■議事録一覧■

第8回水俣病問題に係る懇談会
会議録


日時:

平成18年2月7日(火)10:03〜11:44

場所:

東京商工会議所特別A会議室

午前10時03分 開会

○柴垣企画課長 それでは、定刻を過ぎておりますので、ただいまから水俣病問題に係る懇談会の第8回を開催させていただきます。
 本日は、ご多忙中にもかかわらず、朝からご出席いただきまして、ありがとうございます。欠席は、嘉田委員お一人というふうに伺っております。
 小池環境大臣につきましては、衆議院の予算委員会のため本日は欠席をさせていただきます。ご了承ください。
 また、本日は、有馬座長のご都合によりまして、11時45分までとさせていただきますので、あらかじめよろしくお願いいたします。
 それでは、まず資料の確認をさせていただきます。議事次第に配布資料が1から3まで、それから参考資料1というふうになってございます。資料の2は、前回配布させていただいたものと同じものでございます。それから資料の3は、ご参考までにということで、前回の分も含めまして各懇談会での委員の方々の発言を整理いたしまして、まとめたものでございます。それから、参考資料の議事録につきましては、今回、時間が短かったこともありまして、各委員に確認はいただいておりますけれども、本日、もし何かございましたら出していただきまして、またきょうの懇談会終了後にホームページの方で公表いたしたいと思っております。
 それから、お手元に、袋に入った資料、それからチラシが2枚ほどございます。これは各委員への提供配布を依頼されたものでございますので、ご参考までに置かせていただいております。
 それでは、以降の進行を有馬座長の方にお願いいたします。

○有馬座長 皆さん、おはようございます。お忙しいところをお集まりいただきまして、ありがとうございました。
 それでは、議事進行に移らせていただきます。
 まず最初に、本日の懇談会につきまして、非公開とする必要がないと思いますので、原則どおり公開にしたいと思いますが、よろしいでしょうか。

(「異議なし」の声あり)

○有馬座長 どうもありがとうございました。それでは、本日の懇談会は公開で行い、議事録は出席された各委員の確認、了解を得た上、環境省ホームページに掲載し、公開させていただきます。
 また、きょう、11時45分に終了させていただきます理由は、きょう、中国に参りまして、科学院との間でやっておりますシンポジウムに出席いたしますために、早く終わらせていただくことをお許しいただきます。
 それでは、本日の議題でございますが、前回の懇談会でできませんでした、この懇談会は一体どういうふうにまとめていくのか。第2に、どういう問題点を提起したいかについて、各委員からご提出いただきましたメモをもとにお話し合いをしていただきたいと思います。
 では、まず議事に入ります前に、前回の懇談会においてどのような発言があったか、その内容につきまして、ご欠席された方へのご紹介も含め、簡単に事務局から説明をしてもらいます。どうぞよろしく。

○柴垣企画課長 それでは、資料1でございます。第7回において発言があった主な事項ということで、前回は、新潟水俣病の現地の方、お二人にまず発言をいただきまして、質疑、それから議論をしていただきました。それで、新潟の問題を、熊本の問題とともに、2つの面から水俣病を見るということがより問題の明確化につながるのではないか。
 それから、これは熊本でも共通することですけれども、高齢化した被害者が求めているのは心の癒し。特に、新潟の方で少し強調されておりました、差別といいますか、なかなか手を挙げられないという状況。また住民とのコンセンサスといいますか、共通理解ということがより必要ではないか。
 それから、新潟の方では労働組合が支援の団体の分裂を防いだというようなこともありまして、そういった労働の観点から被害ということを見直す。働くこと、暮らすこと、生きることというような観点から被害を見直すことということがございました。
 それから、また「水俣病患者はこうあるべきだ」というようなことが、支援の運動において意識、無意識の中でとらわれ過ぎたのではないかということがございます。
 また、新潟では、最高裁判決以降、また政治解決以降、非常にメディアの報道が少なくなってしまって、そのことが、水俣病として手を挙げることへの社会的な困難性といいますか、差別といいますか、そういうことにつながったのではないか。
 それから、運動団体として、支援する側も楽しめ、また患者も喜んでもらえるような、そういったやり方ということを追及したいというような発言がございました。
 それから、水俣病を判断する場合に、被害者の生活の全体をどれだけ把握したのか。そういう意味で、社会学者などの参加ということが重要ではないか。
 また、制度的な救済のみならず、文化的な救済といいますか、そういうものが補完をし合うということがあるということが、ある種の解決に向けての重要な道筋につながるのではないかということがございました。
 裏面にいっていただきまして、水俣病という「病」の面だけでなくて、その病気を持った「人」という面をきちんととらえてこなかったのではないか。
 それから、もう一つの前回の議題として、加藤委員から、胎児性の患者の実態、その調査結果の発表がございました。胎児性の方々は、中年域に差しかかって身体機能が著しく低下したり、またほぼ全員が重複の障害を持っておられたり、また父親を亡くしているケースが多いということが言われました。そういう中で、胎児性の患者の実態を明らかにすることということが、長い歴史、50年という歴史の中での水俣病で生きてきた患者の貴重な記録になるのではないか。
 また、胎児性のご両親が高齢化して、ご両親に頼らない、親族に頼らないような支援の体制ということが今後より重要になってくる。そういう中で、胎児性の患者も含めて、被害者の方も含めてでありますけれども、地域の中でさまざまな健康被害に応じた社会的サービスを必要としている人に対して、新たな福祉システムをつくるということが重要ではないか。
 そういう中で、水俣病の場合は、補償協定というような個別の補償、もしくは認定の問題ということに目が行きがちだったために、そういった新しい社会的なサービスといいますか、福祉のシステムということがつくられてこなかったのではないか。
 また、歴史の中で、支援者団体ということと被害者ということの結びつきの中で、福祉に関心のある市民が入りづらくなっているのではないか。そういう意味で、福祉の分野での全体の「もやい直し」といいますか、連携、交流ということが重要になっているのではないかということが言われております。
 それから、全体として、50年という時間の経過とともに、埋もれてしまっているようなもの、過去の調査データなどをこの機会に見直して、次の世代に残していくということが重要ではないかということがございました。
 新潟の場面で特に強調された差別の問題、これは熊本でも重要ですけれども、そういったものを少し掘り下げていく。また、環境省として最高裁判決にどういうふうに向き合っていくのかという姿勢を明確に示してほしいというようなご要望も出されました。
 以上でございます。

○有馬座長 ありがとうございました。
 それでは、本日の議題に入ります。

 まず、各委員からご提出いただきましたメモについて、それぞれ簡単にご説明いただきたいと思います。お一人5分ほどでお願いをいたしたいと思います。順はどちらでもいいんですが、席順で、まず吉井委員からひとつよろしく。

○吉井委員 まず初めに、座長さんにご質問ですけれども、今回は審議会でないので答申ではないと思います。懇談会ですので、委員会として統一した結論を求めて、それを提言とされるのか、それとも委員一人一人が述べた意見をそのまま羅列して、それにとどまるのか、そのあたりをまずお聞かせいただきたい。

○有馬座長 どうぞ、続けてご意見を。この前、お出しいただきましたメモを中心にお話しください。

○吉井委員 これまで広範にわたって論議をしてまいったところでございますが、第1回から、環境省のご説明、あるいは現地調査、それから患者団体の意見聴取、こういうのが中身にずっと入ってまいりましたので、実質的に意見を交換するという時間は極めて少なかった。委員は10人でありますので、やはり1回の会合で5分程度しかできなかったと思います。それではなかなか掘り下げた論議ができていない。そこで私が提案をしたいのは、問題点を絞って、これとこれとこれについて提言をするんだと。その項目について、委員がそれぞれ文書で意見を出していく。そうすると、あと2回ほどの会議ですけれども、ほぼまとまるのではないか。その出された意見書、それを整理することでできるのではないかと、そういう提案でございます。

