1.はじめに 2.調査の概要 3.調査結果 4.調査結果の考察 (1)PCB (2)DDT類及びその誘導体 (3)クロルデン類 (4)塩素化ベンゼン類 (5)フタル酸エステル類及びリン酸エステル類 5.参考文献
水質、底質、大気など環境媒体中の化学物質の濃度は、特殊な局地汚染の場合などを除いて一般に極めて低いレベルにあることが多い。しかし、魚類、貝類及び鳥類などの生物には、特定の化学物質が濃縮・蓄積されるため、環境媒体中の濃度に比較して高いレベルを示すことが知られている。また、水質及び大気などの非生物環境試料の測定値は、瞬間値であり時間的なばらつきが大きいのに対して、魚類、貝類及び鳥類の測定値は、ある期間の積分値であり安定していると考えられる。
こうした点に着目し、化学物質による生物の汚染を系統的かつ定期的に測定すれば、人の健康や生態系に対して問題があると考えられる物質の環境中での挙動や汚染レベルの推移の把握など、多くの面で有効に利用し得るデータを得ることが可能となる。
昭和53年度から開始された本調査は、化学物質環境安全性総点検調査の一環として位置付けられており、生物を指標とした化学物質による環境汚染の監視を主な目的としている。
(1) 調査対象地点
調査対象地点は、特定地域(都市や工業地帯の周辺等)の汚染、日本列島周辺の汚染を総合的に把握出来ると期待される場所を選択し、長期的な調査対象地点として設定している。
平成11年度の調査対象地点は全国20地点で、調査対象地点と各地点における採取生物種名を図1に示す。
(2) 調査対象生物
調査対象とする生物種は、指標としての有意性、実用性を考慮するとともに国際的な比較に耐え得るものとし、また、地球的な規模での汚染レベルを把握できる種を含めて、スズキ及びムラサキイガイを中心に魚類8種、貝類2種及び鳥類2種、計12種を選定している(平成7年度の調査から、ウミネコの採取場所が八戸市蕪島に変更されており、また、平成10年度、平成11年度のオオサガは、釧路沖より採取している。)。
平成11年度において調査対象となった各生物種の特性等を表1に示す。
また、表2には、各採取生物ごとに、分析に供した検体の概要をまとめた。ウミネコは、巣立ち前の幼鳥を検体として使用した。
(3) 調査対象物質
調査対象物質は、過去の実績を踏まえ、検出の程度に差がなかったり、ほとんど検出されないようなものについては、一定期間を置いた調査でその消長を追跡することとしている。
平成11年度における調査対象物質は、これまでの知見及び調査結果を踏まえて生物を利用したモニタリングを行うことが必要であると考えられる有機塩素系化合物及び有機スズ化合物等の計24種とした。
a) 有機塩素系化合物(24種) |
||
(ア) PCB | 1種 | PCB |
(イ) DDT類及びその誘導体 |
3種 | p,p'-DDT p,p'-DDE p,p'-DDD |
(ウ) クロルデン類 |
5種 | trans-クロルデン、cis-クロルデン trans-ノナクロル、cis-ノナクロル オキシクロルデン |
(エ) 塩素化ベンゼン類 | 10種 | o-ジクロロベンゼン m-ジクロロベンゼン p-ジクロロベンゼン 1,2,3-トリクロロベンゼン 1,2,4-トリクロロベンゼン 1,3,5-トリクロロベンゼン 1,2,3,4-テトラクロロベンゼン 1,2,3,5-テトラクロロベンゼン 1,2,4,5-テトラクロロベンゼン ペンタクロロベンゼン |
b) 有機スズ化合物 |
2種 |
トリブチルスズ化合物(TBT) トリフェニルスズ化合物(TPT) |
c) フタル酸エステル類 |
2種 |
フタル酸ジ-n-ブチル フタル酸ジ-2-エチルヘキシル |
d) リン酸エステル類 |
1種 |
リン酸トリブチル |
(4) 分析方法の概略
a) 分析に供した試料の概要
(ア) 各地点において採取生物1種につき5検体を調製した。なお、1個体では1検体分の必要量を採取出来ないもの(例えば、ムラサキイガイ)はさらに多数の個体をもって1検体とした。
(イ) 各個体については、次に掲げる部位を採取し、分析用検体とした。
・ 魚類:筋肉の部分
・ 貝類:貝殻を除いたむき身の部分
・ 鳥類:胸筋の部分
b) 分析用検体の調製方法
「生物モニタリング調査マニュアル」(昭和62年5月環境庁環境保健部保健調査室)に従って調製した。
c) 検出方法
