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環境基本問題懇談会(第3回)議事概要
 


  1. 日時 : 平成16年1月22日(木) 10:00〜12:00
     
  2. 場所 : 環境省第1会議室
     
  3. 議事 :
    (1)開会
    (2)環境省挨拶
    (3)議事
  4. [1] 環境と経済の統合について
  5. [2] その他

  6. (4)閉会
  7. 議事概要 :

    [1] 環境と経済の統合について
     <資料1について、環境省から説明>

    <委員からの発言>
     

    •  今のご報告は大変よくまとまっていたと思いますので、こういうような整理は大変役に立つということをまず評価した上で、少し細かいことですけれども、やや気になる整理がある点を申し上げます。
       それは[2]の公平で明確なルールの設定という、枠組みづくりとしてこういうようなことを考えるということはいいのですけれども、細かいことを言って申しわけないのですが、例えばPPPとか公害防止費用事業者負担法というのは明らかに費用負担ルールでいいのでしょうが、EPRのようなものまでを費用負担ルールという形でくくってしまっているのはすこし違うのではないかなという気がするし、そういうくくり方だけにとどめてしまうのはまずいですね。
       EPRは政策手法そのものを言うものであって、費用負担というのはその中で取り上げられる一部分の事柄であって、EPRの概念そのものはもっと広い概念ですし、それからPPPについては門外漢ですが、習ったところによると、これも要するに外部費用内部化のための論理であって、それを単に費用負担の話というふうにするのはだめだと言われているわけで、ちょっとこの辺のところが気になります。
       それから、戦略のところは今専門委員会で検討しているところでもありますから、自分で自分の首を絞めるようなことは余り言いたくないのでしょうけれども、しかしこれまでの例えばバイオ戦略のようなものはよくできているとおっしゃるとおりで、読むとよくわかるのですが、ではその次がどうなのだろう。戦略はいいのだけれども、それがでは具体的に政策、施策とどうつながっていくのかというところが問題なんじゃないか。だから、これから先もし考えるとして、そこまでやらなければいけない。例えば予算のときにどうなっているのかとか、立法はどうなのか、行政運用はどうなのか。どうも今までのビジョンというものは、ビジョンはできるけれどもそれで終わってしまっていて、それがでは予算のときにここのビジョンに基づいた予算要求なのだから、ちゃんと格段の配慮をしてくださいということになるかどうか。うまく使えればいいのだろうけれども、必ずしもそうはなっていなくて、予算配分構造は今までの枠の中でそのまま動いてしまう。ビジョンのようなものがあっても全然そのとおり動いていかないとすると、しょせんビジョンはビジョンで終わってしまうということになるのではないか。
       ただ、この道筋をつくって評価をしてフィードバックをしていくという枠組みが大事で、もう一つここに政策、施策とどうつながるのかというそのつながりということまで考えた道筋を用意しておかないと、ビジョンを幾らつくってもビジョンの積み重ねに終わるということになりそうという気がしますが。言いわけをしますと、専門委員会でそこまで今度はやる自信はありませんから、とりあえずビジョンぐらいのところでご勘弁いただくことになろうかなと思っています。
       それからあと1つ、2つ、キーワード風に申し上げておきたいと思うのは、さっき室長のお話の中で、自主的というところがどうもよくわからないとおっしゃったのは本当によくわかる疑問だと思うのですね。
       結局のところ、環境基本計画でさまざまな政策実現手法といって6つ並べているのですが、ありていに言うと最初の3つ、直接規制と枠組み規制と自主的取り組みというのが本来の手法であって、自主的取り組みをサポートするものとして経済的手法とか情報的手法とか手続的手法ということを言っているのだと考えておかないと、どうも整理がつかないというのが最近の認識です。
       そのときに、では自主的取り組みというのは何かというと、一番広く言えば、まさに一般国民の方々が行動を起こしてくれるというようなことも自主的取り組みでしょうけれども、少なくとも環境基本計画の中で考えた自主的取り組みというのはそういうアバウトなものではなくて、社会的システム化されている取組手法を自主的取り組みと呼んで計画に位置づけているんですね。一見すると6つが全部並列で並ぶという構造になっていますが、もう一回見直してみると、自主的取り組みという大きな枠組みがあって、その中にもう一つ社会システム化された「自主的取組」という手法があるというのが正しい言い方なのではないか。
       ここで言う社会的責任という[4]の整理にしてみても、それ自体が裸で出てくると何となくとりとめがないような感じがしますが、要はそれが社会経済システム化される、あるいは社会システムとしてある種の制度的なものにちゃんとうまくつながっているかどうかということが問題なんじゃないのか。ただ単に自主的取り組みをやっていますとか、社会的責任を果たしていますというのではどうにもならないわけですね。だから、例えば環境報告書をつくって公表して、こんなのやっていますといって外からいろいろチェックを受けることができるようにするというのはある意味では一つの社会システムだし、制度だし、あえてそこで不利なことも自分の我が社は引き受けましょうというようなことを考えてやっているわけですから、そこまで来たものが実は社会システム化された自主的取り組みであり、社会的責任ということなのだ、こう考える必要があるだろうと思うんです。
       これはほかの部会などでも自主的取り組みだから規制は要らないという議論がありますが、ようやくその自主的取り組みというのは社会システムなのだ、そのことは前提にした上でという議論が出てくるようになりましたから、環境基本計画の思想も少しは定着しつつあると思いますが、この際もう一押しするためにはこのところはそういう制度、システム、制度というのもあなたがおっしゃっているような意味での広い意味でのルールということでもいいのですけれども、何かそういうような結びつきをしておくことがこの話をもっと深めるのではないかと思いました。

    •  私は、生活者の柔らかい視点でちょっと話させていただきます。
       今この資料を拝見して、全体をきちんと整理していただいて、こういう方向性で考えようというメッセージを出すということ自体が大変重要なことだと感じています。すばらしいと思っています。
       そういう意味で言えば、最後のページの取り組みの方向性というところに1番にビジョンの提示、目標の設定とあります。こういう方向性で日本が21世紀に持続可能な社会を実現していくという、政府の意志、あるいは国民全体で取り組みましょうというメッセージを出すということ自体が非常に重要だと思うのですね。細かい取り組みは今多くの企業の方もかなり進んでいらっしゃいますし、そういうメッセージを受けとめて実現させるいろいろな好循環のシステムができていけばどんどん取り組みが進んでいくというふうに感じています。
       そのときに、私はぜひもう一回考えていただきたいのは、そういう社会をつくっていく主体が多くの企業の方と、それを暮らしの中に取り入れる市民なのだという、多くの国民なのだということです。環境と経済の好循環は企業家の皆さんと生活者が本気になって取り組む。その仕掛けづくりをするのが政府、あるいは地域で言えば行政なのだという、そういう流れをしっかりと見据えた上でまとめていただいた方が多くの地域社会の企業とか市民の皆さんも、自分たちが本当に歩むのだというのがわかっていただけるのではないかというふうに感じます。
       そういう視点からいきますと最後のページの、例えば3番あたりのところは、私はやはり前回、ほかの委員会でもお話をさせていただいたのですけれども、市民自身がみずから責任を共有するのだ、そして事業者の方も責任を共有するのだという責任共有社会のパートナーシップをつくっていくという意思を明確にあらわしていく社会づくりがまず必要で、それでそういうことを支えていくためには教育とか人材育成などが必要になってくる、そういうようなことだと私は感じています。
       続けますと、そういうようなときにパートナーシップ社会をつくっていくというときに、それの地域の中での例えば企業の皆さんと消費者のつなぎ手であるNPOとか、そういう新しい主体の役割をもっと活性化させる、あるいは期待していくというところがすごく重要なんじゃないかというふうに感じています。

