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議事録一覧

中央環境審議会野生生物部会
第3回遺伝子組換え生物小委員会議事概要


1.日時

平成14年3月11日(月)14時~16時45分

2.場所

経済産業省別館第827会議室

3.出席者

(小委員長) 岩槻 邦男
(委員) 磯部 力 市田 則孝 岩熊 敏夫
大塚 直 鷲谷 いづみ 大井 玄
加藤 順子 鎌田 博 矢木 修身
山野井 昭雄
(環境省) 小林自然環境局長
松原審議官
黒田野生生物課長
水谷野生生物課補佐

4.議事概要

【説明】

● 事務局より、参考資料1に基づき、移入種(外来種)と遺伝子改変生物との関係について説明。資料4に基づき、前回委員会議論の主要意見の紹介。資料1、資料2に基づき、遺伝子改変生物による生物多様性への影響が生じるプロセス、影響の評価の考え方について説明。

【議論】

<資料1の記述の不十分な点について>

● 影響が生じる範囲は「利用される地域」を越える。

● 環境中に出てしまったものの管理方法が準備されていないと、フィードバックして再評価をしても手遅れ。

● 遺伝子改変生物による影響は、それを利用する特有の技術による間接的な影響があれば、それも含めて評価されるべき。

● 野生動植物だけでなく、栽培品種の多様性も考慮すべき。

● 外来種による影響以外の生物多様性への影響についてもふれるべき。

<リスク評価、評価に基づく決定について>

● リスク評価は、ある特定の手法によってデータを出し、それについての解釈で、解釈が共通するとは限らない。

● リスク評価を踏まえた決定のあり方として、決定にかかわる判断の合理性、公正性、透明性の確保はできない。

● リスク評価に当たって、できる限りの知識で評価をする手続が大切。その手続の手法の確立について議論すべき。

● 様々な意見、批判に対し、できる限り多くの方が納得できるような説明を行えるようにデータを作っていく必要がある。

● リスクの評価はサイエンティストに任せておけば客観的な評価になるというわけでもなく、多様な解釈にさらすという手続を踏み、異論を受け付け、説明をするような仕組み(説明責任や情報公開)を用意し、そこを通ったならば法律制度的には、よりましな手順を経て到達した、よりましな結論であると言える。

● 影響の評価にしろ、管理の可能性にしろ、デジタル的にどちらかに答えが出るのではなく、ずっとグレーで進まざるを得ないのではないか。

● 我々の持っている知見の範囲の中でどこまで言えるかという評価にしかならない。何度も評価そのものを後戻りしないといけない。

【説明】

●事務局から、資料1、資料3により、評価に際して収集すべき情報等について説明。

【議論】

<リスク評価、便益の考慮について>

● リスク評価は最初から便益と比較して行うことはよくない。最初は科学者の委員会などでリスク評価をしてもらってその結果を見て、リスクがよくわからないという場合にはベネフィットと比較するような判断の仕方が一つのあり方ではないか。

● 科学者の間でもリスク評価の解釈が違うだろうが、委員の中立性を前提にした上で、科学的な委員会をつくって、判断を仰ぐ形はある。意見が割れたら割れたものが出てくることに意味があり、場合によっては市民に対して意見を聞くことも含め、公正で透明な手続をとるということに大きな意味がある。

● 科学性のある情報を必要に応じて収集できるシステムをつくっておくことが重要。科学者としては、想定されることに関する情報をいかに網羅的に提供できるか、後日の批判に耐えられるだけの根拠を示せるかが重要。その点で、細かい評価の手法をつくってしまうと、かえって自由度がなくなってしまう懸念もあり、自由度をある程度持たせた方がよい。

● リスク評価はサイエンスであるということに関し、プロセスとしてサイエンスという立
場できちっとやる必要がある。サイエンティフィックプロセスをもって、そのときの最も進んだ、最も信頼性のある手法をもって評価のデータを出す。

● 評価する主体である輸入国が、サイエンティフィックに見ても十分信頼できるような評価ができることを確保するという観点も必要。

● 基礎研究における便益とは何かというのは問題。経済的な便益だけでなく、サイエンティフィックなある価値を持っているという便益もあると考えないと研究が成り立たない。

● 遺伝子組換えとは何か、その影響について一番考えなければいけないことは何なのかということは、環境省でも理解を進める努力をするべき。

<制度を考える前提について>

● 制度設計について、許可制的なものを考える場合、許可を受ける相手方にもともと自由があるというのが前提。一定の基準を満たしたら必ず許可がおりるようにすることが前提。この場合、遺伝子組換えをする自由というのがあるという前提で考えるのか、そんな自由はないという前提で、ないけれど特別に組換え実験をするとか、製品をつくる権限を与える特許とするのか。

● 遺伝子組換え実験をする自由があり、それを使って金もうけしたいという自由が当然あると考えれば、それに対する制限は最小限であるべき。一律の基準を満たしていたら許可がおりることが通常の制度。

