自然再生ネットワーク

環境省自然環境・生物多様性自然再生ネットワーク自然再生推進法事例紹介>事業地紹介[多摩川源流自然再生協議会]

事例紹介(事業地紹介)

自然再生推進法に基づく自然再生協議会の事例紹介です。
事例紹介トップページへ戻る

| 釧路湿原自然再生協議会 |
| 多摩川源流自然再生協議会 |
| 巴川流域麻機遊水地自然再生協議会 |
| 神於山保全活用推進協議会 |
| 椹野川河口域・干潟自然再生協議会 |
| 石西礁湖自然再生協議会 |

多摩川源流自然再生協議会[現場ルポ]
多摩川源流自然再生協議会[専門家に聞く]

“元気ある源流”をめざして ──首都圏の水がめを守り続ける誇りとこだわり

小菅村の看板地図(黄色で囲まれた部分が都水道水源林)
小菅村の看板地図(黄色で囲まれた部分が都水道水源林)
拡大図はこちら(JPG)

 東京都民に飲料水を供給している多摩川。その源流は行政区域をまたいで山梨県に及んでいます。大切な水道水源林が広がる山間の村の一つが同県小菅村。過疎・高齢化・少子化の荒波にさらされるなか、村は「源流域」としての地域の価値を見直し、下流域との人々や全国の他の河川の源流域とつながりを持つことで、山の暮らしや源流の文化を再生することに力を入れています。
 平成16年3に設立された多摩川源流自然再生協議会の動きをお伝えします。

記事:佐藤年緒
写真等提供:山梨県小菅村、多摩川源流研究所、東京都水道局、佐藤年緒

東京都の水源林を抱えて=地域の自然環境の特徴

 山梨県甲州市(旧塩山市)の笠取山(標高1953メートル)に水源を発し、途中、多くの支流を合わせ、東京都と神奈川県の境を南下して東京湾に注ぐ、延長138キロの多摩川。
 その源流域は、首都圏の水がめとして知られる小河内ダムのある東京都奥多摩町から、さらに遡った山梨県の甲州市、小菅村、丹波山村に広がっています。この4市町村にまたがった21,645ヘクタールが東京都の水道水源林です。
 明治34年(1901年)、土砂の流出や災害を予防し、清浄な水道水を確保する目的で、東京都が水道水源林の経営を開始したものです。小菅村のホームページには「村の魅力・村の自慢」として、この水源林の価値を紹介しています。

小菅村付近の山々と流れる多摩川の支流、小菅川の立体模型
小菅村付近の山々と流れる多摩川の支流、小菅川の立体模型

東京都水道水源林(都水道局のホームページから)
東京都水道水源林(都水道局のホームページから)

 「明治34年以来、100年間、源流域は東京都によって大切に維持管理されてきた。営利を目的とした開発から逃れることができたために、手つかずの豊かな自然が広範に残された。首都圏のすぐ近くにこれほどの自然が存在することは奇跡に近い。小菅村源流一体は、ブナやミズナラ、カツラやシオジなどの巨木が生い茂り、全国的にも珍しいシオジの天然更新が見られる…」
 欠かせない水源林というわけです。多摩川源流自然再生協議会の中村文明事務局長は、多摩川源流の魅力として次の3点を挙げています。
 1つは、川の誕生のドラマの瞬間が誰でも見られること。  「ぽたぽたと落ちる『最初の一滴』に出会える。最初の流れはいったん伏流水になって、50メートル下った所には3センチの幅になってこんこんと湧き出る。それが東京湾に注ぐ河口では左岸から右岸まで570メートルになる」
 2つ目の魅力が、この東京都の水源の森が永々と守られ続けてきたこと。  「普通のダムは50年も経てば土砂が堆積し使い物にならなくなるが、昭和32年にできた小河内ダムは、堆積率がまだ2.6%。最初に源流の森を育て、それから50年経ってダムを造るという考え方で、森と水がめが車の両輪としてあるのが『誇り』です」
 3つ目は、森林の7割以上が天然林であること。
 「至る所に手つかずに近い広葉樹があり、生き物があり、水源の機能がいっぱいある。生物多様性があり動物も育つし、保水力もある。石原都知事も『100年かけて森を育ててきた。世界に誇れる森』と紹介している。この素晴らしい森を先祖からいただいたと思います」