    •  順々に報告書に沿って私なりに大学で働く労働者として、4月から労働者になるわけですけれども、労働基準法が適用されることになるので労働者なのですが――としてコメントさせていただきます。言いかえれば、大学の労働者が再検するということでもある。
       まず、2ページをごらんいただきたいですね。
       上段のところで科学というのがありますね。これは生産のための科学技術で、環境研究は後回しにと書いていますが、むしろ問題意識が欠如していたと。つまり環境問題という意識がなかったということですよね、60年代末に至るまで。
       しかし、深刻な公害、自然破壊等々が生じという少し前に、1970年安保闘争というのでしょうか、とにかくあのころに世界的にキャンパスでムーブメントがあったわけです。あのころにやはりマテリアリズムといいますか物質主義、モノや金が大切だというような従来の、あるいは経済第一主義的な考え方に対するアンチテーゼとしてのポスト・マテリアリズムというような考え方が打ち出されて、それでこういう公害とか自然破壊というところに人々の目が向かったということなのです。
       それでそのころ1970年代は、人間らしさの追求と単純に書いていらっしゃるけれども、73年のオイルショックが大きくて、せっかくそういうポスト・マテリアリズムというか、要するに脱物質主義的な考え方なり見方なり思想なりが芽生えつつあったのだけれども、70年、実はもう一遍マテリアリズムに戻ったと思うのです。そして何とか帰省しようと。実際、73年のオイルショックによってそれまでの高度成長期に終止符が打たれて、それ以降は四、五%成長のいわゆる減速経済期に入ったわけです。そうすると、何とか四、五%成長、それも欧米先進諸国に比べると公債費が高かったわけですから、そういうふうにして何とか成長を維持しなくてはいかんということで、決して70年以降というのは人間らしさの追求の時代に入ったとは単純には言い切れない。
       次のページを見ていただくと、ここで幾つかあるわけですが、むしろ90年代に入ってから脱物質主義的な物の考え方というのが、それを広範に普及したというか、かなり定着し始めたという、それが地球環境問題ということに対する関心が非常に高まったということの背景にあると思うのです。
       それと、これは一つの歴史的というのは大げさな歴史ではないですけれども、この3つの四角があって、その一番最後のところに経済主体の社会的責任として環境保全に取り組む必要性というふうに言いましたけれども、企業の社会的責任というようなことを言われたのは70年代前半なんですよね。むしろ観点をもう少し変えて、要するに日本経済も90年代に入ると、もちろん平成不況、低成長ということもあるわけですけれども、因果関係は別にして、消費社会、要するに経済社会が成熟化した、成熟経済の域に達したということが環境ということをクローズアップする一つの原因になったということで、社会的責任論というのはむしろ70年代の言葉だということ。
       それから次のページで、これは報告書云々ということに書かれていることと関連するわけですが、特に技術革新に関係するわけですけれども、やはり技術革新というものを促進と成果の普及と書いていますけれども、技術革新というのは何によって促されるのかというと、やはり何かが不足しているとか、何か制約がかかって初めて技術というのは技術革新が起こるわけです。それがある種ブレイクスルーになって、そして経済が成長するということなんです。そういう観点をもう少し明確にしていただきたいということと、やはり技術革新ということの座標軸が大体73年のオイルショックを経て後、あるいは90年代になって地球環境問題の関心が高まったことによって、技術革新の、あるいは技術進歩の座標軸と言うべきかもしれませんが、そういう座標軸が変わったということを見落としてはならない。つまり高度成長期にはより早く、より大きくというのは、まさにジャンボジェット機というのが技術革新の座標軸だったわけです。ところが、それがより燃費効率のいいとかというようなことで、座標軸が変わったということが重要だと思うんです。あるいは、座標軸を変えたということです。
       その次の5ページですけれども、右側の2つ目のところに「環境を守ることが経済を発展させ、経済を活性化することが環境をよくすることになる経済社会へ」というふうになっていますけれども、やはりとにかく1991年5月に平成不況が始まって以来、一応平成不況そのものは93年10月で底入れしたということになっているわけですけれども、ずっと底ばい状態が続いているわけです。つまり成長の原動力みたいなものがなくなったんです。一体、原動力をどこに求めるかというときに、結局あれもだめ、これもだめということで、やはりさっき言ったように制約と不足ということがあって初めて技術革新が起き、そしてそれが経済成長を促すということになるわけですが、そこで制約、一体何が制約なのか、何が不足しているのかというと、結局詰まるところ環境になるということです。むしろ環境を保全するための技術開発とか、例えば自動車の低燃費車の開発というようなことが実は経済を発展させるんだということをもう少し明確にされた方がいいと思うんですね。
       それから6ページですけれども、「費用負担のルール」という言葉がありますけれども、どうも日本では温暖化対策なんかを議論するときに、コストということについてほとんど触れていないですね。温暖化推進大綱なんかを見ても、こんなことをやりましょう、シャワーを何分にしましょうとかいうようなことが書いてあっても、シャワーはとにかくとして、そういうことをやるにはどれだけのコストがかかり、その費用をだれが負担すべきかということが余りにもないがしろにされているのか、あるいはそれは禁句になっているのかよくわかりませんが、余りにもそれに対してそういうことへのメンションが回避され過ぎているという感じなんですよね。
       それからその次の7ページです。一番右端のところに市場メカニズムを活用し、費用効果的に取り組みを実施ということで、これは費用を効果的に取り組むというような、効率的に実施するというふうに世間一般では言いかえて差し支えないのではないかと思うんですけれども、そのときにやはりこの国が市場経済を原則とする社会である。したがって何かを禁止したり何かを義務づけたりするという規制的措置というのは、決してそれはふさわしい措置、少なくとも優先すべき政策ではないという認識をみんなが持つ必要があると思うんです。
       そうすると市場メカニズムを活用して、例えば 6,000CCのベンツに乗りたいという社長さんがいれば、どうぞ乗ってください、しかしたくさん税金を払ってくださいよというふうにして、そういう大きな車に乗ることへのディス・インセンティブというものを社会の中に仕掛けるというようなことが必要。
       それからその下のところで、「環境という公共財」と書いていますけれども、言葉の使い方としてちょっと問題だと思うのは、公共財というのはただです。つまり、料金が徴収できないようなものを公共財。例えばよく経済学のABCの本を読むと出てくるのは、灯台というのは公共財の典型例と言われるんです。つまり灯台を利用した船から料金を徴収するというのは事実上不可能ですよね。しかし、灯台がなかったらやはり船舶の事故も起こる。だから、しようがないから国がそれをつくっているわけです。
       ですから環境というのも一種の有料だという考え方です、普通。例えば環境税を導入すべきであるとかいうときには、地球の使用料を払えという言い方をするわけですね。だから公共財と言ってしまうとちょっと語弊があるというように思います。
       以上です。

