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[B−2 西シベリアにおける温室効果気体の収支推定と将来予測に関する研究]

(1)西シベリア大低地におけるメタンフラックスの年変動と変動要因に関する研究


[環境庁 国立環境研究所]

  地球環境研究センター

●井上元

  地球環境研究グループ温暖化現象解明チーム

●町田敏暢

  大気圏環境部大気動態研究室

●遠嶋康徳、高橋善幸  S. Maksyutov

水・土壌圏環境部

●内山裕夫、内海真生


[平成11−12年度合計予算額]

98,000千円

(平成12年度予算額 40,153千円)

[要旨]

 湿原からのメタン発生量は、湿原の平均水位と土壌条件、冬季の結氷深度を支配する積雪深度、それから派生する植生の違い、気温・残留氷・植生により決まる土壌温度により支配される。直接的には主として土壌温度により発生量の季節変動が変化するが、メタン生成菌の最適活動温度はその土地の平均気温により生息する菌の種類が異なるため、同一の温度特性曲線でメタン発生と地温の関係は記述できない。また、生成したメタンは地表面で好気性の雰囲気でメタン酸化菌により酸化されることや、草本の茎を経由して酸化されず大気に輸送されるプロセスもある。このように様々な要素が互いに原因と結果の関係を持ち複雑に絡み合いメタン発生量が決まる関係にある。
 他方、地球環境問題の視点からは、メタン発生量の原単位を求め衛星画像データによる湿原の分類、水位や地温の推定などから、広範囲のメタン発生量を推定することが求められる。衛星データと対比させる上で、同一の湿原でも微地形的構造、植生毎に、また、異なった湿原毎に、空間的に異なった場所でのデータを必要とする。また、季節的変動としては夏期の発生が主であるがその期間は短いので、時間当たりの発生量は小さいが長期に継続すれば無視できない。①草本類とミズゴケが共存する比較的栄養のある湿原において、植生とメタン発生量の関係を明らかにする観測の結果、植生により7〜18mgC/m2/hrの変動があることが明らかになった。②ミズゴケを主体とする貧栄養の湿原では、水位とメタン発生量の関係を明らかにする目的で森林から湿原の中央部にかけて観測を行った結果、0.8〜5mgC/m2/hr の変化があった。また、季節変動はいずれも融雪期からメタン発生が始まるがその増加は地温上昇より遅く、地温のピークである7月末から1ヶ月遅れて8月末にメタン発生のピークがあり、その後11月の結氷に向け急速に発生量が減少することが分かった。
 これらの観測から解明された項目をまとめる。①メタン発生はその原料となる植生の炭素固定量と強い相関がある。②嫌気雰囲気で発生したメタンが植物の茎を通って大気中に放出されるプロセスがあると地温との相関が強く、発生量も多いこと、③ミズゴケが主である貧栄養の湿原では炭素固定量が少なく輸送のバイパスもないので発生量は少ない。④嫌気雰囲気で発生したメタンが地表面で酸化されるので、下層の嫌気層の温度が下がらず上層の酸化層の温度が下がる8月には、生成速度があまり下がらないのに酸化速度が低下するので大気中への放出量は増加する。⑤貧栄養の湿原では冬季に枯れた植物による断熱効果が小さいので、土壌は深いところまで結氷し、それが6月の地温上昇を遅らせ、植物の生育を抑制するというフィードバックがある。⑥貧栄養の湿原でも樹木が侵入し乾燥化した部分には草本が生育し、これが冬季の結氷を妨げるので夏期の地温が上昇し、草本の生育を促すフィードバックがある。これが貧栄養湿原のポリゴン構造を作る。⑦鉱物土壌が表面近くにある場所は森林となっており、ここからの栄養塩の供給がスゲなど草本の生育を促す要因の一つになっている。⑧生成条件では酢酸の濃度が極めて低く、これがメタン生成の律速になっている。⑨メタン生成細菌の遺伝子解析からこれまで発表されたものと比べ早い時期に分岐進化した種であることが分かった。
 本研究によりメタン発生は気温(地温)をパラメータとして短期的には推定でき、短期的には気候変動下での降雨量と気温の変化から半定量的に変動が推定できることが明らかになった。しかしながら、メタン発生量は互いに原因と結果として複雑に絡み合った多くの要素により決まるので、植生や凍土環境の変化を伴う長期的なメタン発生の変動予測は極めて困難である。


[キーワード]

西シベリア、湿原、メタン発生