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第11回水俣病問題に係る懇談会
会議録


日時:

平成18年4月21日(金) 10:00〜12:04

場所:

環境省第1会議室

午前10時00分 開会

○柴垣企画課長 それでは、定刻になりましたので、ただいまから水俣病問題に係る懇談会の第11回を開催させていただきます。
 本日は9名の委員の先生方にお集まりいただきました。まことにありがとうございます。
 それでは、議事に先立ちまして、小池環境大臣からごあいさつを申し上げます。

○小池環境大臣 ただいま有馬座長からもお話がございましたように、このたびいろいろとご心配をおかけいたしましたけれども、ようやく日々の仕事に復帰をしたところでございます。ご心配をおかけいたしました。
 この懇談会も11回目になります。先生方も大変ご多忙なところこの懇談会に精力的にご参加いただきまして、まことにありがとうございます。いよいよ5月1日の慰霊式の日が近づいてまいりました、私も体調を5月1日までにはしっかりと治せるようにしていきたいと思っております。今回は3回目ということでございますし、なおかつ、ことしは公式確認から50年という節目の年でございますので、この大切な慰霊式に元気に参加させていただこうと思っております。
 それから、昨年は加藤さんのほっとはうすに伺うことができまして、現状をよく認識することができました。胎児性の患者さん、そのお母さん方から日ごろのご苦労を伺いました。また、御所浦の方まで渡りまして、現地の被害者の方々と懇談させていただくというようなことも積み重ねてきた次第でございます。私どもの江田副大臣は熊本の出身ということで、現地の状況などよく精通しているわけでございまして、江田副大臣の協力を得まして、また、この機会を生かしていろいろな方とお会いしてこようと思っているところでございます。
 懇談会も11回目、大詰めの議論ということでございますが、金平委員、鳥井委員からも、水俣病の発生拡大と責任の問題についてご意見を頂戴したり、この懇談会の取りまとめについてご議論いただくと、このように聞いているところでございます。有馬座長には大変ご苦労をおかけいたしますけれども、引き続き活発なご議論をよろしくお願い申し上げたいと存じます。
 どうも皆様ありがとうございます。

○柴垣企画課長 小池大臣におかれましては、公務のためこの後退席させていただきます。
 それでは、資料の確認をさせていただきます。「議事次第」に配布資料として、資料1、資料2、参考資料と掲げております。資料1は、前回、「水俣病の発生拡大と責任」についての意見ということで、前回欠席されました金平委員と鳥井委員の提出ご意見をまとめたものでございます。資料2は、この間2回ほど、「被害救済と地域再生」、それから、「水俣病の発生拡大と責任」ということで、その前までの議論をまとめ、またこの2回で事前に意見を出していただいて議論をしたものを取りまとめたものでございます。本日出していただいた金平委員、鳥井委員のご意見もその中に入れております。今後の取りまとめのベースになるものということで配布させていただいております。  それから、参考資料としまして、前回第10回の議事録の最終稿でございます。これは本日の懇談会終了後に環境省のホームページに掲載させていただきますので、何かございましたら、会議終了までに事務局にお申しつけいただきたいと思います。
 それでは、以降の議事進行を有馬座長にお願いいたします。

○有馬座長 皆さん、おはようございます。また、大臣、お元気になられて本当におめでとうございます。
 それでは、議事進行に移らせていただきます。その前にちょっと大臣に伺ってよろしいでしょうか。今の5月1日のことでございます。ご努力、大変ありがたいと思いますが、その際に国としてこういうふうなことをしたいというようなことについて何かお聞かせいただくことがあるでしょうか。具体的に申しますと、国として水俣病をどう考えるかということに関してのお考えをお述べになられるかどうか、その辺、何かございましたら、差し支えない範囲でお聞かせいただければと思います。

○小池環境大臣 今、政府として国会決議が進みつつあります。また、総理としてもそれに対しての何らかの形のものをということも検討しているところで、まさに調整中ということでございます。現地で何をどうするかということについても、今、調整中ということであります。

○有馬座長 ありがとうございました。今後、ここで考えていく際にもその辺を参考にさせていただきたいと思いましたものですから。
(小池環境大臣退席)

○有馬座長 まず初めに、本日の懇談会につきましては、非公開とする必要は全くないと思いますので、原則どおり公開とさせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
(「異議なし」の声あり)

○有馬座長 ありがとうございます。
 それでは、本日の懇談会は公開で行い、議事録は出席された各委員の確認・了解をいただいた後、環境省ホームページで掲載し公開させていただきたいと思います。
 さて、本日のことでございますが、前回の懇談会で議論いたしました水俣病の発生拡大と責任について、欠席されておられました先生方のご意見も伺い、再度議論していきたいと思います。その後、前回、私から環境省に3点ほど宿題を出させていただいておりましたので、その点につきまして、環境省からご説明をいただきたいと思っております。最後に、この懇談会をどのようにまとめていくか、皆様のご意見を伺っていきたいと思います。
 それでは、議題1に入らせていただきます。まず、水俣病の発生拡大と責任について、金平委員からご意見をよろしくお願いいたします。

○金平委員 金平でございます。前回どうしても時間の調整がつきませんで、欠席いたしました。大変大事な会を欠席したことを残念に思っております。
 本日頂戴いたしました前回の論点のまとめの中に前回のご意見が種々入っておりまして、私もこの中の幾つにも同意するものがございますので、それは省きまして、別の用紙でわざわざつくっていただいておりますが、ほんの2点だけについてご説明申し上げたいと思います。
 私は、水俣病の発生拡大と責任というテーマを考えましたときに、拡大の前に発生が防げなかったのかと考えました。これは防げなかったとしか考えようがないかなと思いました。では、その発生への取組がどうであったかということでございます。遺伝という説もあったというふうに伺いますけれども、いずれにしても地域発生、同時発生、そしてその病状、経過の類似性、こういうふうなものを考えて、何らかの行政の取組があってしかるべきであったと思います。行政の取組と専門学会の取組ということを指摘したいと思いました。
 これに対してどう取り組んだかというところに拡大を防止するキーがあったように思います。行政の取組につきましては、既に柳田委員やそのほかの方からも出ておりますけれども、こういう大きな問題に対しての取組に組織とか行政官のあり方というものが出されておりますので、これについてかつてこの会で私も同意いたしました。
 それにつけ加えることとして、私はトップの責任ということをつけ加えておきたいと思いました。地方自治は、言うまでもなく住民の福祉を守る、考える、これを目的にしております。いかなる問題が起こったとしても、そこに住む人々の福祉を考える、これがトップの姿勢でなくてはならない。原因もいろいろあろう。しかし、その原因もわからない中で、トップとしては市民を守る、市民の人権を守るということからの出発を今後もやっていかなくてはならないのではないか。この視点が再発防止という観点からも、今後の地方の政治家というか首長さんに最も求められる資質、姿勢ではないかということをここに指摘させていただきました。
 そのほかございますけれども、とりあえずここに書きましたことだけのご説明にとどめます。ありがとうございました。

○有馬座長 ありがとうございました。
 それでは、鳥井委員からご意見をお願いいたします。

○鳥井委員 私が出しましたメモは、必ずしも発生拡大と責任ということに焦点が絞られていないわけでありますが、結局、学者の話か行政の話かというところが大きなところだと思うんです。行政の話についてみますと、上から三、四番目に書いてあることでありますが、行政に携わる人が持たなくてはならない倫理ということを考えておく必要があるのではないかという感じがするわけであります。
 最近、技術者の倫理とか科学者の倫理とかいうことが強く言われているわけですが、それは公務員倫理法が決めるような行動規範みたいなものではなくて、ものを考える基盤、自分が行動を考えるときによって立てるような、そういう倫理というようなものを考える必要があるかなという感じがします。例えば、技術者倫理という規定は、いろいろな学会がつくったり、アメリカでいろいろな例があるわけですけれども、その第1条に上げられているのは公衆の福祉と利益、安全と福祉というものが第一義に上がっていて、それが貫かれているわけであります。
 そういう意味で、公務員、それから、行政に当たる者がどういう倫理観を持つべきかということが一般論として出てきますと、その上に書いてあるようなときに、行政がこういうケースではどういうことを考えて、どういう行動をとるべきかということがある程度判断できるようになって、倫理規定を見ましても事例がたくさん載っていまして、必ずしも答えが1つにならないんですね。両方を立てなくちゃならない課題はいっぱいあって、そのときにどっちをどういうふうに考えるか、そこが事例という格好で幾つか提示されているというのが普通でありまして、そういうことができればいいのかなという感じがします。
 さらに、そういうことを踏まえた上で、水俣病が発生して拡大した時代と今の時代というのは、私たちの持っている価値観から何から全然違うわけであります。そういう時代だったら、そういう倫理の考え方からすると、どう判断するべきだったのか、行動するべきだったのかという見極めができるようになると思うんですね。例えば、経済成長と人権みたいなものの判断というのは当時と今とでは全く違っていて、当時のことを今の価値観で単純に批判しても成り立たないことが幾つかあるという感じがいたしますので、その辺を少し原則から考えたらどうかという感じがしております。
 それから、それとも絡んだ話ですが、下から3つ目のポツであります。こういう問題は何をもって解決というか、終了というか、収拾と考えるかというところも、倫理みたいな議論の中から答えが出てくるような気がするわけです。その辺、明らかにできればいいかなという感じでいます。
 発生の拡大と責任についての意見ということでは、今の点ぐらいを申し上げておきたいと思います。以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。
 それでは、今のお二方のご意見に加えまして、皆様方からさらにご発言ございませんでしょうか。お伺いいたしたいと思います。どなたからでも。
 加藤さん、何かありませんか。今はありませんか。
 亀山委員、何か。  では、丸山委員。

