コラム

2007.12.19

「学校のアスベスト対策に関する保護者からの相談対応について」

化学物質アドバイザー 小森敦史

平成18年5月に、アスベスト対策工事を予定している学校に通学する生徒の保護者から寄せられた相談への対応事例を紹介します。

1.相談の経緯

平成17年6月以降、アスベストによる中皮種や肺がん等の健康問題が広く一般に知られるようになり、建物に使用されているアスベストやアスベスト含有の建材について除去や封じ込めなどの対策工事が各地で実施されるようになりました。

築年数の古い学校の校舎には、防火や防音などの目的でアスベストが使用されているものが多くあります。相談者のお子さんの学校にもアスベストが使用されており、夏休みを利用してアスベストを除去する対策工事が予定されていました。

相談者は、学校側に生徒たちの健康に配慮した対策工事を要望したいとの考えでしたが、学校側から説明されるアスベスト調査の結果や対策工事について、それが適切なものであるかがよく分からず、思案に暮れる状況でした。

そうした中で化学物質アドバイザーの制度を知り、事務局に相談が寄せられました。私は、アスベストの調査や対策工事に関係する仕事をしていたこともあり、この件を担当することになりました。

2.相談への対応

私が最初に行ったのは、状況確認のための電話による相談者への聞き取り調査でした。まず相談者から相談に至る経緯と相談内容について話を聴き、その上でいくつかの質問をして次の事項を確認しました。

●アスベストの使用箇所とその構造(おおまかに)
●使用されているアスベストの量、空気中のアスベスト粉じん濃度測定の有無
●学校側の説明内容
●相談者が何を知りたいのか、何に不安を感じているのか

聞き取り調査は1時間にわたりましたが、相談者がアスベスト対策についてある程度の知識を持っており、必要な情報を提供することで、ご自身で問題解決の糸口が見出せると考えました。

そこで、相談者がまだ把握していない情報について、関係する資料を郵送し、その内容を電話で解説することにしました。資料は、文部科学省、国土交通省及び環境省がホームページに公開している資料で、その分量は約140ページに及びました。解説するページに付箋をして送り、2回に分け、計1時間30分かけて電話で一つひとつの項目について丁寧に解説していきました。これによって、学校側と相談者の間に生じていた知識のギャップは、かなり埋めることができたと思います。

また、アスベストの環境リスクについては、次の事項を説明しました。

●アスベストは発がん物質であり、わずかであっても発がんの可能性がある。
●アスベストによる発がんのメカニズムや、どの程度の量で発がん率がどの程度になるかは、十分に解明されていない。環境基準も定められていない。
●問題になるのは飛び散った空気中の細かなアスベスト粉じん(繊維状粒子)であり、そのアスベスト粉じんを多量に吸い込むと発がんのおそれがある。逆に、アスベスト粉じん濃度が一般的な環境濃度と同程度であれば、発がんのおそれは非常に小さい。

その後も、対策工事が実施された8月までの3ヵ月間にわたって、計15回以上にわたり、電話や電子メールによって情報提供や質疑応答を行い、相談者が納得したり不安を解消できたりするまで対応させていただきました。

3.感想

今回のように個人の依頼者からの相談対応というのは、化学物質アドバイザーとしては異例中の異例であり、面会することなく全てを資料の郵送とファクシミリ、電話や電子メールで対応しました。面識が無くとも、お互いの信頼関係と説明などに十分な時間をかけることで、化学物質アドバイザーの役割を十分に果たすことができることを示す事例になったと思います。

さらに、今振り返って考えてみると、この相談対応では単に情報の提供・解説にとどまらず、相談者がリスク問題に対する考え方を整理するのを、化学物質アドバイザーが支援していたと言えます。

多くの場合、市民が法令情報やリスク情報を受け取っても、その情報だけでは具体的に何をどうしたらよいかという意思決定は難しいものです。リスク問題に対する意思決定は、その人の価値観や考え方がきちんと整理されていて初めて可能になると思います。

私は、中立的な立場で化学物質に関する客観的な情報を提供する化学物質アドバイザーが、今回のようなリスク問題に直面する市民の意思決定に大きく貢献できるものと考え、今後ともそうした方々の良き相談相手でありたいと思います。