山梨県の笠取山に源流を置く多摩川の「最初の一滴」(中村文明氏撮影)
山梨県の笠取山に源流を置く多摩川の「最初の一滴」(中村文明氏撮影)

過疎進み、荒れる人工林=いま、なぜ自然再生なのか

 豊かな自然環境に恵まれ、多様な源流文化を育んできた多摩川の水源域。しかしその優れた自然や歴史、文化的な環境は、社会経済の変化のなかにあって大きく変貌し、存続が危ぶまれる状況になっています。
 戦後の拡大造林政策で植林を進めたカラマツ、スギなどの人工林では山林所有者の経営が成り立っていないのです。材木価格の低迷で手入れができない状態。小菅村では森林5,200ヘクタールのうち、約3分の1の1,600ヘクタールが都の保有林ですが、残る3分の2が民有林で全体の4~5割が人工林だけに深刻です。
 人工林が荒れることで、多摩川の水質悪化が懸念されます。小菅村の廣瀬文夫村長は、「多摩川源流の村として、これまで奥多摩湖の水質保全を図ってきました。東京都からも補助を受けて下水道も完備するなど、自然環境の保全に努めてきました。しかし、基幹産業の不振に加えて少子・高齢化など過疎化が進行して村の維持も難しい時代。この春、人口もついに1,000人を割って970人になってしました」と厳しい現実に表情が曇ります。
 それでも廣瀬村長の目はしっかりと流域圏に向いています。「山梨県の市町村合併話も峠越しにはできない」と明言。「村のもつ豊かな自然環境は『流域社会の宝』であり、その保全と再生について流域全体を視野に入れ、健全な水循環を確保することを、村内外の多くの人とともに考えたい。多摩川の源流らしさを追求し、源流のむらづくりを進めて、交流人口の増加を目指したい」と話します。

廣瀬文夫・小菅村村長
廣瀬文夫・小菅村村長

源流域の活性化で連携

 小菅村では、多摩川の源流を守って暮らしている村があることを下流域に知らせようとの狙いで、19年前の昭和62年に最初の「多摩源流まつり」を開催しました。さらに交流人口を増やすために、村営釣り場をはじめ、寺小屋自然塾、森林公園キャンプ場も整備、ふるさと創生事業の1億円を使って「小菅の湯」などの受け入れ態勢も整えてきたのです。
 各地の伝統芸能が廃れていこうとしている昨今、まつりでの芸能披露も上下流で一緒にやることになったほか、下流の狛江市や世田谷区の人たちとも交流が深まっていきました。
 平成12年に定めた村の総合計画では、村の将来像を「憩い、守り、集う源流のさと」と定め、源流であることにこだわり、源流での生活を謳歌し、愛着と誇りが持てる村づくりに取り組むことになりました。同年4月に、源流の知恵を集めて情報を発信することを目的とした多摩川源流研究所を設置。当時、多摩川源流観察会の会長として「多摩川源流絵図」づくりに力を入れていた中村文明さんを研究所長に迎えたのです。
 これを機会に「源流域の活性化」にともに取り組む動きが加速し、平成14年には小菅村、塩山市、丹波山村、奥多摩町で構成する多摩川源流協議会が発足。源流の自然や水、森林は「流域社会の共通財産であり、宝である」こと、過疎化などの課題を解決するためには、源流の恵みを共有する多くの市民の協力が欠かせないことなどが提案されました。さらに源流研究所を拠点に、24流域の「全国源流ネットワーク」や8町村からなる「全国源流の郷(さと)協議会」も発足するなど、全国の源流域同士の交流も深まっていきました。こうしたなかで国や自治体、専門家、市民団体などが協働する場として、多摩川源流自然再生協議会が発足することになったのです。


多摩川源流絵図
 
多摩川源流絵図(小菅版)

