人と野生鳥獣との共存を図るため緊急に講ずべき保護管理方策について
(答申)











平成10年12月14日


自然環境保全審議会
(野生生物部会)




−目  次−

はじめに

1.野生鳥獣及びその保護管理の現状と問題点

2.野生鳥獣の科学的・計画的な保護管理の基本的考え方
  (1)科学的・計画的な保護管理の必要性
  (2)科学的・計画的な保護管理の基本的考え方

3.野生鳥獣の科学的・計画的な保護管理施策のあり方
  (1)特定の個体群を保護管理するための新たな仕組みの創設
  (2)鳥獣保護区等の生息地管理の充実
  (3)狩猟及び有害鳥獣駆除における科学性・計画性の充実
  (4)科学的・計画的な保護管理を支える基盤の整備


4.国と地方との役割分担のあり方
  (1)地方分権の基本的考え方
  (2)国と地方との役割分担の整理
 

はじめに

 野生鳥獣については、近年、その保護に対する国民の要請が高まっている一方で、農林業被害の深刻化や自然生態系の悪化を引き起こす等の問題が生じている。稠密な国土利用が行われており、人間の活動と鳥獣の生息域が重複している我が国において、環境基本計画の基本理念である「自然と人間との共生」を踏まえて人と野生鳥獣との共存を図っていくためには、科学的な知見に基づいて計画的に保護管理を進めていくことが求められている。
また、保護管理に当たっては、地方分権推進計画に基づき、国と地方公共団体とが適切に役割分担することが求められている。 これらの緊急の課題について適切に対応するためには、鳥獣の保護管理に関する制度のあり方について検討を行う必要があることから、環境庁長官から当審議会に対して、平成10年5月25日、「人と野生鳥獣との共存を図るため緊急に講ずべき保護管理方策」について諮問が行われたものである。


1.野生鳥獣及びその保護管理の現状と問題点

 近年、絶滅のおそれのある野生鳥獣の種数が増加している一方で、シカやサル等の一部の野生鳥獣が地域的に増加又は分布を拡大している。 これらの野生鳥獣のうち、地域的に増加している野生鳥獣の一部については、中山間地域を中心として農林業被害や自然生態系の悪化を引き起こしていることから、都道府県や市町村が中心となって、被害防除対策や有害鳥獣駆除等の実施により対処しているところである。しかしながら、農林業被害や自然生態系の攪乱は深刻化しており、個別の被害ケース毎に有害鳥獣駆除という対症療法のみにより対応するのでは対処しきれなくなっている。このため、被害防除対策を強化するとともに、被害をもたらしている野生鳥獣の個体数や生息環境を適正な状態に誘導していくという観点からの対応が求められている。 一方、生息数が減少し、種の存続に支障を来すおそれが生じているような野生鳥獣については、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」により対応している。また、生息域の分断等により地域的に絶滅のおそれが生じている地域個体群については、都道府県が主体となって捕獲規制等を実施して対応している。これらの野生鳥獣又は地域個体群についても、人間活動への危害を最小限にとどめながら、安定して存続可能な個体数を維持することが課題となっている。これらの課題に対応するため、すでに一部の都道府県では、特定の鳥獣の個体群を対象とした保護管理計画を策定し、これに基づく狩猟や捕獲の制限措置の運用が始められているところである。しかし、一部において、保護管理計画の策定手順や内容に関して一定の水準が確実に保証される仕組みになっていない、地域の実情や生息動向の変化に応じた保護管理を都道府県が主体性を持って機動的に行い難い場合がある等の問題が指摘されている。