    •  まず第1点は、今のご指摘の一部分なのですが、私はまさにマテリアリズム、物質・材料の専門家でございまして、この40年その発展を見てきたし、一部担ってまいったわけでございます。
       まず先ほどのお話で、公害問題のところの問題意識が欠落しているのではないかというお話がございましたけれども、これは、私は現場にいた人間としてそうではなくて、4大公害初め我々金属産業あるいは応用化学産業、その研究者には問題意識は明確にあったわけです。これは何とかしなくちゃいけない。私はまだそのころ学生でございましたけれども、やはり問題意識が強烈にあったわけです。
       ただ、そのころの時代認識というか時代精神が、抜本的な解決を要求していなかったわけです。先ほどご指摘のように90年代に入って、世界はある意味で目覚めたというか、学問分野にも大きな課題として立ちはだかったわけでございまして、それはどういうことかというと、よく私は言っているのですが、1秒間に 760トン、空気中に炭酸ガスが放出されて、そのうちの50%が空気中に蓄積していくと。さらに1秒間に 710トン、酸素が減少しつつあるわけです。これは三、四十年前には想像もつかなかったようなことが今全世界で起きているということが90年代以降、明確になってきたわけです。これで成長の限界が出たころ、70年代の初めのころは成長を単純に続けていくと危ないということはみんなわかったわけですけれども、しかしそれが研究というか、新しい材料科学技術のイノベーションを引き起こすというふうにはいかなかったわけです。
       私は1984年に東京大学出版会から材料テクノロジーシリーズというのを20冊編集したのですけれども、当時はまさに新素材ブーム、まさにバブル絶頂期、研究におけるバブルが進行していたわけで、そのときもそろそろ資源と環境問題に切りかえなくちゃいけないということをそこで主張したのですが、世の中の大勢にはならなかったわけです。それが大勢になりつつあるきっかけが、まさに1922年のリオのサミットでございまして、私は91年、ですから13年前に環境に配慮した材料科学技術を全力挙げてやらなくちゃいけないということを当時主張したわけです。エコ・マテリアルというのを提唱して、世界で初めて日本が提唱した概念でございますけれども、やはり91年の段階でももう世の中の大勢は見向きもされなかったわけです。
       ところが苦節13年、きょう現在はどうかというと、日本企業 286社が全部で約 1,900のエコ・マテリアルの市場投入をしている。この13年間に何が起こったか。まさに、エコ・イノベーションが起きて社会に普及したわけでありますが、それを支えたのはやはり先ほど佐和先生がおっしゃった、まさにイノベーションを要求する制約条件というか、規制とか、そういうものがかかったわけです。私は、この13年なぜそれだけ技術革新が起きたかというと、これはまさに各種リサイクル法が整備されて、あるいは廃掃法が整備される、省エネ法とかあるいはグリーン購入法がだめ押しの形で登場してきた。これがやはり劇的に技術革新を促した。現在では、日本は世界に冠たる環境素材のトップランナーになっているわけでございます。これがまず第1点。
       第2点は、3ページの環境と経済の統合の問題なのですが、実はこの問題につきましては、統合すべしというのはある意味では願望であり、希望なわけです。これが果たしてうまくいくのかどうかは、実はよくわからない。学問的にも私はわからないと思っておりますけれども、一つは私も大学に働く労働者としてよく質問を受けるのは、環境経営とかあるいはCSR経営は本当に収益性が確保できるのか。
       環境経営CSRをただ単にやるだけでは、だれが考えても収益性がそのまま上がっていくとは思えないし、あるいはリターン・オン・インベストメントも自動的に保障されるわけではないわけです。そうするとどうしても経営者あるいは投資信託のファンドマネージャーにとっては、受託者責任という問題が出てくるわけです。環境経営CSRを積極的に進めて、これは野放図に進めると当然収益性が下がりますから、受託者責任を問われかねない。
       そうすると企業行動というか、消費者もそうですけれども、環境にダメージを与えているわけです。例えば日立製作所は年間 300万トンくらい空気中に炭酸ガスを出していますから、そのうちの 150万トンが空気中にたまっていくわけです。今、半分たまっていますから。そうすると膨大な社会的な損害を与える。外部費用で与えていくわけですね。そういう経済活動に伴う環境ダメージコストをどう評価するか。
       あるいは、一方においては例えば一般廃棄物、産業廃棄物を原料としてどんどん使う、そういう技術を開発する。ということは、社会に対して環境改善で貢献をしているわけです。社会貢献費用をどう算定するか。
       ですからダメージコストと貢献費用を両方考えて、例えば日立製作所に、あなたのところにはこれだけの費用を政府の方から、あるいは地域から差し上げますというふうにしないと、実は環境経営というのは成立しないのではないかという議論もあるわけです。
       ですから、私は環境と経済の統合のためには、1つはダメージコスト、貢献費用、そういうものをちゃんと計算しなくちゃいけないし、それから環境経営、あるいはSRIの収益性の分析をしなくちゃいけないし、その収益性を向上させるためには、先ほどの浅野先生のいわば社会制度をどういうふうに持っていけば収益性が担保されるのか。
       経営者あるいはファンドマネージャーが環境経営、あるいはSRIをやりたくないと。それをやらせるためには、必要とあれば憲法を改正して、あらゆる経済活動をする場合には環境配慮をしなくちゃいけないということを憲法に書き込む、あるいは商法を改正するとか。そこまで踏み込まなければ、私は環境と経済の統合というものはできないのではないかと。
       それからもう一つは、経済がグローバル化されていますから、グローバル戦略を国家戦略として持たなければ当然、日本の産業が死んでしまうと。一例を申し上げますと、日本の環境プラント産業の世界市場のシェアは下がりっぱなしなわけです。六、七年も下がっていると思いますけれども、トップはアメリカで、2位がドイツで、日本は3位なわけです。ですから日本の環境プラント産業の国際競争力が断トツの1位ではないわけでありまして、ヨーロッパ、アメリカは何をしているかというと、まさに官民一体の、いえば環境ビジネスの促進組織を設けて努力をされているわけであります。
       例えばアメリカの場合はAEP、Asia Environmental partnershipというものをつくっているわけでありますけれども、これはアメリカの環境庁がそれを支援しているということで、ですから日本も環境ビジネス、環境産業を支援するということであれば、やはり国際的な戦略を持っていないと、これは経済産業省が悪いのではなくて、環境省もその方面で一定の役割を果たすべきだというふうに私は考えます。
       以上でございます。

    •  きょうは環境と経済の周辺にかかわるいろいろな経緯につきまして、非常によくまとまっていた説明ですからよくわかりました。どうもありがとうございました。
       それから今、産業界が、いろいろな形で環境というものに対して持っている問題点をおっしゃっていただいて、それも大変ありがとうございました。
       私からちょっと別な角度から産業界に属する者として述べさせていただきたい。私は今、残念ながら日本にはビジョンというものが全くないのではなかろうかと、ビジョンはどこにも示されていないというようなことが非常に大きな問題としてあるのではなかろうか。
       20世紀というのは、私は心の充足とは別としまして、人間生活はフィジカルな面ですごくよかったと思います。ですけれども、21世紀もこのままでいって本当にいいのかどうか。つまりもっと詰めて、30年先の日本というのはどういうふうにしようとしているのかがさっぱりわからない。企業は30年先にも永続性を持たせていかなければいけませんから、いろいろな代替案を持って今進めておりますけれども、国のビジョンがよくわかっていない。ただ明らかにわかりますのは、恐らく人口は増えてくるだろう、食糧は足りなくなってくるだろう、それから環境というものが大変な問題になってくるだろうというのがわかっているわけです。であるとするならば、むしろ環境という側面をもっとこの会で、つまり環境から見て30年先というものはこうでなければならないというようなことで、そしてそこを一つのゴールとして議論を進めていく、問題点を解決していくというやり方をやっていただけると非常にありがたいと思うんです。
       そこで2つだけ申し上げますと、まず1つは、今もおっしゃっておりましたけれども、科学技術の振興と書いていますけれども、例えば産業界でやっていますのは産業技術でございます。科学技術から言いますと、1テリトリーにすぎないわけです。私は環境技術というようなものを科学技術というふうに大くくりでしませんで、環境技術振興というようなことで、もうちょっと環境技術というものの振興に注力していただきたいというのが1つ。
       それから、例えば、拡大生産者責任というようなことで、私はかつて北海道の方に環境省の方と一緒に行ってヒアリングのような形で出席して住民の方、産業界の人の意見を聞いたんですけれども、どうも誤解があります。ぜひとも環境教育というもの、これはやはり21世紀というのは20世紀と全く違うということを理解してもらうには教育が必要で、一方的に産業界がどうのこうのというような意見が出たものですから、そのときもそういう意見を私は申し上げたわけでございます。そういうことで、ぜひ、環境技術振興と教育というこの2つをぜひとも深化させていきたいと思いますので、お願いとして申し上げます。

    •  本日のこの資料につきましては大変論理の組み立てもよくて、すばらしくよくまとまっているものと評価をさせていただきます。
       2つほど私は意見を申し上げさせていただきたいと思いますが、まず第1は、私自身、現在地方にございます66の環境研究機関の取りまとめをやる責任者に指名されておりまして、昨日もその研究所長を集めましてこの2日間論議をいたしました。
       その席に、実は本日ご列席の松本局長にご挨拶をいただいて、環境と経済の統合についてということできょうのような趣旨のお話をいただきました。
       あと、所長さんの何人かから、いやそうはおっしゃってもかなり難しいよと。要するに、地方と科学技術については次の次に取り上げる話題ということであったのですが、ちょっとだけ触れさせていただきますと、今現在の環境保全型でモニタリングとか規制をやらされている職員の集まりの中で、技術開発を進めてそれを普及させろというのはかなり難点があるというようなお話を結構いただいております。
       私自身も実は数年前に、霞ヶ浦で富栄養化を防ぐための浄化槽を実は開発をして、ベンチャービジネスも実は立ち上げまして、茨城県の知事から補助金でそれを普及したら実際にはその設置をするための予算をくださるということでやったのですけれども、予定の1割ぐらいしか実は売れていないんですね。非常に私も責任を今感じてしまっておりまして、ここに書いてある、自分自身が環境と経済の統合で仕事をしてみたものの、どこが悪かったのかと考えてみますと、やはり住民の意識とそれから流通過程です。これは品物にもよるのですけれども、いいものをいいものとして住民が判断をしていないというような部分がやはりありました。
       ということで、今のお話のように環境技術の革新というのはやはり環境という理念のもとに、そこで技術革新がどう必要なのかということでやっていかないと、浄化槽というのはほかにもたくさんありまして、もっともうかる浄化槽もあるんですね。そうしてしまうとみんなそっちへ流れてしまうというのが現実であるということを反省して、一言申し上げます。
       それから2点目は、八代海、有明海再生法というのをご存じだと思いますが、その委員会の方のお世話もさせていただいているのですが、そういう中で有明の再生というのは当然ここにもいろいろ出てくるような水産業のグリーン化、あるいは農業のグリーン化ということが大変必要なので、他省庁がかかわる事業として再生法の運営を環境省が中心になってしていただいているのですが、再生基本計画自身もすべて縦割りなんです。決して環境と経済は統合していないのです。環境の部分は環境省がやるし、そのほかの省庁は経済の部分を担当して、その中に余り無理をするなという部分はあるのだけれども、やはりどこかで環境の方のビジョンを先に出して、だからこういうふうな再生が必要だし、再生すれば経済も豊かになるというようなところの組み立てをやっていかないと、いつまでたっても経済と環境が分離した状況で、こういう新しい法律でもそう進むのではないかという懸念を持っております。一言私の経験を踏まえて申し上げさせていただきます。どうもありがとうございました。

