、委員の立場や意見も多様です。そうした委員同士の「距離感」は、「できるところから始めよう」「柔軟に考えよう」という自然再生協議会の運営によってぐんと縮まっているように見えます。
 試食会のアイデアも柔軟な発想から生まれました。昨年11月に開かれた調査研究・モニタリングワーキンググループの討論で、干潟のアサリがナルトビエイに食べられている話題が提起されました。暖かい海域にいるナルトビエイは、近年夏場になると瀬戸内海に大挙押し寄せ、瞬く間に漁業者が放流したアサリを食べて壊滅的な被害をもたらします。漁獲しても傷みが早いので商品価値はほとんどありません。「利用できれば数を減らすことが可能では。まずどんな魚なのか食べてから対策を考えよう」という提案に、「アサリを食べているのだから、きっと魚肉はおいしいはず」という期待も加わって、試食会実施がすんなりと決まりました。
 季節外れのナルトビエイは、県水産研究センターに冷凍保存してあったものを使いました。素早く処理すれば十分食べられる魚なので、採算ベースに合う活用方法が研究されているのです。
 試食会に合わせて、隣の県漁協秋穂支店からはエビ、椹野川漁協からはアユやシジミなども集められました。県漁協山口支店運営委員長(漁協組合長に相当)の岩本和美さんは試食会で「以前たくさん採れていたアサリが復活し、協議会で頑張っていただいている皆さんにアサリの吸い物を味わってもらえる日が早く来て欲しい」と、干潟の再生へ期待を述べました。

ナルトビエイ
ナルトビエイ
試食会に用意された料理
試食会に用意された料理

アサリ復活へ干潟耕す

 水循環、生物多様性、親水性の回復とともに、干潟再生の目標である「漁業生産」について、岩本さんら漁業者がこだわっているのは、直接収入につながるアサリの漁獲復活です。かつて干潟に湧くようにいましたが、20年ほど前から減少し、今ではほとんどいなくなりました。この干潟で協議会が実施しているのは、人力による干潟の耕耘作業というユニークな実証試験です。アサリの産地では機械を使って耕耘することもありますが、ここでは「人海戦術」で干潟を掘り返して泥を軟らかくし、酸素や栄養分がアサリに供給できる環境づくりをしようというのです。
 人力で耕耘しているのは湾東側にある砂干潟の「南潟」です。湾奥部にある泥干潟の「中潟」では堆積したカキ殻を重機などで砕いて泥に戻すなど、大掛かりな実証試験が行われていますが、南潟には2億年もほとんど姿を変えないカブトガニが生息しているので、重機が使えないのです。昨年5月の耕耘作業には漁協、森林組合などの関係団体、流域の保全活動に携わる住民など約160人が参加しました。1500平方メートルずつ3区画を深さ50センチほど掘り、スコップや鍬でその泥を山にしたりうねにしたりします。
 時々ゴカイやクルマエビ、マテガイなどが出てきますが、アサリの姿はありません。「アサリがたくさんいた昔の干潟と同じように見えますが、アサリだけでなく生物の数がめっきり減っています」という岩本さん。「アサリが少なくなると、干潟への人間の働きかけがなくなり、さらにアサリが減ります。それが悪循環に陥り、最後にはアサリが採れない『死の海』になってしまったのです。干潟は人間の働きかけが必要な『里海』なんですよ」と、他の参加者に解説していました。

椹野川河口干潟の分布図
椹野川河口干潟の分布図
山口湾アサリ漁獲量
山口湾採貝(アサリ等)の推移

 東京ドームのグラウンド270個分に相当する約350ヘクタール。潮が引いた広大な干潟のパノラマの中に立つと、対岸にあるカブトガニの頭のような「きららドーム」も見えます。作業でかいた汗も浜風ですぐ乾く心地よさ。泥を掘るスピードも速くなりがちです。「無理をしないで、ゆっくり作業をしてください」と注意を促す声もかかりました。  耕耘と同時に、水産研究センターで育てたアマモの苗の移植作業もありました。かつて日本の農村ではどこでも見られた田植え風景のように、印のついた紐に沿い並んで植えていきます。「こりゃあ、懐かしいね」。田植え経験者は慣れた手つきで、初めての人も見よう見まねで植えていきます。
 流れを抑制して底質を安定させるため、竹を50センチ間隔で突き刺した柵も作りました。竹柵の中にアサリが定着しているかどうかを参加者が調査したのは、5カ月経った10月の耕耘の時です。ふるいで周辺の泥をこすと、1センチから2センチほどの稚貝がいくつも見つかりました。研究者は「問題はアサリが、これ以上なかなか成長しないことです」。干潟ではアサリやアマモなどの生物が回復する兆候も見られますが、まだ確証を得られるレベルには達していません。
 干潟の耕耘作業については当初「これだけ広い干潟で本当に効果があるのか」と懐疑的な意見もありました。確かに広い干潟を堤防からみると、作業している人がアリのように小さく見え、人間の力の限界を感じます。しかし、再生協議会のプログラムでは、「干潟に親しむ」のも大きな目的のひとつです。ナルトビエイがアサリを食べるときにできた穴を実際に見て、干潟の泥の感触を知り、海の香を胸に吸込む…。そうした現場での体感を基に、現実的で実効性のある議論を期待しています。

