海洋生物多様性保全戦略


環境省保全戦略トップ海洋生物多様性保全戦略目次第4章 海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用の基本的視点  > 3.我が国周辺の海域の特性に応じた対策  > 表1:海域区分と海域の特徴

第4章 海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用の基本的視点

表1:海域区分と海域の特徴

海域区分 地理・地形的特徴 気候・海流等の特徴 生態系・生物資源等の特徴

(1)黒潮・亜熱帯海域

  • 南西諸島から本州太平洋沿岸の房総半島沖にかけての太平洋側の広域な海域で、小笠原諸島を含む。
  • フィリピン海プレート、太平洋プレート、ユーラシアプレートの衝突域を含み、南西諸島海溝、伊豆小笠原海溝、南海トラフ、小笠原トラフなど、切り立った深い海溝が多い。
  • 沖ノ鳥島は日本唯一の熱帯域。南西諸島は亜熱帯域で、本州沿岸は温帯域。
  • 世界最大級の黒潮が南西諸島と本州東岸を北上。比較的浅い伊豆マリアナ海嶺によって、黒潮中深層は拡散する。四国沖には、南西に向かう黒潮反流が存在している。
  • 黒潮は、房総沖から東に向う黒潮続流となり、北米西岸へと流れている。
  • この海域は、黒潮を介して、世界で最も生物多様性の高い「Coral Triangle」海域とつながっており、世界的にみても海洋生物の多様性が非常に高い海域と言える。
  • 低緯度海域は、亜熱帯性の海洋環境にあり、沿岸域にはマングローブ・サンゴ礁・海草・海藻などの多様な生態系が見られる。
  • 本州沿岸は温帯性で、沿岸域では亜熱帯域に分布中心を持つ種の一部と、温帯域固有の種とが混在する。この海域では海草はほとんどがアマモ類で、マングローブはほとんど見られない。アラメ・カジメ・ホンダワラなどの海藻類が岩礁域では豊富に分布する。
  • 黒潮は高温・高塩分、栄養塩類の少ない表層流であり、外洋域の一次生産は小型植物プランクトンが支えている。
  • 黒潮により暖水性の生物相が見られ、微小生物食物連鎖と小型動物プランクトン、中深層性魚類・イカ類、小型浮魚類、大型回遊魚、海鳥類、鯨類を含めた複雑な生食食物網が形成されている。
  • 薩南から房総までの黒潮内側域には、イワシ類、サバ類、沖合の続流域以南には、サンマ、アカイカの産卵場が存在する。
  • 亜熱帯域は、マグロ類など大型魚類の産卵海域であり、高度回遊魚類の回遊ルートとなっている。
  • 南日本の砂丘海岸を中心にアカウミガメ北太平洋系群及びアオウミガメが産卵する。また、小笠原はアオウミガメの最大の産卵地である。
  • ホンダワラ類で構成された流れ藻が沖合で産卵場や稚仔魚の移動に利用されている。
  • 小笠原諸島海域には世界の鯨類の約3割の種が生息している。また、一部の島嶼にはアホウドリ類が繁殖している。
  • 伊豆・小笠原海域-マリアナ海域及び南西諸島海域には、熱水生態系が見られる。
  • 相模湾など一部の海域には、冷湧水生態系が見られる。
  • 瀬戸内海は、本州、九州、四国に囲まれている日本最大の閉鎖性海域である。多島海で、海域の水深は浅い。
  • 瀬戸内海は、「灘」と呼ばれる流れが穏やかな広い海域と、「瀬戸」と呼ばれる潮流の早い狭い海域が交互に存在する。
  • 瀬戸内海は、複雑な海岸線が多いため、多様な海洋環境が存在し、特に内湾性の多様な生物が豊富に生息・生育している。
  • 内海であること、暖流の影響が少ないことなどから、太平洋沿岸に比べると、亜熱帯性の種が少なく、温帯種が多い。
  • 瀬戸内海の一次生産は比較的高く、マイワシ、カタクチイワシ、シラス、イカナゴなどのプランクトン食性魚類が多い。
  • 瀬戸内海の沿岸には、干潟やアマモ場などの浅場が点在し、底生生物等の生息の場やカブトガニ繁殖地となっている。また、各地に砂堆があり、ナメクジウオやイカナゴ等の生息の場となっているため、イカナゴを主な餌とするスナメリの回遊やアビ類の飛来がある。

