法令・告示・通達

光化学スモツグの発生防止等に関する暫定措置について

公布日:昭和47年06月01日
環大企92号

環境庁大気保全局長から各都道府県知事あて
 光化学反応による大気汚染(以下「光化学スモツグ」という。)については、一昨年夏に東京都杉並区の立正高校において発生したいわゆる光化学スモツグ事件以来大きな社会問題となつているが、オキシダントに係る注意報等の発令および被害届出の状況をみると、別表にみられるとおり、いつそう頻発化、広域化の傾向を強めている。
 これが対策の一環として、大気汚染防止法にもとづくオキシダントおよび二酸化窒素に係る緊急時の措置基準の規定、自動車排出ガスの排出規制の拡充等の措置を講じたほか、窒素酸化物およびオキシダントに係る環境基準の設定の作業、自動車排出ガス低減の抜本的方策および固定発生源からの窒素酸化物対策の検討、光化学スモツグの発生機構および人の健康への影響に関する調査研究等を進めているところである。
 光化学スモツグの発生機構およびその影響については現在までにかなりの知覚が得られているが、未だ解明されていない点も多く、これらについては、さらに今後の調査研究によつて、十分な解明を図り、その結果をふまえた光化学スモツグ対策を確立する必要がある。
 しかしながら、最近における光化学スモツグの発生状況にかんがみ、当面、大都市、工業地域およびこれらの周辺地域等光化学スモツグの発生のおそれのある地域について、おおむね6月から9月までの間、下記の暫定措置を講ずることにより、光化学スモツグの発生防止、保健対策等光化学スモツグ対策に遺憾なきを期されたい。
 また、本措置は、市町村行政とも密接な関係を有するので、関係市町村に対する周知方をお願いするとともに、関係市町村その他関係機関との緊密な連絡協力体制の確立に努められたい。
 なお、本通知については、警察庁、文部省、厚生省、通商産業省、運輸省および労働省に対して連絡ずみであるので念のため申し添える。

1 固定発生源対策

 (1) 窒素酸化物対策

   固定発生源からの窒素酸化物の排出抑制については直ちに講じうる有効な方法としては現在のところ原燃料等の燃焼量の削減以外にはないので、気象条件が光化学スモツグの発生しやすい状態にあるときは、工場、事業場および一般家庭に対して、燃焼量の削減を呼びかけるとともに廃棄物等の燃焼行為で不要不急のものは厳に行なわないよう協力を求めること。

 (2) 炭化水素対策

  1.   (イ) 油槽所、ガソリンスタンド等におけるガソリン貯蔵設備(フローテイングルーフ構造のものを除く。)にガソリンを給油する際または平常時においても大気圧の変動等の際に、気化した炭化水素が大気中に排出されるので、これらの設備を有する者に対して、炭化水素の排出防止のため、吸着方式、吸収方式等の排出防止装置の設置、気化した炭化水素をタンカー、タンクローリー等の輸送施設に戻すリターン方式の採用等の措置を講ずるよう指導すること。
  2.   (ロ) 有機溶剤およびその製品を用いる作業を行なう事業場から炭化水素が大気中に排出される場合が多いのでこれらの工場、事業場に対してこれが排出の抑制に努めるよう協力を求めること。
  3.   (ハ) 気象条件が光化学スモツグの発生しやすい状態にあるときは、給油等炭化水素を大気中に排出させるおそれのある行為で不急のものは、差しひかえるよう一般の協力を求めること。

2 自動車排出ガス対策

  1.  (1) 自動車の運行に伴い炭化水素、窒素酸化物等の光化学スモツグ要因物質が排出されるが、これら自動車排出ガスの低減対策として、未だ十分に有効な技術が確立されていないので、気象条件が光化学スモツグの発生しやすい状態においては、自動車の使用者および運転者に対して不要、不急の自動車を運行しないよう関係行政機関と協力して指導すること。なお、すでに光化学スモツグの被害が頻発している地域およびその周辺地域にあつては、緊急時レベルの光化学スモツグの発生を想定して、汚染物質を発生源となる自動車交通量の削減等光化学スモツグによる被害を防止するための有効適切な措置につき、早急に都道府県公安委員会等の関係機関と協議しておくこと。
  2.  (2) 自動車の定期点検整備の励行
       エンジン系統の整備不良が自動車排出ガスの排出濃度を著しく高める原因となるので、道路運送車両法に基づく自動車の定期点検整備を確実に行なうよう関係機関等と協力して自動車の使用者に対して指導すること。
  3.  (3) 自動車排出ガス防止装置取付の勧奨
       自動車排出ガス防止装置については、各方面において開発が進められており、とりわけ触媒式防止装置については、浄化効率、耐久性、関連公害の発生等にいまだ問題が残されているが、充分な管理体制のもとで使用される場合には短期間であれば、かなりの効果が期待されるので最近の光化学スモツグの頻発の状況に鑑み、光化学スモツグ頻発時期を中心に暫定的に自動車使用者に対して必要な技術指導のもとに本装置の取付を積極的に勧奨すること。
  4.  (4) オレフイン系および芳香族炭化水素のガソリンへの添加の監視等
       ガソリン組成中のオレフイン系および芳香族炭化水素については、ガソリンの無鉛化計画においても自動車の正常な走行状態を維持するために必要なオクタン価を保持しつつ、その含有量を抑制する方向で対処しているが、流通段階におけるこれらの物質の添加の実態の把握に努め、必要があれば関係業者に警告を発するほか本職あて報告されたいこと。

