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事例紹介(現場ルポ)

自然再生推進法に基づく自然再生協議会の事例紹介です。
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釧路湿原自然再生協議会[事業地紹介]
釧路湿原自然再生協議会[専門家に聞く]

釧路湿原 達古武地域における自然再生

釧路湿原流域と達古武地域
釧路湿原流域と達古武地域
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空から見た達古武地域
空から見た達古武地域(2002)
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 達古武地域は、釧路湿原流域の東部三湖沼の一つである達古武沼を中心とした集水域と隣接する2つの集水域を合わせた地域で、対象面積は約4,200haです。この地域の特徴は、湖沼・湿原・森林が一体となった生態系が比較的狭い範囲内に形成されていることです。釧路湿原流域は、神奈川県とほぼ同じ25万ヘクタール以上の面積を占めますが、達古武地域はその約60分の1に過ぎません。それでいながら、釧路湿原流域の縮図のような特徴を見せ、釧路湿原流域と同様な課題を抱えています。このため、釧路湿原の再生を考える上でのモデル地域に成り得ると考えています。
 ここでは、環境省が達古武地域で進めている「森林の再生」と「水環境の再生」のうち、「森林の再生」について、平成14年度より開始した調査・検討から自然再生推進法に基づく自然再生事業実施計画の作成までの経緯と概要を紹介します。

記事:環境省釧路自然環境事務所 国立公園・保全整備課 田畑克彦
写真等提供:環境省、(株)さっぽろ自然調査館、田畑克彦

達古武地域における自然再生の四本柱

 達古武地域における森林再生では、かつてあったミズナラなどを主体とした落葉広葉樹の森林を再生します。これにより森林機能の回復・向上を図り、湿原の乾燥化を遅らせると同時に生物多様性の向上をめざしています。
 この地域における自然再生の取り組みの特徴は、[1]NPOとの協働事業、[2]流域の視点、[3]受動的再生と順応的管理、[4]遺伝的多様性の確保 を基本に事業を進めていることです。

NPOとの協働事業

 環境省と協働事業に取り組んでいるのは、NPO法人トラストサルン釧路(以下、トラストサルン)です。釧路湿原がラムサール条約登録湿地に指定される前から、達古武地域を始め釧路湿原周縁部でナショナルトラストにより自然保護地の取得を進めてきたほか、自然再生事業が始まる以前から達古武地域内の自然保護地約50ヘクタールにおいて植林など自然再生の先駆けとなる取り組みを進めてきた団体です。長年にわたり達古武地域の自然の変化を見てきており、地域の自然環境に精通しています。
 協働事業は、NPOの自主性を尊重するため、環境省からの直接業務発注という形をとっています。平成17年度末で3年以上が経過しました。しかし、NPOとの協働だけでは、科学的知見に基づく自然再生を実現することは難しいため、計画段階から専門家が加わり、3者の連携で事業を始めました。なお、この間の経緯やトラストサルンの活動は、トラストサルンのホームページに詳しく紹介されています。

流域の視点で・・・自然再生検討ベースマップの作成

 達古武地域では、環境省もトラストサルンもそれぞれが自然再生を実施するフィールドを設定しています。まずはこれらが含まれている集水域の再生の方向性を検討したうえで、事業に取り組むことにしました。関係者、地域住民など多くの人が共通認識をもったうえで現状の把握から再生の方向性を検討するプロセスに参加してもらえるように、自然再生検討ベースマップ(以下、ベースマップ)を作成することから取りかかることにしました。
 ベースマップは、空中写真、植生図や森林調査簿などの情報をGIS化したものです。これら資料では把握しきれない部分は、現地調査で補完しながら作成しました。このベースマップを基に地域内の保全対象地と再生対象地の抽出を行いました。
 再生対象地については、湿原乾燥化の要因である「土砂流出防止が必要な場所」、「生態系の維持向上が必要な場所」、そしてこれら「二つの要素を併せ持ち、緊急性が高い場所」の3パターンを抽出しました。また、保全対象地の中から、もっとも良好な森林を「再生の目標となる標準地(以下、リファレンスサイト)」として選定しました。

達古武地域の植生図
達古武地域の植生図→拡大図はこちら(JPG)
自然再生検討ベースマップ
自然再生検討ベースマップ→拡大図はこちら(JPG)
林齢とリファレンスサイト
林齢とリファレンスサイト→拡大図はこちら(JPG)