○有馬座長 大変具体的にありがとうございました。
 それでは、屋山委員、お願いいたします。

○屋山委員 屋山でございます。私、前回、ちょうど出席できない日に開催されて、その後、説明を伺って、自分の意見を出そうかなと思った後、病気しまして、ずっと入院していた、先週まで。いや、大したことないんですけれども、とにかく15年健診しなかったら、体じゅういろいろなところが悪くて、先週出てきました。考え方は大体まとまっているので、文書なしで、きょうはちょっと私の意見を開陳いたしたい。
 この補償ということを考えるわけですけれども、例えば、最高裁判決の後に3,500人出てこられたというのは、話が今までの話とちょっと違ったなという感じで受け取られると思うんですが、患者さんというのは、例えば、自分の娘さんがどこかお嫁に行くとか、あるいは子供がどこかへ就職するとか、そういう場合に申告しないと思うんですね。そういう人たちがぞろぞろぞろぞろ出てくる。ですから、全体から見ると、便乗しているのではないかという見方もできますけれども、私は、そういう見方をしてはいけないと。要するに、いろいろな気後れして出てこないという人は世の中にいっぱいいますよ。我々の仕事場でも、これをやれとか言うと、できるのに、後から出てくるという人がいっぱいいるので。ですから、私は、そういう人間の弱さというか、逆に慎みといいますか、そういう人たちが後から出てきたんだという意味で、私は、この人たちも含めて補償するぞということを言わないと、問題の解決に全くならないと思うんですね。
 それからもう一つは、ではそのお金はどうするんだというと、やはり国と企業が、どういう比率かは問題ですが、これは分けてやるべきものだ。国も、例えば、一番最初の4つの障害、4つのアイテムに引っかからない人は水俣病と認めないというのも、私は、記録を見ていて、これは全く人をオミットするための条件で、そのときに4つそろっていなければだめだということ自体が、私はひどいものだというふうに思いました。ですから、とにかくこういう公害が発生したのは現実なんですから、オミットするためのいろいろな条件を重ねるべきでないというふうに思うんですね。ですから、今度は条件が1つ。医者かなんかの、その4つで頑張っている医者の話も読みましたけれども、これは、私は、医者として資格があるのかという思いを持ちました。ですから、ここもやはりもっと常識人の発想に立ってもらいたいということです。
 それから、補償の問題は以上ですが、この後、こういう問題が二度と起こらないように、やはり国のシステム、それから起こったときにどうするかというものをここで確立しておく。そうしないと、水俣病を教訓として、これから生かしていくということはできないのではないか。私の率直な意見を申し上げました。
 以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。やはりこういう問題は起こらないようにすることが一番重要なことですから、その点、よろしくお願いいたします。
 それでは、柳田先生。

○柳田委員 問題が多岐にわたるので、論点整理を事務局でしてくださった。もう各項目それぞれに、ではどうするということを本当だったらやらなければいけないのに、あと2回ぐらいの会議でできるのかどうか、とても困難なことだと思うんですね。ですが、それをぜひともやらなければいけない。一つの方法は、やはり出てきた論点をずっと箇条書きして、それに対して各委員が、ではどうするかという、その意見を全部出すような表をつくって、そして議論を詰める。ここで個別に議論をするというよりは、事前に文書で全員が各アイテムに対して、私はこの問題についてはこうすべきであると思うということを書いて、その一覧表をもとにして、具体策というものは、それではどこに絞るかということをやってはいかがかと思うんです。
 各委員、特に現地からの委員の方からは、非常に網羅的に今後のあり方が出ておりますので、私は1点だけに絞って、お手元にあるような提言を出したわけです。それは、9ページの私の被害者・家族支援局というのをつくってはいかがかという提案でございます。
 例えば、昔、大蔵省というところがあって、財政、金融、さまざまなものの機能が同じ省の中にあって、政策立案なり予算編成なりするのと、いろいろな問題を整理したり処罰したりするようなところを同時にやっているから、みずからのところがかかわる問題についてはあいまいにしてしまうというような、極端に言えば、被告と裁判官の両方を一緒にやっているような役所の組織だったわけでして、それを機能別に明確に分けることが、行政改革の中で行われた。さまざまな形で分けられたわけですね、財務省、金融庁とか。
 今回、キャッシュカード犯罪の被害者救済のために、物すごい勢いで、金融庁がわずか半年で法律をつくってしまったというのは、かつてはあり得なかったことなんですね。行政の組織がきちんと分かれて、それなりの性格を持てば、対応が非常に明確に早くとれるようになるわけです。一昨年の12月に、手前みそで恐縮ですけれども、キャッシュカード犯罪の問題点を私が本を書いて提起したら、すぐに政治も行政も動き出して、年明けには行政指導が入り、2月には金融庁でスタディーグループができて、そして3月には中間報告ができて、8月には法律がもう国会を通るというような、このテンポですね。こういうことをやればできる。従来のように、行政が2年間ぐらい審議会をやって、どこまでやったんだかわからないみたいなのではなくて、本当に集中的に取り組めばできるということは、キャッシュカード問題を見ればわかるわけです。そこで感じたことは、やはり被害の事実というものがあり、それに対して、なぜそれを救済できなかったのか、あるいは予防できなかったのか、そういうものを可能な限り速やかに見きわめて対策をとっていくには、やはり独立した行政機関がないとだめなのではないかと思うんですね。
 交通機関については航空・鉄道事故調査委員会というのができておりまして、これも生まれるまでにすったもんだ、何年もかかったわけですけれども、それができる前は、運輸省航空局で、あるいは鉄道局で事故調査をやっていたために、きちんとした分析と、そして提言ができなかったという問題があったわけです。それを考えますと、やはり水俣病のような環境被害、公害、あるいは食品公害、薬害など、さまざまな問題が生じたときに、被害者の救済や被害の拡大防止を初期の段階でいち早く対応するためには、それなりの行政的な組織の裏づけのある形で取り組まないときちんとしたことができないのではないかということで、私は、仮称でございますけれども、被害者・家族支援局という形で提言しているわけです。
 環境省があるではないかといえば、あるんですけれども、環境省というのは、狭い意味での環境問題についての問題に取り組んでいるわけでして、被害者救済となると、広く薬害、食品公害、事故などもっといろいろなケースがあり得るわけですね。そうしたものを政府として、国として総括的に対応していく行政機関が、これからの時代、21世紀の長い展望の中で必要なのではないかというのが私の提案です。
 「2.5人称の視点」については、既に発言しているので、きょうは省略いたしますけれども、新しい行政組織の提案のベースには「2.5人称の視点」という考え方があるわけです。これは、今までの各委員の議論の中でも、被害者、家族の立場に寄り添えるような、それをきちんと受けとめられるような行政の目というのを皆さん強調されているわけですけれども、その組織的な裏づけをしていくためには、そういう組織をつくらなければいけない。行政官一人一人が背負うには余りにも荷が多過ぎる。現行の中で運用していくだけではとても対応し切れないであろうということでございます。
 以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。その被害者・家族支援局というご提案でありますが、先ほど屋山さんが言われたような、こういう問題を将来起こさないようなことということはここでは考えないわけ。どうですか、柳田先生。その家族支援局のお考えの中で、これは被害者に対する救済をどうするかということだけについて検討する機関ですか。

○柳田委員 いや、そうではないです。この名称が、あたかも起こった家族の救済だけのような名称になっている点については、私自身はためらいがありまして、だけれども、差し当たり、これくらいのところから言葉を出していこうかと思ったのでありますけれども、もうちょっと積極的に、前向きな組織の名前というのが必要だと思います。予防から、それから実態の把握、それから駆け込み、訴えの受け入れの窓口とか、そして実際に専門家を集めての速やかな検討とか、情報の流通をきちんとしていくとかですね。さらには、法制度なり行政のあり方なり、さまざまなものを提言していく、あるいは勧告していくというようなすべての機能を持つことが理想であります。

○有馬座長 ありがとうございました。
 丸山先生。

○丸山委員 私は、この水俣病問題に関しては、主要には3つの大きな責任問題があると考えています。まず「発生」させた責任、それから、さらに「拡大」させてしまった責任、それから「補償救済の遅れ・混乱」ですね。この3つのうち2つにつきましては、メモにも書いておりますように、前の社会科学的研究会で一定程度の総括を環境省としてもやっておられると思うんですけれども、そうすると、いま一つ残っているのが「補償救済の遅れ・混乱」。これに対して環境省としてどうなのかという総括をこの際きちんとやるべきではなかろうか。
 これは最高裁判決も出、「拡大責任」が確定した政府当事者としても、それをきちんとやるべきではなかろうかと思うんです。現に、ご承知のように、新たに認定申請者は大量に出てきております。それから、裁判でまた補償を追及するという人たちも出てきています。これまでも司法認定というのが出てきているわけですが、このように非常に混乱した状況で、少なくとも現在の公健法に基づく補償体系というのも破綻しているということは、もう認めざるを得ないと思うんですね。そうすると、今のこの現実に対してどう対応するかということについて、この50年を節目にきちんと、日本国家としてはこれだけのことをきちんと被害者に対してはやったんだ、やるんだということをきちんとつくる年、この節目にするという意味で、これは非常に重要かなと思っています。
 このように、補償体系が混乱してきた原因はいろいろあるわけですが、とにかく、1つは医学の問題というのが非常に、ある意味では医学者の人たちも非常に気の毒といいますか、この「認定医学」に絡めとられて、その枠で医学的判断をせざるを得なかったという現実があるわけですから、ですから、そういう意味では、医学的判断と、それに対して補償というのはどうなのかというのをやはり分けて検討していく場というのか、新しい仕組みとして必要ではないかなと私は考えております。
 先ほどの柳田委員がおっしゃったような、例えばこういう局をつくってという、その補償について総合的にやっていく。具体的な機構というものは、どういう機構が望ましいかということはこれからの検討課題だと思うんですけれども、何らかの、これまでではない、そういう被害者補償救済の機構というものが、ここで提言の中に入り込むべきではないかということを特にこの時点で考えております。