    •  私は生態学が専門なものですから、普段、経済というようなことは余り考えていないんですけれども、ここに来ていろいろ勉強させていただいています。
       きょうの資料もなるほどと思いながら拝見していましたが、ちょっとこの資料を見ながら考えたことなのですけれども、環境を保全していくにはこれから個人、企業、社会が行動を選択するための基準やあり方を変えていかなければならないのだと思いますが、経済的な合理的な行動選択の手法としては、コストベネフィットというのを考えるというのがもう確立しているのだと思います。それが経済的な原理なのかもしれませんが、そこに一つは、今は一元的な尺度、貨幣という尺度だけで最適なところを選択することになっているのだと思いますけれども、二元以上、多元的な尺度の中での最適な戦略が選択できるような議論は、恐らく経済学の中では課題になって研究されているのではないかと思いますが、そういうようなものを使っていくということも一つあるかもしれませんけれども、一元的な経済的な尺度ということで考えるにしても、もう少しコストを考える上での時間、空間、スケールを広くとったり、枠組みを少し変えると、環境も含めた合理的な選択につながるコストベネフィット分析もできるかなという印象があります。
       恐らくもうそういう分野で、私はその分野知りませんのでこんな初歩的なことを申し上げているのかもしれませんけれども、例えば私にとっては農作物とかわかりやすいのですが、自然の恵みという意味で、今安く手に入る農作物、輸入したものもありますけれども、日本で生産するとしても農薬や肥料をかなりかけて、人手はすごく節約して農作物をつくりますから、海外に比べたらずっとコストは高くなってしまいますけれども、環境の保全を心がけたやり方で人手をかけてつくったものよりも、ずっと値段、そこに投入される労働力や資源、原料などは少なくて済むのですけれども、安いものですね。高い方は労働力がすごくかかってコストが高いわけです。
       この中でもご説明がありましたけれども、今すごく深刻な農薬の汚染だとか肥料が全体に広がって富栄養化するというような問題が起こっていますよね。例えばイギリスではそういう計算がなされているのを見たことがあるのですけれども、農薬などに関しては水道水をつくるためには農薬を除去しないといけませんよね。それにコストをかけているのでその費用であるとか、何かそのことが起こったために負担されている費用がありますよね。そういうのを農薬や肥料の使用量に応じてコストとして考えていくというようなことをすれば、今は見かけ上成り立たない環境保全型の1次産業というのも、結局コストというのをしっかりと見れば、長期的に見れば環境を損なう方よりもずっとコストベネフィットが高いというような結論。1企業の中とか1個人の中ではなかなかそういうふうな判断はできないかもしれないのですけれども、社会としてはその経済的原理で考えてもできそうな、少し枠組みを変えたりスケールを変えるということでできそうな気がします。
       それからもう一つ、行動選択の合理的な基準というのは、何も経済的な基準だけではなくて、これまでも社会の中に蓄積されてきた経験に基づくような、大きく言えばモラルというのでしょうか、そういうものが重要なものとして機能していて、恐らく経済活動の中での役割というのも小さくはなかったのだと思います。日本流の商道徳みたいなのがあります。今それがどのぐらい機能しているのかわかりませんけれども、ときどき企業の方でもそういうような感じのことを重視した経営をされていたりすることがあると思います。そういう伝統的な商道徳というのはどちらかといえば人と人との関係、社会的な関係をスムーズに進めていくために蓄積されていった経験に基づくものなのですけれども、ここで私たちがこれから取り組まなければならないのは、人と生態系とか自然との関係ですから、そういう意味では蓄積が少ない、そういう認識がなかなかできていなかったということですから、新たなモラルというのをやはり経済活動の中にもつくっていく必要があって、ここで議論しているような、もちろん経済的な原理を大事にしてというのを今強調するのは悪いことではないのですけれども、一方で新しい経済におけるモラルというものはどういうものなのかということも考えていきたいなという気がしました。
       それから急に具体的なところに入ってしまうのですけれども、5ページの右側に「環境保全型の経済構造への転換」というところがあります。それはとても重要なことだと思うのですけれども、自然依存、管理型産業のグリーン化と書いてあって、ただ農林業の再評価と書いてあるのですが、現状は非常に負荷が多いものだという認識に立って再評価が必要だということが1つ。
       それからもう一つ、公共事業のグリーン化というのがとても重要なんじゃないかと思います。といいますのは、どこの経済を考えるかで違ってくるかもしれませんけれども、自然が豊かな場所をイメージしますと、そういうところが地域経済における公共事業の役割というのがすごく大きいのですね。その公共事業がグリーン化すると、恐らく私が意識している分野は生物多様性とかそういう分野なのですが、それに寄与するところは小さくないというふうに思います。
       以上です。