3 予報体制の整備

  光化学スモツグ対策を効果的に実施するためには気象予報を前提とした光化学スモツグ予報を行なうことが必要であるので気象官署との連絡を密接にし、気象予報等の気象情報の収集に努め、光化学スモツグが発生しやすい気象条件が予想される場合には、大気汚染監視測定点における気象状況およびオキシダント濃度等の推移を勘案したうえ適切な光化学スモツグ予報を行ないうるような体制を整備すること。
  なお、これまでの各種の調査によれば、光化学スモツグの指標とされているオキシダント濃度は、他の諸要因もあるので例外もありうるが、一般的には次のような気象条件のもとで高まる傾向がみられる。

  1.  イ 気圧傾度がゆるく、弱風が継続すること。
  2.  ロ 日射があること。
  3.  ハ 大気が安定で、前線性または沈降性の逆転層が存在すること。
  4.  ニ 気温がおおむね20℃以上で、湿度がおおむね75%以下であること。

4 保健対策

 (1) 監視組織及び情報網の強化

   光化学スモツグによる健康被害に対する保健対策については、一般的な保健衛生対策の強化のほかとくに、光化学スモツグについての一般住民への知識の普及、徹底および健康被害が発生した場合における措置を迅速適切に実施する必要がある。このため、これらに関する具体的事項の協議、情報の交換、健康被害の実態の把握等が円滑に行なえるよう、保健所の機能の活用、関係機関との協力体制の強化など光化学スモツグに関する保健対策の実施体制の強化確立を図ること。

 (2) 知識の普及徹底

   光化学スモツグに関する保健対策については、一般住民の光化学スモツグについての認識を深めその協力をうることが、最も肝要であるので、報道機関、教育関係機関、医師会、婦人団体、地区組織等の組織の協力を求め、一般住民への知識の普及徹底を図ること。

 (3) 健康被害が発生した場合の措置

  ア 事前の措置

    最近のわが国の事例では、光化学スモツグによるものとされている健康被害者の中には、呼吸困難、四肢しびれ、けいれん等重篤な症状を呈し、入院治療を要する重症者もあることが報告されているので、このような健康被害の発生の可能性をも考え、その発生に際しては、医療関係機関等の協力を得て適切な応急措置を実施しうるよう、あらかじめ配慮されたいこと。

  イ 健康被害発生時の措置

    健康被害発生に際してはその実態の把握と原因の究明のために必要に応じ、以下の如き調査をすみやかに実施するよう努められたいこと。

   Ⅰ 健康被害に関する調査
    ⅰ) 健康被害発生状況調査

      重篤な健康被害発生地域およびその周辺地域における被害者数、主要症状、症状の発現状況等の調査

    ⅱ) 健康被害者についての健康診断等

      健康診断および臨床医学検査
      なお、健康診断等が実施された場合および治療が必要であつた場合にはできるだけ被害者の臨床所見(初診時所見、臨床経過、臨床検査成績等)の把握に努め、その記録の保管に努めること。

    ⅲ) 被害発生集団についての調査

      対象集団の被害発生前における特殊条件(行事あるいは授業内容等)、健康管理の状況、給食状況等の調査

    ⅳ) その他
   Ⅱ 環境条件に関する調査
    ⅰ) 気象要素調査

      被害発生時前後の気象要素(温度、湿度、天気、風向、風速等)についての調査

    ⅱ) 大気汚染物質の調査

      オキシダントのほか、いおう酸化物、窒素酸化物、浮遊粒子状物質等の主要汚染物質の濃度調査
      なお、上記以外の大気汚染物質、例えばアルデヒド類、硫酸ミスト等の刺激性物質に関する濃度調査にも留意すること。

    ⅲ) 固定発生源等の調査

      被害発生地周辺のばい煙発生施設、廃棄物の焼却行為、刺激性物質を放出する可能性がある施設や行為についての調査

    ⅳ) 移動発生源調査

      道路交通状況についての調査

    ⅴ) その他必要と考えられる調査

      被害発生地周辺の地形(起伏、開放度等)、地物(建築物)、樹木の配置状況および植物被害状況等についての調査

  ウ 調査後の措置

    健康被害の発見には各種汚染物質の濃度、持続時間および個体側の要因例えば性、年齢、個人の健康状態(精神身体医学的側面を含む。)等種々の要因の関与が考えられるので、調査結果の評価、判断にあたつては、これら諸要因についても充分配慮し、慎重を期すとともに、これら調査結果に基づく公表、その他必要な対策の実施にあたられたいこと。