2.野生鳥獣の科学的・計画的な保護管理の基本的考え方

 野生鳥獣は自然環境を構成する重要な要素の一つであり、人間の生存の基盤となっている自然環境を健全なものにするものであると同時に、国民の生活環境を改善する上で欠くことのできない役割を果たすものであることにかんがみ、広く現在および将来の世代の人間がその恵沢を享受するとともに、永く後世に伝えて行くべき国民共有の財産である。 また、環境基本計画においても、生物の多様性を確保するという観点から、個々の種や地域における個体群の維持が必要とされている。 このような考え方を踏まえつつ、「1.野生鳥獣及びその保護管理の現状と問題点」に述べたような近年における特定の鳥獣の個体群の増大又は衰退の進行及び特定の鳥獣の個体群による被害等の増大の問題に対して適切に対応していくためには、種や個体群の維持存続を図りつつ人と野生鳥獣との軋轢を可能な限り少なくすることにより、人と野生鳥獣との共存を図っていくことが必要である。そのためには、被害防除対策の適切な実施を図りつつ野生鳥獣の生息数や生息環境を望ましい状態に維持・誘導するという「保護管理」の推進が求められている。

(1)科学的・計画的な保護管理の必要性

 野生鳥獣の保護管理のあり方については、多様な価値観が存在する。このため、行政、地域住民、専門家など野生鳥獣の保護管理に関わる様々な主体の間において、人と野生鳥獣との共存に向けた施策について、合意形成に努めるよう調整を図ることが必要とされている。この調整が円滑に実施されるためには、科学的知見に基づき設定された目標の下に、意見交換等が行われることが重要である。 また、野生鳥獣の個体数変動や影響発生のメカニズムは複雑であり、地域や種により異なっている。このため、目標及び目標を達成するための保護管理の手段の検討は、地域特性に応じて個々別々に行うことが必要である。 さらに、野生鳥獣の保護管理施策は多様であり、その主体も様々である。このため、目標及び保護管理の手段の検討に当たっては、各種の保護管理施策が円滑かつ効率的に実施されるよう、各般の施策の統一的な方向性の確保及び施策間の整合性の確保を図る必要がある。 なお、地域個体群の安定的な維持又は被害の防止の両面において、講じられる保護管理施策の実効性に関する理解を高めるとともに科学的な不確実性を補うためには、また、問題解決的な姿勢で現実に直面している事象に積極的に対応していくためには、情報の適切な公開等により、施策の種類、内容及び効果等に関する透明性を確保するとともに、モニタリングの実施やその結果の保護管理への反映等によるフィードバックシステムを導入することが特に必要である。 以上に述べてきたことを総括すると、野生鳥獣の種及び個体群の安定的な維持を図りつつ、野生鳥獣に関する多様な社会的要請に応えるためには、欧米において定着している、目標の明示、合意形成及び科学性をキーワードとしたワイルドライフ・マネージメントに相当する野生鳥獣の「科学的・計画的な保護管理」を、我が国においても推進する必要があると考えられる。

(2)科学的・計画的な保護管理の基本的考え方

 生息状況や地域の事情に応じて保護管理のあり方に異なる面があるが、「科学的・計画的な保護管理」の基本的考え方のポイントは、以下のとおりである。
 1)科学的知見及び合意形成に基づいた明確な保護管理目標の設定
 2)多様な手段の総合的・体系的実施
 3)適切なフィードバックシステムの導入

3.野生鳥獣の科学的・計画的な保護管理施策のあり方

 人と野生鳥獣との共存を図るためには、前述の科学的・計画的な保護管理の基本的考え方に従って、野生鳥獣の保護管理施策全般にわたって科学性及び計画性の付与を図る必要がある。 ただし、特に問題が深刻な特定の野生鳥獣に関する施策とその他の施策では、科学的・計画的な保護管理の密度に程度の差が存在する。このため、特定の野生鳥獣については、密度の高い科学的・計画的な保護管理を特別に実行できるよう、特定の個体群に着目して保護管理する仕組みを創設し、一方、その他の野生鳥獣についても、鳥獣保護事業計画に基づき行われている鳥獣保護区等の生息地管理、狩猟及び有害鳥獣駆除等の各種既存施策を拡充することについて検討する必要があると考える。 以上に述べた考え方を踏まえた今後の野生鳥獣の科学的・計画的な保護管理施策のあり方は、以下のとおりである。

