保健・化学物質対策

内分泌かく乱作用についての科学的理解の前進―疾病を予防する新たな機会の創出

Environmental Health Sciences
CEO/チーフサイエンティスト
ジョン・ピーターソン・マイヤーズ(Ph.D)
Environmental Health News(外部サイト)
(2009年1月14日 掲載)

ジョン・ピーターソン・マイヤーズ氏


 私がシーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキとともに『奪われし未来』を出版して、内分泌かく乱作用についての議論を世に問うてからほぼ12年の歳月が流れた。

 この本がなし得たもっとも重要な貢献は、人の疾病や障害が起こる上で内分泌かく乱物質が果たす役割について、解明されるべき一連の科学的問題を提起したことであった。
 この本のなかで私たちは科学的確実性を求めたのではない。当時(1990年代後半)、この問題の科学的研究に多額の資金を投ずるに十分な科学的証拠はすでに得られていた。科学的に説明できそうなさまざまな影響が、無視できない規模で広がっていたのである。

 私達を含めさまざまな人々が呼び起こした一般社会の関心は、日本を始め世界各国の政府を動かし、必要な研究への資金投入を促した。過去10年の間に、数億ドルが内分泌かく乱作用に関する諸問題の研究に注入されてきた。 これらの資金により、内分泌かく乱物質の影響を示す科学的証拠はこの10年で大幅に強固なものとなった。汚染物質がどのように不妊を起こし、あるいはガンのリスクを高め、免疫系を弱め、神経機能と知的発達を損なうかについて、かなりのことがわかるようになった。こうした健康面の問題の一つ一つに、内分泌かく乱作用が関わっているとする根拠は弱まるどころか、格段に強くなった。
 さらに衝撃的なことに、『奪われし未来』では検討しなかった他の健康問題にも、内分泌かく乱作用が関わっている可能性の高いことがわかってきた。なかでももっとも重要なのが、2型糖尿病、肥満、そして心臓病を含むメタボリック症候群である。ビスフェノールA(BPA)についての初めての大規模な疫学研究が、世界有数の医学雑誌JAMA(Journal of the American Medical Association)に2008年に発表されたばかりだが、この研究はBPAと心臓病、2型糖尿病、肝臓疾患との関与を強く示している。疫学研究によるこの結果は、人の脂肪細胞での実験結果とも一致し、動物実験から予測されてもいる。

 『奪われし未来』から10年を経た現在、世界で環境健康諸科学は大きな変革の途上にある。この科学はこれまでも容易なものではなかったし、完成されているわけでもない。科学的研究を進めれば進めるほど、さらに多くの疑問が生み出されるからである。さらに、未だ不確実な問題を解決できてもいない。科学とは決して確実なものではないのだ。

 この変革の中で2つのテーマがはっきりと姿を現し始めている。
 その1つは、これまで私達が何十年もの間、化学物質の安全性を評価する上で拠り所としてきた毒物学や疫学の手法が、内分泌かく乱物質には使えないということである。実際のところ、これらの手法はさまざまな化学物質のリスクを過小評価してきた可能性が高い。それは日本を含むこんにちの安全基準の多くが公衆衛生を守るには十分ではないということである。
  2つ目は、最近の研究を反映したものへと安全基準を改めることで、疾患を予防する多くの機会が、そしておそらくは医療コスト削減につながる機会が見出されつつあるということである。さらに、汚染物質への曝露が原因と考えられるようになった疾患の中には、世界に大きな負担を強いているものが含まれている。

 たとえば前述のBPAの例はその可能性をよく表している。2型糖尿病と心臓病は、先進国ではすでに広範に広がっており、途上国でも増加中である。この2つが経済に及ぼす負担は膨大である。米国では2型糖尿病による負担は毎年2,180億ドルに上ると推定される。JAMAの報告は、この2型糖尿病と心臓病のリスクが、BPAへの曝露を減らすことで減らせる可能性を示している。これまで、事実上いかなる医学的介入もこの疾患の広がりを抑えられないでいることを考えれば、BPAへの曝露を減らすことは考慮されてしかるべきであろう。

 BPAが不妊、自然流産、神経発達障害、前立腺ガンおよび乳ガンの原因ともなる可能性を複数の研究が示している。一方、抗ガン剤開発のための標準ツールを用いた医療研究では、こうしたガンの標準的治療法にBPAが干渉する可能性が示されている。したがって、BPAへの曝露の低減は、健康面と経済面をあわせた多重の効果が上る可能性が高い。

 環境健康科学はそれ自体が有力なものへと発展しつつあるだけでなく、化学の分野の変化を促してもいる。これまで化学者は、自ら作り出した物質の毒性について問いかける責任はなかった。化学者は新たな化合物を合成し、材料特性を特定し、応用法を探す。物質が有害かどうかを明らかにするのは彼らの仕事ではなかった。そのために、危険な物質が市場に出回り、広く使用され、ついには人々に害を及ぼすに至る事例が数多く生み出された。いったん広まった物質を回収することはきわめて困難である。

 環境にやさしい化学に取り組む新たな世代の化学者「グリーン・ケミスト」たちが、環境健康科学分野の研究者と協力して、化学物質の設計段階で物質の毒性を調べるという取り組みが始まっている。彼らの目的はそもそも有害な物質を作らないことにある。この取り組みは、化学産業に大きく広範な革新をもたらすものと思われる。
 環境健康科学の変革とグリーンケミストリーは、人々の健康と経済的革新に向けて大いなる可能性を秘めている。今後なすべきことは多いが、『奪われし未来』からの10年の、確かな進展がここにある。

 

英語原文

略歴

ジョン・ピーターソン・マイヤーズ氏は、Environmental Health Sciences(Environmental Health News(外部サイト) および The Daily Climate(外部サイト)を発行)の創設者であり、CEO兼チーフサイエンティスト。カリフォルニア大学バークレー校にて生物科学で博士号を、リード・カレッジで文学士号を取得。1990年から12年間、バージニア州シャーロッツビルのW.アルトンジョーンズ財団のディレクターを務めた。1996年、環境汚染が胎児の発達を脅かす恐れをめぐり科学的根拠を探った『奪われし未来』を、シーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキと共著。マイヤーズはこの本の刊行以降、ウェブサイトOurStolenFuture.orgの発行責任者として、内分泌かく乱作用についての数多くの科学記事を集め、メディアや一般の人々が利用できるようにしている。
現在、マイヤーズ氏は人の健康に対する内分泌かく乱作用の影響に関する基礎研究に積極的に取り組んでいる。科学・経済・環境のためのジョン・ハインツ・センター、Environmental Grantmakers Association(環境助成団体協会)、ジェニファー・アルトマン財団の理事。
マイヤーズ氏はまたすぐれた写真家でもある。2008年3月にはバーモント州ブランドンとバージニア州シャーロッツビルで作品の展示会が開催された。