目次へ戻る 平成14年度(2002年度)版 「化学物質と環境」
  第7部 化学物質環境汚染実態調査


第7部 化学物質環境汚染実態調査
(黒本調査)の見直しについて

(平成14年 5月22日)
(環境保健部環境安全課)
I.見直しの背景
II.見直しの経過
III. 改善の要点
IV. 今後の調査の内容
V. 終わりに
I.見直しの背景
   化学物質環境汚染実態調査(以下「本調査」という。)は、昭和48年の「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(以下「化学物質審査規制法」という。)の制定時の国会附帯決議を踏まえ、既存化学物質の一般環境中での残留状況の把握を目的として開始された。昭和54年度からは約2,000物質からなるプライオリティリストに基づく「第1次化学物質環境安全性総点検調査」が、平成元年度からは約1,100物質からなるプライオリティリストに基づく「第2次化学物質環境安全性総点検調査」が進められてきた。また、その間に関連調査の拡充も図られ、生物モニタリング、非意図的生成化学物質汚染実態追跡調査、水質・底質モニタリング、指定化学物質等検討調査が順次開始されてきた。
 一方、近年においては、「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(以下「化学物質排出把握管理促進法」という。)の施行、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(以下「POPs条約」という。)の採択、内分泌攪乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)問題への対応など、化学物質の環境汚染に関する対策の進展や状況の変化が急速に進んでいる。
 こうした化学物質と環境の問題に係る状況の変化と今日的な政策課題に対応するため、本調査は、これまでの成果や実施体制を踏まえつつ新たな視点に立って再構築を図る必要がある。

II.見直しの経過
 環境省では、平成13年11月に「化学物質環境汚染実態調査(黒本調査)見直し検討会」を設置し、見直しの内容について検討を開始した。同検討会では途中、報告書(案)に対する関係者や自治体からの意見聴取を行ったうえで、平成14年3月に「化学物質環境汚染実態調査(黒本調査)見直し検討会報告書」をとりまとめた。また、中央環境審議会総合政策部会環境研究技術専門委員会では、平成14年4月に、「環境研究・環境技術開発の推進方策について」(第一次答申)をとりまとめ、今後の環境技術の研究開発についての方針が出された。
 環境省では、「化学物質環境汚染実態調査(黒本調査)見直し検討会報告書」を基本としつつ、「環境研究・環境技術開発の推進方策について」の趣旨も踏まえながら、今回「化学物質環境汚染実態調査(黒本調査)の見直しについて」として、今後の本調査のあり方をとりまとめた。

III.改善の要点
1.化学物質対策上の位置付けの明確化
本調査の化学物質対策上の位置づけは以下のとおりとし、施策に直結した物質の選定及び調査の充実を図る(図1参照)。
(1) 法律や条約への対応
a) 化学物質審査規制法指定化学物質から第2種特定化学物質への規制強化を検討すべき物質の選定に必要なデータの取得及び化学物質審査規制法第1種及び第2種特定化学物質の環境汚染実態を把握するための環境汚染実態調査
b) 化学物質排出把握管理促進法第1種指定化学物質への追加を検討すべき物質の選定に必要なデータの取得のための環境汚染実態調査
c) POPs条約に定められるPOPs条約対象物質の環境汚染実態調査
(2) 環境リスク評価への対応
a)  化学物質排出把握管理促進法第1種指定化学物質等の環境リスク評価が必要な物質の環境汚染実態調査と暴露レベル把握のための暴露量調査
b)  内分泌攪乱作用が疑われる化学物質のリスク評価に必要な暴露レベル把握のための暴露量調査
(3) その他必要な化学物質の実態把握
 非意図的生成物、社会的要因等から調査が必要とされる物質及び過去の調査で確認できなかった物質に関する環境汚染実態調査
2.調査体制や調査手法の改善
調査体制
 調査目的を踏まえた上で、分析法開発、分析及び検体採取等の業務内容を実施機関の技術や受入能力に応じて分担して実施する。
調査手法(計画、分析法、精度)
a) PRTRデータや化学物質データベースを用いた効率的な環境実態調査の実施(対象物質及び調査地点の選定等)
b) 分析法データベースの作成による分析法開発への活用及び新規分析技術の開発強化
c) 比較可能なデータを取得するために精度管理の充実、分析機関の役割分担の明確化
d) 推計学的手法やモデルを活用した環境実態調査手法(運命予測、調査結果の検証)の向上
e) 検体保存事業の充実
3.リスクコミュニケーションの推進
物質選定に専門家以外の参画を求めるなど、調査運営及び結果のより一層の透明化を図る。
調査結果の公表に際しては、精度の高いデータを利用者に分かりやすいようにまとめるとともに、それらを電子化すること等により検索・活用しやすいものとして提供する。
調査結果及び調査技術についての英語版の資料の作成及びその電子化を進める等国際化を視野に入れた情報発信に努める。

