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大臣記者会見・談話等

細野大臣記者会見録(平成24年1月6日(金) 10:50 〜 11:04  於:環境省22階第1会議室)


1.発言要旨

 今日は私の方からは特段、発言はありませんので、御質問にお答えします。

2.質疑応答

(問)1月の幹事者の共同通信の太田です。本年もよろしくお願いいたします。
 早速ですけれども、福間県の中間貯蔵施設の問題について、双葉町長が町内の設置は認められないということで反対の立場を明確にされました。このことについての大臣の率直な受け止めをお願いします。
(答)中間貯蔵施設につきましては昨年の秋から、そして年末には改めて双葉郡にということで、私のほうから要請をさせていただきました。特に避難をされている町村の皆さんには一番御苦労をお掛けをしていますので、そういった方々に更なる中間貯蔵施設という御負担をおかけするのは大変心苦しいという思いを、ずっと私の中で持ち続けてまいりました。その一方で中間貯蔵施設ができなければ仮置場がなかなかできませんので除染が進まないという、どうしてもこれはなんとか作らなければならない、そういう施設だというふうに考えましてお願いをしたということです。まだまだ十分な理解は得られていないところがあるのだというふうに思いますので、できるだけ丁寧に御説明をさせていただいて、私どもとしては本当に御理解をいただく道を探っていくしかありませんので、努力していきたいというふうに思います。

(問)関連として今後の協議の進め方なのですが、福島県が各郡の首長さんの意見集約などを進める姿勢を見せていますけれども、当面は意見集約を見守っていくということになるのでしょうか。
(答)福島県がこの問題の真ん中に入っていただいて取り組んでいただいていることは非常にありがたいと思っております。お願いするのは私ども国の立場ですので、そこは如何様なる形でもお願いをしっかりとさせていただくという姿勢ですので、今後の運び方については福島県であるとか、関係の市町村と相談をしながら考えていきたいというふうに思っています。今の時点でこういうやり方でということで決めているわけではありません。

(問)がれきの広域処理に関してなのですけれども、東京都に続く形で徐々に前向きな動きは見えていると思うのですが、被災地の住民が実感できるような成果にはなかなかつながっていないと思うのですけれども、年が明けて、環境省として何か新しいアプローチとか、そういったものは今検討されているのでしょうか。
(答)広域処理については環境省としても私としても、去年の秋からはかなりの力を注いでやってきたという、そういう経緯がございます。恐らく私が扱ってきた時間の中でもこれが一番多くの時間だったのではないかというふうに思っております。それはこれまでなかなか表面に出にくい水面下のものがほとんどだったわけですが、やはり国民の皆さんに理解を得ていくためには、しっかりと見える形で要請をしていかなければならない時期が来ているのではないかというふうに思っております。大事なことは、やはり被災地にとって、この廃棄物の処理というのが復興・復旧への大きな壁になってしまっている。ここを乗り越えないと宮城県、岩手県の復興は進まないという、このことを是非全国の皆さんに分かっていただきたいと思うのです。これまで全国から被災地に対して非常に温かい御支援をいただいたことは、これは本当に、私も担当する閣僚の一人として心より感謝を申し上げたいというふうに思いますが、やはり全国が被災地の問題を我がものと考えて、我がことと考えてやっていただくためには、やはりこれは象徴的な、私は課題になってきているのではないかというふうに思いますので、更に要請を強めていきたい、お願いをさせていただきたいと思っております。その際に安全の確認というのは最も重要なことですが、これについては十分な確認をもうしておりますし、更に個別にお願いをする際には徹底した濃度の測定も含めてやっていく姿勢でございますので、そこも含めて国が責任を持ってやっていきたいと思っております。