● 一方で、危険性推定の原則というようなものを立てて、およそ遺伝子組換えというのは危険かもしれないと推定され、よっぽどの危険ではないということを十分に立証しなければ許可されないという前提で考えるのか。基本的なところをはっきりしておく必要がある。

● 組換えの実験に関しては、当初はまだ何の危険があるかわからないから一度全部止めた時期がるが、原則禁止ではなく、危険があるから条件を付して認めましょうということで、ガイドラインで、やる人たちが自主的に守ることとなってきている。

● 物理的な意味での封じ込めのない世界の中にどう出すかという判断には、今までのような単に自主的規制ではなく、ある程度国がしっかりと許可制をとることも必要。

● 遺伝子組換えは育種の1つの手法で、自然でも起こっていることを人工的に行うことによるいろんなリスクが今問題になっている。育種の過程でも、例えば交雑というようなことはもともと自然に起こっているのと同じようなことを人為的にやってきたが余り極端なリスクが生じなかったから、それを文化が受け入れている。例えば組織培養だったらどうか、細胞融合ならどうか、遺伝子組換えならどうかと1つ1つの技術が進歩してきている。人為的にDNAを動かすことの影響がまだわかっていないから、いかに安全かということを検証しながら進めてきているというのが事実であって、遺伝子組換えで特殊なことが起こっているということではない。

● 遺伝子組換えに関しては、少なくとも研究レベルでは研究をする自由があっていいと思う。議定書をつくって議論が必要というのは、リスクがまだ十分はかり切れないから、リスクをチェックして取り扱うということで、やっていけないという考えではないはず。

● 遺伝子組換えの技術にはさまざまな可能性がある。とんでもない生き物ができてくるのかもしれないので議論が必要なのではないか。

● リスク評価をしたものでないと取引しませんというのは、この議定書の精神で、それなしにノーリスクに何でもやってくださいという自由はない。

● 影響の評価・管理のフローで、影響なし、ありというのは難しい。リスクの大小という考え方を入れ、必ず何かリスクはあるのだが、非常に小さいから大丈夫だという考え方を入れるべき。影響なしというのではなく、リスクは問題ない範囲であるというようなことが言えればいい。

● リスクは一定リスク以下であればいいということなので、ゼロリスクということはあり得ない。リスクが不確実であればベネフィットとの比較をすることが一つの整理。

● 研究目的での環境放出にもリスク評価は必要。カルタヘナ議定書が予防的なアプローチをとっていることから、利用は当然全く自由で、最小限の規制で足りるというわけでは必ずしもないのではないか。逆に危険なことが推定されているとも思えない。

● 研究の自由も、何をしてもいいということではなく、研究者の倫理がある。研究者としての責任のもとでの自由。

● 倫理にのみ任せるわけにはいかないところもある。

● 代替手段がないかどうかの検討については、議論が拡散するおそれがある。

● 遺伝子組換えに関して自由というのは、科学の必然的な発展の中でリスクがチェックされながら進んできているので、リスクが評価できれば、何も組換えをすること自体を気にすることはない。

<リスクの管理の可能性について>

● 遺伝子を変えたものと同じ種がそこに生息していた場合には区別がつかない。管理の対策が立てられないので、その点は外来種とは根本的に違う。

● 組換え食品については、基本的にはトレーサビリティーの確保が必要という議論になっている。科学的に組換え体であるかどうかはわかることを前提としている。

● これから動物がいろいろ作られていった場合に、逃げ出したら外見上区別がつかない。

● 外来生物と組換え生物は同じようで違う、組換えの場合は区別がつかないかもしれないが、外来生物の場合には、全く今まで日本にいなかったものを持ってきたときに、それが一体どう挙動するかを事前に評価することは非常に難しい。逃げてしまったときの管理というふうに考えれば難しいかもしれないが、事前評価という観点からいえば、全く新しいものが入ってくるよりは既に土着しているものの組換え体の評価の方が易しい面もある。

● 種類の近いものほど、あるいは地位が近いほど競争は激しいという観点では、遺伝子改変生物は問題がある。

<制度のありかたについて>

● 伝統的な行政法の仕組みではうまく対処できないのではないのか。日本の行政法の仕組みは、何が国民の福祉に最適であるか、何が公共の利益であるかを行政は知っているという前提で組み立てられてきた。一たん許可してしまったらそれを取り消すことはできないという仕組みになっている。しかし、ありとあらゆる技術に対応して目を光らせてというような仕組みを幾ら紙に書いても実行できない。

● 発想を変えて、さまざまな民間の、企業の、学者の、NGO、NPOの力を極力システマティックに組み込んで、かつ、一たんは許可したが、もし何か違った情報が出てきたらすぐやり直す、決定は完全ではないということを前提にしたシステムを作るべき。

● 生物分野は、技術が進んで、バイオエシックスの方が一歩も二歩もおくれているという現実を踏まえて制度を考える必要がある。

【説明】

● 事務局より、資料5に基づき、他省での検討状況を紹介。