有機塩素系化合物及びフタル酸エステル類については、GC-ECD又はGC/MS、有機スズ化合物については、GC-FPD又はGC/MS、リン酸エステル類については、GC-FPD、GC/MS又はGC-FTDにより分析を実施した。
(5) 統一検出限界処理
試料の性状、利用可能な分析装置等が異なるため、各調査対象物質とも前もって検出限界の目標値を定めて分析を行い、結果として、その値をもって統一検出限界値とした。
平成11年度の調査結果は、表3-1、表3-2に示すとおりである。これら表の中から検出頻度の部分のみを抜き出し、調査結果の概要として整理したものを表4に示す。
次に、これまでの調査結果とあわせて、調査対象物質の年度別濃度を各採取地点の生物種ごとにまとめ、表5~表13に示した。
また、各汚染物質の累積検出割合を表14に、主要汚染物質の検出割合の経年推移を魚類及び貝類について集約したものを表15、表16及び図2に、 表17には、平成11年度に調査した物質について、各物質の検出頻度及び検出濃度範囲に関して、平成10年度の結果*との比較を載せた。
調査対象物質ごとの調査結果のまとめ及び考察は、次のとおりである。
なお、有機スズ化合物の調査結果については、本編第5部「平成11年度有機スズ化合物に関する環境調査結果の概要」の項を参照されたい(以下かっこ内の検出状況は平成10年度の値*を表す)。
───────────────────────────────────────────
*:平成10年度に調査を実施していない物質については平成7年度又は平成8年度の結果
a) | PCB(ポリ塩化ビフェニル)は、難分解性で、生物に蓄積しやすくかつ慢性毒性を有するため、昭和49年6月に、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(以下、化学物質審査規制法という)」に基づく第一種特定化学物質に指定されており、環境中の濃度レベルを追跡することは、種々の観点から重要と考えられる。本調査においては、昭和53年度からPCBを調査対象物質として選定し、モニタリングを実施している。 |
b) | PCBは魚類、貝類及び鳥類から検出されており、魚類からの検出範囲は、0.01~0.78μg/g-wet(H10:0.01~0.29μg/g-wet)、検出頻度は、70検体中40検体(H10:70検体中39検体)、地点別検出頻度は14地点中9地点、貝類からの検出範囲は、0.01~0.052μg/g-wet(H10:0.02~0.09μg/g-wet)、検出頻度は、30検体中13検体(H10:30検体中10検体)、地点別検出頻度は6地点中3地点、鳥類からの検出範囲は、0.01~0.02μg/g-wet(H10:0.01~0.02μg/g-wet)、検出頻度は10検体中7検体(H10:10検体中5検体)、地点別検出頻度は2地点中2地点であった。 |
c) | PCBは、昭和47年度までに製造、輸入及び開放系用途の使用が中止され、平成4年7月に「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」に基づく特別管理産業廃棄物に指定されているが、なお延べ14地点から検出されている。平成11年度の調査結果は、PCBが依然として広範な地点の環境中に残留していることを示している。
PCBについては、全地球的な汚染監視の観点からも、今後さらにモニタリングを継続しその消長を追跡する必要がある。 |
a) | DDTは、ヘキサクロロシクロヘキサンやドリン類と共に多用された殺虫剤である。農薬としての使用は、昭和46年以降中止されている。また、昭和56年10月には、ドリン類と併せて化学物質審査規制法に基づく第一種特定化学物質に指定された。DDTには芳香環に置換している塩素の位置によっていくつかの異性体があるが、本調査においては、DDTの有効成分であるp,p′-DDTのほか、o,p′-DDTを、また、DDTの環境中での分解産物であるo,p′-DDD、p,p′-DDD、o,p′-DDE、p,p′-DDEの4種の誘導体も含めて、昭和53年度から調査対象物質として選定し、モニタリングを実施しており、平成11年度はこれら6物質のうち、p,p′-DDT、p,p′-DDD及びp,p′-DDEの3種について、モニタリング調査を実施した。 |