    •  私はきょう、3点ほどの資料を最後に配付させていただきましたけれども、それをちょっと見ながらコメントをしたいと思います。
       まず、1点目が1枚物で「日本の目指すべき方向性(基本認識)」というような紙があろうかと思います。
       私はまず国家総合戦略、環境と経済の統合を図るためにはかなり強いビジョンを踏まえた長期的な国家総合戦略なくしては絶対にできないというふうに思っております。そういう意味ではここまで来た、先ほどの資料の中にありましたけれども、国家総合戦略をどうやってつくるかというところまで来ているということは非常に重要な、実はでも出発点ではないかなというふうに思っております。
       それに当たっての基本的な認識、ちょっと枠内のところだけ確認をしたいと思うのですが、これはもちろん私観ではありますけれども、日本はまさに世界第2位の経済大国であるからこそ持続可能な高度産業社会の魅力的な将来像、例えば2025年ごろをめどに示して、それに向けた具体的なロードマップを今示すことが求められている。それによって複数の非常にポジティブな効果、まさに好循環が期待できるのではないかなというふうに思っております。
       1が国際社会における日本のリーダーシップの発揮。それから、やはり日本は今この分野でのビジョンが全く見えていないので、評価をされていません。部分的にはエコ・マテリアルですばらしい、どこどこはすばらしいということは確かにあります。エコ・マテリアルでトップランナーになっている分野もたくさんあります。しかし、包括的な日本のサスティナブル・デベロップメントへの取り組みが高い評価を受けているとは戦略的に言い難い。ですからこれは重要だろうと思っております。いわゆる国益の、でも個人益にもつながる。
       それから2番目が、日本の産業界が明確な方向性を与えられるために国際市場における環境競争力の向上が可能となってきます。私は日本のリーディングカンパニーのコンサルティングをしているわけですが、各社必ずそう言います。「もう少し国が方向性を示してくれればやりやすいのに」と必ずおっしゃいます。
       3番目、これは日本の各地方自治体は、環境成長をばねに地域経済の活性化と新たな産業創出、あるいは雇用創出に長期的な視点で取り組むことが可能となる。ここでもやはり包括的な国家総合戦略が必要だろうと思います。
       こういうものをやはり、今は時間がかかり過ぎているというふうに思っております。一刻も早くこの高い目標設定、非常にストレッチングな目標を設定して日本の国家総合戦略を策定して、社会における各主体との共有を図って実行に移していく、その時期じゃないかなというふうに思っております。
       緊急性の意味が、ちょっと考えてみますと私は少なくとも3つあると思いますが、一番やはり上位にあるのは環境問題の深刻度であって、それに対して日本がどう貢献できるか。これにもっともっと、先ほど山本先生もおっしゃいましたけれども、アジアの中でリーダーシップなどを発揮していって取り組んでいかないと、悪化の一途をたどることは間違いありません。これは1つ。
       もう一つは、国際社会における日本のポジショニングがこの分野でどんどん、各国と比べると顔が見えていません、ビジョンが全く見えていません。後ほどちょっとだけ具体例をご紹介します。
       3つ目は企業の競争力の問題で、包括的な方向性が示されていないと、幾らやっても次に何が降ってくるのか、環境税が降ってくるのか、来年はどういう政策が出てくるのかわかりません。例えば環境税も2005年に導入されるのかされないのか、何か怖いなと思いながら来年を企業は見ているわけです。ですから企業の競争力に直結をいたします。
       そのためにご提案ですが、一つ重要な視点は、今は環境のみならず、やはり持続可能な発展に関する日本の国家総合戦略が必要です。英語で言うと、Japan's National Strategy for Sustainable Development。これは現在ありません。このレベルまで引き上げるということです。国際的にも十分な力を発揮できるような、情報発信もできるような戦略。それを各国の取り組みを見ますと、内閣府レベルで、我々この会から環境省から、内閣府というか政府全体を取りまとめるような各省庁横断的なものに持っていかないと、総合戦略にはなり得ません。
       これは各国、英国もドイツも、若干だけご紹介いたしたいと思うのですが、やはり内閣府、キャビネットレベルでこういったものを決めて、外部組織などと連動を図りながら推進をしております。もちろん、例えばイギリスでもデフラー、イギリスの環境省は重要な推進役の役割を担っておりますが、あくまでももう一つ上のレベルでこういった包括総合戦略を推進しております。これは日本でも今必要です。我々はこの会でその覚悟、こういったもの、総合戦略をそのレベルに持っていかないとできません。
       それから指標に関してですが、持続可能性的な視点が必要だろうと思います。もう1点の資料、申しわけありませんが、ちょっと名前、何も書いていなくて、かなり急いでつくった「日本の「持続可能な発展」に関する国家戦略」というふうに上に書いてありまして4枚ほどございます。
       ここではドイツと英国の例を、「ホームページなどを見ながらひいてきましたが、やはりドイツ、英国、オランダなどはかなりすばらしい国家総合戦略を打ち出していると思います。中身は別としまして、戦略的には非常に取り組みが明確になっていると思います。
       例えばドイツで今議論されているこの持続可能な指標、どうやってこれをはかる、どういう視点ではかるかという、非常にラフで恐縮ですが、タイプミスもまだあろうかと思いますが、21の指標が現在議論されています。ここには環境のみならず、まさにいろいろな社会的側面も含まれております。これはまだ整理が終わっていないようですが、こういうかなり広い視点から議論をされているというところが一つ重要だろうと思います。これは政府とは外に持続可能性委員会という組織をつくりまして、外から提言をしていっていると。
       次のページが、そのままドイツ語で入れさせていただいております。
       それから、この資料の3ページ目になりますけれども、イギリスは4つの全体的な目標といわゆる経済・環境・社会の3側面における15の指標が既に導入、それから運用をされています。Four Objectivesという4つの全体的な包括的な目標と、15の指標が、ここでは経済・社会的な進歩と環境的な保護が15の指標という形になっております。
       これが若干既に運用されていて、次の数ページにわたってそれぞれ指標の中身が何を言っているのかが書いてございます。
       最後の2ページほど見ていただきますと、非常にわかりやすい形で後ろから3ページ目といいましょうか、Assessment for indicator against objectiveと下に書いてありますロゴマークを使った進捗のアセスメントを行っています。
       それは1970年、まさに公害問題がクローズアップされた時代からの変化と、それから90年からの変化、これはCO2関連で重要な年度になっておりますが、それから戦略の志向というか採用からの変化という形で、私は記号の説明を入れておりませんが、非常にわかりやすい形でそれぞれの指標の実際の進捗をアセスして入れております。
       この中には健康だったり教育だったり貧困だったり犯罪だったり、そういうものが混ざっている、あるいはWildlifeというものも、土地利用などといった指標も非常に包括的な形で含まれています。
       もう1点だけ、結構大きな冊子も出させていただいておりますが、これもある意味で包括指標、あるいは包括的な視点、一つの参考資料として見ていただければと思いますが、「日本のGPIの計測結果」というものでございます。
       これはGenuine Progress Indicatorという、つまりGDPプラス社会的視点、それから環境的側面で発展をはかってみているというアメリカの取り組みなのですが、かなり世界各国でもその辺の研究調査が進んでいます。
       我々はフューチャー 500というNGOで4大学の教授が一緒になって初めて日本でこれを試験的にやってみました。非常におもしろいのが開いて5ページなのですが、日本のGDPとGPIというものがありますが、GDPは右肩上がりですが、GPIは85年ごろからずっと横ばいというような形になっております。
       これは別にこれがいいというわけではありませんが、やはり持続可能性的な指標、それからここでの取り組みはそのレベルに持ち上げてどういう指標が実際に必要なのか、それから国家総合戦略の中でも戦略の分野の特定と、そこから例えば2025年までのロードマップ、そこではまさに先ほども話がありましたように佐和先生だったと思いますが、どういう予算で、いつ何をやるかというのが見えないと、手当たり次第のばらばらの取り組みになってまいります。それをロードマップの中に組み込んでいかないといけないわけです。それをやはり今早くやらないと、本当に国際的な競争力を失いますし、日本の評価は下がると思います。
       例えば私は環境省のホームページをかなり詳しく見てみましたが、特に英語ページは非常に世界で見るとお粗末でございます。ここから日本の方向性が全くつかみとれません。これは日本の国として、本当にもったいないことでございます。ぜひそういうレベルでこの会から、日本は先ほど山本先生の話もありましたけれども、各分野においてはすばらしい取り組みがあります。あるいは個別の戦略としてはすばらしいものがあります。ある意味でその戦略の洗い出しをして――ただ、全体像がないですね。全体像による長期志向がなくて、具体的なロードマップもない。ですから今日本にあるすばらしい素材を全部洗い出して、それをどういう絵にしていくかというその組み立て、組み直しなのかもしれませんけれども、それが一番今必要なんじゃないかなというふうに思います。これはもたもたしていられなくて、早くやっていくべきことではないかなというふうに認識をしております。
       ちょっと長くなりましたので。

    •  私ちょっと慌ててやりましたけれども、例えばチェックマークがありますね。チェックマークは改善をしているということです。それから非常にわかりやすいのは×マーク、これは悪化をしているということです。それからほぼイコールみたいな「〜」があると思うんですが、これはたしかほぼ横ばいというような状態です。ちょっと3つの点でわかりませんけれども、そういうような形。それを一応入れるべきでしたけれども、英国政府のホームページなどには出ておりますが。一般に対して非常にわかりやすい情報公開の制度で、根拠なども示しているわけです。