○丸山委員 これは前回から私言っているんですけれども、環境省の前身、環境庁が組織した研究会で国水研が担当されたわけですけれども、環境省として特に拡大の時期についての吟味というのはやっておられますよね。最終的には報告書が出てきている。これをその後どのように評価しておられるのか。この懇談会でも発生拡大については同じような話をしてきていますが、既にここでかなり詰めた議論がなされているわけですね。このときは2年がかりで資料も収集しながらきちんとした吟味をやっておられるわけですけれども、このどこが不十分で、今回、発生拡大について新たに議論してもらいたいと言っておられるのか。

○柴垣企画課長 1つは、その後の状況の変化、特に一昨年、最高裁判決が出されまして、その中で34年12月末時点での行政の不作為ということが明確になりまして、35年以降の不作為で水俣病の被害を拡大したということで、第5回のこの懇談会の場におきましても、判決も出されていますけれども、もう一回そこの時点の持つ意味を、裁判の被告側で当時の政府の中の関係者や学者の方々などの証言などももう一回洗わせていただきまして。その辺は当時の社会学的研究会の中でもそこに絞った形での触れられ方はされていなかったということで、またその判決での明確な指摘も踏まえて、またそれをどう受け取ったらいいのかということも踏まえて、第5回で議論をさせていただきました。
 ただ、その前後は初期対応、その初期対応の中には、この懇談会でも研究会の中でもそこは指摘されていると思いますけれども、食品衛生法や魚を食べることの問題もありますし、34年末、35年以降の不作為ということを、その中で行政官や科学者の、第5回の中でも裁判における証言ということで、当時の生の考え方なども示させていただきました。そういう中から、有識者と言いますか、さまざまな分野で活躍されている方々に、今も鳥井先生からありましたけれども、行政官のあり方とか、科学者としての倫理とか、そういったこともこれからの問題も含めて議論していただければ。そういう中で、責任と謝罪という、「発生拡大と責任」の5つ目のテーマをどう考えていったらいいのかと。
 50年という節目に向けての、大臣からもありました、総理の談話とか、環境大臣としても50年の式典に行ってどういうことを言うかということも含めて、責任と謝罪について議論をしていただきたいと思います。必ずしも社会科学的研究にとどまらず、その後の情勢の変化、34年12月末時点の焦点の問題、それから、それにかかわった行政、科学者などのあり方の問題、さらには責任と謝罪という問題、そういうことを含めて議論していきたいと思った次第でございます。

○丸山委員 かなりの程度は研究会で吟味されているなと判断しているものですから、そこをまた改めてというところが。これは今から8年前ぐらいの作業だったですかね。もちろん最高裁の判決があったわけですけれども、事実経過としては歴史とか……。

○滝澤環境保健部長 ちょっと追加いたします。平成9年にまとめていただいたベースとなるものに共通の要素は当然ございますし、繰り返しを避けておまとめいただくということもあると思いますが、国の責任が問われたということと、環境大臣が冒頭お願いしましたように、こういったことを二度と繰り返さないようにどういう手立てが必要なのか、あるいは、政府、行政としてどういうことを将来に向けて留意すべきなのかという、失敗の本質はどこかということと、そういうことを二度と繰り返さないようにという部分が、今回主軸になるのではないかと思っております。
 ですから、丸山先生おっしゃるように、平成9年にまとめた分というのは共通の基礎となる、いろいろな客観的な事実は共通の基礎となる要素でありますから、それを踏まえて、なおかつ、16年に国の責任が認められたということも踏まえて将来の防止策というような流れかと思っております。

○丸山委員 と申しますのは、限られた時間でこの懇談会は運営されているわけです。これは前に申したことですが、水俣病についての責任というのは大きくは3つあると、発生させた責任、拡大させた責任、それから、補償救済を遅らせ混乱させた責任と、私は3つあると思うんです。前回申しましたように、実態解明が不十分であるとか、細かく言えばもっとありますけれども、大きな柱としてはその3つのうち、今残されているのは補償救済の遅れ・混乱で、現実にそれが問題化してきている。そういう現実があるわけですね。
 少なくともその現実にこの懇談会がどうこたえられるかということが第一義的だと私は考えているものですから、発生拡大のところであまり時間を使って、せっかく前回一定程度作業をやられているわけですから、それはそれとして踏まえた上で、残った問題についてかなり集中して議論して、いろいろな状況に対してこの懇談会として提言できるものがあればなと考えているものですから、そういう質問をしたんです。

○有馬座長 よろしいでしょうか。
 それでは、まず柳田委員。順番でまいりますから。

○柳田委員 今の丸山委員のご質問は、平成9年にこういう研究会でかなり突っ込んだことをやって、それで何をしたのか、既にこういうことはやっていますとか、そこのところと今回やることとの区別をきちっと話してほしいという質問だったのではないかと私は聞いたんですが、今の柴垣さんの説明では、ただだらだらと経過が話されただけで、答えになっていないのではないかと思うんですけれども、どうでしょう。
 平成9年の研究の結果、いろいろなことが指摘されているわけですが、それに対して役所は何をしたのか、今回何が残っているのか。残っているのは、最高裁判決後、新しい状況の中で何するというのはあるにしても、平成9年の研究結果に対して何をしたのか。広い意味では倫理問題まで含めて、そこを説明してほしいというのが質問だったのではないでしょうか。

○有馬座長 その辺はどうでしょうか。

○柴垣企画課長 ですから、平成9年の段階は、43年までということで、研究会としては事実の確認から始めて、かなり細かく事実についての評価、それから、そこから得られる教訓ということも、報告書を委員の方々にもお渡ししていると思いますが、そういうことをやっていると思っております。それを踏まえて行政が何をしたのかということは、教訓として、その後の環境行政、環境保健部の行政に生かせるものは生かしたと考えております。
 今回そういうものがあるのに、なぜあえてこの懇談会ということのご質問だと思います。そこは、この2回、副大臣、大臣と懇談会の開催の趣旨を確認させていただいて、前回もそういったことは確認させていただいていると思いますけれども、1つは、50年ということ、また、その中で最高裁の判決もあったということで、細かい部分には重複があるかもしれませんけれども、再度、50年という中で見た場合の一つのエポックのポイントとして34年末、35年からの不作為ということの持つ意味。
 それから、そういった中での行政官や科学者の問題ということは、私がその報告書を見た上においても、もう一度お集まりの委員の方々からご意見を聞き、また議論をしていただければと思っておりますし、大臣もそこが失敗の本質と言いますか、そういうことの確認として重要だということで、懇談会の趣旨ということでお願いしたというふうに考えております。
 明確な答えになっていないかもしれませんが、懇談会に期待するということで、大臣からも、また、当初の趣旨のペーパーにおいても示したところは、そういうことでございます。ベースには社会学的研究があるにしても、この時点で議論していただく意義があるということで、懇談会をお願いしている次第でございます。

○有馬座長 屋山委員、お願いします。

○屋山委員 学者でもなければ医者でもないし、行政官でもないという立場で、この問題にどうアプローチするかというと、失敗の本質がどうだとかいうことは大切なことですけれども、今それを議論しても始まらないと。要するに、最高裁の判決を踏まえてというからには、これからどういう補償のやり直しができるのかということに尽きると思うんですね。この間、アスベストでクボタが2,600万円から4,000万円出すと、周辺住民も含めて出すと。大変な英断だと思うんですね。でも、これは一つの公害処理のあり方として指針を与えたと言いますか、これから公害が起こった企業がこれ以外の方法で問題の処理を図るということは難しいと思うんですね。
 ですから、水俣病も新たに補償を出すと。それはチッソからとれなければ国が代わって払う、後から国はチッソからとるとか、そういう形でやらないと、これまでの事務当局の話を聞いていますと、医療手帳を出した、それで処理ができたというふうにうかがえるんですけれども、例えば病院に行くということ自体大変な手間がかかるわけですよね。周りの人が車で連れていくとか有形無形の手間がかかる。ですから、今までみたいな必要最小限と、見えないところは払わないというような考え方でこの問題を処理すべきではない、私はクボタの一件を公害処理の指針とすべきだと思います。非常にいいケースが出たと。その前に最高裁も指摘しているということで、それ以外に、この問題がこういう形で処理しましたと、無理やりそんな報告書をつくっても何の意味もないと思います。
 以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。
 では、吉井委員。