b) | p,p′-DDTは魚類及び鳥類から検出されており、魚類からの検出範囲は0.001~0.026μg/g-wet(H10:0.001~0.005μg/g-wet)、検出頻度は70検体中15検体(H10:70検体中35検体)、地点別検出頻度は14地点中6地点、鳥類からの検出範囲は0.001~0.002μg/g-wet(H10:0.001~0.002μg/g-wet)、検出頻度は10検体中5検体(H10:10検体中6検体)、地点別検出頻度は2地点中1地点であった。 p,p′-DDEは魚類、貝類及び鳥類から検出されており、魚類及び貝類からの検出範囲は0.001~0.016μg/g-wet(H10:0.001~0.021μg/g-wet)、検出頻度は100検体中61検体(H10:100検体中79検体)、地点別検出頻度は20地点中16地点であった。また、鳥類からの検出範囲は0.007~0.13μg/g-wet(H10:0.010~0.14μg/g-wet)、検出頻度は10検体中10検体(H10:10検体中10検体)、地点別検出頻度は2地点中2地点であった。 p,p′-DDDは魚類、貝類及び鳥類から検出されており、魚類及び貝類からの検出範囲は0.001~0.009μg/g-wet(H10:0.001~0.009μg/g-wet)、検出頻度は100検体中31検体(H10:100検体中39検体)、地点別検出頻度は20地点中7地点であった。鳥類からの検出範囲は0.002μg/g-wet(H10:不検出)、検出頻度は10検体中1検体(H10:不検出)、地点別検出頻度は2地点中1地点であった。 |
c) | 各物質の検出範囲はこれまでと比べ大きな差異はなく、これまでと同様に鳥類からのp,p′-DDEは他のDDT類からの検出値に比べて高い濃度で検出された。また、魚類のp,p'-DDTの検出頻度が、前年度調査と比べて大きく減少した。 p,p'体DDT類は、低いレベルながら広範囲に環境中に残留しており、また、全地球的な汚染監視の観点からも、今後ともモニタリングを続けていく必要がある。 |
a) | クロルデン類は、昭和57年度に実施された精密環境調査の結果、広範囲にわたる地点の底質及び魚類から検出されたため、昭和58年度から新たに調査対象物質として加えられたものである。我が国においては、木材(一次加工)用及び合板用に用いられたり、白アリ防除のために家屋等に使用されたりしたが、難分解性等の性状を有するため、昭和61年9月、化学物質審査規制法に基づく第一種特定化学物質に指定された。工業的に生産されたクロルデン類の組成は多岐にわたるが、本調査では、クロルデン類8物質を調査対象物質とした昭和57年度精密環境調査において特に検出頻度が高かった5物質を調査対象物質として選定している。 |
b) | trans-ノナクロルは、魚類、貝類及び鳥類から、trans-クロルデン及びcis-クロルデン、は、魚類及び貝類から、cis-ノナクロルデンは、魚類から、オキシクロルデンは、貝類からそれぞれ検出された。魚類における物質別の検出範囲は0.001~0.011μg/g-wet(H10:0.001~0.010μg/g-wet)、クロルデン類全体では0.001~0.027μg/g-wet(H10:0.001~0.026μg/g-wet)、貝類における物質別の検出範囲は0.001~0.019μg/g-wet(H10:0.001~0.016μg/g-wet)、クロルデン類全体では0.002~0.027μg/g-wet(H10:0.002~0.022μg/g-wet)、鳥類はtrans-ノナクロルのみが検出され、検出範囲は、0.001μg/g-wet(H10:0.001~0.002μg/g-wet)であった。魚類及び貝類におけるこれらクロルデン類の検出頻度は、魚類で70検体中32検体(H10:70検体中40検体)、地点別検出頻度は14地点中8地点、貝類で30検体中15検体(H10:30検体中20検体)、地点別検出頻度は6地点中3地点であった。また、鳥類ではtrans-ノナクロルが10検体中2検体(H10:10検体中6検体)、地点別検出頻度は、2地点中1地点で検出された。 |
c) | クロルデン類は、比較的近年まで使用されてきており、検出頻度も前年度と比較して減少したものの依然として高い。また、全地球的な汚染監視の観点からも、今後とも環境中における残留状況を注意深く追跡していく必要がある。 |