○有馬座長 ありがとうございました。
 それでは、鳥井さんはまだ見えていない。鳥井さんの文書を読んでいただこうか。

○柴垣企画課長 それでは、鳥井委員のメモを読ませていただきます。
 1、懇談会をまとめる方向性について。
 水俣病の発生をある種の社会的危機と考え、未知の社会的危機が発生した場合に対する日本社会が整備すべき体制、あらかじめ構築すべき社会的合意などに関する基本的考え方を取りまとめ公表する。基本的考え方をまとめる項目は以下のとおりとする。
 a、未知の危機に対応する社会システム。
 原因究明の体制などに関する基本的考え方。文献情報などの流通、専門家の責任、役所の縦割りの排除、利害関係者の排除、証言に対する免責。
 因果関係が明確に証明されない段階での因果関係に関する基本的考え方。予防原則の適用、科学的確実性と社会的確実性、被害者の立場に立った仮説、マスコミの役割。
 被害拡大を防止するシステムのあり方。情報伝達システムのあり方。
 被害者救済に関する基本的考え方。全数調査のあり方、風評被害の評価、国・自治体・企業の役割。
 世代を超えた被害に関する基本的考え方。
 各主体による説明責任の履行に関する基本的考え方。情報伝達システムのあり方、無関心層の取り込み。
 b、不確実性を伴う被害判定・認定のあり方。
 時間経過とともに蓄積される科学的知識を判定にどう反映するか。社会的意識の変化を判定などにどう反映するのか。全数調査か申告による調査か。科学的判断、行政的判断、政治的判断、司法的判断の関係は。怪しきは救済か排除か、判定と救済の関係は。
 2、提起したい問題点について。
 a、技術者倫理、説明責任と情報公開など、現在指摘されている企業や技術者の社会的責任が徹底すれば水俣病は防げたか、拡大は防げたかの検証。
 b、地域社会の慣習、状況が公害被害などに及ぼす状況について。
 c、科学者など専門家として発言した場合の社会的責任と責任追及。
 d、市民の立場に立った情報システムの構築と、行政などに対する市民の声の反映。
 e、縦割り行政の弊害を排除する原因究明組織のあり方。
 f、どうすれば被害地域からの情報を国民全体で共有できるのか。
 以上でございます。

○有馬座長 ありがとう。
 それでは、亀山委員、お願いいたします。

○亀山委員 私の考えていることをもっと包括的に、この鳥井委員のメモが書いていただいてあるので、きょうは話を伺えるかと思ったのでちょっと残念なんですが、私としては、この懇談会はどういうふうに働いたらいいのか、まだよく考えがまとまってはおりませんが、大きな問題としては、1つは、現にまだ残っている水俣病の問題をどうするかということ。それからもう一つは、今後同じようなことが起こった場合に、どういうふうにしておけばいいのか、あるいはどういう対策ができるのか。こういう、いわば抽象的な問題の恐らく2つになるんだろうと思うんです。私自身としましては、今、残っている水俣病の問題をどうしたらいいのかというのは、今まで余りかかわり合いもありませんでしたし、知識も不足しておりますので、余り具体的、積極的な提言なり意見なりを述べるまでになかなか至らないと思います。むしろ、今後同種の事案に対してどういうふうにしたらいいのかということについて、若干考えたい。
 つまり、こういう大規模な、いわば人為的災害の中でも、定型的な災害、例えば風水害のような天災があった場合にどうしたらいいかとか、あるいは列車事故とか航空機事故とか、そういう危険業務。当初から危険が予想されている業務について何か起こった場合にどうしたらいいかという問題と、それ以外の問題、思わざるところでとんでもないことが起こったという場合とでは、相当やはり違った対応をしなければいかぬのではなかろうか。その思わざるところでとんでもないことが起こったという場合に、それを一体―これは恐らく、発生、それ自体を防止するということはなかなか難しいと思いますが、発生した後の損害の拡大をいかに食いとめるかということを中心に考えた方がいいのではないか。その場合に、どうしても一番影響力があるといいますか、かぎを握っているのは、やはり行政の対応であろうという気がいたします。したがって、その行政がどう対応したらいいのかということが一つの一番大きな中心課題の1つだろうというふうに考えて、このメモをつくったわけです。
 この行政の問題というのは、もちろん基本的には人の問題。行政間の心構えの問題ということが一番基本的なものではありますけれども、しかし、そうはいっても、やはりなかなか理想的な人ばかり得られるわけではない。一応平均人が運用するものとしてどういうことができるかといったら、やはり組織を考えなければいけないという感じがいたします。その組織を考える場合において、2つ問題点があろうかと思います。
 1つは、現在の日本の行政組織自体が、もうほとんどきっちりした縦割りになっておりますので、その縦割りの中で問題が起こり、その縦割りの中だけで問題が解決できる性質のものですと、これはなかなか威力を発揮するんですか、これが一たん2つ、3つのところへまたがってきますと、およそ動かなくなる。私は、水俣病は、その典型的な問題ではなかろうかというふうに思っております。したがって、その縦割りの弊害をどういうふうに、こういう人為的災害の防止ないし、その拡大の防止に当たって工夫できるかということが一つの一番大きな問題。
 それともう一つは、そういう災害の防止については、もちろん規制権限が必要なわけであります。多くの場合、何とか規制権限らしきものがないわけではない。しかし、ないわけではないけれども、その規制権限を行使するのを、要するにためらっている。そのためにどんどん損害が拡大していく。そういう状況が繰り返されているんだろうと思います。これは、その縦割りということとも関係するんですが、いろいろな規制を今まで日本の官僚組織というのは、いわば、もちろん規制権限を非常に行使しているんですが、いわば、それは調整的に行使しているということに関しては非常にたけているんですが、何か問題が起こったときにばさっと決断する、いわば危機管理的な規制権限の発動ということは非常に苦手だという感じがいたします。それが、しかし、できないと、こういうものの損害の拡大の防止というのは恐らくできないのだろうと思います。したがって、そういう縦割りの弊害を除き、そして危機管理的な非常に、つまり決断を要する規制権限の行使というものができるような、そういう組織を考えないと、この種の事案には対応できないのではなかろうかというのが私の基本的な考え方であります。
 しかし、そういう組織が一体考えられるだろうか、考えられないか、これもなかなか難しい問題で、それをこの懇談会でそういうことの具体的な姿なり方向性なりを提言できるまでいくのかいかないのか、これも甚だ心もとないんですが、私の今のとりあえずの直感的な判断としましては、要するに、そういう今さっき言いました、危機管理的な規制権限の行使というものは、やはり政治的決断にかかわらせなければちょっと無理だろう。組織の中の公務員にそれを期待するのはなかなか無理な場合が多いのではなかろうか。そういたしますと、その政治的決断をし得るのは首長、内閣であれば総理大臣、地方公共団体であれば知事、そういう首長が政治的決断を持って何かし得るような、そういう組織をこしらえておくということが必要なのではなかろうかということであります。
 そして、そういう組織をつくった上で、そこへすべての情報を、何か起こったらすべての情報が必ずそこへ集中するということと、それと同時に、その情報が必ず公開される。公開されれば、現在の世の中では、マスコミのみならず、インターネットとか、いろいろなあれで情報の流通は非常に早い世の中ですので、恐らく、この水俣病が起こったときとは比べものにならないぐらい、たちまちいろいろな問題提起がなされるはずでありますので、そういう情報を一たん集中し、それを公開するというシステムをつくっていけば、ある程度効果が期待できるのではなかろうかというふうに考えております。
 あと、実際の問題、現在残っている水俣病の問題というのは、これはもう最高裁判決を受けて、それに対して政府、率直に言えば、環境省が一体どういうつもりなのかということで決まる問題であります。今、私は何も、こうあるべきだとか、そういうようなことを言うつもりはありません。
 以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。質問は、今でも内閣府に危機管理室なんかがありますね、地震なんかの場合の。そういうもの以外に、またつくるということも考えられると思いますけれども、質問は、要するに、常に置いておいて、それが一つの問題をずっとやるのか、ある期間切るのか、その辺のお考えは。

○亀山委員 その辺は、どっちの方がいいのか、私もちょっとわかりかねるんですね。例えば、事故調査委員会みたいなものはずっと独立にある。しかし、私の考えでは、ああいうものは、さっき言いました、ある程度予測できるものには非常に有効だと思うんですが、ここで出てきております、先ほど拝見していましたら、柳田委員がいろいろな例を挙げておられる。こういうのはみんな、多くは、えっ、そんな問題が起こるとは思わなかったというふうな問題なんですね。そうなりますと、ある一定の常設的な機関を設けておいた方がいいのか、あるいはそのたびごとに何かそういう独立の官なり委員会なりを立ち上げた方がいいのか、ここのところ、ちょっとどちらがいいのか、私もまだ迷っております。

