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環境省保健・化学物質対策科学的知見の充実及び環境リスク評価の推進化学物質の内分泌かく乱作用に関するホームページ内分泌かく乱作用とは >詳細編:内分泌とは何か ~無脊椎動物の内分泌系~

このサイトで使用する用語の解説

内分泌かく乱作用 endocrine disruption
生体の複雑な機能調節のために重要な役割を果たしている内分泌系の働きに影響を与え、生体に障害や有害な影響を引き起こすことです。
内分泌かく乱(化学)物質 endocrine disruptor
内分泌かく乱作用をもつ化学物質のことです。日本政府の見解では「内分泌系に影響を及ぼすことにより、生体に障害や有害な影響を引き起こす外因性の化学物質」とされています。
世界保健機関/国際化学物質安全性計画(WHO/IPCS)の見解では「内分泌かく乱化学物質とは、無処置の生物やその子孫や(部分)個体群の内分泌系の機能を変化させ、その結果として健康に有害な影響を生ずる単一の外因性物質または混合物である」とされています。
環境ホルモン environmental hormone
科学的名称内分泌かく乱化学物質の通称として環境ホルモンという語が使われることがあります。環境中に存在してホルモン様の作用を示すものという意味です。
化学物質
このサイトにおいて化学物質という語は、chemical(非意図的生成物を含む人工の化学物質)のみを指すわけではなく、英語におけるsubstance(物質)の意味で用いられます。
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アンケート

「内分泌かく乱作用とは」

内分泌かく乱作用とは
詳細編

「詳細編」

内分泌とは何か ~無脊椎動物の内分泌系~

 無脊椎動物とは脊椎動物以外の後生動物を示し、発生の一時期を除いては脊椎や脊索を持たない動物の総称である。後生生物28門のうち27門が無脊椎動物であり、全動物種の95%を占めている。無脊椎動物は多様ではあるが、その生育、生殖、恒常性維持などについては神経系と内分泌系の全動物に共通の制御原理を有している事に変わりない。神経系による生体制御は、脳を含めた中枢神経系に分布している生体調節装置の神経分泌細胞によって担われており、ホルモンとしてや神経伝達物質として働く神経ペプチドを合成・分泌している。神経ペプチドホルモンは内分泌系の調節だけではなく、直接末梢組織に働き、様々な生理現象の調節にも与っている。神経ペプチドは全ての後世動物に共通のものと、無脊椎動物に固有に存在するものの2通りが知られており、生物機能としての共通性と種の多様性のバランスがとられている。しかしペプチドのアミノ酸構成による特異性は一般の化学物質とはその構造が異なるため、神経ペプチドがいわゆる内分泌かく乱化学物質によって直接その作用がかく乱される可能性は低いと考えられる。

無脊椎動物の中で、9割程度を占めているとされる昆虫や甲殻類などの節足動物は、外骨格としての外皮を発達させており、旧い外皮を脱ぎ捨てる脱皮を繰り返して成長する。さらに昆虫は脱皮と同時に生理的、形態的、生態的な変化である変態を伴って生活史を全うする。脱皮と変態は、上皮性の内分泌器官から分泌される末梢ホルモンである脱皮ホルモン(エクジステロイド)と幼若ホルモン(ジュベニルホルモン)と呼ばれる2種類のホルモンの制御下にあることが知られている。エクジステロイドは脱皮を誘導し、ジュベニルホルモンは生育ステージの維持に寄与すると言われている。つまりジュベニルホルモン濃度が高い時にエクジステロイドが作用すると幼虫から幼虫に脱皮を起こし、ジュベニルホルモン濃度が低い時またはまったく無い時には蛹や成虫への変態脱皮が起こる。これらのホルモンは無脊椎動物に特有でありかつ広く存在しており、脱皮、変態のみならず生殖、胚発生、休眠の制御にも関わっている。このように無脊椎動物は多様性に富み、脱皮、変態、生殖、繁殖などの機構は生物種ごとに特異的であり、たとえ分類学上ごく近縁とされる生物の間でも大きな違いが認められるにもかかわらず、上記2種類の抹消ホルモンがその多様性を支えてきている。

エクジステロイドはステロイドホルモンの一種であるが、脊椎動物のステロイドホルモンとは化学的な性状が異なっている。主要な合成・分泌器官は前胸腺であるが、卵巣、精巣、真皮細胞でも合成される。前胸腺から血中に放出されるエクジステロイドは3-デヒドロエクジソンとエクジソンであり、それらは血液中や末梢組織器官でさらに還元と水酸化を受け、活性型の20-ヒドロキシエクジソンとなりホルモン作用を担う。ジュベニルホルモンはセスキテルペンであり、上皮性内分泌器官であるアラタ体で合成される。ジュベニルホルモンの活性物質として、昆虫ではジュベニルホルモン-0, -I, -II, -III,ビスエポキシジュベニルホルモン-III,の5種類が知られている。なかでもジュベニルホルモン-IIIは鱗翅目以外のほとんどの昆虫の活性物質である。ジュベニルホルモンは血中ではジュベニルホルモン結合蛋白(JHBP)と結合して存在している。JHBPと結合したジュベニルホルモンは、血液中のエステラーゼによる分解から保護されて標的細胞に運ばれ、その細胞表面でジュベニルホルモン受容体と結合して核に入り、遺伝子発現の調節に至る、と考えられているが、それらの詳細についてはほとんど解明されていない。
節足動物の性分化は昆虫(ショウジョウバエ)では厳密に遺伝的に決まっており、性ホルモンの関与は未だ明らかにされていないが、甲殻類(ダンゴムシなど)では造雄腺と呼ばれる甲殻類の雄のみに存在する組織で合成されるペプチド性の造雄腺ホルモンが、雄性化を促進する活性を持つことが分かっている。化審法の生物試験や、無脊椎動物の内分泌かく乱化学物質スクリーニング法の試験生物として提案されているミジンコも甲殻類の一種であり、20-ヒドロキシエクジソンがエクジステロンとして作用していることは間違いないと思われるが、ジュベニルホルモンやペプチドホルモンについてはほとんど解かっておらず今後の研究を待たなくてはならない。


参考文献

図解 生物科学講座2 内分泌学 川島誠一郎 編著 朝倉書店
ホルモンの分子生物学8 無脊椎動物のホルモン 日本比較内分泌学会編 学会出版センター
環境昆虫学 行動・生理・化学生態 日高敏隆・松本義明 監修 東京大学出版会
INSECT HORMONES H.Frederik Nijhout, PRINCETON
応用昆虫学の基礎 中筋房夫、内藤親彦  他著 朝倉書店