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事業地紹介

釧路湿原の自然再生

かつて絶滅したと思われていたタンチョウがひっそりと生き残っていた日本最大の湿原、釧路湿原。春から夏にかけて発生する海霧により気温が上がらず、米作に適さないことから開発されずに残されてきました。現在は湿原の持つ様々な価値や機能が再認識されています。

貴重な野生生物の生息生育地であるだけでなく、保水・浄水・洪水調節・地域気象緩和の機能を持ち、地域の人々の暮らしを支える重要な役割も果たしている釧路湿原。

現在、この釧路湿原の自然再生を目的とした様々な取り組みが行われています。

タンチョウ

記事:環境省釧路自然環境事務所長 星野一昭 写真等提供:環境省、NPO法人EnVision環境保全事務所、星野一昭


釧路湿原の現状

釧路川に沿って広がる釧路湿原の面積は約2万haです。湿原を見渡せる展望地からはアフリカのサバンナを思わせる広大な景観を楽しむことができます。しかし、その面積は20世紀後半の50年間に農地造成と市街地開発によって2割以上が消えていきました。

湿原の乾燥化など質的な変化も急速に進みつつあります。流域での農地造成や森林伐採、河川の直線化などにより、湿原内に多くの土砂や栄養塩が流入するようになったのです。ハンノキの分布拡大や湿原周辺の湖沼の水質悪化が懸念されています。また、湿原特有の希少な野生生物であるタンチョウやキタサンショウウオなどの生息環境も悪化しています。

釧路湿原を流れる釧路川
釧路湿原を流れる釧路川
ハンノキ林の分布拡大(上:1988年10月撮影、下:2001年10月撮影)
ハンノキ林の分布拡大
(上:1988年10月撮影、下:2001年10月撮影)
湿原面積の変遷
湿原面積の変遷

河川環境の保全を契機に「自然再生釧路方式」を発信

釧路湿原の自然再生が本格的に進められることになったのは、釧路川を管理する国土交通省の呼びかけで「釧路湿原の河川環境保全に関する検討委員会」が設置され、保全対策の検討がはじまったことに端を発します。学識経験者、NPO、関係行政機関、自治体で構成されたこの委員会は、1999年に設置され、釧路湿原に流入する土砂の量をラムサール条約登録湿地に指定された1980年当時のレベルに抑制することなどを当面の目標に設定して、土砂流入の防止、湿原の再生、蛇行する河川への復元など12の施策を提言しました。

環境省では、この提言を受けて2002年に自然再生事業実務会合を設置して、釧路湿原の自然再生のために環境省として取り組む自然再生事業の具体化の検討を開始しました。放棄された農地の湿原への復元など湿原の保全・再生、カラマツ人工林の自然林への再生、湿原周辺部湖沼の環境改善、土砂の流入抑制、そして希少野生生物の保全という5つの自然再生テーマを設定して、モデル的な事業を展開することになりました。自然再生事業の長期目標は、自然環境の保全・再生、農地・農業等との両立、地域づくりへの貢献の3つです。科学的調査・モニタリングに基づく順応的管理や関係各省・NPO等との連携、市民参加などを自然再生事業実施に当たっての基本的な考え方としました。そして、これらを「自然再生釧路方式」として全国に情報発信しました。

また、2003年6月には、「釧路湿原自然再生に係る市民参加・環境教育等の推進方策調査懇談会」により「市民参加・環境教育等の推進に関する10の提言」がまとめられたほか、ラムサール条約釧路会議10周年を記念した「釧路湿原自然再生大会」が開かれ、自然再生の取り組みをNPO等と協働して、市民参加を得ながら進めるための機運が高まりました。

5つのパイロット事業対象地域
5つのパイロット事業対象地域

自然再生推進法の施行を受け、新たな局面へ ──全体構想の検討

2002年12月に自然再生推進法が制定されたことを受け、釧路湿原の自然再生の取り組みは新たな局面を迎えました。地元団体や行政機関・自治体の呼びかけにより、2003年11月にこの法律に基づく自然再生協議会が105名の構成員で発足しました。釧路湿原の自然再生に関わってきた行政機関・自治体が協議会事務局を合同で務めています。

第1回釧路湿原自然再生協議会
第1回釧路湿原自然再生協議会

協議会では、まず、全体構想作成ワーキンググループ(WG)を設置して、法律に定められた全体構想の起草作業を開始しました。河川環境保全検討委員会の提言を基に、全体構想の素案が検討されました。釧路湿原の周囲で酪農を営む農家の方々を含む地域住民の幅広い意見を聞く必要から、地域住民と協議会(全体構想作成WG)との意見交換会を6回開催、またパブリックヒアリングも実施しています。