○有馬座長 重要なポイントで、後ほどまたいろいろ、この点、ご議論賜りたいと思います。
 それでは、金平委員、お願いします。

○金平委員 私は、この会議に参加をさせていただいて、この水俣病問題が提起した問題の大きさに、本当に改めて目をみはると申しましょうか、驚いております。私は、したがいまして、この問題の大きさというふうなものを考えたときに、ここにも書きましたけれども、私たちに与えられた時間の中で、どれだけのことを、何をするのかという、私たちの役割と申しますか、また議論するスタンスというふうなものに大変戸惑いながらこの席におりました。ただ、今になりまして考えるのは、やはり最高裁判決が、行政の不作為、国及び自治体の不作為を認定しておりますので、私は、この趣旨と経緯を尊重すると申しますのは、行政というふうなことに少し限って考えてはいかがかというふうに、まずその最高裁判決をスタートラインに置いたときに、そういうふうに思いました。
 そして、実は、この会議が発足したときには、少なくとも私には想定外だったのが、現在、3,500人に及ぶ新たな認定を求める患者さんたちということでございます。これは、私のこのかかわった、この時間の中だけで、とてもこの原因というふうなものを私は整理することができません。したがって、今後の対策というふうなことも考えることができません、はっきり申し上げまして。しかし、これが起こっている以上、この問題をネグレクトして我々の会議が責任を果たしたとも、またどうしても言えないだろうというふうに思います。そういう意味で、この問題をどうするのかということは、根本的な解決にはならないにしても、やはりこの新たな3,500人の認定に対する我々の問題の整理はしなくてはいけないだろうというふうに考えました。
 次に、私は、やはり今の続きでございますけれども、では不作為と言われるけれども、行政が何をなすべきだったのか。そしてやろうとしてできなかったのか、またはやらなかったのか。ここら辺のところは、やはり私はもう少しはっきりとこの会議でしたい。ぜひしたいというふうに思っております。私は、患者さんたちが、最終的には水俣病の患者という形で、地域社会の中で別個の行政の施策の中に暮らすということを最終の目的にはしたくない。あくまで一人の市民として、地域社会の一員として、地域社会の中でほかの方たちと交流しながら、ほかの人たちが享受するであろういろいろな利益をやはり享受しながら生きていくことができる社会をつくると、そういうことを行政は目指してほしいと最終的に思っております。
 だけれども、現状を見ると、どうもそれは両方ともできていないような気がしています。別個にして十分な施策が立てられているかというと、確かに大きな施設が1つありますけれども、1つあるだけという感じがします。あとは、加藤さんのところのような、個人の努力で、ほっとはうすのような形が地域の中にやっと多くの支援の中でできてきた。この支援があるということは、とても市民たちが非常に大きな、この水俣の患者さんに対する目を向けたということで、行政と一緒になって、加藤さんのところが支援を受けているということはすばらしいことだと思いますけれども、こういうことで、行政が特別な政策の枠組みもつくらないし、では普通の中にちゃんとこういう条件の市民がいるということで一般の施策が整えられているかということは、少なくとも、私が市役所に直接行って、担当の方から少し根掘り葉掘り聞いた範囲では、余り感じられなかったというのが実情でございました。
 ちょっとここで、私は一つの例を話したいと思います。私は、熊本に自分で、個人で少し調査をさせていただきました。加藤さんのご協力を得ました。そこで1人の男性の患者さんに会ったのでございます。Aさんと申しますけれども、この方の話は、私は、もう1回聞きに行くつもりです。この方は、認定を申請しましたけれども、受け付けられません。たしか、兄弟も、それからいとこも胎児性の認定を受けていらっしゃいます。この人は、若いときには余り症状が出なかった。もう一つは、結婚とか何かに差しさわるから、やはり認定は申し出ないと、こういうふうにおっしゃっていましたけれども、年月がたっていろいろな症状が出ていらっしゃいます。神経症状が出ていらっしゃる。しかし、今は認められない。この人は、どこに行ってもまともに話が聞いてもらえないという悩みの中にいらっしゃいます。私は、この方は認定ということを求めていらっしゃるんですけれども、それは単なる医療的な認定だけでないように、どうしても思えます。この人がこう思っているのは、医療の多寡ではなくて、それももちろん必要ですけれども、それだけではなくて、生活丸ごと、いろいろなことで症状が出てきて困っていらっしゃるわけです。私は行政に、ぜひこういう人に向き合ってほしいなというふうに実は思っています。
 この人たちに本当に行政が向き合う、そういう場があれば、またそういう人がいれば、私は、認定はもちろん必要ではありますけれども、この人は生涯、水俣病なり、また水俣病の症状を抱えながらその町で生きていこうとする、もう一つ別の力が出てくるのではないかというふうに思います。冒頭に申しましたように、最高裁判決から、行政の責任に少しシフトして考えてみようと思った私にとっては、この人が、全くだれも何も聞いてくれないという、その不安の中で暮らしている、やはりこの責任を、すべて行政とは申しませんけれども、行政に向き合ってほしいということを考えて、こんな方たちをどうするかという提言が行政に対してできればというふうに思っております。
 それから、先ほどの特別なセクションをつくるかということで、私もこれは非常に悩むところでございますが、やはりこういう、特に水俣病のように、症状が変化するというか、新たに起こってくるというふうな方たちにとっては、生涯、いつそれが顕在化して重篤化するかというふうなことに、そしてしかも特別な措置は受けられないということに大変心細がっていらっしゃるわけですから、やはりどこかに向き合うセクションみたいなところをつくるということが必要かなというふうに思います。それをどういう形にするかは、まだちょっと具体的には考えておりません。
 以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。私が今のお話の中で一つ悩むことというか、質問なんですけれども、我々は、何か言うと、縦割り行政がいけないと言うよね。これは非常に、もう常に出てくることで、何をやっても、問題が起こると縦割り行政と言う。本当に縦割り行政だけの問題なんですかね。要するに、組織が協力してやるということは今までもあったと思うんですよ。例えば、文部省と科学技術庁が協力するとか、いろいろなことがあった。そういうことの中で、水俣の場合、難しい問題があったと思いますけれども、一般論として縦割り行政を非難していれば済むかということ。何か使い方が悪いのではないかという気もするんですね。この辺をちょっとご議論いただきたい。要するに、すべて責任を他に転嫁しようという傾向がどこかにあって、常に、縦割りだからうまくいかないというふうなことで済ませているところがありはしないか。この辺について、ご経験のある方々からご意見を賜りたいんですが、いかがですか、金平さん。

○金平委員 私もそれを感じます。それで、先ほど申しました逃げられない。こういう関係の場合、私は水俣病だけとは申しませんけれども、ある程度いろいろな、これから―今アスベストが問題になっておりますが、やはりいろいろと、まだ解決ができない、または解決が長期にかかる。しかも、その状況に対する科学的な見通しを立てることができない。こういうふうな問題には、縦割りのほかに、どうしても何か特別なセクションをつくって、そこには少し横断的な人がいる。常時たくさんの人をそこに養っておくということではなくて、そういうセクションがあるということ。そして、そこにいろいろなところから横断的な人なんかが来るという形。ちょっと危機管理というときではなくて、私は少し継続的なことを考えておりますので、そこは亀山先生と違うのではなくて、そういう長期的なものも含めて、しかし、その個人にとっては、いつ何どき自分がどうなるかわからないという不安を抱える、ある一つの症状を持った人たちを抱える地域には、こういうふうなものも必要かなと思います。
 恐らく、行けば、この問題はあそこ、この問題はあそこということになってしまって、本人、歩き疲れて帰っていくだけということがあるだろうと思いますので、とにかく、そこに行けば逃げないというところを私はちょっとつくりたいなというふうな気もいたします。