IV.今後の調査の内容
1.調査の目的
 今後の本調査の目的は以下のとおりとする。
「一般環境中の化学物質による汚染実態を調査することにより、化学物質審査規制法 と化学物質排出把握管理促進法に基づく対策及びPOPs監視に必要なデータの取得、環境リスク評価実施のための暴露データの取得並びにその他必要な化学物質の汚染実態を把握するとともに、調査に必要な技術開発を行い、化学物質による環境汚染の早期発見及び対策の立案・評価等に活用することをもって、環境保全上の支障の未然防止に資すること。」
2.調査事業(図2参照)
(1) 初期環境調査(仮称)
 化学物質審査規制法指定化学物質やPRTR制度の候補物質、非意図的生成物質及び社会的要因から必要とされる物質等を対象として、環境残留状況を把握するための調査を実施する。また、必要に応じて分析法の開発や結果の評価を行う。
 なお、過去の調査において、高濃度で検出されながら確認できなかった物質も必要に応じてこの調査の対象とする。
(2) 暴露量調査(仮称)
 環境リスク評価に必要なヒト及び生物の化学物質の暴露量を調査する。
 具体的には、例えば、ヒトに対しては食事、室内空気等を媒体として、また、生態系の構成要素としての水生生物に対しては水を媒体として、有害な化学物質の残留量を有害性データから要求される検出感度で測定する。
(3) モニタリング調査(仮称)
POPs条約及び化学物質審査規制法第1,2種特定化学物質に指定されている物質を対象としてモニタリングを実施する。具体的には、水、底質、生物及び大気を媒体として、検出可能な感度において経年的に測定するとともに、その結果の評価を実施する。また、POPs条約の候補物質についても必要に応じて本調査の対象とする。
3.事業の進め方
(1) 調査対象物質及び媒体の選定(図2参照)
 本調査の結果が、環境中の化学物質対策に有効活用されるよう、これまでのプライオリティリスト方式を基本とする調査対象物質の選定方法から、各担当部署からの要望物質を中心に選定するニーズに応じた選定方法に移行する。具体的には各担当部署から要望があった物質及びその他調査が必要な物質として学識経験者からの意見があった物質を調査対象候補物質とする。これら候補物質を有害性知見、PRTRデータ及び可能な場合にはそれに基づく環境残留性予測結果、分析技術確立の実現性、社会・行政的必要性の観点から検討する。
 また、媒体については、同一物質を複数の媒体で対象にするなど、想定される暴露経路や媒体間の関連等も考慮して選定する。
 なお、物質の選定にあたっては、急増している化学物質審査規制法指定化学物質への取り組みに配慮するとともに、環境省内の他の環境調査実施部局とも必要な調整を行う。
(2) 分析法開発
これまでに開発した技術を物質群あるいは手法ごとにまとめ直して、いくつかの体系的な分析方法に整理し、データベースを構築する。新規物質の分析法については、どの系統の分析法で可能かを判断して、データベースに該当があれば回収率や再現性などの精度管理データを取得し、既存方法を検証した上で確立する。データベースに該当がなければ新たに開発する。
分析法開発を担当する施設に対して、物質名及び媒体に加えて、選定理由、目標感度や構築したデータベースからの開発手法等を含めて情報提供し、開発の効率化を目指す。また、分析法開発期間は1年を原則とするが、それが困難な物質については複数年にわたる開発を検討する。
(3) 検体採取・分析等
 地域における環境の状況は地元の自治体が最もよく把握しており、また、県立公園内等の特殊な場所での採取や漁業関係者等と調整が必要な検体の採取等の自治体でなければ困難な場合があること等から、今後とも自治体による検体採取を基本とする。また、検体採取においては、実施の容易性及び普遍性並びに精度管理を向上させるために、これまでに作成したモニタリングマニュアルの整備をさらに進めるとともに、採取地点及び時期は時間的・空間的な代表性に留意した選定に努める。
 分析においては、対象物質に求められる検出感度で測定可能な調査施設において実施するとともに、精度管理に十分に留意する。なお、同一対象物質と媒体(例えば、水検体中のPCB濃度)では、分析を実施する機関はできる限り1つであることが望ましい。
 平成 14年度より実施が予定されているPOPs条約に対応するモニタリングでは、データの信頼性を確保した上で相当数の検体を高感度に分析することが必要となっていることに加えて、海外との比較可能なデータとなるように配慮する必要があるため、精度管理及び分析技術レベルの面からデータの信頼性確保に十分に配慮して実施する。
(4) データの集計・解析
 分析結果等の全てのデータを電子化して、関係者間での情報交換を容易にする。
 また、得られたデータはできる限り推計学的な解析を実施し、数値にどの程度の信頼性があるかを明確にする。
(5) 精度管理
高度な分析技術による極微量の測定が前提となる本調査では、測定値の信頼性の確保への十分な配慮が不可欠であって、試料採取、運搬・保存、前処理、機器分析及び測定値の評価と確定に至る一連の過程で適切な精度管理が要求される。
 特に、分析法開発段階においては試薬や器材等に起因する系統的な誤差を最小限に抑制する操作条件を十分に検討し、回収率、再現性、検出下限値、定量下限値など分析法の性能に関わるパラメータを明確にしておく必要がある。
 また、実試料の測定に際しては、操作手順を標準化しておくとともに、予め試料採取と分析方法の妥当性を検証し、器具・機材・装置の性能評価と維持管理の方法、測定値の確定根拠も含めて、これらが客観的に説明できるような方策をとることが重要である。
 さらに、調査結果の集計・解析においては、検出下限未満、検出下限以上で定量下限未満および定量下限以上の測定値の質的違いに留意して、それぞれの値の取扱いを明確にしておく必要がある。
4.調査体制(表参照)
 検体採取・調製については、全国的に検体を広く収集するため、それぞれの地域の自治体調査機関で実施する。
 分析については、初期環境調査(仮称)は個々の施設の状況にも配慮しつつ自治体調査機関で可能な限り実施する。また、暴露量調査(仮称)及びモニタリング調査(仮称)は民間検査機関等で実施する。
 分析法開発については、主に対応可能な自治体調査機関で実施する。
5.その他の事業
(1) 公表・情報発信、国際的対応
 本調査の一環として、「化学物質環境調査」の対象物質の性状、生産、用途、毒性データ、規制等をまとめた「化学物質要覧作成調査」が昭和54年から毎年実施され、関係機関等に情報提供されてきた。本調査に係る物質等の情報をまとめて提供していくことは重要であり、今後とも以下の点に留意しつつ情報提供をより充実していく。
a)   公表に際しては、精度の高いデータを利用者に分かりやすいようにまとめるとともに、それらを電子化すること等により検索・活用しやすいものとして提供する必要がある。また、マスコミ、ホームページ、出版物等を通じて、広く国民に公表する一方で、専門誌、学会等を通じて専門家に対しても十分な情報提供に努めなければならない。
b)   調査結果及び調査技術についての英語版の資料の作成及びその電子化を進め、国際機関、国際会議等の多様なチャンネルを通じて海外に情報を発信し、本調査の成果の国際的活用を促進するとともに分析法等の調査技術を広く海外に提供することにより、POPs等の環境調査への国際的貢献に資することが必要である。特に開発した分析法等の調査手法については、国際・国内的に標準的な手法となるよう関係機関に積極的に働きかけることが重要である。
(2) 検体保存事業(スペシメンバンク)
 本調査では、採取・調製した検体の一部を冷凍下で長期保存する事業を昭和53年より実施している。保存された検体は、環境汚染物質の長期の傾向を調べるため、新たな有害物質が明らかになった際に過去を検証するため及び新たな有害物質による環境汚染が発生した際のバックグラウンド値を測定するために有用性の高いものである。今後も本調査で得られた検体を長期保存していくとともにPOPs条約に対応していくために、東アジアを含めたアジア太平洋地域諸国と協力して、バックグラウンドを代表する検体の保存を推進していく。