(1)特定の個体群を保護管理するための新たな仕組みの創設

 現在、野生鳥獣の保護管理に関する計画制度には、鳥獣保護事業計画制度がある。しかし、現行の当該計画制度は、鳥獣一般を対象とした鳥獣保護行政の指針にとどまる内容のものであり、特定の個体群に着目して、地域の実情や生息動向の変化に応じた密度の高い特別な保護管理を機動的に行う仕組みとしては十分ではない。このため、必要に応じて鳥獣保護事業計画の充実を図りつつ、別途、特定の野生鳥獣の個体群を保護管理するための新たな計画制度を創設することについて検討することが必要である。

    1)創設すべき計画制度

 計画は、地域的に個体数の著しい増加又は減少が見られる特定の鳥獣を対象として、捕獲等の調整による個体数の管理が必要と認められる場合に都道府県が策定することとし、計画の制度上の位置づけの検討に当たっては、鳥獣保護事業計画制度の体系との整合性の確保に留意する。 計画の主たる内容は、保護管理の目標(生息数等、生息環境、被害の程度)、目標を達成するために講ずべき施策、モニタリング等の調査研究、計画の実施体制等とする。
 また、計画の策定及び変更に当たっては、適切な情報公開の下に合意形成を図りつつ、科学的知見に基づいた適正な目標及び手段の設定を行うことができる手順を設定する。
 なお、計画の対象とする個体群が、都道府県の行政界を越えて分布する場合にあっては、計画の策定及び実施に当たり関係都道府県間で必要な調整を実施することとする。さらに、当該計画制度が適切に運用されるよう、国は都道府県に対して必要に応じて助言・勧告等を行うこととする。

    2)計画を実行するための手段の拡充

 計画が実効あるものとして機能するように、以下のとおり、各種手段等の充実強化を図る必要がある。

      ア 被害防除対策

 被害防除対策事業の推進、効果的な被害防除技術の開発研究、効率的な実施のための連絡調整体制の整備

      イ 個体数管理

 計画策定者が主体となって、地域の事情に応じた狩猟及び捕獲許可に係る個体数管理の方法や内容を設定できる仕組みの創設、適正かつ効率的な実施体制の整備

      ウ 生息環境管理

生息状況等に応じた鳥獣保護区等の設定、生息環境の改善事業の推進、土地利用に当たっての採餌・繁殖条件に及ぼす影響の考慮

      エ モニタリング調査

個体群の動向、捕獲実態及び被害推移に係るモニタリングの徹底、モニタリングによる保護管理目標や手段の状況の変化に応じた適切な見直し(フィードバックシステム)、狩猟者や有害鳥獣駆除者の協力を得て個体数を把握できる仕組みの検討

      オ 生息動向の調査手法

 生息数や季節移動の調査手法、捕獲等による個体群の変動のシミュレーションシステム等の開発

      カ 国の技術的指導や予算的支援

 計画の策定及び実施に関するガイドラインの策定等による技術的指導、生息動向等の調査、計画の策定及び計画の実行に関する予算的支援

(2)鳥獣保護区等の生息地管理の充実

 鳥獣保護区の設定面積は、全国で344万haと国土面積の9.1%を占めるに及んでおり、鳥獣の保護繁殖が図られている。しかし、個別に鳥獣保護区を見てみると、設定目的の達成状況はそれぞれに異なっており、必ずしも鳥獣の生息状況に応じた保護繁殖上の必要性を踏まえて設定又は更新されているとはいえない状況が一部で見られる。また、野生鳥獣の移動分散経路をつなぐネットワークの確保も求められているが、現在の鳥獣保護区の配置状況を見ると対応が遅れている。このため、今後の鳥獣保護区の設定に当たっては、生息環境、生息密度、移動ネットワーク等を勘案した適地選定と適正配置を考慮する必要がある。
 一方、休猟区については、全国的に面積当たりの設定要件が達成されていない状況である。しかし、土地利用の状況によっては機械的な要件の適用は困難な面もあるため、地域の状況に応じた休猟区の設定の考え方について検討する必要がある。