○有馬座長 ありがとうございました。
 加藤先生。

○加藤委員 これまで、この懇談会の席でいつも、今、水俣はこうです、水俣の被害者の方たちは今こんなふうに感じていますということをお伝えするのが私の役目だというふうに思っておりまして、きょうもそのことに徹してお話ししたいなというふうに思っています。
 やはり水俣にいろいろな風が吹いていて、その最も大きい風という意味では、つい先日、水俣で新しいリーダーが誕生しました。これもまた今後、このいろいろな風に影響していくだろうなというふうに思うんですけれども、今、水俣の人たちが最も望んでいるのは、やはりこの水俣の悲劇をともかく繰り返さないでほしいということなんだと思うんですね。その中でも、この懇談会でたびたび出まして、つい先日も環境省の方に水俣から声が届いたと思いますけれども、産業廃棄物の処分場を水俣につくってほしくないということが、今回もニューリーダーを誕生させるに当たっては大きな争点だったというふうに思います。市民たちの選択は、産業廃棄物はやはり水俣には要らないという一つの選択だったというふうに思うんですね。ここに、私たちは、この懇談会も含めて、今、水俣病問題にどういうふうに向き合うのかということの責任が、この懇談会にも私は問われているような気がいたします。そういうことを前提にして、この懇談会を今後どう進めていくかということは発言させていただきたいというふうに思っています。
 まず、その中でも、実際、この懇談会が発足したときに、現地の中で、1年で、そしてかかわる委員の方たちが深く水俣病にかかわったわけでない委員の中で、どうなんですかという意見があったと思います。でも、私は、この懇談会の委員、本当にベストメンバーだというふうに思っておりまして、現地から私のような者が入り、そして各方面から、先生方はそれぞれの分野で本当に日本をリードする先生方が入ってくださっているというふうに思います。その中で、水俣病問題に関しても、いろいろな距離の置き方の委員の方たちが集まっていらっしゃるということは、非常に客観的な判断が、結果として私は出てくるというふうに思っています。
 そして、この懇談会が進んでくる中で、実際に四、五回の懇談会の中で、1つ、共有する前提としてできたのは、水俣の現実を知ったということだと思うんですね。このことが、先ほどからも何人かの委員の先生方から出ていましたけれども、実際に被害を訴える方がいらっしゃる。それも大変な数という、この現実をしかと受けとめざるを得ないということについては、委員で、私、共有できたというふうに思います。
 この点からお話を次に進めさせていただきますと、まずは、この現実について、この懇談会がどういうふうに提言できるかということになると、どうしても、この被害を医学的にどう判断するかというところが非常に大きな争点になっておりまして、この点についてどうしていくのかということを提言できるようなことをする必要があるというふうに思っています。先日も、この懇談会を前に、日本精神神経学会から、これまでの医学論争についての詳しいさまざまな議論についての経過のレポートが届きました。それ以外にも、この懇談会には、地元の松本央先生から最近の状況をまとめたもの、それから多分きょうも、この高岡先生、そしてあと熊本の水俣病事件研究会の有馬澄雄さんからも、10月の懇談会ですか、冊子が届いていたと思います。これだけの新たな状況が出ているということを踏まえて、この認定問題をどうするのかというところは、ひとつ、ぜひ提言に加えていただきたいというふうに思っています。
 その中で、胎児性患者の現状と地域福祉の対策ということでは、私が報告をさせていただいたんですけれども、その中で、被害者であるかないかというところで分けていくのではなくて、地域全体が被害を受けているという立場に立ったところでの新たな地域福祉対策ということがぜひ必要だと思いますけれども、この辺についても、この懇談会の中で何らかの形で、ではそれをどうしたらいいのかということについての論議の場を提言できたらというふうに思っています。
 あと、具体的にいろいろあるんですけれども、私自身、では具体的にどうすればいいのかということについては、なかなか自分の力の及ぶところではありませんので、余り発言をしても仕方ないと思いますので控えます。しかしながら、では全体的にどうするのかというところにおいては、これだけ、50年たって、今なおこういう状況であるときに、私自身は、つい去年、5月に、ハンセン病に関しては、国の検証会議の報告というものが、お隣の金平先生を座長にされて、二、三年かけて検証したものの報告の結果が出て、一定程度の被害者の方たちにとっての満足感というか、そういうものがあったというふうに聞いております。水俣病においても、少なくとも時間をかけた、本当にあらゆる今までかかわった専門の先生方を交えたところの検証会議というのをする必要があるのではないかというふうに思っています。この辺が少なくともこの懇談会で一つ提言できるということが、まず重要なポイントとしてお願いしたいというふうに思っています。
 以上です。

○有馬座長 どうもありがとうございました。
 どうぞ、吉井さん。

○吉井委員 各委員のご発言を聞いておりましたが、私の方は提言事項が欠けておったようでございますので、補足させていただきます。
 私は、本懇談会で論議すべき点は3つあるというふうに思います。第1番目は再発の防止、いわゆる教訓の整備であります。2番目は、50年を迎えた疲弊した地域の再生をどうするのかという点であります。そして3番目は、現在の閉塞状態にある水俣病対策をどう考えるのかという3点であろうかと思います。
 第1点の再発予防対策でありますけれども、何で水俣病の対策はこのように誤ったのかという検証。ではどうすればよいのかということを考えるということだとか、たくさんございますけれども、その一つに、国の対策は、国の都合と論理で強行されたというのがあります。それから各省庁の内部調整が機能しなかった。そして一部の省庁が突出して独走したという点があると思います。そして情報の公開がほとんどなかった。いわゆる情報公開の責任、これがなかったというのが言えると思います。その反省として、やはり担当省庁の内部の検証がぜひ必要だ。しかもそれは公開をされなければならない。そういう点がございます。
 それから、水俣病は法や制度、これと現実の実態がかけ離れた悲劇だと思います。そういう中で予防の原則の確立。私は、危機管理のあり方、こういうのをやはり論議をしなければならない。
 それからもう一つは、PPPを堅持しながら水俣病を解決に向かおうという方向であったわけでありますけれども、PPPが破綻をした公害でもあります。これからはPPPの概念でくくれない公害が私は主流になっていくのではないか。例えばアスベストもそうでありますし、その場合のPPPのあり方というのをやはり真剣に考える必要があろうかと思います。それから、これらの問題を最終的に決着するための謝罪のあり方、責任のとり方、このことをしっかりとすべきだという、これを論議すべきだと思います。
 それから、50年を迎えた地域は疲弊をしてきた。やはりこれは行政にも責任があります。そこで、その中で患者の精神的な支援をどうするのか、それから地域経済をどう再生するのか、それから「もやい直し」をどう浸透させていくのかという課題がございます。
 それから、3番目の現在の閉塞状態にある水俣病対策をどう考えるのか。これは、環境省からのお尋ねの中に認定問題は含まないということでございますけれども、それはそれでいいというふうに思います。先ほど申しました再発防止、教訓、これらを考えてまいりますと、やはり現在の環境省の対策は、これまでの過去の轍を踏みつつあるのではないかという心配もございます。それから、反省と謝罪、こういうのを前提にされているのだろうかという点がございます。それから、最高裁の判決を踏まえた上で、その対策を練っておられるのかという点もございます。こういう点については、本委員会としてはやはり十分に検討して、その意見を出すべきであろうと、そのように思います。

○有馬座長 ありがとうございました。
 あと、嘉田さんはきょうお休みなので、ご意見はこの資料2に詳しく書かれておりますが、これはどうでしょうか。読んでみますか、念のために。時間まだあるから、急いで読んでください。そうすると全員のご意見がまとまると思います。