    •  今、市町村合併の作業を進めていまして、来年9万 4,000人のまちになるのですが、日々の経験が、そのまちをどうするかということばかり考えているものですから、そういう経験からの意見をちょっと述べさせていただきたいと思います。  実は、豊岡というまちはコウノトリのまちでして、かつては日本じゅうにいた白い大きな鳥なのですが、明治期の鉄砲による乱獲、それから第2次世界大戦中の松林の伐採、実はそこに巣をつくっていたわけですが、戦後の環境破壊、とりわけ農薬の使用、河川改修でありますとか、あるいは圃場整備による湿地の消滅。コウノトリというのはドジョウとかカエルとかフナとかこういうものを食べるわけですが、当然そういったものは湿地にいますので、そういったものが消滅したことによって減少を続けて、1971年に豊岡を最後に日本の空から消えました。
       それにさきだって、65年からトキと同じように人工飼育を始めたのですが、以来24年間、1羽のヒナもかえりませんでした。やっと89年、25年目に待望のヒナがかえりました。15年連続でヒナがかえって、今 107羽までふえてきました。来年、これを試験的に空に返します。ところが、環境破壊が絶滅に追いやった原因でしたので、その環境を取り戻さないとコウノトリは空に帰れないということがあって、さまざまな活動をしてきました。もう保護の活動から見ると50年、来年がちょうど50年目になりますので、それだけの膨大なエネルギーをかけてやってきました。何でそんなに長い時間と、実は県は50万坪の用地を豊岡市内に求めて、そこにコウノトリの野生化の研究所まで設けてやったり、我々もビオトープをつくったりとか有機農業をやってきているわけですけれども、何でそんなことをやるのか。
       大きく理由が3つありまして、1つはコウノトリとの約束です。非常に文学的な表現になるかもしれませんが、昔飛んでいた鳥を保護のためだといってわざわざ捕まえて鳥かごに入れました。増えたらいつか空に返すということを私たちは誓いましたので、それは言わばコウノトリと約束をした。これを守ろう。これは市民に訴えるための表現なわけですが。
       それから日本は野生生物の消費国として国際的に批判を浴びた国ですから、野生生物の保護ということに関して国際的な貢献をやろうというのが2つ目です。
       3つ目は、今度は観点を変えて、コウノトリもすめる環境というのはどういうところなのか。コウノトリは完全肉食の鳥です。いわば食物連鎖の頂点にいる鳥ですから、そんな鳥でもまたすめるような環境が再現されたとしたら、そこには膨大な生き物の層が存在するわけで、そのような豊かな環境というのは、実は人間のためにとってもいいのではないのか。そこで、コウノトリも住める町をつくろう。コウノトリは野生化のシンボルである、こういう位置づけをしております。
       実は、こういうことをやろうとするときの最大の、実際に現場にいる場合のネックというか、戦うべき対象というのは無意識なんです。意識を変えなくてはいけないと言いますけれども、実はもう私たちがほとんど意識もせずにとっているような行動パターン、生活の様式、そういうものが環境破壊をもたらしたわけですから、そこを変えていかなければいけない。そこでいろいろな理解を求めるような、ああで、こうで、例えば地球温暖化対策でもCO2はこういうことでというようないわば原因と結果の関係を普及啓発していくわけですけれども、例えばそういうことをやってみたりしてずっとやってきました。
       どういうことをやってきたかというと、もちろん有機農業を進める。ところが、有機産品はなかなか売れない、手間はかかる。そこで例えば学校給食に使うことによって消費を支えよう、あるいはエールを送ろうということで、今8万平米までアイガモ農法という農法が進んできました。そういうことを例えばやってきた。休耕田がいっぱい余っていますので、ここをビオトープ化しよう。しかし、そんなものはほうっておいても農業者は全くやってくれませんので、1反、 1,000平米当たり5万 4,000円のお礼を出して、そして1年じゅう水を張ってもらって適当に草の管理をしてもらうとドジョウがわっとわいてきた。これを3年間で、今後豊岡盆地で36ヘクタールまで増やしていく予定にしているのですが、例えばそういうことをやってきた。
       オタマジャクシがカエルになる前に、実は水を落としてしまうのですが、ここで大量にカエルになる前に死滅してしまう。そこで、水を落とすのを後ろへずらしてもらった。アカガエルというカエルは冬に水がないと卵を産みませんので、冬に水を張るようにしてもらった。これはまだお米ができますので、その辺の手間を含めて1反、 1,000平米当たり4万円の補助をしてきた。こういうことをやってきたのですけれども、この先もっと進まないと、本当にコウノトリもすめるようなまちというのはできない。
       そこで次に豊岡市が来年度、新年度やろうとしているのは、豊岡市の環境経済戦略をつくろうと思っています。国の省庁は縦割りと言いますけれども、自治体というのは総合的に、とにかくゆりかご、墓場全部やらないといけないので、国が縦割りなら自治体でそこで統合しようというふうに考えているのですが、それを来年ぜひつくりたいと思います。
       つまり、そういうことで本当に豊かになるよね。雇用ができたよねということによって、自分たちのまちを元気にできるということを具体的に見せてみたい、こういうふうに考えていまして、今はまだ本当に幾つかがトピックス的にあるだけなのですが、例えば豊岡のコウノトリの郷公園は平成12年にできたのですけれども、このときの入場者数は11万人ですが、毎年2万人ずつふえていって、今年度17万人に到達する見込みです。つまり、グリーンツーリズムだとかエコツーリズムなど言っていますけれども、明らかにその芽が出てきている。ここを手ぶらで帰さないような仕組みというのはできないのかといったこと。
       それから、ESCOというものを自分たちのまちで育てることはできないのか。できなければ、とにかく最初に外から持ち込むことはできないのかどうか、そういったこと。
       それから休耕田の利用だとか、あるいは里山が荒れているということで随分私たちは苦しんでいるし、人工林も荒れ放題、荒れ果てているわけですが、例えば本当にバイオマスのエネルギーというようなことが実現化というか、現実性を持ってくるなら、そのことによって解決できるのではないのか。これを自分たちのまちで具体的に進めるために、最初どういう支援策が要るのかといったこと。
       それから「コウノトリの舞」という商標登録をしました。豊岡で一定の基準を満たした農産品にだけその商標を使ってもらってロゴマークもつけてもらうということをやっていまして、これは新年度から始めます。それをもっと広げることができないのか。
       豊岡の隣には城崎という旅館街がありますが、大量の生ごみが出てきます。それから豊岡の港からは魚の加工をした残渣が出てきます。それを堆肥化するシステムを今研究中なのですが、そこでできた堆肥を農地に入れて、そこからできた農産物をもう一度旅館街に返すことによって、その旅館のブランド性を強めることはできないのかといったようなこと。
       それからごみ処理も相当意識改革で減ってきましたけれども、減れば減るほど次のごみ焼却場をつくろうとするときに、そのボリュームが小さくて済む。これは行政コストをものすごく下げることができますので、そういったことの意識をはっきりさせながらごみの減量化に取り組んでいくといったこと、そういったことがトピックス的にわっと思いつくものですから、ここらあたりでそれを総合的に豊岡はこういう方向を目指していく、そのために具体的にこういうことをやります、それをぜひやりたいと思いますけれども、先ほどピーダーセン先生が言われたように国の方の戦略が明確に出てくれば、我々はもっとそこに現実性を持たせることができる。そのことによって元気になる。
       私の政治家としての野心は、私は自分の地域しか所管することはできませんけれども、日本中でいろいろなそういう地域が変わってくれば、その総和として日本は変わり得る、そういうふうな思いを持っておりまして、ぜひこの会での議論の中でも上から見る視点と下から挙げてくる視点と、両方ぜひ取り込んでいただきたいと思います。

    •  私も経済と環境の統合、統合と言いますけれども、なかなか全体としてどういう取り組みが行われ、そしてどういう推移をたどってきたかというのは正確にはなかなか理解しがたかったわけでございますが、今回こういう資料で整理をしていただきまして、ありがとうございます。
       大変いい資料でございますので、できるだけさらに肉づけをして一般の人の目につくようにしていただければと思います。そしてまた、これをベースにこれまでの政策の評価をして、どこが遅れているのか、重点的にやっていくべき分野を抽出するような努力をしていただければと思います。
       ここに示されていますように、経済と環境の統合のためのいろいろな方策が展開されてきておるということで、私もほかの委員会とか研究会に参画させていただきまして、いろいろ学ばせていただいております。その過程で、特に経済と環境の統合といいますと、企業がそういう環境配慮を徹底してくれるということが中心になりますので、企業をそのためのサポートをしていくということと、それからそういうことをやっていることが消費者に伝わっていく、消費者がそれに対してきちっと反応するという企業と消費者、それを結ぶ情報、ここの関係がきちっとでき上がっていくということが非常に重要だということを学ばせていただきました。そういう意味で、今環境基本計画にも情報的手法とか手続的手法とか、あるいは環境投資の推進とかそういう戦略が示されておりますが、まさにそういった分野のいろいろな具体的な方策をできることから手をつけてプッシュしていくということではないかと思います。
       そういう分野であれば、環境行政が推進できる立場にあると思うんです。ですからどんどんそれを進めていっていただきたいと思うんですが、ただ中心に本当に大きな成果に結びつくのは具体的な環境に関連する技術の開発とそれの活用だろうと思うんです。それが非常にきいてくるのではないかと思います。資源を効率的に使うという意味では3R制度を今プッシュされていろいろな仕組みができてきておりますから、それに関連する技術開発が企業も懸命に取り組んでもらっているということで成果も出てきているようですから、それはそれとして推進していっていただきたいのですが、まだ十分でないと思われるのは、やはりエネルギーの分野ではないかと思います。
       これだけ大きな問題になっている化石燃料をできるだけ抑制して自然エネルギー、あるいは新エネルギー、再生可能エネルギー、いろいろな定義がございますが、そういったものをもっともっと活用して化石燃料の方は抑制して、そして貴重な資源ですから原材料としての活用に振り向けていくというようなことがもっと進むように、そのためにやはり技術開発が非常に大きな要素を占めると思うんです。ですから、例えば水素エネルギー社会を2010年とか2020年につくるという場合、それはどういう社会でそこに到達するにはどうしたらいいか、今ピーダーセンさんがいろいろおっしゃいましたが、それをきちっと戦略の中に特にエネルギーの技術開発というのを位置づけていただいて、あるいは普及というのを位置づけていただいて、関係者が非常に多いと思うんですけれども、連携して強力に実現していくということではないかと思います。
       そういうことができれば、それは非常に世界にとってもすばらしいモデルになって先進国だけではなくて、途上国にもそれを技術移転して途上国にも取り組みができるような状態をつくっていくということ、それによってグローバルな環境問題の解決にも大きく貢献するのではないかと思います。
       それはそうなんですけれども、いつもそのことは中央環境審議会、いろいろな場でみんなが言っているわけです。しかし、それはいつもただ言っているだけの話、あるいは書いてあるだけの話で、なかなか実現しない。それは政府の中でもいろいろ分担が行政の所管がまたがってくるようなこともあるんだろうと思うんですけれども、そこの実現にどうつなげるかというところをもっともっと議論して、工夫して、できることをやっていただきたい。そこが非常に残念だなと思っております。それの実現を期待したいと思います。

