環境省地球環境・国際環境協力地球環境研究

民間定期航空機を利用したCO2観測の成功について
―初飛行において得られたデータの速報―

平成17年11月30日(水)
独立行政法人国立環境研究所
大気圏環境研究領域
大気動態研究室主任研究員 町田敏暢
(029-850-2525)

要旨:

 国立環境研究所の町田敏暢主任研究員らの研究グループは、民間定期航空機にCO2(二酸化炭素)測定装置を搭載して定期観測を行う世界初の試みに成功した。これにより、CO2測定装置は飛行中に連続して観測ができるため、これまでの航空機観測に比べて頻度や領域が飛躍的に向上・拡大し(図2)、大陸別のCO2吸収・放出量の推定精度向上に役立つと期待される。この先駆的な観測によって日本が温室効果気体の航空機観測分野で一層世界をリードすることも期待できる。
 観測装置を搭載した航空機は11月5日から運航を開始し、11月8日には初データが回収された。得られた結果から、成田、ジャカルタ、バンコック、北京上空におけるCO2濃度の鉛直分布や、各都市間の高度10から12kmにおける水平分布が明らかになった。4日間の観測で、CO2測定装置が高い性能を示すことや、民間航空機により高精度でCO2濃度を観測できることが実証された。民間航空機の飛行頻度や飛行空域の広さを考えるとこの事実は画期的であり、今後の観測の継続が地球上のCO2の循環を理解する上で大きな貢献になる。
 本プロジェクトは、日航財団、気象研究所、東北大学、JAXA、ジャムコ、日本航空との共同研究として実施されている。

本文:

1.背景

 これまで、大気中二酸化炭素(以下、CO2)濃度の観測は主に地上において行われてきており、航空機を利用した空間分布の観測は例が少なかった上に、そのほとんどはチャーター機による飛行であるために、観測の頻度は低く、観測の領域も限られたものであった。一方、民間定期航空機を大気観測に利用する際には、安全運航の観点から観測装置には非常に厳しい規定が適用されるが、観測の頻度や領域を向上させることが可能となる。
 日本航空と日航財団は、これまでに気象研究所と共同で日本-オーストラリア間において月に2回の頻度で大気サンプリング法による温室効果気体の観測を1993年より継続してきた。
 2003年度より日航財団は、国立環境研究所などの研究機関、航空機を運航する日本航空、機器開発や航空機搭載承認取得の実績のあるジャムコとで研究グループを組織し、文部科学省の科学技術振興調整費による研究「定期旅客便による温室効果気体観測のグローバルスタンダード化」により、民間航空機に搭載可能なCO2濃度連続測定装置(CME)と改良型自動大気サンプリング装置(ASE)の開発を進めてきた。民間航空機にCO2測定装置を搭載して定期観測を行うのは本プロジェクトが世界で初めてである。

2.観測装置の開発

 CMEとASEは2004年末までに、装置としての開発を終え、米国において米国連邦航空局(FAA)立ち会いの環境試験(電磁ノイズ、振動、加速、温度変動等の試験)に合格した。
 2005年10月に日本航空の747-400型機の1号機目の機体改造(空気取り入れ配管と装置を取り付けるラックの設置)が行われた(図1および写真1)。10月20日にはFAAと日本の国土交通省航空局(JCAB)の検査官立ち会いのもと試験飛行が実施され、日米両国の担当機関から観測装置の747-400型機への搭載が許可された。
 2006年の前半までに、CMEは2機の747-400型機と3機の777-200型機に搭載される。ASEはそれらのうち2機の747-400型機に搭載される予定である。

3.本観測の特徴と意義

 CMEを使った本観測は以下のような特徴を有している。
1) 水平飛行時だけではなく、上昇・下降時にもデータが取得できるのでCO2濃度の鉛直分布が観測できる。
2) 連続して測定ができる(水平飛行時は1分毎、上昇・下降時は10秒毎)ので、細かな空間分布まで観測が可能になる。
3) 航空機はほぼ毎日飛行するので、これまでの月2回に比べて観測頻度が飛躍的に向上する。
4) オーストラリア路線だけではなく、日本航空が航空機を運航する他の路線(アジア路線、北米路線、ハワイ路線、ヨーロッパ路線)上での観測が可能になる。(図2