○柴垣企画課長 それでは、嘉田委員のメモを読ませていただきます。
 [1]懇談会のまとめ。
 戦後日本の現代史の中で、「50年」という時間の重さを、日本中のそれぞれの世代が自らの人生と重ねあわせて共感を育み、今度どのような日本社会をつくっていったらよいのか、住みよい町づくりや持続的な地域社会を構想するために、具体的にイメージできるような企画を提案したい。そこには以下のふたつの部分を含む。
 (1)「それぞれの水俣」(100人の聞き書き集)の発行。
 これまでにも患者さんを中心としてさまざまな語り部活動がなされているが、語られる内容は、聞き手の資質によっても、また語られる場面によっても大きく異なる。そして、まだまだ水俣病がいかに「経験」されたのか、氷山の一角しか見えていない。社会学には生活史をより効果的に引き出すための「手法」がある。その手法を応用しながら、「それぞれの水俣」を当事者の立場から語ってもらい、聞き書き集とする。ただし、語り手は患者だけでなく、窒素の従業員、幹部職員、行政関係者(市、県、国)、マスコミ関係など、多様な人たちに呼びかける。50年の2倍、100人をめどにする。10人分を1巻として全体で10巻とする。
 それぞれの「戦後生活史」を語ってもらうなかで、水俣や水俣病との接点、当事者としての思いや願望、などを引き出す。そこでは、組織人としての意思決定過程や、地域社会での差別や無関心など、個と社会のかかわりなども描き出せるような工夫をする。
 また、聞き手は中高生や大学生など、若い人たちを「水俣耳の会・聞き書きボランティア」として全国から募集し、夏休みなどを利用して水俣で合宿しながら、それぞれは「耳」になり、先人の経験の聞き役となる。もちろん、主体的に疑問を生みだし質問をはさめたらなお望ましい。聞き書きの手法や水俣病の歴史など、基本的な方法は合宿時に学習してもらう。テープ起こしや編集作業なども若者たちが役割分担をして当たる。
 この企画・運営のためのスタッフ母体をNPOや行政、研究者などで形成する。そのための予算化を行う。
 (2)「水俣写真アーカイブ」の作成と、「写真集水俣物語」の発行。
 写真のもつ記録の力、記憶をひきだす力、共感を生み出す力を、社会的に共有し、次の世代に伝えるために、各機関、あるいは撮影者毎に散在する水俣病関係写真のアーカイブ化を行う。すでに相思社などが一部開始しているが、人員と予算の不足から網羅的な実現は困難となっている。また写真アーカイブをデジタル化し、上の聞き書き場面で活用することで、語り手の記憶や語りに肉付けをし、リアリティを増し、人びとの共感の思いを育むことができるような「移動アーカイブ」も作成する。(すでに私たちは、写真資料を活用して聞き書きを肉付けする「資料提示型インタビュー」の仕組みを開発し、近畿圏での水害史40カ所調査で活用している)。またそれを紙媒体の上にのせる写真集も編集、発行する。そのための母体形成と予算化を行う。
 [2]どういう問題点を提起したいか。
 (2−1)「誰の視点で」という「まなざしの多極化」。
 生活者の視点、被害者の視点、地域社会の視点、企業の視点、行政の視点のズレをみつめ、三人称の視点から二人称をふくめた2.5人称の視点の提起。
 (2−2)立場の異なる主体間でのコミュニケーション可能性。
 情報が溢れる時代、単なる情報開示は人の意識変革や行動への動機にならない。そのコミュニケーションはいかに「聞く」だけではなく「動く」ことにつながるのか、という問題意識からコミュニケーションの意味を把握する。「耳から頭へ、そして手と足へ」である。
 (2−3)「時間的問題」を状況理解の中に取り込む工夫。
 被害者の視点からライフステージ毎の違いなどを析出。社会的には「予防」を可能とする時間軸とはいつどこでなされるのか。事後的な対策ではなく、事前のアセスなどの可能性、その制度的提案。リスクという概念を今おきているアスベスト問題、またこれからおこるかもしれない「公害」、「環境問題」、「社会問題」に応用することを目指す。
 (2−4)知識の質、科学知と生活知、部分知と総合知の関係。
 なぜ、「魚が危ない」と生活現場で直感的に理解され、疫学的にも提案されていた現象が、科学的、行政的、社会的理解に至らなかったのか。その知識の「正統性」と正当性を問うことで、予防的な政策の提言が可能となる。
 (2−5)キーパーソン論、個人の資質プラスそれを許す組織的風土、組織的余裕。
 人一人はたいしたことは出来ない。しかし、人一人で変えることができる出来事とその時代性を抽出する。水俣病にかかわるキーパーソン達を描きだす。
 (2−6)「もやい直し」の評価と地域アイデンティティの創出、「地元学」の評価。
 「もやい直し」の評価、「逆境をバネに」という地元学などの視点が、日本の地域社会の将来の指針となる。陳情型・外発型の「ないものねだり」政策ではなく、「あるものさがし」による自律型・内発型の町づくり、地域づくりへ。
 (2−7)近代官僚社会における社会的一貫性。
 関西訴訟で課題となった「行政認定」と「司法認定」のずれ、それは「患者」、「生活者」の認識と大きくずれる。この近代社会の本質課題をどう乗り越えるのか。行政の責任の取り方は、「行政マンが人間として判断できる組織風土、行政文化を育てること」ではないか。
 以上です。

○有馬座長 ありがとうございました。
 以上で、各委員のご意見、ご不在の方につきましては資料に基づいて朗読をお願いした次第であります。
 ほぼ皆様方のご意見は出し尽くしていると思いますが、なおかつ、ここでまだ10分ほどありますので、どなたからでも。屋山先生、どうですか。お体、大丈夫ですか。では一言、まだ足りないぞというのがあったらおっしゃってください。

○屋山委員 足りないというよりも、やはり第1は、50年ですから、これでおしまいと。これですべてけりですよと。それから、これからこういうことがなかなか起こらないシステムをやりますよと、その2点を包括しなければ意味がないというふうに思います。

○有馬座長 はい。

○柳田委員 議事の進め方について、あと2回ぐらいしかないと聞いています。恐らくこの会は、大したことができないまま終わって、何だということになると思います。なぜかというと、こんなにのんべんだらりと間を置いて、たった2時間の討論で、この重大な、50年間背負った問題について何ができるかということです。
 ちなみに、私は昨年、8月から12月にかけて、日本航空のトラブル続きの中で、その会社の改革問題についてアドバイザリーグループの座長をやりました。それを引き受けるに当たって、やるためには相当な時間をかけて、専門家が集中的に現場調査、ヒアリング、そして分析、検討をやらなければいけないということだったんですね。8月から12月までの5カ月間で、結果的にいいますと、23回、そして6時間ぐらいの分析、討論を7回、そして延べ時間、125時間使いました。そして報告書を年末に出しました。一企業の問題をやるだけでもそれぐらいやらないと、本当に何か組織が変わろうとする具体的な提言はできないんですね。
 今まで皆さん、それぞれヒアリングがほとんど8割ぐらいで、きょうに至って、大体押しなべて皆さんのご意見が出たわけですけれども、みんな、では具体的にどうすれば、この行政がそれに取り組めるのか、あるいは科学の一フィールドの人が取り組めるのかとか、現地の「もやい直し」なり地域再生ができるのかといったら、その一つ一つのアイテムを議論するだけでも、もう1時間ぐらいずつかかる。
 それを考えますと、提案ですけれども、もし5月ぐらいまでにやるならば、報告書をまとめるならば、あと2回、2時間ですなんていうのは全然もう無理だと思います。私が行った会合では、土曜、日曜、夜、お構いなしに、始まったら5時間ぐらいは徹底的に分析、討論するということを二、三回持たない限りは、これだけ網羅的に出た問題提起をこなし切れないと思いますね。さっきご提案しましたように、出てきた具体的な提案を左側に書いて、右側に空欄をつくっておいて、全員がそれに書き込んで、それを事務局で一覧表をつくってやっていくということの延べ時間数を想像しますと、もう大変な数になるわけですね。そのあたり、議事進行上きちんとしないと、何か知りませんけれども、終わってしまうということになって、ただ項目だけ並べて、では具体的にどうするかというと、また行政任せになってしまう。そのあたり、ちょっときちんと見通しを立てないと、時間がむだになってしまうように思います。

○有馬座長 大変いいポイントをご指摘いただいて、ありがとうございます。私もその点を非常に気にしていて、これは環境省でもたびたび聞いているんですが、一体何のためにこの懇談会をやるのか。また懇談会なのか。懇談会というのは何も決めることはないわけです。懇談して、ある程度提案して終わるわけです。その辺をどう考えるのかということ、この前もちょっとお聞きしましたけれども、まだはっきりしたお答えをいただいていないところですね。何のためにこの懇談会を環境省としては考えていたか。しかし、我々はゆだねられましたから、逆に、こちらとして今いろいろご提案をいただいているわけですが、では、あと2回でどうするか、それについて今、柳田さんから厳しいご批判があったわけです。私もそのとおりだと思うんですね。
 だけれども、それは懇談会の使命のことであって、例えば、私は、中央教育審議会などというもののずっと会長をやっていました。それはもう徹底的にやるわけですね、必要に応じてね。専門委員会を開くとか。ですから、一つ、この懇談会がそういう権限を持ってできるのは、個別にもやいをどうするかというのは、もう一歩、さらに進んで専門委員会を開いてきちんとやるとか、それは委員会ならそれができる。そういうことを今とてもやる余裕はないと思うんですね。ですから、そこのところを環境省として一体どこにその落としどころを考えておられるのか、やはり一度お聞きしたいと思っていたところです。
 後でまたこの点、戻って、ちょっと環境省からご意見いただきたいと思いますが、丸山委員。

○丸山委員 私も、あと2回ぐらいでどうなるのかなという心配があるんです。2回ぐらいでとなると、かなり焦点を絞って、そしてそれについての具体的な組織なり機構をつくるというあたりまでのことしか提言できないのかな。中身についてはその次の段階で専門的に検討してもらうということで、その程度のことしかできないのかなと考えております。

○有馬座長 ありがとうございました。
 私も、先ほどどなたかもおっしゃっておられた、専門委員会のものとおっしゃって、私もその点、考えておりまして、今、専門委員会を置くかというふうに申し上げた次第であります。ただ、これはいつ置くのか。これは、我々が提案すれば環境省として取り上げていただけるのか、その辺、また問題があろうかと思います。
 亀山委員。