○吉井委員 まず、鳥井先生にちょっとお尋ねしたいんですけれども、今、重要な水俣病問題の考え方についてご提言いただきましたけれども、先生はその一つひとつをどう考えておられるのかということをお聞きしたいと思います。例えば、科学や技術にかかわる人たちの社会的責任とは何なのか。これらはその当時の時点の状況で判断する必要もあるとおっしゃいましたけれども、そうしますとやむを得なかったということになって終りはしないか。それから、現時点の価値判断でよかったか悪かったかの判断をする、それが教訓ではないかと思うんですけれども、この項目について、先生自身のお考えをお聞きしたいと思います。
 それからもう1つ、今、屋山先生がご提案になりました、公害を起した企業が補償をできない場合は国が立て替えて、後でとればいいじゃないかと、これがまさに水俣病の一つの大きな問題になっているわけです。水俣病はチッソの補償能力以上に大きな公害だったものですから、52年になりますと、チッソの累積赤字は364億円と膨れ上がって補償金支払不能になったんです。
 そこで国は県債という形で国費、公金をチッソに注ぎ込んで、PPPを守りながら、患者補償の完遂、それから、チッソを守っていく、地域社会の崩壊の防止、こういう目的でそういう金融支援をやったわけですけれども、どんどん被害が拡大し補償金が多くなる。チッソは借りた県に金を払えなかった。その上にまた県債を出している。結局、最後の平成11年度には1,500億円に膨れ上がって、償還する予定額は二千何百億円に膨れ上がってしまった、破綻したんです。そこで、抜本策として国が肩代わりをしてかたをつけた、そういう状況が生まれました。
 問題は地元が大変な苦しみを背負ったということです。どういうことかといいますと、県債という形で発行しますので、熊本県の県議会は、どんどん県債が増えていくと、チッソが不測の事態になった場合は県民に負担をかける、これはまかりならん、県債を議決しないという方向に動いていくわけです。国は県議会に対して、県にはいささかも負担をかけないと一札を入れて出してもらう。それをずうっと繰り返してきた。
 私たち水俣市は、市長、議長はじめ市民、患者団体、すべての団体を網羅して、30人ぐらいの陳情団で国に年に2回、県債を出してくれという陳情を繰り返した。環境省だけでは片づかないものですから、大蔵省に頭を下げて泣きついて回った。県議会には県議会が開催されるたびに、県議会議員全部に回って頭を下げて出してくれと。県議会の公害対策委員会では前に並んで毎回頭を下げた。結局、患者救済という問題が県債発行にすり替わってしてしまって、県債発行が主体になってしまった。そういう厳しい状況があって、水俣市は県債という人質をとられたおかげで、国に対しても県に対しても一言も文句が言えなかった。そういう状況が生まれてしまいました。非常に大きな問題があるわけです。
 これはチッソの経営を助け、PPPを守りながら、患者補償を完遂させたという大きな利点もありますけれども、患者救済という本来の目的を外れてしまって、チッソ県債というのが一人歩きをしてしまったというのがあります。水俣市民にとってこの問題は非常に大きな問題を与えてくれたわけです。補償が膨らんでいけば県債が発行されなくなるという恐れがあって、患者の認定申請が棄却されることを内心安堵したという面が出てまいります。棄却される傾向を受け入れたという変な形に変わってしまったというのがございます。そういうことで、患者は県債の額が上がっていくから認定を厳しくしているんだという反発がありますけれども、それはちょっと違います。認定基準の改革の方が1年早く、県債の方が後ですから、それは論理的になりませんけれども、そういう不満を醸し出す状況は十分にあったわけです。
 そこで私が提言したいのは、水俣病は化学工業界全体がつぶれないための一つの国策としてこんがらがってしまったというのがあります。そこで、化学工業界全体も責任があると。国が助ける前に化学工業界全体が基金をつくって公害に対する準備をしてはどうか、そういう思いを持っています。化学工業界自体が公害の抑止力になるわけですね。そういうことができないか。前もってそういう公害を処理する基金を準備しておくということはできないかと思っております。
 以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。
 加藤さん、どうぞ。

○加藤委員 こういう場に慣れていませんのと、前回同様大変緊張があります。
 前回の懇談会におきましては、ほっとはうすにかかわる患者さんたちが傍聴いたしました。これは多くの東京の支援の皆さんに応援をいただけてこの場に来ていただけたんですけれども、この委員会並びに環境庁の皆さんにも温かく迎えていただきまして、皆さん大変感謝いたしております。ご本人並びに家族の皆さん、そして、さかえの杜の理事長の杉本栄子からも、この場を借りて感謝の言葉を伝えてくださいということでございます。本当にありがとうございました。
 また、3月の末には副大臣が忙しいスケジュールの中、ほっとはうすに時間を割いていただきまして、胎児性の患者さんが抱える現状についてきめ細やかに傾聴いただきまして、ありがとうございました。そのこともあわせてお礼申し上げます。
 今回は、前回同様現地から、不知火患者会の皆さんですね、裁判に立ち上がられた1,000人近くになりますかね、この方たちの原告の何人かの方たちが傍聴に来ていただいているそうです。このことは、それだけこの懇談会に対して、委員の皆さんに、地元が注目しているということと同時に、今のこの大変な状況を切り開く何かがこの懇談会に託せないかという一縷の望みを抱えていらっしゃるということを委員の皆さんにも理解していただきたいと思っています。
 前置きはこれくらいにさせていただいて。先ほどから私も、社会科学的研究会が押さえた発生と拡大の責任という非常に質の高い結論がありながら、この会でこの問題を議論することについては少々の戸惑いをずっと抱えておりました。社会科学的研究会の報告の中で抜けている点と言えば、研究会に所属された先生方から既に出ていることだと思いますけれども、昭和44年以降、いわゆる補償協定が締結された以降、大量に申請する方たちの救済問題について一切手を触れられていないということ自体が問題であるということを、その本の結論の中でも書いてあったと思うんです。むしろその点について、最高裁の判決を受けて新たに国としてどういう検証と提言ができるのかということを、この懇談会の中で早期にしたかったなと思っています。
 それから、鳥井委員の指摘を受けて、行政にかかわる者の倫理というのはとても大事な問題で、金平委員がおっしゃっていましたトップの姿勢ということとかかわると思いますけれども、ここがまさに心の通った、人肌の感覚を持てる人たちが行政の中にほしいということだと思うんですね。それは多分「二・五人称」と柳田先生のおっしゃっていることと相通ずるものがあると思います。どんなにすばらしい機構をつくっても、この問題がきちっと心が通ずる方たちが行政のトップに立ち、そして、行政の中にいらっしゃるということが大事であって、そのことの基本にはこの国の教育にもかかわってくる問題だと思っています。
 以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。
 ご議論をお聞きしておりまして、幾つか私としても申し上げたいと思うことがあります。
 問題は、短期にどういうことを解決していかなければならないかということが1つ、それから、長期に我々として日本の国全体及び世界に対して発信していかなければならない、こういう2点があると思います。今まで水俣病の発生拡大、責任等々、歴史も含めて長く検討してまいりましたが、現在抱えている問題が何であるか。それを短期に解決するにはどうしたらいいか、長期な問題はどうか。こういうことをきちっと分析していくために、我々もきちっとした認識を持たなければならないということで行ってきたことが多かったかと思います。
 そしてまた、ここで初めてというわけではありませんが、今後、具体的にどうしていくかということがかなりはっきりとあらわれてきたと思います。1つは、今、鳥井さんもおっしゃられた行政官も含めてすべての人、トップに立つ人々の、いわゆる公務員の倫理というものではなくて、もっと本質的な倫理とは何かというあたりも含めて、今後こういう問題を起こさないようにする方法はないか、この問題をきちっと決めていく必要があると思っているわけです。具体的な方策を立てていく必要があるだろうと思います。
 後でまた時間があればご議論いただきたいところですが、先ほど丸山委員からもご指摘がありましたように、ちょっと気になっていたことをおっしゃったわけで、既に我々以前の委員会、調査会等々でさまざまな具体的な提案がなされている、いろいろな調査の結果がある。これを踏まえて、現在、我々として新しく考え直すことは何であるかということをもう一回きちっと認識しておいた方がよかろうと思うんです。
 その点について、きょうここできちっと決めていくことは難しいかもしれませんので、もう一度、次の回にでも、今まで既に十分議論されていることであって不十分であったこと、すなわち対策で具体化していないことというふうな問題がどこにあるか。短期にはどういう問題があるか、長期にはどういう問題があるか、これを少し具体的に文書化してみたいと考えている次第であります。
 私がむしろここの委員会にお聞きしたいことは、先ほど加藤さんがおっしゃったことですが、今、地元で抱えている困難な問題ということをおっしゃっておられた。それが具体的にはどういうことなのか。いろいろお聞きしていますけれども、一番難しい問題、「もやいのし直し」とかいろいろ議論を伺いましたけれども、現在の中で最も短期に解決してほしいことはどういうことかいうあたりについて、もう一度お聞かせいただければ幸いです。そして、現在、具体的に望んでおられること、これもお聞かせいただければ幸いに思います。この次の回にもその辺をお聞かせいただいて、まとめに持っていかせていただきたいと思います。
 前回からというか、その前にもお聞きしたかもしれませんが、特に前回、私から環境省に対しまして3点お聞きしたことがありました。まず第1は、懇談会が、現在、環境省で行っている施策を超える提案をした場合、それは受け入れる余地があるのかということ。第2は、懇談会が環境省以外の省に対して提案した場合、これは越権行為になるかどうか。第3は、懇談会として調査研究など、今後の対策を考えていく上での具体的な提案を出したいと思うけれども、出してよいのかいうことであります。この辺について環境省からのご回答をお聞かせいただければ幸いです。