実証試験で干潟を耕す参加者
実証試験で干潟を耕す参加者
耕耘作業の遠景
耕耘作業の遠景
干潟に設けた竹柵
干潟に設けた竹柵
竹柵の中で見つかったアサリ
竹柵の中で見つかったアサリ

連携を促す「裏方さん」

 干潟だけでなく、陸上でも体験プログラムがあります。昨年11月の委員会終了後には、先に採取したアマモの種をシートに糊で付着させる作業、種子や環境に害のないコロイダルシリカに混ぜ込む作業をそれぞれ手伝いました。担当者から、後日それらを干潟に沈めることや、アマモの発芽や生長などについての説明を聞くと同時に、作業のコツも教えていただきました。
 協議会の下部組織としてテーマごとに開かれるワーキンググループでは、大学の研究者や「山口カブトガニ研究懇話会」代表の原田直宏さんなどの専門家、住民、漁業者、林業者などが同じテーブルで自由に話し合います。特定の専門知識は少なくても、さまざまな立場から干潟の環境を考えることができます。  個人の立場で応募した委員だけでなく、研究者やNPOなども「今までこうした多彩な顔ぶれで、環境問題を考える機会や場所がなかった」と、協議会を評価する声が多くあります。
 5年前に干潟の近くに引っ越してきた事務職員の高田明子さんは「家の前の干潟で採れていたアサリが急に採れなくなりました。干潟の環境が激変したことを、誰かに伝えたいと思っていました」と、個人応募の委員として協議会への参加を決意した動機を語ってくれました。海岸清掃などで海を守る活動にも参加している高田さんは「協議会では研究者や漁協の人たちと一緒に調査や活動ができるので、干潟への理解を深めることができます」と話しています。

 この自然再生協議会が生まれた背景には、2003年に設立された「やまぐちの豊かな流域づくり構想」(椹野川モデル)があります。山口湾の魚介類の水揚げ減少や干潟環境の変化などへの対策を検討する中で生まれた構想で、椹野川の流域を捉えた「自然再生の憲法」のようなものです。森、川、海がつながった「循環共生型社会」を目指すこの構想の中で、自然再生推進法による協議会設立を組み込んでいくことになりました。産学官民が協働して取り組む「山口方式」を取り入れた「流域づくり構想」の実績が、干潟再生への関係者の理解と協力を得やすくしていました。
 とはいえ、河口干潟の再生には、上流の林業や農業から、港湾、漁業など多くの産業セクターが関係しています。「縦割り行政」の弊害も出やすい条件がそろっています。「山口さんはうまくまとまっていますね」と他地域から評価を得ている足並みのそろった取り組みを可能にしているのは、事務局である県環境生活部環境政策課の存在です。
 同課環境政策班の山野元さんは「再生協議会の取り組みには、何よりも古里の干潟を守ろうという熱い思いが結集しています。私たちの役目は委員の皆さんが伸び伸びと活動できるようにすること。県はあくまで裏方さんです」。経歴や知識、意見などが異なる研究者や住民などが気持ちよく同じテーブルにつけるように、ひざを交えた論議をしてもらえるようにコーディネーター役に徹しているのです。県庁内でも流域づくり構想を契機に、水産課や港湾課などセクションを越えた連携が強まっています。
 地域の自主性を尊重したボトムアップの考え方を取り入れた自然再生推進法を先取りするような「流域づくり構想」。そこから進化した椹野川河口域・干潟再生協議会。古里の自然を思う人々の多様な能力や意見を引き出し、新しい意識と行動が生まれつつあります。

アマモの種をシートに付ける作業
アマモの種をシートに付ける作業

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