(2)本州東方混合水域

  • 三陸沖合は、北米・太平洋プレートの衝突域で、日本海溝が南北に連なっている。
  • 三陸沿岸はリアス式海岸が発達している。
  • 黒潮続流の沖合の北側には、黒潮―親潮移行領域(混合水域)が夏―秋に広がり、暖水・冷水渦を含む複雑なフロント構造が発達する。
  • 三陸海岸には、黒潮、親潮、さらには津軽海流が流れ込む混合水域が形成され、非常に複雑な海洋環境となっている。
  • 温帯性種と亜寒帯性種とが共存する独特の生物相を形成する。黒潮流域に見られる亜熱帯性種はほとんど見られない。
  • 内湾ではアマモ場・海藻藻場がよく発達する。
  • 潮下帯が広い場所が多く、棘皮動物などが優占する。
  • 沖合の黒潮―親潮移行領域は、サンマ、サバ類、イワシ類などの浮魚類・イカ類、マグロ類やカツオなど大型回遊魚の索餌・成長海域となっている。
  • 寒流系及び暖流系両方の魚類相が見られるが、寒冷レジーム期には寒流系魚類およびマイワシ、温暖レジーム期には暖流系魚類が卓越する。
  • 春-初夏の三陸沿岸はオキアミ類が豊富で、これらを餌とするヒゲクジラ類、赤道渡りをして北上中のミズナギドリ類の重要な索餌海域となっている。
  • 海溝域には、冷湧水生態系が見られる。

(3)親潮・亜寒帯海域

  • 北海道東岸以北と千島列島で囲われた海域。
  • 北米・太平洋プレートの衝突域で、千島・カムチャッカ海溝が南北に連なっている。
  • 黒潮に匹敵する流量を有する親潮の流域。
  • 親潮は、オホーツク海、西部亜寒帯循環の表層水から由来し、舌状に南下している。
  • 親潮は、襟裳から南下する親潮第一分枝(貫流)、その分流で北海道―東北沿岸に沿って流れる沿岸親潮、沖合の第2分枝(貫流)に区分されている。
  • 親潮は低温・低塩分、豊富な栄養塩類の表層流で、外洋域の一次生産は大型植物プランクトン(珪藻類)の春季大増殖が支えている。
  • 沿岸では冷水性の生物相が発達する。一般に、生態系の生物量は多いが種数は亜熱帯水域などに比べると少ない。
  • オキアミ類、カイアシ類などの大型動物プランクトンや中深層性魚類・イカ類が豊富で、これらを餌とするサケ類、タラ類、カレイ類など水産有用種の他、海鳥類、鰭脚類、鯨類の索餌海域となっている。
  • 夏-秋の親潮―移行領域には、サバ類、イワシ類、イカ類などが北上回遊し、彼らの重要な摂餌・成長海域となっている。
  • 秋の沿岸・河川には、北洋海域で成長したサケ(シロサケ)が産卵回遊する。
  • 沿岸岩礁域には大型褐藻類(コンブ類など)が繁茂し、ニシンなどの重要な産卵場所となっている。また、アワビ類・ウニ類等の有用底生生物が豊富に生息する。
  • 砂浜域では、アマモ場が広がる。
  • 道東沿岸域には、日本で唯一陸上繁殖するゼニガタアザラシが生息し、エトピリカなど希少海鳥類も繁殖している。

(4)オホーツク海

  • カムチャッカ半島、千島列島、サハリン、北海道に囲まれた閉鎖性の高い海。

 

  • 世界で最も低い緯度で季節海氷が生成する海域で、わが国唯一の氷海域。サハリン東岸に沿ってカラフト寒流が南下している。
  • 対馬暖流由来の宗谷暖流は宗谷海峡から流入し、北海道オホーツク海沿岸に沿って知床半島周辺まで流れている。
  • 冬のオホーツク海北部で季節海氷が形成される際に、低温、高塩分で栄養塩類が豊富な海水が沈降し、オホーツク海中冷水を形成する。
  • オホーツク海中冷水は、オホーツク海から北西北太平洋の中層域に栄養塩に飛んだ水塊として拡がり、この海域の春の植物プランクトンの大増殖を始めとして、豊かな生物生産を支えている。
  • 季節海氷の底面には付着珪藻類(アイスアルジー)が繁茂して沈降し、底生生物群集(主にろ過食者)の餌となっている。
  • 沿岸域では、流氷の漂着により、流氷由来の特有の生物相が見られる。
  • 水温などの環境は親潮海域に類似しているので、生物相もよく似ており、生物量は多いが種数は多くない。
  • 親潮海域同様に、オキアミ類、カイアシ類などの大型動物プランクトンが豊富で、これらを餌とするタラ類、カレイ類、カニ類など水産有用種の他、海鳥類、鰭脚類、鯨類の索餌海域となっている。
  • 春-初夏のオホーツク海南部は、東北―北海道の河川由来のサケ稚・幼魚の育成海域となっている。秋の沿岸・河川には、北洋海域で成長したサケ、カラフトマスが産卵回遊する。
  • 冬-春は極域の氷縁生態系に似た寒冷性海洋生物(タラ類などの底魚類、ウミワシ類、氷上繁殖型アザラシ類)が優先するが、夏-秋には暖流系表層回遊魚も来遊する。