○炭谷事務次官 環境事務次官の炭谷でございます。それでは、私からお話をさせていただきたいと思います。
 まず第1点目の現在、環境省が進めている施策を超える提案を取りまとめることの是非でございます。環境省の現在の考え方として、認定基準を見直すことや、その検討を行うための専門家の会合などを設置することは考えておりません。そして、昨年4月7日に発表した「今後の水俣病対策について」というものを確実に実行することが重要であると考えているわけでございます。しかし、懇談会でもきょうもいろいろとご議論が出ましたし、前回の大臣の発言にもありましたけれども、水俣病の被害はいろいろな部門にわたっております。健康面もございますし、ただいま出た問題の生活面や「もやい直し」というようなことまで象徴されるような、水俣のまちでの近隣におけるいろいろな差別や軋轢といったような、地域社会の問題も視野に入れてとらえ直す必要がある。この場合は地域福祉などとも連携した新たな救済方法の問題もあろうというようなご意見がこの場でも出ましたし、大臣からこれまでもお話をしておりますけれども、このような観点からいろいろとご議論をいただければと思っております。
 ですから、第1番目のご質問にお答えするならば、このような観点から、現在進めている施策を超えるものは、この懇談会で出てきておりますように、有意義なご議論を幅広くいただければありがたいと思っております。
 第2点の環境省の所管を越える問題ですけれども、きょうも環境省だけの問題でないことに議論が及ぶことは当然のことだと思っております。水俣病という大変重い経験、また、教訓を行政機関全部で共有して生かしていくことが必要なことは言うまでもないわけでございます。ですから、この懇談会において環境省の所管というものをあまりご考慮いただく必要はないと思っております。
 第3番目でございますけれども、提案を施策という形で生かしていくためには、具体的なものがより望ましいわけでございます。そういう意味で個別的な、また具体的なご意見を委員各位からいただけることは、むしろ望ましいことだろうと思っております。

○有馬座長 ありがとうございました。
 今の返事に対しまして、私の感想はまた後ほど申し上げますが、各委員からご質問あるいはご感想をまずお聞きしたいと思います。

○柳田委員 よろしいですか。認定基準がいろいろ議論されているのは、新しい状況の中でいろいろな申請が出て、しかもそれが滞っているという状況があるからです。前回も議論しましたように、認定基準を行政としては見直さないというのですが、その後この1カ月ぐらいの流れの中でいろいろな情報が寄せられるんですが、行政としては与党といろいろ話し合って何らかの対応、金額が絡むことについて準備しつつあるやに聞いております。
 それから、認定基準を見直して幅を広げたり、新しい保健手帳とかなんとか一本化すると、補償額が大きくなって、それが何十億円にもなってチッソが倒産する。倒産したら結局払えなくなるから、現地では今まで補償を受けていた人がお金をもらえなくなって、かえってみんな不幸になると。だから、この懇談会で認定基準を見直してもっときちっとしろと言っているのは空論であって、現実の現場に即さないと。そういう見直しをすれば現地はみんな不幸になるんだと。
 チッソは倒産し補償も受けられなくなる、そして国は払うとしても4分の1しか払わないと。最高裁で4分の1という数字を出していても、国の責任が問われた以上、私は個人的には全額出すべきだと思うんです。いずれにしましても、認定基準を見直ししたり、いろいろなところに手をつけると収拾つかなくなって財政的にパンクする、だから、「東京にいる連中は現地を知らないで議論している」というような話が入ってくるわけです。
 私が質問したいのは、基準をどう動かしたら幾らお金がかかるのか、現地の人たちはどのように不幸になるのか、チッソは財政的にどういう状況になるのか、その数字を出してほしいんですね。それがないと議論が進まない。そんなことありません、筋が通る話ならば制度は変えますというなら話は別です。だけど、制度を変えたらものすごくお金がかかって、財務省がそれを認めないとか、あるいは、政治的な判断まで必要になってくるとか、いろいろな話があるんですね。
 本当の根源的なところを資料提示してもらわないと、これ以上議論をやっても何も進まないと思うんです。ただ、「認定基準を見直しません」、「それは矛盾している、現地はどうなるんだ。」「去年の4月7日の方針を確実に実施することが先決です」と言われても、それで現地は納得するのか、実施するのが本当にうまくいくのか、そのあたりをきちんと具体的に説明していただかないと議論が進まないんですが。質問したいのはそういうことです。
 ここには現地の吉井さんも加藤さんもおられるので、私の今のような発言についてどういうふうにお感じになるか。加藤さんと吉井さんのご意見を聞きたいと思うんです。

○加藤委員 では、先に。まず1つ、先ほど私が冒頭で発言したことについて、私の言い回しがまずくて座長に確実に伝わっていなかったというところを補足させていただきます。
 今、困難な状況ということを、不知火患者会の皆さんが傍聴に来ているということとあわせて申し上げたのは、少なくとも4,000人に達しようとする患者さんたちが被害救済を求めている状態というのが、今、最も困難な状況の最たるものと思っています。これに胎児性の患者さんの問題、「もやい直し」の問題はもちろんありますけれども、そのことを冒頭申し上げたつもりです。
 それから、今、柳田委員の指摘にあります現地はどうなのかと。確かにいつも認定基準の問題が出てくるとき、現地の私の身近にいる患者さんの中からも「そんなふうに患者がたくさん増えたら、チッソがつぶれて、今、自分たちがもらっている補償ももらえなくなるんだ」と。特に一番状況の厳しい胎児性の患者さんのところにまでそういううわさがきます。チッソがつぶれたら私たちは補償金がもらえないのだろうかということを、家族の方や、ときとして患者さんから相談されることがあります。そのときに、私は「まずそんなことはありません。少なくともチッソとの補償協定が締結されて、認定された患者さんが受けている補償が、どんな状況であれそんなことはあり得ないことだと思います」ということをいつも伝えています。
 認定基準を見直すときに何が問題なのかというと、認定基準と補償協定を結びつけてしまうところに問題があるんだと思います。この認定基準というのは、患者が認定されると補償協定に基づく補償をされるということに結びついていくから、そこが今度は経済の問題になっていってしまうんですね。本来は、水俣病の原因はどこにあるかといったら、チッソの流した排水にあり、この原因をたどっていくと一企業の利潤追求だけではなくて、この国の高度成長経済、この国が豊かに便利になるために一地方に犠牲が押しつけられたことが原因なわけです。少なくとも今、自分は水俣病かもしれないと訴えている方たちは、いろいろなサイドから見たときに水俣病であるわけで、水俣病であることをきちっと認めていくということがあって、それから基準が出てくるはずなのに、いつも認定基準があって、それから患者であるかないかということが問われること自体が、この水俣病問題を考えるときにどこかで間違ってきてしまっているんだと思うんですね。
 このことをもう一回整理して、水俣病とは何なのかということを新しい知見に基づいてきちっと定義づけていくことが大事なんだと思うんですね。そのことが即、48年に締結された補償協定の補償に結びつくというふうに持っていかなくもいいんだと思うんですね。現地で救済を求めていらっしゃる人たちから、補償協定による補償をしてくれという声が聞こえているわけではないと思います。そこは一たん、認定基準と直結してしまう補償の枠組みをもう一度考え直していく、とらえ直していくことも必要なのではなかろうかという声は既に上がっていると思うんですね。
 そういう意味で、柳田先生がおっしゃるような、チッソがつぶれる、認定されていた患者さんが困る、水俣が大変な状況になるということが、認定基準を見直すことによって起こるというのは脅しだといつも思っています。
 あとは吉井委員の方で補足してください。

○有馬座長 どうぞ、吉井委員さん。

○吉井委員 柳田先生のご質問ですけれども、認定基準を見直しても市民全体がかつてのような混乱が生まれるということはないと思います。ただ、これまで救済を受けた人々との間の感情的ないろいろな混乱は起きてくると思っております。新たな申請者をどう救済するかという点で、司法の判断を受けて認定基準を見直すということは、新しい申請者を水俣病として救済するということです。
 それがどう過去に影響を及ぼすかと言いますと、平成7年に政治解決で和解を受け入れた人々との間に問題が出てまいります。この人たちは水俣病として救済されていないんです、灰色の部分として救済をされております。この人たちを水俣病として新たに救済するかどうか。それから、この人たちは260万円という一時金をいただいております。新しい認定基準で審査をいたしますと、これ以上の金額になります。そうしますと、かつてかなり苦労して長い闘争を経て、社会的な圧迫を受けて、苦渋の選択として勝ち取った260万円、これが何だったのかということがこの人たちには起きてまいります。これをどうするのかというのが大きな問題になります。
 それ以前に認定審査会で棄却された人たちがたくさんおりまして、1万5,000人を超すと言われておりますけれども、政治解決で救済したのは1万人そこそこですので、救済されない人たちがかなり残っております。これは、政治解決にも参加しなかった、それから、死亡された、裁判をされている人もいた。そういう人たちをどうするのか。現在の申請者よりもはるかに症状が重いと思われる人たちをどうするのかという問題が起きてまいります。
 それから、チッソとどういう関係があるかと申しますと、認定基準を見直しますと、チッソが補償を出すためには、チッソとの補償協定を見直す必要がある。これがどうなるのかということです。チッソは補償金を支払うことができなかった。そこで、先ほど申しましたように県債という制度で、これを完遂させるために支援をしてきたわけですけれども、この県債制度は平成12年で廃止になりました。今、その制度がございません。新たに認定基準を見直しますと、必ずチッソに負担ができてくると思います。その負担がどれぐらいになるのかはわかりませんけれども、チッソが自前で払える額なのか、金融機関が支援してできる額なのか。もしそれよりも高額になった場合どうするのかという問題が起きてまいります。その場合、また新たに国が支援する制度をつくるのかどうか、そういう問題があります。
 私、以前、第三者の機関をつくって審議したらどうかと、そのとき認定基準見直しだけでなくして、制度全体を含めて検討しなければ解決しないんだと申し上げました。それはそのことで。そういうことをやっていくのか、それともそれはそれとして新しい発想で何か救済できる道はないのか、そういうことも模索する必要があると。こういうふうに述べております。簡単に申し上げますと、そういうことだと思います。