順応的管理のための指標調査

 順応的管理の原則に基づいて自然再生を進めるには、再生の方向性と到達度を評価する「指標」を選定する必要があります。森林の再生の場合、目標の達成までに非常に長い時間を要することから、再生の過程で段階的に事業内容を評価し、見直していくことが必要と考えました。そこでベースマップをもとに、異なる森林環境(リファレンスサイト含む)ごとに合計27の調査区を設定し、その中の樹木サイズ、種組成、稚樹量、森林性動物(歩行性昆虫、野ネズ、鳥類等)などを調査しました。その結果、稚樹密度、森林性の昆虫4種、哺乳類2種(アカ、ヒメネズミ)の生息密度、森林性鳥類の繁殖密度が指標として適していると考え選定し、事業の評価を進めていくことにしました。
 また、森林以外に関する調査では、丘陵地と湿原・湖沼をつなぐ小河川の環境調査(湧水、生物相、工作物など)、湿原植生の変遷、達古武川及び釧路川本流からの逆流による達古武沼への土砂流入量の把握など、この地域の自然環境が抱えている様々な課題を把握するための調査を行っています。

調査位置図
調査位置図→拡大図はこちら(JPG)
達古武集水域の湧水地
達古武集水域の湧水地→拡大図はこちら(JPG)
湿原での植生調査
湿原での植生調査

遺伝的多様性の確保と市民参加

 地域の遺伝的多様性を確保するため、森林再生に用いる苗木は、地域内で採取した種子から育苗しています。冷涼な気候の釧路地方では、植栽が可能な苗木に成長するまで3〜4年の時間を要することから、調査・検討と同時並行して、母樹・結実調査、採種、育苗の取り組みを始めました。
 この地元産種苗の生産は、トラストサルンと環境省の他に育苗に関する技術を持っている種苗会社の協力を得て進めています。生産の拠点は、達古武沼南部に位置するトラストサルンの苗畑が中心です。タネ集めから播種、畑の畝立て・除草など様々な過程に、多くの市民参加を得ています。
 また、育苗活動を環境学習としても生かすため、近隣の小学校と連携し、卒業記念の植樹に用いる苗木を3年後に卒業を迎える生徒に育苗してもらい、NPOの再生地に植樹する取り組みも始めました。

市民参加による苗木づくり
市民参加による苗木づくり
種苗会社で育苗
種苗会社で育苗
小学生による育苗
小学生による育苗

自然林再生事業・・・人工林を自然林に

 環境省では、平成15年度より人工林を自然林に再生する事業に着手しました。ベースマップを用いた集水域単位の自然再生の検討や、トラストサルンとの協働事業と平行して、環境省が進めている事業です。達古武沼北部に近接するカラマツ人工林約99haを含む事業実施地区148haにおいて、かつてのミズナラなどを主体とした地域本来の森林生態系の再生を目的としています。カラマツは北海道に自生していないうえに、一斉造林による単純な森林構造をとることから、本来生育していた自然林と比較して生物多様性の面で劣っていると考えられます。当地区のカラマツ人工林が自然林に再生すると、達古武地域の人工林を約10%減らすことができ、地域の生態系の向上に大きく貢献できると考えています。事業実施地区では、この他にも土砂流出対策とモニタリング調査や森林保全などを活用した環境学習についても実施しています。

事業実施地区の現状

 事業実施地区内のカラマツ林は、1965〜71年にかけて植林され、樹高約14m、密度は約450本/haと十分に管理されてきた人工林です。尾根沿いにはミズナラ・ダケカンバ・アオダモなどが優先する落葉広葉樹林(以下、母樹林)が残っており、沢沿いにはハルニレ−ハンノキ林が見られます。また、林内には森林施業に使われていた作業道が幾筋も開削されており、崩落した法面が散在しているなど達古武沼及び周辺湿原への土砂流入の原因にもなっています。