5 緊急時発令状況等の報告

  オキシダントに関し、予報、注意報または警報を発令した場合およびオキシダントによるとされる被害届出があつた場合には別紙様式1により1週間(日曜日から土曜日)ごとにとりまとめ、おそくとも翌週の土曜日までに報告すること。その際、なるべく様式2による光化学スモツグ被害届出状況をも報告されたいこと。
  また、四肢のけいれん、呼吸困難等の重篤な症状を呈する被害が生じた場合は、ただちにその状況について電話連絡するとともに、調査の進展に応じてその概要を報告すること。
  なお、貴管轄地域内において、はじめて、注意報が発令されまたは被害届出があつた場合にはただちにその状況について電話連絡すること。

別表
  オキシダントに係る注意報等の発令および被害届出の状況

都府県
注意報等発令日数
被害者届出数(人)
45年
46年
47年
(1月~5月)
45年
46年
47年
(1月~5月)
埼玉県
0
23
3
1,262
3,663
130
千葉県
0
19
2
5,923
1,169
107
東京都
7
38
8
10,064
28,223
1,267
神奈川県
1
11
4
638
13,183
171
愛知県
0
1
0
0
277
0
大阪府
0
4
2
0
1,600
249
兵庫県
0
7
1
0
3
0


 注1) 都府県からの通報に基づき環境庁が取りまとめたものである。
  2) 注意報発令日数は大気汚染防止法第23条第1項に基づき注意報(条例等による場合も含む。)の発令がなされた日数である。
様式 略

参考
    光化学スモツグの発生機構および影響について

 光化学スモツグの発生機構および影響については、現在までに、一般的に次のようなことが判明している。

1 発生機構

  大気中に窒素酸化物と炭化水素―とくに不飽和炭化水素―が共存する場合、太陽光の照射をうけると、その紫外線によつて光化学反応を起して、オゾン、パーオキシアセチルナイトレート(PAN)およびその同族体、二酸化窒素、過酸化物等の酸化性物質、ホルムアルデヒド、アクロレイン等の還元性物質、エーロゾル等が生成される。また、二酸化いおうが存在するときは、硫酸ミストが生ずる。
  光化学反応によつて生成される酸化性物質のうち、二酸化窒素を除いたものが光化学オキシダント(以下単にオキシダントという。)と称され、光化学スモツグの指標とされている。
  オキシダントは、一般に中性ヨウ化カリウム溶液を用いる測定方法によつて測定されており、この場合の測定値の大部分はオゾンによるものであることが確認されているが、眼に対する刺激性物質として知られているホルムアルデヒド、アクロレイン等については、この測定法では測定されない。

2 人の健康への影響

  オキシダントの健康への影響については、急性影響としては、眼の刺激(眼のチカチカ感、流涙等)症状や鼻、咽喉および呼吸気道の粘膜刺激(のどの痛み、いがらつぽい感じ、息苦しい等)症状が主体であり、ぜん息患者に対しては発作の誘発がみられることが知られている。慢性影響としては、肺組織の変化等があげられるが、現段階ではまだ明らかでない。
  光化学スモツグによるとされる被害届の状況をみると学童、生徒等の若い年代を中心に、オキシダントに係る予報または注意報の発令時と相前後して被害が生じている。その被害者には、少数ながら胸の苦しみ、呼吸困難、四肢のしびれ、けいれん等のかなり重篤な症状を訴え、入院治療を要する事例が数例報告されているが、その殆んどは戸外で相当過激な運動を行なつている際およびその後に発生したものである。これらが光化学スモツグに起因するものかどうかについては、その事例発生時に当該地点で汚染物質の測定が行なわれていないことや、被害者についての健康診断、各種臨床検査等によつても診断基準が確立されていないことなどから、現在のところ大部分の事例は光化学スモツグの健康影響と断定することは困難な面があるとされている。
  また、光化学スモツグの影響の発現は、当然のことながら汚染物質の濃度と暴露時間および個体側の要因(性、年齢、健康状態等)によつて異なるものであり、さらに過激な運動時およびその後には、汚染物質が比較的低濃度であつても、影響が激しく現れることが知られている。
  オキシダントによる急性の刺激症状は、一般的には軽度で一時的なものであり、通常特別な医学的処置は必要ないものと考えられるが、一般に次のような措置をとるよう指導することが望ましい。

  1.  (イ) 主訴あるいは臨床症状の軽重によつては、専門臨床医への受診を勧奨し、いたずらに不適切な自家療法にはしらないこと。
  2.  (ロ) 光化学スモツグ注意報発令時においては、できるだけ戸外での激しい運動は避け、屋内活動に切りかえること。しかし、虚弱体質あるいは病弱者は室内においても安静を保つよう努めること。
  3.  (ハ) 必要に応じ窓を閉鎖する等の措置を講ずること。
  4.  (ニ) 学校等における平常時の健康管理の充実を図ること。