○有馬座長 柳田委員。それから、丸山委員。

○柳田委員 質問をもう1つ、もう1つ確認しておきたいことがあるんです。チッソがつぶれる問題なんですけれども、昭和30年代にチッソをつぶしたら大変だというのが日本の通産省を中心とした産業政策でした。化学工業が全部ストップしちゃうというのです。そして今ふたたびチッソがつぶれたら、その製品を使って動いている日本の経済の重要な部分がとまるという意見があるんですね。ということは、昭和30年代と同じようなことを、「これは大変だ、チッソを守るために患者に泣いてもらう」ということを繰り返すのか。そして、この懇談会がそういう答申を出すのか。この際、患者さん我慢してくださいと言って、チッソを守り、日本経済を守るという方向を選ぶのか。何か違う、もっと知恵を絞るのか。あるいは、行政がただ「できません、やりません」だけではなくて、行政も頑張ってくれるのか。そのあたりが最終的な焦点になるのではないでしょうか。

○有馬座長 私が2番目に環境省を超えた提案ができるかと聞いたのは、まさにそこいらの関係があるわけでありますが、それはまた後ほどご議論賜りたいと思います。
 ここで、今の問題に関して継続してご審議いただきたいと思います。
 丸山さん。

○丸山委員 これは前にも申していることなんですけれども、補償に関しましては、現実に補償の歴史というのは、公健法に基づく補償、いわゆる認定基準に基づいての補償ですね。それは補償協定とつながっていくわけですけれども、そういう補償。それから、裁判で確定した補償と言いますか、いわゆる司法認定で800万円とか700万円とかいう形で決まった補償認定。これも歴史的事実としてあるわけですね。それから、先ほど吉井さんがおっしゃった政治解決のときの個人には260万円、プラス団体加算金的な補償。これは事実として歴史的にでき上がってしまっています。
 ですから、これでどうするかということになりますと、現在新たに申請してこられている人たちに対してどう対応できるかということは、新たな枠組みをつくって。認定基準云々とかいうことにあまりとらわれていたら現実を打開できないのではないかなというのが私の考えなんです。新しい枠組みをつくって、有機水銀の曝露の影響があるかないかということについて、きちっと医学的に判断してもらう。これは補償が幾らになるということは医学には求めない。
 今まで医学にそこまで求めていたから、認定医学と言われるような。結局、医学者がこの人は1,600万円の障害があるかどうかみたいな判断を現実にさせられていたという経緯があると思うんですね。だから、医学者にはメチル水銀、有機水銀の曝露の影響があるかどうかということをきちんと判断してもらう。感覚障害が非常に特徴的であるということが今の医学では共通認識になっています。それ以外にもいろいろあるんでしょうけれども。そのダメージに対してどの程度の補償が今の時点で妥当であるかというのは、部会が2つあるとしたら、もう1つのところで過去の経緯も勘案しながら。その中には患者団体からも代表が入ってもらうといいでしょうし、法学者も入ってもらっていいいでしょうし、もちろん医学者も入ってもらって、補償ということについてはそこの場で検討していく。
 かつては、ランク付け委員会とかいろいろありましたけれども、現実的にどういう補償が妥当であるかということを判断してもらう。そうすると、医学の方もメチル水銀の曝露があるかどうかということに限定して判断できるということで、認定医学から解き放たれるということで、医学の方も現実に則して判断しやすいのではないかなと考えるんですね。どうしても現在の公健法の枠でということになると、私が繰り返し言っていますように破綻していると思います、その中での認定基準ということ云々では。

○有馬座長 亀山委員。

○亀山委員 まず1つ、当面の認定基準の見直しという問題になったわけですが、私は前から意見として申し上げ、あるいは、示唆しているのは、認定基準の見直しというのは言っていないんです。公健法の認定基準というのはそれなりの論理と必要に応じてつくられたもの。だから、それ自体を見直すということはちょっと無理な話なんです。問題は、その後、これも前から繰り返して言っているんですけれども、公健法のつくり方というのは国の責任を基礎にしていない。国の責任ではないんだけれども、余りに損害がひどいから何とかやりましょうと。そのために国費もある場合には支出しましょうと。こういう論理なわけです。ところが、その後、国も責任があるんだという一つの判断が加わった。そうなりますと、それはそれで公健法の問題とは別途のこととして考えなければいけないということを、まず最初に押さえておきたいという気がいたします。
 それから、これは私もきょう申し上げようと思ったんですが、先ほど柳田委員がご指摘になったように金の問題を離れるわけにはいかない。したがって、これまでにどういうやり方で、どういう補償というか、一口に言ってしまえば経費ですけれども、水俣病対策の経費がどういうふうに支出されているか。それが全体としてどういうふうになっているのか。例えば、県債の問題をおっしゃいましたけれども、県債がどういうふうになっているのか。あるいは、国として何か主張しているのか。チッソは全体でどのぐらい支出したのか。あるいは、今後しなければいけないのか。
 それともう1つ、これは仮定の問題になるんですけれども、国の責任がある程度認められた、その認められた責任を前提として国が直接払わなければならないということを考えるとすると、それは総額でどのぐらいになるのか。そういうふうなことは計算しようと思えばできないことはない。今までの費用は当然把握できるはずなので、そういう資料を事務当局から出していただきたいと思っているわけです。そうしますと、水俣病という問題について、主としてこれは国民の税金ですが、国民の税金が今までどういうふうに支出されてきたか。どういう形でどういうふうに支出されてきたか、今後どのぐらいの額が支出されなければならないと見込まれるのかいうことが、国民の前に明らかにされないと判断のしようがない。国民の声を聞くためにも、そういう金の問題を、事務当局に資料として出していただきたいという気がいたします。
 それから、これはちょっと離れるんですが、現地の方へのご質問が続いたついでに吉井委員にお聞きしたいと思います。審査会がとまっているということでございましたね。

○吉井委員 はい。認定審査会……。

○亀山委員 認定審査会が。

○吉井委員 はい。

○亀山委員 それは、委員になり手がないからだというふうに仄聞したんですが、そういうことなんでしょうか。

○吉井委員 私もよくわからないんですけれども、説明をお聞きしますと、認定審査会の委員に就任を躊躇されているとお聞きいたしております。そこはどうなのかと思うわけですけれども、認定基準のダブルスタンダードになっているということで、認定棄却をしてもまた救われるんじゃないかと。そうすると、何のためにやったんだということになるというご心配があるんだろうと思います。
 もう1つは、前任者に再任をお願いしているとおっしゃっております。そこは少し疑問があるわけですけれども、どうしてもかつての審査会の経験者でないとできないのか。新たに審査会に適応できるような医学者あるいは臨床学者がこの50年間に育っていないのかというような疑問がございます。もう50年もたって大きな問題ですから、若い医学者が育っていそうなものだなと。そういう人たちに替えるならできるのではないかなという疑問も持っております。

○有馬座長 部長。

○滝澤環境保健部長 認定審査会の先生方へのご説明はこの1年以上粘り強く続けてきておりまして、二十数回にわたって私ども地元にお邪魔しております。今、吉井市長からお話があったように、確かにヘジテートしていらっしゃる方が何人かいらっしゃいますが、大方、行政基準としての52年の認定基準の意味合い、それから、今回の最高裁で準拠に使われたいわゆる司法基準、この2つの意味合いについてはご理解は大分進んでいると思っております。
 ただ、棄却して、その後裁判へ移った方が最終的に救われてしまう、それはどうなのかなという吉井委員の今のお話のような懸念を持っていらっしゃる方も何人かいらっしゃることも事実でございますが、そこの部分も私どもの新しい救済制度、さらにそれを充実していくということで、棄却後も手帳なり何なり補償が受けられるということのご理解が進めば、審査の先生方も条件的に前向きにとらえてくれるのではないかと思っておりますし、それはそれで進めております。
 それから、なぜ前任者にというお話ですが、この分野は医学の中でも極めて専門性の高い分野でございます。それから、地元の基礎的な健診を経て、それから審査に臨むというシステムになっておりまして、熊本で言えば熊本大学は歴史的・経緯的にも中心に、眼科、耳鼻科も含めてさまざまな分野の先生方の協力をいただかないと成り立たない認定制度でございます。そうした属人性ということもかなり強く伴ったものでございます。
 この分野のオールジャパンの学者が一人もいないということではないんですけれども、地域密着で健診も含めてやっていかなければいけないという制度上のシステム、それから、もともと認定制度についてきちっとご認識をいただいている経験者。それから、この間育たなかったのかという意味では、誤解を恐れず申し上げますと、政治解決がございまして、その後わずかに、年間4例とか5例とか申請はございましたが、認定審査会という意味ではそれ以前よりも負担が軽減してきているというか、中核的だった先生方が地方に離れたり、あるいは、転任されたりというようなことで、この分野の先生方の絶対数もこの10年間で減少してきたという実態も付随的にございます。
 そういう状況もいろいろ勘案して、私どもとしてはファーストチョイスとしては、一昨年11月まで在任いただいた先生方に引き続き何とかお願いできないかということでご説明を続けている状況でございます。

○有馬座長 亀山委員、今のお返事でよろしいですか。

○亀山委員 結構です。

○有馬座長 鳥井委員。

○鳥井委員 先ほどの吉井さんのご質問には後でお答えさせていただくことにして、議論が次へいっていますので。
 今ご議論があったことは、科学者の専門性みたいな部分がかかわっていることなんだろうと思うんですね。本当に水銀の影響があったのかなかったのか、純粋に医学的な判断を医師には求めるべきで、救済すべきかすべきではないかということは、医師の専門性からいったら外の話のはずなんですね。そこは吉井さんのお答えにもなるんですが、科学者にとって専門性をいかに大事にしていくべきかというのは100年前から変わっていない概念なんですね。お医者さんの方もそういうふうに求められるのは、ものすごく気が楽にものが言えるはずなんです。ところが、現実の問題として、あなたは水俣病の可能性があります、水銀の影響を受けた可能性がありますと言われたことが、即、補償に絡んできちゃうんだろうと思うんですね。切り離すことはそんなに容易なことではないだろうと。
 今、亀山さんのおっしゃったこと、公健法による認定と国の責任による認定の基準が違っていいのか。二重に基準があっていいのかどうか。これが果たして成り立つかどうかというのがあるんですね。これは私にはわからないんですが、亀山さんのお話を聞いていると成り立たないわけでもなさそうだなという気もするんですね。そういうことが可能かどうかということは少し検討してみる必要があるという感じがいたします。