○亀山委員 私自身は、この懇談会がどういうインパクトを持ち得るかということについては甚だ悲観的なんですが、ただ、環境省が、50年を節目にして、ともかく現在の問題は全部ここで解決するというおつもりなのであれば、それを前提として何かこういうことを今後より具体的に検討すべきではないかという提案ができて、それはそれなりのインパクトを持つだろうというふうに思います。ただ、それは非常に難しいので、私に言わせれば非常に乱暴なことを言うようですが、今3,000何百人の方がまた新たに出てきた。これが全部訴えを取り下げるというぐらいの解決策が示されないと、恐らく何も事は変わらない。したがって、この懇談会で何か言っても、結局はむだであると、こういうことになるのではなかろうかと思っております。

○有馬座長 金平さん。

○金平委員 この会議に対する悲観論というのには、私もくみします。しかし、私は、一つ、そこから抜け出す何かがあるとすれば、最近、アスベストとか、いろいろな新しい企業を含むいろいろな問題ができたときに、少なくとも、もちろん内容が違いますから比較するわけではありませんけれども、行政も含めて、やはり対応が異なってきたということだけは事実のように思います。私は、さっき加藤さんがおっしゃってくださいましたが、ハンセン病を2年半やりましたけれども、これは国のお金でやりましたけれども、それはもう現地に行くだけの費用しかなかったというのが実際でございまして、あとはみんな手弁当で、しかも時間は朝何時から、大体1回集まれば、全国から集まりますから8時間ぐらいはみんな手弁当で。それでも時間は足りなかったということがありますので、今、時間のことを言えば、もうこれは全体的な勝負がついていると思います。
 ですから、もとへ戻りますが、そういうのもこの社会の中で新しく企業も含めていろいろな問題が起こったときに、やはり水俣病が一つのマイナスの教訓をどこかで下敷きにした行動がとられているというふうなことを考えると、私たちが従前の国民の方というか、一般の方たちによくやったと言われるような評価というのはちょっと考えられませんから。しかし、私たちはこう考えた、問題がこういうところにあるようだということだけはやはり残して、それだけはやって解散したいと思います。何かやはり積み上げというふうなものが大事だと思いますので、やむを得なく、私は、そういうふうに自分をある程度抑え込んでこの会に参加し、最後のまとめに入りたいと思っております。

○有馬座長 それでは、加藤委員。

○加藤委員 今までも繰り返し述べてきたことを各委員の先生方はおっしゃっているというふうに思うんですけれども、まず、当初から時間が足りない。1回の時間もない。これで何ができるのだろうかという疑問を持ちながら進んできたと思います。でも、かかわった責任からいえば、特に、やはり庶民の感覚からいえば、膨大な費用を使って行われてきた懇談会で、ここまでしかできませんでしたというふうにして水俣に帰るわけには私はいかないなというふうにつくづく思います。そういう意味でいえば、第4回の懇談会で吉井委員から出された、先ほどから言っている医学論争に、医学の問題について、少なくともこの懇談会でもし専門会議の提言ができるとしたら、少なくともそれについてはするべきではないかというふうに思っています。特に、もう既に3,000人の方たちを前に、この人たちが死に絶えるのを待つのかということで、実際に地元で、原田先生を初め、医学者と弁護士の方が集まって、1月には新たな、認定と補償をそのまま直結させるのではない、新たな被害者の方たちの納得のいくような救済のありようを検討しようということで、まさに民間レベルで始まっているわけで、そこで今、私たちが、何もできませんでした、ここまで中途半端でしたということで終わるわけにはいかないと思います。この辺を環境省の方はもう一つ考えていただきたいところだなというふうに思っています。
 何よりも、毎回の議論で思うのですけれども、非常に単純なんですよね。もう本当に単純なことがまかり通らないで、過ぎてきてしまった50年なんだというふうに思うんですね。同じような食生活をしていて、家族といえば同じような体質を持っていて、患者であるとないとがどこが違うのかという被害者の方たちの、この声がやはりそのまんまだと私は思います。それと、やはり真実を伝えていくということはすごい重みで、それをずっと水俣の中で、患者さんを中心にしながら、やはり水俣であったことをちゃんと伝え続けようということで随分いろいろと広がっていると思います。その中で、やはり皆さん、印象を持つのは、水俣病は終わっていないんですねという印象です。その辺を大事にしたいというふうに思います。

○有馬座長 ありがとうございました。

○吉井委員 あと、会合は1回ですか。

○有馬座長 あと何ですか。

○吉井委員 あと委員会は1回あるんですか。

○丸山委員 あと2回です。3月と4月。

○吉井委員 あと2回ある。

○有馬座長 はい、どうぞ。

○柳田委員 私がさきほど大変悲観的な発言をしましたのは、余り意味なく終わりそうだということを言いたいためではなくて、2回などと言わずに、まだ2カ月あるんだから、何で皆さん、土曜でも日曜でも夜中でもいいから集まろうとしないんでしょう。50年もたって、現地では患者たちがもう本当に苦しんでいるのに、私たちは都合があるから集まれませんなんてのんきなことを言っていられるのか。役所のペースで、朝の9時から5時までの間で、1カ月1回、2回、2時間なんて、そんなのは役所のペースでしかなくて、我々はもうちょっと主体的に、あと5回ぐらい集まろうといったって構わないのではないか。それで日曜日はどうかとか……

○有馬座長 よく私たちは合宿するんですね、どこか泊り込んでね。そういうことをやると、かなり集中的に議論ができると思いますね。そういうことも考えて結構だと思います。
 吉井委員。

○吉井委員 提案ですけれども、あと2回ほどあるそうですので、次の会には何と何と何をやるんだというふうに決めていただければいいのではないか。教訓の問題をやるんだ、その次は地域の問題をやるんだ、最後には現状の、いわゆる新しい対策は是か非か、そういうことをやるんだと決めていただいて、そこに集中して論議をするということにしていただければ効果があるのではないか。

○有馬座長 ありがとうございました。
 ほかにご意見なければ、私が少し申し上げたいと思うんですが、まず一番重要なことは、私は、今後、こういう問題を起こさないという防止策であると思うんですね。歴史的なことを随分議論してまいりましたし、それの中でまだあいまいなところとか問題点があることはもちろんわかります。しかし、防止を行うという組織を考える際には、歴史を踏まえなければなりませんから、こういう問題が過去にあった。ここのときに不適切な対応をしたので、これは防ぐような方法を考えなければならないという意味で、過去、水俣の不幸な歴史は集約していったらどうかと私は思っております。これは随分、もうヒアリングもいたしましたし、あるとわかっていると思うんですね。
 ただ、我々、私は特に医者ではありませんので、お医者さんがどう見解を持ったかなどについてはいろいろ資料がありますので、それを見ていく。さらに必要があればヒアリングをいたしますけれども、ともかく、過去のまとめはいろいろなところで行われておりますし、さらに屋上屋を架すということよりも、むしろ教訓をどう酌み取って防止をするか、この点がやはり一番私はこの懇談会として大きな使命の1つではないかと思います。
 もう一つは、3,300人の訴えがある、こういうふうな救済を一体どうするのか。具体的には現在の救済策をどうしたらいいか、我々としてどう考えるか。この辺について、私は、一番大きな問題はこの2点であると、皆様のご意見を伺っていてまとめた次第で、もちろんほかにもあると思いますが、この2点を集中的にして、そこで環境省にお聞きしたいことは、環境省として裁判に対してどうこたえていくのか。これはこの懇談会に相談をかけられているのか、それともご自分自身で、すなわち環境省自体でこれを考えておられるか。環境省としてもちろん、国としてももちろん何か考えているに違いないと私は思ったりするんですけれども、これは、我々は、国としての施策を考えることに対して、いかなる寄与を与えるのであろうか。すなわち、我々が相談をして救済をこうしたらどうか、防止策をどうしたらどうだと、こういうことを提案すれば、それは環境省並びに国としてそれをきちんとお受け取りになられるのかどうか、その辺のお気持ちを次官にちょっとお聞かせいただけないでしょうか。もうそろそろ終結に近づいておりますので。