(問)朝日新聞の関根です。昨年の原発事故直後なのですけれども、想定し得る最悪のシミュレーションというのを内々でされていて、その結果というのも今後の対策にいかしたというような話があったようなのですけれども、こちらのシナリオを作る目的と、それから作成の経緯、それからこれまで対外的な公表というのをしてこられなかったということ、その理由についてできる範囲でお願いいたします。
(答)多分、御指摘のものは3月25日に近藤駿介原子力委員長の名前で出ている福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描というものだというふうに思うのですが、これは3月25日ですので事故発生直後に様々な当初予想していなかった事態が起こったことを受けまして、菅総理の指示で、当時私は補佐官をやっておりましたので、私自身も菅総理に申し上げて、本当の最悪のシナリオは何なのかということを政府として検討すべきだということになって、原子力委員長である近藤駿介氏に私のほうから依頼をしたという、そういう経緯です。
 既に情報公開されておりますので、請求していただければそれに応じる形になっておりますので、請求いただければというふうに思うのですが、ここで想定をしております最悪のシナリオというのは、1号機の原子炉そのものが水素爆発をして、まさに制御不能になったと。原子炉そのものが水素爆発したという、そういう意味では相当想定をしにくいシナリオをあえて描いたわけです。その場合に、4号機のプールの水が空になって燃料から放射性物質が外に出た場合はどの程度広がるのかという、そういうシナリオです。それを公表しなかった理由なのですけれども、一つありますのは、万が一そういう事態になった場合にも、そういった区域に4号機のプールから放射性物質が拡散するには相当の時間がかかりますので、そうした事態は格納容器自体の水素爆発というのは、当時もう建屋が水素爆発しておりましたので、実質的にはもう格納容器自体が一定の損傷を受けているというのは明らかでしたので、もう考えられないだろうということをあえて考えて作ったシナリオだったわけです。そういう、あくまで仮定に沿ったシナリオであったことと、そういったことが仮に万々が一生じたとしても十分に避難をする時間があるということでしたので、それをあえて公表することは様々な皆さんに過度な、必ずしも必要がない心配を及ぼす可能性があるのではないかということで公表を控えました。このことは菅総理、そして私、それ程度で情報はその外には出しておりませんので、極めて限られた人間の中でやったということです。それでも万々が一に備えて、様々な政府としての備えはしておくべきだというふうに考えましたので、こうしたシミュレーションをしたということです。シミュレーションをした上で、これが起こらないようにするためには何をしなければならないのかということで、具体的な、ここでも懸念が示されておりますが、4号機のプールについての様々な取組をそこからスタートいたしました。もちろん4号機のプールが健全な状況にあるという確認にも相当の時間を費やしまして、最終的にそれがその時、もう既におよその確認はしておったのですが、水を取ることによりまして精密な分析ができました。加えまして、4号機のプールに、それこそ大きなダメージがあるというのは最悪のシナリオに繋がりかねませんので、その直後に4号機の補強を馬淵補佐官にも入っていただいて、馬淵氏の強いイニシアチブの下でかなりの精力を掛けて実行したということです。
 それでも万々が一、1号機の、例えば水素爆発のようなケースがあって、対応できなくなるケースというのも想定をして、例えばコンクリートポンプ車の自動化ですね。例えば人が直接関与しなくても水を入れ続けられるような態勢は整えました。そのことによって4号機のプールが如何様な状況になっても水が入り続けて、そして空になることのないような対応をいたしました。また、それをも更に越えて万々が一の時のために、例えば、そういう水素爆発をした場合に、スラリーという砂とベントナイトを混ぜたような物質を上からかけることも想定をして、その準備も行っておりました。こうしたことをすべて公開するかどうかというのは、これはそれぞれ皆さんいろいろな声があるかもしれませんが、当時、事故への対応の責任者の一人として私が対応しておりました中で申し上げると、あらゆる可能性を想定をしてすべての準備をしておりました。そのこと自体も含めて、当時の対応としては、私は間違ったことはしていないという自負を持っておりますので、年末、様々な情報公開請求もありましたので、公開する情報として公開に応ずるものとしたものです。

(問)ニコニコ動画の七尾です。本年もよろしくお願いします。今との関連で3号機の件なのですけれども、以前にも海外での報道を始め何度か出ていた話ですが、3号機で3月14日に起きた爆発は、水素爆発が起こって、その後に核爆発が起こったという証言が出ております。これは2010年までJNESで原発検査員であったいわゆる専門家の証言であります。この辺りにつきましては昨年末の事故調の中間報告でもほとんど言及がないもので質問させていただきますが、3号機の爆発に関する科学的検証はきちんとできているとお考えか。またこれまでの間に、核爆発も起こったのではないかという議論はなかったのかどうか教えてください。
(答)核爆発という表現自体非常に抽象的な表現でして、どういったことでおっしゃっているのかちょっと私も正確に理解をしていない可能性もありますので、その前提で申し上げます。3号機の水素爆発は3月14日の11時ごろだったかというふうに記憶しておりますが、あれは明らかに建屋の水素爆発で上が吹き飛ぶとい形になっているのは誰の目にも明らかですので、それは事実だろうというふうに思うのです。核爆発ということですけれども、後ほどキセノン、11月ごろでしたでしょうか。キセノンの核分裂の時にも議論を呼びましたけれども、いわゆる核分裂反応そのものは自然核分裂も含めて常に起こっている状況には、当時はもうなっていた可能性はあります。ですから3号機の水素爆発は、まさにあれは建屋の水素爆発であることは紛れもない事実ですので、それ以外の所で、もう既に冷却は起こっておりますので、それこそ大規模な核分裂なり核爆発のようなものが起こっていないということは間違いありませんけれども、核分裂は何らかの形で起こっていた可能性が、その後も含めてあるのではないかという指摘は、それは当たっているのだろうというふうに思います。ただ、3月の14日のあの11時の水素爆発は、あれは建屋の水素爆発というのは、今のところ政府としての見解としては統一されたものだというふうに思います。

(以上)

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