○柴垣企画課長 今の鳥井委員のお話を制度面から補足させていただきますと、公健法というものが、前にも表で示させていただいておりますように、その前の救済法から水俣病にかかったものを認定すると法律に明記されておりまして、医学者を構成員として審査会で判断をし、その判断に基づいて知事が認定か棄却かを行うとなっております。それがいいか悪いか批判はあり得ますけれども、そういう現実があります。ですから、かかっているという診断の限界と言いますか、水俣病の可能性がそうではない可能性を上回るところということで運用をお願いしておりますけれども、診断ということで求めてしまっているというのが現実です。
 そこで棄却の問題がありまして、前にも数字をお示しいたしましたように、3,000人の認定に対して1万4,000件の棄却。何回も再申請がありますから、実数1万人の棄却と。それが裁判になり、結局は棄却せざるを得ない、診断的に水俣病と言えないけれども、症状はあり、過去に水銀の曝露の可能性もあるということで裁判で賠償を認められると。確定したのは一昨年の最高裁と昭和60年の二次訴訟の合計55人ですけれども、争いがあって、そこで行政も医学で認定できない部分について、一定の症状と過去住んでいたということで、診断ではなくて、割り切りで医療費や手当を出すと。それを前提に平成7年に、そういった方々に対して政治の力でチッソから一時金と団体加算金を出させて、政治解決という医学的な診断の外側と言いますか、離れた部分での救済の和解的な解決があったということであります。
 問題は、医学の診断と言いますか、そこの判断を前提として公健法による認定と、そこでは救われない方に対して行政が、一定の症状があるということや過去に住んでいたということで割り切って救済の対象にし、それを前提に和解的な政治解決。また、裁判の損害賠償の認容ということも棄却された方の中で、認定に直結している補償協定とは別個の、より低額の賠償の認容ということで行われております。ですから、認定の部分と、棄却された方々に対してはそういう救済とは別に行われているという制度でございます。
 ついで、今までの被害額等の資料は追って提出させていただくことになりますけれども、法律の制度とは別個に協定の方で行政が認定したものについて協定を選択できるということで補償協定が選ばれているという現実があります。その補償協定によって今までチッソについては2,200人余りが補償されていて、千数百億の補償金が支払われているというのが現実です。

○有馬座長 鳥井さん。

○鳥井委員 今までのことを振り返ってみますと、あまり科学的根拠のない救済をやっている可能性がある。そこが混乱を起こす一つの原因になっているように思うんですね。私は医学の専門ではなくて、柳田さんの方がはるかにお詳しいと思うんですが、例えば何か病原菌にかかっても発症しているというのと感染しているというのとは別なんですね。感染したからといって典型的症状が出ていない感染というのはあるわけです。これは感染症だったら医学的にわかるわけですね、いろいろな検査をしてみれば。
 公健法のあれは、水俣病にかかっているということを認定してほしいとお医者さんに頼んだんだとすれば、これは発症しているということを見つけてくださいというふうに頼んだわけですね。先ほど出てきた水銀の影響が出ているという話は、発症していなくても感染しているということに相当することなのかもしれない。そうすると、二重の基準があっても論理的ではあるし、そこのところを影響があるということが医学的に言われれば、合理性をもって二重の基準はつくれるかもしれないという気がしますね。もちろん、今になって水銀の影響をちゃんと認定できるかどうか、それは大変難しいわけですが、論理的にはそういうことが可能かもしれないという気はいたします。

○有馬座長 ありがとうございます。
 吉井さん、どうぞ。

○吉井委員 現状の問題点を見てみますと、司法で新しく申請者が訴えられております。この方々は、認定基準を見直そうが見直すまいが、裁判で示された新しい基準で救済されることになると思います。としますと、今、4,000人程度の新しい申請者がいらっしゃいますが、残った3,000人の人たちをどうするかという問題だと。その人たちを、認定基準を見直して救済するのか、それ以外に何か知恵を出して救済するのかということだと、突き詰めて言えば。そう思います。
 認定基準を変えないで救済する方法は幾つも考えられると思いますけれども、そのときの必要条件は政治解決で和解を受諾した人たちにも配慮をする必要があると。政治解決のとき以上に困難性はないと思います。それはなぜかと言いますと、当時、国は第三者的立場にあったわけですけれども、最高裁の判決で加害責任を認められた。賠償責任を認められたわけですから、このあたりをうまいぐあいに知恵を出すならばできないことはないのではないかと思っております。

○有馬座長 はい、どうぞ。

○金平委員 うまく言えるかどうか自信がありませんけれども、水俣病の懇談会にかかわらせていただいて、また、きょうのご議論を聞いていて、「水俣病の悲劇」という言葉がありますけれども、水銀の影響を受けた本人並びに家族の身体的な病気また介護という問題での通常の暮し方ができなくなる悲劇というのが一つあると思うんですね、「身体的な悲劇」と申しますか。それから、それに対して「社会的な悲劇」というんでしょうか、地域的にいろいろな差別が起こるということからくる悲劇というものがあるのではないか。
 水俣病というのは悲劇が重層的になってしまっていて、今になってみたら一般の市民は、「一般の市民」というのはこの場合、水俣の市民ではなくて、国民と言った方がいいと思うんですけれども、これが全然理解できなくなってくるような問題がいろいろ起こっているのではないかなと思います。きょうもアスベストの問題が出ましたけれども、後発のアスベストの方がよっぽど国民的な理解ができた。できたからどうだと言われればそれまでですけれども、水俣病の場合は行政の判断があり、基準があり、公健法の基準があり、また司法の判断があり、というふうにいろいろと出てきて、きょうの環境省のお答えにもあるように公健法の基準でやるんだと言われると、この間出た司法の診断というのは一体どうなるのか。
 国民から見るとそこに混乱がある。混乱があるところに理解は生まれないと思うんですね。私は水俣の問題に対する社会的理解が得られないという被害というものがあるのではないかと思います。この問題を解決するには気が遠くなるほど時間もかかるかもしれないので、急がなくてはならないかもしれませんけれども、この被害からほぐれた糸を解決する糸口を見つけて、国民の理解が得られるような整理をしないと、進まないのではないかと。水俣の当事者の方の理解が最も根源的で一番大事ですけれども、これを見つめるこの国の人々が理解しないと本当の解決にはいかないと思えてなりません。それが前提です。
 そこで、加藤さんがおっしゃいました、認定基準の問題、特に補償の問題にどうしても頭がいってしまいますけれども、水俣病とは何かという、この国としてオーソライズしたものを全く整理してこなかったのではないかと考えます。これを解明してこなかったところが、補償という問題と、ある時限で部分的に解決してしまっているために、根源的なところの解明に至らなかったところが、先ほどのところをいけば、国民的な理解を得ることを遠くに押しやってしまったというふうに思えてなりません。
 先ほど「認定に学者が参加するのを拒むのではなくて躊躇する」という言葉もありましたけれども、いずれにしても私は司法の基準、公健法の基準、そのほかいろいろとおっしゃっている学者の基準、それから、患者さんたちの代表の方も入った、水俣病は何かということを早急にここでもう一回この国としてどう考えるかという整理をすることを提案してみたいと思います。「そんな時間はないよ、それは東京の委員の発言だ」と言われるかもしれませんけれども、これが根源にないと、冒頭に申しました国民の理解のない、本当の問題の解決にはいかないのではないかなと考えております。

○屋山委員 吉井さんの話を聞いてなるほどと思ったんですが、県債方式で返すから、これ以上払ったらチッソはつぶれるというような枠で、認定患者をこれ以上増やしちゃまずいとお医者さんも考えるとか、そういうことを考えていたのでは補償にならないんですよね。クボタが見事だなと思ったのは、何しろ早い。それから、これ全部払ったら幾らになるのかわからないですよね、無制限ですよね。それから、患者さんとか遺族の方もまあまあ納得されていると。「私はこれでは不満だ」とはっきり言っている人はいない。つまり、三拍子そろったやり方でぽーんとやったのでけりがついた。公害の解決方法というのはこれに見本があると思うんですね。
 ですから、県債でやるという今までの枠組みと言いますか、原則、県債でやるんですよと、あるいは、チッソが絶対払える範囲内でやるんですよというような枠をとると。国が責任をもって払いますよと。チッソから幾らとれるかというのは、その後、チッソと国とやってくださいと。これは災害ではないですけれども、例えば国鉄は民営化のときに14兆円の借金があったんですね。それは国がかぶるというので国民は納得したわけですよ。システムを変えるときに犠牲がどのぐらい出るか。しかし、それはしようがないというのは説明すればわかると思うんですね。ですから、原則を変更しない限りこの問題はいつまでたっても、認定医学とか県債がどうのとかいう話で解決にいかないと思うんですね。
 以上です。

○丸山委員 現在は制度が事実上変わってきていますよね。現在はPPPの原則を離れて、足らない分は国庫から出ると、基本的にはそういうふうな仕組みになっているんじゃないですか。県債はもうなくなったわけですね、今の仕組みというのは。