 本プロジェクトによる観測には以下のような意義がある。
1) CO2観測の空白域の1つである東アジア・東南アジアでのデータが定常的に得られる。
2) 特に熱帯域での鉛直分布を通年観測した例は皆無であるので貴重なデータとなる。
3) これらのデータは大陸別のCO2吸収・放出量の推定精度向上に役立つ。
4) 2008年に日本が打ち上げる温室効果気体観測衛星(GOSAT)の検証に極めて有効である。
5) 日本が温室効果気体の航空機観測分野で世界のリーダーシップを取ることが期待できる。
6) 大気の輸送(南北半球交換、鉛直方向の輸送など)を理解する上で有用な情報が得られる。

4.初期飛行での観測結果

 日本航空は観測装置を搭載した当該機の運航を11月5日から開始した。11月8日に成田空港にて日本航空担当者による初めてのデータ回収が実施された。
 4日間の飛行経路は、成田-バンコックが1往復、成田-ジャカルタが2往復、成田-北京が1往復であった。
 図3に上部対流圏(高度10から12km)におけるCO2濃度の緯度分布を示す。6回の独立した飛行にもかかわらず濃度のばらつきは非常に小さく、観測が精度良く行われていることがわかる。北緯5度から赤道付近にかけて、北半球と南半球の空気の境界を示すと考えられる濃度勾配が4回の飛行全てで観測されている。北緯12度付近には対流性と考えられるCO2濃度のピークが2度にわたって同じ位置で観測されている。以上のように747-400型機に搭載したCMEが高高度におけるCO2の水平分布を高い再現性で観測していることを確認できた。また、南北両半球の濃度勾配など、これまでほとんど観測されていなかった現象を十分な精度で検知できることも確かめられた。
 図4は成田、ジャカルタ、バンコック、北京上空におけるCO2濃度の鉛直分布を表したものである。どの観測地点も空港周辺では人間活動の影響で高い濃度を示すことが多い。汚染された空気の層を除くと、成田上空では地表に近いほど濃度が高くなる濃度勾配が存在しているのに対して、熱帯のジャカルタではCO2濃度が上下方向に均一であり、大気の対流が盛んであるというこれまでの知見を裏付ける結果が得られている。
 以上のようにわずか4日間の結果であるが、747-400型機に搭載したCMEが期待通りの性能を示すことを確認すると同時に、民間航空機というチャーター機と比較して低コストのプラットフォームが、チャーター機と同等のパフォーマンスでCO2濃度を観測できることが実証された。民間航空機の飛行頻度や飛行空域の広さを考えるとこの事実は画期的であり、今後の観測の継続が地球上のCO2の循環を理解する上で大きく貢献するものと期待される。
 また今回開発した装置はFAAの承認を取得しているので日本航空以外の航空会社も比較的容易に搭載することができる。本観測の成功によって日本発のこの観測手法が世界的に広がることに期待したい。
 なお、本プロジェクトは2006年度より環境省地球環境保全等試験研究費により定常観測に移行することを計画している。

5.まとめ

 民間航空機にCO2測定装置を搭載して定期観測を行う世界初の試みに成功した。回収された初データから、CO2測定装置が高い性能を示すことや、民間航空機がチャーター機と同等のパフォーマンスでCO2濃度を観測できることが実証された。今後の観測の継続が地球上のCO2の循環を理解する上で大きく貢献するものと期待される。




 図1:CO2連続測定装置(CME)と自動大気サンプリング装置(ASE)の747-400型機への設置概略図。両装置は前方貨物室後方にある4つの水タンクの隙間に設置された。空気サンプルはエンジンで加圧された外気が供給されるエアコンダクト(左上の黄緑色の太い配管)から直接採取し、オレンジ色の配管を通って各装置に引き込まれる。


 写真1:747-400型機に搭載されたCO2連続測定装置(CME)と自動大気サンプリング装置(ASE)。


 図2:CMEおよびASEを搭載した航空機の飛行経路(2004年4月の飛行例)。緑色の線がCMEの、ピンク色の線がASEの観測路線を表す。行き先の数字は一ヶ月あたりの飛行回数を表している。


 図3:2005年11月5日から11月7日にかけて観測された上部対流圏(高度10から12km)におけるCO2濃度の緯度分布。北緯5度から赤道付近にかけての濃度差は北半球と南半球の空気の境界であると考えられる。北緯12度付近や15度付近には対流性と考えられるCO2濃度のピークが観測されている。


 図4:成田、ジャカルタ、バンコック、北京上空におけるCO2濃度の鉛直分布。空港周辺では人間活動の影響で高い濃度を示している。日本付近では地表に近いほど濃度が高くなる濃度勾配が存在しているが、熱帯のジャカルタでは空気が良く混合しているので、CO2濃度が上下方向に均一である。
 

問い合わせ:

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独立行政法人国立環境研究所
 大気圏環境研究領域 大気動態研究室 主任研究員 町田敏暢
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