(3)狩猟及び有害鳥獣駆除における科学性・計画性の充実
    1)狩猟

 狩猟鳥獣の保護管理を科学的・計画的に進めるに当たっては、狩猟鳥獣の生息動向の適時的確な把握が肝要である。狩猟による鳥獣の捕獲実績データ等は、鳥獣の生息動向を把握する上での重要な情報源である。今後は、狩猟者も野生鳥獣の保護管理の一端を担うため、過大な負担とならない範囲内で、必要に応じて狩猟実績の報告等を充実する必要がある。また、関係行政機関においても、狩猟鳥獣の生息状況や生理・生態等に関する調査研究の拡充を図る必要がある。

    2)有害鳥獣駆除

 有害鳥獣駆除を科学的・計画的に進めるに当たっては、被害防除対策をあわせて実施しつつ、被害発生状況に関する調査、有害鳥獣駆除の効果や生息状況に関するモニタリング等を、被害の程度や生息状況に応じて適切に行うよう努め、有害鳥獣駆除の実効性や効率性を高めることが重要である。また、有害鳥獣駆除の実施に当たっては、被害の程度や鳥獣の生息動向等を勘案して、適正かつ迅速な対応に努めることも重要である。 また、野生鳥獣の行動特性を考えると、行政界を越える広域的な視点からの調整が求められるため、かかる観点より国及び都道府県は必要な関与を実施する必要がある。

(4)科学的・計画的な保護管理を支える基盤の整備

 科学的・計画的な保護管理を支える基盤の整備を、以下のとおり推進する必要がある。

      ア 組織体制の充実のための措置
 科学的・計画的な保護管理を担当する行政機関の組織や人員の充実、調査研究機関の整備、行政と研究機関との連携等を図る。

      イ 担い手の育成
 保護管理(計画策定及び実行)技術者の育成、狩猟免許制度の改善等による保護管理の担い手としての狩猟者の減少防止等を図る。

      ウ 調査研究の推進
 生態や被害防除対策等に関する調査研究の推進、野生鳥獣の生息密度情報の整備等を図る。

      エ 地域住民の理解と協力
 野生鳥獣の保護繁殖には、地域住民の理解と協力が必要不可欠であるが、野生鳥獣により、地域住民の安全や財産に受忍し難い被害がもたらされる場合には、その損失に対して公の適正な損失補填が必要であるとする意見もある。しかし、被害額の算定や損失補填費用の負担のあり方に関しては、なお多くの理論的・制度的・技術的な課題があることから、引き続き検討を行う必要がある。


4.国と地方との役割分担のあり方

(1)地方分権の基本的考え方
 政府においては、地方分権を推進するため、地方分権推進委員会による勧告を受けて、平成10年5月に地方分権推進計画を閣議決定し、その着実な推進が求められている。この地方分権推進計画においては、国と地方の役割分担の原則が示されており、国が担うべき主な事務としては、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動又は地方自治に関する基本的な準則に関する事務、全国的規模・視点で行わなければならない施策及び事業等とされている。

(2)国と地方との役割分担の整理
 地方分権推進計画に基づき、今後、国においては、「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」における国と都道府県等との役割分担を具体的に整理し、地方分権を推進することが要請されている。 ただし、地方分権推進計画に基づき所要の改正が必要とされる事項のうち、野生鳥獣の捕獲許可に係る現行の国と都道府県との役割分担については、目的別及び対象種別の観点が入り組んだ法制上複雑な構成になっていることから、別途、体系的な整理が必要である。 この整理に当たっては、全国的に重要な野生鳥獣の生息地としての指定の有無に基づく地域別の役割分担や、種の希少性等に基づく種別の役割分担を基準とするなどにより、国と都道府県との役割分担の考え方を法制的に明確なものとする方向で対処する必要がある。また、鳥獣の保護繁殖に重大な支障を及ぼすおそれのある方法による捕獲等については、引き続き国の判断とする必要がある。 なお、鳥獣の保護管理には広域的な視点が必要であるとの観点から、都道府県が行う野生鳥獣の捕獲許可等の事務について、国は、渡り鳥の急減などの緊急時において必要な指示を行うことができると地方分権推進計画等に規定されている。今後、国においては、この指示の具体的な方法や指示の必要性を適切に判断できるような生息動向の把握体制を速やかに整備する必要がある。