協議会およびその運営と展開

 多摩川源流再生協議会は、平成16年3月5日、山梨県、小菅村、環境省、林野庁、源流研究所、東京農大、森林組合、養殖組合、観光協会、NPO法人多摩川エコミュージアムなど25団体36人が参加して結成されました。
 設立に当たって、今後追求すべき課題として、(1)森林再生事業(森林の再生と林相調査) (2)環境学習と源流体験教室(川の学校、森の学校、自然観察、源流体験教室) (3)源流文化の再生(地名、雑穀、神楽、文化財、産業) (4)源流景観の再生(源流や農村・集落の景観、多目的型川づくり) (5)上下流の連携・交流(流域パートナーシップ)──の5つが掲げられました。
 以来、第2回(6月30日)、第3回(平成17年3月25日)、第4回(同年7月7日)、第5回(同11月9日)、第6回(平成18年3月7日)を経て、同協議会の全体構想案および実施計画案が提案され、基本的な方向が確認されています(平成18年9月に最終決定)。
 実施計画の実施者は3分野別に異なり、以下の通りです。
1)森林再生事業=林野庁、山梨県、村、源流研究所、東京農業大学、森林ボランティア、東京電力
2)自然景観の再生事業=国土交通省、山梨県、村、源流研究所、法政大学
3)源流文化の再生事業=文化庁、山梨県、源流研究所、東京農業大学

元気ある源流らしさ ──全体構想と基本方針

 全体構想では「多摩川流域社会の発展に欠かせない多摩川の自然環境を再認識するとともに、優れた自然環境を保全し、失われた環境は再生し、壊れた環境を修復して元気ある源流らしさを構築するために多摩川源流の自然再生に取り組む」としています。対象区域については、多摩川流域全域に及ぶものの、まず源流域の山梨県小菅村を中心に進めることとしています。
 自然再生の基本方針として「源流らしさ」の再生をうたっています。里づくりの方針として、以下の3つを目指すとしています。
(1)源流らしさ、小菅らしさの里づくりを目指す。
(2)「安全で健康で豊かな」源流の里づくりを目指す。
(3)「自然に学び、自然と共生する」資源循環型の里づくりを目指す。

取り組みの内容と事業

 さらに「源流らしさ」を再生するためには、次の3つの部門を設けて事業を進めるとしています。
1. 森林再生構想=森林の再生、森林資源の利用開発、資源エネルギー循環
(1)人と山とのかかわりを再現します。
(2)森林資源の循環を再現します。
(3)小菅村らしい森林を造成します。山取りをした種や稚樹の苗木、村有林をモデルとしてGISによる資源調査および森林資源管理計画モデルの樹立とそれに基づく森林再生事業を進めます。
(4)下流域の住民や民間からの支援など、ボランティアによる森林再生事業を進めます。
2. 源流景観の再生構想=源流の景観再生、河川の景観再生、多自然型川づくり
(1)自然や川と人とのかかわりが見えるような景観づくりを進めます。
(2)人の生業と生きる知恵、川の遊び、自然体験や文化体験などが有機的に連結する場として再生します。
(3)家並み景観・町並み景観・神社仏閣景観などの現状を景観図にまとめます。
(4)各地区の現状を調査しながら再生の場所を選定します。
3. 源流文化の再生=源流文化や芸能・工芸の再生、源流体験の再生、環境教育の推進
(1)昔からの人と自然のかかわりを再現し、技能・文化を再現します。
(2)小菅村の食文化を再現し、こらからの食育教育へ発展させます。本物から得ること、得るものは何かなど源流文化を再現します。
(3)森林や河川を活用した自然環境教育を実現します。生業や人の知恵などを通して、「生きる力」を養います。
(4)祭りなどを通して先人の知恵と技を再現します。
(5)「森育」、「木育」、「源流学」をすすめ、新たな源流文化を生み出します。

全国の源流活性化のモデルに

 荒川、釧路湿原、麻機遊水地に続き、自然再生推進法に基づいて全国で4番目に設立した自然再生協議会が多摩川源流。源流を拠点にした初の協議会だけに、その活動は首都圏の水を守ることにつながるだけでなく、自ら源流地域の山村の元気さを取り戻すことにもつながります。行政区域を越えて一つの河川の流域圏として人々の交流を生み出し、貴重な水や森林資源を通じてものの循環を取り戻すとことができるでしょうか。
 平成18年夏も、源流体験や「100年の木」による家造りが始まるなど、さまざま活動が本格化してきました。この地の動きは各地の源流再生のモデルになるだけに、今後が大いに期待されています。

ページトップへ

HOME