空から見たカラマツ林
空から見たカラマツ林→拡大図はこちら(JPG)
林内の様子
林内の様子
上流部の崩落地
上流部の崩落地

受動的自然再生の検討

 自然再生は、自然の力のみで自律的に再生することが望ましいと考えられています。当地区でも自律的再生の可能性と、それを阻害している要因を検討するための調査を行いました。
 調査項目は、自律的再生の促進要因となる「母樹林からの種子の供給量」と「林内の稚樹密度」、阻害要因と考えられる「林冠と、ミヤコザサに覆われた林床の開空率(光条件)」や「エゾシカの被食状況」などを設定しました。
 一部のエリアや母樹林の側などでは、稚樹の発生が多く、自律的再生の可能性が高いと考えられましたが、その他の場所については何らかの方法で阻害要因を除去する必要があることが分かりました。そこで、もっとも受動的な再生手法を導き出すため、順応的管理の考え方に基づいて、広葉樹の発生段階ごとに阻害要因を取り除いた3種類の試験(I〜III)を検討しました。

試験I:林床開空率の改善としてササの除去とその方法の検討
試験II:ササの被圧を脱した後のエゾシカの影響をシカ柵設置により除去
試験III:エゾシカの被食を受けなくなった後の、カラマツ間伐の効果

 2004年夏に試験Iを、2005年夏には試験II・IIIを試験区として設定しました。今後は3〜5年を目処にモニタリングを実施し、試験施工の評価を行った上で、本格的な自然林再生に取り組むこととなります。

試験区の位置図
試験区の位置図→拡大図はこちら(JPG)
試験区の配置
試験区の配置→拡大図はこちら(JPG)
試験Iの模式図
試験Iの模式図→拡大図はこちら(JPG)
試験Iの状況
試験Iの状況

土砂流出防止対策

 当地区には、達古武沼へとつながる4つの小河川があります。その上流部では、作業道の開削が原因と考えられる斜面の崩壊が見られます。現状を放置すれば、沼の浅化や湿原の乾燥化につながることから、緊急的な対策が必要です。
 これらの作業道は、事業実施にも必要なため、直ちに廃止することはできませんが、応急的に崩落を起こしている法面を保護するなど、土砂流出防止に努めています。なお防止に当たっては、ヤナギやムシロなど自然素材を積極的に利用するようにしています。

ムシロによる法面保護
ムシロによる法面保護
ヤナギ帯梢
ヤナギ帯梢

環境学習の試行

 自然再生推進法では自然再生の場を自然環境学習の場として活用することを重視しています。当地区では、モニタリング調査や保全の取り組みなどの体験を通じて、自然再生を考える機会を設けています。これまでに高校生から会社を退職された方まで、幅広い年齢層の方々の参加をいただきました。

モニタリング調査への市民参加
モニタリング調査への市民参加
母樹林の保護作業
母樹林の保護作業

自然再生事業実施計画の作成と今後の展開

 平成17年3月に釧路湿原自然再生協議会(以下、協議会)において、全体構想が作成されました。これを受けて、環境省では自然再生推進法に基づいて自然再生事業実施計画(以下、実施計画)の作成に取りかかりました。実施計画の協議は、森林再生小委員会で3回、協議会で2回行い、またこの間に地元住民との意見交換会を2回開催しました。平成18年1月31日に開催した協議会で了承され、平成18年2月28日付けで主務大臣及び北海道知事あてに送付しました。
 達古武地域における実施計画の大きな特徴は、地域の課題に沿った再生の方向性を定めた上で、実施計画を立てるという2段構えの構成にあります。ここまでに紹介してきたように、再生事業が始まった時点から大切にしてきた流域の視点を継承し、まず地域の自然環境が抱える課題を森林、湿原、河川などの分野ごとに整理し、各課題に対する再生の方向性を示しました。そのうえで、環境省として具体的に事業を実施する自然林再生を中心に、土砂対策、環境学習まで含めた事業実施計画の協議にかかりました(第9回協議会)。
 今後は、具体的に取り組む自然林再生はもとより、地域の各課題を解決するために関係者が横断的に再生に取り組むことができる枠組みを検討していくことが大切です。これが、達古武地域の自然、ひいては釧路湿原流域における自然全体の質の向上につながっていくと考えています。達古武地域での取り組みをより良いモデルケースとしていくためにも、今まで以上に関係者との協力関係を密にし、情報の公開と市民参加による普及啓発に努めていくことが重要になっていきます。

関連情報

参考資料

  • 自然再生 釧路から始まる((社)自然環境共生技術協会/編集 環境省)

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