釧路湿原流域図
釧路湿原流域図

こうしたプロセスを通じて、酪農家や釧路市街地住民など様々な立場の地域住民、地元自治体、関係行政機関・団体の間で、釧路湿原の自然再生について共通の認識がつくられていきました。そして、協議会発足から1年半後の2005年3月に釧路湿原自然再生全体構想が策定されました。

この全体構想は、今後、様々な主体が釧路湿原の自然再生を進めるための基本指針となるものです。全体構想には、釧路湿原の流域全体を視野に入れて取り組みを進めること(流域視点の原則)、自然の再生力を基本とすること(受動的再生の原則)、モニタリングにより事業効果を検証しながら慎重に取り組みを進めること(順応的管理の原則)などの基本原則が定められ、湿原生態系と希少野生生物の生息生育環境の保全・再生、河川環境の保全・再生、周辺丘陵地の森林の保全・再生、湿原・河川・湖沼への土砂流入の抑制などについて、取り組みの基本的な方向が明示されています。

これまでの経緯

平成9年
  • 河川法改正
    「治水」「利水」という河川法の目的に、「河川環境の整備と保全」が加えられる。
平成11年
  • 「釧路湿原の河川環境保全に関する検討委員会」発足(9月)(学識者・専門家・NPO・関係機関・自治体が参加)
平成13年
  • 「釧路湿原の河川環境保全に関する提言」発表(3月)
平成14年
  • 「新・生物多様性国家戦略」策定(3月)
    3つの柱の一つに「自然の再生」が位置付けられる。
  • 「環境省釧路湿原自然再生事業に関する実務会合」発足(4月)
平成15年
  • 「自然再生推進法」の施行(1月)
  • 同法に基づく「自然再生基本方針」の決定(4月)
  • 「釧路湿原自然再生大会」開催(6月)
  • 「釧路湿原自然再生協議会設立」(11月)
平成16年
  • 流域住民との意見交換の場として、各地で「全体構想に関する地域検討会」を開催(9月~10月)
平成17年
  • 「釧路湿原自然再生全体構想」の策定(3月)
  • 釧路湿原自然再生の実施計画の検討
平成18年
  • 「釧路湿原達古武地域自然再生事業実施計画」の策定(2月)

協議会の活動とその特徴

構成員が100名を超える協議会が広範なテーマを抱えた釧路湿原の自然再生についての個別案件を一つひとつ議論することは現実的ではありません。このため、湿原再生、旧川復元、土砂流入、森林再生、水循環、再生普及の各テーマ毎に小委員会が設置され、具体的な検討が行われることになりました。河川環境保全検討委員会で行われていた旧川復元や土砂流入対策などについての検討は、協議会の小委員会で継続して行われることになりました。全体構想作成WGが作成した全体構想案についても、協議会全体会合で決定される前にすべての小委員会で議論されています。

協議会の特徴のひとつに、協議会自ら、「釧路湿原自然再生普及行動計画」を作成したことがあげられます。全体構想を作成し、実施計画を検討するだけではなく、釧路湿原の自然再生にかかる環境教育と市民参加を一層推進するために協議会が行動計画を作成したのです。再生普及小委員会内に設置されたワーキンググループが、協議会発足以前にまとめられていた「市民参加・環境教育等の推進に関する10の提言」を基に原案を作成し、小委員会の検討を経て2005年6月に協議会で行動計画が承認されました。この行動計画は「できるひと」が「できること」からはじめることにより実施されるものです。また、行動計画は、釧路湿原自然再生事業を進める際に環境教育と市民参加を盛り込むための指針にもなっています。

行動計画には、「人々の湿原への関心を喚起する」、「自然再生の仕組みや動きを広める」、「自然再生に地域・市民の参加を促す」など10項目について今後必要な取り組みが明記されています。しかし、いつ、誰が、どこで、どのように行うかなどについて具体的に示すことは、実施団体の主体性や予算などを考えると現実的ではありませんでした。このため、具体化した取り組みを毎年度「具体的取組み予定」として取りまとめることになりました。

自然再生の取り組みを周知し、行動計画の実施に広範な市民や各種団体の参加協力を得るために、具体的取り組みを毎年度末に公募し、公表しています。「具体的取り組み」では分かりにくいので、平成17年度末の公募から「ワンダグリンダ・プロジェクト」という愛称を使っています。「ワンダグリンダ」とは「ワンダー(素晴らしい自然)」、「ワン(日本一広い湿原、日本最初のラムサール条約登録湿地)」、「グリーン(緑→雄大な自然)」をイメージした造語です。