○炭谷事務次官 どうもいろいろとご意見ありがとうございました。きょう、大体これまでの論点が出尽くしているような感じを受けとめました。そこで、私ども、今後、この水俣の懇談会に期待していること、またこれから私どもが水俣病対策をやっていかなければならないのはどんなことを考えているかということですけれども、いずれにしろ最高裁の判決が出た。それを基本にして、環境省が取り組まなければならないことというのは、まさに座長がまとめていただいた、大きく言えば2点だろうと思うんですね。やはり国、地方自治体の不作為行為が問われているわけですから、それをこれからもやはり二度と繰り返さないような教訓は何だとか、何でこういうことが起きたのか。きょうも随分いろいろとご指摘いただきましたし、またそれの対応策をどうしたらいいのか、そういうものをまずやっていくというのが、最高裁の判決から引き出せる一つの例ではないかなというふうに思います。
 それから、2番目の問題というのは、被害者の方々に対する対応のあり方、救済のあり方、補償のあり方、そういうことだろうと思うんですね。これについては、実は私ども、去年の4月の初めに、それに対する対応というものを示して、それに必要な予算を確保し、来年度予算の案の中にも入れているわけなんですね。ですから、それを基本にして進めていくということになろうかと思います。ただ、それの運用、また改善すべき点はあろうかと思います。きょうもいろいろと先生方が出された意見について、改善を加えるべき点があれば改善を加えていきたい。特に、例えば、もう少し地域全体の問題を考えるべきではないかとか、患者としてとらえるのではなくて、人間としてとらえなくては、1人の人間として、市民としてとらえる視点が重要ではないかとか、私ども、随分欠けている点があろうかと思います。そういうものについては改善を加えていくということになろうかと思います。
 あと、この会の運営ですけれども、いずれにしても、きょう出ました意見を項目ごとにまとめまして、それぞれについて、できればもっと効率よく進めるために、吉井先生がおっしゃっておられたように、できれば事前にご意見をいただければ―先生方はお忙しいので、なかなか私どもからお願いするのは何か大変恐縮なんですが、もし可能であれば、そういうことをしていただくことも非常に効率的な運営ができるのではないかなと思います。
 私どもとしては、この懇談会に大変強く期待しておりますし、大臣のイニシアチブによって、指示によってつくっておる懇談会でございますから、環境省として今一番重要視している事項でございますから、そういう形でぜひ成果のある懇談会になるようにご期待いたしております。そして一つ、ただ期限がございまして、できれば50年の式典前にはやはり示して、国としての考え方というのを、また方針というのを明確にしたいというのは、大臣の希望でもありますし、私のお願いでもあります。

○有馬座長 ありがとうございました。
 それでは、次の会はいつごろ開かれるか、2回ほどの会について説明してください。

○柴垣企画課長 次回は3月2日を予定させていただいております。時間は昼の1時から15時までということで、場所は、毎回変わって申しわけありませんが、虎ノ門のパストラルというところでございます。午後1時からでございます。

○有馬座長 それで、お願いですけれども、きょうは、先ほど柳田先生からご提案があった、論点整理はできているんだから、いろいろな問題があるだろうから、各委員に質問をしてほしいということをおっしゃっておられたので、まず、これは質問にどういうものを考えるかということと、その質問をひとつ3月までに集めていただきたいと思います。

○柴垣企画課長 きょう、資料の3としてご用意しているものに、さらにきょうのご意見も踏まえて、もう一つ、大ぐくりにくくったものを事前に送らせていただきまして、それでまた先生方に、それに対するご意見なり提言なりを書いていただくような作業を早速始めさせていただきたいと思います。

○有馬座長 それから、2回あるわけね。ですから、その次の次はどうなるかわかりませんが、私として、まず、この次のときに議論をいただきたいと思うことは、救済策はどう考えるか。謝罪まで含めて、国としての謝罪まで考えるかとか、その辺も含めて、国としてどうやったらいいか。救済策については、もう既に先ほど次官が言われたように、昨年の4月に出されたもの、これも加えて、これプラスアルファ何かを考えるかどうか、この辺の救済をどう考えるか。これは地域のもやいの復活とか、地域の、先ほど吉井さんがおっしゃられた問題点について少しご議論を賜れればと思います。やはり地域の再生ということも非常に重要だと思います。そういうことも含めて、この救済というものをどう考えるか。特に、最高裁の判決に対して我々はどう考えるか、この辺について少し集中的にご議論を賜りたいと思います。
 それからさらに、その次には、今後、この防止をどうしたらいいのか。縦割り行政の上であるということがよく言われますけれども、縦割りだって十分対応できる面が私はあると思うんですね、自分の経験から。各省庁の相談というのはしょっちゅうやっていましたので、そういうことのためにどういうことをしたらいいか。あるいは内閣府の中に、現在、危険対策なんかの危険対策室がありますけれども、ああいうものを内閣府に置いた方がいいのか。あるいはそれは環境省で十分であると。環境省の中に置けばいい。この問題は慎重に考えなくてはなりません。原子力でさんざんな目に遭ったわけです。要するに、科学技術庁が完全に安全を守るのかというと、結局、必ずしもそうでなくて、事故があると内閣府にぱっと危険対策室が置かれ、二重の頭になってしまって大変困ったことがある。ですから、やはり新しい対策室をつくるときは、慎重に、どこが最終責任を持つのか、きちんと決めたものをつくるべきだと思います。そういう意味で、内閣府に置くなら内閣府に置くというふうなことも考えて、やはりきちんとした国としての予防対策をどういうふうにしたらよいか。それは次の次に少し集中的にご議論賜りたい。
 この2つにまとまった考えが出れば、これは環境省としてもその問題をお考えになる場合に便利かと思う。参考になるかと思いますので、この2点について少し集中的に議論をして、まとめさせていただきたいと思います。まとめの仕方については、また次回にでもご相談いたしましょう。
 ほかにご意見はございませんでしょうか。
 どうぞ、屋山さん。

○屋山委員 昔、私が駆け出しのころに、この水俣病が起こったんですけれども、そのころは、実際、これは弱ったことが起きたなと。余り騒がない方がいいのではないかと。日本はこれで食えなくなるのではないかという、そういう雰囲気ですよ。だけれども、今考えると、これは全く変わっていまして、企業だって、この間、二、三日前にアメリカのたばこが肺がんだといって67億か何か取られたって、そういう時代ですよね。日本はそれほどではないですけれども、しかし、今は公害を起こしたら、やれ、信用をなくしたと、いわばつぶれる時代ですよね。それからもう一つ、役所がちょっとまずいのは、何か起こるとまず抑えるという、基本的にはそうなんですよね。それから拡大しないようにする。それから自分の任期の間は抑えて、自分がやめてからやってくれと、大体そういう。だから、役所の無責任は余り変わらないんですよ、昔から比べて。だから、そこを克服して、先生がおっしゃったようにね。それでこれは内閣府に訴える。それで、これは問題だといったら、こっちにやるとか、そういうことが必要なのかなと今ちょっと考えたんですけれども。

○有馬座長 ありがとうございました。やはり環境省が環境に関しては最終的なところだと思うんですね。ただ、環境省だけで済まないことがある。ほかの省庁と競合するというところがありますね。しかも、意見が合えばいいんだけれども、意見が、利害が特に食い違うような場合とか、この辺についての少し皆様にご議論賜って、環境省の意見も聞いてみたいと思っているわけです。少なくとも、環境問題に関しては環境省が全責任を私は持っているんだと思うんですけれども、その際に他省庁との関係をどうしていくか、この辺についてはまた環境省からのご意見を少し賜りたい。
 では、私のわがままというか、国のわがままというのか、中国へ今から参りますので、まことに申しわけなく……
 はい。ちょっと待って。15分、少し早目に終わらせていただきますので、今1分ありますから、1分どうぞ。

○加藤委員 先ほどから柳田委員、それから時間が足りないということを言っているんですけれども、次回の委員会も2時間ということなんですか。それとも、合宿という提案も有馬先生がしてくださったんですけれども、この辺はどうなんですか。

○有馬座長 予算があるかどうか、問題があるし、もちろん手弁当でやるなら手弁当でやりますけれども、それを皆さんが覚悟なさるかどうか。柳田さんのご提案もあるし、私は、それなら合宿が一番効果的ですよと申し上げたわけで、この辺について、きょうすぐにはご返事できないかもしれませんが、どうですか。予算的な問題はどうなの。合宿とは言わずに、次の会は、例えば3時間にする、4時間にするとか。むしろ委員の方々に問題が……

○柴垣企画課長 ええ、委員の方のご都合を確認してですね……

○滝澤環境保健部長 提案したというか、だから、この格好は可能ですということを……。

○柴垣企画課長 時間は多分延長できると思いますので。

○屋山委員 役所でやれば、お金はかからない。

○柴垣企画課長 いや、お金の問題ではなくて、それぞれのご都合の問題だと思いますけれども、それはまた確認して、少し延長する方向で、3時間なり、じっくり議論できるような時間を確保したいと思います。

○柳田委員 割とやりやすいのは、5時ぐらいからやっておしりを切らない。5時ぐらいから始めて、おしりを切らないで、9時になろうが、10時になろうが……

○有馬座長 大学はそういったことをよくしますな。少しその辺も工夫してください。
 やっと皆さんの議論が土俵の上にのっかってきたところだなと思うので、少し今後、あと2回というんですが、具体的にもう少し時間をふやせるかどうか、考えていただきたいと思います。
 加藤さん、それでいいですか。

○加藤委員 はい。

○有馬座長 ほかにはご意見ありませんね。
 では、どうもきょうはありがとうございました。

午前11時44分 閉会