○柴垣企画課長 いや、県債は、事業運用部の利子のつくお金を貸すというのはやめていますけれども、県が県債を償還するためにチッソから償還してもらう必要があるわけですけれども、県の償還について国庫から補助金を出すという形で事実上チッソの支払を猶予しているということですから、最終的にはチッソから国にお金を返してもらう仕組みになっております。ですから、チッソが先ほど言いました千数百億の認定患者への補償の継続を行ってもらうためのあくまでも金融支援ということでございます。

○柳田委員 今、屋山委員が「国が責任をもって払え」という問題を出しましたが、このことは前々回以来たびたび議論になっているんですね。判決をどう考えるかというと、行政側の説明ですと4分の1という数字が出てくるわけですね。最高裁判決はこう言っているから、それでやるんだと。一方、最高裁では認定基準の見直しを言っていないから我々はやらないと言っていて、判決の都合のいい解釈をやっているように受け取れてしようがないんですね。
 「4分の1というから、そうします」と一方で言っておいて、判決は認定基準について、例えば感覚障害だけでいいんだということを言う。だけれども、行政としての認定基準は運動機能障害も必要だということで、そこを変えようとしない。判決で言われても変えないで、一方では4分の1みたいにお金が絡むところはその範囲で押さえちゃうみたいな。これは矛盾があるように感じるんですが、そのあたりはどうなんでしょうか。判決が出たり、あるいは、15日には現地の熊本で原田正純先生とか法律家が集まって新しい認定基準を決めて、こういう方向でいったらどうかという提言をしたわけです。
 それについてきょう資料を配ってほしいと、僕はあらかじめ言っておいたのに配られていません。そういうものをどう考えるか。そのあたりも含めてお聞かせいただきたいんです。頑として認定基準を変えない根拠をもっと明確に説明してほしいと思います。どうぞ。

○炭谷事務次官 最初のころの資料はお配りしたかと思いますが、高裁の判決、最高裁の是認の部分、それから、行政認定基準とは別個にこれこれに準拠して補償するんだという、かなり明快な論理なわけです。都合のいいところというのはちょっと違うのではないかと思いますが、責任の部分が、最高裁が新たに今回初めて示した国・県と4分の1ということと、行政認定基準が否定されていない、これは歴然としていますので、私どもはそれを最高裁判決の内容として受け止めているということであります。

○柳田委員 この間も、丸山委員でしたか、認定基準を否定していないと。認定基準は裁判の争点というか、裁判の課題ではなくて補償の問題であって、裁判所は認定基準がいいか悪いか判断するとか、そのことに対して判決文の中で認定基準は正しいとか言うべき場ではなかったから言わないだけのことではないですか。

○滝澤環境保健部長 確かに争点ではありませんが、判決文の中に公健法上の認定基準は認定基準として別個に、今回これこれの基準を準拠に補償するという文面が。ちょっと記憶はあれですけれども、かなり明確にそこは書いているわけです、判決文として。確かに争点ではございません。

○有馬座長 まず、亀山委員。

○亀山委員 公健法の認定基準が否定されていないということはみんなわかっているわけですよ、それは場が違うんですからね。公健法の争いではなくて損害賠償の争いなんですから。ただ、その結果として事実上のダブルスタンダードが出現したと。つまり、公健法によって救われる人と判決によって救われる人と2種類の人が出てきたという事実は曲げることができないわけです。もし環境省が「この間の判決は当事者になった人たちだけの判決だから、ほかの人には及ばないんだ」というふうな考え方をされているんだとしたら、それは非常な間違いだと、それは社会常識に反します。
 あの判決はあの当事者になった人たちとの間でしか法的な効力はないわけですが、裁判所が最終判断としてああいうふうな基準で国の賠償責任を認めたという事実は厳然としてあるわけです。それに基づいて補償されているという人も現実に出てきている。そういうふうに二重に出てきている現実を行政としてどういうふうに始末するかいうのが、行政に課せられた責任なので、公健法の基準を守る守らないという問題ではないんですね。
 と私は思っております。

○柴垣企画課長 亀山委員のおっしゃっていることはよくわかりますし、行政としてそういう現実をどうすべきかということを考える必要があるということはそのとおりだと思います。まさにここでの議論もそういうことで行われ、それを行政としてどうすべきかということだと思います。ただ、議論の中もしくは一般的な言われ方の中で、判決が認定基準を否定して、認定基準を変えることを要請しているという議論に対しては、あの判決自体はそこまではいっていないと。
 判決に伴います認定基準の問題は、今、二重基準という話がありましたけれども、過去に示した資料でも60年の訴訟でも高裁で確定しておりまして、棄却された方が賠償をされているということがあるわけです。また別途に、これも資料をお示しし説明もしておりますけれども、平成9年(1997年)の棄却処分取消訴訟、福岡高裁の控訴審判決、これも確定しておりますが、その中で認定基準である46年次官通知、52年判断条件、保健部長通知は、医学的に見て不合理ではない、合理的であるということも言われております。ですから、判決上何らかの決着を見たものではないし、その取消訴訟で言えば不合理ではないということになっていることを事実として申し上げているということでございます。
 それから、先ほど来医学的な議論がありますけれども、裁判の中で医学的な論争が行われたことは事実です。しかし、医学的なところにおいても決着と言いますか、否定されたとは思っておりませんし、水俣病について昭和43年のチッソが原因だという国の見解を出し、水俣病の病像については、今言いました46年の次官通知、52年の保健部長通知の中の判断条件ということで明示しておりますので、それ自体が否定されてはいない。また、それ自体が根拠をゆるがせになっているとは思っていないと、これも事実として申し上げているということでございます。
 もう1つ、柳田委員から、原田正純さんがかかわっていた統一的な診断基準が新聞に載っておりまして、それを出してくれという依頼がファックスで届いたことは事実です。これは今まさに係争中で、来週の金曜日に第3回の期日があり、裁判における原告側の医師を中心とした原告の診断における共通診断書、それから、統一というのかわかりませんけれども、それにおける診断基準を、原田先生もかかわってまとめたものでありまして、問い合わせたところ、まだ裁判所にも届いていないし、期日の直前なり当日にこちらにも渡されると思いますけれども、裁判上のものでありますので、今現在こちらが入手する手段を持っていないということです。申しわけありません。きょうはお配りできるものではないということをあらかじめお断りすればよかったんですけれども、この場をお借りしてお答えいたします。

○柳田委員 お答えが何回聞いても出てこないんです。なぜ認定基準を変えないのかの根拠を教えてくれと言っているのに、ただ裁判で否定されていないからいいんだということしか言わない。これが一番患者の救済にいいんだというその根拠を示してほしいんです。つまり、それでは困るという患者もいる、それで救済された患者もいる。だけれども、今、いろいろなところから意見が出ているわけです。それを断固として行政は変えないと、その根拠を聞きたいと言っているのに、判決で否定されてないという話しかしない。これは何なんでしょう。

○滝澤環境保健部長 いや、過去2回にわたり、これもいつかお話したかと思いますか、専門家あるいは中環審の場において、52年の判断条件の妥当性について専門的な議論を加えております。裁判の判決等々の節目において、2回でございますけれども、やってきております。その時点で医学、専門的に行政認定基準として妥当であるという意見はいただいているわけです。ですから、今回、最高裁で否定されていなかったということだけを論点にしているわけではございません。

○加藤委員 ても、それは平成3年のことですよね。でも、平成3年から随分年月がたっているわけです。平成3年以降、最高裁の判決まではやっていないですよね。だから、今、新しい知見が出ているわけですから、平成3年から最高裁の判決の間に出ているわけですから、その間に見直しをやっていられないということは理由にはならないのではないかと思います。

○柴垣企画課長 見直しが必要なほどの知見が出ているとは判断していないと。裁判で論争があったことは、裁判の当事者として承知していますけれども、それ以上の医学的な知見の変更すなわち、昭和52年に判断条件を出して、60年に専門会議を開き、平成3年の中公審で議論しと、そういったことを改めるようなものがあったとは考えていないということです。