    •  先ほどからお話が出ておりますけれども、やはり企業にしろ、国民にせよ、それぞれが自主的に自分から環境保全に取り組んでもらうというのは望ましいのですけれども、それで環境が保全されるならば国は要りませんし、政策は要らないわけです。
       政策というのは、先ほどからピーダーセンさんもおっしゃっているけれども、一定の目標を立てて、それに対してどういう手法があるかということを仕組んでいくものですから、我々が議論しているのは、みんなにお任せして保全してもらいましょうというのではなくて、我々の方で目標を立てて、それに向けてどういう方法があるかということなのです。
       自主的取り組みというのがよくわからないというのは、それは実は自主的という言葉に惑わされているので、自主的な取り組みというのはボランタリー・コミットメントと言うんですが、イギリスでもドイツでもオランダでも、本当に企業が自由にやっているのではなくて、政府とネゴシエートして自分たちがボランタリーに、自分の方から政府が言っている目標に対してコミットしますよということでして、政府とネゴシエートしてここまでやります、その代わりにどういうふうにやるかという方法、例えば個々のエンド・オブ・パイプのコントロールなどについては、政府の方からコントロールを受けないけれども、しかし、政府と約束した目標が達成できなかった場合には税金をかけられてもいいし、あるいは規制をかけられてもいいです。自分たちで何年までにどれだけ減らしますということを言っているわけです。
       日本でも基本的には何年までに何%を減らしますということを言っているわけですが、それも自主的に定めているわけですし、また、日本の場合にはできなかった場合にどうかということについて非常にあいまいになっているところは日本的であるわけです。それのよしあしはともかくとして、その意味では外国では、自主的取り組みと言っても自由にやっているという意味では決してなくて、いわば枠組み規制だということをきっちりと押さえておく必要があるし、少なくともイギリスやドイツやオランダでは決して規制と無関係ではなく、まず自分たちでやるが、それができない場合にはきちっと規制がかかる前提になっているということは、知っておかなければならないということです。
       それでは、市場メカニズムとの関係ですが、自由に市場メカニズムの上でやるということなんですけれども、先ほどから話が出ているように、実は今までの市場メカニズムのコストには環境ダメージのコストが当然には入らない仕組みになっているわけです。先ほど佐和委員がおっしゃいましたけれども、環境は公共財、つまりただですから、公共財を幾ら使っても金を払わなくてもいい、つまり市場メカニズムに乗ってこない仕組みになっているわけです。ですから環境と経済の統合といっても、環境自身はただで使っても構わない。今まではそういう仕組みになっていたわけです。
       そこで先ほどの話がありましたけれども、水をどんなに汚したって構わないわけで、水を汚すような企業であっても、これまでの市場メカニズムならばそれでいけたわけです。では、水を汚さないような企業にするためには、市場メカニズムの中に環境にダメージを与えた場合にはそのコストを負担させるような仕組みを組み込まなければならない。それは、一つは規制によってダメージを与えないようにするということも可能ですけれども、そうすると画一的な規制をせざるを得ず過剰な規制になるかもしれない。そこで、市場メカニズムで経済的に最も効率的にやろうとすると税金というようなこともあるわけですし、それから場合によっては効率的でないにしても助成金ということも考えられます。
       それではなぜ今の日本で環境税を入れようと思うとみんなが反対をするかというと、実は市場といった場合に、税金をかけるのは日本という国内でやるのですけれども、多くの企業は実は市場が日本の国内だけの市場でなくて国際的な市場、インターナショナルな市場で競争しなければならない。
       EUはそこで、例えばエミッション・トレーディングにしても何にしても、EUという市場の中で、税金は自分の国内かもしれないけれども、市場の単位をEUに広げているわけです。そしてドイツなどのように、今度は輸出をするときには環境税を払い戻すという形で国際競争力を減少させないように補償してやる。アメリカの場合には、国際競争力がなくならないように、そもそも環境税なんていうのは要らない、どうぞ公共財はただで使ってくれという政策をとっている。アメリカの連邦の一つのいき方です。
       日本のように、では環境と経済と統合しようということになると、一方では環境税をかけるとすると、他方で国際競争力が弱まることも考えなければならない。そうだとすると、市場経済の中に環境税を入れるときに、国際競争力を減少させないような方法には何があるのか、また、雇用を確保するためにどういう税を組むのか、ということも考えなければならないわけで、その意味では単純に環境税を入れよう、入れよう、というだけでは反対が起きるのは当たり前なので、われわれは、国際競争力などへの影響力なども議論する必要があります。
       よく通産関係の人などと話をすると、環境省は単純過ぎると言われます。私も環境省関係のメンバーの一員としては、そう言われて「そんなに単純に考えてはいない」と言うのですけれども、どうも環境省で議論をするとどうも単純かなという感じがしますので、私はこれから議論をする場合に、そこのところはドイツやイギリスなどのようにもう少しきめ細かに考える必要があるのではないかと考えています。国際競争力をにらみながら、まさにそういう形で環境と経済が両立するような、今言いましたように、環境も一方で地球温暖化のような世界的規模の問題であり、とともに自然環境のように国内の環境もあり、と、同様に経済という場合にも国内の雇用の問題などがあると同時に他方で国際競争力という問題もある。そして環境税というのは国内の負担である。そういうことをにらみながら考えていかないと政策として受け入れられない。単純にエコノミック・インセンティブとして経済的な負担を環境税でやればいいというわけにはいかない。
       その意味で、ぜひヨーロッパなどで四苦八苦しているのを我々としても考えていかなければいけないと思います。他方で、温暖化問題の将来の深刻な負担を考えれば、アメリカのように単純に、そんなものはやらないよ、国際的な競争力で負担が起きるようなことはやらないよというわけにはいかないだろうと思います。自主的取り組みとか市場メカニズムとか環境のいずれかひとつという、余り単純に物を考えない方がいいのではないかと思っております。