a) | 塩素化ベンゼン類では、PCB類似物質としてヘキサクロロベンゼンが昭和53年度から調査対象となっていたが、昭和55年度からは新たに塩素が2~5個置換した一連の塩素化ベンゼン類をモニタリング対象物質とした。塩素化ベンゼン類には、塩素置換位置による異性体が存在するため、計10種について調査した。 |
b) | 検出状況は、1,2,4-トリクロロベンゼンが魚類から検出されており、検出範囲は、0.001~0.003μg/g-wet(H8:0.001~0.002μg/g-wet)であった。検出頻度は、70検体中5検体(H8:70検体中5検体)、地点別検出頻度は14地点中1地点で大阪湾で検出された。その他9物質については、不検出であった。 |
c) | 塩素化ベンゼン類は、殺虫剤、トランス油等広範囲な用途に用いられており、国内生産量1) は26,351トン(平成10年)、27,203トン(平成9年)、22,870トン(平成8年)、その輸入量2) は、8,310トン(平成11年)、9,073トン(平成10年)、9,253トン(平成9年)と多い。全国的な規模でモニタリングを行い、その環境中の消長を把握することは意義がある。ただし、塩素化ベンゼン類は、検出頻度が非常に低いために、従来どおり一定期間をおいた調査でその消長を把握できると考えられる。 |
a) | プラスチックスの可塑剤として広く用いられているフタル酸エステル類及びリン酸エステル類の中で、フタル酸ジ-n-ブチル、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル及びリン酸トリブチルについては、昭和55年度から調査対象物質として選定しモニタリングを行っている。これらの物質については昭和49年度~昭和52年度の環境調査等において相当の頻度で検出された物質である。しかし、本モニタリングでは、近年、検出頻度が低下している。このため、フタル酸エステル類及びリン酸エステル類は、平成7年度以来の調査である。 |
b) | 検出状況は、フタル酸ジ-n-ブチルは、鳥類、魚類及び貝類とも不検出であった(H7:貝類から検出、検出範囲0.1μg/g-wet、30検体中2検体)。フタル酸ジ-2-エチルヘキシルは、魚類のみから検出された。その検出範囲は、0.1~0.11μg/g-wet(H7:魚類不検出、貝類のみ検出 0.01μg/g-wet)、検出頻度は、70検体中2検体(H7:貝類 30検体中4検体)、地点別検出頻度は、14地点中2地点(H7:貝類 6地点中1地点)であった。リン酸トリブチルは、魚類及び貝類から検出されており、魚類の検出範囲は、0.011~0.013μg/g-wet(H7:不検出)、検出頻度は、70検体中4検体、地点別検出頻度は14地点中1地点であり、貝類の検出範囲は、0.016~0.027μg/g-wet(H7:0.01μg/g-wet)、検出頻度は、30検体中5検体(H7:30検体中1検体)、地点別検出頻度は6地点中1地点であった。 |
c) | フタル酸エステル類及びリン酸エステル類は広範囲に用いられ、フタル酸ジブチルの国内生産量1) は、11,516トン(平成10年)、17,631トン(平成9年)、16,720トン(平成8年)、その輸入量2)は、484トン(平成11年)、253トン(平成10年)、163トン(平成9年)、フタル酸ジオクチルの国内生産量1)、260,529トン(平成10年)、309,719トン(平成9年)、314,760トン(平成8年)、その輸入量2) は、7,220トン(平成11年)、6,394トン(平成10年)、9,138トン(平成9年)、リン酸系可塑剤の国内生産量1) は、14,349トン(平成10年)、17,426トン(平成9年)、16,415トン(平成8年)、リン酸エステル及びその塩並びにこれらの誘導体の輸入量2) は、6,997トン(平成11年)、5,114トン(平成10年)、5,473トン(平成9年)と多い。このため、全国的な範囲で引き続きモニタリングを行い、その環境中の消長を把握することは意義があるものと考えられるが、検出頻度が低いことから、従来どおり一定期間を置いた調査で、その消長を把握することができると考えられる。 |
1) 通商産業省大臣官房調査統計部編, 平成10年化学工業統計年報、(財)通商産業調査会出版部, 1999
2) 大蔵省関税局、貿易統計月報12月(1999),(1998),(1997)