○有馬座長 この辺でこの議論は終わりたいと思うんですが、要するに一体何を我々に議論せよとおっしゃっているのかよくわからない。判定基準は議論するなと、補償についても議論するなということが前提であればこれはもうやめましょう。今回は我々の懇談会に依頼されていないと判断せざるを得ない。その辺はまだ依然として私はよくわからない。
 先ほどのお話を聞くと、裁判でここまできてはっきりしているから、そしてまた、環境省としても方針が決まったと。初めからお聞きしていまして、それはそれでよくわかるんですね。そしてまた、補償金をこれ以上議論しないんだということが前提であれば、これはこれとして我々の議論の中に入らないというふうにしてやればすっきりするんですが、そこのところが堂々巡りになっているので、そこをちょっと整理させていただきたいと思うんですね。
 きょう議論をお聞きしていて、ここは国会ではないので、国会のような議論を持ち出す必要はないですけれども、水俣病に国は一体どれだけお金を使ってきたか、それからまた、チッソはどのくらいお金を使ってきたかをもう一度聞きたい。そのことによってチッソはつぶれそうになったけれども、先ほど吉井さんおっしゃったように結局また復活してきている。どのような状況であれ、現在の公健法に基づく基準においてこれから更に補償していかなければならない。その金額は一体どのくらいになって、チッソとして十分にやれるのか、あるいは、国とし4分の1を補償していかなければならないのか。この辺についての財政的な見通しを一度お聞かせいただければと思います。
 先ほど柴垣課長がもう既にチッソが患者補償のために千数百億使ったということをおっしゃっておられた。明らかにわかっていることがあると思います。我々も当然知っていることでありますが、一度整理をしていただいたらどうだろうかと思います。それから、繰り返しになりますけれども、もう1つ、裁判の後に国の責任をどう考えるかということが問題になっていますので、国の責任とは何なんだろうか、環境省としてどうお考えであろうか。そして、私は、環境省を越えた問題があるからということを繰り返しお聞きして、そこまで議論をしてよろしいのでしょうかとお聞きしている理由は、経済産業省の関係する部分もあるし、厚生労働省に関係するところもある。この辺に関して我々は発言をしてよろしいのかどうか、こういうことが気になっています。
 環境省としてのお立場があるであろうと思う。他の省庁に対してあるいは国全体に対して大きな政策を迫るような問題に関してまで立ち入ってよろしいかどうか。この辺について私は気になっていまして、これをお聞きしたいと思っているわけです。したがって、補償問題も、環境省だけですべて背負わなければならないことをではなく、環境省を越えている問題だと思うんですね。その辺はどう考えていったらいいか。その辺について整理をしていただけると、今後の議論を進めていく上でやりやすいと考えた次第です。どこまで我々は突っ込んで議論していいのか、その辺を一度整理していただきたい。いずれにしても、補償金問題と判定が常に堂々巡りして、議論がそこを巡っていますので、一体どこまでやれるのか、ちょっとお聞かせいただきたいと思っています。
 それから、水俣病とアスベストの違いは明らかであります。もちろん、クボタの対策等々もありますけれども、アスベストの方は全国に広がっている問題であったと思います。要するに、誰でも患者になり得る可能性があった、そういうことがあって、国民の理解は随分深かったと思うんですね。そういう意味で、金平先生がおっしゃるように、水俣病の持っている怖さをどういうふうに国民に知らせていくか。これは今後、「世界に発信する」という大げさなことをよく申しますけれども、日本中に対して、特に化学に関係する工業が発達していく場合、かなりローカルに起こり得るわけですから、そういうことに対してどういうことが起こり得て、そのときにどうしたらいいかということを、ここで議論していかなければいけないと思っている次第です。
 ちょっと強い結論を申しましたけれども、環境省としてどういうふうに国の責任というのを考えておられるか。また、環境省を越える問題に関してどう考えておられるか、この辺について次回お聞かせいただけると幸いであります。
 まとめになったかどうかわかりませんけれども、きょう及び今までの議論を反省しておりまして、どうもその辺が釈然としないところが各委員にもおありだろうし、環境省側にも我々に対して考えておられることと違うことがあって心配しておられるようなことがあろうかと思いますので、その辺を整理していただければ幸いであります。
 さて、もう時間がなくなりましたけれども、今後どうしたらよいかということであります。あと2回ほどお話があると思いますけれども、どうやってこの懇談会の報告をまとめていくか。いろいろなところを議論していただいて、議論が深まってきていると思いますけれども、具体的にそれをどうまとめていくかということについて、できればきょうご発言いただいて、決めさせていただきたいと思っております。
 そこで、5分ほど延期させていただいて、あるいは10分ほどいただきます、私が出しました考え方は、第1に環境省が素案をつくって、それをたたき台にして取りまとめる。これは通常のやり方であります。2番目に、懇談会で最終的な報告書をまとめていく。懇談会側の責任でやっていくというのが第2であります。第3は、環境省と懇談会がお互いに委員を出し合って、少人数でたたき台をつくっていく。こういう3つの案を提案させていただきましたけれども、これに対しまして、第4の案がある、あるいは、この案がよいというふうなご意見があればお聞かせいただければ幸いであります。
 重要なことでありますので、各委員にお聞かせいただきたいと思います。
 吉井委員、お考えありますか。

○吉井委員 やるとすれば、第3が妥当ではないかという思いをいたしております。

○有馬座長 両者から委員を出してやる。
 屋山員。

○屋山委員 私も両方から出して話した方がいいと思います。

○有馬座長 柳田委員。

○柳田委員 同じです。

○有馬座長 丸山委員。

○丸山委員 全体としてはあと2回ぐらいという予定ですか。

○有馬座長 はい。

○丸山委員 そうすると6月ぐらいまでにはめどをつけたいと。ということになると、小委員会的なものが必要でしょうし。現実的に作業をするとしたら、事務局と委員とでやった方が作業としては能率的だろうと思いますね。

○有馬座長 だったら3ですね。

○丸山委員 3ですね。

○有馬座長 鳥井委員。

○鳥井委員 私も第3がいいと思います。

○有馬座長 亀山委員。

○亀山委員 先ほど座長が宿題を出されました、そのお答えを聞いてからでないと私はちょっと。その答えいかんによっては第2の道、我々だけで何かやってしまうと、やらざるを得ないということになりかねないと私は思っております。それでなければ放棄するかです。そうでなければ第3でお願いいたします。

○有馬座長 金平委員。

○金平委員 第3で。

○有馬座長 加藤委員。

○加藤委員 亀山委員がとてもいい答えを言って、私も亀山委員の答えとほぼ一緒です。
(会議終了後、加藤委員から、「第3 環境省と懇談会がお互いに委員を出し合って、少人数でたたき台をつくっていく。」意見に賛成(意見の変更)であると議事録を修正するよう連絡あり。)
 それと、追加なんですけれども、胎児性の患者さんたちの問題、特に若年で被害を受けた方たちの人権の問題をこの間も言ってきています。ただ、その問題をやっていくときに、こうした形でできることとできないことがございます。できない部分をこの懇談会の中でやっていただきたいと思っております。その辺をぜひ座長に考えていただきたいと思っています。
 特にこの方たちが社会活動をしていく際に、水俣病の患者・家族であることを多くの方が躊躇している中では、この方たちが患者であることを名乗り出ることを何のためらいもなくても、家族との関係の中でそれができずに、社会活動の場を奪われている方たちがあると私は思います。ぜひプライバシーがきちっと守られるような場所でやっていただく機会がほしいと思っております。

○有馬座長 一番大切なことは、現在、患者の方たちをいかに救うかということだろうと私は思っているわけです。これが一番大切だと思います。それから、2番目には将来こういうことが起こらないようにするにはどうしたらいいか。この2点に関しまして、今後さらに詰めさせていただきたいと思っております。
 これからあと2回ほどと聞いておりますが、柴垣さん、今後どこまでどのくらい時間をかけるかについてお話を聞かせてください。今後のスケジュール及び次のスケジュールについて発表してください。

○ 柴垣企画課長 ただいま有馬座長からもお話がありましたように、前回6月ぐらいまでということでございましたので、次回は5月26日の1時からということで予定させていただいております。その後、6月20日ぐらいということでスケジュール調整をさせていただきたいと思っております。その間に、今、有馬座長から3つの案がありましたけれども、そういう中で起草委員会みたいなもので少し詰めて議論させていただいて、それを5月26日に発表し、最終的には6月にというような形をイメージしておりますけれども、今の議論で決めていただければと思います。

○有馬座長 ありがとうございました。  環境省の方たちに同情したいんですけれども、私が心配しているのは、産業政策、厚生政策等々全般に広がる問題を環境省だけで背負って苦労しておられると思うんですよ。これは政府全体の問題であって、内閣府あたりがきちっとやるべきことではなかろうかと、私はかねがね思っているんです。きのう小泉さんが科学技術館に来られたので、その際このことを言おうと思って忘れちゃったんだけれども、大きな問題を環境省だけで議論していてもおさまらないという気がするんですが、どうでしょうか。
 例えば、水俣病の最初のところの産業政策などということは当時環境省の範疇になかったことなんです。それから、厚生労働に関しても、特に病気などに対しては厚生労働省の力をどうしても借りなくちゃならない。こういう問題で、今回の水俣病及び公害ということに関しては環境省に責任はあると思うんだけれども、公害発生源までいきますと、環境省だけの問題ではないですよね。環境省だけで幾ら公害の、PPMを幾らと言ってみたって従わないところが出てくるわけで、これは国民的な大問題であると思います。その辺、環境省がご苦労なさっておられることはよくわかるんだけれども、ちょっとお聞かせいただければ幸いです。それできょうのお話を終わりたいと思います。

○滝澤環境保健部長 先ほど次官からご説明したことで、「環境省の所管を超えるという理由で懇談会の取りまとめに盛り込むことをやめてくれとは言いませんよ」と、そういう言葉ではなかったですけれども、次官からお話しましたが、そこが一番ポイントであると大臣も認識しております。
 したがって、ちょっと踏み込んだ言い方すれば、超えた部分が提言にいろいろ盛り込まれても、それは、受け止めた環境省が政府の中で事案ごとに調整していく、あるいは、実現可能かどうかも含めて検討していくということに、これは一般論ですけれども、なろうかと思っております。

○有馬座長 それが非常に重要だと思っています。ですから、環境省の中だけの閉じ込めた議論ではなくて、国全体の政策や方針に対してインパクトを与え得るような報告書を書きたい。しかも、それは環境省の中だけでとどまらずに、ご努力を賜って政府の方針に反映させていただきたいと思っております。最後に報告書ができ上がったところで言うべきことですけれども、今のうちにそのことを申し上げておきたかったんです。そうしないと、報告書が非常に矮小化されたものになってしまう。もっと大きな本質的な問題を抱えているということを繰り返し申し上げておきたかった次第であります。
 また次の回でお願いをいたします。この辺についてさらに掘り下げていただいて、よりよい報告書、そして、実効性のあるものをつくれればと、このように考えております。
 きょうはどうもありがとうございました。

午後12時04分 閉会