    •  私からは2件ほど考えました。環境ということが余りに画一的に一つの言葉として抽象的にとらえられ過ぎがちだと思っております。ですから環境というものが本当は何を含んでいるのかということを考えなければいけませんし、先ほどいただいたドイツとUKの例も、環境としてとらえるものがどういうものを含むかということがあると思うんです。それを達成するためには中期、長期、短期、いろいろな目標を持った施策をもってそれを実現するものだと思います。例えば企業であれば環境に対応する環境対応の段階から、次に環境保全、そしてまた環境経営の実現、とこれを簡単に言うわけではございませんが、プロセスとしてはそのような方向、ステップをたどるのではないかと思っております。
       今までビジョンを提示ということが随分出ておりますが、方向性というものはしっかりと出ているのですけれども、到達したところがどんなところかということは何も本当に色にも形にも出ておりません。これを何とか具体的に考えなければいけないと、そのときに先ほどのUKやドイツの指標というのは、一つの参考になるかと思います。
       私が思っておりますのは、環境と経済という切り口というのはなかなかわかりにくい。経済というのは経済活動でございまして、これは産業活動と生活活動と両方あります。環境の中でもいろいろ指標がありますが、例えばわかりやすいのが温暖化、それからガス・エミッション。例えばそういうふうなところから入りますと、産業界の製造及び産業活動はまあまあうまくいっている。あとまだ論議の浅い生活、事業所、オフィス、例えばこういう建物の中も含めて、事務所、そこから出てくる環境負荷、また生活者、それと当然のこと道路交通、輸送が問題でございます。こういうふうなところをしっかり押さえますと、効果が早く目に見えて出てくるイメージもわきますので、そこまでのきめ細かといいますか、具体性も備えた方向性及びビジョンというものが必要であろうかと思います。
       現在、また今までの方向性をたどるだけですと、今まである道をただ効率よく先人の教えに従ってうまくやっていくということになりますので、本当に抜本的な、またブレイクスルーを伴った本当の効果というものがなかなか難しいものです。それを入れたビジョンというもの、またそこに至る道というものをつくらなければいけないのではないかと思っております。
       その中で私が考えますのは、先ほども話のあった水素エネルギーでございます。この分野では日本は相当進んでいると私も理解しておりますし、この代替エネルギーというものを本当に真剣に、世界に対する一つの兵器と言ってはいけませんが、如何に大事な持ち駒として使っていくかということも考えなければいけないのではないかと思います。
       例えば開発にもお金がかかる、インフラは大変だ、ですけれどもこういうものは例えば10年ぐらいのスパンを持ったきちっとした戦略を持って、いつでもそこに到達できるという一つの試案が必要であろうと思っております。
       水素以外にも代替エネルギーというものが長期的に見て絶対に避けて通れないところだと思っておりますので、それも含めた基本戦略をつくり上げなければいけないと思います。

    •  まさに経済と環境とのかかわりということについて、さっきコメントさせていただいたのですけれども、私の考え方を1分30秒ぐらいで申し上げたいと思います。
       まず、環境と経済が両立していないというのは発展途上国なのです。つまり、投資の原資というのは限りがあるわけです。例えば 100の投資をするのに、全部それが生産能力の増強のために投資をすれば、それがやはり潜在的な経済成長力を高めて、かつての日本もそうだったし、現在の中国もそうなんですね。そのうちの30%を環境投資せよなんて言われたら、生産能力の増強分は70しか回りませんから、当然、経済成長率に対してマイナス効果。ところが、日本の場合、現状を見ると過剰設備を抱えているじゃないですか。こういう国ではむしろ環境規制なり、あるいは環境税によって環境投資を促すことによって、むしろ設備投資の今インセンティブというか、モチベーションを与えることによって、むしろ経済成長には効果があると。つまり生産性というのはもう既にこれ以上増強する必要がないという状況になっている。
       それから、よくケインズの経済学を云々するときに、公共事業をやると穴を掘って埋めるという、あるいはピラミッドをつくるという公共事業をやると、それが実は乗数効果が働いて経済性、内情を喚起して云々という話があります。そういう意味で、環境投資を企業に促すということは、決して経済成長にとってマイナスではない。
       だけど一つ、さっき森嶌先生がおっしゃったこととも関係するわけですけれども、要するに経済効果というのはそういう意味でマクロに関しては、ほとんど中立的なんです。ところが、ウイナー・インダストリーとルーザー・インダストリーに分かれる。得する産業と損する産業に分かれる。例えば鉄鋼産業なんかは石炭の値段が、環境税がかかって2倍になれば、当然国際競争力が失われる。だから、そこの手当てをどうするかという問題。
       それから、今度は同じインダストリーの中でウイナー・カンパニーとルーザー・カンパニーに分かれる。例えば自動車メーカーの中で低燃費車の開発に先んじているカンパニーはウイナーだし、それにおくれている企業はルーザー。どうも産業界の方の意見を聞いていると、ウイナーとルーザーに分かれるのが嫌だと、やはり競争が嫌いなんですね、日本人というのは。

    •  先ほどパートナーシップのことだけ申し上げましたので、環境と経済の好循環というものに対しての考えを一言と思いました。
       やはりこれからは環境を考えて行動をしている産業界の情報を、市民社会、消費者、そして投資とか金融市場できちんと持っていくということがすごく大事だと思いますし、そのために何が今必要かということは、かなり課題は出てきている時代だと思うんです。例えば企業の活動情報をどういうふうに評価するか。例えば環境報告書の記載をちゃんとする話とか、消費者の選択にかかわるようなきちんとした情報をどう出すかとか、そういう課題がちゃんと見えてきていると思うんですね。そういうことをできるだけ早く全体像と課題を明確に出して、その課題をどう解決していくかという道筋を見せていくと、多くの立場の人が社会が今やっていることがどうつながるのかということがはっきりわかるというふうに感じています。
       次に地域社会の現場から見ると、自分たちができることから行動しようということで、地域活動を地域ビジネスにつなげていこうというような動きも随分出てきていますので、そういう活力をもっと広める、あるいは定着させるような形で政策を展開していただきたい。それで総合的に社会全体が強くなっていくというか、元気になっていくというイメージをはっきりビジョンで見せていただければうれしいなと思います。
       あと身近な話ですが、循環型社会づくりの視点から見て、日常生活に大変身近なところの資源を大切にする仕組みの進みが遅いんですね。例えば大量消費社会が相変わらず続いて使い捨て型のものがたくさんあるとか、そういう身近なところから目に見える変化を実感する政策を早く出していけば、もっと消費者自身、市民自身も環境問題が本当に逼迫しているのだという意識が強くなってくると思うんです。そういう意味で、政策を考えて、それの進行の順番をちゃんと見ていくときに、全体への波及効果を考えて順番を考えることが必要だと思います。
       なお、地域から持続可能な社会作りにつなげる政策づくりに関しては、省庁の横の連携も重要で、例えば、ODA予算でうまく外国の地域の活性化と日本の地域の活性化の好循環につなげるとか、国連の「持続可能な開発のための教育の10年」などの大きな動きをうまくつなげるようなビジョンをはっきり打って、総合戦略がまとまっていけばいいなと思っております。よろしくお願いいたします。

    •  実現の方法がなかなか議論されないのが特徴的。それは、私も全く同意見でございまして、最後にちょっと皆さんの話を伺いながら、6つのステップでどうやって国家戦略を形にしていくかというのをちょっと簡単にご提案申し上げたいと思います。
       まずは最初のステップとして、やはり世界との情報共有。企業用語で言うとベンチマークですけれども、これをやはりまずはいろいろなビジョン、総合戦略が打ち出されていますから、これの共有を図っていきたいというのが1つ。
       それから、対話ということで具体的に例えば名前を2つ挙げますけれども、英国でCommission on Sustainable Developmentの委員長をしているジョナサン・ポリットさん。英国で大変すばらしい活動をしていらっしゃいます。それからドイツでこの分野で最もすぐれている政治家がヘルマン・シアさん。これはまさにエネルギー分野で多分世界一の政治家だと思いますが、この2人を日本に呼んで、この場で各国、ドイツ、英国の戦略に関する具体的な議論、対話をする。これが最初のステップというご提案です。
       それから2つ目のステップとして、日本にある各戦略、我々はここでも議論してきましたけれども、各戦略の洗い出し、棚卸しをとにかくやろうと。全部テーブルに出して、どうやってこれを組めば日本の総合戦略になれるかという棚卸しをすべきではないかなというふうに思います。
       それからそれを踏まえて3つ目のステップとして、戦略分野の特定ということで、取り組みのためのロードマップ、どういう分野でどういうステップで、タイムフレームと予算的なものも含めてある程度のロードマップを、例えば2025年まで描いていく。
       それを踏まえて4番目のステップとして、ここで暫定的な総合戦略の公表を1回はします。このレベルでは、私は小泉首相がやるべきだと思います。英国でもやはりトニー・ブレア首相、ドイツではゲアハルト・シュレーダー首相の強い指示が実際に国を動かせると思います。それから暫定戦略の公表をするときには、小泉首相から発表していただく。
       それから決定した戦略というよりは、各主体、社会における、生活者であるとかNGOであるとか、企業であるとか、地方自治体であると、一連の共有を図ってさらに磨き上げていく。単なるパブリックコメントというようなものではなく、きちんと時間をとって共有を図っていく。
       その上で最終的に戦略の決定、指標、あるいはチェック・メカニズムの構築、それから効果的な推進体制の決定が6つ目のステップになろうかと思います。

    (了)