協議会は地域住民や関係団体、専門家など釧路湿原の自然再生に関心があり、何らかのかかわりを持とうとする人が自由に参加できる組織です。大掛かりな自然再生の取り組みは公的機関が実施するものに限られますが、NPOや関係団体、地域住民などによる釧路湿原の自然再生への貢献は少なくありません。NPO等との連携と市民参加は釧路湿原の自然再生を進める上で重要な要素です。このため、協議会が策定した行動計画に沿った取り組みを幅広い連携の輪を作りながら進める必要があるのです。

ワンダグリンダ・プロジェクトのロゴマーク
ワンダグリンダ・プロジェクトのロゴマーク

自然再生実施計画

2006年5月までに、協議会では周辺丘陵地の自然林再生、直線化された河川の蛇行化、そして、土砂流入の抑制に関する実施計画の案を議論してきました。それぞれ、「森林再生」、「旧川復元」、「土砂流入」の各小委員会で詳細な検討がなされました。

達古武沼の北東に面して、約100haのカラマツ人工林があります。ここで、自然の再生力を主体に、ミズナラを主とする自然林に再生する試みが計画されています。環境省が進める5つの自然再生パイロット事業のうち、自然林再生がようやく実施計画策定(2006年2月)に至ったのです。当面の事業は自然林再生に限定されますが、この実施計画には達古武沼の流域で今後必要な自然再生の取り組みの方向も示されています。

広里地区における放棄農地の湿原化など湿原の保全・再生の取り組みについては、平成18年度中に協議会(湿原再生小委員会)で実施計画案の検討が開始できるように準備を進めているところです。

また、国土交通省は茅沼地区において過去に直線化された河川を旧河道を利用して蛇行させる実施計画を、また、国土交通省と北海道が共同で、釧路川支流の久著呂川において湿原への土砂流入を抑制する実施計画を、さらに、湿原周辺の農業排水路末端に設置された沈砂池により土砂流入を抑制する実施計画は国土交通省と地元自治体などが共同で策定中です。

林野庁は、釧路川支流のシラルトロエトロ川上流に位置する雷別地区国有林の森林再生を進める実施計画の案を協議会で検討できるように準備を進めています。

達古武地区カラマツ人工林(自然林再生事業地)
達古武地区カラマツ人工林(自然林再生事業地)
広里地区湿原再生事業地
広里地区湿原再生事業地→拡大図はこちら
直線化された釧路川と残された旧河道(茅沼地区)
直線化された釧路川と残された旧河道(茅沼地区)
久著呂川の河床低下
久著呂川の河床低下

今後の展開

行政機関・自治体による自然再生の取り組みは実施計画の作成段階を迎え、本格化しつつあります。実施計画作成に至らずに調査を継続している取り組みもありますが、今後は自然再生事業の実施に協議会がどのように関与していくかが大きな課題です。順応的管理の原則に基づいて事業を進めながら、協議会で幅広い観点からの検討が行われる必要があります。

行政機関・自治体が実施する自然再生事業について評価する第三者機関を設置すべきとの意見が協議会で出されました。協議会は自然再生の基本指針である全体構想を決定し、個別の自然再生事業が全体構想に沿ったものとなるように継続的に検討する組織です。したがって、協議会の構成員である行政機関・自治体が実施する自然再生事業を監視する機関でもあるのです。釧路湿原の自然再生協議会は幅広い湿原再生の取り組みを議論するとともに、実施される自然再生事業の評価機関としての役割を果たしていくことが必要です。

2006年5月の協議会で、自由参加による懇談会的な議論の場を設置することが決まりました。これにより、今後は釧路湿原の保全など幅広い観点から自由な意見交換が協議会メンバーの間で行われることになります。

NPO等との協働、市民参加の促進も今後の重要な課題です。自然再生普及行動計画への参加を進めていくとともに、NPO等の独自の取り組みを支援する方策の検討も必要です。

釧路湿原で自然再生を進めていく上で最も基本で重要なことは情報の公開と共有です。協議会事務局ではインターネット上で各種会合の議事録や配布資料などを公表しています。環境省では釧路湿原の自然環境など自然再生に関する広範な情報を提供するサイト「湿原データセンター」を開設しました。

釧路湿原に直接関わらない多くの方々も含めて、釧路湿原の自然再生の情報が幅広く共有されることで、ようやく緒に就いたばかりの自然再生事業が望ましい方向へと進むことになると思っています。

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