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環境省保健・化学物質対策科学的知見の充実及び環境リスク評価の推進化学物質の内分泌かく乱作用に関するホームページ対談・コラム >コラム・エッセイ(26)

対談・コラム

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魚類の繁殖におよぼす内分泌かく乱化学物質の影響

長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科
附属環東シナ海環境資源研究センター
征矢野 清
(2013年3月7日 掲載)

 内分泌かく乱化学物質の多くは、その構造的特徴から女性ホルモン様の作用を持つことが知られている。そのため、古くから野生生物を雌化させる物質として注目されている。「雌化」とは言うものの、完全に雄が雌になるわけではなく、雄の機能が減退し、代わって雌の機能が強く発現することが多い。これらの現象は、特に魚類をはじめとする水棲生物でよく観察されている。魚類は、我々人間と同じ脊椎動物であるが、性の決定は必ずしも遺伝的支配を受けない。もちろん我々と同様に性決定遺伝子によって性を確定する種もいるが、雄から雌に性転換するもの、雌から雄に性転換するもの、雌雄双方向の性転換をするもの、完全な雌雄同体で自家受精するものなど、性の表現型は極めて多様である。さらに、遺伝子によって支配される性決定様式を持つものですら、水温を始めとする外部環境要因の影響を性分化期に受けると、簡単に性を転換する。つまり魚類の性は極めて曖昧である。それゆえ、女性ホルモン様の作用を持つ化学物質によって、魚類はいとも簡単に「雌化」する。さらに,魚類が暮らす水圏は、化学物質のたまり場と言っても過言ではない。人間が使用した化学物質は、様々な経路を経て水圏へと運ばれる。家庭排水や工場廃水に含まれる化学物質は、直接水圏へ流入する。農薬や排気に含まれる化学物質は、降雨によって水圏に加入する。このように、魚類は揺らぎの大きい性決定・性分化機構を持つばかりではなく、「雌化」を惹き起こす化学物質に曝されやすい生物である。

 魚類において内分泌かく乱物質によって誘導される代表的な生殖異常は、雄の精巣に卵母細胞が出現する精巣卵の形成である。これは精巣中に卵母細胞が出現する現象であるが、多くの場合未熟な卵母細胞が精子となる細胞に混ざって出現する。まれに、卵黄蓄積を開始した卵母細胞を持つ個体が出現する。これは、雄の機能と雌の機能が同居していることを示す。精巣の発達は本来雄が持つ内因性の男性ホルモンによって支配されている。しかし、雄における卵母細胞の形成や卵黄蓄積の進行は、外因性の女性ホルモン様化学物質の影響に依ると考えられる。これらの個体でも、精子形成が優先的に進めば雄として機能するが、さらに化学物質の影響を強く受けると、生殖腺そのものが退縮し,配偶子を形成しない。このような個体は次世代生産に関わることができない。

 この他によく知られている生殖異常として、雄における卵黄タンパク質前駆物質の発現がある。卵黄タンパク質の元となるこのタンパク質はビテロジェンと呼ばれ、女性ホルモンの刺激によって雌の肝臓で合成される。肝臓の能力には性差がないことから、雄が女性ホルモンの働きをする内分泌かく乱化学物質を取り込むと、やはりこのタンパク質を大量に産生する。このタンパク質は卵母細胞に取り込まれて将来孵化した仔魚の栄養となるが、雄では卵母細胞が存在しないことから、利用されない。ビテロジェンを大量に合成する雄でも、精子形成が正常に進行すれば、雄として繁殖に参加することは可能である。しかし、ビテロジェニンを大量に誘導するほどの女性ホルモンあるいはその作用を持つ化学物質が恒常的に体内に取り込まれる環境にある雄では、性ホルモンの支配を受ける性行動が阻害されたり、生殖腺以外の生殖器官が退縮するなど別の雌化が誘導される可能性がある。このように女性ホルモン作用を持つ内分泌かく乱化学物質は、魚類の次世代生産への関与を低下させる可能性が高い。

 実際に天然から採取した魚類において、上述した異常は見つかっており、内分泌かく乱化学物質が魚類の性に影響していることが明らかとなっている。しかし、繁殖への参加が困難だと考えられるほどの重篤な異常個体が見つかることはまれである。これを理由に、内分泌かく乱化学物質は魚類の繁殖に多少は影響を与えるものの、次世代生産そのものには影響しないのではないかとの見方をする研究者もいる。しかし、天然における内分泌かく乱化学物質の影響調査は、成魚を対象としたものであり、環境変動に極めて敏感な孵化したての仔魚や稚魚への影響調査はほとんど行われていない。親魚が高濃度の内分泌かく乱化学物質にさらされた場合、孵化した仔魚は骨形成異常などの奇形を示すことが実験的に確認されている。このような個体は、その後生存することができない。異常な孵化仔魚はすぐに死滅するあるいは他の生物に捕食されることから、天然環境においてこれを見つけることは困難である。それゆえに、天然環境に生息する魚類の次世代生産に及ぼす内分泌かく乱化学物質の影響は正しく評価されていない。これからは成魚への影響もさることながら、仔稚魚への影響を詳しく調べることによって、正しい内分泌かく乱物質の影響評価を行う必要がある。

 我々日本人は、古くから魚介類の恵みを受け暮らしてきた。また、これが我国特有の文化の基盤の一つとなっている。今後も、これらの水産資源を利用し続けるためには、持続的な次世代生産が可能な環境を守り続けなければならない。内分泌かく乱物質の汚染状況とその生物次世代生産に及ぼす影響を正しく把握するための研究を継続することは、このような理由においても極めて大切なことである。