V.終わりに
 化学物質に係る環境調査においては分析技術の高度化がますます進んでいる状態であり、本調査に貢献してきた高度な技術を持った専門家等の環境調査に係る知識・技術の蓄積・継承を推進していく必要がある。また、貴重な技術の有効活用を図るため、自治体間の相互協力として、地域における中核的な自治体調査機関が当該地域の分析を集中して実施する等の対応をしていくことも考えられる。
 現在、環境中の化学物質の調査手法として、操作が簡易で迅速分析可能なELISA法等の分子生物学技術、長期的な生物モニタリング等に応用の可能性があるバイオマーカー及び揮発性の低い物質の高感度分析に応用可能なLC/MS等、様々な技術が開発されている。分析手法の長期的な発展のためには、これらの技術についても、その技術開発の進展に留意した上で、活用するよう努める必要がある。
 さらに、POPsモニタリングにおいては、生態系の頂点に立つ生物という観点から、ヒト生体試料を媒体とした調査の重要性が指摘されている。このため、環境中の化学物質の環境残留性を把握するため、今後、ヒト生体試料を媒体とした調査の拡充についても検討していく必要があるが、その際には、実施方法の十分な検討とともにプライバシーの保護や同意の取得など倫理的な側面にも配慮しなければならない。
 これらの点にも留意しつつ、本調査の実施に当たっては、分析法等のモニタリング手法の開発、環境中からの化学物質の新たな検出及び自治体調査機関等に対する技術向上への支援等のこれまでの実績や成果、他の調査に先駆けたパイオニア的調査及び長期のモニタリング調査等のユニークな特徴を、今後とも継続発展させていくことが重要である。

表 化学物質環境汚染実態調査における今後の調査体制(概念)
 調査
業務
 初期環境調査  暴露量調査※1  モニタリング調査※1
 検体採取・調製  全ての自治体※2  全ての自治体※2  全ての自治体※2
 分析  可能な限りの多くの自治体※2  民間調査機関等  民間調査機関等
 分析法開発  対応が可能な自治体※2
※1 暴露量調査、モニタリング調査の分析法開発は必要に応じて実施
※2 都道府県政令指定都市(59自治体)

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