(5)日本海

  • 対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡、間宮海峡に囲まれた深い海盆状の閉鎖性の高い海。
  • 日本海の中央部には大和堆と呼ばれる浅瀬がある。
  • 遠浅で比較的傾斜の小さい海底地形(大陸棚の存在)。
  • 黒潮と東シナ海の中国沿岸水などの混合した対馬海流が北上している。この海流は、朝鮮半島東岸に沿う流れと本州日本海沿岸に沿う流れがあり、大陸沿岸に沿って南下するリマン海流との間に複雑な暖水・冷水渦やフロントを形成する。
  • 表層から水深約300mまでは対馬暖流、下層は1℃以下の日本海固有水が占める。この固有水の由来は、冬の季節風によってロシア沿岸で沈降する低温・高塩分水である。
  • 冬の季節風によって日本海は鉛直混合が生じ、中低層の栄養塩類が表層に運ばれ、春以降の日射量の増加と水温の上昇に伴って植物プランクトンが増殖する。
  • 対馬暖流は高温、高塩分、低栄養塩類の表層流だが、リマン海流との複雑なフロント海域では、親潮―黒潮移行領域と似た高い一次生産が起きる。
  • 主に東シナ海を産卵場とする暖流系魚類(クロマグロ、ブリ、アジなど)とスルメイカが対馬暖流に沿って北上し、秋以降には山陰-東シナ海の産卵場に南下回遊する。
  • 大陸棚および斜面域には、南は暖流系、北は寒流系の種が多い。深海域にはズワイガニ類が多く生息する。
  • 日本海は成立してからまだ時間が短いため、一般に生物多様性は他の海域に比べて低いが、生産量は少なくない。
  • 干満がほとんど無いため、干潟生態系が発達しない。
  • 沿岸域の底生生物相は、黒潮流域の生物相の一部。ただし対馬暖流の影響で、暖流系種の分布は太平洋側よりも高緯度まで広がる。
  • 中深層性域は、日本海固有水の影響を受け、限られた種のみが分布する。魚類では、キュウリエソ、ノロゲンゲなどが優占し、その他にホタルイカなどが分布している。

(6)東シナ海

  • 南西諸島の西側で、200m以浅の陸棚が70%を占めているが、琉球諸島に沿った東シナ海南東海域の陸棚斜面は急峻で、水深1000m以上に深くなっている。
  • 陸棚域は揚子江などの陸水の影響を受けた厚い砂泥堆積物で覆われている。
  • 黒潮の上層部が、狭い台湾東方の海峡を通って東シナ海に入り、トカラ海峡から再び太平洋に抜けている。
  • その内側の大陸棚斜面域の上層には、中国大陸沿岸由来の中国冷水と黒潮との表層混合水が形成され、九州沿岸に沿う半時計回りの渦となっており、その一部は対馬暖流として日本海に流入している。
  • 中国大陸側の大陸棚-斜面海域は、日本海同様に、冬の季節風による鉛直混合、春以降の日射量の増加と水温の上昇に伴って植物プランクトンが増殖する。
  • 日本海の対馬暖流および北太平洋の黒潮に沿って北上回遊する多くの浮魚類(ブリ、アジ、サバ類など)やスルメイカ冬季群の産卵・育成場となっている。
  • 大陸からの大量の物質の供給により、外洋域および大陸棚域の生物量が非常に大きい。
  • 沿岸域は、環境的には黒潮亜熱帯域と同等であり、生物相も違いはない。したがって、世界でも有数の生物多様性の高い海域である。
  • 熱水生態系が南西諸島周辺に多数分布している。

出典:以下を参考にして作成。
藤倉克則,奥谷喬司.丸山正 編著(2008)潜水調査船が観た深海生物 深海生物研究の現在.
環境省(1999)今後の海洋環境保全のあり方に関する懇談会中間報告書.
日本海洋学会沿岸海洋研究部会(1985)日本全国沿岸海洋誌.
日本海洋学会沿岸海洋研究部会(1990)続・日本全国沿岸海洋誌.
日本の里山・里海評価-西日本クラスター,瀬戸内海グループ(2010)里山・里海:日本の社会生態学的生産ランドスケープ―瀬戸内海の経験と教訓―里海としての瀬戸内海.
社団法人海洋産業研究会(2002)わが国200海里水域の海洋管理ネットワーク構築に関する研究報告書.
S.M. McKinnell and M.J. Dagg 編著(2004)(2010)Marine Ecosystems of the North Pacific Ocean  PICES Special Publification
Y. Sakurai(2007)An overview of the Oyashio ecosystem. Deep-Sea Research II 54: 2526-2542.


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